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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【TERRA ODIUM : NE PLUS ULTRA】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH Øyvind Hægeland OF TERRA ODIUM !!

“We Didn’t Want To Sound Like The Newer Progressive Bands, Where The Guitar Is More Percussive, And The Keyboard Is Dominating. Nothing Wrong With That, We Just Wanted To Sound Different Than Those Bands.”

DISC REVIEW “NE PLUS ULTRA”

「SPIRAL ARCHITECT は死んでいないよ。新曲もたくさんあるし、全員が次のアルバムを作りたいと思っているんだ。次のアルバムを作るために必要な時間と作業量は恐ろしいほどに大量だけど、いつか何とかして実現したいと思っているからね。せっかくの音楽的なアイデアが日の目を見ないのはもったいないしね」
螺旋の建築。その名に違わぬ SPIRAL ARCHITECT のメタリックな捻れは、テクニックの狂気とアンバランスな歌唱を伴って、唯一のアルバムが今なお語り継がれる伝説となりました。そんな本来あるべきプログ・メタルの喜悦と陶酔を求めるならば、TERRA ODIUM の血統は完璧です。
「TERRA ODIUM ではメンバー全員がそれぞれの個性を発揮できるようにしたかったから、Steve は完璧にフィットしていたよ。もちろん、私は彼が DEATH でプレイしていた頃からのファンで、DEATH は私たちにとって重要なバンドだからね。昔からフレットレスの音が好きで、彼の音と演奏で TERRA ODIUM を他のバンドともっと差別化できると思ったんだ」
ノルウェーの SPIRAL ARCHITECT の元メンバー、ボーカル/ギターの Øyvind Hægeland とドラマーの Asgeir Mickelson。2人が率いるこの新組織は、名前こそ違えど、彼らがかつて創造した幾何学建築の精神を素晴らしく受け継いでいます。MANITOU の達人、ギタリストの Bollie Fredriksen、AMORPHIS のような英雄にオーケストレーションを施してきた Jens Bogren の申し子 Jon Phipps、そして DEATH や TESTAMENT で知られるメタル・アイコン、フレットレス・モンスター Steve Di Giorgio によって完成された TERRA ODIUM は、プログ・メタル愛好家にとって、音を聞く前から食欲をそそられような逸材に違いありません。
「私たちは、新しいプログレッシブ・バンドのように、ギターがよりパーカッシブで、キーボードが支配的なサウンドにはしたくはなかったんだよ。もちろんそれは悪いことではないんだけど、私たちはそういったバンドとは違ったサウンドにしたかったんだ」
エレクトロニカやシンセサウンドの大胆な導入、0000の麻薬はアトモスフェリックで中毒性の高いモダンなプログ・メタル建築を乱立させました。その方法論はシーンに活況をもたらすとともに、定型化や飽和を要因とする終わりの未来も同時に映し出したのです。ただし、プログメタル世界は、車輪の再発明から動き出す鼓動に再び熱を帯びつつあります。
「私たちが曲を作るときは、いつもギターのリフから始まるんだ」
TERRA ODIUM は、永遠に続く誇示よりもドラマ性を優先し、偏執的にディテールにこだわりながらも簡潔で記憶に残る無数のメロディーに彩られた、うっとりするようなギター・サーガを展開していきます。”これ以上はない” 究極のプログ・メタル “Ne Plus Ultra” は、DEATH, CYNIC, VOIVOD, WATCHTOWER, PSYCHOTIC WALTZ といった天才のエキセントリックで探求心を胸に、さらに数トンの音の筋肉、真実のオーケストレーション、壮大なドゥームの威厳をドーピングした異端のタワーマンションとしてその全貌をあらわしたのです。
7分間のヒプノティックな時間の中で、膨大なリフを惜しげもなくドゥームとスラッシュに捧げる “Crawling”、死を招くグルーヴとオーケストラの装飾がうねりの波にそびえ立つ “The Road Not Taken”。氷のように妖しく黒い “Winter” では、目まぐるしいプログレッシブでテックな迷宮でフレットレスの狂気を見せつけます。
中でも、CANDLEMASS や KING DIAMOND の不気味なシアトリカルに浸りながらも、プログレッシブの名手としてその矜持を見せつける “The Thron” は、驚異的なメタルの嗚咽であると同時に、非常に巧妙で変態的な12分の不均衡として TERRA ODIUM の本懐を遂げた楽曲にも思えます。これ以上のものがあるでしょうか?
今回弊誌では、Øyvind Hægeland にインタビューを行うことができました。「音楽業界には、ビッグなライブや当時のバンドが持っていたクールなイメージ、そしてもちろん女の子やお金など、私を惹きつけるものがたくさんあったからね。プログレッシブ/テクニカル・メタルはほとんど、あるいはまったくお金にならないし、ほとんどの女の子はこういった音楽が好きではないという真理に気づくには遅すぎたね!(笑)」 どうぞ!!

TERRA ODIUM “NE PLUS ULTRA” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【PESTILENCE : EXITIVM】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH PATRICK MAMELI OF PESTILENCE !!

“It Is Not a Secret I love Allan Holdsworth, Tribal Tech, Chick Corea And Steve Coleman. They Opened Up My Musical Horizons.”

DISC REVIEW “EXITIVM”

「私はどのカテゴリーにも属したくなかった。ありとあらゆるルールで自分を制限してしまうからね。DEATH がテクニカルだったのは、Sean と Paul がバンドに加わった時だけだよね。加えて私たちも、決して “スーパー・テクニカルだとは思われていなかったけど、このジャンルに新しいスタイルを生み出したのはたしかだよ」
DEATH, CYNIC, ATHEIST, NOCTURNUS, ATROCITY, GORGUTS, DEMILICH。80年代後半から90年代初頭にかけて、デスメタルやスラッシュメタルを独自の牙で咀嚼し、突然変異の魔物を生み出す “奇妙な” メタルの波がエクストリーム・ミュージックの歴史を変えました。
POSSESSED に端を発した彼らの異端は、決して現代のいわゆるテクニカル・デスメタル “Tech-metal” のように、レールに乗ったシュレッドが飛び交う狂喜乱舞の硬質な宴ではなく、存在自体が阿鼻叫喚で突拍子も無いアイデアを現実にしてしまう魑魅魍魎の無礼講だったのです。そこにルールは存在しませんでした。
「私が Allan Holdsworth, TRIBAL TECH, Chick Corea, Steve Coleman を愛しているのは秘密でもなんでもないよ。彼らが私の音楽的な地平線を広げてくれたんだ」
オランダから新たなメタルの感染爆発を呼んだ疫病 PESTILENCE の無礼講は、実に粋な演出でした。そして彼らはその “傾奇者” の精神を今に至るまで貫き通しています。ジャズとメタルの蜜月といえば、まず CYNIC を思い浮かべるファンも多いでしょう。しかし、89年にリリースされた PESTILENCE の2ndアルバム “Consuming Impulse” を聴けば、奇抜なリフの発明のそばにジャズや現代音楽の知性が投影されていることに気づくはずです。その場所から、シンセサイザーやインタルードを活用したシアトリカルとも言える傑作 “Testimony of the Ancients”, アトモスフェリックなホールズワース・イズムを継承した “Spheres” と彼らの世界は広がっていきました。
「私が過去に一緒に仕事をしたほとんどの音楽家たちは、他に自分のバンドやプロジェクトなどに専念していることを理解してほしいと思うんだ。彼らは、1枚のアルバムと1回のツアーのためこのバンドに滞在し、その後は自分の仕事をするために去っていくというわけさ」
それでも PESTILENCE をソロプロジェクトではなくバンドであると断言する奇才 Patrick Mameli。実際、流動的なメンバーを利用しながら休止と再開を繰り返すペストの脅威は、時を経るごとに増しているようにも感じられます。15年の眠りから目覚めプログデスの威厳を示した “Resurrection Macabre”、8弦ギターの導入で難解と異端を極めた “Doctrine”、ファンの長年の忠誠に報いた “Hadeon”。ex-CYNIC の Tony Choy, DARKANE の Peter Wildore, 長年の相棒 Patrick Uterwijk といった達人たちの恩恵にも恵まれて、PESTILENCE に聴く価値のない作品など一枚たりとも存在しないのです。
「たしかに、シンセやサウンドスケープの使い方は “Testimony of the Ancients” と似ている部分もあるかもしれない。だからといって同じような音楽だとは言えないだろうな。私が今使っているシンセやコードは、あの時よりより進化していて、音楽的な有効性が高いのだから」
そんな彼らの現在地が “Exitivm”。ラテン語で “破壊” と名づけられたアルバムは、再度過去を破壊して新たな音の葉を紡ぎ出す再創造の楽典。”Testimony of the Ancients” で選択されたギターの歪みとキーボードを多用したアプローチの質感、”Spheres” のアトモスフェリックなコード・ヴォイシングを受け継ぎながら、楽曲をコンパクトでグルーヴィーに保ち、その偏執的でしかし弾力に満ちた不安の塊は、環境破壊、精神の破壊、民主主義の破壊を扱った “Exitivm” なテーマと素晴らしく調和していくのです。ex-GOD DETHRONED のドラマー Michiel van der Plicht によるシャープでブルータルなドラミングが、このソリッドな作品の本質を代弁していますね。
今回弊誌では、Patrick Mameil にインタビューを行うことができました。「ようやく、政府がクリエイティブな人々、音楽家、画家、表現者に対してどれほど無関心であるかを悟ったよ。私たちはかなり長い間、資金援助も何もない状態で監禁されていたんだからね。Chuck (Schuldiner) が言うように、まさに彼ら権力の “Secret Face” (DEATH の楽曲、”Human” 収録) 秘密の顔を示していたと思うよ」 どうぞ!!

PESTILENCE “EXITIVM” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【CANVAS SOLARIS : CHROMOSPHERE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH HUNTER GINN OF CANVAS SOLARIS !!

“As Far As Djent Goes, I Hate It. I Think It’s a Watered-Down, Trash Version Of Meshuggah That Captures None Of That Band’s Invention, Intensity, Or Imagination. That Whole Scene Can Drift Offer Into Oblivion, For All I Care.”

DISC REVIEW “CHROMOSPHERE”

「Djent に関しては、僕は嫌いだね。MESHUGGAH を水増ししたゴミのようなもので、あのバンドの発明、激しさ、想像力を全く捉えていないと思う。あのシーン全体が忘却の彼方へと流れていっても構わないと思っているよ」
ポリリズム、シンコペーション、変拍子の黄金比で、メロディー以上にリズムによって楽曲のイメージを決定づける Djent の登場は、プログレッシブ・メタルにとってある意味劇薬でした。低音の魔法と0000の麻薬はシーンを席巻し、フレッシュな空気を吹き込むと同時に、音楽やサウンドの定型化をも導いたのです。言いかえれば、一部の奇才が創造した方法論を機械的に当てはめる音楽のオートメーション作業は、それまでランダムに散発的に勃興していたプログ・メタルの奇々怪界を一掃するほどのインパクトと中毒性を秘めていたのです。
「”Chromosphere” は、僕たちがこれまでに制作したアルバムの中で、最もヘヴィーでアグレッシブな作品だよ。僕たちは、かなり具体的なインスピレーションのリストに基づいて作業したからね。MEKONG DELTA, WATCHTOWER, SIEGES EVEN, TARGET, TOXIK, REALM がそのリストに挙がっていた」
ただし近年、あの重苦しく突拍子も無いプログ・メタルの百鬼夜行は少しづつその歩みを再び刻み始めています。四半世紀ぶりに LIQUID TENSRON EXPERIMENT がもたらした鮮烈はまさしくその狼煙でしょうし、MEKONG DELTA, WATCHTOWER, TOXIK, CORONER, CYNIC といった伝説の魔人たちも再び彼らの法律で新たな闇に跳梁跋扈しつつあります。そして11年ぶりとなる新作を携えた歴戦の強者がここにまた一人。CANVAS SOLARIS の復活作、”Chromosphere” は明らかに80年代後半から90年代前半を席巻したプログ・メタルやテクニカル・スラッシュの DNA を色濃く受け継いでいます。
「ボーカルの要素を完全に排除してインストゥルメンタルにすることを決断したんだよ。2002年当時はかなりワイルドなアイデアだったね。今でこそ数多くのインストゥルメンタル・バンドが活躍しているけど、当時はまだ未開の地だったから」
実際、インスト世界でこれほどアグレッシブに、数学的に、それでいて雄弁に語りかけるメタル種族は、BLOTTED SCIENCE, SPASTIC INC, そして CANVAS SOLARIS の三雄くらいのものでしょう。壮大な組曲のような “Chromosphere” の中で最も強烈な楽器の祝祭は、10分以上の “Extrasolar Biosignature” と “Zero Point Field” に違いありません。
リフのしたたかな高揚感は F1 並のスピード感で複雑なリズムのサーキットを疾走し、うねるベースとパーカッシブなドラムのアスファルトにはシュレッドのエキゾーストノートが響き渡ります。ダークな雰囲気を照らし出すシンセサイザーのダンスはさながらナイトレースに差す光。そうして、混沌とした攻撃性とメロディのバランスを巧みにコントロールしながら、彼らはソラリスの陽のもとに緊張感を高め、解放し、シームレスに古のプログに咲いた自由を謳歌していくのです。メロディックを極めたギターハーモニーやコードのボイシングも非 Djent で実に独特。
今回弊誌では、Hunter Ginn にインタビューを行うことができました。「Nathan と僕は、インストゥルメンタル音楽を作り始めた頃、ミニマリズムに影響を受けた80年代のクリムゾンからインスピレーションを得ていたんだ。彼らのそのサウンドへの最も明確な賛辞は、”Cortical Tectonics” に収録されている “Interface” という曲で聴くことができるだろうな」 どうぞ!!

CANVAS SOLARIS “CHROMOSPHERE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DHARMA (達磨樂隊) : BHAISAJYAGURU】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JACK OF DHARMA 達磨樂隊 !!

“Chthonic Uses Political Music To Let The World Know Taiwan, We Want To Change The World With Faith.”

WHEN MANTRA MEETS METAL

台湾・台中 – 1月の土曜日の夜、観客は耳をつんざくようなリフを期待した。
黒服を着たメタル・バンドのメンバーは、コンサート・ホールの巨大なアンプの色とマッチしていた。しかし、異彩を放つメンバーが一人。頭を剃り、宗教上の伝統的なオレンジのローブを身にまとった仏教の尼僧がメンバーの中に入っていたのだ。
台湾の仏教メタルバンド、DAHRMA 達磨楽団のメンバーであるミャオ・ベンさん(50歳)。彼女が、ゴシック・メイク、死神のローブ、偽の血をまとった他のメンバーのとなりに立つと、対照的な光景か広がる。控えめに言ってもメタル世界には異色の存在。「伝統的な人々にメタルと仏教の融合を説明するためには、本当に準備をしなければならないわ。」
「最初にメタルを聞いたときは受け入れがたいと思ったけど、彼らのコンサートに参加してからは、美しいメロディーがあるし、何よりバンドの情熱に感動したの。森の中の寺院で静かに歌うことを好む、台湾の伝統的な信者からは反対の声も上がっているけれどね。DAHRMA はその壁を割るような和音が、音楽的にも精神的にも宗教と合っているの」

ミャオはギターの音が鳴り響く中で儀式の鐘を鳴らす。そして9人の修道女と一緒にパフォーマンスのオープニングに参加し、3人のギタリストがステージに上がる前に経典を読みきかせる。
ミャオ・ベンによると、彼女は昨年、かつての同級生を通じて台北のドラム指導者でバンドの創始者でもあるジャック・タンと知り合ったそうだ。彼女が DAHRMA に参加したのは、メタルが台湾の若い人たちと信仰を結びつけてくれると思ったからだという。
「少しずつでも受け入れてもらえるようになるのではないでしょうか。」
2017年には、台湾にある4,000の仏教団体のうち、最大の4つを含むできるだけ多くの仏教団体を訪問するようになった。長い黒髪とスペックを持つジャック・タンは、仏教とメタルをミックスするという彼の計画が誰をも怒らせないことを確認したかった。歌詞は僧侶や尼僧のように唱えられ、暴力的なメタルのテーマは意図的に避けている。
「俺たちは意味のあるチャントを選ぶ。大きな音で邪悪なものを追い払うためにね。」
仏教徒の中には、信仰と音楽のジャンルが精神的に合うかどうか疑問を持つ人もいたが、彼のメタルとマントラの融合に反対する団体はないという。
ジャックはずっと「オルタナティブなことをしたい」という気持ちを持っていたという。16年前にチベット仏教の音楽を聴いたとき、それが最終的に自分のメタルにおける使命になることを知った。そして彼は台湾の小さなメタルシーンから同じように熱狂的なメンバーを集めたのだ。
リードギタリストのアンディ・リンは、敬虔な父親のもとで仏教寺院に通い、経典を読みながら育ったため、今では歌詞に最適なマントラを選ぶことができるようになった。
リード・シンガーのジョー・ヘンリーは38歳のカナダ人で、大学のルームメイトの勧めで2005年に台湾に移住し、その1年後にドラマーの創設者と出会う。彼は他の仕事のストレスを和らげるためにバンドに参加したが、DAHRMA の歌詞を学ぶうちに、キリスト教から仏教へと改宗し、今ではこの場所を “避難所” と呼んでいる。
台湾内務省のデータによると、人口の35%にあたる約800万人の台湾人が仏教徒である。デビュー EP “BHAISAJYAGURU” が世界を変える。

DHARMA “BHAISAJYAGURU” : 10/10

LA TIMES:This is what happens when a Buddhist nun joins a heavy metal band

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【FEAR FACTORY : AGGRESSION CONTINUUM】


COVER STORY : FEAR FACTORY “AGGRESSION CONTINUUM”

“Syncopated Guitars And Drums… A Lot Of People Were Saying, ‘Well, Meshuggah Made That Popular, Yeah, Meshuggah Didn’t Make It Popular Till Much Later. Fear Factory At That Time Was a Much Bigger Band. We Were The Only Band, Really, At The Time That Was Really Popularizing That Style With The Syncopated Guitars And Drums.”

FEAR FACTORY DEMANUFACTURES   AGGRESSION CONTINUUM

FEAR FACTORY の偉業。未来はいつも今、作られ続けています。1995年にリリースされたセカンド・アルバム “Demanufacture” のリリースから25年以上が経過し、読者の中にはもしかすると発売当時生まれていなかった人もいるかもしれません。しかし、そんなリスナーでもこのアルバムを耳にして、時代遅れだとか古臭いといった感想を待つ事はきっとあり得ません。”Demanufacture” は時代を遥か先取りした革新的な作品であり、そして現在でも当時と同じように新鮮に聞こえます。メタルとハードコアの近未来的衝突。
実際、”Demanufacture” はメタルの未来と、インタラクティブ・テクノロジーや人工知能の暴走を、鋭く、力強く予言していました。エクストリーム・ミュージックのサウンドを永遠に変えながら。
実のところ、FEAR FACTORY は広く成功する可能性を持ったバンドではありませんでした。1991年のデビュー作 “Soul Of A New Machine” は、デスメタル、グラインドコア、インダストリアル・ミュージックからヒントを得た、非常に新鮮で独創的なエクストリーム・メタルのレコードでバンドのユニークさを存分に認識させましたが、彼らの音楽的ビジョンが真に生かされたのは、1993年に発表された同様に画期的な “Fear Is The Mindkiller remix EP” でした。FRONTLINE ASSEMBLY の Rhys Fulber が解体・再構築したリミックスの輝きは、喜びに満ちた異種交配によって FEAR FACTORY を正しい方向へと誘い、やがて彼らのキャリアを決定づけるアルバムへと導いたのです。ギタリスト Dino Cazares は当時を振り返ります。
「”Fear Is The Mindkiller” は、俺たちがやりたかったこと。ただ、最初はそのための技術がなかったんだ。キーボードのサンプルもなければ、Rhys が使用するようなコンピュータもなかった。だから、ギター、ベース、ドラム、ボーカルでマシンをエミュレートしようとしたんだ。KMFDM や Ministry のような古いインダストリアル・バンドを聴くと、メタルのリフをサンプリングし、それをループさせて同じリフを何度も繰り返しているよね。僕らはそれを楽器で真似しようとしたんだ」
“Soul Of A New Machine” で礎を築き、その後、リミックスアルバム “Fear Is The Mindkiller” で理想に近づいた FEAR FACTORY。しかし、やはり “Demanufacture” は別格でした。その遺産、今日まで続いている影響、そしてメタルのスタンダードになった手法は多岐に及びます。
まず、クリーン・ボーカルと極端なデス・グラントをミックスした Burton C. Bell のスタイルに注目が集まりました。
「特に、クリーン・ボーカルと極端なデス・グラントをミックスした俺のスタイルは、メタル界のスタンダードとなった。 もしわかっていたら、自分のスタイルを商標登録していただろうね。そんなことはできないだろうけど (笑)。”Fear Is The Mindkiller” の後、俺たちは “Soul Of A New Machine” と “FITM” とのコンビネーションを求めたんだ。完全なエレクトロニックではなく、新しい展開があり、また、多くのハードコア・バンドとツアーをしていたから、ハードコアやメタルの雰囲気も残したかったんだ。そこにさらにもう少し新鮮さを加味したいと思って、ボーカルの幅を広げ始めたんだよね」
そのボーカル・スタイルにはどうやってたどり着いたのでしょう?
「そうだな、正直俺はあまりメタル系の人間ではなかったんだ。好きなメタルバンドはいくつかあったけど、どちらかというと HEAD OF DAVID や SONIC YOUTH, BIG BLACK といったバンドの方が好きだったね。他のバンドの中にもすごく好きな部分があって、例えば GODFLESH では Justin が歌うというより、うめき声のような感じで感情を露わにしている。俺は Justin の真似をしようとしたんだけど、うめき声ではなくメロディーのようなものが出てきたんだ。クールなサウンドだったからそのまま続けてみたら、そのボーカル・スタイルをより多く曲に取り入れることができたんだよね。すべての曲ではないけど、”Pisschrist”, “Self Bias Resistor”, “Zero Signal”, “Replica” みたいな曲では、とても効果的だった。ただ、それはまだはじまりに過ぎず、今でもさらに発展し続けているんだよ」

時代を先取りしていたのは、Burton のボーカルだけではありません。Raymond Herrera のドラムパターンの驚速と激しさは、バンドが本物のドラマーではなく、ドラムマシンを使っていると思われるほどでした。
「彼はスタミナと体力をつけるために、コンバット・ブーツやレッグ・ウェイトを使って演奏していたんだ。人々は、彼が本物のドラマーであることを信じていなかったし、シンガーが一人であることも信じていなかったんだよ。つまり、俺たちには多くの誤解を解いて回らなきゃならなかった。特に初期のツアーでは SICK OF IT ALL や BIOHAZARD のようなハードコア・バンドと一緒に回っていたから、受け入れてもらうのに時間がかかったね」
自身も右手に重りをつけ、左手指の関節を固定してマシンガンピックを養った Dino は、自分たちの音楽にターボチャージャーをかけてパワーアップさせる方法を見つけようとしていました。Rhys Fulber が回顧します。「”Fear Is The Mindkiller” では、それまで演奏されていなかったようなインダストリアルなクラブで演奏するようになったからね」
FEAR FACTORY とロードランナーとの契約に尽力した著名なメタルA&Rのモンテ・コナーは、このバンドの特異なアプローチにいち早く可能性を見出し、革命的だと主張した人物です。
「FEAR FACTORY は最初から先駆的だった。残忍なデスメタル・バンドが、ポップなコーラスを入れていたんだから。しかし、 “Demanufacture” を制作していたときの目標は、デスメタルから完全に新しいものへと進化させることになったんだけどね」
関係者全員の多様な嗜好。FEAR FACTORY はそもそも決して一般的なメタル・バンドになる運命にはありませんでした。デスメタル、インダストリアル、エレクトロニカ、サウンドトラックなど、バンドが愛してやまないものすべてが、スリリングで見慣れない新たなアイデンティティへと集約されていきました。90年代初頭は、商業的にはメタルにとって最も恵まれた時代ではありませんでしたが、SEPULTURA, PANTERA, MACHINE HEAD, KORN などと並んで FEAR FACTORY は新しいやり方とサウンドを考案することで、このジャンルに新鮮な命を吹き込んでいたのです。Burton が説明します。
「俺たちは、FEAR FACTORY をこんなサウンドにしたいというビジョンを持っていたけど、自分たちの技術を理解し、そのポイントに到達する方法を把握するのに時間がかかったんだよね。”Demanufacture” の時点で、すべてがまとまったんだ。歌詞、コンセプト、サウンド、アレンジ、プロダクション…すべてがね。チャンスを逃すことを恐れてはいなかった。だから自分たちの好きなことだけをやっていたよ。コーラスをビッグにしたり、テクノの要素を取り入れたり。自分たちが好きなら、やってみようという感じだった。失うものは何もなかったんだから」

1994年10月から12月にかけてレコーディングされた “Demanufacture” に問題がなかったわけではありません。バンドは、シカゴの Trax スタジオでレコーディングを開始しましたが、すぐに自分たちが期待していたものとは違うことに気づきました。
「次から次へと問題が出てきて、まさに最悪の状態だったな。ドラムを聴き直すと、マイクが機能していなかったせいで多くの音が欠落していた。俺たちは、”この場所はクソだ ” と思い、FAITH NO MORE が “King For A Day” をレコーディングしていたウッドストックに飛んだんだ。空きスペースはあったんだけど、1ヶ月分もはなかったから、結局、シカゴのデイズ・インで1ヶ月間、床に寝ることになったよ。その後、ベアーズビルのスタジオが使えるようになるまで、マネージャーの家に住んでいたね。ここの未完成の地下室を使って、文字通り地面の上でリハーサルをしていたんだ。6月から10月の間、俺たちは宙ぶらりんだった」
ベアーズヴィルは彼らのニーズに合ったスタジオでしたが、バンドには時間がなく、ロンドンのウィットフィールド・ストリート・スタジオでボーカルを完成させました。アルバムの音がちょうどよくなるまで、何度もミックスとリミックスを繰り返しました。また、アルバムにクレジットされてはいますが、ベーシストの Christian Olde Wolbers はバンドに入ったばかりで、Burton によると「十分にタイトな演奏ができなかった」ため、彼のパートはギタリストの Dino Cazares が担当したといいます。その Dino がレコーディングを振り返ります。
「俺たちは、山の中の都会人だった。スタジオでは、FAITH NO MORE と BON JOVI に挟まれていたんだ。FAITH NO MORE とはよく一緒に遊んだと言っておこう。ドラムを始めてからは順調だったんだけど、ギターを始めたところで壁にぶつかってしまった。最初のプロデューサー Colin は俺のギター・トーンが気に入らなかったんだ。2週間も喧嘩して、1音も録れなかったんだよ!」
プロデューサーとの対立の中で、Dino と Burton は、時間がどんどん過ぎていき、予算がどんどんなくなっていくのを感じていました。Colin は、Dino が機材を変えるべきだと断固として主張した。Dino は Colin に「失せろ」と言いました。
「これが俺の音なんだ!ってね。ある日、あまりにもイライラしていたから、スタジオから坂を下ったところにあるフルーツ・スタンドまで歩いて行ったんだ。そこで働いていた男の人に見覚えがあって、それが DC のハードコア・レジェンド BAD BRAINS のギタリスト、Dr. Know だったんだよね。そこで彼と話をして、今の状況を伝えると、彼は『君が使えるものを持っているよ』と言ってくれた。それで、俺のアンプを彼のキャビネットに接続してみたところ、突然、ドーンと音が出てきたんだ。みんな額の汗を拭いていたよ。ハハハ!」
膠着状態が解けたことで、”Demanufacture” の制作が本格的に始まりました。キーボード、サンプル、サウンドエフェクトに重点を置きながらも、リフとキックドラムの同期した機械的ブレンドによって前進するこのアルバムは、11曲で構成され、メタルの新しいマニフェストとなることが約束されていました。しかし、アルバムに対する Dino のビジョンは、その集中力と激しさゆえに、Colin Richadson がミックスを担当するにはもはや適任ではないという結論へと急速に達していました。Rhys Fulber が証言します。
「Colin を悪く言うつもりはないよ。彼は素晴らしい人だけど、俺たちは違う方向に進んでいると感じていた。もし彼がミックスしていたら、典型的なメタルのレコードになっていただろうな。俺たちには既成概念にとらわれないことが必要だった。最初のミックスは最悪でね。キーボードが前面に出ていなくて、俺たちはあの音を大きくしたかったからレコードのコントロールを取り戻したんだ」

誤った情報の宝庫であるウィキペディアによると、”Demanufacture” は、映画『ターミネーター』の第1作目からインスピレーションを得たコンセプト・アルバムであるとされていますが実際はどうなのでしょう? Dino が振り返ります。
「俺たちは最初からSF映画のファンだった。『マッドマックス』は、1979年に撮影されたものでずいぶん昔の話だけど、俺らは子供の頃にそれを見ていたんだ。その後、突然『ターミネーター』が登場して、”Soul of a New Machine” の時に、『ターミネーター2』に出てきた液化したT-1000という新型ターミネーターの記事を読んで、新たな機械の魂ってアルバムのタイトルとしては最高だなと思ったんだ。だから、俺たちは明らかにテクノロジーを受け入れ、それを FEAR FACTORY の大きなコンセプトにしたんだ」
Burton は、SF がインスピレーションのひとつであることに同意するものの、それは多くの源のひとつに過ぎないと語ります。
「俺は『ロボコップ』、『ブレードランナー』、『フォーリング・ダウン』、『アポカリプス・ナウ』のファンだった。あと、”The Closet “という映画があって、そこでは冷戦時代の東側の尋問が描かれていて、それがいくつかの曲のインスピレーションになっているんだ。当時のビデオゲームからもいくつかヒントを得たね。でも、一番のインスピレーションは、92年のLAでの暴動だったと思う。俺たちはアレを経験しているから。殴られたり、裁判を傍聴したりね」
Dino が付け加えます。
「1990年から1995年にかけて、火事、洪水、暴動が起こった。1994年には大きな地震があり、ロサンゼルスが破壊されるのを目の当たりにしたよ。略奪者、銃撃戦、国家警備隊の夜のパトロールなどを目の当たりにね。Burton はそのすべてを “Demanufacture” に注ぎ込むことができたんだよ。このアルバムの最初の行は、”Desensitised by the values of life… ” だからね」
皮肉なことに、暴動が始まった日、バンドはLA南部で “Soul Of A New Machine” の写真撮影を行っていました。その場所は、暴動がはじまったフローレンスとノルマンディーから文字通り3ブロック離れた場所でした。Burton が回顧します。
「人々が集まって抗議活動を始めたとき、ちょうど車でそこを通っていたんだ。これはひどいことになるぞ、早くここから出ようと思っていたね。そして、実際に醜くなった。ピリピリしていたよ。誰もが敵対し、標的になっていた。誰も警察を信用していなかった。シュールだったね。ビルの屋上で自動小銃を持って商品を守っている人もいたんだから。俺たちは “Demanufacture” の時代に生きていて、人間と戦い、生き延びるために必死だった。精神的にも肉体的にも影響を受けたよ。つまり、住んでいた場所を失い、正式にホームレスになって、94年の “Demanufacture” のレコーディングが終わるまで、ソファで暮らしていたんだから」

人間対機械という考えは、FEAR FACTORY にとって永遠のテーマとなりました。自動精算機、ドローン、自動運転車が普及している今日、それは彼らが想像していたよりも予言的であったかもしれません。コンセプトアルバムのアイデアは “Demanufacture” が完成した後に生まれたと Burton は説明します。
「アルバムを録音し、アートワークも完成していたけど、プレス用に各曲の解説をするように頼まれたんだ。そしてそれを書き始めたところ、各曲にストーリーを持たせることが自然に思えてね。つまり、この混乱と人々の暴動の中に主人公がいるということだよ」
歌詞を振り返ってみると、未来的というよりは非常に個人的な内容のものもあります。
「そうだね、すべて個人的なものだよ。”Therapy For Pain” は、元ガールフレンドの夢を描いたもので、愛と痛みをテーマにしているよ。”Zero Signal” は、ロンドンでアシッドトリップから目覚めたときに書いたんだ。Marquee クラブのレイブで大量のアシッドを摂取して、ある女の子と付き合い始めたんだ。彼女の部屋で一晩中トリップしていたんだけど、目が覚めるとカーテンの隙間から日の光が入ってきて、その光が青い目をしたイエスの巨大な絵に当たっていたんだよね。アレはとてもパーソナルな出来事だったな。あとは、あのころ俺は法律番組をよく見ていて、台詞をカセットに録音していたんだけど、その多くがアルバムに使われている」
一方、Dino は別の場所からインスピレーションを得ていました。
「Dino と俺は当時、一緒に暮らしていたんだ。彼はあのころ Dimebag のようになりたいと思って、”Cowboys From Hell” を全部暗記していたくらいでね。それに、面白い事実があるんだ… “New Breed” のリフは、STONE TEMPLE PILOTS のリフを逆に演奏したものなんだよ。確か “Vaseline” だったかな」
1995年6月13日に発売された “Demanufacture” は、オーストラリアではゴールド、イギリスではシルバーに認定され、アルバムチャートで27位を記録しました。さらに、このアルバムは無数のメタルバンドに影響を与え、インダストリアル・メタルやメタルコア、さらにはかなり先の未来、 djent の文字通り青写真となりました。Burton は胸を張ります。
「”Demanufacture” は、俺のキャリア全体を変えたし、多くの扉を開いてくれたんだ。あのアルバムは時の試練に耐えてきたと思うよ。サウンド面やプロダクション面だけでなく、歌詞の面でも真実味がある。俺たちは、暴動やいろいろなことで、文字通り常に緊張感の中にあった。つまり、現在のような状態だよ。結局歴史は繰り返すんだ」
Dino も同様にあのレコードを誇りに思っています。
「本物の演奏だと気づかない人もいた。エレクトロニック・ドラム、つまりプログラムされたドラムだと思った人もいたし、俺のギターがサンプリングされたものだと思った人もいた。非常にタイトなレコードだったから、そしてある意味では機械的な音だったから、リアルではないと思われたんだ。俺は、今でも人々が賞賛するサウンドを作ることができたことをとても嬉しく思っている。今でもあのレコードに影響を受けている人がいるからね。あれはバンドのキャリアの中でも画期的なもので、インダストリアル・メタルというジャンルを定義するような作品を作ったんだ。確かに、 MINISTRY や GODFLESH みたいなバンドはいたけど、FEAR FACTORY はそれを別のレベルに引き上げたんだよね。他の人がやっていないような多くの要素を組み合わせたんだ。
レコードのプロダクションも大きな要因のひとつだね。このレコードのミキシングは、間違いなく新しいレベルに到達している。Rhys と Greg がミックスを担当したのは、この種の音楽の標準となるような、素晴らしいものだったから。ボーカルだけでも、後に続く世代のミュージシャンやボーカリストにインスピレーションを与えたよね。シンコペーションの効いたギターやドラム…多くの人が MESHUGGAHが流行らせたと言っているけど、MESHUGGAH が流行らせたのはもっと後だよ。当時の FEAR FACTORY はもっとビッグなバンドだったから。シンコペーション・ギターやドラムを使ったあのスタイルを広めたのは、当時の俺らだけだったんだ。だから、時の試練に耐えられるような名盤を作れたことは、とても幸運だったと思うよ」
Dino は今でも “Demanfucature” よく聴き返すと語っています。
「サウンドとかではなく、構造を聴くために時々戻ってくるんだ。多くの場合、その構造を新しい曲に応用しているよ。例えば、どうやって “Zero Signal” を書いたんだっけ?どうやって始まるのか?バースはどこへ行くのか?中盤はどうなっているのか?とかね。新しい曲に行き詰ったら、”Demanufacture” に戻って、『よし、これが俺たちのやり方だから、戻ってこの曲に適用してみよう』という感じになる。曲がまったく違っていても、リフが違っていても、今でも曲作りの助けになっているんだよ」

あれから26年。Dino が語る通り、FEAR FACTORY は FEAR FACTORY の哲学を微塵も失わない強力な “Aggression Continuum” で戻ってきました。そう、彼らのアグレッションは今でも続いています。
長い間の悲劇的な活動休止の後、棚上げされていた原題 “Monolith” がついに私たちの目の前に現れました。しかし、ここに一つ大きな問題が。30年のキャリアの中で11枚目のフルアルバムである “Aggression Continuum” は、ギタリスト Dino Cazares とボーカリスト Burton C. Bell のデュオにとって最後の作品になります。このアルバムでこそ Burton はその唯一無二の個性を響かせていますが、すでにバンドを脱退。しかし多くの人にとって、Dino と Burton こそが FEAR FACTORY なのではないでしょうか?
残念なことに、ここ数年、Burton や Dino をはじめとするメンバーの人生には様々な浮き沈みがあり、破産や商標権の問題など、バンドの主眼である音楽の行く手を阻む困難が多くありました。そして、二人が一緒にステージに立ち、熱狂的なオーディエンスの前で “Replica” や “Edgecrusher” を口ずさむ姿を見ることはもうかないません。つまり、私たちは “Aggression Continuum” を最大限に活用し、この章をふさわしい形で終わらせることを期待しなければならないのです。
過去と現在のバンドメンバーからの一貫した不誠実な表現と根拠のない告発。Burton が発表した脱退の理由はいたってシンプルでした。
「脱退をしばらく考えていたんだ。訴訟で消耗したんだよね。エゴの塊。貪欲さ。バンドのメンバーだけでなく、弁護士も含めてね。俺はただ、バンドに対する愛情を失っただけ。FEAR FACTORY では、常に何が起きているんだ!と思うことばかりだった。30年というのは、とても良い期間だよ。俺が FEAR FACTORY で制作したアルバムは、これからもずっと世に出続ける。俺は常にその一部であり続けるんだ。だけどただ、前に進むべき時だと感じたんだよ。もちろん、自分の遺産を誇りに思っている。俺たちは偉大なことを成し遂げたからね。信じられないような音楽を作り、音楽業界や世界中のファンに忘れがたい足跡を残してきた。最高の時には山の頂上に登り、最低の時には深い溝を掘ってきた。ただ、別のバンドでもっと素晴らしいことをするために、前に進まなければならない時が来るんだ…」

Dino にももちろん言い分はあります。
「辞めるとすら彼は言わなかった。SNS で知ったくらいでね。彼はいつものように、ちょっと姿を消してしたんだよ。俺が知っている Burton は、困難な状況になると逃げるのが好きな男なんだよね。彼は2002年に辞め、2007年には他のメンバーを辞めさせ、そして今また辞めている。彼はすべてのレコードで歌声を残しているにもかかわらず、辞めてしまう人でもあるんだよ。
俺は問題に正面から取り組むのが好きだ。もし問題があるなら、部屋に入って議論し、解決しようとする。人によっては、自分が追い込まれているように感じ、それに耐えられないこともあるだろうね。彼はそういうタイプなんだ。
去ったのは3年前だが、正直なところ、本当に去ったのは何年も前のことだと思う。おそらく20年は経っているだろう。彼は FEAR FACTORY のために歌詞を書いていたのは、心の底からではないと言っていた。歌詞を崇拝しているファンへの冒涜だよ。お金のために戻ってきたとも 言っていたしね。すでに知っていたよ。対処しなければならなかった」
たしかに Burton は現在、別バンド ASCESION OF THE WATCHER にすべてを捧げています。Dino が FEAR FACTORY に情熱を注ぐように。
「レコードを作ることに関しては、俺は非常に意欲的な人間だ。Burton はいつもプッシュしなければならなかった。さあ、やろうぜ !ってね。 あるいは、彼に連絡を取ろうとしても、彼がいないこともあった。何ヶ月も何ヶ月も姿を消していて、どこにいるのかわからない。彼が戻ってくるのを待つしかないんだよ。
“The Industrialist” のときは、俺がすべての曲を書いて準備ができていたんだけど、Burton が8カ月間も姿を消して、誰にも居場所を教えなかったんだ。その後、彼はカナダで “City Of Fire” というプロジェクトに参加していることがわかった。もちろん、今では自分のプロジェクトで自分のことをする必要があることも理解している。わかったよ。だけど、俺たちに教えてくれよ!
そういう面もあったよね。つまり Burton は長い間、出口を探しているように見えたんだ。彼は自分の他のプロジェクトが軌道に乗ることを望んでいて、そうすれば「おい、CITY OF FIRE は次の SOUNDGARDEN になるぞ、じゃあな!」と言うんじゃないかってね」

バンドを巡る訴訟や個人的な問題が、Burton の脱退に影響を及ぼしたのは明らかです。アルバムの赤々と燃える怒りの炎の代償とも言えるでしょうか。
「理解してもらいたいんだが、俺たちはとても多くの法的な問題や破産、離婚を経験した。俺は個人的に100万ドルの損失を被ったからな。ストレスは大きかったね。何度か病院に行かなければならなかった。心臓発作かと思ったけど、すべてはストレスによるものだった。でも、勘違いしないでほしい。俺はそのことで、戦うべきことを戦い、必要な犠牲を払うことを躊躇したわけではないんだよ。音楽は俺の情熱だから。常に愛しているんだ」
現在は、FEAR FACTORY の商標は、Dino が単独で所有しています。
「必要な措置だった。バンドを存続させたかったら、戦わなければならないという緊急性があった。Burton と戦うという意味ではなく、裁判所と戦うという意味で、Raymond や Christian と戦うという意味でね。
連邦破産法第7章を申請するときには、すべての資産をリストアップしなければならない。コンピュータ、車、家、ビジネス、そして商標などもリストアップしなければならない。そこに何も記載していないと、奪われてしまうんだ。それが Burton に起こったことだよ。Raymond と Christian の弁護士が、彼が FEAR FACTORY の商標を資産として登録していないことを発見したため、商標を取り上げられたんだ。それで裁判所がオークションに出した。みんな俺が Burton から商標を奪った、あるいは訴えたと思っている。だけど、裁判所が商標をオークションにかけたんだ。つまり、誰でも入札できる eBayのようなもの。俺は商標を手放すつもりがなかった。最高額で落札しようとしたんだけど、その入札者には Raymond や Christian もいたんだよね。とても激しい競り合いで、汗びっしょりだったよ」
クラウドファンディングで制作費を募って完成させたアルバムです。
「確かに高額なアルバムだった。レコード会社からもらった前金を使い果たしてしまったから、結局、GoFundMe キャンペーンを行うことになった。キャンペーンはとても成功したんだけど、Burton は賛成しなかったんだ。なぜかはわからないけどね。レコードが出れば彼の利益になるだけだからね。でも、本当に助けてくれたファンの皆に感謝しているんだよ。2万5,000ドルも集まったからね。これは、アンディ・スニープにミックスを依頼したり、生ドラムを叩いてもらったり、エンジニアを雇うための費用となった。金額は言えないけど、かなりの額自腹も切ったよ。だから、俺は今ほとんど無一文なんだ。でも、俺は悪いレコードを抱えて生きることはできないから。もし、ここまで戦ってきて、レコードが最悪だったら意味がないんだ」
一連の騒動がアルバムになんらかの影を落としたのでしょうか?
「いや、音楽に影を落としているとは思わないね、全く。むしろ摩擦が素晴らしいものを生み出すことだってあるだろ?この新譜でもそうだと思うよ。Burton が奏でる美しいメロディックなボーカルには、怒りや不安の感情が同時に込められている。彼が書いた歌詞と彼が歌った歌詞を聴けば、素晴らしいの感想以外はでないだろう」

間違いありません。ここには Burton C Bellの声があります。この声は、SLIPKNOT や KILLSWITCH ENGAGE が台頭してきたときに流行した、ダイナミックな唸りと歌声の元祖。そして、SF的なシンセサイザーやドラムトリガーと、ギターやベースの本格的なピッキングを組み合わせた、相反融合するインダストリアルでオーガニックなサウンドはいささかも衰えることはありません。
つまり、Dino と Burton の FEAR FACTORY は最も相応しい形でその幕を閉じます。インダストリアル・サウンドとマシンライクなリフアタック、多弦の重み、免許皆伝二刀流のボーカル、研ぎ澄まされたリズム隊に加え、一際メロディックでキャッチーなコーラス。さらに、アルバムには映画のようなオーケストレーションが施されており、深みがあって、近未来的なディストピアやドラマのような感覚がしっかりと刻まれています。何より、闘争の恩恵か、彼らは怒りやエッジをほとんど失っていません。”Demanufacture” で聴かれた怒りに匹敵する高温がまだここには火照っています。ただし、何十年もかけて曲作りが洗練されてきたせいか、どことなく柔らかさや滑らかさが出てきたような気もしますね。
モンスター・コーラスといえば、”Purify” が “Agggression Continuum” の “Replica” であるという考えはあながち間違ってはいないはずです。このレコードに収録されている曲の中で最も即効性のある曲ですが、スタイルとエレガンスを持って “浄化” が行われているため、あからさまなキャッチーさやポップメタル的なニュアンスとは無縁。最近、Burton が LINKIN PARK の “Hybrid Theory” は子供向けの “Demanufacture” だと語っていたのを思い出しました。Dino は一笑に付していましたが。
ファースト・シングルの “Disruptor” は、”Genexus”の “Soul Hacker” と多くの共通点があり、 「自分の道を貫け」という希望に満ちた歌詞を持つ、抵抗のための力強いアンセムです。”Fuel Injected Suicide Machine” では、バンドが愛する複雑すぎる曲名と、冷酷なまでの攻撃性が見事に融合しています。「運命を恐れず」「決して抵抗をやめない」という歌詞は、”Demanufacture” のメジャーな曲と同レベルの、真のインダストリアル・バンガー。
FEAR FACTORY には、アルバムを壮大でゆっくりとした曲で閉じるという強い伝統がありますが今回はそうではなく、”End of Line” は、Burton の広大なボーカルレンジと豊富なリフを使ったメタルトラックで、アルバムを大々的に締めくくっています。”Monolith”のソロのように、一歩踏み出した挑戦もあり、”Aggression Continuum” 以前のリリースとは異なるエッジがたしかに生まれてきているのです。そうしてシンセと話し言葉だけが残り、深い声で「恐怖がなくなったとき、私だけが残る」と述べてアルバムは幕を閉じます。危険は去っていない、抵抗は続いていく。結局、FEAR FACTORY は “Demanufacture” のころからずっと、メタルのレジスタンスであり続けているのでしょう。
女性ボーカルを入れるという噂もありますが、Burton との復縁はもう起こらないのでしょうか?
「俺は前に進まなければならない。だから起こるならすぐに実現しなければならないと思う。ファンの皆が待たされるのは不公平だと思うからね。もしそうなるのであれば、なぜ今ではないんだい?なぜファンは、彼がここが自分の居場所だと気づくのを待たなければならないのだろう?
わからないけど、彼は新しい人生の選択をして、前に進んでいるのかもしれない。彼がここにいたくないと思っていた時期が何度もあったという事実を無視することはできないよ。彼が出口を探していた時期もあったしね。だけど、同時に、俺たちが作り上げたものを否定することもできないよね。だから…将来的に Burton と復縁するか?可能性はあるよ。俺はそれを受け入れている」

参考文献: EON MUSIC: FEAR FACTORY Interview

KERRANG!:“I’m Proud Of My Legacy… But You Have To Move Forward”: Burton C. Bell On Leaving Fear Factory And What’s To Come

LOUDER:Dino Cazares: “I think Burton C Bell left Fear Factory many, many years ago”

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【ESOCTRILIHUM :DY’TH REQUIEM FOR THE SERPENT TELEPATH】


COVER STORY : ESOCTRILIHUM “DY’TH REQUIEM FOR THE SERPENT TELEPATH”

“It’s a Kantele, a Finnish Instrument. This Stringed Instrument Is Really Incredible, Because There Is Clearly a Mystical Character In The Frequencies Emitted By This Instrument! Actually, I Discovered The Kantele In a Very Surprising Way.”

DEMONS, DESPAIR, AND MADNESS

ESOCTRILIHUM は、今日活動しているブラックメタル・プロジェクトの中でも最も特異で、クリエイティブで、多作なプロジェクトのひとつへと急速に成長を遂げました。6枚のフルアルバムと1枚のEP を4年の間にリリースし、このフランスのワンマン・ユニットは、冷酷でありながらエモーショナルで奇々怪界なメタルの百鬼夜行を続けています。
ESOCTRILIHUM は、Asthâghul の不気味で無限とも思える野心と創造性でメタル・アンダーグラウンド内部で一手に賞賛を集めています。例えば、DIMMU BORGIR や BAL-SAGOTH のような90年代のシンフォニック・ブラックメタルの華やかなゴージャスを、生々しいローファイの攻撃で表現するような、例えば、OPETH に端を発するプログレッシブな知性を多種多様なジャンルとアーティストで細切れにして煮込んだような。そんな唯一無二の音の審美は、奇妙に魅力的なアートワークたちに吸い込まれ、リスナーの後退を許さなくします。
根底にキャッチーさとフックを常に配する Asthâghul の魅力的なリフ・スタイルは、1970年代と1980年代のクラシック・メタルから明らかにヒントを得ています。そんな謎めいたイヤーキャンディーに恐ろしく巨大なドラムとベースのインタープレイが加わり、彼のプロジェクトは堂々たるオーラと強烈な印象を纏うのです。そんな混沌とダイナミズム、 サウンドテクスチャーの申し子 Asthâghul が、はじめて買ったレコードは奇しくも OPETH の “Blackwater Park” でした。
「とても特別なアルバムで、忘れられない思い出があるよ。ある種の苦悩があり、明らかに本物の何かを反映している。子供の頃に最もよく聞いたアルバムは他には、PARADISE LOST の “One Second”, Björkの “Debut”, CATAMENIA の “Halls Of Frozen North” だろうな。この3枚は最高の思い出だよ」
一人ですべてを手がける Asthâghul。音楽制作(ミキシング、プロダクション、パフォーマンス)について最も勉強になったアルバムは何だったのでしょう?
「長年の間に直観的に学んだ技術もある。例えば、私は常に自分の無意識から何かを回収することで、自分自身の宇宙を作り出そうとしてきたからね。ただ、もし、2枚のアルバムを選ぶとしたら、GOJIRA の “The Link” と、SHAPE OF DESPAIR の”Illusion’s Play” だろうな。この2枚のアルバムは、私にとって特別なものだよ。”Illusion’s Play” にはたくさんのメランコリーと悲しみが詰まっている。このアルバムをどれだけ愛しているかを語る言葉はないけれど、全体のアトモスフィアが多くの感情を呼び起こし、その感情は永遠に私の中に刻まれることだろうね。私たちを心の奥底に連れて行き、失われた感情を呼び覚ましてくれる音楽だ。”The Link” については、この明らかに非典型的な側面が私は好きなんだ。GOJIRA は、壮大なアバンギャルド・メタル作品の中に、多くの影響をミックスしている。 非常に実験的であり、テクニカルでもあるよね。メロディーは、時に拷問のようで、時に非常に柔軟だ。 彼らは常に、パワーを失わないギターテクニックを重要視しているからね」
最近最も衝撃を受けたのは T.O.M.B. の “Fury Nocturnus” です。
「非常にパワフルな暗黒の流れを生み出しているアルバムだね。音楽を聴くという単純な事実が、非常に暗い存在を引き寄せ、呼び起こすと言ってもいい。すべての曲は、非常に謎めいていて、しかし非常に明白な何かへの頌歌となっている。私はこういった二面性がとても好きなんだ。こういった音楽が私たちの精神に与える影響を過小評価してはいけないよ。この作品はダーク・ミュージックの傑作だね。この種の傑作は、別の次元への扉を開く。マスターの波動は、複雑でユニークな魔法の音システムを作ることができる」
レビューを気にすることはあるのでしょうか?
「好きなアーティストのレビューを気にしたことはない。アルバムをとても気に入ったときは、インターネット上のネガティブなレビューを気にすることはないし、他人が私の意見を壊すこともない。LEVIATHAN の “Massive Conspiracy Against All Life” のようなアルバムだよ。私にとって、このアルバムは真の宝石で、贈り物。とにかく素晴らしいねこれほどまでに聴き込んだアルバムは他にないよ。プロダクションはこのプロジェクトのメンタリティを反映していて、すべてが本物。憎しみ、痛み、絶望があり、それらがとてもうまく混ざり合っている。このアルバムは過小評価されているね。ある曲が文脈から外れていると言う人もいるけど、私にとっては全くの誤りだね。全ての曲がまとまっていて、非常に特殊な世界に対応しているよ」

メタルを奏でる必然性についてはどう考えているのでしょうか?
「ブラックメタルとの相性については、説明するのが少し難しいんだけど、私が悪魔や密教に惹かれていたことがすべての始まりだったね。私は常に邪悪なものを好んでいたから、ブラックメタルとの出会いで、私の音楽的指向が明らかになったんだ。だけど、今日の私には異なるビジョンがあって、私の人生もこのプロジェクトを始めた頃とは異なっている。ただし、私の嗜好は常に不明瞭なものに向けられているがね。私がこの種の音楽に惹かれたのは、ごく自然なことだよ。というのも、暗闇というのは常に私が経験したい側面だったから。実際、ESOCTRILIHUM の前には、バンドで演奏したことはなかったんだけど、ファーストアルバム “Mystic Echo From A Funeral Dimension”を発表する前には、すでに多くの音楽を作っていたんだ」
様々な楽器をこなす才能は、今や現代的で DIY なブラックメタル・プロジェクトには欠かせない要素にも思えます。それでも、Asthâghul が織り込むする楽器の量は異常です。
「ESOCTRILIHUM のすべての楽器は私が担当している。最初に手にした楽器はギターだったよ。最初はギターで練習していたんだが、すぐにこの楽器との相性の良さに気づいたよ。最初の頃は、自分のアイデアすべてをタブ譜に書き込んでいたんだ。それは、いつか他の楽器をマスターして、組み合わせることができると確信していたからなんだけどね。私はいつも一人で学んでいる。誰も隣にいない方が効率的だからね。
実際、ギターを習ってすぐに、個人の音楽室でドラムを演奏する機会があり、何時間もかけてこの楽器をマスターするためのトレーニングをしたんだ。一つ一つのテクニックを学ぶことは快感で、まだ私には動揺の魔物は現れていなかったからね。ただ、当時の私は録音ソフトを持っていなかった。でも、私は心の底から “いつかプロジェクトを作る” と思っていたんだ。ヴァイオリンとカンテレに興味を持ったのは、数年後のことだよ。この2つの楽器は、音楽の別の次元を探求するために非常に特殊な周波数を探求することができる素晴らしい楽器だ。ギターを弾けるようになると、バイオリンも簡単に弾けるようになるよ。ピアノ、トランペット、オーボエ、オーケストレーションなどの残りの楽器は、MIDIキーボードで作業している。いずれにしても、それぞれの楽器の演奏方法を習得するには時間がかかったけど、新しいサウンドを追加することができて良かったよ」
世界には膨大な数のバンドが存在しています。ストリーミングの普及により山ほどの作品を聴いていると自負していても、それでも世の中にあるメタルの10%さえ私たちは耳にしていません。つまり、アーティストは熾烈な競争を勝ち抜かなければまず一聴を促すことさえままならないのです。その中で、傑出した自分のスタイルを確立することが聴いてもらうことへの近道かもしれません。今では、リスナーが夢中になり、次のリリースにも足を運んでくれる作品を提示するためには、巨大な存在感とユニークな音は必須。

ESOCTRILIHUM にとつて、”Inhüma” から “Eternity of Shaog” への道のりはまさにその巨大な存在感を身につける糸口になったはずです。よりメロディックで、ムーディーで、アトモスフェリックで、エモーショナル。”Eternity of Shaog” には嫌になるほど長いタイトルに加えて、ラヴクラフト的な宇宙、さらにメロディやリフの構造の多くに東洋的、あるいはメソポタミア的な色合いが見られます。 LEVIATHAN メンバーの手によるジンのような怪物がそびえ立つアートワークが示すように。
「古代文明では、例えばファラオの墓のように、世界に偶然開かれた扉を媒介にして、目に見えないものとコンタクトをとっていたという話をよく読むよね。クラーク・アシュトン・スミスも参考にしているんだ。彼はラヴクラフトと同様に、ある種族の秘密を知っていて、その知識を伝えるためにさまざまな形や名前を取ることにした作家さ。あとは、H.P.ブラヴァツキーの著作も参考にしているね。彼女が下層と上層の地球を理解していることは驚くべきことだよ。
意図的に東洋的なものを作ろうと思ったわけではないんだよ。”Telluric Ashes” のように、ベースにカンテレを入れたかっただけなんだけど、よくよく考えてみると、確かに東洋的な方向性を感じさせる音になっているよね。望んでいたものではないんだけど。
テーマとしては、悪魔、絶望、地球の理論、狂気、地獄の盟約など、秘密にしておくべきものから影響を受けている。これは私の考えを反映したものさ」
“Eternity of Shaog” の構成は以前と比べ、もう少し鮮明ですっきりしていて、全体的に明るく広々としているようにも見えます。冒頭の “Exh-Enî Söph” ですぐに確立されたこの雰囲気は、アルバム全体で維持され、壮大を増していきます。研磨された硬質なサウンド、以前のクランチーな雰囲気から一歩引いて、歪みのないメロディーを自由に飛び回らせて、音楽にダイナミズムとインパクトを与えているのです。
“Eternity of Shaog” にはシンフォニックな傾向が顕著に現れていて、シンフォニック・ブラックメタルというレッテルを貼るのもあながち間違いではなさそうにも思えます。 しかし、大げさでドラマチックな、ややサーカスに近いタイプではなく、むしろ1990年代後半のシンフォニック・ブラックメタルに親和性を感じます。 暖かみがあり、広がりがあり、曲の構成にはオーケストラのような雰囲気が存在。
「メロディックな部分は、私のオーケストレーションへの情熱と、ファンタジー文学作品の中のパラレルワールドへの情熱から生まれたものなんだ。昔はシンフォニックなサウンドを作ることができるいくつかのソフトウェアを使って遊んでいたんだけど、プロジェクトが進むにつれて、こういったシンフォニックな要素を自分の音楽に取り入れるようになった。謎めいているように見えるかもしれないけど、カンテレの練習はシンフォニックなサウンドを生み出すためのアプローチにおいて、私を後押ししてくれたんだ。そして、いくつかの楽器やメロディーの層を同時に組み合わせることが、シンフォニックな側面を作り出すことになった。ESOCTRILIHUME は、最初はシンフォニックなものを目指していなかったけど、時間の経過とともに状況が変わっていったんだよね」
実際、カンテレは “Eternity of Shaog” にとって不可欠な楽器となっています。
「カンテレはフィンランドの楽器なんだ。この弦楽器は本当にすごいよ。この楽器が発する周波数は、明らかに神秘的だ。実は、私がカンテレに出会ったのは、とても意外な場所だった。だからある存在に導かれて、必要に迫られて手に入れたのだと思う。ある意味、自分の考えと現実をつなぐ架け橋のようなもの。新しい楽器を手に入れなければならないことはわかっていたんだけど、どれが最初に心に届くのかはまだわかっていなかったからね。今では頻繁に使っているよ。すべての場面で使えるわけではないけど、なるべく直感的に使えるようにしているのさ」

そうしてたどり着いた約80分に及ぶ “Dy’th Requiem for the Serpent Telepath”。ESOCTRILIHUM は長いアルバムを出すことで知られていますが、最新作はこれまでの最長のレコードです。”Xuiotg” のように凶暴なブラックメタルで猛威を振るう瞬間もあれば、”Craanag” のようなアンビエントな曲も存在します。深みを増したシンセの魔法とアヴァンギャルドな哲学に窺えるのは、相互作用と実験への意欲。
“Dy’th Requiem for the Serpent Telepath” は、3曲ずつの4つのセクションで構成され、Serpent Telepath の死、変容、再生という壮大なストーリーを描いています。Serpent Telepath とは ESOCTRILIHUM が描いた恐ろしい世界に生息する強力な存在の1つ。物語は、拷問のようなイメージと精神的な闘争の間で引き裂かれる叙事詩のように展開します。幽体離脱と精神的な不安というテーマは深淵で、レコードに込められた邪悪な呪文にさらなる次元を加えています。エクストリーム・メタルと言うよりも、より正確にはエクストリーム・ミュージックでしょう。ブラック・メタルやデス・メタルのレコードであると同時に、Asthâghul は自信を持ってノイズ、アンビエント、プログレッシブ、ポスト・パンク、ゴシック・ロック、クラシカルの領域へと大胆に踏み込んでおり、曲の中で彼が選択したどの道においても、その道のプロにも匹敵する卓越した能力を発揮しているのです。この美しき混沌は一人のクリエイターが閉所で孤独に作ったものですが、その地平線は遥か彼方まで広がっています。
Asthâghul がその音の葉以上に公表していることはあまりなく、彼の音楽は彼の喚起的で異世界的なサウンド同様謎に包まれています。ブラックメタルの歴史の中には、BLUT AUS NORD のように顔を出さずに挑戦的な作品を作る特異なアーティストは少なくありません。しかし、ESOCTRILIHUM は何か異質で、まるで人間の目には見えない冥界からの超自然的な周波を発しているようにも感じられることがあるのです。そんな密教的創造に反して作品もプロジェクトもその規模を拡大していく中、ESOCTRILIHUM が他の音楽家を加えることはあるのでしょうか?
「私は最後まで一人でいるつもりだよ。正直なところ、誰も私と一緒に演奏することはできないんだ。というのも、私と他の人との間の伝達の流れを何かがブロックしていて、コラボレーションとなると全く上手くいかないんだ。私は一人でいる方が好きだよ。自分の作品をよりコントロールできるからね。それに、人脈を作ることも私にはできないんだ」

ブラックメタルは一人ですべてをこなすアーティストが多い印象です。
「ブラックメタルは、孤独や孤立と完全に調和しているスタイルだからね。なぜなら、孤立しているからこそ、自分の精神状態を完璧に反映したものを作ることができるから。それに孤立することは、目に見えないものと触れ合うための最良の方法でもある。一人で作業をしていると、アイデアが早く浮かび、必要に応じて無意識の力を借りることができるんだ。誰かのために何かをすることを強制されないという事実は、仕事をより興味深いものにしてくれるよ」
フランスは古くから、非常に革新的で先鋭的なブラックメタルを生むことで知られています。
「確かにフランスには様々なグループがあって、オカルト的なテーマを有しているよね。でも ESOCTRILIHUM は誰とも関係していまないんだ。なぜなら、私はコラボレーションを完全に拒否してこのプロジェクトを作ったから。この音楽を作るには一人でなければならないし、正直なところ一緒に音楽を作れる人を知らないんだ。つまり、すべては私の “創造したい” という一心から始まったと考えていいだろうね」
それにしても短期間であまりに膨大なリリースです。創造性は尽きないのでしょうか?
「自分の音楽的な衝動を信じ、その衝動が現れたときに仕事をしているだけなんだ。すべてを同時にリリースすることだって可能だけど、それは賢明ではないよね。私の中にはまだ充分情熱があるので、活動的であり続けていられる。精神が求めるときに、すぐに選ばれた楽器を演奏して自分自身の内面を映し出さなければならない。音楽的な衝動が頻繁に現れることもあれば、何も起こらずに長く待たされることもある。これは非常に暗いテーマだよ。なぜなら、私は物事の進展を説明できないことがあるから。ESOCTRILIHUM を管理することは苦しみであり、苦悩でもあるから、いつかは終止符を打たなければならないと思っている。私はすでにすべてをプログラムしているんだよ」

参考文献: METAL STORM: ESOCTRILIHUM INTERVIEW

THE WAR INSIDE MY HEAD: INTERVIEW ESOCTRILIHUM

ESOCTRILIHUM BANDCAMP

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【CICADA THE BURROWER : CORPSEFLOWER】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CAMERON DAVIS OF CICADA THE BURROWER !!

“I Wanted The Name And Aesthetic Of The Record To Reflect The Duality Of My Personal Experience Being a Transgender Woman. It Seemed Like The Best Way To Do That Was To Combine Something Lifeless, a Corpse, With Something That Represents Life And Femininity, Flowers.”

DISC REVIEW “CORPSEFLOWER”

「私はトランスジェンダーの女性であるという個人的な経験、その二面性をレコードの名前と美学に反映させたいと思ったの。それには、生気のないもの、つまり死体と、生気や女性らしさを表すもの、つまり花を組み合わせるのが一番良い方法だと思ったのよ」
ブラックメタルは痛みを解放し人生を肯定してくれる魔法なのでしょうか。LITURGY の Hunter-Hunt Hendrix がトランスジェンダーの女性であることを公表したと時を同じくして、CICADA THE BURROWER の Cameron Davis も真の自分を世界に解き放ちました。
「このまま世の中には黙って性同一性障害を抱えて生きていくのがいいのか、それともトランスジェンダーであることを明らかにして社会的な影響を受けるのがいいのか。この葛藤を “Corpseflower” がうまく伝えてくれることを心から願っているわ」
美しい花には骨があります。自らのプロジェクトを “穴の中の蝉” と名付け、自らを羽化する前の蝉の幼虫に例えた Cameron にとって、”Corpseflower” は自身の痛み、苦悩、そして一握りの希望の両面を迷いの中から描き出す羽化の葛藤。二面性というスティグマは彼女の生にずっと宿っていて、死体と花は彼女の化身である音楽にも当然のように憑依していきます。
「ALCEST や DEAFHEAVEN のようなバンドは、私が “peak and valley” “山と谷” と呼んでいる優れた曲構成を実践している。彼らは、曲の激しい部分(山)を強調するために、繊細な部分(谷)を使用するの。私が “Corpseflower” で行ったことは、同じような考え方に基づいているんだけど、その方法論へのアプローチの仕方は、より抽象的で矛盾した感情を表現している可能性が高いと思うわ」
ラウンジ・ジャズやアダルト・コンテンポラリーがブラックメタルとまぐわう日をいったい誰が想像したでしょうか。Cameron はブラックゲイズの先駆者 ALCEST や DEAFHEAVEN の培った”山と谷” の方法論を、より高低差の大きい相反する二極での実験へと進化させました。自分が何者かを学び、未来の自分に折り合いをつけるため、彼女は映画のサウンドトラックのような眩くもキャッチーなジャズの煌めきと、暗闇に蠢くブラックメタルの牙をためらいなく混ぜ合わせ、美と暴力の混沌の中で自分自身を遂に見つけたのです。
そのシンプルで複雑な、ヒプノティックで没入感に満ち、即興的で筋書きのある光と闇のドラマは、そうしていつしかリスナーの人生まで抱きしめて、すべてを肯定していくのです。
「今日のブラックメタル・アーティストが生み出すサウンドにとって非常に重要な存在だよ。彼らが歩いたから、私たちは走ることができた。当時、音楽に許されていた限界を超えようとした彼らの意欲に、私は心から感謝しているのよ。彼らは、それまで探求されていなかったエクストリーム・ミュージックの隠れた可能性を明らかにしてくれたんだからね」
皮肉なことに、かつて最もプログレッシブから遠い世界と思われたブラックメタルは激しく変化し、今では最も進歩的なメタルサウンドを響かせています。DEAFHEAVEN や ALCEST のシューゲイザー、ZEAL & ARDOR のゴスペルとソウル、IMPERIAL TRIUMPHANT や KRALLICE, LITURGY のジャズ/現代音楽。そんな混乱するほど魅力的で複雑なブラックメタルの枝葉において、CICADA THE BURROWER はむしろダークウェーブやブラックゲイズを取り入れたジャズともいえる前衛的世界観で稀有な果実を実らせました。
リスクを冒す価値はありました。ここには、存在の本質的な寂しさ、選択の自由という野蛮な牢獄、そして心の季節の移り変わりが崇高なまでに如実に描かれているのですから。そうして蝉の幼虫は、暗い穴からゆっくりと、ゆっくりと木の幹を登っていきます。
今回弊誌では、Cameron Davis にインタビューを行うことができました。「セミは、一生の大半を地中に潜って過ごし、死ぬ数週間前に地上に出てきて、空を飛ぶ大きな生き物に変身する魅力的な虫。私はいつもこの生き物に共感していて、自分自身もまだ地下に潜っている人間だと思っているの。だから、私はこのプロジェクトを “Cicada the Burrower” “穴の中の蝉” と呼ぶことにしたんだよね」どうぞ!!

CICADA THE BURROWER “CORPSEFLOWER” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【MDOU MOCTAR : AFRIQUE VICTIME】


COVER STORY: MDOU MOCTAR “AFRIQUE VICTIME”

“I’m Not Calling Anyone To Provoke War, But I Am Calling The Whole World To Stand Up And Revolt Against The Conditions We Face. We Don’t Have The Technology Here In Niger To Manufacture Weapons, So How Are They Entering The Country? Why Are Other Nations Storing Tools Of War On Our Land? France, The US, NATO – They’re All Complicit.”

TEARS OF SAHARA

Mdou Moctar の人生は見えない運命に導かれているようです。彼の物語は、縺れ合う巨大な糸の塊のようであり、その中には何度も立ち止まり、また歩みを進める場所があるのです。
Mdou は80年代半ば、ニジェール南西部の町アバラックで生まれました。彼は、ニジェールの人口の約10%を占める、サハラ砂漠に住む歴史的な遊牧民であるトゥアレグ族の一人。青衣の民、トゥアレグの文化では、音楽はコミュニティの根幹であり、解放の道具であり、闘争からの解放でもあります。しかし、Mdou の宗教的な両親は、彼が創造的に探求することを拒みました。それでも彼は、自転車のワイヤーと廃材を使って最初のギターを手作りし、左手で弾き語りを始めたのです。
その後、トゥアレグ族の伝統的な歌に、隣国ナイジェリアで流行していたドラムマシンやオートチューンを融合させるという新境地を開拓した Mdou。そうして2010年代初頭には、彼の曲のラフ・レコーディングはサハラ砂漠を吹き抜ける幻の風のように、Bluetooth やメモリーカードを介して携帯電話から携帯電話へと侵食していったのです。
これに興味を持ったのが、旅するアメリカ人ブロガーで音楽学者のクリス・カークリーでした。1億人に1人の才能を聴いていると確信したカークリーは、何年もかけて彼を追跡し、Mdou のためにあつらえた左利き用の漆黒のギターを背中に背負って砂漠を自転車で走りつづけました。ミッションは成功します。
2013年から2015年にかけて、Mdou から大量のアルバムが生み出され、カークリーのレーベル Sahel Sounds から世界中にリリースされていきます。時を同じくして、”Purple Rain” のセミオマージュフィルムが制作されます。この作品は、トゥアレグ族の言語であるタマシェック語で撮影された歴史上初の長編作品。カークリーは、Mdou と Prince のカリスマ的な類似性を引き出すことを意図しましたが、1つだけ問題がありました。タマシェック語には「パープル」という言葉が存在しなかったのです。
そうして2015年に公開されたのが、音楽ドラマ “Akounak Tedalat Taha Tazoughai”(訳注:『青の色の雨に少しの赤が混じっている』)でした。この映画はカルトヒットとなり、その後5年間 Mdou のカレンダーを海外ツアーの日程で埋め尽くしました。1980年代の Prince の全盛期に一緒に演奏したリサ・コールマンは、この比較はまったくもって正当であると後に語っています。
こうした伝説をまとめると、マハマドゥ・スーレイマン(Mdou は省略されたニックネームで、Moctar または Mokhtar はアラビア語で「選ばれし者」を意味する)は、アフロビートの父、フェラ・クティのような西アフリカの神話的ミュージシャンと肩を並べる、そんな期待感が渦巻きます。

ただし、Mdou Moctar は神話ではなく一人の人間です。彼は現在、タホアの街に住み、働く男で、彼の仕事は音楽だけではありません。
「アルバムを出すたびに井戸を掘っている。ニジェールでは水の確保が大きな問題になっているんだ。だから村々をまわって、援助を買って出ているんだよ。女性が現地でどのような扱いを受けているか確かめ、医療の改善を促し、家族の中における父親のような存在になりたいと思っているんだ」
世代を超えた才能を持つ Mdou ですが、つまり彼の現実は Prince やフェラ・クティのような大物とは大きく異なるのです。クティは、母親が女性の権利擁護の先駆者であり、1980年代には処刑の脅威にさらされ、ラゴスの警備された屋敷で活動する必要があったといいます。Prince のペイズリー・パークは、それ自体が要塞でした。
Mdou は、タホア、アガデス、そしてその他の地域で、意欲的なミュージシャンの間では大きな影響力を持っていますが、彼は普通に人々の間を歩いています。結婚式のセレナーデを彼に依頼したり、小額で彼の車を借りたりすることも可能。
30代になる以前、Mdou は西洋のロックンロールを知りませんでしたが、エディ・ヴァン・ヘイレンのような新旧の人気バンドの演奏を吸収して以来、彼のテクニックはさらに大胆になっています。フレットを指で叩いても、親指と人差し指をボディに当てて振動させても、噴出する太陽フレアのように音が炸裂し、ファズは空中にそびえ溶けていくのです。
Mdou の演奏は、色、進化するリズム、豊かなメロディーが織りなす変幻自在のライオットと言えるでしょう。それは、エレクトリック・ギターに潜む無限の可能性を思い出させてくれるものであり、錆びついたペンタトニック・シェイプや退屈なロックの決まり文句から新しい血を搾り取ろうとして行き詰るプレイヤーへの解毒剤でもあるのかもしれませんね。
彼の喜びに満ちた現代的なフィンガースタイルの演奏は、砂漠のブルースやトゥアレグのギタースタイルと、ウェスタンロック、サイケデリア、ジャズの要素を融合させています。彼の評価は、サヘル(サブサハラ)のギター音楽を代表する一人というだけでなく、世界で最も優れた、そして間違いなく最も表現力のあるギタリストの一人であるというコンセンサスが徐々に形成されつつあるのです。

2019年の “Ilana: The Creator” によって Mdou はより多くの人に知られるようになりましたが、最新作 “Afrique Victime” は彼をさらに一段推し進めることになりそうです。インディーレーベル Matador からリリースされたこのアルバムは、フランスとアメリカの帝国主義に対する痛烈な反撃であり、ニジェールでの天然資源の略奪に反発する一方で、砂漠の生活の美しさを主張しています。前作 “Ilana” は、この異文化間の抱擁の結果として生まれた作品でした。アメリカで録音されたアルバムは、ニジェールの砂漠からミシシッピ・デルタを経て、西海岸の太陽の光を浴びた海に足を踏み入れるまでの、激しいサイケ・ロックの旅。一方で今回のアルバム “Afrique Victime” は、Mdou の祖国とアフリカ大陸に対する感情を極限まで表現しています。帝国の崩壊や政情不安の中で耐え続けている苦しみを訴えるものから、愛する人や故郷であるアガデス地方での優しい満足感に浸るものまで。つまり、最も直接的で政治的なアルバム。
「僕は自然の中で見たものや、もちろん自分の周りで起きている最近の出来事からインスピレーションを受けて作品を作っている。だから、作品を作った時期によっても内容は異なるよね。現在は、特にカダフィが殺されてからのアフリカの苦悩を強く感じているんだ。様々な国でテロが多発している。ボコ・ハラムのテロリストが毎日のように襲ってきているしね。そして、サヘルやアフリカ全体のさまざまな国で犯罪が起きている。
もちろん、それぞれの国にはより具体的な問題があり、事情は異なっている。ニジェールの場合は、砂漠でのテロリストの問題と、フランスとアメリカの軍事基地が設置されていることによる影響が大きいと思うんだ。他のアラブ諸国からも影響を受けているよ。例えば、最近ではアフリカの指導者イドリス・デビーが殺害された。彼はチャド出身のリーダーだったんだ。彼はテロリスト、特にボコ・ハラムと戦っていた。悲しいことに、彼はもういない」
“Afrique Victime” には、これまでで最も野心的でパワフルな演奏(タイトル曲のヴァン・ヘイレン風の驚くべきソロなど)が収録されていますが、もちろん “Ilana” 以前に磨いたアコースティックな作業をより多く取り入れているため、”Tala Tannam” のような繊細な演奏も封入されています。彼自身の言葉を借りれば、「初期の VAN HALEN と BLACK FLAG と BLACK UHURU」に近いもの。つまり、目の覚めるようなギターライン、新たな政治的怒りと、自分の土着の文化を代表し称えること。彼が挙げたアーティストの精神は間違いなくアルバムへと書き込まれています。

ただし Mdou は、自分の作品を意図した通りにプロモーションすることができていません。
「ツアーはしたいけど、今はあまり音楽に触れられないんだ。新しい生活に適応しなければならないから」
ロンドンからアガデスまで、飛行機で3回、バスで28時間かけて移動しなければならないことを考えると、ロックダウン中の移動は困難を極めます。2月下旬、選挙結果が争われたことで、ニジェールは一時的に不安定な状態に陥っていました。緊張を和らげるために(あるいは反対意見を封じ込めるために)、2週間ほどインターネットさえ使えなくなったのですから。
ブルックリン出身のプロデューサーで、Mdou のベーシスト Mikey Coltun。彼のふわふわの髪の毛とアメリカ訛りは、このバンドの中で明らかに異端児であることを示しています。父親が所有する西アフリカやアバンギャルドのレコードに精通していたMikey は、00年代後半 Sublime Frequencies の “Guitars From Agadez” シリーズに魅了され、10年以上にわたってマリやナイジェリアのグループで演奏してきました。2017年にMdouの初のアメリカ旅行を、ブッカー、マネージャー、ドライバー、そして万能のブースターとして促進した Mikey は、ライブでもベースを担当。そしてアメリカツアーが終わるとニジェールに来てトゥアレグ族として生活をはじめたのです。
「変わった状況に置かれるのが好きなんだ。トゥアレグの生活スタイルは信頼が第一で、みんなとても仲がいい。いつも何人もの人が一緒にいて、足を絡めたり、床に寝そべったりして、お互いに重なり合っている。自分の部屋に行って何かをしようというようなことがないんだ。プライバシーというものは、存在として非常に異なっているんだな。トゥアレグ族は、一人になる時間を利用して考え事をする。それはとても美しいことだよ」
Mikey は、パンデミックに見舞われる前、Mdou の3年間で500回以上のライブを行ったと推測しています。この4人組は1日に何組もの地元の結婚式をこなしていたのです。
「僕がアガデスに到着した最初の夜、僕たちは人里離れた茂みの中の結婚式に車で直行したことを覚えている。アンプや機材を水に浮かべて川から運び、セッティングして、演奏して、解体して……。僕はワシントンDCのパンクシーンで育ったから、このDIYのやり方はとても自然に感じられたんだ。コミュニティに馴染むためには、とにかくやってみることが一番なんだよね」
13年来のつきあいで、Mdou が弟と呼ぶリズムギタリスト Ahmoudou Madassane にとって、欧米に行くことは同胞のためにも重要でした。
「僕は、同志のサポートにとても個人的な思い入れがあるんだ。彼らが直面している問題や障壁は、僕も経験したことがあるから。欧米に行くことで得られるメリットを共有し、彼らの成長を支援したいんだよね」
グループには本物の親近感が漂っています。10代の頃にリビアを1週間かけて歩いたことが、十分な耐久トレーニングになったとMdouは笑います。Ahmoudou は、ジャック・ホワイトのサードマン・スタジオでのレコーディングの合間に、デトロイトのモータウン・ミュージアムを訪れたことを懐かしく思い出しながら、”音楽の歴史にとって重要な場所” を訪れるために、空いた時間を活用しています。
少年時代にひょうたんで演奏してリズム感を磨いた Souleyman にとって、Mdou は尊敬する人から、褒めてくれてジャムをしようと言ってくれる人、そして初めてニジェールの外に連れて行ってくれる人になりました。ドラマーは、「Mdou は私の兄弟だと思っている」と平然といってのけます。

バンドはトゥアレグ文化の大使であることを誇りにしています。彼らは、伝統的なタジェルムストを身にまとい、顔を覆ったり、ベールを肩に流したりしながら、プラム色、クリーム色、そしてこの地方で好まれるインディゴ色を交互に配したローブを着て演奏します。Mdou は、故郷に女子校を建設するための資金調達のために、トゥアレグ族のジュエリーを販売するマーチャンダイジングテーブルを設けています。
Ahmoudou の妹である Fatou は、Les Filles de Illighadad という素晴らしいバンドを率いています。このバンドは、厳格な家父長制の文化の中で活動する、画期的な女性フロントのバンドです。Ahmoudou は必要に応じてオンオフのマネージャーとギタリストを務めていますが、トゥアレグ族初の女性ボーカルバンド Les Filles de Illighadad が国外で人気を博しているのは Mdou の支援の賜物です。女性の権利の問題も、”Afrique Victime” が正面から取り組んでいるテーマなのですから。
「僕は多くの家族と話をして、できる限りの支援をしようとしているんだ。だけど特に遊牧民の家族の場合、女性を教育することを恐れているというのが、ニジェールでの大きな問題のひとつ。砂漠には良い高校がないから、女の子は一人で街に出なければならない。通常、両親は彼女を経済的に支えることができないので、彼女は食べることと家賃を払うことに苦労し、簡単に利用されてしまうんだよね。妊娠した女の子を退学させる学校の傾向が問題をより悪化させている。将来的にはより良い、より支援的な教育機会を提供できればいいんだけど」
親密なバンドは完全にコントロールされています。Mdou と Ahmoudou のリフに続く Mikey の変幻自在のグルーヴ、Souleyman は唇からタバコを垂らしながらドラムを叩いていきます。女性が前に出て月明かりに照らされながら踊り出れば、Mdouは、プリンスのように口角を上げて軽やかに彼女の方向に向かってホットステップを踏み、その後、ハチドリのようなスピードでソロを披露します。
「観客が僕のエネルギー源だということを、何年もかけて理解してきた。観客は僕に勇気を与えてくれ、普段は出せない音を出すことができる。ライブで起こったことは再現できないよ」。
「年配の、白人の、”ワールドミュージック” の観客を相手にしたショーをやったことがあるんだ(笑)。お金はいいかもしれないけど、僕らはいつもそんな場所からは離れていたいと思っていたんだ。”Ilana” や”Afrique Victime” では、BLACK SABBATH やZZ Topをよく聴いていたから、Mdou が実現したいサウンドや感覚は、まさに “クリーンだけど生々しい” というものだったよね」 そう Mikey は付け加えました。

Mdou は当初、歌詞に政治的なテーマを盛り込むことを拒み、代わりに都会に住むトゥアレグ族の若者たちにアピールする音楽を目指していました。”Afrique Victime'” はそのすべてを変えました。基本的にアルバム全体を通して、Mdou は汎アフリカ的な連帯感を表現し、周囲の人々に嫉妬を捨てて信仰を抱くよう呼びかけ、サハラの生活を広くロマンチックに描いています。
ただし、タイトルトラック “Afrique Victime” は、Mdou Moctar がテープに残した中で最も直接的な曲であり、恐るべきアートの反抗です。Mdou は、不安定さを助長する残存する植民地勢力を非難し、ネルソン・マンデラへの不当な扱いを非難し、フランス語でリフレインを繰り返します。
「アフリカは非常に多くの犯罪の犠牲者である/もし我々が黙っていれば、それは我々の終わり/兄弟たちは、アフリカのために何かをしなければならないのだ」
Mdou には伝えなければならないことがありました。
「僕はずっとフランスの統治システムが嫌いだった。フランス人を侮辱しているわけではないけど、政府が僕たちを人間ではないかのように扱うのは耐え難いことだよ。フランスの企業はニジェールのウランと金をすべて採掘しているけど、僕たちの問題は何も解決していない。僕は幼い頃からそれをずっと見てきたんだ。現代の奴隷制度、人種差別、植民地主義が合わさったようなものだよ。さらにこのニジェールでも、肌の色が濃いトゥアレグ族と薄いトゥアレグ族に分かれているんだから。肌の色が濃い人たちは最も力のない少数派で、僕は自分の特権を彼らと分かち合うことを大切にしている。具体的には、僕が利用できるお金のことだよ。だけど、人口の90%が電気を利用できないとしたら、こんなな状況でどうやって良い生活を送ることができるんだい?」
Mdou の声が熱を帯びていきます。
「僕は誰かに呼びかけて戦争を誘発しようとしているわけではないんだよ。”Afrique Victime” では全世界の人々に、僕たちが直面している状況に対して立ち上がって反乱を起こすよう呼びかけているだけなんだ。ニジェールには武器を製造する技術がないのに、どうやって武器が国内に入ってくるんだ? なぜ他の国は僕たちの土地に戦争の道具を保管しているんだろう?フランスもアメリカもNATOも、みんな共犯だよ。ここではみんな、フランスこそが真のテロリストだと言っているよ。なぜ彼らはここにいるのか?なぜだ?」
激しさは頂点に達します。
「アメリカは空から人を殺せるようになったのに、パイロットは砂漠に住む4000人のテロリストを排除できないのか?52カ国の影響力をもってしても、その問題を解決できないのか?どうして?!…それは彼らが我々を弄んでいるからだと思う。彼らは僕の仲間を弄んでいる」

アフリカで音楽が果たす役割についてはどう感じているのでしょうか。
「僕にとって音楽は武器。音楽があれば、僕の血涙のメッセージを全世界に向けて発信し、私の周りで起こっていることを語ることができる。それ以外の手段はないんだよ。
今のところ、僕の音楽が周りに大きな変化をもたらすことができたとは言えないけれど、いつかはそうなるかもしれないと思って期待しているんだ。たとえ変わらなくても、サヘルで何が起こっているかを人々が少なくとも知ることができただけでも、僕にとっては大きな収穫であり、非常に重要なことなんだ。だからこそ、このような状況に関するメッセージを発信する手段として、僕は音楽を選んだんだよ。
今日、物事はどんどん速く変化している。この種のメッセージを発信しているアーティストは僕だけじゃないよ。サヘル地域では、Tinariwen や Alpha Blondy などのバンドが同じように、革命のメッセージを発信している。みんながベストを尽くしているのだから、僕もその道を歩みたいし、最終的な目的は平和なのだから、そのための努力を続けたいよね」
何世紀にもわたって蓄積されてきた貧困と隷属を解消するだけでなく、Mdouが日々取り組んでいる重要な問題もあります。
「女性の権利も重要な課題だよ。病院の改善は必須だしね。いまだに砂漠の木の下で出産している人がいるけど、これはとても危険だよ。長期的には、すべての女性が学校に通い、自分で医者になったり、音楽の仕事をしたりする機会を持つべきなんだ。機会の平等こそが、現代生活の次のステップだと思っているから」
彼が資金提供していた学校は現在も建設中ですが、最近の市民運動の影響でいくつかの井戸が汚染されたり破壊されたりしているため、Mdou はまずそちらにエネルギーを集中させる必要があると考えています。
「僕たちがやっていることを通じて、情報を広めていきたいと思っているんだ。世界の権力者たちがこの話題に触れ、罪のない人々が無駄に苦しんでいることを真に受けなければ、変化は起こらないと思っているからね。ニジェールでは、電気、教育、食糧へのアクセスが少なく、それが国民を抑圧し続ける不平等なシステムを維持する重要な要因となっている。誰が善人で誰が悪人なのかを皆が知ることは非常に難しく、情報へのアクセスが厳重な秘密にされているんだよ」

国際的なツアーが再開されるたびに、Mdou とバンドを待ち受ける観客は、以前よりも彼の価値観を鋭く認識するようになり、必然的に多くの人が集まり知るようになるでしょう。マタドールは、ジュリアン・ベイカーや QUEENS OF THE STONE AGE などと並んで、”Afrique Victime” を2021年の優先作品として位置づけています。これは、Mdou の無限の可能性と、ますます揺るぎない意志、そして、増大する影響力を実質的な社会変革に結びつける予感を示唆しているのです。
それまでの間、Mdou Moctarはこの相対的な孤独を、自分自身を見つめ直すための時間とするでしょう。それは、彼の血の中にあるものだからです。
「僕の願いは、新しい世代の音楽家が繁栄し、発展し続けることなんだ。僕よりも若いアーティストには、近代化してもトゥアレグ族独特のスタイルを貫くようにアドバイスしている。僕が生きている間に、このメッセージが世界中に伝わっていることは、とても嬉しいことなんだ。長い間、僕の音楽は家ではちょっとしたジョークだと思われていたからね。自分が世界的なアーティストになる可能性があるとは思っていなかった。今でも頭の中では自分は初心者だと思っているよ。そして、それは永遠に変わらないと思うんだ」
特にアフリカでは、教育も重要な課題です。
「若い音楽家にとって最も重要なのは、演奏するための道具、つまり楽器を与えることだよ。ちゃんとしたギターとかね。ニジェールでそれを手に入れるには、旅をしている人が持ち帰るしかないんだから。国内では弦も買えないよ。もうひとつは、ニジェールには音楽学校がないということ。だから、その両方が必要なんだ。
音楽学校については、教え方というよりも、重要なのは彼らが集まり、好きな方法で自由に芸術的表現をすることができる場所を作ることだと思っている。ニジェールでは日常的にそうするのは非常に困難だからね。砂漠に行って演奏したり練習したりして、それが終わったら家に帰らなければならない。それが僕たちのやり方なんだ。音楽が嫌われる可能性があるという危険と、テロリストに狙われるという危険の両方があるからね。だから、彼らには洗練された楽器で演奏できる場所がどうしても必要なんだよね」
最後に、Mdou から若いミュージシャンへのアドバイスを記しておきましょう。
「必ずしも特定のテクニックについてアドバイスするわけじゃない。最近の若い人たちは、早く有名になりたいと思っている人が多いように感じるね。演奏を始めて1、2ヶ月もすれば、エディ・ヴァン・ヘイレンやジミ・ヘンドリックスのようになってコンサートに出られると思っている人もいるだろう。しかし僕は、自分のスタイルや曲を作るためには、時間をかけて努力しなければならないと思っているんだ。努力が必要なんだよ。急いでやろうとしても、正しいビジョンは見えてこないからね。
努力が報われ、努力があってこそ、素晴らしいものを生み出すことができる。だから、僕が一番言いたいのは、忍耐強く、ゆっくりとやることかな」

参考文献: DAZED Mdou Moctar: the shred star of the Sahara

NEW NOISE:Interview: Mdou Moctar, Desert Soul and the Sounds of Freedom

MUSIC RADER:Mdou Moctar: “My intention is for the guitar to be spitting out the sound of revolution”

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