EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH KYLE THOMAS OF EXHORDER !!
“I Don’t Know If We Invented Anything. That Sounds Like a Science Laboratory. We Played What We Wanted To Hear. Along The Way We Influenced Many Bands, Some Of Which Went On To Greater Success Than We Achieved.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ALEXIS PAREJA OF THE NUMBER TWELVE LOOKS LIKE YOU !!
“Our Music Similarly Doesn’t Follow The Traditional Form Or Structure Of Most Music Out There. Overall It’s Fairly Volatile And Can Take Off In Any Direction At Any Given Time. We Have Always Enjoyed Exploring The Vast Possibilities Of Music And Prefer Not Be Cornered Into One Genre.”
DISC REVIEW “WILD GODS”
「僕たちの音楽は全体的にかなり不安定で、いつでもどの方向にでも進路を取れる。常に音楽の広大な可能性を探求して楽しみ、一つのジャンルに追い詰められることを望まないんだから。」
トワイライトゾーンのディストピアな未来において、画一化された “No.12” の外観を頑なに拒む伝統の破壊者 THE NUMBER TWELVE LOOKS LIKE YOU。デスメタル、ハードコア、スクリーモ、プログレッシブ、ワールドミュージック、ミニマル、ジャズといった幾千もの奇妙な混合物に数学的溶媒を注いだマスコアのパイオニアは、類稀なるライブのカタルシスを伴って00年代に君臨した怪物でした。そう2010年に人知れずその姿を消してしまうまでは。
ボーカリスト Jesse の言葉を借りれば失われた10年は “成長のための必要悪”。そして、インタビューに答えてくれたギタリスト Alexis に言わせれば “成長を実証” するためシーンへと帰還したモンスターは復活作 “Wild Gods” で拡散と成熟を同時に見せつけています。
「僕たちの音楽は常に変化を遂げている。僕の目標はつまり自分たちの過去を繰り返さないことなんだ。アルバムをいくつかリリースして、休息し、今はチャレンジ出来る。リスナーがオープンマインドで、ジャンルなど気にせずただ音楽に身を任せてくれたら嬉しいね。」
THE NUMBER TWELVE LOOKS LIKE YOU は確かに変化と共に進んできました。妥協を許さないアグレッシブなメタルコアとグラインドの紅い薔薇 “Put On Your Rosy Red Glasses” を出発点に、ポストハードコアを可能な限り最も苛性で迷路のような反復へ誘う “Grind. Sad. Nuclear”。 さらに “メランコリー” にヘヴィーとキャッチーを両輪に据えた出世作 “Mongrel” に、”ノン・メタル” な冒険を推し進めた “Worse The Alone” まで、ポリリズムと数学者の威厳を宿した “Polymath” の称号を手にしつつも、彼らは画一的な場所からは程遠い多種族のキメラとして常に保守、伝統へと挑んできたのです。
「確かにアルバムにはコンセプトがあるね。僕たち自身、そして自然界に纏わる現在の問題を反映しているんだよ。」
隠遁した10年の間に顕となった世界を覆う黒い雲。歌詞を書き上げた Jesse はこのアルバムがフィクションのように非常識極まる地球を宇宙人へと紹介する広告で、子供を虐待する司祭、司祭を守る教会、女性より優れていると信じる男性、動物を虐殺する人類といった “Wild Gods” をどうぞ見に来て下さいと嘯きます。そうしてバンドはその闇に、鋭き牙はそのままに咲き誇る多様性の嵐で贖うのです。
狂気とスリルに満ちた世の夜会を彩るサルサのダンス “Gallery of Thrills” はエクレクティック極まるアルバムの華麗なる招待状。エレクトロシンセとストリングスのサウンドスケープが過去と未来を行き来する “Ruin the Smile”、ラウンジジャズのアトモスフィアとメタルコアの残虐、プログレッシブの複雑がいとも容易く噛み合った “Raised and Erased”、サンバやボッサのメタリックな嘶き “Tombo’s Wound”。そうした多種多様な景観の中でも、テンポやムードは全て計算の下で刻々と移り変わり、さらに音の表情を増していくのですから驚きです。
“Ease My Siamese” が象徴するように、Jesse の囁き、荘厳に歌い紡ぎ、泣き叫ぶボーカルレンジがもたらすエモーションの振れ幅も絶妙に豊かで、フラメンコを基にした “Of Fear” では妻の Eva Spence (ROLO TOMASSI) と極上のデュエットまで披露しています。そうしてアルバムは、”Interspecies” のシロフォンとストリングスで異種間交流のロマンを運んだ後、ラテンのリズムと言語で究極の破滅をもたらす “Rise Up Mountain” で幕を閉じるのです。
2016 年に THE DILLINGER ESCAPE PLAN が活動を終えてから3年。CAR BOMB の新作と共鳴しながら “Wild Gods” は再びマスコアの時計を動かし始めます。今回弊誌では、Alexis Pareja にインタビューを行うことが出来ました。「MONO, envy, Melt-Banana みたいな日本のバンドはライブや音源を楽しんでいるよ。それにジャズの世界でも、上原ひろみ、福居良みたいな驚異的ミュージシャンがいてインスパイアされるね。」 昨年、来日も果たしています。どうぞ!!
THE NUMBER TWELVE LOOKS LIKE YOU “WILD GODS” : 9.9/10
I’ve had a difficult time finding justice in the world, finding accountability for the people who have done harm to me… The music is my way of holding people accountable and finding justice. My way of finding revenge.
MY SWEET REVENGE…THE STORY BEHIND “CALIGULA”
「世界に正義を見出すこと、私を傷つけた人間に責任を見出すことにずっと苦労してきたの。だから音楽は奴らに責任を負わせ、正義を見つける私のやり方なの。私なりの復讐なのよ。」
家庭内暴力、虐待の生還者 Kristin Hayter のパワフルな言葉です。そして彼女の受けた恐ろしき痛みと攻撃性は、オペラからノイズ、インダストリアル、フォークに教会音楽、スピリチュアル、そしてメタルまで全てを渾淆した婀娜めきのプロジェクト LINGUA IGNOTA に注がれています。
「何か違うことがやりたかったの。新鮮で私のビジョンのみを投影したようなね。どんなジャンルやカテゴリーにも繋がりたくはなかったのよ。ルールや限界を設けることになるから。真正で正直な音楽を作りたかったのよ。」
では “トランセンデンタル” とも形容され Chelsea Wolfe にも通づる音闇の聖堂の鍵はどこにあるのでしょう?
「リバーブね!ボーカルやピアノにリバーブをかけまくってウエットなサウンドにしているのよ。そうしてダークでありながら鮮明なサウンドスケープを創造しているの。」
カトリックと密接に思える LINGUA IGNOTA のアートですが、実は Kristin 自身は現在無神論者。
「教会で育ったけど、13で無神論者になったの。それ以来信じたり信じなかったりを続けているわ。今は…おそらく信じていない。だけどカトリックのイメージとか聖書の言語とは密接な繋がりを持っているの。カトリックに限らず、崇拝行為として構築された音楽やアートは実に美しく純粋な意図があるの。一方で、教会自体の不純な意図、腐敗に抑圧、虐待も存在するけどね。」
最近は DAUGHTERS の “You Won’t Get What You Want” がお気に入りです。
「他にもコーラルミュージックやドローンを良く聴くわ。サルディーニャやジョージアのポリフォニーも大好きよ。そういった音楽と Tim Hecker, Meredith Monk, それにハードコアやパンクをミックスしているのよ。」
“The Last Death Metal I Bought Because I Was Interested Was “Domination” by Morbid Angel. That’s 1995, a Long Time Ago Now. I’m Not Saying It’s Just Been Bad Releases Since Then, Of Course Not, But That’s The Last Time I Felt Like I Wanted To Hear What’s New.”
ただし音楽を先に生み出し、後に歌詞をつけるのが Mikael のライティングスタイルです。普段は50分ほどのマテリアルで “打ち止め” する Mikael ですが、”In Cauda Venenum” のライティングプロセスでは溢れ出るアイデアは留まるところを知りませんでした。
「この作品ではこれまで以上に書いて書いて書きまくった。それで3曲もボーナストラックがつくことになったんだ。」
スウェーデン語のアイデアは、当初メンバーたちの同意を得られなかったと Mikael は語っています。ただし、何曲かのデモを聴かせるとその考えは180度変わりました。
「奇抜なアイデアと思われたくはなかったんだ。いつも通りやりたかったからね。ただ別の言語を使っているというだけでね。」
スウェーデン語バージョンと英語バージョンの違いは Mikael の歌唱のみ。「言葉がわからないからアルバムをスキップしてしまうのでは」という不安から英語でも吹き込むことを決めた Mikael ですが、彼のクリーンボイスはビロードの揺らぎで溶け出し、スウェーデン語の違和感を感じさせることはありません。むしろ際立つのは言葉に宿るシルクの美しさ。
実際、その不安はすっかり杞憂に終わりました。Billbord のハードロックアルバムチャート3位、ロックアルバム9位の健闘ぶりはそのアイデアの魅力を素直に伝えています。
どちらかと言えば Mikael はスウェーデン語のバージョンを推奨しているようです。
「スウェーデン語がオリジナルで最初に出てきたものだから、やはりイノセントだし少しだけ良いように思えるよ。まあ選ぶのはリスナーだけどね。」
故にアルバムタイトル “In Cauda Venenum” はどちらの言語にもフィットするようラテン語の中から選ばれました。「尾には毒を持つ」ローマ人がサソリの例えで使用したフレーズは、フレンドリーでも最後に棘を放つ人物のメタファー、さらには “想像もつかない驚きを最後に与える” 例えとして用いられるようになりました。
Travis Smith が描いたアートワークもその危機感を反映します。窓辺に映るはメンバーそれぞれのシルエット。ヴィクトリア建築の家屋は悪魔の舌の上に聳えます。「悪魔に飲み込まれるんだ。最後には不快な驚きを与えるためにね。」
ではアルバムに特定のコンセプトは存在するのでしょうか?
「イエスと言うべきなんだろうがノーだ (笑)。コンセプトアルバムとして書いた訳じゃない。ただ、”Dark Side of the Moon” みたいなアルバムだと思うんだ。あの作品を聴いてもコンセプトは分からないけど、循環する密接なテーマは感じられる。KING DIAMOND みたいに明確なコンセプト作じゃないけどね。だから俺は言ってみれば現代の “リアル” をテーマにしたんだと思う。」
2016年にリリースした “Sorceress” との違いについて、Mikael は前作はより “イージー” なアルバムだったと語ります。
「”Sorceress” はストレートなロックのパートがいくつか存在するね。構成もそこまで入念に練った訳じゃないし、ストリングスもあまり入ってはいないからね。」
一方で “In Cauda Venenum” は 「吸収することが難しく、”精神分裂病” のアルバム」 だと表現します。その根幹には、深く感情へと訴えかける遂に花開いた第2期 OPETH のユニークな多様性があるはずです。
さらにギタープレイヤー Fredrik Åkesson もここ10年で最も “練られた” アルバムだと強調します。
「”Watershed” 以来初めてレコーディングに入る前にバンドでリハーサルを行ったんだ。僕はいつもそうしようと主張してきたんだけどね。おかげで、スタジオに入る頃には楽曲が肉体に深く浸透していたんだ。そうして、可能な限りエピックなアルバムを製作するって目標を達成することができたのさ。」
そして Mikael からのプレッシャーに苦笑します。
「僕はギタリストにとって “トーン” が重要だと思っている。理論を知り尽くしたジャズプレイヤーでもない限り、トーンを自分の顔に出来るからね。”Lovelorn Crime” では Mikael から君が死ぬ時みんなが思い出すようなギターソロにしてくれって言われたよ。(苦笑)」
では Fredrik は現在の OPETH の音楽性をどう思っているのでしょうか?
「もし “Blackwater Park” のような作品を別のバージョンで繰り返しリリースすれば停滞するし退屈だろう。ただあの頃の楽曲をライブでプレイするのは間違いなく今でも楽しいよ。Mikael のグロウルは今が最高の状態でとても邪悪だ。だからまたいつかレコードに収録だってするかも知れないよ。」
Mikael が OPETH を政治的な乗り物に利用することはありません。それでも、スウェーデンの “偽善に満ちた” 社会民主労働党と右派政党の連立、現代の “リアル” を黙って見過ごすことは出来ませんでした。
「”Hjartat Vet Vad Handen Gor/Heart in Hand” はそうした矛盾やダブルスタンダードについて書いた。俺の社会民主的な考え方を誰かに押し付ける気はないんだけどね。アイツらと同じになってしまうから。だけど奴らの偽善だけは暴いておきたかった。」
Mikael にとってそれ以上に重要なことは、涙を誘うほどにリスナーの感情を揺さぶる音楽そのものでしょう。
「もっとリスナーの琴線にふれたかったんだ。究極的にはそれこそが俺の愛する音楽だからね。ただ暴れたりビールを飲んだり以外の何かを喚起する音楽さ。つまり、このアルバムをリスナーの人生における重要な出来事のサウンドトラックにしたかったんだ。上手くいったかは分からないけどね。」
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH GLEB KOLYADIN OF IAMTHEMORNING !!
“It Is Fascinating To Add Passion And Drive From Rock Music To The Classics. At The Same Time, Playing Rock, I Try To Make It More Sophisticated And Intellectual, Adding Many Layers And Making It More Polyphonic.”
DISC REVIEW “THE BELL”
「コフィンベルはどちらかと言えば憂鬱のシンボルなんだ。同時にとても美しいけどね。人間の残酷さについてのストーリーなんだ。何世紀も前から人間性そのものは何も変わってはいないんだよ。そしてこのベルは、例え生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を知らせるための最後の望みだったんだよ。」
Kscope の至宝、チェンバープログの孤高を極めるロシアのデュオ iamthemorning は、クラシカルなピアノの美麗とエセリアルな詠唱の荘厳で人に宿る残酷の花を自らの音の葉で咲かせます。
“Lighthouse” のアートワークに描かれた心許ない灯台の火は、孤独や痛み、憂鬱に翻弄される大海、人生における微かな希望の光だったのかも知れませんね。そうして今回、長年のコラボレーター Constantine Nagishkin の手によって “The Bell” の顔として描かれたのは、希望と闇、美と憂鬱のコントラストを投影したコフィンベルでした。
セイフティーコフィンベル。英国ヴィクトリア期に広まった、棺に連結されたベルは仮に生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を伝えられる最期の希望。
「どんなに長い間、絶望的な状況に置かれたとしても、助けを呼ぶことは出来るのよ。と言うよりも、助けが必要な時は必ず呼ぶべきなのよ。」ヴィクトリア期に心酔し探求を重ねるスペシャリスト、ボーカル Marjana はいわくのベルをテーマとしたことについてこう語っています。
21世紀において埋葬されるのは、薬物の乱用、差別、ネグレクト、社会からの疎外に苦しむ人たち。つまり、iamthemorning は何世紀も前に存在した残酷と希望を宿す “セイフティーネット” を現代に巣食う闇の部分へと重ね、人間性の高まり、進化についての疑問と真実を世界へと問いかけているのです。
「僕自身は少しずつプログのラベルから離れていると思うんだ。音楽的な境界を広げようとしているし、出来るだけ異なる音楽をプレイしようとしているからね。このアルバムでは特に顕著だと思うよ。」
人間性を率直に問いかけるアルバムにおいて、当然 iamthemorning 自身も装飾を剥ぎ取り、ナチュラルで正直、かつ本来の姿への変貌を厭いませんでした。
「”The Bell” の楽曲の大半は、正確に言えば僕たち2人のデュエットなんだ。2曲を除いて、当初全ての楽曲はデュエットの形をとっていたんだよ。その中のいくつかは、後に他の楽器を加えることになったね。だけど僕たちが持ち込みたかった雰囲気は壊さないようにしたよ。」
天性のピアニスト Gleb が語るように、”The Bell” で iamthemorning は始まりの朝焼け、2人を中心とした地平線へと再び赴くことを決断します。ゲストミュージシャンを制限し、ヘヴィーなアレンジメントを抑制することで、アルバムには以前にも増して映画や演劇のシアトリカルなイメージと衷心が産まれました。
そうして、クラッシックとチェンバーのダークで深みのある色彩を増したアルバムが、あのフランツ・シューベルトが好んだ19世紀に端を発する連作歌曲 (各曲の間の文学的・音楽的な関連性をもって構成された歌曲集) のスタイルへと到達したのはある種の必然だったと言えるでしょう。
ピアノの響きとシンフォニックなオーナメント、時折悪魔が来たりてディストーションをかき鳴らす作品中最もダイナミックかつエニグマティックなオープナー “Freak Show” で、Marjana は脆く悲痛でしかしフェアリーな歌声をもって 「誰も気にしないわ。例え私がバラバラに砕け散ったって。ただ立ったまま見つめているだけよ。だから私はもっとバラバラに砕けるの。」と数百年の時を経ても変わらぬ人の残酷を訴えます。
それでも世界に希望はあるはずです。第2楽章の始まり、エモーションとバンドオーケストラが生み出す絶佳の歌曲 “Ghost of a Story” で Marjana は、「全てに限界はあるの。あなたの悲しみにおいてさえ。少しづつ安心へと近づいていくわ。」とその目に暗闇を宿した亡霊のごとき現代人に一筋の光明を指し示すのです。
しばしば Kate Bush と比較される iamthemorning のポストプログワールド。実際、”Sleeping Beauty” のように彼女の遺伝子は今でも深くデュオの細胞へと根を張りますが、一方で Chelsea Wolfe, さらには Nick Cave の仄暗きアメリカーナにも共鳴する “Black And Blue” の濃密なサウンドスケープは特筆すべきでしょう。
そうして “Lilies” から “The Bell” へと畳み掛けるフィナーレはまさに歌曲の大円団です。Gleb の言葉を借りるなら、感情的で誠実なロックの情熱をクラッシックへと持ち込んだ “シューベルトロック” の真骨頂でしょう。
もちろん、芳醇なアレンジメントやオーケストレーションは楽曲のイヤーキャンディーとして不可欠でしょうが、その実全てを取り払ってデュエットのみでも十二分にロックとして成立するリアルがここにはあります。2人のシンクロニシティーはいったいどこまで高まるのでしょう?あの ELP でさえ、基本的にはドラムスの存在を必要としていたのですから。
今回弊誌では Gleb Kolyadin にインタビューを行うことが出来ました。「おそらく、僕は啓発的であることに固執しているとさえ言えるね。つまり、僕の音楽を聴くことでリスナーが何か新しいことを学べるように、ある意味リスナーを少し “教育” したいと思っているのかもね。」2度目の登場。どうぞ!!
“Our Message To The World Via Our Music Is Reminding The Importance Of Showing Gratitude To Your Parents, Loving Your Homeland, Protecting The Nature, Loving And Respecting Women, Respecting Your Country History And a’ncestors, And Finally Giving Individuals An Inner Power And Belief For Their Future.”
DISC REVIEW “THE GEREG”
「僕たちの音楽を通して送る世界へのメッセージ。それは両親への感謝、生まれ育った地を愛する心、自然の保護、女性への愛と敬意、母国の歴史や祖先への愛などの重要性を思い起こさせることなんだよ。そうして最終的には、リスナーそれぞれの内なる力を目覚めさせ、未来を信じられるようにしたいんだ。」
モンゴルの大草原に示現したロックの蒼き狼は、遊牧民のプライドと自然に根差す深い愛情、そして西洋文明に挑む冒険心全てを併合する誇り高き現代のハーンです。
80年代後半から90年代にかけて、ソヴィエト連邦の崩壊と共にそのサテライトであったモンゴルにも、西側からの影響が津波のように押し寄せました。そうしてモンゴルの音楽家たちは、伝統を保護しつつ否応無しに新たな波への適応を迫られたのです。
エスニックなプライドと冒険のダンス。社会的、政治的、そしてもちろん音楽的にもモンゴリアンミュージックはその両極を自らの舞踏に組み込み進化を続けて来ました。それは西欧音楽のコピペではなく、ルーツを大樹に影響の枝葉を伸ばすアジアの審美。
「”Hu” という言葉をバンド名に選んだのは、それが包括的には自然を意味するからなんだ。誰も除外することなく、世界中全ての “人間” に僕たちの音楽をシェアしたかったからね。」
まるで英雄チンギスハーンのように、登場から僅かな時間で西洋を飲み込んだ THE HU は間違いなく現代モンゴル音楽の最高傑作と言えるでしょう。
東洋と西洋、伝統と革新の過激なコントラストが世界を惹きつけたのは確かです。一つ “Yuve Yuve Yu” (“What’s Going On?)” のMV は象徴的でしょう。「偉大なモンゴルの祖先の名を抱きながら、長い間無意味に暴飲暴食を貪るだけ。裏切り者よ、跪け!」現代文明とモンゴルの大自然は皮肉と共に相対し、モンゴルの伝統楽器や彼ら自身は意図的にロックの煌びやかなイメージに彩られています。もちろん、かつてのモンゴル帝国がアジアとヨーロッパの大半を支配下に置いていたのはご存知の通り。
そう、THE HU は西洋に端を発するロック/メタルのフォーマットにありながら、ドラムス以外のクラッシックなロックインストゥルメントを極力廃しています。
官能的な西洋のアピアランスを与えられたモリンホールやトップシュールは、ギターの嗎をアグレッシブに、フォーキーに、美麗にモンゴルの流儀で世界に響かせ、さらに伝統的な喉歌ホーミーはハーモニーの恩恵を与えながらメタルのグロウルを代弁してアジアの歴史、底力を伝えるのです。そうして生まれるは異国情緒のダイナミズム。
「ホーミーとは、僕たちが誰なのか、僕たちが何を知っているのか、僕たちがどこから来たのか指し示すものさ。ホーミーは “正直な人間の地” から来ていて、それこそが僕たちにとって心地よく誇れるものなんだ。」
THE HU が提示する “Hunnu Rock” “匈奴ロック” の中で主役にも思えるホーミーは、もしかすると西洋文明に潜む欺瞞や差別を暴く “正直な” メッセージなのかも知れませんね。なぜなら彼らは、”誰も除くことなく世界中全ての人間に” 自らの音楽、モンゴルの魂を届けたいのですから。
デビューアルバムのタイトル “The Gereg” とは、モンゴル帝国のパスポートを意味しています。多くのモンゴル人にとって、ロマンチックに美化された騎馬の遊牧民や自由を謳歌するモンゴル帝国のヒーローは西洋のストーリーテラーによって描かれた征服者のフィクションなのかも知れません。
しかし、ステレオタイプなメタルファンを惹きつけるそのイメージを入り口に、THE HU は “The Gereg” をパスポートとして、モンゴル本来のスピリチュアルで愛と敬意に満ちた美しき文化、景色、音の葉を少しづつでも伝えていきたいと願っているのです。
今回弊誌では THE HU にインタビューを行うことが出来ました。「祖先から受け継がれるホーミーを僕たちは真にリスペクトしていて、このテクニックをマスターする時は光栄な気持ちになるんだよ。」一人ではなく、メンバー全員からの回答と表記して欲しいとのこと。YouTube 動画再生数は3000万を軽くオーバーするモンスター。どうぞ!!
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH TAICHI NAGURA OF ENDON & KAPO OF SWARRRM !!
“To Me, Extreme Music In Japan Seems To Have a Spirit Kind Of “Fuck While Being Fucked” And Yeah…I Can Hear It. The Situation Is Often Forgotton Unconsciously.” By Taichi Nagura
“I’m Not Sure What The Punk / Hardcore Spirit Specifically Refers To. The Spirit Should Be Different For Each Individual.” By Kapo
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ERIC GUENTHER OF THE CONTORTIONIST !!
“After Being Established As a Band Securely In a Genre, It Takes a Lot Of Courage To Move Past That And Try To Evolve At The Risk Of Losing Fans, And That Was Always a Goal Of The Contortionist.”
KORN Embraces The Sound Of Grief, The Abyss Of The Void, And The Balance Between Darkness And Light With Their 13th Record “The Nothing”
THE GRIEF BEHIND “THE NOTHING”
「”The Nothing” は完全に悲嘆と追悼のレコードだよ。嘆きの曲もあれば、怒りの曲もある。全ては俺が経験したことだ。
俺が経験した感情や物事はまるで共謀してレコードの製作を阻んでいるかのようだった。本当に人生で最悪の年だったよ。
計画はなかったよ。青写真もなし。取り乱した男が自分の身に降りかかったただ酷い何かを理解しようとしていたんだ。正直な作品さ。実は妻の2ヶ月前に母も亡くなっているんだよ…。
だから姉以外全ての女性を人生で失っているんだ。俺はいつも音楽制作をセラピーと捉えているんだけど、だからこそ自分の人生を音楽で水に流してしまう必要があったんだ。ソロツアー、”Follow the Leader” の20周年プランが終わると、俺はひたすら音楽を書いて書いて、書きまくったんだよ。」
深淵、暗黒、虚無。その場所こそが “The Nothing” 生誕の地。そしてその場所こそ Jonathan Davis が、妻の Deven Davis を亡くした2018年の8月以来孤独に沈んでいた闇だったのです。
オープナー “The End Begins” でリスナーはそのアビスの淵を覗き込むことになります。「なぜ俺を置いていくんだ?」”終わりの始まり” で聴くことができるのは、Jonathan の嗚咽、絶望、嘆願、そして叫び。レコードのため意図的に作られた感情とは真逆の完全なリアル。”正直な作品” の言葉通り、Jonathan は今回の作品に偽りのない純粋な苦痛を反映させました。
「フェイクなエモーションなんて試したくもなかった。これはファーストテイクなんだよ。俺は時々感情的になりすぎるんだ。もちろん泣きたくなんてなかったよ。だけどそうもいかなくてね。ライブでもそうなることがある。このツアーで何回泣いたか知っているかい?俺はミスターマッチョじゃないんだ。泣きたい時は泣くんだよ。」
これほど彼が、自らに巣食う内なる悪魔を曝け出したアルバムはないでしょう。ギタリスト Brian “Head” Welch も “The Nothing” の制作が究極に直感的だったと認めています。
「Jonathan にとって作詞と作曲はまさにセラピーなんだ。苦しみを音楽と創造性に変えるようなね。彼が昨年経験したのは最悪の出来事としか言いようがないものばかりだった。こんな風に誰かを失うなんてね。だからこそ他のレコードとは別のレベルだと言える。特別で、とても生々しく、究極に本物の作品なんだよ。」
Jonathan は今も喪失と向き合い続けています。「今でも癒しを求めているよ。だけど対処法も学んでいるんだ。ツアーや音楽は俺の避難場所で、逃げ道で、教会なんだよ。確かに楽しいレコードではなかったけど、傑作だと感じている。精神科医に通う代わりに俺には音楽があるんだ。」
ただし、”The End Begins” のバグパイプについては実にポジティブです。「バグパイプは世界最高の楽器さ!とはいえ、全部のアルバムでやりたいって訳じゃない。特別じゃなくなっちゃうからね。だけど “Issues” のレコードを聴いてインスパイアされたんだ。俺が経験した全ての苦しみがこのインタルードに詰まっているよ。」
Jonathan は “The Nothing” の楽曲たちは、全て異なる悲しみのサイクルでステージだと主張しています。
「時間を切り取ったスナップショットみたいな感じだよ。例えば “Cold” は力強く反抗的な曲。苦しみや運命を跳ね返すようなね。一方で “The Darkness is Revealing” は不確かで疑いを抱くような楽曲だよ。つまりこのアルバムは全体が波のように押したり引いたりを繰り返すんだ。小さな、静かな、瞑想的な瞬間は、津波が砂に衝突するような騒々しいコーラスとブレイクダウンに拐われるんだ。 」
その2曲では特に顕著ですが、驚くべきことにこのダークなアルバムでそのメロディーの叙情味、ロマンチシズムは一層輝きを増しています。それはもしかすると、Jonathan がシリアルキラーや幽霊といった “死” の存在に圧倒され、魅了される一面が関連しているのかもしれません。
「俺は確かにダークな世界に魅了されてきた。ただ、年齢を重ねるに連れて “バランス” の重要性に気付き始めたんだ。俺の家ではしょっちゅうおかしな怪奇現象が起きるけど、実際は極めて平和な場所さ。つまり、光と闇の良いバランスが保たれているんだよ。俺にとって平穏とは、その2つが交わる場所にある。」
“Finally Free” は Deven Davis が長き薬物中毒との戦いから解放された安堵と悲痛を込めた葬送歌だと言及したのは James “Munky” Saffer。「中毒と戦った者を知っていれば、もしくは経験したことがあれば、もちろん俺もバンドのメンバーも大抵そうなんだけど、悪魔には贖えないって思う時もあるんだ。彼女は遂に自由になった。だからこのタイトルに決めたんだよ。」
クライマックスは KORN 史上最重とも言える “Idiosyncrasy” で訪れます。「神は俺をバカにしている。奴は笑って見ているんだ。」とそれでも彼が叫び、怒り、絶望を向けるのはしかし虚無に対してだけではなく、むしろ自分自身にでした。
“I failed”。 当然 Jonathan を責める人間など一人もいないでしょう。しかしアルバムにはクローサー “Surrender to Failure” まで、彼の “失敗” を犯してしまったという思いが貫かれています。涙を流しながら不安定に呼吸し、話し、歌い、贖罪の感情をぶちまけます。愛する人を救えなかった、上手くやれなかった。その感覚、トラウマはレコードを支配し、圧倒的な敗北感を植えつけるのです。アルバムが終わる瞬間、嗚咽の後の沈黙がその敗北感を乗り越えた証だとするのは少々希望的観測かもしれませんね。
TWENTY ONE PILOTS も手がける TNSN DVSN が情熱を注いだアートワークも素晴らしく KORN の音楽的感情的カオスと混線を反映していると Brian は語ります。
「沢山のビジュアルアートの中で俺らの目を引いたのが、このギターケーブルか何かのワイヤーのカオスだった。気に入ったと伝えたら、さらに磨きをかけ、ワイヤーで吊られた男はただ敗北し、荒廃しているように見えたんだ。何か大きなものを失えば、大きなトラウマに直面することになる。完璧なアートワークだよ。」
リリースデイトにも実は深い意味が込められています。「13枚目のレコードが13日の金曜日にリリースされる。しかも満月の日で、さらに水星逆行だ。つまり現実的にも比喩的にも、”星が並んで” いるんだよ。」
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH RICHARD HENSHALL OF HAKEN !!
“With The Digital Revolution And The Advent Of Streaming, The Musical Market Has Become Extremely Oversaturated, Which Can Often Make It a Little Overwhelming When Looking For New Music. However I Do Think There’s Wealth Of Great Music Out There If You Dig Deep Enough. I’m Always Hugely Appreciative That Anyone Gives Their Precious Time To Listen To Our Music, Especially Since There’s Some Much Amazing Stuff Out There.”
DISC REVIEW “THE COCOON”
「作曲に関して僕たちは、これがプログなのかメタルなのか考えすぎて特定の方向性へ舵を切ったりはしないようにしているよ。特定の影響に重きを置かないことが重要なんだ。ただ自分たちが聴きたい音楽を書いて、ただ望むのはファンが楽しんでくれることだけなのさ。」
今年の Progressive Music Awards で “UK Band of the Year” を獲得したもはやプログレッシブ世界を代表するバンド HAKEN。精密と重猛の並行世界を実現するプログ最後の希望を牽引するギターヴァーチュオーゾ Richard Henshall は、ソロプロジェクトの船出に “The Cocoon” 実験の “繭” の名を与えました。
Richard が RADIOHEAD を引き合いに出した様に、プログレッシブの言霊が例えばブラックメタル、スラッジ、オルタナティブ、ジャズといった異世界によりフィットするようにも思える現代において、クラッシックなプログの鼓動を21世紀にアップデートする HAKEN のレトロフューチャーな音楽観は実に貴重で尊い孤高です。プログサウンドの海に漂うアンビエント、djent, ソウル、ジャズ、ミニマリズム、シンセポップの漂流物は、音の航海を退屈から程遠い冒険へと導いています。
「ここ何年か、HAKEN は作曲の面で以前よりもメンバー間のコラボレートが増えているんだ。だから “The Cocoon” をリリースする完璧なタイミングに思えたんだよ。」
2013年のマイルストーン “Mountain” を境に、歌詞、そして音楽の面でもコラボレートを進めてきた HAKEN はバンドとして絶対的な完成の域へと達しています。ただし、故に創立者 Richard でさえ、創造物全てを吐き出すことはもはや許されないほどに高潔な存在へと進化したのかもしれませんね。だからこそこの “繭” の羽化は Richard 自身の解放であり、自由な羽ばたきです。
「ピアノは僕が初めて恋に落ちた楽器だし、創造性の解放を求める時しばしば重点を置く楽器でもあるんだよ。同時に、家にあったアコースティックギターでギターの基礎を学んで行ったんだ。」
不穏なピアノの絶景から荒れ狂ポリリズムギターの雪崩へと繭を開くオープナー “Pupa” はプレイヤー、コンポーザーの両面から Richard のユーティリティー性を描写する絶佳の招待状です。
演奏者としてのハイブリッドな才能は続くタイトルトラック “Cocoon” で一層露わになります。「僕は BON IVER や James Blake の大ファンなんだけど、彼らからボコーダーのインスピレーションを得たんだよ。」Richard を歌の地平へと駆り立てたのは、真のプログレッシブを音楽面、テクノロジーの面でも開拓するコンテンポラリーなアーティストでした。
「作曲やレコーディングにおいて、音楽の境界を少しでも広げるなら、僕はモダンなテクノロジーも楽しんで使用しているんだ。」その言葉は CHON のチルグルーヴを帆に受ける “Silken Chains”、アンビエントやエレクトロニカを存分に抱きしめた風光 “Limbo”、hip-hop を咀嚼する “Lunar Room” が証明しています。
同時に “Cocoon” の繭は彼の中の “ジャズ” を開花させました。敬愛する DREAM THEATER のトリッキーで複雑怪奇な遺伝子を受け継ぎながら、Eric Dolphy のサクスフォンで21世紀のプログメタル異常者を演じる Richard の異能、インテンスのダンスは THANK YOU SCIENTIST と肩を並べます。
「僕は別バンド NOVA COLLECTIVE ではよりジャズの方向を目指していて、HAKEN はもちろんプログメタルの領域にあるね。だからこのソロプロジェクトで両方の影響を等しく祝えるのはクールだよね。」
そうして、彼の中のジャズとプログメタルを並列に並べたパラレルワールド “Twisted Shadows” はまさしく現在の Richard を投影した交差する音影だと言えるでしょう。”Djent Reinhardt” よろしくメタルとジャズを交互に繰り出す Richard の両刃は、鍵盤の魔術師 Jordan Rudess のロックなアグレッションとしなやかに同化し未曾有のカタルシスを創出します。さらに HAKEN の盟友 Ross Jennings の憂いを帯びた “ゴキブリ王” の歌唱と LEPROUS を想起させるシンコペーションのリズムを伴った楽曲は、21世紀プログメタルの理想形とも言える多様性と冒険心を具現化していくのです。
David Maxim Micic, Marco Sfogli といったモダンギターヒーロー、新進気鋭 BENT KNEE のメンバー、さらに CYNIC の新ドラマーに任命された Matt Lynch の参加によって、”The Cocoon” が一際強力な現代プログレッシブの怪気炎、目眩く桃源郷となっていることを付け加えて置きましょう。
今回弊誌では、Richard Henshall にインタビューを行うことができました。「僕はいつだって貴重な時間を割いて僕たちの音楽を聴いてくれる誰にでも大きな感謝を捧げているんだよ。だって世界は素晴らしい音楽に充ちていて、その中から選んでくれているんだからね。」 どうぞ!!