COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【JERRY CANTRELL : I WANT BLOOD】


COVER STORY : JERRY CANTRELL “I WANT BLOOD”

“I Felt Like I Was Operating At The Top Of My Abilities As a Singer, For Sure. I Think I’m Growing. I’m Trying To Get More Consistent At Everything. That’s The Goal”

I WANT BLOOD

「私はこのレコードのファンだ。もし私が私でなく、ALICE IN CHAINS のメンバーでなかったとしても、ALICE IN CHAINS の作品と私が作ったソロ作品のファンになっていただろう」
ヘヴィ・ミュージックの世界は永遠に流動的で、新しい声は台頭し、常に驚くべき進化を遂げています。
2024年夏季オリンピック・パリ大会では、開会式でフランスのメタルバンド、GOJIRA が大活躍を果たしました。7月、このバンドは、かつてマリー・アントワネットが幽閉され、死刑判決を受けた中世のコンシェルジュリー宮殿で、火柱が立ちのぼり、窓から何人もの首を切られたアントワネットが歌う中、雷鳴のように19世紀のフランス国歌 “Ah!Ça Ira” を轟かせました。
セーヌ川のほとりから世界中に、妥協のないメタルが鳴り響いたことに、Jerry Cantrell は目を細めます。
「クールで意外な選択だと思った。時代が良い方向に変わってきているのかもしれない」
もちろん、変わるものもあれば、変わらぬものも存在します。Cantrell にとって、創造の瞬間はこれまでと同じです。その感覚は、彼が若いギタリストとしてシアトルのガレージやベッドルームで過ごした時間と何ら変わらないのですから。
ALICE IN CHAINS のギタリストは、そうした初期の日々をはっきりと覚えています。
「そこでマリファナを吸ったり、RUSH のレコードを聴いたり、ドラムキットが半分しかなくても仲間と一緒に演奏してみたり。そういうのが好きだったんだ」

シアトルのシーンも懐かしく回想します。
「私たちの前にも、HEART や QUEENSRYCHE がいてずっと活気のあるシーンだった。音楽や芸術が盛んな土地でね。大都市じゃないから、誰からも干渉されずに熟成する時間があった。そして、ここで何かが起こっていると感じ、気がつけば自分もその一部となっていた。19歳や20歳の若者にとっては、それはかなりクールなことだった。
我々はMTVを開拓した最初のバンドともいえた。SOUNDGARDEN もね。シーンにとっては、MOTHER LOVE BONE も本当に重要なバンドだったし、MAD HONEY も、GREEN RIVER もいた。彼らみんなが小さな足がかりとなった。
一緒に仕事をしていなくても、我々はそれぞれが個人として、グループとして、お互いに助け合っていたよ。そしてその成功のひとつひとつが、より大きなものへとつながっていき、臨界点に達して、PEARL JAM や NIRVANA が誕生したんだ」
だからこそ、Cantrell は UK のバンドに大きな影響を受けたといいます。
「私はイギリスのバンドに大きな影響を受けた。JUDAS PRIEST, BLACK SABBATH, LED ZEPPELINなど当時はあの場所に素晴らしい音楽が圧倒的に多かった。量も質もね。これらのバンドはすべて、何らかの形で、互いに影響を与え合ったり、刺激し合ったり、誰かが別の道を進むための分岐点を作ったりしていた。そういう環境は、私たちの小さな町で一握りのバンドで起こったことと似ていて、健全なレベルの尊敬と同時に競争があり、それがすべてのバンドの成長に拍車をかけたんだ。多くのUKバンドも同じだと思う。
だから “British Steel” が好きなんだ。すべてのメタル・ヘッズにとって特別で時代を代表するレコードのひとつだ。Dimebag やVinnie Paul と何度一緒になったかわからないけど、Dime はいつも首にこのカミソリの刃のペンダントをしていたね。
このリフは、私が最初に弾き方を覚えたリフなんだ。K.K. と Glenn Tipton は、メタル界における名デュアル・ギターで、Rob Halford はまさに最高だ。彼のような人はいない」

一方で今、ロサンゼルスやシアトルの自宅のリビングルームで、Cantrell と彼の仲間たちは、アンプとペダル、電子ドラム・キットに接続し、ヘッドホンをつけて演奏します。彼の横に座るのは、ベーシストのDuff McKagan (Guns N’ Roses) と Robert Trujillo (Metallica), ドラマーの Gil Sharone (Marilyn Manson, Dillinger Escape Plan) と Mike Bordin (Faith No More), そしてコンポーザーでギタリストの Tyler Bates。
そうしてある日、”Let It Lie” となる曲が誕生します。完成したその曲は、Cantrell の新たなソロ・アルバム “I Want Blood” に収録されていますが、Cantrell はそれを、”クソみたいにドロドロしている” と表現しています。うなるギター、プログレッシブな中間部、ビッグ・ロック・ソロ、そして Cantrell の歌声からなるドロドロの叙事詩。”誰にでも呪縛がある/原始的な闘争衝動がある/相手の中に自分が見えるか?”
Cantrell にとってこの曲は、初期の SOUNDGARDEN を彷彿とさせる、重厚で荒涼としたロック・チューンで、彼がよく知るグランジの初期を彷彿とさせるもの。リビングルームでたむろしていたロック野郎たちが、偶然インスピレーションを得た瞬間から物語が始まりました。
「フリーフォームのジャムをやっていて、偶然あのリフを見つけたんだ。そうしたら Bates が別の何かで反応した。彼はただ、クールだね、という感じで私を見ていた。ジャムの段階やデモの段階では、少しローファイにしておくのが好きなんだ」

2021年のソロ・アルバム “Brighten” と同様にオールスター・ミュージシャンをフィーチャーした “I Want Blood”。ただ、”Brighten” は Cantrell にとって19年ぶりのソロ・プロジェクトでした。
その19年の間に彼は、2002年の Layne Staley の悲劇的な死によってキャリアを絶たれた ALICE IN CHAINS の復活に集中していました。彼らのカムバックは2009年の “Black Gives Way to Blue”。これはかつての AC/DC のように、ダイナミックなフロントマンの死後、ロックバンドが成功した珍しいケースとなり、アルバムはゴールドを獲得し、ビルボード200で5位を記録しました。その後、シンガーの William DuVall を迎えてさらに2枚のアルバムをリリースした ALICE IN CHAINS は、ツアーとレコーディングを積極的に行うユニットとして完全に再確立され、今年はラスベガスで開催された注目のシック・ニュー・ワールド・フェスティバルで話題をさらいました。
ALICE が確かな地盤を築いたことで、Cantrell はダウンタイムを手にし、1998年の “Boggy Depot”、2002年の “Degradation Trip” に続くソロ・キャリアに戻ることができました。このシンガー兼ギタリストはそうして “Brighten” で、エンニオ・モリコーネのハードロックと傷ついたバラードのコレクションで、新たな伸びを見せたのです。
「あの経験の後、私は燃え上がっていたんだ。もう少し早く仕事に取り掛かりたいと思ったし、時間とチャンスがあるうちにもう1枚やりたいって思ったんだ」
名は体を表す。アルバム・タイトル “I Want Blood” はまさに Cantrell の乾きと情熱を表しています。
「ALICE IN CHAINS の共同マネージャー、スーザン・シルバーとシック・ニュー・ワールド・フェスのためにヴェガスにいたとき、彼女に訊かれたんだ。タイトルは “Fuck You” でしょ?ってね!彼女は正しかった!私のカタログには、”Dirt”, “Facelift”, “Degradation Trip” など、強力なタイトルがいくつかあるからね。運が良ければ、核となる曲のひとつからタイトルをもらえたり、作品を体現するようなものをもらえたりする。”I Want Blood” という曲には、その両方があった。このアルバムはハードな内容なので、この曲のトーンがぴったりだと思ったんだ」

“I Want Blood” の曲の中で浮かび上がってくるのは、もっとヘヴィなもの。威嚇的な “Vilified” は、渦巻くギター、轟く Trujillo のベースラインと Sharone のドラムビート、そして Cantrell の特徴的な歌声が何層にも重苦しく重なりアルバムの幕を開けます。”Off the Rails” と “Throw Me a Line” を含め、ここにはたしかに ALICE IN CHAINS の初期から彼が生み出してきた印象的で陰鬱なロックのフックが溢れています。
「作曲だけでなく、ギターの演奏も歌もリスクを犯した。最高の作品というのは、自分が心地よくない場所にいるときに生まれるものなんだ。それをやり遂げられるかどうかわからない。もう少し安全なことをしよう。そんな考えは捨てて、とにかくやってみるんだ。そうすれば、きっと普段はやらないようなことをやったり、自分を追い込んだりして、自分が目指しているよりも高い目標を達成できるはずだ。中心から少しずれた、少し危険な感覚を味わうことができる。そして、偉大な作品になる可能性を秘めたものを作る良いチャンスを手に入れるんだ」
この9曲入りのアルバムは、Cantrell と Joe Barresi のプロデュースにより今年初めにレコーディングされました。セッションは、カリフォルニア州パサディナにあるバレージのJHOCスタジオ(ジョーズ・ハウス・オブ・コンプレッション)で、赤レンガの壁とヴィンテージ機材に囲まれて行われました。Cantrell は、TOOL, SLIPKNOT, QUEENS OF THE STONE AGE など、メジャー・アーティストとの仕事で知られるプロデューサーとのコラボレーションについて説明します。
「彼のスタジオに入ると、まるで10軒のギター・センターがひとつに詰め込まれたようで、過去50年分の機材で埋め尽くされているんだ」

陰鬱な “Echoes of Laughter” は、彼らが集まるたびに Bates が演奏していたリフから始まりました。マリリン・マンソン、HEALTH、Starcrawler のサウンドトラック作曲家、プロデューサーとして高く評価されている彼は、”Brighten” でも Cantrell の主なクリエイティブ・パートナーでした。ツアーにも帯同し、サウンドチェックや楽屋、そして Cantrell のリビングルームのジャムセッションで、このリフは何度も登場します。
「このレコードには、しばらく前から循環しているリフがいくつかある。家を探しているんだ。いいリフなんだけど、どこに置いてくれるんだい?僕の家で、 Bates がちょっといじり始めたんだ。俺は “お前はそれを弾き続けろ。それで何か作ろう”って。
僕はこう言ったんだ。君が思いついたんだってね。あの曲は、ほとんど彼が書いたものなんだ。でも、本当にエモーショナルで、映画のような曲だ。人生の美しさと有限性に触れている。私たちの人生はすべて終わってしまう。でも物語の中には、最初から最後まで美しい瞬間がたくさんある。この曲は、祝福すると同時に手放すというテーマに少し触れているんだ」
Cantrell は喪失感の歌詞で音楽に応えました。”君を横たえて、放して、太陽に咲く花/ざわめき、移動が始まった/もう二度と会わないし、抱きしめることもない”
「それはごく一般的な人間の経験だ。歌詞を書くときは個人的な歴史や他の人が目撃した人間的な瞬間に基づくことが多い、それは決して簡単なことではない。苦悩するよ。歌詞はクソ最悪の部分だ。出来上がったときは最高だけど、すごくイライラするんだ。音楽がまずあって、それから、よし、一体何を言えばいいんだ?この素晴らしい音楽を、バカなことを書いてすぐに台無しにすることもできるんだからね。
でも何かが形になり始めるまで取り組むんだ。多くの場合、出来上がるまで何が何だかわからないんだ。それでも時々、これはどこから来たんだろう?良い歌詞を書くには、第一に、個人的なものでなければならないと思う。自分自身、自分自身の感情、自分自身の感覚、自分自身の観察から始めなければならない」

Layne Staley の悲劇的な死も、Cantrell が対峙した喪失のひとつ。
「我々はそれぞれに個性的な好みがあった。彼が好きなもの、私が好きなものがそれぞれあって、その間にあるものをたくさん共有していたんだ。彼は本当に不思議な能力を持っていてね。誰かの喋りを一度聞いただけで真似できたり、映画のセリフをそのまま繰り返したり、ジョークを言ったりしていした。彼には、そういう模倣力があったんだ。
彼もハーモニーが好きだったし、私もそうだった。一緒に曲作りを始めたときは、自然の成り行きに任せていたね。ただ曲を作って、自分たちのスタイルを見つけようとしていた。他のアーティストの真似を1年ほど続けた後、やっと“これはクールじゃないか? これこそ自分たちの音楽だ”と思えるものに出会ったんだ。
どのバンドにも言えることだけど、本当に自分らしいと思えるアルバムを作るまで、試行錯誤に結構かかったりするよね。でも、私たちはデビュー作の “Facelift” ですでに、90~95%くらいは自分たちの音楽にフォーカスできていたと思う。まだ捨てきれていないものや、古い皮膚のようなものが残っていただけでね。
それは私たちが一緒に作り上げたものだった。だから、今でもそれを演奏し続けることでいい気分になるし、彼のことを思い出すこともできる。もちろん、彼がいなくなってとても寂しいけど、一緒に過ごした時間や一緒に作った音楽には感謝している。私たちが一緒に始めたものを私はこれからも続けていくよ」
だからこそ、”Let It Lie” では Cantrell がギターと同じくらい切れ味鋭い唸るような言霊を披露しています。
「これは個人的な人間関係の歌詞だ。自分の人生において、対立する誰かとどんな関係であっても、それをプラグ&プレイ “すぐに接続” することができる」

Cantrell にとって、インスピレーションは様々なところからもたらされます。彼のギター・ヒーロー、Joe Walsh のインタビューもそのひとつ。そこには、彼が1973年にヒットさせた “Rocky Mountain Way” の歌詞について書かれていました。
「彼は完全にふさぎ込んでいるのに、バンドは “おい、歌詞が必要だ” と言ったんだ。それで、彼はただ意識の流れに身を任せ始めたんだ。彼は立っていて、ロッキー山脈を見ているんだ。そして、”彼はこう言っている、ああ言っている” という歌詞は、彼のマネージャーからの電話だったんだよな」
Cantrell は、Walsh は彼の中に足跡を残したクラシック・ロック時代の多くのプレイヤーの一人だと説明します。
「JAMES GANG、ソロ・キャリア、EAGLES……彼が大好きなんだ。彼は偉大なソングライターであり、偉大なシンガーだ。素晴らしいギタリストだ。トーンも素晴らしい。Joe は僕の個人的なリストの中でも上位に入るね」
まだ多感な子供時代、Walsh の1978年の自伝的シングル “Life’s Been Good” をラジオで聴いたことを彼はしみじみと思い出します。そこには、パーティー、リムジン、マセラティ、ホテルに住み、壁を壊し、会計士に全部払ってもらうといったロックスターの退廃的な話がありました。そのすべてが幼い Cantrell には響いたのです。彼は結局、10年か20年後にヒットメーカーとなったハードロック・バンドのメンバーとして、似たような経験をすることになります。
「私はそうしたロックな物語のいくつかを生きてきた。個人的には経験したことがなくても、経験した人の隣に立っていたことはある。だから、私は犯罪の現場にいたようなものだね」

“I Want Blood” では、”Held Your Tongue” で Cantrell の歌詞の一部が露わに。冒頭のヴァース全体をアカペラで歌っています。初期の ALICE IN CHAINS のレコーディングから、Cantrell はバンドのボーカル・サウンドの重要な要素で、彼のラインは Staley のラインと混ざり合い、強烈に一目で AIC とわかるスタイルを作り出していました。彼のソロ・アルバムでも、そのスタイルは維持されています。しかし、たとえヴァースであっても伴奏なしで歌うことは、Cantrell がボーカリストとしての自信を深めていることを示唆しています。
「確かに、今はシンガーとして自分の能力の頂点で活動しているような気がした。私は成長していると思う。何事にももっと一貫性を持たせたいと思っているんだ。ギターを弾くのも、歌うのも、曲作りをするのも、プロデュースするのも、他の人と一緒に仕事をするのも、うまくプレイするのも。
そうすれば、避けられない浮き沈みが起きても、少なくとも戻るべきベースラインがある。前作では、ステップアップしたように感じた。今回のアルバムでは、特にボーカルにおいて、もう一段階上がったような気がするよ」
例えば、”Off The Rails” や “Afterglow” のような彼独特の、陰鬱でありながらキャッチーなメロディはどこからくるのでしょうか?
「私がミュージシャンになりたいと思ったのは、Elton John のバンドを好きになったことがきっかけだった。”Tumbleweed Connection” が好きでね。アメリカーナのような雰囲気があるんだ。私の印象では、Elton はアメリカを愛していると思うんだ。ポップスやロックンロールだけでなく、カントリー・ミュージックの要素もあるかもしれない。そしてこれには南部の雰囲気があるんだ。”Country Comfort” と “Amoreena” は、このアルバムの中でも特に好きな曲だ。
Elton には何度か会ったことがあったけど、彼はいつもとても物知りで、バンドにとても興味を持ってくれた。彼が僕らの曲 “Black Gives Way To Blue” をレコーディングすることになった頃に、私はそれを知ったんだ。彼は ALICE IN CHAINS の大ファンなんだ。彼自身がファンだから、いろんな音楽について常にアンテナを張っていて、すごく詳しい。自分にとって一番の音楽的インスピレーションの源である人物に、自分の曲で演奏してほしいと頼むなんて…それはとても意味のあることなんだ。まさか彼がイエスと言ってくれるとは思ってもみなかったけどね。私は彼にメールを書き、その曲の意味、特に Layne に敬意を表したいこと、あの曲は和解し、”親友よ、さようなら” と言い、同じ本の新しい章を生きるためにバンドとともに前進するために書いた曲だと説明した。彼はあの曲を聴いて、こう言ったんだ。”この曲の一部になりたい。感情がとても純粋で、この曲でピアノを弾きたい” ってね。私にとってもバンドにとっても、これまでで最もクールな出来事のひとつだ」

アルバムは、ドリーミーなギター・パターンとエレガントなギター・ソロ、伸びやかな単音で終わる壮大な “It Comes” でその幕を閉じます。Cantrell にとってこの曲は、PINK FLOYD とその象徴的なギタリストである David Gilmour への感謝の念と呼応しています。
レコーディング・セッション中、Cantrell は突然ひらめき、ギターのシングル・ピックアップに顔を近づけ、”Another Brick in the Wall, Part 2″ の不朽の名セリフを叫びました。
「”肉を食わなきゃ、プリンも食えないだろ?”よく聴いてみると、この曲の最後の瞬間にそのようなボーカルがあったことがわかる。その場の雰囲気に流されて、ただ面白いと思ってギターに向かって叫んだんだ」
PINK FLOYD への愛情は深く、Gilmourが彼の本質的なギター・ヒーローだといえますが、実際に会う機会はないといいます。
「いつかあの人と2、3時間一緒に過ごしたいよ。少なくとも、2、3時間ね。私は Gilmour が大好きだ。PINK FLOYD も大好きだ。彼らは私にとってビッグ・バンドなんだ。あのテイストを出すつもりで書いたわけじゃないんだけど、自然とそうなったんだ。この曲には、私のフロイドに対する感謝の気持ちと、ちょっとした煌めきの要素が含まれていると思う。あの人たちに触れることはできない。アンタッチャブルだよ。私にとって PINK FLOYD は、常にとても視覚的なバンドだった。音楽を聴いていると、いろんな場所に連れて行ってくれるし、風景や人物を見ることができる。私はいつも彼らのそういうところが好きだった。曲作り、パフォーマンス、プロダクション・レベル、特に当時としては、とても重層的で、とても豊かで深みがあった。私は Gilmour を尊敬するギタリストのトップ5に入れているんだ」
当然、シアトルの血脈として BLACK SABBATH も Cantrell の血肉となっています。
「私が最初に聴いたサバスのアルバムは、実は “Vol. 4” で、でもそれでいいんだ。あとは “Paranoid” も完璧に近いと思う。サバスにはヘヴィネスとダークネスがあり、それは私たちのサウンドに直接影響を与えたとしてよく引き合いに出される。たしかにその血統をたどることができるし、それはシアトルの多くのバンドに言えることだと思う。
サバスはフロイドと似てとても視覚的なバンドでもあるけれど、ただもっと直感的なんだ。オジーがホラー映画のサウンドトラックを作ろうとしていたというインタビューを読んだことがある。テーマは常にかなり暗く、殺伐としていて、テーマ的にも歌詞的にもパンチが効いていたからね。Tony Iommi も私のお気に入りのギタリストの一人で、とても影響を受けたよ」

Cantrell は自身のギターリフの特徴をどう捉えているのでしょうか?
「グランジはチューニングが少しずれていて、フルベンドとは言えないリフが多い。僕の曲には、大きくベンドするリフが多いんだ。これは僕の特徴のひとつなんだ。サバスの Tony Iommi や Ace Frehley を聴いていて、そう思うようになったんだ。Frehley は大のベンダーで、僕も子供の頃は彼の大ファンだった」
デュアル・ギターのバンドが Cantrell の好みです。
「私は長年 AC/DC のファンだった。”Highway To Hell” も “Back in Black” も完璧だと思う。とても巨大で、とても衝撃的で、私にとっても、何百万人もの人々にとっても、人生のしおりのようなものだった。
奇妙なことに、ALICE IN CHAINS は彼らが経験したことをいくつか経験した。私たちはメンバーの死を経験し、続けていく決心をし、それを成功させた。私たちのバンドは、ある意味パラレルなんだ。
バンドを始めたころは、私はどんなバンドでもリズム・プレイヤーだったから、Malcom にとても共感していたし、いつか Angus のようにリードを弾きたいと思っていた。彼は驚異的なリード・プレイヤーだけど、バンドのバックボーンはリズム・ギターだといつも思っている。私が好きなバンドの多くは、デュアル・ギターのバンドだと思う。IRON MAIDEN も SCORPIONS もね。ALICE IN CHAINS を始めた当初は、本当はもう1人ギタリストが欲しかったんだけど、他のメンバーがギタリストを欲しがらなかったから、もう少し弾けるようになる必要があったんだ(笑)」
ギタリストとして、同じシアトルのあの偉人も Cantrell に大きな影響を与えました。
「Jimi Hendrix はシアトルのローカルヒーローの一人で、私たちは同じ道を歩いた。彼と同じ町の出身であることを誇りに思っていた。このバンドのごく初期の頃、私たちは墓地まで車で行き、彼の墓に行ってビールを数本くすねたりしたのを覚えている。多くの人がそうしていることも知っていた。だから、もしマリファナが少なかったとしても、墓に行けば必ずマリファナが1、2本はあったよ……私たちも何度かやったけどね!(笑)みんな、ギターのピックや時にはマリファナ全部を置いていくんだ。そして私たちはジミと一緒にいて、人々が彼の墓に置いていったマリファナを吸った。
彼は驚異的なギタリストだった。彼のバンド、あのレコードのトリオは伝説的だ。”Are You Experienced?” は、私が最初に出会った彼のアルバムだ。そして今でもベストだと思っている。彼は革新者であり、極めてユニークだった。彼は時の試練を乗り越える独自性を持っていた。同レベルのギタリストは、Eddie Van Halen しかいない」

その Van Halen は彼の恩人です。
「彼は私の友人でそう呼べたことを誇りに思っている。1990年頃、半年ほど彼らのツアーに同行したとき、彼らは私たちに最初のブレイクのきっかけを与えてくれた。
最初にファースト・アルバムを聴いたんだ。そして最初の一音から……それがどんなにマジカルだったかを覚えている。ジミヘンと同じだよ。だからふたりを引き合いに出すんだけど、彼らは時代の違う兄弟のようなものだと思うんだ。完全に唯一無二なんだ。Eddie の前には Eddie のようなサウンドを出す人はいなかった。でも、その後に彼のようなサウンドを出したり、彼の真似をしようとしたりした人は山ほどいた。
タッピング奏法をやってみたけど、全然ダメだった。あのレコードは、ギタリストになりたいと思っていた子供にとって、まるで達成不可能な目標みたいなものだった。
数年後、私たちは本当にいい友達になった。彼は新しいギターとアンプを持っていた。それを買っていいかどうか、少し安くしてもらえないかとか、そんなことを尋ねたのを覚えている。彼はこう言ったんだ “そんなのクソくらえだ、お前にやるよ!”」
Cantrell が夏のツアーで全米を回る中、”I Want Blood” で作った曲のほとんどは、”Vilified” を除いて秘匿されることになりました。90年代、ALICE IN CHAINS は次のアルバムに収録される予定の新曲をロードテストすることが度々ありましたが、それはスマートフォンが普及する前の時代だから。ファンが前夜のライヴの全編をハイビジョン映像でYouTubeにアップする時代ではありませんでした。
彼らが “Would?” や “Rooster” のような曲をテストしていた当時は、時折海賊がテープレコーダーをショーに忍び込ませ、サウンドボードに接続する以外は問題ではなかったのです。そのような傷だらけの録音を聴くのは、いずれにせよ選ばれた一部の人たちだったから。
「一般的に、私は最初にその曲のベスト・ヴァージョンを聴いてもらいたいんだ。それから、ビデオとかが氾濫するのはいいんだ。やり方が変わってきたし、おそらく多くの他のアーティストもそうだろう」

Cantrell は後ろを振り返ることにあまり時間を費やさないといいますがしかし、このギタリストは自分自身を音楽、ロックの連続体の一部だと考えています。
「私はバトンを手渡されたコミュニティの一員なんだ。そして、そのバトンを他の人々、次の世代のミュージシャンに渡すことができ、彼らがそのバトンを受け取り、自分のレースを走るのを見ることができた。とてもクールなことだよ。崇高な努力だよ」
昨年4月のシック・ニュー・ワールドのギグの後、具体的な計画がないとしても、ALICE IN CHAINS が彼の次なる舞台なのは確かでしょう。
「いつかはまたロックに戻るつもりだよ。それがいつになるのか正確にはわからないけど、適切な機会が訪れたり、”そうだ、やろう” と決めたら、やるつもりだよ。両方できるのはいいことだ。私の経歴を見れば、私のハートがどこにあるかわかるよ。私はアリスに生き、アリスを食べ、アリスを愛している。バンドにいることが大好きなんだ。でも、たまには船から出てひとりで泳ぐのもいい。それは健康的なことだ。ボートはいつでもすぐそこにあるし、泳いで戻ることもできる。それは私たち全員にとって変わらないことだ」
ソロ・キャリアを模索することは、ここ数年、アリスが現在進行形で取り組んでいるように、刺激的な場所であったと彼は言います。
「自分の直感に従うこと、自分らしくあること。この2つを実行すれば、勝っても負けてもうまくいく。それが私たちのモットー。何をするにしても、この2つから始めるようにしている。自分の直感を信じ、自分に賭けるんだ」


参考文献: REVOLVER :JERRY CANTRELL: “YOU CAN LOOK AT MY HISTORY AND YOU KNOW WHERE MY F**KIN’ HEART LIES”

KERRANG!:“It’s some of the best work I’ve done”: Jerry Cantrell takes us inside his new solo album I Want Blood

Trace The Bloodline: Jerry Cantrell Of Alice In Chains’ Favourite Albums

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DIAMOND CONSTRUCT : ANGEL KILLER ZERO】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH KYNAN GROUNDWATER OF DIAMOND CONSTRUCT !!

“Bands Like Korn And Linkin Park Blend New Things Together So Well. We’ve Always Looked Up To The Nu-metal Genre For Being Something Truly Unique. That’s What We Want To Do In a Modern Way.”

DISC REVIEW “ANGEL KILLER ZERO”

「KORN や LINKIN PARK のようなバンドは、当時の新しいものをうまく融合させていた。だからこそ、僕たちは Nu-metal というジャンルが本当にユニークなものであることを常に尊敬してきたんだ。僕たちは、ああいうことを今の現代的なやり方でやりたいんだ。誰かが僕らの音楽を聴いたときに、”あれは DIAMOND CONSTRUCT だ!”と言ってもらえるような、新しくてすぐ認識できるものを作りたいんだよ」
CODE ORANGE, VEIN, SPIRITBOX, LOATHE, VENDED, TETRARCH といった新鋭の登場、 MADVAYNE や SATAIC-X の復活、そして SLIPKNOT や KORN, DEFTONES の奮闘によって Nu-metal は再びメタルのトレンドへと返り咲いてきました。興味深いのは、あの奇妙で雑多な電子的重量感が、近年メタルの原動力となった “ノイズ” と絶妙な核融合を起こしていることでしょう。オーストラリアの DIAMOND CONSTRUCT は、そのノイズと Nu-metal の核融合を使って、メタルコアの原石をダイヤモンドの輝きへと磨き上げました。
「メタルコアというジャンルが非常に規則的で、特定のサウンドやリフの書き方があるせいで門戸が閉ざされているようだということには、僕たちもまったく同意見だよ。だからこそ、僕たちは常にオリジナリティを大切にしてきた。DIAMOND CONSTRUCT を他の誰かのように聴かせたくない。だから、他のバンドが残してくれたサウンドから影響を受けつつも、自らのサウンドを拡大させようとベストを尽くしているんだ」
実際、DIAMOND CONSTRUCT は、ヘヴィ・ミュージックの暗闇に多様でエレクトロニックな光の華を咲かせることに成功しています。それは、メタルコアという箱の鍵を解き放ち、”ニュー・メタルコア” の潮流を押し進めることにもつながりました。だからこそ彼らは、SPIRITBOX, THOUSAND BELOW, そして HARPER といった印象的なバンドを擁するあの Pale Chord における最初のオーストラリア人ロースターとなることに成功したのです。
そして、EMMURE, ALPHA WOLF, DEALER を源流とし、DIAMOND CONSTRUCT や DARKO US を巻きこんで大きな津波へと成長したその波は、日本にまで到達して PALEDUSK, PROMPTS のようなバンドが海を渡る力にもなったのです。
「Braden はとてもユニークな人だ。時代の流れに逆らうのが好きで、期待されることをするのが嫌いなんだ。Wes Borland, Josh Travis, Jason Richardson のようなギタリストへの愛が、彼をペダル・ダンスというニッチなテクニックを見つけるまでに成長させたんだ。彼は、自分が最もシュレッディでテクニカルなギタリストではないかもしれないことを知っているからこそ、他の多くの人ができないことをやっているんだ。僕たちは、全員がギターという楽器の限界を押し広げるのが好きなんだ」
そんなトレンドを “開拓” した彼らが世界から注目を集めた一因が、ギタリスト Braden Groundwater の “ペダル・ダンス” でした。シュレッドとテクニックが溢れるインターネットの世界で、DIAMOND CONSTRUCT は楽器の扱いにおいても常識にとらわれず、ノイズと色彩の新たな潮流を生み出していきます。Braden は驚異的スピードや奇抜なテクニック以外にも、ギターには様々な可能性があることをペダルのタップダンスで巧みに証明していきました。白には200色ありますが、Braden のサウンドはきっとそれ以上に万華鏡の可能性を秘めています。
「アニメやゲームが持つオーラといかにマッチしているかということに、多くの共通点やつながりがあることに気づいたんだ。個人的な成長や失恋、恋愛、グループとの境界を乗り越える物語。それがこのアルバムのテーマだ。ファイナル・ファンタジーのようなゲームがもたらすストーリーに似ているよね。だからそれと連動させるために、ゲームから抜粋した声でインタールードを書いたんだ。僕たちが作った音楽とテーマにマッチしたビジュアルを表現することは、すべて理にかなっていたんだ」
そうして生み出されたダイヤのサウンドは、”Angel Killer Zero” で日本の文化と見事に融合を果たします。日本のアニメやゲームは、孤独感、失恋、幼少期のトラウマ、そして目を見張るような成長という、人生をナビゲートするようなストーリーで世界を魅了してきました。誰もが経験するような物語だからこそ、彼らはそのテーマに感化され、メタルと共に開拓することを心に誓いました。そうした普遍的で、しかし特別な勇気をもらえるようなテーマは、SNS も駆使して世界中多くの人に自身の音楽を届けたいと願う今の彼らにピッタリだったのです。
今回弊誌では、ボーカリスト Kynan Groundwater にインタビューを行うことができました。「最近、僕たちは、本当に注目されたり、注目を浴びるためには、現代のソーシャル・メディアを把握しなければならないことに気づいたんだ。それは、音楽と同じくらい重要なことなんだってね。だから僕たちは、その世界を学び、それに取り組み、より上手になり、より一貫したものにすることを自分たちに課したんだよ」 Wes Borland に影響を受けたギターっていいね。どうぞ!!

DIAMOND CONSTRUCT “ANGEL KILLER ZERO” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【KANONENFIEBER : DIE URKATASTROPHE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NOISE OF KANONENFIEBER !!

“The Topic Of War In The Metal Genre Is Often Handled In a Provocative And Glorifying Way. We Wanted To Create a Contrast To That And Develop a Project That Depicts War In Its Worst Aspects, Serving As a Warning.”

DISC REVIEW “DIE URKATASTROPHE”

「メタル・ジャンルにおける戦争の話題は、しばしば挑発的で美化された方法で扱われているという点で意見が一致した。私たちはそれとは対照的に、戦争を最悪の側面から描き、警告の役割を果たすようなプロジェクトを展開したかった。戦争における苦しみと死は時を経ても変わらないものだから、今日の世界の緊張に照らしても特に適切なテーマだと思ったんだ」
例えば、SABATON や ACCEPT のように戦争の英雄譚を語るメタル・バンドは大勢います。それはきっと、メタルならではの高揚感や攻撃性が、勇壮な勝利の物語と素晴らしくシンクロするからでしょう。
しかし、彼らの描く戦争はあくまでファンタジー。ファンタジーだからこそ、酔いしれることができます。実際の戦争にあるのは、栄光ではなく悲惨、殺人、残酷、無慈悲、抑圧に理性の喪失だけ。誰もが命を失い、魂を失い、人間性を失う。だからこそ、戦争の狂気を知るものが少なくなった時代に、KANONENFIEBER はその狂気を思い出させようとしているのです。
「KANONENFIEBER の真正性は、大衆に理解されやすいことよりも私にとって重要なことだから。私の英語力では、兵士たちのスラングを正確に伝えることはできないんだ。そして、もうひとつの重要な要素は、私が扱う手紙や文書がドイツ語で書かれていることだ。私はそうした兵士の手紙や文書をもとに歌詞を書いているし、多くの文章を直接歌詞に取り入れているからね。だから、KANONENFIEBER にドイツ語を使うのは論理的な選択だった」
KANONENFIEBER がその “教育” や “警鐘” の舞台に第一次世界大戦を選んだのは、そこが産業化された大量殺戮の出発点だったから。そして、”名もなき” 市井の人や一兵卒があまりにも多く、その命や魂を削り取られる地獄のはじまりだったから。
だからこそ、彼らは戦争の英雄、戦争を美化するような将校やスナイパーではなく、数字や統計で抽象的に描かれてきた名もなき弱者を主人公に選びました。顔のない被害者たちに顔を与える音楽。そのために KANONENFIEBER の心臓 Noise は、当時の残された手紙や文献、兵士の報告書をひとつひとつ紐解き、心を通わせ、バンドの歌詞へと取り込んでいきました。
そうして、”Die Urkatastrophe” “原初の災難” と名付けられたアルバムには、採掘チームが戦線の地下にトンネルを掘り進めた苦難や(”Der Maulwurf”)や、オーストリア=ハンガリーがロシア軍からリヴィウ/レンベルクを奪還した地獄の戦い(”Lviv zu Lemberg”)といった真実の戦争が描かれることとなりました。
「デスメタルとブラックメタルは、私たちが選んだ戦争を最悪の側面から描くというテーマにとって最高の音楽的出口だ。これほど危険で抑圧的なサウンドでありながら、同時に雰囲気があってメランコリックなジャンルは他にないと思う。それに、私はこうしたジャンルにいると単純に落ち着くというのもあるね」
そしてそのストーリーは、凶悪さと物悲しさを併せ持つ、ほとんど狂おしいほどのエネルギー、メタルというエネルギーによって紡がれていきます。Noise のカミソリのような叫びや地を這う咆哮は兵士や市民の恐怖を代弁し、パンツァーファウストのように地鳴りをあげるトレモロに夕闇の荘厳とメランコリーが注がれていきます。そうして流血、死、絶望にまつわる物語の糸は戦場エフェクトや話し言葉の断片によって結ばれ、アルバム全体を有機的にあの暗黒の1910年代へと誘っていきます。
我々はこの狂気の嵐の中から、当時の戦災者の言葉から、戦争の非道、虚しさ、地獄を読み取らなければなりません。安全な場所から大きな声で勇ましい言葉を吐く英雄まがいほどすぐ逃げる。彼らは決して自分の体は張りません。だからこそ、KANONENFIEBER は匿名性を貫き、顔の見えない負けヒーローを演じ続けるのです。
今回弊誌では、Noise にインタビューを行うことができました。「私の家から車で10時間もかからないところで、戦争が起こっている。過去の領土主張をめぐって、人々が残忍にも他人を殺しているんだ。私には理解できない。私は政治的な教養があるわけではないし、政治的な対立について議論しようとは思わない。しかし、何事も暴力が解決策であってはならないと信じている。すべては言葉を交わすことと、譲り合いによって解決できるはずなんだ」ANGRY METAL GUY で滅多に出ない満点を獲得。どうぞ!!

KANONENFIEBER “DIE URKATASTROPHE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ZEMETH : MIREN】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JUNYA OF ZEMETH !!

“When I Realized That What I Was Intoxicated With Was Probably Not Metal, But Melody Itself, There Was Almost No Music That I Didn’t Like.”

DISC REVIEW “MIREN”

「こんな闇鍋みたいなアルバムがあってもいいんじゃないかという気持ちで “Miren” を仕上げまして、本当にメタルを自称していいのか…?と疑問に思うような曲もありつつ、これも新時代のメタルとして世間に受け入れて頂きたい気持ちもあります。個人的に何を持って”メタル”とするのかはジャンルよりもマインドの方が大切だと思っております。演歌をメタルという人も居るわけですし、メタルとは非常に深い概念だと思いますね」
何をもって “メタル” とするか。それはもしかしたら、フェルマーの定理を解き明かすよりも難解な問いかもしれません。しかし少なくとも、メタルに対する愛情、情熱、そして知識を持つものならば、誰でもその定理へとたどり着くための挑戦権を得られるはずです。北海道を拠点とする JUNYA は、まるでピタゴラスのようにその3平方を自在に操り、メタルの定理を新時代へと誘います。
「閉鎖的なコミュニティで”わかってる”音楽を披露するのも楽しいかもしれませんが、とにかく誰でもいいから僕の音楽が届いて欲しいという思いが一番強いです。ライブの感動や音楽を通した人の温かみを知らずに北海道の辺境で生きてきた自分が初めて音楽に目覚めてイヤホンやスピーカーを通して感じた感動を誰かにもZemethで味わってほしいと思っています。メロディが持つ力というものは自分の中で何事にも代え難いものなので、それを皆様にも体感して頂く為にもこれからもメタルというマインドを携え色々な挑戦をしていきたいと思っております」
JUNYA がメタルの定理を新たな領域へと誘うのは、ひとりでも多くのリスナーに自分の魂ともいえる音楽を届けたいから。何もない僻地で暮らしてきた彼にとって、音楽の神秘と驚異はイヤホンとスピーカーからのみもたらされたもの。しかし、だからこそ、JUNYA はその冷たい機械を介して音楽がどれほどの感動や温もりを届けられるのか、孤独の隙間を埋められるのかを骨身に沁みて知っています。
もはや、ZEMETH の音楽を聴くために “メタル” の門を開ける必要はありません。メロディに酔いしれていたら、それがメタルだった。そんな感覚で世界は ZEMETH の虜になっていくでしょう。
「メタルが無いっていうのはメタラーとしてどうなんだとは思いますが、Falcom、村下孝蔵、ZABADAKが僕の中の3大人生を変えたアーティストなんです。やっぱり世の中のアーティストはもっと音楽の話をするべきだと思いました。ルーツや影響を提示してこそ、その人の音楽の真意が見えるのだと思います。だって自撮りとか音楽関係無い自分語りばっか上げて音楽の話をしないアーティストって中身が見えなくて何考えてるかまるでわからない!僕は自分が生んだ楽曲が生まれた過程は大公開したいですし、僕自身の人となりよりも音楽的な部分を楽しんでほしいです」
アルバムには、イースを中心としたファルコム・ミュージック、スパニッシュ・メタル、ジャニーズ、つんく、ボカロ、アニソン、インフルエンサーに歌謡曲と実にさまざまな要素が飛び交いますが、それでも貫かれるのはメロデスの心臓ともいえる慟哭の旋律。JUNYA はその精製に誰よりも自信があるからこそ、何の “Miren” もなくジャンルの壁を壊していきます。
“音楽の話をしよう”。JUNYA のその言葉は明らかに、音楽を伝えるために音楽以上に重要となってしまった SNS や “バズ” に対する強烈なアンチテーゼでしょう。そして、彼には中身を明け透けにしてもなお、誰にも真似できない旋律の魔術師たる誇りと信念、そして揺るがぬ覚悟が備わっています。
“あくまでコンポーザー”。ボーカルが入っていても、インストのような感覚が強い ZEMETH の音楽。それはきっと、すべてのパート、すべてのトーン、すべてのリズム、すべての音欠片がただメロディのために、楽曲のために働いているからでしょう。
“音楽をファッション感覚で聴く人って音楽にリスペクトが無い気がしてそれこそシャバいとは思うのですが、本当~~に正直に言うと僕はチャラい音楽を聴いてるような女性が好きです!!” それはそう。それはそうなんですが、孤独や僻地の閉塞感を埋めるのは決してチャラい音楽を聴いているような女性だけではないことを、実は JUNYA 自らが証明し、誰かの希望となり続けているのです。
今回弊誌では、JUNYA にインタビューを行うことができました。「僕が心酔しているのは恐らくメタルではなくメロディそのものなんだと気づいた頃から、苦手な音楽はあれど嫌いな音楽というものはほとんどなくなりました」 “PURE IGNORANCE” で一瞬静寂が訪れ、チャイムが鳴り響き、そして爆発する瞬間ね。これが才能よ。どうぞ!!

ZEMETH “MIREN” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DEFILED : HORROR BEYOND HORROR】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH YUSUKE SUMITA OF DEFILED !!


(ALL PHOTOS BY SHIGENORI ISIKAWA)

“I Think Everyone Has Something They Love And Can’t Get Enough Of. If We Pursue It With Full Curiosity And Love, We Can Reach a Certain Point, Even If We Are Complacent.”

DISC REVIEW “HORROR BEYOND HORROR”

「情報過多の中、限られた時間で好みの音楽を選別する慣習ができ、最初の30秒でジャッジされる軽薄な時代になったという憂いはあります。何度も聴かないと良さがわからない音楽、最初の30秒では把握できない音楽の中にも優れた音楽は沢山あります。それらがスキップされる時代になるのは音楽文化の退行にすらつながると思います。それは寂しい話です」
ストリーミング、SNS、切り抜き動画が溢れるインスタントな時代において、だからこそ DEFILED の音楽と哲学はギラリと異彩を放っています。”最初の30秒では把握できない音楽”。それはまさに DEFILED の作品のこと。
DEFILED の音楽はさながら、モナコGPのように知性とスリルと驚きを兼ね備えています。時速300キロのストレートから40キロのシケインへと減速し、曲がりくねったコースを闘牛士のように絶妙にいなし、シフト・チェンジを重ねながら前へ前へと突進を続ける。
もちろん、楽曲の中でストップ&ゴーを駆使するバンドは少なくありませんが、彼らのようにオフ・キルター (意図的にズラした) なリズムで混乱と好奇心を誘いつつ、フレーズやパッセージの端々で巧みにスピードをコントロールできるバンドは他にいないでしょう。そこはまるでランダムに見えて精巧な設計図のあるフリージャズの世界。そしてそのカタルシスは当然、何度も何度も聴き込まなければ得ることのできない失われたアークです。
「デスメタルというジャンルも勃興からすでに30年以上の歳月が経ちジャンル内における歌詞表現、世界観の幅も多様化し広がった感はあるかもしれません。音楽性だけでなく歌詞もいろんなアングルからの表現があるのはデスメタルというジャンルの発展によい事ではないでしょうか。ハードコアやクロスオーバー・スラッシュでは社会的問題などを直接的に歌うバンドも多く、それらのファンだった私にはそういう歌詞を自身のバンドに取り込む事に抵抗感はありませんでした」
その音楽同様、DEFILED の哲学や扱うテーマもジャンルのステレオタイプに安住することはありません。”Horror Beyond Horror”、”ホラーを超えたホラー”、そう題されたアルバムで彼らは、デスメタルの主要テーマであるホラー以上に恐怖を誘う、現代社会や世界の暗い状況を的確に描写しています。
近年、デスメタルとハードコア、デスメタルとブラックメタル、デスメタルとスラッシュの異種交配が進む中で、デスメタルに隠喩以上の直接的な社会的テーマ、抑圧に対する怒り、分断に対する嘆き、不条理に対する叫びを持ち込む若いバンドが増えてきました。DEFILED はSF、ディストピアの鏡に現代社会を映し出すことで、その先駆者としての矜持を存分に見せつけています。
「私たちがやっているような音楽は、必ずしも大金を稼げるとは限りませんし、利益のためだけにやっているわけでもないです。”人とのつながり” が原動力になっている面もたくさんあります。そして、”好き” 者同士が、互いの信頼と友情によって有機的に連携するシーンでもあります。私たちは幸いなことに、長年そのような状況で仕事をすることができ、それが私たちの前進を促してきました。お互いを尊重し合ってこそ、前進できます」
そんな DEFILED の誇り高き異端、ステレオタイプとの離別は寛容さと共感を内包したデスメタルへの情熱が原動力となっています。あくまで母数の少ない、ニッチなデスメタルというジャンルで生きていくことは簡単ではないでしょう。それでも、DEFILED が例えば、 “SLAYER meets VOIVOD meets MORBID ANGEL” などという強烈な枕詞で海外からも大きなリスペクトを集められるのは、”好きでたまらないもの” を真摯に、情熱を持って追いかけ続けたから。
そして好きでたまらないからこそ、情熱を注いでいるからこそ、愛があるからこそ、好奇心を失わないからこそ、彼らはデスメタルへの盲信を求めません。実際、今回のアルバムでもサンバやフラメンコの要素を大胆に取り入れ、挑戦者であり続けています。こうした “プリミティブ” で “生々しい” 音色でエクストリーム・ミュージックを叩きつける求道者も今ではほとんどいないはずです。これだけドラムを “楽器” として使いこなせるメタル・バンドがどれだけ存在するでしょうか?”Battery” ソロ前のフィル的なフレーズが奇妙奇天烈に広がる “Syndicate” の脅威よ。ちょっとした反復のリフでも、音の数や並び、スピードに譜割りを少しずつ変えてくる緻密さ、それでいてなおいささかも失わなわれない凶暴には脱帽しかありません。
だからこそ、DEFILED が望むのはきっと盲信ではなく共感。そして寛容な心。謙虚に挑戦者で求道者であり続ける DEFILED のその姿が、自然と共感を呼び、リスペクトを呼び、そうして好きと好きのつながり “Love Beyond Love” が広がっていくのです。
今回弊誌では、DEFILED のレジェンド、住田雄介氏にインタビューを行うことができました。「デスメタルに限らずですが人は好きで好きでたまらない、というモノが誰でもあると思うのです。前頭葉を揺さぶるような感動体験が皆さんあると思います。それらを好奇心と愛を全開で追求すれば仮に独りよがりでもそれなりの地点に到達できるのでは、と思います」プログレッシブ・ミュージックのファンにもぜひ聴いてほしい!!どうぞ!!

DEFILED “HORROR BEYOND HORROR” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BLOOD INCANTATION : ABSOLUTE ELSEWHERE】


COVER STORY : BLOOD INCANTATION “ABSOLUTE ELSEWHERE”

“A Lot Of People Would Say, ‘I Don’t Even Listen To Any Metal At All, But This Record Somehow Does It For Me,’ Which I Found Amazing”

ABSOLUTE ELSEWHERE

「PINK FLOYD をどう説明する?彼らはサウンドトラックを作った。他のこともやっていた。”彼らはメタルやロック、プログのバンドだ” と言われるのではなく、ただ “バンドの名前だ” と言われるような立場にいることは、とてもクールなことだと思う。そして、僕らもその段階に差し掛かりつつある。BLOOD INCANTATION はただ BLOOD INCANTATION なんだ」
一見、BLOOD INCANTATION の作品はとっつきにくいように思えるかもしれません。デンバーの実験的デス・メタル・バンドは、過去10年間、音楽的挑戦だけでなく、一見不可解で幻覚的なイメージも包括する世界に肉薄してきました。その哲学は、彼らの歌詞だけでなく、アルバムのアートワークにも浸透しています。
つまり、BLOOD INCANTATION を完全に理解するには、エイリアンやピラミッド、オベリスクの意味を理解しようとする必要があるのです。CANNIBAL CORPSE が “スター・ウォーズ” なら、BLOOD INCANTATION は “2001年宇宙の旅”。
難解な音楽を披露するバンドにもかかわらず、彼らは幅広く多様な聴衆を惹きつけることに成功しています。2016年に発表された初のフルアルバム “Starspawn” は、バンドの土台を築き、より壮大でプログレッシブな野心を示す、最初の突破口となりました。しかし、扉を大きく開けたのは2019年の “Hidden History Of The Human Race” でしょう。その代表曲は18分ものサイケ・エピック “Awakening From The Dream Of Existence To The Multidimensional Nature Of Our Reality (Mirror Of The Soul)” であるにもかかわらず、”Hidden History” は2010年代で最も幅広く評価されたメタル・アルバムの1枚となりました。そうして、ブルース・ペニントンの象徴的なアルバム・ジャケット(グレーのエイリアン、淡いブルーの空、謎の浮遊物)をあしらったTシャツは、インディ・ロックのライヴで見かけるくらいに有名になったのです。
ギタリストの Morris Kolontyrsky は、「多くの人が、”私はメタルをまったく聴かないのに、このレコードはなぜか聴いてしまう” と言うんだ」 と目を細めます。

めまいがするほど広大な3枚目のLP “Absolute Elsewhere” を発表する準備中、彼らは増え続けるファンベースに対して過激なまでにオープンな姿勢をとりました。アルバムの発表と同時にDiscordチャンネルが開設され、そこでバンドはリスナーとたわむれたり、たわごとを言い合ったりしています。
彼らは、アルバムを構成する2曲のロング・トラックのうちの1曲目、”The Stargate” のMVを兼ねたショート・フィルムのプレミアに出席し、ベルリンの伝説的なハンザ・スタジオでのセッションを詳細に描いたドキュメンタリーの制作を監督しました。メイキング・ドキュメントのタイトルは、ハンザでミックスされた CAN の名曲から引用した “All Gates Open” “全ての扉は開いている”。ドラマー Isaac Faulk はその意味を説明します。
「このドキュメンタリー、そしてアルバムのエトス全体がオープンであることなんだ。自発性に対する開放性、コラボレーションに対する開放性。積極的に指示したり、箱の中に押し込めようとするのではなく、僕たち全員が波に乗っていたこの相互の創造的衝動。だから、すべての門が開かれているんだ」
BLOOD INCANTATION には最初から、濃密でクレイジーなアイディアが詰まっているけれど、そこにリスナーを招き入れたいんだ。隠された神秘的なものになろうとしているのではない。純粋なレベルで人々に関わってもらいたいんだ」
ハンザ・スタジオを訪れ、POWER TRIP や自身のバンド、SUMERLANDS のプロデュースで知られる Arthur Rizk とレコーディングを行った BLOOD INCANTATION。彼らがデビュー以来テーマとしてきたのは、人類の進歩に対する地球外からの影響と、すべての生命の相互関連性でした。ハンザの異質な環境に身を置くことは、新しいレコーディングの雰囲気を形成するのに役立ちました。
「壁には香のようなものが染み込んでいて、何十年も何十年もそこでレコーディングしてきた人たちの何かがそこにあるんだ」
ハンザのスタジオはまさに “Hidden History” でした。彼らは、ブライアン・イーノがデヴィッド・ボウイのエンジニアリングをしていたときに、ミキシング・デスクの脇の壁に自分の名前を書き込んだ場所を見ます。ボウイのレコーディングで使われたピアノがスタジオに残っていて、その音はアルバムに収録されました。TANGERINE DREAM が使用したマイク(おそらく現在では35,000ユーロの価値がある)は、”クローゼットの中” だったと、彼らはまだ信じられない様子で言います。そして BLOOD INCANTATION はそのすべてを “Absolute Elsewhere” に注ぎ込み、さらに9,000ユーロ相当のシンセサイザーを追加購入したのです。

バンドは、市内にある練習場で、9日間かけてアルバムの曲を40〜50回通しでリハーサルしました。ハンザ入りする前の週末、彼らはオリンピアシュタディオンで行われた DEPESCHE MODE のギグに8万人の観客とともに参加しましたが、このイギリスのシンセ・ポップ・グループも3枚のアルバムををハンザで制作していたのです。
“Absolute Elsewhere” の核心には、BLOOD INCANTATION の核心と同じように二律背反が存在します。一見、このアルバムは近寄りがたく、謎めいた作品でしょう。曲は2曲だけで、両者とも3つの楽章に分かれており、そのそれぞれが20分を超えています。そして BLOOD INCANTATION の過去のどのリリースよりも、デスメタルの攻撃性にクラウト・ロック、ダーク・アンビエント、70年代プログからの大胆なアイデアを加えており、作品の最も密度の高い部分では、アイデアからアイデアへと奔放に自由気ままに飛躍していきます。
その一方で、ギター・パートは、エクストリームであっても豊かなメロディーを奏で、かつてはミックスの奥深くに埋もれていた Paul Riedl のボーカルは鮮明。そのフレージングとアーティキュレーションを重視した彼の歌は、間違いなく BLOOD INCANTATRON 史上初めて、キャッチーを極めています。そして Riedl はクリーン・ボーカルを多く披露もしています。つまり、”Hidden History” が、ほとんど偶然に広く一般的なファン層を見出したとすれば、”Absolute Elsewhere” は、さらに多くの人々に届く態勢をしっかりと整えているのです。
「”Absolute Elsewhere” のサウンドは断固としてブルータルで、これまでのどの作品よりも飛躍的にテクニカルでプログレッシブだ。ただ、その過激さとは裏腹に、よりメロディアスでキャッチーで親しみやすい。この巨大で残酷なものの泥沼の中で、キャッチーな部分があればそれでいい。BLOOD INCANTATION の影響範囲は常に外に向かっているのだから。だから、僕たちが最初の範囲から外れたのものから学び始めることは避けられないし、常にそれらを大きな血の呪文のピラミッドに組み込んでいくんだよ」
BLOOD INCANTATION の誰もが、2022年にリリースされたアンビエント作品 “Timewave Zero” なくして “Absolute Elsewhere” はあり得なかったと信じています。4人のメンバー全員が典型的なギターとドラムの代わりにヴィンテージのシンセサイザーを演奏していたアルバムを、気に入った人も批判した人もいました。しかし、バンドにとって “Timewave Zero” は、自分たちのサウンドのパラメーターを広げる手段であり、同時に創造性の奥行きを広げる方法でもあったのです。”Timewave Zero” の経験は、バンドが “こうあるべき” という既成概念を打ち砕きました。
「メンバーと、異なる方法で、異なる言語で、一緒に音楽を演奏する方法を学んだ。僕たちはそして、”Timewave Zero” を通してより親密な友人にもなれたんだ」Kolontyrsky は言います。「”Absolute Elsewhere” では、その感性が発揮されたのだと思う。僕たちの絆はとても強いから、誰かの最悪のアイデアでも、誰も敬遠したり馬鹿にしたりすることはないんだ。
僕らはメタル・バンドが非メタルのレコードを作るのが好きなんだ。10代の頃、エクストリームでアンダーグラウンドなブラックメタルやデスメタルに夢中になっていて、CORRUPTED のようなバンドが大好きだった。あるいは ULVER のようなバンドは、すぐにアコースティックになり、その後、これまで以上にハードになって戻ってくる。そうしたバンドはすべて、サウンドスケープやアトモスフィアを取り入れている。彼らはそれをまったく恐れていない。彼らは逆張りをするためにやっているのではない。自分たちの音楽がいかに高尚かどうかを証明しようとしたわけでもない。彼らはただ、自分たちの旅路をたどるアーティストであり、僕たちのような若く多感な人々に、メタルにノンメタルを取り入れることが完全に可能であることを示しただけなんだよ。物理的に可能なことなんだ」

そう、彼らはモダン=多様性という、モダン・メタルの方程式を完全に理解しています。そして、もうひとつの重要なステップは、バンドが昨年秋にリリースした両A面シングル “Luminescent Bridge” でした。デスメタルのルネッサンスについて、まだ知らない人は多いかもしれませんが、しかしそれはアンダーグラウンドの洞窟でますます大きく鳴り響いています。CANNIBAL CORPSE や OBITUARY が活動を続け、会場の規模をアップグレードしているのと同様に、このサブジャンルの新しい形態もまた台頭してきているのです。そのひとつがコズミック・デス・メタルで、人体の切断を歌った曲を避け、人間存在に関するより広い形而上学的な問いを探求することを好んでいます。
昨年9月15日、コズミック・デス・メタルの先駆者2組が新曲を発表しました。トロントの TOMB MOLD が発表した “The Enduring Spirit” は、90年代のスピリチュアルな先達、CYNIC のサイケデリックな洗練に大きく傾倒した驚異的な作品で、最終曲の “The Enduring Spirit Of Calamity” は、クリスタルのようなギター・ソロと長く繰り返されるリフレインを含み、デスメタルに対する既成概念を大きく変えました。
同日、デンバーの BLOOD INCANTATION が12インチ・マキシ・シングル “Luminescent Bridge” をリリースしました。タイトル・トラックは、シンセとクリーン・ギターによるマントラのような作品で、2022年のアルバム “Timewave Zero” のアンビエントな実験性を引き継いでいましたが、A面の “Obliquity Of The Ecliptic” では、地球を震撼させるアルバムのメタリックな炎を宿しながらメロディックに飛び立ちました。
つまり、”Absolute Elsewhere” の鼓動するメロディックなハートは、”架け橋” のおかげでここまで完全に露わになったのです。「”Luminescent Bridge” の両面は、”Hidden History” よりもメロディーを取り入れやすくなっている」と Riedlyは言います。「”Obliquity Of The Ecliptic” の最後に巨大でヘヴィーなメタル・ギター・ソロがある。高揚感があって、メロディアスで、勝利的なんだ。それから “Luminescent Bridge” はほとんどメロディックなパートばかりだ。不協和音は最初と最後のスペース・サウンドだけ。それ以外はすべて、繰り返しのギター・リフ、繰り返しのギター・メロディ、そして大きく舞い上がるカラフルなメロディがある。でも、とてもシンプルなんだ」

BLOOD INCANTATION のサウンドスフィアでは、時間は平坦な円となり、まるで、彼らが長年にわたって発表してきたすべての音楽が、独自の次元に同時に存在しているかのよう。既知の音楽宇宙のはるか彼方への彼らの旅は、私たちの現実を構成する最も小さな粒子、存在の大きな理論、そして私たちの意識そのものを探求するもの。Issac Foulk は言います。
「僕はよく、多くのバンドは自分たちのサウンドにこだわりすぎると、その輪を自ら小さくしてしまうと言ってきた。でも僕らは、自分たちのサウンドを追求していくうちに、輪が大きくなり、さらにいろいろなものが加わっていくような気がするんだ」
BLOOD INCANTATION は、彼らの愛するビデオ・ゲームで例えれば、RPGでキャラクターがレベルアップするように、スキルツリーを通してレベルアップしているように思えます。レコードを出すたびに、バンドはXPを獲得し、新しいスキルをアンロックしていくようです。
「リリースのたびに、僕たちはハードウェアの能力を最大限に引き出している」とフレットレス・ベースの使い手 Jeff Barrett は言います。「そしてうまくいけば、僕たちは学び、次のリリースでハードウェアを拡張して、さらにその学びをプッシュすることができる」
BLOOD INCANTATION が “Absolute Elsewhere” に望んでいたのは、Faulk に言わせれば、「大きくて、壮大で、自由で、境界のない、超越した存在」になることでした。
“The Stargate” では、激しいリフが残響の多いダブのようなセクションへと進み、PINK FLOYD の “Echoes” のジャム・セクションを想起させるパッセージへと展開します。そして彼らは、あからさまに David Gilmoure 風のギター・ソロを聴かせます。そして嵐の前の静けさ、シンセサイザーとアコースティックの波の音。
「BLOOD INCANTATION は当初から、デスメタル以外のエクストリーム・メタル(特に90年代と2000年代)が、いかに様々な方向に突き進む音楽であるかに興味を持っていた」と Faulk は証言します。
“The Stargate” は、無限の宇宙に奉仕する儀式的な肉体の破壊を描いています。「すべての生命は一時的なものであり、永続するものは意識である」

一方で、Riedl と Kolontyrsky の音楽的応答が、アルバムのB面 “The Message” です。”The Stargate” が BLOOD INCANTATION のこれまでのビジョンの集大成だとすれば、”The Message” は彼らが向かっている “絶対的な別の場所”。
この曲は、エクストリーム・メタル内部の戦争をシミュレートしているかのよう。恍惚としたブラックメタルのセクションが近年最高のスラッシュ・メタル・リフと競い合う至高。彼らはその高尚な音楽性ゆえに、狙った場所にハンマーを振り下ろすことができるのです。
Faulk がこの曲の中でサイケ・ロック・セクションと表現している部分は、彼にとって特別な挑戦でした。小節のタイミングがとても奇妙だったので、彼はリハーサルの間中、コンピューターで曲を追いかけ、躍起になってタイミングを捕まえようとしていました。
“The Message” の歌詞は、バンドの哲学的な水域に深く潜り込み、瞬間の陶酔状態を認めていきます。それは Faulk が「強烈な明晰さ、一体感、ありのままを受け入れること」と表現するもの。
「僕たちの音楽がやろうとしていることのひとつは、ジャンルだけでなく、バンドがなりうるもの、バンドができることの境界線を押し広げること。僕らは10年以上前にもこのようなことを話していた。これは、BLOOD INCANTATION の大きなテーマだった。自分たちがどこから来たのか、何者なのか、自分たちの深い信念を再考すること……。世界史や人類の起源に地球外生命体が影響を及ぼしている可能性。
それは、哲学とアイデアのイースト・ミーツ・ウエスト(東洋と西洋の融合)だ。意識とは、西洋科学がそうみなしたもの、つまりニューロンがたまたま発火しているだけで、もっと深いものがあるわけではない。でも、もっと深く掘り下げていくと、もっと多くのことがあるように思えてきて、すべての意識とすべての生命との間には、もっと深いつながりがあるように思えてくるんだ」

“Absolute Elsewhere” は、キーボーディスト兼フルート奏者の Paul Fishman が結成した70年代のプログレッシブ・ロック・バンドにちなんで名づけられました。彼はエーリッヒ・フォン・デニケンの1973年の著書 “In Search Of Ancient Gods” にインスパイアされたコンセプト・アルバムをレコーディングするためにそのグループを結成。最も注目すべきは、KING CRIMSON の Bill Bruford がセッション・ミュージシャンとしてそこでドラムを叩いていたことでしょう。
奇妙な偶然ですが、ABSOLUTE ELSEWHERE の長らく行方不明だったセカンド・アルバム “Playground” が今年リリースされたばかり。BLOOD INCANTATION がアルバム・タイトルにこのバンドを引用し、Robert Fripp がボウイやイーノとハンザでレコーディングしたときと同じ空間を巡ったことで、宇宙の閉塞が解け、ABSOLUTE ELSEWHERE の作品が再び物質的に存在するようになったかのようにも思えます。
そして実際、”All Gates Open” のドキュメンタリーは、ハンザがこの作品のための適切な実験場であったことを明らかにしています。ハンザは、デヴィッド・ボウイとイギー・ポップがベルリンで重なり合った時代の中心にあったスタジオで、”Timewave Zero” に唯一最大の影響を与えた TANGERINE DREAM はこの場所でアルバム “Force Majeure” をレコーディングしていました。彼らはハンザでの大規模なセッションでそのすべてを活用することができたのです。Riedl がその喜びを語ります。
「同じ芸術的な道に身を置くだけでなく、僕たちが聴いてきたレコードで彼らが使ったのと全く同じ機材や回路を使うことで、僕たちがインスパイアされた伝説的な人々を解明することができた。ほとんどの場合、誰かがこの機材を持っていたとしても、貴重すぎて触ることはできないだろう。でも、スタジオ全体がそうだからね。スタジオには、展示されているのに使えない機材はなかった。すべて、使ってレコーディングするためにあったんだ」

機材だけでなく、バンドはゲスト・ミュージシャンも自由に起用し、アルバムの限界をさらに押し広げました。2005年から TANGERINE DREAM を率いている Thorsten Quaeschning は、”The Stargate” の第2楽章に瑞々しいシンセ・サウンドスケープを提供し、SIJJIN と NECROS CHRISTOS の Malte Gericke は絶叫するような死のうなり声と話し言葉のボーカルを母国語のドイツ語で加えました。しかしおそらく最も重要なのは、HALLAS のキーボーディスト Nicklas Malmqvist が名誉メンバーとしてバンドに加わり、ピアノ、シンセサイザー、メロトロンのパートを重ねることで、このアルバムの70’sプログへの傾倒を顕在化させたことでしょう。BLOOD INCANTATION のメンバー4人だけで構想・実行された “Timewave Zero” とは異なり、”Absolute Elsewhere” のシンセ・パートはメタル圏外から提供されたのです。そして、それが重要でした。
「メタル系の人がアンビエントを作ると、ある種特定のサウンドになる」と Riedl は認めます。「でも Nicklas の耳は “メタルっぽさ” から完全に切り離されていて、だからメロトロン・フルートのようなクレイジーなアイデアをたくさん持ってくるんだ。ドキュメンタリーの中で、彼が “あまりヒッピーっぽいサウンドにはしたくない” と言っているのがわかる。でも、それが僕たちの望みなんだ!僕たちは20年以上メタル・バンドをやってきたから、ヒッピー・サウンドにはできない。彼の頭脳はもっと自由だから、そういうインスピレーションを取り入れることができるんだ」
バンドがデスメタルの繭の外に出てハンザでレコーディングしたり、メタル外の人たちと共演したりするのは、メタルヘッズに一見異質な分野が織り成す成果を示し、明確なつながりを作るためでもあります。Riedl は、BLOOD INCANTATION が人々に示したいことの例として、クラウトロックのパイオニア Conrad Schnitzler が MAYHEM の “Deathcrush” に提供したイントロ、”Silvester Anfang” を挙げました。
「この巨大なタペストリーは、影響と創造性の連続体における僕らの位置を示している。僕たちは、リスナーに対して、自分たちがこの異世界に参加していることだけでなく、そうやって広がる “輪” が、彼らが想定しているよりもずっと近くて大きいものであることを説明しようとしているのさ」
「つまり、最もカルト的でアンダーグラウンドでブルータルなブラック/デスでありながら、同時に高尚なエレクトロニック・ミュージックや70年代のプログ・スタイルのレトロ・バンドの世界にも入り込めるということを示している」と Kolontyrsky は付け加えます。「このバンドが成長するにつれて、そうしたすべてのコーナーに同時に進出していく。このバンドが成長するにつれて、ニッチで小さなもののひとつひとつに突き進んでいくんだ」

Steve. R. Dodd のアートワークもこのアルバムに欠かせないピースのひとつ。
「アートワークは僕らの包括的な美学の一部であり、それぞれが全体的なコンセプトの段階的な拡大に貢献している。僕たちのリリースを見れば、”ああ、これは明らかに BLOOD INCANTATION だ” とすぐに見分けることができる。さまざまなアートワークに描かれたそれぞれの風景が、理論的には同じ宇宙内の新しい場所となりうるという意味で、僕らの視覚的宇宙の発展にとって重要なんだよね」
Riedl の “Absolute Elsewhere” の歌詞には、BLOOD INCANTATION のディスコグラフィ全体にも言えることでしょうが、そうした考え方が反映されています。神秘主義やオカルト、古代のエイリアンやシュメール神話へのベールに包まれた言及の下で、Riedl は根本的に人間のつながりについて、つまり、理解しているかどうかにかかわらず、私たちは皆、集合意識の中に組み込まれていると語っているのです。MAYHEM と CAN、TIMEGHOUL と TANGERINE DREAM を結びつけるのと同じ絆が、私たち一人ひとりを互いに結びつけるのです。
「ダンスの中で自分の居場所を認識すること/己のビートを時間内に知り、どこからステップを踏むべきか知ること” と、Riedl は “The Message” の中で歌っています。そのダンスを学べば、BLOOD INCANTATION の見かけの不可解さは消え去るはずです。
「リスナーに直接語りかけたかったんだ。僕が話そうとしていることを理解するため、その人が戦わなければならないようなことはしたくなかった。BLOOD INCANTATION を聴いているとき、彼らもまた僕たちの一部なのだということを、暗黙のうちに理解してほしかった。それは巨大な、つながった相乗効果で、彼らがどこにいようと、僕たちがどこにいようと、両者をつなぐ心の橋なんだ。いわば、リスナーは僕らに侵入するようなものさ」


参考文献: STEREOGUM:Opening The Gates With Blood Incantation

THE QUIETUS:Expanding the Circle: Blood Incantation Interviewed

WESTWORD:Blood Incantation Is Taking Death Metal to New Frontiers

ANTICHRISTMAG:Interview with Paul Riedl of BLOOD INCANTATION

弊誌インタビュー2019

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【CONSIDER THE SOURCE : THE STARE】


COVER STORY : CONSIDER THE SOURCE “THE STARE”

“Our Music Combines Influences From Turkish, Bulgarian, North and South Indian Styles With Jazz And Fusion, And Then We Filter It Through Our Own Heavy, Rock and prog sounds and approaches.”

THE STARE

CONSIDER THE SOURCE の音楽は、70年代フュージョン、伝統的な中東や中央アジアのスタイル、プログの難解とメタルの激しさを巧みにミックスしたものです。ギタリストの Gabriel Marin は、並外れたシュレッド、複雑なタイム感、伝統的スケールの博士号、稀有なるフレットレス・ギターの流暢さ、そしてエフェクトを操る多才すぎる能力を誇ります。そして、3機のペダルボード、17個のペダル、2台のギター・シンセサイザー、2台のアンプ、そして異形のカスタム・ダブルネックを持ってツアーする筋金入りの機材ジャンキーでもあるのです。
ニューヨーク出身の Marin はピアノから始め、16歳でギターを手に入れました。1年半後には Yngwie Malmsteen の “Far Beyond The Sun” を体得。ハンター・カレッジでクラシック音楽の学士号を取得し、インドの巨匠デバシシュ・バッタチャリヤの弟子となり、デヴィッド・フィウジンスキーに師事しました。OPETH や RADIOHEAD の傑出したカバーを披露する一方で、彼はまた、バ・ラマ・サズ、カマンチェ、ドンブラ、ドター、タンブール、ダン・バウなど、伝統的なアコースティック楽器の演奏法も会得しているのです。

「バンドを始めた当初はロックに傾倒していたけど、常に違う世界のものにも興味を持っていた。最初はグランジやシュレッダーから影響を受けた。Jerry Cantrell と Billy Corgan はグランジ系だった。10代の頃は Yngwie Malmsteen, John Petrucci, Steve Vai も好きだった。そういうプレイを学ぶことで、たくさんのギター・チョップを身につけることができた。僕は17歳で、ギターを始めて1年半くらいだったんだけど、イングヴェイの “Far Beyond the Sun” を弾けたんだ。”ああ、僕は何でも弾けるんだ!” って感じだったよ(笑)。
でもその後、2ヶ月の間にジョン・コルトレーンの “A Love Supreme” と John McLaughlin を聴いて、自分の音楽がすっかり変わってしまった。テクニックはそこそこだったけど、それ以上の意味があるように思えたんだ。コルトレーンが速いラインを弾いているとき、それは “この速いラインを弾いている私を見て” ではなかった。スピリチュアルな音の爆発だった。
僕は、”よし、これが自分のやりたいことだ” と思った。僕はいつも、顔で弾いたりギターを変な持ち方をしたりするような、ショー的なシュレッダーが苦手だった。それは僕には理解できなかった。でもそのふたりは一音一音に真剣で、超高速で演奏しているにもかかわらず、一切無意味なでたらめさがなかった」
オリエンタルな伝統音楽にのめり込んだのはなぜだったんでしょうか?
「その後すぐに、伝統音楽をギターで演奏する方法を見つけたいと思うようになり、インド、トルコ、ペルシャの音楽にのめり込んでいった。幸運なことに、偉大なミュージシャンと一緒にこうしたスタイルを学ぶことができた。僕はフレットレス・ギターを弾くので、伝統音楽のフレージングや装飾を正確に表現できるんだ。
僕は伝統的な楽器を使ってトルコやペルシャの古典音楽を演奏するために時々雇われるんだけど、そんな時でもフレットレス・ギターを持って行く!フレットレス・ギターをそのような場に持ち込むのはクールなことだ。CONSIDER THE SOURCE では、超未来的なサウンドを作るのが好きなんだ。僕らはトルコ、ブルガリア、北インド、南インドのスタイルからの影響をジャズやフュージョンと組み合わせ、それを独自のヘヴィ・ロックでプログなサウンドやアプローチでろ過しているんだ!」

たしかにフレットレスであることは、オリエンタルなサウンド・メイクに効果的です。
「フレットレスはスライドに最適なだけでなく、微分音も使える。中東のような多くの異なる文化では、ピッチとピッチの間にピッチがあるから、4分の1ステップや8分の1ステップといったものがあるんだ。
それに、フレットレスにEBowやサスティナー・ピックアップをつけ、ボリューム・ペダルを使えば、ギタリストというよりシンガーに近いサウンドになる。
僕はあまりコードを弾かないんだ。どちらかというとメロディックな単音奏者で、フレットレスはそれに最適な楽器なんだ。フレットを弾くときでも、流動的なピッチを得るために、ワミー・バーはずっと小指にあるくらいでね」
アラビアやインドの伝統音楽は、単にハーモニック・マイナー・スケールを演奏しているだけではありません。
「それが問題なんだ!インド音楽といえば、僕はインドのラップスティール奏者、デバシシュ・バッタチャリヤの弟子だった。彼は信じられないような人で、SHAKTI のレコーディングにも何度か参加している。僕はインドで彼と一緒に暮らし、彼がアメリカに来るときはいつも、1ヵ月間彼の家に滞在して本当に熱心に勉強したんだ。
あと、アゼルバイジャンのムガームのスケールも素晴らしい、 アゼルバイジャンでは本当に素晴らしい音楽が作られているんだ。他の国の人の耳にはなじみにくい音階を聴きたいなら、検索エンジンにその音階を入力して聴いてみて!」

フレットレスのもうひとつの魅力は、フレットレスに専念しているプレイヤーがほとんどいないことだと Marin は言います。
「僕はフレットレスを弾いているけど、シーンの誰もフレットレスを弾いていなかった。僕のフレージングのほとんどは、エレキ・ギターを弾かないミュージシャンから学んだものだ。未知の領域だよ。
最後にトルコを訪れたとき、ドゥドゥクを弾く人のレッスンを受けたんだ。僕がレッスンに現れたとき、彼は “ドゥドゥクはどこだ” と言ったので、僕はフレットレスを取り出した。彼は僕にどう教えたらいいのかわからなくて、何か弾いてみて、それをコピーさせて、僕のやり方が正しいかどうか教えてくれと言ったんだ。
管楽器で顎の圧力を下げる真似をギターでするんだ!それを理解するのは楽しかった。フレットレスのもうひとつの魅力は、フレットレスに専念している奏者がほとんどいないことだからね」
Marin は多くの伝統的なアコースティック楽器を演奏しますが、テクニックやスケール、モードといった面で、それはエレクトリック方面ににどの程度反映されているのでしょうか?
「スケールとモードは100パーセント。ここ10年ぐらいでトリルやスライドが自分の演奏に組み込まれたから、何を弾いても東洋の楽器のように聴こえてしまうんだ。それが今の僕の弾き方なんだ。でも、右手のテクニック、たとえばドンブラやドゥタールのテクニックは、ギターにはできないんだ。不思議なもので、ドンブラやドゥタール、あるいはサズを2、3時間弾いた後、ギターを手に取り、演奏できる状態になると思っていたのに、まるでまだ全然弾いていないかのようなんだ。まったく違うんだ。
フュージョンをうまくやるには、フュージョンしようとしている音楽の内側に入り込む必要があると思う。僕はトルコやペルシャの音楽を忠実に演奏することができる。そうやって、まずは正しい方法で音楽の言語を学び、それから自分の目的に向かうのが大切だと思う。
インド音楽を勉強していたとき、ちょっとブルージーな感じで弾いたら先生がすごく怒ってね。それが僕を変えた。よし、学ぶときは正しい方法で学ぼう。それから離れて演奏するときは、好きなようにやればいい。でも、それは分けて考えるんだってね」

伝統的な演奏方法と、CONSIDER THE SOURCE での解釈方法とは、明確に区別しているということでしょうか?
「伝統的な奏法について本当に研究しているのは、バンドで僕だけだからね。僕はバンド・メンバーのためにメロディーを弾き、彼らには自分のパートを書いてもらう。ふたりとも優れたミュージシャンだから、それぞれの持ち味を出してほしいんだ。例えば、ドラマーはダルブッカで育ったトルコ人じゃない。彼はドラムセットで素晴らしい演奏をする西洋人なんだ。彼はトルコのリズムを聴いて、それに合わせて自分なりの素晴らしいことをする。僕たちは決して伝統音楽をやっているわけではないからね。僕は伝統音楽を勉強しているけど、僕らはフュージョン・バンドなんだ」
CONSIDER THE SOURCE は変拍子も独特です。バンドが変拍子をダンスに適したリズムに分割する方法は、バルカン音楽にインスパイアされているのです。
「最初に変拍子を理解し始めたのは、DREAM THEATER の曲とか、わざと変拍子にしてあるようなプログの曲に合わせて演奏していた時だった。それからバルカン音楽を弾き始めて、深く衝撃を受けたんだ。装飾音やトリルなど、すべてが魅力的で、”よし、これこそが9拍子の曲だ” と思ったんだ。でも、ライブを観に行くと、バブーシュカを着た老女たちが踊っている。どうやって9で踊るんだ?どうやって11と7で踊っているんだろう?”と思うだろ?でもそれは、音楽が小さなグループに分かれているからできることなんだ。だから、僕はすべての音楽を小さなグループに分けるようにしたんだ。もう変な感じはしないね。バルカン半島の伝統的なダンス曲を5つのグループに分けて演奏するんだけど、何人かの人たちは、気にすることもなく、ノリノリになるんだ」

フレットレスを弾くときは、音名のない特定の微分音を意識しているのでしょうか?
「とても具体的だよ。微分音にはさまざまな伝統がある。例えば、トルコの伝統とアラビアの伝統はまったく違う。トルコ音楽でマカーム(伝統的な音程とそれに付随する旋律図形)を演奏する場合、第2音をある程度フラットにする。アラブ音楽でそれを演奏する場合は、別の程度までフラットにする。イントネーションは、僕が演奏中にとても意識していることだよ」
ワーミー・バーの叩き方にもこだわりがあるのでしょうか?
「イエスでもありノーでもある。あるときは、ただヒラヒラさせたり、叩いてみたりして、何が起こるか確かめたくなる。ワーミー・バーは本当にワイルドカードだ。音を出した後にギターを操作する余地がたくさんある。だから、そういう面は意識している。バーを使えば、自分の好きな音程に正確に曲げられるだけでなく、クールなこともできるはずだ」
Marin の演奏は、ペダルボードの上でダンスを踊ると評されます。
「10代の頃はペダルをいじるのに多くの時間を費やした。僕は大のSFオタクなんだ。ギターを弾きたいと思うようになったきっかけのひとつは、父に連れられてサム・アッシュ (ギターショップ) に行ったとき、フェイザー・ペダルを見たことだった。何これ?フェイザーだ!って。だからオタク音楽という側面は、僕にとって大きなものなんだ。クレイジーなSFサウンドが大好きなんだ。フリージャズも大好きだった。サックスで20分間、男たちがイカレた音を出すのを聴くのが好きなんだ。CONSIDER THE SOURCE ではあまりそういうことはできないけど、ペダルを使ってクレイジーなサウンドスケープを作るのが大好きなんだ。
そして僕らのアルバムにはキーボードがない。いつも “誰がキーボードを弾いたの?”って聞かれるんだ。誰もキーボードは弾いていない。僕はMIDIギターを使っている。ペダルは何十万も使う。リハーサルは、”この小節の3拍目にこのペダルを踏み、4拍目にこのペダルを踏み、次の小節の下拍にこのペダルを踏む “という感じだ。Axe-Fxとか、ボタンを1つ押せばすべてが変わるようなものは使わない。オン・オフしたいときは、ひとつずつやるんだ。このペダルを踏んで、スプリングが外れて、このペダルにジャンプする、というポイントがいくつかあるんだ。見た目はかなり面白いね。
EBowもよく使うし、KORGのKaoss Padもスタンドに置いてある。僕の周りには17台のペダルがある。ネックも2つあるし、スイッチも10億個ある。音楽の中で最も意識しなければならないのはそういう面だ。演奏は心から生まれるものだけど、そのためには意識的な思考が必要なんだ」

楽曲とソロに対するアプローチは変えているのでしょうか?
「曲の構成はほとんど変わらない。でも、ジャムになると、意識的に違うものにしようとするんだ。例えば、昨夜は高い位置からソロを始めたと記憶していたら、次の晩は低い位置から始める。前の晩にすごく良いものをやったとしたら難しいよ。”最高だった、もう一回やってみよう” と思うのは簡単だ。でも僕はその逆をやるようにしている。ひどいソロを弾くかもしれないけれど、ゼロから即興で始めたほうがいい。即興演奏をしていると、そういうこともある。でも同時に、それは必要なことなんだ。次の夜には、そのおかげで素晴らしい演奏になっているかもしれないからね。知っていることを演奏して成功するよりも、挑戦して失敗する方がずっといい」
CONSIDER THE SOURCE の音楽は世界中の多様な聴衆に届くはずです。
「ボーカルなしの長い曲を変拍子でクレイジーに演奏するんだ。僕たちのやることはすべて、新しいバンドを目指す人にするアドバイスとは正反対。その点、僕たちはちょっと頭が固いけど、自分たちのやっていることは多くの人に届く可能性があると本当に信じている。他の国に行って、あまり関係がないかもしれない他の国の音楽を演奏すれば、きっと気に入ってもらえると信じている。
初めて海外に行ったときのことを覚えている。イスラエルとトルコに行ったんだけど、そのときは外交問題で揉めた直後だった。イスラエルで、トルコでライブをすると発表したんだ。彼らはブーイングを浴びせたが、その後トルコの曲を演奏したら、彼らは熱狂した。そしてトルコに行って、イスラエルから来たと言ったんだ。ブーイングだった。それからクレズマーの曲を演奏したら、みんな大喜びだった。みんなが音楽を愛してくれた。そういうものなんだ。僕らの観客は老人、若者、いろんな人種、メタル・ヘッド、ジャム・キャットなど、超混ざり合っている。それを見るのが本当にうれしいんだよ」


参考文献: GUITAR WORLD:Gabriel Akhmad Marin: “I don’t play many chords. I’m more of a melodic single-note player, and the fretless guitar is a great instrument for that”

PREMIER GUITAR:Tao Guitar: Gabriel Marin