COVER STORY 【MASTODON : LEVIATHAN】 20TH ANNIVERSARY !!


COVER STORY : MASTODON “LEVIATHAN 20TH”

“If You Play Jazz, You Should Listen To Metal. If You Play Metal You Should Listen To Jazz. If You Play Country You Should Listen To Classical, You Know What I Mean?”

LEVIATHAN

「地上の愚かさで人間の狂気に勝るものはない。水にはすべての人を惹きつける魔力がある」
2004年。今から20年前の夏、メタル・リフに革命をもたらし、リフの歴史を変えた2枚のアルバムがリリースされました。MASTODON の “Leviathan” と LAMB OF GOD の “Ashes of the Wake”。奇しくもその20年後、2つのバンド、2つのアルバムは邂逅し、共に旅をはじめます。

MASTODON のセカンド・アルバム “Leviathan” は2004年8月31日にリリースされました。その衝撃は津波のように伝わり、ジョージア州アトランタとその周辺のDIYシーンからバンドを大舞台へと連れ出しました。2004年の Unholy Alliance ツアーで SLIPKNOT, SLAYER のサポートを務め、2005年のOzzfest ではセカンド・ステージに登場。ライターや掲示板のユーザーたちは、彼らが次の METALLICA ではないかと推測し始めました。
この比較は、音楽的成長の質の高さからいえば適切なものでした。もちろん、2002年にリラプス・レコードからリリースされたファースト・アルバム “Remission” は、見事なまでにニヒルで野心的なデビュー作でした。バンドはヘヴィ・メタルの頂点に臆することなく立ち向かい、奇妙で伸びやかなメロディック・パッセージ、恐ろしいほどヘヴィな血の激流、そして先見性のある歌詞のアプローチなど、独自の特徴的なサウンドを見せつけていました。
しかし、”Leviathan” はそれ以上のまさに津波でした。傲慢、強迫観念、狂気を描いたハーマン・メルヴィルの古典小説 “白鯨” を軸にしたこのコンセプト・アルバムは、よりフォーカスされた、より大胆な作品となりました。IRON MAIDEN から THIN LIZZY, MELVINS まで、様々な影響が渦潮のごとく渦巻いていながら、彼らのリフやサウンドは完全にオリジナルでした。そして、オープナーのエクストリーム・アンセム “Blood and Thunder” から、海の底から蘇ったエイリアン的コーダ “Joseph Merrick” まで、モダン・メタルの叙事詩はリスナーを冒険の船旅へと誘います。

今では、”21世紀最高のメタル・アルバム” と呼ばれることも少なくない “Leviathan”。20年経った今、ドラマーでボーカリストの Brann Dailer はこのアルバムを “僕らのディスコグラフィーの柱のひとつであり、僕らのすべてを変えたアルバム” だと語っています。
「”Leviathan” で自分たちが新しい場所に行ったような気がして興奮したんだ」
興味深いことに、MASTODON はこのアルバムの制作にあたって、特に強い音楽的野心を持っていたわけではありませんでした。彼らが出すアルバムはどれも、”その時たまたま取り組んでいた曲” を反映しているだけなのです。楽曲で十分にジャムり、強力だと判断した時、バンドはアルバムをレコーディングします。”Leviathan” の音楽は比較的早くまとまりました。そして彼らの音楽的ヒーローである NEUROSIS の例に倣い、彼らは2004年初頭に CLUTCH をサポートしたアメリカの東海岸から西海岸にまたがるツアーを利用して、狂気の試みを実行に移しました。
「よし、”Leviathan” の全曲を演奏しよう。そして、基本的に毎晩、ライブの観客の前でアルバムのリハーサルをするんだ。レコーディング地、シアトルに着くまでに、すべてを把握しよう!」
サポート・アクトとして、メインのバンドの観客にまったく未知の曲をぶつけるのは、狂気か天才かのどちらかでしょう。MASTODON の場合は、おそらくその両方でした。そのツアーでバンドが “Blood and Thunder” をジャムっている動画が出回っていますが、ベーシスト兼シンガーの Troy Sanders は、この曲のリード・ボーカルの音程を試しながら、大混乱の中で歌詞にもならない無意味なことを叫んでいるだけでした。
2、3ヶ月のツアーを終えてシアトルに着く頃には、エンジニアの Matt Bayles はこうぶっきらぼうに言ったそうです。
「2度とこんなことはするな。オマエらもうヘトヘトじゃねーか!」

メルヴィルの小説の中で、エイハブ船長がモビー・ディックと呼ばれる巨大な白いマッコウクジラを追い求めざるを得なかったように、彼らは自らの可能性を追い求めました。
「何が自分たちの地平線の上にあるのか、見当もつかなかった。でも、僕たち全員が、自分たちの想像力のさまざまな面や、自分たちが好きなさまざまな影響を実験することに興味を持っていたんだ」
後年のリリースで MASTODON はより表現力豊かな “プログ” に接近したといわれています。しかし、このプログレッシブな感覚は、マストドン・プロジェクトに最初から備わっていたものでした。”Leviathan” は、型にはまらないという意味でも間違いなくプログレッシブなレコードです。長年ライヴで愛されている “Megalodon” では、ギタリストの Brent Hinds が中盤でブルー・グラスの長めのリリックを披露し、その後、急転直下、METALLICA の “Welcome Home (Sanitarium)” の後半を強く想起させる怒涛のスラッシュ・パートに突入する場面はその象徴でしょう。
「奇妙な並置が僕らのお気に入りなんだ。リスナーの意表をつくようなことは何でも大歓迎だ」
MASTODON はメタルなのでしょうか?
「有機的でヘヴィでソウルフル。音楽的に複雑で挑戦的なものもあれば、頭脳的な意味でヘヴィなものもある。自分たちがメタルだと言うことを恐れてはいない。メタルというジャンルには、いろいろな形があると思う。たぶん、世の中にある他のどんな種類の音楽よりも多くの形があると思う。ダイナミックに、メタル・ミュージックでできることはたくさんある。本当にソフトに演奏することもできるし、クソほどヘヴィに演奏することもできる。ハードの中のハードとヘヴィの中のヘヴィが同時に存在できる。メタルではそれが可能なんだ」

“Leviathan” で MASTODON は現代的なリフの可能性、つまりリズミックな挑戦を追求しました。言いかえれば、MASTODON と LAMB OF GOD の登場で、一般的なメタルのリスナーまでも複雑さを包容し、欲しがり始めたともいえます。そうした意味でも、”モダン・メタル” における MASTODON の貢献は計り知れません。では、そうした複雑さ、”プログレッシブ” な影響はどこから現れたのでしょうか?
「特に70年代のプログレッシブ・ロックに影響を受けた。例えば、”Colony of Birchmen” という曲名が “The Colony of Slippermen” へのオマージュであるように。GENESIS の “The Lamb Lies Down on Broadway”。あのコンセプト・アルバムは僕の一番好きなアルバムなんだ。
赤ん坊の頃から僕の人生の大部分を占めている。僕の両親は初期の GENESIS に夢中だった。母の昔のバンドは “Supper’s Ready” をよくカバーしていたんだ。僕にとって GENESIS はおばあちゃんのミートローフのようなもので、最初の数音をピアノで聴くと心が安らぐんだ」
Brann はドラマーとしても Phil Collins の大ファンです。
「彼のドラミングは大好きだし、彼が出した Peter Gabriel 以降のアルバム、”Abacab” も好きだ!GENESIS のドラマーとして、彼は驚異的だと思う。
多くの人が彼のことを “GENESIS をダメにした男” としか思っていなかったり、偉大で革新的なドラマーというよりは、ジャケットとネクタイ姿のラウンジ・シンガーとしてしか知らなかったりする。
僕が Phil Collins と Stevie Wonder が好きな2人のドラマーだと話すと驚かれるよ。多くの人は Stevie Wander が自分のアルバムでドラムを叩いていることさえ知らないんだ。ドラムは彼が最初に手にした楽器なんだ。Stevie は、Peter Gabriel, David Bowie と並んで、僕の一番好きなミュージシャンだ」

加えて、ジャズからの影響が MASTODON の複雑さと重さの架け橋になっています。
「ジャズで影響を受けたのは Elvin Jones, Billy Cobham, Tony Williams。この3人がトップ3だね。この3人のキットの動かし方が好きなんだ」
まさにモダン・メタルの多様性。では、メタル・プレイヤーにとって、ジャズを学ぶことは重要なのでしょうか?
「僕も勉強したことはないけれど、ミュージシャンとして一般的に何でも聴くべきだと思う。ジャズを演奏するなら、メタルを聴くべきだ。メタルをやるならジャズを聴くべきだ。カントリーをやるならクラシックを聴くべきだ。もし音楽をやっているのなら、音楽的な状況やセッティングに入るときに、自分が何を話しているのかを知っておくべきだからね。そうすれば、何が何に合うかを頭の片隅に置いておくことができる。あらゆる種類の音楽について一般的な知識を持っておくべきだ。世の中にはどんなジャンルにも宝石がある。それを探すんだ。Willie Nelson のように、多くの人がその音楽について語り、クラシック・アーティストとして賞賛されていれば、きっとその音楽は素晴らしいものであるはずだ。今はピンとこないかもしれないけど、後でピンとくるかもしれない。
若いうちは少し閉鎖的になりがちかもしれないけれど、あるスタイルの音楽に対して “絶対ダメ” とは言わない方がいいと思う。たとえ好きでなくても、その音楽について何か知っておくべきだと思う。13歳か14歳の頃、スラッシュ・メタルをよく聴いていたんだけど、その時は家では他のものを聴いていることを認めることができなかった。聴いていたけど、カッコつけてたんだよな」
THE MARS VOLTA のメンバーだった Jon Philip Theodore と比較されることも多い Brann。
「Jon は僕の相棒なんだ!ライブで知り合ったんだ。彼は僕の親友で、よく話をする。僕らのスタイルは絶対に似ていると思う。初めて Jon の演奏を聴いたとき、いろんな意味で自分を思い出したよ。似ているところがたくさんあると思うし、彼のスタイルが大好きなんだ。彼は本当に流動的で、最高においしいビートを持っている。彼がキットを動き回る様子はとても流動的で、でも僕には彼がやることすべてが正しい場所にあるように思える。ドラマーに聴かせたいものは何でも、彼がやってくれる。彼は私を幸せにしてくれるんだ」

とはいえ、MASTODON と Brann は別段突拍子もない特別なことをしたわけではありません。解放弦を多用したカントリー風のリック、ツインギターのハーモニー、バディ・リッチのような手数の多いドラム・マシンガン、幾何学的な変拍子。彼らはこれまであったものを活用し、うまく溶け合わせることで難解でヘヴィでありながらオーガニックという MASTODON のユニーク・スキルを築き上げました。特に、当たり前のようなリフ、古臭いカントリーのリック、シンメトリーなパターンを、雷のようなドラミングで磨き上げ、リズムのトリックを生み出し、現代的に仕立て上げる Brann の手練手管はもはやリフの一部でした。
こうした音楽にしては、Brann のドラムは驚くほどルーズでしなやか。死ぬほどハードに叩いているわけではないのに、ブルータルなサウンドを生み出しているのは驚異的です。
「すべてのパートで基本的なビートを作ってからいじくり回す。基本の枠にはとらわれない。ストレートなビートでないとうまくいかないリフもある。でも、多くの曲では、自分のやりたいことをやって、2秒後にそれを戻すことができるんだ。
若い頃、たぶん16歳か17歳の頃、ツーバスに頼りすぎていると感じていた。シングルベースだけでビートをフルにするようにしたんだ。ツーバスは、必要なときにアクセントとして入れるんだ。軍艦や戦車が転がってくるようなリフもあって、そこで必要になる。
僕が演奏しているときの目標は、飛び立つことなんだ。飛び立ってどこかに行く。毎回そうなるわけではない。でも、もしその場所に行くことができたら、音楽を演奏することで得られる、ほとんど体の外にいるような体験がしたいんだ」

当時、スピードと”正確性” へと向かっていたメタルのトレンドを揺り戻したのも MASTODON でした。
「演奏にもっと多様性が出てくるといいよね。僕は超高速のツーバスが得意じゃないから、手を開発したんだ。手を鍛えるのと一緒に、クレイジーなフィルとかもたくさんできるようになった。僕のドラムの多くは、僕ができなかったことを許容した結果なんだ(笑)。そういうプレイをする連中が一番上手いんだから、わざわざ僕がいじろうとする必要はないだろう。僕はただ自分のことをするだけで、自分自身のオリジナリティを保ち、できる限り挑戦し、自分がプレーできる最もクールなものを考えるようにしたい。時には AC/DC のPhil Rudd になることも必要だ。僕はただ、自分が演奏しても面白いし、リスナーが聴いても面白いパートを作るように心がけている。音楽を中心にビートを組み立てているんだ。その時に鳴っているリフからインスピレーションを受けるんだ。そうすると、トランジションを作りたくなるし、クレッシェンドを作りたくなる。ドラマーとして求めている激しさが曲の中で起こるようにしたいんだ。次のレベル、”ランナーズ・ハイ” のようなものをね。それをいつも探しているんだ」
Brann はそれでも “ただドラムを叩いていただけ” と自身の貢献を軽視しますが、”Iron Tusk” の冒頭のドラム・ブレイクは、明らかに MASTODON が偉大なメタル・バンドの仲間入りを果たした瞬間でした。しかし、Brann にとってより重要だったのは、”感情にフックする” ことであり、偉大なヘヴィ・ミュージックを生み出した “原始的な場所” に行くことでした。そして、Brann にはその夢を分け合った盟友が存在したのです。
「彼は僕のハイハット・スタンドにメモをテープで貼っていた。演奏する前にね。それは、”Seabeast”…”Seabeast”はやらないの?せめて最後のリフだけでも……お願い……”って感じだった」
SLIPKNOT とツアーを共にした際、Joey Jordison がBrann のサウンドチェックを見ていた時の話。モダン・メタル界で最も偉大なドラマーである2人が、互いのプレイを見守り、賞賛し合っていたのです。両者とも “忙しない” ドラマーとして名を馳せましたが、スネアを鳴らして楽曲を作り上げた Brann に対して、足とバスドラで主張する Joey はまさに好対照の好敵手でした。
ともあれ、Joey の懇願は十分に理解できます。”Seabeast” は、異世界のように蛇行したギターラインとのトリッピーで漂うようなボーカルから、一風変わった音階の轟音コーラスで推進力を得て進む海獣。最後のリフは、そのギザギザの牙で強襲しながらバンドが今日まで忠実に守っている激しさを見せつけます。
「他の作品がよりポップになったり、スーパー・プログレッシヴになったとしても、少なくとも1枚のアルバムに2、3回は、常に牙を見せようとしているんだ」

とはいえ、MASTODON には怒りや激しさだけがあるわけではありません。
「妹は僕が15歳の時に自殺した。妹は14歳だった。それから13年。僕が心の中に抱えていたすべての痛み。姉を失った痛みはいつもそこにあった。TODAY IS THE DAY では怒りが込み上げてきた。それ以降は、怒りたくない。MASTODON で活動を始めてアトランタに移ったとき、個人的に大きな癒しがあった。それには MASTODON が大きく関係している。それが、”Remission” を作った大きな理由のひとつだ。Remission とは、許しと癒しという意味だ。MASTODON が助けてくれた。人生に起こった多くのことを許してくれた」
彼らの音楽が複雑になるにつれ、バンドは “Leviathan” ほど直接的な攻撃性を見せることはほぼなくなりました。だからこそ、シンプルかつ強烈な “Blood and Thunder” のメイン・リフを思いついた瞬間は、まさに奇跡でした。MASTODON 流 “Paranoid”, “Enter Sandman”, “Highway Star” のようなアンセムで、シンプルで、即効性があり、誰も否定することはできません。
「”Blood and Thunder” の最初のリフが出来上がったとき、全員が部屋に集まって、100時間演奏し続けたよ!」
Brann に言わせれば、バンドはあのリフで宝くじに当たったようなもので、そこからリスナーは MASTODON に病みつきになるのです。
“Blood and Thunder” が天才的なのは、その原作である “白鯨” のエッセンスを巧みに抽出しているところでもあります。”Blood and Thunder!” という絶叫自体が、18世紀に一種の誓いとして生まれたもの。小説では、ペレグ船長が叫び、彼が所有するペコッド号の乗組員たちに、エイハブ船長の指揮の下、急いで出港するよう促す呼びかけの言葉でした。
1984年の “Powerslave” に収録された IRON MAIDEN の名曲 “Rime of the Ancient Mariner” が、基本的にコールリッジの同名の詩を自分たちのために書き直したのとは異なり、MASTODON は白鯨をテーマのバックボーンとして使用しています。”Aqua Dementia” (ボーカルは NEUROSIS の Scott Kelly)では、彼らはさらに踏み込んで、船室の少年ピップがクジラ船から飛び降り、一時的に海に捨てられている間に精神に異常をきたした経験を詳しく説明しています。
「水とか火とか、いろんなものを使いたかった。純粋な攻撃性も欲しかったし、美しさも欲しかったし、すべてが混ざり合っていたかった」

この曲のもうひとつのイメージである “大地を燃やす完璧な火” は、アルバムの水のテーマに反するもの。MASTODON の最初の4枚のアルバムがそれぞれ元素のひとつをテーマにしているのは、”Remission” のリリース後に考案されたものでした。”Remission” の火のシンボルを認め、そして彼らは、次の作品に水を求めたのです。
水というテーマは、その性質上、絞り込むのが難しく、Brann は2003年のハワイ滞在中に “白鯨” を購入しました。この本がハワイに由来することも、ハワイの火山の女神ペレの燃えるようなイメージがリヴァイアサンの歌詞に残っていることもそれが理由。また、このアルバムの中で最も過酷で不協和音が多い “ĺsland” に描かれているように、1973年にアイスランドのハイマエイ島で起きた噴火にも言及しています。
そして “Hearts Alive”。この曲は言葉ではとても言い表せません。まるで海そのもののようなサウンド。海水は揺れ動き、沸騰し、重厚なリフと揺らめくアルペジオが互いに重なり合う。そして高揚感あふれるギター・ソロ。さながらメルヴィルの小説の最後に出てくるペコッド号の沈没に対する鎮魂歌のように、最後の3分間で鳴り響く勝利の和音と湧き上がるリズムの波動。白鯨とマストドンが共に水面を突き破り、海は墓場となり、空に向かって上昇していきます。
さらに白鯨と鯨狩りの道具は、Brann とジャケット・アーティストのポール・ロマーノとの会話に完璧なインスピレーションを与えました。バンドは、”M” の後ろに交差した銛をバンドのロゴ兼海上の紋章のように使用。ロマノがこのアルバムのために制作したアートワークは、MASTODON の歌詞と音楽に加え、小説や関連する原典、学術的なリサーチなど、多くの素材に恵まれました。そうして、船を背負った巨大な白鯨の威厳は、音楽史上最も壮大なアルバム・ジャケットのひとつとなったのです。
「アルバムが完成したとき、駐車場に座ってビールを1ケースくらい飲みながら、”Leviathan” を何度も何度も聴いたのを覚えている。出来上がりにとても興奮していた。みんながどう思うかはわからなかった。”Blood and Thunder” については、シンプルでストレートすぎると怒っていた人たちがいたのを覚えている。でも、自分たちが書きたいこと、好きなことを書いていただけなんだ」
そうして “白鯨” を捕まえた “Leviathan” から20年。結成から四半世紀が経とうとしていますが、MASTODON のもうひとつの特筆すべき点は、2000年以降メンバーを一人も失っていないことでしょう。エイハブのような執念が、彼らをこれまで以上に強く結び付けているのです。
「同じ4人組がずっと活動を続けているのは、確かに最近では珍しいことだと思う」

参考文献: INK19:An Interview with Brann Dailor of Mastodon

LOLIPOP MAG: MASTODON

KNOTFEST:Of Fire and Water: Twenty years of Mastodon’s ‘Leviathan’

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SEVENTH DIMENSION : OF HOPE & ORDEALS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH LUCA DELLE FAVE OF SEVENTH DIMENSION !!

“I First Discovered Japanese Culture Back In 2014. Actually It Was Back When Babymetal Was Starting To Become Big In The West And I Was Part Of The Early Bandwagon Of European Fans.”

DISC REVIEW “OF HOPE & ORDEAL”

「最近は、歌詞のアイデアの多くに日本文化が確かに影響しているよ。日本人である妻が最近、”雨ニモマケズ” という有名な日本の詩を紹介してくれてね。その詩の内容の多くが、僕の周りにいる多くの日本人の友人の中にあることに気づいたから心に残ったんだ」
“ほめられもせず 苦にもされず そういうものに わたしはなりたい”。宮沢賢治 “雨ニモマケズ” の最終節です。もしかすると、プログ・メタルというジャンル自体、音楽シーンのなかではまさにそんな存在なのかもしれません。欲はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている。デクノボーと呼ばれるかもしれない。それでも、こうした音楽に楽しみや癒しや救いを求める者があれば、行って希望を叶えてあげる。スウェーデンの SEVENTH DIMENSION はそんなプログ・メタルになりたいのです。
「僕らの音楽はプログレッシブでありながら、とても聴きやすい音楽でありたいといつも思っているんだ。コード進行の中で時々変なところに行ったり、長い曲があったりするかもしれないけど、曲が長く感じられるようには決してしたくない」
闇があるからこそ光が差す。試練があるからこそ希望がある。SEVENTH DIMENSION の最新作 “Of Hope & Ordeals” は、エゴと欲望が渦巻くこの暗い世界を迷宮という試練に例えながら、いつかは出口という光にたどり着くと歌います。プログという複雑で迷宮のような音楽において、色とりどりのメロディはまさに悦楽であり希望。そう、彼らはプログという一見エゴイスティックな音楽が、その実最も欲望や妬みから程遠いことをその音楽で証明します。煩悩よりも才能を。あまりに見事な甘やかなアートはそうして、世界の闇をクリスタルで払います。
「日本の音楽シーンで一番好きなのは、ジャンルは違っても、実際の楽器を使って音楽を演奏することが、今でも演奏やレコーディングのメジャーなスタイルだというところだね。西洋では多くのジャンルがそれを放棄し、プログラミングに完全に取って代わられていると感じるからね。だから、ポップ・ミュージックの中にも、人間的な要素がまだ強く残っている日本が好きなんだ」
そんな彼らの “試練”、プログ・メタルに大きな影響を与えたのが、日本の優しさの文化であり、日本の音楽世界のあり方でした。日本で4年間を過ごしたギタリスト Luca Delle Fave は、この国にきてまず、本物の楽器が今も幅を利かせていることに驚きました。なぜなら、欧米のシーンはプログラミングが今や音の大部分を占めているから。
フィジカルな “練習” を必要としないインスタントなサウンドは、プログという “試練” や “苦悩” とは真逆の場所にあります。だからこそ、そこには SEVENTH DIMENSION の求める光や希望は存在しないのかもしれません。日本で楽器を修練し、プログレッシブであることを許され、勇気を得た彼らは、そうしてグラミーを獲得した DREAM THEATER の背中を追います。
切なくも色香のあるラブリエのような歌声に、難解をフックに変えたインストの妙、そして美しきアトモスフィア。これまでスウェーデンの “Seventh” といえば Wonder でしたが、”Dimension” もこれからは外すことができないでしょう。
今回弊誌では、Luca Delle Fave にインタビューを行うことができました。「日本の文化を知ったのは2014年のこと。実はBabymetal が欧米でビッグになり始めた頃で、僕はヨーロッパのファンの初期メンバーの一員だったんだ。それで、Babymetal の最初のヨーロッパ公演を何度か見に行ったんだけど、そこで生まれて初めてたくさんの日本人に会ったんだ。彼らの優しさ、敬意、謙虚さに心を打たれた。その後、Babymetal コミュニティの中で多くの日本人の友人を作り、最終的に2015年初めに日本を訪れることになった。1カ月滞在した僕は、自分が見つけたこの新しい世界にすっかり魅了され、日本語を流暢に話せるようになって日本に住むことを決意したんだ」 どうぞ!!

SEVENTH DIMENSION “OF HOPE & ORDEALS” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【ALCEST : LES CHANTS DE L’AURORE】


COVER STORY : ALCEST “LES CHANTS DE L’AURORE”

“God Is Called Kami In Japanese, And They Basically Have a Kami For Everything. And You Can Clearly See That In Princess Mononoke.”

夜明けの歌

「今、メタルというジャンルはとてもオープンで、いろんなスタイルやアプローチがある」
ブラック・ゲイズ。このサブジャンルは、ブラック・メタルの狂暴で擦過的な暗闇と、シューゲイザーの幽玄でメランコリックな審美を等しく抱きしめた奇跡。メタルとインディー。つまり、このあまりに対照的な2つのジャンルの融合は、フランスの ALCEST が牽引したといっても過言ではないでしょう。
ALCEST にはサウンド面だけでなく、主にフランス語で作曲しながら、世界中に多くのカルト的なファンを獲得してきたという功績もあります。ヨーロッパや非英語圏のメタル・バンドは、より広くアピールするために英語で作曲するのが普通でしたが、ALCEST は音楽に普遍的な魅力があれば言語は関係ないことを証明し続けています。
7枚目のスタジオ・アルバム “Les Chants De L’Aurore” でALCEST は、極限まで輝かしく、メロディアスでみずみずしいアルバムを作るという野心的な探求に乗り出しました。”Spiritual Instinct” や “Kodama” で焦点となっていた “硬さ” や “ヘヴィネス” は減退。一部のファンは不意を突かれたかもしれませんが、”Les Chants De L’Aurore” はこれまで以上に、いやはるかにニュアンスがあり、高揚感があり、複雑なアルバムに仕上がりました。
タイトルの “Les Chants De L’Aurore” は直訳すると “夜明けの歌”。
「新しいアルバムを作るときは、音楽、ビジュアル、歌詞の間にとてもまとまりのあるものを作ろうとするんだ。アルバム・タイトルは、リスナーの心に強いイメージを喚起するものでなければならないと思う。”歌” にかんしては、このアルバムではいつもよりヴォーカルが多くて、合唱団もいるし、僕も歌っているからね。”夜明け” は、ジャケットのアートワークとリンクしていて、とても暖かくて、新しい一日のようでもあり、一日の終わりのようでもあり、その中間のようでもある。だから、このアルバムの持つ温かい雰囲気にぴったりだと思ったんだ」

ALCEST が前作 “Spiritual Instinct” をリリースしたのは5年前のことでした。その頃の世界は自由に動き回れる場所。ところが突然、世界的なパンデミックが起こり、私たちは孤立の繭に包まれました。
このさなぎから抜け出した多くの人たちは、本当に大切なものに対する感謝の気持ちを新たにしたでしょう。それはまるで夢想家に生まれ変わったかのようであり、世界の素晴らしさを再発見した子供たちのようでもありました。
「パンデミックの期間中、何もアイデアが浮かばず、ギターのリフを書こうとしても何も出てこなかった。今までで一番長い期間、何も書けなかった。1年間、リフが1つも出てこなかったと思う。僕はいつも何かを得ようとしていた。もうダメだって感じだった。そしてある日、すべてのブロックが外れた。
インスピレーションがどのように働くのか、本当に知りたい。とても複雑なテーマだ。1年間も何も見つからなかったのに、ある日突然、すべてが解き放たれたなんて。とても奇妙だよね。
10年間ノンストップでツアーを続けてきた僕らにとっては、何か違うことをするいい機会だった。大好きな人たちや、この10年間まともに会っていなかった家族と初めて一緒に過ごすことができた。これまでは年に1、2回地元に帰るだけだった。でもパンデミックのあとは、ほとんど毎日両親に電話するようになり、今では2~3カ月に1回は南仏に会いに行っている。人の温もりやあたたかい気持ちを再発見できた。だから結果的にはよかったんだよ」

つまり、Neige にとって夜明けの歌とは終焉であり、新たな始まりでもあります。
「僕にとってこのアルバムは、ALCEST のオリジナル・サウンドへのカムバックであり、初期のアルバムにあったような、とても異世界的でドリーミーなサウンドへの帰還だ。その後、ほとんどコンセプト・アルバムのようなものに踏み込んでいったから、ちょっとした再生のようなものだった。シューゲイザー・アルバム “Shelter” を作り、映画 “もののけ姫” をテーマにしたコンセプト・アルバム” Kodama” を作り、そして前作 “Spiritual Instinct” はとてもダークなアルバムだった。特に “Kodama” や “Spiritual Instinct” は様々な意味でより硬質だった。
でも、このニュー・アルバムこそが本当の ALCEST であり、僕がこのプロジェクトで表現したいことだと思う。子供の頃にスピリチュアルな体験をして、その体験を音楽で表現できないかと ALCEST を作ったんだからね」
そのスピリチュアルな体験とは何だったのでしょうか?
「子供の頃、何かとつながっているような感覚があった。子供には特別な感覚があると思うんだ。キリスト教的な宗教を連想させるから天国とは呼びたくないけど、人間的な経験をする前のような、僕たちみんなが来た場所、現世と前世、2つの人生の間にあるある種の安らぎの場所のような、魂が休まる場所とのつながりのね。
そのことをあまり話したくないから、代わりに音楽を作ることにしたんだ。だから、ALCEST のアルバムは毎回、物事の違う側面を探求しているというか、僕の日常生活や、いわば地道な生活の中で経験したことにより近いものがあるんだ」

同郷の GOJIRA とは異なり、ALCEST はほとんどの場合フランス語にこだわっています。そしてこのアンニュイな言語こそが、バンドの幽玄で優しい音楽をさらに引き立てているようにも思えます。
「とても不思議な話なんだけど、アジアや日本には巨大なファン・コミュニティがあるし、アメリカやヨーロッパの他の国にも僕らのファンがたくさんいる。でも、フランスは僕たちの存在に気づくのが本当に遅かった。フランスで本当に人気が出始めたのは “Kodama” からだと思う。なぜ英語に切り替えないかというと、フランス語で歌詞を書くことに安心感があるからなんだ。フランス語は僕の母国語だから、もちろん正確に書くし、母国語で書く方がずっと簡単なんだ。英語で歌おうとして、フランス語のアクセントが聞こえてしまうのが本当に嫌なんだよね。英語で歌うとフランス語のアクセントが確実に聞こえてしまう。
ただ、ボーカルがミックスの中ですごく大きいわけでもないから、フランス語が強すぎることはない。フランス語で歌うフランスのバンドだと思われたくないんだ。できることなら、僕らの音楽は少し普遍的であってほしいからね。あまりはっきり歌わないのはワザとだよ。フランス人だって歌詞を理解できないくらいにね。ボーカルは、メロディーのひとつの要素であってほしいんだ」
ブラックゲイズといった特定のレッテルを貼られることについては、どう感じているのでしょう?
「僕たちは最初の “ブラックゲイザー” バンドとしてクレジットされているし、プレスは ALCEST がブラックゲイズを発明したと言っている。どう考えたらいいんだろう……もちろん、僕らにとってはとても名誉なことだし、意図的にそうしたわけではないんだけど、僕らがジャンルを創り出したバンドだと思われているのならそれは素晴らしいことだと思う。ただ、ブラック・メタルのギターとドラム、ドリーミーなボーカル、そして天使のような、別世界のような、幽玄なタイプのメタルを演奏したかっただけなんだ。
そしたら、レビューの人たちがシューゲイザーという言葉を使い始めて、私は “ああ、シューゲイザーか、音楽スタイルとしてはとても面白い名前だけど、まあいいか” という感じだった。それからシューゲイザー・バンドを聴き始めて、”ああ、そうか、なぜ僕らがシューゲイザー・スタイルを連想されるのか、よくわかったよ” って感じになって、SLOWDIVE とかが大好きになったんだ。とても素敵なのは、ブラックゲイザー・バンドたちがみんな、ALCEST を聴いてバンドを結成したと言ってくれたこと。”あなたの音楽が大好きで、私も同じようなものを作りたかったからバンドを結成した”、これ以上の褒め言葉はないと思う」

SLOWDIVE と Neige には特別なつながりがあります。”Shelter” 収録の “Away” では Neil Halstead と共演も行いました。
「初めて Neil Halstead に会ったとき、僕はまだ20代半ばだった。ファンボーイだったんだ。だから彼に会ったときは怖かったし、ファンであることを隠すのはとても難しかった。だから震えていたし、今思うとちょっと恥ずかしい。でも、彼は本当に親切にしてくれたし、僕が若いミュージシャンで、彼ほど経験を積んでいないことを見抜いていてくれた。
SLOWDIVE を知ったのは、かなり昔のことで、そのころ彼らは音楽の地図から消えていた。誰も彼らのことを知らなかったよ。90年代の幽霊バンドのような存在だった。でも、だんだんもっと語られるようになったような、何か話題になっているような気がしていたんだ。それで彼に言ったんだ。”バンドを再結成したら、みんな熱狂するよ” ってね。そしたら彼は、”いや、どうかな” って。でも面白いもので、彼らが再結成した1年後、僕は彼らを見るためだけにロンドンに行ったんだ。今、彼らは巨大なバンドになっている。Spotify か TikTok か何かで、キッズたちがみんな彼らを発見したんだ。ここ数ヶ月の間に2回彼らを見たけど、観客の中には10代の子もいた。とても奇妙で、とてもクールだよ!
SLOWDIVE で一番好きなのは、”Souvlaki” からのアウトテイクで、”I Saw the Sun” っていう曲。加えて、”Silver Screen”, “Joy”, “Bleeds” といった曲があり、アルバムではリリースされなかった曲だけど YouTube で見ることができるし、おそらくブートレグもリリースされていたと思う。これらはバンドの曲の中で私が一番好きな曲だ。Rachel に再レコーディングや再リリースなどの予定はあるのかと聞いたことがあるんだけど、彼らはこうした曲が好きではないと思う。本当に素晴らしい曲なのに、残念だよね。ぜひ聴いてみてほしい。”Souvlaki: Demos & Outtakes” というタイトルだよ」
THE CURE にもみそめられています。
「Robet Smith は僕たちのアルバム “Kodama” のファンで、アルバムの全曲を演奏してほしいといって彼がキュレーションする Meltdown に招待してくれたんだ。僕は “冗談だろう?” って思ったね。
多くの人がポスト・パンクやニューウェーブに夢中になっているように、THE CURE はとても重要なバンドなんだ。だから、彼のような人がいて、彼が僕らを知っているという単純な事実だけでも、すでにすごいことなんだけど、彼がファンで、彼のフェスティバルで僕らに演奏してほしいと言ってくれたんだ。とても光栄だよ!」
“Les Chants De L’Aurore” は、SLOWDIVE の “Just for a Day” や RIDE の “Nowhere” といったシューゲイザーの名盤と肩を並べるような作品なのかもしれません。
「たぶん RIDE は、”Nowhere” ではドラムがシューゲイザーのレコードにしてはかなりラウドにミックスされていることから来ていると思う。SLOWDIVE や MY BLOODY VALENTINE では、ドラムはそこにあるけれど、もっと背景のような感じ。僕たちの新しいアルバムでは、ドラムが本当に聴こえるよね。ドラムを大音量でミックスしたのは、このアルバムが初めてなんだ。というのも、プロセス・ミュージックはメロディーやムード、雰囲気に重点を置いているからね。でも、ドラムの Winterhalter は、ドラム・パートにとても力を入れているんだ。だから、今回はドラムの音をもう少し大きくしてもいいんじゃないかと思ったんだ」

なぜ、”Spiritual Instinct” のダークでヘヴィな世界から離れたのでしょう?
「そこから離れる必要があったから。いつもツアーをしていると、一人でいることがなくて、いつも人と一緒にいる。だから、自分自身との接点を失うのはとても簡単なことなんだ。最初のインスピレーションは何?この音楽プロジェクトを作ろうと思ったきっかけは?
“Spiritual Instinct” で聴くことができるように、僕は少し混乱していて、フラストレーションを感じていたんだと思う。そして、自分のスピリチュアリティと再びつながることがどうしても必要だった。あのタイトルは、僕が少し混乱していた時期でさえ、たとえ迷いを感じていたとしても、自分の中にある内なる世界やスピリチュアリティを感じることができたという意味なんだ。それは消えることはなかった。パンデミックで僕たちは一区切りをつけ、このバンドに対する主なインスピレーションは何だったのか、このバンドで表現したいことは何だったのか、本当に集中し直した。そして、最初のアルバムにあったコンセプトに戻りたいと気づいたんだ。最初の2枚のアルバムは、この別世界について歌っているからね。光と調和というもうひとつの世界に戻ってきたんだ」
回帰といえば、今回のアートワークはファースト・アルバム “Souvenirs d’un autre monde” を暗示しているように思えます。
「フルートの少女だね。ファースト・アルバムはフランス語で “別世界の思い出” という意味。そのファースト・アルバムの少女が成長し、今、僕がこのプロジェクトで成長したように、彼女も大人になったという意味で、ファースト・アルバムへの言及を入れたかった。ALCEST を始めたのは14歳か15歳のとき。基本的には子供だった。そして、このキャラクターも僕も、この世界、ALCEST の世界の中で成長した。そして、ニューアルバムのジャケットでは、大人になった彼女を再び見ることができるわけだよ」

そして、オープニング・トラックの日本語 “木漏れ日” でこのジャケットを暗示しています。
「恍惚とした曲だよね。幸せな気分になる。光に満ちている。日本語には、英語にもフランス語にも訳せないような言葉がいくつかあるけれど、それがひとつの概念になっているところが好きなんだ。”Komorebi” は、春の木漏れ日を意味する。そしてそれは、まるで宝石のように葉をエメラルド色に変える。とても美しいと思ったよ」
ALCEST のレコードには、宝石の名前を冠した曲が収録されています。
「そう、実は小さな伝統のようなものなんだ。”Komorebi” は、ファーストアルバムの1曲目 “Printemps Emeraude” “エメラルドの春” の現代版のようなもの。”Shelter” には “Opale”、 “Kodama” には “Onyx”、”Spiritual Instinct” には “Sapphire”、そして新作には “Amethyst” が収録されている。だから全部かな!でも、アメジストには特別な意味があるんだ。紫は神秘主義と精神性の色だからね。だから、それを指しているんだ。この石を曲のタイトルに使うのは、僕らのキャリアの中で完璧な瞬間だと思ったんだ。とても強い意味があるんだよ」
ただし、Neige のスピリチュアリティは、神秘主義のような秘教的なものとは異なります。
「確立された考え方に従わないという意味で、秘教的なものはあまり好きではない。というのも、スピリチュアリティについてあまり詳しく読みたくないから。誰もが自分の考えが正しいと思っているけれど、地球上には人の数だけ真実があると思う。そして誰も知らない。誰もすべての意味を知っているふりはできない。神はいるのか、それとも?
でも、自分の感情や直感に耳を傾けるなら、僕はとても直感的な人間だから、スピリチュアルなものやこの種のものと、ただ本で何かを読むよりもずっと深いつながりを持つことができると思う。高次のものとのつながりを感じるために教会に行く必要がある人もいる。でも僕の場合は、自然の中に身を置く必要があるので、故郷に近い南フランスで多くの時間を過ごしている。そこにはとても美しい自然があり、バンド結成当初から私にインスピレーションを与えてくれた。
森の中や海の近くなど、特別な場所にいると、現実ともっと壮大なものとの橋渡しをしてくれるような気がするんだ。この背後に何かがあることを実感できるんだ。少なくとも、僕はそう感じている。すべてに意味がある。そして、僕たちがここにいるのには、それなりの理由がある。それが、このプロジェクトで私が話していることなんだ」

“もののけ姫” にインスパイアされたように、Neige は日本の神道、自然界に存在するものすべてに魂が宿るという側面に惹かれています。
「神道では、すべてのものに魂が宿ると信じられている。例えば、村の小さな川にも魂が宿っている。だから彼らは自然をとても大切にするんだろうね。山には山の魂があり、空には空の魂がある。ちょっと比喩的な表現になるけれど。日本人は、すべてのものに魂が宿っていると本気で言っているわけではないと思うけど、それがすべてのものを尊重することにつながっている。自分たちの周りにあるすべてのものに敬意を払う。それは、僕が日本文化でとても好きなところだよ。日本語では “God” のことを神と呼ぶけど、彼らは基本的にすべてのものに神を持っている。”もののけ姫” を見れば、それがよくわかるよね。彼らは森の精霊、巨大な樫のような生き物を描いている。本当に美しい」
アルバムは、前半は陽気で多幸感にあふれ、それから後半は悲しい中にも喜びがあるような流れです。
「そう、アルバムは最後の曲で少し暗くなる。最後の曲は、ギョーム・アポリネールというフランスの作家の詩で、”L’adieu”。これは英語で “farewell” と訳される。僕が取った詩のタイトルなんだ。とても悲しい歌だよ。
僕がアルバムでやりたいのは、最後にもう少し深みを持たせることなんだ。そうすると、ある種のミステリアスなゾーンに行き着くんだ。自分の感情をどうしたらいいのかわからなくなる。そして、本当に少し緊張してくる。それに、僕は100%ハッピーエンドが好きではないのかもしれない。たぶん、最後のほうで物事を少し複雑にするのが好きなんだと思う」
ピアノ曲の “Reminiscence” は今までの ALCEST の曲とは一風異なります。
「アルバムで本物のピアノを使い、完全なアコースティックの曲を作ったのは初めてだからね。チェロのように聞こえる楽器があるけど、これはチェロではなくヴィオラ・ダ・ガンバという楽器。とても古い楽器なんだ。すべてアコースティック。とてもシンプルな曲だ。間奏曲のようなものだけど、僕にとってはとても深い意味がある。なぜなら、この曲は僕が生まれて初めて触った楽器、祖母のピアノで録音されたから。祖母はピアノの先生で、家族みんなに音楽の手ほどきをした。レコードで聴けるのは、僕の家族全員が使っているこの楽器の音なんだ。そして僕たちは皆、この楽器から音楽の弾き方を学んだ。だから、祖母がもたらしてくれたものへの素敵なオマージュなんだ。祖母がいなかったら、もしかしたら僕はこの音楽を作っていなかったかもしれないからね」
そうして、ALCEST は暗い時代に光を投じる灯台のようなアルバムを完成させました。
「今僕らが生きている時代の暗さにインスパイアされたアルバムを2枚作った後、特にこの暗い時代に、調和と美しさとポジティブさをたくさん持ったアルバムを作れば、本当に際立つことができると思った。このアルバムは、まるで癒しのような感じがするから、みんなに楽しんでもらえると思ったんだ」


参考文献: FORBES:Alcest Flourish In The Unbridled Warmth Of Their Latest LP, ‘Les Chants De L’Aurore’

POST-PUNK .COM: BANDS FEATURED ARTICLES INTERVIEWS Emerald Leaves Shimmering in the Light of Dawn — An Interview with Alcest

KERRANG!:Alcest: “In dark times, to make an album of beauty and positivity could really stick out”

MARUNOUCHI MUZIK MAG ALCEST INTERVIEW

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【FREEDOM CALL : SILVER ROMANCE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHRIS BAY OF FREEDOM CALL !!

“The Audience On Our Concerts Is In Between The Ages Of 5 And 70. And We Are Happy To Maintain The Flame Of Metal For The Next Generations.”

DISC REVIEW “SILVER ROMANCE”

「”去年の夏は、SLAYERにハマってたんだ” なんて話を聞いたことはないだろう?そんなことはありえないんだ。メタル・ヘッズかそうでないか。人はそのどちらかだ。つまり、子供の頃はメタルを聴いていたけど、もう聴いていないなんていう人はいないはずだ。もし君がメタルに夢中なら、ずっと夢中なんだ!
一度ハマったら抜け出せねえ。言ってみれば、宗教さ」
EXODUS の Steve Souza の言葉です。たしかに、ヘヴィ・メタルの世界には自分も含めて “卒業” とは縁遠いファンが多いような気がします。メタルほど深い沼はない。その理由を、今年パワー・メタルの銀婚式を迎えた FREEDOM CALL の Chris Bay が弊誌に語ってくれました。
「メタル・ファンが最も忠実だということに同意するよ。私の意見だけど、メタル・ヘッズはただメタル音楽を聴いているのではないんだ。メタルはバック・グラウンドで流しているような音楽のスタイルではないからね。ロックとメタルはライフ・スタイルであり、このジャンルのファンは愛する音楽を積極的に、能動的に聴きながら生活しているのだよ…ラウドで激しくね..」
あのアルバムが出た時、結婚相手に出会った。就職した時は、あのTシャツを着ていた。愛猫が家に来た時は、あのライブに行った。そう、メタルはライフ・スタイルとなり、その人の人生と重なるような、インスタントとは程遠いヘヴィな音楽なのです。そうして、ファンとメタルは離婚とは無縁の幾久しき絆を育てていきます。
「”メタル・ジェネレーション” というアイデアは、何年も、何世代にもわたってこの種の音楽を支えてくれているすべてのメタル・ヘッズへの感謝の気持ちなんだ。私たちのコンサートの観客は5歳から70歳まで幅広い年代が来てくれる。そうやって、次の世代のためにメタルの炎を維持できることを嬉しく思っているんだ」
25年の銀婚式で幕を開ける FREEDOM CALL の “Silver Romance” は、まさにその幾久しき絆を祝う祝祭のパワー・メタル・アルバム。このバンドの素晴らしさは、勇壮なメタルの中に Chris Bay の趣味全開な80年代ポップス的かわいらしいメロディ、ビバリーヒルズ・コップを想起させるレトロなキーボードの祝祭感が織り込まれているところでしょう。
そんな彼らのお茶目で新たなサマー・パーティ・アンセムとなる “Metal Generation” は、メタルの絆を、灯火をつなげていくという決意表明でもあります。何世代にもわたってつながれ、更新され、愛され続けてきたヘヴィ・メタルの炎。5歳から70歳までが拳を突き上げ、 “メタルはみんなのもの” とシャウトする FREEDOM CALL のライブこそがメタルの寛容さ、自由、多様性の象徴でしょう。
「”フリーダム・コール” の意味は、以前にも増して時事的、今にあったものになっている。なぜなら、今この世界には数え切れないほどの戦争や残酷な行為があって、苦しむ人々、何百万人もの難民がいるからね。自由を求める声はかつてないほど大きくなっているよ」
そう、彼らのポジティブで優しい “ハッピー・メタル” こそ、暗い現代が求めるもの。彼らは大真面目に、寛容で敬意にあふれた世界、メタルによる世界平和の実現を夢見ています。バンド名を “自由への叫び” と名づけた25年前よりもかくじつに、世界には自由を求める人たちが増えています。FREEDOM CALL はそんな世界で今日も、法律より強く、鋼鉄とプライドでできた愛と平和のパワー・メタルを心の底から歌うのです。”メタル革命” が成就するその日まで。
今回弊誌では、Chris Bay にインタビューを行うことができました。「”メタルはみんなのもの” という言葉は調和のとれた世界を表現しているんだ。”一人はみんなのために、みんなは一人のために” というのがテーマだからね。ステージでこの言葉をつかうのは、もし世界中の人々がメタル・ファンになれば……地球は平和になると信じているからだ! メタルで地球に平和をもたらそう!」 二度目の登場。 どうぞ!!

FREEDOM CALL “SILVER ROMANCE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【THE CHRONICLES OF THE FATHER ROBIN : THE SONGS & TALES OF AIROEA】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDREAS WETTERGREEN OF THE CHRONICLES OF FATHER ROBIN !!

“We Think It’s Sad If Someone Wants To Live And Express Themselves Only Through «New Formulas» And Dogmatic Only Seek To Do Something That No One Has Done Before. Then You Forget History And The Evolution Of Things, Which In Our Opinion Is At The Core Of Human Existence.”

DISC REVIEW “THE SONGS & TALES OF AIROEA – BOOK Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ

「最初は若いワインのように最初は有望で実り豊かなバンドだったけど、やがて複雑さを増し、私たち集団の心の奥底にある濁った深みで数年間熟成され、エレジオンの森のオーク樽で熟成されたとき、ついにそのポテンシャルを完全に発揮することになったのさ」
アルバムの制作に長い時間をかけるバンドは少なくありませんが、それでも30年を超える月日を作品に費やすアーティストはほとんど前代未聞でしょう。ノルウェー・プログの粋を集めた THE CHRONICLES OF FATHER ROBIN は、ロビン神父の数奇なる物語に自分たちの人生や経験を重ね合わせ、四半世紀以上かけてついに壮大な3部作を完成させました。
「90年代に親が着ていた70年代の古着に身を包み、髪を伸ばし、1967年から1977年の音楽ばかりを聴いていたんだ。当時のポップ・ミュージックやポップ・カルチャー・シーンにはとても否定的で、RUSH や YES, そして DOORS の音楽は、例えば RED HOT CHILLI PEPPERS や RAGE AGAINST THE MACHINE, NEW KIDS ON THE BLOCK など他のバンドが聴いている音楽よりもずっと聴き応えがあると、パーティーで長い間議論していたほどでね。私たちは、自分たちが他人よりより高い位置にいると確信し、できるだけ多くの “失われた魂” を救おうとしていたんだ。だけどそれからしばらくして、私たちは他人がどう思うかとか、彼らが何に夢中になっているかということに疲れ、ただ自分たちの興味と、ミュージシャンとして、バンドとしての成長にエネルギーを集中させていくことにした」
70年代が終焉を告げて以来、プログレッシブ・ロックはつねに大衆から切り離された場所にありました。だからこそ、プログの世界に立ち入りし者たちはある種の特権意識に目覚め、あまつさえ大衆の啓蒙を望む者まで存在します。90年代のカルチャーに馴染めなかった TCOFR のメンバーたちも当初はカウンター・カルチャーとしてのプログに惹かれていましたが、しかしワインのように熟成され、長い年月を重ねるにつれて、ただ自分たちが夢中になれる音楽を創造する “道” へと進んでいきました。
3部作のコンセプト最初の芽は、民話、神話、幻想文学、サイケデリア、冒険的な音楽に共通の興味を持つ10代の仲間から生まれ、最新の発見を紹介し合ううち、徐々にノルウェーの仲間たちは独自の糸を紡ぎ、パッチワークやレンガのように新たな色彩や経験を積み重ねるようになりました。それは30年もの長きにわたる壮大なブレイン・ストーミング。
「確かに、私たちはプログ・ロックの穴を深く這いずり回ってきたけど、クラシック・ロック、フォーク・ロック、サイケ、ジャズ、クラシック音楽、エスニック、ボサノヴァ、アンビエント・エレクトロニック・ミュージックなどを聴くのをやめたことはない。たとえ自分たちが地球上で最後の人間になったとしても、こうした音楽を演奏するだろう。私たちは、お金や “大衆” からの評価のために音楽をやったことはない。もちろん、レコードをリリースして夢を実現できるだけのお金を稼ぎたいとは思っているけど、どんなジャンルに属するものであれ、音楽を通じて自分たちの考えや感情を顕在化させることが最も重要であり、これからもそうあり続けるだろう。そしてそれこそが、極めてプログレッシブなことだと私たちは考えているんだ」
WOBBLER, WHITE WILLOW, Tusmørke, Jordsjø, IN LINGUA MORTUA, SAMUEL JACKSON 5など、ノルウェーの実験的でプログレッシブなバンドのアーティストが一堂に会した TCOFR は、しかしプログレッシブ・ロックの真髄をその複雑さや華麗なファンタジーではなく、個性や感情を顕在化させることだと言い切ります。
とはいえ、プログの歴史が積み重ねたステレオタイプやクリシェを否定しているわけではありません。学問もアートもすべては積み重ねから生まれるもの。彼らは先人たちが残したプログの書を読み漁り、学び、身につけてそこからさらに自分たちの “クロニクル” を書き加えようとしているのです。
表現力豊かな和声のカデンツ、絶え間なく変化するキーボードの華やかさ、ジャンキーなテンポ、蛇行するギター・セクションの間で、TCOFR の音楽は常に注意力を翻弄し、ドーパミンの過剰分泌を促します。ここにある TCOFR の狂気はまちがいなく、ノルウェーにおける温故知新のプログ・ルネサンスの成果であり、大衆やトレンドから遠すぎる場所にあるがゆえに、大衆やトレンドを巻き込むことを期待させるアートの要塞であり蔵から発掘された奇跡の古酒なのです。
今回弊誌では、WOBBLER でも活躍する Andreas Wettergreen にインタビューを行うことができました。「芸術の発展は、決して1969年の “In The Court of the Crimson King” やバッハのミサ曲ロ短調から始まったわけではない。芸術と芸術を通した人間の表現力は非常に長い間続いており、それは何世紀にもわたって展開し続けている。イタリアの作曲家カルロス・ゲスアルドは、16世紀に複雑で半音階的な難解な合唱作品を作ったが、一方で今日作られるもっとシンプルな合唱作品も美しく興味深いものである。両者は共存し、決して競い合うものではない。
心に響くなら、それはとても良いスタートだ。それが知性も捉えるものであれば、なおさらだ。音楽と芸術はシステムの問題ではなく、感情と気持ちの問題なんだよ。最も重要なことは、良い音楽に限界はないということだ」 ANEKDOTEN, ANGLAGARD に追いつけ、追い越せ。どうぞ!!

THE CHRONICLES OF FATHER ROBIN “THE SONGS AND TALES OF AIROEA” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BEATEN TO DEATH : SUNRISE OVER RIGOR MORTIS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MIKA MARTINUSSEN OF BEATEN TO DEATH !!

“I Urge You To Look Closer, Because I’m Still Trying To Keep My Precious Hair From Leaving My Balding Head, Haha! For Sure, There’s Not Much Left To Save, And It’s Hard To Imagine I’ll Keep It This Way Until I Die, But I Promise To Do My Best! “

DISC REVIEW “SUNRISE OVER RIGOR MORTIS”

「よく見てよ。僕はまだ、貴重な髪をハゲ頭からなくさないようにしているんだ!(笑) 確かに、残りは少ないし、死ぬまでこのままとは思えないけど、頑張るって約束するよ! !」
絶滅の危機を経て、メタルはいつしか現実世界の抑圧、孤独からの素晴らしき逃避場所として多くの人に救いをもたらすようになりました。戦争や分断、極右の台頭という生きづらい世界を公然と批判して風刺するバンドも増えています。そうした理不尽や権利に対してメタルが持つ反発力は、蹂躙されしものたちのまさに希望。
そして今、この世界で最も蹂躙され抑圧されしものこそ “オッサン”。もちろん、権力を持ち蹂躙するのもオッサンであれば、また社会から最も阻害され孤独を感じているのもオッサンなのです。オッサンというだけで即通報。出会って2秒で豚箱行き。そんな世の中に反旗を翻すべく、ノルウェーの BEATEN TO DEATH は “Sunrise Over Rigor Mortis” でオッサン讃歌のグラインド・コアを叩きつけました。
それを象徴するのが “My Hair Will Be Long Until Death”。死ぬまで髪の毛を離さねえ。ツーブロやセンターパート、毛先カラーで髪の毛を謳歌する若者たちに、オッサンの悲壮な頭志いや闘志を見せつける楽曲は、同時に大切なものや人を喪失した世界中の悲しみに勇気と共感を与えていきます。
そう、バーコードに撫で付けた髪の毛のごとく、失うことや年齢を重ねることはたしかに苦しいけれど、アルバム・タイトル “死後硬直に差す陽光” が示すように、いつだって何かを追い求め、ユーモラスに優しく前を向いていれば、死してなお朝日は昇ってくるのです。
「数ヶ月前にロンドンで NAPALM DEATH を観たんだけど、もちろん Barney は、人類がこれまで  “クソみたいな違いをいかに解決してこなかったか” についてスピーチをしたんだ。違いは悪じゃない。グラインド・コア・バンドがそうやって、僕たちの共有する地球の状態について何か言ってくれるのはありがたいよね」
つまり、年齢、性別、国籍、文化、宗教など人々の持つ “違い” など些細なこと。それをいかに個性として包容し、寛容になりあえるかがきっと人類の未来にとって重要な鍵なのでしょう。NAPALM DEATH の Barney に言われるまでもなく、BEATEN TO DEATH はそうした異端や逸脱、違いという名の個性を独創的なグラインド・コアで表現することで、寛容な心を世界に届けていきます。
「僕らのプレイが “真の” グラインド・コアかどうかということにあまりこだわらないということの自然な結果だと思う。新しい曲を作るときは、ほとんどクリーンなギター・サウンドでハーモニーやダイナミクスを試す方が自然だと感じるんだ。僕自身は、もっとハーモニーが冒険的でキャッチーでありながら、もっと過激でアグレッシブになれると感じている」
実際、彼らのグラインド・コアは暴力一辺倒ではありません。PIG DESTROYER, BRUTAL TRUTH, NASUM を敬愛しつつ、YES, VAI, MESHUGGAH, Zappa, Holdsworth といったプログ・パラダイスで育った Mika。ゆえに、彼らのグラインド・コアには繊細で知的な一面が素晴らしきコントラストとして映し出されています。
さらに、杏里、松原みき、竹内まりや、大貫妙子といった遠き日本のシティ・ポップのハーモニーまで養分として取り込んだ BEATEN TO DEATH のグラインド・コアは、見事に世界中の “違い” を音楽で解決していくのです。
今回弊誌では、4月に来日公演も成功させたベーシスト Mika Martinussen にインタビューを行うことができました。「正直なところ、僕にとっては、ブラック・メタルは全く好きではないんだ!失礼な言い方かもしれないけど、僕には信じられないほど無味乾燥で退屈に思えるし、ユーモアがなくて独りよがりなものなんだよ。シアトリカルな面もあまり好きじゃない。でも、他のメンバーの何人かは、なぜかそういうものに夢中なんだ」 どうぞ!!

BEATEN TO DEATH “SUNRISE OVER RIGOR MORTIS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SAIDAN : VISUAL KILL: THE BLOSSOMING OF PSYCHOTIC DEPRAVITY】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH SPLATTERPVNK OF SAIDAN !!

“Our Goal Was To Have Something Similar In Style To Suehiro Maruo. One Of My Favorite Bands “BALZAC” Used His Art On One Of Their Early Albums And It Really Stood Out To Me And I Wanted Something Like That.”

DISC REVIEW “VISUAL KILL: THE BLOSSOMING OF PSYCHOTIC DEPRAVITY”

「このアルバムは、僕らのファースト・アルバム以来、最もJ-Rockの影響を受けたリフを持っているかもしれないね。ちょうど X JAPAN, L’arc-en-Ciel, Versailles, その他多くのヴィジュアル系バンドをよく聴いていて、それがアルバム・タイトルにもインスピレーションを与えたんだ。でも、BALZAC や Hi-STANDARD のような日本のパンク・バンドも、このアルバムの多くの部分に影響を与えているよ」
SAIDAN は、その名の通りプリミティブなブラック・メタルの祭壇に、日本の音楽やアートの生け贄を捧げ、メロディックな恐怖と狂気を錬金する米国の司祭。まさにスタイルを創造し、カテゴライズを無視し、規範からの逸脱を掲げる21世紀のブラック・メタルを象徴するような存在でしょう。
実際、彼らの創造物が発散する波動にステレオタイプなものは何もなく、ブラック・メタルの新たなオルタナティヴの形として唯一無二の呪怨を放っています。このアルバムには、ドメスティックでメロディックな J-Rock の純粋が、嘔吐を誘うような害虫スプラッターに染まる瞬間が克明に映し出されています。言いかえれば、”生の” ブラック・メタルが “生” でなくなる前に、どれほどメロディックになれるのか?そんな命題に “Visual Kill: The Blossoming of Psychotic Depravity” は挑戦しているのです。
「アートワークを丸尾末広に似たようなスタイルにすることが目標だったんだ。僕の大好きなバンド BALZAC の初期のアルバムに丸尾末広のアートが使われていて、それがすごく印象的で、ああいうのが欲しかったんだよね」
“見てはいけないもの” ほど人の関心をかうのは世の常でしょう。それはアートにおいても同じ。そして、純粋無垢が穢れる、悪意に染まる、発狂する瞬間ほど、”見てはいけないもの” やタブーとなりやすいものは他にないのかもしれませんね。丸尾末広のアートはまさにそんな瞬間をまざまざと描いていました。だからこそ、旋律美に蟲が沸き、血が滴る SAIDAN の音楽に、彼をオマージュしたアートワークは必要不可欠だったのです。
「”SICK ABDUCTED PURITY” という曲は、古田順子さんが殺害された事件 (1989年に足立区で起こった女子高生コンクリート詰め殺人事件) を題材に書いたもの。その事件を初めて知ったとき、僕は本当に心が傷つき、大きな悲しみを覚えたんだ…そしてずっとあの事件について書きたかった。もし歌にするのであれば、ある種の敬意を表しつつも、彼女に起こったことから逃げないようにしたいと思ったんだ」
そんな SAIDAN にとって、最も “見てはいけないもの” のひとつが、日本の足立区で起こった悍ましき “女子高生コンクリート詰め殺人事件” でした。人間はこれほどまでに獣になれるのか。そもそもは純粋だったはずの若者たちが、狂気と悪意に突き動かされ残酷残忍を極めたこの事件から、彼らは目を背けることができませんでした。
切り刻まれ、冒涜され、熱を帯びたシンフォニックな恐怖は、人間の貪欲さ、悪意、獣性、狂気によって複雑化されたメロディックな暴力によって蹂躙されていきます。いえ、きっと目を背けてはいけないのです。忘れてはいけないのです。風化とはすなわち、あまりにも無惨な被害者の魂を忘れ去ってしまうこと。きっと私たちは、この残忍なブラック・メタルと華麗な X JAPAN のアーティスティックな交差点で、人の残忍と純粋をいつまでも噛み締めておくべきなのでしょう。誰だって、ほんの少しの掛け違えで堕落の底まで落ちてしまう可能性をはらんでいるのですから。
今回弊誌では、SAIDAN にインタビューを行うことができました。「ブラック・メタルは、パンクのように他のジャンルのヘヴィ・ミュージックにも応用できる能力を持った、数少ないジャンルのひとつだと思う。僕の意見は、”メタル” の部分がメタルである限り、そのジャンルを自分のものにするために、好きなことをすればいいと思っているよ」 二度目の登場! どうぞ!!

SAIDAN “VISUAL KILL: THE BLOSSOMING PSYCHOTIC DEPRAVITY” : 10/10

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COVER STORY + INTERVIEW 【WANG WEN : INVISIBLE CITY】 三国演義 JAPAN TOUR 24


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH XIE YUGANG OF WANG WEN !!

“能和Mono还有Jambinai一起演出太令人兴奋了。Mono是我们一直尊敬和热爱的乐队,过去的二十多年,他们一刻都没有停歇,一直在书写新的音乐,并把这些音乐带到了世界上的各个角落,他们绝对是我们的榜样。听Jambinai很多年了,他们的音乐绝对是独一无二的,硬核的节奏和幽怨的民族乐器奏出的旋律完美的融合在一起”

DISC REVIEW “INVISIBLE CITY”

「音楽の大きな役割はまさに、政治や文化の壁を越えることにあると思っている。音楽は国境を超えた言語であり、異なる国や民族の人々が音楽を通じて、言葉や文字以上の感情や情報を感じ取ることができるのだから。それはまるで、より高次元のコミュニケーションのようだよね。僕らは、音楽によって生まれる心と心のつながりを壊すことができるものは何もないと信じているんだよ」
日本、中国、韓国。東アジアの国々にはそれぞれに長い歴史があり、複雑に絡み合う愛憎劇を悠久の時を超え演じてきました。憎しみもあれば愛もある。互いの関係を一言で言い表すことは難しく、特に政治の上で東アジアの国々は決して蜜月を謳歌しているとはいえないでしょう。
ただし、いつまでも歪み合い、反目し合うことが東アジアに住む人々の幸せにつながるでしょうか?いつかはこれまでの恩讐を越え、より良い未来を作っていくべきではないでしょうか?中国の独創的なポスト・ロック WANG WEN は、そうやって国境や文化を超えた心と心のつながりを作るために、音楽以上の美しい言語はないと信じています。
「MONO や JAMBINAI と一緒に演奏できるので、とても興奮しているよ。MONO は僕たちが常に尊敬し愛してきたバンドで、彼らは過去20年以上、一瞬たりとも立ち止まることなく、新しい音楽を作り続け、それを世界中に届けてきたんだよ。彼らは僕たちの模範だよ。JAMBINAI の音楽は何年も聴いてきたけど、その音楽は絶対に唯一無二だね。ハードコアなリズムと哀愁漂う民族楽器の旋律が完璧に融合しているよ」
7月に日本で行われる “三国演義 Romance of the Three Kingdoms” は、まさにその第一歩を踏み出す素晴らしき会合で邂逅。MONO, WANG WEN, JAMBINAI。日中韓の伝奇を超えたポスト・ロックのラブロマンスは、きっと凝り固まった人々の心まで溶かす新たな三国志の幕開けでしょう。
「MONO は最も説得力がある例だと思うよ。前述したように、彼らは絶え間ない音楽の創作と疲れを知らない公演で多くの場所に行っているんだ。これらはすべて、僕たちが学び、努力するべき面だと思っているね。実際のところ、どんなスタイルのラベルも重要ではなく、自分自身の声と表現方法を見つけることこそが重要なんだよ」
重要なのは、三者がそれぞれリスペクトという絆で強くつながっていること。三者ともにポスト・ロックというラベルを超えて、自らの声、表現方法を見つけていること。そうそして、WANG WEN がその声を完全に確立したアルバムは、”Invisible City” なのかもしれません。
あの SIGUR ROS がレコーディング・スタジオに改造したレイキャビクのプール。雪の降り積もるアイスランドで録音を行った彼らの心にあったのは、生まれ故郷の大連でした。ホルン、チェロ、ヴァイオリンを加えた美のオーケストラ、不気味な子守唄、ざわめくアンビエント・ノイズの風は、優しさと哀愁、静かで明るい大連という都市の有り様を見事に伝えています。多くの若者が去り、街が沈んで老いていく。そんな中でも、この地に残る人々の希望を描く “不可視の都市” には、きっと反目とヘイトが飛び交う東アジアにおいても優しい未来を育む寛容な人たちと同じ理念、同じ音の葉が貫かれているはずです。
とはいえ、そうした哲学的な話を脇においても、WANG WEN の音楽は MONO や JAMBINAI 同様に世界中で認められた、雨と悲しみと少しの希望の物語。SIGUR ROS, PG. LOST, WE LOST THE SEA, そして PINK FLOYD が紡ぐエモーションと絵画のような創造性、複雑な音楽構造を共存させる稀有なる存在。そうしてきっと新たな三国志は、2000年の時を超えて人々の心を溶かし、ほんの少しだけ近づけてくれるはずです。
今回弊誌では Xie Yugang にインタビューを行うことができました。「ここ最近の数年間、中国ではポスト・ロックを聴く若者やバンドが増えてきているんだ。一方で、メタルは20年前と比べて大きく減少しているね。しかし、ポスト・ロックであれメタルであれ、主流のポップ・ミュージックに比べると、中国ではまだ非常にマイナーな音楽だといえる」  弊誌 MONO インタビュー。  弊誌 JAMBINAI インタビュー。どうぞ!!

WANG WEN “INVISIBLE CITY” : 10/10

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COVER STORY + INTERVIEW 【MNEMIC : THE AUDIO INJECTED SOUL】20 YEARS ANNIVERSARY REUNION !!


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MIRCEA GABRIEL EFTEMIE OF MNEMIC !!

“The Label “Fusion Future Metal” Was Our Definition Of What We Saw As The Potential For The “Djent” Genre, Even Before The Term Became Popular.”

DISC REVIEW “THE AUDIO INJECTED SOUL”

「”フューチャー・フュージョン・メタル” というラベルは、 “Djent” というジャンルが一般的になる前から、その音楽の可能性を見出していた僕たちの定義だった。だから今日、多くのバンドが僕たちの貢献をリスペクトし、認めてくれているのを見ると、信じられないほど嬉しいよ。たとえ当時の市場とタイミングが完全に一致していなかったとしても、僕たちが正しい道を歩んでいたことを再確認させてくれるからね」
音楽の世界には、多くの “早すぎた” バンドが存在します。しかし、ラテン語で “記憶” を意味するデンマークの MNEMIC 以上に、メタル世界の記憶に残った “早すぎた” バンドはいないでしょう。”MAINLY NEUROTIC ENERGY MODIFYING INSTANT CREATON”。”瞬時の創造性をモディファイする主なる神経症的エネルギー” の略語を同時に冠する偉大なバンドは、実際その当時の創造性を限りなくモディファイして、風のように去っていったのですから。
「僕たちは MESHUGGAH のようなバンドに大きな影響を受けた最初のバンドのひとつで、彼らが僕たちのサウンドに何らかの影響を与え、僕たちの音楽のポリリズムのコンポジションの一部を形作るのに役立ったんだと思う。とはいえ、SYBREED や TEXTURES など、僕らと同時期に活動していた他のバンドもいたから、その功績をすべて取り上げるのはフェアではないと思う。また、Djent というジャンルを本当に確固たるものにした、僕たちよりもずっと才能のあるバンドが後から市場に現れたことも忘れてはならないね。ただ僕たちは、Djent というジャンルを押し上げるために、その一翼を担えたことを嬉しく思っているんだ」
Djent といえば、MESHUGGAH が神であり、PERIPHERY が生みの親という認識がおそらく一般的なものでしょう。しかし MESHUGGAH のポリリズミックな有機的骨組みから、PERIPHERY の煌びやかな数学的キャッチー・プログの間には大きな隔たりがあるようにも感じられます。そう、進化は一晩で起こるものではありません。両者の間のミッシング・リンクこそが、MNEMIC であり、SYBREED であり、TEXTURES であったと考えるのが、今となってはむしろ自然な成り行きではないでしょうか?
「140カ国でいまだにこのバンドを聴き続けてくれているという事実と、バック・カタログが10万枚ほど売れているという事実に基づいている。時代は変わった。僕たちは、良い演奏をしなければならなかった時代、すべてがそれほど洗練されている必要がなかった時代、レコード制作において過剰に修正する必要がなかった時代の人間だ。だからこそ、僕たちは適切なチームと一緒に、昔の曲でも当時と同じように、よりシャープに、よりプロフェッショナルに演奏できることを証明したいんだ」
時代は変わりました。当時、インダストリアルや Nu-metal の一派として、SOILWORK の亜流として片付けられていた MNEMIC は掘り起こされ、Djent の始祖という正当な評価を手にしました。気は熟しました。そうして、彼らのマイルストーンとなった “The Audio Injected Soul” 20周年の年に、MNEMIC は華々しい復活を告げたのです。
この作品がなぜ革新的だったのか。それはもちろん、MESHUGGAH の偉大な骨格に、後の Djent が得た自由、多様なジャンルのパレットをもちこんだから。ただし革命はそれだけにとどまりません。当時のリスナーは、この作品の音の立体感に驚愕をおぼえたものです。
AM3Dテクノロジー。バイノーラル技術を駆使しリスナーの周りの3次元空間の特定の場所に音を定位させるように音を処理するテクノロジー。言葉の意味はわからずとも、ギターの音は極めて鮮明、ベースとドラムは響き渡り、背景にはアンビエント・サウンドが渦巻き、ボーカリスト Michael Bøgballe の分裂症のような遠吠えと嘲笑がミックスの至る所に現れるあまりにも強烈なサウンドは、アートワークの心脳をつんざくヘッドフォンを地でいっていたのです。音圧の破壊力。それは、1986年の傑作 “Rage For Order” で QUEENSRYCHE が見せつけたスタジオの大胆な魔法、その再現でした。
今回弊誌では、Mircea Gabriel Eftemie にインタビューを行うことができました。解散から11年を経て、MNEMIC は盟主として、歴史として、そして再び挑戦者としてメタル世界に戻ってきます。ついに時代は追いつきました。我々は、かつて MNEMIC がアルバムで描いた “多重人格” のカオスを全身で感じ取るのみ。今は亡き Guillaume Bideau をフィーチャーした “Passenger” もいいんですよね。どうぞ!!

MNEMIC “THE AUDIO INJECTED SOUL” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【ARKA’N ASRAFOKOR : DZIKKUH】


COVER STORY : ARKA’N ASRAFOKOR “DZIKKUH”

“Metal Comes From Rock. Rock Comes From Blues. Blues Comes From The Blacks Deported To America. The Very Basis Of Metal Comes From Home. Metal Is African!”

DZIKKUH

トーゴ出身のメタル・バンドが、世界に羽ばたこうとしています。Arka’n Asrafokor は、メタルの激情とトーゴの音楽遺産を見事に融合させています。同時に、彼らはモダン・メタルの多様性を理解して、ファンク、ラップ、サイケデリックなタッチを混淆し、地球という唯一無二の美しき星へ音楽を捧げているのです。
3月末。Metal Hammer が週間ベスト10曲を発表しました。このおすすめリストは、通常、北米とヨーロッパのアーティストが独占しています。しかしその週は、メタル界のレジェンドたち、Ozzy Osbourne や Serj Tankian に混じって、トーゴのバンド Arka’n Asrafokor がシングル “Angry God of Earth” でランクインし、ガラスの天井を打ち破ったのです。この曲は、竜巻のようなスラッシュで始まり、儀式的な香りを匂わせる催眠術のようなテクスチャーを召喚。生のメタルと西アフリカの祖先の響き、母なる大地への祈りを巧みに融合させています。
「我々が選ばれたと聞いたとき、まず頭に浮かんだのは、どうして我々があんなところにいるんだろうということだった。きっとハードワークのご褒美なんだ。ロックは逆境に立ち向かうための、信念の行動だったから」
Kodzo Rock Ahavi は作曲を手がけ、ほとんどすべての歌詞を書いているバンドの顔。彼にとっても、Metal Hammer のようなビッグ・マガジンにチョイスされることは晴天の霹靂でした。

Ahavi は2010年、トーゴの首都ロメに数年前にオープンしたスタジオでデモのレコーディングを開始し、音楽プロジェクトをスタートさせました。そこで行う他のアーティストのプロデュースは、現在も彼の主な収入源となっています。
「トーゴのような国でメタル・プレイヤーとして生計を立てるのは難しい。芸術を愛するがゆえに、無償で演奏することを厭わない人でなければ、とてもじゃないけど続けられないよ!
トーゴにはメタル・シーンがひとつもなかったから、本当に大変だった。ステージもなかった。それに、みんなこの音楽が何なのか知らない。でも、トーゴのあちこちで戦略的に演奏してみたんだ。目的に応じて場所を選んだ。少しずつ、メタルが何なのかを知ってもらえるようになった。そして特に、私たちのスタイルが何なのかをね。そして驚いたことに、彼らはそれを気に入ってくれた。メタルを聴いたことがない人もいたけれどね。彼らは音楽の伝統的な側面が好きなんだ。彼らはそれを理解することができた。音楽は自分たちのルーツを映し出す鏡だった。
ここの人たちはロックを知っている。いいロックバンドがいる。でも、今のところトーゴで唯一のメタル・バンドは私たちだ。だから、音楽的な仲間がいたとは言えないと思う」

少しずつ、Ahavi はミュージシャンの友人を集め、自作曲と AC/DC や SCORPIONS のカバーを交互に演奏するライブを行うようになりました。そして口コミで、ほんの数週間のうちに、ロックとエクストリーム・メタルのファンで構成される、小さいながらも忠実な地元のファン・ベースが作られるようになったのです。
「反響はすごかった。カヴァーのリクエストはどんどん減り、オリジナル曲がどんどん増えていったんだ」
もちろん、困難もたくさんありました。
「私たちは悪魔崇拝者と呼ばれていた。少なくとも最初はそう呼ばれていた。西洋的なメタルのイメージ。黒い服を着て、ステージのあちこちで飛び跳ねたり、うなり声をあげたり…。でも、ファン層が広がり、クレイジーな連中がステージで何をしているのか、何を歌っているのかを彼らが理解したいと思うようになると、あっという間に状況は変わっていった。
自分たちのルーツから生まれた音楽だから、検閲もないしね。リスナーは自分が何を聴いているのかわかっている。トーゴの外に住んでいる人たちでさえね。例えばガーナのように、同じリズムと文化を共有している人はたくさんいる。私たちのメッセージは現実的で、人生や社会についてのもの。エキセントリックでも非倫理的でもない。だいじなのは自分の未来と自由のため、愛する人のために立ち上がり戦うこと、先人たちの残した足跡をたどること」

Arka’n Asrafokor はそうして2015年に誕生し、現在まで安定したラインナップを保っています。2019年、彼らはファースト・アルバム “Za Keli” をリリースし世界を驚かせました。トライバル、スラッシュ、グルーヴ、デス……といったメタルのサブカテゴリーを幅広く取り揃え、Ahavi が常に引き出してきた影響のるつぼを凝縮した作品。
「私たちのエウェ語で、Zã Keli とは闇と光、夜と昼という意味。この世界を支えている二面性、そして私たちはそれを受け入れ、調和し、自分の役割を果たさなければならないという事実を常に忘れないために、このアルバムタイトルを選んだんだ。Zã Keli の二面性は、アルバムのほとんどすべての歌詞で感じることができる。明るい花の咲く丘や暗い地獄のような谷、笑いや涙、学び、成長、しかし魂の内なる核は安全で、手つかずで、明るく、人間的であり続ける。私たちの曲を聴けば、希望に満ちた美しい平和的な言葉が、他の曲では憎悪と貪欲から私たちの母なる地球に死を撒き散らす者たち、罪のない生命を破壊する者たちへの無慈悲な戦いを呼びかける戦士の叫びが聞こえてくる」

リズムは、轟音のシーケンス、ファンク・エレガンス、アフリカの打楽器が組み合わさり、ラップ、レゲエ、サイケデリックなギターソロも取り揃えています。Ahavi は KORN と Jimi Hendrix、PANTERA と Eddie Van Halen を同じくらい愛しているのです。そして彼は、自分の創作過程をアーティストと作品との一対一の対話だと考えています。
「作曲をするときは、曲の流れに身を任せ、曲が私に何を求めているのかに耳を傾ける」
“Zã Keli” はオープナー “Warrior Song” から最後まで、メタル・アルバムでは出会ったことのないような楽器やサウンドの数々で楽しませてくれる作品でもあります。ガンコグイ(地元のカウベル)、アクサツェ(パーカッシブなシェイカー)、エブー・ドラム、ジャンベ、そして西アフリカのトーキング・ドラムなど、彼らがヘヴィ・メタルを解釈するための道具はまさに無限大。
6/8拍子で演奏されるほとんどの楽曲。これもまた彼らの民族音楽を強く反映しています。伝統に沿ったメタルの演奏にこだわるのは、自分たちのルーツを誇り、自分たちが何者であるかを世界に示すため。
特に近年の多様なモダン・メタル、その折衷的なカクテルの中では、ルーツが特別な意味を持ちます。
「私のベースのインスピレーションは、やはりトーゴの伝統文化。その雰囲気、その知恵だ。スピリチュアルなものは目に見えないことが多い。しかし、アルカーンやアフリカ全般にとって、物理的な力とスピリチュアルなものは2つの異なるものではない。それどころか、一方は他方の延長であり、その連続なんだ。身体、石、木には魂がある。私たちはスピリチュアルなものを音楽から切り離すことはしない。アルカーン という言葉は、まさにその宇宙の隠された側面を指している」

そして Arka’n Asrafokor の創始者は、自分がアフリカ大陸で異質なメタルを作っているとは思ってもいません。
「メタルはもともとアフリカのものだ。だからこそインスピレーションをブレンドしやすい。アフリカのメタルは、長い海を越えて帰ってきた放蕩息子を迎えるようなものなんだ」
彼の主張を理解するには、祖先が遠く離れた土地に無理やり連れ去られたという歴史を思い返す必要があります。
「西アフリカ人が奴隷として米国に連れて行かれ、その子孫がブルースを発明し、それがロックに進化し、さらにそれがメタルに進化した。そう考えれば、たしかにメタルはそもそもアフリカのものだろ?」
その誇りは音楽にもあらわれています。
「私たちの音楽は、アフリカで接ぎ木したヨーロッパのメタルではない。私たちは地元の言葉であるエウェ語を話すので、人々は私たちが歌うことの精神的な意味を理解できるからね。私たちが演奏するリズムも純粋なヨーロッパ的なものではなく、アフリカの人々はそれに共感する。ときどき村の人に我々の音楽を聴かせると、故郷のいい音楽だと言ってくれる。私たちのやっていることは、ある種ユニークで、ポップな傾向に縛られていないから、聴衆は年齢層で分けられることもない。誰でも聴くことができる」

素晴らしき “Za Keli” のあと、彼らは国際的に知られるようになり、他のアフリカ諸国でも公演を行うようになりました。海外で自分たちをアピールする機会がさらに増え、2019年末にガーナの首都アクラで行われたコンサートは、訪れた数人のヨーロッパのプロモーターまでも魅了し、フランス、ドイツ、スイスでの演奏に招待されたのです。それ以来、彼らは世界中でメタル・フェスティバルの常連となりました。
さらに、サハラ砂漠以南のメタルのアイデンティティを描いた著書 “Scream for me, Africa” で、アメリカ人作家のエドワード・バンチスが彼らを主役に抜擢します。ハック誌のインタビューで、アフリカの荒々しいサウンドを聴き始めるのに理想的なバンドについて尋ねられたとき、バンチスは躊躇しませんでした。
「Arka’n Asrafokor の音楽はクレイジーだ。聴く者を別世界に誘う。今まで誰も聴いたことのないものを聴くには、気合いが必要なんだ」
ボツワナの SKINFLINT のような他のアフリカン・メタル・バンドも、アフリカ大陸の音の遺産に敬意を表しているのはたしかです。
「アフリカのメタルは今やそれほど珍しいものではなくなった。ケニア、ガーナ、ナイジェリア、南アフリカ、ボツワナ、ウガンダ、アンゴラ……から推薦できるバンドはたくさんある。アフリカのデスメタルシーンの守護者であるボツワナの OVERTHUST と WRUST, OverthrustとWrust、ボツワナのヘヴィ・メタル SKINFLINT。ケニアの SEEDS OF DATURA や LAST YEAR TRAGEDY, 素晴らしき DIVIDING THE ELEMENTS, そしてもちろんチュニジアの MYRATH は最も世界的に知られたアフリカン・メタル・バンドのひとつだね。我々は皆、”訛りのあるメタル” をやっているし、そうあるべきなんだ」

しかし、彼と彼のバンド仲間たちはこのルーツとメタルのミックスを明らかに “別のレベル” まで高めているのです。それは、言語(彼らは英語、フランス語、トーゴ語のエウェ語で歌う)、メロディー、そして外見さえも超えた “完全な融合”。ビデオやコンサートでは、Arka’n Asrafokor のメンバーは、往年のトーゴ人兵士へのオマージュとして、黒とアフリカの衣装をミックスしたり、顔に白いペンキを塗ったりしています。エウェ語でアスラフォは戦士を意味し、アスラフォコアまたはアスラフォコールはアハヴィの造語ですが、戦士たちの音楽を意味し、ザ・ケリは戦士の歌という独自の賛美歌。
「アルカンとはスピリチュアル。アスラフォは母国語で戦士を意味する。そしてアスラフォコールは戦士の音楽を意味する。戦士は私たちの文化の象徴だった。彼らは常にコミュニティのために戦い、死ぬ準備ができていた。名誉、正義、真実、平和、愛のために死ぬ準備ができている。そして、この心と魂の状態は、常に私たち一人ひとりの心の奥深くに生き続け、保ち続けなければならないものだ。それがアルカンの精神だ。私たちはそういう人間だ。それこそが、祖先の歩みを受け継ぐ戦士の掟なんだ」
そうして昨年、彼らはドイツのビッグ・レーベル、アトミック・ファイア・レコードと契約を結びましたが、Ahavi は依然としてDIY的アプローチを貫いています。
「レコーディング、ミックス、ミュージックビデオの撮影、編集…私たちは特定のマーケットに合わせたり、流行のトレンドに引っ張られたりすることなく、完全に自由を謳歌している」
“Got to break it” や “Walk with us” のような曲のビデオでは、ミニマルな風景と手作りのエフェクトが個性を生み出し、YouTube ユーザーのコメント欄には、”過小評価” という形容が繰り返されています。

そうして Arka’n Asrafokor たちの音楽を用いた闘いは、崇高な目標を追求していきます。「正義、平和、愛…すべての生き物の起源である母なる地球への敬意」
Ahavi はそうバンドの理念を声高に宣言します。彼にとって、環境保護が人間の外部にあるもののように語られることは驚きでしかありません。
「私たちは自然の一部なのに。人間は明日、呼吸画できるかどうか決めることはできないんだ」
セカンド・アルバム “Dzikkuh” の象徴となる “Angry God of Earth” は、盲目で貪欲な人間の行き過ぎた行為と、それに怒る神について語っています。この曲は、神の懲罰としての気候的黙示録を描いているのです。
「死だけが残る。人間が蒔いた種を刈り取る時が来た。私たちの文化では、地球は女性的であったり男性的であったりする。彼女の怒りをこれ以上刺激しないようにしよう」

参考文献: EL PAIS:Un grupo de metal de Togo se abre hueco en el panorama del rock duro internacional

ECHOES AND DUST :(((O))) INTERVIEW: ARKA’N ASRAFOKOR: TOGO HEAVY METAL WARRIORS

PAN AFRICAN MUSIC :Arka’n : “Metal is African”

ATOMIC FIRE RECORDS

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