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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ET MORIEMUR : TAMASHII NO YAMA】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ZDENEK NEVELIK OF ET MORIEMUR !!

“Tamashii no Yama“ Is a Concept Album About The Japan Air Lines Flight 123 Incident That Happened In August 1985. What Inspired Me Most Than apnything Were The Notes Passengers On That Plane Left To Their Relatives And Loved Ones Before Dying. They Are Very Powerful In Their Everydayness.”

DISC REVIEW “TAMASHII NO YAMA”

「”Tamashii No Yama” は、1985年8月に起きた日本航空機123便墜落事故を題材にしたコンセプトアルバムなんだ。何よりもインスピレーションを受けたのは、あの飛行機の乗客が死ぬ前に親族や恋人に残したメモだった。ああ、彼らはとても力強く毎日を生きていたんだ…と感じるよね。だからこそ、高天原は魂の山なのだよ」
1985年8月12日、524名を乗せた日本航空の飛行機が、東京から西に約125マイル離れた高天原に墜落しました。生存者はわずか4名。史上最悪の航空事故のひとつとなりました。
チェコのブラッケンド・ドゥーム ET MORIEMUR 4枚目のアルバム “Tamashii No Yama” は、羽田空港(アルバムのオープニング “Haneda”)から最後の地高天原(14分のエンディング “Takamagahara”)までのルートを暗く、重く、荘厳にたどることで、あの運命のフライトを今に蘇らせています。そうして ET MORIEMUR はそのバンド名 “ミメント・モリ” の精神を魂の山から伝えているのです。
「尺八はとても美しい楽器で、シンプルでありながら奥深いもの。しかし、ここチェコで尺八を吹ける人を見つけるのは簡単ではなかったよ。だけど、禅の瞑想センターの友人を通じて、チェコと日本の尺八の師匠のもとで尺八を学んできたマレク・マトヴィヤに連絡を取ることができたんだよね」
命と運命の始点と終点の間で展開されるのは、華麗なオーケストレーションと、幻想のようなアヴァンギャルド・ドゥーム・メタルの組曲です。ピアノ、ヴァイオリン、ハープ、チェロ、そして日本の伝統的な尺八は、この最後の旅路において歪んだリフやひりつくような咆哮と同じくらいに重要な役割を果たしています。このアルバムに収録されているすべての音は、日航機事故の悲劇がもたらした深い痛みと許容不可能な非現実、そして今際の際の命の煌きを呼び起こすために存在しているようでさえあります。
「僕は、人間と環境との調和的な関係や、人生に対するスピリチュアルな、いわば “魔法” のようなアプローチを持つ神道にとても共感していてね。そして、もう何年も前から禅宗に傾倒しているんだ。曹洞宗の開祖である道元禅師は、この地球上に存在する最も優れた哲学者の一人であると僕は考えているんだよ」
日本神話では、高天原は天の神の宿る聖地とされています。高天原には多くの神々(天津神)が住み、天之安河や天岩戸、水田、機織の場などもあったといわれています。そんな神々が集う場所に無数の魂が引き寄せられた。チェコから神道や禅宗に心酔する Zdenek にとって、あの不幸な事故は同時にスピリチュアルな意味を帯びたのかもしれません。その神聖さと悲しみを、”魂之山” はかくも鮮やかに、エモーショナルに、生き生きと自由な魂で表現しているのです。
オープニングの “Haneda” は Zdeněk Nevělík によるピアノ主体のインストゥルメンタルで、映画音楽から抜粋されたような美しさ。アコースティックギターの正確なメロディーは、この儚い曲の美しさをさらに際立たせていて、ストリングスに和楽器が加わりスピリチュアルな世界へと引き込んでいきます。
ハープシコードとクワイアで飾り立てた “Nagoya” のゴシック・アヴァンギャルド、ドゥーム・メタル、ゴシックなアトモスフィア、デス/ブラックメタル、SIGH のアバンギャルド、ミニマル、そして日本の伝統音楽が Zdenek の千変万化な歌声で煮詰められた “Tamagahara” など、解き放たれた音魂は自由に羽ばたきながらも、他のすべての要素を超越したシンプルなメロディーの美しさでリスナーに語りかけ、共鳴し、魔法をかけていくのです。明日が必ず訪れるわけではない。今日を懸命に生きよ。他者や他の命を尊べと。
今回弊誌では、Zdeněk Nevělík にインタビューを行うことができました。「僕たちチェコ人はスローペースな生活と安全な日常生活を愛し、勇敢というよりは慎重で、どちらかというと懐疑的で、あまり愛国的ではないんだけど、僕はそれが気に入っているんだよ。この国民性は、この国で40年だけ続いた共産主義の遺産よりも重要だと思っているよ」 どうぞ!!

ET MORIEMUR “TAMASHII NO YAMA” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【VENOM PRISON : EREBOS】Becoming a Mother in a Metal World


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ASH GRAY OF VENOM PRISON !!

“Without Hope, What Is The Point? We Are Here Now And We Can Live, We Have To Survive, We Have To Be Happy And Our Youth Will Learn And Understand And Hopefully Generations To Come Are The People To Make The World a Better Place. If We Don’t Try, We Won’t Find Out.”

BECOMING A MOTHER IN A METAL WORLD

「とても残念だけど、2022年に予定されている公演を全てキャンセルすることにしたわ。妊娠中、私は生まれてくる子供と共に VENOM PRISON のフェスティバルやショーを実現させるために計画を立ててきた。でも今になって、私は野心的で、初めての母親業をこなしながら物事を実現するため自分にプレッシャーをかけすぎていたことに気づいたの。
メンバーたちは、私の状況に合わせながら、ステージに復帰するために本当によく動いてくれていた。そして、彼らのサポートと理解にはとても感謝しているの。私たちは本当に努力したんだけど、息子と家族には今、フルタイムで私が必要なのよ」
VENOM PRISON のボーカリスト Larrisa Stupar が6月8日に出したステイトメントです。そしてここには、ライブを愛するメタルのカリスマとしての Larrisa と、家族を愛するひとりの女性としての Larrisa、その狭間で悩み、苦しみ、葛藤する等身大の彼女がそのまま投影されています。
「Larissa と夫の James に元気な男の子が生まれたんだ! そして、Larrisa がこのような野心を持ち、僕たちが “人生はこうあるべきだ” と言われてきたような従来のやり方に甘んじようとしない人であることが、とてもクールで、尊敬に値すると思っているよ」
Larrisa の妊娠をうけて、当の Larrisa 夫妻とその家族だけでなく、VENOM PRISON のメンバー全員、ひいてはメタル世界すべてが喜びにつつまれました。かつて弊誌のインタビューで 、”私はメタルという自分のミクロな宇宙の中だけでなく、あらゆるレベルで性差別と戦いたいと思うのよ” と語り、実際、インドにおける商業的な代理出産 (インドの貧困の中で暮らす脆弱な女性から搾取し、自分の子供を持つことが困難な米国の若い家族からも搾取するという悪魔の二重構造) 負の輪廻に “Samsara” という牙を叩きつけ、“Uterine Industrialisation” “子宮工業化” に怒り狂った彼女にとって、母になることとは明らかに特別な経験であり祝祭だったのです。
「希望なくして、何の意味があるのだろう。僕たちは今ここにいて、生きることができている。生き延び、幸せにならなければならないんだよ。若者たちには学び、理解し、願わくば、来るべき世代が世界をより良い場所に導くための人々であってほしいのだよ。やってみなければ、わからない。為せば成る、為さねば成らないのだから」
もちろん、2022年において子を持つ、母となることは並大抵のことではありません。安い賃金、貧困、取得できても短い育休、保育園の不足など、取るべき対策を取らない政府や富裕層によって、ほとんど世界共通で “育てる” ということのハードルが非常に高くなっています。加えて、様々な差別、欺瞞、戦争、さらにパンデミックや戦争が跋扈するこの世界を新たな命に見せたくない、そう思う人も少なくありません。それでも、Larrisa と VENOM PRISON の面々はこの世界に新たな命を迎えることを喜び、音楽と希望を託していくことに決めたのです。Larrisa は、今年の国際女性デー、KERRANG! 誌にこうした文章を掲載しました。
「この10年、職場や仕事の機会、社会における平等は少しずつ改善されてきている。しかし、音楽業界は、全体的にまだ男性優位の分野。SNS や音楽メディアを見ると、男女の表現は多かれ少なかれ平等であるように見えるかもしれないけど、研究結果はそうではないことを示しているわ。2012年から2017年にかけて、ビルボードの年末 Hot 100チャートにランクインした600曲のうち、女性が演奏した曲はわずか22.4%で、女性のソングライターの数はさらに少なかったそう。これは、レーベルや雑誌、ブッキング・エージェンシーで女性が占める地位ではないのだから、非常に厳しい数字よ。さて、このような大きな男女格差の原因とその解決策について述べることもできるけど、これはもう何度も議論されてきたこと。その代わりに、男性が支配するこの業界を女性がどのように乗り越えていかなければならないかを取り上げたいと思う。
VENOM PRISON がパンデミックに襲われる前、2019年の最後のライヴを行ったとき、次に2021年の Bloodstock に出演するためにステージに戻るとき、自分が妊娠9週目になるとは思ってもみなかった。最近、スタジオで “Erebos” のレコーディングを終えた私は、練習セッション中にこのニュースをバンドの他のメンバーに伝えることにしたの。私は、音楽業界で働く他の多くの女性たちと同様、妊娠を知った人たちがどのような反応を示すかとても心配だった。多くの女性ミュージシャンにとって、将来母親となることを発表することは、おめでたいことではなく、むしろ不愉快なことかもしれないから。ツアー中のミュージシャンの場合、影響を受けるのは自分のバンドだけでなく、マネージメント、レコード会社、ブッキングエージェント、PR、ツアークルーなど、一緒に仕事をする人たちにも及ぶから。
ありがたいことに、バンド仲間、レーベル、マネージメント、みんなが前向きで私の状況を理解してくれて、とてもサポートされていると感じていても、ミュージシャンとしての将来はとても不安だったわ。ライブ業界でのキャリアは、多くの新進気鋭のミュージシャンにとって仕事というよりもライフスタイルのようなもので、ツアースケジュールをこなすことはは非常に難しく、新しい母親にとってはほとんど不可能に思えるかもしれないくらいにね。
そのためか、ロックやメタルの世界では、出産を控えた女性ミュージシャンやすでに親になっているミュージシャンをあまり見かけない。この世界は自分のキャリアを計画するのが難しく、多くの人が音楽的願望やキャリアを追求するために子供の世話を犠牲にしなければならないことを恐れているの。私はメタルの世界で母となるため、多くの質問や疑問を抱えているけど、単に誰も頼ることはできないの。音楽のキャリアをどう進めるか、休業中の経済的負担はどうするか、他の女性たちはツアーと子育てをどう両立させているかなど、自分一人で考えなければならないのよ。
だから、私たちは意識改革を行う必要がある。より包括的になるために、業界は妊娠と母性という概念を理解する必要があるわ。ライブハウス業界では女性はまだ少数派で、それがこうした話題がほとんど出てこない大きな理由の一つ。妊娠中のミュージシャンやクルーのための戦略や手配を導入する必要があるわね。他の業界と同様に、妊娠を理由に差別をしないこと、妊娠中の親とこの問題について敬意を持って話し合うこと、可能な限りサポートを提供することを学ぶ必要がある。私たちは、世界を良くしていく必要があるの」
結果として、Larrisa の野心や挑戦は出産直後という難しい状況において、うまくはいかなかったかもしれません。もちろん、幼い頃は子供に寄り添うべきという議論もあるでしょう。しかし、ライブと家族、愛するもの両方を大切にしたい、どちらも失いたくないという彼女の気持ちは多くの人々に届いたはずですし、そんな決して大望とはいえない願いを叶えていくのが優しい世界というものでしょう。きっと、メタルの包容力があれば叶うはず。そして何より、Larrisa のこれからの長い人生において、子育てとメタルの両立はライフワークとなり、時に強烈で時に繊細な彼女の歌のように、誇り高きメタルの母親像を提示していってくれるはずです。”Erebos” で体現したように、闇や混沌をなぎ払いながら。
今回弊誌では、Ash Gray にインタビューを行うことができました。「貧困と暴力の連鎖は、結局富裕層からのサポートがないことに起因しているんだ。僕は貧困層の人たちと一緒に働き、彼らの生活を見てきた。制度がいかに彼らを完全に失敗させ、弱者として残し、そこから生き残るために決断を下さざるを得ない状況をね」もともと、Larrisa が受けてくれる予定でしたが難しくなり、急遽代役を引き受けてくれたのですが、現在バンド、そして世界が置かれた状況を素晴らしく伝えてくれています。世界を良くしたい。願わくばそう望む人が一人でも増えますように。どうぞ!!

VENOM PRISON “EREBOS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【TE RUKI : MARAKO TE RUKI】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH AROMA SALMON OF TE RUKI !!

“So Much Beauty In This Dark Side Of The South Tropical World… This Is How We Got Into Metal In This Place.”

DISC REVIEW “MARAKO TE RUKI”

「ポリネシアの自然環境は平和で、とても美しい….。 しかし、翌日の朝、怒りに満ちた稲妻が空を引き裂き、”トケラウ” の強風が怒りに満ちてグリーンがかった海の上に重く暗い積乱雲を吹きこみ、ターコイズ・ブルーの海はダーク・ブルーのモンスターへと変わっていく。
巨大な海は、地球の下にある神々の領域からしか知られていないようなパワーでサンゴ礁を叩いていく!この南国のトロピカルな世界にもダークサイドはあって、そこにもたくさんの美しさがあるんだよ。だからこそ僕たちは、この場所でメタルを始めたんだ」
90年代、絶滅が近いとも思われたヘヴィ・メタル。しかし21世紀に入り、そのメタルの生命力、感染力、包容力が世界を圧倒し、拡大し、包み込んでいます。
様々なジャンルを飲み込み、あらゆる場所に進出し、どんな制約をも設けない。一見攻撃的でダークなヘヴィ・メタルに宿る優しさや寛容さが世界中、あらゆる場所のあらゆる人にとっての希望の光となっている。メタルには崇めるべき神も、虐げられる主人も、壁となる国境も存在しない。年齢や人種、宗教や信条を問わずすべての人々と分かち合える。そんな現代の理想郷をメタルは育んでいると、きっと多くの人が感じているはずです。
しかしそれでも、フランス領ポリネシアという、太平洋ど真ん中の小さな島々で、タヒチを有する南国の楽園で、高い感染力を秘めた鋭きメタルの刃が研がれているとは想像もつきませんでした。
もちろん、メタル、特にブラックメタルがそのルーツから遠く離れてしまった事実を認めない人は常に存在するでしょう。しかし、いわゆる究極の “アウトサイダー” な音楽が、いつのまにか共通の理想と反抗精神、そして音の葉によってこれほど多種多様な人々を結びつけるようになったことは、深い皮肉とまでは言わないまでも、ほとんど魔法のようにも思えます。そしてもしブラック・メタルがノルウェーの地下世界を離れなかったら、”Marako Te Ruki” を聴くことはできなかったにちがいないのです。
「実は、ツアモツ語の話者は6000人しか残っていないんだ。ツアモツ諸島では現在、フランス語とタヒチ語を話す人が多くなっていて、ツアモツ語は徐々に失われつつあるんだよ」
そうして、現代メタルにおける三原則は、ついに少数民族のもとまでたどり着きました。サウス・パシフィック・メタルを指標する TE RUKI の首謀者 Aroma Salmon は、母語の話者が6000人のみとなったツアモツ族の一員。アーティストとしてツアモツ伝統のタトゥーを掘りながら、デスメタルやブラックメタルを諳んじていた Aroma は、まさに世界が縮んだ現代のメタルワールドを体現する存在でしょう。そして、少数民族の言語が大言語に飲み込まれ消えてしまう言語消失が深刻な問題となる中で、ツアモツ語で歌われた TE RUKI のアルバム “Marako Te Ruki” は、文化や言語の保存という面においても重要な役割を果たしていくはずです。そう、メタルは癌には効かないまでも、文化を切り取った美しい写真にはなるのです。
「僕たちの歌は、ポリネシアの神々をモチーフにしている。マフイケは火を発見した半神で、ルアハツは海の神。さまざまに異なる世界と、その幻想的な状況における人間の位置づけを想像するのがとても楽しいんだよ。まさにワイルドだよね!」
吠え叫ぶ武骨なボーカル、焼け付くようなギター、ざわめきの鍵盤、脈打つリズムの大げさなブレンドは、地元の神々をテーマとしている点もあわせて、TE RUKI が ROTTING CHRIST を中心とするギリシャのシーンに感化されていることを裏付けます。同時に、”Ruahatu” の初期 METALLICA とポリネシアン・パーカッションの蜜月、”Te Aka Tamaki” の儀式的なリズムのフックと “Komeri a Kamahi” の臆面もないメロディーの威厳。そこには、初期の EMPEROR や DISSECTION の系譜につながりながら、明確な音楽的ブレイク・スルーを果たそうというポリネシアの誇りや魂が熱く込められているのです。
ブラックメタルの最大の強みは、人間社会がこれほど多様化する以前の根源的な部分、原始的な部分で分かり合えること。 認め合えること。様々に異なる文化を持つ人々が、自己表現の器として誰でも容易に使用できること。そんなブラックメタルの力を借りながら、TE RUKI はポリネシアのパーカッションを使い、母国語のみで歌い、叫ぶという決断によって真にユニークで独特の魅惑的な体験を生み出すことになりました。それにしても、Tamatoa のパーカッション・ドラムは異次元の輝き。メタルにおけるドラム革命が今ここに。
今回弊誌では、Aroma Salmon にインタビューを行うことができました。「ここでは、ポリネシア語で考え、ポリネシア語で話しながら、僕たちは新しいテクノロジーで世界中とつながれている。僕たちを取り巻くパワフルで美しい環境を実際に感じながらね」 どうぞ!!

TE RUKI “MARAKO TE RUKI” : 10/10

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COVER STORY 【FAITH NO MORE : ANGEL DUST 30TH ANNIVERSARY】


COVER STORY : FAITH NO MORE “ANGEL DUST”

30th ANNIVERSARY OF “ANGEL DUST”

1992年。その音楽の風景は1990年とは劇的に違っていました。NIRVANA の急成長によってアンダーグラウンド・ロックの水門は開かれ、メジャー・レーベルは MELVINS, MEAT PUPPETS, Daniel Johnston といった、80年代には1ミリも触れられなかったような Kurt Cobain が認めたアーティストにプラットフォームを与えていったのです。では、チャート上位のアーティストが全員、薄汚れた変人フリークになってしまった時、FAITH NO MORE はどうしたのでしょう? 結果は、Kerrang! が “史上最も影響力のあるアルバム” と呼んだレコードが誕生しました。それは完全な真実ではないかもしれませんが、90年代後半から2000年代にかけて、”Angel Dust” ほどポピュラーなロックに大きな影響を与えたアルバムはほとんどなく、RAGE AGAINST THE MACHINE のセルフタイトル、REFUSED の “The Shape of Punk to Come”、そして NIRVANA の “Nevermind” といった他の革新的レコードと肩を並べているのはまちがいないでしょう。
それに、FNM が Nu-Metal という “嫌われ者” のジャンルへの影響をいくら否定しようとしても、例えば “Midlife Crisis” のうなり声のラップ・ヴァースは KORN のヴォーカルの下地を作り、”Everything’s Ruined” の劇的なピアノリフと轟音のグルーヴは LINKIN PARK のプロト・タイプのよう。また、”Kindergarten” や “Crack Hitler” といったトラックにおける Patton のフリーキーなヴォーカルと、DISTURBED の象徴的な “OH WAH-AH-AH!” は直系でつながっているともいえるでしょう。そして、1年後に NIRVANA がそうするように、FNM も本能に従って、最大のヒットに続く反抗的で “アン・コマーシャル” な傑作をリリースし、嫌われること、反応を引き起こすこと、境界を広げることの大切さを今に伝えているのです。
“Angel Dust” のプロダクションは、当時の他のロックレコードよりもオールドスクール・メタルとの共通点が多く、鮮明さを犠牲にして鈍重なヘヴィネスを実現し、アルバムに独特の陰険な雰囲気を与えています。ギターはより太く、ドラムはより洞窟的で、ボーカルの一部が他のバンドに滲んでいても、演奏と個性は輝き、音楽はしばしば容赦ない音のハンマーへとシームレスに収束していくのです。本作のギターソロは METALLICA というよりは PINK FLOYD に似た傾向があり、激しいシュレッドをやめて記憶に残る構成になっているのです。

1991年に入ると、FAITH NO MORE は RIP や Kerrang! を含む多くの音楽誌でバンド・オブ・ザ・イヤーに選ばれ、有名なミュージシャンとなりました。高い評価を得たアルバム “The Real Thing” のプロモーションのため、バンドは89年から2年間ツアーに出続け、プレスやファンから注目され続け、新しい曲を作るどころか息つく暇もないほどの状況でしたが、この年の彼らのスケジュールはよりリラックスしたもので、ほんの数回のショーが行われただけでした。そのため、バンドは混沌とした状況から一歩引いて、次のアルバムのアイデアを練ることができたのです。 ゆえに、”The Real Thing” が1983年という早い時期に書かれたアイデアを含んでいたのとは異なり、”Angel Dust” はこのアルバムのために書かれた新鮮なマテリアルが中心となって構成されているのです。
バンドがサンフランシスコに戻った3週間後、Bill Gould, Roddy Bottum, Mike Bordin がリハーサル・スタジオに入り、キャリアの中で最も注目すべき作品を作り上げるために作曲を開始します。
Gould は Jello Bafra や覆面デスメタルバンド BRUJERIA と付き合いながら、同時にイージーリスニングからもインスピレーションを受けていました。一方、Bottum はエレクトロニック・ポップやテクノ・サウンドからインスピレーションを得ており、もちろん、Mike Patton は休むことなくアヴァンギャルド・シーンに関わり続けていました。John Zorn と過ごし、NAKED CITY と共演し、Mr. BUNGLE のデビュー・アルバムをレコーディングしながら。
この時期バンドは、GODFLESH, WEEN, YOUNG GODS, THE SUGARCUBES, Henry Manciniに影響を受けたと語っています。”Angel Dust” のデモが届くと、Patton は孤独を感じ、様々な実験に着手し、これまでで最も創造的な歌詞を書くためのインスピレーションを得ます。Jim Martin はしかしこの新しいアイデアに難色を示し、リハーサルを放棄してトラックでラテン語の練習をするようになりました。
“RV”、”Caffeine”、”The World Is Yours” の初期バージョンは、ブラジルからの帰国時に行われたいくつかのショーと、その年の後半に行われた初の東京でのショーでセットリストに加えられました。
「ベースラインとメロディーとリズムを使った新しい曲をジャムり始めたんだ。でも、キーボードとベース、キーボードとドラム、ドラムとキーボード、そういう組み合わせが多いんだ」- Mike Bordin 1992年
より大きな予算とレコード会社から許されたより多くの自由で、FNM は1991年12月にサンフランシスコのコースト・レコーダーズ・スタジオを借り入れることになります。Matt Wallace がバンドにとって4枚目のアルバムのプロデュースに戻ってきます。
「彼は僕らに手を貸さず、ただ僕らのやりたいようにやらせてくれるんだ。彼は以前にも僕らと一緒に仕事をしているから、僕らと同じように “拷問” を受ける可能性があるし、それは心地よいことだよ」- Mike Patton 1992
「彼は良い音を出そうとするし、それが彼のすべきことだと思う。スタジオに入るまでに、自分たちのやりたいことがある程度まとまっていればいいんだけど。そうすると、彼がそれをいじくり回すのは難しくなる。バンドに5人いれば、もう十分だからね。キーボードとギターとたくさんのベースとたくさんのドラム、そのバランスを取るのは簡単なことじゃないんだ」- Mike Bordin 1992
「共同プロデューサー、エンジニア、ミキサーという立場からすると、”The Real Thing” のサウンドは薄く、圧縮されすぎで、ハイエンドが強すぎると感じていたから、自分なりには距離を置いていたんだ。それがラジオやMTVでは有利に働いたんだけど。 だから、”Angel Dust” ではより充実した、より自然なサウンドのレコードを作ろうと努力したんだ” – Matt Wallace 2012年
Wallace は “Angel Dust” のレコーディングが非常に困難な経験であったため、アルバムが完成した後休みを取り、FNM から距離を置かなければならなかったものの、その結果を誇りに思ったと語っています。
「”Angel Dust” の終わりには、こうした難しいレコードを作るために、バンド内、特に皆と Jim Martin の間でかなり激しい軋轢があり、本当に激しい論争があった。Bottum は依存症の問題と格闘していたし、レコーディング・スタジオは全く協力的でなく、僕は基本的にプロデュース、エンジニア、アシスタント・エンジニア、電話応対をしなければならず、本当にストレスの多いレコードだった。それで、このアルバムの最後に、僕は2ヶ月ほど休んで、もうしばらくこの音楽はやめるよと言ったんだ。で、そのレコードの最後に、私は彼らに言ったんだ。”いいか、君たちは新しいプロデューサーか、新しいギタリスト、あるいはその両方を見つける時期だと思う “とね」Matt Wallece 2015年

FNM の意図は、必ずしもファンを混乱させるようなアルバムを構成することではなく、自分たちとリスナーに挑戦するような知的な進化にありました。しかし、その結果は一部の人にとって不愉快なものとなったのかもしれません。彼らは、”頭の中にあるものを聞いて演奏する方法を学んだ” と告白しています。
「曲作りに関して言えば、無意識にやっていることなんだ。僕たちはミュージシャンで、バンドをやっていて、曲を書く。自然にやっていることを分析するのは難しい、本当に難題だ。特に、面白い言い方をするのは、ちょっと近すぎるから難しい。自然に見える、自然にやっていることなんだ」- Bill Gould 1992年
「このアルバムには中間がない。絶対に大ヒットするか、大失敗するかのどちらかだ」- Bill Gould 1992年
既に巨大なファン・ベースを増やすために(そして銀行に現金を入れるために)、最も簡単なことは、バンドが “The Real Thing” と同じように “Epic part 2” のアルバムを続けることでしょう。 しかし、これが FNM なのです……信じられないほど個性的な5人が一緒になって爆発的な結果を出し、決して “簡単な” ことは常にしてこなかったのですから。
FNM は常に、それがポジティブなものであれネガティブなものであれ、反応を引き起こすことを楽しんできました。BLACK SABBATH の “War Pigs” のカヴァーを演奏するよう観客が要求すると、コモドアーズの “Easy” を完璧に演奏し、大衆を見下しながらニヤリと笑う。 それが FAITH NO MORE。
つまり、”Angel Dust” の多彩な音楽性は、彼らがファンを獲得したアルバムとは明らかに一線を画していました。”The Real Thing” は、そのユニークなサウンドを分類する方法を持たないプレスによって、”ファンク・メタル” というタグを付けられ、狭い穴蔵に押し込められることになっていました。ある意味、FNM はより挑戦的なレコードを作ることで、ファンク・メタルとそれが魅了した群集から意図的に距離を置こうとしたのですが、同時にそれは、単に音楽が自然に取った方向でもあったのです。
「このファンク・メタルというものには、本当にうんざりする。俺が一番やりたくないのはファンク・メタル・バンドなんだ、俺たちはそれ以外のものになろうと思っているんだ。ファンク・メタルを演奏するバンドはすべて嫌いだし、ほとんどのバンドが同じように感じていると言ってもいい」 Bill Gould 1992年
実際、彼らはこの新譜が人々に嫌われることを確信しており、”Alienating Your Public” というタイトルにするべきだと冗談を言っていたくらいです。
「おそらくこの新譜は、ファンを混乱させ、大衆を遠ざけるために、前作より少し奇妙なものになるだろう。少なくとも、僕たちはそう非難されてきた。別に何かの主張を押し通そうとしたわけではなく、ただ僕らが書きたい音楽なんだ」 – Roddy Bottum 1992年
「僕たちは人を怒らせて喜んでいるなんて言うべきじゃない。ただ、自分たちがやりたいことをやりたいだけであって、必ずしも彼らが期待しているようなことをやりたいわけじゃないんだよな。このレコードが “The Real Thing Part II” になると期待している人は、目を覚ました方がいい!すでに怒っているファンもいる。もうすでに腹を立てているファンもいるんだ」- Mike Patton 1992年
バンドはミキシングの段階まで、Slash のレコード会社の重役に楽曲を隠していましたが、ついに “Angel Dust” を聞かせたとき、彼らも自分たちの投資の結果を信じられないほど心配していました。
「レコード会社の社長がスタジオにやってきて、こう言ったんだ。”誰も家を買わなければよかったのに” とね。 部屋の空気が一変した。あれは、現実を突きつけられるいい瞬間だった。僕の仲間の何人かはすでに家を買っていたからね」- Jim Martin 2012年
「レコード会社は完成したアルバムを聴いて、本当に怖くなった。それが、自分たちが正しいことをしたのだと知る唯一の方法だった。もし、彼らが気に入ってくれたら、何かが間違っていることになる。ミキシングを始める前は心配そうな顔がたくさんあったよ」- Roddy Bottum 1992年
「誰かが痙攣するのを見るのは素晴らしいことだと思わないか?本当に緊張しているのを見るのは素晴らしいことだと思わないかい?僕らのレコード会社でそういうことがあったんだ。彼らは僕ら一人一人に働きかけて、自分たちが何をやっているのかわかってるのか?と説得してきた。彼らは “The Real Thing” のファンを遠ざけることになると言った。理想を言えば、どこかにもうひとつ “Epic” を入れて欲しいということだ。どうやって売り出したらいいかわからないだとよ」- Mike Patton 1992年
このレコード会社の無関心、反発は、FNM を決して動揺させるものではなく、より一層 “Angel Dust” を誇りに思うようになります。
「このレコードは、僕たちをさらに一歩前進させるものだと思う。より自信に満ちたユニットとして、また、まだ学び、成長していることを示している。これは間違いなく進歩だよ。今回は、より良いレコードを作りたかっただけで、必ずしもプレスや他の人たちが並べようとするガイドラインに従う必要はなかったからね。自分たちの内面を掘り下げて、挑戦的で、対立的で、極めてユニークなものを出そうとしたんだ。僕はこの作品にとても満足しているよ」- Mike Bordin 1992年

では、これまでとは何がそんなに違っていたのでしょうか?
まずはよりシアトリカル。曲は断片的で、伝統的なヴァース/コーラス/ミドルの構成に従うのではなく、アルバムの各曲は、クラシックの序曲と同じように、音楽が激変する時に対立するセクションをしばしば持つ旅でとなります。そこには信じられないほど中毒性の高いメロディーがある一方で、激しいリフやドローン、病的なムードの変化もあったのです。Bottum はこれまでにないようなサウンドと、様々なソースからのサンプルの数々で実験をしていました。ギターソロは制限され、あるところではリフが残忍に露出し、あるところではほとんど聴こえません。ヴォーカルはより複雑で、パットンはその強大な声域をフルに使い、歌詞はより不穏で工夫されたものに化けました。結局このアルバムは、前作から完全に脱線したわけではなく、単に境界線をさらに押し広げただけだったのです。
「同じバンドがもう1枚アルバムを作っているんだ。もしみんなが少し変わったと言うなら、明らかに僕たちは何か正しいことをしているんだ。いつもと同じことをやっているんだけど、みんながそれに気づくくらいに面白くしているんだから」 – Bill Gould 1992年
「僕は “Surprise! You’re Dead” は前作の中でも特に過激なものだったと思う。このアルバムには、人々を驚かせるような極端な方向性のものが含まれている。つまり、何が不穏なのかよくわからないし、それが不穏なのだと思う。今回は自分たちのあり方を無茶苦茶に伸ばしたんだよな。それは素晴らしいことだよ。このレコードを家に持ち帰って、”これは一体何なんだ!” と思ってくれたら、僕たちは本当に嬉しい。そうなるだろうし、それはいいことだ。今回はレコード会社が少しきつめにネジを回そうとしたのは認めざるを得ない。サンプルも多いから、ちょっとビビったんだ。『おや、これにはたくさんの “サンプリング” が使われているじゃないか!ロックの聴衆はこのサンプリングに混乱すると思わないか?』ってね。あとは、『ちょっとレフトフィールドすぎる』とか、『ボーカルが役者じみてる』とかね。つまりロックじゃないってことだよ」- Mike Patton 1992

「シンガーというのは俳優と同じだ。人は歌手の言うことをそんなに真剣に受け止めるべきではない」- Roddy Bottum 1992年
加入して初の “The Real Thing” のプロモーション・ツアー中、Patton が新しい生活スタイルになかなか馴染めなかったことは周知の通り。 彼のあらゆるものに対する嫌悪感は明らかでした。 彼は仲間のバンドメンバーやプレスに擦り寄り、甘やかされたガキ大将のように振る舞い、Mr.Bungle に集中するためにいつでもバンドを脱退することを示唆し続けていたのです。
「あの頃は、受けるべきではないインタビューにたくさん答えていた時期だったんだ。FAITH NO MORE にうんざりしていたんだ。誰もアルバムを買ってくれないし、ただツアーを続けるだけだった。幻滅したんだ。ツアーをしていると、バンドとしてネズミのような生活をしているような感覚に陥ることがある。一時的に忙しくさせられたり、バカにされたり。ポン引きが売春婦を扱うように扱われるんだ。そして、その一員になりたくないと思えば、フラストレーションが溜まる。僕は這ってでも逃げ出したかった」
しかし、1991年になると変化が待っていました。Patton は徐々に FNM の一員であることに納得し、自分の役割に満足していくようになります。まだひねくれ者ではありましたが、だんだん大人になってきたのです。
「人間関係も、初めのうちは、いろいろなことを我慢している。でも、しばらくすると、そういうのが全部なくなって、一緒にいて落ち着くんようになる。たぶん、そういうことなんだと思う。相手の前でオナラや罵声を浴びせる方法を学ぶんだ。それが健全なんだ。いつも何かを恐れていたら、何もできない。みんなが少し楽になれば、どんなアイデアでも引き出せるし、それを操作したり、レイプしたり、バカにしたり、何でもできるようになる。でも、それでも……いいんだ。なぜなら、そうやってクソが作られるからだ。僕はそう確信している」- Mike Patton 1993
「どんなバンドなのか分からなかった。僕らはデフォルトでハードロック・バンドになった。それは偶然だった。でも美しいのは、僕ら全員が大事なことを知っていたことだ。僕たちはお互いに顔を見合わせて、どんなに悪くなっても、どんなにペットの猿になったとしても、どんなにペットのファンク・メタル・ロック・バンドになったとしても、それに対処しなければならない他の4人がいるんだと言うことができたから。そして、それぞれの人がそれぞれのやり方で、それに対処していた。僕がバンドに残ることに何の疑問も抱いたことはなかった。このアルバムのための曲作りを始め、確信に変わった。”The Real Thing” の時は他の誰かの音楽、他の誰かのバンドのようで、義務的なもののように感じていた」
「このアルバムの前にも、僕はアイデアを投げかけていた。それが愚かな勇気であれ何であれ、僕はいつも勇気をもっていたんだ。ただ、しばらくは誰かと一緒に刑務所にいたような気分だった。そして今、僕たちはちょっと奇妙な方法で友達になっているんだ」- Mike Patton 1994
Patton の外見の変化も明らかで、1992年の最初のプロモショットでは、ヘアメタル的なイメージは消え、シリアスなフロントマンの外見に変わっていることが確認できます。しかし、最も顕著な変化は彼の声。”The Real Thing” で彼に大きな注目をもたらしたファンク由来の鼻声は消え、ラップもなくなります。彼の歌声は、その声帯を駆使した極限のサウンドを聴かせてくれるようになったのです。うなり声、叫び声、悲鳴、激しい息づかい…数え上げたらきりがないほどに。
小便を飲む、タンポンを食べる、暴れる、叫ぶ、侮辱する、冗談を言う、歌詞を書く、1989年の暗い面を持つ。彼は、世界中のやんちゃで好奇心旺盛で歪んだ若者の定義となり、ただ地獄を見るために何でもやってみるという人物に見えました。しかし、そこからの Patton 最大の躍進は、FAITH NO MORE のメンバーとして幸せになったことか大きな要因でしょう。
「最初は果実が熟していなかったんだ。実は、バンドについて知りたいこともあったし、知りたくないこともたくさんあったから、それを無視していたんだ。問題に直面するよりも、無視する方がずっと簡単だと思ったんだ。 好戦的で反感を買うのは、本能なんだよ。全体が地獄に向かってスパイラルしているような不安定な状況に入った時、もう少しかき混ぜるんだ。このLPで、ようやく全員が同じ方向にスパイラルすることができたんだ」
歌の中のキャラクターになりきり、怒りを吐き出すのはセラピーになるのでしょうか?
「いや、怒りを公にするのは良いことではないから。作詞家やシンガーには、常に “自分の内面を投影している” という神話があるけど、そんなの嘘っぱちだ。歌い手は最悪だ。僕らは楽器の後ろに隠れることができないんだ……」Mike Patton 1992
Matt Wallece は、”The Real Thing” から “Angel Dust” へと成長を遂げた Patton に畏敬の念を抱きました。
「僕にとって、Patton の中の大きな変化は、”The Real Thing” の間、彼はまだ100% FNM にコミットしていなかったということにある。これは僕の読みで、間違っているかもしれないけど、彼が自分を守る方法、自分がまだ Mr. BUNGLE の一部だと感じる方法は、”The Real Thing” でほとんど別の人格になり、それによって、”ああ、僕はこのバンドにいるけど、本当は一員ではない” と簡単に言えるようにすることだったんだろう。でも、”Angel Dust” になってから彼は曲の成り立ちにずっと関わっていて、作曲中もその場にいたし、アレンジの指導もしていた。つまり、自分の声を楽器として使い、深く歌い、声域のあらゆるスペクトルを使うようになれたんだ。彼はチベットの詠唱やエスキモーの鼻歌など、あらゆるものを聴いていて、ヘヴィロックやオルタナティブ、プログレッシブ・バンドの文脈の中で、自分のボーカルがどうあるべきかというアイデアをレコードに持ち込んでいたんだ。このアルバムの後、多くのバンドが彼の後を追ったんだよ。でも、Patton は臆することなく、異なるボーカル・アプローチや歌詞、中にはかなり挑戦的な歌詞にも挑戦していたからね。彼が前面に出てきて旗手になったのは、本当に見事なことだと思ったよ。あれはスリルだった。あのレコード全体がスリルだったんだ」- Matt Wallece 2015年
1988年に Patton が FNM に参加したとき、”The Real Things” の音楽はすでに完成しており、彼は2週間の間に付随するメロディと歌詞を書き上げただけでした。”Edge Of the World” や “Zombie Eaters” の曲で試みたキャラクターの発明やロールプレイは、今や本格的な芸術形式となっています。
「歌詞を通して自分自身を明らかにする義務はないと思うんだ。というか、立ち位置が違う。歌詞がスリーブに印刷されているのは残念なことだよ。世間は啓示を期待しているのだから。歌詞は、僕たちの過去や人生について何かを語っているはずで、そして、歌詞を通してそのようなつながりを持つことは、ほとんど危険なことなんだ」- Mike Patton 1992年

Jim Martin と他の4人のメンバーとの間に亀裂が入ったのは、アルバム制作の最中でした。
「僕は何も違うことをしようとはしていない。ただ、僕が見たとおりの、あるべき姿でこれらの曲を演奏しようとしているだけだ。自分たちを再発明しているわけではない、そう断言できる。だから、”新しいことをする” なんてたわごとを持ち込まないようにね」Jim Martin 1992年
FNM は、自分たちの音楽がどのようなものであるべきかについての相反する個性やアイデアから常に成功を収めてきました。こうしたありえないような組み合わせが、常に素晴らしい結果を生んできたのです。
Martin の “Angel Dust” に対する態度は最初から緊張していて、曲からレコーディング、アルバム・タイトルに至るまで、すべてに納得がいかないようでした。リハーサルが始まる数週間前に彼の父親が亡くなり、バンドは彼のためにスタジオをサンフランシスコからオークランドに移したのですが、それでも Martin は参加しないことに決めたのです。
「バンドのメンバーも僕も、”一時中断して、数ヶ月後に再集結して、お父さんを悼んで落ち着く時間を作ろうよ” と言っていたんだけど、彼はもっとマッチョな人生観を持っていて、”いや、僕のプライベートな話はいいから、このアルバムを作ろう” って言ったんだ。それでバンドはオークランドにリハーサル場所を確保したんだけど…」- Matt Wallece 2015年
そのため、Martin は自宅でギター・パートを作り込むことになりました。
「変なテンションになるんだよ。彼は家で作業しているけど、僕たちが曲を作るときはギターも含めて全部をイメージするんだから。でも、彼が初日からそこにいなかったら、彼の心を読むことは期待できないでしょ?」。Bill Gould 1992年
「Martin と僕は両極端なんだ。天秤のバランスを保つために、僕が僕の方向に進めば進むほど、彼は彼の方向に進まなければならない。もし、彼が今のままで、僕がさらに進み続ければ、物事はおかしくなってしまう。だから、現状では、僕たちは少し微妙な関係になっているけど、これから解決していくだろうね」Roddy Bottum 1993年
曲作りに参加していなかったため、Martin は他のメンバーがどのような方向に進んでいるのか理解することが難しく、「とても作為的で、バンドが一生懸命になりすぎている」と感じていたのです。「自分がどこにフィットするのか理解するのに時間がかかったよ」とも。そのため、Gould はアルバムの一部でギターを弾いています。
「唯一苦労したのは、ギター・パートだった。Martin は僕らがやっていることをあまり理解していなかったから、ちょっとパニックになってしまって、自分たちでやってしまったんだ。いくつかのギター・パートは、ベースの Gould が演奏したんだ」 Mike Patton 1992年
「ギター・パートは僕のもので、すべてのトラックで僕がギターを弾いている。曲作りとアレンジにはかなり貢献した。Gould は “Midlife Crisis” と “Midnite Cowboy” に少しフワッとした感じのギターを加えてくれた。”The Real Thing” に続くという変なプレッシャーがあり、その結果、アルバム “Angel Dust” は僕が必要だと思う以上に音楽的に作り込まれたものになってしまった。僕はこのアルバムをもっとスタジオで作りたかったし、Gould はスタジオに入る前に最後の一手まで釘付けにしておきたかったんだ。僕は時間をかけて作りたかったんだけど、マネージメントとレコード会社は急いで作りたかったんだよ」 Jim Martin 2012年
「Martin はこのレコードを “ゲイ・ディスコ” と呼び続けた。何か演奏するたびに、”これはゲイ・ディスコの集まりだ” と言うんだ。で、僕は言ったんだ。”おい、もしお前がそのクソデカいギターを入れたら、それは “ゲイ・ディスコ” じゃなくなるだろう。だから、このプロジェクトに参加する必要があるんだ” ってね。それで、彼はギターのパートを担当するんだけど、翌日にはバンドがやってきて、そうじゃなくて彼に Jim Martin のままでやってほしいと思っていたんだ。だから、怒鳴り合いや意見の相違がたくさんあった。かなり醜かったね」- Matt Wallece 2015年
レコーディングはさらに拷問のようで、バンドと Martin の溝はエスカレートし、怒りが爆発していきました。
「最初から不愉快な経験だった! とても不愉快だったけど、これまで FNM とレコードを作ってきた経験と大差はない。いつもとても不愉快な経験だった。多くの人が子分を味方につけるために奔走し、愚かなゲームをして、状況を煙に巻く」 Jim Martin 1992年
“Angel Dust” のすべてが Martin を怒らせたわけではなく、彼は Patton のボーカルと歌詞をとても褒めています。 また、ギターが以前の FNM のレコードよりもずっと目立たなくなっていますが、それも全体のテイストには合っています。この作品でギターが脚光を浴びると、あるところでは非常に激しく、またあるところでは楽しくメロディアス。”Angel Dust” はソロが少ないものの、ギターのリフやメロディーはとても良いのです。
「曲作りに携わるときは、ギターのために書く。いつもそうしていればいいんだけど、今回のアルバムではキーボード・パートを先に書いていることが多かったから、それに合わせてギター・ラインを書こうとすると、”タフ” になってしまうんだよな。それは確かにチャレンジングなことで、いろいろと試行錯誤の末、結局は最もシンプルなものを使うことになるんだ」- Jim Martin 1992年

“Angel Dust” というタイトルは Bottum のアイデアで、レコーディングの早い段階で決まりました。薬物そのものとの関連はなく、「本当に恐ろしい薬物のための本当に美しい名前」というアイデアが気に入ったのです。
アルバムのジャケットは、Werner Krutein による飛翔前の白鷺の写真。裏面は Mark Burnstein による屠殺場に吊るされた牛の頭と肉の写真。美とグロテスクの極限を表現したタイトルとイメージは、彼らの音楽の中に完璧なまでに映し出されています。
「バンドそのもの、バンドの音、レコードの音、収録曲、タイトル、ジャケットなど、幅の広いものから狭いものまで、ここにはいろいろな要素がある。このバンドは多くの要素を持っていると思うんだ。重いものもあれば、美しいものもある。このアルバムは、アグレッシブで不穏なものもあれば、とても落ち着くものもあり、バランスがとれていると思う。レコードのタイトルは、もしドラッグに詳しくなければ、美しく聞こえるだろう。美しいようで恐ろしいものなんだ。表ジャケットは美しいもので、裏ジャケと合わせると不穏なものになる。そういうものにしたかったんだよ。レコードのジャケットとレイアウトは自分たちでデザインして自分たちで組み立てたんだ」” – Mike Bordin 1992年
当時、Martin はこのレコードのタイトルにも反対していましたが、2012年にさらに説明し、赤の広場にいるロシア兵にバンドの頭を重ねた写真を担当した経緯も語っています。
「このアイデアは Bottum のもので、他の誰も関わっていないんだ。彼は、フロントが鳥、バックが肉用ロッカー、そしてタイトルがエンジェルダストという基本的なコンセプトを持ってやってきた。問題は、”どうやってそのアイデアをレコードジャケットに反映させるかだった。”The Real Thing” と “Introduce Yourself” はレコード会社が考案しデザインしたジャケットで、僕たちは単にそのツケを払ったというだけのこと。これは芸術的な表現の機会であり、最終的に僕たちのうちの誰かが、誰もが納得するようなアイディアを持っていただけなんだ。スリーブにロシア軍を入れるというアイデアは、当時ハマっていた THE POGUES のアルバム “Rum Sodomy and The Lash” にインスパイアされたもの。結局、僕たちはリソースをコントロールし、人材を活用し、クリエイティブなコントロールを維持することができたんだ」 Jim Martin 2012年

1. Land of Sunshine
ワーキングタイトル : The Funk Song
「大好きだ、本当に高揚感がある。ほとんど天使のようだ」- Roddy Bottum 1992年
“Angel Dust” のオープニング・トラックは、FNM の伝統であるアップビートで騒々しいエネルギーの爆発。 Patton はこの曲を “グロテスクでポジティブな曲” と表現しています。歌詞は十分に楽しいにもかかわらず、ヴォーカルは皮肉なトーンで表現されているのです。
3日間寝ないでコーヒーを飲み、深夜のテレビ番組に没頭し、フォーチュン・クッキーを何袋も買って睡眠不足の実験中に思いついたのがこの曲の歌詞。 “Angel Dust” のなかでも特に誇りに思う歌詞の一つです。
「アメリカでは、深夜にセミナーやサイエントロジー、伝道のテレビ番組が放送されている。これは大掛かりな詐欺で素晴らしい。30分のコマーシャルでセミナーを全部買わせようとする。そしてもちろん、俺の本当のヒーロー、伝道師のロバート・ティルトンのような奴らのことを歌っている。ロバート・ティルトンには、何ものも、そして誰も触れることができないよ。彼はかなりの人物だ。テレビの上に手を置いてください、テレビの力であなたを癒しますと頼む。テレビの悪霊を使って、悪魔の頭を切り落とすために。ダラスに行ったら、彼の教会を訪ねよう!」 – Mike Patton
Patton は歌詞の一部をテレビ局のアナウンサーのような深い声で叫び、この曲の捕食的資本主義のインチキに対する批判に個性を与えています。最初の歌詞は、明るい未来への漠然とした約束で埋め尽くされていますが、最終的に、この曲のメインテーマである “弱者が利用される” ことに踏み込むのは2番目のヴァースで、彼はサイエントロジストの性格診断から直接引用したセリフを口にしているのです。
「感情的な音楽は、あなたにかなりの影響を与えますか?」
「あなたはよく遊び半分で歌ったり口笛を吹いたりしますか?」
自分の笑い声が響く中、Patton はコーラスを歌います。
「人生は価値あるものに見えますか?」
2. Caffeine
ワーキング・タイトル:Triplet
ギターはブルータル、キーボードはアトモスフェリックで夢のよう、ドラムはワルツの拍子を難なくこなす。Patton は唸り声と爆音の間を行き来し、あちこちで厳しい囁きも聞かせています。
歌詞は、Patton の睡眠遮断実験中に書かれたもので、3日目には幻覚を見るようになり、彼が唯一使用を認めた覚せい剤に敬意を表しています。
3. Midlife Crisis
ワーキング・タイトル : Madonna
“Midlife Crisis” は軽妙なラップで始まり、ジャジーでアル・ジャロウ風の弧を描いて上昇し、純粋なハードコアの接近戦で激突。歌詞は、中流階級で、安全で快適な繭を作り上げた、”安全な遊び人” のような人たちを非難し、なじります。Simon & Garfankel “セシリア” をサンプリングして作られた魅力的なグルーヴを持つこの曲は、”Epic” といくつか類似点があります。どちらもシンプルなベースライン、ラップのヴァース、そしてかなり難解な歌詞の内容を持っており、アルバムの中でも特に楽しい曲の一つであることは間違いありません。バンドはインタビューで、この歌詞がマドンナにインスパイアされたものであることや、有名人の下らない自己中心的な性質についてだと話しています。
「君は完璧だ、そう、その通りだ。でも、私がいなければ、あなたはあなたでしかない。
君の生理中の心/ 二人のための十分な出血はない」
自己執着というテーマは、歌詞にも反映されており、ほとんど間違いなく抽象的なオナニーの引用で満たされています。
Gouldは1998年、この曲の作曲過程についてこう語っています。
「この曲はみんなに責任がある。キーボードのパートから始まったんだ…みんなが僕らが次のレコードを出すのを待っていて、世界制覇を約束していた時期だった。で、彼らの目には、僕らが少し反抗的に映ったようで、それがある意味歌詞に反映されていると思うんだ。僕の立場からすると、全体が1音しかないような、でも歌になるような曲をやりたかった。だから、ベースパートが1つだけで変わらないものにしたかったんだ。レコーディングして初めて、プロデューサーが僕の意図を理解してくれたんだけど、当時は自分の足を撃つようなものだと思ったよ……」- Bill Gould1998年
Patton は歌詞の内容を少し話しています。
「この曲は、たくさんの観察とたくさんの推測に基づいている。でも、ある意味、マドンナのことを歌っているんだ…テレビや雑誌で彼女のイメージに溢れていた時期だったと思うし、彼女のやり方は僕に語りかけてくるようなところがある…まるで彼女がある種の問題を経験しているようなね。ちょっと自暴自棄になってるみたいなんだよ」- Mike Patton 1992年
4. RV
ワーキング・タイトル : Country & Western
このアルバムの中で最も不思議な曲の一つで、最初に書かれた曲の一つで。完璧なカントリー&ウエスタンの小曲をFNMの作法に合うように醜くねじ曲げたもの。
「最初は僕がピアノでやっていたんだけど、Gould と一緒に遊び始めて、ブラジルのツアーの時に完成させて、ライブで演奏するようになったんだ」- Roddy Bottum 1992年
Patton が自分の歌詞を伝えるために、キャラクターになりきった最も分かりやすい例で、この場合は嫌な中年で貧乏な白人です。
「この曲の歌詞は本当にめちゃくちゃで、ホワイト・トラッシュ (貧乏な白人) の武勇伝なんだ。 多くの曲はキャラクター・スケッチみたいなものだよ。僕はそれが悪いとは思わない。多くの人がそのことで僕に文句を言いたくなるかもしれないけどね」- Mike Patton 1992年
「R.V.とはレクリエーショナル・ビークルのことだ。アメリカの典型的な文化で、人々は休日はキャラバンに住んでいる。我々は彼らを “ホワイトトラッシュ” と呼んでいる。アメリカでは、誰もがR.V.に住んでいる人を知っている。この人たちは見下されているが、誰もが社会の一員であることを知っている。このような人々はたいてい太っていて、一日中テレビを見て、テレビを見ながら夕食を食べている。R.V.という歌は、あの豚たちの名誉の象徴のようなもの。私の家族もそうだ。一日中キャラバンの中にいて、”もう誰も英語を話さない” と文句を言うような人たち。誰も彼らの話を聞いてあげないから、独り言ばかり言っている」 – Mike Patton 1992年
5. Smaller and Smaller
ワーキング・タイトル : Arabian Song
キャッチーなキーボードのメロディーと雰囲気のあるストリングス、動悸のするリズムに研ぎ澄まされたギター、サンプリングに歌声と鳴き声の間を行き来するボーカル。他に類を見ないほど、お馴染みのFNM 成分が全て揃っています。
「退屈な曲だ。自分が何をやっているのかよくわからなかった。曲全体が中東のように聞こえたから、頭の中で聞こえる音を見つけるまで、指板を上下させた。僕はいつもそうしている。あまり教育を受けているプレイヤーではないからね」- Jim Martin 1992年
搾取される労働者階級のための革命の歌でしょうか。中盤にはサンプルをふんだんに使ったセクションがあり、特にネイティブ・インディアンの聖歌が素晴らしく配置されています。
「…Shameless culture rape。僕たちはインディアンの聖歌を取り上げて、それをめちゃくちゃにすることに決めたんだ。”ダンス・ウィズ・ウルブズ” の美学のようなものさ」 – Mike Patton 1992年
「僕らにとって FNM は2つの異なるバンドのようなもので、1つは音楽を作って録音するために存在し、もう1つは70~90分のセットを出来るだけパワフルなものにしようとするライブバンドなんだ。なぜか、僕らの曲はいわゆる “ミドルテンポ” …つまり、速くはないけれどバラードでもない曲に惹かれる傾向があるんだよね。聴いている分にはいいんだけど、ライブで演奏するとなると、ミドルテンポの曲が多すぎると、僕らもお客さんも本当に退屈してしまう。そうなったら、もう最悪だ。最悪の悪夢は、セットの途中で勢いがなくなってしまうことだ…その時点でハード・ワークになってしまい、楽しみが減ってしまう。”Smaller and Smaller” はかなり壮大なコンセプトではあるけれど、ライブでやるには長すぎるし、地道すぎる気がした。それに、実を言うと、この曲には他の曲ほど思い入れがなかったんだ……」- Bill Gould 2012年
6. Everything’s Ruined
ワーキング・タイトル|Carpenter’s Song
多幸感あふれるコーラスとメランコリックなヴァースという、対照的なムードを持つ素晴らしい曲。また、唯一ギターソロが全編にわたってフィーチャーされている曲のひとつでもあります。
「このアルバムには、とても奇妙な曲がいくつかある。その多くは絶望的で、とても不穏な雰囲気を持っている。”Everything’s Ruined” はその良い例だ。この曲は、このアルバムに収録されている曲の中でも、よりストレートなロックの一つ。前作の “Surprise You’re Dead” と聴き比べてみてほしいね。僕らがどう変化したかがわかると思う。自分たちがイメージしているものを演奏するのが上手くなっているんだ」 – Mike Patton 1992年
7. Malpractice
ワーキング・タイトル : Patton’s Song
「これはデスメタルの映画音楽だ」Patton のみによって書かれた、恐ろしくて映画的な楽曲。複雑なセクションを持つ彼らしい手法で、一撃必殺のインダストリアル・メタルと不気味なオルゴールがミックスされている。完璧な音楽的悪夢。
1992年、Patton は FNM での作曲スタイルについてこう語っています。
「僕たちは任天堂キッズだから、スタジオに入るとダイヤルを回してボタンを押すだけなんだ。Mr. BUNGLE は基本的に曲の作り方を知らないんだ。だから、ヴァース/コーラス/ヴァース/コーラスという直線的な曲の上に何かを乗せようとするのは、僕にとって奇妙なこと。それはそれでいいんだけど、何をするにももっともっと時間をかけて、もっともっと打ち込んでいこうと心に誓っている」- Mike Patton 1992年
この歌詞は、Pattonのひねくれたキャラクターが繰り広げる、手術のゴシック・ホラー。
「そうだな、ある女性が外科医のところに行って手術を受けているんだけど、彼女は自分の中に入ってくる外科医の手が好きなんだと気づく、という内容の曲を書いたことがある。彼女は治すことに興味もなく、ただ誰かの手が自分の中に入ってくるのを望んでいるんだ。彼女はそれの中毒になるんだ」- Mike Patton 1992年

8. Kindergarten
ワーキング・タイトル : F Sharp
予想外のメジャーからマイナーへのコードを配置することで、FNM のソングライティングをひねり出す好例。この曲では、Gould が音を奇妙な形にひねっていく素晴らしいベースソロがあります。
9. Be Aggressive
ワーキング・タイトル : I Swallow
ハモンド・オルガン、ド迫力のベースライン、ワウワウ・ギターが特徴的。コーラスはシュガーヒル・ギャングの1983年の曲 “Winner Is” から引用していて、チアリーダー(バンドの女友達)が「B-E A-G-G-R-E-S-I-V-E 」という今では不滅のフレーズを唱えているという、かなり倒錯した内容です。Roddy Bottum はこの年、ゲイであることを告白。
「”Be Aggressive” のいいところは、同性愛的なマッチョな曲なのに、FNMのリスナーの多くは、男性ではなく女性がひざまずいて飲み込んでいる姿を想像することだろう。かなり過激だろう?ゲイっぽい歌だと思った?それがいいところなんだ。ある人は “なんだこれは!” と声を上げるだろうし、ある人は気味悪がるだろうし」- Roddy Bottum 1992年
10. A Small Victory
ワーキング・タイトル : Japanese
オリエンタルなキーボードとギターのデュエットがメロディックな螺旋を描く、野心的でドラマチックな曲。メイン・ボーカルのラインは “Angel Dust” の中では最も “The Real Thing” の声に近いでしょう。
「あの曲では、プログラム、ストリングス、ピアノとは対照的に、音源は “マテリアル” だった。そのほとんどは DAT プレーヤーで、外を歩きながら録音したもので、それをキーボードそのものに入れ込んだんだ」- Roddy Bottum
Patton は、この曲が父親との関係について歌ったものであることを明かしています。「父がコーチをしていたから、僕の人生最初の16年間は勝つことばかり考えていたようだ。でもね、僕は勝ち続けられないとわかったんだよ。畜生!」
11. Crack Hitler
ワーキングタイトル: Action Adventure
FNM の中で最も映画に近い曲。パットンの圧縮され歪んだメガホンの効果は、後に続く全ての Nu-metal バンドが真似をすることになります。イントロのサンプルは、リオデジャネイロ・ガレアン国際空港のフライトアナウンスを読むブラジル人女優イリス・レティエリで、この人の声に Patton は惚れ込んだのです。彼女はこの曲を聴いた後、バンドを訴えようとしましたが、失敗に終わります。
「ブラジルでかなり有名なこの女性の声をサンプリングしたんだ。彼女は Varig 航空のフライトのアナウンスをしていて、僕たちはその声が本当に好きだったし、彼女の声は僕たちのブラジルでの経験をすべて集約しているようなものだった。それで彼女を録音して、その声を使ったんだけど、今になって、彼女の声を無断で使ったとして訴えられているんだ」- Roddy Bottum 1992年
この曲の歌詞は、またしても Patton の別人物。「ヒトラーのようになった麻薬ディーラーの話なんだ。ドラッグの影響でヒトラーのような気分になった黒人のね。この曲は、バンドがシナリオを視覚化することによって曲のアイデアを発展させていった例だ。例えば、事前に曲のビジュアルイメージを考えておくこともあったよ。例えば、ヒトラーの口髭を生やしたクラック・ディーラーがスーパーマンキャップをかぶって、路地を走りながら警官を撃っているようなイメージ。そのビジュアルイメージを音楽的に解釈するんだ。それがバンドが曲を作るときのやり方なんだ」- 1992年
12. Jizzlobber
ワーキングタイトル : Jim’s Song
「素晴らしい曲だ。拷問された魂のようなもの」 – Mike Patton 1992年
Jim Martin の血に飢えたメタル曲は、アンセム的なドラム、”サイコ” なキーボードのリフで始まり、Martin の最も残忍なギタークランチに乗せて Patton が言葉を吐き出していき、Gould によって作曲された壮大なチャーチオルガンのエピローグで終わります。
「アルバムに自分の曲を入れたかったし、本当に恐ろしくて醜いものを書きたかったんだ。このタイトルは僕が考えたジョークで、僕は本当の意味での “ギタージジー” な音楽は好きではないからだ。もちろん、サトリアーニやヴァイみたいな演奏はどうやってもできない。あの人たちは全く別の楽器を弾いているような気がするんだ」- Jim Martin 1992年
歌詞の内容は、パットンが繰り返し見る投獄された悪夢を扱ったもの。
「刑務所に入ることへの恐怖を歌っているんだ。いつかそうなることは分かっているんだ…。一度行ったことがあるけど、いつかすごく長い間行くような気がするんだ」- Mike Patton 1992年
13. Midnight Cowboy
「イージーリスニングが好きな Gould のアイデアで、僕も好きなんだ。この曲は本当にハイパーな美しい曲で、聴くのに苦労するほどだ。エレベーターで聴くようなソフトな音楽が、ヘビーな音楽であることもあると思うんだ。ラウドロックにはない深遠さと力強さがある」 – Roddy Bottum 1992年
最後のトラックは、1969年に公開された同名の映画からジョン・バリーのテーマをカバーしたもので、陶酔させられる。この曲もデジタルサウンドとは一線を画し、Bottum はアコーディオンを使ってリードメロディーを演奏しています。
「”Midnight Cowboy” のカバーには本当に満足している。これからは、イージーリスニングが主流になる。もうすぐエレベーターのための音楽のEPを出す予定なんだ」- Roddy Bottum 1992年

参考文献: ANGEL DUST 25 | MAKING OF THE ALBUM

FAITH NO MORE’S ‘ANGEL DUST’: 10 THINGS YOU DIDN’T KNOW ABOUT ALT-METAL CLASSIC

Faith No More’s Angel Dust & The Art Of Following Up A Phenomenon

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ELEPHANT GYM : DREAMS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ELEPHANT GYM !!

“We Feel Lucky That We Are Holding Instruments Rather Than Guns. We Feel Lucky That We Are Expressing Love Rather Than Hatred. We Feel Even More Lucky That Our Music Is Able To Connect People From Japan, China, USA And Other World”

DISC REVIEW “DREAMS”

「台湾人として、私たちは毎日恐怖の中で生活している。恐怖は私たちの潜在意識に溶け込んでいるんだ。時には、日常生活を送るために、私たちの意識はそうした恐怖を忘れて、否定しなければならないこともあるくらいにね。戦争が起これば、私たちは戦場に行かなければならないんだ。だから、銃ではなく、楽器を持っていることが幸せなんだよ。憎しみではなく、愛を表現していることを幸運に思うんだよ」
2012年に “マスロック” に対する至上の愛を共有し結成された Elephant Gym。2年後にリリースしたファーストアルバム “Angle” で彼らは、”数学のロック” に共通する複雑な拍子記号やテクニカルな演奏によって、幾何学的な音楽のタワーを見事に構築しました。もちろん、10年の時を経た今でもそうした無機的な音の伏魔殿は彼らの一部として存在をしていますが、より柔軟に世界を広げた台湾のトリオは、音楽という方程式に対する解法をいくつも手に入れたようです。憎しみではなく、愛を表現するために。
「”夢” は、Elephant Gym にとって “音楽のインスピレーションはどこから来るのか” という問いに対する答えなの。眠りについた後、脳は今までに経験したすべてのことをバラバラにして、非常に変わった方法で混ぜ合わせ、再編成するの。これは実は、音楽を作るプロセスと非常によく似ていてね。過去に記憶した音を独自の方法で現在に再編成し、一つ一つが特別な夢であるのと同じように、それぞれの特別な曲となっていくから」
Elephant Gym にとって “夢” とは、現実に溶け込む恐怖からの退避場所であり、音楽のインスピレーションの源であり、マスロックという狭い檻から超越するための手段でもあります。冷淡で機械的とも捉えられかねない理系のロックに、夢見がちでエモーショナルなポストロックの文学性を注ぎ込んだ彼らは、ロックの力強さも、ジャズの知性も、クラシックの優美もすべてをパズルのピースとして使用し、最新作 “Dreams” で想像力や表現力の境界を越えたのです。
「Lin Sheng Xiang は、私たちの音楽に対するアティテュードにかんして大きな影響を与えた人なんだ。彼と音楽の仕事をするのは、私たちの目標の一つだった。私たちと Lin の音楽の異なる美学を共存させ、互いのバランスを見つけることは、挑戦的でありながら非常に興味深いことだよ」
狭い場所にとどまらず、柔軟性を保ち、表現の解法を多く探るため、Elephant Gym は様々なアーティストとのコラボレーションを積極的に進めてきました。ブレイク中のネオソウル・アーティスト9m88、客家のフォークシンガー Lin Sheng Xiang、そして日本の若獅子 chilldspot の比喩根。奇しくもアルバムには、北京語、英語、客家語、日本語という台湾の人たちが話す言葉が集結することとなりました。
マスロックのルーツを提示するため、日本の鬼才 Toe の “Two Moons” を “Go Through The Night” にサンプリングする一方で、CHIO-TIAN FOLK DRUMS & ARTS TROUPE 九天民俗技藝團とのコラボレーションでは、”Deities’ Party” の直感的な轟音に到達します。客家との共演もそうですが、伝統的なアジアの音楽には、彼らが演奏するのと同じ奇妙な拍子記号がありながらも、音符では表現不可能な直感的ニュアンスが存在しています。だからこそ、伝統的なサウンドとの共存は、彼らの世界を一度破壊して、夢のように再構築するための最高のスパイスとなったのです。
そうして彼らは、”Dear Humans” のダーウィンや、”Witches” のシェイクスピアで映画やミュージカルの世界まで広く見据えることになりました。すべては、音楽に境界はない、世界に境界はないという想いから。自分と反対側、別世界を受け入れ、尊重することで世界はもっと面白くなるから。多様性は許容し愛することから生まれるから。解へとたどり着く道は、決して一つではないのですから。
今回弊誌では、Elephant Gym の3人にインタビューを行うことができました。「私たち人間の血には暴力が根付いていて、戦争は私たちの集合意識の中にある、劣等感と圧倒的な混乱の結果なんだろうな。でも私たちは、たとえ宣戦布告をした相手であっても、誰も悪者とは見なさないよ。なぜなら、彼らはもっともっと心に痛みを抱えていたはずだから」 どうぞ!!

Elephant Gym 『Dreams』
Release Date:2022.05.11 (Wed.)
Label:WORDS Recordings
Tracklist:
1. Anima
2. Go Through The Night
3. Shadow feat. hiyune from chilldspot
4. Witches
5. Dreamlike
6. Wings feat. Kaohsiung City Wind Orchestra
7. Happy but Sad
8. Shadow feat. 9m88
9. Deities’ Party feat. Chio Tian Folk Drums And Art Troupe
10. Dear Humans -Japanese ver.-
11. Gaze At Blue -Album ver.-
12. Fable
13. Dream of You feat. Lin Sheng Xiang

各種配信リンク:https://linkco.re/h8bAYE2f

ELEPHANT GYM “DREAMS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【THE GATHERING : BEAUTIFUL DISTORTION】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH HANS RUTTEN OF THE GATHERING !!

“I Think We Just Love To Crossover Genres And To Experiment, Not Thinking About Commercial Aspects.”

DISC REVIEW “THE GATHERING”

「残念ながら最近は “歪み” が多くて、物事の美しさを見るのが難しいからね。解決しなければならない問題が多すぎて、鬱陶しく感じることもあるよ。でも、この大変な時期に、人々に寄り添えるような素敵な音楽ができたと思っているよ」
ご承知の通り、ヘヴィ・メタルには美しさと歪みが同居しています。しかし、多くの場合 “Beautiful” よりも “Distortion” が勝っているのが事実。実験と交配を遺伝子に宿す THE GATHERING が混沌と殺伐、分断の中から引き出した儚き美の結晶 “Beautiful Distortion” は、”歪み” 以上に “美しさ” が支配する寛容なヘヴィ・メタル。
「常に音楽が第一であるということを認識しているからだろうな。逆にいえば、それ以外のことはあまり重要ではないんだよ。だから僕は、あの時代の古いメタルが好きだった。当時のシーンは音楽が中心で、ギミックが中心ではなかったからね。今は変わってしまったけど、だからこそ当時このシーンの一員であったことを嬉しく思っているよ」
90年代、THE GATHERING はメタルに革命を起こしながら、以降も決して革命の手を緩めなかった偉大なバンド。ULVER, PARADISE LOST, MY DYING BRIDE, などデスメタル・ドゥーム、ゴシック、エレクトロニカを渡り歩いた異端の中でも、ANATHEMA と同様によりアトモスフェリックなポスト・プログレッシブ / ポスト・オルタナティブへとその歩みを進めた美の伝道師。シューゲイズまで組み込んでいたでしょうか。カテゴライズの難しさはそのまま、THE GATHERING の多様性の哲学を物語っています。
「Anneke と Silje の二人を比較するのは賢明ではないだろうね。二人は全く異なるシンガーなんだから。多くの人がそうしているのは知っているけれど、それはフェアじゃない。Silje は私たちの音楽にたくさんの新しい色彩を与えてくれる。彼女はファンタスティックで、私たちの新しいアルバムでも素晴らしい仕事をしてくれているよ。私は彼女の暖かい声がとても好きなんだ」
1995年の “Mandylion” で “女声のゴシック・ドゥーム” を確立し、シンフォニック・メタルなど後続にも多大な影響を与えた THE GATHERING。結果として、バンドの顔であった Anneke Van Giersbergen はスターダムを確立し、2007年に脱退してしまいます。もちろん、Anneke の声は THE GATHERING のみならずメタル世界における女声の “基準点” となりましたが、新たに加入した Silje Wergeland の北欧からオランダへと吹き抜ける瑞々しい歌風も、存分にリスナーの心を溶かしているのです。
「まあほら、人生いろいろだよ。もちろん、元ベースの Marjolein が2014年に辞めたのは大きかったね。だから、しばらく活動をやめることにしたんだ。生活の中で他のことをするためにね」
そうして今、私たちは THE GATHERING 約10年ぶりのアルバムを手にすることとなりました。2012年にリリースされた “Disclosure” とそのB面作品 “Afterwords” を聴けば、Silje の涼やかなボーカル・スタイルがエニグマティックに進化した THE GATHERING サウンドの中核にあるのは明らかで、それはこの新作でも同様でしょう。今回は、対となるB面 “Interference” が同日にリリースされましたが、このEP最後の曲は裏名盤 “How To Measure A Planet?” のタイトル曲のライブバージョンであり、そういった意味でもこの美麗なるつがいは THE GATHERING 全てのクラシックの中でもあの作品に接近しているように感じます。
「あのころ、私の好きだったバンドは様々なアルバムを作り、実験することを恐れていなかったからね。だから、私たちもそうしなければならなかったし、実験と交配は私たちの遺伝子の中に存在しているんだ」
“Beautiful Distortion” は、ポスト・ロックやアート・ロックと融合した繊細なオルタナティブ/ ポスト・プログレッシブの音の葉で化粧をほどこされ、相変わらず美しく、折衷的で、隔世のサウンドトラックのような景色を映し出しています。オランダのパイオニアは雨の日の叙事詩 “Home” 以来、ドラマ性以上により物悲しい曲作りをする傾向にあります。彼らは、切なさに “重み” を加える比類のないコツを知っていて、ロマンチックなフラスコとビーカーで未知の化合物へと仕立て上げていくのです。
感情的なコードの流れに揺蕩う明と暗の漂流物、ミッドテンポの軌道に打ち上げられた崇高と歪みの二律背反。知性と対比を駆使しつつ、オープニングを飾るカムバック・シングル “In Colour” の秋を彩るメロディと騒めく木々のコンポジションは、THE GATHERING がヴィヴァルディのごとく四季を司る音楽家であることを証明しています。”How to Measure a Planet?” や “Home” のプロデューサー、Attie Bauw の仕事も白眉。
今回弊誌では、ドラマーにしてバンドのエンジン Hans Rutten にインタビューを行うことができました。「CELTIC FROST, PARADISE LOST はもちろん、COCTEAU TWINS, DEAD CAN DANCE, PINK FLOYD, SLOW DIVE, それに MASSIVE ATTACK も。RUSH や VOIVOD のようなバンドもみんな大好きだよ」 どうぞ!!

THE GATHERING “BEAUTIFUL DISTORTION” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【GOSPEL : THE LOSER】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ADAM DOOLING OF GOSPEL !!

“I Think Both Hardcore And Prog Are High Energy Forms Of Music. It Makes Sense To Me That You Could Play Progressive Rock Loose And Fast Like Punk…Or Play Punk With Odd Chords And Scales Like Prog.”

DISC REVIEW “THE LOSER”

「バンドが一度終わったのは、自分たちが燃え尽きてしまったからだよ。一生懸命やってもうまくいかなかった。当時のリスナーは今とは違って、このバンドを好きではなかったんだ。喧嘩も多かったし、ツアーやいつも一緒にいることにも疲れていたんだ。若い頃は問題を解決できるほど成熟していなかったし、みんな生活の安定を望んでいた。だから、一度バンドが終わると、また演奏できるようになるまで GOSPEL を振り返ることはなかったんだ」
本来あるべき姿を失ってもなおとどまり続けるのもバンドであれば、一瞬の煌めきを残し閃光のように消え去るのもまたバンド。ひとつ確かなことは、GOSPEL が描いた美しき肖像画は時の試練に耐え、虚ろでねじ曲げられた虚構のアートとは明らかに一線を画していることでしょう。
「僕たちは宗教家や宗教的なバンドではなく、その逆なんだ。子供の頃、カトリックの学校に通っていたから、宗教や権威に反抗したくなったんだ。GOSPEL という名前は、社会が神聖視するものを破壊することを意味したんだよ。それに、みんなが覚えてくれるシンプルな名前でもある。ゴスペルの定義が “原則と信念” であるならば、僕たちはその原則と信念に疑問を投げかけたいんだ。それを覆したいんだ。なぜなら僕たちはパンクバンドなんだから!!」
2005年。ブルックリンを拠点とするこの4人組は、突如としてアンダーグラウンドのスクリーモ・シーンに参入し、このジャンルに新たな高みを築いただけでなく、シーンの “原則と信念” を破壊する偉大なる自由を残しました。バンド唯一の遺産であった “The Moon is a Dead World” は8曲からなるユニークな迷宮で、その反抗という名の魔法によってプログとハードコアの境界を鮮やかに消し去ったのです。しかし、登場するやいなや、彼らは姿を消しました。
「今日、誰もが音楽を説明するための基準点、またはレッテルやジャンルを必要としている。でも GOSPEL の音楽は、僕らにとってはただラウドでヘヴィでヘンテコなだけなんだ。僕たちは今日スクリーモと呼ばれるアンダーグラウンドのハードコアシーンからやってきて、奇妙なロックを演奏しているだけ」
熱狂的なカルトファンを持ち、プログレッシブ/ハードコアの頂点に立つ可能性を秘めたバンドは、自分たちが “これ以上ないもの” を作り上げたことを悟り、あまりにも潔く幕を閉じることを選びました。しかし、スタジオの外で充実した生活を送っていた彼らは、どこかで何かが足りないとも感じていました。そうして友人の結婚式で再会した彼らは、17年の隠遁の後、ラウドでヘヴィでヘンテコな待望の2ndアルバムを作る必要があると決意したのです。
「僕はハードコアもプログもハイ・エナジーな音楽だと思うんだ。だから、プログをパンクのようにルーズに速く演奏したり、パンクをプログのように変則的なコードとスケールで演奏するのは理にかなっていると思う。それに、僕らには4人で演奏しているときにのみ機能する、非常に特殊な演奏スタイルがある。僕たちの楽器が僕たちの個性を反映しているようなものでね。GOSPEL とはこの4人が一緒に演奏しているときの音なんだ」
ダンボールに殴り書きされた “敗者” の文字は、彼ら自身のことなのでしょうか? 少なくとも、長い間待ちわびていたリスナーにとって、”The Loser” はすべての期待に応えた傑作であり、GOSPEL は再び勝者の地位へと返り咲いたにちがいありません。
解散後も衰えるどころか、むしろ、そのケミストリーはこれまで以上に強烈強力。GOSPEL といえば Vincent Roseboom の千変万化なパーカッションですが、彼は期待通りバンドを支えるエンジンとして、迷宮を支配する猛烈なフィルの数々を配置。Adam Dooling の悲痛な叫びは痛みと感情を増して、よりハスキーなトーンで眼前に迫ります。
プログレッシブ・ロックへの移行が顕著になり、従来のスクリーモからは若干離れたものの、サウンドは前作と同様にフレッシュで活気に満ちています。彼らのルーツである70年代のプログ・ロック は、CITY OF CATERPILLAR や CIRCLE TAKES THE SQUARE のようなポストロックを抱いたスクリーモが使用するパレットよりもさらに直接摂取するのが難しく、ひとつ間違えばピント外れでダサい音楽にもなりかねません。
しかし、”The Loser” はレトロスタイルのオルガンと薄暗い電子ピアノの爆音へ果敢に挑み、その幻想的な広がりとハードコアな獰猛との間でえもしれない緊張感を醸し出すことに成功しています。17年前に私たちが目にした、知的に濁った陽気な騒動はかくも完璧に研磨され、洗練され、本来あるべき姿の完成品として届けられたのです。
今回弊誌では Adam Dooling にインタビューを行うことができました。「僕は2017年に日本に短期滞在していたんだ。2017年の1月から5月まで、淡路島で4ヶ月間、日本に住んでいたんだよ!ガーデナーの研修生として働き、日本のガーデニングを学んでいたんだ。その時僕は ALPHA キャンパスの寮に住んでいたんだけど、素晴らしい先生がいてね。彼女は “関西のオバチャン” と自称していたよ」どうぞ!!

GOSPEL “THE LOSER” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【MOON TOOTH : PHOTOTROPH】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NICK LEE OF MOON TOOTH !!

“I Liked The Idea Of Putting Something Out In The World That Might Give People Some Release From Their Anxiety And Frustration Right Now Instead Of Just Mirroring It With More Anger And Existentialism.”

DISC REVIEW “PHOTOTROPH”

「僕たちは、ロックのヒーローたちと、彼らがそれを実現するために果たさなければならなかった道のりに敬意を表しながら、何か新しいことをしようとしているんだ。 レミーならどうしただろう?ってね」
ロングアイランド出身の MOON TOOTH による目まぐるしきサード・アルバムは、過去25年間にオルタナティブ・ロックが果たしてきた奇妙で先進的な音楽の扇動に対する解答のように感じられるかもしれません。
ALICE IN CHAINS や SOUNDGARDEN にはじまり、DEFTONES の絹のような感情表現、QUEEN OF THE STONE AGE の石器時代の鼓動、MASTODON の知的な砂漠、そして TOOL の複雑怪奇なグルーヴ。”Phototroph” には、たしかにこうした瞬間が散りばめられています。しかし、”次の METALLICA になりたい” と宣言する MOON TOOTH の特異性や野心は、彼らにとっての “始まりの地” からすでに “約束の地” へと舵を切っています。
「チャック・ベリーから MOON TOOTH まで、ロックのひとつのラインをたどれるようにしたいというのが本音なんだ。他のバンドが今何をやっているかなんて、どうでもいい。僕の頭の中と心の中では、真のロックンロール・バンドでありたいんだよ」
MOON TOOTH が次の METALLICA となるために必要だったのは、”ユニーク” を超えること。METALLICA のように、他の誰もやっていないことをやること。そのために彼らは、メタル以前の音楽をもモダン・メタルで再調理して、アルバムの中でロックの歴史を一つにつなげる荒唐無稽を実現しました。
ここには、オーティス・レディングの躍動も、ヘンドリクスのリフ革命も、QUEEN のハーモニーも、クリムゾンの難解なパズルでさえ存在し、再び命を得ています。
「ギターソロを早送りで聴く?ハァ?15秒~30秒のギターソロを聴くことができないほど忙しいの? ソロを早送りするのに、なぜバンドを聴いているんだ?!?!失礼ながら、君が言うような人たちは、おそらくギターソロそのものを聴くよりも、ギターソロに反応する人の YouTube ビデオを見る方が好きなんだろうな。冗談じゃないよ!」
重要なのは、この作品にロックの不純物がひとかけらも混入してはいないことです。あの RIOT V にも所属する Nick Lee の左腕にはスリルとエモーション、それにかつて誰もがギターに期待していたスペクタクルが存分に宿っていますし、自然保護施設でも働く John Carbone の表現力、感情を高めた歌声には人知を超えた野獣が降臨。ロックの王道が忘れ去られた世界で、ロックの王道を一人、むき出しの感情、むき出しのサウンドで歩んでいます。
さらに、タイトル・トラック “Phototroph” を聴けば、RUSH を思わせる千変万化なコンポジションに、FOO FIGHTERS もたじろぐほどのアリーナ・サイズのフックを刻み込んでいることが伝わるはず。”Nymphaeaceae” では、歪んだリフの曲がりくねった迷路に THE ALLMAN BROTHERS の遺志を込め、その奥深くにボーカル・フックを丁寧に埋め込んでいます。MOON TOOTH は実験とポップのシーソーを誰よりも巧みに乗りこなすのです。
「30のアイデアのうち、この11曲がとてもうまくまとまったんだ。楽観的で希望に満ちた感じがするから。今の時代の不安やフラストレーションを、怒りや実存主義に置き換えるのではなく、そこから解放されるようなものを世に送り出したいという思いがあったんだ」
パンデミック、戦争、政治の腐敗、独裁者の台頭。混乱と混沌の20年代においても、MOON TOOTH は人間の強さを信じています。”Phototroph” “光栄養生物” と訳されるアルバム・タイトルには、希望という光に向かって進んでいく私たちの姿が重ねられています。
たしかに今、誰にとっても、”聖域” は消え去りました。しかし逆に今こそ、Nick の言葉を借りれば、これまで自覚することのなかった、目を背けていた私たち自身の “不寛容” と向かい合うチャンスなのかもしれませんね。”Phototroph” はそんな私たちの “光合成” を促すような作品ではないでしょうか。
2012年に結成された MOON TOOTH は、初期にタグ付けされたプログ・メタルというタグをいまでは取り払ったように見えます。それは彼らの音楽が十分にプログレッシブでもなく、十分にメタルでもなかったからではなく、その二つ以上のものを兼ね備えていたから。今回弊誌では、Nick Lee にインタビューを行うことができました。「人間は時に、ポジティブなことに集中したり、目標を設定してそこに向かって進んだりすることを、自分で選択しなければならないことがある。それを伝えたかったんだ」 三度目の登場。スケール感が倍増しています。どうぞ!!

MOON TOOTH “PHOTOTROPH” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【OU : ONE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANTHONY VANACORE OF OU !!

“I Am The Only Non-Chinese In The Band, But We Are a Chinese Band Through And Through. So For There To Be Chinese Lyrics And Some Chinese Sensibilities In The Music Is Just Natural.”

DISC REVIEW “ONE”

「中国、特に北京の音楽シーンは豊かで多様性に富み、活気に満ちているよ。だけど OU は政治には関与しないんだ」
北京のジャズ・シーンで育まれた OU(オー)は、定型化した現代のプログ世界、その停滞したエネルギーに真っ向から歯向かうデビュー作 “One” でメタル異世界のルール無用を叩きつけました。
「中国に来て10年になる。私に言えることは、(このバンドの3人のメンバーも含めて)私にはここに心から愛する友人がたくさんいて、彼らは私にとってまさに家族のような存在だということなんだ」
作曲家で偉大なジャズ・ドラマーでもあるニューヨーク出身の Anthony Vanacore は、大規模な中国ツアーをきっかけに、彼の地の文化や言語に惚れ込み移住を決断します。杭州に移り、”客” ではなくその場所の人間として暮らすうち、彼は外国からみれば統制や不自由の中で暮らす人々の本来備わった人間味や優しさに触れていきました。文化が違えど、人は、個人個人はそんなには違わない。それは音楽も同じです。
「O はバンドの4人の血液型がO型だからで、その後 OU に変えたんだ。ピンイン(中国語のローマ字表記)では O と同じ発音で、”謳” という漢字が対応していて、それには “唱える” という意味があるから、このバンドにはとても合っているんだよ」
中国の “人” と触れ合いはじめた Anthony は北京音楽シーンの素晴らしさにも気づきます。そうして、クラブや本職の音楽教師から仲間を募り、数年の歳月を経て、それぞれのメンバーが特別な調味料を加える複雑な音の中華料理 OU が完成します。
目まぐるしくも自由自在のリズムから幽玄なアルペジオの残響、そして催眠術のように正直で率直なヴォーカル・パフォーマンスまで、この驚くべき料理 “One” にはプログとアンビエント、そしてメタルの旨味が詰まっています。もしかしたら、三国志を終焉に導いたのは彼らなのでしょうか。陽気さ、静謐さ、獰猛さを見事 “一つ” に調和させた OU は、さながら蒸してもよし、焼いてもよし、揚げてもよしの餃子を3000年の歴史から進化させる抜きん出た料音人だと言えるでしょう。
「私はバンド内で唯一の非中国人だけど、それでも私たちは根っからの中国のバンドなんだよね。だから、中国語の歌詞や中国的な感性が音楽に入っているのは、ごく自然なことなんだよ」
OU は、現代的なプログレッシブ・アクトへの強い愛情を示しながらも、彼ら独自のサウンドを切り開いてきました。ハイパー・ポップな HAKEN のように、OU は “Farewell 夔” や “Prejudice 豸” の重く複雑怪奇なグルーヴに、常に嫋やかで優雅なシンセの絹地を織り込んでいきます。まさに張飛、針に糸を通す。この泰山と長江のような美しくも悠久の対比は Devin Townsend や THE GATHERING のキネティックな作品にも匹敵し、さらに貂蝉のように美しく舞うしなやかな Lynn Wu の呪文はこの静謐でしかし刺激的なアートにえもいわれぬ独自性を加えています。
「アジアの伝統音楽には、欧米ではあまり知られていない、未開発の感情や質感がたくさん備わっていると思うんだ。アジアの伝統音楽が、アジア以外の国の音楽にもどんどん浸透していくのは時間の問題だと思っているよ」
実際、中国らしい Lynn の抑揚とゆらぎのある音は、OU を Inside Out のようなメジャーに引っ張る原動力となったはずです。聳え立つ “Mountain 山” では、Lynn の声をマルチトラックで聴かせながら、トラックごとに感情をエスカレートさせる絶妙なマルチバース空間を創造。一方で、”Ghost 灵” “Light 光” の幽玄なセクションで彼女のノイズは言葉ですらなく、最小限の伴奏として存在し、ビョークのような実験的アーティストの手法に似た推進力として扱われています。
他にも例えば、OU を聴いて、Enya, LEPROUS, LTE, RADIOHEAD, PORTISHHEAD, MASSIVE ATTACK といったバンドの姿が目に浮かぶのは自然な感性でしょうが、それだけでは十分ではありません。ここには東洋的な無調や不協和が西洋のモダンなポリリズムと織りなす、シルクロードのタイムマシンが洋々と乗り入れています。
もちろん、熟練したジャズ・ミュージシャンである、Anthony とベーシスト Chris Cui によるリズムのバックボーンは、タイトで整然としながらも混沌としたロックの側面を自在に謳歌。ギタリスト Jin Chan の神秘的な舞踏は二人のタクトで華麗に舞い上がります。まさに指揮者を失った兵ほどみじめなものはない。
老齢化したプログの巨人たちがいつまでも黄忠でいられる保証はありません。OU は国際的な聴衆から切り離されがちな中国にありながら、いやむしろあったからこそ、復権を願うプログ世界の、そしてアジアの希望となりました。中国では食事を少し残すのが礼儀とされていますが、”One” の音楽を一欠片でも残すことは大食漢のプログマニアには実に難しいミッションとなるでしょう。
今回弊誌では、Anthony Vanacore にインタビューを行うことができました。「私はニューヨークのフラッシングに住んでいたんだけど、この街にはかなり大きな中国人コミュニティがあってね。ツアーから戻るとその場所と交わりながら、自分の生活環境に新たな視点が生まれ、中国の文化や言語にますます魅了されるようになっていったんだ」 どうぞ!!

OU “ONE” : 10/10

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