COVER STORY : ARCHITECTS “THE CLASSIC SYMPTOMS OF A BROKEN SPIRIT”
“Music Is an Escape For People. You Can Have Very Traumatic Experiences And Come And Enjoy Our Music And Listen To The Songs That Are About These Situations. But I Also Want You To Be Able To Come And Switch Off And To Let Us Be Your Saturday Night, Even If It’s On a Tuesday Or Wednesday, Come And Have a Good Time With Us And To Forget About The Stresses Of The Modern World.”
a classic symptoms of a broken spirit
アウトサイダーを自認する ARCHITECTS の Sam Carterは、期待という名の束縛から解き放たれ、ついに自分のありたい姿を受け入れられるようになりました。ARCHITECTS は10枚目のアルバムに伴い、ファンのプレッシャーから離れ、純粋に創造の自由への道を見つけようとしているのです…
「このアイラインのおかげで、何も苦しまずに済んだんだ…」
ARCHITECTS は、自分たちのファンが最も厳しい批評家であることに慣れています。ただ、彼らの軌跡とストリーミングの数字が不動の上向きであるとしても、メタルの世界で新しい何かに挑戦することは、決して簡単ではありません。Sam が戸惑ったのは、アウトサイダーが集まりがちなこの世界で、アイラインを引いた(実際にはとてもクールに見える)ことが、罪になっていることでした。
「メタルは、オープンでウェルカムな場所だと思っていたんだ。僕たちは皆、学校でヘヴィ・ミュージックを聴いていて、そのせいで小便をかけられたようなキッズだった。変わり者だと思われていたんだよね。だから何年もの間、ジーンズとノースリーブのTシャツを着てきたけど、ようやく今、長い間着たくても着れなかったものを着るようになったんだ。
それで、メタルのファンからちょっとバカにされたような気がしたんだよね。でも、僕はそれを恥ずかしがるような人間じゃないから、すぐに倍返ししてやるってもっと着るようになったよ。だってそうでしょ?アイラインをひいたオジーを見て “なんだこりゃ!” とは思わないだろ?彼はちょうどメイクアップ・シリーズを発表したところだ」
Sam は以前からバンドのライブに演劇的な要素を加え、メイクアップや衣装で “自分を表現したい” と思っていましたが、特定のファンからの反発を恐れてたのです。悲しいことに、彼は正しかったことが証明されました。
「そんなに悪くないはずだと思ったんだ。でもみんなの反応はひどかった。でも、ここはオルタナティブ・シーンであるべきだと思う。その中でみんながクリエイティブで自由であることをサポートすべきなんだ」
しかし最終的に、批判はバンドのレジリエンス、回復力、反発力を強めるだけでした。
「自分の直感と心と頭を信じるしかないんだ。多くの門番がいる。でもメタルはドラムと歪んだギターがあるだけのファッキン・ミュージックだ。考えすぎちゃいけないんだ。ここでは誰も “White Album” なんて書いていないんだから。
なあ、”Lost Forever…”, “All Our Gods”, “‘Holy Hell” いうメタルコアの “ホーリー・トリニティー” は常に存在し続けるんだ。これらの曲は常に僕たちのセットの中にある。でも、僕たちには10枚のアルバムがあるし、そのリフを真似ている他のバンドもたくさんいる。だから僕たちは新しいものに挑戦してみたいんだ」
“壊れた精神の典型的な症状”。Sam は不安を感じた時、David Bowie のビデオを見ます。このビデオは、ミュージシャンに対して、常に自分の直感に従い、決して引き下がらないようにと励ましているのです。
「David Bowie は、アーティストの最高の作品は、足が底につかず、水の上に浮かんでいる瞬間だと言っている。もし安全すぎて足が床についていたら、正しい仕事をしているとは言えないんだよ」
Sam は、Bowie の助言を確かに心に刻みました。ARCHITECTS はパンデミックに見舞われる前に、すでに世代を超えた最高のUKメタル・バンドとしての地位を固めていました。2015年の “Lost Forever // Lost Together”、2016年の “All Our Gods Have Abandoned Us”、2018年の “Holy Hell” はすべて、先進のテクニカル・メタルコアのスタンダードとなるものだったのです。しかし、バンドがその荒涼としたブルータリティの限界を押し広げ始めたとき、物事は変化を始めました。昨年の “For Those That Wish To Exist” でブライトンの5人組は、よりクリーンでメロディックな音の時代を切り開くことになったのです。
ARCHITECTS のニューアルバム “the classic symptoms of a broken spirit” の作曲とレコーディングの際に Sam は、Bowie の知恵を取り戻しました。”For Those That Wish to Exit” のようなシネマティックなピークやストリングスはなく、代わりに巨大なリフ、ダーク” はギター、そしてスタジアムでも通用するフックが使われています。Sam はこのアルバムを “殺伐としたパーティー・アルバム” と表現しています。
「新作の構想はダーティーでインダストリアル。新しい ARCHITECTS や古い ARCHITECTS も入っているけど、全てを通してこのテーマがあるんだ。僕たちはインダストリアルなバンドを全く知らないんだけど、それでもやっていこうと思ってるんだ」
ARCHITECTS は常に変幻自在です。このアルバムを例え聴いていなくても、メタルバンドはこうあるべきというステレオタイプからは明らかに外れています。白を基調としたシンプルなアートワーク、小文字で書かれたタイトル。そこから、悪魔崇拝やメタルらしいファンタジーは微塵も感じられないのですから。
そして音楽を聴けば、以前はストリングスや広がりのあるパッセージで感情表現をしていた ARCHITECTS が、この作品ではさらにエレクトロニクス、インダストリアルの世界をバンドのレパートリーとして取り込んでいることに気づくはずです。グリッチ風味のシンセサイザーによるサウンドが、彼らが20年近くかけて完成させたサウンドにさらなる深みを加えています。
エレクトロニクスを積極的に取り入れた現代のメタルバンドなら、シーンをリードする BRING ME THE HORIZON との比較は避けられません。特にオープニングの “deep fake” はシンセの使い方とヴォーカルの表現が彼らに似て秀逸。”Sempiternal” の影は10年近く経った今でもメタルコアの亡霊として影を落としますが、ここではそれ以上のものがあります。もちろん、RAMMSTEIN の面影を宿す “tear gas” にも。
“burn down my house” は静電気を帯電したよりスローでムーディーな曲で、一方 “living is killing us” はシンセウェーブのビートが深く刻まれた未来的な都市景観。アルバム全体を通して何層にも重ねられた挑戦的な建築物は、一つのアイディアに固執することはありません。
バンドが自分たちのサウンドを進化させ続けることが重要だと Sam は言います。2016年にギタリスト兼ソングライターの Tom Searle(ドラマーの Dan の双子の兄)が28歳で癌で他界した後、ARCHITECTS はメタル・コミュニティの “悲しみ” を背負うことになりました。多くのファンは、起こったことの意味を理解しようとしたアルバムである2018年の “Holy Hell” に溢れた悲しみにカタルシスを見出しました。しかし ARCHITECTS は、芸術のために自分たちの痛みの中で生きることが、不健康になりつつあることに気づいたのです。
「”グリーフ・コア” か何かのようなジャンルにならないことが重要だったと思う。Tom は僕らが常に痛みに耐えて、毎晩トラウマになるような経験を持ち出すことを望んではいないはずだ。インダストリアル・バンドになるなんてとんでもないことだが、僕たちはそれに挑戦するつもりなんだ」
つまり、ARCHITECTS の今日の状況はバラ色です。このビデオは、10枚目のアルバム、”the classic symptoms of a broken spirit” は大好評。あの BIFFY CLYRO と共にツアーに出る予定で、ロンドンのThe O2にも初上陸する手筈。前作 “For Those Wish To Exist” はチャートで1位を獲得し、The Official Charts Company からトロフィーが授与されています。
「あの出来事は、レスターがプレミアリーグで優勝したようなものだ。誰もがそんなことは起こらないとタカをくくっていた」
しかし、岡崎のチームと同様に、ARCHITECTS は狂ったオッズをはねのけて優勝しました。そして、ARCHITECTS はこれまでで最大の UK ツアーを敢行。それから彼らは昨年末、ロンドンの伝説的なアビーロード・スタジオで、オーケストラとレコーディングを行いました。
「最初のテイク “Black Lungs” をやったとき、僕は何も歌えなくなったんだ。完全にパニックになって、部屋を出なくちゃいけなかった。マネージャーからジンを渡され、涙ぐんでいた僕は指揮者のサイモン・ドブソンに慰められたんだ。彼は僕を抱きしめて、”一緒に乗り越えよう” と言ってくれた。”他のことは気にしないで、自分ことだけに集中して” と。そして、それはうまくいったんだ」
ビートルズに傾倒するフロントマンは、これを “聖書のような体験” と呼び、パンデミックがまだすべてを終わらせる恐れがある中でコストとリスクを秤にかけつつ、結局次のアルバムを書くことにしたのです。
「ロックダウンという、何もしない退屈な時間の中で、作曲だけが唯一意味のあることだったんだ。自分がミュージシャンであること、これが自分の仕事であることを再認識させてくれた。僕は犬の散歩が得意なんだけど、あとは本当にそれくらいしかできないんだ。だから、何か集中できるものがあってよかったし、みんなのコミュニケーションも保てた。一緒にスタジオにいなくても、アルバム制作のために、常に連絡を取り合っていたからね」
もしあなたが、Sam がビデオでメイクをしていることや、シングル “tear gas” が2007年の “Ruin” よりもさらに RAMMSTEIN 的なインダストリアルな香りがすることに腹を立てているとしても、歌詞の内容を知るまでその怒りは収めるべきでしょう。すべてが小文字のタイトルが物語るのは、傷ついた精神の典型的な症状です。”living is killing us”, “doomscrolling”, “a new moral low ground”, “be very afraid”, “born again pessimist” など、収録されている曲のタイトルがまさにそれを物語っています。Sam は、このような荒涼とした表現には “Very Architects” ARCHITECTS らしい胆力のあるユーモアがあると言いますが、気候変動や、持てる者と持たざる者の残酷な格差社会、そして自分自身の精神状態にかんする率直な分析といったセンシティブなテーマを扱うときには、まさにそのユーモアと胆力が必要なのだと言います。
「そうでなければ、いつも泣きながら歩いていることになる。人々の逃避場所になりたいんだ。自分の音楽は、人々が一緒になって、この国や世界の状況に対する疲労や弱さを共有できる場所でありたいと思うんだ。暖房費も気候変動も心配だけど、僕たちにはそれを話し合える相手がいるし、バンドで歌うこともできる。でも、そういった場所がない人もいるわけで。彼らは本当に心配しているのに、友人たちはそんなこと気にも留めていなかったりしてね。だから、こういうことを話せるバンドがいて、身を乗り出して、”クソみたいな話だよな” と言えるのはいいことだと思うよ」
ARCHITECTS のようなバンドがいることは、もちろん良いことでしょう。今のイギリスは、実際、”クソみたいな話” ばかりなのですから。イギリスの政府は、この数ヶ月で4人目の財務大臣となるジェレミー・ハントを発表。彼は、NHS を解体し、そこで働く人々の士気を破壊することによって売却のための下準備をしているように見えました。食べ物を買う余裕がないとか、凍死しないか?とか、基本的な生命の尊厳が脅かされているのです。さらに、前首相のリズ・トラスはよりクリーンな代替案ではなく、環境の破壊が進むべき道であると主張し続けていました。
同じ週、Just Stop Oil のキャンペーン参加者2人がロンドンのナショナル・ギャラリーに入り、ゴッホの “ひまわり” にスープの缶を投げつけ、壁に貼り付ける様子を撮影しました。芸術と命、どちらが大切なのか。絵画を守ることと、地球と人間を守ることのどちらが大事なんだ?と。その後、彼らの主張よりもその手法が話題になったのは当然ですが残念なことでした。イギリスは自国の気候変動目標の達成にさらに遅れをとっています。
Sam は、自分が答えを持っていないことを最初に認めます。そして、個人として、たとえ彼のような熱心な人間であっても、全体の “ゲーム” が地球に対して不正に操作されている間は、ほとんど何をやっても無駄に近いと理解しています。ARCHITECTS の音楽には、こうした不安も織り込みながら、悩みを他人と共有し、何ができるかを考えようとしているのです。
「誰のせいでもなく、僕たちにできることはあまりない。僕たちの社会におけるより大きな問題は、おそらく世界の炭素排出量の80パーセントを担っている約13の企業にかかっているのだから。環境に配慮している人は、リサイクルのやり方を間違えると、何かを殺してしまったような気がして、イライラしながらベッドに入ることになる。でも大丈夫。それは結局、企業の責任なんだ。もちろん、環境問題は自分の手を離れたわけではないし、毎日、環境のため、自分のため、周りの人のために、より良いことをしようと努力している。でも、時には、それが彼らの責任であることに気づかなければならないんだよ。問題は、誰も大企業にそうした質問をしないこと。みんな、こうした企業が提供するすべてを必要なものとして見なしているから、誰も踏み込めないんだよ。本当にクソ難しい問題なんだ。
僕たちはいつも、世界で何が起こっているのかを、虫眼鏡で見て、”これが本当の姿だ” と話してきた。今のイギリスは生活費や暖房費に苦しんでいる人たちが多いから、すごく暗いんだ。それってもちろん、僕たちにとっても恐ろしいことだけど、人工呼吸器をつけたまま寝ている老婦人にとってはもっと、本当に恐ろしいことだからね」
このアルバムでは、同じように厳しい視線を内側にも向けています。”burn down my house” では、Dan Searle の歌詞が精神的な健康について語りかけます。この2、3年、パンデミックに対する恐怖と怒りが、人との接触がかろうじて合法となったことで増幅されました。自分自身の葛藤の重さだけでなく、精神の病が現実的な健康問題とはなぜ見なされないのかという疑問符をこの曲は描き出します。
「この曲はすごく暗い曲なんだ。僕と Dan の精神的な健康について歌っているんだけど、社会的な状況に昇華できるオープンな曲だと思う。精神衛生についての議論や、チャリティ活動みたいに、人々が何かをすることはあるけど、この問題は思うほどにはまだ現実味がない。実際にきちんとした会話になっていないんだ。”大丈夫じゃなくてもいいんだよ” って言うだけで、”本当に大丈夫なのだろうか?” 答えは “ノー” だ」
ギタリスト、Tom Searle が2016年に亡くなる1年前から、Sam は抗うつ薬を服用するようになっていました。パンデミックにかけて、世界がいつもより混乱する中、彼は服用量を倍増させていきました。抗うつ薬はたしかに、暗いものを閉じ込めておくのに役立ちましたが、それ以外のものも同様に閉じ込めてしまったのです。うつ病の代わりに、彼は何も感じなくなりました。
「抗うつ剤が悪いとは思わないよ。抗うつ剤がなかったら、僕はここにいないだろうから。だけど、服用量を2倍にしたとき、僕はやり過ぎてしまった。喜びも悲しみも、まったく感じられなくなったんだ。全く何も感じない。喜びも悲しみがまったくないんだ。悲しみを感じたい、感情を持ちたいと思っていたよ」
Sam の友人たちが、彼と彼の婚約者に、娘の名付け親になってほしいと頼んだ瞬間が転機でした。その時、婚約者は涙を流しましたが、Sam 自身は、依頼されたことを光栄に思い、嬉しく思っていたが、何も感じなかったといいます。その瞬間に彼は、「もう薬はやめよう、もっと自分を見つめ直そう」と思ったのです。
「あまりに急に断薬するのは危険なので、時間をかけて断薬していったんだ。でも、その間は気が狂いそうだった。断薬するのはとても大変だったんだ」
同時に、サムは自分自身と自分の人生をより徹底的に検討し始めました。バンドが公の場で気高く Tom の死という悲しみを乗り越えてきたように、彼はより静かで個人的なケアも必要だと気づいたのです。
「実際にすべてを眺めてみると、”そうか、自分が対処しなければならないこと、話して癒さなければならないことがたくさんあるんだ” と気づいたんだ。僕と Dan は同じ時期にそれを経験していたんだと思う。Tom が亡くなった後、僕らはそのままツアーに出て、その状況についてレコードを録音した。ステージでも毎晩、彼のことを話したよ。それは本当にすべてを包み込むようなもので、本当に大変だった。
24時間365日、自分のトラウマをみんなに開放するのは簡単なことではないからね。かなり疲れるし、本当にただただ悲しかった。ステージに上がるたびに、Tom の話をするんだけど、同じ話ばかりするわけにはいかない。台本を読んでいるように聞こえるのが嫌だったから。だからこそ、毎晩 Tom の話をしているうちに、トラウマになるような思い出に入り込んでいくんだけど、それがすごくいい思い出だったり、すごくつらい思い出だったりする。
でも、僕本当のことを話していたんだ。Dan と話したんだけど、明らかに僕がステージでこの話をするのがどれだけ大変かを見ていて、”嫌ならこれ以上心を開く必要はない”, “もし君が多くを語らず、ショーを乗り切って楽しい時間を過ごし、ここにいることに感謝する必要があるなら、そうすべきだ” と言ってくれた。
だから、スタジオに入ったときも、今回は、今あるこの瞬間を本当に楽しもうという感じだったね。Tom が僕らにしてほしいと思っていることをやろう、つまり、悲しんでみじめに座っているのはやめようと決めた。Tom が望んでいるのは、悲しんだり惨めになったりすることではなく、自分の人生を精一杯生きて、すべての瞬間を楽しむことだから。
だから、自分の中に戻ってみると、”一人で乗り越えなきゃいけないんだ。みんなの前で僕が乗り越えるんじゃないんだ” って気づくんだ。僕はすでにカウンセラーに会っていたんだけど、最優先って感じじゃなかった。パブで大金を使ったり、ずっと欲しかったレコードを買ったりすること…カウンセラーの優先順位はその下にあるものだったんだよね。だけど、その転機で僕は、できる限り最高のカウンセラーに相談し、お金を貯めて、自分自身をケアするためにお金を使おうと思ったんだ」
結局、ステージから降りればアーティストも普通の人間です。
「チェスター・ベニントンや彼が経験した苦悩を見れば、スーパースターであるかどうかは関係ないんだ。みんな毎日を過ごして、学んで、お互いのために頑張るしかない。僕たちは、他の人たちと同じように、人生や家族、子供、浮き沈み、不安、長所、短所を持った普通の人間だ。僕は少し前に、なぜ怒りの音楽に惹かれるのかに気づいたんだ。他の多くの人と同じように、僕も自分の怒りのための健全なはけ口を持っていなかったから。実際、僕はそれを “許容できる” 方法で表現する方法をまったく知らなかったけど、ヘヴィー・ミュージックは、他の何にもできないときに、その感情を表現する場所を与えてくれたんだ。
今日、僕は18歳ではなく34歳で、自分の怒りのすべてを理解しているわけではないけど、音楽を作るときに表現することを求める感情はそれだけではないし、それはこのバンドのメンバー全員にも当てはまる。そう、怒る理由はたくさんあって、その感情はこの作品に表現されているけれど、もっと複雑な感情もここにあるんだ」
Sam はファンから受けるフィードバックをあまり気にかけてはいません。ARCHITECTS 初期の作品を特徴づけていた破砕的なヘヴィネスが失われたことを嘆く否定的なコメントなどを軽く笑い飛ばし、気にしない。メイクアップのことも、そこまで大した問題ではありません。唯一、本当に気になるのは、バンドが Tom と一緒にいたときとは違うという不満を持つ人たち。そこに Sam は恐怖や嫌悪感を感じています。
「最近はファンの声が大きい。インスタや Twitter を得て皆が突然、音楽評論家になった。だからどうでもいいんだ。良いものも悪いものも読まないよ。ただ若者の作品がその声に影響されるのは嫌だ。音楽を出すだけで怒られるのは辛いからね。
バンドにいるから、楽な人生だろうと思われているような気がする。でもね。毎日、毎秒、Tom のことを考えているんだ。ARCHITECTS という言葉を聞けば、彼のことを考えずにはいられない。Tom ならこれを恥じるだろう、Tom ならこのレコードを嫌うだろう、Tom ならこうしただろう、Tom の遺産に泥を塗るな、と言う人をたくさん見てきた。だけど、オマエは Tom の何を知っているんだ? 名前を口にするのもおこがましいって言いたいよ。
Tom はメインソングライターで、今はみんなが ARCHITECTS でソングライターとしてのあり方を学んでいる。僕たちはこの作品を作るために一生懸命働いてきた。”Tom なしではもう無理だ” と言う方がよっぽど簡単だっただろう。もうこれ以上できない。Tom の真似はできないよってね。つまり、僕たちは親友の音楽をパクってるわけじゃないんだ。後任のギタリスト Josh Middleton に Tom のようなリフを書いてくれなんて頼めないよ。それがどれだけ侮辱的なことかわかる?」
そうして Sam は “大丈夫じゃなくても大丈夫” の件に戻ります。
「SNS のヤツらは、今の僕らが気に入らないからと言って、僕の人生の中で最もトラウマになった瞬間を持ち出してもいいと思っているんだ。そのことで何度も泣いたし、何度も傷ついた。人がこんなに卑屈になれるなんて信じられない。そんなこと言うヤツは狂ってるよ。”大丈夫じゃなくても大丈夫” なんて言われるのは腹立たしいよ。だから、僕たちはお互いに話し方に気をつける必要があるんだよ。Tom がいた頃と比べられるのが僕は恐ろしいから。
新しい ARCHITECTS を好きになれとは言わない。音楽は完全に主観的なものだから。多くのファンは、僕のビートルズの “Revolver” のB面が最高だという話は聞きたくないと思うんだ。わかるよ。嫌いなら嫌いでいい。ただ、そこで僕を侮辱したり、僕のベストメイトを持ち出したりする必要はないんだよ」
“the classic symptoms of a broken spirit” を聴いていると、すべての挫折した感情の結び目が大きく書き込まれています。Sam が言うように、これは共有されることを意図したものでもあり、平易な言葉はそれを聞いて感じる必要のある人々に届く方法として使われているのです。そうして Sam は、自分のバンドがカタルシスの源となり、人々が暗闇の中に光を見出すことができるようにと願っているのです。
「ライヴでは、水曜日の夜を金曜日の夜に変えたいんだ (笑)。現代社会のストレスを忘れて欲しい。音楽は、人々にとって逃避の場だから。大きなトラウマになるような体験をしても、僕たちの音楽を楽しみに来て、トラウマをその時だけは忘れられる。
君がお金をかけて僕たちに会いに来てくれる時、僕たちは君のためにショーを行っているんだよ。君のお金は、僕たちのパフォーマンスという形で君に還元され、君を世の中のストレスから解放するということを知ってほしいんだ。
今の僕たちはオルタナティヴ・アリーナ・メタルだよ。よくわからないけど。つまるところ、僕たちはただのロックンロール・バンドなんだ」
最近の曲は実際にそうしたステージのために作られたもの。Sam は “Animals” をライブで演奏するときの興奮を、”大勢の人が巨大でシンプルなリフに押しつぶされる” という言葉で表現します。そして、疑うことを知らない BIFFY ファンは、英国で最も優れたメタル・バンドのひとつに初めて遭遇するのです。
「”これは一体何なんだ?”と思ってくれる人がいるといいんだけどね。面白くなりそうだ。楽しみだよ。僕はいつも打ち負かすことを楽しんでいる。観客の中にいる誰かを見て、激怒しているその一人に集中して、考えを変えようとする…そのチャレンジが好きなんだ」
何より今、Sam Carter は幸せです。彼は人生に満足し、自分のバンドの新しいアルバムに喜びを感じ、ようやく友人たちとツアーに出られるという見通しも立ちました。今の彼は自分自身をきちんとケアしていて、以前との違いを目の当たりにしているところです。そして、アルバムに収録されている音楽と同じくらい Sam の人生は、彼が人々と共有し、絆を深めたいと考えているものなのです。
「これが僕の人生だなんて、信じられないよ。”信じられない”! みんなにそれが伝わればいいな。それは、とても大切なこと。まるで、誰かが僕の口の中に LSD を入れたみたいだ」
壊れた精神?建築家はそれをリフォームする方法を知っています。
NME:Architects: “We’re not afraid to try new things, and I don’t think anybody should be