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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【MAWIZA : ÜL】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH AWKA OF MAWIZA !!

“Our Song Wingkawnoamestá Is Based On The Dance Of The Wemul (Deer). It Has a Syncopated Rhythm Because This Animal Has The Wisdom To Confuse Its Predators, It Even Makes a False Step.”

DISC REVIEW “ÜL”

「僕たちはヘヴィ・メタルやロックの自由の叫びから、大きな力とエネルギーを見出したんだ。これは偶然ではないと感じているよ。自然とその精霊はメタルの力に気づいている。マプチェの知識では、マプ(土地)は最も身近なエネルギーを使うと言われている。MAWIZA は土地に仕える者だからね」
チリ・アルゼンチンに暮らす先住民、マプチェ族。マプは土地、チェは人を意味し、文字通り自らの生まれ育った土地を守りながら生きる人々。インカ帝国にも、スペインにも屈することなく独立を貫き続けた誇り高きマプチェの民は、その土地の自然とスピリチュアリティを何よりも大切にしています。そしてその自然や精霊から得られる大きな力、エンパワーメントがメタルとシンクロすることに MAWIZA は気づいたのです。自由の叫びと共に。
「僕たちの言語、マプズグン(土地の言語)は、19世紀末に抑圧されたため、現在復活の過程にあるんだ。マプズグンでフルアルバムをリリースすることは、それ自体がマプチェ復興のための活動であり、僕たちから奪われた場所を取り戻す行為でもある。
僕たちは、先住民の視点から現代の楽器を使用し、メタルを通じてこの活動を実践することで、エンパワーメント、力を得ている。それが、このアルバムで表現しようとしたものなんだ。
僕たちはマプチェの論理に基づいて音楽を構成しているから、自然、鳥、動物のリズム、海洋のパターンを模倣した音が聴こえるだろうね」
19世紀末、”アラウカニア制圧作戦” でスペインから独立したチリ政府に併合されたマプチェ族。以降彼らは、ピノチェトや国軍、大企業、もしくはヨーロッパから移住したチリのエリートから差別や迫害を受け、抑圧され、共に生き育てた自然を奪われていきました。マプズグンという彼らの言葉さえも奪われてしまいました。
いつの世も、植民者、征服者にとって先住民とは “なかったこと” にしたい存在です。それでも、マプチェとメタルには並外れた回復力、反発力、レジリエンスが宿っていました。MAWIZA はマプチェの言葉で歌い、マプチェのメタルを奏でることで、民族の復興を願っているのです。
「マプチェのリズムは先祖から受け継がれたもの。僕たちは、こうしたダンスを動物、風、海から学んだんだ。それはマプチェの民のコミュニティによって異なるんだよ。例えば、僕たちの曲 “Wingkawnoamestá” は、ウェムル(鹿)のダンスを基にしている。鹿は捕食者を混乱させる知恵を持ち、偽のステップを踏むため、シンコペーションのリズムが特徴となっているよ。実際、自然はメタルだよ」
そう自然はメタル。マプチェ復興の強い意志が込められた MAWIZA の最新作 “ÜL” には、雷のような轟音、風や海と地を揺るがすグルーヴ、情熱の炎と先祖から受け継いだ知恵とスピリチュアリティが織り込まれています。”ÜL” の詠唱はまさに土地の声。”Wingkawnoam” はインダストリアルで現代的なビートで進行しますが、その音はマプチェの儀式用ドラム “Kultxung” で叩き出されています。 Kultxung は神聖な楽器。シャーマンがこのドラムを叩くとき、彼らは空のエネルギーを受け取り、それを大地に伝えると言われています。
そうして彼らはシャーマンの言葉、先祖の夢託により、鹿のステップをプログレッシブなリズムに落とし込みました。自然の力である鹿を自らに見立て、植民者たちの目を撹乱するために。そう、マプチェの土地は今でも自然との共存とは程遠い開発業者の侵食に脅かされています。それでも、MAWIZA は先祖や長老から受け継いだ知恵、そして自然とメタルのエンパワーメントで力強い抵抗を続けていきます。彼らが紡ぐのは、血に飢えた征服者の目ではなく、土地と生きる先住民の目から見た歴史。
今回弊誌では、ボーカリスト Awka にインタビューを行うことができました。「MAWIZA とは “山” を意味する。現在僕たちが住むピクン・マプ(北部の土地)では、アンデス山脈が圧倒的な規模で広がっていてね。毎日、太陽がアンデスの背後から昇る光景は息をのむほど美しいものだ。冬には雪に覆われ、時にはピューマが山から下りてくる。森と山は多くの命が交わる場所。そこでは水、滝、多様な樹種、薬草、動物が共存しているんだよ」GOJIRA の Joe Duplantier もゲスト参加。どうぞ!!

MAWIZA “ÜL” : 10/10

INTERVIEW WITH AWKA

Q1: First, can you tell us what kind of music you grew up listening to?

【AWKA】: Mari mari! rume mañum tüfachi ngütxam mew. (Hello! thank you for this interview)
I grew up listening to very diverse music. At home, with my grandparents, there was always Latin American music.
From my uncles I discovered rock and metal. They even played drums and guitar.
Getting to know this bold and powerful musical language was a turning point for me.
It matched perfectly with the message and sense of identity that would later shape Mawiza.

Q1: 本誌初登場です!まずは、あなたの音楽的なバックグラウンドからお話ししていただけますか?

【AWKA】: マリマリ!ルメ・マヌム・トゥファチ・ングツハム・メウ。(こんにちは!インタビューの機会をありがとう!)
僕は非常に多様な音楽を聴いて育ったんだ。祖父母と過ごす家では、常にラテン・アメリカの音楽が流れていたね。
それから、叔父たちからはロックとメタルを学んだよ。彼らはドラムやギターを演奏していたんだ。この大胆で力強い音楽言語を知ることは、僕にとって転機となったんだよ。
その音楽は、後に MAWIZA を形作るメッセージとアイデンティティの感覚と完璧に一致していたんだ。

Q2: Is metal music active in Chile? What kind of scene is forming?

【AWKA】: Metal in Chile is very active. Even though it’s a marginal style and not what usually gets promoted, there are tons of bands from all kinds of subgenres.
There’s a strong scene connected to 80s metal, and in the last 10 years a wave of modern bands has appeared, with elements of death prog, metalcore or djent.
In the context of the Mapuche Nation, the scene is divided between rap and metal.
In the eastern side of Mapuche territory, which is now Argentina, rock is more common, there are many heavy and black metal bands.
But in our side of the land, west of the Andes, what’s now Chile, rap is more present.
We actually made a song called Txükür, featuring our lamngen (Mapuche sister) MC Millaray Collio, a rapper. That’s how we unite forces between contemporary Mapuche musicians.

Q2: チリでメタルはどんな状況なんでしょう?どのようなシーンが形成されていますか?

【AWKA】: チリのメタルは非常に活発だよ。たしかにマイナーなジャンルで、通常はプロモーションされないものの、あらゆるサブジャンルから数多くのバンドが存在しているんだ。
基本は80年代のメタルに根ざした強力なシーンがあり、過去10年間でデス・プログ、メタルコア、Djent などの要素を取り入れた現代的なバンドの波が台頭しているんだ。
マプチェ民族の文脈においては、そのシーンはラップとメタルに分かれているよ。マプチェの土地の東部、現在のアルゼンチン側ではロックがより一般的で、ヘヴィ・メタルやブラックメタルのバンドが数多く存在する。
しかし、アンデス山脈以西の僕たちの土地、現在のチリ側ではラップがより浸透しているんだ。
だから僕たちは、マプチェの姉妹である MC Millaray Collio をフィーチャーした “Txükür” という曲を作ったんだ。これが現代のマプチェ音楽家たちの連携の象徴なんだ。

Q3: I heard that your metal is a song for the Mapuche people, is the band actually Mapuche people too? What is the meaning behind the band name Mawiza?

【AWKA】: Our music is extreme Mapuche music. All of us are Mapuche descendants. We have our lof (Mapuche community) where we practice our spirituality, constantly learn, and hold our ceremonies.
Mawiza means the mountain. Where we live now, in Pikun Mapu (northern territory), the Andes are incredibly huge. Every day the sun rises behind them, it’s a breathtaking image.
In winter they’re covered in snow, and sometimes pumas come down from there.
The forest and the mountain are places where many lives meet, there’s water, waterfalls, different tree species, medicine and animals.
As an Indigenous people, we learned to communicate within the mountain, inside the forest. That’s what our ancestors say.
As a Mapuche band, we want to bring a piece of our nature, of our being, to different parts of the world, to connect with the essential, with the powerful energy of nature.

Q3: MAWIZA のメタルはマプチェの人々ためのメタルだと聞きましたが、バンドのメンバーもマプチェに由来があるんですよね?また、バンド名 MAWIZA にはどんな意味が込められていますか?

【AWKA】: 僕たちの音楽はエクストリームなマプチェ音楽。全員マプチェの末裔だからね。僕たちは今でもロフ(マプチェのコミュニティ)でスピリチュアリティを鍛錬し、学び続け、儀式を執り行っているんだ。
MAWIZA とは “山” を意味する。現在僕たちが住むピクン・マプ(北部の土地)では、アンデス山脈が圧倒的な規模で広がっていてね。毎日、太陽がアンデスの背後から昇る光景は息をのむほど美しいものだ。冬には雪に覆われ、時にはピューマが山から下りてくる。
森と山は多くの命が交わる場所。そこでは水、滝、多様な樹種、薬草、動物が共存しているんだよ。
先住民として、僕たちは山の中、森の中でコミュニケーションを学んだんだ。それが先祖たちの言葉だから。
マプチェの民として、僕たちは自然の一部である僕たちの存在を世界の様々な地域に持ち込み、自然の不可欠で強力なエネルギーとつながりたいと考えているんだ。

Q4: What makes Mapuche great is that it has always defended its independence without succumbing to the rebellion of the Inca Empire or Spain, right? I feel that such resilience is in perfect harmony with the resilience that resides in metal, would you agree?

【AWKA】: Absolutely. We’ve heard that around the world, we are known for our resilience, for being one of the few peoples who never gave in to the Spanish empire.
That resistance kept our independence as a free Indigenous nation until the late 1800s.
After that came what’s called the “Pacification of Araucanía” in Chile and the “Conquest of the Desert” in Argentina, and the Mapuche Nation was stripped of its territory and autonomy.
As descendants of Mapuche who migrated to big cities, we were surrounded by foreign cultural elements. But we found great strength and energy in heavy music, the cry of freedom in rock.
We feel it’s not a coincidence. Nature and its spirits are aware of this. In Mapuche knowledge, it’s said that the mapu (land) uses the energy that’s most available to her. Mawiza serves the land.

Q4: マプチェが偉大なのは、インカ帝国やスペインの反乱に屈することなく、常に独立を守り通してきたところですよね?そうしたレジリエンス (反発力、回復力) は、メタルに宿るレジリエンスと完璧に調和していると感じますよ。

【AWKA】: 間違いなくその通りだね!世界中で、僕たちマプチェは世界中にそのレジリエンスで知られていて、スペイン帝国に屈しなかった数少ない民族の一つだと誇りを持っているんだ。その抵抗があったから、19世紀後半まで自由な先住民国家としての独立を維持できたんだからね。
その後、チリでは “アラウカニアの平定”、アルゼンチンでは “砂漠の征服” と呼ばれる動きが起き、マプチェ民族は領土と自治権を奪われてしまった。
都市部に移住した僕たちマプチェの末裔にとって、周囲は外国の文化要素に囲まれている。しかし、僕たちはヘヴィ・メタルやロックの自由の叫びから、大きな力とエネルギーを見出したんだ。
これは偶然ではないと感じているよ。自然とその精霊はメタルの力に気づいている。マプチェの知識では、マプ(土地)は最も身近なエネルギーを使うと言われている。MAWIZA は土地に仕える者だからね。

Q5: I was told that the title of the album “Üi” means “chanting. “In fact, the Mapuche must have made great sacrifices to fight the Incas and the Spanish. Are you channeling those heroic spirits in this album?

【AWKA】: You’re right. ÜL means chant. According to rakizuam (Mapuche thought), chanting is the first moment of communication between our feelings and the world around us.
Our music is full of empowerment and the will to resist. But we never forget that we’re not fighting for ourselves, we are deeply connected to the land.
We are part of nature, children of the earth and the sky, we are the forest defending itself.
Our chant is just another extension of the anger of the oceans and volcanoes.
As Mapuche, we’re sure of this, and believing it every day means being ready to resist whatever comes, whether it’s the Inca Empire, the Spanish Crown or the Chilean state. We will die fighting on our land.
The songs in ÜL try to carry all this feeling, and also invite people to connect deeply with their own territory, whether they are Indigenous or not.
Nature is above our heads and beneath our feet.

Q5: アルバムのタイトル “ÜL” とは “チャント” “聖歌、詠唱” という意味だと聞きました。
実際、マプチェはインカとスペイン、チリ政府との戦いで大きな犠牲を払ったに違いありません。このアルバムの “チャント” で、その英雄的な霊を呼び起こしているのでしょうか?

【AWKA】: その通りだよ。”ÜL” は “チャント” を意味する。
ラキズアム(マプチェの思想)によると、歌は僕たちの感情と周囲の世界との最初のコミュニケーションの瞬間なんだ。
僕たちの音楽は力強さと抵抗の意志に満ちている。だけど僕たちは決して自分たちのために戦っているわけではないことを忘れないよ。僕たちは土地と深くつながっている。僕たちは自然の一部であり、大地と空の子であり、森が己を守るために遣わされた存在だ。 だから僕たちの歌は、海の怒りと火山の大地への怒りの延長に過ぎないんだよ。
マプチェとして、僕たちはこの理を確信していて、毎日それを信じることは、インカ帝国、スペイン王国、チリ政府のいずれが来ようとも抵抗する準備を整えることにつながるんだ。僕たちは自分たちの土地で戦いながら死んでいくだろう。
“ÜL” の曲は、こうした感情を伝え、また、先住民であろうとなかろうと、人々が自身の土地と深くつながるよう促しているんだ。
自然は僕たちの頭上にあり、足元にある。

Q6: In fact, does oppression and discrimination against the Mapuche people still exist today? Does the album also contain a force against it?

【AWKA】: Yes, it still exists. Our language, Mapuzugun (the language of the land), is being revitalized because it was silenced in the late 1800s.
Releasing a full album in Mapuzugun is, in itself, an act of Mapuche activism, of reclaiming the spaces that were taken from us.
We feel empowered doing this through metal, using modern instruments from an Indigenous perspective.
That’s what we tried to express in these 9 new songs.
We conceived the music based on Mapuche logic, that’s why you’ll hear sounds that imitate nature, birds, animal rhythms, ocean patterns.

Q6: 実際、マプチェ民族に対する抑圧と差別は現在も存在しているのでしょうか?

【AWKA】: そうだね、今も存在しているよ。僕たちの言語、マプズグン(土地の言語)は、19世紀末に抑圧されたため、現在復活の過程にあるんだ。
マプズグンでフルアルバムをリリースすることは、それ自体がマプチェ復興のための活動であり、僕たちから奪われた場所を取り戻す行為でもある。
僕たちは、先住民の視点から現代の楽器を使用し、メタルを通じてこの活動を実践することで、エンパワーメント、力を得ている。それが、この9曲の新曲で表現しようとしたものなんだ。
僕たちはマプチェの論理に基づいて音楽を構成しているから、自然、鳥、動物のリズム、海洋のパターンを模倣した音が聴こえるだろうね。

Q7: “ÜL” is great in its philosophy and, of course, in its music!In fact, it felt like a modern update of the great metal era of the 90’s with black metal, groove metal, nu-metal, and industrial, would you agree?

【AWKA】: Our influences in rock and metal are super varied. We love 90s metal like Sepultura. But also black metal and its origins in those dense European forests.
It wasn’t really planned to make this kind of metal in Mawiza, it just came naturally.
We don’t try to stick to any subgenre. We stay true to what each song needs.
And of course, when writing songs with a traditional Mapuche logic, ancestral rhythms appear, and they bring a lot of groove.
To mix ÜL, we used the latest Periphery album as a big reference, we loved the sound they got.
We wanted that crystal-clear sound, mixed with an incredible burst of power.

Q7: “ÜL” は哲学的にも、もちろん音楽的にも素晴らしい作品ですね!
実際、これは90年代のメタルを現代的に再解釈したような、ブラックメタル、グルーヴ・メタル、Nu-metal、インダストリアルにマプチェの響きを融合させた作品だと感じます。

【AWKA】: 僕たちのロックとメタルの影響は多岐にわたる。90年代のメタル、例えば SEPULTURA のようなバンドが大好きだよ。でも同時に、ヨーロッパの深い森に起源を持つブラックメタルも愛している。
MAWIZA でこうしたメタルを作ることは計画ではなかったんだ。自然に生まれたものだった。僕たちは特定のサブジャンルに固執していない。各曲が必要とする要素に忠実なだけなんだ。そしてもちろん、伝統的なマプチェの論理で曲を書く際、先祖代々のリズムが現れ、多くのグルーヴをもたらしてくれる。
実は “ÜL” をミックスする際、僕たちは PERIPHERY の最新アルバムを大きな参考にしたんだ。彼らのサウンドが大好きだからね。僕たちは、あのクリスタル・クリアなサウンドと、信じられないほどのパワーの爆発を組み合わせたかったんだ。

Q8: Above all, the album beautifully combines Mapuche folk music with metal! What are the characteristics of Mapuche music and how did you combine them with metal?

【AWKA】: Mapuche rhythms are inherited from our ancestors. They say we learned these dances from animals, the wind, and the sea.
It depends on each community across the Mapuche Nation.
For example, our song Wingkawnoamestá is based on the dance of the wemul (deer).
It has a syncopated rhythm because this animal has the wisdom to confuse its predators, it even makes a false step.
Nature is metal. The energy of volcanoes, of lightning, it’s overwhelming.
The sound of thunder is something we try to recreate in many ceremonies.
We know that newen (force) is needed to live in küme mongen (good balance).
The spirits of our ancestors, and nature itself, often demand that kind of strength.
We are people who understand how necessary great forces are, that’s why metal fits so well with our way of thinking.

Q8: 実際、このアルバムはマプチェの民族音楽を世界に知らしめるものにもなりました。マプチェ音楽の特徴と、どのようにメタルと融合させたのかを教えていただけますか?

【AWKA】: マプチェのリズムは先祖から受け継がれたもの。僕たちは、こうしたダンスを動物、風、海から学んだんだ。それはマプチェの民のコミュニティによって異なるんだよ。例えば、僕たちの曲 “Wingkawnoamestá” は、ウェムル(鹿)のダンスを基にしている。鹿は捕食者を混乱させる知恵を持ち、偽のステップを踏むため、シンコペーションのリズムが特徴となっているよ。
実際、自然はメタルだよ。火山や雷のエネルギーは圧倒的。雷の音は、僕らが多くの儀式で再現しようとしているものなんだ
僕たちは、クメ・モンゲン(良いバランス)で生きるためにはニューエン(力)が必要だと知っている。先祖の霊や自然そのものが、そのような力を求めることがある。
僕たちは、大きな力がどれだけ必要かを理解する民だ。だからこそ、メタルは僕たちの思考方式にぴったり合うのだろうな。

FIVE ALBUMS THAT CHANGED AWKA’S LIFE!!

Beatriz Pichi Malen

Sepultura “Roots”

Metallica “Ride the Lightning”

Cardiacs “Sing to God”

Gojira “The Way of All Flesh”

And lots of Mapuche music from our ceremonies.

MESSAGE FOR JAPAN

We are die-hard fans of Studio Ghibli. We are deeply moved by the way they use art to express the need to care for nature and the power of its spirits.
We believe that Japanese and Mapuche cultures are very similar, both are rich in respect, diplomacy, family lineages, and a deep bond with the forest.
It would be an honor for us to one day travel to Japan or create music for an anime.
To the people of Japan, we want to say thank you for this space and for reading our zuam (intention). Despite the distance, newen (spiritual energy) exists, and it is very similar. Txürngey tayu newen! (May our energies be united!)

僕たちはスタジオ・ジブリの熱狂的なファンなんだ。彼らがアートを通じて自然への配慮の必要性と、その精霊の力を表現する手法に深く感動しているよ。
僕たちは、日本とマプチェの文化は非常に似ていると信じていてね。どちらも 尊重、関係、家族系譜、そして森との深い絆に富んでいるからね。
いつか日本を訪れるか、アニメのための音楽を制作する機会を得られるとしたら、僕たちにとって大きな栄誉だよ!
日本のみんな、僕たちのズアム(意図)を読んでくれてありがとう!距離はあっても、ニューエン(霊的なエネルギー)は存在し、つながっている。 ツゥルンゲイ・タユ・ニューエン! (僕たちのエネルギーが一つになりますように!)

AWKA

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SEASON OF MIST

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DROWN IN SULPHUR : VEANGENCE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH DROWN IN SULPHUR!!

“We Would Like To Make Concerns What Happened After Lorna Shore’s Explosion. They Have Created a Trend That Is Followed In a Schematic Way By Many Deathcore Bands And We Find It Quite Monotonous.”

DISC REVIEW “VENGEANCE”

「LORNA SHORE の初期の作品は、少しクラシックなデスコアで、もちろんそれからのシンフォニックな進化も両方高く評価しているんだよ。ただ、彼らの爆発的な人気の後に起こったことに対して唯一コメントしておきたいのは、彼らは、多くのデスコア・バンドが図式的に、システマティックに追随するトレンドを作り出してしまったよね。僕たちはそれが非常に単調だと感じている。それが気がかりなんだ」
シーンに巨大なバンドが出現すると、それに追従する数多のフォロワーが出現する。それは黎明期から続く “ロックの法則” であり、飽和と定型化、そして衰退がひとつのライフ・サイクルとしていくつものジャンルを隆盛させ、また没落させてきました。そして現在、デスコアの巨人といえば LORNA SHORE でしょう。
「僕たちは常にオリジナリティのあるものをファンに提供し、僕らに気づいてくれた人たち、そしてデスコア/メタルコア・シーン全体に対して DROWN IN SULPHUR を認識させ、差別化したいと考えているんだ。そのために、作曲や作曲方法において、より多くのジャンルから影響を受けることを恐れないんだよ」
イタリアの DROWN IN SULPHUR は素直に LORNA SHORE をリスペクトしつつも、決して彼らの足跡を追おうとはしていません。なぜなら、そうした “セルアウトの方程式” がいつしかシーンを衰退に導く諸刃の剣だと知っているから。だからこそ、彼らはオリジナリティあふれる自らのデスコア道を歩んでいきます。
「僕たちは皆、ブラックメタルからクラシック・デスコア、ハードコア、ニュースクール・メタルコア、オールドスクール・デスメタル、そしてプログレまで、全く異なる嗜好を持っているんだ!もちろん、ロックやメタルの偉大な古典を愛する共通項もあるしね」
DROWN IN SULPHUR のデスコアはむしろ WHITECHAPEL の哲学に近い。そんな感想を抱くほど彼らの音楽は多様で、実験的で、それでいて非常に “聴きやすい” キャッチーさを多分に備えています。LORNA SHORE のように荘厳なる痛みをアルバム全体で醸し出すよりも、リッチで目まぐるしい展開を選んだともいえます。
クラシックなデスコアやデスメタルの重量感とテンポ・チェンジ、PANTERA のグルーヴやソロイズム、ハードコアのエナジーや衝動、ブラックメタルの暗がりやスピード、そして時に補充されるシンフォニーや民族音楽の響き、プログレッシブな構成美。特筆すべきは、”Scalet Rain” で見せるような悲痛なクリーン・ボーカルでさえ、”Vengeance” というアルバムにはわずかな違和感さえなく完璧にハマっている点でしょう。
まさにアートとしてのデスコア。憤怒と毒を含んだミケランジェロ。ヘヴィネス、スピード、ブレイクダウン、アトモスフィア、そしてメロディが黄金比で織り込まれたデスコアのダビデ像は、”Vengeance” でジャンルと音楽業界の不条理に中指を立てながら、一方では深い知性と実験性を備えたその美しき構成と展開の妙でジャンルの未来を切り開いていくのです。
今回弊誌では、DROWN IN SULPHUR にインタビューを行うことができました。「シンプルに僕たちは、パワー・メタルのようなジャンルに特に興味を持ったことはないんだ。メタルの真髄は、検閲や圧力なしに多くの創造性を発揮する余地を残したエクストリームなサブジャンルにあると信じているからね」 常軌を逸した演奏の巧さ、ギターソロののドラマ性、そして複雑な構築美。DREAM THEATER を影響元に挙げているのも頷けますね。どうぞ!!

DROWN IN SULPHUR “VEANGENCE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SLEEP PARALYSIS : SLEEP PARALYSIS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STEPHEN KNAPP OF SLEEP PARALYSIS !!

“I Really Like Using The Pianos Percussiveness, It Can Add a Lot To The Rhythm Section In Different Ways While Also Providing Harmony And Accents, Plus Slamming Loud Dissonant Chords Sounds Sick As Fuck Over Blast Beats.”

DISC REVIEW “SLEEP PARALYSIS”

「ピアノのパーカッシブさを使うのがとても好きなんだ。ハーモニーやアクセントを提供しながら、リズム・セクションにさまざまな形で多くのものを加えることができるし、ブラスト・ビートの上で大音量の不協和音を叩きつけると、最高に気持ち悪いサウンドになる。 ピアノは曲の緊張感を高めるのにとても効果的だし、クラスターコードはサウンドに違う色を加えるのに遊んでいていつも楽しい」
メタルにおいてピアノの響きは過去のものになりかけています。キーボードにしても場所をとりますし、ギターの可能性が広がるのと比例して、ピアノの出番はどんどん少なくなっていきました。しかし、本当にメタルからピアノは消え去るのでしょうか?ピアノの打楽器的な力強さ、一方で両の手で組み立てる繊細さと旋律の妙はやはり唯一無二のものでしょう。SLEEP PARALYSIS をひとりでとりしきる Stephen Knapp はそんなピアノの可能性をブラックメタルで再度呼び起こします。
「MIDIですべてを書き込んで、どんな音がするかすぐに調整できる汎用性が気に入っている。それに、自分の思い通りのサウンドにするために、必要に応じてダイナミクスを調整できるのも魅力だ。メタル・コミュニティでは、楽器をプログラミングすること(特にドラム)は簡単な方法だという汚名があるように思う。とはいえ、実際にドラムやピアノを演奏してレコーディングするのと同じくらい難しいとは言わない。最終的には、自分のビジョンを完全に実現し、目指すヴァイブを達成するためのツールでしかないからね」
面白いことに、Stephen はピアノが弾けるにもかかわらず弾いていません。すべてをプログラミングで入力しています。なぜなら、彼には思い描いた音楽の確固たるビジョンが存在するから。NEURAL GLITCH もそうですが、若い世代のアーティストにとってはプログラミングもまた楽器のひとつ。自らの理想を実現するためには、むしろ “入力” という正確な手段の方が彼らにとっては必要だったのです。
「大学時代、睡眠時間がめちゃくちゃで、慢性的な睡眠不足に陥っていたとき、よく金縛りになったんだ。 このアルバムのために最初に書いた “Sleep Paralysis” という曲は、僕が初めて金縛りになったときのことを音楽的に解釈したもので、どこにでもいるような金縛りの影鬼が僕の上に乗っていた」
そんな Stephen がブラック・ピアノ・メタルの実験場に選んだテーマが “金縛り” でした。実際、この悪夢のようなオデッセイの上演にこの主題は完璧でしょう。陰湿に渦巻く不協和音。恐ろしいほどスリリングな混沌。聖歌隊に狂気のラグタイム、ホラー映画、任天堂の怪奇ゲームに重なるドゥビッシーやラベル、ショパンのファンタズマゴリア。不吉で威圧的で猛烈に突き進むこの悪夢の錯乱状態に、ピアノのアタックやサスティナーはあまりにも完璧にフィットしています。
そう、このアルバムはリスナーを恐怖と不安で冷や汗の渦に引き入れ、PTSD ストックホルム症候群の湧き上がる疑念が押し寄せる中、それでももう一度アルバムの再生ボタンを押させる日本の怪談のような不気味な中毒性を宿すのです。
今回弊誌では Stephen Knapp にインタビューを行うことができました。「ピアノは、メロディー、ハーモニー、リズム、テクスチャーなど、通常のメタルでは見られないようなものを加えることができるので、超万能なんだ。WRECHE のファンになってしばらく経つし、DEATHSPELL OMEGA の曲のピアノ・カバーをいくつか見ていたから、ピアノ中心のブラックメタルがうまくいくことはわかっていた」 どうぞ!!

SLEEP PARALYSIS “S.T.” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【DEAFHEAVEN : LONELY PEOPLE WITH POWER】


COVER STORY : DEAFHEAVEN “LONELY PEOPLE WITH POWER”

“If Power Is Influence, We Have a Responsibility To Be As Understanding, Empathetic And Knowledgeable As Possible”

LONELY PEOPLE WITH POWER

第二次世界大戦の冷酷と殺戮の後、アメリカの心理学者グスタフ・ギルバートは悪の本質について何年も考え続けました。そして1947年に出版された “ニュルンベルク日記” の中で、生き残ったナチスの指導者たちとのインタビューについて書いた彼は、悪の本質を見つけたと信じていました。 悪、すなわち戦犯たちを結びつける一つの特徴は、弱者や少数派の苦境に関わることができない、あるいは関わろうとしないことであると。悪とはつまり、共感の欠如であったのです。
「国民が戦争したがるように仕向けるのは簡単。国の危機を宣伝し、平和主義者を非難すればいいだけ。これはどんな体制でも同じ」
80年後、グスタフの教訓は忘れ去られようとしています。世界中のポピュリスト政治家たちが、再び人間の自己中心性を食い物にしているから。 弱者蔑視と外国人憎悪を武器に足場を固め、富裕で影響力のあるオリガルヒに屈服し、自分たちの今でも計り知れない富がさらに膨れ上がるのであれば、喜んで工作に協力する。
「西洋文明の根本的な弱点は共感であり、共感搾取である」と、世界一の大富豪イーロン・マスクは最近CNNで説き、非正規移民に基本的な医療を提供することが、公的資金配分の誤りだと主張しました。 マスクは弱者や少数派への共感を西洋文明の “バグ” だとして、そこから犠牲を強いられる “集団” を救うとさながら英雄のように強弁したのです。非常に怖い話です。
George Clarke は、DEAFHEAVEN の素晴らしき6枚目のアルバム “Lonely People With Power” で、西洋社会の右傾化について特に語っているわけではありません。 実際、常に冷静で知的なこのフロントマンは、アルバムに込められたアイデアを解き明かす際、政治的な対立をむしろ避けようとしています。しかし、マクロ的なレベルでは、個人的な出世や富のために共同体を捨てるというコンセプトは、まさにこの暗い現代に対するアンチテーゼといえるでしょう。
「私は万能で慈悲深い世界の創造主など信じていない。このレコードに関連して “力” について語るとき、私は本当に影響力について話しているんだ。 視点を形作る力、世界観を形作る力、それに伴う責任についてだ。 彼らのような富と影響力を手に入れるためには、周囲のものを手放すことが必要なんだよ。彼らは孤独な目的を追い求めている。それは、隣の人の幸福など気にも留めないほど圧倒的なシニシズムと虚無感がなければ達成できないものだから。”孤独” は時に無知やナルシシズムや精神の空虚さの代用品となる。そうやって、共感を捨てて得た冨や影響力は、逆に精神的な空虚さを表している」

ウィリアム・ランドルフ・ハーストは1951年8月14日に亡くなりました。DEAFHEAVEN の本拠地サンフランシスコで生まれたこの新聞王は、米国のセンセーショナルなタブロイド紙の先頭に立ち、1900年代を通じてニューヨーク州知事選、ニューヨーク市長選、合衆国大統領選に出馬して落選しました。当初は進歩的な政治を支持していたハーストでしたが、20世紀に入ると保守的で孤立主義的な政策を採用。1930年代には、ナチス・ドイツを声高に支持した人物です。
多くの点で、ウィリアム・ランドルフ・ハーストは George の語る典型的な孤独な権力者だといえました。
「ハーストのメディアの巨人としての時代は、今日私たちが目にしている多くのことの先駆けのように感じられる。ああした人たちは常に熾烈で、嘘をつくことも誇張することも厭わず、道徳的な境界線というものをまったく理解していない。ハーストの人間関係は、刹那的で執着的な傾向があったにもかかわらず、決して人間的ではなかった。ハーストは、人間や、世界が動くより大きなメカニズムにまったく関心がなく、非常に利己的だった。それは奇妙な二律背反だった。支配欲を満たすためには、寛大さもヒューマニズムもなく、他人を蹴落とし周囲の世界から皮肉なまでに切り離される必要があるんだよ。
コミュニティーの欠如、自己孤立、自己保存、利己的な動機はすべて、人が支配力を集め、権力を獲得するために必要なもので、単にその権力が他よりも価値があると見なすために必要なものだ。 政治や産業界ではよく見られることだ」
サイコパスと呼ばれようが、ソシオパスと呼ばれようが支配欲が満たされれば関係ないのでしょう。
「最も多くの富を蓄え、最も多くの人々を支配するためには、反コミュニティである必要がある。普通の人なら困惑するだろう。10億ドルを与えられて、それで何をしたいかと聞かれても、僕にはわからない。率直に言って、そのような目標を追い求めるなら、仲間とつながる時間はなくなってしまう。だから莫大な物質的なものを追い求めることに、共感する余地はないんだ」

ソーシャルメディアは、ハーストの新聞全盛期以来、金と影響力の最も明白な混同を生み出しました。DEAFHEAVEN でさえ、その引力から逃れることはできません。彼らは1月27日のアルバム発表から3月28日のリリースまでの間に、ミュート・ウィドウズが監督した各曲の一連のショート・クリップを公開。それは最終的に包括的な物語に結びついていて、アルバムの前後の素晴らしさをより明確に描き出しています。
芸術的な深みを加えながらリスナーに届くという点でその手法は優れていて、フェイスブックやインスタグラム、XやTikTokの否定的な側面とは対極にあるようにも思えます。George は、SNS の隆盛で名声と富を求めるキッズたちのゴールポストが変わったと見ています。
「セレブ文化は常に存在し、華やかさはその性質上魅力的だ。しかし、以前は成功しないかもしれないと思いながら多くの犠牲を払わなければならなかったもの、今はコメントや “いいね!”、そしてマネタイズによって “成功” の度合いが小さくなっている。かつては一部の人にとっての大きな夢であったことが、ビジネスになってしまったんだ」
しかし、陰湿なアルゴリズム、ねじ曲がったデジタル・リアリティ、死んだような目をしたSNSのオーナーたちは、結局はかつての新聞王以上にその支配力を際限なく拡大させています。
「前例のない瞬間を生きていると思うか?と聞かれることがある。私はそうは思わない。メディアが存在する限り、人々はそれを形作ることに憧れてきた。しかし、テクノロジーがそれを変えたのは確かだ。ソーシャルメディアには即効性があり、中毒性がある。即効性があり、すべてを飲み込むように感じられ、負の感情を強調しようとする勢力がある。常に恐怖を煽り、悪いニュースの嵐だ。人々はリラックスすることを許されない」
そうして、テクノロジー業界の億万長者たちが、アメリカ大統領就任式で選挙で選ばれた人たちが座るはずの最前列の席を占拠しているのです。
「私は歴史家ではない。でも、ちょっと馬鹿にされているような気がしないでもない。これって、製薬会社のCEOが薬物中毒のジャンキーたちの部屋に入り込むようなものだと思っている。この時点で、彼らは笑っているだけだ。まあ終わったことは終わったことだ。彼らの影響力はあまりに強く、人々はその中で迷い込んでしまう」

デビューから15年、DEAFHEAVEN は “Sunbather” のように再び自分たちを定義できるようなアルバムを作る必要性を感じていました。そうして伝説的なメタル・レーベル、ロードランナーとのレコード契約を受け、新たなスタートを切ったのです。KNOCKED LOOSE や INTERPOL など様々なアーティストと共演し、自分たちを証明してくれる潜在的な新しいファンの川は深く流れていました。
「”Infinite Granite” が楽しくて必要なアルバムであり、私たちがあのアルバムを誇りに思っているのと同じくらい、私たちのヘヴィ・ミュージックへの愛に再び火をつけたのは、あの作品の曲をツアーする過程だった。 長い間、あのメロウな音楽を演奏していたから、もっとヘヴィな曲を演奏したかったんだ。 それに、”Sunbather” のアニバーサリー・ライヴをやる機会もあったし、KNOCKED LOOSE とのツアーも楽しかった。 速くてハードな演奏をするという精神が復活したんだ。 特に Kerry にとっては、これが自分の好きな音楽なんだという個人的な気づきにつながった。 彼は、このレコードがまだ DEAFHEAVEN らしいものであるという条件付きで、スピードと重厚さを取り戻すという真のビジョンを持っていた。 一つの方向には向かっていないんだ」
“Lonley People With Power” の野心的なアプローチについて、George はこう説明しています。
「DEAFHEAVEN はバンドとして十分な年月が経っているので、自分たちが以前に何をしてきたかを参考にすることができる。今までのアルバムや一緒に経験したことを通して、このバンドが一体何なのかを消化し始めることができる。それを抽出しようと試みることさえできる… このバンドのDNAには、ちょっとした貧乏根性が埋め込まれていると思う。 私たちは2人とも、一生懸命やっても誰も気に留めないようなバンドに何年も在籍していた。 だからこのバンドのDNAに深く刻み込まれているのは、オーバーワークなんだ。すべてが完璧だと感じられない限り、十分な働きはできない。私たちは泡銭、家のお金で遊んでいるようなもので、本当はここにいるべきでないようなもの。だから、それを最大限に活用しないのは、宇宙に対して失礼なことだと思う」

かつてポーザーと呼ばれていたのが馬鹿らしいほど、彼らはもはやメタルを代表する存在となりました。
「何年もの間、みんなが DEAFHEAVEN を “ポーザー “と呼びたがっていたのに、今ではその話題もなくなってしまった。我々のバンドを支持する人も嫌いな人も、それが退屈な会話だということに同意して握手していると思う。 DEAFHEAVEN のことを嫌っている人たちでさえ、”ああ、クールだ、新譜が出たんだ” と思えるくらい、私たちは長く活動してきた。
メタルがここ数年、大きな盛り上がりを見せていることが救いだ。 多くの素晴らしいバンドが誰でも簡単にアクセスでき、ツアーを行い、常に素晴らしいショーを行っている。 私たちは皆、その方がいいと思う」
NINE INCH NAILS, St. Vincent, THE MARS VOLTAといったアーティストを手がけるベテラン・プロデューサー、ジャスティン・メルダル=ジョンセンは、”Infinite Granite” に参加して、そのアルバムのソフトなエッジに驚かされました。そして今回、彼は期待をさらに上回る驚きを “Lonely People With Power” に感じました。
「初めて彼に “Revelator” を聴かせたときのことを覚えているよ。彼は、”ワオ、これは私が期待していたヘヴィネスを満たしているだけでなく、それをはるかに超えている… “という感じだった。
それは、私たちが以前やっていたやり方を引き継いだものだ。 そう、”Magnolia” は音楽的にかなり攻撃的だ。そして、このアルバム全体を通して、似たようなサウンドの部分がある。 確かに “Lonely People With Power” には獰猛さがあるが、DEAFHEAVEN は常にエモーショナルな核を維持し、物事を特異なレンズを通して見ないことを目指してきた。 その意味で、このアルバムの多くは、赦すこと、あるいは自分自身を含む権力の力学を認識することをテーマにしている。 そう、怒りがある。 しかし、決意、許し、認識もある。 そして、それらは均整のとれた音のパレットで表現されている」

激烈な “Magnolia” の後、セカンド・シングル “Heathen” は、彼らのアヴァンギャルドでポスト・メタル的な傾向を再び紹介するための意識的な努力のように感じられます。
同時に、事実上のオープニング曲 “Doberman”, 前述の “Revelator”、そして変幻自在の叙事詩 “Winona” で、George が2013年の名作 “Sunbather” の流れを汲む痛快なブラストビート・ブラックメタルに回帰していることも否定できないでしょう。
実際、”Sunbather” のジャケットであえてピンク色を使い、メタル全体に衝撃を与えたことから、前作 “Infinite Granite” ではメタルをほぼ完全に排除したことまで、あらゆる決断がバンドをこの瞬間へと導いたように感じらます。 ブラックメタルはその本質的な暗さにもかかわらず、多くの新しいリスナーを輝かせるチャンスがあることを証明する大作に仕上がりました。
「今は獰猛さにインスパイアされるんだ。もっと獰猛になりたくなる。自分たちのサウンドを抽出したいという欲求があったのと同じように、歌詞のテーマも抽出したいという衝動に駆られた。家族、アルコールと中毒の個人的な経験、自殺願望、友人との関係、女性との関係は、バンドにとって常に試金石だった。自分たちらしさを最大限に発揮しようとすることが、自分にとって何を意味するのかを考えた。それは、そうした考えやテーマに対してより直接的であることを意味する。これまではかなり抽象的だった。でもこのアルバムでは、私は自分の足で歩いている」
実際、George はこのレコードを作るにあたって、ヘヴィな世界を再発見していました。
「WOE の大きな世界を再発見した瞬間があった。僕らの新曲を聴いて SPEATRAL WOUND のことを言う人もいて、それは間違ってはいないんだけど、彼らが好きなバンドは我々も好きなんだ。DARKTHRONE, EMPEROR の鍵盤とベル、IMMORTAL も少し。
それに影響を受けたバンドが宇宙みたいにたくさんいる。 ウォー・メタルもあった。”Revelator” を聴いてみると、リフの背後にあるのは、DEAD CONGREGATION をもっと PORTISHEAD のコードに置き換えたらどうなるだろう、というような試みだった」

そうやって焦点を絞ることで、”Lonely People With Power” のよりパーソナルな側面が明らかになります。George は常に、両親や教師のような影響力を持つ人々からの影響について考えてきました。 アルバム “Sunbather” は、”私は父の息子/私は誰でもない/愛することはできない/それは私の血の中にある…” という嘆きで幕を閉じました。”Magnolia” にも同じような慰めの感覚が内包されています。タイトルは、 George の父の実家があるミシシッピ州の州花にちなんだもので、そこは叔父の葬儀に参列した場所でもあります。歌詞は、George の父と共通の特徴である、叔父のアルコール中毒とうつ病を問い、共有された遺伝と、新たな発見と温かさと受容とともに受け継がれた教訓を受け止めています。”私の愛は果てしない/あなたのすべてが私/一歩一歩が墓場へ向かう/私たちが与えられたのは肉と血だけだったのだろうか?”
“孤独” は “無知” の代名詞でもあると George は考えています。
「両親のような人々について話すとき、彼らのほとんどは自分が何をすべきかわかっていないように感じる。 このアルバムには、両親や教師が自分の人生において欠点やハンディキャップを抱えているにもかかわらず、それでも最善を尽くしていることが多いということを認識するんだよ。寛容の要素が含まれているんだ」
アートワークは、車の助手席の子供を挟んで話す両親と見ることもできますが、あまり健全でないことで道行く女性に寄っていく父親と見ることもできます。
「それは人々が自分で決めることだ。 運転する大人、窓際の女性、助手席の子供。 それをどう思うかは人それぞれだ。 しかし、人々は常に答えを得るよりも多くの疑問を見出すものだ。 私たちにとって、それは重要なことだよ」
切迫して脈打つような “Body Behaviour” では、年上の男性が、若い男の子にポルノグラフィーを見せて絆を深めるという “伝統” を描いています。そこに悪意はないと George は考えています。不気味でもない。ただ、知識を共有するための奇妙な試みなのだと。ある世代から次の世代へと受け継がれる、歪んだ通過儀礼のひとつなのかもしれません。そう歪んだ…
「正直なところ、私が知っている男たちは皆、父親や叔父、年上のいとこ、あるいは誰であろうと、そのような話を何バージョンか持っている。これは現代社会の “症状” であり、現在の男同士の関係の基準なんだ…」

このような話題は気まずく不快なものですが、それに立ち向かう姿勢は DEAFHEAVEN に信念を貫く勇気があることの証でしょう。ポピュリズムとインフルエンサー・カルチャーが有害な行動を強化し、有意義な人間関係を腐食させている世界において、男らしさ、”男はこうあるべき” という古い固定観念についての力強い議論とオープンな自己検証は、言うべき意味があります。
「どんな理由であれ、メタル・ミュージックでは “男らしさ” をアップデートするようなトピックは今でもタブーとされることが多い。それはとても奇妙なことだと思う。異なる視点を提供し、状況を打破し、”若い頃、こんなことがあったんだ。それは奇妙なことだった。そして、それがその後の人生にどう影響したかを知ることができる…” それが、感情的に健康な人間になるために必要なことなんだ。同時に、私は、周囲の世界からの逃避の方法として、空想的な主題に満ちた音楽を演奏するバンドを批判したくないと思っている。私も含め、多くのリスナーはそのような手の込んだストーリーテリングに惹かれるものだから」
ソーシャル・メディアの一角に身を置くと、多くの若者にとって不穏なロールモデルを見つけることができるでしょう。パトリック・ベイトマン。ブレット・イーストン・エリスが1980年代のヤッピー・アメリカのナルシシズムを風刺するために生み出したキャラクター、このアメリカン・サイコそのものが、一匹狼の “シグマ・メール” (アルファ・メール(勝ち組男性) と同程度の成功を収めているイケメン男性だけど、群れない人。頭もよく、見た目もよく、お金もあるけど、一匹狼) の憧れの的として再利用されています。裕福。怒りっぽい。周囲の人々から完全に切り離されている…2000年に映画化されたメアリー・ハロンの名作からのクリップをシェアしている人たちの中には、このジョークに乗っかっている人もいるでしょう。しかし、パトリック・ベイトマン自身が執着する対象であるドナルド・トランプがホワイトハウスに座っている現実では、出世のために喜んで絆を断ち切ろうとする人が現実に多く出現しているのです。
George は、ステージ上でベイトマンになりきっていたかもしれない初期のツアーを思い起こしながら、あの冷淡な離人感にはいつも魅了されてきたと過去の自分を振り返ります。
「あのキャラクターが好きなのは、自分自身の中にそれを見たからでもある。それは、パフォーマンスを魅力的なものにする大きな要素だ。少し深く掘り下げ、自分の中にあるものを見つけ、それを見世物のために裏返すのだ。
友人に聞けば、僕らの関係はより “リアル “になったと言うだろうね。若いうちは、受け入れられようとするあまり、見栄を張ってしまう。AからBに行くために、きれいごとやパフォーマンス的な習慣を身につける。仮面をはがすこと、本当のつながりに必要な弱さを見せることは、かつての私にとって難しいことだった。年を重ねるにつれて、正直でいることができるようになった。でも、それは目的地ではなく、むしろ旅路なんだ」

同様に、DEAFHEAVEN 自体も、彼の血管の中にある氷の単なるはけ口から、それを処理するための重要なツールへと変貌を遂げました。
「初期のころは、これが他の方法ではできない自己表現の方法だと感じていた。今は、セラピーのようなものだ。ツアーから離れることで、外に出ることがどれだけ自分の幸せにとって重要かがわかる。旅行や演奏だけでなく、新しい人々に会い、新しい文化を体験し、自分のバンドをよりよく知り、自分を違った形で知ることができるんだ!」
DEAFHEAVEN のオーラの中で、ブラック・メタルらしい危険や脅威はいまだに大きな役割を果たしています。それを今も維持し続けるのは難しいことなのでしょうか?
「ステージにいると、大きなパワーを感じる。エゴの塊だよ。ある程度の誇大妄想もある。私は今でもその極悪非道なキャラクターに傾倒するのが好きなんだ。大観衆の前での瞬間が、日常生活といかに違うかを目の当たりにし、私は自分の分身を掘り続けることを選ぶ。今の自分をどう見ているかの違いは、自己認識が深まったことと、そのキャラクターがとても優しく、共同的で人間的な瞬間のために、今の自分を壊すことを許されるようになったことだ。観客の中に入って誰かを抱きしめたり、バリアの上で泣いているファンに寄り添ったり。私の音楽は、私が最も傷つきやすいときのもの。パフォーマンスは、私が最もパワフルな時のものだ。キャラクターが壊れるとき、私は最も自分らしくなる。もし人々が本当に DEAFHEAVEN のシンガーと瞬間を共有し、歌詞を歌い、あるいは歌詞にしがみついているとしたら、それは Georgeと瞬間を共有していることになる…」

創作、パフォーマンス、個人的な経験の相互関係を分析することで、どのアーティストも、少なくともある程度は、力を持つ孤独な人間であるという気づきを George は得ました。
「パワーが影響力であるならば、私たちは皆、ある程度のパワーを持っている。インタビューはその典型的な例だ。誰かが私の発言を読み、それが彼らの意見を形成するかもしれない。だから私たちには、できるだけ理解し、共感し、知識を持つ責任がある。どうすれば誰かの教師になれるのか、と自問自答する。でも、それは常に進化する謎なんだ」
“Lonely People With Power” の最も難しい教訓は、まさにその最後に訪れる。ジャン・ウジェーヌ・ロベール=ウーダンの悪名高い19世紀の複雑な錯視にちなんで名づけられた “The Marvelous Orange Tree” “驚異のオレンジの木” は、自殺について歌った厳しくも美しい曲。”この病気と一緒に生きて/震える肌を見せながら/あなたと一緒に、私の終わりのない病気で/私の終わりのない病気で/暗闇の中を歩いていく” という表向きは絶望的なセリフで締めくくられています。しかしこれは、奈落の底へ転落するのではなく、常に足元に気をつけるようにという戒めなのです。
「物事には終わりがある。自分の中の悪魔を見極めているとき、”もう心配ない!” とか “もう終わったことだ!” と言うのは難しい。ドアは常に開いていると認識することが重要だ。それは、負けるとか屈するという意味ではない。ただ、本は決して閉じられていないということを知ることだ。
人は何かを打ち負かしたと思ったり、無視することを選んだりすると、思いもよらない形で再び忍び寄ることがある。この曲は、そのような負の感情がいつもまだ存在し、これからも存在し続けるということを認めている曲なんだ。死にたくなったことを話したくなったら、話すべきだし、そうしている。それを放棄することで起こりうる驚きに直面したくない。結局のところ、このアルバムは共感と許しが中心となっている。他人の欠点に対しても、自分自身の欠点に対しても。それはすべて、認識と理解に関係している。”Amethyst” の歌詞で歌ったように、ここには非難するようなものは何もない….」


参考文献: KERRAMG! :Deafheaven: “If power is influence, we have a responsibility to be as understanding, empathetic and knowledgeable as possible”

KERRANG! :https://www.kerrang.com/deafheaven-new-album-lonely-people-with-power-george-clarke-interview

LOUDWIRE

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DAWN OF OUROBOROS : BIOLUMINESCENCE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH TONY THOMAS OF DAWN OF OUROBOROS !!

“We All Grew Up Near The Coastline Of California So The Pacific Ocean Has Been a Major Theme Across All Of Our Music. In The Case Of Bioluminescence, Chelsea Felt It Was a Theme She Found Beautiful, And Wanted To Express Her Admiration Of It Through The Music.”

DISC REVIEW “BIOLUMINESCENCE”

「僕たちはみんなカリフォルニアの海岸線の近くで育ったから、太平洋は僕たちの音楽すべてに共通する大きなテーマなんだ。”Bioluminescence” の場合は、Chealsea が美しいと感じたテーマで、音楽を通して生物発光の素晴らしさを表現したかった。主にアルバムのタイトル曲でね」
“Bioluminescence”(生物発光)とは、生物の体内で起こる化学反応が光を生み出すことを表します。これは、カリフォルニア州オークランドの DAWN OF OUROBOROS、その自らの尾を飲み込む円環の音蛇を実に的確に比喩した言葉なのかもしれません。様々に異なる曲作りの技法を組み合わせた彼らの虹色の輝き、それはまさにブラックメタルの生物発光。
重要なのは、彼らがそうしたインスピレーションを、自らが生まれ育った太平洋の海岸線、美しき海原と生命の神秘から受けていることでしょう。もちろん、今日ブラックメタルはその出自であるサタニズムの手を離れて、自然崇拝や少数派、弱者の代弁、スピリチュアリズムなど様々な分野に進出していますが、彼らも自らのアイデンティティを余すことなくブラックメタルに注いでいます。メタルにおける自己実現。それはきっと、とても尊いこと。
「作曲を始めるときは、いろいろなドラムのアイデアに合わせてギターを弾き、気に入ったものが出てくるまでその上で即興演奏するんだ。だから、インプロビゼーションを通して自然に生まれるものなんだよ。でも、僕たちのサウンドが人々の心に響くのは、イントロ部分の Chelsea の歌のおかげだよ。彼女もそのボーカルの多くを即興で歌うので、曲に自然なジャズ・フィーリングが生まれたんだ」
そうして唯一無二の方法で育まれた DAWN OF OUROBOROS の音楽は、当然ながら他のブラックメタルとは一線を画しています。現代的なブラックメタルとデスメタルが巧みに混ざり合う “Bioluminescence” の世界には、さながら深海を探索するようなポスト/プログのアトモスフィアが漂います。発光生物の多くが海に生息しているように、DAWN OF OUROBOROS の音色は明らかに水中のイメージを想起させ、ボーカルとギターのメロディーにはオワンクラゲのごとくみずみずしき浮遊感が存在します。
一方で、リズム・セクションが津波のようなシンセ・ラインとともに脈動し、激しいうなり声や叫び声が大空から轟いてくることもあり、この太平洋の神秘と荒波の二律背反こそがウロボロスの夜明けを端的に表しているに違いありません。
「僕たちは自分たちが好きな音楽を作ること以外を目指したことはなかったから、他のバンドがよくやること、当たり前なことなんて考えたことはなかったんだ。それに、Chelsea の声はそれ自身で彼女がいる意味を物語っていると思うし、何より彼女はハーシュ・ヴォーカルもクリーン・ヴォーカルも、他のヴォーカリストよりもうまくこなせるんだ」
そうした DAWN OF OUROBOROS の両極性を増幅させるのが、Chelsea Murphy の多面的なボーカルでしょう。ドリーミーな歌声と生々しい叫び声を瞬時に切り替える彼女の類まれな能力は、ROLO TOMASSI の Eva Korman を想わせるほどに魅力的。
“Slipping Burgundy” ではスムースでジャジーに、”Fragile Tranquility” では荒く、ほとんど懇願するようなトーンでリスナーの感情を刺激します。 先程までラウンジで歌声を響かせた歌姫が、まるで燃え盛るマグネシウムのまばゆい輝きのように耳を惹き、ハリケーンのように畏敬の念を抱かせるスクリームで世界を変える瞬間こそ圧巻。バスキングと威嚇を繰り返すウロボロスの円環はあまりにも斬新です。
今回弊誌では BOTANIST でも活躍する Tony Thomas にインタビューを行うことができました。「最近では、ALCEST や DEAFHEAVEN, 明日の叙景、LANTLOS, HERETOIR のようなポスト・ブラックメタルや、COMA CLUSTER VOID, ROLO TOMASSI, ULCERATE のようなプログレッシブ・メタルを探求しているね」 どうぞ!!

DAWN OF OUROBOROS “BIOLUMINESCENCE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SAOR : ADMIST THE RUINS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDY MARSHALL OF SAOR !!

“When People Listen To SAOR, I Want Them To Close Their Eyes And Be Transported Somewhere Else―Away From Their Worries, Even If Just For a Little While. Music Has That Power, And I Think That’s What Makes It So Special.”

DISC REVIEW “ADMIST THE RUINS”

「メタルには生の激しさがあり、伝統的な民族音楽と見事に調和するパワーがある。民族音楽は魂に語りかけるもので、歴史や感情、土地との深いつながりを運んでくる。それとメタルのヘヴィネスとエネルギーとを組み合わせると、重厚で深い感動が生まれる。自然な融合だよ」
ブラックメタルが根付いた土地の文化や自然を愛する営みは、今やメタル世界において最も純粋さが感じられる尊い瞬間のひとつ。その老舗であり盟主、SAOR の中の人 Andy Marshall は世界屈指のフォーク/ブラックメタル・アーティストであり、スコットランドの計り知れない美しさと民俗文化に誰よりも思いを馳せ、愛情を注ぎながらその音楽を書いています。そう、ヘヴィ・メタルも伝統音楽も、魂に語りかける歴史と感情の音楽。だからこそ両者は、純粋に、そして外連見なく溶け合います。
「僕はいつもスコットランドの歴史に魅了されてきたんだ。”グレンコーの虐殺” は、僕たちの過去において最も暗く悲劇的な瞬間のひとつだった。僕は自分の音楽でスコットランドの歴史の異なる時代を探求していくのが好きなのだけど、当時は、この特殊なストーリーがとても心に響いたんだよね」
“Amidst the Ruins” “廃墟の中で” と題された SAOR 6枚目のアルバムは、ここ数作で少し霞んでいたスコットランドの自然、荒涼とした高地、艶やかな湖、霧に覆われた渓谷が再びまざまざと眼下に広がる作品に仕上がりました。壮大でプログレッシブ。伝統楽器とディストーションがドラマチックに勇躍する旋律の重厚舞踏。
ブラックメタルの激しさとケルト民謡のメロディーの壮大な融合はそうして、ハイランドの歴史に生命を吹き込んでいきます。 カレドニアの精神に導かれ、SAOR の音楽は故郷の古代の物語と響き合い、時を超えます。哀愁漂う廃墟と自然の中で SAOR の奏でる音魂は、人間の裏切りから森がささやく秘め事まで、時代を超越した風景と人類の業を風化した幽玄なる渓谷から蘇らせていくのです。
インタビューの中で Andy は、歳をとるにつれて政治に関心がなくなってきた、暴力や欺瞞が蔓延る暗い現代よりも自分の音楽に集中したいと語っています。実際、スコットランドの独立を願っていた以前よりも肩の力が抜けて、スコットランドの美点へとよりフォーカスした作品はそんな考え方の変化を反映しているようにも感じます。
ただし、そうした変化の中でも Andy は、荘厳にして深淵、一際悲哀を誘う “Glen of Sorrow” で “グレンコーの虐殺” を取りあげました。これは17世紀にイングランド政府が手引きして起こった、スコットランド、グレンコーの罪なき村人たちが殺戮された忌まわしき事件。この一件により、スコットランドとイングランドはより険悪な関係となり、その余韻は300年を経た今でも少なからず続いています。ハイランドの嘆きの谷。そこに巣食う亡霊は今の世界を見て何を思うのでしょうか?きっと、Andy Marshall はそんな問いかけをこの美しくも悲しい暗がりで世界に発しているのではないでしょうか?
今回弊誌では、Andy Marshall にインタビューを行うことができました。
「僕はメタルだけじゃなく、すべての音楽は、ある意味で逃避場所になりうると思う。人々がSAORを聴くとき、目を閉じてどこか他の場所へ…ほんの少しの間でも悩みから遠ざかってほしい。音楽にはそういう力がある。それが音楽を特別なものにしていると思う」それでも、私たちにはヘヴィ・メタルがある。二度目の登場。 どうぞ!!

SAOR “ADMIST THE RUINS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【INGURGITATING OBLIVION : ONTOLOGY OF NOUGHT】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH FLORIAN ENGELKE & NORBERT MULLER OF INGURGITATING OBLIVION !!

“I Find The Now “Industrially” Standardized Production And Songwriting In Metal Music Boring And Annoying. It’s Become Boring As Hell.”

DISC REVIEW “ONTOLOGY OF NOUGHT”

「メタル・ミュージックは、今や “工業的に” 標準化されたプロダクションとソングライティングが退屈で腹立たしいものになった。地獄のようにつまらなくなった。こういう図式化された大量生産物の一部にはなりたくない。プログ・メタルの50%でさえ、画一化されている。もちろん挑戦すれば、ボツになったり、プロダクションを台無しにするリスクは常にあるけど、それを跳ね返していきたいんだ」
その並外れた生命力と感染力で世界中に種を蒔き、芽吹かせてきたヘヴィ・メタル。しかし、これほど裾野が広がった世界においても、真に挑戦的な音楽を志すアーティストは決して多くはありません。それはある意味当たり前のことでしょう。アーティストも我々と同じ人間です。普通に生活して人気を得、承認欲求を満たすためにはある程度 “アート” を犠牲にしてでも認知され売れることが必要だから。しかし、INGURGITATING OBLIVION にそんな “打算的” 考えは毛頭ありません。
「僕が常に心がけているのは、何よりもまず自分が好きで、個人的に満足できる音楽を作ることだ。それはアーティストの特権だ。僕たちは、ただ共有するのではなく、音楽を録音し、ある時点で発表/共有することを選んだ。これはもちろん、批判や嘲笑を浴びるリスクを伴う。信じてほしいのだけど、僕はメタル・シーンやそれ以外の世界で、僕たちのバンドをうっとうしい、気取っている、つまらない、長い、はっきりしない……何でもありだと心から思う何百人もの人々に会ってきた。幸いなことに、それでも僕はあまり気にしていない。僕たちの蛇行した複雑な音楽表現を楽しんでくれている素敵な人たちの輪があるから」
書籍を出版するほどの本物の哲学者 Florian Engelke 率いる INGURGITATING OBLIVION は、ただ自分たちが満足できる音楽と哲学のみを “Ontology of Nought” に記録しました。だからこそ、パターンも、手がかりも、建築的根拠も、どこにも見つからない。まったく脈絡がないままに、しかし壮大な迷宮が完成していく。デスメタルを名乗るものにこれほど迷わされ、興味をそそられたことは未だかつてありません。
不協和音、途切れ途切れのリズム、漆黒のインテンシティ、テクニカルなアルペジオ、フレットレスの夢幻、スポークンワード、呪術的なアトモスフィア、凶悪なノイズが結びついたアヴァンギャルドな地下大迷宮は1時間15分近くに及ぶ5曲からなり、さまざまな楽章に分かれています。忍耐強く、有機的に、しかし盲人が盲人を導くような意図と方向性をもって彼らの “バベルの図書館” は刻々と変化していきます。
「僕に言わせれば、人は形成期というものを経験する。僕の場合、それは MORBID ANGEL, OBITUARY, DISINCARNATE, MY DYING BRIDE といったバンドだった。彼らの印象は今でも僕の中に残っている。でもDjent全体は、ほんの短い間だけ楽しめたものだった。それがすべて過ぎ去り、印象が残って、次に進んだのかもしれないけどね」
彼らの生み出す音の迷宮は、Djent のように機械仕掛けで精密なものではありません。むしろ、デスメタルがその凶暴を発揮し始めた90年代初頭の、おどろおどろしい混沌を百鬼夜行の壮大さで実現した狂気。そこにバルトークやライヒのような現代音楽の実験や、フランク・ザッパとマイルス・デイヴィスの挑戦を込めた奇々怪界は真に唯一無二。だからこそ、有機的で、実存的で、革命的な音楽が生まれるのです。
今回弊誌では、INGURGITATING OBLIVION にインタビューを行うことができました。「僕らのバンド名が哲学的に聞こえる主な理由のひとつは、僕がある時期哲学を勉強していた(その後、言語学に科目を変更した)という事実そのものにあると思う。だから、自然と哲学的なことや根源的なことに関心を持つようになったんだ。いくつかの古典(孫子、老子、ソクラテス、プラトン、デリダ、ニーチェ、そして宗教的/精神的な経典の数々)を読み、政治的/哲学的な言説に親しみを持っているからね。2024年初頭、僕はRoutledgeから “The Ethical Bottomline(倫理的ボトムライン)” というタイトルの最初の本を出版したんだ」 Tom Fountainhead がフレットレス・ギターを奏でるツールはEBOW ( 弦に近づけるだけでサスティンをコントロールできるアタッチメント。バッテリー駆動でバイオリン、ホーンや木管楽器のようなハーモニーを奏でることができる)。どうぞ!!

INGURGITATING OBLIVION “ONTOLOGY OF NOUGHT” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【HARAKIRI FOR THE SKY : SCORCHED EARTH】


COVER STORY : HARAKIRI FOR THE SKY “SCORCHED EARTH”

“Even If I Am Generally Lucky, I Have a Very Cool Band, I Have a Very Cool Wife And All That, But In The Meantime All That Is Happening In The World, Gets Me In a State Of Mind Where I Should Not Be And It May Be The Answer If People Ask How I Get Into This Sad Mood To Write Those Lyrics.”

SCORCHED EARTH

絶望、喪失、愛、そして実存的葛藤は、常にHARAKIRI FOR THE SKY の特徴的なサウンドの基盤。そうして2011年の結成以来、マルチ・インストゥルメンタリストのM.S.とボーカリストのJ.J.は、アトモスフェリックなエクストリーム・メタルとメロディアスなポスト・ロック、グランジ、モダン・ハードコアを融合させたエモーショナルなサウンドで音楽の境界を押し広げ、独自のジャンルを確立してきました。HARAKIRI FOR THE SKY は、ある意味過小評価されているバンドだと言えます。このオーストリアのデュオのメロディに対するこだわりは誰にも引けを取らず、憧憬のアトモスフィアと黒々とした攻撃性、そして瞑想的なテンポを組み合わせながらも、決して “虚弱さ” に陥ることはありません。あくまでもメタルの文脈の中で、筋肉質な重さとメロディックなモチーフにその情熱を注いできました。このスタイルのトレードマークであるゆっくりと燃え上がる “スロウ・バーン” を追求しながら、彼らは常に “ポスト・ブラック” という形容の落とし穴を避け、弱々しくきらびやかでしかし “簡単な” 道を選ぶことはなかったのです。
つまり彼らは小手先の技に頼らず、美しさ、憂鬱さ、残虐さのバランスを保ちながら、その中に光と希望を輝かせる卓越したソングライティングで、音楽の限界を押し広げてきました。感情を揺さぶるという使い古された言葉では言い表せないほどに。
それにしても、日本人としてはこの突拍子もないバンド名が気になります。
「Harakiri とは割腹自殺のこと。そう、経験したくはないことだ。これはボーカル J.J. のアイデアで、彼の夢と関係があるんだ。自殺は彼にとってとても重要なテーマで、彼は崖から落ちるような夢を見たんだけど、自分を刺しそれから飛び始めたんだと思う。僕の知っている限り、彼はそうやってこの名前を思いついたんだと思う。だから、彼の歌詞の中にも、いろいろなことの比喩があると思ったんだ」

2010年代初頭、寝る間も惜しんで Bandcamp を漁っていたメタル・ナードにとっては忘れられない名前でもあります。
「覚えている限りでは、我々は2011年の春か夏頃、古いアパートで HFTS のアイデアを思いついたんだ。夜通し酒を飲みながら、WOODS OF DESOLATION やALCEST、HERETOIR といった初期のポストブラックメタルを聴いていた。2人とも、当時組んでいた他のバンドにあまり満足してなくて、何か新しいもの、違うものを求めていたんだよね。こうして HFTS が誕生した。デビューのための最初のレコーディングをするまでに、そんなに時間はかからなかった。2012年の初めに完成し、その数ヵ月後に僕らが今も所属しているレーベル、AOPレコードからリリースされることになった。そう、それがこのバンドの起源だ」
ちょうど、オーストリア、そしてインターネットから生まれたバンドが飛躍し始めたころ。
「オーストリアは大きな国ではないし、大きなシーンもなかったけど、SUMMONING や ABIGOR、ELLENDE のような新しく、とても有望で影響力のあるバンドがいる。バンドを始めた当初は、Facebook や Bandcamp などを通じて、オーディエンスを見つけることができたのも大きかったな。そのおかげで、オーストリアの外でもすぐに演奏することができたし、ツアーにも出ることができたと思う。当時はポスト・ブラック・メタルはまだ新しかったし、インターネットはそれを “流行らせる” のにとても役に立ったんだ」
ポスト・ロックとブラック・メタルの融合は、最初から目指していたものなのでしょうか?
「もちろん、バンドを始めた頃は雰囲気のあるブラック・メタルのバンドを聴いていたし、同じようなことをやりたかったんだ。メランコリックな雰囲気がありつつもハーシュな音楽で、僕らが好きな音楽、聴いていた音楽からすべて何かしらの影響を受けていたから、頭に浮かんだものをそのまま書いたんだ。それが全体的なサウンドなんだけど、特定のバンドのようなサウンドにしたかったわけでもないし、特定の影響を受けたわけでもない」

HARAKIRI FOR THE SKY を10年以上続けてきたその原動力とはなんだったのでしょう?
「他人やファンとのコミュニケーションのためにやっているとは思わない。でも、僕らの作る歌詞や音楽の中に、同じような心の重荷というか、なんというか……そういうものを感じて、自分自身を見出すことがあるとしたら意義深いことだ。僕らははいつも、ある種のセラピーとして、自分自身を表現するためにやってきた。でも、他の人たちが僕たちの作るアートに共感してくれるのは、いつだって嬉しいことだし、そう、僕たちの曲のすべてに通じる特定のテーマや問題があるんだ」
それはどんなテーマなのでしょう?
「僕らの歌詞は常に自伝的なもので、つまり、書けるのはそれしかない。歌詞のほとんどは、人生のマイナス面、憂鬱、失恋、疎遠、薬物乱用などについてのものだ。でも、それは人間の心の奥底に宿っているもので、僕たちは多かれ少なかれ、そうしたネガティブな感情を処理しなければならない。そこでアートが生まれる。良い芸術や良い音楽は、通常、優雅な時に生まれるのではなく、憂鬱や悲しみから生まれるものだから」
人間嫌いと噂されることも少なくありません。
「人間嫌いかどうかはわからない。なぜなら、人間関係で何か不快なことや嫌な経験をしたとき、それをただ飲み込むのではなく、僕らは吐き出す必要があるからだ。音楽はそのための素晴らしいフィルターであり、そういったことに対処するための個人的なカタルシスなんだ。もちろん、世界でいろいろなことが起きている中で、ポジティブなことを見つけるのは難しいけど、それよりも、個人的に起きた悪いことに対処しているんだ」
彼らの音楽からは明らかに “冬” の景色が聴こえます。
「僕は完全に秋冬派だね。春も好きだけど感動するというわけではない。月並みな言葉だけど、寒くなり、自然が死んで、数ヵ月後の春にまた生まれ変わるとき、いつも何か重要なことが起こるという意味でね。つまり、多くのアルバムや音楽が四季に言及しているのは、それが感動的なものだからだ。僕は個人的には寒い季節が好きだ。僕は山の中腹出身だから、雪や氷が好きだったんだ」
動物を使ったアートワークの数々も、彼らの美学を彩ります。
「最初のアルバムでカラスを使ったときから、それが僕たちのコンセプトであり、意図となった。動物には、メランコリックな音楽にぴったり合う特別な美学があるんだ。こうしたジャケットやイラストは絶対に残していくよ。”Scorched Earth” の新しいアルバム・ジャケットには、過去5枚のアルバムの動物をすべて集めた。これは、新しいアルバムが過去に書いたすべての音楽的なコレクションであることを示すためだ。僕たちの音楽の旅を示しているんだ」

2021年の “Maere”(ドイツの公式チャートで4位を記録)の後、4年の歳月をかけて次なる壮大な章 “Scorched Earth” を作り上げた HARAKIRI FOR THE SKY。このアルバムは、私たちが生きている世界のスナップショットといえます。私たちの社会は根底から分断され、ここ数十年、平和からかつてないほど遠ざかっています。危機が次から次へと押し寄せてくるような、そんな差し迫った破滅の予感が “Scorched Earth” には込められているのです。
4年というインターバルは彼らにとってこれまでなかったことでした。それは、パンデミックが及ぼした影響でした。
「コロナのために多くのコンサートやツアーが延期され続けたことも関係している。結局、この2年半で、2020年の初めからやるべきことをほぼすべてやり遂げた。年間80本ものコンサートを行い、さらに移動とその周辺のすべてをこなすとなると、継続的に新曲に取り組む時間とエネルギーはあまり残されていない。作曲はツアーの休憩時間に限られていた。
それに、あまり外に出ず、家にいる時間が長いと、インプットがなければアウトプットもない。インスピレーションを与えてくれるものがないんだ。だから全体的に時間がかかるんだ。それに6枚目のアルバムでは、物事が迅速に進まないということもある。同時に何千ものアイデアを思いつくことはなくなり、全体的に内省的になる」
一方で、パンデミックのおかげで、初期の “Harakiri For The Sky” と “青木ヶ原” を再録することができました。
「最初のロックダウンは本当にクールだった。でもある時点で、おそらくほとんどの人がそうであるように、ある種の無気力に陥ってしまった。結局、最初の2枚のアルバムを再レコーディングして再リリースすることで、時間を使うことにした。無理に新曲を作るのではなく、このようなプロジェクトに時間を使おうと考えたんだ。
何度もライブで演奏し、現在のサウンドを実感しているからね。Ver. 2.0ではまったく違うサウンドになっている。僕の声色はこの10年で大きく変わった。当時のアルバムは、ドラムをプログラムして自宅でレコーディングしていた。ノスタルジックに言えば、それはそれで魅力的なのだが、これらのアルバムが今の HARAKIRI FOR THE SKY のようなサウンドだったら、どんなにクールだろうと思った。特に本物のドラムで、プロのスタジオで録音され、宅録のクオリティを損なうことなくね。
バンドを始めたとき、僕たちはバンドがどこに行くのかわからなかった。DIYのミュージシャンで、家ですべてを解決していた。でも、ある時点で僕たちは話し合ったんだ。リマスター?いや、それだと本物のドラムをミックスできない。リミックス?だったらアルバムを完全に録り直すことにしたんだ。この決断にはとても満足している。オリジナル・バージョンはYouTube や Spotify などに残っているから、ファンにとって問題はない。だから、どのバージョンが好きかは君たちが決めればいい」

“Scorched Earth” はプレス・リリースによれば、”悲惨なまでに壊れてしまった世界 ” にインスパイアされたものだといいます。それは “内省的” なものから離れているようにも聞こえます。
「このアルバムは政治的なアルバムかとよく聞かれるんだ。でも政治的なアルバムではないんだよ。ただ、ここ数年、特にロシアのウクライナ侵攻以来、そして一昨年の10月7日以降、実は “コロナ” 以降なんだけど、世界の出来事がどれだけ僕らの精神的にネガティブな影響を及ぼしているかに気づいたんだ。朝から晩まで悲惨なヘッドラインにさらされ、そのどれもが自分を落ち込ませる。政治的なアルバムではないけど、このような世界の出来事がアルバムのムードに自然に影響を与えているんだよ。
でも、HARAKIRI FOR THE SKY では、いつも僕ら自身が経験した自伝的なトピックについて書いている。ファンタジーは書けないし、書きたくない。2020年の半ばか終わりに、僕の人生はかなり破綻した。当時のガールフレンドは6年間付き合った僕を捨てたんだ…理由はともかく。コロナがやってきて、ライブもなく、僕は文字通り実存的な危機に陥った。そのすべてがこの作品反映され、だから歌詞には悲痛な思いが強く表れているんだ
アルバムのトラックリストを発表したとき、ある人から “エモい” と言われたんだ。”Without You, I’m Just a Sad Song ” や “Too Late for Goodbyes” のような曲やタイトルは、実際とてもエモく聞こえる。曲目が一緒にリストアップされているのを見たことがなかったから、そのことに気づかなかった。しかし、そう、最初から最後まで失恋ソングなんだよ。それは HARAKIRI FOR THE SKY にとって目新しいことではない。薬物乱用、メンタルヘルス、うつ病、壊れた人間関係といったトピックは、僕たちの音楽の重要な部分だ。そうしたテーマは僕らを夢中にさせるし、おそらくこれからもずっとそうだろう。人生は楽にはならないし、年を取れば取るほど、別れは頻繁に訪れるようになる。今は幸せな恋愛をしているし、結婚して1年になるけれど、そういう経験はいつも心に響く。幸運にも僕はとてもクールなバンドをやっていて、とてもクールな奥さんがいて、いろいろなことに恵まれているんだけど、その間に世界で起こっているすべてのことが、僕を本来あるべきでない精神状態にしてしまう。簡単に言うと、僕は繊細すぎるんだ」

古き良き、もしかしたら今よりも平和で気楽だった過去へのノスタルジーも、彼らの音楽にはタペストリーのように織り込まれています。
「HARAKIRI の音楽はいつも、すべてがより良かった過去への強い憧れの感情、究極のメランコリーを反映している。人類の歴史には常に、すべてが非常に悪いと思われた時代があり、その後、より良い時代がやってくる。個人的にも初めての恋とか、今はもういない人間関係とか、そういうことを思い出すと、メランコリックな気持ちになることは誰にでもあると思う」
また同じプレスリリースには、”Scorched Earth” は、すべてのアルバム、”HARAKIRI” が象徴するもの、音楽的、歌詞的なすべての結論のようなものとも書かれています。
「このアルバムは “HARAKIRI FOR THE SKY” の長所を1枚にまとめたものだと思う。瞑想的なポスト・ブラックのパートに、ブラスト・ビート、トレモロ・ギターといった、僕らがいつもやっているようなサウンドは健在だ。同時に、インディー・ロックやグランジ、ポスト・パンク的なアプローチなど、より実験的な要素も多く含まれている。
基本的に、このアルバムはファースト・アルバム以来の僕たちの音楽的な旅を要約したものであり、これまでのアルバムのベストを総括したものでもある。でも、これからもスタイルを根本的に変えることはないと思う。基本的に自分たちが進みたい方向は決まっている。もちろん、新しい影響は僕たちに影響を与えるけど、例えば “Scorched Earth ” で単なる “Mære 2.0 ” を作りたくはなかった。さらなる発展が僕らにとって重要だったんだ。
ただし、バンドが自分たちのスタイルを見つけるのはいいことだが、同じことを繰り返したくはない。だからこのアルバムを “Conclusio” と呼んでいるんだ。アルバム・ジャケットには、過去に登場した5匹の動物が描かれている。動物たちは燃え盛る森から逃げ惑い、そのうちの何匹かはすでに燃えている。つまり、これは終わりではなく、HARAKIRI FOR THE SKY がこれまでやってきたことの論理的帰結なんだ」

アルバムには多くのゲスト・ボーカルが参加しています。
「時系列で説明しよう。まずは AUSTERE の Tim から。AUSTERE に出会ったのは彼らのファーストアルバムが出たときで、2006年か2007年のことだった。当時18歳か19歳で、ほとんどアンダーグラウンドのブラックメタルばかり聴いていた。AUSTERE, LIFELOVER, NYKTALGIA…憂鬱なブラックメタルばかりだった。ポスト・ブラック・メタルが登場する前は、それが僕のちょっとした宗教だった。その15年後、あるライブで Tim に会った。彼は HARAKIRI のジャンパーを着ていて、僕らのファンだったんだ。彼の歌声は素晴らしかったね!
SVALBARD はもう知ってるよね。少なくとも今は、ALCEST とのツアー以来だけどバンドとの付き合いはかなり長い。2015年にウィーンのコンサートで彼らを見たときからのファンだからね。Serena は美しくクリーンな歌唱もできるし、非常にクールなハーシュ・ヴォーカルもできる。そのコンサート以来、僕はSVALBARD のファンになった。以前からスクリームもできる女性と仕事をしたいと思っていたので、彼女は第一候補だった。M.S.も、クリーン・ボーカルとのコンビネーションという点に惹かれたんだ。それに彼女は超超超素敵な女性だよ!
GROZAのP.G.は、今では親友だ。彼はザルツブルクのすぐ近くに住んでいて、しょっちゅう会っている。一緒にコンサートをしたバンドはとても少ないんだ。P.G.はもともと僕と一緒にスクリーム・ヴォーカルをやるはずだったんだけど、彼は自発的に ALICE IN CHAINS のようなスタイルでやってみたんだ。僕たち全員がかなりのグランジ・ファンであることは周知の事実だ。この曲はとてもいい仕上がりになったと思う。僕らのファンのための曲でもあると思う。
最後の曲についてだけど、M.S.はもう少し KATATONIA の流れを汲む曲を書きたかったようだ。僕も KATATONIA のファンだけど、M.S.は本当にファン・ボーイなんだ。その路線で何か書いてみたいと。僕は歌えないことはないけど、音域は信じられないほど広くはないんだ。この曲でボーカルを務めた Daniel は、実は KARG と自身のバンド BACKWARDS CHARM のギタリスト。かなり古典的なシューゲイザー・バンドだと思うよ」

RADIOHEADのカバー “Street Spirit” をボーナス・トラックに決めたのはなぜだったのでしょう?
「アルバムのボーナス・トラックとして特別盤に収録される曲のカバー・ヴァージョンを毎回制作していたんだ。典型的なブラック・メタルやポスト・メタル、ハードコアなどではなく、常に違うジャンルの曲でなければならない。いわば、僕らのバンドの手袋をはめた原曲のような、新しい解釈であるべきなんだ。僕らは、Placebo や Radiohead のようなバンドの大ファンだった。過去2枚のアルバムでは、それは完全に理にかなっていた。確かに Radiohead は Harakiri のようには聴こえないし、その逆もしかりだけど、この曲の始まり方はHFTSでもあり得たと思う。だから、この曲は僕らにぴったりの曲だと思う」
重苦しさ、痛み、哀しみ、絶望、カタルシス、残虐性など、”Scorched Earth” はあらゆる暗さに触れ、ほんの一握りの光を灯し、エネルギッシュかつ憂鬱な雰囲気を漂わせながら、聴く者を難なく彼らの世界へと導いていきます。このアルバムにおける極端な表現のバランスは、もはや HARAKIRI のサウンドスケープとして唯一無二のトレードマークとなっています。Evoken de Valhall Production による来日公演も大盛況。そんな彼らは今、どんなバンドとの共演を夢見ているのでしょう?
「ALCEST, CONVERGE, そして AMENRA かな。彼らは本当に大きな存在だから」


参考文献: Arrow Lords Metal: Harakiri For The Sky

Disciplin Mag:IN CONVERSATION WITH – Harakiri For The Sky – Interview

Metal Imperium: Interview Harakiri For The Sky

Metal de: Harakiri For The Sky Interview

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【MOISSON LIVIDE : SENT EMPERI GASCON】


COVER STORY : MOISSON LIVIDE “SENT EMPERI GASCON”

“Je ne pourrais pas m’en passer, l’école power metal a laissé des traces bien trop profondes, merci Tobias Sammet !”

SENT EMPERI GASCON

MOISSON LIVIDE のデビュー・アルバムは、フォーク&パワー・メタルが黒に染まった魔法のような作品です。
ガスコーニュ地方として知られるフランス南西部出身の MOISSON LIVIDE(怒りの収穫)は、主に Baptiste Lavenne の発案によるプロジェクトです。Lavenne は、関連の深いフォーク・メタル・バンド、BOISSON DIVINE(神の酒)の中心人物ですが、MOISSON LIVIDE では、より幅広い楽器と様々な影響を取り入れながら、サウンドの攻撃性と激しさ、そして芳醇なるメロディを研ぎ澄ませました。
“Sent Empèri Gascon” は、初手であらゆる民族楽器(アコーディオン、バグパイプ、ティン・ホイッスル、ホルン、ブズーキなど)が魅了するかもしれませんが、作品が聴き手にしみ込んでいくにつれ、最も印象的なのは、実は基本的で最も重要なこと、つまり歌だとわかります。民俗音楽の系譜に忠実な Lavenne には、新鮮さと古さを同時に感じさせるメロディーを紡ぎ出し、それを中心に壮大でありながら論理的な構成を構築する才能があるのです。そうした点で、このアルバムには初期の MOONSORROW との強いつながりがあるのかもしれませんね。
そして何よりも意外性がここにはあります。フォーク・メタルはソフトだと思うなら、ここにはロケット燃料を使ったブラックメタルの激しさがあります。ブラックメタルは頑固で真面目だと思っているなら、このアルバムは暖かさと胸を高鳴らせる高揚感や笑いに溢れています。メタルは極端さを追求すると道を踏み外すと思っているなら、MOISSON LIVIDE は伝統的なメタルの疾走とツインギターのリードが唸りを上げます。彼らはフォーク・メタルを核に、ブラック・メタル、トラディショナル・メタル、メロデス、ピュア・フォーク、パンク、シネマティックな雰囲気、パワー・メタルなど、曲が必要とするところへ放射状その豊かな味わいを広げていくのです。
そうして、パンチの効いたパワー・メタルとパワフルなブラック・メタルの間で揺れ動くこの新しいバンドは、イノシシのように彼らの生まれた土地を隅々まで掘り下げます。自嘲と皮肉、そして何よりも知性に満ちた LAVENNE は、このプロジェクトの起源を振り返ります。

「BOISSON DIVINE があるからまあ、このプロジェクトが冗談のようなものだと考えるのは完全に間違っているわけではない。もう少し詳しく説明しよう。私がブラックメタルを知ったのは、雑誌のCDサンプラーでメタル全般を知った後、かなり早い時期だった。当時は正直言って、そのスタイルをよく理解していなかった。暴力のレベル、イメージ、ドラミングのスピード、皮を剥ぐようなボーカル……もちろん印象的ではあったけど、私にはすべてがほとんど不条理に思えたんだ。私はすぐにそこから離れ、明るいもの、特にパワー・メタルを愛するようになった。私は DISSECTION に出会い、衝撃を受けたんだ!DISSECTIONは、私がこのスタイルの虜になるために不可欠なバンドだった。アグレッションとメロディーの比率、メタルのちょっとしたアクセント、アコースティックなパッセージ、それは私にとって勝利のコンボだった!それから少しして、VEHEMENCE、AORLHAC、ABDUCTION、PAYDRETZ、HANTERNOZ…といったフランスのメロディック&メディーヴァルなシーンを味わった。だから私は、ゆっくりと、でも自然に、ブラックメタルの影響を自分の作曲に取り入れるようになった。それは BOISSON DIVINE の他のメンバーに定期的に送っていた新曲のデモにも反映されるようになっていったんだ。
それから、ガスコーニュ地方のブラックメタルというアイデアが気に入り、私は曲作りに熱中した(笑)。アイデアがどんどん湧いてきて、あっという間にすべてがうまくいった。BOISSON DIVINE をもじって MOISSON LIVIDE と名付けた。自分たちの足跡を隠すため、人々を笑わせるため、そして不意を突くためにね。こうして “Sent Empèri Gascon”が誕生したんだ」
このアルバムは明らかにガスコーニュ人による、ガスコーニュ地方のための、ガスコーニュのアルバムです。こうしたレコードを作るというアイデア全体、つまりジャンルの制約を気にせず、マーチング・トランペットとブラストビートと80年代のシュレッド・ソロを嬉々としてミックスするスピリットが、とてもフランス的だとも言えるでしょう。”気にしない” という強い姿勢、それはフランスのメタル・シーンに貫かれた哲学なのでしょうか?
「”We don’t care” はアルバムの雰囲気をよく表しているね(笑)。私を突き動かしている哲学であることは間違いない。反商業的な精神が大好きなんだ。自分たちの好きなことをやって、誰がそれを好きなのか見る。既成のジャンルの基準に100%固執して自分たちを芸術的に制限することは考えられないし、それは無意味だからだ。きれいなコーラスを思いつくたびに、私はこの言葉を口にしてきた。誰が気にするんだ?!ってね。ブラック・メタル純血主義者に嫌われる?ああ、でも私は気にしない!」

“聖なるガスコン帝国” というアルバム・タイトル、そして壮大なストーリーにも、フランスイズム、ガスコンイズム、そして中央集権化された首都への苛立ちが宿っています。
「コンセプト・アルバムではないし、テーマは曲によって大きく異なる。地元に古くから伝わる伝説や歴史上の人物、田舎からの脱出や過疎化といったシリアスな話題もあれば、サイクリストに関するユーモラスな話題や、大都会から来た迷惑な観光客をやっつける妄想もある。しかし、タイトルとジャケットは、技術の飛躍的進歩の後に銀河系ガスコン帝国が誕生するという近未来的な架空の物語で “Sent Empèri Gascon”(聖なるガスコン帝国)という曲に基づいている。2084年、パリのジャコバン党が、投票率83%で、”ヨーロッパ連合超民主主義共和国 “として知られる新生国家の選挙に勝利した。その後、中央集権化、自由を奪う、抑圧的な政策が強まった。公共の安全を確保するために高速道路の制限速度が時速50キロに引き下げられ、債務削減のために付加価値税が42%に引き上げられた。エネルギー消費を抑えるため、夜7時からの夜間外出禁止令が導入され、朝7時まで停電となった。反乱は拡大し、地域の独立を望む声はかつてないほど強くなった。
10月2日、鴨の胸肉の脂肪の摂取を禁止する改正案が可決された。さすがに背に腹は代えられなかった。ガスコーニュ地方の2人の農民、ジルとジョン・ドゥディジョスは首都を訪れ、パリの警察署に放火した。彼らの逮捕はメディア、特に24時間放送のオック語ニュースチャンネル “ベルグー・ニュー” で大きく報道された。民衆蜂起の試みを阻止するため、彼らは罰則を受けた。トラクターのボンネットは、自転車のフレームやスクーターのハンドルとして再利用される。彼らはまた、60.8°F以上の暖房をしている市民を通報する無料ホットラインの電話オペレーターとして、2週間の社会奉仕活動を強いられる。国防委員会は、公衆の面前でベレー帽をかぶった場合、頭囲1センチにつき90ユーロの罰金を科すという最後の一撃を加えた。
このような極端な暴力に直面した反体制派は、できる限り目立たないように、新たな集会の方法を探さざるを得なかった。しかし11月17日、すべてを変える出来事が起こった。バスク地方のイルレギー近郊で考古学的発掘が行われ、ガスコン語で刻まれた動物の骨が発見されたのだ。専門家たちの懸命の努力にもかかわらず、フェブシア文字で書かれたメッセージを解読することはできなかった。
そんなことができるのは、この世でただ一人の男だけだ。ピック・デュ・ミディ・ド・ビゴールからほど近い暗い洞窟に住む孤独な男、ガスコン族の最後の一人、ジャン・タイエール。伝説によると、彼は辞書を破って作ったマットレスの上で寝ており、マイクロトポニーミーへの執着が彼を狂わせたという。南風が吹く満月の夜には、アレッテの詩の一節を叫ぶ声が聞こえる。
12月21日、彼のもとに骨が運ばれてきた。彼は一息で、書物を覆っていた埃を払い落とした。Quan dou cèu e séra cadut Lou princi qui estoû proumétut Fénira lou téms de misèri Bastiram lou nouste Empèri」(約束された王子が天から降るとき、不幸の時は終わり、我々は帝国を築く)。
大地震が山を揺らした。何とも言えない音とともに、別世界からの宇宙船のようなものが岩の上に着陸した。長い金髪に熊の絵で飾られたマントを羽織った人型の巨漢が出てきた。彼は完璧なガスコン語で聴衆に語りかけた。彼の名はアラリック4世、Kメラト太陽系のブラアD星から来た。何千年もの間、地球を観察してきた彼の祖先が、ガストン・フェビュスの姿に魅了され、1390年8月2日、彼のバスタブの下にあるマイクロ・ブラックホールを使って、彼を誘拐する計画を立てたという話をした。溺れているように見せかけ攫ったと。
アラリック4世は話を続けた。予言は聖典によって明らかにされた。彼の使命はガスコーニュの人々に星間旅行と反重力の原理を理解する鍵を与え、パリのジャコバン派の凡庸さ、愚かさ、寄生から地球と銀河系を解放することだった。彼は、この技術的飛躍に不可欠な燃料である元素115を安定させる方法を教えた。ニンニク1片、ワイングラス2杯、モスコビウム7kgを量子粒子加速器の中で混ぜなければならなかった。
このようにしてマスターされた115番元素は、核兵器の1万2000倍の破壊力を持つ、想像を絶する恐ろしい戦争兵器の創造も可能にした。核兵器の1万2千倍の破壊力を持つのだ。権力を取り戻し、専制君主を打倒し、フェブスの昔からの夢を実現するときが来たのだ。そして、彼の意志は実現した。
この文章は、ほとんど理解できないような曖昧な文学や社会的引用で、ばかばかしくさえあることは分かっている。しかし、現在の(そして過去200年間の)フランスがどのようなものかを説明するならば、フランスは高度に中央集権化された国で、権力、資金、決定は主にパリに集中している。共和国はその支配力を確立するために文化の標準化を推進し、その結果、パリだけのフランス人を優遇するために、地方の文化や言語は破壊され、少なくとも弱体化した。
このアルバムには、肯定と復讐の思想がある。存在への叫び、私たちが再発見しなければならない生命力。要するに、私たちは自分自身を死なせるのではなく、抵抗しなければならないという考えだ。
疑念を抱くたびに、そのことが頭をよぎった。この精神がフランスのシーン全体に一般化できるかどうかはわからない。いずれにせよ、君がそう感じるのであれば、そこには何らかの真実があるに違いない」

MOISSON LIVIDEの音楽は、ブラックメタルやヘヴィメタル、さらにはパワー・メタルを基調としながら、伝統的な中世の楽器やフォーク的な部分も持ち込んだ実に多様な農夫のメタル。
「まあ、オープンマインドを強調するつもりはないけれど、時間が経てば経つほど、聴くものが多様になり、影響を受けたものが蓄積されていくんだ。私は作曲が大好きで、Cubase の空のセッションを開いて、ここ数ヶ月の間に蓄積されたアイデアの断片に命を吹き込み、それを構造化することをとても楽しんでいる。音楽を分析するのも好きだし、好きなスタイルのコードはすぐに理解できる。でも、あるジャンルを聴くことで、それが頭の片隅に残って、自然と出てくるんだ。結局、作曲のプロセスを説明するのはかなり難しい。脳がさまざまな情報の断片を保存し、その都度ユニークな組み合わせの混合物の形で吐き出すのだと想像している」
Lavenne が恐ろしいのは、農家であることをメタルに活用しているところでしょう。まさに農家とメタルの二刀流。
「私は頭を使ってよく書く。本当にほとんど楽曲は頭で書いている。アイデアは何の前触れもなく浮かんでくるので、ボイスレコーダーアプリを取り出し、赤いボタンを押してラララと歌う。夕方家に帰ると、自分が書いたものを聴いて、アコースティックギターかピアノでコードを練る。ほとんどすべて仕事中に書いている。私はワイン生産者なので、多くの時間をブドウ畑で手作業に費やしている。ブドウの木は1本1本違うが、やるべきことを覚えたら、他のすべてのブドウの木で同じ作業を繰り返す。これを疎外感と捉える人もいるかもしれないが、私は脳の時間を解放する素晴らしい機会だと考えている。
数年のノウハウとブドウ畑の知識があれば、ある種の自動操縦モードに入ることもある。楽器を手にして座り、何か書かなければと自分に言い聞かせることは、本当にめったにない。だから同時に2つのことができる。そのおかげで膨大な時間を節約できる。さまざまな影響について話を戻すと、このようにたくさんの曲をミックスするときに一番難しいのは、”コラージュ” 的な嫌味を出さずに、すべての曲を調和させる一貫性、共通の糸を保つことだ。
だから私は、長尺にもかかわらずかなりシンプルな構成に特に注意を払っている。フック、節、繰り返されるテーマ、コーラス……私はビッグなコーラスが大好きなんだ!パワー・メタル派は、メタルにあまりにも深い足跡を残しすぎた!ありがとう、トビアス・サメット!」
歌詞はガスコーニュ地方の昔話、寓話と現代の出来事に対する批判、さらには未来的な推測の間で揺れ動きます。
「いつもメロディーが先に作られる。それからコード。歌詞はその連鎖の最後のリンクにすぎない。実際、デモを作るときは、曲を完成させるために、何でも歌ったり、思いつきで書いたりすることがよくあるんだ。本当の歌詞は、曲がアルバムの選考段階を通過してから、後で書く。これが一番難しい作業で、なかなか進まないこともある。それでも、美しく、よく書かれた文章を最終的に完成させるのはとても満足感がある……少なくとも形としてはね、内容がくだらないこともあるから(笑)。
ただ、テーマを最初に思いつくということはよくあるんだ。それが曲の内容に大きく影響する。実際、最も非定型的な作曲はそうやって生まれることが多い。主題に変化をつけるのに役立つからだ。また、あらかじめテーマがあると、イメージを思い浮かべることができ、とても刺激になる。最終的には、それをメモに書き写すだけ」

戦争のトランペット、狩の角笛、あるいは反逆のパンクなど、まったく予想外の要素を導入するのも、意外性を生み出すためでしょうか?
「常にそれを意識してやっているわけではないけど、たしかにそんな一面はある。私はアレンジのバラエティーが大好きで、あらゆる方向に飛び出したり、いくつもの音域に触れたり、さまざまなスタイルをミックスしたり、要するにあらゆる棚からつまみ食いするのが好きなんだ(笑)。私はその冒険心をとらえようとしていて、”何でもあり” でいたい。商業的には間違いなく逆効果だけど、仕事ではないので経済的な制約がなく、このようなリスキーな組み合わせができるのは贅沢なことだ。というか、音楽制作のリスクって何?」
残忍さにメロディを加えるという意味で参考にしたのは、あのレジェンドでした。
「 CHILDREN OF BODOM がいい例だよ。私は必ずしもブラックメタルに詳しいわけではないけど、あれほどパワー・エッジの効いた残忍なメタルはまだ聴いたことがない。だから、ブラックメタルの純血主義者のことは気にせず、100%ブラックなアルバムを作る意味はなかった。 ビッグなコーラスがないトラックは作れないし、思いつくことはできても実現できない。私は、ハーディ・ガーディ、ランド地方のバグパイプ、マンドリン、ブズーキ(ちなみにガスコーニュ風ではない)を使い、私が望んでいたハードでキャッチーなコーラスをミックスしている。そしてもちろん、フランスの地方の力強さ、古くからの伝統や価値観に親近感と哀愁をもたらす伝統楽器も」
もちろん、パワー・メタルからの影響も強く残ります。
「IRON MAIDEN, JUDAS PRIEST, ACCEPT, HELLOWEEN, GAMMA RAY…それ以上に AVANTASIA とトビアス・サメットの大ファンでもあるし、伝統的なフォークに軍隊行進曲の側面もある。実際、MOISSON LIVIDE は、私のでたらめな考えをすべて受け入れてくれるような存在だった」
歌詞に使われているガスコン語で自分のルーツに忠実であること、信憑性を保つことは重要なのだろうか?
「簡単に言えば、ガスコン語は私の心の言葉だよ。私の言語だから私の言語で歌う。他の言語で音楽を作ろうとは思わないし、ごく散発的にしかやらないよ。ガスコン語はバスク語をローマ字にしたようなもので、特にRの転がし方にロック的な側面がある。メロディアスなんだ。
私がマスターしている他の言語に関して言えば、フランス語はゲルマン語の影響を受けてメロディーに悪影響を与えるし、メタルでは英語は完全に使いすぎだ。カスティーリャ語に関しては、中学の最後の年以来レベルが急降下しているし、イベリアの友人には失礼だが、ホタの使い方には少し抵抗がある。私たちの歴史はフランス共和国の学校では教えられていない。しかし、私たちのささやかなやり方で、この地域の文化を広める手助けをしている。私たちの歌のおかげでガスコン語を習い始めた人たちや、語学教室に通い始めた人たちからメッセージをもらうと、とてもうれしいね。ガスコン語の使用は70年前から減少しており、復活を望むのはユートピア的だとは思うけどね」
時代に反して、MOISSON LIVIDE の楽曲はかなり長く、変化に富んだパッセージに満ちています。
「レコード盤のフォーマットを埋める必要があったし、Cubase の ctrlC + ctrlV は僕のお気に入りの機能なんだ。”St.Anger” の遺産だね!冗談はさておき、曲のフォーマットは計画的なものではなく、とても本能的なもので、テーマによって本当に様々なんだ。でも、多くの場合、壮大な題材は少なくとも8分以上の時間を必要とする。昔の IRON MAIDEN や HELLOWEEN のアルバムのラスト・トラックに影響を受けているんだ(笑)」

アルバムのジャケットに使われている地図と紋章にも興味をそそられます。
「左の紋章はガスコン地方の紋章で、ルイ14世の紋章官が作った最も広く普及しているシンボルのひとつなんだ。2頭のライオンと麦の穂が描かれたこの紋章は、歴史上ガスコーニュの国旗は存在しないが、これは国旗の役割を果たした。私は赤と青よりも、より正統的な赤と白の方が好きだった。その下の標語は “Sauvatgèr, pataquèra, quantica, renavida” で、意味は “野蛮、乱闘、量子、刷新”。まあ、何の意味もないのだけど、なかなか調子に合っていると思う。ローマ帝国にちなんで乗っかっただけだ。右は銃士の十字架、ガスコン語で “crotz deu larèr”(囲炉裏の十字架)。
その下には “Nunqan Polluta”(決して汚されない)という標語がある。これはバイヨンヌの街の歴史的標語で、何度も包囲されたが一度も奪われなかったから。その版図は日本にまで及んでいるね。地図にはデタラメやダジャレがたくさん書かれているので、全部を解剖するつもりはないけど、パリは帝国の監獄と記されている。この街はこれ以上の価値はない」
MOISSON LIVIDE の精神には、人に内在する嘲笑と楽しみの精神が如実に感じられます。それは人生の明るい面を見る方法であり、蔓延する憂鬱を鼻で笑うこと。
「私の音楽はシリアスで、形式は巧みだけど、歌詞の半分は不条理で、二番煎じで挑発的で、実にくだらないものだ。それは私の性格の一部だからね。単純に人生の反映だと思う。映画の人生のように一面的なものではない。あるときはシリアスで厳粛、またあるときは遊び心にあふれ嘲笑的、速いか遅いか、短いか長いか、まったく異なるムード、サウンド、モード、トーナリティを通過する。深く掘り下げれば、自分の好みに合うものがすぐに見つかるからだ。とはいえ…メタルは真面目すぎるよな(笑)」

原点回帰の田舎暮らしを推奨し、礼賛するメタルだとすればまさに前代未聞でしょう。
「ただ、私たちは必ずしもそのメッセージを伝えようとしているわけではないんだよ。私たちがやっていることは、結局のところ、私たちが情熱を持っていて、他の人に音楽にして聴いてもらいたいと思っているテーマについて話しているだけだからね。特に制約もなく、思いついたものをミックスしているだけなんだ。個人的には、”土地に根を下ろせ”、”田舎に帰れ”, “庭を作れ”, “その土地の言葉を学べ” といった命令や小難しいフレーズを発する気にはならない。おそらく、私は人に指図されるのがあまり好きではないし、その逆もしかりだからだろう。だから自分でビジネスを立ち上げて、働き手を持たないのがいいんだ(笑)。
というのも、無理強いすることなく、ただ敬意を表し、練習し、提案することによって、私たちは人々にガスコン語を習得してもらい、年配の人々には再びガスコン語を始めてもらい、若者たちはランド・バグパイプのような伝統楽器を手にしてもらい、地元のポリフォニック・グループは私たちの歌をレパートリーに取り入れてもらっている。私たちのささやかな貢献によって、さまざまな人々が同じ旗のもとに集い、ガロンヌ地方やピレネー地方を越えて、この地方の知名度を高めることができるのは光栄なことだからね」
最後に、このアルバムにはどんなワインを合わせるべきなのだろうか?
「メルローではなく、100%タナだ!もちろん、MOISSON LIVIDE を存分に味わいたいなら、私のドメーヌ・ド・マティラのタナを飲まなければならない。私の祖父が1960年代に植えた古木のタナ100%の2020年のキュヴェがある。素晴らしいタンニンの強さを持ち、味わいはとてもリッチだが、とてもソフトでクリーミーでもある。家で15年から20年保存できるようなボトルだ。
アルバムを聴きながらタナを飲めば、五感が活性化する。飲むために聴き、その逆もまた然り。高価なVIPチケットよりずっといい、まさに没入型の体験だ。もし私の国を通りかかったら、遠慮なく訪ねてきてほしい。私は夜間、敷地内で人々を歓迎し、試飲やワイナリー周辺のツアーを提供しているからね」

参考文献: HARD FORCE:MOISSON LIVIDE Interview Darkagnan

HEAVY METAL DK:Interview med Baptiste ”Darkagnan” Labenne fra Moisson Livide

METAL OBS:MOISSON LIVIDE : OH, MA DOUCE FRANCE !

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【KANONENFIEBER : DIE URKATASTROPHE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NOISE OF KANONENFIEBER !!

“The Topic Of War In The Metal Genre Is Often Handled In a Provocative And Glorifying Way. We Wanted To Create a Contrast To That And Develop a Project That Depicts War In Its Worst Aspects, Serving As a Warning.”

DISC REVIEW “DIE URKATASTROPHE”

「メタル・ジャンルにおける戦争の話題は、しばしば挑発的で美化された方法で扱われているという点で意見が一致した。私たちはそれとは対照的に、戦争を最悪の側面から描き、警告の役割を果たすようなプロジェクトを展開したかった。戦争における苦しみと死は時を経ても変わらないものだから、今日の世界の緊張に照らしても特に適切なテーマだと思ったんだ」
例えば、SABATON や ACCEPT のように戦争の英雄譚を語るメタル・バンドは大勢います。それはきっと、メタルならではの高揚感や攻撃性が、勇壮な勝利の物語と素晴らしくシンクロするからでしょう。
しかし、彼らの描く戦争はあくまでファンタジー。ファンタジーだからこそ、酔いしれることができます。実際の戦争にあるのは、栄光ではなく悲惨、殺人、残酷、無慈悲、抑圧に理性の喪失だけ。誰もが命を失い、魂を失い、人間性を失う。だからこそ、戦争の狂気を知るものが少なくなった時代に、KANONENFIEBER はその狂気を思い出させようとしているのです。
「KANONENFIEBER の真正性は、大衆に理解されやすいことよりも私にとって重要なことだから。私の英語力では、兵士たちのスラングを正確に伝えることはできないんだ。そして、もうひとつの重要な要素は、私が扱う手紙や文書がドイツ語で書かれていることだ。私はそうした兵士の手紙や文書をもとに歌詞を書いているし、多くの文章を直接歌詞に取り入れているからね。だから、KANONENFIEBER にドイツ語を使うのは論理的な選択だった」
KANONENFIEBER がその “教育” や “警鐘” の舞台に第一次世界大戦を選んだのは、そこが産業化された大量殺戮の出発点だったから。そして、”名もなき” 市井の人や一兵卒があまりにも多く、その命や魂を削り取られる地獄のはじまりだったから。
だからこそ、彼らは戦争の英雄、戦争を美化するような将校やスナイパーではなく、数字や統計で抽象的に描かれてきた名もなき弱者を主人公に選びました。顔のない被害者たちに顔を与える音楽。そのために KANONENFIEBER の心臓 Noise は、当時の残された手紙や文献、兵士の報告書をひとつひとつ紐解き、心を通わせ、バンドの歌詞へと取り込んでいきました。
そうして、”Die Urkatastrophe” “原初の災難” と名付けられたアルバムには、採掘チームが戦線の地下にトンネルを掘り進めた苦難や(”Der Maulwurf”)や、オーストリア=ハンガリーがロシア軍からリヴィウ/レンベルクを奪還した地獄の戦い(”Lviv zu Lemberg”)といった真実の戦争が描かれることとなりました。
「デスメタルとブラックメタルは、私たちが選んだ戦争を最悪の側面から描くというテーマにとって最高の音楽的出口だ。これほど危険で抑圧的なサウンドでありながら、同時に雰囲気があってメランコリックなジャンルは他にないと思う。それに、私はこうしたジャンルにいると単純に落ち着くというのもあるね」
そしてそのストーリーは、凶悪さと物悲しさを併せ持つ、ほとんど狂おしいほどのエネルギー、メタルというエネルギーによって紡がれていきます。Noise のカミソリのような叫びや地を這う咆哮は兵士や市民の恐怖を代弁し、パンツァーファウストのように地鳴りをあげるトレモロに夕闇の荘厳とメランコリーが注がれていきます。そうして流血、死、絶望にまつわる物語の糸は戦場エフェクトや話し言葉の断片によって結ばれ、アルバム全体を有機的にあの暗黒の1910年代へと誘っていきます。
我々はこの狂気の嵐の中から、当時の戦災者の言葉から、戦争の非道、虚しさ、地獄を読み取らなければなりません。安全な場所から大きな声で勇ましい言葉を吐く英雄まがいほどすぐ逃げる。彼らは決して自分の体は張りません。だからこそ、KANONENFIEBER は匿名性を貫き、顔の見えない負けヒーローを演じ続けるのです。
今回弊誌では、Noise にインタビューを行うことができました。「私の家から車で10時間もかからないところで、戦争が起こっている。過去の領土主張をめぐって、人々が残忍にも他人を殺しているんだ。私には理解できない。私は政治的な教養があるわけではないし、政治的な対立について議論しようとは思わない。しかし、何事も暴力が解決策であってはならないと信じている。すべては言葉を交わすことと、譲り合いによって解決できるはずなんだ」ANGRY METAL GUY で滅多に出ない満点を獲得。どうぞ!!

KANONENFIEBER “DIE URKATASTROPHE” : 10/10

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