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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【M.ILL.ION : LEGEND】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH B.J LANEBY OF M.ILL.ION !!

“Classic Rock Is Dead? Are You Kidding Me?”

DISC REVIEW “LEGEND”

「友人でもある 220 VOLT は大好きだよ。PRETTY MAIDS, TNT(どちらも素晴らしいバンドで、一緒に演奏したことがあるよ)、TREAT(こちらも一緒に演奏したね)、そしてもちろん EUROPE。ELECTRIC BOYS もとてもクールなバンドだと思っていたね」
80年代末期から90年代初頭にかけて、北欧にはメロディとテクニックを兼ね備えた綺羅星がオーロラの白夜に集っていました。Yngwie Malmsteen や EUROPE というビッグネームはもちろん、220 VOLT, TREAT, PRETTY MAIDS, TNT, GLORY, TALISMAN, FORTUNE, MASQUERADE, RETURN, DA VINCI, POUL POSITION…彗星のように現れ、彗星のように消えていったバンドも多く、挙げればキリがありません。彼らはそれぞれが目立った個性を持ちながらも、北欧の空気や景色を私たちに伝えてくれるという点では共通していました。スウェーデンのイエテボリ、メロデスのメッカで生まれた M.ILL.ION もそんなバンドの一つ。
「ギターとハモンドの組み合わせは最高だよね!よくは分からないけど、少なくとも、僕たちのようなサウンドのバンドはあまり見かけないよね。でも僕たちはただ、やるべきことをやっているだけなんだ。誰かがこのバトンを受け継がなければならないし、僕たちは笑顔を浮かべてその仕事をしようと努めているだけさ。とはいえ、サウンド、アレンジ、プロダクションは現代化しようと努力していてね。僕たちは懐古主義のバンドではないからね。クラシック・ロックであり、常にメロディックだけど、同時に今は2026年で1976年ではないのだから」
M.ILL.ION が際立っていたのは、その哀愁を帯びたメロディとともに煌めくギターとハモンドやキーボードのマリアージュでした。アメリカの乾いた音像に魅入られた挑戦的な “We, Ourselves & Us” にしてもそのメロディと技巧の婚姻は豊潤。しかし、必殺の “Winds of Change” を携えたデビュー作 “No.1” の衝撃、華麗かつ繊細なる旋律と楽器の躍動はやはり今聴いても別格でしょう。ただし、驚くべきことに今回の復活作 “Legend” は、そうした初期の名作群をも凌駕するほど自信、そしてクラシックなハードロック/メタルのプライドに満ちています。
バトンの継承。かつて、キーボードやハモンド・オルガンは当たり前のように楽曲を彩るメタル世界の基盤のひとつでした。しかし、プログラミングの発達やリスナーの嗜好の変化によって、今や鍵盤とギターの麗しきマリアージュは絶滅危惧種だと言えます。そんな時代に、”Kingmaker” の堂々たるハモンドが響き渡る僥倖。
さながら、80年代の DEEP PURPLE のようにがっぷり四つのギターとキーボードは、さながら80年代の PRETTY MAIDS のようなボーカルの力強さと楽曲の牽引力で、クラシック・メタルの灯火が決して絶えないことを伝えます。初期のメンバーが集結したことも、プラスに働きました。歌の力が戻ってきたメタル世界。M.ILL.ION のようなクラシック・メタルの誇りが堂々たる凱旋を果たせば、もしかすると鍵盤の力も加わるかもしれませんね。北欧メタルよ、永遠なれ。
今回弊誌では、オリジナル・メンバーの B.J にインタビューを行うことができました。「僕らはやりたいことをやるしかなかったんだから!クラシカルなハードロックが僕たちの遺伝子と心に刻まれているんだよ。特定の時代の流行を追うようなことはしたくなかった。これまでも、そしてこれからもね。M.ILL.ION はクラシック・ハードロックだ。昔からずっと、そして今も…ね! 」 どうぞ!!

M.ILL.ION “LEGEND” : 10/10

INTERVIEW WITH B.J LANEBY

Q1: 1. M.ILL.ION started in Gothenburg, Sweden, right? At that time, melodic death metal was beginning to blossom in that place, so why did you go the hard rock route?

【B.J】: Yes, that´s absolutely correct. Gothenburg is our hometown and we love it!
Because we got to do what we got to do! It´s in our genes and hearts, We don´t follow the trends of what´s going on at a perticular moment. Never have. M.ILL.ION is classic hard rock. Always been, still is!

Q1: M.ILL.ION はスウェーデンのイエテボリで結成されたんですよね?当時、イエテボリではメロディック・デスメタルが花開き始めていましたが、あなたはなぜクラシックなハードロック/メタルの道を選んだのですか?

【B.J】: うん、その通りだよ。イエテボリは僕たちの故郷で、大好きな街だ!
だって、僕らはやりたいことをやるしかなかったんだから!クラシカルなハードロックが僕たちの遺伝子と心に刻まれているんだよ。特定の時代の流行を追うようなことはしたくなかった。これまでも、そしてこれからもね。
M.ILL.ION はクラシック・ハードロックだ。昔からずっと、そして今も…ね!

Q2: However, back then, Sweden had a lot of melodic and neoclassical metal talent, from major acts like Yngwie Malmsteen and Europe to more independent ones. Were you influenced by those people when you started playing metal?

【B.J】: I think we share influences with some of those great bands: We all love Deep Purple, Rainbow, UFO, Thin Lizzy etc.
But of course,,,Europe and Yngwie broke some serious ground. I personally very like much my friends in 220 Volt and Treat is a really good band.

Q2: 一方で、当時スウェーデンには Yngwie Malmsteen や EUROPE といったメジャーなバンドから、よりインディーズなバンドまで、メロディック・メタルやネオクラシカル・メタルの才能あふれるバンドがたくさん存在しましたよね。バンドを始めた頃、そういった人たちからは影響を受けましたか?

【B.J】: 僕たちは、DEEP PURPLE, RAINBOW, UFO, THIN LIZZY など、オールドスクールな素晴らしいバンドたちと共通点があると思っているんだ。
もちろん、EUROPE と Yngwie は大きな壁を打ち破った。他にスウェーデンだと、個人的には、友人である 220 VOLT のメンバーたちが大好きだし、TREAT は本当に良いバンドだと思うな。

Q3: I absolutely love your first album, “No.1”. While it followed the glam metal style of the time, it beautifully reflected the melancholy and landscapes characteristic of Scandinavia. Was that “Scandinavian feel” something you consciously aimed for?

【B.J】: Wow . thank You! Along time ago, but it was a really succesful debut. And lots of fun!
Great perspective. Again , We just do what we got to do and it comes from our hearts and souls – It´s just us – no calculations or plans!

Q3: 私はあなたたちのファースト・アルバム “No.1” が大好きなんですよ。当時のグラム・メタルのスタイルを踏襲しつつも、スカンジナビア特有のメランコリーと風景を美しく表現していましたね。その “スカンジナビアらしさ” は意識的に狙ったものだったんですか?

【B.J】: わあ、ありがとう!ずいぶん前のことだけど、本当に成功したデビュー作だったね。そして、とても楽しかった!
スカンジナビアらしさとは素晴らしい視点だね。でも繰り返しになるけど、僕たちはただ自分たちのやりたいことをやっているだけで、それは心と魂から湧き出るものなんだよ。計算も計画もなかった。これが僕たち自身の音楽なんだ!

Q4: There were many different bands in Scandinavia at the time, but which ones did you particularly connect with?

【B.J】: Again & speaking for myself; Pretty Maids, TNT ( Great bands, we have played with both) Treat (also played with) Europe of course, Electric Boys is very cool.

Q4: 当時スカンジナビアには様々なバンドがありましたが、特に共感をもっていたり、親しくなったバンドはいましたか?

【B.J】: また個人的な意見になるけど、PRETTY MAIDS, TNT(どちらも素晴らしいバンドで、一緒に演奏したことがあるよ)、TREAT(こちらも一緒に演奏したね)、そしてもちろん EUROPE。ELECTRIC BOYS もとてもクールなバンドだと思っていたね。

Q5: “We Ourselves & Us” is one of the most popular albums in your discography and was a hit in Japan as well. Musically, it moved closer to a more vibrant, American feel, would you agree?

【B.J】: Thanks! Anyway, after the first album NO.1, which was a great success, we were pretty much independent. We were able to book the studios and producers we wanted.
Meaning we tried out some different arrangements and production ideas. Cool album! Our dear friend Pär Edwardson produced it and we had the opportunity to get both crazy and serious.

Q5: “We Ourselves & Us” はあなたのディスコグラフィーの中でも特に人気の高いアルバムの一つで、日本でもヒットしました。
音楽的には、より活気のあるアメリカンな雰囲気に近づいたと思いますが、その変化はなぜ起こったのでしょう?

【B.J】: ありがとう!とにかく、大成功を収めたファースト・アルバム “NO.1” の後、僕たちはほぼ独立して活動していたんだ。だから、自分たちが望むスタジオやプロデューサーを自由に選ぶことができたんだよね。
つまり、様々なアレンジやプロデュースのアイデアを試すことができた。素晴らしいアルバムになったよね!親友の Pär Edwardson がプロデュースしてくれて、僕たちはクレイジーなことにもシリアスなことにも、両方挑戦することができたんだよね。

Q6: Your comeback album “Legend” is truly fantastic! You are a legend of Scandinavian Rock & Metal, so is that the meaning behind the title?

【B.J】: WOW – THANK YOU! You can´t imagine what that means to us! We´ve worked hard with it. Wrote about 30+ songs for it and we´re so glad You like what came out of it!
Thank You, but it´s not meant putting us on a the pedestal. It´s just a cool title and one of the songs is called The Legend Lives On.

Q6: カムバック・アルバム “Legend” は本当に素晴らしいですね! あなたは北欧メタルのレジェンドですが、タイトルにはそういう意味が込められているのでしょうか?

【B.J】: わあ、ありがとう!僕たちにとって、その言葉がどれほど大きな意味を持つか、想像もつかないだろうね! このアルバムのために一生懸命努力したからね。30曲以上も書き上げたから、気に入ってもらえて本当に嬉しいよ!
レジェンドなんてありがとう。でも、決して自分たちを崇め奉るつもりはないよ。ただクールなタイトルにしたかっただけで、収録曲の一つに “The Legend Lives On(伝説は生き続ける)” というタイトルがあって、そこからつけたんだよね。

Q7: Also, what was the reason for deciding to make a comeback now?

【B.J】: Well, we had a very succesful 30: th anniversary a couple of years ago, did a partly retrospective /partly new songs album- Back on Track – did some great gigs and felt very inspired to move on with a brand new album and touring. And here we are!

Q7: ところで、今復活を決めた理由は何だったんですか?

【B.J】: 実は、数年前に30周年記念アルバムを大成功させ、過去曲と新曲を収録したアルバム “Back on Track” をリリースし、素晴らしいライブもいくつか行えたんだよね。
そこから、新しいアルバムとツアーでさらに前進したいという強い気持ちが湧いてきたんだよ。それで、今こうしてカムバックを果たしたんだ!

Q8: What’s so great about “Legend” is the fantastic combination of guitar and Hammond organ! There used to be many bands like Deep Purple that played like that, but unfortunately there are hardly any left now, right? That’s why you’re such a valuable presence in today’s rock world, would you agree?

【B.J】: Again- thank You! We love that combination!
Guess not, at least I don´t hear many bands with our type of sound.
Thank You. We just do what we have to do. The torch has to be carried by somebody and we try to do our job with smiles on our faces. Having that said, we also try to modernise the sounds, arrangements and production as well. We are NOT a nostalgia act. We are classic rock, always melodic, but at the same time it´s 2026 now. Not 1976.

Q8: “Legend” の素晴らしいところのひとつは、ギターとハモンド・オルガンの絶妙な組み合わせですね! かつては DEEP PURPLE のようなそうしたバンドがたくさんいましたが、残念ながら今ではほとんど残っていませんよね?
だからこそ、あなた方は今日のロック界において非常に貴重な存在に思えます。

【B.J】: 改めて、ありがとう!ギターとハモンドの組み合わせは最高だよね!
よくは分からないけど、少なくとも、僕たちのようなサウンドのバンドはあまり見かけないよね。
でも僕たちはただ、やるべきことをやっているだけなんだ。誰かがこのバトンを受け継がなければならないし、僕たちは笑顔を浮かべてその仕事をしようと努めているだけさ。とはいえ、サウンド、アレンジ、プロダクションは現代化しようと努力していてね。僕たちは懐古主義のバンドではないからね。クラシック・ロックであり、常にメロディックだけど、同時に今は2026年で1976年ではないのだから。

Q9: Some people say melodic hard rock/AOR is dead or outdated. What do you think?

【B.J】: Dead? Are You kidding me?

Q9: メロディック・ハードロック/AORは死んだ、あるいは時代遅れだと言う人もいます。

【B.J】: メロハーが死んだ?冗談だろ?

FIVE ALBUMS THAT CHANGED B’J’S LIFE!!

THE BEATLES

NAZARETH “RAZAMANAZ”

DEEP PURPLE “MADE IN JAPAN”

BLACK SABBATH “SABBATH BLOODY SABBATH”

KISS “ALIVE!”

MESSAGE FOR JAPAN

I love Your old culture! The temples, the history, the dignity, the food! And the people! – YOU ROCK!
Thank You sooooo much for the support through the years, dear Japanese friend! Enjoy LEGEND and hope to see You all soon! Please follow us on Facebook & please feel very free to leave messages – we would LOVE to hear from You!
Domo Arigato the land of the rising sun!

日本の古い文化が大好きなんだ!お寺、歴史、威厳、食べ物!そして人々!最高だ!
長年にわたるサポート、本当にありがとう、親愛なる日本の友人たち!”Legend” を楽しんでほしい。またすぐにみんなと会えることを願っているよ!
Facebookでフォローしてほしいな。メッセージもお気軽に。みんなの声を聞けるのを楽しみにしているよ!
日の出ずる国よ、どうもありがとう!

B.J LANEBY

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BYONOISEGENERATOR : SUBNORMAL DIVES】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH BYONOISEGENERATOR !!

Nothing is true, everything is permitted.” When we started playing this kind of avant-garde stuff, we made a conscious decision not to limit ourselves with genre boundaries. We began with pure experimentation, and we’re still sticking to that approach.

DISC REVIEW “SUBNORMAL DIVES”

「”正しい音楽などは決してない。すべてが許される”。こういうアヴァンギャルドな音楽を演奏し始めた時、僕たちはジャンルの枠にとらわれないことを意識的に決めたんだ。純粋な実験から始め、今もその姿勢を貫いているよ。初期の作品はデス/グラインドコア寄りだったけど、最新作は新メンバーの Dima と Semyon がもたらしたマス・コアの影響がより強くなっているね。
とはいえ、バンドの方向性は常に、最強に極めて激しい音楽を作ることにある。なぜなら、身体を動かすことは、強くて若々しくいる秘訣だからね」
混沌とした時代には混沌とした音楽がよく映える。実際、ロシアの ByoNoiseGenerator のカオスほど、2020年代のサウンド・トラックといえる音楽は他にないでしょう。
狂気じみたテクニカル・デスメタル、轟音のグラインド・コア、難解な数式のマス・コア、カウボーイ・ビバップのサウンドトラックに煙立ち込めるジャズクラブを、無機質な工業用装置で加工処理したかのような BNG の混沌にルールはありません。そう、ルール無用ですべてが許されるこの時代に、彼らの音楽はあまりにもフィットしているように思えます。
「すべてはデスメタルとその派生ジャンルから始まったんだよね。その後、グラインド・コアやマス・コアの要素をより多く取り入れるようになったんだ。僕たちはそうしたジャンルを音楽的に心から愛しているけど、凶悪な音楽に典型的に見られる歌詞のテーマからは意図的に距離を置いていてね。僕たちの音楽が、デスメタルの誇張された残虐性や、グラインド・コアによく見られる社会政治的なメッセージと結びつくことは望んでいないんだ」
とはいえ、彼らの混沌は決して戦争や抑圧といった暴力の渦に巻かれているわけではありません。むしろ、そうした狂気から距離を置き、音楽的な挑戦や寛容さが極まってたどり着いた場所こそが圧倒的なカオスだっただけ。彼らが生み出す怪物や肉塊、そして官能さえ、実は音楽のみに集約しているのです。
「John Zorn を知ったのは比較的遅い時期だったんだよね。ネット上で僕たちの音楽と彼の音楽を比較する人が出始めたのがきっかけだったんだ。当初は、Chris Potter, Ben Wendel, Michael Brecker といったサックス奏者から影響を受けていたんだよ」
近年、サックスの響きをメタルに持ち込むバンドが増えていますが、BNG に RIVERS OF NIHIL や SLEEP TOKEN のような洗練された音色を期待するのは大間違いです。ByoNoiseGeneratorは、その名の通り、純粋な聴覚的狂気を詰め込んだ混沌を投下するのみ。グルーヴ感のあるスラム・ブレイクダウン、PRIMUS 風のギター・ファンク、頭蓋骨を粉砕するグラインドコアが、フリーフォーム・ジャズの暴力的な流れと混濁し、目まぐるしくその姿を変化させていきます。
3分にも満たないトラックに山ほどの音楽ジャンル詰め込み、インテンスを高めるその姿勢はまさに NAKED CITY の遺伝子そのもの。”ジャズ・グラインド”。複雑極まりないと同時に爆発的なエネルギーを秘めた BNG の楽曲は、狂気じみた拍子と魅惑的な官能のスウィングを見事に結びつけました。この陶酔的でしかしサブリミナルなノイズの荒波で踊ることこそ、2020年代に課せられた私たちの使命なのかもしれませんね。
今回弊誌では、ByoNoiseGenerator にインタビューを行うことができました。「でも真面目な話、この名前もコンセプト全体も、僕らのドラマーがロシアのサウナで亜酸化窒素を吸っていた時に、ちょっと狂った頭で思いついたものなんだよね。だから、その狂ったコンセプトが自然と僕たちの芸術的アイデンティティの一部になったというわけだよ」どうぞ!!

BYONOISEGENERATOR “SUBNORMAL DIVES” : 10/10

INTERVIEW WITH BYONOISEGENERATOR

Q1: First of all, what kind of music did you grow up listening to?

【BNG】: We all started from very different places. For about half of the band, childhood happened at a time when the internet wasn’t that widespread yet, so we listened to whatever we could get our hands on.
Anything from heavy/thrash/death metal to punk rock. For example, our guitarist got into heavy music and picked up the guitar after hearing a Static-X track while playing Need for Speed.

Q1: 本誌初登場です!まずは、あなたの音楽的なバックグラウンドからお話ししていただけますか?

【BNG】: メンバーそれぞれ、音楽のルーツは大きく異なるよ。バンド・メンバーの約半数は、インターネットがまだそれほど普及していなかった時代に幼少期を過ごしたので、その時手に入るものは何でも聴いていたよ。
ヘヴィ・メタル、スラッシュ・メタル、デスメタルからパンク・ロックまで、あらゆるジャンルを聴いていたね。例えば、ギタリストは “Need for Speed” をプレイ中に Static-X の曲を聴いてヘヴィ・ミュージックにハマり、ギターを手に取ったんだ。

Q2: Are you connected to the Russian metal scene? Or have you been targeting bands outside the country?

【BNG】: Even though we don’t play shows that often, we stay connected to the Russian metal scene ― we keep in touch with a lot of musicians and bands.
We also try to stay connected with bands outside the country. We’ve got a lot of great memories and friendships from our European tour.

Q2: 地元ロシアのメタル・シーンとの繋がりはあるんですか?それとも、国外により目を向けているんですか?

【BNG】: ライブ活動はそれほど頻繁には行っていないんだけど、ロシアのメタル・シーンとは繋がりを保っているよ。多くのミュージシャンやバンドと連絡を取り合っているんだ。
同時に、国外のバンドとも繋がりを保つようにしているよ。ヨーロッパ・ツアーでは、たくさんの素晴らしい思い出と友情が生まれたんだ。

Q3: ByoNoiseGenerator is exactly the right name for your music, why did you decide on this name?

【BNG】: As you pointed out ― it fits our music, so that’s why we picked it.
But seriously, both the name and the whole concept came from our drummer’s slightly deranged mind while he was inhaling nitrous oxide in a Russian sauna. So yeah, it kind of naturally became part of our artistic identity.

Q3: ByoNoiseGenerator というバンド名は、まさにあなたの音楽にぴったりですね。なぜこの名前を選んだのですか?

【BNG】: 君が言う通り、僕たちの音楽に合っているからこそ、この名前を選んだんだ。
でも真面目な話、この名前もコンセプト全体も、僕らのドラマーがロシアのサウナで亜酸化窒素を吸っていた時に、ちょっと狂った頭で思いついたものなんだよね。だから、その狂ったコンセプトが自然と僕たちの芸術的アイデンティティの一部になったというわけだよ。

Q4: Still, I’ve never heard music as chaotic as yours!Technical grindcore, free jazz, Primus-like grooves with Mr. Bungle-like progressive developments. Why did you decide to make such chaotic, avant-garde music?

【BNG】: “Nothing is true, everything is permitted.”
When we started playing this kind of avant-garde stuff, we made a conscious decision not to limit ourselves with genre boundaries. We began with pure experimentation, and we’re still sticking to that approach.
Our earlier releases leaned more towards death/grind, while the latest one has a stronger mathcore influence, brought in by our newer members Dima and Semyon.
Overall though, the band’s direction has always been about creating максимально intense music ― because physical exercise keeps you strong and young.

Q4: それにしても、あなたたちほどカオスな音楽は聴いたことがありません!
テクニカル・グラインドコア、フリージャズ、PRIMUS のようなグルーヴに Mr. Bungle のようなプログレッシブな展開。なぜこんなにカオスでアヴァンギャルドな音楽を作ろうと思ったのですか?

【BNG】: 「正しい音楽などは決してない。すべてが許される」
こういうアヴァンギャルドな音楽を演奏し始めた時、僕たちはジャンルの枠にとらわれないことを意識的に決めたんだ。純粋な実験から始め、今もその姿勢を貫いているよ。
初期の作品はデス/グラインドコア寄りだったけど、最新作は新メンバーの Dima と Semyon がもたらしたマス・コアの影響がより強くなっているね。
とはいえ、バンドの方向性は常に、最強に極めて激しい音楽を作ることにある。なぜなら、身体を動かすことは、強くて若々しくいる秘訣だからね。

Q5: Many people must feel John Zorn’s genes when they listen to your music.In fact, does his music and use of the saxophone influence you?

【BNG】: We actually discovered Zorn relatively late. It happened after people online started comparing our music to his.
Initially, we were more influenced by sax players like Chris Potter, Ben Wendel, and Michael Brecker.
That said, John Zorn had a huge impact on our sax player Shela in his early years. He learned improvisation and phrasing largely through studying Zorn and Naked City.
So yeah ― the answer isn’t entirely straightforward, as you can see.

Q5: あなたたちの音楽を聴くと、John Zorn の影響を感じる人も多いのではないでしょうか。実際、彼の音楽やサックスの使い方は、あなたたちに影響を与えていますか?

【BNG】: 実は、John Zorn を知ったのは比較的遅い時期だったんだよね。ネット上で僕たちの音楽と彼の音楽を比較する人が出始めたのがきっかけだったんだ。
当初は、Chris Potter, Ben Wendel, Michael Brecker といったサックス奏者から影響を受けていたんだよ。
とはいえ、John Zorn は、サックス奏者の Shela が若い頃に大きな影響を受けている。Shela は Zorn と NAKED CITY を研究することで、即興演奏やフレージングを多く学んだんだ。
だから、メンバーによって異なるんだよね。

Q6: Interestingly, your music reminded me of the soundtrack to the Japanese anime Cowboy Bebap.It’s strange that grindcore reminds me of such music (lol), but do you actually have any Japanese anime, video games, or music influences?

【BNG】: Japanese culture hasn’t directly influenced our music, but it’s worth mentioning that we all grew up watching iconic anime and films like Evangelion, Berserk, Tetsuo: The Iron Man.
All of that stuff feels incredibly weird and mesmerizing ― at least from a European perspective. Maybe our music creates a similar feeling for listeners.

Q6: 面白いことに、あなたの音楽は日本のアニメ “カウボーイ・ビバップ” のサウンドトラックを想起させますよ。グラインドコアがそんな音楽を連想させるなんて不思議ですが(笑)。
そうした、日本のアニメやゲーム、音楽から影響を受けたことはありますか?

【BNG】: 日本の文化が直接僕たちの音楽に影響を与えたわけではないけど、僕たちは皆、”エヴァンゲリオン”, “ベルセルク”, “鉄男” といった名作アニメや映画を見て育ったことは特筆すべきだろうね。そうした作品は、少なくともヨーロッパの視点から見ると、信じられないほど奇妙でだけど魅惑的なんだ。
もしかしたら、僕たちの音楽もリスナーに同じような感覚を与えているのかもしれないね。

Q7: Originally, grindcore and death metal were two separate things, but in recent years the two have come closer together, with a proliferation of bands that are now being referred to as death grind. You also combine the impulse and sociality of hardcore with the complexity and technique of death metal, which do you consider more your roots?

【BNG】: Like we said earlier, it all started with death metal and its variations. Later, we began incorporating more grind and mathcore elements.
We genuinely love all these genres musically, but we deliberately distance ourselves from the typical lyrical themes associated with them.
We don’t want our music to be tied to the exaggerated brutality of death metal or the socio-political messaging often found in grindcore.

Q7: 元々、グラインド・コアとデスメタルは別々のジャンルでしたが、近年は両者が接近して “デス・グラインド” と呼ばれるバンドが増えています。
BNG もまた、ハードコアの衝動と社会性に、デスメタルの複雑さとテクニックを融合させていますが、どちらがよりあなたのルーツだと考えていますか?

【BNG】: 先ほども述べたように、すべてはデスメタルとその派生ジャンルから始まったんだよね。その後、グラインド・コアやマス・コアの要素をより多く取り入れるようになったんだ。
僕たちはそうしたジャンルを音楽的に心から愛しているけど、凶悪な音楽に典型的に見られる歌詞のテーマからは意図的に距離を置いていてね。
僕たちの音楽が、デスメタルの誇張された残虐性や、グラインド・コアによく見られる社会政治的なメッセージと結びつくことは望んでいないんだ。

Q8: Since 2020, pandemic happened, divisions are growing, and your country is at war. What can heavy music do in such a dark world?

【BNG】: We believe heavy music should keep doing what it has always done ― bringing people together, giving them a way to release emotions and energy, and helping them get through all this darkness.

Q8: 2020年以降、パンデミックが発生し、分断が深まり、遂にはあなたの国は戦争状態にあります。このような暗い世界で、ヘヴィ・ミュージックは何ができるでしょうか?

【BNG】: 僕たちは、ヘヴィ・ミュージックはこれまで通り、人々を結びつけ、感情やエネルギーを発散させる手段を提供し、この暗闇を乗り越える手助けをし続けるべきだと信じているよ。

FIVE ALBUMS THAT CHANGED BNG’S LIFE!!

The Tony Danza Tapdance Extravaganza “Danza III”

the album that got me into mathcore (Halo)

Metallica “Master of Puppets”

the album that got me into heavy music (Tim)

Pink Floyd “The Wall”

because I like worms (Shela)

Yüth Forever “Freudian Slip”

such an underrated album that takes the best from nu metal, math metal, and metalcore and delivers it in a full-force blast of aggression, anxiety, and depression — just hits you straight in the face (M1t)

Foetopsy “In the Bathroom”

Almighty Jon Engman completely changed my drumming (Nox)

MESSAGE FOR JAPAN

We’re really happy that people in Japan are interested in what we do. Hopefully, one day we’ll get to visit your country, play a couple of shows, and fulfill our vocalist’s childhood dream!

日本のみんなが僕たちの音楽に興味を持ってくれたことを、本当に嬉しく思うよ。いつか日本に行けることを願っている。君たちの国でライブを行い、ボーカリストの幼い頃からの夢を叶えたいね!

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【AT THE GATES : THE GHOST FROM A FUTURE DEAD】 TRIBUTE TO TOMAS LINDBERG


COVER STORY : AT THE GATES “THE GHOST FROM A FUTURE PAST”

“It’s not the music, it’s more like the friendship. From the reunion, I would say we were the best of friends. I mean, we hung out outside the band as well and were almost like a family. So I will always share the friendship of it.”

THE GHOST OF A FUTURE DEAD

2025年9月16日。Tomas “Tompa” Lindberg は稀少で進行の速い癌である腺様嚢胞癌との勇敢な闘病の末、52歳で亡くなりました。北欧アンダーグラウンド・シーンのアイコンだった彼は、2024年初頭の入院、手術を前に、新作のボーカル・パートをすべて完成させていたのです。その後も彼はバンドとリモートで精力的に作業を続け、後に様々な感情に満ちたアルバム “The Ghost of a Future Dead” となる作品の隅々までを作り上げていきました。
「彼はとても勇敢だった。手術後もアルバム制作に取り組んだことが、彼自身と彼の状況にとってプラスになったと思う。創作活動を続け、いわば制作過程に身を置くことで、彼は最悪の時期を乗り越えることができたと思う」
そう、盟友 Anders Björler は語っています。音楽と歌詞は Tomas の診断前に完成していましたが、バンドは Tomas 自身の希望でアルバムのタイトルを変更しました。そのタイトルは、今となっては伝説のフロントマンへの痛切で予言的な墓碑銘となっています。
「曲も歌詞も全て完成していたんだ。アルバムの仮タイトルは “The Dissonant Void(不協和音の虚無)” だった。2曲目のタイトルだね。ところが、手術と放射線治療の後、彼は機嫌が悪かったり、悪夢に悩まされ、薬の効き目が強かったりして、アルバムのタイトルを変えてしまったんだ。だから、”The Ghost of a Future Dead (未来の死者の亡霊) ” が Tomas の選んだタイトルなんだよ。僕たちなら絶対に使わなかったようなタイトルだけど、彼自身が選んだものなので、それでいいと思っている。とても衝撃的で、とても陰鬱で、今振り返ると、ある意味予言的とも言えるタイトルとなったね。あまり深く話し合ったわけではないけれど、今思えば、彼は最終的に生き残れないかもしれないという不安を抱えていたのだと思う。いまではないにしても、数年後にはそうなるかもしれないと。だから、これはこれから起こることの予兆のようなものだったのかもしれないね。うん、本当に力強いタイトルだ。Tomas のタイトルだよ」
音楽的に、Tomas はシンプルなスタイルに回帰することを望んでいました。
「Tomas と他のメンバーは僕がバンドに戻ってきたことを本当に喜んでいて、僕が戻ってきたことで彼らはどういうわけか新しいエネルギーを得たようだった。Tomas の希望は “Slaughter Of The Soul” や “At War With Reality” のような、よりシンプルなアレンジ・スタイルに戻ることだと言っていたね。というのも、彼らは過去2枚のアルバムでプログレッシブなスタイルのパートを作っていたから。それで、僕と Jonas は曲作りを始め、ほぼ半々で書きあげたんだ」

終焉の全貌を理解するには、まずは始まり、つまりイエテボリで道を切り開こうとしていた若者たちの馴れ初めに遡る必要があります。彼らはメジャーなメタルとアンダーグラウンドの両方から影響を受けていました。
「つまり、最初は基本的に僕と Jonas と学校の友達だったんだ。ACCEPT の “Restless and Wild” みたいな音楽を聴き始めて、もっとヘヴィな音楽を探し求めていた。もっと速く、もっとヘヴィに、もっとブルータルに、でも少しだけスケールアップした感じの音楽が欲しかったんだ。
ACCEPT の次の段階は、W.A.S.P. がファーストアルバムを出した時だった。それから、”Animal (Fuck like a Beast) EP” もね。まあ、父が英語が分かるから買えなかったんだけど。それに(Blackie Lawlessが)股間にノコギリの刃を刺してたし。僕たちまだ10歳くらいだったからね(笑)。
それから METALLICA, SLAYER へと進み、1989年に Tomas と出会ったことで、MORBID ANGEL やアンダーグラウンド・メタル・シーン全体に足を踏み入れることになったんだよね」
Björler 兄弟が Tomas と出会ったことで、すべてが変わりました。Tomas は当時、後に AT THE GATES のメンバーとなる Alf Svensson と共に GROTESQUE というバンドで地元のシーンにおいて既に頭角を現していました。
「Tomas はストックホルムで NIHILIST, DISMEMBER, TIAMAT, GRAVE のメンバーなど、たくさんの知り合いがいたんだ。でもイエテボリに来てからはかなり孤独だったから、もっと関われる何かを求めていたんだよ。自分の音楽を広めたかったんだろうね。
彼と、カスケード誌を創刊した友人は、イギリスのメタル雑誌 “メタル・フォース” にたくさんの広告が載っているのを見つけたんだと思う。それで、他の雑誌の広告やデモテープなどの広告もカスケードに載るようになった。いわばセミ・アンダーグラウンドな雑誌だったんだけど、普通の書店でも手に入ったから、既に流通していたといえる。だけど、アンダーグラウンド系の広告も載っていたんだ。だから、AT THE GATES は Tomas との出会いで始まったと思う。彼は僕に新しい世界を開いてくれたからね」

兄弟は1990年に Tomas, Alf, そしてドラマーの Adrian Erlandsson と共に AT THE GATES を結成し、デビューEP “Gardens of Grief” をリリース。その後、Alf が脱退するまでに、1992年に “The Red in the Sky is Ours”、1993年に “With Fear I Kiss the Burning Darkness” という2枚のアルバムをリリースしました。
「Alf は最も複雑でひねくれたアイデアを提供してくれていた。僕たちは彼から大きな影響を受けていたし、今もそうだ。彼は素晴らしい音楽を書いていた。初期の作品の問題点は、プロダクションがひどいことだね。良いサウンドだったら、もっとずっと面白くなっただろう。でも、93年に彼が脱退した後、THE HOUSE OF USHER の Martin Larsson が加入し、ソングライティングはよりストレートになったよ」
当時のバンドの技術はまだまだ未熟で、楽器の上達にも情熱を傾けていました。
「本当に大変だったんだ。僕たちはイエテボリの南にある小さな村の出身だった。イエテボリというより、本当に小さな村でね。だから、奇跡みたいなものだよ。確かに、僕たちは何かユニークなことをしていると思っていたし、実際そうだった。でも、世界最高のバンドだとは思っていなかったよ。僕にとって一番大きな問題は、楽器の演奏が本当に下手だったこと。いつも練習していたんだけどね。たぶん “Terminal Speed Disease” の頃になって、少しずつ上達し始めたよ。それからは、少なくともマシにはなった。だから、最初の頃の本当の苦労は、演奏が下手だったことだね。でも、僕が初めてギターを手に入れたのは1990年の2月だったんだ。つまり、AT THE GATES を始める数ヶ月前のこと。だから、たくさん練習しなきゃいけなかった。最初のミニアルバム “Gardens of Grief” は冬、12月と1月にレコーディングしたんだ。だから、練習期間はたった10ヶ月しかなかった」

バンドは1994年にピースヴィル・レコードから “Terminal Spirit Disease” をリリースし、1995年にはイヤーエイク・レコードから、今や名盤の誉れ高い “Slaughter of the Soul” をリリースしました。これが彼らにとって以降19年間の最後のアルバムとなりました。 しかし皮肉なことに、バンドとその仲間たちは不在の間にカルト的な人気を獲得し始めます。そうして、イエテボリ・サウンドはより幅広い層にアピールするようになっていきました。
「確か DARK TRANQUILLITY の Mikael が、1998年頃にドイツで行ったインタビューで、イエテボリ・サウンドとかいうやつを耳にしたのがきっかけだったと思う。そう、その頃、それから2年後くらいだったかな。アメリカのバンドの多くは、東海岸で行われたMORBID ANGEL, DISSECTION, AT THE GATES のライブに出演したがっていたんだ。SHADOWS FALL, KILLSWITCH ENGAGE, UNEARTH のメンバーと話をしたよ」
2008年に数回の再結成ライブを行いましたが、バンドが本格的に復活し、名盤 “Slaughter of the Soul”のラインナップを擁する、強烈な5thアルバム “At War With Reality” をリリースするまでには、さらに6年の歳月を要しました。もし、あの解散がなければバンドはより大きくなっていたのでしょうか?
「僕は衝動的で感情に流されやすい性格なので、最初にバンドを脱退するのは非常に感情的な決断でした。10ヶ月間も無給でツアーを続け、膨大な量の仕事をこなさなければならなかった。僕たちはまだそんな準備ができてなかったんだ。まだ20歳で、若くて、早すぎたんだ。もちろん、お酒もたくさん飲んだしね。ちょっとした喧嘩もあったけど、深刻なものではなかったね。Tomas は、ビッグなバンドになることに非常にこだわっていたけど、僕はそうではなくて、音楽を作ることに夢中だった。そしてそれは今も変わらない。重要なのははアートを創造すること。キャリアには興味がない。街で声をかけられたりするのは嫌なんだよ。だからインタビューも好きじゃない。ごめんね。以前は Tomas がインタビューを全部やってくれてたから、僕にとっては全然新しい経験でね。僕はかなりシャイな人間だからね。でも、音楽を作ること、それが僕にとって常に重要だった。つまり音楽そのものが大切なんだ。名声には興味がない」

Anders は2017年にバンドを脱退し、ツアーやレコーディング活動とは無縁のキャリアを歩み始めましたが、5年後、彼はバンドメンバーと再会し、ライブを再開。後に “The Ghost of a Future Dead” となる楽曲制作に取り掛かりました。
「復帰はとても自然な感じだった。戻ってきてすごくいい気分だったし、エネルギーもみなぎって、また楽しくなった。もちろん、みんな連絡を取り合っていたし、Jonas は双子の兄弟みたいなものだ。他のメンバーとも連絡を取り合っていた。彼らは怒ったりしなかった。僕たちも年を取ったからね。誰かがグループを離れて別のことをしようと決めたとしても、わだかまりはない。人生ってそういうものだからね」
90年代と今とでは、変わったことがあるのでしょうか?
「一番大きな変化は、音楽理論に関する知識が格段に増えたことだと思う。つまり、音楽についてずっと多くのことを知っていて、よりこだわりが強くなったということかな。ドラムのBPMが0.5倍ずれているだけでも、チューニングが0.05%間違っているだけでも、すぐに分かるからね。本当に、まあ、職業病みたいなものだね。40年、いや35年もの間、膨大な量の音楽を聴いてきたわけだから。でも、初期の頃のあのエネルギー、あの若々しさが懐かしいよ。僕たちは本当に、本当に、世界を変えられると信じていた。実際にそう信じていたんだよ。
ああ、そう、俺たちは自分たちがビートルズかローリング・ストーンズか何かだと思ってたんだ。でも実際は、奇妙な影響を受けたクレイジーなデスメタル・バンドだった。あの頃のエネルギーと集中力が懐かしいよ。もう53歳だしね。ちょっと怠け癖が出て、モチベーションを維持するのが難しくなる時もある。家族や友達と過ごす時間を増やしたくなるしね。だから、そう。それが以前との大きな違いなんだ」

Anders の音楽の嗜好も変わってきたようです。
「最近は60年代のジャズ、例えばコルトレーンやマイルス・デイヴィスみたいなものはよく聴くね。妻はアンビエントとか、すごくダークな音楽をよく聴かせてくれる。新しいポップスも聴くよ。つまり、良い気分になれるもの、良いものなら何でもいいと思う。でももちろん、クラシック・メタルも聴くし、BLACK SABBATH や RAINBOW などの70年代のメタルも好きだ。SLAYER や TROUBLE なども今でもよく聴く。聴かないのは難しい。何でもいい。でも、モダンメタルは聴かない。だから、メタルを聴くとしたら、MORBID ANGEL とか、89年か90年に出た頃まで。それ以降はあまり聴かないね。
昔の音楽を聴くのは、それが自分が育った音楽だから。だから、現代​​の音楽はメタルじゃない。何か別のものだ。だから何でもいい。映画音楽、サウンド・トラック、何でも。昔のイタリアやスペインのカルト映画、つまりマカロニ・ウェスタンやガロ・スリラー、それから “食人ゾンビ” などもよく観るし、イタリア映画のサウンドトラックもよく聴くね。ブライアン・イーノ、エンニオ・モリコーネなど、有名な作曲家はたくさん、他にも100人くらいるね。ロシアのクラシック音楽も素晴らしいよ。AT THE GATES に大きな影響を与えていると思う。チャイコフスキー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフなど、特に不協和音のハーモニーが重要だ。Jonas もよく聴いていたんだ」
復帰の条件として、大規模なツアーやメディア対応はしないと冗談交じりに話しながら、Anders は、このアルバムに関わるすべて―プレス対応からアートワークやビデオの制作、あらゆる計画や祝賀会まで―は、すべて Tomas 追悼のためだと強調します。
「これは Tomas のためにやっているんだ。ああ…話すのはとても辛いよ…つまり、ジャーナリストと話すのは非常に厄介なことであると同時に、セラピーのようなものでもあるんだよな。というのも、多くのジャーナリストが Tomas を個人的に知っていたことに気づいたからね。実際、彼の話をしていると、泣き崩れてしまうジャーナリストもいたくらいでね。誰にとっても、彼の死は大きな出来事だったんだ」

30年以上にも及ぶ友情、青春時代から大人になるまでの道のりを振り返ると、音楽よりも大切なのはメンバーとの兄弟のような絆でした。
「音楽というより、友情の方がずっと大切だった。最初の数年間は確かに友情があったけれど、それはまだ青春時代だったからね。だから、それから色々な感情が渦巻いてきて、いくつか間違った決断もしたし、ツアーが中止になったり、イライラすることもたくさんあった。
でも、その後、30代になって大人になった頃、Tomas に息子が生まれた。彼はすっかり別人のように、謙虚になった。バランスが取れた人間になっていたんだ。先生として働いてもいたしね。だから再結成した時、僕たちは最高の親友だったと言えるだろう。バンド以外でも一緒に過ごしたし、まるで家族みたいだった。だから、この友情はいつまでも僕の大切な宝物なんだ」
ドラマー Adrian Erlandsson は、アルバムの歌詞をまだ聴けていません。
「正直に言うと、歌詞については何も言えないんだ。歌詞を読んでいないからね。Tomas の病気、そして最終的には彼の死という、このアルバムを取り巻く様々な出来事があったから、長い間、聴くのが辛かったんだよ…彼が亡くなる直前から、ようやくまた聴き始めたんだけどね…」
残されたバンドメンバーにとって、”The Ghost of a Future Dead” のリリースは、悲しみと表裏一体でした。すべての音、すべてのサウンド、すべての映像は、フロントマンであり、そして何よりも大切な友人であった、今は亡き Tomas のことを思い出させます。しかし同時に、この遺作は彼の情熱、不屈の精神、そして比類なき才能の証でもあるのです。

「ちゃんと彼を悼む時間がなかったことに気づいた。まだ真っ只中にいるからね。まだこのアルバムに没頭している。インタビューを受けたり、アルバムの最終調整をしたり、彼のミュージックビデオを作ったりしているんだ。
すべてが彼の存在を感じさせる。どこに行っても彼のことを思い出す。音楽も、映像も、”The Fever Mask” のビデオも、街を歩いているだけでもそうだ。よく通っていたパブやレストランの前を通ったり、かつて住んでいた場所へ向かう古いバスを見かけたりするとね…つまり、何もかもが Tomas を思い出させるんだよな…
彼の残した功績にとても重きを置いているよ。それが一番大切なことなんだ。彼の記憶を後世に伝えることが本当に…重要だ。彼は非常に強い意志を持った人物で、特に音楽シーンに大きな影響力を持っていた。彼に会ったことのある人、ジャーナリスト、他のバンド、出身地を問わず、誰もが彼のことを覚えている。彼はとても社交的で、いつも新しい人をみんなに紹介してくれたから、誰も疎外感を感じなかったんだよな。僕は、人々が彼をそんな風に記憶してくれることを願っているよ」
バンドはこれからどうなるのでしょう?
「何も予定はない。というのも、アルバムを Tomas が望む形に仕上げることに集中してきたからね。彼がもう歌えないとわかってからは、Tomas の遺産を世に残すことに集中し、それを実現しようとしてきた。それが最優先事項だった。バンドの継続については全く話し合っていないよ。Tomas の代役なんて、そもそも不可能だろう。彼は本当に個性的な人物だったからね…」

REST IN POWER…TOMAS “TOMPA” LINDBERG

参考文献: METAL INJECTION :The Ghost Of A Future Dead: The Life & Legacy Of AT THE GATES & TOMAS LINDBERG

ROCKING GREECE :At The Gates: “It’s all about creating art, not a career”

LOUDER SOUND :Adrian Erlandsson admits he hasn’t yet read the lyrics of the Gothenburg innovators’ upcoming record, The Ghost Of A Future Dead

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【JOEL HOEKSTRA’S 13 : FROM THE FADE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JOEL HOEKSTRA !!

“It does’t really matter WHAT you’re working hard at. There are so many ways to become talented with guitar. The one thing all great guitar players have in common is that they have spent a lot of time with the instrument.”

DISC REVIEW “FROM THE FADE”

「僕は音楽に関しては非常に柔軟な考え方を持っていて、何事にも一生懸命取り組んでいるんだ。プロ意識を持ち、親しみやすく、感じの良い人間であろうと心がけていて、だから周りの人たちも僕が彼らのために最善を尽くそうと真剣に考えていることを感じ取ってくれているからだと思うんだ」
Joel Hoekstra は今、メタルやハード・ロックの世界で最も引っ張りだこなギタリストのひとりでしょう。NIGHT RANGER で颯爽とギター・シーンに登場した Joel は、その技巧と創造性、そして旋律の妙で瞬く間に注目を集め、David Coverdale から WHITESNAKE のギタリストに任命されます。あまりにも華麗なロックのシンデレラ・ストーリー。しかし、Joel を必要としているのはこの二大バンドだけではありません。
TSO, FOREIGNER, ICONIC, REVOLUTION SAINTS, Jeff Scott Soto, Amy Lee, Michael Sweet, Sebastian Bach, Nico Mcbrain, そして意外にも ACCEPT。少し挙げただけでも、共演者には錚々たる顔ぶれが並んでいます。興味深いのは、多種多様なアーティストが Joel との共演を望んでいること。つまり、Joel の才能はどんな音楽にも対応できるほどに柔軟ですが、しかしそれだけが求められる理由ではありません。いや、それ以上に彼は、人間的に柔軟で優しく、勤勉であることこそが求められる理由だと信じています。
「僕はいつも、誰よりも努力するようにとアドバイスしているんだ。なぜなら、努力は必ず報われると信じているから。実は、ギターを極めるために何に努力するかはそれほど重要ではないんだよ。ギターの才能を開花させる方法はたくさんあるからね。偉大なギタリストに共通しているのは、楽器に多くの時間を費やしてきたという事実だけなんだ」
そう、Joel Hoekstra はギターに対して、音楽に対して、そして音楽にかかわるすべての人に対して誰よりも謙虚で、柔軟で、真剣です。練習よりも、努力よりも、戦略やイメージ、動画の編集能力が重要になる現代において、だからこそ Joel は声高にこう語ります。ギターに触り続けろと。
運指や音の正答が瞬時にでる、YouTube や Guitar Pro 全盛の時代。しかしもしかすると、その便利さがギタリストの多様性を奪っているのかもしれません。ギターを極めるための道は何通りもあるべきで、だからこそ道が定まらない不便な時代には個性的なギタリストが多く生まれたのかもしれません。ただひとつ、裏切らないのはギターに触れた時間だけ。
「まず第一に、僕はロック・ミュージシャンだ。でも、他のジャンルの要素を取り入れてロックに融合させるのが大好きなんだよね。音楽理論が大好きだから、音楽の構造を理解できて、他の人がやっていないようなことを考えるのにとても役立っているよ。普段は親しみやすく馴染みやすいスタイルで演奏しているけど、時折、人を驚かせるような要素を盛り込むのが好きなんだよね」
そんなギターのキャプテン翼、Joel Hoekstra だからこそ、彼が作り上げる “メロハー” の世界 “From the Fade” は独特で芳醇です。”Lifeline” のように誰もが親しみを抱くメロディを根幹に置きながら、Joel は楽曲の中にギターの美技、そして好奇心を誘うギミックやフックを存分に盛り込みます。Vinnie Appice, Derek Sherinian, Tony Franklin という歴戦の猛者たちの色彩も巧みに織り入れながら、シーンのニュー・ヒーロー Girish Pradhan の情熱的な歌唱がアルバムのステージをひとつ上へと高め、Joel の絶技がトドメを指すイメージでしょうか。ただのノスタルジーではなく、衰退とは真逆の未来を見据えたフォレスタルジー。そう、Joel が作り上げた、DIO から JOURNEY、WHITESNAKE から FOREIGNER まで駆け巡るメタルの歌心と妙技の旅路は、21世紀に入っても色褪せることは決してないのです。
今回弊誌では、Joel Hoekstra にインタビューを行うことができました。「僕自身は8フィンガー・テクニックを Jeff Watson から教わったわけではなくてね。僕の初期の指導者の一人である TJ Hermerich が、僕がまだ若かった頃、たぶん14歳くらいの時に教えてくれたものなんだ。彼は Brett Garsed とフュージョン・アルバムをいくつか出しているから、ぜひ聴いてみてほしい!TJ は8フィンガー奏法において非常に高度な技術を持っていたからね」 そうなんだよね…この人 TJ Hermerich の弟子でもあるんだよね… Brett Garsed 共々、タップでもハイブリッドでもある指は全部使う努力家ギタリストの系譜。どうぞ!!

JOEL HOEKSTRA’S 13 “FROM THE FADE” : 10/10

INTERVIEW WITH JOEL HOEKSTRA

Q1: Your family is a classical music family, and you studied cello and piano from an early age. Have those experiences helped you become the guitar virtuoso you are today? Do you feel that electric guitar students should also study classical music?

【JOEL】: They helped me to develop a sense of pitch and rhythm at a young age and jump start my ability to learn songs by ear. I don’t necessarily think that EVERYONE should do anything in particular. Everybody should find their own path. In the end, there are many ways to be “good” at guitar.

Q1: あなたの家族はクラシック音楽一家で、あなた自身も幼い頃からチェロとピアノを習っていたそうですね。
そうした経験は、あなたが今日のようなギターの名手になる上で役立ちましたか?また、エレキギターを学ぶ生徒もクラシック音楽を学ぶべきだとお考えですか?

【JOEL】: クラシックのおかげで、幼い頃から音感とリズム感を養い、耳で曲を覚える能力を磨くことができたのはたしかだよ。でもね、ギターの上達のために、誰もが通らなければならない道なんてないと思っている。というより、誰もが自分自身の道を見つけるべきなんだ。結局のところ、ギターが “上手くなる” 方法はたくさんあるんだからね。

Q2: I have the impression that you came on the scene out of nowhere, and in fact, Kelly Keagy saw your 8-fingers technique and invited you to join Night Ranger, right? That technique is very interesting, but very few people use it anymore, but did the technique developed by Jeff Watson change your life in some way?

【JOEL】: That really isn’t the way my career developed. There were many steps that led up to joining Night Ranger. I had released my own albums, played in theatrical productions like Love, Janis and toured with older acts like The Turtles and Big Brother & The Holding Company. I also played with Kelly in Scrap Metal and Jim Peterik’s World Stage. So, joining Night Ranger was probably the first time people in Japan heard of me, but I had been a professional guitarist for 17 years before even joining. Also, I didn’t really learn the 8-finger technique from Jeff Watson. One of my early instructors, TJ Helmerich was teaching it to me at a young age. Maybe 14? He has some fusion albums out with Brett Garsed that people really should check out. TJ was incredibly advanced at the technique. I think the ability to play the part in Rock in America helped me in eventually joining Night Ranger full-time, but initially it had more to do with my ability to learn a lot of songs and perform them without rehearsal for Jim Peterik’s World Stage Band. As I said, Kelly was a part of those and Night Ranger just needed someone to “fill in” for Reb Beach for one show. In fact, they didn’t even realize that I was going to be able to play that solo until we were at the show.

Q2: 日本では、あなたはまるで彗星のごとく現れたような印象があります。実際、Kelly Keagy があなたの8フィンガー・テクニックを見て感銘を受け、NIGHT RANGER に誘ったんですよね?そのテクニックは非常に興味深いものですが、残念ながら今ではほとんど使われていません。ただある意味、Jeff Watson が開発したあのテクニックが、あなたの人生を切り開いたといえるのでしょうか?

【JOEL】: 僕のキャリアはそんな突然に発展したわけではないんだよ。NIGHT RANGER に加入するまでには、多くの段階があったからね。自分のアルバムをリリースしたり、”Love, Janis” のような舞台作品に出演したり、THE TURTLES や Big Brother & The Holding Company といったベテラン・バンドとツアーをしたりしていたからね。また、Scrap Metal や Jim Petrick & World Stage で Kelly と共演していたんだよね。だこら、おそらく NIGHT RANGER に加入したことが、日本で僕の名前が知られるようになった最初のきっかけだったのだろうけど、加入する前から17年間プロのギタリストとして活動していたんだよね。
それに、僕自身は8フィンガー・テクニックを Jeff Watson から教わったわけではなくてね。僕の初期の指導者の一人である TJ・Hermerich が、僕がまだ若かった頃、たぶん14歳くらいの時に教えてくれたものなんだ。彼は Brett Garsed とフュージョン・アルバムをいくつか出しているから、ぜひ聴いてみてほしい!TJ は8フィンガー奏法において非常に高度な技術を持っていたからね。
“Rock in America” で Jeff を演じた経験が、最終的に NIGHT RANGER に正式加入する上で役立ったと思うよ。でも当時は、Jim Petrick & World Stage で多くの曲を覚え、リハーサルなしで演奏できたことが選ばれた大きな理由だったと思う。さっきも言ったように、Kelly はそのバンドの一員で、その時 NIGHT RANGER は Reb Beach の代役を1公演だけ必要としていただけだからね。実際、彼らは僕がソロを演奏できるとは、公演当日まで気づいていなかったんだよ。

Q3: Then you joined WHITESNAKE. It was a great Cinderella story! You teamed up with legendary players such as Brad Gillis in Night Ranger and Reb Beach in Whitesnake, what did they teach you?

【JOEL】: I learned a lot from Brad in terms of attitude. Brad was a great mentor for me. We were like big brother, little brother. Reb was great to play rhythm guitar with. Everyone knows he’s a great lead player, but his rhythms are very tight and accurate. I tried to stay away from what they did as guitarists, because good guitar teams should have recognizable identities.

Q3: それからあなたは WHITESNAKE に加入しました。まさにシンデレラ・ストーリーですね!NIGHT RANGER の Brad Gillis や WHITESNAKE の Reb Beach といった伝説的なミュージシャンたちと共演しましたが、彼らからはどんなことを学びましたか?

【JOEL】: Brad からは、アティテュードの面で多くのことを学んだよね。Brad は僕にとって素晴らしいメンター、師匠だった。まるで兄と弟のような関係だったんだよ。
Reb はリズム・ギターを一緒に演奏するのに最高の相手だったね。誰もが彼が素晴らしいリード・ギタリストであることを知っているけど、彼のリズムも非常にタイトで正確なんだよ。でも僕は、ギタリストとして彼らの演奏スタイルに倣わないように努めていたんだ。なぜなら、優れたギター・チームにはそれぞれ明確な個性があるべきだからね 。

Q4: You have been needed by a variety of great artists from TSO, Foreigner, Michael Sweet, and surprisingly, Accept (!), and now you are even working with Nicko Mcbrain! What do you think it is about you that makes such a wide range of people like you so much?

【JOEL】: Musically I am very open minded and work hard on whatever it is I’m doing. I try to be professional, friendly, nice and I think that people sense that I really care about doing my best for them.

Q4: TSO, FOREIGNER, Michael Sweet, そして意外にも ACCEPT(!)といった数々の素晴らしいアーティストから求められてきたあなたは、今では Nicko Mcbrain とも仕事をしていますね!これほど幅広い層の人々に愛され、必要とされる理由は何だと思いますか?

【JOEL】: 僕は音楽に関しては非常に柔軟な考え方を持っていて、何事にも一生懸命取り組んでいるんだ。プロ意識を持ち、親しみやすく、感じの良い人間であろうと心がけていて、だから周りの人たちも僕が彼らのために最善を尽くそうと真剣に考えていることを感じ取ってくれているからだと思うんだ。

Q5: Still, “From the Fade” is a great album! There are very few hard rock albums that mesh so well with melody and technique! You used to release jazz and acoustic- infused instrumentals (That’s great too), why do you stick to melodic hard rock now?

【JOEL】: Well, I became more well-known in the melodic hard rock scene and the fans who listened to my fusion albums wanted something more rock from me. It was something that I had always intended to do anyway. So the timing was right to start Joel Hoekstra’s 13. Someday I may release some instrumental albums again, but I’m having a good time writing and recording the style that I’m best known for, so it makes sense for now.

Q5: それにしても、”From the Fade” は素晴らしいアルバムですね!これほどメロディーとテクニックがこれほど見事に融合したハード・ロック作品は滅多にありませんよ!
以前はジャズやアコースティックを取り入れたインストゥルメンタルもリリースしていましたが(それも素晴らしい)、なぜ今はメロディックなハード・ロックに集中しているのですか?

【JOEL】: メロディック・ハードロックのシーンで知名度が上がったことで、フュージョン・アルバムを聴いてくれたファンまでも、もっとロック色の強い音楽を求めていたんだ。
そもそも、僕自身もいつかはロックをやりたいと思っていたので、Joel Hoekstra’s 13 を始めるにはちょうど良いタイミングだったね。いつかまたインストゥルメンタル・アルバムをリリースするかもしれないけど、今は自分が最も得意とするスタイルの曲作りやレコーディングを楽しんでいるし、今はこれでいいと思っているよ。

Q6: What is great about you is that even in such a hard rock context, you are unafraid to use out-note and progressive apporoach. That is why you are called a virtuoso. What do you keep in mind when using such jazz and classical sounds in a hard rock context?

【JOEL】: First and foremost, I’m a rock player. But, I LOVE to take elements from other styles and pull them into rock. I love music theory and when you understand the construction of music, it helps to think of things that others aren’t doing. I guess I play with a relatable, familiar style MOST of the time and like to throw things in that surprise people.

Q6: あなたの素晴らしいところは、ハード・ロックというジャンルの中でも、アウト・ノートやプログレッシブなアプローチを恐れずに取り入れている点です。だからこそ、あなたはヴァーチュオーゾと呼ばれるのでしょう。

【JOEL】: まず第一に、僕はロック・ミュージシャンだ。でも、他のジャンルの要素を取り入れてロックに融合させるのが大好きなんだよね。音楽理論が大好きだから、音楽の構造を理解できて、他の人がやっていないようなことを考えるのにとても役立っているよ。
普段は親しみやすく馴染みやすいスタイルで演奏しているけど、時折、人を驚かせるような要素を盛り込むのが好きなんだよね。

Q7: Of course, Vinnie, Tony, and Derek are great as always, but it is Girish Pradhan’s voice that stands out as much as yours on this album. I first became convinced of his talent when I heard Girish’s “Rock the Highway,” and now he is one of the most sought-after singers in the world. I think he is from the same group of singers you have worked with, in the vein of David Coverdale, Russell Allen, and Jeff Scott Soto, but What makes him outstanding?

【JOEL】: Girish has a great range, a great rock feel and also is capable of adapting very well. He’s also very open minded and has a good attitude. He was very good with me on Crash of Life, in particular, because those melodies were written not knowing who was going to sing on the album. I KNEW he was going to sing on From the Fade, so I took advantage of his range and screaming abilities a bit more.

Q7: もちろん、Vinnie, Tony, Derek は相変わらず素晴らしいですが、このアルバムでは Girish Pradhan の歌声があなたのギターと同じくらい際立っています。
私が彼の才能を確信したのは、Girish の “Rock the Highway” を聴いた時で、今では彼はメタル世界で最も人気のある歌手の一人となりました。
彼は、あなたがこれまで一緒に仕事をしてきた David Coverdale, Russell Allen, Jeff Scott Soto といった歌手と同じ系統だと思いますが、その中でも彼を際立たせているのは何でしょうか?

【JOEL】: Girish は音域が広く、ロック・センスも抜群で、順応性も非常に高い。それに、とてもオープン・マインドで、人柄も良いんだよね。
特に “Crash of Life” では、誰がアルバムで歌うのか分からないままメロディーを作ったので、彼には本当に助けられたんだよ。一方で、”From the Fade” では彼が歌うことが分かっていたので、彼の音域の広さとスクリーム能力をより活かすことができたと思うよ。

Q8: what advice would you give to young guitarists?

【JOEL】: I always tell people to try to outwork everyone else, I think that in the end, you are rewarded for hard work. It does’t really matter WHAT you’re working hard at. There are so many ways to become talented with guitar. The one thing all great guitar players have in common is that they have spent a lot of time with the instrument.

Q8: 最後に、若いギタリストに贈るアドバイスをお願いします!

【JOEL】: 僕はいつも、誰よりも努力するようにとアドバイスしているんだ。なぜなら、努力は必ず報われると信じているから。実は、ギターを極めるために何に努力するかはそれほど重要ではないんだよ。ギターの才能を開花させる方法はたくさんあるからね。偉大なギタリストに共通しているのは、楽器に多くの時間を費やしてきたという事実だけなんだ。

FIVE ALBUMS THAT CHANGED JOEL’S LIFE!!

AC/DC “Back in Black”

Yngwie Malmsteen “Rising Force”

Joe Satriani “Not of This Earth”

Garsed/Helmerich “Quid Pro Quo”

Steve Vai “Passion and Warfare”

MESSAGE FOR JAPAN

My daughter (who is 10) is obsessed with Japanese culture. She loves anime! I adore the Japanese music scene and miss it very much right now. I really, really want to get back to Japan. The fans are so knowledgeable, dedicated and respectful. I hope to be back there very soon! I miss all of you so much!

僕の娘(10歳)は日本の文化に夢中なんだ。アニメが大好きなんだよ!僕自身は日本の音楽シーンが大好きで、今とても恋しいよ。本当に、本当に日本に早く戻りたいね。ファンの人たちは知識が豊富で、熱心で、礼儀正しいからね。できるだけ早く日本に戻れることを願っているよ!みんなにとても会いたいよ!

JOEL HOEKSTRA

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DARREN HOUSHOLDER : A VISION FOR YOU】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH DARREN HOUSHOLDER !!

“My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements.”

DISC REVIEW “A VISION FOR YOU”

「僕がバークリーに在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ」DREAM THEATER の成功は、その才能と努力、勤勉さから多くの人が予感していました。しかし、例えば James LaBrie との出会いだったり、MTV でのヘヴィ・ローテーションだったり、グラミー獲得までにはほんの少しの “運” の要素も作用していたはずです。実は彼らと同学年に、そんな “運” がほんの少し、味方しなかったひとりのギタリストがいたのです。
「1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね」
Darren Housholder。”シュラプネル” の一員だった彼は、レーベルの中で特に目立った存在とは言えませんでした。しかし、当時彼が残した3枚のソロ・アルバムはどれも、ギターが本当に “弾ける” 人なら理解できる、そしてそんな人を唸らせる実に素晴らしい作品でした。クラシックやオーケストラ、ビッグバンドに MESHUGGAH のようなリズムの実験。バラエティ豊かな3枚のアルバムにはどれも、挑戦的で音楽的な楽曲が揃えられていましたが、それ以上に Darren はギターを自らの手足のように扱っていました。
ギターを “弾ける” 人なら、そうしたギターとの一体感は演奏からすぐに感じ取ることができます。だからこそ、例えば Marty Friedman が MEGADETH で、Paul Gilbert が MR. BIG で、Bumblefoot が GUNS N’ ROSES で世界へ羽ばたいたように、Darren にもほんの少しの運が傾くべきだったのです。
「15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ」
もし出会ったのが LOVE/HATE ではなかったら (とはいえ “Let’s Rumble” は名作ですが)、もし Jeff Pilson と Vinnie Appice とバンドを組めていたら、もし David Lee Roth に拾われていたら…そんなたくさんの “If” を経て、Darren はギター以外の世界に活路を見出すことに決めました。
ギター教師、テレワークの経験を活かして立ち上げたフィットネス/サプリメント・ブランド “Psycho Pharma” は世界的なブランドへと成長。もし音楽を諦めたとしても、他の何かで自己実現することができる。そして、人はいつでも音楽へと戻ることもできる。Darren は自らの生き方で、音楽を諦めた誰かの希望となってみせました。そう、彼はブランドを成功へと導きながらも、若かりし頃の夢であった音楽の世界へと再び戻ってきたのです。
「何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね」
もしかすると、それは “中年の危機” だったのかもしれません。一時は練習さえしなくなっていたギターを、Darren は再び毎日手に取るようになりました。盟友 Jizzy Pearl のリクエストもあり、アルバムに参加。そうして感覚を取り戻したマエストロは、音楽で自己実現を果たすためインストの世界に舞い戻りました。
“A Vision for You”。ちょうど30年ぶりに届けられたアルバムには、まさしく Darren の多様なビジョンで満ちています。私たちはこういう、展開の読めない、惜しみなく技巧を披露した、ワクワクするような、シュレッド・アルバムをいつでも待ち侘びています。きっと Jeff Beck がシュラプネル時代のアーティストならこんな作品を作っていたのではないでしょうか? 旧友 Billy Sheehan と KORN の Ray Luzier のダイナミックな演奏も加わり、作品は完璧な復活祭となりました。”Ava’s Dance” の5/8とダウンテンポの6/8の使い分けといったらもう…”Generator Man” で正面されていましたが、やはりこの人はリズムの魔術師です。
今回弊誌では、Darren Housholder にインタビューを行うことができました。「ギターを弾くことで、内気な少年だった僕が自信に満ちた人間へと変われたんだ。人生観そのものが変わり、真の自信とカリスマ性を身につけることができた。音楽という言語を学び、自分だけのサウンドスケープを創造し、世界に発信してほしい。これこそが、僕が知る最高の贈り物だよ。ミュージシャンの個性とは、音色、フィーリング、そしてキャラクターだ。単に音符を弾くだけではなく、音符の弾き方、そして “これは私だ、他の誰にも真似できない” という個性的な表現力こそが、その人を際立たせるんだ。だから、自分だけの個性を見つけてほしい。自分だけのスタイルを見つけてほしい。それは、あらゆる影響が融合し、君だけの唯一無二の音楽へと昇華されるのだから」 どうぞ!!

DARREN HOUSHOLDER “A VISION FOR YOU” : 10/10

INTERVIEW WITH DARREN HOUSHOLDER

Q1: I first discovered you on the “Generator Man” album, and the title track really blew my mind! No other guitarist at the time could demonstrate such amazing technique over such complex rhythms. You were certainly one of the first to bring complex rhythms to shred―would you agree?

【DARREN】: Generator Man was actually my second album. At that time grunge and industrial music like Nine Inch Nails were dominating the scene. The public had turned against shred guitarists―it had become uncool to look clean and play great. I wanted to make a non-Shrapnel record that incorporated the sound of the times, like industrial music, but with shred guitar on top.
My first Shrapnel record, released in 1992, featured what I called “funky heavy metal big band.” I love clean, funky guitars, and I emulated a horn section by layering multiple guitars harmonizing together. While Shrapnel was known for Yngwie Malmsteen and neoclassical styles―which I loved―there were already departures from strict classical with players like Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, and Michael Lee Firkins. I went to Berklee College of Music, not GIT. Being at a jazz school and finding my own groove, I wrote songs like “Rubber Neck,” “Noodle Surprise,” and “Detrick Hates Jazz.” You can really hear the love of horn-section jazz in that track―it almost sounds like a big band.
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Q1: 初めてあなたを知ったのはアルバム “Generator Man” で、タイトル曲には本当に衝撃を受けました!当時、これほど複雑なリズムを、これほど素晴らしいテクニックで演奏できるギタリストは他にいませんでした。明らかにあなたは、複雑なリズムをシュレッドに取り入れた先駆者の一人ですよね?

【DARREN】: “Generator Man” は僕の2枚目のアルバムだった。当時、グランジや NINE INCH NAILS のようなインダストリアル・ミュージックがシーンを席巻していたんだよね。世間はシュレッド・ギタリストに背を向けていた。ルックスが良くて演奏が上手いことがダサいと思われるようになってしまったんだよね。だから僕はシュラプネルとは異なる、インダストリアル・ミュージックのような時代のサウンドを取り入れつつ、シュレッド・ギターを前面に出したアルバムを作りたかったんだ。
1992年にリリースしたシュラプネルのファースト・アルバムは、僕が “ファンキー・ヘヴィ・メタル・ビッグバンド” と呼んでいたサウンドを特徴としていたね。僕はクリーンでファンキーなギターが好きで、複数のギターを重ねてハーモニーを奏でることでホーン・セクションを模倣したんだ。シュラプネルは Yngwie Malmsteen やネオクラシカル・スタイルで知られていたけど(僕も大好きだった)、Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, Michael Lee Firkins といったギタリストたちによって、すでに厳密なクラシック音楽からの脱却が見られていたんだよね。
僕はGITではなく、バークリー音楽大学に通っていた。ジャズ・スクールに通い、自分なりのスタイルを見つけたことで、”Rubber Neck”, “Noodle Surprise”, “Detrick Hates Jazz” といった曲が生まれたんだ。特に “Detrick Hates Jazz” には、ホーン・セクションのあるジャズへの愛が色濃く表れていて、まるでビッグバンドのようなサウンドになったね。

Q2: I love all three of your solo albums―funky big band like Detrick Hates Jazz, complex rhythms like Generator Man, and classical yet unusually progressive songs like “Middle of the Night.” Clearly you were breaking shred conventions and moving the genre forward. Which of the three albums do you particularly like?

【DARREN】: The third record, Symphonic Aggression. I actually had the song “Middle of the Night” on my original demo tape for Mike Varney’s Guitar Player magazine Spotlight column back in October 1988. For that record, I basically submitted to the “Shrapnel sound”―the neoclassical genre―because that’s what it took to get accepted for distribution and to fund the album.
Symphonic Aggression ended up being much better received than Generator Man and gave the Shrapnel shred audience exactly what they wanted. I took Beethoven’s “Moonlight Sonata” and turned it into “Mayday,” a Paganini classical guitar piece into “When in Rome,” Chopin into “Espresso,” and Mozart’s 40th Symphony into “Dinner with Wolfgang.” There was a lot of creativity and satisfaction in adapting those classical pieces into big rock guitar instrumentals. The tracks really came alive with Ray Luzier on drums and my former Jennifer Batten bandmate, Ricky Wolking, on bass.

Q2: あなたのソロアルバムはどれも大好きです。まさにファンキーなビッグバンド調の “Detrick Hates Jazz” 、複雑なリズムの “Generator Man” 、そしてクラシックでありながらも斬新なプログレッシブ・ソング “Middle of the Night” など、どれも個性的で素晴らしいですね。
あなたは明らかにシュレッド・ギターの常識を覆し、このジャンルを前進させていました。過去の3枚の中で、あなたが特に気に入っているアルバムはどれですか?

【DARREN】: 3枚目のアルバム “Symphonic Aggression” だね。実は “Middle of the Night” は、1988年10月に Mike Varney の “Guitar Player” 誌の “Spotlight” コラムのために作ったデモ・テープに収録されていたんだよ。このアルバムでは、流通ルートを確保し、制作資金を捻出するために、いわゆる “シュラプネル・サウンド”、つまりネオ・クラシカルなジャンルに身を委ねる必要があったんだ。
“Symphonic Aggression” は “Generator Man” よりもはるかに好評を博し、シュラプネルのシュレッド・ギター・ファンがまさに求めていたものを提供していたね。ベートーヴェンの “月光” を “Mayday” に、パガニーニのクラシック・ギター曲を “When in Rome” に、ショパンを “Espresso” に、モーツァルトの交響曲第40番を “Dinner with Wolfgang” にアレンジして取り入れたんだ。こうしたクラシック曲を壮大なロック・ギター・インストゥルメンタルにアレンジすることには、大きな創造性と満足感があったよ。ドラムの Ray Luzierと、かつて Jennifer Batten で一緒にバンドを組んでいた Ricky Wolking がベースを担当したことで、楽曲は本当に生き生きとしたものになったね。

Q3: That’s why it’s such a shame you were gone from the scene for over twenty years until you performed with Jizzy Pearl again. What happened during that time?

【DARREN】: By 1995 I had three instrumental guitar albums plus the Let’s Rumble record with Love/Hate. My band Freak Power Ticket, featuring Ray Luzier on drums and Sean Daily on vocals, had recorded fifteen original songs and was performing around Los Angeles trying to land a deal―which was tough at the time. My girlfriend, now wife, was about to have our first child, Dorian―named after our favorite minor mode―so I went back to mornings doing telemarketing sales, something I’d done all through music school. I eventually got really good at it, good enough to support us, and within two years we bought our first home. Six months after that, I quit and started my own supplement distribution company called Brand New Energy, which later became my fitness brand Psycho Pharma. That was twenty-eight years ago.

Q3: だからこそ、あなたが Jizzy Pearl と再び共演するまで、20年以上もシーンから姿を消していたのは本当に残念でしたよ。その期間は、何があったのですか?

【DARREN】: 1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。
そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね。

Q4: It’s well known you were at Berklee with John Petrucci and John Myung. Did you jam with them a lot? What were they like back then?

【DARREN】: I was there the one year that John Petrucci, John Myung, and Mike Portnoy were all at Berklee. They were in the practice rooms every single night working on material for what becameMajesty. They were incredibly hard-working, industrious guys―clearly destined for success.
I performed in the recital hall once per semester, playing songs from Malmsteen, Steve Vai, Paul Gilbert, and my own compositions with JD on bass―who’s now in Black Label Society―and J. Gates on drums. Unfortunately the Dream Theater guys never performed their original songs live at Berklee; they were too busy writing and recording them in the practice rooms.

Q4: あなたが John Petrucci や John Myung とバークリー音楽大学で一緒だったことはよく知られていますね。彼らとはよくジャム・セッションをしていたのですか?

【DARREN】: 僕が在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ。
僕は学期に一度、リサイタルホールで演奏し、Yngwie, Vai, Satriani の曲や、JD(現在は BLACK LABEL SOCIETY に在籍)がベース、J・Gates がドラムを担当する形で、自分のオリジナル曲を演奏していたね。ただ残念ながら、DREAM THEATER のメンバーはバークリーでオリジナル曲をライブ演奏することはなかったんだ。彼らは練習室で作曲とレコーディングに没頭していたからね。

Q5: Dream Theater has earned a Grammy. You have exceptional technique, of course, but more than that, you can write good, challenging songs. For example, I understand there was talk of putting together a band with Jeff Pilson and Vinnie Appice?

【DARREN】: I moved to Los Angeles to join Jeff Pilson from Dokken and Vinnie Appice from Dio just a year after I graduated from Berklee. I was teaching guitar lessons and writing instrumental songs day and night when Mike Varney called with the introduction to Jeff. I auditioned, got the gig, and we moved from Boston to L.A. After about a year and a half the band signed a deal, got dropped, and eventually split up. They later released a record called War & Peace with Russ Parrish on guitar.

Q5: DREAM THEATER はグラミー賞を受賞するに値するバンドですよね。ただ、あなたもその場所にいてもおかしくない才能を持っていると思います。なぜなら、あなたは卓越したテクニックを持っていますが、それ以上に、良質で挑戦的な楽曲を書くことができるからです。
例えば、Jeff Pilson と Vinnie Appice とのバンド結成の話が実現していれば…?

【DARREN】: バークリー音楽大学を卒業してわずか1年後、DOKKEN の Jeff Pilson と DIO の Vinnie Appice のバンドに加わるため、ロサンゼルスに移住したんだよね。
それまで、ギターのレッスンをしながら、昼夜を問わずインストゥルメンタル曲を作曲していたところ、Mike Varney から Jeff を紹介する電話がかかってきてね。オーディションを受けて合格し、ボストンからロサンゼルスへ引っ越したんだ。
約1年半後、バンドはレコード会社と契約したんだけど、その後契約を解除され、最終的に解散してしまった。その後、Russ Parrish がギターを担当した “War & Peace” というアルバムをリリースしたんだけどね。

Q6: There was a wide variety of great guitarists on Shrapnel back then, but who were the ones you particularly identified with?

【DARREN】: All the Shrapnel guys had an impact on me―starting with Yngwie Malmsteen and Paul Gilbert, but really everyone, including Greg Howe. My primary influences are Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, and especially Eddie Van Halen and Ted Nugent. I could go on―Aerosmith, Led Zeppelin, The Beatles….

Q6: 当時、シュラプネル・レコードには実に多様な素晴らしいギタリストが在籍していましたが、あなたが特に共感していたのは誰でしたか?

【DARREN】: シュラプネルのメンバー全員から影響を受けていたよ。Yngwie Malmsteen と Paul Gilbert をはじめ、Greg Howe も含めて本当に全員だね。
僕の主な影響を受けたミュージシャンは、Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, それから Eddie Van Halen と Ted Nugent は特別だね。他にも AEROSMITH, LED ZEPPELIN, THE BEATLES など、挙げればきりがないね。

Q7: A Vision for You is really a great album―well worth the wait! I get the impression you’ve become a deeper guitarist with more country licks, but you haven’t lost your signature challenging rhythms and complex melodies. What made you decide to make another guitar instrumental album now?

【DARREN】: The first instrumental song I wrote in decades was “Ava’s Dance” back in 2019. I’d just recorded two records for Jizzy Pearl and was getting back into playing guitar more than thirty minutes a day. Eventually the creative writing came back to me―I had lost it for a long time, but it returned.
The songs on A Vision for You were written over the course of six years. They’re all very different―none of them sound alike. One thing that stays consistent is the attack and aggression that’s always been my signature. You can hear it throughout.

Q7: “A Vision for You” は本当に素晴らしいアルバムですね!待った甲斐がありました!
カントリー調のフレーズが増え、より深みのあるギタリストになった印象を受けますが、あなたの持ち味である挑戦的なリズムと複雑なメロディーは健在です。今回、再びギター・インストゥルメンタル・アルバムを制作しようと思ったきっかけは何だったんですか?

【DARREN】: 何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!
アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね。アルバム全体を通して、そのサウンドを感じ取ってもらえると思うよ。

Q8: While the development of AI and social media has its conveniences, it’s also made it easier to over-edit videos and have AI create songs. Are AI and social networking good for the future of the guitar, or bad?

【DARREN】: With AI, it’s a phenomenon that’s hard to fully comprehend. Music is organized sound that causes emotion in humans―it could be industrial machines clicking in a way that moves you, or the sound of someone fingerpicking a nylon-string guitar. I don’t think we can limit how we get there. As long as the finished piece is organized sound that creates emotion, it qualifies as music.

Q8: AIとソーシャルメディアの発展は便利な面もある一方で、動画の過剰編集やAIによる楽曲制作も容易にしてしまっています。AIと SNS はギターの未来にとって良いものなのでしょうか?それとも悪いものなのでしょうか?

【DARREN】: AIに関しては、完全に理解するのは難しい現象だと思う。音楽とは、人間の感情を揺さぶる組織化された音のこと。それは、工業機械のクリック音であれ、ナイロン弦ギターを指で弾く音であれ、何が君を感動させるかはわからないんだよ。だから、そこに至る過程を限定することはできないと思う。完成した作品が感情を生み出す組織化された音である限り、それは音楽として認められると思うよ。

Q9: By the way, your brand Psycho Pharma deals with supplements, right?

【DARREN】: My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements―one that’s authentic to me and carries both my character and Eric Bugenhagen’s. Our product names are Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, and Edge of Insanity―that’s our hero product.
Edge of Insanity has been available in China for four years, Australia for three, and through Suplinx in Japan. We’re in GNC and Amazon in the U.S., independent stores across the country, Mexico, South America, and we’ve done tradeshows in Germany the last three years. This is the most creative, passionate thing I’ve done in my life. I’m as obsessed with Psycho Pharma as I was with playing guitar sixteen hours a day. And somehow I’ve managed to build Psycho Pharma around the world while writing guitar instrumentals, recording three records with Jizzy Pearl, and releasing my first solo record in thirty years. Two records came out in 2025 as I turned sixty. I’m truly grateful for my life today.
I’ll keep writing and release another instrumental guitar record. I’d love to latch onto some guitar tours so I can perform my original music around the world. I also plan to write a comprehensive guitar book that simplifies scales, chords, and theory, and shows how to put it all together to become a creative musician. I’ve created a music theory page that’s basically the multiplication table for music. I have so much more to offer―I’m just getting started.

Q9: ところで、あなたのブランドであるサイコファーマはサプリメントを扱っていますよね?

【DARREN】: 15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ。それは、僕自身の個性と、エリック・ブーゲンハーゲンの個性を融合させた、真に自分らしいブランドだから。製品名は、Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, そして看板商品である Edge of Insanity だよ。
Edge of Insanityは、中国で4年間、オーストラリアで3年間、そして日本ではSuplinxを通じて販売されている。アメリカではGNCとAmazon、全米各地の独立系小売店、メキシコ、南米でも販売されていて、過去3年間はドイツで展示会にも出展しているんだ。これは、僕の人生で最も創造的で情熱を注げる仕事だよ。Psycho Pharma への情熱は、かつて1日16時間ギターを弾いていた頃と同じくらいさ。つまり僕は、ギター・インストゥルメンタル曲の作曲、Jizzy Pearl との3枚のアルバム制作、そして30年ぶりのソロ・アルバムのリリースと、世界中でPsycho Pharmaの活動を展開することができたんだ。2025年には60歳を迎えるけど、2枚のアルバムをリリースできた。今の人生に心から感謝しているんだ。
これからも作曲を続け、インストゥルメンタル・ギター・アルバムをリリースしていくつもりだよ。ギターツアーに参加して、世界中でオリジナル曲を演奏できたら最高ですね。また、スケール、コード、音楽理論を分かりやすく解説し、それらを組み合わせて創造的なミュージシャンになる方法を教える、包括的なギター教則本も執筆する予定。音楽理論のページも作成済みで、いわばこれは音楽の九九表のようなもの。まだまだ僕に提供できるものはたくさんあるんだ。これはまだ始まりに過ぎないんだよ。

Q10: You yourself have great muscles, and John Petrucci and Zakk Wylde are also very intense. Do you think strong muscles are necessary for a guitarist?

【DARREN】: I think we should all be mindful about exercise, eating right, sleeping, and taking care of our mental, physical, and spiritual health. For the last five years I’ve had the habit of reading spiritual and self-help books while pedaling the Peloton for thirty minutes every morning. It helps my physical, mental, and spiritual life every single day. I believe most successful people are athletes, scholars, and have a connection to something higher.

Q10: あなた自身も素晴らしい筋肉をお持ちですし、John Petrucci や Zakk Wylde もマッスル・ギタリストです。ギタリストにとって強い筋肉は必要だと思いますか?

【DARREN】: 僕たちは皆、運動、適切な食事、睡眠、そして心身の健康に気を配るべきだと思う。ここ5年間、毎朝30分間ペロトンを漕ぎながら、スピリチュアルや自己啓発の本を読む習慣をつけているんだ。これは僕の心身の健康に毎日役立っているよ。成功している人の多くは、アスリートか学者であり、より高次の存在と繋がっていると僕は信じているんだよ。

FIVE ALBUMS THAT CHANGED DARREN’S LIFE!!

Jimi Hendrix “Axis: Bold as Love”

Van Halen “Fair Warning”

Yngwie Malmsteen “Rising Force”

Steve Vai “Passion and Warfare”

Joe Satriani “Surfing with the Alien”

MESSAGE FOR JAPAN

My message for Japan and young guitar players is this: playing the guitar took me from a shy kid to someone full of confidence. It changed my whole outlook―I gained real self-confidence and charisma. Learn the language of music so you can create your own personal soundscapes and share them with the world. This is the greatest gift I know.
A musician’s signature is the sound, the feel, the character. It’s not just the notes―it’s how the notes are played and that personalized attack that says, “This is me, and no one else.”
Find your signature. Find your style. It’s a combination of all your influences, turned into something that is uniquely you.

日本と若いギタリストたちへの僕のメッセージ。ギターを弾くことで、内気な少年だった僕が自信に満ちた人間へと変われたんだ。人生観そのものが変わり、真の自信とカリスマ性を身につけることができた。音楽という言語を学び、自分だけのサウンドスケープを創造し、世界に発信してほしい。これこそが、僕が知る最高の贈り物だよ。
ミュージシャンの個性とは、音色、フィーリング、そしてキャラクターだ。単に音符を弾くだけではなく、音符の弾き方、そして “これは私だ、他の誰にも真似できない” という個性的な表現力こそが、その人を際立たせるんだ。
だから、自分だけの個性を見つけてほしい。自分だけのスタイルを見つけてほしい。それは、あらゆる影響が融合し、君だけの唯一無二の音楽へと昇華されるのだから。

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【ANGINE DE POITRINE VOL. Ⅱ】 FUJI ROCK 26′


COVER STORY : ANGINE DE POITRINE “VOL. Ⅱ”

“I built the first microtonal guitar we used myself. I added more frets on a guitar with a saw. The moment we started playing it, we just laughed!”

ANGINE DE POITRINE

「ノコギリでフレットを増やしたんだ」 ANGINE DE POITRINE (フランス語で狭心症の意) は “意味不明” なマイクロトーン・ダブルネック・ギターを自作。そうして今、彼らはネット上で爆発的な人気を博しています。
ジャズ、プログ、マスロックを融合させた彼らの濃密なサウンドは、数百万回の再生回数を記録し、Rick Beato や Cory Wong, Dave Grohl といったミュージシャンを驚愕させながら、音楽世界の話題をかっさらっています。
ケベック出身の型破りなデュオは、まるで別次元、別宇宙から来たかのような、見た目も音色も異彩を放つ自作のマイクロトーン・ダブルネック・ギターを手に、不協和音をバイラルな言語へと昇華させ、先月KEXPで行われた彼らのパフォーマンスは、なんと350万回以上の再生回数を記録。FUJI ROCK 26′ への参戦も決定。
2020年から活動を開始し、ケベックを拠点とするこのデュオは、まさに方向感覚を失わせるようなサウンドを奏でています。彼らの黒と白の水玉模様の衣装と張り子の頭部は、そのミステリアスな雰囲気をさらに高め、ただでさえ異質なサウンドに、催眠的でありながら悪夢のような視覚的アイデンティティを与えているのです。しかし、真の物語は彼らの指先に込められています。
異質な存在の始まりは、やはり異質でした。
「初めてお互いの音楽を聴いたのは、初めて一緒にジャムセッションをした時だった。子供の頃、僕たちは音楽を仕事場というより遊び場のように捉えていてね。午後は地下室で過ごしたり、時にはドラムとアンプを野外に持ち出して自由に即興演奏をしたりしていたんだ。僕たちが結束を固め、緊密な共通の芸術的ビジョンを築き上げてきたのは、カバー曲を演奏することに全く興味がなく、自由な即興演奏を通して一緒に演奏することを学んだからだと思う。
常に、グロテスクな即興演奏で笑いを取ったり、自分たちのオリジナル曲のレパートリーを増やしたりすることを目指していた。あるいは、遊びを通して互いに刺激し合うこともあった。例えば、”おい、こっちの友達に無調のウォーキング・ベースを三連符で弾いてもらって、ギターは奇妙な16分音符のラインで切り込みを入れて、ドラムはスウィングと均一なリズムを交互に刻むんだ。まるでビデオゲームのビートみたいにね” といった具合にね」

当時も今も、二人はギタリスト Khn の家をリハーサルスペースとして使っています。彼ら曰く、そこは “混沌としていて、ちょっと崩れかけている” 場所で、アリやネズミがいて、壁にはカビが生え、屋根からは水が漏れているそうです。しかし、その環境には独特の静けさがあり、それが彼らの奇妙な演奏を可能にしているといいます。「森の中の静かな場所だから、いつでも思いっきり騒げるんだ」
ANGINE DE POITRINE の初の公式コンサートは、シクティミで開催されたパフォーマンスアート・イベントで行われました。そこで二人は、好奇心旺盛でオープンマインドな地元の人々からすぐに支持を得ることに成功します。
「あの最初のショーは、もし僕らが活動を続けたらどうなるかという試金石だった。バンドの構想は、ライブ・パフォーマンスに特化していて、最初はちょっとした冗談だった。でも、僕たちがこれまでやってきたことの多くは、そういう瓢箪から駒的なものなんだ」
ふたりは匿名性について語ろうとはしませんが、バンド名とインスピレーションの源については(ユーモラスに)認めています。
「視覚的にも音響的にも、僕たちの主なインスピレーション源はテングザルだ。バンド名は最初は冗談で出したものだったけど、不協和音による心臓機能不全というアイデアと合致していることに気づいた。それと、いくつかの曲に感じられる切迫感もね」
たしかに、”切迫感” という言葉は、ANGINE DE POITRINE の特徴である、力強く、微分音的で、ループを多用したサウンドとその進化を的確に表現しています。
「僕たちは物事を自然に進化させている。音楽の方向性に厳密なスタイルの境界線を設けないでね。僕たちの音楽的嗜好はロック音楽に深く根ざしているので、常に少し “ヘヴィ” な雰囲気があるかもしれないね。でも、曲を通してさまざまな影響を感じ取ることができるだろう。”Vol. II” では、あまり深く考えずに、さまざまな方向へ進んでみた。そういうこともあるんだってね」

作曲における彼らのモットーは何でしょう?
「僕らのモットーは常に、新鮮な音楽的アイデアを世に送り出し、驚きで脳を刺激しつつ、ある程度シンプルさを保つことなんだ。変拍子をできるだけ聴きやすくしようと常に心がけているんだ。タイトで “複雑な” ビートと、すごく踊れるビートの間を行き来するのが好きなんだ。ギターのように、緊張と解放のパターンを作り出すようにしているんだよ」
とはいえ、考えすぎてはいないようです。
「僕たちは、象徴主義にはあまり重きを置いていないんだ。バンド全体として、深い概念的な思考プロセスは存在しなくてね。みんなが耳にする、目にするすべてのものは、常に僕たちの独特なユーモアのセンスの産物であり、それが僕たちの共通の創造空間の根底にあるものだ。つまり、音楽に合わせて体を揺らし、笑い、奇妙で不条理、あるいは驚きに満ちた美的表現(視覚的なものも音楽的なものも)を通して、喜びの状態に到達するのが目的なんだ」
独特の衣装も偶然の産物で、強いていえばリスナーの驚きを誘うため。
「衣装は、初めてのライブのために即興で作ったんだ。アンディ・カウフマンみたいな、地元の観客を驚かせるためのちょっとしたイタズラみたいなもので、ライブを1回や2回、あるいは3000回やるかどうかも分からなかったからね。最初は冗談のつもりだったんだ。僕たちはジョークが大好きで、アイデンティティの一番の源だからね。何事も少し軽快で楽しいものが好きだ。時が経つにつれ、僕たちのバンドがちょっと風変わりだということを受け入れるようになってきた。そして今では、それが別の意味で役に立っている。プライベートとステージ上のペルソナを切り離し、匿名性を保つことができるからね」

彼らのサウンドの中心にあるのは、自作のマイクロトーン楽器。ストラトキャスター型のダブルネックギターで、エレキギターとベースの中間のような形状をしています。このギターは手作業でフレットを追加することで改造されていて、標準的な西洋音階の音程間の音程を奏でることができるのです。
Jack White のギターとベースを融合させた “アグリー・スティック” を彷彿とさせるこのギターは、ギターとベースを兼ねたダブルネック構造で、その特徴はとんでもなく奇妙なフレット間隔にあります。Bumblefoot のフレットレスのように、これまでにも興味深いダブルネック・ギターはいくつか存在しましたが、これは全く異なる存在かもしれません。そうして、実験的に始まったものが、あっという間にバンドの代名詞となりました。
「僕たちが最初に使ったマイクロトーン・ギターは、自分で作ったんだ」と、ドラマーの Klek de Poitrine は告白しています。「ノコギリを使ってギターにフレットを追加したんだよ。でも演奏し始めた瞬間、みんなで笑ってしまったんだ。でも、僕はギタリストじゃないから、楽器のポテンシャルを十分に引き出せていなかった。それで、Khn に持って行って、”これ、絶対試してみて。全く意味不明だけど” って言ったんだ。そしたら、演奏し始めた瞬間、不協和とそれぞれの音の近さに、みんなで大笑いしたよ」
その “不協和” こそが重要でした。インドと日本の音楽伝統からインスピレーションを得たこのデュオは、四分音やマイクロインターバルを装飾としてではなく、楽曲の基盤として活用しているのですから。
プログレッシブ・ロックとモダン・ジャズをバックグラウンドに持つギタリストのKhnは、ギターを異国情緒あふれる目新しい楽器としてではなく、ハーモニー言語の拡張手段として捉えています。
「四分音を使うことで、半音階的なアイデアを拡張し、より緊張感を高めることができる。そうすることで、Frank Zappa のようなフレージングに近いものになるんだけど、僕らはさらにその先へと突き詰めている。結局のところ、僕たちが作る曲のほとんどは、John Scofield の “Überjam” や Miles Davis の “So What” のような曲とハーモニー的に比較できるだろう」

Klek がマイクロトーンに惹かれた理由は何だったのでしょう?
「ドラマーだけど、昔から “東洋音楽” 、つまりインド音楽や日本音楽などが大好きなんだ。音符が増えることで、より複雑な響きが生まれるように感じてね。四分音や三分音がもたらす深みに、いつも魅了されてきたよ。音符間の緊張感や不協和をこよなく愛する僕たちにとって、その方向へ進むのはごく自然な流れだった」
ギタリストの Khn はまず、アラビアの響きに惹かれていました。
「最初は、アラビア風の響きをどうにかして出そうとしていたんだ。でもすぐに、よりモード的なアプローチへと移行し、非常にステレオタイプで、結局は自分の文化ではないものを連想させるようなものに陥ることなく、不協和音の可能性を最大限に活用しようとしたね。それに、僕自身の音楽的背景は、プログレッシブ・ロック、モダン・ジャズ、そして現代音楽に深く根ざしている。僕にとって、四分音をもっとキュビズム的、というか、Frank Zappa 風のフレーズで使うのはごく自然なことなんだ。四分音を使うことで、倍の長さの半音階的なアプローチを探求し、より緊張感を高めることができる」
また、トルコのロックや、日本の伝統音楽、そして KING CRIMSON が “Dicipline” で探求したインドネシアのガムラン音楽も影響を受けていると述べています。しかし、時が経つにつれ、彼らはこの独特な楽器を本当の意味で自分たちのものにしつつあります。
「僕たちは、ロックのグルーヴ美学に深く根ざした、独自の音楽言語を探求しているんだ。まだそれほど長くこの手法に取り組んできたわけじゃない。ギターを弾き始めて20年になるけど、マイクロトーンを探求したのはせいぜい4、5年くらいかな。まさに今、僕たちが開いたばかりの扉なんだ」

Klek のお気に入りのバンドはなかなかに通好み。
「僕の生涯のお気に入りは、70年代のプログレッシブ・ロック・バンド、GENTLE GIANT だ。彼らは本当に変人で、プログレッシブ・ミュージックのオタクだった。BLACK SABBATH の前座を務めたんだけど、あまりにも奇妙だったから観客はブーイングしたんだ。観客は準備ができていなかった。ヘヴィ・メタルのリフを求めていたのに、GENTLE GIANT はバイオリンやトランペット、中世の衣装で現れたんだ(笑)。
あと、DUA LIPA は本当に最高にイカしたグルーヴを生み出すと思う。Calvin Harris の音楽全般も、本当に素晴らしい名曲ばかり。過小評価されているバンドといえば、僕の友人で LE PARC というバンドのメンバーにもエールを送りたいね。彼らは僕たちより少し若いけどとてつもない実力派だよ。彼らは一流のプログレッシブ・ロックを演奏する。彼らが国際的にブレイクすることを願っているんだ。少なくとも、彼らが望むだけの名声を得ることをね。だって、本当に、彼らはブレイクするに値するんだから」

Khn は複雑な音楽に没頭する時期は終わったと考えています。
「ほら、誰しもがもっと凝った、もっと複雑なものに共感しようとする時期を経るじゃない。大学で音楽を勉強した後、その時期は終わったよね。今はポップをたくさん聴いているんだ。実は、僕も Calvin Harrisという名前が頭に浮かんでいて、リアーナや DUA LUPA 、その他 Calvin がプロデュースした大物ポップスターたちのヒット曲はどれも最高なんだよな。
過小評価されているバンドなら LOUNGE LIZARDS かな。有名ではないけれど、世界中のアンダーグラウンドシーンでは認知されているバンドだからね。本当にユニークで、他に類を見ない個性を持ったバンドなんだ。ジャズの美学を取り入れつつも、ポップ・ロックのスタイルで演奏する。そして、そのエネルギーはパンクに近い。初めて彼らの音楽を知った時は、本当に衝撃を受けたよ。ギタリストの Arthur Lindsay のギターの弾き方は、ジャズとは全く関係ないんだ。彼はノイズシーン出身で、意味不明なリフを思いつく。まるで音色や音符の概念を拒否しているかのようだ。彼は明確に定義できる音符やメロディーを演奏しない。だから彼のギター演奏が大好きだ!
僕が最も誇りに思うアーティストは、ケベックのバンド、DEUX POUILLES EN CAVALE で、彼らのライブでのルーパーの使い方に本当に感銘を受けた。彼らは僕たちにデュオで演奏するよう刺激を与えてくれたね。僕は彼らのツアーに同行し、彼らが演奏するほぼすべての場所に行った。彼らを見るためにヒッチハイクまでしたんだ」
Rick Beato によれば、ANGINE DE POITRINE ほど彼の受信箱に大量のメールが殺到したアーティストは他にいないそうです。
「彼らについてのメールが1日に25通届き、コメントは何千件にも上っている。彼らの演奏を聴くと、”一体どうやって演奏しているんだろう?” と驚かされてしまうよね。これが未来の音楽のサウンドだと私は想像しているよ」
4月2日にセカンドアルバム “Vol. II” をリリースした彼らの使命は明確です。マイクロトーン音楽を、単なる珍しい音楽ではなく、完全に確立された音楽のひとつとして、そして Jeff Beck がこれまで探求してきたマイクロトーンの限界を超えて、メジャーへと押し上げることです。
「目標は、マイクロトーンを他の音と同じように使うこと。装飾としてではなく、言語そのものとして使うことだよ」
彼らの奇妙で不協和音に満ちた世界は、2026年を通してさらに拡大していくことでしょう。

参考文献: GUITAR WORLD :microtonal guitar has been the key to their unlikely success

NOISE MAG:ANGINE DE POITRINE: A DISCUSSION WITH THE INFECTIOUS QUEBEC BAND

FLOOD MAG:Angine de Poitrine Put the “Big” in Ambiguous

FUJI ROCK FESTIVAL 26′

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【CORROSION OF CONFORMITY : GOOD GOD / BAAD MAN】


COVER STORY : CORROSION OF CONFORMITY “GOOD GOD / BAAD MAN”

“I mean…you can tell the world a lot by wearing a spiked belt, dude. If you’re at the grocery store and you’ve got a spiked belt, people look at you a little different. Some of them might look at you like, “Damn… I wish I was still that guy.”

GOOD GOD / BAAD MAN

間もなく59歳になる Pepper Keenan は、人生のほとんどをギターに費やしてきました。ニューオーリンズで育った彼にとって、音楽は決して珍しいものではなかったからです。 1989年、彼は CORROSION OF CONFORMITY にギタリストとして加入。ティーンエイジャーの頃からパンクが好きだった彼は、長年このバンドのファンでした。その後、1994年のミリオン・セラー “Deliverance” ではボーカルも担当。このアルバムで彼らはパンクのルーツから脱却し、よりルーズで BLACK SABBATH 的なサウンドへと移行しました。90年代半ばには、スーパー・グループ DOWN でギターを演奏。Jason Newsted が METALLICA を脱退した際、空席となったベースのオーディションに最初に声をかけられたのも Pepper でした。
創立メンバーでベーシストの Mike Dean が脱退し、2020年にはドラマーの Reed Mullin が悲劇的な死を遂げた後、Pepper はギタリストの Woody Whetherman と二人きりとなり、ギターでジャム・セッションをしながらCOCのニューアルバム “Good God / Baad Man” を完成へと導きました。”ダーク・サイド・オブ・ザ・ドゥーム” というニックネームで呼ばれるこのアルバムは、COCのあらゆる要素を網羅した壮大な、しかし “まるで昔のまま” な作品です。中でも特筆すべきは、ヘヴィなストーナー・ロックから至福のサイケデリック・ジャムまで、Pepper の尽きることのないリフの才能でしょう。状況やメンバー構成が変わっても(実際、彼は2006年から2015年まで DOWN に専念するためバンドを離れていた)、彼のギターリフの探求に終わりはありません。
そうして、ベーシストの Bobby Landgraf とドラマーの Stanton Moore を迎え入れ、再びフルバンドを編成しなければならなかった時のことを、彼はゆっくりと回想します。 「新しいガールフレンドができたような気分だったよ。書いていたのは僕と Woody だけだった。Mike Dean はいなかったし、Reed も失っていた。でも僕と Woody は100回も話し合って、やめないって決めていたんだ。僕たちは新しい音楽に興奮しすぎて、このバンドが本当に楽しかった。COCの物語が終わるわけじゃなかったんだ」
その新しい音楽は “Good God” と “Baad Man” の2枚組、大ボリュームで届けられました。
「僕と Woody はミシシッピ州の “ブラック・シャック” っていうところでビールを飲みながらレコードを聴いて、ジャム・セッションしたりギターを弾いたりしてたんだ。COC がこれまでどれだけ色々なスタイルでやってきたか、例えば(サザンロック調の) “Stare Too Long” から、(アグレッシブな)”Vote With A Bullet” まで、本当に色々なことをやってきたって話をしてたんだ。それで、同じような曲が10曲も入ったアルバムなんて作りたくなかったし、このバンドのすべてを1枚のアルバムに詰め込むにはどうすればいいかって話してた。その時、このアイデアが浮かんだんだ。”Good God, Bad Man” っていうのは、俺がずっと前から言ってた言葉で、句読点の付け方によって意味が変わるんだよ。
この組み合わせは意図的に作ったんだ。後から思いついたわけじゃない。レコーディングを始める前から、曲順は決まってた。俺にとってはすごく理にかなってると思う。まあ、アルバムを作って曲を全部仕上げてから、最後に曲順を決める人がいるのは不思議だよな。小説を書くときに、どの章をどこに配置するかを後から決める人なんていないからね」

アルバムは、マイアミのミドル・イヤーでレコーディングされました。BEE GEES の Barry Gibb が所有していて、BLACK SABBATH が “Mob Rules” の一部を録音した場所でもあります。
「ボスである Barry は、あちこちに顔を出していて、想像通り最高だったよ。”Baad Man” っていう曲では、Maurice Gibb が “Jive Talking” で使ってたストラト・キャスターを弾いたんだ。すごいだろ?!このアルバムの制作中は、そんな感じだった。スタジオには、BEE GEES の78年のワールドツアーか何かで使われた白いモーグ・シンセサイザーが置いてあったんだ。それを起動して、それでパートをまるまる一曲作った。だって、使わないわけにはいかなかったんだから。
みんな同じ部屋にいた。ガラス張りのコントロールルームなんてなくてね。アンプとかを隔てるために、家からマットレスを引っ張り出してきたんだ。ギターの音があちこちに飛び散って、本当にリアルだったよ。俺と Woody は Pro Tools と、失礼ながら Kemper アンプとか、完璧なレコーディングとかいうものに完全に行き詰まっていたんだ。俺たちの目指すところは、そういう方向とは全く違う。今の時代と比べたら、まさに新鮮な風だったと思うよ」
“Good God / Baad Man” はCOCの音楽的ルーツを反映し、それらが互いに補完し合う二部作として完成しました。”Good God” はよりヘヴィな楽曲で、トーテム的なストーナーロックの陰鬱さを湛えた “The Handler” や、顔面を殴りつけるようなパンク “Gimme Some Moore” を見せつけ、”Baad Man” はより自由奔放で、ZZ Top やサザン・ロックへの愛を反映したリフが特徴的です。こうした楽曲はすべて、二人がヘヴィなリフ・セッションの合間に、お気に入りのレコードを聴きながらホームスタジオで制作したもの。
「まるで16歳か17歳みたいに、ビールを飲みながらギターを弾きまくって、何も気にせず、本当に楽しい時間を過ごしたね…間違いなく、これまでで一番楽しいアルバムだった。プレッシャーなんて全くなくて、ただやりたいことをやっただけなんだ。まるでゴリラが4トラックレコーダーを叩くように熱狂的に曲のアイデアを録音していった。最高にクールなサウンドだったよ。僕たちが求めていたもの、つまり、ある意味で崩壊寸前のようなサウンドがそこにあったんだ」
そうやって、お気に入りのレコードを一緒に聴くことから始まったアルバムは、”Riffissippi sessions” における “Fire and Water” のカバーを生み出しました。
「作業の合間には、たくさんのレコードを聴いていた。休憩を取って、ビールを6本くらい飲んで、リラックスしたり。プレッシャーなんて全くなかったね。費用は一切かからなかった。時間単位で料金を払っていたわけでもない。何週間もぶっ通しで集まって、ひたすらジャムセッションをしていたんだ。それがレコードにも表れていると思うよ。
そう、僕たちは FREE みたいないろんな音楽を聴いていた。面白いことに、Stanton はそれまで一度も FREE を聴いたことがなかったんだ!FREE が誰なのかも知らなかった。僕と Woody はマジで驚いたよ。でも、僕だって彼が大好きなデイヴ・ブルーベックの曲をそんなにたくさん知っているわけじゃないと思うし。
だから、このカバー曲にはどこか子供のような純粋さがあったんだ。Stanton は本当に純粋だったからね。それで彼が “おい、これ録音しようぜ!” って言い出したんだ。僕は “どういうことだ?FREE の曲をいきなり録音するなんて、そんな簡単なことじゃないだろ!” って思ったよ。でも彼は僕を説得して録音させたんだ。”おい、俺はポール・ロジャースみたいに歌えないよ” って言ったら、彼は “お前らしく歌えばいいんだ!”って。気づいたら、あの野郎が俺たちに “Fire and Water” をレコーディングさせてたんだよ。ロック界の聖杯とも言える名曲だ」

“Gimme Some Moore” のパンキッシュな躍動感も絶妙です。
「10回くらい書き直したんだけど、なかなか形にならなかったんだ。でも、スタジオでレコーディングしていた時に、何かがカチッとハマってね。歌詞を全部捨てて、ゼロから作り直したよ。Stanton がドラムを叩き始めて、彼のドラムに合わせて音節ごとに歌詞を書いていったんだと思う。リフのことよりも、彼のドラムに合わせようとしたんだ。ギターコードの制約から解放された途端、全く新しい世界が開けて、めちゃくちゃパンクな曲になった。まるで16歳の頃に書いたような曲だった。何もかもが嫌いな高校生が、背中に BATHORY のロゴが入ったレザージャケットを着ているような感じ。
サビの “戦う価値はある/レザー、チェーン、スパイク” も最高だよな。スパイク・ベルトを着けているだけで、世の中に色々なことを伝えられるよね。スーパーでスパイク・ベルトを着けていたら、周りの人の視線がちょっと変わる。中には “くそ…俺もあの頃の自分に戻りたい” って思う人もいるかもね(笑)。あれは鬨の声だ。あれでメタル仲間たちが “マジかよ、最高じゃん。俺も思いつけばよかった” って言ってたよ。僕たちの当時の状況、革ジャンにチェーンとスパイク。これが僕らだ。これが僕らのやり方。お前ら全員クソくらえ。そんな感じだったんだ」
“Good God” の “You or Me” のように、人間の根深い暴力性を描いた陰鬱で不吉なシーンがある一方で、”Baad Man” の “Handcuff County” は、もっと不遜で、ぶっ飛ばすような楽しさを表現しています。
「”Baad Man” の方はより “ストリート” な側面が強く、”Good God” の方はよりスピリチュアルな側面が強い、と言えば分かりやすいだろうか? “Handcuff County” のような曲は…まさに汚れたストリートで生きる現実を描いているね。”Good God” の “タクシー・ドライバー” 版といったところだろうか。
だから、ビール・パーティーに行くなら、まずは “Baad Man” をかけるだろうな。僕たちは FOGHAT もZZ TOP も大好きだからな。ああいうのが好きなんだ。GRAND FUNK RAILROAD も最高に好きだ! “Good God” なんて曲をかけたら、みんなががっかりしちゃうよ。ビーチでパーティーをやってる時に、”Good God” なんてかけるわけないだろ。でもさ…結局自分たちが好きな音楽を色々探ってただけなんだ」
COCの列車はまだ走り続けている…”Baad Man” の “Forever Amplified” は、そういう側面を描いているようにも思えます。
「Woody と話してたんだけど、この曲を聴くと、僕らが失った人たちのことを思い出すんだ。この曲は、亡くなった人たちのために書いたんだ。Reed がこの曲のきっかけとなった最大の人物で、癌で亡くなった親友の Rio もその一人。彼は僕たちのためにたくさんのビデオを作ってくれたんだ。
最初は別のタイトルだったんだけど、適当に歌詞を歌ってみたら “Forever Amplified” って聞こえてね。以前にもそういうことがあって、適当に適当に歌ってみたら、そこから何かが出てくるんだよな。それで、曲の方向性が決まり始めた。
コロナ禍で、本当に重いテーマだった。それに、Woody も、僕も、このアルバム制作中に両親を亡くしたんだ。そういうことが重なって、この曲が生まれたんだよな。”Forever Amplified” というアイデアが、僕たちに明確な方向性を与えてくれたんだよ。
曲の終わり、空高く舞い上がる巨大なギターの音とか、そういう演出を聴くと…Dimebag Darrell を思い出すんだ。レコーディングの時は本当に感情が高ぶる瞬間だった。ジェリーが最後に、全身全霊で歌い上げてくれた。彼女が歌い終えた時、会場に涙を流していない人はほとんどいなかったな」

では、Pepper が最初に音楽に惹かれたきっかけは何だったのでしょう?
「おそらく2つある。1 つは RAMONES 。それから、友人の兄がエルトン・ジョンの “Goodbye Yellow Brick Road”(1973年)のカセット・テープをくれたんだよね。それを何度も聴き込んで、擦り切れるほど聴いていたよ。
僕はパンク・ロック好きのガキだったんだ。ニューオーリンズの都会っ子だった。で、BLACK SABBATH を本格的に聴くようになる前から、SLAYER とかにハマってた。ある友達がリハビリ施設に入って、入る前よりひどい状態で出てきたんだ。タバコも吸ってたし、そいつが13歳の俺に BLACK SABBATH を聴かせてくれたんだ。でも、一度サバスにハマったら、もう止まらなくなった。ボロボロのブルージーンズに、ダサいVansのスニーカーを履いて、スケートボードで街を滑りながら “Kill ‘Em All” を聴いてたよ。BLACK FLAG, CIRCLE JERKS, BAD BRAINS…それに COC も観に行ったんだ。近所にパンク・ロックのクラブがあったから、夜中にこっそり家を抜け出して、4ブロック歩いてライブを見に行ってたよ。同時に、近所にはダサいヒゲを生やした年配のマリファナ中毒の連中がいて、Robin Trower とかを聴いてたんだ。俺もそういうのにハマったんだよ」
初めてギターを手にしたのはいつだったのでしょう?
「14歳くらいから弾き始めた。パット・ザ・ラットっていう友達がいたんだ。あいつは完全な赤毛の不良だった。ボロボロのオフロード・バイクで警察から逃げようとして、バイク事故で死んだんだ。ミシシッピ川の堤防のところで、ケーブルが張ってたんだけど、それに気づかずに突っ込んでしまったんだ。とにかく、あいつはギターを弾いていて、葬式とか色々あった後、俺と友達はこっそりあいつの家に忍び込んでギターを盗んだんだ。あいつの母親はギターをどうするつもりもなかっただろうし、パット・ザ・ラットも俺たちに持って行ってほしかっただろうから」
ニュー・オーリンズ育ちの Pepper にとって、音楽はまさに避けては通れない道でした。
「ああ、そうだよ。ニュー・オリンズには、音楽がどこにでもある。俺の住んでるところから3ブロック先に、最高にイカした音楽クラブがあるんだ。ニュー・オーリンズは奇妙な街で、高校時代はフットボール部に入るよりバンドに入ってる方がカッコいいんだ。子供の頃は、パンク・ロックのギターでも弾いてたけど、近所の奴が今まで見たこともないくらいギターが上手くて、まるでバナナの木を切り倒すみたいに、あっという間にやられちゃうんだ。ここでは常に謙虚さを教えられる。あいつらは金持ちでも有名人でもないけど、音楽では食われちまう。ミシシッピも同じだよ。ああいう世界で育つと、すぐに謙虚さを教えられるんだ」

COCのファンからどうやって、バンドのメンバーになったのでしょう?
「1985年のセカンドアルバム “Animosity” は、僕が今まで聴いた中で最も素晴らしいレコードの一つだった。今でもそう思っている。あれは、僕が今まで聴いたどのバンドよりも、パンク・ロックとメタルをうまく融合させた、まさにゲーム・チェンジャーだった。僕は当時、ニュー・オーリンズで GRAVEYARD RODEO というクールなバンドをやっていて、ちょっとしたシーンを作っていたんだ。超DIYなパンク・ロックだったよ。そんな時にCOCの話が持ち上がって、誰かがオーディションを受けてみたらどうかと勧めてくれたんだ。あとはもう歴史って感じだよね」
Pepper の加入はCOCがブレイクし始めた頃のことでした。若い頃、これから成功していくバンドに所属するのはどんな感じだったのでしょう?
「バンドをやっていたのは最高だったよ。スケートボード・ショップで働いてたんだけど、オーナーがめちゃくちゃクールだったんだ。ツアーにも行けたしね。24時間使える練習場所もあったから、そこでギターに集中できた。Reed は24時間ドラムを叩いてたしね。みんなで音楽を聴きながら、24時間ぶっ通しで演奏してた。CORROSION OF CONFORMITY はまさにバンドだった。みんな手がちぎれるまで演奏してたんだ。最高だったよ。俺が知ってる中で一番ヤバいドラマー、Reed と一緒にギターを弾いて、毎日毎日ヘッド・バンギングしてたんだ。最高だったよ」
1994年のアルバム “Deliverance” から、サバス風のサザン・ロック路線が始まりましたが、同世代の人たちの反応はどうだったのでしょう?
「決定的な瞬間は、”Deliverance” のリードシングル “Albatross” を発表した時だった。あの曲で、昔のシーンの連中から、まるで睨みつけられたみたいになった。売れたって思われたんだろうけど、僕たちにとっては、あれこそがパンク・ロックそのものだった。”お説教はもういいよ!” って、はっきりとしたメッセージを送ったんだ。でも、相変わらずダーティバッグ、パンク、メタル・ヘッズ、何でもいいけど、僕たちは変わらなかった。もうスカダンスを踊ったり、ぐるぐる回ったりする必要はなかったけど、エネルギーは確かにあったし、すごく刺激的な時代だった。”Deliverance” はその一部だった。最初はインディーズ・レーベルで制作していたんだけど、それがコロンビアに買収されたんだ。それで、突然俺たちはマディソン・アベニューの50階にある、象牙の塔みたいなビルにいて、”一体どういうことだ?” って感じだった。彼らは “アルバムを完成させろ” って言ったんだ。”どこで録りたい?” と聞かれたので、ヘンドリックスのスタジオ、エレクトリック・レディと答えた。そしたら、そこに2ヶ月間も滞在させてもらえたんだよ!数ヶ月前まではクイーンズのスタジオの床で寝泊まりしていたのに、突然そこにいて、経営者のメアリーという女性が、ヘンドリックスが “If 6 Was 9” で使ったアンプを持ってきて、ソロを弾かせてくれたんだ!」

その後、1996年にアルバム “Wiseblood” をリリースし、数年間 METALLICA とツアーを回りました。
「正確な時期は覚えていないけど、METALLICA は “The Black Album” が1000万枚売れたので、ニューヨークでパーティーを開いていた。それで、Reed と知り合いの女性がいて、その知り合いが僕と彼を招待してくれたんだ。ある時、僕がバーにいたら、突然 James Hetfield が僕と Reed のところにやってきて、”おい、お前ら、本当にいいレコードを作ったな” って言ったんです。僕は “マジかよ!” って思ったね。それで James に “僕たちは君の真似をしようとしたわけじゃない。ただ君がクールだと思うようなレコードを作ろうとしただけなんだ” って直接言ったんだ。そしたら彼はすぐに理解してくれたよ。
その数年後、彼らは僕たちをオープニングアクトに選んでくれたんだ。すごく嬉しかったね。それからロンドンでシークレット・ライブがあって、僕たちにオープニング・アクトをやってほしいって言われたんだ。信じられない話だよ。それから “Wiseblood” のアルバムを出して、ワールドツアーに誘われた。3年間ツアーに出て、その中の瞬間はどれも最高に素晴らしかった。めちゃくちゃ楽しかったよ。
僕のギターの1本は、ツアー中に James が作ってくれたんだ。僕たちのギターがひどい状態だったからね。彼は “こんなギターじゃツアーにはもたないよ。チューニングがすぐに狂っちゃう” って言ってた。それで、僕たちのお気に入りのギター、ギブソンSGを日本に送って、コピーを作ってもらったんだ。すごいよね。3本も作ってくれたから、3年間のツアーを乗り切れたんだ。全部彼のおかげだよ。今でもそのギターを使ってるし、Woody は今でも毎ライブで使ってるよ」
Jason Newsted が脱退した後、METALLICA のベーシストのオーディションに呼ばれた話は有名です。
「すごかったよ。前に彼らと演奏したことはあったし、LYNYRD SKYNYRD の “Tuesday’s Gone” のカバーでバック・コーラスもやったことがあった。でもその時はすごかった。James から電話がかかってきて、必ずしも最高のプレイヤーじゃなくてもいい人が欲しいって言われたのを覚えてる。当時から僕はファンとして METALLICA を見ていて、だから自分が METALLICA に何をしてほしいかを考えていた。まず最初に、オリジナルのロゴを復活させて、あの世界観に戻って、”Master Of Puppets” みたいなことをやりたかった!ガレージに戻ってね。スタジオに入ってリハーサルをした時のことを覚えてるよ。最高だった。でもそこに Robert Trujillo が入ってきて、”うわぁ、やばい…” って思ったんだ。でも全ては理由があって彼らにとってはうまくいった。全て良かったよ。すごく楽しかった」

当時 Pepper は、DOWN と COC の両方でかなり忙しく活動していました。
「そうだね。不思議なことに、90年代には “Deliverance” と(DOWN のデビュー作)”NOLA” が同じ年にリリースされたんだけど、今また同じ状況なんだ。DOWN のニューアルバムが完成して、今ミックス作業中だからね。前作と同じような感じなら、いい感じになるだろうな」
DOWN が HEAVEN & HELL とツアーを行い、Tony Iommi が Pepper のリフを気に入ってくれたのは彼にとって大きな出来事でした。
「あの出来事全体がものすごく強烈だったよ。彼らの前座を務められたなんて、本当に素晴らしい経験だった。だって、彼らのサウンドチェックを見ているだけで、もうひざまずいてしまうくらいだったんだから。オーストラリアかどこかの巨大なアリーナで、俺と Jimmy だけでバリケードに立って、彼らのサウンドチェックを見ていたんだ。もう頭がおかしくなりそうだったよ。彼らのそばにいるだけで、もう信じられないくらいだった。ある日、サウンドチェックで Tony のギターを彼の機材を通して弾かせてもらったんだ!それから、飛行機に乗る前に空港のバーで Dio に会って、一緒に座って酒を飲みながら、魔法使いとかドラゴンとか話したりしたよ。彼は最高だった。Dio は間違いなく最高の男だった。彼の歌声を聴いていると…本当に最高だったよ」
自分のバンド活動以外にも、Pepper はバーを経営しています。
「ル・ボン・タン・ルールだ。音楽バーなんだよ。とんでもない話を聞かせてやるよ。毎週木曜の夜に演奏するバンドがいるんだ。The Soul Rebels っていう。ブラス・バンドで、一人がアップライトのキックドラムを叩いて、残りはホーンを山ほど重ねてる。世界中で演奏してるんだけど、うちのバーが彼らのホーム・グラウンドなんだ。いつでもジャムセッションできるんだよ。
ある日、店に行ったら、彼らが昼間からリハーサルしてて、METALLICA の曲を演奏してたんだ。”一体何やってんだ?” って思ったよ。それからしばらくして、METALLICA の30周年記念でカリフォルニアのフィルモアに飛んで行ったんだ。METALLICA と一緒に “Tuesday’s Gone” を演奏するためさ。着いてホテルのロビーに入ったら、なんと俺のハウスバンド、The Soul Rebels がそこに立ってたんだ。クソッタレの James はイギリスの番組で彼らを見て、このショーのバンドの合間に彼らを出演させたいと思ったんだ。俺が彼らを知っていることすら知らなかったんだよ!」

COC に在籍して40年近くになりますが、その間にも様々なメンバーの入れ替えがありました。今となっては、HAWKWIND のように、メンバーよりもバンド自体が大きな存在になっているように思えます。
「このアルバムを作っている時、Woody とビールを飲みながら何度もその話をしたんだよな。時々、バンドという枠を超えているような気がするよ。もはや思考の流れ、あるいは姿勢のようなものだよな。個々のメンバーの総和よりも大きい。COC という存在自体が、独自の生命を持っているように感じるんだ。まさにアティテュードそのものなんだ。僕たちはそういう風に捉えているよ」
今後1年ほどで2つのバンドから2枚のニューアルバムをリリースする Pepper。何が彼を今も音楽へと駆り立てているのでしょうか?
「一番大切なのはクリエイティビティ。何かを作るのが好きなんだ。自分に挑戦するのが好きなんだよな。給料のためじゃないよ。6通りの方法でお金を稼いでいるから、お金は気にしていない。好きなのは、創造すること、つまり何もないところから、何の参考資料も何もないところから、このアルバムのようなものを作り出すことが、クールで挑戦的だということ。あれは僕と Woody の頭の中から生まれた。それだけなんだ。
それに、音楽を演奏するのが好きなんだよ。飽きたことは一度もない。仕事みたいになってしまう時もあるだろうし、あるいは、文句を言い始めることもあるだろう。でも、自分が何で文句を言っているのか、よく考えるべきだよ。僕は何も当たり前だとは思っていないからね」
もうすぐ59歳の誕生日を迎える Pepper。今ではパンクを演奏するよりも、サバス風の楽曲がよく似合います。
「それはずっと昔、DOWN が “NOLA” のアルバムを作っていた頃に話していたことなんだ。”これはいいぞ。僕たちはこのバンドで年を取ってもやっていける。60歳になってもステージで頭をぶつけているわけにはいかないだろう” ってね。ほら、どうなったと思う?こうして今、僕たちはここにいるんだ…」

参考文献: REVOLVER :CORROSION OF CONFORMITY’S ‘BAAD MAN’: PEPPER KEENAN BREAKS DOWN “THE FUNNEST RECORD WE’VE EVER DONE”

KERRANG! :“I stole my first guitar from my dead friend’s house. He’d have wanted me to have it”: How Pepper Keenan became a metal lifer

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【WIDEK : ENTRANCE INTO ETERNITY】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH WIDEK !!

“I’ve always loved calmer parts in metal music. Back in 2010 I listened a lot of djent precursors and post-rock bands and I was like: Hey! I love heavy riffs and I love ambienty post-rock clean guitars. Let’s mix this!”

DISC REVIEW “ENTRANCE INTO ETERNITY”

「僕は常に Djent の単調さや類似性を避けようとしてきたんだ。当時多くの曲は “0-0-0” というリフ構成と、同じようなメロディーやパターンに基づいていたからね。だから、同じようなサウンドのバンドが多すぎたという理由で、Djent の人気が衰えた理由も理解できるよね。残念ながら、メタルコアというジャンルでも同様のことが起こっていた。もちろん、今でもトップレベルで活躍している Djent バンドはたくさんあり、僕の大好きなバンド (PERIPHERY) もその一つだよ!」
00年代末期から10年代の中盤まで、Djent は大きなムーブメントとしてヘヴィ・メタルを牽引していました。もともと、MySpace やネットの掲示板から火がついたナードでアンダーグラウンドなリズムとシュレッドの実験は、その多くが “ベッドルーム・ミュージシャン” で、プロモーションやリリースも大半が DIY で行うという、まさに SNS 時代の到来を感じさせる刹那の煌めきでした。
しかし、その “誰にでも参加できる” というムーブメントの性質は、多くの才能を輩出すると同時に、シーンを飽和させ、同じような音楽が乱立することによって衰退への道を歩むことにもつながったのです。とはいえ、もちろん Djent の代名詞であったあの重低音とポリリズミックな響きは今でもメタル・リフのそこかしこで輝きを放っていますし、何よりも真に才能あるアーティストはムーブメントの浮き沈みにかかわらず活動を続けています。
シーンの先駆けとなった PERIPHERY, ANIMALS AS LEADERS, TesseracT、そして Plini, Sithu Aye, Owane, Jacob Zytecki, David Maxim Micic…彼らには人智を超えた超絶技巧はもちろん、類稀なる個性も備わっています。ポーランドの Widek もそんなひとつの才能。
「僕はメタルの中の落ち着いた静かなパートが昔から大好きなんだよ。2010年頃、Djent の先駆けやポスト・ロックをたくさん聴いていて、”ヘヴィなリフも好きだし、アンビエントなポスト・ロックのクリーン・ギターも好きだ。これをミックスしてみよう!” って思ったんだよね。新しいジャンルではないのは分かっていたけど、当時はヘヴィでありながら落ち着いた/アンビエントなインストゥルメンタル・バンドはあまり多くなかったからね。個人的には、その方がずっと退屈じゃないと思うんだ。そして、その試みは大成功だった。誰かが僕の最初のEPを YouTube にアップロードしてくれて、最初から人気が出たんだよね!」
当時 Bandcamp の “Djent” タグをせっせと漁っていた人間で、WIDEK の名を知らない者はいないでしょう。そしてたしかに、彼の音楽は異端で、斬新で、雄弁でした。細分化と多様化が進むモダン・メタル勇躍の時を象徴するかのように、WIDEK はなんのためらいもなくメタルの重厚な技巧に、ポスト・ロックの繊細と静謐、夢見心地な壮大さ、そして幻想的で美しい世界観を組み合わせました。
重要なのは、WIDEK の音楽がいわゆる “ポスト・メタル” とはまた別のベクトルを向いていること。彼の盟友 Gru の手によるアートワークが示す通り、WIDEK の世界は宇宙と空間、次元の合間を行き来していて、だからこそ、プログレッシブで、まるで夜空を輝く星々のように息を呑むほど美しいのです。トレモロとクリーンが織りなす Djent の天の川。
「ギターは決して死んでいない。ソロ・ゲストの参加は僕の音楽の大きな部分を占めていて、曲に深みと多様性を加えてくれる。ギターソロなしでは Widek のアルバムを聴くことは不可能だと言っても過言ではないんだよ!」
同時に、彼の音楽にはシュレッドの夢が詰まっています。”Entrance into Eternity” “永遠への入り口” と名付けられたアルバムには、Gru, Sithu Aye, Morgan Thomaso, Paul Wardingham, Marco Sfogli, Bruno Henrique, Per Nilsson といった歴戦のギター勇士たちが馳せ参じ、AI 全盛の時代に人の手による驚きと興奮を存分に伝えてくれます。そう、これはギターという永遠に探索可能な “宇宙” への入り口でもあるのです。
今回弊誌では、WIDEK にインタビューを行うことができました。「僕は昔からSFや宇宙を題材にした作品が好きだったんだ!そんなロマンティックな場所から発する世界へのメッセージは、”言葉遣い、仕草、日々の選択において、お互いに優しくありましょう” というものだよ。優しい言葉一つが、誰かの1日、あるいは人生を変えることもあるからね。僕たちは、今他人がどんな困難に直面しているかを知るすべもない。だけど、一つだけできることがある。それは、優しくあること。敬意を払うことにお金はかからないけど、その意味は計り知れないんだよ」 どうぞ!!

WIDEK “ENTRANCE INTO ETERNITY” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【EXXÛL : SEALED INTO NONE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH PHIL TOUGAS OF EXXÛL !!

“I got this idea from Sortilège, a french band that has greatly inspired me. The song “Délire d’un fou” has a short moment like this and the first time I heard this solo, I couldn’t believe it! This song marks probably one of the greatest moments in heavy metal history in my book. Not only that, but I couldn’t believe more bands that came after them didn’t try this either.”

DISC REVIEW “SEALED INTO NONE”

「独自の音楽で故郷ケベック州を代表することが僕の使命だと考えているんだ。また、僕の活動を通して、音楽シーンを活性化させ、仲間や友人たちがそれぞれの個性を磨き、独自のサウンドを確立していくよう、刺激を与えたいと思っているんだ。こうした思いから、僕は “TSO”(The Stygian Oathの略)というレーベルを設立したんだ」
今、メタル世界で Phil Tougas ほど多忙かつ、才能溢れる人物は他にいないかもしれません。FIRST FRAGMENT ではシュラプネルに敬意を表したフラッシーなテクニカル・デスメタルを叩きつけ、ZEICRYDEUS では MANOWAR や RUNNING WILD をベースだけで演じきり、WORM では ENSLAVED がドゥームと契ったネクロマティックな音楽を披露。Phil の多才は TSO という自身の音楽を解き放つためのレーベルを立ち上げるにまで至り、今やケベックの、いやカナダ、もっといえば世界のメタルを牽引する場所にいます。
Phil がメタル世界で一目置かれているのは、その独特で斬新な古の音楽に対するリスペクトが故でしょう。多くの “モダンな” メタル・バンドが影響を受けている GOJIRA のような “メジャー” には目もくれず、Phil は多くのマニアにとって特別な、しかしナードなバンドを追い続け、創造的な音楽を作り続けています。
例えば、ZEMETH の Junya 氏が MAGO DE OZ や RATA BLANCA, DARK MOOR といったマニアックなバンドに対する愛情を隠さないその姿に、私たち真のメタル・オタクは心を動かされ、喝采を送ります。それは、彼が私たちと同じ熱量と時間をメタルに費やした “こちら側” の人間、本物である証明だから。メタルに対する深い知識と愛情は、そのまま絶大な信頼感へと置き換わります。そしてもちろん、Phil Tougas も同様に、”こちら側” の人間です。
「僕の目標はパワー・ドゥーム・アルバムを作ることだった。速いテンポと遅いテンポを組み合わせ、ダークでスローなリフの上に高揚感のあるボーカルとシュレッディングを乗せて、独特の音楽的コントラストを生み出したかった。多くの界隈でプログレッシブ・ドゥームと見なされている MEMENTO MORI や VENI DOMINE に影響を受けたとはいえ、このアルバムを必ずしもプログレッシブ・メタル・アルバムとは考えていないよ」
こちら側の人間だからこそ、Phil は EXXÛL でメタル史に残る傑作 “Sealed into None” を生み出せたのでしょう。驚くべきことに、このアルバムは、ドゥーム・メタルとプログ・パワーという、一見仄暗く遠い場所にある音楽が見事に融合した、古めかしくも斬新で、非常に稀有な作品です。Phil が言及しているように、あの素晴らしき MEMENTO MORI はもしかすると近い場所にいたかもしれません。とはいえ、FATES WARNING の迷宮と SOLITUDE AETERNAUS の陰鬱がブラック・メタルやダンジョン・シンセを経て、これほど濃密に美しく混ざり合えるなど、誰が想像したでしょう?
「”スキャット” のアイデアは、僕に大きなインスピレーションを与えてくれたフランスのバンド、Sortilège から得たんだ。”Délire d’un fou” という曲に、まさにこのような短いパートがあり、初めてこのソロを聴いた時は信じられなかったよ!この曲は、僕にとってヘヴィ・メタルの歴史の中でも屈指の名曲となった。それだけでなく、彼らの後に続くバンドがなぜこの手法を取り入れなかったのか、不思議でならないんだよ」
そのふたつを見事に繋いだのが、Phil の “GOAT” とも評される卓越したギター・シュレッドでしょう。WORM の作品に Marty Friedman を招いたように、彼のシュラプネルやシュレッドに対する愛情もまた本物。同世代の教科書通りのギタリストたちを置き去りにする、大胆不敵でヘヴィ・メロディックな Phil の魔法は、CRIMSON GLORY の Midnight を彷彿とさせる驚異のボーカル Thomas Karam の歌声とシンクロし、ダークな深淵からメタルのスキャットをお見舞いします。SORTILEGE を聴いたことのない奴は黙ってろ!真に信頼できるのは、そんな一見さんお断りでしかし絶品のグルメを提供する通な店なのかもしれませんね。”Painkiller” や “Into the Arena” みたいな有名曲ばかり上手に弾いて再生数だけ稼いでんじゃねえ!
今回弊誌では、Phil Tougas にインタビューを行うことができました。「僕は日本のメタルも大好きだよ。SABER TIGER が大好きでね。彼らのデビュー・アルバム “Invasion” は、僕にとって歴代最高のメタル・アルバムの一つなんだ。 Anthem, Fast Draw, Loudness, Sex Machineguns から GISM, Funeral Moth, Corrupted, Viscera Infest, Anatomia, Coffins, Somnium De Lycoris。それから Galneryus, X Japan, Skywings, Versailles といった過激なパワー・メタルまで、日本のメタルはほとんど好きなんだよ」21世紀最高のメタル・アルバムのひとつ。 二度目の登場。どうぞ!!

EXXÛL “SEALED INTO NONE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【HEADLESS : TRANSITIONAL OBJECTS】GÖRAN EDMAN IS COMING BACK TO JAPAN 26′


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH GÖRAN EDMAN OF HEADLESS !!

“It’s difficult to highlight anything in particular but Kharma “Wonderland “ is definitely a pearl worth mentioning.”

DISC REVIEW “TRANSITIONAL OBJECTS”

「北欧の声なんて思ってはいなかったよ。スカンジナビア・メタルが特に日本で人気があることは知っていたけどね。実際は、当時影響を受けていたイギリスやアメリカのバンドのサウンドを真似て、それを模倣しようとした結果、僕らの色が加わって副産物としてスカンジナビア・メタルのサウンドが生まれたんだよね」
北欧の声。本人がどう思おうとも、私たちにとってそれは、Joey Tempest であり、Tony Harnell (アメリカ人ですが) であり、そして Göran Edman でした。北欧の厳粛で荘厳で美麗な雰囲気をそのまま声に宿らせたかのような彼らの歌唱は、そして陰りのあるクラシカルな響きをギターに込めたシュレッダーの音の葉は、特に当時の日本人の心を打ち、北欧メタルというひとつの素晴らしきジャンルを作り上げました。
中でも、様々なバンドを渡り歩き、幾多の名作を生み出してきた Göran は、北欧メタルと同義であり、その創設者ともいえる存在でしょう。MADISON に始まった Göran の旅路は、John Norum, TALISMAN という偉大な場所に立ち寄りました。特に、John Norum の “Total Controll”、あのメランコリックな恍惚が北欧メタルの原点のひとつとなったことはたしかでしょう。
「Yngwie と共演したあの数年間は、色々な意味で波乱万丈だったけど、そこから多くのチャンスが生まれたことに感謝しているんだ。一番良い思い出は、おそらく “Eclipse” のプリ・プロダクション、レコーディング、そして最終プロモーションに関することだろうな。”Fire & Ice” の時代は、首に縄をかけられているような気分で、衝突も多かったからね。でも、どちらのアルバムにも、僕なりのハイライトがあるんだよ」
Göran のキャリア、そのハイライトはあの Yngwie Malmsteen との共闘でしょう。共闘と書きましたが、実際のところ、なぜかリード・シンガーを毛嫌いし敵視するマエストロとの仕事は簡単ではなく、むしろバンドにいること自体が恐闘と呼べるような状況だったようです。
ただし、Göran の声と Yngwie の音楽、その相性は素晴らしく、オール・スウェーデンで臨んだ “Eclipse”, “Fire & Ice” は北欧メタルの教科書として今や多くの人に溺愛されています。実際、”Eclipse” のダークでしかし煌めきに満ちた皆既日食の景色や、”Fire & Ice” のバラエティに富んだ一級品の旋律たちも、Göran の狂おしいまでの情歌によって北欧メタルのマイルストーンとなりました。
「これまで様々なプロジェクトやバンドに参加し、ゲスト出演なども行ってきたよね。そうしたボーカルのほとんどは、自宅スタジオで録音したものなんだ。ジャンルも多岐にわたるね。特に何かひとつを挙げるのは難しいけれど、KHARMA の “Wonderland” は間違いなく特筆すべき作品だと思うよ」
Yngwie と別れて以降、Göran はその才能をより幅広く開花させていきました。理想的な北欧メタルから GLORY が辿った変遷はそのまま、Göran の行く道を暗示していたのかもしれません(“Positive Bouyant” とか “Wintergreen” とか今聞くと素晴らしいですよ)。Göran の優しくソフトな歌声で人気を博した STREET TALK, プログレッシブ・サイドを探求した KARMAKANICK, そして何より Göran 自身が特別だと語る KHARMA の “Wonderland”。まるで QUEEN と STYX が北欧で出会ったかのような珠玉の一品は、アルバム1枚で終わってしまったのがあまりにも惜しいまごうことなき傑作。
そうして自然に歳を重ね、69歳となった今、Göran は HEADLESS というスーパー・バンドで本当に久々の来日を果たします。ELEGY や Neil Zaza のメンバー擁するバンドは、丁寧にプログレッシブなハード・ロックを作り上げ、Göran の今をしっかりと伝えてくれます。誰も年齢に逆らうことはできません。しかし、年齢に逆らわず、人生を抱きしめ、今の自分を抱きしめながら愛する音楽を続ける Göran の声に、私たちはロックの真髄を見るはずです。
今回弊誌では、Göran Edman にインタビューを行うことができました。「69歳という年齢になると、当然だけど音域も以前とは違ってくる。原曲からあまり大きく音程を変えてしまうと、僕の声の特徴が変わってしまい、ファンの人たちにも受け入れられないかもしれないし。以前、カバーのオファーをもらったこともあったけど、丁重に断ったんだよね。HEADLESS のセットリストに Yngwie のカバー曲が含まれている可能性はあるけど、それは例外的なケースなんだ」 どうぞ!!

HEADLESS “TRANSITIONAL OBJECTS” : 9.9/10

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