EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH B.J LANEBY OF M.ILL.ION !!
“Classic Rock Is Dead? Are You Kidding Me?”
DISC REVIEW “LEGEND”
「友人でもある 220 VOLT は大好きだよ。PRETTY MAIDS, TNT(どちらも素晴らしいバンドで、一緒に演奏したことがあるよ)、TREAT(こちらも一緒に演奏したね)、そしてもちろん EUROPE。ELECTRIC BOYS もとてもクールなバンドだと思っていたね」
80年代末期から90年代初頭にかけて、北欧にはメロディとテクニックを兼ね備えた綺羅星がオーロラの白夜に集っていました。Yngwie Malmsteen や EUROPE というビッグネームはもちろん、220 VOLT, TREAT, PRETTY MAIDS, TNT, GLORY, TALISMAN, FORTUNE, MASQUERADE, RETURN, DA VINCI, POUL POSITION…彗星のように現れ、彗星のように消えていったバンドも多く、挙げればキリがありません。彼らはそれぞれが目立った個性を持ちながらも、北欧の空気や景色を私たちに伝えてくれるという点では共通していました。スウェーデンのイエテボリ、メロデスのメッカで生まれた M.ILL.ION もそんなバンドの一つ。
「ギターとハモンドの組み合わせは最高だよね!よくは分からないけど、少なくとも、僕たちのようなサウンドのバンドはあまり見かけないよね。でも僕たちはただ、やるべきことをやっているだけなんだ。誰かがこのバトンを受け継がなければならないし、僕たちは笑顔を浮かべてその仕事をしようと努めているだけさ。とはいえ、サウンド、アレンジ、プロダクションは現代化しようと努力していてね。僕たちは懐古主義のバンドではないからね。クラシック・ロックであり、常にメロディックだけど、同時に今は2026年で1976年ではないのだから」
M.ILL.ION が際立っていたのは、その哀愁を帯びたメロディとともに煌めくギターとハモンドやキーボードのマリアージュでした。アメリカの乾いた音像に魅入られた挑戦的な “We, Ourselves & Us” にしてもそのメロディと技巧の婚姻は豊潤。しかし、必殺の “Winds of Change” を携えたデビュー作 “No.1” の衝撃、華麗かつ繊細なる旋律と楽器の躍動はやはり今聴いても別格でしょう。ただし、驚くべきことに今回の復活作 “Legend” は、そうした初期の名作群をも凌駕するほど自信、そしてクラシックなハードロック/メタルのプライドに満ちています。
バトンの継承。かつて、キーボードやハモンド・オルガンは当たり前のように楽曲を彩るメタル世界の基盤のひとつでした。しかし、プログラミングの発達やリスナーの嗜好の変化によって、今や鍵盤とギターの麗しきマリアージュは絶滅危惧種だと言えます。そんな時代に、”Kingmaker” の堂々たるハモンドが響き渡る僥倖。
さながら、80年代の DEEP PURPLE のようにがっぷり四つのギターとキーボードは、さながら80年代の PRETTY MAIDS のようなボーカルの力強さと楽曲の牽引力で、クラシック・メタルの灯火が決して絶えないことを伝えます。初期のメンバーが集結したことも、プラスに働きました。歌の力が戻ってきたメタル世界。M.ILL.ION のようなクラシック・メタルの誇りが堂々たる凱旋を果たせば、もしかすると鍵盤の力も加わるかもしれませんね。北欧メタルよ、永遠なれ。
今回弊誌では、オリジナル・メンバーの B.J にインタビューを行うことができました。「僕らはやりたいことをやるしかなかったんだから!クラシカルなハードロックが僕たちの遺伝子と心に刻まれているんだよ。特定の時代の流行を追うようなことはしたくなかった。これまでも、そしてこれからもね。M.ILL.ION はクラシック・ハードロックだ。昔からずっと、そして今も…ね! 」 どうぞ!!
M.ILL.ION “LEGEND” : 10/10
INTERVIEW WITH B.J LANEBY
Q1: 1. M.ILL.ION started in Gothenburg, Sweden, right? At that time, melodic death metal was beginning to blossom in that place, so why did you go the hard rock route?
【B.J】: Yes, that´s absolutely correct. Gothenburg is our hometown and we love it!
Because we got to do what we got to do! It´s in our genes and hearts, We don´t follow the trends of what´s going on at a perticular moment. Never have. M.ILL.ION is classic hard rock. Always been, still is!
Q2: However, back then, Sweden had a lot of melodic and neoclassical metal talent, from major acts like Yngwie Malmsteen and Europe to more independent ones. Were you influenced by those people when you started playing metal?
【B.J】: I think we share influences with some of those great bands: We all love Deep Purple, Rainbow, UFO, Thin Lizzy etc.
But of course,,,Europe and Yngwie broke some serious ground. I personally very like much my friends in 220 Volt and Treat is a really good band.
Q2: 一方で、当時スウェーデンには Yngwie Malmsteen や EUROPE といったメジャーなバンドから、よりインディーズなバンドまで、メロディック・メタルやネオクラシカル・メタルの才能あふれるバンドがたくさん存在しましたよね。バンドを始めた頃、そういった人たちからは影響を受けましたか?
Q3: I absolutely love your first album, “No.1”. While it followed the glam metal style of the time, it beautifully reflected the melancholy and landscapes characteristic of Scandinavia. Was that “Scandinavian feel” something you consciously aimed for?
【B.J】: Wow . thank You! Along time ago, but it was a really succesful debut. And lots of fun!
Great perspective. Again , We just do what we got to do and it comes from our hearts and souls – It´s just us – no calculations or plans!
Q4: There were many different bands in Scandinavia at the time, but which ones did you particularly connect with?
【B.J】: Again & speaking for myself; Pretty Maids, TNT ( Great bands, we have played with both) Treat (also played with) Europe of course, Electric Boys is very cool.
【B.J】: また個人的な意見になるけど、PRETTY MAIDS, TNT(どちらも素晴らしいバンドで、一緒に演奏したことがあるよ)、TREAT(こちらも一緒に演奏したね)、そしてもちろん EUROPE。ELECTRIC BOYS もとてもクールなバンドだと思っていたね。
Q5: “We Ourselves & Us” is one of the most popular albums in your discography and was a hit in Japan as well. Musically, it moved closer to a more vibrant, American feel, would you agree?
【B.J】: Thanks! Anyway, after the first album NO.1, which was a great success, we were pretty much independent. We were able to book the studios and producers we wanted.
Meaning we tried out some different arrangements and production ideas. Cool album! Our dear friend Pär Edwardson produced it and we had the opportunity to get both crazy and serious.
Q6: Your comeback album “Legend” is truly fantastic! You are a legend of Scandinavian Rock & Metal, so is that the meaning behind the title?
【B.J】: WOW – THANK YOU! You can´t imagine what that means to us! We´ve worked hard with it. Wrote about 30+ songs for it and we´re so glad You like what came out of it!
Thank You, but it´s not meant putting us on a the pedestal. It´s just a cool title and one of the songs is called The Legend Lives On.
【B.J】: わあ、ありがとう!僕たちにとって、その言葉がどれほど大きな意味を持つか、想像もつかないだろうね! このアルバムのために一生懸命努力したからね。30曲以上も書き上げたから、気に入ってもらえて本当に嬉しいよ!
レジェンドなんてありがとう。でも、決して自分たちを崇め奉るつもりはないよ。ただクールなタイトルにしたかっただけで、収録曲の一つに “The Legend Lives On(伝説は生き続ける)” というタイトルがあって、そこからつけたんだよね。
Q7: Also, what was the reason for deciding to make a comeback now?
【B.J】: Well, we had a very succesful 30: th anniversary a couple of years ago, did a partly retrospective /partly new songs album- Back on Track – did some great gigs and felt very inspired to move on with a brand new album and touring. And here we are!
Q7: ところで、今復活を決めた理由は何だったんですか?
【B.J】: 実は、数年前に30周年記念アルバムを大成功させ、過去曲と新曲を収録したアルバム “Back on Track” をリリースし、素晴らしいライブもいくつか行えたんだよね。
そこから、新しいアルバムとツアーでさらに前進したいという強い気持ちが湧いてきたんだよ。それで、今こうしてカムバックを果たしたんだ!
Q8: What’s so great about “Legend” is the fantastic combination of guitar and Hammond organ! There used to be many bands like Deep Purple that played like that, but unfortunately there are hardly any left now, right? That’s why you’re such a valuable presence in today’s rock world, would you agree?
【B.J】: Again- thank You! We love that combination!
Guess not, at least I don´t hear many bands with our type of sound.
Thank You. We just do what we have to do. The torch has to be carried by somebody and we try to do our job with smiles on our faces. Having that said, we also try to modernise the sounds, arrangements and production as well. We are NOT a nostalgia act. We are classic rock, always melodic, but at the same time it´s 2026 now. Not 1976.
Q8: “Legend” の素晴らしいところのひとつは、ギターとハモンド・オルガンの絶妙な組み合わせですね! かつては DEEP PURPLE のようなそうしたバンドがたくさんいましたが、残念ながら今ではほとんど残っていませんよね?
だからこそ、あなた方は今日のロック界において非常に貴重な存在に思えます。
Q9: Some people say melodic hard rock/AOR is dead or outdated. What do you think?
【B.J】: Dead? Are You kidding me?
Q9: メロディック・ハードロック/AORは死んだ、あるいは時代遅れだと言う人もいます。
【B.J】: メロハーが死んだ?冗談だろ?
FIVE ALBUMS THAT CHANGED B’J’S LIFE!!
THE BEATLES
NAZARETH “RAZAMANAZ”
DEEP PURPLE “MADE IN JAPAN”
BLACK SABBATH “SABBATH BLOODY SABBATH”
KISS “ALIVE!”
MESSAGE FOR JAPAN
I love Your old culture! The temples, the history, the dignity, the food! And the people! – YOU ROCK!
Thank You sooooo much for the support through the years, dear Japanese friend! Enjoy LEGEND and hope to see You all soon! Please follow us on Facebook & please feel very free to leave messages – we would LOVE to hear from You! Domo Arigato the land of the rising sun!
Nothing is true, everything is permitted.” When we started playing this kind of avant-garde stuff, we made a conscious decision not to limit ourselves with genre boundaries. We began with pure experimentation, and we’re still sticking to that approach.
DISC REVIEW “SUBNORMAL DIVES”
「”正しい音楽などは決してない。すべてが許される”。こういうアヴァンギャルドな音楽を演奏し始めた時、僕たちはジャンルの枠にとらわれないことを意識的に決めたんだ。純粋な実験から始め、今もその姿勢を貫いているよ。初期の作品はデス/グラインドコア寄りだったけど、最新作は新メンバーの Dima と Semyon がもたらしたマス・コアの影響がより強くなっているね。
とはいえ、バンドの方向性は常に、最強に極めて激しい音楽を作ることにある。なぜなら、身体を動かすことは、強くて若々しくいる秘訣だからね」
混沌とした時代には混沌とした音楽がよく映える。実際、ロシアの ByoNoiseGenerator のカオスほど、2020年代のサウンド・トラックといえる音楽は他にないでしょう。
狂気じみたテクニカル・デスメタル、轟音のグラインド・コア、難解な数式のマス・コア、カウボーイ・ビバップのサウンドトラックに煙立ち込めるジャズクラブを、無機質な工業用装置で加工処理したかのような BNG の混沌にルールはありません。そう、ルール無用ですべてが許されるこの時代に、彼らの音楽はあまりにもフィットしているように思えます。
「すべてはデスメタルとその派生ジャンルから始まったんだよね。その後、グラインド・コアやマス・コアの要素をより多く取り入れるようになったんだ。僕たちはそうしたジャンルを音楽的に心から愛しているけど、凶悪な音楽に典型的に見られる歌詞のテーマからは意図的に距離を置いていてね。僕たちの音楽が、デスメタルの誇張された残虐性や、グラインド・コアによく見られる社会政治的なメッセージと結びつくことは望んでいないんだ」
とはいえ、彼らの混沌は決して戦争や抑圧といった暴力の渦に巻かれているわけではありません。むしろ、そうした狂気から距離を置き、音楽的な挑戦や寛容さが極まってたどり着いた場所こそが圧倒的なカオスだっただけ。彼らが生み出す怪物や肉塊、そして官能さえ、実は音楽のみに集約しているのです。
「John Zorn を知ったのは比較的遅い時期だったんだよね。ネット上で僕たちの音楽と彼の音楽を比較する人が出始めたのがきっかけだったんだ。当初は、Chris Potter, Ben Wendel, Michael Brecker といったサックス奏者から影響を受けていたんだよ」
近年、サックスの響きをメタルに持ち込むバンドが増えていますが、BNG に RIVERS OF NIHIL や SLEEP TOKEN のような洗練された音色を期待するのは大間違いです。ByoNoiseGeneratorは、その名の通り、純粋な聴覚的狂気を詰め込んだ混沌を投下するのみ。グルーヴ感のあるスラム・ブレイクダウン、PRIMUS 風のギター・ファンク、頭蓋骨を粉砕するグラインドコアが、フリーフォーム・ジャズの暴力的な流れと混濁し、目まぐるしくその姿を変化させていきます。
3分にも満たないトラックに山ほどの音楽ジャンル詰め込み、インテンスを高めるその姿勢はまさに NAKED CITY の遺伝子そのもの。”ジャズ・グラインド”。複雑極まりないと同時に爆発的なエネルギーを秘めた BNG の楽曲は、狂気じみた拍子と魅惑的な官能のスウィングを見事に結びつけました。この陶酔的でしかしサブリミナルなノイズの荒波で踊ることこそ、2020年代に課せられた私たちの使命なのかもしれませんね。
今回弊誌では、ByoNoiseGenerator にインタビューを行うことができました。「でも真面目な話、この名前もコンセプト全体も、僕らのドラマーがロシアのサウナで亜酸化窒素を吸っていた時に、ちょっと狂った頭で思いついたものなんだよね。だから、その狂ったコンセプトが自然と僕たちの芸術的アイデンティティの一部になったというわけだよ」どうぞ!!
BYONOISEGENERATOR “SUBNORMAL DIVES” : 10/10
INTERVIEW WITH BYONOISEGENERATOR
Q1: First of all, what kind of music did you grow up listening to?
【BNG】: We all started from very different places. For about half of the band, childhood happened at a time when the internet wasn’t that widespread yet, so we listened to whatever we could get our hands on.
Anything from heavy/thrash/death metal to punk rock. For example, our guitarist got into heavy music and picked up the guitar after hearing a Static-X track while playing Need for Speed.
Q1: 本誌初登場です!まずは、あなたの音楽的なバックグラウンドからお話ししていただけますか?
【BNG】: メンバーそれぞれ、音楽のルーツは大きく異なるよ。バンド・メンバーの約半数は、インターネットがまだそれほど普及していなかった時代に幼少期を過ごしたので、その時手に入るものは何でも聴いていたよ。
ヘヴィ・メタル、スラッシュ・メタル、デスメタルからパンク・ロックまで、あらゆるジャンルを聴いていたね。例えば、ギタリストは “Need for Speed” をプレイ中に Static-X の曲を聴いてヘヴィ・ミュージックにハマり、ギターを手に取ったんだ。
Q2: Are you connected to the Russian metal scene? Or have you been targeting bands outside the country?
【BNG】: Even though we don’t play shows that often, we stay connected to the Russian metal scene ― we keep in touch with a lot of musicians and bands.
We also try to stay connected with bands outside the country. We’ve got a lot of great memories and friendships from our European tour.
Q3: ByoNoiseGenerator is exactly the right name for your music, why did you decide on this name?
【BNG】: As you pointed out ― it fits our music, so that’s why we picked it.
But seriously, both the name and the whole concept came from our drummer’s slightly deranged mind while he was inhaling nitrous oxide in a Russian sauna. So yeah, it kind of naturally became part of our artistic identity.
Q4: Still, I’ve never heard music as chaotic as yours!Technical grindcore, free jazz, Primus-like grooves with Mr. Bungle-like progressive developments. Why did you decide to make such chaotic, avant-garde music?
【BNG】: “Nothing is true, everything is permitted.”
When we started playing this kind of avant-garde stuff, we made a conscious decision not to limit ourselves with genre boundaries. We began with pure experimentation, and we’re still sticking to that approach.
Our earlier releases leaned more towards death/grind, while the latest one has a stronger mathcore influence, brought in by our newer members Dima and Semyon.
Overall though, the band’s direction has always been about creating максимально intense music ― because physical exercise keeps you strong and young.
Q4: それにしても、あなたたちほどカオスな音楽は聴いたことがありません!
テクニカル・グラインドコア、フリージャズ、PRIMUS のようなグルーヴに Mr. Bungle のようなプログレッシブな展開。なぜこんなにカオスでアヴァンギャルドな音楽を作ろうと思ったのですか?
Q5: Many people must feel John Zorn’s genes when they listen to your music.In fact, does his music and use of the saxophone influence you?
【BNG】: We actually discovered Zorn relatively late. It happened after people online started comparing our music to his.
Initially, we were more influenced by sax players like Chris Potter, Ben Wendel, and Michael Brecker.
That said, John Zorn had a huge impact on our sax player Shela in his early years. He learned improvisation and phrasing largely through studying Zorn and Naked City.
So yeah ― the answer isn’t entirely straightforward, as you can see.
【BNG】: 実は、John Zorn を知ったのは比較的遅い時期だったんだよね。ネット上で僕たちの音楽と彼の音楽を比較する人が出始めたのがきっかけだったんだ。
当初は、Chris Potter, Ben Wendel, Michael Brecker といったサックス奏者から影響を受けていたんだよ。
とはいえ、John Zorn は、サックス奏者の Shela が若い頃に大きな影響を受けている。Shela は Zorn と NAKED CITY を研究することで、即興演奏やフレージングを多く学んだんだ。
だから、メンバーによって異なるんだよね。
Q6: Interestingly, your music reminded me of the soundtrack to the Japanese anime Cowboy Bebap.It’s strange that grindcore reminds me of such music (lol), but do you actually have any Japanese anime, video games, or music influences?
【BNG】: Japanese culture hasn’t directly influenced our music, but it’s worth mentioning that we all grew up watching iconic anime and films like Evangelion, Berserk, Tetsuo: The Iron Man.
All of that stuff feels incredibly weird and mesmerizing ― at least from a European perspective. Maybe our music creates a similar feeling for listeners.
Q7: Originally, grindcore and death metal were two separate things, but in recent years the two have come closer together, with a proliferation of bands that are now being referred to as death grind. You also combine the impulse and sociality of hardcore with the complexity and technique of death metal, which do you consider more your roots?
【BNG】: Like we said earlier, it all started with death metal and its variations. Later, we began incorporating more grind and mathcore elements.
We genuinely love all these genres musically, but we deliberately distance ourselves from the typical lyrical themes associated with them.
We don’t want our music to be tied to the exaggerated brutality of death metal or the socio-political messaging often found in grindcore.
Q8: Since 2020, pandemic happened, divisions are growing, and your country is at war. What can heavy music do in such a dark world?
【BNG】: We believe heavy music should keep doing what it has always done ― bringing people together, giving them a way to release emotions and energy, and helping them get through all this darkness.
such an underrated album that takes the best from nu metal, math metal, and metalcore and delivers it in a full-force blast of aggression, anxiety, and depression — just hits you straight in the face (M1t)
Foetopsy “In the Bathroom”
Almighty Jon Engman completely changed my drumming (Nox)
MESSAGE FOR JAPAN
We’re really happy that people in Japan are interested in what we do. Hopefully, one day we’ll get to visit your country, play a couple of shows, and fulfill our vocalist’s childhood dream!
COVER STORY : AT THE GATES “THE GHOST FROM A FUTURE PAST”
“It’s not the music, it’s more like the friendship. From the reunion, I would say we were the best of friends. I mean, we hung out outside the band as well and were almost like a family. So I will always share the friendship of it.”
THE GHOST OF A FUTURE DEAD
2025年9月16日。Tomas “Tompa” Lindberg は稀少で進行の速い癌である腺様嚢胞癌との勇敢な闘病の末、52歳で亡くなりました。北欧アンダーグラウンド・シーンのアイコンだった彼は、2024年初頭の入院、手術を前に、新作のボーカル・パートをすべて完成させていたのです。その後も彼はバンドとリモートで精力的に作業を続け、後に様々な感情に満ちたアルバム “The Ghost of a Future Dead” となる作品の隅々までを作り上げていきました。
「彼はとても勇敢だった。手術後もアルバム制作に取り組んだことが、彼自身と彼の状況にとってプラスになったと思う。創作活動を続け、いわば制作過程に身を置くことで、彼は最悪の時期を乗り越えることができたと思う」
そう、盟友 Anders Björler は語っています。音楽と歌詞は Tomas の診断前に完成していましたが、バンドは Tomas 自身の希望でアルバムのタイトルを変更しました。そのタイトルは、今となっては伝説のフロントマンへの痛切で予言的な墓碑銘となっています。
「曲も歌詞も全て完成していたんだ。アルバムの仮タイトルは “The Dissonant Void(不協和音の虚無)” だった。2曲目のタイトルだね。ところが、手術と放射線治療の後、彼は機嫌が悪かったり、悪夢に悩まされ、薬の効き目が強かったりして、アルバムのタイトルを変えてしまったんだ。だから、”The Ghost of a Future Dead (未来の死者の亡霊) ” が Tomas の選んだタイトルなんだよ。僕たちなら絶対に使わなかったようなタイトルだけど、彼自身が選んだものなので、それでいいと思っている。とても衝撃的で、とても陰鬱で、今振り返ると、ある意味予言的とも言えるタイトルとなったね。あまり深く話し合ったわけではないけれど、今思えば、彼は最終的に生き残れないかもしれないという不安を抱えていたのだと思う。いまではないにしても、数年後にはそうなるかもしれないと。だから、これはこれから起こることの予兆のようなものだったのかもしれないね。うん、本当に力強いタイトルだ。Tomas のタイトルだよ」
音楽的に、Tomas はシンプルなスタイルに回帰することを望んでいました。
「Tomas と他のメンバーは僕がバンドに戻ってきたことを本当に喜んでいて、僕が戻ってきたことで彼らはどういうわけか新しいエネルギーを得たようだった。Tomas の希望は “Slaughter Of The Soul” や “At War With Reality” のような、よりシンプルなアレンジ・スタイルに戻ることだと言っていたね。というのも、彼らは過去2枚のアルバムでプログレッシブなスタイルのパートを作っていたから。それで、僕と Jonas は曲作りを始め、ほぼ半々で書きあげたんだ」
終焉の全貌を理解するには、まずは始まり、つまりイエテボリで道を切り開こうとしていた若者たちの馴れ初めに遡る必要があります。彼らはメジャーなメタルとアンダーグラウンドの両方から影響を受けていました。
「つまり、最初は基本的に僕と Jonas と学校の友達だったんだ。ACCEPT の “Restless and Wild” みたいな音楽を聴き始めて、もっとヘヴィな音楽を探し求めていた。もっと速く、もっとヘヴィに、もっとブルータルに、でも少しだけスケールアップした感じの音楽が欲しかったんだ。
ACCEPT の次の段階は、W.A.S.P. がファーストアルバムを出した時だった。それから、”Animal (Fuck like a Beast) EP” もね。まあ、父が英語が分かるから買えなかったんだけど。それに(Blackie Lawlessが)股間にノコギリの刃を刺してたし。僕たちまだ10歳くらいだったからね(笑)。
それから METALLICA, SLAYER へと進み、1989年に Tomas と出会ったことで、MORBID ANGEL やアンダーグラウンド・メタル・シーン全体に足を踏み入れることになったんだよね」
Björler 兄弟が Tomas と出会ったことで、すべてが変わりました。Tomas は当時、後に AT THE GATES のメンバーとなる Alf Svensson と共に GROTESQUE というバンドで地元のシーンにおいて既に頭角を現していました。
「Tomas はストックホルムで NIHILIST, DISMEMBER, TIAMAT, GRAVE のメンバーなど、たくさんの知り合いがいたんだ。でもイエテボリに来てからはかなり孤独だったから、もっと関われる何かを求めていたんだよ。自分の音楽を広めたかったんだろうね。
彼と、カスケード誌を創刊した友人は、イギリスのメタル雑誌 “メタル・フォース” にたくさんの広告が載っているのを見つけたんだと思う。それで、他の雑誌の広告やデモテープなどの広告もカスケードに載るようになった。いわばセミ・アンダーグラウンドな雑誌だったんだけど、普通の書店でも手に入ったから、既に流通していたといえる。だけど、アンダーグラウンド系の広告も載っていたんだ。だから、AT THE GATES は Tomas との出会いで始まったと思う。彼は僕に新しい世界を開いてくれたからね」
兄弟は1990年に Tomas, Alf, そしてドラマーの Adrian Erlandsson と共に AT THE GATES を結成し、デビューEP “Gardens of Grief” をリリース。その後、Alf が脱退するまでに、1992年に “The Red in the Sky is Ours”、1993年に “With Fear I Kiss the Burning Darkness” という2枚のアルバムをリリースしました。
「Alf は最も複雑でひねくれたアイデアを提供してくれていた。僕たちは彼から大きな影響を受けていたし、今もそうだ。彼は素晴らしい音楽を書いていた。初期の作品の問題点は、プロダクションがひどいことだね。良いサウンドだったら、もっとずっと面白くなっただろう。でも、93年に彼が脱退した後、THE HOUSE OF USHER の Martin Larsson が加入し、ソングライティングはよりストレートになったよ」
当時のバンドの技術はまだまだ未熟で、楽器の上達にも情熱を傾けていました。
「本当に大変だったんだ。僕たちはイエテボリの南にある小さな村の出身だった。イエテボリというより、本当に小さな村でね。だから、奇跡みたいなものだよ。確かに、僕たちは何かユニークなことをしていると思っていたし、実際そうだった。でも、世界最高のバンドだとは思っていなかったよ。僕にとって一番大きな問題は、楽器の演奏が本当に下手だったこと。いつも練習していたんだけどね。たぶん “Terminal Speed Disease” の頃になって、少しずつ上達し始めたよ。それからは、少なくともマシにはなった。だから、最初の頃の本当の苦労は、演奏が下手だったことだね。でも、僕が初めてギターを手に入れたのは1990年の2月だったんだ。つまり、AT THE GATES を始める数ヶ月前のこと。だから、たくさん練習しなきゃいけなかった。最初のミニアルバム “Gardens of Grief” は冬、12月と1月にレコーディングしたんだ。だから、練習期間はたった10ヶ月しかなかった」
バンドは1994年にピースヴィル・レコードから “Terminal Spirit Disease” をリリースし、1995年にはイヤーエイク・レコードから、今や名盤の誉れ高い “Slaughter of the Soul” をリリースしました。これが彼らにとって以降19年間の最後のアルバムとなりました。 しかし皮肉なことに、バンドとその仲間たちは不在の間にカルト的な人気を獲得し始めます。そうして、イエテボリ・サウンドはより幅広い層にアピールするようになっていきました。
「確か DARK TRANQUILLITY の Mikael が、1998年頃にドイツで行ったインタビューで、イエテボリ・サウンドとかいうやつを耳にしたのがきっかけだったと思う。そう、その頃、それから2年後くらいだったかな。アメリカのバンドの多くは、東海岸で行われたMORBID ANGEL, DISSECTION, AT THE GATES のライブに出演したがっていたんだ。SHADOWS FALL, KILLSWITCH ENGAGE, UNEARTH のメンバーと話をしたよ」
2008年に数回の再結成ライブを行いましたが、バンドが本格的に復活し、名盤 “Slaughter of the Soul”のラインナップを擁する、強烈な5thアルバム “At War With Reality” をリリースするまでには、さらに6年の歳月を要しました。もし、あの解散がなければバンドはより大きくなっていたのでしょうか?
「僕は衝動的で感情に流されやすい性格なので、最初にバンドを脱退するのは非常に感情的な決断でした。10ヶ月間も無給でツアーを続け、膨大な量の仕事をこなさなければならなかった。僕たちはまだそんな準備ができてなかったんだ。まだ20歳で、若くて、早すぎたんだ。もちろん、お酒もたくさん飲んだしね。ちょっとした喧嘩もあったけど、深刻なものではなかったね。Tomas は、ビッグなバンドになることに非常にこだわっていたけど、僕はそうではなくて、音楽を作ることに夢中だった。そしてそれは今も変わらない。重要なのははアートを創造すること。キャリアには興味がない。街で声をかけられたりするのは嫌なんだよ。だからインタビューも好きじゃない。ごめんね。以前は Tomas がインタビューを全部やってくれてたから、僕にとっては全然新しい経験でね。僕はかなりシャイな人間だからね。でも、音楽を作ること、それが僕にとって常に重要だった。つまり音楽そのものが大切なんだ。名声には興味がない」
Anders は2017年にバンドを脱退し、ツアーやレコーディング活動とは無縁のキャリアを歩み始めましたが、5年後、彼はバンドメンバーと再会し、ライブを再開。後に “The Ghost of a Future Dead” となる楽曲制作に取り掛かりました。
「復帰はとても自然な感じだった。戻ってきてすごくいい気分だったし、エネルギーもみなぎって、また楽しくなった。もちろん、みんな連絡を取り合っていたし、Jonas は双子の兄弟みたいなものだ。他のメンバーとも連絡を取り合っていた。彼らは怒ったりしなかった。僕たちも年を取ったからね。誰かがグループを離れて別のことをしようと決めたとしても、わだかまりはない。人生ってそういうものだからね」
90年代と今とでは、変わったことがあるのでしょうか?
「一番大きな変化は、音楽理論に関する知識が格段に増えたことだと思う。つまり、音楽についてずっと多くのことを知っていて、よりこだわりが強くなったということかな。ドラムのBPMが0.5倍ずれているだけでも、チューニングが0.05%間違っているだけでも、すぐに分かるからね。本当に、まあ、職業病みたいなものだね。40年、いや35年もの間、膨大な量の音楽を聴いてきたわけだから。でも、初期の頃のあのエネルギー、あの若々しさが懐かしいよ。僕たちは本当に、本当に、世界を変えられると信じていた。実際にそう信じていたんだよ。
ああ、そう、俺たちは自分たちがビートルズかローリング・ストーンズか何かだと思ってたんだ。でも実際は、奇妙な影響を受けたクレイジーなデスメタル・バンドだった。あの頃のエネルギーと集中力が懐かしいよ。もう53歳だしね。ちょっと怠け癖が出て、モチベーションを維持するのが難しくなる時もある。家族や友達と過ごす時間を増やしたくなるしね。だから、そう。それが以前との大きな違いなんだ」
Anders の音楽の嗜好も変わってきたようです。
「最近は60年代のジャズ、例えばコルトレーンやマイルス・デイヴィスみたいなものはよく聴くね。妻はアンビエントとか、すごくダークな音楽をよく聴かせてくれる。新しいポップスも聴くよ。つまり、良い気分になれるもの、良いものなら何でもいいと思う。でももちろん、クラシック・メタルも聴くし、BLACK SABBATH や RAINBOW などの70年代のメタルも好きだ。SLAYER や TROUBLE なども今でもよく聴く。聴かないのは難しい。何でもいい。でも、モダンメタルは聴かない。だから、メタルを聴くとしたら、MORBID ANGEL とか、89年か90年に出た頃まで。それ以降はあまり聴かないね。
昔の音楽を聴くのは、それが自分が育った音楽だから。だから、現代の音楽はメタルじゃない。何か別のものだ。だから何でもいい。映画音楽、サウンド・トラック、何でも。昔のイタリアやスペインのカルト映画、つまりマカロニ・ウェスタンやガロ・スリラー、それから “食人ゾンビ” などもよく観るし、イタリア映画のサウンドトラックもよく聴くね。ブライアン・イーノ、エンニオ・モリコーネなど、有名な作曲家はたくさん、他にも100人くらいるね。ロシアのクラシック音楽も素晴らしいよ。AT THE GATES に大きな影響を与えていると思う。チャイコフスキー、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフなど、特に不協和音のハーモニーが重要だ。Jonas もよく聴いていたんだ」
復帰の条件として、大規模なツアーやメディア対応はしないと冗談交じりに話しながら、Anders は、このアルバムに関わるすべて―プレス対応からアートワークやビデオの制作、あらゆる計画や祝賀会まで―は、すべて Tomas 追悼のためだと強調します。
「これは Tomas のためにやっているんだ。ああ…話すのはとても辛いよ…つまり、ジャーナリストと話すのは非常に厄介なことであると同時に、セラピーのようなものでもあるんだよな。というのも、多くのジャーナリストが Tomas を個人的に知っていたことに気づいたからね。実際、彼の話をしていると、泣き崩れてしまうジャーナリストもいたくらいでね。誰にとっても、彼の死は大きな出来事だったんだ」
30年以上にも及ぶ友情、青春時代から大人になるまでの道のりを振り返ると、音楽よりも大切なのはメンバーとの兄弟のような絆でした。
「音楽というより、友情の方がずっと大切だった。最初の数年間は確かに友情があったけれど、それはまだ青春時代だったからね。だから、それから色々な感情が渦巻いてきて、いくつか間違った決断もしたし、ツアーが中止になったり、イライラすることもたくさんあった。
でも、その後、30代になって大人になった頃、Tomas に息子が生まれた。彼はすっかり別人のように、謙虚になった。バランスが取れた人間になっていたんだ。先生として働いてもいたしね。だから再結成した時、僕たちは最高の親友だったと言えるだろう。バンド以外でも一緒に過ごしたし、まるで家族みたいだった。だから、この友情はいつまでも僕の大切な宝物なんだ」
ドラマー Adrian Erlandsson は、アルバムの歌詞をまだ聴けていません。
「正直に言うと、歌詞については何も言えないんだ。歌詞を読んでいないからね。Tomas の病気、そして最終的には彼の死という、このアルバムを取り巻く様々な出来事があったから、長い間、聴くのが辛かったんだよ…彼が亡くなる直前から、ようやくまた聴き始めたんだけどね…」
残されたバンドメンバーにとって、”The Ghost of a Future Dead” のリリースは、悲しみと表裏一体でした。すべての音、すべてのサウンド、すべての映像は、フロントマンであり、そして何よりも大切な友人であった、今は亡き Tomas のことを思い出させます。しかし同時に、この遺作は彼の情熱、不屈の精神、そして比類なき才能の証でもあるのです。
「ちゃんと彼を悼む時間がなかったことに気づいた。まだ真っ只中にいるからね。まだこのアルバムに没頭している。インタビューを受けたり、アルバムの最終調整をしたり、彼のミュージックビデオを作ったりしているんだ。
すべてが彼の存在を感じさせる。どこに行っても彼のことを思い出す。音楽も、映像も、”The Fever Mask” のビデオも、街を歩いているだけでもそうだ。よく通っていたパブやレストランの前を通ったり、かつて住んでいた場所へ向かう古いバスを見かけたりするとね…つまり、何もかもが Tomas を思い出させるんだよな…
彼の残した功績にとても重きを置いているよ。それが一番大切なことなんだ。彼の記憶を後世に伝えることが本当に…重要だ。彼は非常に強い意志を持った人物で、特に音楽シーンに大きな影響力を持っていた。彼に会ったことのある人、ジャーナリスト、他のバンド、出身地を問わず、誰もが彼のことを覚えている。彼はとても社交的で、いつも新しい人をみんなに紹介してくれたから、誰も疎外感を感じなかったんだよな。僕は、人々が彼をそんな風に記憶してくれることを願っているよ」
バンドはこれからどうなるのでしょう?
「何も予定はない。というのも、アルバムを Tomas が望む形に仕上げることに集中してきたからね。彼がもう歌えないとわかってからは、Tomas の遺産を世に残すことに集中し、それを実現しようとしてきた。それが最優先事項だった。バンドの継続については全く話し合っていないよ。Tomas の代役なんて、そもそも不可能だろう。彼は本当に個性的な人物だったからね…」
“It does’t really matter WHAT you’re working hard at. There are so many ways to become talented with guitar. The one thing all great guitar players have in common is that they have spent a lot of time with the instrument.”
DISC REVIEW “FROM THE FADE”
「僕は音楽に関しては非常に柔軟な考え方を持っていて、何事にも一生懸命取り組んでいるんだ。プロ意識を持ち、親しみやすく、感じの良い人間であろうと心がけていて、だから周りの人たちも僕が彼らのために最善を尽くそうと真剣に考えていることを感じ取ってくれているからだと思うんだ」
Joel Hoekstra は今、メタルやハード・ロックの世界で最も引っ張りだこなギタリストのひとりでしょう。NIGHT RANGER で颯爽とギター・シーンに登場した Joel は、その技巧と創造性、そして旋律の妙で瞬く間に注目を集め、David Coverdale から WHITESNAKE のギタリストに任命されます。あまりにも華麗なロックのシンデレラ・ストーリー。しかし、Joel を必要としているのはこの二大バンドだけではありません。
TSO, FOREIGNER, ICONIC, REVOLUTION SAINTS, Jeff Scott Soto, Amy Lee, Michael Sweet, Sebastian Bach, Nico Mcbrain, そして意外にも ACCEPT。少し挙げただけでも、共演者には錚々たる顔ぶれが並んでいます。興味深いのは、多種多様なアーティストが Joel との共演を望んでいること。つまり、Joel の才能はどんな音楽にも対応できるほどに柔軟ですが、しかしそれだけが求められる理由ではありません。いや、それ以上に彼は、人間的に柔軟で優しく、勤勉であることこそが求められる理由だと信じています。
「僕はいつも、誰よりも努力するようにとアドバイスしているんだ。なぜなら、努力は必ず報われると信じているから。実は、ギターを極めるために何に努力するかはそれほど重要ではないんだよ。ギターの才能を開花させる方法はたくさんあるからね。偉大なギタリストに共通しているのは、楽器に多くの時間を費やしてきたという事実だけなんだ」
そう、Joel Hoekstra はギターに対して、音楽に対して、そして音楽にかかわるすべての人に対して誰よりも謙虚で、柔軟で、真剣です。練習よりも、努力よりも、戦略やイメージ、動画の編集能力が重要になる現代において、だからこそ Joel は声高にこう語ります。ギターに触り続けろと。
運指や音の正答が瞬時にでる、YouTube や Guitar Pro 全盛の時代。しかしもしかすると、その便利さがギタリストの多様性を奪っているのかもしれません。ギターを極めるための道は何通りもあるべきで、だからこそ道が定まらない不便な時代には個性的なギタリストが多く生まれたのかもしれません。ただひとつ、裏切らないのはギターに触れた時間だけ。
「まず第一に、僕はロック・ミュージシャンだ。でも、他のジャンルの要素を取り入れてロックに融合させるのが大好きなんだよね。音楽理論が大好きだから、音楽の構造を理解できて、他の人がやっていないようなことを考えるのにとても役立っているよ。普段は親しみやすく馴染みやすいスタイルで演奏しているけど、時折、人を驚かせるような要素を盛り込むのが好きなんだよね」
そんなギターのキャプテン翼、Joel Hoekstra だからこそ、彼が作り上げる “メロハー” の世界 “From the Fade” は独特で芳醇です。”Lifeline” のように誰もが親しみを抱くメロディを根幹に置きながら、Joel は楽曲の中にギターの美技、そして好奇心を誘うギミックやフックを存分に盛り込みます。Vinnie Appice, Derek Sherinian, Tony Franklin という歴戦の猛者たちの色彩も巧みに織り入れながら、シーンのニュー・ヒーロー Girish Pradhan の情熱的な歌唱がアルバムのステージをひとつ上へと高め、Joel の絶技がトドメを指すイメージでしょうか。ただのノスタルジーではなく、衰退とは真逆の未来を見据えたフォレスタルジー。そう、Joel が作り上げた、DIO から JOURNEY、WHITESNAKE から FOREIGNER まで駆け巡るメタルの歌心と妙技の旅路は、21世紀に入っても色褪せることは決してないのです。
今回弊誌では、Joel Hoekstra にインタビューを行うことができました。「僕自身は8フィンガー・テクニックを Jeff Watson から教わったわけではなくてね。僕の初期の指導者の一人である TJ Hermerich が、僕がまだ若かった頃、たぶん14歳くらいの時に教えてくれたものなんだ。彼は Brett Garsed とフュージョン・アルバムをいくつか出しているから、ぜひ聴いてみてほしい!TJ は8フィンガー奏法において非常に高度な技術を持っていたからね」 そうなんだよね…この人 TJ Hermerich の弟子でもあるんだよね… Brett Garsed 共々、タップでもハイブリッドでもある指は全部使う努力家ギタリストの系譜。どうぞ!!
JOEL HOEKSTRA’S 13 “FROM THE FADE” : 10/10
INTERVIEW WITH JOEL HOEKSTRA
Q1: Your family is a classical music family, and you studied cello and piano from an early age. Have those experiences helped you become the guitar virtuoso you are today? Do you feel that electric guitar students should also study classical music?
【JOEL】: They helped me to develop a sense of pitch and rhythm at a young age and jump start my ability to learn songs by ear. I don’t necessarily think that EVERYONE should do anything in particular. Everybody should find their own path. In the end, there are many ways to be “good” at guitar.
Q2: I have the impression that you came on the scene out of nowhere, and in fact, Kelly Keagy saw your 8-fingers technique and invited you to join Night Ranger, right? That technique is very interesting, but very few people use it anymore, but did the technique developed by Jeff Watson change your life in some way?
【JOEL】: That really isn’t the way my career developed. There were many steps that led up to joining Night Ranger. I had released my own albums, played in theatrical productions like Love, Janis and toured with older acts like The Turtles and Big Brother & The Holding Company. I also played with Kelly in Scrap Metal and Jim Peterik’s World Stage. So, joining Night Ranger was probably the first time people in Japan heard of me, but I had been a professional guitarist for 17 years before even joining. Also, I didn’t really learn the 8-finger technique from Jeff Watson. One of my early instructors, TJ Helmerich was teaching it to me at a young age. Maybe 14? He has some fusion albums out with Brett Garsed that people really should check out. TJ was incredibly advanced at the technique. I think the ability to play the part in Rock in America helped me in eventually joining Night Ranger full-time, but initially it had more to do with my ability to learn a lot of songs and perform them without rehearsal for Jim Peterik’s World Stage Band. As I said, Kelly was a part of those and Night Ranger just needed someone to “fill in” for Reb Beach for one show. In fact, they didn’t even realize that I was going to be able to play that solo until we were at the show.
【JOEL】: 僕のキャリアはそんな突然に発展したわけではないんだよ。NIGHT RANGER に加入するまでには、多くの段階があったからね。自分のアルバムをリリースしたり、”Love, Janis” のような舞台作品に出演したり、THE TURTLES や Big Brother & The Holding Company といったベテラン・バンドとツアーをしたりしていたからね。また、Scrap Metal や Jim Petrick & World Stage で Kelly と共演していたんだよね。だこら、おそらく NIGHT RANGER に加入したことが、日本で僕の名前が知られるようになった最初のきっかけだったのだろうけど、加入する前から17年間プロのギタリストとして活動していたんだよね。
それに、僕自身は8フィンガー・テクニックを Jeff Watson から教わったわけではなくてね。僕の初期の指導者の一人である TJ・Hermerich が、僕がまだ若かった頃、たぶん14歳くらいの時に教えてくれたものなんだ。彼は Brett Garsed とフュージョン・アルバムをいくつか出しているから、ぜひ聴いてみてほしい!TJ は8フィンガー奏法において非常に高度な技術を持っていたからね。
“Rock in America” で Jeff を演じた経験が、最終的に NIGHT RANGER に正式加入する上で役立ったと思うよ。でも当時は、Jim Petrick & World Stage で多くの曲を覚え、リハーサルなしで演奏できたことが選ばれた大きな理由だったと思う。さっきも言ったように、Kelly はそのバンドの一員で、その時 NIGHT RANGER は Reb Beach の代役を1公演だけ必要としていただけだからね。実際、彼らは僕がソロを演奏できるとは、公演当日まで気づいていなかったんだよ。
Q3: Then you joined WHITESNAKE. It was a great Cinderella story! You teamed up with legendary players such as Brad Gillis in Night Ranger and Reb Beach in Whitesnake, what did they teach you?
【JOEL】: I learned a lot from Brad in terms of attitude. Brad was a great mentor for me. We were like big brother, little brother. Reb was great to play rhythm guitar with. Everyone knows he’s a great lead player, but his rhythms are very tight and accurate. I tried to stay away from what they did as guitarists, because good guitar teams should have recognizable identities.
Q4: You have been needed by a variety of great artists from TSO, Foreigner, Michael Sweet, and surprisingly, Accept (!), and now you are even working with Nicko Mcbrain! What do you think it is about you that makes such a wide range of people like you so much?
【JOEL】: Musically I am very open minded and work hard on whatever it is I’m doing. I try to be professional, friendly, nice and I think that people sense that I really care about doing my best for them.
Q4: TSO, FOREIGNER, Michael Sweet, そして意外にも ACCEPT(!)といった数々の素晴らしいアーティストから求められてきたあなたは、今では Nicko Mcbrain とも仕事をしていますね!これほど幅広い層の人々に愛され、必要とされる理由は何だと思いますか?
Q5: Still, “From the Fade” is a great album! There are very few hard rock albums that mesh so well with melody and technique! You used to release jazz and acoustic- infused instrumentals (That’s great too), why do you stick to melodic hard rock now?
【JOEL】: Well, I became more well-known in the melodic hard rock scene and the fans who listened to my fusion albums wanted something more rock from me. It was something that I had always intended to do anyway. So the timing was right to start Joel Hoekstra’s 13. Someday I may release some instrumental albums again, but I’m having a good time writing and recording the style that I’m best known for, so it makes sense for now.
Q5: それにしても、”From the Fade” は素晴らしいアルバムですね!これほどメロディーとテクニックがこれほど見事に融合したハード・ロック作品は滅多にありませんよ!
以前はジャズやアコースティックを取り入れたインストゥルメンタルもリリースしていましたが(それも素晴らしい)、なぜ今はメロディックなハード・ロックに集中しているのですか?
Q6: What is great about you is that even in such a hard rock context, you are unafraid to use out-note and progressive apporoach. That is why you are called a virtuoso. What do you keep in mind when using such jazz and classical sounds in a hard rock context?
【JOEL】: First and foremost, I’m a rock player. But, I LOVE to take elements from other styles and pull them into rock. I love music theory and when you understand the construction of music, it helps to think of things that others aren’t doing. I guess I play with a relatable, familiar style MOST of the time and like to throw things in that surprise people.
Q7: Of course, Vinnie, Tony, and Derek are great as always, but it is Girish Pradhan’s voice that stands out as much as yours on this album. I first became convinced of his talent when I heard Girish’s “Rock the Highway,” and now he is one of the most sought-after singers in the world. I think he is from the same group of singers you have worked with, in the vein of David Coverdale, Russell Allen, and Jeff Scott Soto, but What makes him outstanding?
【JOEL】: Girish has a great range, a great rock feel and also is capable of adapting very well. He’s also very open minded and has a good attitude. He was very good with me on Crash of Life, in particular, because those melodies were written not knowing who was going to sing on the album. I KNEW he was going to sing on From the Fade, so I took advantage of his range and screaming abilities a bit more.
Q7: もちろん、Vinnie, Tony, Derek は相変わらず素晴らしいですが、このアルバムでは Girish Pradhan の歌声があなたのギターと同じくらい際立っています。
私が彼の才能を確信したのは、Girish の “Rock the Highway” を聴いた時で、今では彼はメタル世界で最も人気のある歌手の一人となりました。
彼は、あなたがこれまで一緒に仕事をしてきた David Coverdale, Russell Allen, Jeff Scott Soto といった歌手と同じ系統だと思いますが、その中でも彼を際立たせているのは何でしょうか?
【JOEL】: Girish は音域が広く、ロック・センスも抜群で、順応性も非常に高い。それに、とてもオープン・マインドで、人柄も良いんだよね。
特に “Crash of Life” では、誰がアルバムで歌うのか分からないままメロディーを作ったので、彼には本当に助けられたんだよ。一方で、”From the Fade” では彼が歌うことが分かっていたので、彼の音域の広さとスクリーム能力をより活かすことができたと思うよ。
Q8: what advice would you give to young guitarists?
【JOEL】: I always tell people to try to outwork everyone else, I think that in the end, you are rewarded for hard work. It does’t really matter WHAT you’re working hard at. There are so many ways to become talented with guitar. The one thing all great guitar players have in common is that they have spent a lot of time with the instrument.
My daughter (who is 10) is obsessed with Japanese culture. She loves anime! I adore the Japanese music scene and miss it very much right now. I really, really want to get back to Japan. The fans are so knowledgeable, dedicated and respectful. I hope to be back there very soon! I miss all of you so much!
“My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements.”
DISC REVIEW “A VISION FOR YOU”
「僕がバークリーに在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ」DREAM THEATER の成功は、その才能と努力、勤勉さから多くの人が予感していました。しかし、例えば James LaBrie との出会いだったり、MTV でのヘヴィ・ローテーションだったり、グラミー獲得までにはほんの少しの “運” の要素も作用していたはずです。実は彼らと同学年に、そんな “運” がほんの少し、味方しなかったひとりのギタリストがいたのです。
「1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね」
Darren Housholder。”シュラプネル” の一員だった彼は、レーベルの中で特に目立った存在とは言えませんでした。しかし、当時彼が残した3枚のソロ・アルバムはどれも、ギターが本当に “弾ける” 人なら理解できる、そしてそんな人を唸らせる実に素晴らしい作品でした。クラシックやオーケストラ、ビッグバンドに MESHUGGAH のようなリズムの実験。バラエティ豊かな3枚のアルバムにはどれも、挑戦的で音楽的な楽曲が揃えられていましたが、それ以上に Darren はギターを自らの手足のように扱っていました。
ギターを “弾ける” 人なら、そうしたギターとの一体感は演奏からすぐに感じ取ることができます。だからこそ、例えば Marty Friedman が MEGADETH で、Paul Gilbert が MR. BIG で、Bumblefoot が GUNS N’ ROSES で世界へ羽ばたいたように、Darren にもほんの少しの運が傾くべきだったのです。
「15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ」
もし出会ったのが LOVE/HATE ではなかったら (とはいえ “Let’s Rumble” は名作ですが)、もし Jeff Pilson と Vinnie Appice とバンドを組めていたら、もし David Lee Roth に拾われていたら…そんなたくさんの “If” を経て、Darren はギター以外の世界に活路を見出すことに決めました。
ギター教師、テレワークの経験を活かして立ち上げたフィットネス/サプリメント・ブランド “Psycho Pharma” は世界的なブランドへと成長。もし音楽を諦めたとしても、他の何かで自己実現することができる。そして、人はいつでも音楽へと戻ることもできる。Darren は自らの生き方で、音楽を諦めた誰かの希望となってみせました。そう、彼はブランドを成功へと導きながらも、若かりし頃の夢であった音楽の世界へと再び戻ってきたのです。
「何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね」
もしかすると、それは “中年の危機” だったのかもしれません。一時は練習さえしなくなっていたギターを、Darren は再び毎日手に取るようになりました。盟友 Jizzy Pearl のリクエストもあり、アルバムに参加。そうして感覚を取り戻したマエストロは、音楽で自己実現を果たすためインストの世界に舞い戻りました。
“A Vision for You”。ちょうど30年ぶりに届けられたアルバムには、まさしく Darren の多様なビジョンで満ちています。私たちはこういう、展開の読めない、惜しみなく技巧を披露した、ワクワクするような、シュレッド・アルバムをいつでも待ち侘びています。きっと Jeff Beck がシュラプネル時代のアーティストならこんな作品を作っていたのではないでしょうか? 旧友 Billy Sheehan と KORN の Ray Luzier のダイナミックな演奏も加わり、作品は完璧な復活祭となりました。”Ava’s Dance” の5/8とダウンテンポの6/8の使い分けといったらもう…”Generator Man” で正面されていましたが、やはりこの人はリズムの魔術師です。
今回弊誌では、Darren Housholder にインタビューを行うことができました。「ギターを弾くことで、内気な少年だった僕が自信に満ちた人間へと変われたんだ。人生観そのものが変わり、真の自信とカリスマ性を身につけることができた。音楽という言語を学び、自分だけのサウンドスケープを創造し、世界に発信してほしい。これこそが、僕が知る最高の贈り物だよ。ミュージシャンの個性とは、音色、フィーリング、そしてキャラクターだ。単に音符を弾くだけではなく、音符の弾き方、そして “これは私だ、他の誰にも真似できない” という個性的な表現力こそが、その人を際立たせるんだ。だから、自分だけの個性を見つけてほしい。自分だけのスタイルを見つけてほしい。それは、あらゆる影響が融合し、君だけの唯一無二の音楽へと昇華されるのだから」 どうぞ!!
DARREN HOUSHOLDER “A VISION FOR YOU” : 10/10
INTERVIEW WITH DARREN HOUSHOLDER
Q1: I first discovered you on the “Generator Man” album, and the title track really blew my mind! No other guitarist at the time could demonstrate such amazing technique over such complex rhythms. You were certainly one of the first to bring complex rhythms to shred―would you agree?
【DARREN】: Generator Man was actually my second album. At that time grunge and industrial music like Nine Inch Nails were dominating the scene. The public had turned against shred guitarists―it had become uncool to look clean and play great. I wanted to make a non-Shrapnel record that incorporated the sound of the times, like industrial music, but with shred guitar on top.
My first Shrapnel record, released in 1992, featured what I called “funky heavy metal big band.” I love clean, funky guitars, and I emulated a horn section by layering multiple guitars harmonizing together. While Shrapnel was known for Yngwie Malmsteen and neoclassical styles―which I loved―there were already departures from strict classical with players like Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, and Michael Lee Firkins. I went to Berklee College of Music, not GIT. Being at a jazz school and finding my own groove, I wrote songs like “Rubber Neck,” “Noodle Surprise,” and “Detrick Hates Jazz.” You can really hear the love of horn-section jazz in that track―it almost sounds like a big band.
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【DARREN】: “Generator Man” は僕の2枚目のアルバムだった。当時、グランジや NINE INCH NAILS のようなインダストリアル・ミュージックがシーンを席巻していたんだよね。世間はシュレッド・ギタリストに背を向けていた。ルックスが良くて演奏が上手いことがダサいと思われるようになってしまったんだよね。だから僕はシュラプネルとは異なる、インダストリアル・ミュージックのような時代のサウンドを取り入れつつ、シュレッド・ギターを前面に出したアルバムを作りたかったんだ。
1992年にリリースしたシュラプネルのファースト・アルバムは、僕が “ファンキー・ヘヴィ・メタル・ビッグバンド” と呼んでいたサウンドを特徴としていたね。僕はクリーンでファンキーなギターが好きで、複数のギターを重ねてハーモニーを奏でることでホーン・セクションを模倣したんだ。シュラプネルは Yngwie Malmsteen やネオクラシカル・スタイルで知られていたけど(僕も大好きだった)、Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, Michael Lee Firkins といったギタリストたちによって、すでに厳密なクラシック音楽からの脱却が見られていたんだよね。
僕はGITではなく、バークリー音楽大学に通っていた。ジャズ・スクールに通い、自分なりのスタイルを見つけたことで、”Rubber Neck”, “Noodle Surprise”, “Detrick Hates Jazz” といった曲が生まれたんだ。特に “Detrick Hates Jazz” には、ホーン・セクションのあるジャズへの愛が色濃く表れていて、まるでビッグバンドのようなサウンドになったね。
Q2: I love all three of your solo albums―funky big band like Detrick Hates Jazz, complex rhythms like Generator Man, and classical yet unusually progressive songs like “Middle of the Night.” Clearly you were breaking shred conventions and moving the genre forward. Which of the three albums do you particularly like?
【DARREN】: The third record, Symphonic Aggression. I actually had the song “Middle of the Night” on my original demo tape for Mike Varney’s Guitar Player magazine Spotlight column back in October 1988. For that record, I basically submitted to the “Shrapnel sound”―the neoclassical genre―because that’s what it took to get accepted for distribution and to fund the album.
Symphonic Aggression ended up being much better received than Generator Man and gave the Shrapnel shred audience exactly what they wanted. I took Beethoven’s “Moonlight Sonata” and turned it into “Mayday,” a Paganini classical guitar piece into “When in Rome,” Chopin into “Espresso,” and Mozart’s 40th Symphony into “Dinner with Wolfgang.” There was a lot of creativity and satisfaction in adapting those classical pieces into big rock guitar instrumentals. The tracks really came alive with Ray Luzier on drums and my former Jennifer Batten bandmate, Ricky Wolking, on bass.
Q2: あなたのソロアルバムはどれも大好きです。まさにファンキーなビッグバンド調の “Detrick Hates Jazz” 、複雑なリズムの “Generator Man” 、そしてクラシックでありながらも斬新なプログレッシブ・ソング “Middle of the Night” など、どれも個性的で素晴らしいですね。
あなたは明らかにシュレッド・ギターの常識を覆し、このジャンルを前進させていました。過去の3枚の中で、あなたが特に気に入っているアルバムはどれですか?
【DARREN】: 3枚目のアルバム “Symphonic Aggression” だね。実は “Middle of the Night” は、1988年10月に Mike Varney の “Guitar Player” 誌の “Spotlight” コラムのために作ったデモ・テープに収録されていたんだよ。このアルバムでは、流通ルートを確保し、制作資金を捻出するために、いわゆる “シュラプネル・サウンド”、つまりネオ・クラシカルなジャンルに身を委ねる必要があったんだ。
“Symphonic Aggression” は “Generator Man” よりもはるかに好評を博し、シュラプネルのシュレッド・ギター・ファンがまさに求めていたものを提供していたね。ベートーヴェンの “月光” を “Mayday” に、パガニーニのクラシック・ギター曲を “When in Rome” に、ショパンを “Espresso” に、モーツァルトの交響曲第40番を “Dinner with Wolfgang” にアレンジして取り入れたんだ。こうしたクラシック曲を壮大なロック・ギター・インストゥルメンタルにアレンジすることには、大きな創造性と満足感があったよ。ドラムの Ray Luzierと、かつて Jennifer Batten で一緒にバンドを組んでいた Ricky Wolking がベースを担当したことで、楽曲は本当に生き生きとしたものになったね。
Q3: That’s why it’s such a shame you were gone from the scene for over twenty years until you performed with Jizzy Pearl again. What happened during that time?
【DARREN】: By 1995 I had three instrumental guitar albums plus the Let’s Rumble record with Love/Hate. My band Freak Power Ticket, featuring Ray Luzier on drums and Sean Daily on vocals, had recorded fifteen original songs and was performing around Los Angeles trying to land a deal―which was tough at the time. My girlfriend, now wife, was about to have our first child, Dorian―named after our favorite minor mode―so I went back to mornings doing telemarketing sales, something I’d done all through music school. I eventually got really good at it, good enough to support us, and within two years we bought our first home. Six months after that, I quit and started my own supplement distribution company called Brand New Energy, which later became my fitness brand Psycho Pharma. That was twenty-eight years ago.
Q3: だからこそ、あなたが Jizzy Pearl と再び共演するまで、20年以上もシーンから姿を消していたのは本当に残念でしたよ。その期間は、何があったのですか?
【DARREN】: 1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。
そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね。
Q4: It’s well known you were at Berklee with John Petrucci and John Myung. Did you jam with them a lot? What were they like back then?
【DARREN】: I was there the one year that John Petrucci, John Myung, and Mike Portnoy were all at Berklee. They were in the practice rooms every single night working on material for what becameMajesty. They were incredibly hard-working, industrious guys―clearly destined for success.
I performed in the recital hall once per semester, playing songs from Malmsteen, Steve Vai, Paul Gilbert, and my own compositions with JD on bass―who’s now in Black Label Society―and J. Gates on drums. Unfortunately the Dream Theater guys never performed their original songs live at Berklee; they were too busy writing and recording them in the practice rooms.
Q4: あなたが John Petrucci や John Myung とバークリー音楽大学で一緒だったことはよく知られていますね。彼らとはよくジャム・セッションをしていたのですか?
【DARREN】: 僕が在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ。
僕は学期に一度、リサイタルホールで演奏し、Yngwie, Vai, Satriani の曲や、JD(現在は BLACK LABEL SOCIETY に在籍)がベース、J・Gates がドラムを担当する形で、自分のオリジナル曲を演奏していたね。ただ残念ながら、DREAM THEATER のメンバーはバークリーでオリジナル曲をライブ演奏することはなかったんだ。彼らは練習室で作曲とレコーディングに没頭していたからね。
Q5: Dream Theater has earned a Grammy. You have exceptional technique, of course, but more than that, you can write good, challenging songs. For example, I understand there was talk of putting together a band with Jeff Pilson and Vinnie Appice?
【DARREN】: I moved to Los Angeles to join Jeff Pilson from Dokken and Vinnie Appice from Dio just a year after I graduated from Berklee. I was teaching guitar lessons and writing instrumental songs day and night when Mike Varney called with the introduction to Jeff. I auditioned, got the gig, and we moved from Boston to L.A. After about a year and a half the band signed a deal, got dropped, and eventually split up. They later released a record called War & Peace with Russ Parrish on guitar.
【DARREN】: バークリー音楽大学を卒業してわずか1年後、DOKKEN の Jeff Pilson と DIO の Vinnie Appice のバンドに加わるため、ロサンゼルスに移住したんだよね。
それまで、ギターのレッスンをしながら、昼夜を問わずインストゥルメンタル曲を作曲していたところ、Mike Varney から Jeff を紹介する電話がかかってきてね。オーディションを受けて合格し、ボストンからロサンゼルスへ引っ越したんだ。
約1年半後、バンドはレコード会社と契約したんだけど、その後契約を解除され、最終的に解散してしまった。その後、Russ Parrish がギターを担当した “War & Peace” というアルバムをリリースしたんだけどね。
Q6: There was a wide variety of great guitarists on Shrapnel back then, but who were the ones you particularly identified with?
【DARREN】: All the Shrapnel guys had an impact on me―starting with Yngwie Malmsteen and Paul Gilbert, but really everyone, including Greg Howe. My primary influences are Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, and especially Eddie Van Halen and Ted Nugent. I could go on―Aerosmith, Led Zeppelin, The Beatles….
【DARREN】: シュラプネルのメンバー全員から影響を受けていたよ。Yngwie Malmsteen と Paul Gilbert をはじめ、Greg Howe も含めて本当に全員だね。
僕の主な影響を受けたミュージシャンは、Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, それから Eddie Van Halen と Ted Nugent は特別だね。他にも AEROSMITH, LED ZEPPELIN, THE BEATLES など、挙げればきりがないね。
Q7: A Vision for You is really a great album―well worth the wait! I get the impression you’ve become a deeper guitarist with more country licks, but you haven’t lost your signature challenging rhythms and complex melodies. What made you decide to make another guitar instrumental album now?
【DARREN】: The first instrumental song I wrote in decades was “Ava’s Dance” back in 2019. I’d just recorded two records for Jizzy Pearl and was getting back into playing guitar more than thirty minutes a day. Eventually the creative writing came back to me―I had lost it for a long time, but it returned.
The songs on A Vision for You were written over the course of six years. They’re all very different―none of them sound alike. One thing that stays consistent is the attack and aggression that’s always been my signature. You can hear it throughout.
Q7: “A Vision for You” は本当に素晴らしいアルバムですね!待った甲斐がありました!
カントリー調のフレーズが増え、より深みのあるギタリストになった印象を受けますが、あなたの持ち味である挑戦的なリズムと複雑なメロディーは健在です。今回、再びギター・インストゥルメンタル・アルバムを制作しようと思ったきっかけは何だったんですか?
【DARREN】: 何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!
アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね。アルバム全体を通して、そのサウンドを感じ取ってもらえると思うよ。
Q8: While the development of AI and social media has its conveniences, it’s also made it easier to over-edit videos and have AI create songs. Are AI and social networking good for the future of the guitar, or bad?
【DARREN】: With AI, it’s a phenomenon that’s hard to fully comprehend. Music is organized sound that causes emotion in humans―it could be industrial machines clicking in a way that moves you, or the sound of someone fingerpicking a nylon-string guitar. I don’t think we can limit how we get there. As long as the finished piece is organized sound that creates emotion, it qualifies as music.
Q9: By the way, your brand Psycho Pharma deals with supplements, right?
【DARREN】: My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements―one that’s authentic to me and carries both my character and Eric Bugenhagen’s. Our product names are Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, and Edge of Insanity―that’s our hero product.
Edge of Insanity has been available in China for four years, Australia for three, and through Suplinx in Japan. We’re in GNC and Amazon in the U.S., independent stores across the country, Mexico, South America, and we’ve done tradeshows in Germany the last three years. This is the most creative, passionate thing I’ve done in my life. I’m as obsessed with Psycho Pharma as I was with playing guitar sixteen hours a day. And somehow I’ve managed to build Psycho Pharma around the world while writing guitar instrumentals, recording three records with Jizzy Pearl, and releasing my first solo record in thirty years. Two records came out in 2025 as I turned sixty. I’m truly grateful for my life today.
I’ll keep writing and release another instrumental guitar record. I’d love to latch onto some guitar tours so I can perform my original music around the world. I also plan to write a comprehensive guitar book that simplifies scales, chords, and theory, and shows how to put it all together to become a creative musician. I’ve created a music theory page that’s basically the multiplication table for music. I have so much more to offer―I’m just getting started.
Q9: ところで、あなたのブランドであるサイコファーマはサプリメントを扱っていますよね?
【DARREN】: 15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ。それは、僕自身の個性と、エリック・ブーゲンハーゲンの個性を融合させた、真に自分らしいブランドだから。製品名は、Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, そして看板商品である Edge of Insanity だよ。
Edge of Insanityは、中国で4年間、オーストラリアで3年間、そして日本ではSuplinxを通じて販売されている。アメリカではGNCとAmazon、全米各地の独立系小売店、メキシコ、南米でも販売されていて、過去3年間はドイツで展示会にも出展しているんだ。これは、僕の人生で最も創造的で情熱を注げる仕事だよ。Psycho Pharma への情熱は、かつて1日16時間ギターを弾いていた頃と同じくらいさ。つまり僕は、ギター・インストゥルメンタル曲の作曲、Jizzy Pearl との3枚のアルバム制作、そして30年ぶりのソロ・アルバムのリリースと、世界中でPsycho Pharmaの活動を展開することができたんだ。2025年には60歳を迎えるけど、2枚のアルバムをリリースできた。今の人生に心から感謝しているんだ。
これからも作曲を続け、インストゥルメンタル・ギター・アルバムをリリースしていくつもりだよ。ギターツアーに参加して、世界中でオリジナル曲を演奏できたら最高ですね。また、スケール、コード、音楽理論を分かりやすく解説し、それらを組み合わせて創造的なミュージシャンになる方法を教える、包括的なギター教則本も執筆する予定。音楽理論のページも作成済みで、いわばこれは音楽の九九表のようなもの。まだまだ僕に提供できるものはたくさんあるんだ。これはまだ始まりに過ぎないんだよ。
Q10: You yourself have great muscles, and John Petrucci and Zakk Wylde are also very intense. Do you think strong muscles are necessary for a guitarist?
【DARREN】: I think we should all be mindful about exercise, eating right, sleeping, and taking care of our mental, physical, and spiritual health. For the last five years I’ve had the habit of reading spiritual and self-help books while pedaling the Peloton for thirty minutes every morning. It helps my physical, mental, and spiritual life every single day. I believe most successful people are athletes, scholars, and have a connection to something higher.
My message for Japan and young guitar players is this: playing the guitar took me from a shy kid to someone full of confidence. It changed my whole outlook―I gained real self-confidence and charisma. Learn the language of music so you can create your own personal soundscapes and share them with the world. This is the greatest gift I know.
A musician’s signature is the sound, the feel, the character. It’s not just the notes―it’s how the notes are played and that personalized attack that says, “This is me, and no one else.”
Find your signature. Find your style. It’s a combination of all your influences, turned into something that is uniquely you.
COVER STORY : CORROSION OF CONFORMITY “GOOD GOD / BAAD MAN”
“I mean…you can tell the world a lot by wearing a spiked belt, dude. If you’re at the grocery store and you’ve got a spiked belt, people look at you a little different. Some of them might look at you like, “Damn… I wish I was still that guy.”
GOOD GOD / BAAD MAN
間もなく59歳になる Pepper Keenan は、人生のほとんどをギターに費やしてきました。ニューオーリンズで育った彼にとって、音楽は決して珍しいものではなかったからです。 1989年、彼は CORROSION OF CONFORMITY にギタリストとして加入。ティーンエイジャーの頃からパンクが好きだった彼は、長年このバンドのファンでした。その後、1994年のミリオン・セラー “Deliverance” ではボーカルも担当。このアルバムで彼らはパンクのルーツから脱却し、よりルーズで BLACK SABBATH 的なサウンドへと移行しました。90年代半ばには、スーパー・グループ DOWN でギターを演奏。Jason Newsted が METALLICA を脱退した際、空席となったベースのオーディションに最初に声をかけられたのも Pepper でした。
創立メンバーでベーシストの Mike Dean が脱退し、2020年にはドラマーの Reed Mullin が悲劇的な死を遂げた後、Pepper はギタリストの Woody Whetherman と二人きりとなり、ギターでジャム・セッションをしながらCOCのニューアルバム “Good God / Baad Man” を完成へと導きました。”ダーク・サイド・オブ・ザ・ドゥーム” というニックネームで呼ばれるこのアルバムは、COCのあらゆる要素を網羅した壮大な、しかし “まるで昔のまま” な作品です。中でも特筆すべきは、ヘヴィなストーナー・ロックから至福のサイケデリック・ジャムまで、Pepper の尽きることのないリフの才能でしょう。状況やメンバー構成が変わっても(実際、彼は2006年から2015年まで DOWN に専念するためバンドを離れていた)、彼のギターリフの探求に終わりはありません。
そうして、ベーシストの Bobby Landgraf とドラマーの Stanton Moore を迎え入れ、再びフルバンドを編成しなければならなかった時のことを、彼はゆっくりと回想します。 「新しいガールフレンドができたような気分だったよ。書いていたのは僕と Woody だけだった。Mike Dean はいなかったし、Reed も失っていた。でも僕と Woody は100回も話し合って、やめないって決めていたんだ。僕たちは新しい音楽に興奮しすぎて、このバンドが本当に楽しかった。COCの物語が終わるわけじゃなかったんだ」
その新しい音楽は “Good God” と “Baad Man” の2枚組、大ボリュームで届けられました。
「僕と Woody はミシシッピ州の “ブラック・シャック” っていうところでビールを飲みながらレコードを聴いて、ジャム・セッションしたりギターを弾いたりしてたんだ。COC がこれまでどれだけ色々なスタイルでやってきたか、例えば(サザンロック調の) “Stare Too Long” から、(アグレッシブな)”Vote With A Bullet” まで、本当に色々なことをやってきたって話をしてたんだ。それで、同じような曲が10曲も入ったアルバムなんて作りたくなかったし、このバンドのすべてを1枚のアルバムに詰め込むにはどうすればいいかって話してた。その時、このアイデアが浮かんだんだ。”Good God, Bad Man” っていうのは、俺がずっと前から言ってた言葉で、句読点の付け方によって意味が変わるんだよ。
この組み合わせは意図的に作ったんだ。後から思いついたわけじゃない。レコーディングを始める前から、曲順は決まってた。俺にとってはすごく理にかなってると思う。まあ、アルバムを作って曲を全部仕上げてから、最後に曲順を決める人がいるのは不思議だよな。小説を書くときに、どの章をどこに配置するかを後から決める人なんていないからね」
アルバムは、マイアミのミドル・イヤーでレコーディングされました。BEE GEES の Barry Gibb が所有していて、BLACK SABBATH が “Mob Rules” の一部を録音した場所でもあります。
「ボスである Barry は、あちこちに顔を出していて、想像通り最高だったよ。”Baad Man” っていう曲では、Maurice Gibb が “Jive Talking” で使ってたストラト・キャスターを弾いたんだ。すごいだろ?!このアルバムの制作中は、そんな感じだった。スタジオには、BEE GEES の78年のワールドツアーか何かで使われた白いモーグ・シンセサイザーが置いてあったんだ。それを起動して、それでパートをまるまる一曲作った。だって、使わないわけにはいかなかったんだから。
みんな同じ部屋にいた。ガラス張りのコントロールルームなんてなくてね。アンプとかを隔てるために、家からマットレスを引っ張り出してきたんだ。ギターの音があちこちに飛び散って、本当にリアルだったよ。俺と Woody は Pro Tools と、失礼ながら Kemper アンプとか、完璧なレコーディングとかいうものに完全に行き詰まっていたんだ。俺たちの目指すところは、そういう方向とは全く違う。今の時代と比べたら、まさに新鮮な風だったと思うよ」
“Good God / Baad Man” はCOCの音楽的ルーツを反映し、それらが互いに補完し合う二部作として完成しました。”Good God” はよりヘヴィな楽曲で、トーテム的なストーナーロックの陰鬱さを湛えた “The Handler” や、顔面を殴りつけるようなパンク “Gimme Some Moore” を見せつけ、”Baad Man” はより自由奔放で、ZZ Top やサザン・ロックへの愛を反映したリフが特徴的です。こうした楽曲はすべて、二人がヘヴィなリフ・セッションの合間に、お気に入りのレコードを聴きながらホームスタジオで制作したもの。
「まるで16歳か17歳みたいに、ビールを飲みながらギターを弾きまくって、何も気にせず、本当に楽しい時間を過ごしたね…間違いなく、これまでで一番楽しいアルバムだった。プレッシャーなんて全くなくて、ただやりたいことをやっただけなんだ。まるでゴリラが4トラックレコーダーを叩くように熱狂的に曲のアイデアを録音していった。最高にクールなサウンドだったよ。僕たちが求めていたもの、つまり、ある意味で崩壊寸前のようなサウンドがそこにあったんだ」
そうやって、お気に入りのレコードを一緒に聴くことから始まったアルバムは、”Riffissippi sessions” における “Fire and Water” のカバーを生み出しました。
「作業の合間には、たくさんのレコードを聴いていた。休憩を取って、ビールを6本くらい飲んで、リラックスしたり。プレッシャーなんて全くなかったね。費用は一切かからなかった。時間単位で料金を払っていたわけでもない。何週間もぶっ通しで集まって、ひたすらジャムセッションをしていたんだ。それがレコードにも表れていると思うよ。
そう、僕たちは FREE みたいないろんな音楽を聴いていた。面白いことに、Stanton はそれまで一度も FREE を聴いたことがなかったんだ!FREE が誰なのかも知らなかった。僕と Woody はマジで驚いたよ。でも、僕だって彼が大好きなデイヴ・ブルーベックの曲をそんなにたくさん知っているわけじゃないと思うし。
だから、このカバー曲にはどこか子供のような純粋さがあったんだ。Stanton は本当に純粋だったからね。それで彼が “おい、これ録音しようぜ!” って言い出したんだ。僕は “どういうことだ?FREE の曲をいきなり録音するなんて、そんな簡単なことじゃないだろ!” って思ったよ。でも彼は僕を説得して録音させたんだ。”おい、俺はポール・ロジャースみたいに歌えないよ” って言ったら、彼は “お前らしく歌えばいいんだ!”って。気づいたら、あの野郎が俺たちに “Fire and Water” をレコーディングさせてたんだよ。ロック界の聖杯とも言える名曲だ」
“I’ve always loved calmer parts in metal music. Back in 2010 I listened a lot of djent precursors and post-rock bands and I was like: Hey! I love heavy riffs and I love ambienty post-rock clean guitars. Let’s mix this!”
DISC REVIEW “ENTRANCE INTO ETERNITY”
「僕は常に Djent の単調さや類似性を避けようとしてきたんだ。当時多くの曲は “0-0-0” というリフ構成と、同じようなメロディーやパターンに基づいていたからね。だから、同じようなサウンドのバンドが多すぎたという理由で、Djent の人気が衰えた理由も理解できるよね。残念ながら、メタルコアというジャンルでも同様のことが起こっていた。もちろん、今でもトップレベルで活躍している Djent バンドはたくさんあり、僕の大好きなバンド (PERIPHERY) もその一つだよ!」
00年代末期から10年代の中盤まで、Djent は大きなムーブメントとしてヘヴィ・メタルを牽引していました。もともと、MySpace やネットの掲示板から火がついたナードでアンダーグラウンドなリズムとシュレッドの実験は、その多くが “ベッドルーム・ミュージシャン” で、プロモーションやリリースも大半が DIY で行うという、まさに SNS 時代の到来を感じさせる刹那の煌めきでした。
しかし、その “誰にでも参加できる” というムーブメントの性質は、多くの才能を輩出すると同時に、シーンを飽和させ、同じような音楽が乱立することによって衰退への道を歩むことにもつながったのです。とはいえ、もちろん Djent の代名詞であったあの重低音とポリリズミックな響きは今でもメタル・リフのそこかしこで輝きを放っていますし、何よりも真に才能あるアーティストはムーブメントの浮き沈みにかかわらず活動を続けています。
シーンの先駆けとなった PERIPHERY, ANIMALS AS LEADERS, TesseracT、そして Plini, Sithu Aye, Owane, Jacob Zytecki, David Maxim Micic…彼らには人智を超えた超絶技巧はもちろん、類稀なる個性も備わっています。ポーランドの Widek もそんなひとつの才能。
「僕はメタルの中の落ち着いた静かなパートが昔から大好きなんだよ。2010年頃、Djent の先駆けやポスト・ロックをたくさん聴いていて、”ヘヴィなリフも好きだし、アンビエントなポスト・ロックのクリーン・ギターも好きだ。これをミックスしてみよう!” って思ったんだよね。新しいジャンルではないのは分かっていたけど、当時はヘヴィでありながら落ち着いた/アンビエントなインストゥルメンタル・バンドはあまり多くなかったからね。個人的には、その方がずっと退屈じゃないと思うんだ。そして、その試みは大成功だった。誰かが僕の最初のEPを YouTube にアップロードしてくれて、最初から人気が出たんだよね!」
当時 Bandcamp の “Djent” タグをせっせと漁っていた人間で、WIDEK の名を知らない者はいないでしょう。そしてたしかに、彼の音楽は異端で、斬新で、雄弁でした。細分化と多様化が進むモダン・メタル勇躍の時を象徴するかのように、WIDEK はなんのためらいもなくメタルの重厚な技巧に、ポスト・ロックの繊細と静謐、夢見心地な壮大さ、そして幻想的で美しい世界観を組み合わせました。
重要なのは、WIDEK の音楽がいわゆる “ポスト・メタル” とはまた別のベクトルを向いていること。彼の盟友 Gru の手によるアートワークが示す通り、WIDEK の世界は宇宙と空間、次元の合間を行き来していて、だからこそ、プログレッシブで、まるで夜空を輝く星々のように息を呑むほど美しいのです。トレモロとクリーンが織りなす Djent の天の川。
「ギターは決して死んでいない。ソロ・ゲストの参加は僕の音楽の大きな部分を占めていて、曲に深みと多様性を加えてくれる。ギターソロなしでは Widek のアルバムを聴くことは不可能だと言っても過言ではないんだよ!」
同時に、彼の音楽にはシュレッドの夢が詰まっています。”Entrance into Eternity” “永遠への入り口” と名付けられたアルバムには、Gru, Sithu Aye, Morgan Thomaso, Paul Wardingham, Marco Sfogli, Bruno Henrique, Per Nilsson といった歴戦のギター勇士たちが馳せ参じ、AI 全盛の時代に人の手による驚きと興奮を存分に伝えてくれます。そう、これはギターという永遠に探索可能な “宇宙” への入り口でもあるのです。
今回弊誌では、WIDEK にインタビューを行うことができました。「僕は昔からSFや宇宙を題材にした作品が好きだったんだ!そんなロマンティックな場所から発する世界へのメッセージは、”言葉遣い、仕草、日々の選択において、お互いに優しくありましょう” というものだよ。優しい言葉一つが、誰かの1日、あるいは人生を変えることもあるからね。僕たちは、今他人がどんな困難に直面しているかを知るすべもない。だけど、一つだけできることがある。それは、優しくあること。敬意を払うことにお金はかからないけど、その意味は計り知れないんだよ」 どうぞ!!
“I got this idea from Sortilège, a french band that has greatly inspired me. The song “Délire d’un fou” has a short moment like this and the first time I heard this solo, I couldn’t believe it! This song marks probably one of the greatest moments in heavy metal history in my book. Not only that, but I couldn’t believe more bands that came after them didn’t try this either.”
DISC REVIEW “SEALED INTO NONE”
「独自の音楽で故郷ケベック州を代表することが僕の使命だと考えているんだ。また、僕の活動を通して、音楽シーンを活性化させ、仲間や友人たちがそれぞれの個性を磨き、独自のサウンドを確立していくよう、刺激を与えたいと思っているんだ。こうした思いから、僕は “TSO”(The Stygian Oathの略)というレーベルを設立したんだ」
今、メタル世界で Phil Tougas ほど多忙かつ、才能溢れる人物は他にいないかもしれません。FIRST FRAGMENT ではシュラプネルに敬意を表したフラッシーなテクニカル・デスメタルを叩きつけ、ZEICRYDEUS では MANOWAR や RUNNING WILD をベースだけで演じきり、WORM では ENSLAVED がドゥームと契ったネクロマティックな音楽を披露。Phil の多才は TSO という自身の音楽を解き放つためのレーベルを立ち上げるにまで至り、今やケベックの、いやカナダ、もっといえば世界のメタルを牽引する場所にいます。
Phil がメタル世界で一目置かれているのは、その独特で斬新な古の音楽に対するリスペクトが故でしょう。多くの “モダンな” メタル・バンドが影響を受けている GOJIRA のような “メジャー” には目もくれず、Phil は多くのマニアにとって特別な、しかしナードなバンドを追い続け、創造的な音楽を作り続けています。
例えば、ZEMETH の Junya 氏が MAGO DE OZ や RATA BLANCA, DARK MOOR といったマニアックなバンドに対する愛情を隠さないその姿に、私たち真のメタル・オタクは心を動かされ、喝采を送ります。それは、彼が私たちと同じ熱量と時間をメタルに費やした “こちら側” の人間、本物である証明だから。メタルに対する深い知識と愛情は、そのまま絶大な信頼感へと置き換わります。そしてもちろん、Phil Tougas も同様に、”こちら側” の人間です。
「僕の目標はパワー・ドゥーム・アルバムを作ることだった。速いテンポと遅いテンポを組み合わせ、ダークでスローなリフの上に高揚感のあるボーカルとシュレッディングを乗せて、独特の音楽的コントラストを生み出したかった。多くの界隈でプログレッシブ・ドゥームと見なされている MEMENTO MORI や VENI DOMINE に影響を受けたとはいえ、このアルバムを必ずしもプログレッシブ・メタル・アルバムとは考えていないよ」
こちら側の人間だからこそ、Phil は EXXÛL でメタル史に残る傑作 “Sealed into None” を生み出せたのでしょう。驚くべきことに、このアルバムは、ドゥーム・メタルとプログ・パワーという、一見仄暗く遠い場所にある音楽が見事に融合した、古めかしくも斬新で、非常に稀有な作品です。Phil が言及しているように、あの素晴らしき MEMENTO MORI はもしかすると近い場所にいたかもしれません。とはいえ、FATES WARNING の迷宮と SOLITUDE AETERNAUS の陰鬱がブラック・メタルやダンジョン・シンセを経て、これほど濃密に美しく混ざり合えるなど、誰が想像したでしょう?
「”スキャット” のアイデアは、僕に大きなインスピレーションを与えてくれたフランスのバンド、Sortilège から得たんだ。”Délire d’un fou” という曲に、まさにこのような短いパートがあり、初めてこのソロを聴いた時は信じられなかったよ!この曲は、僕にとってヘヴィ・メタルの歴史の中でも屈指の名曲となった。それだけでなく、彼らの後に続くバンドがなぜこの手法を取り入れなかったのか、不思議でならないんだよ」
そのふたつを見事に繋いだのが、Phil の “GOAT” とも評される卓越したギター・シュレッドでしょう。WORM の作品に Marty Friedman を招いたように、彼のシュラプネルやシュレッドに対する愛情もまた本物。同世代の教科書通りのギタリストたちを置き去りにする、大胆不敵でヘヴィ・メロディックな Phil の魔法は、CRIMSON GLORY の Midnight を彷彿とさせる驚異のボーカル Thomas Karam の歌声とシンクロし、ダークな深淵からメタルのスキャットをお見舞いします。SORTILEGE を聴いたことのない奴は黙ってろ!真に信頼できるのは、そんな一見さんお断りでしかし絶品のグルメを提供する通な店なのかもしれませんね。”Painkiller” や “Into the Arena” みたいな有名曲ばかり上手に弾いて再生数だけ稼いでんじゃねえ!
今回弊誌では、Phil Tougas にインタビューを行うことができました。「僕は日本のメタルも大好きだよ。SABER TIGER が大好きでね。彼らのデビュー・アルバム “Invasion” は、僕にとって歴代最高のメタル・アルバムの一つなんだ。 Anthem, Fast Draw, Loudness, Sex Machineguns から GISM, Funeral Moth, Corrupted, Viscera Infest, Anatomia, Coffins, Somnium De Lycoris。それから Galneryus, X Japan, Skywings, Versailles といった過激なパワー・メタルまで、日本のメタルはほとんど好きなんだよ」21世紀最高のメタル・アルバムのひとつ。 二度目の登場。どうぞ!!