EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH KORNILIOS KIRIAKIDIS OF KING GARCIA !!
“The Clarinet, In Particular, Has a Fascinating Quality: It Offers Freedom Between Tempered And Non-Tempered Systems, Opening Up Countless Musical Pathways. It Can Transform From a Sweet, Intimate Instrument To a Scream Of Despair, Making It Incredibly Expressive.”
DISC REVIEW “HAMELIN”
「ハーメルンの伝説は、社会的にも政治的にも、多くの文脈に適用できる。芸術家は常に、はみ出し者、フリンジ (奇抜な狂信者、過激派) として扱われてきた。しかし、芸術には世界を動かす力があると同時に、世界を止めてしまう力もあるんだ。救うことも破壊することも、団結させることも分断させることもできる。重要なメッセージは、権力の行使、あるいは行使の誤りこそが、救世主と暴君を分けるということだ」
欲望に魅入られた権力者の心ない、愚かな行為や圧政、暴力に差別はいつの世にも存在します。そしていつの世も、そんな理不尽や抑圧を引き受けるのは弱い者、はみ出し者、社会の常識に収まらなかった者。
ドイツの寓話、”ハーメルンの笛吹き男” では、ネズミ退治を請け負った 笛吹き男が報酬を支払ってもらえず、怒って町の子どもたちを笛の音で誘い森へと連れ去りました。一方で現代メタルの “笛吹き男”、ギリシャの KING GARCIA は暗い世にはびこるあらゆる種類の腐ったネズミたち-政治家、侵略者、宗教家-をその笛の音で何処かへ連れ去ろうとしています。こうした寓話から読み取れることは何でしょう?”生産性” がないと切り捨てられた人に、実際は世界を動かす力がある?芸術に秘められた諸刃の剣?とはいえ、その寓話と言葉のないアルバム “Hamelin” の受け止め方はリスナーの耳に委ねられています。
「僕たちはクラリネットやトランペットのような管楽器を “伝統的な楽器” として使っているわけではないということだよね。僕たちにとって最も重要なのは、木管楽器や金管楽器のサウンドと、それがもたらすユニークな特徴なんだ。特にクラリネットは魅力的な性質を持っている。調律された音と調律されてない音の間で自由を提供してくれて、数え切れないほど音楽の道を開いてくれる。甘く親密な楽器から絶望の叫びまで変幻自在で、信じられないほどの表現力を発揮するんだ」
実際、モダン・メタルの笛吹き男、その異名は伊達ではありません。クラリネットを主軸にトランペット、バグパイプ、ガイダ、カヴァルといった多彩な管楽器を駆使するのは、バンドの “声” の幅を広げるため。もちろん、ひとつの楽器、ボーカルやギターを “声” に据えてもその才能によって幅を広げることは可能ですが、KING GARCIA は楽器自体を入れ替えるという手法で “声” の多様さを追い求めようとしています。さらに、主軸となるクラリネット、そのギターで言えばフレットレスのような調律のフレキシビリティーがさらに “声” の可能性を押し広げていきます。
「伝統的なギリシャ音楽の影響が僕たちのスタイルにシームレスに織り込まれ、KING GARCIA のサウンドの豊かさと独自性を際立たせている。僕たちの音楽的伝統への敬意は、創造性を制限するものではなく、むしろそれを高め、僕たちの作品に聴衆と直接共鳴する深みを与えているんだよ」
そうした “声” の幅広い可能性は、KING GARCIA の肉体、その音楽的基盤の多様さによってさらに増幅されていきます。ただし、彼らが血肉としてきた影響の数々は、決して意図的ではなく有機的にその体内を巡ります。PAIN OF SALVATION, MESHUGGAH, QUEENS OF THE STONE AGE といったプログレッシブ/オルタナティブの極北、その雫は KING GARCIA の原衝動である ギリシャの伝統音楽とシームレスに混ざり合い、ガイダやカヴァルといった彼の地の伝統楽器を心臓にその体内を駆け巡ります。もしエンニオ・モリコーネやジョン・ウィリアムズがメタルを作ったら…そんな “If” の世界を実現できるのは、きっと彼らだけではないでしょうか?
今回弊誌では、ベーシストの Kornilios Kiriakidis にインタビューを行うことができました。「オンライン中毒による注意力の分断が事実上すべての人に影響を及ぼしている時代において、5秒以上続くものは今やリスクとみなされている。しかし、日常生活の中には、このような注意散漫が侵入できないわずかな時間がまだ残されているんだ。複雑で要求の多い音楽が輝きを放つのは、こうした瞬間なんだよ」 MOTHER OF MILLIONS のメンバーが参加、NEED のプロデューサーが手がけたギリシャ・メタルの最高到達点。どうぞ!!
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDY MARSHALL OF SAOR !!
“When People Listen To SAOR, I Want Them To Close Their Eyes And Be Transported Somewhere Else―Away From Their Worries, Even If Just For a Little While. Music Has That Power, And I Think That’s What Makes It So Special.”
DISC REVIEW “ADMIST THE RUINS”
「メタルには生の激しさがあり、伝統的な民族音楽と見事に調和するパワーがある。民族音楽は魂に語りかけるもので、歴史や感情、土地との深いつながりを運んでくる。それとメタルのヘヴィネスとエネルギーとを組み合わせると、重厚で深い感動が生まれる。自然な融合だよ」
ブラックメタルが根付いた土地の文化や自然を愛する営みは、今やメタル世界において最も純粋さが感じられる尊い瞬間のひとつ。その老舗であり盟主、SAOR の中の人 Andy Marshall は世界屈指のフォーク/ブラックメタル・アーティストであり、スコットランドの計り知れない美しさと民俗文化に誰よりも思いを馳せ、愛情を注ぎながらその音楽を書いています。そう、ヘヴィ・メタルも伝統音楽も、魂に語りかける歴史と感情の音楽。だからこそ両者は、純粋に、そして外連見なく溶け合います。
「僕はいつもスコットランドの歴史に魅了されてきたんだ。”グレンコーの虐殺” は、僕たちの過去において最も暗く悲劇的な瞬間のひとつだった。僕は自分の音楽でスコットランドの歴史の異なる時代を探求していくのが好きなのだけど、当時は、この特殊なストーリーがとても心に響いたんだよね」
“Amidst the Ruins” “廃墟の中で” と題された SAOR 6枚目のアルバムは、ここ数作で少し霞んでいたスコットランドの自然、荒涼とした高地、艶やかな湖、霧に覆われた渓谷が再びまざまざと眼下に広がる作品に仕上がりました。壮大でプログレッシブ。伝統楽器とディストーションがドラマチックに勇躍する旋律の重厚舞踏。
ブラックメタルの激しさとケルト民謡のメロディーの壮大な融合はそうして、ハイランドの歴史に生命を吹き込んでいきます。 カレドニアの精神に導かれ、SAOR の音楽は故郷の古代の物語と響き合い、時を超えます。哀愁漂う廃墟と自然の中で SAOR の奏でる音魂は、人間の裏切りから森がささやく秘め事まで、時代を超越した風景と人類の業を風化した幽玄なる渓谷から蘇らせていくのです。
インタビューの中で Andy は、歳をとるにつれて政治に関心がなくなってきた、暴力や欺瞞が蔓延る暗い現代よりも自分の音楽に集中したいと語っています。実際、スコットランドの独立を願っていた以前よりも肩の力が抜けて、スコットランドの美点へとよりフォーカスした作品はそんな考え方の変化を反映しているようにも感じます。
ただし、そうした変化の中でも Andy は、荘厳にして深淵、一際悲哀を誘う “Glen of Sorrow” で “グレンコーの虐殺” を取りあげました。これは17世紀にイングランド政府が手引きして起こった、スコットランド、グレンコーの罪なき村人たちが殺戮された忌まわしき事件。この一件により、スコットランドとイングランドはより険悪な関係となり、その余韻は300年を経た今でも少なからず続いています。ハイランドの嘆きの谷。そこに巣食う亡霊は今の世界を見て何を思うのでしょうか?きっと、Andy Marshall はそんな問いかけをこの美しくも悲しい暗がりで世界に発しているのではないでしょうか?
今回弊誌では、Andy Marshall にインタビューを行うことができました。
「僕はメタルだけじゃなく、すべての音楽は、ある意味で逃避場所になりうると思う。人々がSAORを聴くとき、目を閉じてどこか他の場所へ…ほんの少しの間でも悩みから遠ざかってほしい。音楽にはそういう力がある。それが音楽を特別なものにしていると思う」それでも、私たちにはヘヴィ・メタルがある。二度目の登場。 どうぞ!!
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH SIDHARTH KADADI OF ZYGNEMA !!
“I Was Deeply Connected And Impressed With a Steve Vai Track Titled Blood And Tears Since I Was a Teenager. It Has Carnatic Vocals With Electric Guitar And It Still Gives Me Goosebumps Whenever I Hear It.”
“The Government Of Iran Does Not In Any Way Represent Iranian People And Culture, Their Suppression Of The Arts And Oppression Of Women Goes Against Everything In Iranian culture. Our Culture Has Celebrated Women And The Arts For Millennia Prior To The Dictatorship.”
DISC REVIEW “DO NOT GO TO WAR WITH THE DEMONS OF MAZANDARAN”
「シャーナーメは、多くの寓話や物語を含む魅力的なテキストで、今日の世界で起きていることと非常に関連性があると感じるのよ。世界の舞台であれ、個人的なレベルであれ、このテキストに登場する王や悪党たちの愚行や戯れは、生き生きとした現代的なものに感じられる。この本は、色彩豊かで大げさな方法で人間性を表現した見事な作品であり、私はそれを私たちの音楽で取り入れたいと思ったの」
ペルシャの叙事詩 “シャーナーメ: 王書” は、創造と征服、勝利と恐怖に満ちた、10万行にも及ぶ広大な詩。ロンドンのプログレッシブ・ドゥーム集団 LOWEN の素晴らしき第二幕 “Do Not Go To War With The Demons Of Mazandaran” にインスピレーションを与えているのは、その中に収められている Mazandaran の悪魔の頭領 Div-e Sepid の物語。強大な力と熟練した魔術を持つ巨大な存在で、王の愚かさを懲らしめるため彼の軍隊を破壊し、失明させ、地下牢に幽閉する。
「このアルバムは、それを聴く人々への警告なの。戦争には絶対に勝者などいないし、戦争で利益を得る人間が最大の悪党となる。私はいつも、ウィリアム・ブレイクのような予言的人物に魅了されてきた。彼らは詩や芸術を使って、近未来の可能性について人々に警告を発している。このアルバムが歴史を変えることはないとわかっているけど、私たちの周りで起こっていることの愚かさを鮮やかな色彩で浮き彫りにせざるを得ないと感じている自分がいるのよ」
そう、このアルバムは戦争をけしかける愚かなる王、支配者、権力者たちへの芸術的な反抗であり、英雄に引っ張られる市民たちへの警告でもあります。いつの時代においても、戦争に真の勝者はなく、そこにはただ抑圧や痛みから利益を貪るものが存在するのみ。ただし、LOWEN の歌姫 Nina Saeidi には、そうした考えに至る正当な理由がありました。
「中東の最近の歴史は、100年以上にわたる不安定化と植民地化によって、悲劇的で心が痛むものになってしまった。今のイラン政府はイランの人々や文化を代表するものではなく、芸術の弾圧や女性への抑圧はイラン文化のすべてに反するものだと思っているわ。私たちの文化は、独裁政権以前の何千年もの間、女性と芸術を祝福してきたのだから」
イラン革命の亡命者の娘として産まれた Nina にとって、現在のイランのあり方、独裁と芸術や女性に対する抑圧は、本来イランやペルシャが培ってきた文化とは遠く離れたもの。本来、女性や芸術は祝福されるべき場所。そんな Nina の祖国に対する強い想いは、モダン・メタルの多様性と結びついてこのアルバムを超越的な輝きへと導きました。
何よりその音楽的ルーツは、彼女の祖先の土地に今も深く刻み込まれていて、ゴージャスで飛翔するような魅惑的な歌唱は、パートナーのセム・ルーカスの重戦車なリフの間を飛び回り、大渦の周りに蜃気楼を織り成していきます。”クリーン” な歌声が、これほどまでにヘヴィな音楽と一体化するのは珍しく、また、奈落の底への冒険をエキゾチシズムと知性で表現しているのも実に神秘的で魅力的。多くのメタル・バンドがアラブ世界のメロディを駆使してきましたが、LOWEN のプログレッシブ・ドゥームほど “本物” で、古代と今をまたにかけるバンドは他にいないでしょう。
今回弊誌では、Nina Saeidi にインタビューを行うことができました。「日本から生まれたプログは世界でもトップクラスよね!喜多島修と高中正義は、私の最も好きなミュージシャンの一人なの。もちろん、スタジオジブリの映画のファンでもあるし、『xxxホリック』や『神有月の子ども』など、日本の民話や神話を取り入れたファンタジーやアニメのジャンルも大好きよ。『ヴァンパイア・ハンターD』も、若い頃に好きだったアニメ映画のひとつね。ゴシック映画の傑作。
ビデオゲームでは、私はゼルダの大ファンなの。Wiiのゲームはプレイする機会がなかったけど、N64とSwitchのゲームは今でもプレイする機会があればヘビーローテーションしているの」 どうぞ!!
LOWEN “DO NOT GO TO WAR WITH DEMONS OF MAZANDARAN” : 10/10
“Nile Is Unconcerned With Delusions Of Functioning As an Ethnomusicological Museum Conservatory”
THE UNDERWORLD AWAITS US ALL
その名の通り、NILE はあの悠久の流れのごとく決して静止することはありません。10枚目のアルバム “The Underworld Awaits Us All” は、バンドにとってまた新たな王朝の幕開けとなりました。NILE のディスコグラフィにおけるこれまでの9作と同様、このアルバムもまた兄弟作とは一線を画すユニークな作品となっています。実際、唯一神 Karl Sanders 率いる砂漠の軍団は、アルバムごとに新たな王朝を開いていて、その芸術的刷新の傾向はこのアルバムでも続いています。太陽が昇るように規則正しく、バンドは再び前作から学んだことを取り入れ、その苦労して得た経験を頑丈な土台に注ぎ込み、ピラミッドの改築と再構築に役立てているのです。
「”Amongst the Catacombs of Nephren-Ka” と “Black Seeds of Vengeance” 以来、私たちが作ったアルバムはどれも、”他の NILE のアルバムに似ている “とか、”あのアルバムのようなサウンドにしたかったのか? “とか、好きなレコードのどれかに似ていると言う人がいることに気づいたが、私はシンプルに “メタルを作ることに集中する” ことを好む。人々が愛着を抱くような過去のアルバムを作ったことで、最終的に “やると呪われる、やらないと呪われる” 状況が生まれるのなら、我々は “呪われる” を選ぶんだ」
とはいえ、その新鮮さにもかかわらず “The Underworld Awaits Us All” は紛れもなく NILE のアルバムであり、すぐにそれとわかるバンドの特徴が焼き付けられています。好奇心をそそるエジプト学と古代史、練り込まれたオリエンタルなリフ、燃えるようなテンポと骨の折れるようなスローダウン。これは1994年に NILE がデビュー・デモをリリースして以来、創意工夫を重ねてきたデスメタルの異形であり偉業です。
そして30年後の今、私たちは “Chapter For Not Being Hunged Upside Down On A Stake In The Underworld And Made To Eat Feces By The Four Apes” “冥界の杭の上で逆さまに吊るされ、四匹の猿に糞を食べさせられることのないように” という信じられないようなタイトルの曲を食べさせられることになりました。決してその場しのぎではない、タイトルから曲調に至るまで、デスメタルを愛する人々のためのデスメタル。
新たな血の注入を受けた “Four Apes “は、NILE が今でもレッドラインを越えてなおアクセルを吹かせられることを証明しているのです。ドラマーのファラオ、George Kollias の音の壁を破るようなパフォーマンスだけでも YouTubeは大賑わいでしょう。ある意味、人間離れしたスピードとレーザーガイドのような正確さが組み合わさったこの曲は、過去にバンドが好んだテクニカルなワークアウトを進化させています。NILE のDNAは、そのカタログの総和。
ゆえに、”Four Apes” は2015年の “What Should Not Be Unearthed” のような楽しさがあり、2019年の “Vile Nilotic Rites” のようなダイナミックできらびやかな鋼鉄のサウンドデザインも完備しています。それでも、NILE に刻まれた DNA のもう1つ、改革に執着する部分も存分に発揮されています。
その改革と再生へのこだわりは、”The Underworld Awaits Us All” に深く入り込めば入り込むほど明確になっていきます。”Doctrine Of Last Things” は、NILE の真髄であるスローモーなリフをピラミッドのように積み重ね、盛り上げていきます。テクニカル・ドゥームを愛する多くのリスナーが、なぜこのバンドをマイルストーンとして挙げるのか。Sanders とその仲間たちがもたらす、脂ぎった、悪臭を放つグロテスクな音像はしかし、川の急流のように決して淀まず、静止せず、前へ前へと流れていくのです。
「我々は歴史保存協会ではない。どの曲もアイデアを見つけるのにかなりの時間を費やし、そしてそのアイデアを新しい場所に持っていく。リサーチするだけでは十分ではない。私たちに言いたいことがあることも重要だと思う。これまでのレコードを振り返ってみると、私たちがただ歴史を語っているのではないことがわかる。これは歴史小説だ。歴史小説という媒体を通して、私たち自身の視点や考えを伝えているのだよ」
アメリカを拠点とする NILE は今回も、エジプト学のダークなエッセンスを再びより集めました。エジプト地域の残忍でしかし神秘的な歴史に、これほど適切なサウンドトラックを提供したアーティストはこれまでいないでしょう。しかし Sanders は NILE の音楽が、まず文化の保存ありきではないと主張します。
「NILE は、民族音楽博物館としての機能には無頓着だ。我々は、何よりもまずメタル・バンドである。だから、民族音楽学上の食人族に近いかもしれない。我々のギター・リフの基礎となっている東洋的な様式や調性は、すべてのメタル・リフの遺産とも共通していて、その性質上、多様なアイデアの交配と再利用を推し進めているんだ。それは古代の文化を守ることとは正反対だ。私たちはそうしたアイデアを取り入れて新たなメタルを “作って” いるのだから」
NILE は、ただの文化的なトリビュート・バンドとみなされることへの挑戦を続けると同時に、30年の間に冥界を震撼させるような作品を次々と発表してきたことで、自分たちに課したプレッシャーも克服しているのです。だからこそ、過去のアルバムとは一線を画す部分があります。
「これはストレートな NILE のアルバムだ。東洋の影響を受けたトーンや様式美はまだそこにあるが、このアルバムの直感的な焦点は、メタルの純粋で野蛮な本質にある。私は最近、無意味にオーケストレーションされ、過剰にプロデュースされたレコードの数々を聴いてうんざりしていたので、このアルバムを書いている間、キーボードを下ろしてクローゼットの中にしまい込んだのさ」
Sanders はこの作品でデスメタルの意味を再発見しました。
「デスメタルのレコードは、まず殴打し、次に楽しませるものだと思う。思慮深く、より複雑でスローなものを最初にレコードの前面に出すと、人々は “ああ、これはブルータルじゃない。邪悪さが足りない。あいつらどうしたんだ?” ってなるからね。
それを、”Ithyphallic” で気づいたんだ。”Ithyphallic” の1曲目、”What May Be Safely Written” は、ビッグで長くて壮大な野獣のような曲だけど、必ずしも即効性のある曲ではない。かけてすぐにバーンという感じではない。奇妙で、クトゥルフ的で、クトニックなスタートだった。あの曲に対するリアクションが、このレコードをどうするか、決定づけたんだ。ハードでツボを押さえた曲を前面に出さなかったせいで、迷子になってしまった人もいると思う。教訓を得たよ。まずは頭を殴って、それから別の場所に連れて行こう」
デスメタルに音楽理論は必要なのでしょうか?
「でも、ギターというのは本来、自分が何をやっているのかわからなくてもいいものだと思う。CELTIC FROST のフロントマンである Tom G. Warrior は、ギターで何をやっているのかさっぱりわかっていないが、信じられないような音楽を作っている!
私が知っているデスメタルを演奏している人たちの中には、自分が何を演奏しているのかまったくわからないのに、音楽を作っている人たちがいる。では、理論は必要なのか?いいえ」
しかし、Sanders 自身は音楽をもっと深く掘り下げているように思えます。
「私はいろんなタイプの音楽を聴く。それは NILE の音楽にも表れていると思う。CANNIBAL CORPSE と SUFFOCATION しか聴かない人、とは思えないよね。NILE を聴くと、他のものもたくさん聴こえてくる。でも、それは必ずしもデスメタルにとって必要なものではない。
つまり、デスメタルばかり聴いていれば、デスメタルをうまく演奏できるようになると思うよ。実際、そういう人はたくさんいるけど、私はたまたまいろんなものが好きなだけなんだ。
影響を受けたものが1つだけだと、音楽的には満足できない。世の中には宇宙みたいに広い音楽の海があって、楽しめるものがたくさんある。実際、クソほどたくさんの音楽があり、クソほどたくさんのギターがある。学べば学ぶほど、自分が何も知らないことを知ることになる!」
A面、B面というロスト・テクノロジーもこの作品で再び発掘されました。
「レコードのシーケンスは、デジタルの時代になって失われた芸術だと思う。70年代には、アイズレー・ブラザーズのレコードがあった。A面はパーティーのレコードで、B面までに誰かとイチャイチャしていなければ、大失敗だ。
10代の頃、友達の家に集まってレコードをかけて、ハイになって、しばらくアルバムのジャケットを見つめていたね。A面とB面の曲順は本当に重要だった」
実際、NILE はエジプトの歴史を紐解くだけでなく、ロックやメタルの歴史をも紐解いているのです。
「ブルータルなリズム・パートから別のリズム・パートへと移行し、フィーリングを変化させたり、フックの到来を予感させたりするようなパッセージ。それは、エレクトリック・ギターの先駆者たちにさかのぼる。ブルースやジャズのコード進行、モチーフ、ターンアラウンドからね。それらははすべて、CREAM やEric Clapton, 初期の Jeff Beck といった初期のものを研究した結果なんだ。Jeff Beck! なんてすごいギタリストなんだ!
レノンとマッカートニーの作品を研究するだけでも、学べることはたくさんある!たとえ君がテクデスを演奏していたとしても、何であれ、ソングライティングはクソ重要だ。音楽的な要素をどのように取り入れ、それらを使って音楽的なストーリーを語るかを知ることは、ただ空から降ってくるようなものではない。
そのためには多くの技術が必要で、巨匠たちの作品を研究することが重要だ」
“The Underworld Awaits Us All” におけるバンドのヴィジョンは、そうしたロックの生々しく奔放で野蛮さのある作曲をすることでした。
「過去の NILE のアルバムでは、確かにエキゾチックな楽器をふんだんに取り入れた。バグラマ・サズやグリセンタール、トルコのリュート、古代エジプトのアヌビス・シストラムに銅鑼、様々なパーカッションなど、自分たちの手で演奏するアコースティックな楽器もあれば、キーボード、ギター・シンセ、映画音楽のライブラリもあった。すべてが混ざり合って、静かに脳を爆発させる音楽。
それはそれでとても楽しいよ。弦楽器では、ギターのテクニックをクロスオーバーさせることもある。バグラマやグリセンタを手にしたときでも、私がメタル奏者であることに変わりはない。やっぱり自分なんだ。つまり、魔法のようにマハラジャに変身したりはしない。私はメタル・パーソンだからな。
でもね、今回は曲の進展が進むにつれ、合唱パートをキーボードで考えるのではなく、本物のヴォーカリストにやってもらおうと思ったんだ。高校時代の友人が地元のゴスペル・クワイアで活動していて、4人のゴスペル・シンガーを紹介してくれた。ゴスペル・シンガーたちとのレコーディング・セッションは、とても素晴らしいものだった。彼らは私たちが誰なのかも、デスメタルというものが一体何なのかも知らなかった。しかし、レコーディング・セッションが進むにつれて、彼らはブルータルなグルーヴとの天性の関係をすぐに見出し、あっという間にヘッドバンギングをしていたよ」
例えばテム (アトゥム) 神。タイトル・トラック “The Underworld Awaits Us All” の主題である創造神テムは、同じ名前の略奪的なオンラインショッピングサイト Temu の形で復活したのかもしれません。Sanders は、神をデジタルの形で解き放つという役割に喜びを感じています。
「PCのスタートページに Temu が現れ、すでにアマゾンで買ったものを売りつけようとするのを見るたびに、このタイトル曲の歌詞を思い出すよ。”死がなかった時代があった、テム神だけが存在した時代が”。
今考えているのは、このアルバムがリリースされたら、Temu のAIボットが私に直接広告を出して、 “The Underworld Awaits Us All” を Temu で買わせようとするなんて皮肉な未来だ。いずれわかるだろう」
とはいえ、メタルはデジタルの恩恵も強く受けています。Sanders はメタルとギターの進化に目を細めています。
「新しいデスメタルはファンがいろいろ送ってくれるから、どんなことがあっても見つけられる。私の受信箱はバンドからの問い合わせでいっぱいだ。デスメタルからは逃れられないんだ。でも、私たちは今、メタルという芸術の爆発的な進化の中に生きていると思う。
YouTubeの登場は、音楽活動のあり方を大きく変えた。例えば私が演奏を学んでいた頃は、YouTubeはなかった。何かを学ぶことは、必ずしも今ほど簡単ではなかった。でも今は、もし君が若いギタリストなら、スティーブ・ヴァイと入力するだけで、ビデオが150本も出てくる。そしてそれを見ることができる。
誰かが何かをやっているのを見るのは、それをただ聴くのとはまったく違う経験だ。好むと好まざるとにかかわらず、私たちは霊長類なのだ。だから今、私たちは、信じられないほど豊富なギター演奏の知識に瞬時にアクセスできる世代を持つことになった。クリックひとつで、しかも無料で。
それを理解し、ハングリーで、何かを学びたいと思っている人たちにとっては、まさにうってつけだ。ここ10年のギター・プレイのレベルは、こんな感じだ!生きていてよかった。まさにメタル・リスナーのための時間だよ」
同時に、怒りが渦巻く世界で、その対処法も古代エジプトからヒントを得ました。
「”Stelae Of Vultures”(禿鷹の墓)。個人的なアンガーマネジメントみたいなものだね。エンナトゥムがウンミテ人を容赦なく虐殺し、その殺戮を楽しんだときに何が起こったのか?いったいなぜ彼は人々を虐殺し、ハゲタカの餌にするようなことをしたのか?なぜ彼は殺戮と残虐行為に酔いしれたのか?誰も、戦いの初期に彼が矢で目を撃たれたことについては言及しない。矢で目を撃たれるなんて、痛いに決まっている。一日中痛むに違いない。慈悲や人間性という概念が窓から消えてしまうに違いない。
これは人間の状態を表す良いたとえ話だ。目には目をというだけではない。目には目をから始まり、そして飽くなき、しかし破壊的な血の欲望を鎮めるために、さらにもっととエスカレートしていく」
“Even If Acceptance Doesn’t Grow Significantly, I Don’t Foresee Metal Vanishing From the Middle East, As It Conveys Specific Messages And Emotions That Resonate Uniquely With Its Audience.”
“Metal Comes From Rock. Rock Comes From Blues. Blues Comes From The Blacks Deported To America. The Very Basis Of Metal Comes From Home. Metal Is African!”
DZIKKUH
トーゴ出身のメタル・バンドが、世界に羽ばたこうとしています。Arka’n Asrafokor は、メタルの激情とトーゴの音楽遺産を見事に融合させています。同時に、彼らはモダン・メタルの多様性を理解して、ファンク、ラップ、サイケデリックなタッチを混淆し、地球という唯一無二の美しき星へ音楽を捧げているのです。
3月末。Metal Hammer が週間ベスト10曲を発表しました。このおすすめリストは、通常、北米とヨーロッパのアーティストが独占しています。しかしその週は、メタル界のレジェンドたち、Ozzy Osbourne や Serj Tankian に混じって、トーゴのバンド Arka’n Asrafokor がシングル “Angry God of Earth” でランクインし、ガラスの天井を打ち破ったのです。この曲は、竜巻のようなスラッシュで始まり、儀式的な香りを匂わせる催眠術のようなテクスチャーを召喚。生のメタルと西アフリカの祖先の響き、母なる大地への祈りを巧みに融合させています。
「我々が選ばれたと聞いたとき、まず頭に浮かんだのは、どうして我々があんなところにいるんだろうということだった。きっとハードワークのご褒美なんだ。ロックは逆境に立ち向かうための、信念の行動だったから」
Kodzo Rock Ahavi は作曲を手がけ、ほとんどすべての歌詞を書いているバンドの顔。彼にとっても、Metal Hammer のようなビッグ・マガジンにチョイスされることは晴天の霹靂でした。