COVER STORY: TOOL “FEAR INOCULUM”
“After 13 Years Wait, Tool’s Fearless Return “Fear Inoculum” Is Not a Reformation But a Reinvention, Not Only a Look Back At The Past, But Also a Go Forward, Towards The Future.”
BIG READ: TIMELINE OF TOOL
1992: “OPIATE”
あの時点では、バンドのヴァイブは異なるものだった。音楽的に、俺らはただバンドとして自分たちの個性、パーソナリティーを見つけ出そうとしていたんだよ。あの頃のドラミングを聴くとやり過ぎだと思うこともある。」 そう Danny Carey が語れば、「L.A. に住むことで溜まった鬱憤を音楽で晴らそうとしていたね。だからあの頃の音楽は、感情的で解き放たれたプライマルスクリームなんだよ。俺は Joni Mitchell と SWANS の大ファンだったから、よりパーソナルで心に響く歌詞を目指していたんだ。」と Maynard James Keenan は語ります。
宗教や因果応報を描いた Maynard のリリックは異端の証。若さに牽引されたアグレッション、清新な表現力の躍動と、未だシンプルな設計にもかかわらずプログレッシブなヒントを覗かせるアレンジメント。”アートメタル” と謳われたデビュー EP “Opiate” には原始的な TOOL のスタンダードが確かに散りばめられていたのです。
面白い事に、Adam の担任教師は Tom Morello の母親で、Maynard と Tom は一時期バンドをやっていました。さらに Danny は Tom の紹介で TOOL に加入しています。確かにカリフォルニアから新たな何かが始まる予感はあったのです。NIRVANA のビッグセールスが後押ししたのは間違いありません。業界のハイエナたちは次の “ビッグシング” を血眼で探していました。そうして全てはこの27分から始まりました。
1993: “UNDERTOW”
デビューフル “Undertow” で、TOOL はアートメタルから “マルチディメンショナル”メタル、多次元の蜃気楼へ向けて、同時に巨大なロックスターへ向けても歩み始めました。
“Sober” や “Prison Sex” の脆くナイーブな音像はオルタナティブロックの信奉者を虜にしましたし、一方でアルバムを覆うダークな重量感は新時代のメタルを期待するキッズの新約聖書に相応しい威厳をも放っていたのです。
「彼らはメタルなのか?インダストリアルなのか?プログレッシブなのか?グランジなのか?」整然と流動、憤怒と制約、そして非言語的知性。Adam が手がけた、大手マーケットチェーンから販売を拒否された危険なアートワークも刺激的。世間は必死で TOOL の “タグ” を見つけようとしましたが、実際彼らはそのどれをも捕食したしかし全く別の何かでした。新進気鋭のプロデューサー Sylvia Massey との再タッグも功を奏したでしょうか。
“Intolerance” で自らの南部バプティスト教会の出自を、そして “Prison Sex” で幼少時に受けた性的虐待を書き殴った Maynard の情熱的で時に独白的な感情の五月雨は、JANE’S ADDICTION のアーティスティックな小宇宙、BLACK SABBATH の邪悪な中毒性、RUSH の複雑怪奇と見事に溶け合い、深みの縦糸と雄大の横糸でアルバムを織り上げていきます。
音楽的な最高到達点とは言えないでしょうが、間違いなく TOOL にとって最も反抗的でエモーショナルかつパワフルなアルバム、そしてロックの “顔” を永遠に変えたアルバムに違いありません。
1996: “Ænima”
ダイナミックな Paul D’Amour がバンドを離れてはじめてのアルバム “AEnima” は、ダークサイケデリックな音の葉で拡張する TOOL 細胞を包み込んだ芸術性の極み。進化した TOOL の宇宙空間では無数のアトモスフェリックな魂がふわふわと漂い、待ち構える鋭き棘に触れては弾け、触れては弾けを繰り返すのです。
タイトルの “AEnima” こそが最大のヒントでしょう。カール・ユングが提唱した、男性の中に存在する無意識の女性 “Anima” とアナル洗浄機 “Enema” のキメラは完全にその音楽とフィットしています。
遂に完全に見開かれた “サードアイ”。新たなベースマン Justin Chancellor はバンドに即興性とシュールでエアリーなムードをもたらしました。自虐と怒りのカタルシスを内包しつつ、広大なサウンドスケープを解き放つ “Eulogy”、Maynard の瞑想的でソウルフルなパフォーマンスが印象的な “H.” は新たなサウンドへの架け橋でした。
そうしてバンドは自らの進化を人間の進化へとなぞらえます。”Forty Six & 2″ は脳に刺激を与えるオデッセイ。現在人のDNAには、44個の常染色体と2個の性染色体が含まれています。つまり人間の次なる進化、46個の常染色体への進行は TOOL の突然変異と通じているのでしょう?
「これは変化のアルバムだ。家を掃除して、改築してやり直すためのね。」96年に Maynard はそう語っています。振り返ってみると “AEnima” はインスタントに “Nu-metal” の波へと加担したモッシュのパートタイマーを “パージ” “追放” する作品だったのかも知れませんね。言葉を変えれば、Kurt Cobain が破壊した後のポスト・ロック世界で、TOOL が “再生” を担う次の王座に座ることは多くの “ジェネレーション X” たちにとって約束されたストーリーに思えたのです。
2001: LATERALUS”
5年ののち、2001年にリリースされた “Lateralus” はミレニアムへの変遷と時代の変遷を重ねたレコードでした。当時 TOOL のファンと LIMP BIZKIT のファンの違いを尋ねられた Maynard はこう答えています。「TOOL のファンは読書ができる。より人生に精通している傾向があるね。」
そこにかつての怒れる男の姿はもうありません。ステップアップを遂げる時が訪れました。「俺たちは間違いなくパンクロックの産物だよ。ただし、ただ反抗するんじゃなく、大義のために反抗しなきゃならない。つまりこのぶっ壊れた音楽産業にだよ。俺らのゴールは、みんなが自分自身のために価値のある何かをするよう促すことなんだ。」
足の筋肉 “vastus lateralis” と外的思考 “lateral thinking” のキメラ “Lateralus” は融和と前進のアルバムです。
Alex Gray のアートワークには、脳に “神” が宿り、より深い人間の気質を仄めかします。つまり TOOL は憎悪、精神性、制限された信念といった後ろ向きなイメージを手放すよう人々に新たな詔を下したのです。
Nathaniel Hawthorne の古典 “緋文字” で David Letterman の皮肉を皮肉った “The Grudge”、人生の価値を投げかける “The Patient”、そしてコミュニケーション崩壊の危険を訴える “Schism”。「コミュニケーションを再発見しよう!」シンガーはそう懇願します。
「Robert Fripp のギタープレイが俺を目覚めさせてくれたんだ。」先ごろ Adam Jones の自らを形作ったギタリスト10人が発表されましたが、1位が Robert Fripp、2位が Adrian Belew、3位が Trey Gunn でした。つまりベスト3を KING CRIMSON のメンバーが独占するほど Adam はクリムゾンの影響下にあるわけですが、とりわけ “Lateralus” は70年代の “クリムゾンゴースト” が最も潜んだアルバムと言えるかも知れませんね。つまり決して耳に優しいレコードとは言えません。しかしその分深くワイドでもあります。
“Parabol” と “Parabola” は作品のセンターに据えられた二本柱。実験的で不気味なサウンドスケープから、アドレナリンラッシュを伴い人間の闘争と解放の驚異的なまでに動的な解釈を提示する彼らのダイナミズムは圧倒的です。
そして何よりタイトルトラック “Lateralus” は自然と芸術を駆け抜けるあのフィボナッチ数列に準じています。9/8、8/8、7/8と下降する美しき変拍子の階段は、フィボナッチ数16番目の数字987を意識して構築されました。「無限の可能性を見ろよ」と歌い紡ぐ Maynard。数学者としての TOOL と実証主義者としての TOOL は遂にここにポジティブな融和を果たしたのです。
2006: “10,000 DAYS”
さらに TOOL は “10,000 Days” で魂までをも抱きしめます。10,000日、27年とは土星の公転周期であり、Maynard の母 Judith Marie が脳卒中を患ってから死を迎えるまでの期間でもありました。
“Wings Pt 1” と “Pt 2” で、異なる巨大な概念である悲しみと信仰を同時に内包し音像へと投影する TOOL のスピリチュアルな作曲術は驚異的です。ただ、それ以上に Maynard が初期の「fuuuuuuuck you、buddy!」 といった毒づきや、中期の知的な創意工夫を超越して到達した “崇高” の領域に触れないわけにはいかないでしょう。
「10,000日とは あまりに過酷で長すぎるよ。どうか精霊と子よ、神様をこちらへ連れてきて。彼に伝えて欲しい、信仰の狼煙がいま立ち昇ったと。」
実に崇高かつパーソナルな感情は TOOL が魂の領域まで達した証明。”10,000 Days” はバンド史上最もオープンで、優しく脆く人間的で、それ故に最も感情へと喚起するアルバムに仕上がりました。そうしてその崇高は13年後の成熟へと引き継がれていくのです。
DISC REVIEW “FEAR INOCULUM”
待てば海路の日和あり。長すぎる13年の潮待ちはしかし TOOL アーミーにエルドラドの至福をもたらしました。三度グラミーを獲得し、Billbord 200のトップ10を独占した今でも、TOOL はアートメタル、オルタナティブ、サイケデリア、マスメタル、プログレッシブが交わる不可視境界線に住んでいて、ただ己の好奇心とスキルのみを磨き上げています。
“Thinking Persons Metal”。知性と本能、静謐と激情、懇篤と獰猛、明快と難解、旋律とノイズ、美麗と醜悪、整然と不規則といった矛盾を調和させる TOOL の異能は思考人のメタルと評され、多様性とコントラストを司るモダンメタルの指標として崇められてきました。そして4750日ぶりに届けられたバンドの新たなマイルストーン “Fear Inoculum” は、日数分の成熟を加味した “Think” と “Feel” の完璧なる婚姻だと言えるでしょう。
「完成させたものは良いものとは言えない。良いものこそが完成品なんだ。」 Adam Jones のマントラを基盤とした作品には確かに想像を遥かに超えた時間と労力が注がれました。ただし、その遅延が故にファンから死の脅迫を受けた Maynard に対して Danny が発した 「みんなが楽しんでいる TOOL の音楽は TOOL のやり方でしか作れないのに。簡単じゃないよ。」の言葉通り難産の末降臨した “Fear Inoculum” には徹頭徹尾 TOOL の哲学が貫かれているのです。
年齢を重ねるごとに、ポロポロと感受性や好奇心の雫がこぼれ落ちるアーティスト、もっと言えば人間を横目に、瑞々しさを一欠片も失わないレジェンドがテーマに選んだのは “成熟” でした。
コンセプトや歌詞の解釈を聴き手に委ねたいとしながらも、Maynard はこう語ります。「このアルバムは、俺たちがどこから来たのかを、そしてこれまで経験して来たことを認識して受け止めながら、今現在立っている場所をしっかりと抱きしめているんだよ。」年齢を重ねることは、経験や知性を重ねること。そうしてさらなる好奇心の旅へと翼を広げることこそ TOOL の理想であり哲学だと言えるでしょう。
さらに数字の7も “Fear Inoculum” を語る上で外せない要素です。Adam は驚きと共にこう語ります。「レコーディング中、数字の7を指差している写真を撮ったことが始まりだった。そうして俺と Justin が生み出すリフの大半が7拍子だと気づいたんだ。それから Maynard が7に纏わるアルバム全体のコンセプトを話し始めた時は、なんてこった!って感じだったね。アートワークを描いた Alex も同様だった。何しろ、作品には7/4や7/3が溢れているんだ。7曲収録で、ワーキングタイトルまで “Vol.7” だったしね。」
そういったヒントをもって接すれば、より “Fear Inoculum” の世界へと深く浸ることが可能となるのかも知れませんね。
TOOL がポップミュージックの典型的なストラクチャーを枷としてアートを創生することは決してありませんが、それでも彼らの音の葉は評論家が思う以上にキャッチーでアクセシブルです。その事実は10分超えの迷宮が立ち並ぶ異次元の蜃気楼においても不変ですし、オープナー “Fear Inoculum” がしっかりと証明しています。
もちろん、Danny のパーカッシブなアプローチは実験的でプログレッシブですが、一方で基本的に3音のリピートのみで悠久と壮大を完璧に表現するイントロダクションは METALLICA の “Enter Sandman” にも通じる中毒性をもたらしています。Maynard の甘美で陰りを帯びたメロディーと感情のミックスジュースは優しく緩やかにリスナーの耳を溶かしますが、そこから仄暗き水面の下へと導きドラマティックな黙示録を見せつける展開と対比の妙もまさしく TOOL そのものでしょう。
ジャンルを股にかけるその多様な放浪癖は、”Pneuma” に投影されています。中近東を巡るエキゾチックな冒険、奇想天外なシンセサイザーのラインにブルースの胎動、そしてディストーションの巨大な壁。サイケデリックな60年代、プログレッシブな70年代、メタリックな80年代を11分で描き切るエピカルなタイムマシンはあまりに創造的です。13年をかけたアルバムの最初期に書かれた楽曲で、タイトルの “Pneuma” とは奇しくも魂、クリエイティブなエナジーを意味していました。
「戦士はその価値を証明しつづけるため苦闘する」まさにアルバムのテーマである成熟、もしくは円熟を抱いた肉感的でダイナミックな “Invincible” は、リリース以前にライブで披露されポリリズムに合わせてオーディエンスが手拍子を打つことでバンドを驚かせた楽曲。一方で、アルバムにはJohn Carpenter や VANGELIS を想起させる80年代のレトロフューチャーなシンセ世界のインタルードが盛り込まれていきます。
実際、”Descending” は夢見心地で感傷的なイメージに、80年代の SF 風味をスペーシーに隠し味として落とし込んだ楽曲です。TOOL のハーモニーとリズムの向かう先は常にシンクロしているわけではありません。ただし、”Descending” が示すようにその多次元のカオスは巧みにコントロールされています。音楽のキュービズムは、リスナーに多彩な鑑賞のあり方を伝えています。それにしても、目前で繰り広げられているような錯覚に陥る “Chocolate Chip Trip” における Danny のドラムサウンドは衝撃的ですね。
巨大なレコードにおいて最も巨大で、テーマの一つ “7” をタイトルに抱いた “7empest” は、バンドが今でも充分に有毒で乾坤一擲の精神を隠し持つことを伝えてくれます。衝動的でメタリックなリフの猛攻はもちろん、7拍子×3、”21″ のルーティンをバックに炸裂する Adam Jones の全霊を込めたスピリチュアルなリードギターは全てのロックファンの感情を掻き立てるはずです。TOOL の凄み全てがここにはあります。
TOOL, TOOLER, TOOLEST。反抗、進化、融和、魂の同化。そして遂に最上級へと達した TOOL の成熟。TOOL のタイムラインはきっと人間の “人生” と密接に関連しているはずです。次の啓示がいつになるのかはわかりませんが、自身の経験やドラマとバンドのメッセージを重ね合わせることが出来るならそれはきっと素晴らしい相関関係だと言えるでしょう。
TOOL “FEAR INOCULUM”: 10,000/10,000
参考文献: KERRANG!: CAUGHT IN THE UNDERTOW: HOW TOOL’S DEBUT ALBUM CHANGED THE FACE OF ROCK FOREVER
KERRANG!:THE OUTWARD SPIRAL: HOW LATERALUS GALVANISED TOOL’S CUTTING EDGE
SPIN:Tool’s Fear Inoculum Is a Transcendent Return
Tool’s Adam Jones: the 10 guitarists who shaped my sound