COVER STORY: VIOLET COLD “EMPIRE OF LOVE”
“What Is The Worst Place For Living For a Freedom-loving and artistic person?
– It’s Azerbaijan.”
EMPIRE OF LOVE
人間はまだまだ愚かな存在です。思いやりと寛容が支配すべき世界は、未だに冷酷で唾棄すべき憎しみが支配し、暗い魂が跋扈しています。互いの失敗や違いを許し認めあうことは未だに困難で、だからこそ社会がこれほどまでに荒々しくバランスを崩し、おかしくなっているのでしょう。
例えば、私たちは “黒人の命は大切だ” と主張するだけで、分断され、怒って暴力を振るったり、混乱したりするような世界に生きています。人々は、偏見の中で悲劇的に迷い、極めて単純で合理的な思索にさえたどり着くことができないのです。
無知と偏見の文化に浸ることを生きがいにしている人たちは、自分の信念に没頭するあまり、自分たちが時代錯誤、もしくは的外れで他人を傷つけているという事実をまったく認識していないように思えます。加えて、不寛容であることは、ある意味楽で居心地が良いため、その場所から目覚めて歩き出すことは決して簡単ではないでしょう。それでも、明確な愛のメッセージを持つ音楽や詩歌などの芸術は、そんな頑なな心も溶かしていくはずです。
悲しいことに、現代社会には憎しみや下品な言葉を吐くためのプラットフォームが完備されてしまっています。LGBTQ コミュニティは、厳しい偏見に満ちた声から多くの毒を喰らい続けていて、私たちはその痛みを想像するだけでも心が壊れてしまいそうになります。このような時代に逆行する忌むべき行為は、人間が人間である以上、もう捨て去っていかなければならないのに。
それでも、LGBTQ コミュニティの連帯感や、個性的でユニークなメンバーの活気は、時に憂鬱な世界に笑顔をもたらしてくれます。彼らには、自分たちを取り巻く恐怖よりもずっと価値のある幸せを掴む権利があるのです。性的嗜好を理由に人を嫌うことは、例えばお店に行ってコカコーラではなくペプシを買う人を嫌うこととなんら変わりはないのですから。自分の人生や嗜好と異なることが嫌う理由になるべきではないのです。
残念なことに、ストレートな白人が多いメタル・コミュニティーではいまだに差別が存在しています。ブラック・メタルの黒々とした死体のような暗闇が、常に憎しみと反哲学の領域を示してきたことはもはや公然の秘密だといえます。特に初期の頃、このジャンルが人種差別、同性愛嫌悪、反ユダヤ主義で汚された血を浴びていたことは忌むべき記憶でしょう。ただし、今では多くの人がこのような考え方から脱却し、メタル・コミュニティは以前と比べればかなり住み良い場所になっていることも事実でしょう。
このような進歩的な態度を受け入れ、過去に縛られすぎないメタル・サブジャンルの一つがブラック・ゲイズだと言えるのかもしれませんね。ブラック・メタルの影から這い出し、夢のようなサウンドスケープへと到達した音の銀河には、畏敬の念にも似た対比の美学が高揚しながら渦巻いています。
ブラック・ゲイズ/ポスト・ブラック/アトモ・ブラック。そうしてこれらのジャンルはすべて、ブラック・メタルを純粋な暗闇の限界から遠ざけ、宇宙的な広がりやメロウな美しさを注入しながら世界の視野を広げていきます。多様性への邂逅と言い換えてもいいでしょう。
扉を開いた “ポスト・メタル” は複雑な色彩に彩られ、哀愁と暗さに加えて心に響く何かを宿しています。彼らの多くは断固とした反ファシストで、前向きな社会を形成するグループを支援し、黒く染まっていながら人生の憂鬱からリスナーを引き上げ、いかなる仲間にも悪意を抱かせない、ポジティブな音楽を発表しているのです。偉大な Neige がかつて 「私はポジティブなエネルギーと希望のメッセージを広めたいんだよ」と言ったように。
アゼルバイジャンの VIOLET COLD は、そんなポジティブなエネルギーを内包し、魂を高める音楽を創り出すバンドのひとつ。その唯一のメンバーで、美しき音楽活動家 こそ Emin Guliyev です。この率直なマルチ・インストゥルメンタリストは、失うことを恐れず、より良くより安全でより自由かつ多様な世界のために戦うことを常に表明しており、常識を疑い続けています。
彼の8枚目のフルアルバム “Empire of Love” は、Facebookのグループでアルバムをシェアした数時間後には、違いを認めない人々からの怒りを買い、警告なしに投稿が削除されました。彼らの頭が沸騰したその理由は?アルバムのアートワークに描かれたただの色が理由です。ただの色だけで頭が沸騰するなんて。Emin はアゼルバイジャンのストライプの国旗を、虹色の LGBTQ プライドフラッグに巧みに変えていました。アゼルバイジャンは、ヨーロッパで最もホモフォビアやトランスフォビアが強い国のひとつで、マイノリティーの権利や保護がほとんどないといっても過言ではない場所です。そんな場所で Emin のとった行動は大胆な受容の表明であり、憎しみの壁に正面から突っ込んでいく勇気の表明でもあったのです。
「僕にとって “Violet Cold “は、音楽でも生活でも、固定観念や常識に挑戦するための手段なんだよ。一般的に受け入れられている限界を超えて、不可能だと思われていたものを作って人々を驚かせるのが好きなんだ。
例えば、僕の最初のアルバムは、携帯電話のヘッドセットだけでマスタリングとミックスを行った。だから、”音がとてもクールで新鮮だ” という好意的なレビューをたくさん目にしたとき、僕はシステムに対する小さな勝利を感じたんだよね。僕はこのプロジェクトをメタルバンドの一般的な基準から離れたものにしたいんだ。
僕は、現実の生活とは何の関係もない雲の城を築く偽善者のアーティストが嫌いなんだよ。だからこそ、自分のプロジェクトは常に人々の本当の気持ちに近いものにしたいし、自分の音楽は手の届かないものであってはいけないんだよ。リスナーの近くにあるべきだ。まるで無限の夢を作る手助けをしてくれる、目に見える友人のようにね」
先日、アゼルバイジャンでは F1GP が華やかに開催され、波乱とともにその幕を閉じましたが、その二面性はまさにアゼルバイジャンという国の在りようを示唆していました。ヨーロッパ、中東、アジアの三叉路として常に混乱と共にあるコーカサス三国。SYSTEM OF A DOWN がアルメニアの苦境を語り、援助を乞う新曲を公開したのは記憶に新しいところです。そのロシアを後ろ盾とするアルメニアと対立していたのが、トルコをバックに持つアゼルバイジャンでした。
昨年勃発したアルメニアとのナゴルノ・カラバフ紛争では優位に戦いを進め、11月10日より発効した停戦合意でアルメニアが30年間支配下に置いてきたアルツァフの領土の大部分を取り戻し、事実上の勝利を収めました。その背景には、F1を誘致した豊富なオイルマネーがあるとも囁かれています。
しかし、そんな潤沢な資金の裏で、1993年から政権を握っている新アゼルバイジャン党は、権威主義的な統治体制と、市民の自由、特に報道の自由と政治的弾圧に対する制限を強化するなど、アゼルバイジャンの人権を悪化させていると度々非難されてきています。そんな光と影が共存するアゼルバイジャンで、Emir は強く光に焦がれ声をあげ続けているのです。
弊誌がインタビューを申し込んだとき、Emin はこう返事を届けてくれました。
「ありがとう。君がアルバムを気に入ってくれてとても嬉しいよ。日本という遠い場所で聴いてくれるなんて信じられないね!でも、僕はとてもシャイだし、いろいろとあってもうインタビューは受けていないんだ。ゴメンね。ありがとう」
長年の苦悩と彼の優しさが伝わってくるような文面でした。ただし、過去にはいくつかインタビューを受けています。そこから Emin の内面を紐解いていきましょう。
「自由を愛し、芸術を愛する人にとって、最も住みにくい場所はどこだと思う?アゼルバイジャンだよ」
振り絞るような真実の声です。人権や自由の抑圧、差別の横行はもちろんですが、アゼルバイジャンでは、PayPal での支払いに関する法律により、音楽を販売して収益を上げることもままならないのですから。
「これは偽善だよ。Bandcamp は、ミュージシャンとファンのための革新的なサービスとして、音楽業界の既成概念を覆す企業として、世界中のミュージシャンが第三者を介さずにリスナーにリーチできることを売りにしている。だけど、実際のところは違うんだ。彼らは、PayPal が機能している200以上の国のうち、40カ国でしか支払いを受けることができないことを知っている。それにもかかわらず、今でも PayPal は Bandcamp から支払いを受け取る唯一の方法だ。
嘆願書を作って Bandcamp に送る必要があるね。大規模な抗議活動を見れば、きっと現在の姿勢を変えてくれるはずだから」
Emin の人生を変えたのは ALCEST でした。
「2007年に ALCEST を初めて聴いたときのことを覚えているよ。その音楽は他の何とも違うものだったから、興奮したよね。僕のおとぎ話の中のサウンドトラックのようだったよ。Neige は、豊かで多様な内面を持つ本物の音楽家だ。いつも尊敬しているよ。最近、彼にあなたの曲をカバーしたいとメールをして、許可を求めたんだ。彼は許可してくれた上で、”実は君のプロジェクトがとても気に入っているんだ” と付け加えてくれたんだよ。とても特別でまさに “誇り” だったよね…」
アルバムにもその “誇り” は収録されています。多幸感に満ちた “Pride” では、爽快なブラストビートと魅力的で甘い女性の声が鳴り響き、この喜びに満ちたトラックを星のように瞬く高揚感へと導いていきます。Emin の堂に入ったボーカルは、前作よりもさらにパワーアップして、天使のような女性を主役へと引き立てています。明快な誇りをテーマとした楽曲は生命力と意義に満ち溢れ、ゴージャスなフックと複雑さを伴って、息を呑むほどにエネルギッシュな速度で駆け抜けていきます。
ヨーロッパ、アジア、中東が混ざり合ったかのようなエスニックな旋律もアルバムを通してリスナーの耳を惹きます。安定したドラムと心に残る夢見がちなアンビエンス、テルミンのようなコール、煌めきのギターワーク、そして過酷と天上、対照的な二人のヴォーカルすべてが情熱的に織り込まれ、芸術作品としても研ぎ澄まされた “Pride” はそうして、LGBTQ コミュニティにとっての賛美歌となっていくのです。
“We Met During the Revolution” は、このカラフルなミドルテンポのトラック全体に、脈打つような EDM のイメージを漂わせています。幽玄な雰囲気と激しいドラムパターンに絡み合うのは、ギターと鍵盤の革命的なシーケンスフレーズ。Emin の創造するシーケンスは、これまでメタル世界に響かなかったような景色と知性に彩られています。
優しく穏やかなイントロが喚起的でパワフルなラブソングに溶け込む “Togetherness”。詩的で、表現力豊かで、感動的なこの曲は、魂を揺さぶり、無限の星座の下で愛する人の夢を見るような切なさと喜びの合間に位置しています。そのサウンドスケープは、彼の地の荒涼と野生を投影しながら、人生を紡いでいるのです。「VIOLET COLD のエッセンスは、感情、気持ち、興奮、つまり僕たちの人生から成り立っているんだ」
アルバムは複雑な “Life Dimensions” で締めくくられています。この見事なトラックは、高鳴るテルミンの叫びでリスナーを最も暗い場所から救い出し、パンチの効いたドラムとギターで心を解放します。Emin は音を操作してトリップホップの形に染め上げ、ヴォコーダーを利用しつつ、夢のような幸福感の隙間にポストブラックのゆるやかな残忍さを浸透させ、アルバムを壮大で魔法のような方法で終わらせました。それは直後にもう一度プレイしたくなるような魔法。まさにユーフォリア・ブラックメタルの真骨頂。
Emin はいかにしてこれほど流動的で感動的で情熱的な音楽を作り出すことができるのでしょうか。特に最近の彼の母国における戦争の脅威の下において。 例えば、興味深いタイトルの “Shegnificant” のエレクトロニック・ボーカルのトリックや宇宙に届くアルペジオ、”Be Like Magic”のほとんどラップのようなヴァースなど、VIOLET COLD の膨大な音楽知識のカタログには全く新しいものまでが含まれています。”Working Class” では、デスメタル風のポルカやバンジョーが炸裂し、これまでの彼の曲の中で最も奇抜な曲のひとつとなっていることも記しておくべきでしょう。つまり Emin は、このジャンルで最もユニークで才能のあるアーティストの一人であり、彼の内なるサウンドの世界はまだ無限に広がっていくようにも思えます。
「実は、僕は音楽家ではないんだよね。音楽教育を受けていないし、楽譜についての知識もない。演奏テクニックだって詳しくは知らない。
というのも、僕はソロ・ミュージシャンであるならば、一つの楽器に限定してはいけないと考えているからなんだ。一つの楽器を極めようとすれば、有名なヴィルトゥオーゾになれるかもしれないけど、、調和のとれたバランスのとれた音楽を自分で作ることはできないからね。その楽器の習得に一生を費やすことになる。
そうすると、社会生活、視点、ユーモアのセンスまでもがその楽器に集中することになって、その人の音楽は他のどの感情よりも一つの感情に集中することになってしまうよ。だからこそ、すべての楽器に挑戦することは、僕にとってとても重要なことなんだ。芸術家が実験のために膨大な種類の絵の具を持っているように、僕もそうありたいと思っている。でも、コントラバスの音色はとても気に入っているんだ」
“Empire of Love” 愛の帝国こそが、紛れもなく VIOLET COLD です。他のバンドでは絶対にこのスミレ色のサウンドは出せないでしょう。Emin はリリースごとに自身の能力とニュアンスを向上させ、アルバムをそれぞれのテーマに沿ったオーラで包み込み、ユニークで個性的な音の栞としてきました。”Empire of Love” でリスナーは、実際に愛を感じ、恋をしていると言えます。そして自分という人間に対する誇りに圧倒されるはずです。
優しさの魔法と人間的な配慮が、これほど注がれた作品に巡り会うことはそう多くはないでしょう。LGBTQ コミュニティの一員でなくても、彼らとつながり、痛みを感じ、寄り添うことはできるのです。Emin がこのアルバムをリリースするだけで直面する反発を知っていればなおさらに。”Empire of Love”は、つまり私がこれまでに耳にした中で最も心を揺さぶる力強さと美しさを備えた音楽的傑作のひとつであり、広範囲に影響を及ぼす極めて重要なアルバムでしょう。闇を吸い込み、光だけを吐き出す音の清浄機。それはブラック・メタルを根っことするすべての文化にとってある意味完全に不可欠な姿勢であり、誰もがメタルという旗の下に受け入れられる、そんな理解をさらに推し進めるための足がかりでもあり、いつの日か世界もその考えに加わるかもしれない、そんな希望を抱かせるに充分のバイブル。
Emin は愛の贈り物で憎しみに立ち向かい、耳を傾ける人間性を持った誰に対しても力強いメッセージを発しました。彼の重要な一歩は、もちろん、メタル・コミュニティ内で小さな騒動を引き起こし、それが広く世界に届くまでさながらゴシップのように渦を巻きますが、その過程でいくつかの人生がより良くなるなら決して無駄ではないでしょう。メタルファンの中には、LGBTQ コミュニティのメンバーが多くいます。”Empire of Love” は、嫋やかな音楽で彼らを誇り高く認めるだけでなく、権利を守るための社会的なステイトメントを芸術という石版に刻み込んだのです。
参考文献: Echoes And Dust:EMIN GULIYEV FROM VIOLET COLD