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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【MANAPART : ROOMBAYA】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MANAPART !!

“Maybe Melancholy Is In Our DNA That’s Been Also Formed By Quite a Tough Historical Path Our Country Is Taking”

DISC REVIEW “ROOMBAYA”

「アルメニアの若い世代の嗜好には、SYSTEM OF A DOWN が大きな影響を与えているということだね。正直に言おう、アルメニア人は他のアルメニア人が有名になるのが好きなんだよ。だから僕たちは、単純に彼らのことを無視できなかったんだ」
2023年が終わろうとしている現在に至っても、アルメニアの英雄 SYSTEM OF A DOWN が新しいアルバムを出す気配はありません。もちろん、ライブでのケミストリーは十分という彼らの言葉通りしばしばツアーは行なっています。アルツェフとアルメニアで起きた紛争や虐殺に際しては、実に15年ぶりとなる新曲で世界に訴えかけもしました。とはいえ、非常に残念ですが、おそらく2005年以来となるアルバムは、来年も、再来年も、届くことはないでしょう。しかし、案ずることはありません。私たちには同じアルメニアの血を引く MANAPART がいます。
「たとえ音楽が世界を変えることができなくても、ある特定のグループの人々がこの世界について感じていることを反映することはできる。だから、より良い未来への希望があると感じたら、僕たちはそれを歌で伝えるんだ。音楽は命を救うことはできないけど、少なくとも気分を良くさせることができる。そうすれば、この世界に小さくても良い変化を与えることになるんだよ」
SYSTEM OF A DOWN と違って、MANAPART はアメリカに拠点を置いてはいませんし、伝説的プロデューサーのリック・ルービンも共にはいません。しかし、彼らには誠実さと野心、創造性が無尽蔵に備わっています。常に紛争と隣り合わせの場所で生まれ育ったからこそ、身に染みて感じる命と平和、希望の大切さ、そして悲しみ。
「僕たちの音楽にある哀愁は、僕たちの国が歩んできた厳しい歴史的な道によって形成され、僕たちのDNAの中にあるものだと思う。正直に言うと、人々を幸せな場所に届けるような本当に良い曲を書くのはとても難しいんだよ」
MANAPART は2020年の結成以来、世紀末の Nu-metal と東洋音楽、アルメニアのフォーク・ミュージックのユニークな婚姻を成功させ、SYSTEM OF A DOWN のフロントマン Serji Tankian その人からも賞賛されるまでに頭角を現してきました。MANAPART が母国の英雄と比較されるのは、彼らが SOAD のカバー・バンドから始まったことはもちろん、それ以上に同じアルメニアの悲哀を抱きしめているからでしょう。
大国をバックとした係争地、ナゴルノ=カラバフを巡るアゼルバイジャンとの血で血を洗う紛争は、彼の地に生きる人々の心を、体を疲弊させていきました。だからこそ MANAPART は、表現力豊かな音楽で社会的不公正、抑圧や心の憂鬱など感情をとらえた力強いメロディーを通して、人生の不条理と複雑さを探求していきました。そうして彼らは、リスナーをメランコリーに満ちたアジアと欧州、そして中東の交差点へと誘いますが、その一方で、作品全体の根底にあるテーマはより良い未来と開放のための希望と光が溢れているのです。
今回弊誌では、MANAPART にインタビューを行うことができました。「Roombaya とはアルメニアの儀式の踊り。僕たちの魂が解放される儀式のようなもので、神聖な火の周りで踊るブードゥー教のダンスのようなものだ。この炎は僕たちの魂を時空を超えて高揚させ、本当の自由を感じさせてくれるんだ」 どうぞ!!

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【CONVERGE : BLOODMOON I】


COVER STORY : CONVERGE “BLOODMOON I”

I Asked If We Could Do a Telepathic Meeting, Where We All Stopped And Closed Our Eyes At The Same Moment — No Matter Where We Were Doing — And Channeled Our Energies Into The Center Of This Project

BLOOD MOON

パンデミックにより、バンド・メンバーがアメリカの両端で隔離されている場合、どのようにコラボレートするのがベストでしょうか? インターネットは互いの距離を縮める強力なツールですが、コラボレーターの一人が Chelsea Wolfe のようにゴシックな要素を抱えている場合は、より形而上的な方法で意味のあるつながりを見いだすことになります。
「私は、テレパシー会議ができないかと尋ねたの。アメリカのどこで何をしていようと、全員が同じ瞬間に立ち止まって目を閉じ、エネルギーをこのプロジェクトの中心に注ぎ込むというものよ。私たちはそれを “テレパシー・ズームコール “と呼ぶことにしたのだけも、これはとても面白いと思うわ」
そのプロジェクトとは “Bloodmoon”。ハードコアの先駆者 CONVERGE の4人、Jacob Bannon, Kurt Ballou, Nate Newton, Ben Koller, マルチ奏者 の Ben Chisholm、CAVE IN のフロントマン Stephen Brodsky、そして Wolfe のジョイント・プロジェクト。
「テレパシーでそれぞれが異なる経験をしたわ。Ben Koller は、ステージで曲を演奏している私たちを想像していた。Stephen Brodsky は、ニューヨークの街を歩きながら曲を聴き、立ち止まって私たち全員の努力に感謝していた。私は瞑想をして、私たちが円になって座っているところを想像していたわね…。それはちょうど、心の中の甘い出会いのようなものだったわ」
CONVERGE のヴォーカリスト、Jacob Bannon は、”スピリチュアルでソウルフルな” Wolfeについて、「彼女は、世界の物事が白か黒かだけではないことをとてもよく理解している人だ」と語っています。
「彼女の軽やかなアプローチは、CONVERGE が慣れ親しんできたものとは全く異なるものだ。俺たちはそういったものを嫌っているわけではないけど、パンクのバブルの中で生きているから、肉や骨ではないもの、目の前にないすべてのものを拒絶している。だから、そういったスピリチュアルなものに触れることもあまりないんだよね」
一方の Wolfe は CONVERGE との融合をどう捉えているのでしょうか?
「CONVERGE は、音楽的に自分たちの道を切り開く、そんな世界に存在しているわ。もちろん、ハードコアに根ざしていることは確かだけど、彼らはそれを使って独自の道を歩んで、自分たちの領域のリーダーになったの。私自身のプロジェクトは、常にさまざまなジャンルでやっぱり独自の道を歩んできたように思うわ。ロックの世界が基本だけど、エレクトロニクスを試したり、フォークミュージックを取り入れたりしてきた。つまり、私たちは自分たちのやり方を試すことに前向きで、ある意味、音楽的な感性がうまく融合したんだと思うの。2016年のショーのために初めて集まってセットを作り始めたとき、その相性の良さは明らかだった。いとも簡単に融合したの」
Wolfe は自身の歌声と Bannon の叫びを陰と陽に例えます。
「最終的な結果という意味では、陰と陽の関係になったわね。それが面白いところよ。というのも、私たちは CONVERGE の確立されたサウンドと存在感を知っているから。それは私にとって魅力的で、その逆もまた然り。この二つの世界を融合させたいと思ったわ。でも同時に、私たちがやっていることをもっと浄化したり、少なくとも深みやダイナミクスを加えたりしたいとも願ったの」

哲学的にも、音楽的にも、あるいはラインナップの充実からも、”Bloodmoon: I” は、CONVERGE にとって、ユニークで、大きな変化をもたらすアルバムとなりました。まさにブラッド・ムーンを仰ぐ部分月食の11月19日に発売されたこの作品は、90年代初頭からバンドが磨き上げてきた、メタリック・ハードコアの唸りや地響きをバイブルに、スパゲッティ・ウエスタン・ゴス(”Scorpion’s Sting”)、コーラルでメランコリックなプログレッシブ(”Coil”)、空想的なサバティアン・スラッジ(”Flower Moon”)といった “部外者” との多様なケミストリーも頻繁に顔をのぞかせます。LED ZEPPELIN の遺伝子をひく “Lord of Liars”のようなクラシック・ロック回帰も含めて。CONVERGE 本体とコラボレーターとの間の相乗効果はシームレスで、作品をビーストモードでアップ・グレードしています。もちろんCONVERGE の幅広いディスコグラフィーは常にハードコア以上のものを示唆してきましたが、”Bloodmoon.I” で赤の月の軌道は拡張され、最もその異変を如実に知らしめます。つまりこのアルバムは、CONVERGE の “何でもあり” のアプローチを、最も贅沢に表現した作品なのです。
「俺たちはダイナミックなバンドで、そのサウンドには様々なものがあるんだが、主に、翼竜をバックにしたチェーンソーのようなサウンドで知られている(笑)」
Bannon の言葉通り、このフロントマンは作品の中で最も人間離れした悲痛な遠吠えを持っているに違いありません。Wolfe も Bannon に対して同様に原始的な印象を持っており、彼のボーカルを「虚空に向かって叫ぶ朽ち果てた頭蓋骨」と表現していますが、これは二人の共同ボーカルに対する完璧なメタル的表現でしょう。しかし、何十年にもわたってその力強さを維持することは、Bannon 自身も認めるように、肉体的な犠牲を伴います。
「この30年間、叫び続けてきたことで自分自身に大きなダメージを与えてきたんだけど、今でもやってきたことはやれるぜ。喉に瘢痕組織がたくさんあるから、気持ちよく歌える音やコントロールできる音はほんの一握りしかないし、混乱しているけどな。俺には広い声域はないし、長い時間をかけて研ぎ澄まされ、調整された筋肉でもないだけど、全く別のものがあるから、俺はそれで満足しているんだ。俺はラウドなボーカリストだけど、ラウド・ボーカルは他のスタイルに比べてインパクトやパーカッションとの関係が深いんだよな。というのも、一般的にはビートに合わせて歌うことになるし、音声的にも、自分の中から何かを引き出すために強く押し出さなければならないから硬くなってしまう。だから、伝統的なボーカリストのように、コミュニケーション・ツールというよりは楽器になってしまう。まあ、Chelsea も、やりたいときには残忍なことをやっているし、Stephen はもちろん、Kurt も Ben も時には歌っている。俺たちはこのダイナミクスに賭けていて、レコードの中でいろいろなところを行ったり来たりしているわけさ」
Bannon は “Bloodmoon.I” での自らのパフォーマンスを過小評価しているようです。しかし、自分の限界を知ることには強さにつながります。Bannon がこの作品を “全員が自らのエゴを封印した” と語るように、限界を知り、自分一人では到達できなかったであろうメロディーを、コラボレーターである Wolfe と Brodsky に委ね、彼らが具現化してくれたことに感謝しているのです。
「俺の頭の中では、いつも Ronnie James Dio のためにボーカル・メロディーを書いているんだけど、俺は彼のように歌うことはできないからな。Ronnie James Dio の知り合いでもなかったし、彼は死んでしまった。だから、Stephen Brodsky に任せたんだ」

“Bloodmoon” プロジェクトが本格的に始動したのは2016年のこと。当時、CONVERGE は Wolfe、Chisholm、Brodsky の3人に声をかけ、ハードコア・グループのカタログの中で、よりムードのある、あまり知られていない部分を強調するため短期間のヨーロッパ・ツアーを行い、オランダの Roadburn Festival で今では伝説となっているセットを披露しました。Bannon が Wolfe との出会いを振り返ります。
「彼女のセカンド・アルバム “Apolaklypsis” を手にしたのは2009年くらいだったと思うけど、すっかり魅了されてしまったね。すばらしいレコードだと思った。その後、俺たちがツアーに出ているときに会うことになったんだが、シアトルか、少なくともシアトルの近くで Chelsea も Ben もそのあたりにいて、ライブに来てくれたんだ。それ以来、さまざまな形で連絡を取り合っていた。Ben とはいくつかのプロジェクトで一緒に仕事をしたし… CONVERGE でもっと広がりのあるダイナミックな活動をして自分たちの世界を広げていくには、他の創造的な声を持ったミュージシャンと一緒に演奏することが必要だと常に考えていたんだ。そんな話をしていたら、二人と一緒に仕事をするというアイデアが頻繁に出るようになった。2009年から今まで、ずいぶん長い時間が経ったように感じるけど、人を集めるにはスロー・バーンが必要なんだよな。2016年にはヨーロッパでいくつかのショーを行ったけど、そのうちの1つがイギリスのロンドンで “Converge Bloodmoon” として行ったもの、これが本質だ。CONVERGE の曲をベースにアイデアを膨らませたもので、幸運にも Ben と Chelsea 、そして Stephen Brodsky がその最初のライブに同行してくれたんだ。相性はとても良くて、みんなとても仲良くなれた。だから、その後も続けていきたいと思えたんだ」
Brodsky をメンバーに加えたのは、彼がすでに CONVERGE ファミリーの一員であったことから、自然な流れでした。Brodsky は、1998年に発表された CONVERGE のアルバム “When Forever Comes Crashing” でベースを担当しており、さらに2009年に発表された “Axe to Fall “では、CAVE IN と CONVERGE のメンバーが合体して大規模なレッキングクルーとなり2曲を演奏しています。さらに Brodsky は、CONVERGE のメンバーと他にも2つのバンドで共演しています。Koller との MUTOID MAN と、CAVE IN。長年ベーシストであった Caleb Scofield の死後、2018年に Newton を招き入れたのです。Bannon が回想します。
「Stephen とは10代の頃からの付き合いだよ。俺の意見では、彼は俺が知っている中で最も才能のある、自然なプレーヤーの一人だと思う。それは、彼が技術的なスキルを磨いてきたからで、一見すると何の苦労もないように見えるけど、実際には10代の頃にベッドルームで100万時間も練習を重ねていたから。 実は彼は、90年代後半に CAVE IN が活動を休止していたときに、初期の段階で俺たちのバンドにベースで参加していたんだ。彼が CAVE IN の活動を再開したことで、俺たちは別々の方向に進んだよ。でもずっと仲が良くて、彼は俺たちのドラマー Ben Koller とも親しくしていた。それに彼は、Kurt の昔のルームメイトでもあり、Nate と一緒にバンド活動をしているんだ。Stephen はこのプロジェクトにとてもパワフルな音楽的感性をもたらしてくれた。彼のリフやメロディのアイデアは、とてもパワフルだよ。このバンドでも、彼の他のすべての活動でも、特別な線で俺とつながっている。まあ俺は彼のただのファンだから、彼と一緒に仕事ができたことは本当に特別なことだったよ」
Chisholm も同様に、数年前から CONVERGE の近くにいて、”Revelator” という名前で、Bannon のポストロック・プロジェクト WEAR YOUR WOUNDS とのスプリット7インチをリリースしています。また、Chisholm は過去10年間に Wolfe と共演したり、アルバムを制作したりもしていて、彼女に CONVERGE の音楽を紹介した人物でもあるのです。
さらに、Wolfe と MUTOID MAN がともに Sargent House Records と契約していたこともあり、Wolfe はパーティーやフェスティバルで何度も Brodsky と遭遇していて、プラハの街を歩き回っている時、彼と意気投合したこともありました。
「ビートルズが演奏したこともあるアリーナに忍び込んで、Stephen に METALLICA の曲か何かを歌ってもらったの。あの時の音は最高だったわ」

Bloodmoon の最初のライブはステージ上のエネルギーがあまりに強烈で、ライブが無事に終わった後、7人のミュージシャンはオリジナルのアルバムを録音することに合意します。以降何年にもわたって、さまざまなデモや曲のアイデアが彼らの間を行き来していましたが、2020年初頭にマサチューセッツ州セーラムにある Kurt Ballou の GodCity レコーディング・スタジオに集結する時間がようやく全員にできたとき、パンデミックが発生しました。ゆえに東海岸のプレイヤーたちには集まる機会があった一方で、Wolfe は北カリフォルニアの自宅スタジオで大部分の楽曲をレコーディングしました。
ソロアルバムではロック、ドゥーム、フォークなど幅広いジャンルのテクスチャーを使用してきた Wolfe にとって、2016年最初に CONVERGE とリンクしたことは、他人の技術を創造的に熟考する良い機会となりました。
「それまでにかなりの数のツアーを経験していたけど、それは常に自分のバンドで、私が指揮をとり、ほとんどを決定していたわ。だから Bloodmoon は、一歩下がってバンドの一員となり、他の人が書いたパートを学ぶチャンスだったの。ミュージシャンとしての成長には役立ったと思うんだけど当時の私はもっとシャイで…ただ背景に消えて、CONVERGE を輝かせようとしていたのよね。私にとって長くてゆっくりとした旅のようなものだったわ。始めたばかりの頃は、人に顔を見られたくなかったから、ビクトリア朝の喪服のようなベールをステージ上で被っていたくらいで。でも今では、そこに自分がいても構わないと思えるようになったのよ」
Wolfe の自宅スタジオは、2019年に発売された “Birth of Violence” をレコーディングするために、パンデミック前にすでに設置されていました。ゆえに自宅で歌い、ギターを弾いているときは、完全に本領を発揮しています。ただし、そのセッション中に予期せぬ個人的な変化が起こりました。インフラが整い、新しい曲を歌えるようになった彼女は、Bloodmoon の曲を、断酒への道を歩み始める “精神的・霊的な調整” を行うための道標として活用したのです。
「禁酒を始めたばかりの頃は、当然ちょっとした苦労があったわ。このプロジェクトは、そんな時期の私にとって、アルコールの影響を受けずに得られた考え方を表現する、とても素晴らしいはけ口になったの。起きてから何時間も楽曲に取り組み、没頭しながらも、とてもクリアな気分になれるという、最高のグルーヴ感を得ることができたのよ。パンデミックがはじまって最初のうちは、クリエイティブでなければならないというプレッシャーがあったと思うの。ヨーロッパでのツアーが中止になり、ショーもせずに飛行機で帰国しなければならなかったし…その後、1月初旬に禁酒を決意したんだけど、ちょうどその頃、CONVERGE の曲を掘り下げ始めたの。私の場合、今の新たな明晰な精神状態が楽曲に反映されていると思うわ。同時に、このボーカルや曲をみんなと一緒に作ったことで、自分の創造性を取り戻すことができた。このプロジェクトの中で、私は本当に自由になれたと感じているの。みんながお互いのアイデアを受け入れていったから。これは本当に楽しい経験だったわ。パンデミックの闇の中の喜びと言ってもいいかもしれないわね。そして、夏にみんなで集まったときに、本当に命が吹き込まれたの」

CONVERGE のメンバーにとって、”Bloodmoon.I” への長き道のりは数十年に及びます。Ballou と Bannon は10代でバンドを結成し、90年代前半に活動していたメタルコア・シーンの硬直した攻撃性に、SLAYER を愛しながら難解なひねりを加えていきました。特筆すべきは今年20周年を迎えた、あの時代を象徴するような “Jane Doe”。その混沌の中に、ピックアップを腐食させるようなノイズ、破壊的な爆音、そして奇妙なフックが詰め込まれたゲーム・チェンジャー。Bannon が女性のストイックな顔を描いた ハイコントラストなジャケットイメージは、最近ではフランス人モデルのオードリー・マルネイの写真を部分的に使用していることが確認されていますが、MISFITS の “Crimson Ghost” と並んで、パンクやメタルのパンテオンに数えられています。
“Bloodmoon: I” では、そんな CONVERGE の定石に数多くの変化が加えられ、万華鏡のように華麗な体験が可能となりました。Bannon の叫び声は、Wolfe の陰鬱でメランコリックなビブラートと溶け合い、Brodsky の生々しいメタリックな叫びに巻き付いていきます。Wolfe も過去に、”Apopkalypsis” の “Primal/Carnal” でエクストリームなボーカルを試したことがありますが、”Bloodmoon: I” のタイトル・トラックは、彼女のヴォーカル・トーンをさらに極端なものにするチャンスでした。
「この1年間、ホラー映画の音楽制作に取り組んできたんだけど、その多くは非常に悪魔的な音を出していたの。Bloodmoon の曲と同じ時期に取り組んでいたから、ちょっとしたクロス・オーバーみたいな感じでね。”Blood Moon” という曲で私は、うなり声のような新しいボーカルに近づいたんだけど、それに触発された Jacob がその部分を引き継いでさらに発展させたのよ」
3人のキー・ボーカリスト以外では、Newton がオークのような悲鳴を上げて、アルバム全体に頻繁に登場します。しかし、Bloodmoon のメンバー全員をその没入感のある重厚なサウンドに導いたと Wolfe と Bannon が認めたのが Ballou で、彼は特に衝撃的な “Viscera of Men” の歌詞を書きました。この曲は、何年にもわたる人間同士の争いが “散らばり、飛び散る” 様子を表現しています。Wolfe はこの曲に、暴力についての彼女自身の “時に戦争がまったく理解できないことがある” という考えを付け加えています。構造的には、CONVERGE が何十年にもわたって必要としてきた武器化された D-Beatに向かって進んでいきますが、すぐにChisholm のシンセ・ブラスのファンファーレに支えられて、恐ろしく、憂鬱な雰囲気に変わります。しかし、この変化に富んだ道のりも、Bannon にとっては CONVERGE らしさの一つ。
「俺がリスナーとして好きなレコードは、LED ZEPPELIN の “Houses of the Holy” だよ。バラエティに富んでいるけど、それでも ZEP らしさは失われていない。俺は自分のバンドを MELVINS や ZEP、METALLICA のカタログと比較したことはない。自分たちの領域を知っているから、俺はそれで構わないんだ。でも、比較とかではなく、このレコードには、彼らのような興味深いサウンド・ボイスが幅広くすべて含まれている。それが俺にとってとてもクールなことなんだ」

ビジュアル・アーティストとしての Bannon は、このプロジェクトのグラフィック・デザインにも同様に幅を持たせています。CONVERGE らしい傷ついた顔が真紅とコバルトの色調でアートワークの左上に描かれていますが、バンドの最も象徴的なイメージを使用しながらここには顔の半分しか描かれていません。これは、CONVERGE のクラシックなラインナップが、”Bloodmoon: I” の全体像の一部にしか過ぎないことを暗示しています。そして中央には、輝くような、統一された陰陽のシンボルが月のようにぶら下がっています。Bannon は “前進することを重視” して、自分のバンドのレガシーについて深く考えることを躊躇していますが、2004年の “You Fail Me” は罰当たりな “Hanging Moon” で締めくくられ、2012年の “All We Love We Leave Behind” のアートワークでは月の周期の位相を表現するなど、その作品群に月のイメージが浸透していることを認めています。
「このアートワークを “トロピカル” と呼ぶ人がいるかもしれないけど、俺にとっては視覚的にも比喩的にも共感できるものだ。人間は皆、さまざまな形でそれぞれの暗闇をかかえている。ある人にとっては月がその象徴となるだろうし、別の人にとっては、月が真っ暗な時間の中で輝く光の象徴になるだろう。この比喩をどう捉えるかは君次第なんだ。それに、この作品の歌詞には蛇のイメージが多く含まれているから、それを取り入れたいと思った。CONVERGE のレコードのような雰囲気を出しつつ、異世界のような雰囲気を出したかったんだ。その構成やアイデアを構築するのに時間がかかったけどね」
音楽とビジュアル・アート、そして私生活の関係についてはどう考えているのでしょうか?
「俺にとって、音楽とアートは同じ芸術空間から生まれてくる。とはいえ、これは俺の仕事でもあるから、本当に好きな面もあれば、疲れてしまう面もある。音楽やアート以外では、海の近くで過ごしたり、家族や子供たちと過ごしたりすることが多いね。先週末、2人の息子を連れて森の中の小道を歩いていたら、偶然にも鹿に出会ったんだよ!あと、俺は子供の頃、1988年か1989年頃まで大のプロレスファンでね。俺がプロレスに夢中になったのは、1983年、7歳か8歳のとき。ロード・ウォリアーズがテレビに出てきて、”Iron Man” に合わせて登場したのを初めて見たときは、圧倒されたよ。思春期の少年にとっては、最高にタフでクールなものだったんだ。今でもサバスの “Iron Man” を聴くと滾るよね」
Wolfe はこの月食の到来を過酷な戦いの終わりになぞらえています。残酷なパンデミックの中でのレコーディング、断酒への道、そして、5年という長い時間をかけた共同創作。
「このアルバムには、赤いエネルギーがたくさん詰まっているの。私にとって “Blood Dawn” という曲は、この旅の終わりのようなもの。血の月から日の出まで続く戦いで、あなたは自分の手に残った血を見ているのよ。私は、戦いの後、太陽が昇る浜辺に座っている全員の姿を想像しているわ。アルバムの曲ができあがってくると、神話的な雰囲気を感じるようになったのよ。大きなテーマ、巻きついた蛇のような古代のシンボル、戦いの後の血まみれの日の出。曲を作りながら、頭の中でそんな神話的なテーマをイメージするようになっていったわ」

この作品はほとんどが別の場所で録音されましたが、今年の6月にミュージシャン全員が GodCity に集まり、最終ミックスと最後の調整を行いました。パンデミックが始まって以降、全員が同じ部屋に集まったのは初めてのことです。Bannon は隔離され音楽に打ち込めるロックダウンが、必ずしも創造性にはつながらないと感じていました。
「Chelsea も同じかどうかはわからないが、パンデミックの影響でクリエイティブな人たちが変な方向に行ってしまったんだよな。誰もがクリエイティブでなければならないと思っていて、俺はそれをかなり息苦しく感じていた。俺はそんな仕事はしたくない。何かを作りたいと思えるようになるまでには、しばらく時間がかかったんだよ。そんな俺にとって、Bloodmoon にはとても素晴らしいサポート体制があった。俺たちは仲間で、互いを思いやり、アーティストとして尊敬し合っている。だから、こんなに大きくて手の込んだことをする自信はなかったけれど、7人の仲間が安心してサポートしてくれるから、誰もが何かを作るときに抱く芸術的な疑問を払拭することができたんだ。そのために俺は、自分のアイデアをもっと自由にしなければならないと感じていた。ひとつひとつのアイデアを延々と練るのではなく、とにかく出してみる。普通のレコードでは考えられないような方法でね。
バンドを続けていると、焼き直しとは言わないまでも、自分たちに合ったやり方を見つけることになる。内面的な力関係とか、どんな曲を作るかとか、そういったことも含めてね。 俺たちはこれまでも、そしてこれからも、さまざまなサイド・プロジェクトをやるんだけど、つまりそれは CONVERGE のサウンドを成長させたいと常に思っているから。その思いは90年代後半にさかのぼる。Kurt と俺は、自分たちがより良いプレイヤーになり、より大きくて幅広い音楽的アイデアを持つようになったら、異なる楽器を取り入れてみてはどうだろうかと話し始めていたんだ。最終的には、このバンドの延長線上にある、ルールがなく、やりたいことが何でもできるようなコラボレーションができたら、すごくいいんじゃないかと思っていたよ」
そもそも、Bloodmoon は CONVERGE の作品と言えるのでしょうか?
「これはバンドの延長線上にあるものだ。CONVERGE は木のようなもので、これはその木の大きな枝のようなものなんだ。俺たちが中心となる4人という意味では関連性があり、CONVERGE と同じ精神を持っているが、新たな協力者を得て、7人組の大きなバンドとして一緒にサウンドを広げているんだ。このアルバムでは、全員が歌詞を書き、曲を作り、レコーディングや編集の過程で全員が何らかの形で発言し、それがとてもポジティブな経験となった。だから、俺たちは CONVERGE のレコードだと、そう考えているよ。バンドの延長線上にあるものとしてね」
CONVERGE の4人のメンバー、ボーカルのJacob Bannon、ベースの Nate Newton、ドラマーの Ben Koller、ギタリストの Kurt Ballou、メタル/フォークの歌姫 Chelsea Wolfe、彼女のバンドメンバーであり作曲家でもある Ben Chisholm、そしてニューイングランドの伝説 CAVE IN の Stephen Brodsky。まさにマグニフィセント・セブン。そして、このアルバム・タイトルは、いずれ “Bloodmoon.II” が作られることを示唆しています。しかし、Bannon と彼のバンドがこれからどこに向かおうとも、ヴォーカリストは CONVERGE の次の進路にいつも興奮しています。
「他の多くのバンドは、大抵、練りに練ったアルバムを作った後、次のレコードではコアな部分に戻っていく。俺は、特に10代で築いたものに柔軟性を持たせるという考え方が好きなんだ。とにかく、これまでにやったことのない、まったく奇妙なことをやってみよう……そして、また次のレコードを作ろう!」

参考文献:REVOLVER:TELEPATHY, SOBRIETY, WARFARE: HOW CONVERGE AND CHELSEA WOLFE ECLIPSED EXPECTATIONS WITH BLOODMOON

KERRANG!:Jacob Bannon and Chelsea Wolfe take you inside Bloodmoon

MANIACS:INTERVIEW – JACOB BANNON OF CONVERGE GOES DEEP ON ‘BLOOD MOON: I’

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【THOU & EMMA RUTH RUNDLE : MAY OUR CHAMBERS BE FULL】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH BRYAN FUNCK OF THOU !!

“I Think Most Folks Who Identify As “Metalheads” Or Whatever Probably Have a Lot More Nuance Than They Let On. I Just Wish They Would Embrace More Of a Balance Than Clinging To a Very Strict Set Of Rules. I Think That’s Why, As a Forty-Year-Old Man, I Still Identify As a Punk Or a Hardcore Kid.”

I STILL IDENTIFY AS A PUNK, OR HARDCORE KID

「”メタルヘッズ” と名乗る人たちの多くは、公平にみてもおそらく自分たちが言うよりもずっと多くの音楽的なニュアンスを持っていると思うよ。だから厳格なルールにしがみつくのではなく、バランスを取ってほしいと願うばかりだね。俺はしっかりバランスを取っているからこそ、40歳になった今でも、パンクやハードコアキッドなんだと思う。頭の中では、そういった概念がより曖昧で広がりを持っているように思えるからね。」
スラッジ、ドゥーム、メタル、ハードコア、グランジ。ルイジアナの激音集団 THOU はそんな音楽のカプセル化に真っ向から贖う DIY の神話です。
「ここ数年で培った退屈なオーディエンスではなく、もっと反応の良い(しかし少なくとも多少は敬意を払ってくれる)オーディエンスを獲得したいからなんだ。 堅苦しいメタル野郎どもを捨てて、THE PUNKS に戻る必要があるんじゃないかな!」
15年で5枚のフルアルバム、11枚の EP、19枚のスプリット/コラボレーション/カバー集。THOU の美学は、モノクロームの中世を纏った膨大なカタログに象徴されています。THE BODY を筆頭とする様々なアーティストとの共闘、一つのレーベルに拘らないフレキシブルなリリース形態、そしてジャンルを股にかける豊かなレコードの色彩。そのすべては、ボーカリスト Bryan Funck の言葉を借りれば “金儲けではなく、アートを自由に行う” ためでした。
2018年、THOU は自らのアートな精神を爆発させました。3枚の EP とフルアルバム、計4枚の4ヶ月連続リリース。ドイツのサイレント映画 “カリガリ博士” に端を発するノイズ/ドローンの実験 “The House Primodial”、Emily McWilliams を中心に女性ボーカルを前面に据えた濃密なダークフォーク “Inconsolable”、ギタープレイヤー Matthew Thudium が作曲を司りグランジの遺産にフォーカスした “Rhea Sylvia”、そしてスラッジ/ドゥームの文脈で EP のカオスを具現化した “Magus”。一般的なバンドが4,5年かけて放出する3時間を僅か4ヶ月で世界に叩きつけた常識外れの THOU が願うのは、そのまま頑ななステレオタイプやルールの破壊でした。
実際、Raw Sugar, Community Records, Deathwish, Sacred Bones とすべての作品を異なるレーベルからリリースしたのも、境界線を破壊し多様なリスナーへとリーチする自由な地平線を手に入れるため。自らが獲得したファンを “退屈” と切り捨てるのも、主戦場としてしまったメタル世界の狭い視野、創造性の制限、クロスオーバーに対する嫌悪感に愛想が尽きた部分はきっとあるのでしょう。
「このバンドはグランジの源流であるパンクのエートス、プログレッシブな政治的内容、メランコリックなサウンドから絶対的な深みへと浸っている。 間違いなく、10代の頃に NIRVANA, SOUNDGARDEN, PEARL JAM, ALICE IN CHAINS を聴いていたことが、音楽制作へのアプローチや、ロックスターのエゴイズムを避けることに大きな影響を与えている。」
“The Changeling Prince” の MV でヴァンパイアのゴシックロッカーを気取ってみせたように、THOU にとってはロックスターのムーブやマネーゲームよりも、音楽世界の常識を覆すこと、リスナーに驚きをもたらすことこそが活動の原動力に違いありません。そのスピリットは、パンク、そしてグランジに根ざす抑圧されたマイノリティーの咆哮が源流だったのです。全曲 NIRVANA のカバーで構成された “Blessings of the Highest Order” はまさにその証明。
「メンタルの病の個人的な影響を探求することがかなりの部分染み込んでいて、それは無慈悲なアメリカ資本主義の闇とは切っても切り離せないものだと思うんだ。」
THOU が次にもたらす驚きとは、10/30にリリースされる、ポストロック/ダークフォークの歌姫 Emma Ruth Rundle とのコラボレーション作品です。90年代のシアトル、オルタナティブの音景色を胸一杯に吸い込んだ偉大な反抗者たちの共闘は、壊れやすくしかしパワフルで、悲しくしかし怖れのない孤立からの脱出。精神の疾患や中毒、ストレスが容赦なく人間を押しつぶす現代で、灰色の世界で屍に続くか、希望の代わりに怒りを燃やし反抗を続けるのか。選択はリスナーの手に委ねられているのかも知れませんね。
今回弊誌では、Bryan Funck にインタビューを行うことができました。「大きな影響力とリソースを持っているレーベルの多くが、自分たちがリリースする音楽やリリースの方法に関して、リスクを負うことを最も嫌がっているように見えるのは本当に悲しいことだよ。彼らの成功により、クリエイティブな決定を下す自由がより広く与えられるはずだと思うんだけど、それは逆のようだね。」2度目の登場。どうぞ!!

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BELL WITCH & AERIAL RUIN : STYGIAN BOUGH VOL.1】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH DYLAN DESMOND OF BELL WITCH & AERIAL RUIN !!

“Playing With a Guitar Was an Interesting Experience Because It Had Been So Long! Often Times I Try To Write Guitar And Bass Parts To Play At The Same Time On The Bass, But Having an Actual Guitar Allowed Room For Harmonies In The Upper Registers.”

DISC REVIEW “STYGIAN BOUGH VOL.1”

「今回は AERIAL RUIN とのスプリットではなく、完全なコラボレーションをしようと決めたんだ。Erik はこれまで僕たちのフルレングスアルバムの全てに参加していて、彼が加わった曲にはほとんどバンドそのものとしての魅力があると感じたからね。彼が最初に歌った曲が土台になっているという考えで、新しいバンドを作ってみてはどうだろうか?と思ったのさ。」
型破りなベース/ドラムスのデュオで、型破りな83分に及ぶ生と死の合わせ鏡 “Mirror Reaper” をリリースした BELL WITCH。沈鬱で思索を伴う葬送のドゥームメタルにおいて、参列者を陶酔の嘆きに誘うその呪われたスケール感は異端の域さえ遥かに超えています。
ただし、ベル家の魔女の重く厳粛なポルターガイストにとって、AERIAL RUIN こと Erik Moggridge がこれまで果たした役割は決して少なくはありませんでした。すべてのレコード、特に “Mirror Reaper” において Erik の仄暗きフォークの灯火は、バンドの神秘に厳かな微睡みをさえもたらしていたのですから。
そうして遂にフューネラルドゥームの極北とダークフォークの異彩が完全に調和する闇の蜜月 “Stygian Bough Vol.1” は世界にその孤影をあらわしました。
「Erik が BELL WITCH にはじめて参加したのは2012年の “Longing” からで、彼は “Rows (of Endless Waves)” の最後のパートを歌っているんだ。そしてあの楽曲のテーマは、世界に現れ破壊しようとしている、海に宿る幽霊や霊のようなものを扱っていたんだよ。Erik はこのテーマを “Stygian Bough” の歌詞でも継続していて、それがアートワークにも反映されているんだ。」
アルバムタイトルの “Stygian Bough” とは、英国の社会人類学者ジェームス・フレイザーの著書 “The Golden Bough” “金枝篇” に端を発しています。
人間の王殺し、権力の移譲を社会的、宗教的、神話的観点から比較研究した長編は、コロナ危機を反映していないとはいえ、現在のアメリカにこれほど問題意識を重ねる Dylan とバンドの深層心理を当然ながら投影しているはずです。語られるのは権力を巡り世界を破壊しかねない、王の亡霊と司祭、そして人類の強欲の物語。
「このアルバムの制作をはじめた時、僕たちは ULVER の “Kveldssanger” を参照して引き合いに出したんだ。あとは ASUNDER の “Clarion Call”、そして CANDLEMASS の “Nightfall” だね。」
ギター/ボーカルの Erik が全面的に加わることで、BELL WITCH の “ノーマルな” 作品群とは明らかにその出発点が変わりました。”The Bastard Wind”, “Heaven Torn Low”, “The Unbodied Air”。20分づつ3つの楽章に分かれたアルバムは、普段の葬送曲よりもテンポは増し、旋律は色彩を帯びて、確実に感傷的でエモーショナルな海風を運びます。
「ギターと演奏するのは久しぶりで、面白い経験だったよ。というのも、僕はギターとベースのパートを書いてそれをベースで同時に演奏しようとすることが多いからね。だけど今回は、実物のギターをバンドに組み込むことで高音域のハーモニーにも余裕が生まれたわけさ。」
ギター、和声との邂逅は、すべての音域を司る Dylan のベースラボラトリーにも変化をもたらしました。6弦から7弦へスイッチし奈落のような低音と深々たる残響を引きずりながら、高音域ではより自由にメロディアスな演奏を許されています。フレットに叩きつける右手と左手のタップダンスは、一層熱を帯びて激しさを増す一方でしょう。
Jesse Shriebman は、スペースが狭まった分だけ普段よりも手数を抑え、リズム楽器本来の役割を忠実に果たしながら、一方で荘厳なピアノとオルガンのアレンジメントに心血を注ぎ、煉獄のテクスチャーに多様性を導きました。そしてもちろん、Erik が紡ぐダークフォークの仄暗き幽玄はアルバムの真理です。
生と死の境界、権力の腐敗、人類による地球支配。光と陰が交差する新たなドゥーム世界は、BELL WITCH と AERIAL RUIN によって描かれます。この寂寞の叙情詩は、PALLBEARER が持つプログレッシブな革新性とはまた異なるベクトルの進化でしょう。
今回弊誌では Dylan Desmond にインタビューを行うことができました。「PRIMITIVE MAN との日本ツアーは素晴らしかったよ!COFFINS とプレイできたこともね。彼らはレジェンドさ!」2度目の登場。どうぞ!!

BELL WITCH & AERIAL RUIN “SATYGIAN BOUGH VOL.1” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【HEILUNG : FUTHA】


COVER STORY : HEILUNG “FUTHA”

“We’re Trying To Place Ourselves In The Minds Of People From 2,000 Years Ago, 3,000 Years Ago, 4,000 Years Ago. What Are The Sounds The People Heard? Of Course, It’s The Nature Sounds. There’s An Ever-changing Use Of Instruments And Sounds That We Collect In Nature.”

HOW HEILUNG DESCRIBES “THE DOWNFALL OF THE KNOWN WORLD” AND SURVIVAL WITH PAGANISM

「過去と繋がるためには、現在と断絶する必要がある。」とChristopher Juul は語ります。この言葉は発言主であるデンマークのプロデューサーがドイツの Kai Uwe Faust、ノルウェーの Maria Franz、2人の歌い手を誘うヒプノティックなプロジェクト HEILUNG のマニフェストとなっています。
アンプから歴史を紡ぐ HEILUNG。青銅器の芽生えからヴァイキングの荒波まで、北欧の野生と原始を呼び起こすグループの使命は、鹿と水牛の角、動物の皮、人骨、剣、世界最古の片面太鼓フレームドラム等の古代遺物とルーンストーンやアミュレットから再文脈化された陰鬱なリリックを融合させることとなりました。
Christopher が充すパーカッシブな海洋の中で、チベットの聲明を醸し出す Faust とノルウェーの伝統を紡ぐ Maria はせめぎ合い、闇と生命の複雑なバランスを構築します。

「みんなの感情にほんの少し火花を散らしたいんだ。自然に囲まれ、自身の牛を屠殺し、ドラムを作り、つまり地球からの恵みで生きるためにね。」 Faust にとって悲しみを生むだけの “現代文明” と積極的に繋がることは決して重要ではないのです。つまり、ドイツ語で “癒し” を意味する HEILUNG とは、そのドローンと詠唱を背景とした祭祀的なコンサートはもちろんですが、何よりも階級、宗教、政治など現代生活の障壁から距離を置き解き放たれること、トライバルな精神への接近をこそ象徴しているのです。

「幼い頃、私は自分が世界で一番醜いと信じていたの。」その考えが長い間自身を訶み、破壊していたと Maria は打ち明けます。
「周りの人たちと繋がることが出来るなんて思いもしなかったわ。だけど11歳の時、全てが変わったの。故郷でヴァイキングの再現に目覚めたのよ。ドラムを演奏し、弓矢を放ち、当時の服装を再現し着用してコミュニティーとスピリチュアリズムの深い意味に気づく。友人を作り、10歳も歳上の人たちと焚き火を囲んで人生を語らう。10代の若者から、物語や知恵を共有できる祖父母までね。美しい場所で成長し、私はそこに救われたの。だから、私たちが HEILUNG を結成した時は、パズル全てのピースが集まったようだったの。」
かつてヴァイキング、ユングリング家が拠点としたノルウェー海沿いの街ボッレで育ったことも彼女の感性を羽ばたかせました。
「私と妹は、幼い頃から国立公園を遊び場として使っていたの。王と女王が埋葬されている墓の塚を滑り降りていたわ。歴史の風があの公園を吹き抜けているから、そこを歩いて前時代の何かを感じないなんて不可能なのよ。」
HEILUNG 究極の目的は、人々の心の状態を変えることだと Maria は語ります。
「年をとると、ありがとうの言葉の必要性を感じ始めたわ。私は自分の小さな儀式を作っているの。それは宗教や社会を知る遥か以前から知っていたものよ。」

Faust の人生はヴァイキング文化によってより劇的に救われました。厳格なキリスト教徒の両親は彼にテレビを禁止し、文学の探求を推奨していました。そして古代の謎や墓などが記された “The Last Secrets of Our Planet”、祖父が所持していたギリシャ神話は確かに幼い彼を魅了していたのです。ただし、10代に差し掛かると組織化された宗教に反発し問題を起こします。
「両親との支配的な生活の中で、キリスト教に嫌気が差したんだ。学校でも暴力やトラブルが付き物だったね。物を壊したり、人を殴ったりしていたんだ。それで知能テストを受けさせられたんだけど、僕は非常に賢いが学校には馴染めない子供だと判明したんだよ。それでサタニズムに傾倒したんだ。ちょっと早熟だったかもね。14歳で逆さ十字のタトゥーを刻んでいたんだから。」
Faust に再び光が射したのは、シャーマニズムとヴァイキング文化に出会った17の時でした。酷い皮膚病にも悩まされていた彼は “シャーマニックワーカー” に招かれて癒しとトランスの旅を経験し、眼前に黄金の門が開くのを感じます。
「21日間毎朝、朝露を患部に塗りなさいって。当時僕は全身黒ずくめのサタニストだよ。全然信じてなかったけどとりあえず16日か18日かだけやってみたんだ。そうしたらすっかり治ってしまったんだ。10年間悩まされ続けた痒みや痛みが全てなくなったんだ。キリストを信じようが悪魔を信じようが、目の前で “癒し” を目撃したんだから。以来、信仰に悩まされることはなくなったね。おかげで両親に謝罪して和解したんだ。それ以来創造性は爆発を続けているよ。」

ただし Faust の反抗はまだ終わりではありませんでした。次なる闘争はキャリアや家族といった従来の社会システムへと向けられたのです。キャンプファイヤー、ヒーリングワークショップ、数々の旅を経てシャーマンへと近づいた彼は “愚か” だと自嘲する行動を起こしました。
「失業率の高い中、コンクリート工場の仕事を辞めたんだ。ちょうど工場長へと昇進した時、僕はここを去らなければならないと言ったんだ。何百万のドイツ人が夢見る暮らしを捨てたんだよ。誰も僕の決断を理解出来なかったね。人生を台無しにしてるって。」
仕事を辞しアートや歴史を学ぶことを意識していた Faust ですが、奇しくも黄金の門はタトゥーの世界へと開かれました。”見て盗め” タイプの女師匠と出会った彼は子供の頃からの夢であった創作の世界に没頭し、数年後、デンマークに移住した Faust はヴァイキングのスタイルに敬意を表しながら北欧のタトゥーシーンに定着し、2013年には “ノルディックタトゥー” をテーマとした書籍を出版するまでに至ったのです。

チベットの聲明を身につけたことも人生を大きく変えました。
「SLAYER や SEPULTURA も聴いていたけど、あれはメタルよりダークだよ。チベットの歌い手たちは、どんなメタルシンガーよりも深い。まさに探し求めていたサウンドだった。」
タトゥーへの情熱は遂に音楽への目覚めと交差します。戦士、古代のシンボル、鹿をフィーチャーした華やかなネオノルディックの印。Faust のアートは Christopher の目に留まり、2人はスタジオで一気に HEILUNG の原型を創造しました。ただし、あまりに狂気じみていたため、よりメロディックでエセリアルなイメージを求めて Christopher のガールフレンド、元バンドメイト Maria を呼び寄せることになったのです。そうして3人のミュージシャンは、奇しくもヴァイキングの文化によって集うこととなりました。

「癒しとは、人々に内なる自己と再接続するための枠組みや空間を与えること。言い換えれば、私たちは安定したビートを長時間浴びる時に起こる魔法、トランス状態で我を忘れる経験を提供したいのよ。」
HEILUNG のマニフェストである “増幅される歴史” とは、考古学用語 “Living History” 生きた歴史の体感と繋がっています。Maria の言葉通りライブという儀式の共同体験と、アルバムのよりプライベートなリスニング体験の両方を掛け合わすことでその癒し効果は深遠さを増します。
「自然から得たサウンドや楽器はいつも変わり続けるんだよ。」骨や剣といった古代の遺物や自然を音楽に取り込む型破りな HEILUNG のやり方も偶然という魔法をその音の葉に宿す、モダンミュージック革命だと言えるのかもしれませんね。
「森を走り回って滝の音、悠久の年月が築き上げた岩清水、それに降雪の音までレコーディングしたんだ。これは本当に難しいかったね。」
HEILUNG において自分は生産者はでシェフは Christopher だと Faust は続けます。
「僕はあるがままのサウンドを収集する、言ってみれば音の農家なんだよ。自然のサウンドという新鮮な果物や野菜を Christopher に提供して、彼がコンピューターやソフトウェアで料理の腕を振るう。するとまるで古いノルウェーの教会で演奏しているようなサウンドが広がるんだ。彼には教会や洞穴の引き出しが沢山あってね。どうやっているのかは分からないんだけど。」

自然の息吹はすなわち太古のサウンドで、彼らの使命はそれを現代に蘇らせること。”Othan” こそ古代のトランス。
「2000年、3000年、4000年前の人の心の中に自分を住まわそうとしているんだ。当時彼らが聞いていたのはどんな音だろう?もちろん、風や滝といった自然の音だよね。それにお酒を飲んでリズムに合わせて歌って踊っていたんだろうね。だから僕たちは、そのリズムを当時のまま骨や頭蓋骨、武器なんかで刻むんだ。スタジオの前に巣を作っているカモメの鳴き声までね。Christopher はそれをクレージーなまでに歪めてサイケデリックに仕上げるんだよ。」
信仰や社会のシステムから解き放たれた Faust にとって、当然音楽はいかなる制約も受けるものではありません。
「僕たちはサッカーを “プレイ” するように音楽を “プレイ” はしない。むしろ遊ぶという “プレイ” に近いだろうな。全く新しい要素を繋ぎ、全く新しい方法で進み、不可能なことを実現する。完全なる自由なんだよ。」
骨をマイクや打楽器にするのも Faust 流 “遊び” の一環です。
「骨や頭蓋骨のコレクターなんだよ。大学が研究のために所持していたものを買い受けたりしてね。”Krigsgaldr” はまさにそんな骨を使用したんだ。」

男性と女性が存在する自由も HEILUNG の強みでしょう。さらに、”Ofnir” が男性的に振れたアルバムだとすれば、振り子の針は”Futha” で女性側へと振れました。事実 ‘Svanrand”, “Norupo” といった不気味な聖歌、神々のため息において女声の存在感は確実に増していますし、歌詞にしても 1000年前の女性が暗唱したアイスランドのマジカルな呪文がもとになっているのですから。
「自然な流れだと思う。自然界ではバランスが重要なんだ。プラスとマイナス、昼と夜、黒と白。全ては両極の間を浮遊しているのだから。」
オープナー、”Galgaldr” はアルバムのテーマである “既知の世界の崩壊” とそこから生まれる “避け難き再生” を象徴する楽曲です。同時にそのテーマは、”Futha” のレコーディング中 Christopher と Maria が区画整理によって愛する家を手放さざるを得なくなった事象とリンクしています。
「Maria は庭で過ごし草花を育てることを愛していた。重機や業者は彼女の目の前でその庭を引き裂いたんだ。彼女は涙を流していたよ。だから彼女に大丈夫、今は恐ろしいけど全てを見ておくんだ。いつか全てが解決する日が来ると伝えたんだ。」
実は異教の司祭の息子で、幼い頃から儀式を幾度も取り扱ってきた Christopher が語るストーリーはおとぎ話ではなく現実ですが、それでも彼らはいつかより素敵な家を見つけ新たな幸せを噛みしめるはずです。それこそが再生の精神だと彼らは感じています。暗闇から現れる黄金の門。慣れ親しんだ価値観の破壊から生まれ来る真なる癒しと自由。人生という3人の旅路は、まさにアルバムの意思と見事にシンクロしているのです。

2020年代を前にして、メタル世界は自然崇拝や地霊信仰といったペイガニズムの波を全身に浴びています。Anna Von Hausswolff, Myrkur, Chelsea Wolfe など女性がムーブメントを後押ししているのは確かでしょう。そして HEILUNG はその最前線に位置しています。
「人間は自然と繋がることで、肉体的、精神的オーガニズムを感じるんだ。生命は全てが一つ。人間だけじゃなく、植物や海だって養ったり捕食したりしながら僕たちと関係しているんだから。」
しかしなぜ、エクストリームミュージックの住人は特段異教の世界に惹かれるのでしょうか? Christopher はその理由を理解しています。
「ルーン文字やペンタグラム、オカルトのシンボルは若者が大半を占めるエクストリームメタルの文化において重要な背徳感を備えているからね。」

ただし、もちろんそれだけではありません。過去にロマンチシズムを求めるメタル世界の住人だからこそ、古の息吹ペイガニズムの再発見へと繋がったのではないでしょうか。
「祖先になじみ深い知識や力への道は、現代世界の多くの人々にとって隠されているようなものだ。支配的な一神教信仰によって抑制されたか、産業革命以来単に忘れられたか、農村から都市環境への移動が原因かは分からないけどね。オカルトのシンボルはこの古代の力を指し示し、繋がるためのヒントなんだよ。だから、それが音楽によって生み出される感情的に満たされた空間内に反映されると、実に刺激的なんだ。」
今では “Game of Thrones” や “Vikings” のサウンドトラックにまで使用され、メタル世界最大の現象となった HEILUNG。「 僕たちの大きな夢は、オペラハウスや古代の円形劇場、自然環境で演奏すること。ゆっくりと実現に近づいているよ。もちろん、様々なリスナーが混在するフェスも楽しいよ。だけど、古代の音楽だから自然環境やオペラハウスこそが相応しいんだ。」

参考文献: HOW DENMARK’S HEILUNG ARE CREATING “AMPLIFIED HISTORY” WITH HUMAN BONES, THROAT SINGING: REVOLVER MAG

Heilung: The force of nature that’s leaving metalheads spellbound: METAL HAMMER

Folk-Metal Group Heilung Talks Second Album ‘Futha,’ Soundtracking Primetime TV and Finding a New Female Energy: Billboard

HOW PAGANISM IS INFLUENCING A NEW BREED OF HEAVY ARTIST: Kerrang!

HEILUNG Facebook Page
HEALING SEASON OF MIST

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【IAMTHEMORNING : THE BELL】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH GLEB KOLYADIN OF IAMTHEMORNING !!

“It Is Fascinating To Add Passion And Drive From Rock Music To The Classics. At The Same Time, Playing Rock, I Try To Make It More Sophisticated And Intellectual, Adding Many Layers And Making It More Polyphonic.”

DISC REVIEW “THE BELL”

「コフィンベルはどちらかと言えば憂鬱のシンボルなんだ。同時にとても美しいけどね。人間の残酷さについてのストーリーなんだ。何世紀も前から人間性そのものは何も変わってはいないんだよ。そしてこのベルは、例え生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を知らせるための最後の望みだったんだよ。」
Kscope の至宝、チェンバープログの孤高を極めるロシアのデュオ iamthemorning は、クラシカルなピアノの美麗とエセリアルな詠唱の荘厳で人に宿る残酷の花を自らの音の葉で咲かせます。
“Lighthouse” のアートワークに描かれた心許ない灯台の火は、孤独や痛み、憂鬱に翻弄される大海、人生における微かな希望の光だったのかも知れませんね。そうして今回、長年のコラボレーター Constantine Nagishkin の手によって “The Bell” の顔として描かれたのは、希望と闇、美と憂鬱のコントラストを投影したコフィンベルでした。
セイフティーコフィンベル。英国ヴィクトリア期に広まった、棺に連結されたベルは仮に生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を伝えられる最期の希望。
「どんなに長い間、絶望的な状況に置かれたとしても、助けを呼ぶことは出来るのよ。と言うよりも、助けが必要な時は必ず呼ぶべきなのよ。」ヴィクトリア期に心酔し探求を重ねるスペシャリスト、ボーカル Marjana はいわくのベルをテーマとしたことについてこう語っています。
21世紀において埋葬されるのは、薬物の乱用、差別、ネグレクト、社会からの疎外に苦しむ人たち。つまり、iamthemorning は何世紀も前に存在した残酷と希望を宿す “セイフティーネット” を現代に巣食う闇の部分へと重ね、人間性の高まり、進化についての疑問と真実を世界へと問いかけているのです。
「僕自身は少しずつプログのラベルから離れていると思うんだ。音楽的な境界を広げようとしているし、出来るだけ異なる音楽をプレイしようとしているからね。このアルバムでは特に顕著だと思うよ。」
人間性を率直に問いかけるアルバムにおいて、当然 iamthemorning 自身も装飾を剥ぎ取り、ナチュラルで正直、かつ本来の姿への変貌を厭いませんでした。
「”The Bell” の楽曲の大半は、正確に言えば僕たち2人のデュエットなんだ。2曲を除いて、当初全ての楽曲はデュエットの形をとっていたんだよ。その中のいくつかは、後に他の楽器を加えることになったね。だけど僕たちが持ち込みたかった雰囲気は壊さないようにしたよ。」
天性のピアニスト Gleb が語るように、”The Bell” で iamthemorning は始まりの朝焼け、2人を中心とした地平線へと再び赴くことを決断します。ゲストミュージシャンを制限し、ヘヴィーなアレンジメントを抑制することで、アルバムには以前にも増して映画や演劇のシアトリカルなイメージと衷心が産まれました。
そうして、クラッシックとチェンバーのダークで深みのある色彩を増したアルバムが、あのフランツ・シューベルトが好んだ19世紀に端を発する連作歌曲 (各曲の間の文学的・音楽的な関連性をもって構成された歌曲集) のスタイルへと到達したのはある種の必然だったと言えるでしょう。
ピアノの響きとシンフォニックなオーナメント、時折悪魔が来たりてディストーションをかき鳴らす作品中最もダイナミックかつエニグマティックなオープナー “Freak Show” で、Marjana は脆く悲痛でしかしフェアリーな歌声をもって 「誰も気にしないわ。例え私がバラバラに砕け散ったって。ただ立ったまま見つめているだけよ。だから私はもっとバラバラに砕けるの。」と数百年の時を経ても変わらぬ人の残酷を訴えます。
それでも世界に希望はあるはずです。第2楽章の始まり、エモーションとバンドオーケストラが生み出す絶佳の歌曲 “Ghost of a Story” で Marjana は、「全てに限界はあるの。あなたの悲しみにおいてさえ。少しづつ安心へと近づいていくわ。」とその目に暗闇を宿した亡霊のごとき現代人に一筋の光明を指し示すのです。
しばしば Kate Bush と比較される iamthemorning のポストプログワールド。実際、”Sleeping Beauty” のように彼女の遺伝子は今でも深くデュオの細胞へと根を張りますが、一方で Chelsea Wolfe, さらには Nick Cave の仄暗きアメリカーナにも共鳴する “Black And Blue” の濃密なサウンドスケープは特筆すべきでしょう。
そうして “Lilies” から “The Bell” へと畳み掛けるフィナーレはまさに歌曲の大円団です。Gleb の言葉を借りるなら、感情的で誠実なロックの情熱をクラッシックへと持ち込んだ “シューベルトロック” の真骨頂でしょう。
もちろん、芳醇なアレンジメントやオーケストレーションは楽曲のイヤーキャンディーとして不可欠でしょうが、その実全てを取り払ってデュエットのみでも十二分にロックとして成立するリアルがここにはあります。2人のシンクロニシティーはいったいどこまで高まるのでしょう?あの ELP でさえ、基本的にはドラムスの存在を必要としていたのですから。
今回弊誌では Gleb Kolyadin にインタビューを行うことが出来ました。「おそらく、僕は啓発的であることに固執しているとさえ言えるね。つまり、僕の音楽を聴くことでリスナーが何か新しいことを学べるように、ある意味リスナーを少し “教育” したいと思っているのかもね。」2度目の登場。どうぞ!!

IAMTHEMORNING “THE BELL” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【CHELSEA WOLFE : BIRTH OF VIOLENCE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHELSEA WOLFE !!

“Gender Is Fluid, And There Is So Much Beauty In Making Space For All Kinds Of Voices In Music. It’s Happening, And It’s Amazing!”

DISC REVIEW “BIRTH OF VIOLENCE”

「昨年、私たちは沢山のツアーを行ったわ。8年ずっと続いてきたツアーに加えてね。だから休みを取って、スロウダウンし、自分自身の心、体、精神のケアを学びなさいと何かが語りかけてきたのよ。」
フォーク、ゴス、ポストパンク、インダストリアル、メタル…2010年、デビューアルバム “The Grime and the Glow” を世に放って以来、Chelsea Wolfe はジャンヌダルクの風姿で立ち止まることなく自らの音の葉を拡張し続けてきました。光と闇、激情と静謐の両極を司り進化を続けるカリフォルニアの歌姫は、しかし遂に安息を求めていました。
「私はただ自分の本能に従っているだけなのよ。そうして今の場所に辿り着いたの。」10年続いた旅の後、千里眼を湛えたスピリチュアルな音求者は、本能に従って彼女が “家” と呼ぶアコースティックフォークの領域へと帰り着いたのです。
Chelsea は最新作 “Birth of Violence” を “目覚め始めるレコード” と呼んでいます。
「批判を受けやすく挑戦的な作品だけど、私は成長して開花する時が来たと感じたのよ。」
ダークロックのゴシッククイーンとして確固たる地位を築き上げた Chelsea にとって、アコースティックフォークに深く見初められたアルバムへの回帰は確かに大胆な冒険に違いありません。ただし、批判それ以上に森閑寂然の世界の中に自らの哲学である二面性を刻み込むことこそ、彼女にとって真なる挑戦だったのです。
「私はいつも自分の中に息づく二面性を保持しているのよ。重厚な一面と衷心な一面ね。それで、みんながヘヴィーだとみなしているレコードにおいてでさえ、私は両者を表現しているの。」
逆もまた真なり。”The Mother Road” の暗静アメリカンフォークに醸造された強烈な嵐は、チェルノブイリの蜘蛛の巣をも薙ぎ払いダイナミズムの黒煙をもうもうとあげていきます。
“Little Grave” や “Perface to a Dream Play” のトラディションに蠢めく闇の嘶き。 PJ Harvey とゴスクイーンが手を取り合う “Be All Things”。何よりタイトルトラック “Birth of Violence” の平穏なるプライドに潜む、咽び叫ぶ非業の祈り。そうして作曲パートナー Ben Chisholm のアレンジとエレクトロの魔法が闇と光の二進法を優しく解き放っていくのです。
アルバムに根ざした仄暗く重厚な影の形は、世界を覆う不合理とピッタリ符合します。無垢なる子供の生まで奪い去る銃乱射の不合理、平穏な暮らしを奪い去る環境の牙の不合理、そしてその生い立ちのみで差別を受ける不合理。結局その起因はどこにあるのでしょう。
ただし変革を起こすのもまた人間です。”目覚め始めるレコード” において鍵となるのは女性の力です。
「そろそろ白か黒か以外の考え方を受け入れるべき時よ。”ジェンダー” の概念は流動的なの。そして全ての種類の声を音楽にもたらすことで沢山の美しさが生まれるのよ。今まさにその波が押し寄せているの!素晴らしいわ!」
長い間会員制の “ボーイズクラブ” だったロックの舞台が女性をはじめとした様々な層へと解放され始めている。その事実は、ある種孤高の存在として10年シーンを牽引し続けた女王の魂を喚起しインスピレーションの湖をもたらすこととなったのです。
安息の場所から目覚める新たな時代。今回弊誌では Chelsea Wolfe に2度目のインタビューを行うことが出来ました。「私の古い辞書で “Violence” とはある一つの意味だったわ。”感情の力” という意味ね。私はそれと繋がって、自らの力に目覚める人間を思い描いたの。特に力に目覚める女性をね。」 日本盤は世界に先駆け9/11に Daymare Recordings からリリース!どうぞ!!

CHELSEA WOLFE “BIRTH OF VIOLENCE” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【CHELSEA WOLFE : HISS SPUN】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHELSEA WOLFE !!

Chelsea Wolfe by Bill Crisafi

PHOTO BY BILL CRISAFI

Certainly, Folk/Rock/Experimental Artist Chelsea Wolfe Took A Step Toward More Dark Side, Heavy Realm, Sludge World With Her Outstanding New Record “Hiss Spun” !!

DISC REVIEW “HISS SPUN”

ダークでスピリチュアルな崇高美を追求する、ノースカリフォルニアの堕天使 Chelsea Wolfe が、そのゴシカルなイメージをスラッジメタルの世界へと解き放つ最新作 “Hiss Spun” をリリースしました!!審美のダークサイドを司るエクストリームアートの女王は、至上の環境、チームを得てより鮮明にその印象を増しています。
近年、Chelsea と彼女の右腕 Ben Chisholm の冒険は、出自であるゴシックフォークの枠を容易く超越し、ドゥームの翳りを宿すインダストリアル、エレクトロニカ、ノイズ、ドローンにまでアプローチの幅を拡げて来ました。陰鬱にして甘美、アーティスティックで創造性豊かなそのジャンルの邂逅は、Chelsea の幽美なビジュアルやスピリチュアルな一面とも共鳴しながら、この混沌とした世界に安寧を喚起するメディテーションの役割を果たして来たのかも知れませんね。
“Spun” の凄艶なディストーションサウンドでスラッジーに幕を開ける “Hiss Spun” は、リスナーの思念、瞑想にある種の直感性を差し伸べる、よりヘヴィーで正直なアルバムです。
「これは、ヘヴィーなレコードでロックソングを求めていたの。」 実際、Chelsea はそう語っています。故にRED HOST 時代のバンドメイト、ドラマー Jess Gowrie とのリユニオンは必然だったとも。
確かにこのレコードの陣容は彼女の言葉を裏付けます。リードギタリストに QUEENS OF THE STONE AGE の Troy Van Leeuwen を起用し、ex-ISIS の Aaron Turner をゲストボーカルとして招聘。さらに CONVERGE の Kurt Ballou をプロデューサーに指名した采配の妙は間違いなくこのレコードの方向性を諮詢していますね。
セカンドトラック “16 Phyche” はアルバムを象徴する楽曲かも知れません。蝶の羽を得て人間から変異を遂げた美しき魂の女神、そして火星と木星の間を公転する小惑星の名を共有するこのコズミックで漆黒のヘヴィーバラードは、自由を奪われ制限される人生をテーマとしています。
「8年間、故郷ノースカリフォルニアを離れてロサンゼルスにいたんだけど、LAは私と共鳴することは一度もなかったの。私の心はいつもノースカリフォルニアにあったのよ。大きな木々、山や川の側にね。」 Chelsea はそう語ります。
遂に家族と自然、スピリチュアルなムードに溢れた故郷へと帰還し、心の平穏と安寧を取り戻した彼女は、閉塞的で捌け口のない当時の自分を反映させた魂の情歌へと辿り着いたのでしょう。
実際、”Twin Fawn” にも言えますが、彼女も認める通りこの楽曲における Chelsea の歌唱はよりパーソナルで内面全てを曝け出すような壮絶さを宿します。フィードバックと不穏なムードが支配する重密なサウンドとも絶妙にシンクロし、彼女のエモーションは現代社会の閉所恐怖症とも形容可能なイメージをも楽曲に映し出しているのです。
“Hiss” とはホワイトノイズ、つまり雨音や川のせせらぎ、鳥の囀りといった自然と人間を繋ぐ雑音を意味する言葉だと Chelsea は教えてくれました。トレモロリフとポストメタルの重厚で奏でられる “Vex” で Aaron Turner の剛胆な咆哮は大地の感覚、アーシーなホワイトノイズだとも。
Aaron の声が大地の咆哮なら、浮遊感を伴う Chelsea の声はさながら虚空のスキャットでしょうか。楽曲の最後に挿入された森のざわめきに耳を澄ませば、彼女のメッセージが伝わるはずです。ヘヴィーとエセリアルのコントラストで表現される自然に対する強い畏怖は、現代社会が忘れつつある、しかし忘れてはならない貴き精神なのかも知れませんね。
確かにヘヴィーでスラッジーなアルバムですが、同時に “Twin Fawn”, “Two Spirit” のような自身のアイデンティティー、ゴシック/フォークにフォーカスした楽曲や、近年養って来たインダストリアル/ノイズ要素を分断に盛り込むことで、作品は Chelsea の多面的な才能を映す鏡、ある意味集大成的な意味合いも保持しています。そして勿論、女性としての一面も。
アルバムは、魔女の如き甲高い歌声が印象的な “Scrape” で幕を閉じます。様々な怒りやヘヴィーな祈りが込められたアルバムには、当然 Chelsea の一人の女性としての怒りも封じられています。あの禍々しき魔女裁判が行われたセイラムでレコーディングが行われたことも、偶然ではないのかも知れませんね。
今回弊誌では、Chelsea Wolfe にインタビューを行うことが出来ました。彼女がゲスト参加を果たしている MYRKUR の最新作も同様に素晴らしい内容。併せてチェックしてみてくださいね。どうぞ!!

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CHELSEA WOLFE “HISS SPUN” : 9.8/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【YVETTE YOUNG : ACOUSTICS EP 2】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH YVETTE YOUNG !!

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Having Played Piano Since The Age Of Four And Violin Since Age Seven. Math Rock Queen, Yvette Young Shows Her Classical Influences With Her Beautiful New Record “Acoustics EP 2” !!

DISC REVIEW “ACOUSTICS EP 2”

端麗なる才媛、麗しきマスロッククイーン Yvette Young が、情趣溢れる別世界 “Acoustics EP 2″をリリースしました!!インタビューにもあるように、愛するポストロックの領域へと接近した絶佳なる名編には、多様でフレキシブルな彼女の色彩が存分に織り込まれています。
プログレッシブとマスロックの狭間で存在感を放ち、シーンの揺らぎとなっている COVET をホームグラウンドとするように、Yvette はモダンギタリストの文脈で語られるテクニカルなプレイヤーです。しかし、4歳からピアノを始め、7歳でヴァイオリンを学んだという彼女の深遠なる七色のギフトは、決してただ一所に留まってはいないのです。
実際、”Acoustics EP 2” は実に画期的な作品です。ギターで作曲を開始して6年。波のように揺蕩う異なる拍子の海、アコースティックギターで表現されるモダンで高度なテクニック、そして自らがプレイするヴァイオリン、ピアノ、ハープ、バンジョーなど多種多様な楽器の使用による豊かな表情、アトモスフィア。全てが前作 “Acoustics EP” から格段にスケールアップを遂げ、Yvette は遂に独自の世界観を確立したように思えます。
ボサノバの空気を深く吸い込み、自身のポップサイドを前面に押し出した “Holiday” で幕を開けるアルバムで、しかし特に着目すべきは、彼女の独創的な奏法が可能にするオーケストラのようなサウンドでしょう。勿論ピアノやストリングスを重ねているとはいえ、骨格がギター1本の演奏でこれほどまで音楽に立体感を生み出す作品は実に得がたいと感じます。実はそこには Yvette のクラッシックの素養、ピアノの技術が大きく作用しているのです。
インタビューで語ってくれた通り、Yvette には “ギターのレイアウト、フレットや弦をピアノの鍵盤に見立てて” プレイする場面が存在します。つまり左手で抑え右手で音を出す通常のプレイに加えて、両手ともに指板をタップし直接音を生み出すことで、右手の分、旋律をより重ねることが可能になっているのですね。ギターを横にしてそのままピアノのように “弾く” イメージでしょうか。
当然、高度なテクニックで音量やノイズの調整は簡単ではありません。しかし彼女はメトロノームの如く正確にリズムを保ちながら、優美なサウンドで鮮やかに清音を奏でます。
作品で最もポストロックに接近した “Adventure Spirit” の、文字通り冒険心を胸に抱いたカラフルなメロディーのポリフォニーは、まさにその Yvette オーケストラの象徴です。チェロ、ヴァイオリン、ボーカル、ギター。テーマを奏でる主役の楽器が次々に入れ替わるアンビエントな楽曲で、Yvette の知性的なギターアルペジオ、コードプログレッションはコンダクターのように様々な楽器を操り指揮していきます。
勿論、ギターが旋律を奏でる場面では、鮮やかに両手タップを使用し、躍動するメロディーと共に指揮者不在の状況を回避。エアリーなボーカル、エセリアルなストリングスの響きは、オーガニックな彼女のオーケストラに HAMMOCK や CASPIAN を想起させる美麗なるダイナミズムを創造していますね。
一方で、フォーキーな “Blossom” の数学的で流麗なフレージングはマスロックの女王を強くイメージさせてくれます。師匠 INVALIDS 譲りのサウンドスケープ、風景の中に点在する無上のエキサイトメントはすでに彼女のトレードマークとなった感がありますね。
アルバムは、現在の Yvette Young を全て詰め込んだ悲しみと希望の組曲、”A Map, A String, A Light Pt 2″ で詩情豊かにその幕を閉じました。
今回弊誌では Yvette Young にインタビューを行うことが出来ました!もはや弊誌のかわいい担当準レギュラーだと言えますね!どうぞ!!

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YVETTE YOUNG “ACOUSTICS EP 2” : 9.7/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BIG BIG TRAIN : GRIMSPOUND】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH GREG SPAWTON OF BIG BIG TRAIN !!

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Guardian Of Prog, Pride of England, Big Big Train Keeps Getting Bigger And Bigger. The Octet Has Just Released Their Newest Record “Grimspound”! Huge Ensemble Creates The Most Beautiful Tapestries Of The Year.

DISC REVIEW “GRIMSPOUND”

英国プログレッシブのプライド、伝統と熟練の8人編成 BIG BIG TRAIN が壮大なるマスターピース “Grimspound” をリリースしました!!時にフォーキ、時にミステリアス、そして時に無上のメランコリーを放つドラマティックな作品は、プログロックの牙城として実に意義深く聳えたっています。
近年、”プログ” は再びその価値を取り戻し、舞台には様々な若き才能が登場しています。”モダンプログレッシブ” と称されるこのムーブメントにおいて、ある者はメタル、ある者はエレクトロニカ、ある者はポストロック、ある者はアヴァンギャルドへと接近し、そのエッセンスが融解、対流することで多様性を軸とした百花繚乱のプログレッシブサウンドを響かせていることはご存知の通りでしょう。 BIG BIG TRAIN も90年結成とは言え “プログ第三世代” に分類される現代を生きるバンドですが、しかしその “モダンプログレッシブ” の流れとは一線を画しているのです。
YES, ELP, GENESIS, JETHRO TULL。プログロックを創出した偉大な先人たちの遺伝子を色濃く受け継ぎ、伝統をその身へと宿す BIG BIG TRAIN のサウンド、足跡は、レジェンドが失われつつある今、確実にその重要度をさらに増しています。ただ、高いミュージシャンシップと展開の妙、キャッチーでフォーキーなメロディー、幾重にもレイヤーされたシンフォニックなアンサンブル、そして卓越したストーリーテリングの能力を有するバンドは、”ここ10年で最も重要なプログバンド”の一つとして語られる通り、決して第一世代の “Pomp” 代用品ではなく、本物の英傑としてリスナーの信頼を勝ち得ているのです。
2009年の出世作 “The Underfall Yard” でフルート、バンジョー、マンドリン、オルガンなどをこなすマルチプレイヤー/ボーカル David Longdon が加入して以来、BIG BIG TRAIN は人気と共に、その編成もまた “Big” となって行きます。元 XTC の名ギタリスト Dave Gregory を正式に加え6人編成でリリースしたダブルコンセプトアルバム “English Electric” は、多彩な音色を個性と定めたバンドの金字塔だと言えますね。
インタビューにもある通り、当時バンドはライブを行っていなかったためスタジオのみにフォーカスすることとなり、作品にはストリングス、ホーンなど総勢20人弱のゲストプレイヤーが参加。綿密にデザインされたレイヤーサウンドが運ぶ極上の叙情性、情景描写はまさにストーリーテラーの面目躍如。英国の風景を正しく投影し、ステージを想定しない絶佳のアンサンブルを備えた”完璧なる”スタジオアルバムが完成したと言えるのではないでしょうか。
2014年からライブを再開したバンドは、アルバムを再現するために新たなメンバーを物色し、さらに BEARDFISH の鬼才 Rikard Sjöblom とストリングスなら何でもこなす Rachel Hall を手中に収めます。5名がギターと鍵盤両方を演奏可能、ヴァイオリンやフルートもメンバー内で賄える衝撃の8人編成へと進化しリリースした前作 “Folklore” は、タイトル通りトラッド要素を強調しバンドの新たな可能性を提示した意欲作に仕上がり、海外の様々なプログ専門誌で年間ベストアルバムに撰されるシーンの最重要作品となったのです。
最新作 “Grimspound” はジャケットのカラスが示すようにその “Folklore” と対になる作品です。とは言え、ケルトサウンドを前面に配したタイトルトラックで幕を開けた “Folklore” とは対照的に、アルバムはダイレクトにプログロックのダイナミズムを伝える “Brave Captain” でスタートします。静謐でアンビエントなイントロダクションを切り裂きバンド全体が躍動すると、リスナーは1910年代へと時代を遡って行くのです。
David Longdon が紡ぐWW1の英国エースパイロット Captain Albert Ball のストーリーは勇壮にして孤独。その表情豊かで凛々しき歌声は空の”ローンウルフ”が眼前に降臨したかのような錯覚をもたらします。ヴァイオリンと鍵盤が織り成す流麗なダンスは空の主役を際立たせ、シンプルでキャッチーなメロディーのリフレインは勇敢なブレイブキャプテンを讃えます。
実際、ユーティリティーに使用され、時に主役を食うほどの存在感を発するストリングスと鍵盤の活躍は “Grimspound” の特徴だと言えるでしょう。イングランドの忘れられたヒーローたちのストーリーに焦点を当てたアルバムで、Rachel はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロを使い分けサウンドに濃淡を刻み、鍵盤隊はシンセ、ピアノ、オルガンを巧みにレイヤーしアルバムのアンサンブルをアートの域まで高めているのですから。
ジャズのインテンスを内包する “On The Racing Line”、フルートの芳醇な響きが郷愁を誘う “Experimental Gentleman” を経てたどり着く “Meadowland” はバンドの今を象徴する楽曲です。確かに “レトロ” がキーワードにも思えた BIG BIG TRAIN はしかし、フォークやエスニックの影響を一層加えることで真に偉大なバンドへとその姿を変えつつありますね。彼らの音楽は一貫してその母国イングランドからインスピレーションを得ていて、かの地の伝承や景色、人物を描き続けています。そして “Meadowland” の素朴で心洗われるトラッドサウンドは、鮮明に緑一面の牧草地帯を、吹き抜ける風を、湿気を孕んだ空気の匂いまでもリスナーにイメージさせるはずです。そうした BIG BIG TRAIN の創出する、イマジネーティブで群を抜いたサウンドスケープは、トラッドの女神 Judy Dyble との詩情豊かなデュエット “The Ivy Gate” に結実しているように感じました。
インタビューにもある通り、コンポーザーが増え続けるバンドは、2009年からEPを含めるとほぼ毎年のように作品をリリースしています。しかし、驚異的な多作にもかかわらず音楽の質は向上の一途を辿っており、”Folklore” から一年経たずに織り上げられた美しきタペストリー “Grimspound” はまさにその素晴らしき証明書と言えるのではないでしょうか。
今回弊誌では、バンドの創立メンバーでメインコンポーザー、流麗なベースラインを聴かせる Greg Spawton にインタビューを行うことが出来ました。日本でも海外と同等の評価を得られるように祈ります。どうぞ!!

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BIG BIG TRAIN “GRIMSPOUND” : 9.8/10

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