“Retelling Our Root Story Is a Very Important Thing As a Taiwanese Musician. We Have So Many Interesting And Beautiful Stories In This Small island, I Don’t Want These To Be Forgotten.”
“I Was Struck With Incredibly Profound Emotion. It Was Probably Then That I Was Fully Set On Dedicating This Album To The Three Kingdoms Period, And More Specifically, To The Brothers Of Liu Bei, Guan Yu, and Zhang Fei.”
COVER STORY : DEMONSTEALER “THE PROPAGANDA MACHINE”
“Make The Minority The Big Villain That The Majority Should Fear In Any Country, And You’ve Suddenly Got Control. It’s All The Same Tactics; It’s Just That The Country Changes.”
THE PROPAGANDA MACHINE
“The Propaganda Machine” は、エクストリーム・メタルの言葉で叫ばれる戦いの鬨。Sahil Makhija 4枚目のソロ・アルバム “Demonstealer” は、母国インドをはじめ世界中の大衆を操り搾取する右翼政治家、人種差別主義者、偽情報の拡散者、宗教過激派を狙い撃ちしています。Sahil が言葉を濁すことなく、このアルバムに収録されている歌詞はすべて、抑圧に対する抗議の看板となり得るもの。ただし Sahil は、20年前、彼の先駆的バンド DEMONIC RESURRECTION でインドにデスメタルを紹介していた頃には、まだ “The Propaganda Machine” を作ることはできなかったと認めています。
「俺はボンベイ・シティに住む、かなり恵まれた子供だった。そして、ほとんどの子供がそうであるように、俺は政治に興味がなかったんだ」と Sahil は自身の音楽活動の初期を振り返って言います。SEPULTURA の “Refuse/Resist” のような政治的なメタルを聴いていたにもかかわらず、政治を意識することはなかったのです。
Sahil の覚醒は緩やかでした。彼は2015年のシングル “Genocidal Leaders” で遂に DEMONSTEALER に社会的な歌詞を取り入れ始め、前2作 “This Burden Is Mine” と “The Last Reptilian Warrior” では現実世界の問題がより浸透するようになりました。しかし、”The Propaganda Machine” は、彼がこれまで制作した中で、圧倒的に政治色が強いレコードだと言えます。その理由は、周囲を見渡せばわかるでしょう。トランプ、Brexit、目に余る警察の残虐行為、復活したネオナチズム、世界的なパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻など、その暗闇のリストは身近で気が滅入るものばかり。
「このアルバムは、プロパガンダ・マシーンというタイトル通り、ここ数年の世界のあり方に完全にインスパイアされているんだ。特に、ヒンドゥー教の右翼過激派政権が誕生してからのインドでの出来事に触発されているよ。”The Fear Campaign” では、多数派が少数派を恐れるように仕向けることで、政府が大衆をコントロールすることについて。”Monolith of Hate” は、憎しみの政治と、恐怖のキャンペーンを通じて多数派が少数派を憎むように仕向ける方法について歌っているよ。正直なところ、世界中でこうしたことが起こっているよな。インドではヒンドゥー教徒が大多数で、ヒンドゥーの政府はイスラム教徒に関する悪いプロパガンダを流し続け、ヒンドゥー教徒がイスラム教徒に恐怖を抱くようにしようとしている。イギリスやアメリカ、ヨーロッパでも同じように、移民を恐れさせるキャンペーンが行われているし、アメリカでは、人種や宗教などでも同じことが行われている。世界的な “戦術” なんだよな。”恐怖を与え続け、従順にさせる” という歌詞は、まさにすべてを要約しているよ。
“The Art of Disinformation” は、テクノロジーがいかに武器になるかについて。インドでは、WhatsApp の偽ビデオが、この憎しみを広めるために使われ、最終的には少数民族への暴力や殺害さえも扇動しているんだ。”Screams Of Those Dying” は、ここ数年、リンチや暴動、警察の横暴、殺人、基本的人権のために戦う人々の暗殺によって失われた実際の命について歌った。”The Great Dictator” は、自分たちの利益のために憎悪と暴力を推進・宣伝する右派の指導者について。”‘The Anti-National” “反国家” は、インドや自国の政府に疑問を持つ人々が、いかに “反国家” と呼ばれているかについて。そして最後に “Crushing the Iron Fist” は、俺たちが力を合わせれば、私腹を肥やし、宗教、カースト、人種によって人々を分断するのではなく、生活の質を向上させるために働く、より良い政府を見つけることができるかもしれないという希望をアルバムに残している。国民のために働くという、本来あるべき姿の政府をね」
DEMONSTEALER は厳密には Sahil のソロプロジェクトですが、NILE の George Kollias が “This Burden Is Mine” でドラムを叩いて以来、ゲスト・ミュージシャンはそのサウンドに欠かせない要素となっています。DEMONSTEALER のサポート・キャストは着実に増えており、”The Propaganda Machine” は総勢12人のプレイヤーによって命を吹き込まれているのです。クレジットには、鍵盤の Iratni、Hannes Grossmann を含む4人のドラマー、さらに4人のベーシスト、3人のリード・ギタリストの名前があります。James Payne (Kataklysm, Hiss From The Moat), Ken Bedene (Aborted), Sebastian Lanser (Obsidious/Panzerballett), Dominic ‘Forest’ Lapointe (First Fragment, Augury, BARF), Stian Gundersen (Blood Red Throne, You Suffer, Son of a Shotgun), Martino Garattoni (Ne Obliviscaris, Ancient Bards), Kilian Duarte (Abiotic, Scale The Summit), Alex Baillie (Cognizance), Dean Paul Arnold (Primalfrost), Sanjay Kumar (Equipoise, Wormhole, Greylotus)。Sahil は、彼らの役割について厳格に規定することはありません。ここでは、それぞれのミュージシャンが、それぞれの長所を発揮しているのです。
「各ミュージシャンは、それぞれの個性を生かす。これほど多才なミュージシャンと仕事をするのであれば、俺がプログラミングをしたり、これとこれを演奏しろなんて厳しく指示する意味はない。もちろん、ドラムのパートをすべてサンプルで置き換えるのはとても簡単だが、すべて全く同じ音になってしまう。それに何の意味があるのだろう?だから、ドラムの音はアルバムの曲によって変化するし、ベースのダイナミズムも当然変わってくるさ」
このアルバムは、Sahil の独特なソングライティングだけでなく、彼の思想によっても一貫性を保ちます。右翼のポピュリストが支配する不安定な国で活動することは簡単ではありません。最近、ニューデリーとムンバイにあるBBCのオフィスが、インド特集を放送した後に家宅捜索を受けました。”モディ・クエスチョン”(2023年)は、2002年にグジャラート州で起きた一連の暴動で首相が果たした役割を探るドキュメンタリー。ボリウッドの作品は、過激派の脅迫によって定期的に中断、破壊、閉鎖され、Sahil 自身も、風刺ロックバンド WORKSHOP で政治家と悪徳警官を罵倒した際、検閲に直面しました。Sahil が “偉大なる独裁者” や “鉄拳を砕く” のような曲を書くことの結果を恐れているとしても、彼はそれを表に出すことはありません。恐れよりも、彼は何度も自分の特権と、それを使って抑圧と闘う責任について言及します。
「俺のような人間は、アパートでくつろぎながら、こう言うこともできる。これは俺の戦いではないんだ。普通の平穏な暮らしを送ればいいってね。俺は何気ない生活を送れるのだから。だけど、踏みつけにされそうになっている人たちが大勢いる。いずれは反撃に出るべき人たちが。抗議の力、情報の力によって、俺たちは実際に変化を起こすことができるはずだ。どんな形であれ、善戦する人たちはたくさんいる。そして、願わくば、より多くの人々が目を開き、自分たちが持っている特権や、声を上げる必要があるという事実に気づくことを期待しているんだ。そして、この先、より良い日々が待っていることもね。俺たちは、自分たちが見つけた世界よりも良い世界を残すことができる、すべての人々にとってより公正で平等な世界に住むことができると信じたい。他人を親切に扱い、専制や抑圧に負けることはないとね。しかし、実際には、これは長い戦いで、変化は一夜にして起こるものではない。だからこそ俺は、より良い世界を作るために、時間、エネルギー、努力、時には命さえも犠牲にしてきたすべての人々に敬意を表したいんだ」
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH RAVENNA HUNT-HENDRIX OF LITURGY !!
“Life Has Been Unbelievably Better Since My Transition. Unfortunately The Politics Of Gender Are Becoming Increasingly Scary In the United States, But It’s Still Much Better To Be Living Out In The Open.”
DISC REVIEW “93696”
「男性から女性に移行してからの生活は信じられないほど良くなっているわ。 残念ながら、アメリカではジェンダーに対する政治的な圧力はますます恐ろしいものになってきているけど、それでも、オープンに生きている方が私はずっといいんだよ」
ブラック・メタルを哲学する革新者、LITURGYのハンター・ハント・ヘンドリクスは現在、ラヴェンナ・ハント・ヘンドリクスへとその名を変えています。
「私は女性よ。ずっとそうだった。様々な拒絶を恐れて明かせなかったの。私は女性として音楽家、神学者、詩人で、生まれるものは全て女性の心から。同時に男性として生まれたことを否定したくもないのよね」
長い間、女性の心を持つ男性として生きてきたラヴェンナにとって、トランスジェンダーの告白は非常に勇気のいるものでした。周りの目や差別、弾圧といった現実のプレッシャーをはねのけて、それでも彼女がカミング・アウトした理由は、自分の人生を、そして世界をより良くしたいから。彼女の理想とする天国であり想像の未来都市”Haelegen”実現のため、ラヴェンナの音楽は、魂は、いつしか抑圧を受ける少数派の祈りとなったブラック・メタルと共に、もう立ち止まることも、変化を恐れることもありません。
「ブラック・メタルはロックという枠組みとその楽器を使ってクラシックを作るものだと考えていたんだ。 みんながそう思っているわけではないけど、私にとってはそこが大きな魅力だから」
21世紀に入ってから、ブラック・メタルはメタルの多様性と寛容さを象徴するようなジャンルへと成長を遂げてきました。DEAFHEAVENの光、ALCESTの自然、SVALBARDの闘志、VIOLET COLDの願い、KRALLICEの異形、ZEAL&ARDORのルーツなど、ブラック・メタルが探求する世界は、新世紀の20年で膨大な広がりと深みを備えることになったのです。
そうしたブラック・メタルの領域においてラヴェンナは、作曲、芸術、哲学を共有する組織LITURGYを設立します。”トランセンデンタル・ブラック・メタル”、”超越的ブラック・メタル”と呼ばれるようになったLITURGYのアートはまさに超越的で、バンドに備わる審美と多様性を純粋に統合。神学、宗教、宇宙的な愛、終末論、性について探求しながら、息を呑むような壮大さで恍惚感を表現していきます。
ラヴェンナはこの場所でブラック・メタルの暗黒から歩みを進め、管楽器、アンサンブル、グリッチ、オペラ、時には日本の雅楽まで統合した唯一無二の音楽性を追求し、変化を恐れない彼女のポジティブな哲学を体現しています。その知性の煌めきと実験性は、”ヘヴィネスの再定義”につながっていきました。つまりラヴェンナは、”重さ”を神聖なもの、物語や哲学への触媒として使用することにしたのです。その方法論として彼女は、メタルと前衛的なクラシック音楽の間のスペース、危険な境界線を常に探っています。
「”93696″は”Origin of the Alimonies”のようにオペラやクラシックを想起させる緻密な構成だけど、どちらかというとロックのような安定したグルーヴがある。だから、両方のジャンルが持つすべてを提供できるような作品になればいい」
神の実在について瞑想し、LITURGYのメタル・サイドにフォーカスした”H.A.Q.Q.”と、世界の創造と人類の堕落をクラシック/オペラの音楽言語で表現した”Origin of the Alimonies”。そして、謎の数字を冠した本作”93696″は、その2枚のアルバムのまさにハイブリッドにも思える現行LITURGYの表裏一体。驚くべきことに、ハードコア・パンクの衝動まで帯電した2枚組の巨編は、LITURGYの集大成でありながら、未来をも見つめています。
「バンドの一体感が欲しかったのよ。だから、今回はよりライブに近い音で録りたいと思ったの。もともとこのバンドのバック・グラウンドがパンクだったということもあるんだけど、アルバム自体がこうしたライブ感で作られることが最近非常に少なくなってきているからね」
そうしてラヴェンナによる”ヘヴィネスの再定義”はここに一つの完成を見ます。”93696″には、おそらくこれまでのLITURGYに欠けていた最後のピース、”人間味”、バンドらしさが溢れています。ただ実験を繰り返すだけでは、ただメタルとクラシックをかけあわせるだけではたどり着けない境地がここにはあります。逆に言えば、だからこそラヴェンナは今回、ハードコア・パンクの衝動を必要とし、デジタルからあのスティーヴ・アルビニの手によるアナログの録音に戻したのかもしれません。
例えば、タイトル・トラック”93696″は、LITURGYのトレードマークである複雑かつプログレッシブなリズムとは対極にあって、ダイナミクスの揺らぎや反復の美学で神聖と恍惚を表現。レオ・ディドコフスキーの叩き出す千変万化で獰猛なグルーヴは、ティア・ヴィンセント・クラークの轟音ベースへと感染し、ラヴェンナのメロディズムと雄弁なハーモニーを奏でます。”ポスト・アポカリプス”を紡ぐLITURGYのサウンドは、あるいはもう、ブラック・メタルというよりもISISやCULT OF LUNAの指標する”ポスト・メタル”に近い音像と言えるのかもしれませんね。そしてその一体感は、さながら人の”和”こそが人類の未来であることを示しているようにも思えます。
とはいえ、もちろんこれはLITURGYの作品です。緻密で細部まで作り込まれたニュアンス豊かな楽曲と、想像力豊かなリリックには驚きが満ち溢れています。弦楽器、聖歌隊、フルート、ホルン、ベルを用いて崇高さの高みへと舞い上がる前衛的グリッチ・メタリック・クラシック”Djennaration”を筆頭に、あらゆる楽器、あらゆるジャンルから心に響く美しさを抽出するラヴェンナの才能は健在。そうして彼女は、探求の先にある未知なるものへの寛容さと未来への希望を、自らの作品で祝福してみせたのです。表裏一体から三位一体への大きな進歩。さて、人類はラヴェンナとLITURGYが想望する”天国”へとたどり着くことはできるのでしょうか?
「これは終末的なアルバムよ。そのほとんどは2020年に構築されたものだから、あの年に起こったことすべてがこの作品に影響を与えている。でもね、最終的には希望があるの。最近の世界を見ているとありえないことかもしれないけど…人類の歴史に対するポジティブな未来への憧れがね」
“We Are a Black Metal Band, But Worry Not, We Are Anarchists And Antifascists. We Still Want To Be Part Of This Community.”
TO KNOW THE LIGHT
リーズのステーションハウスは、かつて警察署でした。そのため、今でも警察官と話すためにドアをノックする人が後を絶たないほどです。レコーディング・スタジオとして再利用された多くの古い建物と同様に、この場所の特徴は、新しい機能とうまくクロスオーバーしています。The Stationhouse の場合、いくつかの小部屋が、バンドがギターアンプを置いたり、ボーカルを録音したりするためのアイソレーション・ブースになっています。
Fabian Devlin は、「あの部屋は昔の留置場だったんだろうね」と言います。「僕らからするとかつての卑劣な場所でレコーディングして、今はクリエイティブになれる場所、警察を解体するアイデアを探求できる場所になっているというのは、ちょっと不思議な感じだったね」
Fabien と彼のバンド DAWN RAY’D がかつての警察署で録音した曲は、バンドのサードアルバム “To Know The Light” のオープニング・トラック “The Battle Of Sudden Flame” でした。この曲は、 “豚野郎が何もないのに子供を虐待した” 後に子供の父親が炎で反撃する物語。歌詞によると “分断の間違った側に生まれた” 警官の話。この曲は、レコーディングされた場所で行われていた “ビジネス” に対する考えが明確であり、特に「給料をもらっていた警官たちははみんなくたばれ” という宣言に、彼らの思いが込められています。
バンドのシンガー兼バイオリニストの Simon Barr がこの楽曲を微笑みながら紐解きます。
「そこには素敵なメタファーがあると思うんだ」
すでに DAWN RAY’D に目をつけている人たちにとって、こうした過激さは驚きではないでしょう。2015年に “A Thorn, A Blight EP” で登場して以来、リバプールを拠点とするブラックメタル・トリオ Simon、ギターの Fabian、ドラマーの Matthew は今や、政治的な事柄を扱うバンドの代名詞となり、イギリスのメタル・アンダーグラウンドの新星となっているのですから。”To Know The Light” のリリースを控えた彼らは、その音楽の質と発言力の両方において、英国エクストリーム・ミュージック界で最も話題のバンドのひとつとなっています。
DAWN RAY’D は警察が嫌いで、反ファシスト。資本主義はあらゆる戦争と同じくらい破壊的だと考えています。選挙は結局のところ良い方向にはあまり向かわないという思想から、投票参加しません。王室について彼らがどう考えているかは想像がつくでしょう。つまり、DAWN RAY’D は、最も基本的なレベルでの人権、コミュニティ、平等、自分自身と隣人のために周りの世界をより良くすることとそのための努力のみを信じているのです。彼らは、一度や二度ではなく、何度でも、誇りを持ってアナーキズムを実践していきます。
「アナーキズムとはギリシャ語で “指導者のいない人々” を意味する “anarcho” から来ている」と Simon は説明します。「世界で起こっていることを外から見てみると、とにかくすべてが混沌としているよな。資本主義のもとでは、世界は滅びつつある。これほどカオスな世界はないだろう。僕にとってアナーキーとは、矛盾しているようだけど、秩序、協力、組織、そしてもっと全体的な生き方を意味しているんだ」
Fabian が付け加えます。
「他の誰にも悪い影響を与えない限り、誰もが自分にとって正しい生き方をする権利を持っている。そして、それを少し拡大すると、自分が生きたいように生きられるだけでなく、他の人たちが生きたいように生きられるようにベストを尽くすべきなんだよな。人は皆喜びと幸福に満ちた人生を送るべきで、できるだけ多くの苦労を取り除くべきなんだよ」
煽情的なオープニングと、より激しい音楽的な衝動が示すように、”To Know The Light” は政治的な怒りと同じくらい個人的なテーマを扱ったレコードです。Simon は、人はスローガンに惑わされることなく、最終的なゴールを自身が生きるに値する人生であると認識することだと定めています。それが結局は、すべての人のためになると信じて。
「COVIDでは、アナーコ・ニヒリズムに傾倒したんだ」と Simon は言います。「環境は破壊され、すべてが最悪で、革命も起きないかもしれない。しかし、ただ諦めて人間嫌いや絶望に屈するべきじゃない。酷い現実に対処する方法は、とにかく抵抗すること。抵抗のために抵抗し、尊厳と喜びを見出すことなんだ。それは、この世界が何であるかを見つけ、受け入れ、続けることにつながるからね」
実際、”To Know The Light” は、様々な意味で彼らのこれまでの作品とは一線を画しています。政治的な側面は変わりませんが、以前よりも個人的な傾向を帯びていて、怒りから絶望、そして周囲の闇を根本的に受け入れ、解放と喜びという新たな理解に至るまで、アナーコ・ニヒリズムの旅を辿るような歌詞になっているのです。テーマとなる内容の多くは、怒りと抵抗に根ざしていますが、ポジティブな要素も随所に見受けられます。
DAWN RAY’D はフォーク・ミュージックを、労働者階級の人々の傷や虐待、実生活の物語を記録する方法として定義し、他の方法ではアクセスできないような情報を広める方法と目しています。だからこそ、サウンド面でも彼らは伝統的なフォーク・ミュージックの要素を自分たちの音楽に取り入れていて、特に “Requital” や “Freedom in Retrograde” などの曲ではハーモニーやレイヤーにその傾向が見られます。
アルバムのジャケットは、デモの火の前でシルエットになった人物。”To Know The Light” は、単なる叫びではなく、新しい世界の見方を提示する誠実な作品だと彼らは考えてほしいのです。
「労働者が自分たちの人生を語ることができる方法のひとつがフォーク・ミュージックだ。労働争議、革命家の人生、そして権力者が我々に対して行うあらゆる虐待を記録している。過去と現在の間に隔たりはなく、これは最善の方法で語られる真実の物語なのだ。フォーク・ミュージックは “アコースティック” の代名詞ではなく、僕たちの実際の生活の音楽であり、苦労の結晶なんだ。
女性を残酷に扱い、貧しい人々を苦しめ、有色人種を平気で殺し、虐待する金持ちをかばい、反対意見を押しつぶすような組織を憎むことは議論の余地がなく正しい。警察への反対を正当化する必要はない。それは警察を支持する人たちの責任だ」
最近、英国ではもっぱら、最高権力者の金銭スキャンダル、警察での性的暴行、行方不明の移民の子供たち、不法滞在を許さないと下院で叫ぶ現職議員(Fabian は政治の中心にある “残酷さ” を強調するだけだと言う)、給与と条件についてストライキに入った疲れ切った病院スタッフを非難する政治家など、下水のようなニュースが垂れ流されています。
「絶望の中に身を置くのは簡単だ」と Fabian は言います。「このアルバムのテーマのひとつは、絶望を受け入れ、そこに寄り添い、絶望を通過し、でも絶望感を麻痺してしまわないようにすること。絶望に打ちのめされず、そこから喜びを見いだすべきなんだ。それがアナーキズムなんだよ」
当初、DAWN RAY’D はここまで政治的なことをやるつもりはありませんでした。3人はスクリーモのバンド We Came Out Like Tigers で一緒に演奏し始めましたが、このバンドには政治的な傾向があり、政治活動家が運営するスクワットで、同じような考えのバンドとよく演奏していました。このバンドが終わると、彼らは DAWN RAY’D(19世紀のアナーキスト作家 Voltairine de Cleyre の詩から取った名前)を結成し、Simon の不思議なほど効果的なヴァイオリンをトップに、新しい、ブラックメタルの道を歩み始めたのです。政治的な内容は、ブラックメタルとの関係性により、より顕著になりました。
「ヨーロッパ本土では、ブラックメタルは危険な領域だった。ヨーロッパのスクワットでは、国家社会主義とのつながりのせいで、人々はブラックメタルをチラシに載せないんだ。どのシーンでも同じだよ。極右はとっくの昔に文化利用の重要性に気づいていたんだ。ブラックメタルでも全く同じことが起こった。ノルウェーの数人のティーンエイジャーが、物議をかもすために卍を使い、実際のナチスに食い物にされた。だけど、パンク、スカ、テクノ、民族音楽でそうした連中が処分されたように、このシーンのチンカス連中も追放されるはずさ」と Simon は言います。「だから、俺たちは最初から、”俺たちはブラックメタル・バンドだけど、心配するな、俺たちはアナーキストで反ファシストだ、俺たちはまだこのコミュニティの一員でありたいんだ” とはっきり言わなければならなかったんだ」
続けて、ブラックメタルとアナーキズムの親和性について語ります。
「たしかに、ブラックメタルは伝統的にアナーキストと考えられているシーンではないと思うけど、革命、野性、自由、権威への憎悪といった考え方は、ブラックメタルの文脈の中ですべて納得がいくものなんだ。かつて、ブラックメタルがアナーキズムと相容れないものであったとしても、今は相容れるということだよ(笑)。
ネオナチはソーシャルメディアのコメント欄で僕たちに文句を言うけど、僕たちは右翼的なものを削除するのがとても上手で、彼らはライブで僕らに何か言う勇気はないんだ。それに、僕たちの発言には信じられないようなサポートがある。演奏するすべてのショーでこうしたアイデアについて話し、大きな募金活動を何度も行い、出来うる限り声を上げる僕らを人々評価してくれているようだから。僕たちが受ける憎しみは、僕たちが得るサポートによって圧倒的に覆い隠されるのだよ」
つまり、ブラックメタルは音楽的にも、哲学的にも、革命の最中にあります。
「PANOPTICON や ISKARA のようなバンドが道を切り開き、アナーキズムがこのジャンルにさらに踏み込んでいけるような新しい波が来ているように感じるね。
それに、時代の流れでもある。僕たちは絶望的な時代に生きていて、恐ろしい未来に直面している。どんな政治家も決して何かを解決することはできず、僕たちが信頼できるのは自分自身と自分たちのコミュニティだけだということが、これほどはっきりしたことはないだろうから。僕は、今、音楽を含む人生のあらゆる部分に革命への飢えがあると思っていてね。
ブラックメタルはアナーキズムにとても適している。僕は教会が嫌いだ。白人のキリスト教の礼節が嫌いだ。カトリック帝国の犯罪が嫌いだ。それらの建物が燃えても涙を流さない。メタルの右翼は、実は白人のキリスト教的価値観を支持している。それは、我々アナーキストよりもブラックメタルから分離しているように感じるね」
彼らの精神的ルーツは、MAYHEM や EMPEROR よりも、CRASS や CHUMBAWAMBA のアナーコパンクに近いと言えるのかもしれません。しかし、かえってその折衷性が、このリバプールのバンドのメッセージと影響力を高めています。
「パンクのショーでは僕らはメタル・バンドで一部の人には重すぎるし、ブラックメタルのショーでは政治的すぎて少し面食らう人もいるけど、それを楽しんでくれる人は必ずいる」と Simon は説明します。「そういうやり方が好きなんだ。僕たちは、本当に様々なフェスに出演してきた。マンチェスターで行われた反ファシストのフェスティバルに出演したんだけど、ヘヴィなバンドは僕らだけで、ラッパーやDJが出演していたよ」
逆に言えば、”真の” ブラックメタルでないことが、DAWN RAY’D のアイデンティティだと Simon は言います。MY DYING BRIDE を手がけた Mark Mynett の起用もその恩恵の一つ。
「僕たちに対する批判は、”真の” ブラックメタル・バンドではないというものが多かった。なぜなら、僕たちは反ファシストでありアナーキストだから。でも、”真の” ブラックメタル・バンドでなければならないというプレッシャーも感じていた。ブラックメタルはこうあるべきという他の人たちの考えに訴えかけようとしていたのかもしれない。このアルバムでは、それに逆らうような形で、自分たちの言葉で本当に演奏したいレコードを作ったんだ。ブラックメタルがどうあるべきかではなく、DAWN RAY’D がどうあるべきかでね。より親しみやすくメロディック。狂気のシンセサイザー、クリーン・ボーカル、ハーモニーを強調したアカペラ・ソング、そして大聖堂のパイプ・オルガン…”グロッシー” とでも言うべきだろうか。今回のアルバムは全く違うんだ。このレコードはとても違っていて、より多くの努力と時間とお金をつぎ込んでいるんだ」
“It’s Something I Need To Remind Myself Of Daily. That It Wasn’t My Fault And That All The Shame And Guilt That I Felt Shouldn’t Be Mine. But Should Be Felt By The Perpetrator.”
DISC REVIEW “THIS SHAME SHOULD NOT BE MINE”
「私たちの歌詞は、いつも現実をテーマにしているの。実際の現実のことを書けるのに、ファンタジー的な暗さや悪のような題材を探す衝動に駆られないんだ。それが、私たちの音楽の、辛辣で時に直接的なサウンドにぴったりだと思うのよ」
辛く抑圧的な現実からの逃避場所。目の前の痛みを忘れられるファンタジー。ヘヴィ・メタルがそうして、多くの人の心を癒し救っているのはまちがいありません。バンドの義務は演奏と作曲で、政治的発言や不快な真実を突きつける必要はないと考える人も多いでしょう。それでも、メッセージのあるバンドは、現実と向き合うアーティストは時に、人の心を激しく揺さぶり、音と言論の組み合わせが超常現象を引き起こすことを証明します。オランダの GGGOLDDD がヘヴィ・メタルに込めたメッセージはただ一つ、”合意のない性交をするな!”
「”この罪悪感は私のものじゃない”。それは私が毎日自分に言い聞かせるべきことでもあるの。レイプの被害を受けたのは私のせいではない。私が感じたすべての恥や罪悪感は、私のものであってはならないということをね。それは加害者が感じるべきものなのよ」
GGGOLDDD のメッセージは、痛々しい実体験に基づいています。バンドのフロントを務める Milena Eva は19歳のときにレイプされ、17年間も羞恥心と罪悪感を持ち続けてきました。
それは、彼女がバンドで作る音楽にも時折反映され、波状的に表面化しながらも、決して沸騰することはありませんでした。しかし、パンデミックの停滞期に時間を持て余し、思考が巡る中で彼女のトラウマは完全に噴出し、それが “This Shame Should Not Be Mine” 制作の原動力となったのです。このアルバムは、ただ被害者意識に浸るのではなく、むしろ背筋を伸ばし、身をもって罪の意識を感じさせるほど激しい怒りと非難を秘めることになりました。
「アルバムを書くことが必ずしもセラピーとは言えないと思うけど、そうすることでカタルシスを感じ、あの出来事と真剣に向かい合うことはできた。どちらもセラピーの説明として使える言葉だとは思うのよ。自分があの出来事をどう感じ、何を経験してきたかを言葉にする助けにはなったのよね」
メタルにおいて歌詞はしばしば後回しにされがちですが、”This Shame Should Not Be Mine” では歌詞を素通りすることはできません。性的暴行。そのトラウマを背負った羞恥と罪の意識の人生にスポットライトを当て、婉曲や比喩で和らげることはありません。”Spring”では、死んだようなモノトーンの目で “臭いを消してほしい/皮膚が剥がれるまでシャワーを浴びたい” とつぶやき、”Strawberry Supper” では “オマエは私を太陽と呼び、私を引き裂いた” とレイプ犯に直接語りかけます。そして、”Notes on How to Trust “では、同じ苦痛を再び経験するリスクを冒さず、どうすれば他人にに心を開くことができるかを考えていきます。
音楽を通してトラウマに対処し、トラウマを曲作りに反映させる。LINGUA IGNOTA は、この点で GGGOLDDD の良き理解者でしょう。しかし、これほどまでに荒々しく、直接的な方法でトラウマを扱っているバンドはほとんどなく、Milena の歌詞は詩というよりも、棘の鞭や鋭いナイフのような物理攻撃に特化した武器にも思えます。
この容赦のない怒りの津波は、オルタナティブ、インダストリアル、ブラック・メタルの境界で嘶くその音楽にも反映されています。そしてこの荒涼としたテーマの完璧な背景となりながら、メロディックなフックと反復の魔法によって、このアルバムは頭にこびりつくような麻薬にも似た中毒性を帯びていきます。
もちろん、”This Shame Should Not Be Mine” は、楽しいアルバムではありません。万人受けするようなアルバムでもないでしょう。ただ GGGOLDDD は、近年のメタルらしい不協和音や異質な曲の構成によってではなく、楽曲を難解にしないことによって、アクセスを容易にすることによって、むしろ意図的に不快感を与えているのです。恥や罪、痛みや長い苦しみを加害者の胸の奥に深く、永遠に刻み込むかのように。
今回弊誌では、GGGOLDDD にインタビューを行うことができました。「鎧のコンセプトは、”This Shame Should Not Be Mine” の内容を可視化することだった。この鎧は、私たちがいつも持ち歩いているもの。そして、自分と他者との間に残る、盾のような境界線」 日本の至宝、MONO とのツアーも決定!どうぞ!!