EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDY MARSHALL OF SAOR !!
“When People Listen To SAOR, I Want Them To Close Their Eyes And Be Transported Somewhere Else―Away From Their Worries, Even If Just For a Little While. Music Has That Power, And I Think That’s What Makes It So Special.”
DISC REVIEW “ADMIST THE RUINS”
「メタルには生の激しさがあり、伝統的な民族音楽と見事に調和するパワーがある。民族音楽は魂に語りかけるもので、歴史や感情、土地との深いつながりを運んでくる。それとメタルのヘヴィネスとエネルギーとを組み合わせると、重厚で深い感動が生まれる。自然な融合だよ」
ブラックメタルが根付いた土地の文化や自然を愛する営みは、今やメタル世界において最も純粋さが感じられる尊い瞬間のひとつ。その老舗であり盟主、SAOR の中の人 Andy Marshall は世界屈指のフォーク/ブラックメタル・アーティストであり、スコットランドの計り知れない美しさと民俗文化に誰よりも思いを馳せ、愛情を注ぎながらその音楽を書いています。そう、ヘヴィ・メタルも伝統音楽も、魂に語りかける歴史と感情の音楽。だからこそ両者は、純粋に、そして外連見なく溶け合います。
「僕はいつもスコットランドの歴史に魅了されてきたんだ。”グレンコーの虐殺” は、僕たちの過去において最も暗く悲劇的な瞬間のひとつだった。僕は自分の音楽でスコットランドの歴史の異なる時代を探求していくのが好きなのだけど、当時は、この特殊なストーリーがとても心に響いたんだよね」
“Amidst the Ruins” “廃墟の中で” と題された SAOR 6枚目のアルバムは、ここ数作で少し霞んでいたスコットランドの自然、荒涼とした高地、艶やかな湖、霧に覆われた渓谷が再びまざまざと眼下に広がる作品に仕上がりました。壮大でプログレッシブ。伝統楽器とディストーションがドラマチックに勇躍する旋律の重厚舞踏。
ブラックメタルの激しさとケルト民謡のメロディーの壮大な融合はそうして、ハイランドの歴史に生命を吹き込んでいきます。 カレドニアの精神に導かれ、SAOR の音楽は故郷の古代の物語と響き合い、時を超えます。哀愁漂う廃墟と自然の中で SAOR の奏でる音魂は、人間の裏切りから森がささやく秘め事まで、時代を超越した風景と人類の業を風化した幽玄なる渓谷から蘇らせていくのです。
インタビューの中で Andy は、歳をとるにつれて政治に関心がなくなってきた、暴力や欺瞞が蔓延る暗い現代よりも自分の音楽に集中したいと語っています。実際、スコットランドの独立を願っていた以前よりも肩の力が抜けて、スコットランドの美点へとよりフォーカスした作品はそんな考え方の変化を反映しているようにも感じます。
ただし、そうした変化の中でも Andy は、荘厳にして深淵、一際悲哀を誘う “Glen of Sorrow” で “グレンコーの虐殺” を取りあげました。これは17世紀にイングランド政府が手引きして起こった、スコットランド、グレンコーの罪なき村人たちが殺戮された忌まわしき事件。この一件により、スコットランドとイングランドはより険悪な関係となり、その余韻は300年を経た今でも少なからず続いています。ハイランドの嘆きの谷。そこに巣食う亡霊は今の世界を見て何を思うのでしょうか?きっと、Andy Marshall はそんな問いかけをこの美しくも悲しい暗がりで世界に発しているのではないでしょうか?
今回弊誌では、Andy Marshall にインタビューを行うことができました。
「僕はメタルだけじゃなく、すべての音楽は、ある意味で逃避場所になりうると思う。人々がSAORを聴くとき、目を閉じてどこか他の場所へ…ほんの少しの間でも悩みから遠ざかってほしい。音楽にはそういう力がある。それが音楽を特別なものにしていると思う」それでも、私たちにはヘヴィ・メタルがある。二度目の登場。 どうぞ!!
“We Had This Inspiration- What If All These Master Composers Were Alive Today, Having Access To The Technology And All The Musical Capacity Of Everything We Have Today, How Would It Sound?”
DISC REVIEW “ON SHOULDERS OF GIANTS”
「もし、現代音楽の巨匠、作曲家たちが今に生きていて、現代のテクノロジーとあらゆる音楽的能力を利用できるとしたら、どんなサウンドになるだろうか?それは素晴らしい創造的な挑戦であり、僕たちにインスピレーションを与えてくれる音楽の巨匠たちに謙虚な敬意を払う機会でもあったんだ」
ヘヴィ・メタルとクラシック音楽は、RAINBOW, SCORPIONS や Yngwie Malmsteen が証明するように、太古の昔から美しきアマルガムを演じてきました。荘厳かつ影のあるネオ・クラシカルな旋律と、メタルのダークな重さは実に相性が良く、そのマリアージュは今やメタルの顔と言っても過言ではないでしょう。
一方で、アヴァンギャルドかつ多様な20世紀以降のクラシック、現代音楽とメタルの融合はあまり進んでこなかったというのが実情でしょう。もちろん、例えば SYMPHONY X のように現代音楽まで踏み込んで咀嚼するバンドは少なからず存在しますが、それ相応の音楽知識と好奇心、挑戦心を兼ね備えたアーティストは決して多くはないのです。SEVENTH STATION はそんな状況に風穴を開けていきます。
「DREAM THEATER と一緒にステージに立つという生涯の夢が、Jordan とのつながりの直後、このレコードで実現した。僕の音楽的マインドを解放してくれた最も影響力のあるヒーローたちと一緒に演奏するという信じられないような特権を得たし、このクレイジーな夢に50人もの才能あるバークリーの友人たちを招待することができた。DREAM THEATER のライブ・レコーディングに指揮者兼アレンジャーとして参加したことは、今でも思い出すとゾクゾクする」
そうした前代未聞を実現したのは、労力と時間をかけた学びの力でした。SEVENTH STATION は、スロベニア、トルコ、イスラエルを拠点とする多国籍プログレッシブ・エクスペリメンタル・メタル・バンド。エルサレムの音楽アカデミーとボストンのバークリー音楽大学の間で結成された彼らの “学びの力” “学びへの意欲” は多くの音楽家を凌駕しています。だからこそ、鍵盤奏者でプログラマーの Eren Başbuğ はあの Jordan Rudess の愛弟子となることができました。DREAM THEATER のオーケストレーションも担当。そうして彼らは常に高い到達点を目指し、感情的に複雑で巧みな芸術を追求し、アルバムごとにプログレッシブ・ミュージックがあるべきビジョンに向かって前進しているのです。
「美的にも芸術的にも、20世紀初頭に憧れがあるのは間違いない。テクノロジーが未熟だった時代にね。現代人がいつでも誰でもすぐに情報にアクセスできるようになったことで、多くの謎や心の余裕が失われてしまった。そのミステリーとマインドフルネスには、世界と互いについて常に好奇心を持ち、夢を見続けるという、人と人との表現とつながりという意味があった」
そんなSEVENTH STATION が理想とするのが、まだテクノロジーが未熟で、だからこそそこに謎や驚き、意外性が存在した20世紀初頭。ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、ヴォーン・ウィリアムズにモノトーンの無声映画。彼らはそうした古き良き時代にあった驚き、不確実性、不調和、シュールレアリズム、そして実験精神をヘヴィ・メタルで見事現代に甦らせました。木琴も彼らの手にかかれば立派なメタル楽器。異端児や歌舞伎者の魂は、決して一朝一夕、インスタントに貫くことなどできないのです。
今回弊誌では、SEVENTH STATION にインタビューを行うことができました。
「”Nagasaki Kisses” は、ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第6番の第1楽章を僕たちが再構築したもの。多くの学者やリスナーは、ヴォーン・ウィリアムズの交響曲第6番、特にその第1楽章は、第二次世界大戦の暗い感情の余波を反映していると推測しているんだ。ヴォーン・ウィリアムズが交響曲第6番を作曲したのは戦後の数年間で、世界中が原爆戦争の悲惨な結末と、紛争が残した深い傷跡と格闘していた時期だった。暗く、陰鬱で、時に不穏な雰囲気を持つこの交響曲の陰鬱な曲調は、この破滅的な出来事から生じた「死」「絶望」「喪失」の感情と一致しているよ」 どうぞ!!
Dmitri Alperovich – Electric and Acoustic Guitars
Eren Başbuğ – Keyboards, Editing, Programming
Davidavi (Vidi) Dolev – Vocals [2, 4, 5]
Alexy Polyanski – Bass Guitars
Grega Plamberger – Drums, Marimba [3], Percussion
“I Distinctly Remember Staring At My Boombox In Disbelief While Hearing Blackwater Park For The First Time, Learning That It Was Possible To Combine Such Beauty With Such Brutality So Seamlessly, And I Have Been Drawn To Attempting To Achieve That Myself Ever Since.”
DISC REVIEW “TEMPORA MUTANTUR”
「”Eidolon” は、僕の心の中で特別な位置を占めているのは確かだよ。Ryan が亡くなったとき、僕はバンドを続けるかどうかでずいぶん悩んだんだ。当時はまだスタジオ・プロジェクトで、僕たち2人が中心となって必死に取り組んでいたからね。だから、彼なしで続けるべきかどうか、あるいは続けることができるのかどうかさえも疑問に思った。言うまでもなく、僕は子供の頃からの親友の一人の死と向き合っていた。 そのとき、僕のその悲嘆の過程についてアルバムを書くというアイデアが閃いた。それは強く、力強く、感情的で、そう、彼の思い出を称えるものになると思った」
ヘヴィ・メタルは聴くものの痛み、悲しみ、孤独を優しく抱きしめる音楽です。そのメタルに宿る並外れた包容力と湧き出でる回復力の源泉は、きっと音楽を生み出す者もまた喪失や痛みを抱えた経験があるからに他なりません。
カリフォルニア州サクラメントを拠点とする LUNAR は、長年の友人である Alex Bosson(ドラムス/パーカッション)と Ryan Erwin(ギター/ヴォーカル)が2013年に結成したプログレッシブ・メタル・バンドでした。しかし、2018年の春に Ryan が突然他界。Alex は悲しみに暮れ、一時は LUNAR を終わらせることも考えましたが、Ryan の遺志を継ぎ、Ryan の偉業と思い出を称えるためにバンドの存続を決意しました。
「このリストは、僕の意見では、この世に存在する偉大なバンドやミュージシャンばかりだ。 また、僕が個人的に尊敬し、ファンであるバンドばかりだ。 だから、彼らの組み合わせと言われるのはとても名誉なことなんだ。 それに、僕にとってプログはすでに音楽全般の “るつぼ” なんだ。 だから、メルティング・ポットのメルティング・ポットになることは、僕にとって本当にクールなことなんだよ」
CALIGULA’S HORSE や WILDRUN のオペラ的な部分、HAKEN のトラディショナルでメロディアスな部分、TOOL や THANK YOU SCIENTIST の数学的な部分、BETWEEN THE BURIED AND ME の超絶テクニカルな部分、そのすべてを飲み込んだプログというメルティング・ポットの “メルティング・ポット”。そんな LUNAR の音楽を Ryan なしで再現するために Alex はまさにそうした敬愛するヒーローたちの力を借ります。
HAKEN, CALIGULA’S HORSE, LEPROUS, THANK YOU SCIENTIST, FALLUJAH…Ryan の思い出と共に人間の生と死を描いた “Eidolon” はそうして、メタルの包容力と回復力に魅せられた18人のゲストミュージシャンからなる一時間超の壮大なプログ・シアターとして多くの人の心を震わせたのです。
「OPETH の “Blackwater Park” を初めて聴いたとき、信じられない思いでラジカセを見つめたのをはっきりと覚えている。あのような美しさと残忍さをシームレスに融合させることが可能なのだと知り、それ以来、自分もそれを達成しようとすることに惹かれるようになった」
親友の死をも乗り越え、Alex がメタルを諦めなかったことで LUNAR は始祖 OPETH の血を受け継ぎながらも、よりシアトリカルでより多様なプログ・メタルの構築に成功します。もちろん、OPETH が生み出した美と残忍のコントラストはもはやプログ・メタル全体の基盤となっていますが、LUNAR はその場所にマス、オペラ、Djent といった新たな血脈、WILDRUN, CALIGULA’S HORSE, THANK YOU SCIENTIST の人脈を加え、そこにかの Peter Gabriel を想起させるプログレッシブ・ドラマを投影していきます。人生を四季に例えた “Tempora Mutantur” は、そうしてまさにプログすべての季節をも内包することとなったのです。
今回弊誌では、Alex Bosson にインタビューを行うことができました。「DREAM THEATER や GOJIRA のようなバンドがグラミー賞を受賞したことは、この音楽に対する世間の認識の変化をすでに示している。 今後もそうなることを願っているよ。
ただ、僕の考えでは、プログは常にミュージシャンのための音楽だ。 万人受けする音楽ではないよ。 ほとんどの人はシンプルな音楽を楽しんでいて、それはそれでいいんだけど、僕らがやっていることは一般的にもっと複雑なんだ」どうぞ!!
COVER STORY : DEATH “SYMBOLIC” 30TH ANNIVERSARY !!
“I Feel, As a Fan, Not Even As a Musician, But As a Metal Fan, That I -Do- Have a Responsibility To Keep Metal Going And Alive And Do Whatever I Can Do.”
SYMBOLIC
Chuck Schuldiner は、脳腫瘍との闘病の末、2001年に他界しました。しかし、デスメタルのゴッド・ファーザーとして知られる彼の音楽的才能と革新的なビジョンは、メタルヘッズの心に永遠に残るでしょう。
物静かで物腰が柔らかく、動物も人間もこよなく愛する Chuck は、その死から四半世紀を経た今でもデスメタルの革新者として称賛され続けています。実際彼が残したもの、特に DEATH の後半においては、通常このジャンルによくある攻撃的で暴力的なテーマとは対照的でした。チャーミングで茶目っ気たっぷりのフロントマンは、しばしば同業者の悪魔的なイメージを否定し、インタビューでは子猫の飾りがついたシャツを着るほどでした。彼は最終的に、象徴的な DEATH のロゴのデザインを変更し、オリジナルの逆十字架を排除して、宗教的(または神聖な)慣習から自身を切り離しまでしたのですから。
加えて今日、私たちはエクストリーム・メタルの話題にプログレッシブな音楽性やアティテュードを取り入れることを当然と感じていますが、20数年前のアンダーグラウンドはそうではありませんでした。CANNIVAL CORPSE のようなバンドが “Orgasm Through Torture” のようなトラックで名を馳せていた一方で、Chuck のような穏やかな人物が、リリックを通して無毒な男性性を模範的に示すことは、純粋に先進的だったのです。
同時代のアーティストと比べると、Chuck には必ずしも典型的なデスメタルのネタではない歌詞で社会問題に取り組む意識がありました。”Spiritual Healing” の “Altering The Future” では、中絶といういまだに議論されているトピックを取り上げました。
「もし僕が女性だったら、子供を産むか産まないかの選択をしたいと思うに違いない。アメリカでは、多くの新生児が望まれなかったために殺されている。女性が妊娠に気づき、子供を望まない場合は、すぐに中絶を選んだほうが救われるんだ」
“Scream Bloody Gore” のホラーへの偏執から、後の作品で見せた超越的なスタイルへの進化。しかし初期においてさえ、”Zombi Ritual” のような曲で彼は哲学的な傾向を示していました。苛烈な慟哭の中の自虐の悪夢、そして暗い誘惑。ゾンビの呪われたゴブレットから酒を飲むことに投影された淫らな憧れ。Chuck は最初から教えてくれていました。人間の意識は渦巻き、暗く、複雑で、それを響かせる音を求める者もいるのだと。
「僕たちは皆、死に魅了され、怖れを抱き、自分が死んだ後に一体何が起こるのか誰もわからない。できることなら永遠に生きていたいよね」
音楽的にも、哲学的にも、典型的なデスメタルから完全に脱皮を果たし、Chuck が望んだ “不老不死” をメタル世界で実現したアルバムこそ、今から30年前にリリースされた “Symbolic” でした。本作は間違いなくChuck と彼のアンサンブルの、いや数あるヘヴィ・メタル作品の中でも最高傑作だと言えるでしょう。そして、30年の月日を経てもいささかも色褪せることのないその魅力。
90年代初頭から中盤にかけては、グランジの台頭によりメタルの多様化が始まり、モダン・メタルの基礎を作り上げた競争の時期でした。特に1995年は、革命的なアルバムの当たり年で、CARCASS の “Heartwork” が50万枚、PAPADISE LOST の “Draconian Times” が30万枚、AT THE GATES の “Slaughter of the Soul” が20万枚を売り上げる中、ロードランナーに移籍を果たした DEATH の “Symbolic” は25万枚を売り上げ名実ともに新時代のメタルを牽引する存在となりました。
明らかに “Symbolic” は、初期の作品 “Leprosy” や “Scream Bloody Gore” の狂気と、プログレッシブな “Human” や “Individual Thought Patterns” の技巧に、研ぎ澄まされた旋律の美しさを組み合わせた新たなステップでした。”Spiritual Healing” から始まった進化の息吹は、”Symbolic” において絶対的な完成度に達したのです。
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH RON “BUMBLEFOOT” THAL !!
“I Always Loved To Learn, Explore, Experiment…I Love Astronomy, Science, Physics… The Things I Love, The Way I Feel, The Way I Live, This Is What Comes Out In My Music.”
DISC REVIEW “…RETURNS!”
「あの作品はシュラプネル・レコードにとっては異質なものだったけど、僕にとってはごく普通のものだった。 フィルターを通さず、不完全で、若く、無邪気で、とても正直で、自分が何者であるかをありのままに表現したものだったんだ。レコーディングとミックスのためのツールは生々しく、洗練されていなくて、でもそれがアルバムの個性に拍車をかけている! もちろん、アートワークも!だから、何も変えたくないんだ。人生のある時期の一人の人間の写真集のようなものだよ。全ての瞬間は僕たちにとって一度しかないからね」
“The Adventures of Bumblefoot”。今からちょうど30年前、1995年のこのレコードと、”Bumblefoot” “趾瘤症” という猛禽類の足の病気を名乗るギタリストの登場はあまりにも衝撃的でした。楽曲名はすべて動物の病気の名前。足やチーズを模した異様なギター。そして、ギター世界の常識である24フレット以上のハイフレットを操り、時にはフレットレスまで駆使した超常的サウンド。指抜きなどのトリッキーな技も冴え渡り、複雑怪奇に入り組んでファストなフレーズが絡み合うその楽曲群は、ギター虎の穴シュラプネルにおいてもあまりに異質だったのです。
革命児のそんな評判は瞬く間に業界の目に止まり、ソロ・キャリアを重ねる中で GN’R、ASIA といった巨大なバンドの一員にも抜擢され、一方では Mike Portnoy のような大物と共に SONS OF APOLLO というスーパー・バンドを立ち上げるに至りました。
「完全なインストゥルメンタルなので、ギターが “声” になるスペースが増え、さまざまなムード、さまざまなサウンド、さまざまなエネルギー……など、より多くのことができるようになったんだ。僕は自分の直感に従っただけで、それぞれの曲は独自の方法で発展していった。ある曲はより過激で対照的で、ある曲はより予想された方法で発展していった…ゴールはその瞬間の正直なフィーリングを捉えることだったんだ..」
その歌声も高く評価される鬼才ですが、ただやはり彼の本質はギタリズムにあります。デビュー作から30年、”復活の Bumblefoot” を冠したアルバムで彼は再び始まりの地、”Bumblefoot の冒険” へと回帰しました。30年ぶりにオール・インストゥルメンタルで制作されたアルバムには、ギターに対する愛情、情熱があふれています。ただし、30年前とは異なる点も。それは、彼がギターをより自身の “声” として自由自在に操っているところでしょう。
オープナー “Simon in Space” を聴けば、90年代にはなかった瑞々しいメロディの息吹が感じられるはずです。とはいえもちろん、以前の混沌や荒唐無稽、ヘヴィな暗がりも失われるはずもなく、結果として両者のコントラストが耳を惹く前代未聞のギター作品が完成をみました。
「進化、革新、進歩するテクノロジーやコミュニケーション、そしてそれを使って自分たちの活動を共有する方法については、私は別にかまわないと思っているよ。15秒の動画からフルアルバムまで、今の世の中には誰もが楽しめるものがある!そうやって私たちは皆、自分が選んだ様々な方法で自分の才能をシェアするべきだし、そうできる世界になったことを嬉しく思うよ」
何よりも、Bumblefoot はギター世界において最も “オープンな” メンターのひとり。新しいもの、異質なものを取り入れることになんの躊躇もありません。当時のヒーローの多くがヴィンテージに回帰する中で嬉々として Helix を愛用。表現力豊かでメロディアスなリック、お馴染みのショパンやリストへの傾倒、ウイスキーを注ぎたくなるようなカントリー、微睡のスローなブルース、異国の香り、Djent も真っ青なチャグチャグ・リフと、場所も時間も飛び越えて、自らの直感とテクニックだけで広大なギター世界を築き上げていきます。
Brian May, Steve Vai, Guthrie Govan という、時代の異なる情熱のギターヒーローがここに集ったことも付け加えておきましょう。Vai 参加の “Monstruoso” など、”Fire Garden” 時代の彼を思い出して歓喜すること必至。そう、彼らのアイデアは今でも、アートワークのギター船のように宇宙高く飛び立ちます。ギター世界にはまだまだ情熱と探求の余地が残されているのです。
今回弊誌では、Ron “Bumblefoot” Thal にインタビューを行うことができました。「世界には素晴らしいミュージシャンがたくさんいるし、その中でも日本はとても注目に値するよ! 才能に溢れている!日本の音楽にはずっと注目してきたんだ。Akria (Takasaki) のアルバム “Tusk of Jaguar” までさかのぼると、リリースされた当時、子供のころは本当に聴き入っていたよ。14歳の時には、僕のバンドが LOUDNESS の曲をたくさんカバーしていたんだ。”Girl”, “Crazy Doctor”, “Esper”…もう少し経ってからは “Run For Your Life” もね!」 二度目の登場。どうぞ!!
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MIKAEL SALO OF DRAGONKNIGHT !!
“I Think In Tough Times Power Metal Can Be Something You Hang On To, And When Times Are Good It Is Something To Celebrate Life With! I Think I Might’ve Heard That Quote Actually From André Matos In a Japanese Interview !”
DISC REVIEW “LEGIONS”
「学生時代、ちょっとはみ出し者だった僕にとって、BLIND GUARDIAN の “Nightfall in Middle-Earth” や ANGRA の “Temple of Shadows” のようなアルバムは、人間の領域を超えた壮大な物語を体験させてくれ、心に音楽的な冒険を与えてくれたからね。パワー・メタルは、辛いときには心のよりどころとなり、幸せなときには人生を祝福してくれるものだと思う!この言葉は、日本のインタビューで読んだ Andre Matos の言葉の受け売りなんだけどね!」
早いもので、Andre Matos が亡くなってもう6年の月日が経ちました。メタル・ファンの多くは、未だにこの喪失の大きな穴を完全には埋められていないでしょう。しかし、彼の遺志と音楽は今も生き続けて、リスナーの心に寄り添い、もしくは後続のインスピレーションとして燦然と輝いています。フィニッシュ・パワー・メタルの新鋭 DRAGONKNIGHT も Andre Matos に薫陶を受けたバンドのひとつ。
「このアルバムは重層的な作品と言える。アルバムのいくつかの曲は “時を越えた地” からの短い物語に過ぎないが、アルバムの全てにわたる広いコンセプトもある。ドラゴンロードとして知られる5人の兄弟が、打ちのめされた子供時代を経て、力を取り戻し、子供時代の故郷であるアトランティスを奪還する。アルバムの最後を締めくくるのに、神秘的なアトランティスの再征服以上の勝利があるだろうか?」
日本語を学び、日本の音楽を愛するフィンランドの Ronnie James Dio こと Mikael Salo が語るように、パワー・メタルのファンタジーはこの暗い世界において素晴らしき逃避場所だと言えます。私たちは大人になっても、DRAGONKNIGHT というバンド名に心奪われても、闇の皇帝を頂く仮面で匿名の5人の亡霊を名乗っても、ドラゴンが飛翔する異世界に憧れても良いのです。痛みを忘れて、想像力を羽ばたかせることはいくつになっても素敵なこと。厳しい現実、無慈悲な社会から少々はみだしても大丈夫。きっとヘヴィ・メタルがそんなあなたを丸ごと抱きしめてくれるから。
「特に日本のフォーク・ミュージックに多く見られるペンタトニック・ハーモニーを多用するのが好きなんだ!必要なときに、全体的な音楽体験に神秘的でダークな雰囲気を与えてくれると思う。また、シンガーとしても、Yama-B、坂本英三、森川之雄、小野正利など、日本の巨匠たちの激しさや情感にいつもインスパイアされているよ!」
そうして、Mika の歌うメロディは、ファンタジーのメッカ日本の音楽に触発されています。時代は変わり、今や日本のメタルは世界中から注目を浴びています。不滅のドラゴンロードたちが奏でる壮大なアンセミック・シンフォニー。ドラムの疾走感が、見事なシュレッドと複雑なギター・ワークに向かって、彼らの航海を前進させます。そう、その主役は、日本のメロディで育ったサー・ミカ・サロ卿。
実際このアルバムは、海賊からドラゴンに至るまで、素晴らしいファンタジー、冒険映画のサウンドトラックになり得るでしょう。剣に生き、剣に死ぬ。その彼らの華麗な剣技は、間違いなくいつも人生に寄り添ってくれた BLIND GUARDIAN や ANGRA、彼らから受け継いだパワー・メタルの血、祝福そのものなのです。
今回弊誌では Mikael Salo にインタビューを行うことができました。「メタル以外での僕の “ギルティプレジャー” は、最近80年代の日本の “シティポップ “だ。普段はYouTube Musicで様々なアルバムの曲を個別に聴いているんだ。杏里のこのアルバムはバンガーをたくさん収録しているので、間違いなく最近のお気に入りアルバムのひとつに挙げられる!”I Can’t Stop The Loneliness” と “Windy Summer” は、暗くて寒いフィンランドにいても、沖縄のビーチでくつろいでいるような気分にさせてくれるね(笑)」 二度目の登場!。どうぞ!!