EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARKUS VANHALA OF OMNIUM GATHERUM !!
“I actually have Alexis old Chevy Monte Carlo SS as his sister wanted me to get it after Alexi passed away. I’ve been cherishing and building it to the max, and Alexi would really respect in what shape and supercharged and LOUD the car is nowadays. It’s fun!”
DISC REVIEW “MAY THE BRIDGES WE BURN LIGHT THE WAY”
「実は今、Alexi の古いシボレー・モンテカルロSSを所有しているんだ。Alexi が亡くなった後、彼の姉が私に譲りたいと言ってくれたんだ。これまで大切にして、最大限に磨き上げてきたんだ。今のこのマシンの出来栄え、スーパーチャージャー、そして大音量を、Alexi もきっとリスペクトしてくれると思う。楽しいよ!」
スウェーデンのイエテボリで生を受けたメロディック・デスメタル。しかし、その発展は決してスウェーデンとイエテボリだけが担ってきたわけではありません。特に、フィンランドとメロデスの蜜月はあまりにも濃密で、同時に革命的でもありました。英雄 AMORPHIS のカレワラに端を発したフィンランドのメロデスは、MORS PRINCIPIUM EST の常軌を逸したシュレッドや、INSOMNIUM の映画のような風景で常にその領域を拡大し続けています。
そんなフィンランドの創造的なメロデス、その両輪として牽引し続けたのが CHILDIEN OF BODOM と OMNIUM GATHERUM だったのです。そして、Alexi Laiho の悲劇的な死から5年。OMNIUM GATHERUM, INSOMNIUM, CEMETERY SKYLINE でギターを紡ぐ Markus Vanhala は Alexi の愛車と遺志を今日も守り続けています。
「僕は Mutt Lange と DEF LEPPARD の大ファンなんだ。実は前作の “Origin” の時、メロデスの “Hysteria” バージョンを作ろうと思ったって冗談を言ったくらいでね。だから、80年代のロック用語で僕らの音楽を “アダルト・オリエンテッド・デスメタル” と呼ぶんだよ。これはデスメタルのアリーナ・ロックを目指す “AORデスメタル” みたいなもの。ステレオタイプ的には “メロデス” というジャンルは狭すぎるように思えるかもしれないけど、僕は固定観念にとらわれずに考えるようにしているからね」
Markus が居城 OMNIUM GATHERUM で目指す革命は AOD。アダルト・オリエンテッド・デスメタルの構築です。そして実際、”May The Bridges We Burn Light The Way” には、DEF LEPPARD が “Hysteria” で成し遂げた透明で奥深くもキャッチーなアリーナ・サウンド、DOKKEN が誇ったカミソリのようなギター・リード、EUROPE のカラフルでゴージャスな哀愁がたしかに存在しています。
なにより重要なのは、前作 “Origin” ではそうした “80、90年代のAORサウンド” を加えることで減退したかのように感じられたメロデスの源衝動、慟哭が今作においてはいささかも失われてはいないことでしょう。いや、むしろシームレスに洗練されたノスタルジアを注ぐことで、OMNIUM GATHERUM が創造してきたメロデスの輪郭がより鮮やかに、色味を増して新鮮に感じられるのです。
「実はメロディック・デスメタルという言葉ももう好きじゃないんだよね。でも、ジャンル名が必要なのは理解している。僕は OMNIUM GATHERUM の音楽をただ “ヘヴィ・メタル”と呼ぶのが好きでね。それが僕らの音楽だから。Bjorn Strid は僕と音楽への愛がすごく似ているんだ。デスメタルからAOR、そしてその間の音楽まで、僕らの音楽の幅広さには音楽的に深い繋がりを感じていてね。だから、彼と一緒に仕事をするのはすごく楽しかったんだ」
だからこそ、SOILWORK の誰あろう Bjorn Strid をこの作品のプロデュースを手掛けたのはまさに天啓でした。70年代のプログレッシブ、80年代のAOR、そして90年代のメロデスをこよなく愛し、近年の SOILWORK 及び NIGHT FLIGHT ORCHESTRA でその素養を遺憾なく発揮している Bjorn と組むことで、Markus の楽曲は例えば “My Pain” の近未来的スリルや “Last Hero” のアリーナ・メタル的威風堂々、そして “The Darkest City” のメロデスとプログの夢幻回廊まで、その陶酔感の螺旋はより克明に描き出されることとなりました。メロデスの守護者でありながら開拓者でもあり続ける OMNIUM GATHERUM こそ、フィニッシュ・メタルの王に違いありません。
今回弊誌では、Markus Vanhala にインタビューを行うことができました。「僕が持っているのは、国際ビジネスと物流学なんだよ。友達にいつも笑われるんだけどね。学位に関係する仕事なんて一つもしてないって言われて(笑)。でも、僕はいつも “本当にそうかな?” って聞いてるんだよ。だって、このレベルのバンドはみんな会社を経営しているからね。僕もこのバンドの会社に深く関わっていて、基本的に必要なのは国際ビジネスと物流学だよね?だから、会社経営のコツやちょっとした落とし穴を知るのに役立ってるんだよね」 どうぞ!!
OMNIUM GATHERUM “MAY THE BRIDGES WE BURN LIGHT THE WAY” : 10/10
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NICKLAS SONNE OF DEFECTO !!
“Melody is what makes it human. You can feel aggression and emotion through growls and screams, but clean vocals bring vulnerability – and that’s powerful.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANATOLY PAKHALENKO OF NYTT LAND !!
“Throat singing is a real treasure, the heritage of our indigenous peoples. We use throat singing in our music quite actively, as it is an incredible magic and it is our connection with our ancestors.”
DISC REVIEW “SONGS OF SHAMAN”
「私たちにとってシベリアで暮らすのは、世界のどの地域よりもずっと簡単なんだ。 ここは私たちの祖国であり、祖先の土地であり、自分たちのルーツを大切にして、伝統を守ることが重要なんだよ。 私たちはアジア人で、ライフスタイルの面では非常に保守的だ。 フランス、ノルウェー、セルビアなど、他の国や大都市への移住を何度も勧められよ。でも、私たちはそんなことはしたくない。 どこまでも続く美しい草原、山々、森といった生まれ育った土地を離れることは、私たちにとって大きなストレスになる。 ここが私たちの人生のすべてであり、私たちが生まれた場所であり、先祖が生まれた場所であり、私たちの一部であり、だからこそ私たちはここに住んでいるのだよ」
シベリアの大地に深く根を張る NYTT LAND の作品は、2021年の “Ritual” を皮切りに、北欧のフォーク・ミュージックからシベリアの伝統をより深く表現するダークな音楽へと徐々に移行し、最新アルバム “Songs Of The Shaman” で頂点を極めました。
満州・ツングース民族のシャーマニズム的な歌や呪文を、彼ら自身の言語と伝統楽器を用いて解釈することで NYTT LAND は自らの古代文化を守り、より幅広いオーディエンスに届けることを目指しています。NYTT LAND の音楽を聴けば、かつてシベリアに広がっていた風景や営みが心に深く刻まれるような感覚を覚えます。それは、まさに太古の昔からもたらされた音のささやき。 これはもはや、地球上で最も古い文化を巡る魅力的な旅。そして、”Songs Of The Shaman” でその旅路の鮮やかさは一段と際立っています。
「ホーミーはシベリアとモンゴルの先住民の伝統的な歌唱法なんだ。こうした伝統的な歌い方は、世界中のどこを探しても見つからない。もし誰かが、バイキングの間でのどを使った歌い方があったという話をしたら、その人の顔にツバを吐いてもいいだろう。現在では、喉歌をヨーロッパ民族のものとすることが非常にポピュラーになっているけど、これはまったくのナンセンスだよ。喉歌は、先住民族の遺産であり、真の宝なんだ。私たちが非常によく喉歌を使うのは、喉歌が信じられないような魔法であり、祖先とのつながりでもあるからなんだ」
伝統的なシャーマニズムの歌と呪文を解釈した NYTT LAND の音楽。すべての曲は原語で録音され、喉歌や太鼓などの非常に古い音楽技法が用いられています。そうして彼らは、イントネーションとリズムからも生まれる魔法の力を逃さないようにしています。降霊術、呪文、祝福…古代の魔法は、慎重に選択され、有害な呪いは意図的に排除されていきました。NYTT LANDは聴く者すべてを、精霊たちが今も支配し、神々でさえも恐れる時空の秘境、音楽の旅へと誘います。
そうしてこの音の旅は、原始的な人間性に対する理解を何よりも深めてくれるはずです。真っ暗な草原の夜空の下、焚き火のそばに座り、シャーマンが祖先、星々、そこに宿る神々、そしてこの極寒の地を形作る岩や川についての物語を紡ぐのをただ聞いている。そしてシャーマンが炎の中で喉歌を歌い踊る姿に目を奪われる…そこに広がるのは民俗神話の荘厳なる世界。
そう、NYTT LAND こそ古の草原を旅する真の音楽遊牧民。そしてもちろん、この原始と神話、古代の再来は、NYTT LAND が祖先、土地、ルーツと伝統を心から大切にしてきたからこそ成り立っているのです。
今回弊誌では、Anatoly Pakhalenko にインタビューを行うことができました。妻 Natalia とのユニット。「私たちはメタルを演奏するのではなく、伝統的な儀式のフォークロアとその音楽における解釈を研究しているんだ。 そう、私たちの聴衆の一部は間違いなくメタル・ヘッズで、それはクールなことだ。 これは、私たちの音楽がすべての人の魂に触れ、ある種の感情を呼び起こすことを意味している」 ARKONA との来日も決定。どうぞ!!
COVER STORY : STRAPPING YOUNG LAD “30TH ANNIVERSARY”
“Obnoxious music with super fast double kick, lots of random explosions and a bald guy screaming his balls off over top. Stress music made for catharsis.”
STRAPPING YOUNG LAD
Devin Townsend は、VAI の1993年のアルバム “Sex & Religion” で世に出ました。二人はその後、それぞれ別々に大成功を収めていますが、Steve Vai は Devin との仕事の思い出を今でも大切にしています。
「Devin は全身全霊で音楽に打ち込んでいたね。彼と一緒にいて、初めて彼の才能が自分の音楽にどう役立つかに気づいたんだ。彼は素晴らしいシンガーだった。彼はどんな歌でも歌えるんだ。そして本当に面白くて、奇抜で、ワイルドで、そういうところが大好きだった。でも、当時は彼が真にクリエイティブな人間だとは気づいていなかった。VAI は私が仕切っていたからね。でも、彼は私のバンドで活動して、何かを学んだんだろう。一度ツールを手に入れると、爆発的に成長した。とにかく表現したかったんだ」
Vai は Devin が作り上げた STRAPPING YOUNG LAD の2005年のアルバム “Alien” がお気に入りだと明かし、そのメロディアスで圧倒的な内容は “研究” に値するとまで称賛しています。そして誰がその言葉に異論を唱えられるでしょう?”Alien” は不健康な状況下で制作された(Devin が双極性障害の薬を断薬していた)にもかかわらず、メタル史に残る傑作となりました。
「Devin についてもう一つ言わせてくれ。彼の音楽は、どんなに激しいものでも、邪悪なものではない。その奥には、光、変革を求める、輝かしい欲求がある。彼の創作活動をずっと見てきた。彼の音楽が、彼にとってカタルシス的なプロセスとなり、自分自身の心に安らぎと心地よさを見出していく過程を目の当たりにしてきたんだ。STRAPPING YOUNG LAD の “Alien” は研究する価値がある。あの作品は、これまで聴いた中でも、これほどまでに強烈な作品はなかったよ」
STRAPPING YOUNG LAD は、Devin Townsend の作品群の中でも特別な位置を占めています。このバンドのヘヴィ・メタル的文脈を構成するインダストリアル、グルーヴ・メタル、デスメタル、ノイズの要素は、同時期の Devin の他のソロ作品にも存在し、同様に、ザッパ以降のシアトリカルでパノラマ的なシネマティック・プログは、STRAPPING YOUNG LAD のすべてのレコードに深く織り込まれています。そのため、サウンド面では意外にもそれほど深い差別化はないようにも思えますが、STRAPPING YOUNG LAD を信奉するファンは未だに絶えません。
もちろん、このオールスターバンドのメンバーが Jed Simon(ギター、当時はインダストリアル・グループFRONTLINE ASSEMBLY に在籍)、Byron Stroud(ベース、2004年から2012年までは FEAR FACTORY にフルタイムで参加)、Gene Hoglan(史上最高のエクストリーム・メタル・ドラマー)だったことはプラスに働きました。しかし、それ以上にこのバンドは Devin Townsend の血と汗と涙と才能と怒りと双極性障害、そのすべてを凝縮していたからこそ特別だったのです。
「OCEAN MACHINE の “The Death of Music” はまるでファンタジーの世界みたいだ。行くべき場所があるような気分になれる。うまくいけば、他の人も、あの音の逃避行を作ろうとしていた頃の僕と同じ精神状態を、少なくとも訪れることができる。”The Death of Music” は、Steve Vai のレコードを制作した直後に生まれた曲で、音楽業界に完全に幻滅していたんだ。何もかもが自分の思い通りにはならなかった。それから僕はRelativity recordsと契約していたけど、不運にも “Noisescapes” というプロジェクトに携わることになった。結局、このレコードは未完成に終わり、完成した作品もレーベルから “統合失調症的” すぎるという理由で却下されたんだ。このレコードは STRAPPING YOUNG LAD と OCEAN MACHINE の起源でその二つが一つにまとまっていて、レーベルはそれが混乱を生むと感じていた)。僕は他のレーベルにもデモ音源を依頼しようとしたけど、最終的には、アプローチしたすべての関係者が同じ意見だった。
それで僕は THE WILDHEARTS の友人たちのギタリストとしてイギリスのバーミンガムに移り、そこでよりアグレッシブな楽曲に注力し始めたんだ。だから、このファースト・アルバムの曲はイギリス滞在中に書かれたもの。”The Rainy Season”, “SYL” をはじめ、このアルバムの核となる曲は、SUICIDAL TENDENCIES とのヨーロッパ・ツアー中に書かれていった。
当時は非常に不安定な時期で、当時の僕の心境を最も端的に反映したのが、この奇妙で怒りに満ちた、非常に “レッド” なアルバムだった。CDのジャケットに写っているのは僕のお尻だよ。悪くないでしょ?肘を二つくっつけたみたいに見えるって言われたことがある。まあいいか。プロダクションは不安定で、ソングライティングにもかなりの浮き沈みがあったけど、僕の活動をまず紹介する作品としては、当時の僕をよく表していると思う」
SYL 名義での最初のアルバム “Heavy as a Really Heavy Thing” は、Devin が Vai のバンドに在籍していた直後にリリースされました。楽曲制作からツアーに至るまで、メジャー・レーベルの不手際への不満がこの作品を、初期のインダストリアル・メタル、デスメタル、スラッシュといった、よりエクストリームな領域へと導いたと言われています。Devin はその後、このアルバムを痛烈に批判するようになりましたが、実際には彼が言う以上に力強い作品でしょう。それは後期の作品にある映画的なスケール感がまだ未熟で、よりダーティーでザラザラとしたアルバムとなっているからかも知れません。そのインダストリアルな音色は、Devin の作品に大きな影響を与えたことで知られる GODFLESH の “Streetcleaner” にも違和感なく調和し、そのプロダクションは、初期 MESHUGGAH のような、当時のエクストリームなデス/スラッシュ・バンドに見られるようなメタリックなサウンドに近いものです。
「混乱と敵意に満ちた心境でイギリスから帰国した。Vai との活動は音楽業界全般への嫌悪感を生み、WILDHEARTS での活動は多くの疑問と怒りを生んだ。Jason Newsted(他にも数名)とのサイド・プロジェクトも期待外れだった。SYLの最初のアルバムは大ヒットしなかった。そこで、バンクーバーを離れ、音楽の新たな可能性を探る時が来たと感じた。
都会の醜悪な自然と、比較的目立たない場所に魅了され、ロサンゼルスの準工業地帯のような荒廃地はインスピレーションを得るのに良い場所だと考え、マリナ・デル・レイの友人数人と暮らしながら作曲を始めたんだ。
当時は、いくつかのアルバム(MORBID ANGEL の “Domination”、FOETUS の “Gash”、OLD LADY DRIVERS の “Formula” や “Cop Shoot Cop” など)に心を奪われていた。センチュリー・メディア・レコードの郵便室で注文を処理する仕事も時々していたけど、ほとんどの時間はSYLのダークな曲をひたすら書き続けていたんだ。”Oh My Fuckin’ God” を聴いてくれよ。偽善的なバカどもについて話しているんだけど、俺はこのシーン全体からなんとか逃れてきたんだ。だって、ファッションショーみたいでね。新作はいいけど KORN が好きなキッズには受けないって言われるのにうんざりだから。アディダス履いてウォレットチェーン持ち歩くようなクソみたいなの、もうやめてくれ。メタル・シーン全体で一番問題なのは、女性蔑視的な部分なんだ。
それから、”Spirituality”。曲の最後の部分に、かなりヘヴィな詩節がある。歌詞と、自分の考えを伝えることが、僕にとって一番大切なこと。僕が書くのは、どんなに些細で下品なことでも、僕の人生で起こっていることだ。たとえそれがセブンイレブンで働いている人とのトラブル、職場でのトラブル、家族とのトラブル、妹との喧嘩など、人によっては些細なことに思えるかもしれないけれど…本当に腹が立つようなことを歌っていて、ただ “ジェネレーションX” 的な “もううんざり、みんな最低、世界は私に生計を立てる義務がある、政府はクソだ” みたいな、ありきたりな怒りをただ吐き出しているだけじゃないなら…何を歌っているかなんて関係ない。ただそこに誠実さがあれば、音楽は10倍になるから…自分が歌っていることを感じられればね。この新しいアルバムで誇りに思っていることがあるとすれば、それは全部、僕の体の一部から生まれたものなんだ。それが睾丸でも、胃でも、心臓でも、わかるでしょ?
とにかく、デモも完成した頃、ハリウッドのライブで Gene Hoglan と出会ったんだ。彼がファースト・アルバムを気に入ったと言ってくれたので、彼を誘って “City” を制作することになった。彼は何ヶ月も演奏しておらず、ブラストにも慣れていなかったので、最初は少し難航したけど、リハーサルを始めて3日ほどで彼の素晴らしい才能に気づき、最終的にハリウッドにある Steve Vai のスタジオでレコーディングすることになったんだ。旧友の Byron と Jed をロサンゼルスに招き、より “バンドらしい” レコーディング体験をしようとした。意気投合したね。この初めての本格的なレコーディング体験が、後の僕たちの原点となったんだ」
“City” は STRAPPING YOUNG LAD の最高傑作と広く考えられています。Devin 自身も、このアルバムをバンドのディスコグラフィーの中で最高傑作だと考えているようです。その理由は明白。”Heavy as a Really Heavy Thing” をテンプレートとすれば、本作はほぼあらゆる面で確実に進歩を遂げているから。前作のヘヴィなデス/スラッシュ・プロダクションや、ザラザラとしたローファイなデモ感は消え去り、Devin が最初からこのプロジェクトに込めていたであろう、シネマティックなビジョンが全編に渡り採用されています。”City” は “Ocean Machine: Biomech” と並行して作曲・レコーディングされており、ヘヴィさを除けば、両者にはたしかに類似点が存在。”Ocean Machine: Biomech” は広大なサウンドスケープを用いて、ヘヴィとドリーミーの中間の空間を創り出し、人体に関する長編プログの寓話を表現しているのに対し、”City” は荒々しくノイジーな工業都市の風景を表現しているのです。工業都市なのに歌舞伎町から超鋼鉄重低爆撃。
“City” を語る上で、このレコードの音楽の激しさは欠かせません。もし “Heavy as a Really Heavy Thing” が、方向性を見失い、整理されていない創造的エネルギーの爆発だとしたら、”City” はそうした本能が軽躁病的な混乱と恐怖へと絞り込まれた作品だったと言えるでしょう。焼けつくような激しさにもかかわらず、このレコードのテーマは怒り以上にむしろ、双極性障害の片端からドラッグとアルコールで満たされた躁のエネルギーが爆発したように感じられます。それは “Ocean Machine: Biomech” の物悲しくメランコリックな壮大さとは対照的。アルバムは悪意に満ちているというより、むしろ慌ただしく、狂乱し、混乱しているように感じられ、危険がないわけではないものの、害悪の意志は感じられません。つまり、インスピレーションとなった大都市の混乱を、躁病に陥った身体の混乱、行き詰まり、そして途方もなく複雑な内なるエネルギー、自身の生々しい部分を象徴するメタファーとして用いているのです。
“Even people like Mikael Åkerfeldt from Opeth, he came to me and was like, ‘Back in the day, when I didn’t know how to go on with a song, I asked my band, ‘What would Tommy do?’ I almost fell, you know? I mean, Åkerfeldt is a genius. I love Opeth to death. It was like, ‘Okay!’ We never made a lot of money, but this feels very good.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARKUS HENTUNEN OF ROYAL SORROW !!
“The non-conformity of prog metal is an important part to us, who have always found inspiration in many different places and satisfaction in combining those elements.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDY GUSHIN OF KORYPHEUS !!
“Since August I am serving in the army. So we stopped writing new music. However, before that we managed to record 2 new songs and were about to record the third one in September but…”
COVER STORY : LORNA SHORE “I FEEL THE EVERBLACK FESTERING WITHIN ME”
“I think it’s one of the saddest things you can watch happen to someone, It’s a very, very slow death that you’re forced to watch happen over time, and no matter what you do, you can’t stop it from happening.”
WILL RAMOS
Will Ramos のスタジオと保管庫を兼ねた部屋。背後の紫色の壁と、それと一体になった棚には、日本から持ち帰った木刀やサーフボード、レゴセット、ワンピースのフィギュア、ハワイアン・フラワーのガーランドが飾られています。その品々は、Will が LORNA SHORE のツアーで集めたものもあれば、ファンからもらったものも。
「ゴミの山のように見えるかもしれないけど、それは照明がちゃんと当たっていないからだよ。どれも宝物なんだ」
これらの品々の中で最も重要なのが、表紙に “The Rat Club” と書かれた黒い本。ラット・クラブは Will のアパレル・レーベルの名前ですが、もともとはPatreonのコミュニティで、そこで彼は普段の仕事とは全く異なる音楽を共有していました。このレーベルは絶大な人気を博し、Will は何度か交流会を開催しましたが、事態があまりにも混乱したため縮小せざるを得なかったのです。しかし、その前に、ある人物がこの本を贈ってくれました。初めてそれを受け取った時、彼は涙を流したといいます。
「これは本当に最高に美しい…誰かがまず、僕宛にメッセージを書いてくれ、僕たちが出会った頃の写真も添えてくれた。そして、それを次の人に送り、その人も同じように送り、また次の人へと、というように続いていった。少なくとも数ヶ月はかかったはずだよ。なぜなら、アメリカだけでなく、ヨーロッパや南米など世界中から人が集まっているからね。この本は本当にたくさんの人の手に渡ったんだ」
そうして、寄せ書きを書いた人たち、さらには世界中のファンが LORNA SHORE 5枚目のアルバム “I Feel The Everblack Festering Within Me” に満足していることは間違いないでしょう。バンド特有の荒々しさが息を呑むようなスケールと創造力の奔放さと融合し、デスコアのルール・ブックを再度塗り替えています。そして、Will の黒い本と同様に、このアルバム壮大でありながら、親密でパーソナルな作品でもあるのです。
後者の性質について語る時、ニュージャージー州のほぼど真ん中、ミドルセックス郡にある Will の家は重要な鍵になります。ただし、ここは彼が育った場所ではありません。幼少期、Will は住民が “リバー・ラッツ” というニックネームで呼ぶハドソン川沿いのエッジウォーターと、そこから40マイル以上離れたレオニアを行き来していました。家族が州中に散らばっていたのです。つまりこの場所は、身近で深刻な問題を扱ったこの作品の感情的な震源地となっているのです。
アルバムの不吉なタイトルは、”Prison Of Flesh” という曲の歌詞に由来していて、そこで Will は自らの家族が多く苦しむ認知症が、いかに残酷にも愛する人たちの主体性とアイデンティティを奪っていくかを歌っています。
「認知症は誰にでも起こりうるし、誰かに起こるのを見るのが耐えられないほど悲しい出来事の一つだと思う…それはゆっくりとした死であり、時間をかけて見守らざるを得ない。何をしても、進行を止めることはできないんだ」
ウィルの父方の祖母は長い間認知症を患っていて、今では “かなり進行して” おり、自分の家族でさえも見分けがつきません。
「以前は通りで彼女を見かけても、何も言わずに通り過ぎた時もあった。通り過ぎる時に彼女が僕だと気付くかどうか確かめるためだったんだ。もう何度も会っているのに、彼女は僕が誰なのか全く分かっていないんだよな…」
Will の叔母も認知機能の低下が見られますが、症状はそれほど深刻ではありません。ただ彼女は今でも、Will に北ジャージーの地元で道路が閉鎖されていると定期的に電話やメッセージを送ってきます。数年前に引っ越したにもかかわらず、Will がまだそこに住んでいると勘違いしているのです。
「話は聞くけど、もうそこには住んでおらず、実際はかなり遠くに住んでいることを伝えるんだ。すると叔母は “ああ、そうか…” と言って、後でまた同じことを聞いてくる」
Will はその悲しみを、認知症を悪霊が犠牲者に取り憑く様子 “何かが私の心を襲い、ゆっくりと私の内側を蝕んでいく” に例え、彼らを抜け殻同然にしてしまう “恐怖以外の何ものでもない、空っぽの体” という叫びで表現します。そうして彼自身も同じ運命を辿るのではないかと恐れているようにも思えます。”私は心の闇から逃れられない/悪魔は私の中に棲みついている”。
おそらくそれは、Will が家族の中でずっと若く、だからこそ介護の責任があり、その苦しみを痛感しているからでしょう。彼自身も認めているように、31年前に生まれた彼は “サプライズ・チャイルド” でした。彼が生まれた時、両親にはすでに3人の娘がおり、最も下の娘でさえ Will より15歳年上で、彼女には Will よりわずか3歳年下の息子がいます。
「僕の家族は高齢化している。皆が年老いていくのを見て、もし誰かが亡くなったらと思うと…だからすべてをやってあげたい。後悔したくないんだよ」