EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STEVEN ANDERSON !!
“I Founded My Inspiration In The Sounds Of The Swedish Mysterious And Enchanting Forest And The Nordic Light And Through My Journeys In Eastern Europe.”
DISC REVIEW “GIPSY POWER”
「私は伝統的なギター・ヒーローの典型的なタイプではなく、自分の音楽を前進させ、新しい音楽表現の方法を探求することに重点を置いていたんだと思う。スウェーデンの神秘的で魅惑的な森の音や北欧の光、そして東欧の旅を通してインスピレーションを得ていたんだ。東欧の音楽には、速いテクニカルな部分への挑戦がある一方で、挑戦的でプログレッシブな部分も非常に多いからね」
トルコとフランスを結ぶ豪華寝台列車、オリエント急行。アガサ・クリスティのミステリーの舞台にもなったこの列車の風景は、エジプトから中東、インド、そしてヨーロッパをまたにかけたジプシーの足跡をたどる旅路にも似ています。
ジプシーの文化はその渡り鳥的な生き方を反映して、実に自由かつ多様でした。言語はもちろん、風習、食事、そして音楽。ジプシーであるロマ族に生まれ、放浪生活の中でスウィング・ジャズとジプシー民謡を天才的に融合させた巨匠、ジャンゴ・ラインハルトのオリエンタルな音楽はその象徴でしょう。
1990年代前半、そんなジプシーのエスニックでオリエンタルな音楽をメタルで復活させた若者が存在しました。スティーヴン・アンダーソン。美しく長いブロンドをなびかせたスウェーデンの若きギタリストは、デビュー作 “Gipsy Power” で当時の日本を震撼させました。紺碧の背景に、真紅の薔薇と無垢なる天使を描いたアートワークの審美性。それはまさに彼の音楽、彼のギタリズムを投影していました。
重要なのは、スティーヴンのギター哲学が、あの頃ギター世界の主役であったシュラプネルのやり方とは一線を画していた点でしょう。決して技巧が劣るわけではなく、むしろ達人の域にありながら (イングヴェイがギターを始めたきっかけ) 、ひけらかすためのド派手なシュレッド、テクニックのためのテクニックは “Gipsy Power” には存在しません。いや、もはやこの作品にそんな飛び道具は相応しくないとさえいえます。楽曲と感情がすべて。スティーヴンのそのギタリズムは、当時のギター世界において非常に稀有なものでした。
では、スティーヴンが発揮した “ジプシー・パワー” とはいったい何だったのでしょうか?その答えはきっと、ギターで乗車する “オリエント・エクスプレス”。
スティーヴンのギターは、ジミ・ヘンドリックスの精神を受け継いだハイ・エナジーなサイケデリック・ギターと、当時の最先端のギター・テクニックが衝突したビッグバン。ただし、そのビッグバンは、ブルース、ロック、フォーク、プログレッシブ、クラシックの影響に北欧から中東まで駆け抜けるオリエンタルな旅路を散りばめた万華鏡のような小宇宙。
“The Child Within” の迸る感情に何度涙を流したでしょう。”Gipsy Fly” の澄み切った高揚感に何度助けられたでしょう。”Orient Express” の挑戦と冒険心に何度心躍ったことでしょう。”‘The Scarlet Slapstick” の限りない想像力に何度想いを馳せたでしょう。
その雄弁なギター・トーンは明らかに歌声。”Gipsy Power” は少なくとも、日本に住むメタル・ファンのインスト音楽に対する考え方を変えてくれました。私たちは、まだ見ぬ北欧の空に向かって毎晩拝礼し、スティーヴンを日本に迎え入れてくれた今はなきゼロ・コーポレーションを2礼2拍手1礼で崇め奉ったものでした。
しかし、より瞑想的で神秘的でプログレッシブなセカンド・アルバム “Missa Magica” を出したあと、スティーヴンは音楽シーンから忽然と姿を消してしまいました。”Gipsy Power” の虜となった私たちは、それ以来スティーヴンをいつでも探していました。向かいのホーム、路地裏の窓、明け方の桜木町…こんなとこにいるはずもないのに。言えなかった好きという言葉も…
私たちが血眼でスティーヴンを探している間、不運なことに、彼は事故で腕を損傷していました。その後炎症を起こし、何度も結石除去術、コルチゾン注射、さまざまな鍼治療法を受けましたが状況は改善せず、スティーヴンのギターは悲しみと共に棚にしまわれていたのです。
しかし、それから10年近く経って、彼は再びギターを弾いてみようと決心し、愛機レスポールを手に取りました。それはまさに、メタルのレジリエンス、反発力で回復力。スティーヴンの新しいバンドElectric Religions は、初めての中国、珠海国際ビーチ音楽祭で3万人以上の観客の前で演奏し、中国の映画チームによってドキュメンタリーまで制作され、その作品 “The Golden Awakening Tour in China” がマカオ国際映画祭で金賞を受賞しました。
マカオでの授賞式の模様は中国とアジアで放送され、推定視聴者数は18億人(!)に上りました。スティーヴンは現地に赴き、”文化的表現によって民主主義の感覚を高める” というマニフェストに基づいて心を込めて演奏しました。そして数年の成功と3度のツアーの後、彼は GIPSY POWER をバンドとして復活させるために、Electric Religions を脱退することを選んだのです。
長年の友人であり、音楽仲間でもあるミカエル・ノルドマルクとともに、スティーヴンは GIPSY POWER をバンドとして再結成。アルバム ”Electric Threads” は、2021年11月19日、ヨーロッパの独立系音楽・エンターテインメント企業 Tempo Digital の新しいデジタル・プラットフォームにより、全世界でリリースされました。新たな相棒となったミカエル・ノルドマルクは、MIT で学んだことはもとより、あのマルセル・ヤコブにレッスンを受けた天才の一番弟子。期待が高まります。ついに、大事にしまっていた宝石箱を開ける日が訪れました。奇しくも来年は、”Gipsy Power” の30周年。私たちは、ジプシーの夢の続きを、きっと目にすることができるでしょう。「日本は私のプロとしてのキャリアの始まりでもあった。日本にはたくさんの恩があるし、今でも日本という美しく歓迎に満ちた国に行って、クラブ・ツアーをしたいと思っているんだよ」 Steven Anderson です。どうぞ!!
STEVEN ANDERSON “GIPSY POWER” : 10/10
INTERVIEW WITH STEVEN ANDERSON
Q1: “Gipsy Power” is one of the albums that changed my life! Next year will mark the 30th anniversary of that album, and looking back on it now, what does it mean to you?
【STEVEN】: Wow, that sounds fantastic. Highly appreciated. Think it’s been 30 years. I feel very humble and at the same time very thankful. Gipsy Power was a big musical journey for me on a personal level. I have always been a curious person. That’s why I dedicated as a 17 year old guitarist, to leave my small hometown Gävle in Sweden, for Los Angeles, California, to pursue my dream of becoming a full-scale professional guitarist. At the Musicians Institute in Hollywood I was fortunate to be able to study for recognized masters such as Steve Trovato, Scott Henderson and Paul Gilbert. I was extremely ambitious and practiced obsessively between 12-15 hours per day. In my early twenties I played with fellow music students in a power trio featuring the accomplished musician, drummer and vocalist Scot Coogan (Ace Frehley, George Lynch, LA Guns a.o.) and bass player Scott Shriner (Weezer, Vanilla Ice, The Cars a.o.).
Like many other Swedish guitarists, we had a lot to thank Yngwie Malmsteen for. I was fully aware that I could never play like him, but I knew I was talented enough to try to make my own musical career. Then I came in contact with the virtuoso Eastern European traditional folk music, or Gipsy Power, as it is known among those who play it. A demo cassette landed later at the desc of Mike Varney, the legendary talent scout and musical inventor for the label Shrapnel Records. At the time he who wrote about young talented guitarplayers in Guitar World and he had discovered parts of my idols like Yngwie Malmsteen, who was in his own division, but then there was Paul Gilberg, Russ Parrish (a.k.a. Satchel) and Johnny Monaco, all of whom I later got to meet and play with on various occasions. It was truly a dream came true when Mike Varney wrote in Guitar World ”Steven reveals a gift of composing original material that is both raw and aggressive. It is hauntingly melodic, with crisp and concise solos”.
Gipsy Power was the beginning of my professional career as a musician, artist and guitarist. I signed contracts with Zero Corporation/MVP (EMI-Toshiba), Warner Music and Universal Publishing. Then it was followed up by a sponsorship deal with Gibson Guitars US. In many ways it was a dream come true for a young guy like me.
Q1: “Gipsy Power” は私の人生を変えたアルバムのひとつなんですよ!来年でそのアルバムは30周年を迎えますが、今振り返ってみて、あなたにとってあの作品はどんな意味を持っていますか?
【STEVEN】: ワオ、素晴らしい響きだね。とても感謝しているよ。30年か…とても謙虚に感じると同時に、とても感謝しているんだ。”Gipsy Power” は、個人的なレベルでは私にとって大きな音楽の旅だった。私はいつも好奇心旺盛な人間だった。だから17歳のギタリストだった私は、本格的なプロのギタリストになるという夢を追い求め、故郷である小さな街スウェーデンのゲーブルを離れ、カリフォルニアのロサンゼルスに向かった。ハリウッドの M.I. では、幸運にも Steve Trovato, Scott Henderson, Paul Gilbert といった名だたる巨匠に師事することができた。私は非常に野心的で、1日12~15時間、夢中になって練習していたんだ。
20代前半には、熟練したミュージシャン、ドラマー兼ヴォーカリストの Scot Coogan (Ace Frehley, George Lynch, LA Guns) とベーシストの Scott Shriner (Weezer, Vanilla Ice, The Cars.) をフィーチャーしたパワー・トリオで、音大生仲間と演奏していたね。
他の多くのスウェーデンのギタリストと同様、私たちも Yngwie Malmsteen に感謝することがたくさんあった。彼のような演奏ができないことは十分承知していたけど、それでも自分の音楽的キャリアを築こうとするには十分な才能があることはわかっていた。そんなとき、東欧の伝統的な民族音楽、ジプシー・パワーの名人に出会ったんだ。その後、私のデモ・カセットが、シュラプネル・レコードの伝説的なスカウトマンであり、音楽の発明家でもある Mike Varney のもとに届いたんだ。当時、彼は Guitar World に才能ある若手ギタリストの記事を書いていて、自分の部門にいた Yngwie や Paul Gilbert, Russ Parrish (通称サッチェル), Johnny Monaco といった私のアイドルの一部を見出していた。そんな記事の中で Mike Varney は “Steven は、生々しくも攻撃的なオリジナル曲を作曲する才能がある。心にしみるメロディックで、切れ味の良い簡潔なソロを聴かせてくれる” と書いてくれたんだ。
“Gipsy Power” は、ミュージシャン、アーティスト、ギタリストとしての私のプロとしてのキャリアの始まりだった。私はゼロ・コーポレーション/MVP(EMI-東芝)、ワーナー・ミュージック、ユニバーサル・パブリッシングと契約を結んだ。その後、ギブソン・ギターズ USとスポンサー契約を結んだ。いろいろな意味で、私のような若造にとっては夢のような出来事だったな。
Q2: “Gipsy Power” was great because, unlike the shredders of that era, it mixed advanced techniques with influences as diverse as Jimi Hendrix, gypsy music, and ethnic traditional music. Why did you take a different approach than the popular “Shrapnel” guitarists of that era?
【STEVEN】: That is a good question. You rarely get a second chance to make a first impression. I had some of my American friends who were great guitarists and I knew I needed to do something different that they hadn’t exactly done.
I guess I never was the typical archetype for a traditional guitar hero, I focused on taking my music forward and explore new different ways of musical expression. Thats were I founded my inspiration in the sounds of the Swedish mysterious and enchanting forest and the Nordic light and through my journeys in Eastern Europe. Eastern European music has its challenges with fast technical parts, while at the same time there is extremely much that is both challenging and developing.
I then started writing my own music. Gipsy Power got a Swedish Grammy-nomination with the self-titled debut album Gipsy Power that was released at the age of 24. The album was produced by Claes Olson and recorded with the late Mats Lindfors (Roxette, John Norum, Scorpions, Talisman, Yngwie Malmsteen a.o.) at Park Studios in Stockholm. In a short time I signed contract with Zero Corporation/MVP (EMI-Toshiba) in Japan, and Young Guitar and BURRN gaved my albums good attention, also a middle spread with a calendar poster in the December issue in BURRN.
In the nineties I used to have oriental dancers together on stage with both a snake charmer and two jesters. At the time I also wrote and performed music on commission for electric guitar and symphony orchestra.
Like many others, I listened to all the artists that Mike Varney released on his legendary label Shrapnel Records. It inspired me to write instrumental music and it is still on that path today.
Q2: “Gipsy Power” が素晴らしかったのは、あの時代のシュラプネル系シュレッダーたちとは違って、ジミ・ヘンドリックス、ジプシー音楽、民族音楽など多様な影響に高度なテクニックをミックスしていたところでしょう。当時の流れとは異なるアプローチをとったのはなぜですか?
【STEVEN】: いい質問だね。第一印象を決める2度目のチャンスはめったにこない。私のアメリカ人の友人には素晴らしいギタリストが何人かいたが、だからこそ彼らがやっていないような何か違うことをする必要があると思ったんだ。
私は伝統的なギター・ヒーローの典型的なタイプではなく、自分の音楽を前進させ、新しい音楽表現の方法を探求することに重点を置いていたんだと思う。スウェーデンの神秘的で魅惑的な森の音や北欧の光、そして東欧の旅を通してインスピレーションを得ていたんだ。東欧の音楽には、速いテクニカルな部分への挑戦がある一方で、挑戦的でプログレッシブな部分も非常に多いからね。
それから私は自分の曲を書き始めた。”Gipsy Power” は、24歳のときにリリースしたセルフタイトルのデビュー・アルバムで、スウェーデンのグラミー賞にノミネートされた。このアルバムは Claes Olson がプロデュースし、亡き Mats Lindfors (Roxette, John Norum, Scorpions, Talisman, Yngwie Malmsteen.) とストックホルムのパーク・スタジオでレコーディングした。短期間で、私は日本のゼロ・コーポレーション/MVP(EMI-東芝)と契約し、ヤング・ギターとBURRN! は私のアルバムに注目してくれたんだ。BURRN! の12月号のカレンダーにも選ばれたりしてね。
90年代には、ヘビ使いと2人の道化師と一緒にオリエンタル・ダンサーをステージに立たせたこともあった。その頃、私はエレキギターと交響楽団のための委嘱音楽も書いて演奏していたんだ。
とはいえ、僕は他の多くの人たちと同じように、Mike Varney が彼の伝説的なレーベル、シュラプネル・レコードからリリースしたすべてのアーティストを聴いていた。それが私にインストゥルメンタル・ミュージックを書くインスピレーションを与えてくれ、現在もその道を歩むきっかけとなったんだ。
Q3: You are from Sweden, what kind of music did you grow up listening to before creating “Gipsy Power”?
【STEVEN】: As a teenager, I dreamed that Jimi Hendrix woke me up at night and showed me how to play solos on my own original songs. At one point he actually told me how to play a solo before I was entering a studiosession, which then ended up on the demo track that Mike Varney highlighted in Guitar World.
Today I interpret Jimi Hendrix instrumentals with my band COSMIC COMMAND. It was also a challenge that felt natural and perhaps above all creative. To be able to interpret Jimi Hendrix instrumentally does not only mean lots of guitar solos, it’s about trying to find a musical expression based on his singing style. It has its challenging moments. I love it!
But like many other, when I grew up, I listen to Deep Purple – Made in Japan and learned the Highway Star solo at an early age. What a fantastic solo. Mindblowing! Later on I started a coverband where we interpreted the classic Mark II repertoire.
A friend took me to a concert when I was 15 years old. He said “Steven, you’re going to like this”. We were on a school trip in Denmark. That concert was a revelation. There were 300 people, we stood along the front of the stage, and there he was, Yngwie Malmsteen, playing all the songs from the first two albums. It changed my whole life. As for several other millions of guitarists. A breathtaking moment! Only once in a lifetime.
John Norum has also meant a lot as a guitarist. His tone is extraordinary and it’s not something you can copy. It’s about finding your own expression first and then letting the tone develop inside of you. I love his way of combining the melodic with the raw and soulful, just the same way Yngwie Malmsteen does, but with his own playing style. My favorite guitarist today is Philip Sayce, he has the same expression, the same energy, although he does it in his personal way. That’s what I always have been aiming for.
At the new millennium I commenced with studies of the Arabic string instrument Tar under the Persian master Ali Shakuori. I also did private investigations of the gipsy music scene in Vienna, Austria, and spent time in Istanbul participating in cross-border collaborations with Turkish painters, artists and musicians.
As a kid, and as a grown up, my major influences remain Jimi Hendrix, Jeff Beck and Ritchie Blackmore, but with an urge for developing my own characteristics.
Q3: “Gipsy Power” のインスピレーションとなったのは、どんな音楽でしたか?
【STEVEN】: 10代の頃、ジミ・ヘンドリックスが夜な夜な私を起こして、自分のオリジナル曲のソロの弾き方を教えてくれる夢を見た。ある時、ジミは夢で私がスタジオ・セッションに入る前にソロの弾き方を教えてくれて、それが Guitar World で Mike Varney が取り上げたデモ・トラックになったんだよ。
今日、私は自分のバンド COSMIC COMMAND でジミ・ヘンドリックスのインストゥルメンタルを解釈している。それはまた、自然で、おそらく何よりも創造的な挑戦だった。ジミ・ヘンドリックスをインストゥルメンタルで解釈するということは、ギター・ソロをたくさん弾くということだけでなく、彼の歌い方に基づいた音楽表現を見つけようとすることなんだ。挑戦的な瞬間もある。私はそれが大好きだ!
でも、他の多くの人たちと同じように、私も DEEP PURPLE の “Made in Japan” を聴いて育ち、幼い頃に “Highway Star” のソロを覚えたよ。なんて素晴らしいソロなんだ。心を揺さぶられる!その後、カバー・バンドを始めて、マークIIのクラシックなレパートリーを解釈するようになった。
そして15歳のとき、友人にコンサートに連れて行ってもらった。彼は “スティーブン、君はこれが気に入るよ” と言ったんだ。私たちはデンマークへの修学旅行中だった。そのコンサートは衝撃的だった。300人の観客がいて、私たちはステージの前方に立っていたんだけど、そこに Yngwie Malmsteen がいて、最初の2枚のアルバムの曲を全部演奏していたんだ。その体験は私の人生を変えた。他にも何百万人ものギタリストがそうだった。息をのむような瞬間!一生に一度しかないものだ!
John Norum もギタリストとして私にとって大きな意味を持つね。彼のトーンは並外れたもので、真似できるものではない。大事なのはまず自分の表現を見つけ、そのトーンを自分の中で発展させることなんだ。Yngwie と同じように、メロディックなものと生々しくソウルフルなものを融合させながら、彼独自のプレイスタイルで演奏するやり方が大好きだ。今日、私が一番好きなギタリストは Philip Sayce で、彼も同じような表現、同じようなエネルギーを持っている。それが私がいつも目指しているものだ。
2000年に入ってからは、ペルシャの巨匠、アリ・シャクオリに師事し、アラビアの弦楽器タールの勉強を始めた。また、オーストリアのウィーンのジプシー音楽シーンを個人的に調査し、イスタンブールではトルコの画家、芸術家、音楽家たちとの国境を越えたコラボレーションに参加した。
だから子供の頃、そして大人になった今も、ジミ・ヘンドリックス、ジェフ・ベック、リッチー・ブラックモアに大きな影響を受けているけど、自分自身の特徴を発展させたいという衝動もあるんだよ。
Q4: How did you come to contract with Zero Corporation in Japan and have you been in Japan?
【STEVEN】: I had a Japanese friend who sent my cassette tapes to various Fanzines and my demo got noticed. Then when I recorded my first three songs for the debut album Gipsy Power I sent it to Zero Corporation/MVP who quickly got in touch with me. Then I got signed with them and the rest is history.
Unfortunately, I turned down the offer to tour Japan at the record release of Gipsy Power. I wanted to have more music and thought more chances would come after next album with Missa Magica.
At the same time, Japan was the beginning of my professional career. I owe a lot to Japan and I still hope to come to your beautiful and welcoming country and do a club tour.
Q4: 日本のゼロ・コーポレーションと契約に至ったのはどういった経緯だったのですか?
【STEVEN】: 僕には日本人の友人がいて、いろいろなファンジンに私のカセットテープを送ってくれて、私のデモが注目されるようになったんだ。そして、デビュー・アルバム “Gipsy Power” のために最初の3曲をレコーディングしたとき、すぐに連絡をくれたゼロ・コーポレーション/MVPに送ったんだ。そして彼らと契約することになり、あとは歴史が知る通りだよ。
残念ながら、”Gipsy Power” のレコード・リリース時に日本ツアーのオファーを断ってしまったんだ。あのころはもっと音楽をやりたかったし、”Missa Magica” の次のアルバムの後にもっとチャンスが来ると思ったからだ。
同時に、日本は私のプロとしてのキャリアの始まりでもあった。日本にはたくさんの恩があるし、今でも日本という美しく歓迎に満ちた国に行って、クラブ・ツアーをしたいと思っているんだよ。
Q5: After the more progressive “Missa Magica,” you suddenly disappeared from the scene. I heard that you injured your arm, Can you tell us about that time?
【STEVEN】: Although I had to stop playing after a good ten years of professional career due to problems with my arms. In the late noughties I started to get serious problems with my arms, with a following inflammation. After numerous lithotripsies, cortisone injections and different acupuncture techniques I was forced to put my guitar on the shelf, where it more or less was left untouched, close to ten years. But in 2012, I decided to give it a try. So after a long hiatus, with a slightly rawer style, with greater playing joy, as when he was 15 years old, I took a personal giant leap and started to play the guitar again. And today it works more than well, in some part I am a much better guitar player than before.
During the time I was away from the music scene, the internet developed, and I took on a new career as a business- and brand developer and communication strategist. It may sound like a long way from the musical career, but in a way, it is about the same thing. Explore, create and promote something that is genuinely different and show that you have something different to offer, don’t try to please the mass of customers, rather try to be something more for some. That´s a target group that can appreciate the niche that you have to offer. At the same time, I started an innovation-driven start-up beverage company that’s call BrandStar Alliance, where we produce of what have been recognized as some of the world’s finest and most tasteful spirits, exclusive artisanal vodka and gin, together with some who have also worked with brands such as Absolut Vodka. At the same time, we have a narrower niche as we are more exclusive and small-scale. Just the way I want my music to be – in a perfect world.
Q5: よりプログレッシブな “Missa Magica” の後、あなたは突然シーンから姿を消しました。腕を怪我したと聞きましたが、その時のことを教えていただけますか?
【STEVEN】: そうだね、私は腕の故障のため、10年間プロとして活躍した後、ギターを中断せざるを得なかった。90年代後半から、私は腕に深刻な問題を抱えるようになり、炎症を伴うようになった。何度も結石除去術を受けたり、コルチゾン注射を打ったり、さまざまな鍼治療を受けたりした後、私はギターを棚にしまうことを余儀なくされたんだ。
しかし2012年、私はギターに挑戦することを決めた。長い休止期間を経て、15歳の頃のように、少し生々しいスタイルで、より大きな演奏の喜びを感じながら、私は個人的に大きな飛躍を遂げ、再びギターを弾き始めた。そして今日、以前よりずっと良いギタリストになったと思う。
音楽シーンから離れていた間にインターネットが発達し、私はビジネス・ブランド開発者、コミュニケーション・ストラテジストとして新たなキャリアをスタートさせた。音楽家としてのキャリアとはかけ離れているように聞こえるかもしれないが、ある意味、同じことなんだよ。純粋に他とは違う何かを探求し、創造し、宣伝し、自分には他とは違う何かがあることを示す。提供するニッチなものを評価してくれるターゲット・グループを探してね。
同時に、私は BrandStar Alliance と呼ばれるイノベーション主導の新興飲料会社を立ち上げ、アブソルート・ウォッカのようなブランドとも仕事をしたことのある人たちとともに、世界で最も上質で味わい深い蒸留酒、高級な職人技を駆使したウォッカやジンを製造しているんだ。私たちはより高級で小規模であるため、より狭いニッチなファンベースを持っている。私の目指す音楽が完璧にニッチな世界であるようにね。
Q6: I am so glad you are back after being away from even the guitar for so long! Did you decide to come back because your arm has recovered? Do you play differently than before because of your injury?
【STEVEN】: When I once again started to play the guitar, I developed a rougher way of expressing myself. It took me couple of years to find myself in a new expression. Then I made plans for a new band called Electric Religions and began composing classic hard rock music. The band later made several its tours to China. The first in 2014 and we performed in front of an audience of more than 30 000 people at the Zhuhai International Beach Rock Music Festival. We also did small club tours at different venues, for an audience from 20 people and up to 300 people, such as the classic rock club Yu Gong Yi Shan Music Bar in Beijing. During to second tour in China a documentary was produced that later was awarded the gold prize at The 6th Macau International Movie Festival, where we also performed our Bruce Lee-tribute Lee Chao Long. In the crowd the famous actor Jean-Claude Van Damme (Kickboxer, Timecop, Double Impact a.o.) was seen playing air guitar with the us during the performance, it was a fantastic experience. He cheered and expressed his great appreciation in memory of the legendary martial artist Bruce Lee. Through our lyrics we aimed to express different stories born out of our interest and inspiration from Asian culture, philosophy and history. It all came together and was expressed through a hybrid multi-cultural oriented rock music. But after three intensive years with Electric Religions I, together with my friends in the band, decided to put the band to rest.
Then I started to outline my plans for the comeback of my band Steven Anderson’s Gipsy Power – with new music, new faces and new albums. Today I have also started a new vocal-oriented, heavier and harder, band that has been named G.O.D. (Grooves Of Destruction), together with two of Sweden’s more experienced musicians and together with a world-class vocalist.
I still keep on playing with the urge of expressing myself through the guitar and constantly trying to move forward and see new opportunities. I guess I am just like a kid, curious, energetic and passionate, like I was when I started to play as a youngster. I don’t take anything for granted, and what I am passionate about is playing live and to be creative among friendly music lovers. It’s about finding new ways in how music can reach out to an audience that like progressive music such as Gipsy Power and COSMIC COMMAND. It´s about music that is raw, dirty and groovy psychedelic and at the same time truthful and genuine.
I am grateful I got a second chance to do what I love more than anything else, to play the guitar as when I was youngster, just as happy and just as hungry, but a little more mature, older and wiser and more creative, of course.
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Q6: 長い間ギターから遠ざかっていたあなたが戻ってきてくれて本当に嬉しいですよ!復帰を決めたのは、腕がある程度回復したからですか?また、怪我をしたことで以前とは違う演奏をしていますか?
【STEVEN】: 再びギターを弾き始めたとき、私はより荒々しい表現方法を身につけたんだ。新しい表現に自分を見出すのに2、3年かかった。そして、ELECTRIC RELIGIONS という新しいバンドの計画を立て、クラシック・ハードロックの作曲を始めた。その後、このバンドは何度か中国ツアーを行った。最初は2014年で、珠海国際ビーチロック音楽祭で3万人以上の観客の前で演奏したんだ。また、北京のクラシック・ロック・クラブ ”Yu Gong Yi Shan Music Bar” など、20人から最大300人までの観客を対象に、さまざまな会場で小規模なクラブ・ツアーも行った。中国での2回目のツアー中にドキュメンタリーが制作され、後に第6回マカオ国際映画祭で金賞を受賞したんだよ。
観客の中には、有名な俳優ジャン=クロード・ヴァン・ダムがいて、パフォーマンス中に私たちと一緒にエアギターを弾いているのを見かけたよ。彼は歓声を上げ、伝説の武道家ブルース・リーを偲び、感謝の意を表していた。私たちは歌詞を通して、アジアの文化、哲学、歴史への興味とインスピレーションから生まれたさまざまなストーリーを表現することを目指していたからね。そのすべてがひとつになり、ハイブリッドな多文化志向のロック・ミュージックで表現されていたよ。しかし、ELECTRIC RELIGIONS での3年間の集中的な活動の後、私はバンドの友人たちとともに、バンドを休止することを決めた。
そして私は、新しい音楽、新しい顔ぶれ、新しいアルバムを携えて、Steven Anderson の GIPSY POWER というバンドをカムバックさせる計画の輪郭を描き始めた。さらに今日、私は新しいヴォーカル志向の、よりヘヴィでハードな、G.O.D.(Grooves Of Destruction) と名付けたバンドを、スウェーデンの経験豊富なミュージシャン2人と世界的なヴォーカリストと共にスタートさせた。
私は今でも、ギターを通して自分自身を表現したいという衝動に駆られながら演奏し続けているし、常に前進し、新しいチャンスを見出そうとしている。好奇心旺盛で、エネルギッシュで、情熱的で、若い頃にギターを弾き始めたときのような子供みたいな感じかな。何事も当たり前だとは思っていないし、私が情熱を持っているのは、ライブで演奏すること、そしてフレンドリーな音楽愛好家の中でクリエイティブであることだ。そして、GIPSY POWER や COSMIC COMMAND のようなプログレッシブな音楽が好きな聴衆に音楽が届く新しい方法を見つけること。生々しく、ダーティで、グルーヴィーなサイケデリック・ミュージックであると同時に、真実で本物の音楽。
だからセカンド・チャンスが与えられて幸せだよ。若い頃と同じようにギターを弾き、同じように幸せで、同じようにハングリーで、でも少し大人になって、歳をとって賢くなって、もちろんもっとクリエイティブになってね。
Q7: Since your resurrection, you have been working under the project name Gipsy Power. ” Electric Threads” is also a bit of a change in your musical style from before, isn’t it?” You are working on an album called “Boundless Obscurity”, what direction are you going in now?
【STEVEN】: When I stopped playing, I had written music for three more albums. I have included some of those songs on Gipsy Power ” Electric Threads” and also on the upcoming release “Boundless Obscurity” that will take place in spring 2024. There I will also play a medley based on Gipsy Fly and Back To Orient from my debut album. It also includes a liverecording from the legendary Hansa Studios in Berlin that we did with Gipsy Power 2022. I wanted to express the same feeling as from my debut and I hope that the listeners will hear a guitarist still as hungry, with the same tone and love for playing the guitar.
Then in summer of 2024 I am going to start to record an album that will combine instrumental as well as vocal oriented songs with the same style as my Gipsy Power debut. But first I’m going to launch my artist website, then I Am going to look for a concert promoter in Japan, who might be interested in working with me for some club tours in Japan, with both COSMIC COMMAND and Gipsy Power. I also would love to do some clinics if its possible.
Q7: 音楽的に、今はどのような方向に進んでいるのですか?
【STEVEN】: 演奏活動を休止したとき、私はさらに3枚のアルバムのために曲を書いていた。そのうちの何曲かは、GIPSY POWER の “Electric Threads” に収録されているし、2024年春にリリース予定の “Boundless Obscurity” にも収録されている。そこでは、デビュー・アルバムから “Gipsy Fly” と “Back To Orient” をベースにしたメドレーも収録する予定だ。また、GIPSY POWER 2022で一緒に行ったベルリンの伝説的なハンザ・スタジオでのライヴ・レコーディングも収録されている。デビュー作と同じフィーリングを表現したかったし、リスナーには、変わらずハングリーなギタリスト、変わらぬトーンとギターを弾くことへの愛情を聴いてほしい。
そして2024年の夏には、GIPSY POWER のデビュー作と同じスタイルで、インストゥルメンタルとボーカルを組み合わせたアルバムのレコーディングに入るつもりだ。そして、COSMIC COMMAND と GIPSY POWER の両方を使った日本でのクラブ・ツアーに興味を持ってくれる日本のコンサート・プロモーターを探すつもりだ。また、もし可能なら、クリニックもやってみたいんだ。
Q8:While you were away from the scene, social networking and the Internet developed and changed the music industry and the shape of guitarists. Recently, the popularity of “Insta-rist” videos of 30-second performances has been amazing. How do you feel about these changes?
【STEVEN】: We are not in control of the development. We just have to follow it and take part in what it has to offer. It is developing and challenging. But at the same time, I am happy that I have been able to experience an analog world at the same time that I get to live in the present and take part in everything that is happening with AI.
I have just started posting my guitar clips on Youtube. Then I also going to offer private digital guitar classes. Playing guitar has never been more fun than it is today, and I’m not much of a nostalgic person, but I’m grateful for what I’ve done and at the same time what’s to come. Bring it on, be humble and let the results speak, that’s my motto!
Q8:あなたがシーンを離れている間に、SNSやインターネットが発達し、音楽業界やギタリストの形は大きく変わりました。最近では、30秒の演奏を収めた “インスタ映え” 動画の人気がすごいですね。こうした変化をどう感じていますか?
【STEVEN】: 私たちは開発をコントロールすることはできない。私たちはただそれに従い、それが提供するものに参加しなければならないんだよ。それは発展途上であり、挑戦でもある。しかし私はアナログの世界を経験することができたと同時に、現在を生き、AIで起こっているすべてのことに参加できることを嬉しく思っているんだ。
最近、Youtube にギターのクリップをアップし始めた。そして、デジタル・ギターの個人レッスンも開講する予定だよ。ギターを弾くことが今ほど楽しいことはないし、私はあまりノスタルジックな人間ではない。自分がやってきたことに感謝しているし、同時にこれから起こることにも感謝しているんだ。やってみること、謙虚であること、そして結果を出すこと、それが私のモットーだよ!