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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【COVET (YVETTE YOUNG) : CATHARSIS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH YVETTE YOUNG OF COVET !!

“I Would Not Be Alive Today If Not For Guitar!”

DISC REVIEW “CATHARSIS”

「私にとって音楽とは、喜びや悲しみ、怒りなどの感情を吐き出すこと。カタルシスなの」
2010年代にマスロックイーンとして華々しくシーンに登場したイヴェット・ヤングは、CHON, POLYPHIA, PERIPHERY といったバンドとともに時代の寵児として新しいギターの波を起こしました。音楽的な多様性と機材的な野心の革命。そんな中で、まだまだ女性の少ないギター・ワールドにおいて、彼女のずば抜けたテクニックとマルチな才能、そしてキュートな容姿は多くのファンやアーティストを魅了し、さながら”ギタサーの姫”としてシーンを席巻したのです。しかし、どんなお姫様も永遠に夢見る少女じゃいられません。
嵐が巻き起こったのは、2020年のことでした。PERIPHERYのマーク・ホルコムと恋愛関係となったイヴェットは、後に彼が既婚であることを知り正直に事の顛末を話したものの、マークの酷い行いのみならず彼のファンベースからも誹謗中傷を受け、セラピーに通わざるを得ないほどに傷つきます。同時にパンデミックが世界を襲い、ツアーの機会も奪われました。一方で、あのウィル・スミスの娘Willowとコラボレートを果たし、彼女から世界最高のギタリストの一人と称されるといううれしい出来事もありました。しかし様々な”傷”と”歪み”は最終的に、彼女の”ホーム”であるバンドCOVETの瓦解へと繋がってしまいます。
「正直、このアルバムの制作過程はとても困難なものだった。シンプルに言えば、私はCOVETをやめたいと思うようになった。本当に、新たなスタートを切るか、このプロジェクトを完全に破棄するかどちらかだとね。だから、ベースのブランドン・ドーヴ、ドラムのジェシカ・ブルデーとともに”再生”を行うことができるのは、私の人生でとてもポジティブなこと。もう、過去のCOVETのネガティブなことには触れたくないの」
バンドの中で何かがあったのは明らかです。しかし、私たちがそれを知る必要はありません。イヴェットがCOVETに再び前向きになり、灰の中から”Catharsis”という美しい復活の火の鳥を届けてくれた。その事実だけで充分でしょう。そう、これは輝かしいアイドルが成熟したアーティストへと生まれ変わるレコード。そのために必要だったのが、喜びも悲しみも含めた”テクニカラー”な経験で、彼女はそれを今回”カタルシス”として吐き出していったのです。
「このアルバムがあなたを旅に連れ出すことを願うわ。アルバムのテーマはファンタジーへの逃避。音楽は私にとって常にエスケープであり、セラピーの源でもある。この音楽がみんなをどこかに連れて行き、想像力をかき立て、少なくとも何かを感じさせてくれることを私は願っているの」
成熟したアーティストとして、イヴェットが最初にリスナーへと提供したのは、暗い現実、癒えない傷からの逃避場所でした。それは、イヴェット自身、痛みや傷から逃れる手段として、音楽やギターに頼っていた経験があったから。
「ギターがなかったら、今生きていないわ!(笑) 。4歳の時にクラシックピアノ、7歳の時にヴァイオリンを始めたんだけど、プレッシャーが大きくて、体調をひどく崩してしまったの。入院中にギターを独学することにしたんだけど、そのおかげで自尊心が芽生え、自分にはないと思っていた “声” があるように感じさせてくれたの。今でもギターは私にとって神聖なもの。だから、楽器や芸術を通じて、自分の声やアイデンティティ、自己表現を探求することを奨励したいと思っているのよ。私の音楽を聴いたりしてね。そうなれば、多くの命を救うことができるし、人々が世界で孤独や迷いを感じることが少なくなると思うから」
実際、このアルバムを聴いて現在、そして未来においても救われる人は多いでしょう。アートは異世界への扉を開く鍵であり、未来へと続く道。COVET は、独創的なギター、絶妙なアレンジ、予測不可能なリズム、ダイナミックな”音声”によって、臨場感あふれる生き生きとした音世界を作り出していきます。その音色、メロディー、グルーヴは、映画のヒーローやヒロインのように生き生きとしたファンタジックな楽曲のキャラクターを呼び覚ますのです。
「音楽やビデオゲームは逃避のための器にも思えるわ。この世界には多くの問題があるけど、社会問題の解決や地球の修復に力を注ぐ代わりに、テクノロジーを使って代替現実や”より良い世界”を築こうとする傾向があるようね。この曲は、そんなメタファーで、人々がに逃避するための代替現実のようなもの。虚空に飛び込み、幻想的なサウンドスケープの世界へと浸れるようなね」
近年、盟友ともいえるPOLYPHIAのティム・ヘンソンが、その真意は測れないにしろ、ロックやメタル、ギター・ミュージックを時代遅れだと考え、流行とヴァイラルを追う姿勢を少なからず打ち出しています。イヴェットはロックとギターの未来についてどう考えているのでしょうか?
「人気者になることやヴァイラルを得ることは、私の芸術を蝕むと思う。私は自分のために音楽を書き、ギターを弾いているから。それが私の神聖な場所。私の人生を救ってくれた場所。だからもし、人の評価を気にし始めたら、私の書く音楽は本物ではなくなってしまうでしょう。どんなジャンルにも、収まるべき時と場所がある。どんな音楽でも時代遅れだとは思わないし、メタルやロックに見切りをつけるのはフェアではないと思うわ。私はただ、私の音楽で希望が湧いたとか、ギターを手にしたと言ってくれる人がいるととてもうれしいの。不安や痛み、時には抑圧的な現実から逃れるために音楽や芸術に頼ってほしい。そうして、音楽やアートを使って、こんな世界があったらいいなと思うような理想の世界へと旅立つの。音楽はとてもパワフルで、例え歌がなくてもみんなを高揚させ、共感させることができるのだから」

YVETTE YOUNG 弊誌インタビュー 2020

COVET “CATHARSIS” ライナーノーツ4000字完全版は4/21に  P-VINE からリリースされる日本盤をぜひ!!

COVET “CATHARSIS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ELEPHANT GYM : DREAMS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ELEPHANT GYM !!

“We Feel Lucky That We Are Holding Instruments Rather Than Guns. We Feel Lucky That We Are Expressing Love Rather Than Hatred. We Feel Even More Lucky That Our Music Is Able To Connect People From Japan, China, USA And Other World”

DISC REVIEW “DREAMS”

「台湾人として、私たちは毎日恐怖の中で生活している。恐怖は私たちの潜在意識に溶け込んでいるんだ。時には、日常生活を送るために、私たちの意識はそうした恐怖を忘れて、否定しなければならないこともあるくらいにね。戦争が起これば、私たちは戦場に行かなければならないんだ。だから、銃ではなく、楽器を持っていることが幸せなんだよ。憎しみではなく、愛を表現していることを幸運に思うんだよ」
2012年に “マスロック” に対する至上の愛を共有し結成された Elephant Gym。2年後にリリースしたファーストアルバム “Angle” で彼らは、”数学のロック” に共通する複雑な拍子記号やテクニカルな演奏によって、幾何学的な音楽のタワーを見事に構築しました。もちろん、10年の時を経た今でもそうした無機的な音の伏魔殿は彼らの一部として存在をしていますが、より柔軟に世界を広げた台湾のトリオは、音楽という方程式に対する解法をいくつも手に入れたようです。憎しみではなく、愛を表現するために。
「”夢” は、Elephant Gym にとって “音楽のインスピレーションはどこから来るのか” という問いに対する答えなの。眠りについた後、脳は今までに経験したすべてのことをバラバラにして、非常に変わった方法で混ぜ合わせ、再編成するの。これは実は、音楽を作るプロセスと非常によく似ていてね。過去に記憶した音を独自の方法で現在に再編成し、一つ一つが特別な夢であるのと同じように、それぞれの特別な曲となっていくから」
Elephant Gym にとって “夢” とは、現実に溶け込む恐怖からの退避場所であり、音楽のインスピレーションの源であり、マスロックという狭い檻から超越するための手段でもあります。冷淡で機械的とも捉えられかねない理系のロックに、夢見がちでエモーショナルなポストロックの文学性を注ぎ込んだ彼らは、ロックの力強さも、ジャズの知性も、クラシックの優美もすべてをパズルのピースとして使用し、最新作 “Dreams” で想像力や表現力の境界を越えたのです。
「Lin Sheng Xiang は、私たちの音楽に対するアティテュードにかんして大きな影響を与えた人なんだ。彼と音楽の仕事をするのは、私たちの目標の一つだった。私たちと Lin の音楽の異なる美学を共存させ、互いのバランスを見つけることは、挑戦的でありながら非常に興味深いことだよ」
狭い場所にとどまらず、柔軟性を保ち、表現の解法を多く探るため、Elephant Gym は様々なアーティストとのコラボレーションを積極的に進めてきました。ブレイク中のネオソウル・アーティスト9m88、客家のフォークシンガー Lin Sheng Xiang、そして日本の若獅子 chilldspot の比喩根。奇しくもアルバムには、北京語、英語、客家語、日本語という台湾の人たちが話す言葉が集結することとなりました。
マスロックのルーツを提示するため、日本の鬼才 Toe の “Two Moons” を “Go Through The Night” にサンプリングする一方で、CHIO-TIAN FOLK DRUMS & ARTS TROUPE 九天民俗技藝團とのコラボレーションでは、”Deities’ Party” の直感的な轟音に到達します。客家との共演もそうですが、伝統的なアジアの音楽には、彼らが演奏するのと同じ奇妙な拍子記号がありながらも、音符では表現不可能な直感的ニュアンスが存在しています。だからこそ、伝統的なサウンドとの共存は、彼らの世界を一度破壊して、夢のように再構築するための最高のスパイスとなったのです。
そうして彼らは、”Dear Humans” のダーウィンや、”Witches” のシェイクスピアで映画やミュージカルの世界まで広く見据えることになりました。すべては、音楽に境界はない、世界に境界はないという想いから。自分と反対側、別世界を受け入れ、尊重することで世界はもっと面白くなるから。多様性は許容し愛することから生まれるから。解へとたどり着く道は、決して一つではないのですから。
今回弊誌では、Elephant Gym の3人にインタビューを行うことができました。「私たち人間の血には暴力が根付いていて、戦争は私たちの集合意識の中にある、劣等感と圧倒的な混乱の結果なんだろうな。でも私たちは、たとえ宣戦布告をした相手であっても、誰も悪者とは見なさないよ。なぜなら、彼らはもっともっと心に痛みを抱えていたはずだから」 どうぞ!!

Elephant Gym 『Dreams』
Release Date:2022.05.11 (Wed.)
Label:WORDS Recordings
Tracklist:
1. Anima
2. Go Through The Night
3. Shadow feat. hiyune from chilldspot
4. Witches
5. Dreamlike
6. Wings feat. Kaohsiung City Wind Orchestra
7. Happy but Sad
8. Shadow feat. 9m88
9. Deities’ Party feat. Chio Tian Folk Drums And Art Troupe
10. Dear Humans -Japanese ver.-
11. Gaze At Blue -Album ver.-
12. Fable
13. Dream of You feat. Lin Sheng Xiang

各種配信リンク:https://linkco.re/h8bAYE2f

ELEPHANT GYM “DREAMS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ARCING WIRES : PRIME】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH YUTARO OKUDA OF ARCING WIRES !!

“Definitely Meshuggah Is a Very Important Artist For The Band. I Guess We’re Musicians That Went To ‘Jazz School’ But Still Want To Play Metal As Well So Maybe That Has a Bit To Do With Our Sound.

DISC REVIEW “PRIME”

「バンドにとって MESHUGGAH は非常に重要なアーティストだよ。僕らは “ジャズスクール” に通っていたミュージシャンだけど、メタルもやりたいと思っているから、それが僕らのサウンドに少し関係しているのかもしれないね」
ジャズとメタルを平等に愛し、その融合に成功するミュージシャンは決して多くはありません。ジャンル自体が希少種と言えるジャズメタルの領域において、ARCING WIRES ほど挑戦的で、楽しく、複雑でありながら消化しやすく、美しさに包まれた音楽に出会えることは奇跡でしょう。
「サウンドの一部として、サックスはもちろん、常に多くのエフェクトやプログラミングを取り入れていて、同様に大きな影響を受けたエレクトリック・ギターやベースのトーンとブレンドすることで、ARCING WIRES サウンドの非常に美しい、不可欠な部分を生み出していると僕は思っているよ」
ギター2本、ドラム、ベースというスタンダードなロックのラインアップにサックスを加えることは、もちろん新機軸ではありません。ドイツの伝説 PANZERBALLETT はすでにそのフォーメーションで繊細なジャズダンスと重厚なメタル戦車の完璧な融合を成し遂げています。
たしかに、”The Lizard”, “Catacaustic”, “Blue Steel” のオープニング3曲を聴けば、その比較はそれほど的外れではないと感じるはずです。しかし、同時に “Catacaustic” から放たれるマスロックの軽快さは眩しいほどにブライトで、さらに “Blue Steel” の終盤では、完全に彼ら自身の「声」を見つけ出すことに成功しています。
「HIATUS KAIYOTE は、僕たちが音楽をどう演奏するかってアイデアを形成する上で、非常に大きな影響を受けているね」
日本人である Yutaro Okuda 氏が語るように、開放的な空と海がジャンルの境界を曖昧にするのでしょうか。オーストラリアは近年、HIATUS KAIYOTE, KING GIZZ のような真のごった煮平等主義者を多数輩出しています。そうして、ジャンルからジャンルへと音の虹をかける ARCING WIRES も当然彼らの血を引いています。Art As Catharsis という彼らのレーベルも、現代におけるロックの多様性を追求する完璧なソウルメイト。
事実、”Prime” はメタルのような怒涛のグルーヴ、非常に流暢で熟練したプログレッシブ・ロック、マスロックのブライトな知性、ポスト・ロックの瞑想、アンビエントの静寂、そしてジャズ/フュージョンの魂とメソッドをシームレスに漂うサーフィンのレコード。
その波乗りを、彼らは実に繊細かつ上品にこなしているため、アルバムの基盤を見極めるのは非常に難しく、音の支配者を探し出すこともほぼ不可能。見事なバランス感覚は真の平等主義者にのみ宿ります。
「学生時代に直接影響を受けたのが Mike Rivett の “Digital Seed” というアルバムだったね。当時の僕にとっては、エレクトリック・サウンドとアコースティック・ジャズの音色の融合を初めて耳にしたアルバムだったんだ。素晴らしいよ」
“Arc9” では、ヘヴィネスとエナジーを抑えて煌めきのグルーヴとメロディに集中し、 “Eniargim” では、オリエンタルな雰囲気が導入し異国の風を運びます。何より、”Serotonin” に込められたエレクトリック・ジャズの鼓動は、UKの新たなジャズの波光とシンクロしながら、音楽に本来あるべきポジティブな新鮮さを感情の高まりに重ねてみせたのです。テレキャスやギブソンで紡がれるギターソロの音色も、画一的な現代のそれではなく、個性的な味わいで素晴らしいですね。明らかにキラキラの Djent とは距離を保ち、伝統と感情を全てに織り込んでいますから。
今回弊誌では、Yutaro Okuda 氏にインタビューを行うことができました。「日本のポップ・パンクのカルテット ELLEGARDEN は大好きだったバンドの一つさ。シドニーに住むアジア人の子供として、ある種のステレオタイプが存在していたから、彼らは僕にとって重要な存在だったな。」ANIMALS AS LEADERS 以来の衝撃。どうぞ!!

ARCING WIRES “PRIME” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BLACK COUNTRY, NEW ROAD : FOR THE FIRST TIME】


COVER STORY : BLACK COUNTRY, NEW ROAD “FOR THE FIRST TIME”

“Black Country, New Road Is Like Our Very Own ‘Keep Calm and Carry On’ Or Tea-mug Proclaiming That You Don’t Have To Be Crazy To Work Here But It Helps. It Basically Describes a Good Way Out Of a Bad Place. Excited People Sometimes Claim To Have Lived Near The Road And I Keep Having To Explain To Them That It Doesn’t Exist”

BLACK COUNTRY, NEW ROAD

英国最高のニューバンド、世界最高のニューバンド。デビュー作ですでに最高の評価を得て、将来が約束されたかのように思える BLACK COUNTRY, NEW ROAD。しかしこの独創的な、全員がまだ20代初頭の若者たちは地に足をつけて進んでいきます。
「せいぜい、10点中7点くらいの評価だと思ってたよ。誰もが好きになるわけはないからね。大抵、Twitter で音楽を発表しても、2割が熱狂し、5割が知らん顔、残りの3割が嫌うって感じでしょ?」
サックス奏者の Evans がそう呟けば、ベースHyde も同意します。
「私たちはただの7人のベストメイトで音楽を作っているだけなの。注目されることは名誉なことだけど、私はそれとはあまり関係がないのよ」
このケンブリッジシャー出身の7人組モダン・ロックバンドは、プレスの注目を浴びようとはしていません。彼らは結成してまだ2年半ほどしか経っていませんが、今のところプレス、マスコミの必要性を感じていないのです。なぜなら、ライブが、強烈な口コミの熱量を生み出しているからです。
今、南ロンドンのロック・ミュージック周辺で何かが勃発しています。ポストパンクやポストハードコアの枠組みを使って、アシッドフォークからクラウトロック、クレズマー、ジャズ、ファンク、アートポップ、ノイズ、ノーウェーブまで、様々な影響を受けた多様なバンドが、奇妙な新しい方法でそれらを組み合わせて、奇妙な新しい音楽を生み出しているのです。
こういった素晴らしい手腕を持つ若いバンドは、現役または元音楽学生の場合が多く、結果としてお金をかけずに実験や成長ができる練習場へのアクセスが若い才能にとっていかに重要かを示しています。実際、BC,NR のうち3人はクラッシックの教育を受けています。

BLACK COUNTRY, NEW ROAD に参加しているミュージシャンのほとんどは、何人かがそのまだ学生であった2014年にイースト・カンブリッジシャーで結成された NERVOUS CONDITIONS というバンドに所属していました。そのライブパフォーマンスはエキサイティングという言葉でさえ控えめに思え、ダブルドラマーのラインアップは、1982年の THE FALL や1993年の NoMeansNo のような雰囲気を醸し出して、BEFHEARTIAN の喧騒と BAD SEEDS の勢いまで感じさせていました。さらにグラインドコアの激しさと、憎まれ口や軽蔑の念が、瞬時に静謐な美しさに変わるような、煌びやかな輝きを携えていました。
ただし2018年1月にシンガーの Conner Browne がSNSの投稿を通じて2人の別々の人物から性的暴行を受けたと告発され、数日後にバンドは解散を余儀なくされたのです。声明の中で、Conner は告発をした2人の女性に謝罪しただけでなく、バンド仲間にも謝罪しました。
数ヶ月も経たないうちに、ほとんど何の前触れもなく、同じようなラインナップの新しいグループがロンドンと南東部を中心に激しいギグを行っていました。Conner がいなくなり、元ギタリストの Izaac Wood がフロントマンとなり、ドラマーの一人 Johnny Pyke は去りましたが、Chalie Wayne はまだキットの後ろにいます。ベースの Tyler Hyde, サックスの Lewis Evans, シンセサイザーの May Kershaw, ヴァイオリンの Georgia Ellery とお馴染みの顔が新たなバンドを彩ります。セカンドギタリストには Luke Mark が加わりました。

ただし、ラインナップが似ているとはいえ、バンドとしては(全くではないにしても)かなり違ったサウンドになっていました。BC,NR の方が優れていると、数回のライヴで明らかになります。新たにフロントマンとなった Izaac Wood の超越的で文学的なインスピレーションがバンドをさらに進化させたとも言えるでしょうか。
すでにトレードマークとなったシュプレヒコール・ヴォーカルだけではなく、個人的な経験を歌っているというよりも、歌詞の一部または全部がフィクションになっているような、物語性のある曲作り。Wood は散文、詩、韻を踏んだ連歌などを1曲の中で簡単に切り替えています。彼は、視点の変化を伴う複数の物語や、他の曲へのメタ・テキスト的な参照など、ポストモダン的な手法を用いています。
Speedy Wunderground からリリースされたデビュー・シングル “Athen’s France” のセッションで Wood は、1億再生を記録した Ariana Grade の “Thank U, Next” と、彼自身が同年に THE GUEST としてソロでリリースした “The Theme From Failure Part 1” というあまり知られていないシングルをチェックしたと語っています。これらの曲をはじめ、詩的に音楽的に確かな足取りのを並置することは、BLACK COUNTRY, NEW ROAD がどこから来ているのかにかんして、多くの手がかりを提供してくれるはずです。
では Isaac Wood がソングライターになる前は、日記を書いたり、10代の詩人であったり、熱烈なエッセイスト、PCで戦うキーボードの戦士など、文章に馴染み深い人間だったのでしょうか?
「言葉を書くことに関しては、特に長い歴史はないし、豊かな歴史もない。初期の試みはいくつかあったけど、本気で書くことにコミットした最初の記憶は、2018年の “Theme From Failure Pt.1” だった。」
この曲は、歌詞が陽気でメタモダンなシンセポップな作品でした。
「今まで寝たことのある全ての女の子に自分のパフォーマンスを評価してもらったけど、その結果は恐ろしいものだった。 あの曲は、全く同じことを言う方法が50通りもあることを証明しているんだ。」

歌詞の影響力といえば、Wood はブリクストンのザ・ウィンドミル・パブと Speedy Wunderground のレーベルを中心とした狭いシーンの中で同業者、尊敬する人たちを挙げています。南ロンドンの音楽シーンは控えめに言っても今、沸騰しているのです。彼は特に Jerskin Fendrix を称賛しています。
「自分の音楽をやっている時にはほとんど把握していなかった音楽的なコンセプトが、初めて彼を見た時にはすでに Jerskin のセットの中で完全に形成されていたんだ。彼がやったことは面白くて感動的だったけど、決してくだらないものではなかった。僕たちの関係を最も正確に表現するならば、僕は彼の甥っ子ということになるだろうね。」
それに Kiran Leonard の “Don’t Make Friends With Good People” も。
実際、BLACK MIDI, SQUID と共に、BC, NR は単なるポストパンクの修正主義者と定義することはできないにせよ、純粋に優れたポストパンクの復活を祝っているようにも思えます。もちろん、重要なのは彼らがフリージャズやクラウトロックを漂いながら1970年代後半の最高で最も突出したバンドが持っていた精神、ダイナミズム、実験性を備え、新たに開発されたジャンルまで横断している点ですが。コルトレーンの精神から SWANS の異能、TOOL の哲学まで、受け止め方も千差万別でしょう。
「彼らは僕らをもっと良くしようと背中を押してくれるんだ。彼らより優れているというよりも、より良いミュージシャンになって、より良い曲を書けるようにね。もっと練習しなきゃと思うよ」

文学的な影響については、「もちろん、僕はいくつかの本を読んだことがある。明らかに僕は何冊かの本を読んでいて、それらの本が言葉にも不確かだけど影響を与えているんだ。」 と語っていますが、具体的には 数年前に読んでいた Thomas Pynchon (アメリカの覆面作家。作品は長大で難解とされるものが多く、SFや科学、TVや音楽などポップカルチャーから歴史まで極めて幅広い要素が含まれた総合的ポストモダン文学) と Kurt Vonnegut (人類に対する絶望と皮肉と愛情を、シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した。現代アメリカ文学を代表する作家。ヒューマニスト) の名前を挙げます。
「芸術の高低の境界線を尊重していない人がいることは問題だけど、少し成功している作家はその境界線を尊重し、それを理解し、それを覆したり、操作したりしているんだよ。彼らは文化についてのつまらない一般化したポイントを作るためにやっているのではなく、実際に人々が共感できるような、感情的に共鳴する何かを言うためにやっているのだから。僕たちは皆、文化的な価値の高低という点では、高いものも低いものも経験しているけど、それらが交差したとき、あるいは境界線が存在するように感じられないとき、その境界線が取り払われたとき、それはその瞬間の感動や感情的な共鳴の一部となるんだ。それが正確に表現できれば、信じられないほどインパクトのあるものになる。だから僕はヴォネガットのような作家に興味を持っているんだ。物語に興味を持ってもらうための安っぽいトリックかもしれないけどね。でも、リスナーが風景を想像するのに美しい言葉や文学的なセンスを使う必要はないんだよ。コカコーラのように、彼らがすでに知っているものを与えて、あとは好きなものを好きなだけ詰めればいい」
意外かもしれませんが、Wood は Father John Misty の大ファンであることも公言して憚りません。
「正直、彼のことをちょっとセクシーな愚か者だと思っていたんだけど、気がつけば彼の後を追いかけていた。彼は世界最高の作詞家ではないけれど、彼の考えていることは完全に、完全に正直だからね」

Wood 自身の初期の文学的な実験としては、”Kendall Jenner” が挙げられるでしょう。ホテルのスイートルームに宿泊するTVスターを、彼らの意志に反して強引にその場を訪れるリアリティーショーの一場面。もちろんフィクションですが、Kendall (カーダシアン家のお騒がせセレブライフで知られるモデル、タレント) は自殺の前に、(私はNetflixと5HTP の申し子/私の青春時代すべてがテレビで放送されている/何も感じることができない/ジュエリーを脱ぐと私は空気よりも軽いのよ)と嘆きます。
「僕はちょうど面白いと思った物語の装置を試してみたかった。音楽の終わりは前のセクションとはかなり対照的で、物語にはある種のクライマックスが必要だと思ったので、多くのものと同じように、死で終わったんだ。この作品は、彼女の立場や場所について、あるいは彼女のファンや視聴者についてのより広い解説を意図したものではないんだ。別に視聴者の共犯性をあげつらってもいない。いつも彼女や彼女の家族の出来事を楽しんでいたからね。ストレートな物語性のある作品を作るのは初めての試みで、今振り返ってみるとちょっと刺激的すぎたかもしれない。もちろん、女性を差別する意図なんてないよ?そんなことは考えたこともなかった。」
“For The First Time” は昨年3月にイギリスがロックダウンに入る前にレコーディングされた最後のアルバムの一つであり、混乱の中で録音されたアルバムとして完全にふさわしいものだと感じられます。屹立したポストロックの冒険と皮肉なポップカルチャーへの言及に満ちたレコードは、反商業的で、リスナーが純粋なポップミュージックを期待していたのであれば間違った作品を手に取ったと言えるでしょう。
では、この作品で Wood はソングライティングの際に実際の自分に近いペルソナを採用したことはあるのでしょうか?
「最初の曲(”Athen’s France” や “Sunglasses”)では、大きな不安の中で自分を守ろうとしたときに現れる、哀れでシニカルな思考に焦点を当ててきた。だから、そうなんだと思うよ…男の内面をキャラクターで書いてきたからね。それは厄介で、時々うまく翻訳できないこともあると思うんだけど…。例えば、初期の曲では女性の描写がやや一次元的だったと思われていたのは間違いなく後悔しているよ」

カニエ、NutriBullets、デンマークの犯罪ドラマへの言及でポップカルチャーへのアイロニーを匂わせながら、不快なほどに生々しく別れの領域を掘り下げる “Sunglasses”。その機能と意味はまるでボックスを踏み続けるダンスのように、9分という時間の中でずっと続いています。傷ついた自我、嫉妬、不安、その他全てを語るこのトラックの強烈さを考えると、当然のことながら、Wood は具体的な解説を避けようとします。
「多くの人の心の中にある特定の視点から書かれている。それは信じられないほど悲観的で傲慢に感じることがある声なんだ。多くの人が初めて’Sunglasses’を聴いた時に、耳障りで擦り切れたような感じがすると思うんだ。でも実際には、音だけじゃなくかなり苛立たしげな声を出していて、かなり馬鹿げた抑揚をつけていて、それはとても泣き言で、演技的で、かなり大げさなんだよね。聞いているとかなりイライラしてしまう。他の多くの人もそうだろうね」
そもそも、ポストパンクやそれに隣接するシンガーで実際誰もが認める実力者など、Ian McCulloch, David Bowie, Scott Walker くらいではないでしょうか。Mark E Smith, Sioux, Ian Curtis, Iggy Pop への評価が突然負から正へと反転したリスナーは少なくないでしょう。
「願わくば、僕のヴォーカルをたくさん聴いて、声に対する経験がある時点で反転してしまえばいいんだけど。そうすれば、リスナーは僕の歌に夢中になり、それを楽しむようになるからね」
“Sunglasses” の異質なアレンジメントについては「この曲は、物語の中で何が起こるのかという点を、音楽的にかなり露骨に設定していると思う。説明するまでもないだろうけど。何かが起こって、最初の道とは別の道で終わる。音楽はそれを追っているだけなんだ。天才的なポップ・コーラスが書けない時には、この書き方が効果的だと思うよ」
最近まで Wood は10代でした。彼にはまだ時間がたっぷりと残されています。そして刻々と変化を続けるはずです。もちろん、だからこそ現在の曲作りには、若者特有の不安感も。
「不安が意識的に影響しているとは全く考えていないけど、とても重要な時にはよく感じるし、自然とそのことについて書いたり歌ったりするね。そして、なにかを放出する時には、単純に自分自身かなり圧倒されていることに気づくことがあるよ」

BLACK COUNTRY, NEW ROAD という奇妙な名前を Wood はプロパガンダだと説明します。
「僕たちなりの『Keep Calm and Carry On』のようなもので、ここで仕事をするのに必ずしも狂っている必要はないけど、助けになることはあると宣言しているんだ。基本的には、悪い場所から抜け出すための良い方法だと説明しているんだよ。興奮した人たちが時々、この道を知ってるなんて言うんだけど、僕はそれが存在しないことを彼らに説明し続けなければならないんだよ」
このバンドの飄々としたウィットは “For The First Time” 全編に現れていますが、特にオープニングの “Instrumental” でのおかしなキーボードリフはその証拠でしょう。通常、待望のバンドのデビュー・アルバムを紹介するような方法ではありません。Evans が紐解きます。
「奇妙だからといって、それが必ずしも悪いとは限らない。シンセのラインが目立つのはおかしいし、曲の中心になるのもおかしい。だけどそれは素晴らしいことだと思うよ。僕たちは4つのリード楽器を持っている。実際には5つかもしれない。2本のギター、ボーカル、サックス、バイオリン、そして鍵盤を使って、みんなで細部にまで気を配る必要があるんだ。細部にまで気を配っていないと、たぶん聴いていて気持ちの良いものにはならないだろうね。僕たちは我慢しなければならない。だからこそうまくいくんだ」
実験的レーベル Ninja Tuneと契約したのは、収穫でした。コンタクトはラブレターという21世紀において脇に追いやられ、枯れ果てたスタイル。型にはまらない契約だったからこそ、完璧にフィットしていたのでしょう。未知の世界への感覚も魅力の一つだったと Hyde は説明します。
「彼らが私たちメンバーの中の誰かを知っているとは思えなかった。とてもエモーショナルになったわ。私たちに契約を申し入れていた他の誰も、このような方法で感情を表現していなかったからね。彼らはわざわざそんなことをする必要はなかったけど、そうしてくれたの」
このグループがすでに若いファンの想像力を掻き立てていることに注目すべきでしょう。”Opus” を制作した最初のセッションでは、新グループと旧グループとの差別化を図るための議論があったのではないでしょうか?
「具体的にいつ、どのようにしてそうなったのかは覚えていないけど、BC,NRで何をしたいのかという理解はあったのだと思う。NERVOUS CONDITIONSを2~3年やっていたんだけど、その間に開発したものをいくつか取り入れたいと思っていたのは確かだよ。でももちろん、それまでとは違う種類の音楽を作りたいという願望もあるし、現在の作品は、僕ら全員にとってよりくつろげるものになっていると思う」
Hyde も同意します。
「感情的にも音楽的にもつながっているんだから、私たちは何かを作り続けるしかなかったの。感情的には脆くなって、もがいていたけどね」

最新シングルとなった “Science Fair” は、前衛的なギターとブラスのモンスター。Evans のお気に入りです。
「この曲はかなりストレートなものだよ。キューバ風のビート・フリップなんだ。科学的に完璧なドラム・ビートだよ」
一方、Georgia は、起源が東欧とドイツ、伝統的なユダヤ人の民族音楽クレズマーがバンドにもたらした影響を説明します。ヴァイオリンとサックスは伝統的なロックの楽器ではありませんが、クレズマーのバックグラウンドは新たな扉を開きました。
「祝賀会の音楽みたいなものよ。パーティーミュージックなの。ユダヤ文化の中で人々が集まる時に演奏されるのよ。悲しい音楽でも、かなりハッピーな音楽。でも、マイナーキーだから悲しそうに聞こえるのよね」
アルバムのタイトルでさえも、奇妙な場所から抜かれています。それは Isaac が偶然見つけた “We’re All Together Again for the First Time” と題されたデイヴ・ブルーベックのジャズ・アルバムからの抜粋でした。
曲作りのプロセスは決まっているのでしょうか?
「具体的なプロセスはないんだけど、最初のアイデアはたいてい Lewis と僕がスケッチをして、それからハーモニーを奏でることのできるメンバーがトップラインなどでそのスケッチを補強していくんだ。その後、グループ全体で肉付けをして分解し、全員が満足できるものに仕上げていくんだよ。その時にテーマを考えて、歌のための言葉をまとめるんだ。曲作りの過程で言い争うことはほとんどないね」
それはバンドのサウンドの断片の組み合わせ方にもはっきりと表れています。”For The First Time” は例えば「エキゾチックな」着色剤を使っただけのロックではありません。クレズマーとポスト・ハードコアという、表向きは全く異なる要素が反復合成されていることを考えると、このバンドにはいくつかの「異なる陣営」が存在しているのではないかと疑いたくもなります。
「確かに相対的な専門知識のポケットはいくつかある。Georgiaと Lewis はクレズマー音楽の経験が豊富で、Georgia は現在 Happy Bagel Klezmer Orkester と共演しているし、Lewis は若い頃に経験豊富なクレズマー音楽家と共演して彼らから即興演奏の仕方を教わり、それが彼の作曲に大きな影響を与えているんだよ。May はクラシックの分野に最も多くの時間を割いているし、僕はARCADE FIRE のアルバムを最も多く所有している。でも、これらの影響を受けたもの同士がお互いに争っているわけではないんだ」
Evans も同意します。
「僕たちはとても仲が良いから、誰かにアイデアがクソだと言われても気が引けることはないよ。ソングライターの中には、音楽は自分の赤ちゃんのようなものだと言う人もいるけど、それは僕たちのエートスではないんだよ。僕らは常に曲を変えているし、7人組のバンドでは手放す能力が本当に重要なんだ。独裁者にはなりたくないんだよね。他にも6人の素晴らしい才能を持った人がいるんだから、彼らを無視して何の意味があるんだろう?それは音楽を悪くするだけだ。もしそれが1人の手によるものなら、僕らの音楽はクソになっていただろうね」


そもそも、千年紀の変わり目に生まれた多くのミュージシャンのように彼らはバンドの音楽をそのような臨床的カテゴリーに当てはめることには全く興味がないようです。Hyde が続けます。
「ロックの方が簡単だと思うこともあるけど、ポップの方が簡単だと思うこともあるわ。一つのものに留まる時間はほとんどないから、それを何か呼ぶのは無意味だと思うのよ」
しかし、それでもこれは Isaac Wood のバンドなのでしょうか?不可解な答えが返ってきます。
「BLACK COUNTRY, NEW ROAD が “僕のバンド” というのは、クラッシュした車に乗っていたオーストラリア人の男が “仲間を待っていた” のと同じ意味だ。少なくとも、私はアル・ゴア副大統領のように広く尊敬されている」
ダイナミクスとは何か、インパクトとは何かを再評価することもバンドにとって重要な課題でした。Hyde が説明します。
「当たり前のことのように思えたけど、非常に静かなパートと非常にラウドなパートを使い分けるというシンプルなテクニックは、曲の中で進行や物語のような構造を作り出すのに役立ったわね。それに静かに演奏することで、楽器を切り取ることができるということも学んだわ。ヴァイオリンとサックスは、しばしば音を非常に拡張的にしているわね。それが、よりオーケストラ的で映画的なアプローチにもつながっている。曲の中には、引き込まれるような音楽の波があるの」
たしかに、BLACK COUNTRY, NEW ROAD の音楽は少なくとも、絶対的な新しさの前衛ではないかもしれません。ただ他の誰とも似ていないというだけで、たとえ構成要素のほとんどを挙げることができたとしても、それは明らかに十分すぎるほどの眩しさでしょう。
「SLINT を崇拝してるからね。信じられないくらい良いバンドだ。だから比較されても気にならないよ」
とはいえ、SLINT, SONIC YOUTH, OXBOW, COWS, TORTOISE, BATTLES, TALK TALK TALK。誰かが彼らが他のバンドと「全く同じ」ように聞こえると主張するたび、その誤りを正すのは簡単です。もちろん、ポップカルチャーは今、より粒体化されているような気がしますし、至る所でつながりがあり、すべてが奇妙かつ予測不可能な形で機能しています。
例えば、もし誰かが BC,NR を SHELLAC の模造品だと非難したいのであれば、まず最初に考慮しなければならないのは、サックス、ストリングス、シンセを使ったクレズマーと自由な即興演奏、次に、彼らのグローバルなポップカルチャーへの没頭でしょう。さて、では彼らの新たな道のりは次にどこへ向かうのでしょうか?

「最初は ARCADE FIRE みたいになるって冗談を言ってたんだ。当時はそれが面白かったんだけど、僕らは結果的にそういう感じのアルバムを書いたんだ。今はカンタベリー・シーンのことを冗談にしているんだ。だから、もしかしたら3作目にはリュートが出るかもしれない。少なくとも20%の人が聴いてくれることを願っているよ」
“Track X” は次の作品にとっての “X ファクター” となるかもしれません。
「Track X ” は、新しい作品がどんなものになるのか、ちょっとしたアイデアを与えてくれる区切りのようなものだ。でも、これまでとは違うものになるだろうね。奇妙な音や無調なもので表現するのではなく、曲作りの中に奇妙さを埋め込んでいくんだよ。複雑な不規則性でね」
その名前が示すように、「Black Country, New Road」にはまだ目的地はなく、ただただ速度と逃避感、そして懸命に稼いだ自由があります。絶対的な可能性を秘めているのはたしかです。日本でそのライブパフォーマンスが目撃できるのはいつになるでしょうか?

参考文献: The Quietus:Making Good Their Escape: Black Country New Road Interviewed

The Quietus:Frenz Experiments – Black Country, New Road Interviewed

DIY Mag:CLASS OF 2021: BLACK COUNTRY, NEW ROAD

The Guardian: Interview ‘30% hate us, 50% don’t care’: Black Country, New Road, Britain’s most divisive new band

ファラ:Black Country, New Road “For the First Time”

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【JAGA JAZZIST : PYRAMID】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH LARS HORNTVETH OF JAGA JAZZIST !!

“I’ve Listened To Tomita’s Albums For Years And It Felt Really Natural To Combine This Inspirations Of Warm Synth Sounds With The Analogue And Organic Sounds Of The Drums, Guitars, Horns And Vibraphone. We Spent a Lot Of Time Making The Synth Melodies Sound As Personal And Organic As Possible, Like a Horn Player Or a Singer. Tomita Was The Biggest Reference To Do That.”

DISC REVIEW “PYRAMID”

「アルバムの音楽を表現するために、何か象徴的なものが欲しかったんだ。今回の音楽はかなり壮大で、ピラミッドの四方や外壁、そしてその中にある神秘的な部屋を音楽で表現することができたと感じたわけさ。」
人類史において最もミステリアスな古代の巨石建造物ピラミッドは、興味深いことに過去と未来を紡ぐノルウェーのフューチャージャズ集団 JAGA JAZZIST 5年ぶりの帰還に最も相応しいアイコンとなりました。
「Ninja Tune とはスケジュールの問題があったんだ。彼らは今年、非常に多くのリリースを抱えていたから。Brainfeeder への移籍は今のところいい感じだよ。僕たちが大好きなアーティストと同僚になれて誇らしいね。」
ジャズを王の眠る部屋だとするならば、そこから無数に伸びる通路が繋ぐ音の部屋こそ JAGA JAZZIST の真骨頂。エレクトロニカ、ミニマル、クラシカル、ポストロック、プログロックと接続するエクレクティックな内部構造、360度見渡せる “神秘の部屋” の有りようは、奇しくも FLYING LOTUS が主催し Kamasi Washington, Thundercat といったジャズの新たなファラオが鎮座する Brainfeeder の理念や野心と完膚なきまでに符合しました。
「たしかにシンセとそのシンセサイザーでの音の出し方に関して、冨田勲に大きなインスピレーションを受けたね。この “Tomita” という曲だけじゃなく、アルバム全体にも影響を与えているんだよ。」
前作 “Starfire” と比較してまず驚くのが “エッジ” の減退と “オーガニック” の伸長でしょう。”Starfire” に見られたアグレッシブなダブやエレクトロニカのサウンドは影を潜め、一方で70年代のプログやフュージョンに通じる神秘的な暖かさが作品全編を覆っています。ある意味、Miles Davis があの時代に描いたスケッチを、現代の技巧、タッチで復元するような冒険とも言えるでしょうか。
特筆すべきその変化は、JAGA JAZZIST の主催 Lars Horntveth が9回も訪れているという、日本が輩出した偉大な作曲家、シンセサイザーアーティスト冨田勲の影響によって引き起こされました。
「彼の温かみのあるシンセサイザーの音に受けたインスピレーションと、ドラム、ギター、ホーン、ビブラフォンのアナログで有機的なサウンドを組み合わせるのはとても自然なことだと感じたわけさ。シンセのメロディーを、ホーン奏者やシンガーのようにできるだけパーソナルでオーガニックなサウンドにするため多くの時間を費やしたんだよ。その手法において、最も参考になったのが富田だったんだ。」
暖かく有機的なアコースティックな楽器の音色を、シンセサイザーという機械で再現することに人生をかけた冨田勲。ゆえに、彼がアナログシンセで奏でるメロディーの夢幻は唯一無二でした。その理想をユニゾンの魔術師 JAGA JAZZIST が8人がかりで現代に蘇らせるのですから面白くないはずがありませんね。
アンビエントからラテン、さらに Chris Squire を想起させるベースフレーズでプログの世界まで到達する “Tomita”。ボレロとファンク、それに夢見がちなサウンドトラックが合わさり最古のミニマルミュージックをアップデートした “Spiral Era”。Fela Kuti の魂、Miles Davis の遺志と共鳴しながらユニゾンと対位法、ポリリズムのカオスで圧倒する “The Shrine”。ネオンを散りばめたジャズ/フュージョンのダンスフロア “Apex”。そのすべては、壮大で美しく、奇妙で夢のようなピラミッドを形成するレトロな未来なのでしょう。
ロックの視点で見れば、”Kid A” 以降の RADIOHEAD や TAME IMPALA まで因数分解してヒエログリフに刻むその慧眼をただ崇拝するのみ。
今回弊誌では、Lars Horntveth にインタビューを行うことができました。「この楽曲は彼の音楽へのオマージュであるのみならず、偉大な政治家としての Fela Kuti に捧げた音楽なんだ。この曲がタイトルに沿った “聖堂” であることを願っているよ。彼の人生と魂に語りかける楽曲になっているとしたら、それは僕たちにとってボーナスのようなものさ。」どうぞ!!

JAGA JAZZIST “PYRAMID” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【COVET (YVETTE YOUNG) : TECHNICOLOR】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH YVETTE YOUNG OF COVET !!

“I Personally Do Feel Like There’s a Lot Of Stereotypes And Preconceptions Floating Around, And I Look Forward To Continuing To Work Hard So I Can Be a Better Example Of What Is Possible To Younger Girls.”

DISC REVIEW “TECHNICOLOR”

「”Technicolor” とは、かつて古いフィルムを着色するために使用された懐かしい方法だから、適切な名前だと思ったの。アルバムの音楽の多くは、私の中に少しノスタルジアを呼び起こしていると思うのよ。トーンや高揚感のおかげでね。」
褪せたフィルムに色を差せば、浮かび上がるは感情。決して万人には訴求しない難解多動なマスロック/プログレッシブの領域に、COVET と Yvette Young は夢見がちに懐かしき音の虹をかけて色彩豊かな華の架け橋となりました。
「あれは私が今まで経験した中で最悪の出来事の一つだったわ。音楽業界(そしてそのシーン全般)には依然として女性に大きな偏見があって、混乱の多い場所であることを学んだと思うわ。それにね、何か悪いことが起こっているときは決して静観しないことが常に最善であることも学んだわ。だって、黙っていれば、誰かがバンドの力と権力を乱用し続けることを許してしまうから。」
順風満帆に思えたマスロックイーンのキャリアは今年初頭、強大な嵐にさらされました。PERIPHERY のギタリスト Mark Holcomb との不倫騒動が巻き起こったのです。Mark 本人からの冷たい言葉に加えて、彼のファンベースからも心ない差別、中傷を受けた Yvette は傷つき、悩み、そして遂に毅然と声をあげました。
憶測が飛び交っているから自分の言葉で真実を伝えたい。Yvette は Mark が妻とは別居し離婚したと嘘をついて妻と彼女2人との二重生活を続けたこと、都合が悪くなると彼女をブロックし脅迫まで行ったこと、心労でセラピーに通わざるを得なくなったことを正直に透明に明かしたのです。
「私は成すことすべてにおいて、自分自身に問いかけているの。どんなシーンに存在していたい? ミュージシャンが性別や肌の色を問わず本当に活躍できるシーンとは?その場所へどうやって貢献できる?仕事やパフォーマンスをしているときは、いつもそれを心に留めておくのよ。シーンの将来に希望を抱いているわ。」
固定観念や先入観が禍々しく漂う分断された世の中で、Yvette の勇気が切り開く色彩は後続のマイノリティーが差別や不利益を受けることのない未来。女性であること、アジア系の出自を誇れる未来。”Technicolor” はそんな Yvette の決意と優しさが込められた新たな旅路となったのです。
「音楽がメロディックでもエモーショナルでもないテクニカルな演奏技巧には興味がないことに気づいたのよ。だから将来的には、もっとドリーミーでエモーショナルでメロディックな世界を探求したいわ。」
目まぐるしいテレキャスターのブライトなサウンドと、フレットボードを駆け巡るポリリズミックなタップダンスに端を発する COVET の音世界は、よりオーガニックに、よりアトモスフェリックに、よりエモーショナルにリスナーの心を溶かします。
「”Parachute” と “Farewell” を書いたとき、私はすぐにギターに重なるボーカルラインが浮かび歌い出し、歌詞はあとから浮かんできたの。歌が加えられてやっと楽曲が完成したと感じたわ!そうそう、私のフェイバリットシンガーは宇多田ヒカルなのよ。彼女を聴いて育ったから。」
中でも自身のボーカルを加えたエセリアルな “Parachute” とジャジーな “Farewell” は、新生 COVET の象徴でしょう。前作の “Falkor” と対をなすネバーエンディングストーリー組曲 “Atreyu” のイノセントな響きも極上ですし、彼女のヒーロー CASPIAN の Philip Jamieson がトレモロの嘆きを付与する “Predawn” の叙情も筆舌に尽くしがたい音恵でしょう。
今回弊誌では、Yvette Young にインタビューを行うことができました。「音楽シーンにおけるセクシズムと正面から闘うことが重要だと思う。このトピックにアプローチする方法はたくさんあるわね。だけど最近、性差別について話しすぎると報復を多く受けてしまうように感じるわ。それが実際に人々をこの話題から遠ざけている可能性もね!」 POLYPHIA, Ichika とのシンクロニシティーも必見。どうぞ!!

COVET “TECHNICOLOR” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ALARMIST : SEQUESTERER】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ALARMIST !!

“‘Post-rock’ Used To Be a Useful Catch All Term That Included All Of The Things You Just Listed To Describe Our Sound, Particularly For Bands Like Tortoise, Stereolab, Slint, But Now Seems It’s Gotten Very Specialised To a Certain Type Of Slow-burning Reverby Sound.”

DISC REVIEW “SEQUESTERER”

「アイルランドは小さな国だけど、沢山の有名なインストゥルメンタルバンドを輩出しているよね。その大きな理由は、おそらく00年代初期に THE REDNECK MANIFESTO がこの国でとても人気があったからだと思うんだ。」
THE REDNECK MANIFESTO, GOD IS ASTRONAUTS, ADEBISI SHANK, AND SO I WATHCH YOU FROM AFAR, ENEMIES。00年代初期に勃興したアイルランドのインストゥルメンタル革命は、ポストロックの情景とマスロックの知性を巧みに組み込みながらそのユニークな音脈を紡ぎ続けています。
「”ポストロック”は、僕たちのサウンドを説明するための便利なフレーズだったね。ただ、今となってはリバーブをかけた緩やかに燃えるような特定のサウンドを指すようになっていると思う。」
穏やかに多幸感を運ぶアトモスフェリックなサウンドスケープのみを追求せず、実験性、多様性、複雑性を同時にその理念へと宿す ALARMIST はまさにアイルランドに兆した特異性の申し子だと言えるでしょう。
“ポストマスロック”。モダンなインスト音楽の領域にとって不可欠なポストロック、マスロックのみならず、エレクトロニカ、ジャズ、チェンバー、サウンドトラックにゲーム音楽まで貪欲に飲み込む騒々しき野心家 ALARMIST に付属したタグは、そうして自らが呼称する “インスト過激主義者” のイメージと共に新時代の到来を激しく予感させています。
「僕たちはパートをスワップするのが好きなんだ。パートごとよりもアンサンブル全体を考えて作曲しているからね。」
ALARMIST が過激派たる由縁は、担当楽器のユーティリティー性にもあると言えます。カルテットからトリオへと移行する中でツインドラムの奇抜は失われましたが、それでもメンバー3人は全員が鍵盤を扱えますし、ギタリストとキーボーディストの境界さえ曖昧。さらに管楽器やアナログシンセ、トイピアノにダルシマーまで駆使してその音のキャンパスを豊かに彩っているのです。
「僕たちは1つのジャンルのラベルで完全に満足することは決してないだろうね。だけど “エクスペリメンタルロック” は曖昧だけど使える言葉だと思う。」
実際、バンドのセカンドアルバム “Sequesterer” に封じられた楽曲は、かつてポストロックに備わっていた実験性、真の意味での “ポスト” ロックを体現する魔法です。
例えば Tigran Hamasyan がジャズからの MESHUGGAH への返答だとすれば、オープナー “District of Baddies” はポストロックからの MESHUGGAH への返答なのかも知れません。ANIMALS AS LEADERS を想起させるシーケンシャルなメロディーとポリリズミックなリズムアプローチの現代建築は、アナログシンセサイザーの揺蕩う揺らぎや多様な楽器の音色との交わりで緩やかに溶け出し、風光明媚な情景の中へと見事に同化を果たします。それはメタルの方法論とはまた異なるスリル。時間もジャンルも楽器の垣根までも飛び越えまたにかける音旅行。
同様に、”Boyfriend in the Sky” はトロピカルトライバルに対する、”Lactic Tang” は FLYING LOTUS に対する、そして “Expert Hygience” はゲーム音楽に対するポストロックからの強力な返答だと言えるのかも知れませんね。ポストロックの一語である程度音像が理解できてしまう現在のシーンにおいて、TORTOISE, STEREOLAB, SLINT といったバンドはもっと多様で、挑戦的で、アヴァンギャルドな理想を追っていたよね?という ALARMIST の救いにも似たメッセージは、”ポスト” の停滞と飽和から脱却する万華鏡の音魂として世界を席巻するはずです。
今回弊誌では ALARMIST のメンバーにインタビューを行うことが出来ました。「日本にはクールな音楽が沢山あるよね。Mouse on the Keys, Cornelius, Perfume みたいな J-Pop に武満徹のような現代音楽まで。それに、任天堂、セガ、コナミみたいなゲーム音楽からも大きな影響を受けているんだよ。」リリースはジャンル最重要レーベルの一つ Small Pond から。どうぞ!!

ALARMIST “SEQUESTERER” : 9.9/10

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