COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【OPETH : IN CAUDA VENENUM】


COVER STORY: OPETH “IN CAUDA VENENUM”

“The Last Death Metal I Bought Because I Was Interested Was “Domination” by Morbid Angel. That’s 1995, a Long Time Ago Now. I’m Not Saying It’s Just Been Bad Releases Since Then, Of Course Not, But That’s The Last Time I Felt Like I Wanted To Hear What’s New.”

THE STORY BEHIND “IN CAUDA VENENUM”

1995年 “Orchid” で闇の蘭を咲かせた “月の都” は、デス/ブラックメタルを縦糸にプログロックを横糸に織り上げる華麗なタペストリーを創造し続け、尊き北欧の激情とメランコリーをロック史へと刻んでいます。昨今、デス/ブラックメタルへの傾倒は確かに薄れましたが一方でクラッシックロック、フォーク、サイケデリックとそのテリトリーは拡大を遂げ “In Cauda Venenum” は魅力的な音楽の交差点にも思えます。
マスターマインド Mikael Akerfeldt はスウェーデン語と英語の二ヶ国語でこの新たなタペストリーを織り上げる決定を下します。OPETH がスウェーデン語でレコーディングを行ったのは、ROXETTE のシンガー Marie Fredrikkson のカバー “Den Standiga Resan” 以来。
そのアイデアは、Mikael が娘を学校に送った時に降りて来たようです。「別にクールな理由がある訳じゃないんだ。ただやりたいからやっただけさ。いつも俺は、アルバムごとに新たなアイデアを試そうとしているからね。そしてたまたま今回はそれがスウェーデン語だった訳さ。」

ただし音楽を先に生み出し、後に歌詞をつけるのが Mikael のライティングスタイルです。普段は50分ほどのマテリアルで “打ち止め” する Mikael ですが、”In Cauda Venenum” のライティングプロセスでは溢れ出るアイデアは留まるところを知りませんでした。
「この作品ではこれまで以上に書いて書いて書きまくった。それで3曲もボーナストラックがつくことになったんだ。」
スウェーデン語のアイデアは、当初メンバーたちの同意を得られなかったと Mikael は語っています。ただし、何曲かのデモを聴かせるとその考えは180度変わりました。
「奇抜なアイデアと思われたくはなかったんだ。いつも通りやりたかったからね。ただ別の言語を使っているというだけでね。」
スウェーデン語バージョンと英語バージョンの違いは Mikael の歌唱のみ。「言葉がわからないからアルバムをスキップしてしまうのでは」という不安から英語でも吹き込むことを決めた Mikael ですが、彼のクリーンボイスはビロードの揺らぎで溶け出し、スウェーデン語の違和感を感じさせることはありません。むしろ際立つのは言葉に宿るシルクの美しさ。

実際、その不安はすっかり杞憂に終わりました。Billbord のハードロックアルバムチャート3位、ロックアルバム9位の健闘ぶりはそのアイデアの魅力を素直に伝えています。
どちらかと言えば Mikael はスウェーデン語のバージョンを推奨しているようです。
「スウェーデン語がオリジナルで最初に出てきたものだから、やはりイノセントだし少しだけ良いように思えるよ。まあ選ぶのはリスナーだけどね。」
故にアルバムタイトル “In Cauda Venenum” はどちらの言語にもフィットするようラテン語の中から選ばれました。「尾には毒を持つ」ローマ人がサソリの例えで使用したフレーズは、フレンドリーでも最後に棘を放つ人物のメタファー、さらには “想像もつかない驚きを最後に与える” 例えとして用いられるようになりました。
Travis Smith が描いたアートワークもその危機感を反映します。窓辺に映るはメンバーそれぞれのシルエット。ヴィクトリア建築の家屋は悪魔の舌の上に聳えます。「悪魔に飲み込まれるんだ。最後には不快な驚きを与えるためにね。」

ではアルバムに特定のコンセプトは存在するのでしょうか?
「イエスと言うべきなんだろうがノーだ (笑)。コンセプトアルバムとして書いた訳じゃない。ただ、”Dark Side of the Moon” みたいなアルバムだと思うんだ。あの作品を聴いてもコンセプトは分からないけど、循環する密接なテーマは感じられる。KING DIAMOND みたいに明確なコンセプト作じゃないけどね。だから俺は言ってみれば現代の “リアル” をテーマにしたんだと思う。」
2016年にリリースした “Sorceress” との違いについて、Mikael は前作はより “イージー” なアルバムだったと語ります。
「”Sorceress” はストレートなロックのパートがいくつか存在するね。構成もそこまで入念に練った訳じゃないし、ストリングスもあまり入ってはいないからね。」
一方で “In Cauda Venenum” は 「吸収することが難しく、”精神分裂病” のアルバム」 だと表現します。その根幹には、深く感情へと訴えかける遂に花開いた第2期 OPETH のユニークな多様性があるはずです。

さらにギタープレイヤー Fredrik Åkesson もここ10年で最も “練られた” アルバムだと強調します。
「”Watershed” 以来初めてレコーディングに入る前にバンドでリハーサルを行ったんだ。僕はいつもそうしようと主張してきたんだけどね。おかげで、スタジオに入る頃には楽曲が肉体に深く浸透していたんだ。そうして、可能な限りエピックなアルバムを製作するって目標を達成することができたのさ。」
そして Mikael からのプレッシャーに苦笑します。
「僕はギタリストにとって “トーン” が重要だと思っている。理論を知り尽くしたジャズプレイヤーでもない限り、トーンを自分の顔に出来るからね。”Lovelorn Crime” では Mikael から君が死ぬ時みんなが思い出すようなギターソロにしてくれって言われたよ。(苦笑)」
では Fredrik は現在の OPETH の音楽性をどう思っているのでしょうか?
「もし “Blackwater Park” のような作品を別のバージョンで繰り返しリリースすれば停滞するし退屈だろう。ただあの頃の楽曲をライブでプレイするのは間違いなく今でも楽しいよ。Mikael のグロウルは今が最高の状態でとても邪悪だ。だからまたいつかレコードに収録だってするかも知れないよ。」

Mikael が OPETH を政治的な乗り物に利用することはありません。それでも、スウェーデンの “偽善に満ちた” 社会民主労働党と右派政党の連立、現代の “リアル” を黙って見過ごすことは出来ませんでした。
「”Hjartat Vet Vad Handen Gor/Heart in Hand” はそうした矛盾やダブルスタンダードについて書いた。俺の社会民主的な考え方を誰かに押し付ける気はないんだけどね。アイツらと同じになってしまうから。だけど奴らの偽善だけは暴いておきたかった。」
Mikael にとってそれ以上に重要なことは、涙を誘うほどにリスナーの感情を揺さぶる音楽そのものでしょう。
「もっとリスナーの琴線にふれたかったんだ。究極的にはそれこそが俺の愛する音楽だからね。ただ暴れたりビールを飲んだり以外の何かを喚起する音楽さ。つまり、このアルバムをリスナーの人生における重要な出来事のサウンドトラックにしたかったんだ。上手くいったかは分からないけどね。」

もちろん、Mikael は2011年の “ウルトラ-プログレッシブ” な “Heritage” 以降、ファンが “OPETH は今でもメタルか?” 論争を繰り広げていることに気づいています。
「それについて話す前に定義しておくことがある。彼らの言う “メタル” って何なんだい?彼らは俺と同世代?若いの?年上なの?俺の “メタル” って何なんだよ?」
そうして様々なファンと話をするうち、Mikael は一つの結論へと達します。「みんなが考えている”メタル” と俺の “メタル” は決して相容れない。」
“Heritage” の顔面リンゴが象徴するように、マッチョなメタルのイメージに疲れ果てたとも。
「アー写をマッチョでシリアスに撮るのもバカらしくなってね。”Watershed” から自分たちを美化するのはやめたんだ。あのアルバムの裏面には俺たち全員の顔をミックスした醜い男が写っているだろ?彼は “Jorge” って言うんだ。」

では、なぜ Mikael はデスメタルから距離を置いたのでしょう?
「最後に買ったデスメタルのレコードは、1995年 MORBID ANGEL の “Domination” だ。以来良いデスメタルレコードがないとは全然思わないけど、俺が新作を聴きたいと思ったのはあれが最後だったんだ。MORBID ANGEL はデスメタルの先頭を走っていた。David Vincent にあなたがいなければバンドをやってなかったと伝えたくらいにね。だからデスメタルは俺にとって間違いなく重要だ。
ただ、”Watershed” でやり切ってしまったんだ。あれ以上良いものは作れない。スクリームボーカルも古い物以外聴かないしね。」
とはいえ、Mikael も音楽ファンが特定のジャンルに所属することを重要視する習性は理解しています。それは何より、過去の自分が生粋のメタルヘッドだったから。数十年の時を経て、彼のアティテュードを変えた大きな要因の一つは確かに年齢でした。そうして、よりエクレクティックに “ジャンルレス” なバンドへと進化を遂げた OPETH。

「もう俺たちがどこかのジャンルに所属しているとは思っていないよ。俺らのファン、特に若いファンの多くはメタルヘッドでいたいと思っていると感じるね。だから俺は自問自答を始めるんだ。俺にとってメタルでいることは重要か?いやそうじゃないってね。だけどまあ、まだケツの青いキッズから KILLSWITCH ENGAGE の新作は聴いた?あれこそが真のメタルだ。あんたはそうじゃないなんて教えられたくはないんだけどね。」
常にポジティブに思える Mikael ですが、OPETH の成功にあぐらをかいているわけではありません。この10年、彼は全てのアルバムでこれが最後の作品かもしれないと思いながら臨んできました。
「俺にとってこの考え方は良いんだよ。怠惰にならず、過去の焼き直しにも用心するからね。」
Mikael はファンのヤキモキした気持ちさえ楽しんでいるフシがあります。
「リスナーが決して確信できないところが気に入っている。いつも期待するものや望むものを届けようとしていると安心して欲しくないんだよ。彼らが完璧にクソだと思うものをリリースするかもしれないけど、俺らはいつも “これが俺たちのやりたいこと” ってアティテュードでやるからね。君がもしデスメタルのファンで、”Blackwater Park” みたいなアルバムを望んでもそれは叶わないよ。だって俺らはもうあの場所に興味がないし、もっとチャレンジングな地点にいるからね。」

DISC REVIEW “IN CAUDA VENENUM”

“In Cauda Venenum” を語る時、”Heritage” 以降の3枚に想いを馳せるは必然だと言えるでしょう。それはすなわち “Post-Watershed”、OPETH の流儀で古のプログロックを再構築する試みです。故に”第2期 OPETH” においてバンドのトレードマークであったデス/ブラックメタルの邪悪は姿を消すこととなりましたが、実際には、一聴してそれと分かる “Opethian” なコードボイシングやプログレッションも減退していたように思えます。
“In Cauda Venenum” が第2期 OPETH の哲学を継続しながらこれほど絶賛されるのは、深みのある “Opethian” なコードワークに Mikael 自らが再び浸っているからに相違ありません。
さらに、JETHRO TULL の傘の下でブリティッシュトラッド色を色濃くした前3作と比較して、”In Cauda Venenum” では慣れ親しんだ叙情味豊かなプログレッシブフォークの魔法が洗練を増して帰還を果たし、己の物差しでメタルを測る Michael の “ヘヴィー” と見事にコントラストを描いているのです。
確かに OPETH マークII はアーシーで暖かみを宿すスカンジナビアのプログロックを華麗に探求しています。フォーク、シンフォ、サイケ、ノルディックジャズなど、RENAISSANCE から ANGLAGARD の狭間を漂う特異点は素朴で野生的な冒険に違いありません。
例えば “Pale Communion” の “River” と”Voice of Treason” のデュオや “Sorceress” の “The Seventh Sojourn” と “Strange Brew” のタッグは以前では実現不可能なハイライトでした。一方で、ある種のオマージュにも感じられるほど具現化した70年代への憧憬がバンドのアイデンティティーを脅かしたのも事実。つまり、”In Cauda Venenum” は完璧に OPETH でありながら、プログロックの深みや温度、伝統に野心を投影した作品だと言えるのです。第1期の宝物殿からエクストリームなボーカルを省いて盗み出されたような “Heart in Hand” や “All Things Will Pass” の一方で、”The Garroter” のシンフォニックジャズや、”Charlatan” の “Djent Purple” は近年の航海がもたらした実り。そうしてアルバムは、以前に比べ飛躍的に “Opethian” なモチーフ、ストラクチャー、コード進行を古のプログロックへと織り込んでいくのです。
スウェーデン語と英語の2バージョンが制作された “In Cauda Venenum” ですが、スウェーデン語から英語への翻訳にも Michael の創意が感じられます。例えば “Svekets Prins” は “嘘にまみれた王子”の意ですが、英タイトルは “Dignity” “尊厳”。”Minnets Yta” も思い出の表層の意ですが、英タイトルは “Lovelorn Crime” “片思いの罪”。粋な意訳が成されているのです。
オープナー”Dignity” は前スウェーデン首相の言葉から始まります。「我々は断絶の時代に住んでいる」その言葉はそのままアルバムのテーマとなりました。リアルな現実、激変と寂寞の世界。さらに “Heart in Hand” のスウェーデン語は “The Heart Knows What The Hand Is Doing”。より直接的に政治の欺瞞を暴きます。
メンバー個々の進化も “In Cauda Venenum” を特別な作品へと導きました。中でも、Mikael が紡ぐクリーンボイスの表現力は飛躍的な向上を遂げています。QUEEN をイメージさせるオペラティックなハーモニー、スポークンワード、ファルセット、線の細いデリケートな感傷と野太く粗野な力強さはまさに感情のローラーコースター。同時に Fredrik が繰り出すクリスタルなギタートーンと Joakim の七色のキーボードサウンドは第2期 OPETH の強力な武装です。
Michael の胸を打つファルセットと Fredrik の Gilmour ライクなソロワークで北欧のメランコリーを伝える “Lovelorn Crime” は “Burden” に比肩する絶佳のバラード。対比とエピックの極地 “Universal Truth” にドゥーミーでアンセミックな “All Things Will Pass”。そうして硬と軟、速と遅をドラマティックに使い分けるマスター達の所業はエピックの極みを導き、リスナーに美麗と毒素のコントラスト突きつけるのです。
もちろん、”In Cauda Venenum” は第2の “Still Life” でも “Blackwater Park” でもありません。ただし、リスナーがそれと同等のインスピレーションやイマジネーションを得ることの出来る美しき月の裏側であることは確かでしょう。そしてきっと”ヘヴィー”の意味を問う作品に違いありません。

OPETH “IN CAUDA VENENUM”: 10/10

OPETH JAPAN TOUR 2019 チケットの詳細はこちら。

参考文献: REVOLVER:OPETH’S MIKAEL ÅKERFELDT ON DEATH METAL, JIM CARREY, “MACHO METAL BAND PHOTOS”

Billbord:Opeth’s Mikael Akerfeldt Talks New Swedish-Language Album ‘In Cauda Venenum’: ‘It’s a Schizophrenic Listen’

Blabbermouth:OPETH’s FREDRIK ÅKESSON Says Most Of ‘In Cauda Venenum’ Was Written Over Three-Month Period

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【IAMTHEMORNING : THE BELL】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH GLEB KOLYADIN OF IAMTHEMORNING !!

“It Is Fascinating To Add Passion And Drive From Rock Music To The Classics. At The Same Time, Playing Rock, I Try To Make It More Sophisticated And Intellectual, Adding Many Layers And Making It More Polyphonic.”

DISC REVIEW “THE BELL”

「コフィンベルはどちらかと言えば憂鬱のシンボルなんだ。同時にとても美しいけどね。人間の残酷さについてのストーリーなんだ。何世紀も前から人間性そのものは何も変わってはいないんだよ。そしてこのベルは、例え生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を知らせるための最後の望みだったんだよ。」
Kscope の至宝、チェンバープログの孤高を極めるロシアのデュオ iamthemorning は、クラシカルなピアノの美麗とエセリアルな詠唱の荘厳で人に宿る残酷の花を自らの音の葉で咲かせます。
“Lighthouse” のアートワークに描かれた心許ない灯台の火は、孤独や痛み、憂鬱に翻弄される大海、人生における微かな希望の光だったのかも知れませんね。そうして今回、長年のコラボレーター Constantine Nagishkin の手によって “The Bell” の顔として描かれたのは、希望と闇、美と憂鬱のコントラストを投影したコフィンベルでした。
セイフティーコフィンベル。英国ヴィクトリア期に広まった、棺に連結されたベルは仮に生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を伝えられる最期の希望。
「どんなに長い間、絶望的な状況に置かれたとしても、助けを呼ぶことは出来るのよ。と言うよりも、助けが必要な時は必ず呼ぶべきなのよ。」ヴィクトリア期に心酔し探求を重ねるスペシャリスト、ボーカル Marjana はいわくのベルをテーマとしたことについてこう語っています。
21世紀において埋葬されるのは、薬物の乱用、差別、ネグレクト、社会からの疎外に苦しむ人たち。つまり、iamthemorning は何世紀も前に存在した残酷と希望を宿す “セイフティーネット” を現代に巣食う闇の部分へと重ね、人間性の高まり、進化についての疑問と真実を世界へと問いかけているのです。
「僕自身は少しずつプログのラベルから離れていると思うんだ。音楽的な境界を広げようとしているし、出来るだけ異なる音楽をプレイしようとしているからね。このアルバムでは特に顕著だと思うよ。」
人間性を率直に問いかけるアルバムにおいて、当然 iamthemorning 自身も装飾を剥ぎ取り、ナチュラルで正直、かつ本来の姿への変貌を厭いませんでした。
「”The Bell” の楽曲の大半は、正確に言えば僕たち2人のデュエットなんだ。2曲を除いて、当初全ての楽曲はデュエットの形をとっていたんだよ。その中のいくつかは、後に他の楽器を加えることになったね。だけど僕たちが持ち込みたかった雰囲気は壊さないようにしたよ。」
天性のピアニスト Gleb が語るように、”The Bell” で iamthemorning は始まりの朝焼け、2人を中心とした地平線へと再び赴くことを決断します。ゲストミュージシャンを制限し、ヘヴィーなアレンジメントを抑制することで、アルバムには以前にも増して映画や演劇のシアトリカルなイメージと衷心が産まれました。
そうして、クラッシックとチェンバーのダークで深みのある色彩を増したアルバムが、あのフランツ・シューベルトが好んだ19世紀に端を発する連作歌曲 (各曲の間の文学的・音楽的な関連性をもって構成された歌曲集) のスタイルへと到達したのはある種の必然だったと言えるでしょう。
ピアノの響きとシンフォニックなオーナメント、時折悪魔が来たりてディストーションをかき鳴らす作品中最もダイナミックかつエニグマティックなオープナー “Freak Show” で、Marjana は脆く悲痛でしかしフェアリーな歌声をもって 「誰も気にしないわ。例え私がバラバラに砕け散ったって。ただ立ったまま見つめているだけよ。だから私はもっとバラバラに砕けるの。」と数百年の時を経ても変わらぬ人の残酷を訴えます。
それでも世界に希望はあるはずです。第2楽章の始まり、エモーションとバンドオーケストラが生み出す絶佳の歌曲 “Ghost of a Story” で Marjana は、「全てに限界はあるの。あなたの悲しみにおいてさえ。少しづつ安心へと近づいていくわ。」とその目に暗闇を宿した亡霊のごとき現代人に一筋の光明を指し示すのです。
しばしば Kate Bush と比較される iamthemorning のポストプログワールド。実際、”Sleeping Beauty” のように彼女の遺伝子は今でも深くデュオの細胞へと根を張りますが、一方で Chelsea Wolfe, さらには Nick Cave の仄暗きアメリカーナにも共鳴する “Black And Blue” の濃密なサウンドスケープは特筆すべきでしょう。
そうして “Lilies” から “The Bell” へと畳み掛けるフィナーレはまさに歌曲の大円団です。Gleb の言葉を借りるなら、感情的で誠実なロックの情熱をクラッシックへと持ち込んだ “シューベルトロック” の真骨頂でしょう。
もちろん、芳醇なアレンジメントやオーケストレーションは楽曲のイヤーキャンディーとして不可欠でしょうが、その実全てを取り払ってデュエットのみでも十二分にロックとして成立するリアルがここにはあります。2人のシンクロニシティーはいったいどこまで高まるのでしょう?あの ELP でさえ、基本的にはドラムスの存在を必要としていたのですから。
今回弊誌では Gleb Kolyadin にインタビューを行うことが出来ました。「おそらく、僕は啓発的であることに固執しているとさえ言えるね。つまり、僕の音楽を聴くことでリスナーが何か新しいことを学べるように、ある意味リスナーを少し “教育” したいと思っているのかもね。」2度目の登場。どうぞ!!

IAMTHEMORNING “THE BELL” : 10/10

INTERVIEW WITH GLEB KOLYADIN

Q1: “The Bell “‘s artwork was painted by band’s favored collaborator Constantine Nagishkin. It’s really beautiful and describe a mood of the album. When you request that work, what did you tell?

【GLEB】: We collaborate with Konstantin literally from the very beginning of the iamthemorning, so this is the person who knows us well and feels what we are doing. The three of us conferred for quite some time what exactly should be represented on the cover, and agreed that it was necessary to draw the tombstone with a bell. Marjana had quite a lot of references and photos from the places that she visited in England, so it conveys what we wanted quite accurately. At the same time, Konstantin himself thought up a lot of details and composition, and we are happy with the final result. In my opinion, he outdid himself, and this is the most beautiful cover of all that we had.

Q1: 今回も、アルバムのアートワークは Constantine Nagishkin によって描かれています。実に美しく、作品のムードを伝えていますね。彼にはどのようなリクエストを伝えましたか?

【GLEB】: Constantin とは文字通り iamthemorning 最初期からコラボレートを続けているね。だから彼は僕たちをよく知っていて、僕たちの目的を感じられる人物なんだ。
僕たち3人はアルバムカバーで何を表現するべきか、かなり長い間話し合ったね。そしてベルを伴った墓碑を描く必要があるという結論で同意したんだ。
Marjana は沢山の資料と、彼女がイングランドで訪れたその場所の写真を持っていたから、僕たちが描写したかった風景は極めて正確に描かれたよ。同時に Constantin も自分で詳細を煮詰めてくれて最終的にとても満足いく結果になったね。
僕の考えだけど、彼はこれまでの自分を超えて、僕たちのアルバムで最高に美しいカバーになったね。

Q2: The artwork is beautiful, but It seems we can’t describe “The Bell” by just a word beautiful. Because, it’s safety coffin bell, right? I think “Freak Show” shows that contrast between beauty and fear, dark and hope. What made you focus on safety coffin bell in this record?

【GLEB】: Indeed, coffin bell is a rather gloomy symbol, while at the same time quite beautiful. The main narrative is described precisely in the lyrics by Marjana, which tell a lot of stories about human cruelty. Nothing changes and humanity is mostly at the same point where it was centuries ago. And the bell is an attempt to be heard even after you have been buried. Also, for me, it was interesting to contemplate a bell sound like a particular sound from our childhood. Indeed, it is precisely in infancy that people are most vulnerable, and very often, a person carries a lot of fear and pain in himself from childhood. Therefore, it is quite symbolic that even in the cemetery, among the many graves, a person turns out to be as defenseless as in childhood.

Q2: ただし、アートワークも作品のコンセプトも、ただ “美しい” だけで語ることは出来ません。というのも、ここで描写されているのはセイフティーコフィン、生きたまま埋葬されることを防ぐための棺であり生存を知らせるベルなのですから。
“Freak Show” はまさにその美と恐怖、希望と闇のコントラストをまざまざと写し出していますね?

【GLEB】: まさにその通りだよ。コフィンベルはどちらかと言えば憂鬱のシンボルなんだ。同時にとても美しいけどね。メインとなる物語は Marjana の歌詞によって詳細に語られているよ。多くが人間の残酷さについてのストーリーなんだ。何世紀も前から人間性そのものは何も変わってはいないんだよ。そしてこのベルは、生きたまま埋葬されたとしても周囲に生存を知らせる最後の望みだったんだよ。
それに、僕にとっては子供時代の特別なサウンドとしてベルの音を見つめ直すことができてとても興味深かったね。実際、人々が最も脆弱なのはまさに幼年期であり、非常に多くの場合、人はその幼少期から多くの恐怖と痛みを抱えているんだ。だから多くの墓をいただく墓地にあってさえ、人が子供時代のように無防備であると判明するのは非常に象徴的だよね。

Q3: It seems “The Bell” is based on Victorian England’s art and culture. Why did you focus on England, not your country Russia?

【GLEB】: Marjana is a real specialist in this field, so much so that she can already give excursions to various thematic places in England. This experience and knowledge were reflected on the album. But I think we just do what we like and reflect what we feel at the moment. And I believe that we cannot completely get rid of our roots and still remain Russian. For our country, the topic of cruelty and injustice is especially important, but our society has not yet reached the level to recognize apparent problems and begin to resolve them. Perhaps someday we will do something that will be explicitly inspired by Russia, but even now our message is about humanity, without reference to any particular country or era. So Victorian England’s art – is an inspiring environment that has enabled us to express our ideas about human nature.

Q3: アルバムには、英国ヴィクトリア王朝の文化や世界観が反映されています。母国ロシアではなく、英国を題材としたのは興味深いですね。

【GLEB】: Marjana は本当にその道のスペシャリストなんだ。英国の様々にテーマを持った場所へと足を運んでいるしね。その経験と知識がアルバムに反映されたんだよ。
まあだけど、結局僕たちは自分たちの好きなことをして、現時点で感じていることを反映しているだけだと思うんだ。最終的に僕たちは自分のルーツを完全に取り除くことは出来ないし、今でもロシア人のままなんだ。
僕たちの国にとって、残酷と不正のトピックは特に重要なんだよ。だけどロシアの社会はまだ明らかな問題を認識して解決し始めるレベルにも達していないんだ。
おそらくいつかは僕たちもロシアから明示的にインスパイアされた何かを表現するだろうね。ただ、今でも僕たちのメッセージは特定の国や時代に関係なく、人類に関するものなんだ。つまり、英国ビクトリア朝の芸術は、僕たちが人間性についての考えを表現するための刺激的な環境だったわけさ。

Q4: Regarding Russia, how is running prog rock band in your country? What’s like the scene there?

【GLEB】: Lately, a small communities and festivals associated with the prog have been appearing in Russia. Unfortunately, the prog scene is not as developed in our country as we would like. Despite this, we have many people who love and listen to this music. In this regard, we feel a little isolated at home and in many ways much more comfortable in Europe, where prog have been blooming for several decades. Nevertheless, it seems to me personally that we are gradually moving away from the prog label. We are trying to expand our musical boundaries and play as different music as possible, which is very noticeable specifically on the last album.

Q4: ロシアでプログロックを紡ぐこと、プログロックシーンの現状についてあなたの考えを聞かせていただけますか?

【GLEB】: 最近になって、小さなコミュニティーも出来てきたし、プログロックと関連したフェスも開かれるようになってきたね。ただ、残念だけど僕たちが望むほど進歩しているとは言えないだろうね。
にもかかわらず、沢山の人が僕たちの音楽を愛し聴いてくれている。つまり、僕たちは地元ロシアでは少し孤立しているように感じていて、ヨーロッパの方が色々な意味で快適なんだよ。欧州では、何十年もプログが花開いている場所だからね。
とはいえ、僕自身は少しずつプログのラベルから離れていると思うんだ。僕たちは音楽的な境界を広げようとしているし、出来るだけ異なる音楽をプレイしようとしているからね。このアルバムでは特に顕著だと思うよ。

Q5: As you say, compared with “Lighthouse”, It seems there is more chamber, folk, classical, orchestral, cinematic approach in “The Bell”, I feel. Do you agree that?

【GLEB】: Absolutely right. But I did not think about how to combine the various genres – everything turned out by itself. Somewhere, we deliberately did not make the arrangement heavier, leaving the songs more chamber and more classical. And so it turned out that the album sounds a bit theatrical. Unlike Lighthouse, this album was purposely conceived as more intimate in sound. Last time we had a pre-thought out scheme, layout, and we immediately imagined how it would sound in the final. But this album came out more spontaneous, and it seems to me that it reflects us much better not only as a duet but also each of us individually.

Q5: 仰るように、前作 “Lighthouse” と比較して “The Bell” はよりチェンバー、フォーク、クラシカル、オーケストラルなアプローチでシネマティックな感覚が強調されているように感じました。

【GLEB】: 全くその通りだね。だけど僕はそういった様々なジャンルを意図して融合している訳じゃないんだ。全ては自然に自分の中から出てくるものなんだよ。
確かに、ある部分で僕たちは意図的にアレンジメントをヘヴィーにせず、曲をよりチェンバーでクラシカルにしたんだ。そうすることで、アルバムのサウンドが少しシアトリカルになると分かったからね。
“Lighthouse” とは異なり、このアルバムは意図してより衷心なサウンドとして設計されているんだ。 前回、事前に考え抜かれたスキーム、レイアウトがあって、そこから即最終的なサウンドをイメージしていたんだ。一方でこのアルバムは、より自然に出てきたもので、コンビとしてだけでなく、僕たち一人一人としても前作より遥かによく自らを反映しているように思えるね。

Q6: Also, title track “The Bell” is typically, I think there is more stripped-down approach like only you and Marjana. And that’s really impressive for me. There is really nice contrast with band sound, right?

【GLEB】: Well, most of the tracks on the album are performed precisely like a duet. Perhaps only two tracks on the album (Freak Show and Salute) were composed with the expectation of a huge band with a lot of musicians. All other songs we initially presented in the form of a duet. In some songs, we added extra instruments, but rather to emphasize the state that we wanted to convey. I think that this time we were very sensitive and careful about our own material, limiting the number of musicians and guests. In other words, we wanted not to break the original music idea and its chamber vibe.

Q6: 加えてタイトルトラック “The Bell” は象徴的ですが、以前よりあなたと Marjana に一層フォーカスし、飾りを取り去ったアプローチも印象に残ります。バンドサウンドとの対比も見事ですね。

【GLEB】: そうだね。”The Bell” の楽曲の大半は、正確に言えば僕たち2人のデュエットなんだ。たぶん、”Freak Show” と “Salute” の2曲だけが多くのミュージシャンを加えバンドとしてレコーディングするよう作曲されたんだ。だからその他の楽曲は全て、当初はデュエットの形をとっていたんだよ。その中のいくつかは、後に他の楽器を加えることになったね。だけど僕たちが持ち込みたかった雰囲気は壊さないようにしたよ。
今回僕たちは、自分たちのマテリアルにとても敏感に注意深く対峙したと思うんだ。ゲストやミュージシャンを制限しながらね。言い換えれば、僕たちはオリジナルの音楽的アイデアそしてチェンバーなヴァイブを壊したくなかったんだよ。

Q7: It’s very unique that you use 19th century song cycle. Is it related to your big love or longing for that era?

【GLEB】: I initially wanted the new album to be not just a collection of songs, but a kind of the whole story. I thought it would be great to make a sequence where each track would be independent, but at the same time organically continue the line of the previous one. This time the music was more chamber and dark, so I began to have various associations with Schubert’s vocal cycles. And I realized that in terms of the general form, we got something like a vocal cycle in two parts. Some keynotes go from one track to another. And also every song is somehow dedicated to the theme of human cruelty, then it also unites all the music with additional semantic meaning. In other words, this is the album where the lyrics and music are equal, working in contrast and complementing each other. And this is quite typical to classical music. So, again, everything happened by itself. From the very beginning, we did not even imagine that the album would sound that way.
Nowadays, thanks to streaming services, people are less and less listening to the whole album, preferring to listen to individual tracks. In this regard, we wanted to specifically create something that could make you stop and listen carefully to these 45 minutes of music.

Q7: 19世紀の連作歌曲のスタイルを選んでいるのもユニークですよね。あの時代への憧憬が感じ取れます。

【GLEB】: 僕は当初、この新作をただ楽曲の集積にしたくなくて、全体でストーリーを紡ぎたかったんだ。各楽曲が独立したシーケンスを有しながら、同時に前のトラックのラインを有機的に継続すれば素晴らしいと考えたんだよ。
今回は音楽がよりチェンバーでダークになってるから、シューベルトの連作歌曲と様々な関連性を持たせようとしたね。そうして僕は、”The Bell” が2つの章から成る歌曲になりそうだと気づいたんだ。キーとなるフレーズや音は、楽曲を股にかけて登場するね。同時に、全ての歌は何らかの形で人間の虐待のテーマを奉じていて、故に全ての音楽はセマンティックな意味を追加されて繋がっているんだよ。
言い換えれば、”The Bell” は歌詞と音楽が等しく、対照的に機能し、互いに補完し合うアルバムなんだ。そしてこの方法論は非常に典型的なクラシック音楽の形だよ。だからもう一度言うけど、全ては自然に起こったことなんだ。当初僕たちは、アルバムがこんな風に聴こえるとは思いもしなかったんだからね。
最近では、ストリーミングサービスの進化によりリスナーはアルバム全体を聴くことが少なくなり、個々の楽曲を抽出して聴くようになっている。だからこそ、立ち止まり、注意深く聴くことができる45分の音楽を特別に作りたかったんだ。

Q8: When you play classical music and rock music, what have you changed or been different about technical or emotional wise?

【GLEB】: First of all, classical music is certainly more introverted and complex. In each segment of time, there are a lot of musical and emotional layers. It’s not always possible to immediately see what the author wanted to say. And in any case, you often spend a lot of time and energy before achieving comfort and freedom performing a classic piece. You have to go a long way to achieve the right balance between what the author wanted to say and self-expression. Rock music is more emotional and sincere but more superficial and accessible to understanding. Therefore, I like to combine these two polar genres. It is fascinating to add passion and drive from rock music to the classics. At the same time, playing rock, I try to make it more sophisticated and intellectual, adding many layers and making it more polyphonic. Perhaps I even adhere to some edifying goal. That is, I would like to educate my and our listener a bit so that they learn something new.

Q8: 最後に、クラッシックとロックをプレイする時、テクニックやエモーションの面で使い分けていることはありますか?

【GLEB】: まず第一に、クラシック音楽は確かに内向的で複雑だと言えるね。各セグメントの時空には、多くの音楽的、感情的な層があるんだよ。だからいつも、コンポーザーが何を伝えたかったのかすぐに確認できるとは限らない。
いずれにせよ、クラッシックの作品を演奏する快適さと自由を実現する前に、多くの時間とエネルギーを費やすことがよくあるわけさ。作者が伝えたかったことと自己表現の間の適切なバランスを達成するには、長い道のりを歩かなければならないんだよ。
ロックは、より感情的で誠実だけど、より表面的で理解しやすいとも言えるね。だからこそ、僕はそのクラッシックとロック、2つの極とも言えるジャンルを組み合わせるのが好きなんだ。ロックミュージックからの情熱と意欲をクラッシックに加えるのは魅力的だよ。同時に、ロックを演奏するとき僕はそれをより知的に洗練し、多くのレイヤーを追加し、よりポリフォニックにしようとするんだ。
おそらく、僕は啓発的であることに固執しているとさえ言えるね。つまり、僕の音楽を聴くことでリスナーが何か新しいことを学べるように、ある意味リスナーを少し “教育” したいと思っているのかもね。

GLEB’S RECENT FIVE FAVORITE ALBUMS 

Most of them are not new, This is just the last five albums I listened a lot these days.

ZBIGNIEW PREISNER, LESZEK MOZDZER “10 EASE PIECES FOR PIANO”

BRAD MEHLDAU “FINDING GABRIEL”

BRIAN ENO “APOLLO: ATMOSPHERES & SOUNDTRACKS”

DAVID SYLVIAN, HOLGER CZUKAY “PLIGHT & PREMONITION FLUX & MUTABILITY”

PAT METHENY “OFFRAMP”

MESSAGE FOR JAPAN

I have been thinking for so long that it would be great to visit Japan, that I hope this really happens soon.
I was happy to answer your questions. Thank you so much for listening to our music. Arigatou gozaimasu

ずっと長い間、僕は日本を訪れたいと想い続けているんだ。近いうちに実現することを祈るよ。僕たちの音楽を聴いてくれてありがとう。

GLEB KOLYADIN

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