タグ別アーカイブ: us

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DARREN HOUSHOLDER : A VISION FOR YOU】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH DARREN HOUSHOLDER !!

“My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements.”

DISC REVIEW “A VISION FOR YOU”

「僕がバークリーに在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ」DREAM THEATER の成功は、その才能と努力、勤勉さから多くの人が予感していました。しかし、例えば James LaBrie との出会いだったり、MTV でのヘヴィ・ローテーションだったり、グラミー獲得までにはほんの少しの “運” の要素も作用していたはずです。実は彼らと同学年に、そんな “運” がほんの少し、味方しなかったひとりのギタリストがいたのです。
「1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね」
Darren Housholder。”シュラプネル” の一員だった彼は、レーベルの中で特に目立った存在とは言えませんでした。しかし、当時彼が残した3枚のソロ・アルバムはどれも、ギターが本当に “弾ける” 人なら理解できる、そしてそんな人を唸らせる実に素晴らしい作品でした。クラシックやオーケストラ、ビッグバンドに MESHUGGAH のようなリズムの実験。バラエティ豊かな3枚のアルバムにはどれも、挑戦的で音楽的な楽曲が揃えられていましたが、それ以上に Darren はギターを自らの手足のように扱っていました。
ギターを “弾ける” 人なら、そうしたギターとの一体感は演奏からすぐに感じ取ることができます。だからこそ、例えば Marty Friedman が MEGADETH で、Paul Gilbert が MR. BIG で、Bumblefoot が GUNS N’ ROSES で世界へ羽ばたいたように、Darren にもほんの少しの運が傾くべきだったのです。
「15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ」
もし出会ったのが LOVE/HATE ではなかったら (とはいえ “Let’s Rumble” は名作ですが)、もし Jeff Pilson と Vinnie Appice とバンドを組めていたら、もし David Lee Roth に拾われていたら…そんなたくさんの “If” を経て、Darren はギター以外の世界に活路を見出すことに決めました。
ギター教師、テレワークの経験を活かして立ち上げたフィットネス/サプリメント・ブランド “Psycho Pharma” は世界的なブランドへと成長。もし音楽を諦めたとしても、他の何かで自己実現することができる。そして、人はいつでも音楽へと戻ることもできる。Darren は自らの生き方で、音楽を諦めた誰かの希望となってみせました。そう、彼はブランドを成功へと導きながらも、若かりし頃の夢であった音楽の世界へと再び戻ってきたのです。
「何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね」
もしかすると、それは “中年の危機” だったのかもしれません。一時は練習さえしなくなっていたギターを、Darren は再び毎日手に取るようになりました。盟友 Jizzy Pearl のリクエストもあり、アルバムに参加。そうして感覚を取り戻したマエストロは、音楽で自己実現を果たすためインストの世界に舞い戻りました。
“A Vision for You”。ちょうど30年ぶりに届けられたアルバムには、まさしく Darren の多様なビジョンで満ちています。私たちはこういう、展開の読めない、惜しみなく技巧を披露した、ワクワクするような、シュレッド・アルバムをいつでも待ち侘びています。きっと Jeff Beck がシュラプネル時代のアーティストならこんな作品を作っていたのではないでしょうか? 旧友 Billy Sheehan と KORN の Ray Luzier のダイナミックな演奏も加わり、作品は完璧な復活祭となりました。”Ava’s Dance” の5/8とダウンテンポの6/8の使い分けといったらもう…”Generator Man” で正面されていましたが、やはりこの人はリズムの魔術師です。
今回弊誌では、Darren Housholder にインタビューを行うことができました。「ギターを弾くことで、内気な少年だった僕が自信に満ちた人間へと変われたんだ。人生観そのものが変わり、真の自信とカリスマ性を身につけることができた。音楽という言語を学び、自分だけのサウンドスケープを創造し、世界に発信してほしい。これこそが、僕が知る最高の贈り物だよ。ミュージシャンの個性とは、音色、フィーリング、そしてキャラクターだ。単に音符を弾くだけではなく、音符の弾き方、そして “これは私だ、他の誰にも真似できない” という個性的な表現力こそが、その人を際立たせるんだ。だから、自分だけの個性を見つけてほしい。自分だけのスタイルを見つけてほしい。それは、あらゆる影響が融合し、君だけの唯一無二の音楽へと昇華されるのだから」 どうぞ!!

DARREN HOUSHOLDER “A VISION FOR YOU” : 10/10

INTERVIEW WITH DARREN HOUSHOLDER

Q1: I first discovered you on the “Generator Man” album, and the title track really blew my mind! No other guitarist at the time could demonstrate such amazing technique over such complex rhythms. You were certainly one of the first to bring complex rhythms to shred―would you agree?

【DARREN】: Generator Man was actually my second album. At that time grunge and industrial music like Nine Inch Nails were dominating the scene. The public had turned against shred guitarists―it had become uncool to look clean and play great. I wanted to make a non-Shrapnel record that incorporated the sound of the times, like industrial music, but with shred guitar on top.
My first Shrapnel record, released in 1992, featured what I called “funky heavy metal big band.” I love clean, funky guitars, and I emulated a horn section by layering multiple guitars harmonizing together. While Shrapnel was known for Yngwie Malmsteen and neoclassical styles―which I loved―there were already departures from strict classical with players like Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, and Michael Lee Firkins. I went to Berklee College of Music, not GIT. Being at a jazz school and finding my own groove, I wrote songs like “Rubber Neck,” “Noodle Surprise,” and “Detrick Hates Jazz.” You can really hear the love of horn-section jazz in that track―it almost sounds like a big band.
.

Q1: 初めてあなたを知ったのはアルバム “Generator Man” で、タイトル曲には本当に衝撃を受けました!当時、これほど複雑なリズムを、これほど素晴らしいテクニックで演奏できるギタリストは他にいませんでした。明らかにあなたは、複雑なリズムをシュレッドに取り入れた先駆者の一人ですよね?

【DARREN】: “Generator Man” は僕の2枚目のアルバムだった。当時、グランジや NINE INCH NAILS のようなインダストリアル・ミュージックがシーンを席巻していたんだよね。世間はシュレッド・ギタリストに背を向けていた。ルックスが良くて演奏が上手いことがダサいと思われるようになってしまったんだよね。だから僕はシュラプネルとは異なる、インダストリアル・ミュージックのような時代のサウンドを取り入れつつ、シュレッド・ギターを前面に出したアルバムを作りたかったんだ。
1992年にリリースしたシュラプネルのファースト・アルバムは、僕が “ファンキー・ヘヴィ・メタル・ビッグバンド” と呼んでいたサウンドを特徴としていたね。僕はクリーンでファンキーなギターが好きで、複数のギターを重ねてハーモニーを奏でることでホーン・セクションを模倣したんだ。シュラプネルは Yngwie Malmsteen やネオクラシカル・スタイルで知られていたけど(僕も大好きだった)、Paul Gilbert, Greg Howe, Richie Kotzen, Michael Lee Firkins といったギタリストたちによって、すでに厳密なクラシック音楽からの脱却が見られていたんだよね。
僕はGITではなく、バークリー音楽大学に通っていた。ジャズ・スクールに通い、自分なりのスタイルを見つけたことで、”Rubber Neck”, “Noodle Surprise”, “Detrick Hates Jazz” といった曲が生まれたんだ。特に “Detrick Hates Jazz” には、ホーン・セクションのあるジャズへの愛が色濃く表れていて、まるでビッグバンドのようなサウンドになったね。

Q2: I love all three of your solo albums―funky big band like Detrick Hates Jazz, complex rhythms like Generator Man, and classical yet unusually progressive songs like “Middle of the Night.” Clearly you were breaking shred conventions and moving the genre forward. Which of the three albums do you particularly like?

【DARREN】: The third record, Symphonic Aggression. I actually had the song “Middle of the Night” on my original demo tape for Mike Varney’s Guitar Player magazine Spotlight column back in October 1988. For that record, I basically submitted to the “Shrapnel sound”―the neoclassical genre―because that’s what it took to get accepted for distribution and to fund the album.
Symphonic Aggression ended up being much better received than Generator Man and gave the Shrapnel shred audience exactly what they wanted. I took Beethoven’s “Moonlight Sonata” and turned it into “Mayday,” a Paganini classical guitar piece into “When in Rome,” Chopin into “Espresso,” and Mozart’s 40th Symphony into “Dinner with Wolfgang.” There was a lot of creativity and satisfaction in adapting those classical pieces into big rock guitar instrumentals. The tracks really came alive with Ray Luzier on drums and my former Jennifer Batten bandmate, Ricky Wolking, on bass.

Q2: あなたのソロアルバムはどれも大好きです。まさにファンキーなビッグバンド調の “Detrick Hates Jazz” 、複雑なリズムの “Generator Man” 、そしてクラシックでありながらも斬新なプログレッシブ・ソング “Middle of the Night” など、どれも個性的で素晴らしいですね。
あなたは明らかにシュレッド・ギターの常識を覆し、このジャンルを前進させていました。過去の3枚の中で、あなたが特に気に入っているアルバムはどれですか?

【DARREN】: 3枚目のアルバム “Symphonic Aggression” だね。実は “Middle of the Night” は、1988年10月に Mike Varney の “Guitar Player” 誌の “Spotlight” コラムのために作ったデモ・テープに収録されていたんだよ。このアルバムでは、流通ルートを確保し、制作資金を捻出するために、いわゆる “シュラプネル・サウンド”、つまりネオ・クラシカルなジャンルに身を委ねる必要があったんだ。
“Symphonic Aggression” は “Generator Man” よりもはるかに好評を博し、シュラプネルのシュレッド・ギター・ファンがまさに求めていたものを提供していたね。ベートーヴェンの “月光” を “Mayday” に、パガニーニのクラシック・ギター曲を “When in Rome” に、ショパンを “Espresso” に、モーツァルトの交響曲第40番を “Dinner with Wolfgang” にアレンジして取り入れたんだ。こうしたクラシック曲を壮大なロック・ギター・インストゥルメンタルにアレンジすることには、大きな創造性と満足感があったよ。ドラムの Ray Luzierと、かつて Jennifer Batten で一緒にバンドを組んでいた Ricky Wolking がベースを担当したことで、楽曲は本当に生き生きとしたものになったね。

Q3: That’s why it’s such a shame you were gone from the scene for over twenty years until you performed with Jizzy Pearl again. What happened during that time?

【DARREN】: By 1995 I had three instrumental guitar albums plus the Let’s Rumble record with Love/Hate. My band Freak Power Ticket, featuring Ray Luzier on drums and Sean Daily on vocals, had recorded fifteen original songs and was performing around Los Angeles trying to land a deal―which was tough at the time. My girlfriend, now wife, was about to have our first child, Dorian―named after our favorite minor mode―so I went back to mornings doing telemarketing sales, something I’d done all through music school. I eventually got really good at it, good enough to support us, and within two years we bought our first home. Six months after that, I quit and started my own supplement distribution company called Brand New Energy, which later became my fitness brand Psycho Pharma. That was twenty-eight years ago.

Q3: だからこそ、あなたが Jizzy Pearl と再び共演するまで、20年以上もシーンから姿を消していたのは本当に残念でしたよ。その期間は、何があったのですか?

【DARREN】: 1995年までに、僕はインストゥルメンタル・ギター・アルバムを3枚と、Love/Hate との共作 “Let’s Rumble” をリリースしていた。ドラムに Ray Luzier 、ボーカルに Sean Daily を迎えた僕のバンド、FREAK POWER TICKET は、オリジナル曲を15曲録音し、当時は難しかった契約獲得を目指してロサンゼルス周辺で演奏活動を行っていたよ。
そんな時、当時ガール・フレンドだった今の妻が、僕たちの第一子となるドリアン(僕たちの好きな短音階にちなんで名付けた)を出産間近となって、僕は音楽学校時代ずっとやっていたテレ・マーケティングの営業を再開することにしたんだ。やがてその仕事が得意になり、家族を養えるほどになって、2年以内に念願のマイホームを購入することができた。その6ヶ月後、僕はその会社を辞め、Brand New Energy というサプリメント販売会社を立ち上げたんだ。これが後に僕のフィットネス・ブランド、Psycho Pharma になったんだよ。あれから28年が経ったんだね。

Q4: It’s well known you were at Berklee with John Petrucci and John Myung. Did you jam with them a lot? What were they like back then?

【DARREN】: I was there the one year that John Petrucci, John Myung, and Mike Portnoy were all at Berklee. They were in the practice rooms every single night working on material for what becameMajesty. They were incredibly hard-working, industrious guys―clearly destined for success.
I performed in the recital hall once per semester, playing songs from Malmsteen, Steve Vai, Paul Gilbert, and my own compositions with JD on bass―who’s now in Black Label Society―and J. Gates on drums. Unfortunately the Dream Theater guys never performed their original songs live at Berklee; they were too busy writing and recording them in the practice rooms.

Q4: あなたが John Petrucci や John Myung とバークリー音楽大学で一緒だったことはよく知られていますね。彼らとはよくジャム・セッションをしていたのですか?

【DARREN】: 僕が在学していたのは、John Petrucci, John Myung, Mike Portnoy が全員バークリー音楽大学に在籍していた年だった。彼らは毎晩練習室にこもり、後に “Majesty” となる楽曲制作に励んでいたんだよね。彼らは信じられないほど勤勉で、努力家で、成功は確実だと学校の誰もが感じていたよ。
僕は学期に一度、リサイタルホールで演奏し、Yngwie, Vai, Satriani の曲や、JD(現在は BLACK LABEL SOCIETY に在籍)がベース、J・Gates がドラムを担当する形で、自分のオリジナル曲を演奏していたね。ただ残念ながら、DREAM THEATER のメンバーはバークリーでオリジナル曲をライブ演奏することはなかったんだ。彼らは練習室で作曲とレコーディングに没頭していたからね。

Q5: Dream Theater has earned a Grammy. You have exceptional technique, of course, but more than that, you can write good, challenging songs. For example, I understand there was talk of putting together a band with Jeff Pilson and Vinnie Appice?

【DARREN】: I moved to Los Angeles to join Jeff Pilson from Dokken and Vinnie Appice from Dio just a year after I graduated from Berklee. I was teaching guitar lessons and writing instrumental songs day and night when Mike Varney called with the introduction to Jeff. I auditioned, got the gig, and we moved from Boston to L.A. After about a year and a half the band signed a deal, got dropped, and eventually split up. They later released a record called War & Peace with Russ Parrish on guitar.

Q5: DREAM THEATER はグラミー賞を受賞するに値するバンドですよね。ただ、あなたもその場所にいてもおかしくない才能を持っていると思います。なぜなら、あなたは卓越したテクニックを持っていますが、それ以上に、良質で挑戦的な楽曲を書くことができるからです。
例えば、Jeff Pilson と Vinnie Appice とのバンド結成の話が実現していれば…?

【DARREN】: バークリー音楽大学を卒業してわずか1年後、DOKKEN の Jeff Pilson と DIO の Vinnie Appice のバンドに加わるため、ロサンゼルスに移住したんだよね。
それまで、ギターのレッスンをしながら、昼夜を問わずインストゥルメンタル曲を作曲していたところ、Mike Varney から Jeff を紹介する電話がかかってきてね。オーディションを受けて合格し、ボストンからロサンゼルスへ引っ越したんだ。
約1年半後、バンドはレコード会社と契約したんだけど、その後契約を解除され、最終的に解散してしまった。その後、Russ Parrish がギターを担当した “War & Peace” というアルバムをリリースしたんだけどね。

Q6: There was a wide variety of great guitarists on Shrapnel back then, but who were the ones you particularly identified with?

【DARREN】: All the Shrapnel guys had an impact on me―starting with Yngwie Malmsteen and Paul Gilbert, but really everyone, including Greg Howe. My primary influences are Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, and especially Eddie Van Halen and Ted Nugent. I could go on―Aerosmith, Led Zeppelin, The Beatles….

Q6: 当時、シュラプネル・レコードには実に多様な素晴らしいギタリストが在籍していましたが、あなたが特に共感していたのは誰でしたか?

【DARREN】: シュラプネルのメンバー全員から影響を受けていたよ。Yngwie Malmsteen と Paul Gilbert をはじめ、Greg Howe も含めて本当に全員だね。
僕の主な影響を受けたミュージシャンは、Jimi Hendrix, Joe Satriani, Steve Vai, Jeff Beck, Al Di Meola, Steve Morse, それから Eddie Van Halen と Ted Nugent は特別だね。他にも AEROSMITH, LED ZEPPELIN, THE BEATLES など、挙げればきりがないね。

Q7: A Vision for You is really a great album―well worth the wait! I get the impression you’ve become a deeper guitarist with more country licks, but you haven’t lost your signature challenging rhythms and complex melodies. What made you decide to make another guitar instrumental album now?

【DARREN】: The first instrumental song I wrote in decades was “Ava’s Dance” back in 2019. I’d just recorded two records for Jizzy Pearl and was getting back into playing guitar more than thirty minutes a day. Eventually the creative writing came back to me―I had lost it for a long time, but it returned.
The songs on A Vision for You were written over the course of six years. They’re all very different―none of them sound alike. One thing that stays consistent is the attack and aggression that’s always been my signature. You can hear it throughout.

Q7: “A Vision for You” は本当に素晴らしいアルバムですね!待った甲斐がありました!
カントリー調のフレーズが増え、より深みのあるギタリストになった印象を受けますが、あなたの持ち味である挑戦的なリズムと複雑なメロディーは健在です。今回、再びギター・インストゥルメンタル・アルバムを制作しようと思ったきっかけは何だったんですか?

【DARREN】: 何十年ぶりに書いたインストゥルメンタル曲は、2019年の “Ava’s Dance” だったね。当時、Jizzy Pearl のアルバムを2枚レコーディングしたばかりで、1日に30分以上ギターを弾く練習を再開したばかりだった。長い間失っていた創作意欲が、ようやく戻ってきたんだよ!
アルバム “A Vision for You” に収録されている曲は、それから6年の歳月をかけて書き上げていったんだ。どれも全く異なる個性を持っていて、似たような曲は一つもない。ただ一つ共通しているのは、僕のトレードマークであるアグレッシブで攻撃的なサウンドだね。アルバム全体を通して、そのサウンドを感じ取ってもらえると思うよ。

Q8: While the development of AI and social media has its conveniences, it’s also made it easier to over-edit videos and have AI create songs. Are AI and social networking good for the future of the guitar, or bad?

【DARREN】: With AI, it’s a phenomenon that’s hard to fully comprehend. Music is organized sound that causes emotion in humans―it could be industrial machines clicking in a way that moves you, or the sound of someone fingerpicking a nylon-string guitar. I don’t think we can limit how we get there. As long as the finished piece is organized sound that creates emotion, it qualifies as music.

Q8: AIとソーシャルメディアの発展は便利な面もある一方で、動画の過剰編集やAIによる楽曲制作も容易にしてしまっています。AIと SNS はギターの未来にとって良いものなのでしょうか?それとも悪いものなのでしょうか?

【DARREN】: AIに関しては、完全に理解するのは難しい現象だと思う。音楽とは、人間の感情を揺さぶる組織化された音のこと。それは、工業機械のクリック音であれ、ナイロン弦ギターを指で弾く音であれ、何が君を感動させるかはわからないんだよ。だから、そこに至る過程を限定することはできないと思う。完成した作品が感情を生み出す組織化された音である限り、それは音楽として認められると思うよ。

Q9: By the way, your brand Psycho Pharma deals with supplements, right?

【DARREN】: My life goal since I was fifteen was to become an internationally known rock musician. My current goal is to make Psycho Pharma an internationally known brand of supplements―one that’s authentic to me and carries both my character and Eric Bugenhagen’s. Our product names are Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, and Edge of Insanity―that’s our hero product.
Edge of Insanity has been available in China for four years, Australia for three, and through Suplinx in Japan. We’re in GNC and Amazon in the U.S., independent stores across the country, Mexico, South America, and we’ve done tradeshows in Germany the last three years. This is the most creative, passionate thing I’ve done in my life. I’m as obsessed with Psycho Pharma as I was with playing guitar sixteen hours a day. And somehow I’ve managed to build Psycho Pharma around the world while writing guitar instrumentals, recording three records with Jizzy Pearl, and releasing my first solo record in thirty years. Two records came out in 2025 as I turned sixty. I’m truly grateful for my life today.
I’ll keep writing and release another instrumental guitar record. I’d love to latch onto some guitar tours so I can perform my original music around the world. I also plan to write a comprehensive guitar book that simplifies scales, chords, and theory, and shows how to put it all together to become a creative musician. I’ve created a music theory page that’s basically the multiplication table for music. I have so much more to offer―I’m just getting started.

Q9: ところで、あなたのブランドであるサイコファーマはサプリメントを扱っていますよね?

【DARREN】: 15歳の頃からの僕の人生の目標は、国際的に有名なロック・ミュージシャンになることだ。同時に、現在の目標は、Psycho Pharma を国際的に認知されるサプリメント・ブランドにすることなんだ。それは、僕自身の個性と、エリック・ブーゲンハーゲンの個性を融合させた、真に自分らしいブランドだから。製品名は、Thunderstruck, Crazy Train, Far Beyond Driven, そして看板商品である Edge of Insanity だよ。
Edge of Insanityは、中国で4年間、オーストラリアで3年間、そして日本ではSuplinxを通じて販売されている。アメリカではGNCとAmazon、全米各地の独立系小売店、メキシコ、南米でも販売されていて、過去3年間はドイツで展示会にも出展しているんだ。これは、僕の人生で最も創造的で情熱を注げる仕事だよ。Psycho Pharma への情熱は、かつて1日16時間ギターを弾いていた頃と同じくらいさ。つまり僕は、ギター・インストゥルメンタル曲の作曲、Jizzy Pearl との3枚のアルバム制作、そして30年ぶりのソロ・アルバムのリリースと、世界中でPsycho Pharmaの活動を展開することができたんだ。2025年には60歳を迎えるけど、2枚のアルバムをリリースできた。今の人生に心から感謝しているんだ。
これからも作曲を続け、インストゥルメンタル・ギター・アルバムをリリースしていくつもりだよ。ギターツアーに参加して、世界中でオリジナル曲を演奏できたら最高ですね。また、スケール、コード、音楽理論を分かりやすく解説し、それらを組み合わせて創造的なミュージシャンになる方法を教える、包括的なギター教則本も執筆する予定。音楽理論のページも作成済みで、いわばこれは音楽の九九表のようなもの。まだまだ僕に提供できるものはたくさんあるんだ。これはまだ始まりに過ぎないんだよ。

Q10: You yourself have great muscles, and John Petrucci and Zakk Wylde are also very intense. Do you think strong muscles are necessary for a guitarist?

【DARREN】: I think we should all be mindful about exercise, eating right, sleeping, and taking care of our mental, physical, and spiritual health. For the last five years I’ve had the habit of reading spiritual and self-help books while pedaling the Peloton for thirty minutes every morning. It helps my physical, mental, and spiritual life every single day. I believe most successful people are athletes, scholars, and have a connection to something higher.

Q10: あなた自身も素晴らしい筋肉をお持ちですし、John Petrucci や Zakk Wylde もマッスル・ギタリストです。ギタリストにとって強い筋肉は必要だと思いますか?

【DARREN】: 僕たちは皆、運動、適切な食事、睡眠、そして心身の健康に気を配るべきだと思う。ここ5年間、毎朝30分間ペロトンを漕ぎながら、スピリチュアルや自己啓発の本を読む習慣をつけているんだ。これは僕の心身の健康に毎日役立っているよ。成功している人の多くは、アスリートか学者であり、より高次の存在と繋がっていると僕は信じているんだよ。

FIVE ALBUMS THAT CHANGED DARREN’S LIFE!!

Jimi Hendrix “Axis: Bold as Love”

Van Halen “Fair Warning”

Yngwie Malmsteen “Rising Force”

Steve Vai “Passion and Warfare”

Joe Satriani “Surfing with the Alien”

MESSAGE FOR JAPAN

My message for Japan and young guitar players is this: playing the guitar took me from a shy kid to someone full of confidence. It changed my whole outlook―I gained real self-confidence and charisma. Learn the language of music so you can create your own personal soundscapes and share them with the world. This is the greatest gift I know.
A musician’s signature is the sound, the feel, the character. It’s not just the notes―it’s how the notes are played and that personalized attack that says, “This is me, and no one else.”
Find your signature. Find your style. It’s a combination of all your influences, turned into something that is uniquely you.

日本と若いギタリストたちへの僕のメッセージ。ギターを弾くことで、内気な少年だった僕が自信に満ちた人間へと変われたんだ。人生観そのものが変わり、真の自信とカリスマ性を身につけることができた。音楽という言語を学び、自分だけのサウンドスケープを創造し、世界に発信してほしい。これこそが、僕が知る最高の贈り物だよ。
ミュージシャンの個性とは、音色、フィーリング、そしてキャラクターだ。単に音符を弾くだけではなく、音符の弾き方、そして “これは私だ、他の誰にも真似できない” という個性的な表現力こそが、その人を際立たせるんだ。
だから、自分だけの個性を見つけてほしい。自分だけのスタイルを見つけてほしい。それは、あらゆる影響が融合し、君だけの唯一無二の音楽へと昇華されるのだから。

DARREN HOUSHOLDER

DARREN HOUSHOLDER Facebook

PSYCHO PHARMA

PSYCHO PHARMA Instagram

mmmB5dvKwaCcAEznJZ

PLZ FOLLOW US ON FACEBOOK !!

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【EXODUS : GOLIATH】


COVER STORY : EXODUS “GOLIATH”

“I’m Not Rich, But I Make A Living Playing Guitar, And That’s A Gift In Itself”

GOLIATH

EXODUS のスケジュールは恐ろしくタイトです。カナダでは MEGADETH, ANTHRAX と共演し、その後は KREATOR, CARCASS と合流してヨーロッパ・ツアーを行い、最後にアメリカに戻って SEPULTURA の最終ツアーに臨みます。しかし、Gary Holt はその多忙なメタル・ライフを誇りに思い、心から楽しんでいます。
「EXODUS にいることは俺の生き様なんだ。SLAYER と一緒にツアーをしていた時でさえ、EXODUSが恋しかった。とても恋しかったんだ。SLAYER が最後のライブをしたとき、俺はどデカい L.A. Forum で 2 夜連続ソールドアウト公演をしていたが、その2 か月後には、ドイツの怪しげな会場でクソみたいなシャワーを浴びていた。 でも、それが気に入っているんだ。最高だった。
俺はこの仕事が大好きなんだ。EXODUSは17歳の時に加入したバンドなんだ。5月で62歳になるけど、まだここにいる。このバンドに愛がないはずがない。たまに”モダン・メタルに影響を受けた”なんて古いバンドもいるけど、俺はモダン・メタルなんて聴かないし、今でも高校時代と同じようにNAZARETHとかAC/DCとかTHIN LIZZYとかSCORPIONSを聴いている。流行に興味がないからぜんぜん金持ちじゃないけど、ギターを弾いて生計を立てている。それ自体がどんな贅沢よりも幸せな贈り物だよ。金がないから引退なんてできない。働き続けなきゃいけない。でも、この仕事が大好きだから、働くことは苦にならないんだ」
愛する仕事を続けるために、体調管理は欠かせません。
「61歳にしてはかなりいい体型を維持してるよ。だからステージに上がるのは楽勝さ。2,3 回ライブをやれば、すぐに調子を取り戻せる。それに田舎暮らしだからね。薪を運んだり、木を伐採したり、そういうことをしょっちゅうやってるんだ。だから、そういう仕事が多いから、自然と体型が維持できるんだよ。
でも一番大事なのは演奏技術を維持すること。家でも練習してるけど、ステージでは話が別だ。もっと激しく、もっとアグレッシブに演奏しないといけない。だから、調子を取り戻すには何回かライブをこなす必要がある。今回のツアーは30分しか演奏しないから、なおさらだ。1時間15分のライブだったら、筋肉をフル稼働させるのに必要な公演数は半分で済むからね」
浴びるほど飲んでいたお酒ももうやめました。
「6月15日で5年になるけど、もうお酒は飲んでいないよ。ノン・アルコール・ビールは飲むけど、それも1本だけ。12本も飲むわけじゃない。いい夜、例えば外食に行った時なんかは2本くらい。酔うために飲むわけじゃないから、飲む量は大幅に減ったね。
今は本当に質の良いノン・アルコール・ビールがたくさんあるんだ。昔はビールをよく飲んでいた。それが俺にとって主なアルコール源だったから、今でもビールの味は好きだよ。でも、家ではもう必要ない。2ヶ月間飲まなくても平気だ」

2025年1月に Steve “Zetro” Sousa が脱退し、Rob Dukes がバンドに復帰しました。
「最高だよ。バンドの雰囲気とエネルギーは今、かつてないほど素晴らしい。みんな笑顔で、最高の時間を過ごしている。本当に素晴らしい。そして Rob はアルバムで素晴らしい仕事をしてくれた。これ以上望むことはないよ」
“Goliath” には、オールドスクールな EXODUS から、8分にも及ぶ壮大な “Summon Of The God Unknown” まで、幅広い楽曲が収録されています。そして、そのほとんどは Rob がバンドに復帰してから書かれたもの。
「ほとんど全部、Rob がバンドに帰ってきてから書いたんだ。俺にもリフがあったし。スマホにリフを録音してあるから、後でまた聴き返したくなるようなアイデアが浮かんだら、いつでもアンプの前にボイスレコーダーを置いて録音しておくんだ。
アルバム制作のためにスタジオに入った時には、俺は5曲完成させていて、結局18曲もレコーディングした。Lee はこのアルバムのほぼ半分を書いてくれた。”Changing Me” もその一つだよ。このアルバムの共同作業は、俺たちがこれまでやったこととは全く違うものだった。全員がこのレコードに関わっているんだ」
実際、あの HEATHEN の創設者でもある Lee Altus の貢献は今回、想像以上に大きいようです。
「俺は通常、アルバムを完成させるのに必要な曲数を8、9曲書く。Lee は自分が怠け者だと真っ先に認めるような人でね。HEATHENでの活動期間も含めてね。彼は伝説的なソングライターであり、特にメロディックなベイエリア・スラッシュの作曲家として群を抜いているけど、普段は1、2曲しか書かないだろう。でも今回は6曲書いてくれて、そのうち4曲がアルバムに収録されている。それがアルバムに新たな風味と深みを与えてくれたんだ」
復帰した Rob Dukes の多彩な表現力もプラスに働きました。
「スタジオで曲作りをしているうちに、Rob が想像以上に才能に溢れていることがすぐに分かった。俺たちは、激しいアグレッシブなスラッシュ・メタルなら誰にも負けない自信がある。でも、彼は “Promise You This” で信じられないほどの幅広さ、メロディー・センスを開花させたんだ。サザン・ロックの粋なスタイルも加わって、このアルバムは実に多様性に富んでいて、むしろこれがアルバム全体を代表するというような曲は一つもない。本当にすごいんだ。実に様々な雰囲気が詰まっていて、どの曲もそれぞれに個性があるからね」

アートワークは今回も Pär Olofsson が手掛けています。
「Pär と仕事をしていて一番好きなのは、タイトルと歌詞を伝えるだけで、ほぼ完成したスケッチをいつも送り返してくれるところ。今回も、歌詞と、何世紀にもわたる眠りから目覚めた地下世界の神を描いたファンタジー・コミック風の物語を送っただけで、彼はあのジャケを描いてくれたんだ。手の部分については、ヤツメウナギの写真を送った。口で他の魚にくっつく魚だよ。それを手に口として描いてくれたんだよな。後になって誰かが、これは VIO-LENCE のジャケットへのオマージュみたいだと言っていて、まさにその通り!と思ったよ。ベイエリアの仲間たちには脱帽だ。そう、歯が何列も並んだ魚、まるでヒルみたいな魚からインスピレーションを得たんだ」
アルバムのタイトルを “Goliath” に決めたのはなぜだったんでしょうか?
「いや、ただ…曲自体が巨大で暗くて怪物的だったので、巨大な怪物についての曲を書きたかったんだ。それで、このタイトルが思い浮かんだんだ。アルバムが完成して曲を選んだ時、とにかくとてつもなく巨大だった。だから、この言葉がアルバム全体にぴったりだと思ったね。それに、EXODUS のタイトルにはいつも一定のリズム感がある。”Bonded By Blood“, “Pleasures Of Flesh”, “Fabulous Disaster” など。これまで、アルバムタイトルを単語一つだけで作ったことは一度もなかったんだよ!今回が初めてだ。”Impact Is Imminent”, “Force Of Habit”…タイトルには常にそういうバランスがあった。だから俺たちは逆に単語ひとつが気に入ったんだ。とても力強い作品だと思ったからね」
これだけ良いアルバムを作ってしまうと、ファンが聴きたい往年の名曲に新曲をうまく組み込むという難題にも直面します。
「だんだんと、アルバムからの曲数を増やしていくつもりだよ。でも、”Bonded By Blood”, “Strike Of The Beast”, “Blacklist”, “Toxic Waltz” は必ず演奏しなければならないことは承知しているよ(笑)。
ただ、僕たちは新曲を演奏したいバンドで、アルバムを出して1時間半のライブで新曲1曲だけを演奏するようなレガシー・バンドではない。そんなクソみたいなバンドじゃないんだ。新曲を披露したいのは、俺たちが新曲にワクワクしているからだよ!」

メタル世界で、EXODUS は現在どの位置にいるのでしょう?80年代のスラッシュ・メタルを代表するバンドの中では、明らかにベテランの域に達していますが、昔ながらのファンが多いのでしょうか?それとも若い世代が増えているのでしょうか?
「いや、うちのファン層はここ数年ずっと若いよ。俺は61歳だけど、ライブにはあまり行かないんだ。だから、世の61歳の人たちは大抵俺と同じだと思う。”行くぞ” って言っても、結局何か言い訳をして、家にいてテレビでも見てるんだ。
でもライブにはたくさんの若い子たちが来てくれる。まさに新世代だよ。彼らがいなければ、俺たちはここまでやって来られなかっただろうね。だって、年寄りは年寄りらしく振る舞うものだし、俺もそうだ。若い子たちがライブに来てくれるのは本当に素晴らしいことだよ。
何年も前のことだけど、14歳くらいの子供が俺のところにやってきて、”Paul Baloff はパーティーで家を破壊していたって本当ですか?” って聞いてきたんだ。その子はまだ生まれてもいなかったのに、Paul のホーム・パーティーでの振る舞いについて聞いてくるなんて、本当に驚きだよ。まさかそんなことが起こるなんて、想像もしていなかったよ」
ソールド・アウトのライブが増え、メタルへの関心が再び高まっているように見えると Gary は目を細めます。
「うちの客層の平均年齢は若いけど、冗談抜きで、昔からのファンもちゃんと来てくれるよ (笑)。
でも、確かにメタルは復活している。というか、何年も前からこの勢いはずっと続いている。インスタグラムで9歳くらいの子供がギターを弾いているのをよく見るよね。ラップでもターンテーブルで遊んでいるわけでもなく、ただギターを弾いているだけで、しかもすごく上手い。本当に素晴らしい。ギターを主体とした音楽の未来にとって、間違いなく良いことだ」
SNS や AI に興味はなさそうですが、意外なことに Gary はインスタグラム・ユーザーで、フォロワー数が多いことを面白がっています。
「ああ、インスタグラムでは悪いインフルエンサーだと思うよ。うん。フォロワーが異常に多いんだけど、未だに理由がわからないんだ (笑)。普段はギターと猫の写真ばかり投稿してるんだけどね。でも、結局は良いキャプションを書くスキルが全てだと思うんだ。それが何よりも重要なんだよ」

80年代のスラッシュ・メタルは、社会的不正義への怒りに突き動かされていた部分が多くありました。テーマは時代とともに変化してきたものの、Gary は初期のアルバムで彼を怒らせた原動力は、今もなお彼の作詞に影響を与えているといいます。
「人間、一度怒ったら、ずっと怒っているって言うじゃないか。でも不思議なことに、俺はすごく幸せな人間なんだ。いつも頭上に雨雲が浮かんでいるような人間じゃない。音楽はすごくセラピー効果があるし、たくさんのことを吐き出す手段にもなるんだ。
EXODUS がアルバムを作る時は、みんなで家にこもって一緒に暮らしながら曲作りをする。だから、その瞬間に起こっていることを無意識のうちに曲に吸収できるんだ。時事問題に非常に敏感に反応していることが多いんだよね」
では、スラッシュ・メタルも時代にあわせて進化するべきなのでしょうか?
「進化するべきだ。世の中には、EXODUS が “Bonded by Blood” の続編を作るべきだと思っている人が必ずいる。でも、もし俺が今、21歳の Gary Holt に戻ろうとしたら、それは音楽的に究極の不誠実だろう。当時の俺を真似するただの偽物だ。でも、俺の制作プロセスは変わっていないよ。今でも座ってリフを書くけど、古いラジカセで録音する代わりに、スマホに録音するようになったくらいかな」
Gary は、歳をとった今だからこそ、創作活動は続けなければならないと語ります。
「歳をとってきた今だからこそ、書くことをやめてはいけないんだ。まず第一に、ものすごくクリエイティブな気分だ。第二に、プリンスが亡くなったけど、膨大な量の作品を残したじゃないか。もし俺がたくさんの作品を残せたら、亡くなったとしても、少なくとも世界に共有できるもの、子供たちに残せるもの、家族に残せるものがある。Gary Holt の最後の作品、ってね。
そろそろ、死とかそういうことを考え始める年齢なんだ。人生の大半を、自分は不死身だと思って過ごし、同時に必死に自分を滅ぼそうとしてきたことを考えると、奇妙な話だけどね。まあ、18歳のような気持ちは変わらないものだけど」
彼は自分が今の地位にどうやってたどり着いたのか疑問に思うことはあるのでしょうか?
「いや、素晴らしい人生だったよ。辛い時期もあった。薬物乱用をしていた年月も。それらすべてが今の自分を築き上げる一部なんだ。もしそんなことがなかったら、今の自分はこんなにクリエイティブではなかったかもしれない。今でも世界と戦っているような感覚があるし、大きな反骨精神を抱えているからね。
多くの年月を無駄にしてきた。でも、もし何もしないでただ流れに身を任せていたら、今の自分はなかったかもしれない。どん底を経験しなければならなかったんだ。何とも言えないけど、もしもこうだったら、なんてことは考えない。そんなことは、自分の人生に満足していない、もっとありきたりな人たちに任せておくよ」

スラッシュの “BIG 4” に EXODUS が入っていないことを不満に思うファンも少なくありません。
「でも、俺は自分のありのままの姿にすごく満足してるから、どうでもいいんだよ。みんな “ビッグ4についてどう思う?” って聞いてくるけど、俺は気にしない。どうでもいい。他の人たちは “君たちもその一員になるべきだ” って言うだろうけど、違う。彼らは売れっ子4組なんだ。だからそこにいるんだよ。
たぶん、俺たちがこのジャンルの創始者の一人だって自覚しているから気にならないのかもな。俺たちと METALLICA、そして Dave Mustaine の役割を考えれば、言うまでもなく、このジャンルを創り出したのは俺たちだ。他に誰も存在していなかった。他には誰も、そこにいなかったんだから」
そもそも、スラッシュ・メタルとは誰が言い始めたのでしょうか?
「スラッシュ・メタルという呼び方が初めて使われたのがいつだったか、思い出せないんだ。おそら METALLICA の “Whiplash” から来ているんじゃないかな。”Thrashing all around” っていう歌詞からね。まあ、あくまで推測だけど。俺たちが活動を始めた頃は、スピード・メタルと呼ばれていたんだ。でも、すごく速いわけではなく、今ならミッドテンポみたいな感じ。猛烈なスピードではなかったんだ」
初期のベイエリアのシーンは、信じられないほど実り豊かでした。しかも、あっという間にまとまったように見えました。
「EXODUS は79年に結成されたから、厳密に言えば70年代のバンドだけど、イーストベイの都心部出身のガキどもがカバー曲を演奏していただけだった。IRON MAIDEN を発見して、彼らのデビューアルバムの半分くらいをパーティーで演奏していたんだ。まだ誰も彼らを知らなかったから、みんなオリジナル曲だと思っていたみたいだけどね。でも、俺たちが演奏していたのは DEF LEPPARD のファースト・アルバムや SCORPIONS の曲とか、そういうのをカバーしていたんだ。もちろんオリジナル曲もあったけどね。でも、イーストベイの他のバンドよりずっとメタル色が強かったから、裏庭パーティーシーンでは異端児扱いされていたよ」
Kirk Hammet が実はバンドの創設者だったことはあまり知られていません。
「Kirk と Tom は、カリフォルニア州リッチモンドのデ・アンザ高校の音楽室で出会ったんだ。そこはプライマスの Les も通っていた学校だよ。俺が初めて Kirk を見たのは、彼らがリッチモンド高校の音楽室で演奏した時だった。当時、ギタリストの Tim Agnello と友達だったんだけど、結局俺が彼の後任になったんだ。めちゃくちゃすごかったよ。もしかしたら、俺にもできるかもしれないって思ったんだ。
でも、Kirk と初めて一緒に遊んだのは、Ted Nugent と SCORPIONS のコンサートを一緒に観に行った時(カウ・パレスで)、すぐに意気投合した。コンサートに出かける前に、彼の家で、Uli Jon Roth 時代の SCORPIONS の曲を彼が初めて聴かせてくれたんだ。俺がこれまで演奏してきたほぼすべての曲でワーミーバーを使うようになったのは、(1976年のアルバム) “Virgin Killer” のおかげ。俺たちはすぐに親友になったね。彼が俺にギターを習いたいかと尋ねてくれて、いくつかのコードとリフを教えてくれたんだ。6か月後、俺はバンドに加入していた」

デビュー・アルバム “Bonded By Blood” は、スラッシュ・メタルの名盤として今もなお語り継がれています。
「でも、簡単じゃなかったよ。アルバムが完成してからリリースが1年遅れて、それが俺たちにとって痛手だった。レコーディングはまさに狂気の沙汰でね。カリフォルニア州コタティにあるプレーリー・サン・スタジオにこもり、キャビンに住み込みでひたすら暴れまわったんだ。昼間は楽器を叩きまくり、夜はパーティー三昧。まるで野獣だった。面白い話があって、2003年のアルバム “Tempo Of The Damned” をレコーディングした時、オーナーは俺たちが戻ってくるのを心配していたんだ。俺たちが残した破壊の跡は、ある意味賞賛に値すると言っていたよ。ところが2度目にスタジオに戻った時は、”来た時よりも綺麗にして出て行ったな” と言われたよ」
故 Paul Baloff は、セカンドアルバム “Pleasures Of The Flesh” のリリース前にバンドを脱退しました。彼はあまりにも感情の起伏が激しく、フルタイムで一緒にいるには難しかったようですね?
「彼は本当に感情の起伏が激しかった。今振り返ってみると、やり方が違っていたかもしれない。”Paul をクビにするべきじゃなかった” と思う。でも、俺たちが混乱していた頃、彼はもっとひどい状態だった。俺たちが書いていた曲に苦労していたし、彼の生活はめちゃくちゃだった。Paul と出会った時、彼は両親が亡くなった時に信託基金を受け取っていたんだけど、それを使い果たしてしまって、結局俺たちのリハーサル室に居候するようになったんだ。俺は “もしも” なんて考えないようにしている。だって、人は今歩んでいる道を進むしかないからね。でも、彼はものすごく感情の起伏が激しくて、ものすごく不安定だったし、生活もめちゃくちゃだった。家さえなかったんだ。だから、彼が去ったことを後悔しているかって?もちろん、後悔しているよ…でも、彼は俺の親友の一人として人生を終えた。俺はそれを誇りに思っているよ」
胃の扁平上皮癌を患い胃を摘出した、その創立メンバー Tom Hunting も今は絶好調のようです。
「Tom は元気だよ。そもそも胃がなくても生きていけるなんて、科学の奇跡だよ。彼は昔から大柄で、身長は6フィート2インチ(約188センチ)くらいあるんだけど、今の体重は昔より40ポンド(約18キロ)くらい減ったんじゃないかな。でもそれは、体がカロリー摂取量を代謝する方法が変わっただけさ。でも彼は素晴らしいよ。毎年がん検診を受けていて、数年間 “異常なし” と言われ続けた後、ついに寛解したと診断されたんだ。5年間全く症状がなかったから、お墨付きをもらったんだよ。
Tom は “毎日が贈り物だ” ってモットーを真っ先に言うんだ。だから俺たちも何も当たり前だとは思わない。彼は俺の親友で、今もこうして一緒にドラムを叩いてくれている。俺が17歳で彼が16歳だった頃と全く同じだよ」
健康といえば、Gary はヴィーガン生活を試した後、再び肉食に戻ったそうです。
「もう完全に肉食に戻ったよ (笑) 。でも、ヴィーガン生活のおかげで食生活が良くなった。それまで全然食べなかったからね。ヴィーガンになるまでブロッコリーなんて食べたことなかった。今はしょっちゅう食べてるよ。だから、より健康的でバランスの取れた食事を摂るようになった。ヴィーガン料理も時々食べるよ。好きだからね。でも、今日のランチはハンバーガーだった。KREATOR のツアーは楽だっただろうね。Mille がヴィーガンだから、ヴィーガン向けの素晴らしい選択肢が常にあるからね。彼とヴィーガン料理を食べるのは間違いないだろうね。実は、肉を食べない日も結構あるんだ」

ワーカホリックという言葉は、もしかすると Gary のためにあるのかもしれません。
「実は SLAYER で忙しかったから、近年は EXODUS のリリースが減っていたんだ(笑)。正直に言うと、それが少しペースを落とした原因だね。でも、次のアルバムはもう80%完成しているんだ!実はこのアルバムのために18曲レコーディングしたんだけど、どれも素晴らしい曲ばかり。俺のお気に入りのソロの半分は次のアルバムに収録されている。うわー、あれはすごくいい曲なんだけど…みんなには待ってもらうしかない…みたいな感じ。Lee と俺には最初から目標があったんだ。アルバムを完成させて、ツアーが終わったらすぐに次のアルバムをリリースすること。素晴らしい曲が多すぎるのは嬉しい悩みだよね!」
実際、21世紀に入ってからは、今は亡き Jeff Hanneman の代役を務めるという重責も担ってきました。
「もし俺が何かのために生まれてきたとしたら、それは Jeff が戻ってくるまで彼の席を温めておくことだった。残念ながらそれは実現しなかったが…(Jeffは2013年に亡くなった)。SLAYER での時間は最高だった。もちろん、他のメンバーがどんな生活を送っているのか少し知ることができたし、彼らは最初から俺を家族のように扱ってくれて、それは今も変わらない。あのバンドでの俺の仕事はただひたすらギターを弾きまくることだった。SLAYER にはソロがたくさんあるから、特に Jeff のソロはたくさんあって、俺は “ギター・ヒーロー” の役割を担うことができた。最初は数回のツアーで終わると思っていたが、ほぼ10年間も続き、今ではたまにライブをする程度。実際、今年は2回ライブを予定している。今後どうなるかは様子を見よう。年ごとに考えていくことになると思う。SLAYER の復帰にあたって、俺にとって最も重要なことは2つだったと思う。A)俺たちは良い演奏ができるだろうか?B)俺たちはそれを楽しめるだろうか?結果、俺たちは最高だった。楽しかったしね。みんな正しい目的でそこにいたんだ」
20世紀にはなかった、現代のプロのミュージシャンが直面する課題とは何でしょうか?
「副業が必要だ。俺もカーダシアン一家のグッズを売ってるんだよ(Gary はステージ上で “カーダシアンを殺せ” と書かれたTシャツを着ている)。家にいる時は、Tシャツを全部梱包するのは俺だ。だって、それが副収入になるからね。俺たちは、ほとんどのバンドと同じように、旅するTシャツのセールスマンみたいなもんだ。別に “かわいそうな俺” ってわけじゃないけど、ツアーの保証金で全部賄えて、グッズの売り上げも自分のものになるなら、本当にラッキーだよ。俺たちはそうなんだけど、多くのバンドはTシャツでなんとかやりくりしている状況だ。それに、ツアーバスなどの費用も高い。俺は61歳だし、バンなんて乗りたくない。横になって昼寝したいんだ。それに、クルーの人件費とか、飛行機代とか、そういう諸々もかかる。全部積み重なるんだ。でも、俺は本当にラッキーだよ。生計を立てられるミュージシャンなんだから。俺も、他のミュージシャンも、この仕事をずっと続けたいからそうしているんだよ」

参考文献: METAL TALK :EXODUS / GARY HOLT ON SURVIVING THE COLD, STAYING SOBER AND NEW ALBUM GOLIATH

METAL1. INFO:Interview mit Gary Holt von Exodus

KERRANG!:“I’d be trying to play a solo while there was a fistfight going on around me”: Gary Holt on a life living fast

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【MEGADETH : MEGADETH】


COVER STORY : MEGADETH “MEGADETH”

“The body will disappear, but the legend will remain. And the music will go on forever”

MEGADETH

「肉体は消えるが、伝説は残る。そして音楽は永遠に続いていく…」
スラッシュ・メタルの最前線で40年間戦い続け、MEGADETH は壮大な別れの挨拶の準備をしています。
64歳のメガデスのリーダーは、不屈の男。テコンドーと空手の黒帯を持つ男であり、人生のどん底の時期からスラッシュ帝国を築き上げた男であり、2020年に咽頭がんを克服した男。そんな男が、腕の負傷やガン診断ではなく、なぜ今 MEGADETH の終焉を決めたのでしょうか?
「咽頭がんや首の癒着、腕の麻痺みたいな病気に悩まされると、ほとんどの人は立ち止まると思う。ほとんどの人は恐怖を感じるだろう。でも俺は一歩下がって、態勢を立て直していった。なぜなら、これが俺のやりたいことだから。それでも、いつかは最後のショーの時が来ることは分かっている」
Dave が薬物とアルコールへの依存症を克服し、癌の回復が未だ “進行中” であることを考えると、60歳に到達したこと自体、驚くべきことなのかもしれません。
「俺は長寿とかには囚われていないし、80代になるまでプレイできるアーティストの一人でもある。それでも、人は生きていつか死ぬということを覚えておかなければならないんだ。だから俺は、これから自分自身の世話をする必要があるんだよ」
これが MEGADETH 最後のアルバムになるというきっかけやひらめきの瞬間はありませんでしたが、家庭、そして頂点のままやめるという引き際の美学がそこにはありました。
「俺は手に問題を抱えている。手の真ん中にデュピュイトラン拘縮と呼ばれるものがあってね。これから指が内側に曲がっていくんだ。だから、スタジオに戻って何かをしようとしてできないよりは、自分の最高の作品を作ってリリースし、トップに立ったままやめたいんだ。それに俺たちは皆、そばにいてほしい家族や家庭生活を持っている。成功を追い求めているとき、すでに恋愛関係にあることがよくあると思うが、名声を追うために幸せを道に捨ててしまうなんてあるべきではない。それは俺にとって悲劇でしかないんだ」
手の状態はあまり良くないようです。
「正直なところ、俺の手の状態はまだプレーできるが、これから病気が進行すればどうなるか分からない。でも、俺たちがプレーする意思がある限り、俺はできる限り長くプレーするつもりだよ。そしてそれが続くことを願っている。
クレイジーなことに、ツアーが予約されているのにもうプレーできなくなって、誰かにプレーを頼まなければならなくなったらどうしようかとずっと考えていたんだ。そして、俺はそのアイデアが気に入らなかった。それは俺ではない。だから俺は最後の瞬間までプレーするつもりだ。そして、プレーできなくなったら、そのときに止めるつもりだ」

このセルフ・タイトルのアルバムのレコーディングが進むにつれて、これが MEGADETH の総仕上げとなるという会話が本格的に始まり、だからこそ、これが “素晴らしいアルバム” に仕上げることがより最優先事項になったといいます。加えて、Teemu Mäntysaari という新たな血が入ることで、この作品は新鮮に保たれることとなりました。実際、この作品における MEGADETH は、一周回ってファースト・アルバムに戻ったかのようなアグレッション、野心、そしてギターにおける挑戦心が感じられます。
「俺は Teemu に、このアルバムではとにかくソロをたくさんやる必要があると何度も言ったんだよな」
これが最後のアルバムになると言ったとき、バンドはどう反応したのでしょう?
「James Lomenzo は…彼は俺よりも年上なので、問題ないよ。彼は家でビデオ編集をしながらとても楽しい生活を送っているからね。MEGADETH にいることは彼にとって喜びだけど、彼には他にやることがあるからね。
Dirk Verbeuren は非常に魅力的なドラマーだから、バンドがなくなっても絶対に大丈夫だ。Teemu も同様。 Teemu はこのレコードで名を馳せることになる。
でもそうだね、この発表をしてからは本当に素晴らしい期間だった、なぜなら俺は彼らにこう言ったからね。”スタジオ・アルバムをもう作らないと言っているからといって、二度と演奏しないという意味ではないよ。またプレイしよう” ってね。それに俺たちは単なるアメリカのバンドではない。国際的なバンドだから、ワールドツアーを終えるまでに、おそらく3、4年はプレイすることになるだろう。だから、それもとても励みになる」

同時に、最後の総決算として、自伝的なレンズを通して彼らを見ることがさらに重要になっているのは間違いありません。たとえば、オープニング・トラック “Tipping Point” には、「お前の心に侵入する/音で怖がらせる/そこには存在しない声で/周りには誰もいない」という歌詞があり、まるで怒りの代償として誰かにつきまとっているように聞こえます。
「誰かのことを念頭に置いていたわけじゃない。誰かについて曲を書くと、その人そのものというよりも、その行動や不当な行為が問題になることがある。誰かと友情を築いてそれを捨てるのは、俺にとってとても大変なことだった。とはいえ、ここ何年にもわたって、メンバーやマネージャー、あるいはレーベルなど、組織にいた人々と深く関係のある曲はたくさんあったけどね」
たとえば、MEGADETH の2000年のベスト・アルバム “Capitol Punishment” は文字通り、バンドが7枚のレコードをリリースしていた以前のレーベル、キャピトル・レコードに向けたものでした。Dave はもともと、80年代半ばに彼らと契約した時は夢の実現であり、音楽業界で望まれるすべてを備えているレーベルだと信じていましたが、その印象は長続きしませんでした。
「ゲイリー・ガーシュという名前の新しいCEOが就任してね。彼は全員を解雇し、次の NIRVANA と契約したいと考えていた。なぜなら、彼は NIRVANA と契約した人だったから。俺らは終わりに向かって虐待を受けていて、そこにいるのがあまりにも楽しくなくなった。だからレーベルを去ったんだ」
“I Don’t Care” は Dave が口を閉ざすことのできなかった多くのことを列挙した楽曲。「お前は俺の言うことが気に入らない/でも俺は気にしないし従わない」これは、彼が何年にもわたって投石や矢に直面し、払いのけてきた後の信条のようなものを表しているのかもしれません。そしてそれは、OVERKILL がかつて “!!!Fuck You!!!” で示したように、自身のパンクな側面を強調することにもつながりました。
MEGADETH のパンクの影響は有名で、それはバンドの美しさの一部となり、彼らのサウンドに長い間組み込まれてきたスタイルの豊かなタペストリーの一部となっています。
「俺たちは、さまざまな音楽のかなり広範なカタログを持っている。右へ、左へ。ジャズであり、クラシックであり、パンクであり、メタルだった。しかし、それは常に MEGADETH の音楽だった。俺の声、俺たちのリフを聞くと、いつも MEGADETH だとわかったんだよ」

確かに、Dave の比類なき声は、おそらく “憎まれることもあり、崇拝されることもあるが、決して無視されることはない” という言葉で説明がつくのかもしれませんね。Dave の唯一無二の声は、彼らのサウンドの重要な要素で、型破りで賛否両論ですが、焦燥と怒り、灼熱と皮肉を交互に繰り返す非常に特徴的な楽器。
「歌っているときは裸だ。歌は後天的に得たものなんだ。初めて自分の歌を聞いたとき、”うわ、まったく歌手っぽくない、誰かがアジテートして叫んでいるみたいだ” と思ったね。俺は寝室でヘアブラシに向かって歌うような人間ではなかったけど、それでも歌い続けた。ギターが先で歌は次の重要事項だったけどね」
歌が Dave にもたらしたものを考えると、彼は今、自分の声を受け入れることができるようになったのでしょうか?
「受け入れるのには時間がかかったけど。なぜなら、俺は自分の歌を評価するとき、スタジオでやった素晴らしい仕事ではなく、ライブ・パフォーマンスのことを考えることが多いからね。たとえば、”Countdown to Extinction” には、俺のキャリアの中で最も大人な歌唱が収録されていた。その時点から、俺は歌うことを学び始め、音楽を聴いている人にとって歌うことがどれほど重要かを学び始めたんだ。映画 “パープル・レイン” の中で、クラブのマネージャーがプリンスのところに行って、”あなたの音楽を理解しているのはあなただけだ” と言うシーンがある。まあ、俺はそんな奴にはなりたくないけど、俺たちの音楽は楽しいものでありたいよ!」
歌詞の制作にはとても時間がかかりました。
「とても難しいプロセスだった。時間がかかったね。すぐにできた曲は “Hey, God?!” と “I Don’t Care” だけ。他のすべてを作るのは永遠にも思えたね。
ただ、俺は孫子の兵法が好きだから、”I Am War” は楽しかった。あと “Let There Be Shred”は、クリント・イーストウッドの “フィストフル・オブ・ドルラーズ” のようなギター対決を思い出させるので、書くのが楽しかった」

過激な歌詞や言動が時に物議を醸すフロントマンですが、自身を “右翼” 的だとは思っていません。
「俺はクリスチャンで、天使からのメッセージに応えているんだ。俺は法律に従うけど、右翼ではないよ。そして宗教よりもスピリチュアリティを大切にしている。俺は、宗教は地獄に行くのを恐れている人々のためのものであり、スピリチュアリティは地獄に行ったことのある俺たちのような人々のためのものだといつも言っているんだ」
“Ride the Lightning”。METALLICA の名曲の MEGADETH バージョンで Dave は、深い意味で過去を振り返っていることが分かります。
Dave と METALLICA との関係、そして、彼の過去のインタビューを読んだり、2004年のドキュメンタリー “Some Kind of Monster” を観たりした人なら誰でも証言できるように、Dave の脱退の状況とその余波を再評価しようとする数十年にわたる試みは、強迫観念に近いものになっている可能性があります。
しかし、Dave にとって、自分が携わった曲に取り組むことは、単にすべてが始まった場所に戻ることであり、”輪を閉じる” ことであり、”すべてが始まったところへの敬意を示すこと” なのです。
「カバー曲をやるなら、それ以上ではないにしても、少なくとも同等にうまくやらなければならない。でも、この曲は俺も書いたんだよな。だから他の人もそう言うと思うけど、俺に言わせれば、これはカバー曲ではないんだよ。完成したとき、俺たちは何人かの人々の前でこの曲を演奏したけど、俺たちの知っている多くの人は METALLICA やあの曲のファンなので、彼らは自分たちが何を聴いているのか、すべてを理解していた。そしてコンセンサスはほぼ同じだった。つまり、俺たちがふさわしいオマージュをしたということだよ。少なくとも同じくらい良い演奏ができたと思う。少し速くなったけどね」
とはいえ、”Killing Is My Business” の最後の曲 “Mechanix” で Dave は、”The Four Horsemen” が自分のものだと明らかに主張していました。今回も作品を締めくくるのは METALLICA の楽曲です。
「それはただのランダムだよ (笑) そんなつもりはなかった。正直に。嘘じゃない。失礼なことをしようとしていたわけじゃないんだ。俺は James Hetfield のギターを本当に尊敬しているし、Lars Ulrich は素晴らしいソングライターだと思う。彼らとの時間は本当に楽しかった。だから終わったときはとても辛かったんだ。これは俺が敬意を表し、輪を閉じていくことを表現した形なんだ」

“Ride the Lightning” をカバーすることを、METALLICA のメンバーとは話したのでしょうか?
「いや、期待していないよ。だけど、いつか彼らの意見を聞くことになると確信している。皆も知っているように、俺は彼らが好きだった。友人関係が再開されたとしても、俺はそれを受け入れるよ。あのときのことをもう一度振り返ってみると良いと思う。でも、俺たちが一緒に過ごした時間には、たくさんの傷や誤解があったから、過去のことを持ち出さないのは難しいだろうとも思っている。
起こる必要があるのは、MEGADETH と METALLICA のツアーだと思う。それだけさ。そうすればきっとすべてがうまくいくだろう。ぶらぶらすることもできるし、一緒に時間を過ごせる。でも、彼らが俺らみたいに実際にツアーをするわけではないことは分かっている。つまり、ツアーに出ると、本当にたくさんのショーを行うからね」
あまりにも長い歴史を経てから、誰かとの関係を再構築するのは本当に難しいことです。
「そうだね。やり直しだ。時々思うのだけど、恨みがあるときは、それを乗り越えることは実に難しい。個人的に、俺は恨みを乗り越えるのがかなり得意だと思うけど…でも分からない…サンフランシスコのカウ・パレスで一緒に演奏したのを覚えているけど、James は俺に “My Last Words” を演奏して欲しいと言ったんだ。彼のお気に入りの曲だから。それは本当にすごいことだと思う。ありがとう、James。好きな曲があると言ってくれて、本当に嬉しかった」
“Killing Is My Business” を書いてレコーディングしていた過去の Dave は、今の Dave のことをどう思っているのでしょう?
「彼は俺がまだ生きていたことに驚くだろう。そして、孤独から抜け出し、素晴らしい人たちに囲まれている。周りに良い人がいると素晴らしいね。俺は鍵っ子で、母親は離婚経験があり、すべてのひどいことを経験してきた。今、家族がいるのは素晴らしいことだ。俺には本当に強い家族がいて、仕事でも非常に優れたチームがいる。だから、人々に俺のことはこう憶えていてほしい。愛し、笑い、生きた人間だったということを」

孤独でひどい人生を送っていた Dave には、幸運にも 音楽という “ギフト” “才能” が贈り物として与えられていました。
「音楽は贈り物だ。俺は練習をしない。だから、これは明らかに才能なんだ。そして、これだけ長く演奏できて、どこからともなく曲を思いつくことができることも、明らかに才能だ。だから…まあそれが俺の見方だよ」
数年後に MEGADETH 最後のショーが行われるとき、メタルの灯火は確実に受け継がれていくのでしょうか?
「”Nevermind”, “Appetite For Destruction”, “Rust In Peace”, “Master Of Puppets” といったアルバムを聴いてからどのくらい経つ?ああしたレコードはもうリリースされていない。今では、レコードには良い曲が 1 曲入っているだけで、人々はトラックをスキップすることに慣れすぎている。それが悲しいんだ。なぜなら、何度も聴くと、もっとたくさんの意味があるように聞こえる曲がたくさんあるからね。
ずっと前に POLICE がどこかで演奏していたとき見たんだけど、彼らは楽器を外して、U2 のメンバーに手渡した。それは本当に正当な聖火の受け渡しだった。俺がギターを外して他の人に渡す時が来たら、それが誰になるかは分からないけどね。でもね、新世代のスラッシュ・ビッグ4が誕生する時が来たと思うよ」
実際、アルバム “Megadeth” を聴くと、崇高な音楽性に多くの疑問を引き起こす鋭い歌詞など、じっくりと吟味して聴くべき層が緻密に存在しています。その中には、”The Last Note” という最後のアルバムにふさわしくタイトルが付けられた最後の曲も含まれていて、そこで Dave は自身のバンドが達成したことを振り返り、その終結の言葉でキャリアを要約しています。”彼らは俺に金を与え、俺に名前を与えた/しかし、すべての契約は血と炎の中で署名された/だから、これが俺の最後の遺言、最後の冷笑である/彼らが来て、俺が支配し、今俺は消える”
「まあ、俺たちは本当に厳しい取り組みをしてきたよ。そして MEGADETH は40年間にわたって成功を収めてきた。今俺たちは、メタルファンが同人誌を交換していた時代の、初期のオーガニックな時代に物事が戻ったように感じているんだ。いつか俺たちの肉体は消滅するだろう。しかし、伝説は残る。そして音楽は永遠に続いていく」

参考文献: KERRANG! :Megadeth: “The body will disappear, but the legend will remain. And the music will go on forever”

REVOLVER :DAVE MUSTAINE ON FINAL MEGADETH ALBUM, METALLICA COVER, CLINT EASTWOOD INSPIRATION

NEW YORK TIMES: As Megadeth Countdown To Extinction

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【WINGS OF STEEL : WINDS OF TIME】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH PARKER & LEO OF WINGS OF STEEL !!

“Power needs emotion, and technicality needs soul, and that balance is something we’ve always aimed to carry forward into Wings of Steel rather than focusing on technique for its own sake.”

DISC REVIEW “WINDS OF TIME”

「ヘヴィ・メタルは、常に単なる音楽以上の存在だった。人々が集い、仲間に理解され、自分よりも大きな一体感の中に強さを見出せる場所なんだよ。困難な時期には、解放、内省、そして繋がりのための空間となる。恐怖、怒り、希望、そして回復力といった感情を受け止め、人々を孤立させるのではなく、強い力へと変える方法を与えてくれる。ヘヴィ・メタルはコミュニティを創り出し、自分が孤独ではないことを思い出させてくれるんだ。国境、言語、そしてバックグラウンドを超えた一体感を与えてくれる」
SNS という人間のほんの一面だけを切り取って強調し、分断を加速させる悪魔のツールに汚染された現代社会において、ヘヴィ・メタルほど一体感や前向きな力を得られる場所は他に多くはないでしょう。ヘヴィ・メタルを聴いている間は、体感している間は、ライブを浴びている間は孤独から解放される。異なる意見、異なる国籍、異なる文化、異なる人種であっても、ヘヴィ・メタルにおいてはひとつになれる。ヘヴィ・メタルの回復力で困難を克服できる。
そんな素晴らしきヘヴィ・メタルの世界は、その寛容さ故に伝統や壁を破壊し、様々なジャンルや文化を養分として、細分化という枝葉を瑞々しく伸ばしています。だからこそ一方で、”バンディエラ”、旗頭の欠如という問題に直面しているのかもしれませんね。自由極まりないメタル世界だからこそ、メタルらしいメタルをやりづらい、焼き直しになりかねない。WINGS OF STEEL はそんなメタル世界で “時の風” を駆け抜け、”現代的な” 伝統的ヘヴィ・メタルを復活させ、メタルのバンディエラへ堂々たる名乗りをあげたのです。
「80年代について僕たちが最も共感するのは、特定のバンドやグループではなく、あの時代の全体的な精神…つまり強烈なソング・ライティング、真のミュージシャン・シップ、力強いメロディー、そして誠実で妥協のない個性なんだ」
メタルのメタルらしいバンディエラとなるためには、ソング・ライティング、ミュージシャン・シップ、メロディ、そして揺るぎない個性…そのすべてが必要とされますが、WINGS OF STEEL はまさにその “すべて” を兼ね備えています。彼らには、あの “Painkiller” で JUDAS PRIEST が提示した強烈なテクニックを超越した現代技巧の最高峰が備わっていますし、IRON MAIDEN が “Somewhere In Time” で刻み込んだ作曲術の極みも宿っています。そして憂を帯びた雄々しきメロディと11分の長尺曲で勝負する強い個性。つまりWINGS OF STEEL には、80年代にメタルを牽引した二大巨頭に備わる奇跡的な才能と似た可能性を確実に秘めているのです。
「80年代に生まれた素晴らしいヘヴィ・メタルには、本当に大きな敬意を抱いているんだ。 VICIOUS RUMORS や初期の QUEENSRYCHE, METAL CHURCH, CRIMSON GLORY, RIOT といったバンドは、このジャンルの歴史において重要な位置を占めている。あの時代はヘヴィ・メタル全体の形成に大きな役割を果たし、当然のことながら、当時のレコードの多くは、僕たちの音楽的ルーツの一部となっていったんだ」
加えて重要なのは、彼らがまだ20代という若さにして、私たちの愛する古き良きアメリカン・ヘヴィ・メタルの真髄を極めていることでしょう。当時パワー・メタルと呼ばれていたアメリカのメタル・ソルジャーたちは、メタルという狭い枠の中でいかに個性を、フックを、起伏を出せるかに心血を注いでいました。そうした伝統や格式の中に光るアイデンティティ、不自由の中の自由を、WINGS OF STEEL は誰よりも今、謳歌しているのです。
そう、21世紀最初のメタル四半世紀が過ぎ、メタルは原点への回帰を志向します。何よりも、耳馴染みがよく歌えて聴きやすい。流行りの NWOTHM、ETERNAL CHAMPION や HAUNT のいなたさも悪くはないですが、WINGS OF STEEL のトラディショナル・ヘヴィ・メタルはもっと明快でわかりやすく、より多くのリスナーにアピールし、鋼鉄の翼を広げてアリーナへと上り詰めるはずです。
今回弊誌では、ギタリストの Parker Halub と ボーカリスト Leo Unnermark にインタビューを行うことができました。「パワーには感情が必要であり、テクニックには魂が必要だ。僕たちは、このバランスを WINGS OF STEEL で継承することを目指してきたんだ」 ギターソロに見事なストーリーがあり、ボーカルの声質も相まって STRATOVARIUS を想起させる場面も。とにかく、DIO の “Lock Up the Wolves” が人生を変えたアルバムなのですから、間違いありませんね。どうぞ!!

WINGS OF STEEL “WINDS OF TIME” : 10/10

続きを読む NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【WINGS OF STEEL : WINDS OF TIME】

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【THE PRETTY WILD : ZERO.POINT.GENESIS】


COVER STORY : THE PRETTY WILD “zero.point.genesis”

“The Paranormal Is Normal For Us”

zero.point.genesis”

ラスベガスを拠点とする姉妹デュオ、THE PRETTY WILD は、トラウマ、神秘主義、そして女性の怒りを、神話的でジャンルを超越した探求に込めています。そうして、Sumerian Recordsよりリリースされたデビュー・フルアルバム “zero.point.genesis” は、未知への幻想的な欲求を体現した作品群となったのです。
Jyl と Jules の Wylde 姉妹は、超常現象のテーマと彼女たち反骨精神を織り交ぜ、今や実験精神の代名詞となっています。昨年、画期的なシングル “sLeepwAlkeR” をリリースして以来、彼女たちはメタル・シーンで躍進を続け、女性らしさと激しさのバランスを力強く取りながら、他のアーティストとは一線を画す存在感を発揮しています。
デビューアルバムのリリース後も、姉妹にはタイトなスケジュールが待っています。来年2月から3月にかけて、SLEEP THEORY の2026年ヨーロッパツアーのサポートツアーに出る予定。また、Welcome To Rockville と Inkcarceration でフェスデビューを果たしたふたりは、2026年にはSonic Temple、Download、Vainstream Rockfest のステージでも世界をを席巻する予定なのです。
SLEEP THEORY との公演では、デビュー・アルバムを全曲演奏する予定ですが、Jules と Jyl はこの記念碑的なリリースの現実をまだ実感できていないと語る。
「レコードを手にするまでは、本当にリアルで、すごく直感的に感じられることはないと思う。でも、その時になって初めて、何かが腑に落ちるかもしれない」
「このアルバムは、私たちが曲作りに着手する前から、自分たちの中で取り組んで体現してきたたくさんのものの集大成。だから、それが現実に形になるのを見るのは、本当に信じられない気持ちだよ」
むき出しの脆さと神聖なエネルギーに突き動かされた “zero.point.genesis” は、恐れを知らない精神を伝えています。”PARADOX” や “hALf aLiVE” といった自由奔放なトラックを通して、Wylde 姉妹は神秘と深い自己省察の両方を体現しているのです。
「このアルバムは、多くの点で、女性らしさが芽生えていく作品なの」と Jyl は語ります。 「姉妹として、私たちが互いに自信を深め、エネルギーを持ち、それを維持していくのは、本当に素晴らしい進化だった。他の女性たちにも同じように感じてもらえるように、有害な女性らしさを捨て去り、協力的なエネルギーを真に受け入れ、力を合わせれば、もっと力強くなれることを実感できたんだ」

ニューアルバムのサウンドについて、Jules はこう語っています「私たちはクリエイティブな面で成長し、様々な方法で自分たちを追い込んできたと思う。色々なことに挑戦したよ。楽器編成だけでなく、ボーカル・パート、そして楽曲の成熟度や深みといった点でも、様々な領域に挑戦していった」
このアルバムは崩壊と再生のアルバムだと Jyl は表現しています。
「完全なコンセプトアルバムだよ。多くのテーマは、体系的なプログラム、社会的なプログラム、そうした規範を覆すことから生まれている。プログラムされている時は、それが自分にとってどれほど病的だったり、惨めだったりするのか気づかないんだよね。それが当たり前になってしまっているから。それが健康的ではなかった、自分には向いていなかったと気づき始めるまで、そこから引き離されるまで、そのことに気づかない。そしてそこから抜け出すと、過去の自分への悲しみに苛まれる部分があり、このアルバムの大部分はその悲しみを探求しているんだ。特に女性としての力。女性らしさを失わずに生きるためのロールモデルは、私の意見では、これまであまり多くなかったからね」
アルバムには、時代を超えた神話がインスピレーションを与えていると Jules が付け加えます。
「作品の多くは、少し古風だけど時代を超えた文学の世界から着想を得ているの。多くの曲で悲劇に触れたり、ギリシャ神話やローマ神話に触れたり。そういったクールで時代を超越した作品が、私たちに影響を与えてきたんだよね。コンセプト・アルバムについて言えば、BRING ME THE HORIZON の “NeX GEn”、あれは素晴らしいアルバムね。私たちはあのアルバムの大ファンなの。聴いている人をその世界に引き込み、12曲、14曲、15曲も続けて聴けるような感覚にさせてくれるのは、本当に素晴らしいと思う」

このアルバムは、個人的な要素が込められていると同時に、真摯な作品でもあります。姉妹は、このアルバムをここ数年で自分たちについて深めてきた理解、そのすべての集大成だと表現しています。このプロジェクトは意図的に多層的な構成になっていますが、真の女性らしさを受け入れ、探求を学ぶことが、このアルバムの大きな目的となっているのです。
「アルバム全体が神秘主義に根ざしていることは周知の事実だよ」と Jyl は語ります。「アルバムは、自分自身を取り戻し、自分の影と向き合い、多くの内なる子供心に向き合い、そして、体系的に見て、女性たちの育てられ方の多くが必ずしもお互いや社会のためになっていないことに気づくことについて…でも、誰かの気持ちを理解し、その気持ちに寄り添うまで、有害だと気づかないようなことがたくさんあるんだよね。このアルバムには、まさにその反発のエネルギーが詰まっているの」
全11曲を通して、”zero.point.genesis” は劇的な要素と、怒りと、魅力を鋭く織り交ぜたサウンドを融合させ、サウンド的にも精神的にも束縛されることを拒むアルバムとなりました。そしてヴァンパイアのような “living ded” であれ、ダークでロマンチックな “AFTERLIFE (feat. Magnolia Park)” であれ、このアルバムに収録されているすべての曲は、それぞれが独自の物語として際立っているのです。
映画、演劇、そして超常現象から音楽的インスピレーションを得ている THE PRETTY WYLDE の楽曲はどれも、それぞれが独自の映画的世界観を紡いでいます。神話や超自然的な伝説に深く影響を受けたふたりは、そうした物語を独自の不気味で神秘的なな芸術性に取り入れているのです。
「自分が経験しているありふれた日常の出来事を、より大きな神話の弧へと結びつけていくんだ」と Jyl は言います。「そうやって、物事の中に多くの類似点を見出していく。神話は、自分が経験している辛いことに対処するための教科書だと感じることがあるんだよね」

“Button Eyes” のビジュアルも実にシアトリカルで革命的。作曲中、すでにビジュアルやミュージックビデオのことを考えているのでしょうか?
「Jules は演劇の世界出身だから」 と Jyl は胸を張ります。「特に私たちの場合は、ただ歌を歌うのではなく、曲全体を通して風景を思い描いて書いて、演奏しているんだ。ファッションから舞台装置まで、私たちが作り上げている世界観を思い描いてね。だから、聴いてくれる人たちは、私たちがエネルギッシュに表現しようとしている芸術的な空間に引き込まれる。商業的な枠組みの中では、そうするのは難しいこともあるけどね。でも、私たちは自分たちのやり方を見つけているよ。特にこの次の作品では、その世界観がより現実のものになると思う」
つまり、THE PRETTY WILD は音楽を超えた総合芸術だと Jules は考えています。
「これからファッションの要素をもっと深く掘り下げていくつもり。私たちにとってアートとは、音楽以上の深い意味を持っているの。それは、私たちが築き上げている精神や世界観についても同じ。そして、その要素の多くは、ビデオやファッション、ヘアメイクといったクリエイティブな決断を通して表現されるの。どの時代をチャネリングするか、バロックの要素を取り入れているかどうか、クラシックの要素を混ぜているか、Nu-metal とミックスしているか…そうやって考えながらね。これはちょっと面白い組み合わせよね」
Jules に “叫び方” を教えたのは Jyl でした。
「実は、Jyl がスタジオで叫ぶ方法を教えてくれたんだ。初めて曲の中で本気で叫んだのは “Sleepwalker” の時だった。だから今、”Sleepwalker” を聴き返すと、ああ、もっとうまくできたはずって思うんだよね。でも、ちょっと面白かったよ。それから、ハーシュなボーカルに関しては、私たち二人とも似たような感じになることが多いのよね。でも、私は低音パートをシャウトすることが多いのに対して、Jyl は高音パート、ザラザラした感じの部分を多用する傾向にあるかな」
Jyl が “Sleepwalker” に込められたメッセージを伝えます。
「この曲の芸術的なメッセージは、女性が怒りと甘さを同時に抱えているという二面性だと思う。だから、音楽にはその両方が必要だったんだ。みんな “メロディックなクリーンボーカルを作るのは本当に難しい” って言うんだけど、私たちは “なんとかするよ” って感じなんだよね」

クラシック音楽は、メタルコア、Nu-metal と並んで THE PRETTY WILD の大きなインスピレーションとなっていると Jyl は語ります。
「クラシック音楽はずっと私たちの共通のテーマ。クラシック音楽は私たちのホームベースだから、THE PRETTY WILD にクラシック音楽を取り入れる必要があったのよ。当然のことだった。それから、私はダークポップが大好きで、ダークポップのメロディーも、ダークポップの構造も大好きなの。私にとって、オルタナティブ・ダークポップはまさにバイブス。そして Jules は間違いなくメタルシーンに根ざしている。だから、すべてがうまく機能したんだよ」
同じ精神を共有していると感じているアーティストは誰でしょう?Jyl と Jules が答えます。
「ジャック・ホワイトが好き。THE CIVIL WARS にはいつも大きな影響を受けているよ。サウンド的には、最小限の楽器編成で観客を惹きつけている。彼らのエネルギーには、そうさせる特別な力があるよね。それは間違いなく大きなインスピレーションだよ。私は何でも聴きくかな」
「明らかにメインストリームと言えるのは、LINKIN PARK の美学と Nu-metal だね。彼らは真に様々なジャンルを融合させ、その後シーンを築き上げた他のバンドと共に、パイオニア的存在となった。Jyl が言ったように、私たちは様々な理由で、実に様々なバンドやアーティストが融合した存在なので、単純にどれかを切り離して考えるのは難しいんだよね」
バンドの音楽的アイデンティティに関して言えば、THE PRETTY WILD は社会や業界の基準に従わず、常に自分自身に忠実であり続けることと同義になっています。だからこそ、意外なことに今日ではダーク・メタルコアで知られるこの姉妹は、当初はオルタナティブ・カントリー・アーティストとして音楽シーンに登場していたのです。
“y’allternative(ヤオールオルタナティブ)” というジャンルの先駆者である THE PRETTY WILD は、2022年に “XANAX & CHAMPAGNE” や “Eastwood” といったカントリーのシングルでデビューしました。しかし、この姉妹はカントリーからメタルへの旅は必然だったと考えています。
「自分たちが伝統的なジャンルにおいて、伝統的ではないことに気づいたんだ」と Jyl は説明します。「当時、自分たちがカントリーのシーンにいた頃は、あまりにも多くのルールを破ろうとしていた。それが当時の私たちにとっては本物だったから。でも、”自分たちに抵抗する人たちのエネルギーに囲まれたくない” と気づいたんだよね。そうして、より多様なメタルに根ざした、より共鳴するものを見つけたんだ」

サウンドは進化を遂げてきたものの、この二人の特徴であるリリカルな詩情と骨太なストーリーテリングの感覚は、カントリー/オルタナティブ時代からずっと変わっていません。Jules は、当時のレーベルを離れて以来、オルタナティブ・シーンから離れたことが、自分たちにとってプラスに働いたと語ります。
「私たちは普通じゃないのが普通なの。私たちは、あのシーンの人たちより、クリエイティブに奇抜なことをすることができたんだ。そして、それが今の、よりヘヴィなトーンへと進化し始めた。それはずっと私の興味の対象だったから。私はかなり若い頃からずっとメタルに夢中だったんだけど、Jyl はもっとダークでガーリーなポップなジャンルから来ている。だから、私たちの曲の多くには、ヘヴィなブレイクダウンやクラシカルな要素がある一方で、ポップなコーラスにはダークなコンセプトが盛り込まれている。陳腐に聞こえるかもしれないけど、そうした多様性が今の私たちを形作ったんだ」
今、THE PRETTY WILD は型破りで社会の流れに逆らうことを目指す、揺るぎない音楽的精神で進んでいます。ルールを破ること、いや、ジャンルの壁を壊すことを恐れない姉妹は、自分たちにある “内面を見つめる能力” こそが、メタル・シーンの他のアーティストたちと一線を画すものだと言います。
「何が起こっているのか、ある程度は把握していなければならないんだ」と Jules は言います。「でも、コンセプトやアイデアを思いついたり、曲をカットしたりする時は、あまり深く考えないんだ。スタジオはとてもプライベートな空間で、もちろん防音対策も万全で、他のことは考えない。だから、ただ自分が作りたいものを作り、それを心から誇りに思えるんだ。もちろん、それを人に見せたい気持ちはあるけれど、何よりもまず、自分のために音楽を作っているからね」

Jyl がこう付け加えます。「ルールに気を配ることはできるけど、最終的には自分の感覚に従うしかない。ルールを学ぶことは大切。でも、もしそれが自分のすべきことではないと感じたり、何か違うものが必要だと感じたら、その感覚に身を任せればいいんだよ。
いつもみんなに “予想外のことが起こることを期待して” と言っている。私たちは常に、まるでクリエイティブ・マシンみたいに、情熱とエネルギーとアイデアを次々と生み出していて、それが止まることはないんだよ。
だから、私たちの頭の中にあるものを現実のものにし、私たちが恋に落ちたこの世界を描き、みんなに届けられることを、本当に楽しみにしているんだ。
そして、正直に言って、周りの人たち、特に女性たちにインスピレーションを与えたいと思っているの。違った考え方をすることで、感情を大切にすることで、女性が大きな創造力を持っていることに気づくことができる。それが私たちにとって本当に大切なことなんだ。そして、それを実際に見せ、実証し、現実のものにしていくのよ!」
最終的に、THE PRETTY WILD は、彼女たちの名前が象徴するもの、つまり美しさと怒り、光と闇、意志と大胆さを体現しています。そうしてこの姉妹は、デュオの初となるフル・アルバムを通して、彼女たちは未知なるものを信じ、壁を壊し、リスナーにも縛られないことを望んでいるのです。
「特に女性なら、自分の直感に耳を傾け、感情を受け入れるべきだよ。だって、それがあなたのスーパーパワーだから」と Jyl は言います。「そして、このアルバムは最終的に、女性が直感と感情全てを取り戻し、自分の感情を表現することを恐れないことをテーマとしているの。同じ言葉、同じ音楽の中で、美しさと怒りを表現することはできる。それは何も悪いことじゃない。健全なことなのよ」
最後に、このアルバムはふたりにとってどんな存在となるのでしょう?
「まるでビッグバンの瞬間のように、この無形のものが誕生したんだ。創造性が強迫的に爆発しているんだよね。最初から最後まで、まるで旅のようで、アルバムは私たちを様々な場所へと連れて行ってくれる。混沌としているけど、それがバンドの起源なの。
アルバム全体を通して、社会によって自分自身から切り離せと言われてきた部分を取り戻すことについて歌っている。だからこそ、このアルバムは混沌としていて、生々しく、叫び声のような、それでいて美しいものでもあるんだ。なぜなら、切り離されたものを再び統合した時、そこに美しさが生まれるから。多くの人は闇を見て怖がると思うけど、私たちは真っ逆さまに闇に飛び込むの。そうすれば、もう闇を恐れなくなるからね。闇は私たちをコントロールできなる。その価値観を得た日が新たな人生の誕生日であり、世界へと自分自身を導くための、新しい知覚レンズなんだと思うよ」

参考文献: NEW NOISE MAG:INTERVIEW: THE PRETTY WILD TALK ‘ZERO.POINT.GENESIS’

HARDBEAT :Interview with The Pretty Wild

v13net:METALThe Pretty Wild: “When people can take you into this world and you feel like you’re there for 12, 14, 15 tracks, it’s really admirable…”

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【LORNA SHORE : I FEEL THE EVERBLACK FESTERING WITHIN ME】


COVER STORY : LORNA SHORE “I FEEL THE EVERBLACK FESTERING WITHIN ME”

“I think it’s one of the saddest things you can watch happen to someone, It’s a very, very slow death that you’re forced to watch happen over time, and no matter what you do, you can’t stop it from happening.”

WILL RAMOS

Will Ramos のスタジオと保管庫を兼ねた部屋。背後の紫色の壁と、それと一体になった棚には、日本から持ち帰った木刀やサーフボード、レゴセット、ワンピースのフィギュア、ハワイアン・フラワーのガーランドが飾られています。その品々は、Will が LORNA SHORE のツアーで集めたものもあれば、ファンからもらったものも。
「ゴミの山のように見えるかもしれないけど、それは照明がちゃんと当たっていないからだよ。どれも宝物なんだ」
これらの品々の中で最も重要なのが、表紙に “The Rat Club” と書かれた黒い本。ラット・クラブは Will のアパレル・レーベルの名前ですが、もともとはPatreonのコミュニティで、そこで彼は普段の仕事とは全く異なる音楽を共有していました。このレーベルは絶大な人気を博し、Will は何度か交流会を開催しましたが、事態があまりにも混乱したため縮小せざるを得なかったのです。しかし、その前に、ある人物がこの本を贈ってくれました。初めてそれを受け取った時、彼は涙を流したといいます。
「これは本当に最高に美しい…誰かがまず、僕宛にメッセージを書いてくれ、僕たちが出会った頃の写真も添えてくれた。そして、それを次の人に送り、その人も同じように送り、また次の人へと、というように続いていった。少なくとも数ヶ月はかかったはずだよ。なぜなら、アメリカだけでなく、ヨーロッパや南米など世界中から人が集まっているからね。この本は本当にたくさんの人の手に渡ったんだ」
そうして、寄せ書きを書いた人たち、さらには世界中のファンが LORNA SHORE 5枚目のアルバム “I Feel The Everblack Festering Within Me” に満足していることは間違いないでしょう。バンド特有の荒々しさが息を呑むようなスケールと創造力の奔放さと融合し、デスコアのルール・ブックを再度塗り替えています。そして、Will の黒い本と同様に、このアルバム壮大でありながら、親密でパーソナルな作品でもあるのです。
後者の性質について語る時、ニュージャージー州のほぼど真ん中、ミドルセックス郡にある Will の家は重要な鍵になります。ただし、ここは彼が育った場所ではありません。幼少期、Will は住民が “リバー・ラッツ” というニックネームで呼ぶハドソン川沿いのエッジウォーターと、そこから40マイル以上離れたレオニアを行き来していました。家族が州中に散らばっていたのです。つまりこの場所は、身近で深刻な問題を扱ったこの作品の感情的な震源地となっているのです。

アルバムの不吉なタイトルは、”Prison Of Flesh” という曲の歌詞に由来していて、そこで Will は自らの家族が多く苦しむ認知症が、いかに残酷にも愛する人たちの主体性とアイデンティティを奪っていくかを歌っています。
「認知症は誰にでも起こりうるし、誰かに起こるのを見るのが耐えられないほど悲しい出来事の一つだと思う…それはゆっくりとした死であり、時間をかけて見守らざるを得ない。何をしても、進行を止めることはできないんだ」
ウィルの父方の祖母は長い間認知症を患っていて、今では “かなり進行して” おり、自分の家族でさえも見分けがつきません。
「以前は通りで彼女を見かけても、何も言わずに通り過ぎた時もあった。通り過ぎる時に彼女が僕だと気付くかどうか確かめるためだったんだ。もう何度も会っているのに、彼女は僕が誰なのか全く分かっていないんだよな…」
Will の叔母も認知機能の低下が見られますが、症状はそれほど深刻ではありません。ただ彼女は今でも、Will に北ジャージーの地元で道路が閉鎖されていると定期的に電話やメッセージを送ってきます。数年前に引っ越したにもかかわらず、Will がまだそこに住んでいると勘違いしているのです。
「話は聞くけど、もうそこには住んでおらず、実際はかなり遠くに住んでいることを伝えるんだ。すると叔母は “ああ、そうか…” と言って、後でまた同じことを聞いてくる」
Will はその悲しみを、認知症を悪霊が犠牲者に取り憑く様子 “何かが私の心を襲い、ゆっくりと私の内側を蝕んでいく” に例え、彼らを抜け殻同然にしてしまう “恐怖以外の何ものでもない、空っぽの体” という叫びで表現します。そうして彼自身も同じ運命を辿るのではないかと恐れているようにも思えます。”私は心の闇から逃れられない/悪魔は私の中に棲みついている”。
おそらくそれは、Will が家族の中でずっと若く、だからこそ介護の責任があり、その苦しみを痛感しているからでしょう。彼自身も認めているように、31年前に生まれた彼は “サプライズ・チャイルド” でした。彼が生まれた時、両親にはすでに3人の娘がおり、最も下の娘でさえ Will より15歳年上で、彼女には Will よりわずか3歳年下の息子がいます。
「僕の家族は高齢化している。皆が年老いていくのを見て、もし誰かが亡くなったらと思うと…だからすべてをやってあげたい。後悔したくないんだよ」

両親は人口の85%がローマ・カトリック教徒とされるプエルトリコ出身。アメリカに移住したにもかかわらず、両親は揺るぎない信心深さを保ち、子供たちには毎週日曜日、放課後もミサに行くよう強く求めました。特に熱心なのは母親です。彼女は Will が “クリスチャン・サルサ・サン” と呼ばれるような、信仰と家族の伝統を重んじる、端正な青年になることを夢見ていました。そして母親にとっては残念なことでしたが、デスコアのファンにとっては幸運なことに、その夢叶いませんでした。
「母と特にひどい喧嘩をしたのを覚えている。僕は顔中にピアスをしていたんだ。母は僕にこう言っていたよ。”あんな友達とは付き合ってほしくない。あんなにピアスしててヘヴィ・メタル聴いてるし” って。当時彼女は、僕もそうだったって分かってなかった。てそれが僕だった。母はそれを一時的なものだと思っていたかもしれないけど、僕にとってはそれが自分だったんだ。ピアスをするのが好きで、なりたい自分になるのが好きなんだ」
義理の弟が亡くなるという悲劇にも見舞われました。
「”Forevermore” は、義理の弟が亡くなった時のことを歌っているんだ。この曲は、ヴァイキングの葬式を象徴している。昔は、人が亡くなると…皆が悲しみながらも、ヴァルハラでまた会おうって気持ちになったんだよな。それから彼らは外に出て矢を放つ。矢は船に命中し、船は炎に包まれ、海へと旅立つんだ。皆が悲しみながらも、同時に少しだけ喜びも感じる。その人と知り合えただけで幸せなんだよ。
“Forevermore” では、まさにその瞬間を表現しようとしている。この曲には、人生は庭のようなもので、僕たちは皆、庭に咲く花のようなもの、という歌詞がある。そして遠くからカラスの鳴き声が聞こえてくる。カラスは死を象徴する鳥だと言われていてね。時が経つにつれて、庭の花が摘み取られて、彼はまるで突然、どこからともなく姿を消したかのようだった。最後は、これは別れではなく、向こう側でまた会おう、という思いで締めくくられる。まるで弟への最後の頌歌のようで、まるで彼がどこにいようと、彼に語りかけているような。だから、これは僕が長年書いてきた歌詞の中で最も重要なものの一つかもしれない」

AIが台頭し、物事がアルゴリズムで創造されるようになった今でも、Will のような人物を再現するのは難しいでしょう。LORNA SHORE が彼ららしくなったのは、Will の自分自身と自分の仕事に対する信念のおかげだといえます。彼が2020年に加入するまでに、グループには3枚のアルバムと4人の元ヴォーカリストがいました。
それから5年、彼らはバンドを刷新し、大きく飛躍を果たします。2021年6月11日、Will の正式メンバー加入が発表された日に、新曲 “Hellfire” をリリース。バンド自身でさえ未だに理解できない展開ですが、この6分間の曲は、TikTok で Will の異様な歌声を真似しようと試みる #LornaShoreChallenge のおかげで、瞬く間に人気を博しました。現在までに、この曲はSpotifyで7,300万回以上再生されており、この記録は2022年のアルバム “Pain Remains” にも活かされました。意外に思う人もいるかもしれませんが、Will はスクリーム・テクニックを身につけるにあたって、適切なヴォーカル・コーチやテクニックのトレーニングを受けたことはありません。
「昔から、デスコアのヴォーカリストになりたかったんだ。悪魔のような、小さな怪物のような声を出すのが好きだったから。僕はただそれを試し続けた。 他のデスコア・ヴォーカリストを聴き続け、彼らからインスピレーションを受け、彼らのやっていることを真似していったんだ。
その頃は自分でも気づかなかったんだけど、他のことに挑戦すればするほど、自分の中にあるさまざまな感覚、たとえば知らなかった筋肉や声の動かし方が目覚めてくる。僕はヴォーカルをやっていない時よりも、ヴォーカルをやっている時期の方が長いんだ。 だから、試行錯誤を繰り返しながら、自分の声について学んできた。最近は、クリーンな歌い方をもっとたくさんやって、その方法を学ぼうとしているよ。クリーンな歌い方を学ぶことは、僕が想像する以上にグロウルを学ぶのに役立っている。 僕はいつも、ひとつの音を出すことができれば、それをどうにかして進化させることができると思っている人間だからね」

そういう意味で、今 Will が最もコラボレートしたいのが SLEEP TOKEN です。
「言うまでもないね。僕を知っている人ならもうみんな知っていると思うけど、SLEEP TOKEN と一緒に仕事がしたいんだ。 彼らのヴォーカル、音楽全般が大好きなんだ。 本当に素晴らしいよ!」
稀有な才能と共に、彼は若い頃から自分のやりたいことをはっきりと理解していて、迷うことなくそれを追求しました。そうして、2022年9月には彼らのヒーローである PARKWAY DRIVE のゲストとして出演することができました。
「僕たちがあんなバンドに太刀打ちできるとは思えない。僕たちはあのバンドの抜け殻みたいなものだ。今、彼らがヘッドライナーを務めた場所でヘッドライナーを務めるなんて、インポスター (詐欺師) 症候群のせいで “こんなの全然意味わかんない!” って思うんだ。でも、やるんだから、とにかく楽しみにして、この経験を最大限に楽しもう」
PARKWAY DRIVE の “アリーナ的” 影響は、新作の楽曲 “Unbreakable” への野望にも深く浸透していました。Will 曰く、この曲は彼らの “アリーナ・ソング” であり、オーケストラの要素、猛烈なダブル・キック、そして大勢の人々を間違いなく嫌悪させるであろうブレイクダウンを網羅した、シンフォニックなスケールの攻撃的な楽曲で、新たなファンを開拓しています。その中には Will の両親も含まれており、70代にもかかわらず息子の音楽を遂に愛するようになったといいます。
「バンドがうまくいっているからだよ!そうでなければ、”最悪だ!やめてしまえ!って言われるだろうね (笑)」

約1年前、父親は初めて息子のライブに訪れました。いや、ヘヴィ・メタルのライブ自体、彼にとって初めての経験でした。それまで、父ラモス氏は Will がバンドをやっていること以外、その内容をほとんど知らなかったのです。しかし、LORNA SHORE のライブを体験した瞬間、状況は一変しました。会場は広く、観客は満員で、花火も盛大。
「”ちっぽけなバンドなんかじゃない!ステージには文字通り火が燃えているんだ!” って父は言ったんだ (笑)。認めてもらうには長い時間がかかったけど、今は満足しているよ」
Will は、バンド活動を通して父親との関係を修復できたことに大喜びしています。両親は彼が12歳の時に離婚したため、Will は両親の家を行き来しながら生活していました。しかし、その綱渡は親権の問題ではありませんでした。父親と暮らしていれば、いらだちを募らせ、母親の家に預けられ、母親と暮らしていれば、”メタル人間”(彼女の言葉)であることを受け入れてもらえず、父親の元に戻る、といった具合。幸いにも、両親は Will の高校の近くに住んでいたため、ある程度の継続性は保たれていました。
しかしある時期から、Will と父親は “すっかり疎遠に” なり、連絡を絶ってしまいます。数年間、Will は会いたくないという気持ちが彼の心を蝕んでいたといいます。しかし、時の流れが後戻りできないことを実感した Will は、父親に会いに行く旅に出て、父親の変わり果てた姿に衝撃を受けます。父親はまさに老人になり、記憶にあるような白髪ではなく、雪のように白い髪になっていたのです。
「父親と息子の関係、愛する気持ちを取り戻したかったんだ。それが何であれ。父がひどく老け込んでいるのを知っているから、償いをしなければならなかったんだ」
激しい波に乗せて芝居がかったギターラインが流れる傑作 “Glenwood” は、その再会について歌われ、”昔のように戻れるかな?” というリフレインを軸に、コーラスで和解の美しさを伝えています。

バンドはどのように曲作りをするのでしょうか?常識的に考えれば、まずリフを思いつき、それをより完成度の高いアレンジに仕上げ、それから音楽を反映し、深みを増す歌詞を添えることになります。しかし、LORNA SHORE はそうではありません。彼らの創作ワークフローは少々変わっています。
「みんなで座って、”どんなバイブスが欲しいんだ?” と自問するんだ。たとえそれを物理的な物で表現しなければならないとしても、動詞で表現しなければならないとしても、関係ないんだ」
実際、それがどのようにして、とめどなく攻撃的な “War Machine” のような曲へと繋がったのでしょうか?
「このバイブスは “怒り” だって言う人もいるだろうね。誰かが “銃” って言うと、次は “ドカーン” って言う。それから “爆発” って言う。そうやって作ったアイデアを、壁に貼った大きなムードボードに、それぞれの曲のアイデアを言葉と絵で表現して書き留めて、みんな自分の部屋に集まって、とことん話し合うんだ。音楽的にはどこかから始めなきゃいけないから、Adam がギターを持って、一日の終わりに発表して、お互いの作品について意見交換するんだ」
つまり、LORNA SHORE のメンバー5人が、自分たちの音楽で伝えたいことを5人で明確に表現することで、より繊細なニュアンスが生まれるのです。
「例えば GOJIRA が、ある時はめちゃくちゃヘヴィな曲を歌って、次の瞬間にはアンビエントな曲を歌うみたいに、変化をつけられる。僕はそうありたいんだ。いつも超ダークである必要はないと思う。僕たちはそういう人間じゃない。これは今まで僕たちが発表してきたものの中で、最も人間味あふれる作品だと思う。僕たち全員が、個人として、あるいは一緒に、実際に体験した物語や感情に基づいている。これは今までやったことのないことだ」
この新たな章をどう乗り越えていくかは、全く別の問題です。Will は前述のインポスター症候群を抱えており、バンドの急成長のスピードにまだ慣れていません。
「世代のせいなのか、それとも何か他の理由なのかは分からない。最近、誰かと話したんだけど、本当に良いことをした時、自分がそれを良いと感じたというよりは、それをじっくり考える時間も与えずに次のことに移ってしまうんだ。LORNA は急速に成長していて、たくさんのことが起こっているから、ハンドルから手を離すのが難しい。だから、時にはハンドルに引きずられるしかないんだよ。ほんと、あっという間にいろんなことが起こった。 バンドにいたすべての時間を振り返ってみると、”ワオ、僕は本当にしばらくここにいたんだ” というような、ほとんどシュールな感じなんだ。 信じられないよ」
すべてがうまくいっているという感覚、充足感と充実感が入り混じった感覚は、Will が滅多に味わうことのできないもの。だからこそ、それが訪れた時は特別な感覚になるのです。普段はなかなか抱かない自己省察を強いられるから。
「会場に戻る前に、どこかで食事をする。その時考えるべきことは、食事をすることと会場に戻ることだけだよね。でも、ふと “今この瞬間、すべてが完璧に感じられる” と思うんだよな」

参考文献: NEW NOISE MAG :INTERVIEW: LORNA SHORE VOCALIST WILL RAMOS TALKS ‘I FEEL THE EVERBLACK FESTERING WITHIN ME’

KERRANG!:Lorna Shore: “The band’s growing so fast that it’s hard to keep your hands on the wheel. Sometimes you’ve got to let it drag you around”

LOUDWIRE : WILL RAMOS

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【FIRSTBORNE : LUCKY】CHRIS ADLER’S TRIUMPHANT RETURN !


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHRIS ADLER OF FIRSTBORNE !!

“I had lost the joy of playing as I found it disappointing. This changed when I realized I had only been focusing on the things that dystonia had taken away – trying to find ways around it or force it to work. Once I turned my focus away from those very few things, I began to enjoy playing again and have found a new appreciation and love of the instrument and how creative I can be with it.”

DISC REVIEW “LUCKY”

「ミュージシャンズ・ジストニアやジストニア全般は、治ったり良くなったりするものではないんだ。僕はまだ、この病気に適応する方法を学んでいるところなんだよ。もう二度と自信を持ってできない動きもあるし、長い間とても憂鬱だった。またプレーしたいと思うようになるまでには時間がかかった。プレーする喜びを失い、失望していたからだ。
それが変わったのは、ジストニアによって奪われたものにばかり目を向けていたことに気づいたときだね。それを回避する方法を探したり、無理やり何とかすることばかり考えていたことにきづいたんだ。でも、そんなごくわずかな、ネガティブなことから目をそらすと、僕は再び演奏を楽しめるようになり、楽器への新たな感謝と愛情、そして楽器を使っていかに創造的になれるかを発見したんだよ」
病は誰にでも降りかかります…才能にあふれるミュージシャンにも分け隔てなく。あの Jason Becker が全身の筋肉が徐々に萎縮してしまう難病 ALS に冒された時、多くのファンは若きギターヒーローの過酷な運命を嘆き、彼の音楽人生は早晩、終わってしまうだろうと考えました。しかし、Jason は病と向き合いながら、多くの人の助けを借りながら、今もその美しい旋律を私たちに届け続けています。音楽に対する情熱、きっとそれが今も Jason を突き動かしているのです。
LAMB OF GOD で伝説となったドラム・ヒーロー、Chris Adler もまた、病に冒され、立ち向かい、共存しながら創造の翼を広げています。そう、音楽に対する情熱の炎は、過酷な病にも屈することはありません。何より、ヘヴィ・メタルには素晴らしきレジリエンス、回復力、反発力が宿っているのですから。Chris は楽器への愛情と感謝で憂鬱から立ち直り、FIRSTBORNE という新たなスタートを切ったのです。
「これまで僕がやってきたことと競争したくなかったんだ。好きな人たち、一緒にいたい人たちと一緒に新しいスタートを切りたかったし、単純に友人関係の調子やその場の雰囲気に音楽の方向性を委ねたかった。メンバーには、僕が以前やったことのコピーだけは禁止だと伝えた。この方向性がとても気に入っているよ。聴いていてとても楽しいし、子供の頃に聴いていて、音楽に関わりたいと思うようになった音楽をいろいろな意味で思い出させてくれるよね」
FIRSTBORNE の音楽は、LAMB OF GOD, TESTAMENT, PROTEST THE HERO, MEGADETH といった過去に彼が携わってきたエクストリームな音楽とは少し異なっています。”First-born” 、初めての子供というバンド名が表す通り、Chris は健康だった過去の自分と競うのではなく、病気と共に生まれ変わることを選びました。そうして、子供の頃に夢中になっていたハードロックを基盤に、スラッシュ、パンク、プログ、ブルースといった自らのルーツを配合し、新たな道を切り開くことに決めたのです。
相棒は、Ronnie Romeo と並んで今最もハードロックの真髄を体現できるシンガー Girish Pradhan、”ソフト・シュレッド” という新たなジャンルを確立したギタリスト Myrone、そして歴戦の強者 James Lomenzo。このメンバーから生み出される音楽に、情熱の炎が宿らないはずはありません。エナジーも、パワーも、フックも、テクニックも、メロディも、メタルを愛するものなら琴線に触れるものばかり。何より、Chris のタイトで正確無比なあの轟音が再び帰ってきた…その事実に私たちはただ、敬意と感謝を持ってこの “幸運” を噛み締めるだけなのです。
今回弊誌では、Chris Adler にインタビューを行うことができました。「LAMB OF GOD は僕のライフワークだったからね。僕はあのバンドにすべてを注ぎ込み、自分も含めてバンドのみんなのために懸命に働いた。 バンドの歴史を知っている人なら誰でも、僕がどれだけあのバンドに関わり、どれだけ献身的だったかを知っている。
あんなことが起こって、一緒に育った仲間と始めたバンドにもういないなんて、今でもショックを受けているよ。正直、奇妙なことだ。僕はバンドの誰とも連絡を取っていない…というか、このようなことが起きてからずっと連絡を取っていないんだ。こんなことになったから、連絡を取る必要性を特に感じているわけでもないしね」 Chris Adler…その情熱の炎、不死鳥の翼は決して燃え尽きない。どうぞ!!

FIRSTBOURNE “LUCKY” : 10/10

続きを読む NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【FIRSTBORNE : LUCKY】CHRIS ADLER’S TRIUMPHANT RETURN !

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BETWEEN THE BURIED AND ME : THE BLUE NOWHERE】


COVER STORY : BETWEEN THE BURIED AND ME “THE BLUE NOWHERE”

“There is no formula in heavy music—it’s a blank canvas, you can have all of these influences and be inspired by all these different genres and all these different eras of music.”

THE BLUE NOWHERE

ノースカロライナ州ローリーで結成された BETWEEN THE BURIED AND ME。メタルコアに端を発した彼らの音楽は、広大で多彩なソングブックに、まさに虹のような音楽的色合いを描くようになりました。”Colors” や “The Great Misdirect” のような多様な実験は、プログレッシブなヘヴィネスと咆哮に根ざしながらも、必要に応じてジャズ、ブルースグラス、プログレッシブ・ロックといった “ノン・メタル” な要素も臆することなく取り入れて、彼らは “モダン・メタル” の象徴的存在となったのです。
バンドの11枚目となる新作 “The Blue Nowhere” はそんな彼らの作品においても、最もエクレクティックで、メタルの可能性を切り開くというゾーンに入ったといえるのかもしれませんね。
“The Blue Nowhere”。ボーカル兼キーボードの Tommy Rogers は、青という色から何を思い浮かべるかと訊かれ、「夢のような、そしてとても平和な…僕たちの音楽はたいていの場合そうではないけれど」と答えています。一方で、彼の長年のバンドメイトで名手、ギタリストの Paul Waggoner は、青には深いセルリアン、コバルト、ネイビーなど、探求すべき色合いの海がまだあることを示唆して、この色をバンドのサウンド拡大の象徴としています。
「青という色は、パレットの中で最も魅力的な色だ。淡いブルーはとても穏やかで安らぎを与えてくれるが、ダークなブルーになると…それは悲しいものになる。たぶん、”The Blue Nowhere” はその全領域を包括しているんだ」

実際、”The Blue Nowhere” は、Rogers, Waggoner, ベーシストの Dan Briggs、ドラマーの Blake Richardson の4人となった BETWEEN THE BURIED AND ME が相変わらず挑戦的でカラフルであることを証明しています。
ワイルドでファンキーなオープニングの “Things We Tell Ourselves in the Dark” は、80年代のスタイリッシュなファンカデリック・ポップに、メタルとプログの狂気がミックスされています。 “The Absent Thereafter” は、ナッシュビルを切り裂くようなカントリー・メタルと、ピーク期のヒューイ・ルイスを思わせるホーン・アレンジが織り成す10分間の大作。 タイトル・トラックはまるで高品質の、しかし一筋縄ではいかないヨット・ロックで、圧巻の “Slow Paranoia” はさながらコーラス・ラインのような生意気なブロードウェイ・ミュージカルと死神のようなメタルの威圧感をマッシュアップした奇跡。
アルバムで Rogers は、想像上のホテル “ブルー・ノーウェア” を舞台にした寸劇で歌い叫び、邪悪なエゴ旅行者たちと過ごすひとときから、”月を見つめて月と交信する” 人々のグループまで、様々な人間模様を描いていきます。そして普段の暮らしから離れた場所への旅が私たちをどう変えていくのかを、非常に人間的に探求。そう、このアルバムはプログ・メタル版、21世紀版の “Paradise Theater” なのです。Rogers はアルバムがホテルをテーマにした理由を明かします。
「何年も前からホテルをテーマにした曲を書きたいと思っていたんだ。曲作りを始めたばかりの頃、それぞれの曲がそれぞれ独自の空間に存在しているように感じられたからね。
全体としては同じものの一部でありながら、それぞれが全く異なる。それぞれが全く別の世界へと誘ってくれる。だから、ホテルというアイデアにぴったりのアルバムだと思った。それぞれの曲が、”ブルー・ノーウェア” というホテルの中で、それぞれ異なる存在であってほしいと思ったんだ。どんな展開になるのか、最初は全く想像がつかなかったけど、最終的には、人間の経験、それに伴う浮き沈みといったものを凝縮した作品になったね
自分自身に問いかけたのは、”この曲は、この想像上の空間のどこで起こっているんだろう?何が起こっているんだろう?” ってこと。それから、ある意味、人間の経験、その中で起こる忌まわしい混沌や恐ろしい出来事、そして美しいものについて歌ったような曲にしようと考えたんだ。この奇妙なホテルを通して、登場人物が人生を歩んでいるような、抽象的な世界を作ろうとしたんだよ」

Waggoner はバンドで泊まるホテルで経験した最悪の経験を回想します。
「おそらく最悪、いや間違いなく一番変なホテルだと思うけど、ダラス郊外に悪名高いモーテル6があったんだ。当時はすごく貧乏で、モーテル6はまさに行きつけだった。当時は30ドルで部屋が取れて、満員だったからね。
到着した途端、妙な雰囲気が漂ってきた。ポン引きみたいな車が停まっていて、見た目はカッコよかったんだけど、”モーテル6にこんな車があるなんて変だ” って思った。鍵をもらって部屋に行くと、窓辺に奇妙なトロフィーが山ほど置いてあるのに気づいた。ドアを開けると、明らかに誰かが泊まっている。ベッドは整えられておらず、部屋は散らかっていた。
フロントに行くと、”ああ、そうですね…すみません” と返事をされ、別の鍵を渡されたんだ。その間も、奇妙な出来事が次々と起こった。警官が車を停めて、それから売春婦がパトカーから降りてきて、僕たちが最初に入った部屋に上がっていく、といった具合でね。さすがに僕たちはそこから脱出したんだ。
3週間後、友人のバンド HOPESFALL が強盗に遭った。ダラス郊外のホテルでトレーラーが盗まれたという投稿があったのを覚えているよ。すぐにメンバーの一人に連絡して、”あの、モーテル6?” と聞いたら、”ああ!”って。
だから…泊まらなくてよかった。僕たちが強盗に遭わず、代わりに友人が強盗に遭ってくれてよかった (笑)。
でも、素敵なリゾートに泊まったり、素晴らしいホテル体験もしているよ。メキシコシティのインターコンチネンタルに一度泊まったのを覚えている。すごく高級で美しいホテルでね。だから本当に様々なタイプのホテルがあるよね。ホテルって面白いよね。だって、本当に幅広いスペクトラムを体現しているから。五つ星リゾートやオール・インクルーシブもあるけど、偶然か状況で世界中のいかがわしい場所にたどり着くこともある。このアルバムはそういうスペクトラムを全部体現しているんだ。自分がどんなホテルに泊まっているのかよくわかっていないっていうのが、いいよね」

ホテルにはメタルと同様に、歴史があり人生があると Rogers は語ります。
「ホテルというものは、そこに歴史があって、行き交う人々の人生が面白いんだよ。ホテルは人々が人生について考えるための器だ。孤独、喜び、悲しみなど、様々な感情が渦巻いている。人生最高の時も最悪の時も、ホテルには宿っていることがあるんだよね。
部屋によって様々だ。例えば、ある部屋は休暇中の家族連れで、別の部屋は3週間も飲みまくって人生最悪の状態にある男の部屋、といった具合でね」
ホテルがいかに多様な体験を提供できるかというアイデアを踏まえ、このアルバム全体には様々な感覚が流れています。Rogers は音楽的な融合や実験にも、以前よりさらに力を入れたと胸を張ります。
「僕たちが曲作りをするときの素晴らしいところは、物事がいかに早く、そして自然に生まれ始めるかということ。曲を組み立てるのに何年もかかっていると思うかもしれないけど、こんなにうまくまとまったグループでいることの素晴らしさは、一度全員が同意して飛び込み始めると、物事が自然と動き出すことなんだよ」
オープニングの大仰な “Things We Tell Ourselves in the Dark” はエゴについての楽曲。
「僕はどちらかと言うと、歌詞である瞬間を捉えようとしているんだ。この歌詞は、ある男の視点、あるいはこの曲のテーマとなっている人物の視点から書かれている。彼は自分が完璧な人間だと言っている。彼は素早く、機械のような正確さを持っていてね。
“Things We Tell Ourselves in the Dark” は、BTBAM にとっては全く異質な曲だった。この曲には自信が溢れている。そして、誰かが高級ホテルに入ってきて、みんなを見下しているような姿をすぐに想像したんだ。基本的に、このひどい人物像を作り上げ、それについて曲を書いた。エゴについて…エゴが強すぎると、人生にひどいことが起こる。これは僕たちが捨て去らなければならないものだ」

バンドが成長していく中で、かつてメンバー自身もエゴを捨て去る必要があったと Rogers は認めます。
「物事を自分の中に閉じ込めすぎないことを、ずいぶん前に学んだと思う。みんな曲をたくさん書くから、うまくいかないことに何時間も費やしてしまうことがある。
僕たち全員の目標は、良い曲、良いアルバムを作りたいという思いだけ。だけど、うまくいかないこともある。でも、その後に何かが起こることもあるんだ。例えば、”Absent Thereafter” のメインリフの一つは、Paul (Waggoner) が2018年の “Automata” の時に書いたものだ。当時、彼がその部分をとても気に入っていたのは知ってるし、それは最高だった。でも、僕たちが当時書いていたものには、どうもしっくりこなかったんだ」
Waggoner が付け加えます。
「ああ、彼らは気に入らなかったんだ。”出て行け” って言われた。傷ついたよ (笑)。面白いよね…Tommy が言ったように、僕たちは個人として、それぞれ曲を書いていて、そういうものすべてに対してビジョンを持たずにはいられない。でも、それをグループで共有したら、それは共同の財産になるという事実を受け入れないといけないんだ。自分のビジョンが変わる可能性も受け入れないといけない。個人のビジョンではなく、集団のビジョンになる。若い頃はそれが難しいし、少し傷つくこともある。でも、バンドとして、そして家族として成長するにつれて、それが常に最善だと分かるようになった。
長い歴史の中で、メンバー間で多少の不和はあったけど、ここ数枚のアルバムで素晴らしいケミストリーが生まれたから、もうそんなことはない。個人として、音楽に対するエゴイスティックなアプローチは捨てたんだよ。それは良いことだよね。
他の多くのバンドも同じような経験をしていると思うよ。最近、MASTODON の Brent Hinds が亡くなったけど、彼も同じことを言っていたね。複数のソングライターがいるバンドの場合、一度アイデアをグループに提示したら、それはもう自分だけのものではなくなってしまう。それを受け入れなければならないんだ」

ファースト・シングル “Things We Tell Ourselves In The Dark” は、このバンドの実験性とアイデンティティの両方を反映した曲だと Waggoner は語ります。
「これは Dan の独創的な発想で、彼は本当にマルチ楽器奏者なんだ。彼はまさにプログ好きの典型で、紛れもなく変わっている。僕たちにとっては突飛な曲だけど、それでも BTBAM のアイデンティティはしっかりと残っている。賛否両論あるだろうとは思っていたけど…でも、みんなが話題にしてくれるからクールだと思う」
“The Blue Nowhere” のタイトル曲もある意味、BTBAM にとっては新境地で、挑戦で、”奇妙な” 楽曲です。過激な実験主義者である彼らにとって、ただ落ち着いてテンポを乗っていくというのは前代未聞の試みに思えます。
「でも、僕にとっては全然不自然じゃなかった。もっとこういう曲が書けたらいいのに。覚えやすくて、演奏しやすい。でも、あの曲の誕生は本当に奇妙な体験だった。Tommy が “ヨット・ロック風の曲を作ろうぜ” って、ふと口にして。もちろん、ファンの中には驚いた人もいたけど、すごく自然に形になったんだよね。様々なトーンを試す機会、Tommy のメロディアスな歌い方、ヴァース・コーラス・ヴァースみたいなもの、そういうのは、みんなが思うほど僕たちにとっては不自然じゃないんだよ。だって、僕たちはそういう音楽が好きなんだから。普段曲作りに使っているフォーマットよりも、あのフォーマットで聴く音楽の方が多いかな。クレイジーなメタルはあまり聴かないからね。
それに、あの曲は僕たちに、あまり大げさにしないように、ある程度の抑制を強いる試練を与えた。作るのは楽しかったし、ファンが聴いてくれるのは、僕たちが曲を作る時よりも奇妙な感じがすると思う。自分たちのそういう側面を探求する機会だったんだ」
Rogers にとって、タイトル・トラックは今回のフェイバリットとなりました。
「タイトル曲はすごく気に入ってる。すごく個性的な曲だからね。僕らの頭の中ではヨット・ロックの曲だったんだけど、“BTBAMスタイルで”、それが目標だったんだ。デモのタイトルは “Prog Yacht” だったんだ。
アルバムの流れの中で、この曲がうまく配置されたのは、本当に嬉しい偶然だったよ。直前の2曲は、も”これやりすぎ?” って思うくらい、かなり盛り上がってる。もしあの直後にあんな曲があと2曲あったら、みんなお腹いっぱいになってしまうよ」

“Absent Thereafter” のホーンセクションの響きにはヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、”The Heart of Rock & Roll” の影響が感じられると、さらに Waggoner は語ります。
「Dan がその要素を加えてくれたし、あの曲を提案した時にヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの名前を文字通り口にしたと思う。でも、ギタリストとしての僕は、”Eddie Van Halen, Danny Gatton, Earl Scurggsがメタル・ソングを書いたらどうなるだろう?”みたいな曲を書こうとしていたんだ」
BETWEEN THE BURIED AND ME には昔からこういう “おどけた” 要素があって、それがバンドの良い隠し味となっています。
「セルフ・タイトルのアルバムでも、そういう要素はたくさんあった。こうしたアイデアの主な提供者は Dan だと思う。彼はちょっと変わったタイプの人で、OINGO BOINGO や CARDIACS に影響を受けているからね」
“The Blue Nowhere” にとって、ダイナミクスは不可欠です。だからこそ、Waggoner はインタールードを採用しました。
「山あり谷ありのアルバムが好きなんだ。ファンにはアルバム全体を一つの没入感あふれる体験として聴いてほしいから、特に激しい曲の前後で、少し落ち着く瞬間があるのは重要だと思うんだ」
その哲学は “Slow Paranoia” にも明確に表れています。
「最初は Dan が書いたちょっと変わった曲、とてもプログレ的でメロディアスなワルツだった。そこに Blake がちょこちょこ要素を加えて、突然、すごくヘビーな瞬間が生まれた。みんなが少しずつ個性を出し合って、壮大でクールな曲になった。あの曲は最初から最後まで、まるで一つの旅のようだ」
そう、このアルバムに宿るのは真に自由なサウンド。ファンが渇望する特徴-脱線的でカラフルなコンポジション、カーニバルのようなメロディー、超越的なテーマに豊富なリフは確かに健在ですが、”The Blue Nowhere” を5つ星体験に押し上げる特別な要素が一つあります。それは、”The Great Misdirect” と同じくらいバンドのキャリアの中で最も記憶に残る楽曲たちだと、Tommy は語ります。
「このアルバムの本当に好きなのは、”The Great Misdirect” にも通じるところがあって、それぞれの曲が本当に独自の世界を持っているように感じるところ。これは、曲作りを始めた頃に自然に生まれたものなんだ。本当にたくさんの新しいアイデアを掘り起こせたと思う。これまで書いてきた膨大な量の曲のおかげで、作曲家としてこれまで以上にリラックスした状態になれたと思う。こうして心地よくいられるのは幸運だと思うし、お互いを、そして自分自身を本当に刺激し合える。ファンもそれを期待してくれているんだ」

Waggoner が続けます。
「アルバムを作るたびに、僕たち全員の多様性、そして影響を受けてきたものが、どんどん抑えられないものになっていく。”The Great Misdirect” は、その良い参考例になると思う。あのアルバムは、僕たちが書く様々なタイプの音楽のムードを、本当にうまく表現できたと思うからね」
4人組として初のアルバムとなった “The Blue Nowhere”。長年ギターのパートナーを務めた Dustie Waring が脱退し、Waggoner はギターパートのほぼすべてを自らレコーディングすることになりました。
「ベースの Dan が12弦アコースティックギターなどのギターを担当しているけど、ギター演奏はほぼすべて僕が担当した。僕たちは非常に複雑な曲を書いているので、1人になることが精神的な挑戦というよりは、ギターのレイヤーがいくつもあることが多くて大変だった。2つのリズムと1本のリードギターといった単純なものではなく、もっと複雑なパートもあるからね。ハーモニーパートがあったり、2本のリズムギターがそれぞれ違う役割を担っていたりするんだよ」
正気を保つため、Waggoner は綿密な整理整頓に頼っていました。
「レコーディングが必要なギターパートを全部スプレッドシートにまとめているような感じなんだ。レコーディングが進むにつれて、完成していくにつれて、一つずつ項目にチェックを入れていく。そうすることで、少しは気が楽になるんだよな」
このアルバムは、バンドにとって Inside Out Musicからの初リリース。それに伴い、Waggoner は同士を得たことを喜んでいます。
「僕らにとって、それは理にかなったことで。彼らはプログ界の最前線に立っていて、若くてヘヴィなバンドたちと共に進化し始めている。僕らは、クラシックなプログとアグレッシブなプログの間の橋渡しをしているんだ。僕らのお気に入りのバンド、例えば HAKEN とはツアーで共演したことがあるし、LEPROUS や DREAM THEATER ともツアーで共演している。彼らはプログ界のアイコン的な存在だよね。だから、彼らと同じレーベルに所属できることは光栄なんだ」
バンドにとって、影響を受けてきたアーティストは常に多岐にわたっています。
「僕らは影響を受けてきたものを一度も捨てたことはない。ただ、そこに新たなものを加えただけなんだ」と Waggoner は振り返ります。 「ヘヴィ・ミュージックには公式なんてない。まっさらなキャンバスみたいなもの。あらゆるジャンル、あらゆる時代の音楽から影響を受け、インスピレーションを得ることができる。僕たちは枠にはめようとはしていない。枠なんてないんだってことを、みんなに証明したいんだ。音楽的には何でもできるって。幅広いミュージシャンからインスピレーションを得て、その影響とインスピレーションを活かして自分だけのサウンド、自分だけのものを作り上げることができるってことをね」
例えば、Tommy にとって、DREAM THEATER も NINE INCH NAILS も同じくらい大切なバンドなのです。
「エクストリームメタルやハードコアにハマる前は、80年代メタルで育ったから。だから当然、”Images And Words” に惹かれてたんだ。ヘッドバンガーズ・ボールで “Pull Me Under” を見て、”うわ、これはヤバい!” って思ったのを覚えてる。”QUEENSRYCHE みたいだけど、もっとヤバい!” って感じ。だから、あのレコードはずっと大好き。彼らのアルバムのいくつかは、たぶん20代の頃、僕にとってすごく大切なものだった。彼らの作品の多くは、間違いなく僕に大きな影響を与えていると思う。彼らはいいバンドだよ!本当にクールなアルバムを何枚も作っているし、彼らのようなバンドが今も勢いづいて、ツアーも回って、音楽をリリースしているのを見るのは嬉しい。本当に…
同時に NIN の “Downward Spiral” はおそらく、これは僕の人生で一番好きなレコードの一つだ。彼らは僕の音楽人生において大きな部分を占めてきた。 “Pretty Hate Machine” は今でも史上最高の曲の一つだ。とにかく、彼らは本当に素晴らしいバンドだよ!」

参考文献: NEW NOISE MAG :INTERVIEW: BETWEEN THE BURIED AND ME TALK ‘THE BLUE NOWHERE’

BOOLIN TUNES:IN CONVERSATION: Tommy Giles Rogers of Between the Buried and Me at ArcTanGent

ROCKIN GR:Between The Buried And Me: “The prog community has gotten more comfortable with the extreme versions of that world”

SONIC PERSPECTIVE:PAUL WAGGONER On Why BETWEEN THE BURIED AND ME Refuses To Play By The Rules: “We’re Not Trying To Fit Into A Box, We Want To Prove To People That There Is No Box”

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【QUADVIUM : TETRADOM】 STEVE DI GIORGIO SPECIAL !!


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STEVE DI GIORGIO OF QUADVIUM & TESTAMENT !!

“You Can Make a Fretless Sound Like Fretted If You Want, But You Can Never Make a Fretted Sound Like a Fretless…The Fretless Bass Is Just So Much More Expressive And Has a Greater Distance From The Guitar.”

DISC REVIEW “Tetradōm”

「異なるサウンドを作るために実験的にエクストリーム・サウンドにフレットレスを持ち込んだんだ。もし望むなら、フレットレスをフレット付きのように鳴らすことはできるけど、フレット付きをフレットレスのように鳴らすことは決してできない……フレットレス・ベースの方が表現力が豊かで、ギターとの距離もとても近いんだ」
メタル世界で “フレットレス”、つまりヴァイオリンのようにフレットのない楽器は今や珍しいものではありません。ベースはもとより、Tom Fountainhead のようにギターにまでその波は広がっています。フレットを取り払った異次元的で滑らかな音色は、どんな楽曲にもえもいわれぬ独特な風味を加え、メタルの幻想と宇宙を深化させてくれるのです。
「DEATH は僕にとってすべてを意味する。Chuckは僕にミュージシャンとして成長するチャンスを与えてくれたし、何より他の人たちが注目できるよう僕をメタルの地図に載せてくれたんだからね。もちろん、”Individuals” の2年前には、僕にとってとても重要なアルバムに参加していたんだけどね… “Human” だよ。CYNIC の才能ある連中と一緒に、あんなに若くしてデスメタルの景色を変えたんだからね。あの作品で新しい方向への扉が開かれ、まったく新しいジャンルが生まれたんだ」
Steve Di Giorgio はそんなフレットレスの魔法をメタルに持ち込んだパイオニアのひとり。今は亡き Chuck Schuldiner が作り上げた DEATH の “Human” は、硬質なメタル世界に “浮遊感” という宇宙を持ち込みました。その新たな景色を描くために Chuck が必要としたのが、ジャズ/フュージョンに精通した CYNIC の面々と Steve のフレットレス・ベースだったのです。
そう、いつだって “壁” を壊すのは “奇抜” にも思える挑戦的なアイデア。以来、エポック・メイキングな “Human” は、テクニカル/プログレッシブ・デスメタルの金字塔となり、フレットレスはメタルの異世界を描く貴重な筆のひとつとなっていったのです。
「僕たちが若く、影響を受けながら成長していた頃、ベースは曲にとって他の何よりも重要だった。だけど、残念ながら90年代にはインスピレーションに溢れたベース演奏が乏しくなり、それは新世紀に入っても続いた。しかし、ここ10~15年の間に、非常に優れた、創造的なスタイルを持つ新しい世代のベーシストが現れ、メタルの中にベースの重要性を取り戻しつつあると思う。ベースが影から出てくると同時に、バンドをサポートし続けることが一般的になってきているんだよ」
始まりの場所 SADUS から、Steve が家と呼ぶ TESTAMENT、ARTENSION や SOEN、果ては MEGADETH まで果てないベースの旅を続ける Steve。そんな彼の挑戦と求道の中でも、QUADVIUM ほど “奇抜な” 試みは初めてでしょう。そう、QUADVIUM にはフレットレス・ベースの達人が Steve 以外にもうひとり、存在するのです。Jeroen Paul Thesseling。OBSCURA や PESTILENCE で名を成したオランダの奇才が加わることで、QUADVIUM はまさに前代未聞の “異質” な物体となりました。
“多弦フレットレス・ベースをさらに進化させたら?” をコンセプトに掲げる QUADVIUM。アルバム “Tetradōm” は、DEATH, CYNIC, ATHEIST, PESTILENCE といった90年代のテクニカル・デスメタルと、現代的なフュージョン・プログ・メタルを基盤とし、楽器の攻撃性と滑らかでジャジーなコード進行、そしてフレットレスの浮遊感、宇宙的景観を巧みに融合させながら、特徴的なダブルベースのサウンドを際立たせていきます。
次から次へとアイデアが飛び交うメタルの迷宮。アストラルな静寂の海、幻想的なハーモニーを切り裂く技巧と激情のインテンション。ふたりのベースの達人は、どちらが主役をはるでもなく、まさに Steve が語る表に出ながらサポートするというこの楽器の理想型を見せつけていきます。
ベースの進化はメタルの進化。「Chuck はよりオープンでメロディアスなギター・リフ・スタイル、”Human” や “Individual” のより創造的なやり方に戻るために僕のベースが必要だと感じていたんだ。でも、僕たちが2作目の CONTROL DENIED の計画を立てている最中に、彼の健康状態が悪化し、完成させることができなくなってしまったんだ。とても、悲しかったよ…それは、その音楽が彼の最も冒険的な楽曲であったからというだけでなく、いや、それ以上に僕たちが出会った1986年、アルバム前のデモの時代からずっと良い友人であったからなんだ。僕はひとりの親友を失い、世界はユニークな先見の明を失った」 TESTAMENT の新作も控えています。Steve Di Giorgio です。どうぞ!!

QUADVIUM “TETRADOM” : 10/10

続きを読む NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【QUADVIUM : TETRADOM】 STEVE DI GIORGIO SPECIAL !!