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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【CARCASS : TORN ARTERIES】


COVER STORY : CARCASS “TORN ARTERIES”

“We’ve Always Been Self-referential. There Are Links Like That Between Every Album. It’s Just This Lovecraft-ian Mythos That Carcass Has Built, This Multiverse. There Are Bookends On Either End Of What Carcass Does, And We Have To Fit Within Those Parameters”

VEGE-HEARTS

CARCASS の “Torn Arteries” は、2021年にリリースされるエクストリーム・メタル作品の中でも最も期待されている作品の一つでしょう。しかし、Jeff Walker は、ファンの一部がこの作品を気に入らないことを想定しています。
「実は、このアルバムに対する反発を期待しているんだ」
Jeff のその予想は、コロナ・ウイルスに関連した数え切れないほどの混乱、それが一つの要因となっています。”Torn Arteries” は、リバプールの残虐王にとって再結成後2作目、通算7作目、8年ぶりのフルアルバムで、当初は2020年に発売される予定でした。しかし、グルーヴと暴力的に満ちたリードシングル “Under the Scalpel Blade” がリリースされた直後、パンデミックによってその計画は吹き飛ばされ、アルバムは1年以上も棚上げされてしまいました。
その長い “待ち時間” は、ただでさえモダン・メタル時代に降臨した野蛮で濃密な最高のカムバック・レコード “Surgical Steel” からの8年間で上がりきっていたハードルの高さをさらに押し上げてしまいました。ゆえにJeff は、ネット上の荒らしがこの作品について何かしら文句をつけること、そんな反発はすでに織り込み済みなのです。
「”Surgical Steel” は非常に評判が良かったから、今回反発があることはわかっているんだよ。だからある意味、”Torn Arteries” は “2番目に難しいアルバム” なんだよね。個人的には、多少のネガティブな意見も覚悟しているよ…」
Bill Steer も楽観的でありながら慎重です。
「このアルバムは “Surgical Steel” よりも優れていると感じているけど、同様に、今回はより多くの非難を浴びることを覚悟しているんだ。以前のように、人々を驚かせることはできないからね。
2013年に長い間休んでいたのに、レコードを出すと聞いた人たちは、当然のことながら、”ああ、これはくだらないものになるだろうな” というような想像をしてたわけで。だから、”Surgical Steel” が比較的良いものであることがわかったとき、多くの人はある種のショックを受けたんだ。でも、あんなことはもう二度とないんだよ」
実際、あの魔法のような “Surgical Steel” の制作にあたって、Jeff はファンが期待している “Necroticism” や “Heartwork” のような作品にしようと意識したのでしょうか、それとも自然にそうなったのでしょうか?
「自然に出てきたものだよ。あまり意図的に考えたわけではないんだ。正直に言うと、50曲を録音たけど、それらは非常にバラエティに富んでいて、その中で意図的に CARCASS のある時代やスタイルを選んだわけではないんだよ。意図的にそれをやるとすぐに CARCASS のように聞こえてしまうんだよね。
腰を据えて古いアルバムを聴いたわけではなく、自然と自分たちの音楽を演奏するようになっているんだ。だから、”Heartwork” や “Necroticism”, “Swansong” あるいは “Symphonies” や “Reek” に似ているところがあったとしても、それは純粋に偶然の産物なんだよな。ある意味で、あのアルバムは俺たちの過去を固めたものだ。俺たちがやってきたことを再現しようと意図的に試みたものではなくね。そうなったのは偶然の産物だよ。ある意味では、自分たちのバックカタログを集約して、1枚のアルバムに圧縮したようなものかな」

パンデミックは、断裂した動脈から血が溢れ出るのを大幅に遅らせました。1年半の間、どんな想いで Jeff はリバプールに籠っていたのでしょうか?
「最初は家のリフォームをしていたんだけど、すぐに飽きてしまったよ。ちょっと情熱が冷めてしまったね。最終的にはそこにたどり着くだろうが。80歳になっているかもしれないけどね。俺は解体は得意だが、建設や装飾にはそれほど熱心ではないということに気づいたよ。自転車にも少し乗っているし、歩くことも増えた。
不思議なもので、年齢を重ねると1日の時間が足りなくなるものなんだけど、俺は今、何もしないことの専門家のようさ。この暑さの中では、肉体労働をする気にもなれないしね。CARCASS の強制的な休止も、最初は悪くなかったんだけど、長引いていて、正直なところ終わりが見えないんだよね」
Bill Steer は、常に自分のギタープレイを新たな分野に押し進めてきました。グラインドコアのパイオニアであるNAPALM DEATH での冒険や、印象的な CARCASS の作品群、FIREBIRD, GENTLEMANS PISTOLS, ANGEL WITCH におけるストーナー、リフ・ロック、クラシック・メタルの表現まで、彼のギタースキルは80年代半ばに登場して以来、変化を遂げながら注目を集めてきたのです。ゆえに、このパンデミックの過ごし方も彼らしいものでした。
「エレクトリック・ギターよりもアコースティック・ギターを弾くことが多かったね。それは、エレキの場合観客に届くということを、ある程度想定していたからだと思うんだ。エレクトリック・ギターはそのために発明されたのだからね。だから、小さなアコースティック・ギターを手にすることは、より意味のあることだったんだよ。
ここには私と2つの小さな部屋があるだけだ。深い監禁状態が続いている間、私はこの楽器を選んでいたと言っても過言ではないだろうな。最近になって、またエレキ・ギターを手にするようになったんだ。非常に新鮮な気分だよ。アコースティックではできないことがたくさんあるからね」

誰にとっても予測のできない、日常とはかけ離れた事態。Jeff は自身の抱える病気との戦いも気にかける必要がありました。
「レーベルからは2020年にリリースするというオプションも与えられていたんだけど、俺が延期するという経営判断を下したんだ。振り返ってみればそうすべきだったのだけど、つまり、去年リリースすることもできたわけだよ。
ただ、明らかに俺はこのパンデミックがこれほど長引くとは思っていなかった。豚インフルエンザも鳥インフルエンザも、俺たちの生活にはほとんど影響を与えなかっただろ?半年くらいで終わるだろうと思っていたんだけど、明らかに間違っていたね。俺には動脈瘤の治療も必要だったし。でも正直なところ、これが8年後に発売されても問題はなかったと思うよ。今のままのサウンドさ。古くなることはない。ただ、CARCASS のサウンドなんだよ。
もちろん、実際に聴いてみると、もっとこうすればよかったと思うこともいくつかあるけど、リスナーにとっては劇的に何かが変わるわけではなく、ちょっとした微調整に過ぎないんだ。だから、俺たちはアルバムをベッドに置いて、それで終わりにしたんだよ。FEAR FACTORY のように、何かを作り直すようなことはしていないさ。すでに十分な時間を費やしているのからな」
それにしても、8年は長い長い “待ち時間” でした。
「Bill と Dan は、2015年頃からジャムを始めたんだよ。その頃には、”SURGICAL STEEL” のプロモーションも一段落して、ちゃんとした曲を作ってスタジオに入りたいと思っていたんだよ。でも、SLAYER のツアーのオファーがあったんだ。それからもずっとオファーを受け続けていてね。とても魅力的で、オファーが来たら断るのは難しいんだが、俺たちはレコーディングをしたくてたまらなかった。1回のセッションですべてを行うことは無理だから、ギグの前後にもレコーディングをを行っていたよ。
基本的にバンドはずっと仕事を続けていたから、パンデミックで強制的な休止期間があったのは良かったと思うよ。でも、1年以上も一緒に演奏していないから、今はちょっとヤバいね。俺たちは錆びついているかもな」

ただし、Jeff のそんな皮肉の数々とは対照的に、”Torn Arteries” はバンドのハードコア・ファンのために作られた作品に思え、CARCASS の “腐りきった” 遺産の痕跡がそこかしこに散りばめられています。
ブラストの慟哭 “Under the Scalpel Blade” は、1993年のランドマーク “Heartwork” のグロテスク&プログレッシブな飢餓感を彷彿とさせますし、タイトル曲 “Torn Arteries” では、当然のように手術台での惨事を口にする Jeff がいます。”自然発生的な冠動脈梗塞/椎骨の一過性虚血発作”。しかし、同時に彼は “In God We Trust” で気候変動の恐ろしさを発するする際にも同様に厳しい表情を浮かべており、処刑の物語である “Dance of Ixtab (Psychopomp & Circumstance March No.1) ” では Death & Roll のグルーヴの上で絞首刑の再現を試みています。
CARCASS は長い間、デスメタルや自身に対するメタ的なアプローチを続けながら、自らのレガシーを維持しているのかも知れませんね。1989年のアルバム “Symphony of Sickness” が2年後の “Necroticism: Descanting the Insalubrious” に収録された “Symposium of Sickness” へ受け継がれたことを覚えているファンも多いでしょう。”Torn Arteries” は、その自己言及的な慣習をしっかりと踏まえています。アルバム・タイトル “Torn Arteries” は、オリジナル・ドラマーの Ken Owen が作った古いデモにちなんでいますし、”Wake Up and Smell the Carcass” は、90年代にバンドが制作した同名のビデオ・コンピレーションにヒントを得ています。
「バンドとは何かという本質的なテーゼから、どこまでも逸脱することはできないよ。それを怠慢だとは思わないし、盗作だとも思わない。相互に関連づけておくのがクールなのさ」
もちろん、”Eleanor Rigor Mortis” は、THE BEATLES の “Eleanor Rigby” にちなんだタイトルですが、CARCASS が BEATLES に言及したのはこれが初めてではありません。”Heartwork” の “Buried Dreams” には、”All you need is hate” という一節が登場していました。
「”Eleanor Rigor Mortis” は多分、行き過ぎたジョークだと思うよ。これは初期の頃に考えていたタイトルで、当時はちょっと安っぽすぎると思っていたんだよな。でも、気に入っていたからこそ、また引っ張り出してきたんだよ。考えたのが Ken だったのか Bill だったのかかはわからない。1986年の時点ではやり過ぎだったかもしれないけどね。
ただ、今の多くの人は、これが BEATLES の引用であることを理解できないと思うよ。理解できると思うなら、それは若い世代の平均的な文化的知性を過大評価しているんだ。BEATLES を聴いたことがない世代もいる。BEATLES を知っていることで、俺たちは自分の年齢を明かしているのさ。
俺たちは、若者と同じ芸術的感情を共有しているとは思ってないからな。自分のために音楽を作っているし、もう50歳を超えた。ティーンエイジャーや20代半ばの人々など、幅広い層にアピールしようとは思っていないから」
音楽的に、THE BEATLES と CARCASS の “Eleanor” はこれ以上ないほどに離れています。しかし、どちらもそれぞれの方法で、死について考えています。
「”Eleanor Rigby” は、とても陰鬱な曲だ。俺たちの曲は、陰鬱ではないと思うけどそれでも十分に病的だ。でもとてもコミカルで皮肉な曲だとも思うよ。変態的で、奇妙で、ひねくれたラブソングなんだよ。死体愛好家のことではないだろう。いや、もしかしたらそうかもしれない。死体への性的虐待の歌かもな」

“Eleanor Rigor Mortis” は初期に作られた楽曲のタイトルで、”Wake Up And Smell The Larcass” も90年代のビデオ・コンピレーションで使われていました。音楽的にも初期とのつながりは存在するのでしょうか。
「俺たちはいつも自己言及的だよ。どのアルバムにもそういったリンクがある。CARCASS が構築したラヴクラフト的な神話、つまり多元宇宙のようなものさ。でも俺たちがやっていることの両端にはブックエンドがあって、そのパラメーターの中に収まらなければならないんだ。
“Wake Up and Smell the Carcass” は基本的には “Caveat Emptor” という曲が始まる前の音楽の部分のタイトルなんだ。俺とってその部分は、”Symphony of Sickness” の “Ruptured in Purulence” のイントロのようなものを、キックアップしてグルーヴィーに、そしてモダンにしたものだ。このタイトルを付けないこともできたんだが、2つの独立した作品であるというアイデアが気に入ったからね。”Wake Up and Smell the Carcass” は、明らかに完全な曲ではなく、3つのリフで構成されている、”Caveat Emptor” のきっかけとなったものだ」
CARCASS の “パラメーター” で欠かせないのが医学的なリリックの数々。これはどこまで医学的に “正確” なのでしょうか?
「CARCASS を聴いて、医者や病理学者、獣医になった人や、肉を食べるのをやめた人に会ったことがある。彼らの中の誰かなら、これが正確かどうか確かめることができるかもしれないな」
“Dance of ixtab” の “you’re so jugular vane” のように、アルバムの中にはグロテスクなダジャレがいくつも登場します。
「誰かが言ったことややったことを繰り返したり、決まりきったことを避けているんだ。そうすれば、結果的に賢く聞こえるようになる。見た目ほど賢くはないが、俺たちは他の人からの盗用を意図的に避けているんだ。真似したくないんだよな。
俺は、そうやって歌詞を書いている。リフを書くのと同じで、メモを取って貯めているんだ。そして、それらを文学的な散弾銃のカートリッジに装填して、紙に向かって撃ち、何が刺さるかを見るんだよ。”Torn Arteries” の歌詞を書き出すときは、ほとんど1回のセッションで完成したね。ベルギーのサウンドマンのところに行って、デモを持って彼と1週間過ごして、ひたすら歌詞を書き続けた。これまでにやったことのないことさ。今までは、いつも素材の大部分を書き、時間をかけて微調整していたんだ。でも今回は、その異なるアプローチが気に入ったんだよな」
アートワークの “ベジタブル・ハート” はまさにその意表を突いた “異なるアプローチ” を象徴しています。
「これまでにやったことのない、白を基調としたとてもクリーンなデザインだよ。邪悪さやデスメタルらしさはないけど、コーヒーテーブル・ブックのような清潔感が気に入っている」
異なるアプローチといえば、”Flesh Ripping Sonic Torment Limited” のような構造は、これまでと異なるアプローチの典型でしょう。10分を超えるバンド史上最も長い曲で、中間部にはドゥーミーなクリーンセクションやブルージーなチャグも備えています。
「ある意味 “放り投げた” というか。意図的に長い曲を作り、できるだけ多くのリフを詰め込もうとしたんだよ。まあ、笑いのためとは言わないが、そこまで不遜ではないし、投げやりでもない。もちろん、良い曲にしたいと思っているからな。MERCYFUL FATE の影響を受けているかも知れないね。
ただ、過去に “Necroticism” のいくつかの曲でそうしようとはしたんだ。10分を超えたことはなかったと思うけど。”Surgical Steel” では、”Mount of Execution” はどのくらいだったかな、9分? 特に “Mount” が面白いのは、演奏していてもそれほど長く感じないことなんだよな。”Flesh Ripping” がそうなのか、そうでないのかはまだわからないけどね。リフの数を数えてみたら、18個か19個あった。多いような気がするんだが、必ずしもそうではないんだよな」

Bill Steer は “Torn Arteries” に影響を与えた10枚のアルバムを挙げているのですが、その筆頭は奇遇にも MERCYFUL FATE の “Melissa” です。
「あのアルバムには “Satan’s Fall” が入っているからね。あんなにエッジの効いた曲を他に知らないよ。JUDAS PRIEST, URIAH HEEP, SCORPIONS の影響はたしかに感じるんだけど、それを遥か彼方に進めている。だから彼らが好きなんだ。
他にこの作品に影響を与えたのは、SAXON の “Wheels of Steel”, JUDAS PRIEST の “Killing Machine”, RAVEN の “Rock Untill You Drop”, SCORPIONS の “Lovedrive”, NAZARETH, WARGASM, ZOETROPE, それに BLUE MURDER のファースト・アルバムだね。あのアルバムは音楽的にヤバいね。クラッシック・ロックを基調にしたパワートリオだけど、John Sykes は彼が WHITESNAKE で打ち立てたアイデンティティーを、別のステージに運んだんだよ」
不遜といえばレコードの中で最も不遜な瞬間は、”In God We Trust” でのハンドクラップのセクションでしょう。 Jeff が説明します。
「メロトロンやピアノ、タンバリンなどのパーカッションを加えることで、過去にはバンドメンバー間で激しい議論があったと思う。誰かが抗議のために部屋から出て行ったかもしれない。でも、誰かがアイデアを持っているなら、それを試してみようと思うよ。いいと思ったら、やってみようってね。
ハンド・クラップについては、スタジオでのちょっとした楽しみかな。”Dance of Ixtab” のイントロでの足踏みとハンド・クラップもそうだけど、これはそれほど大きな音でミックスされていないかもしれないね。俺たちはただ、笑いとちょっとした楽しみのために試してみたのさ。そうじゃなきゃ、スタジオで干からびちまう。もちろん、CATHEDRAL がハンド・クラップを発明したわけではないけど、ヘヴィー・ミュージックにおいては、彼らを参考にしているよ」
“Necroticism” といえば、1991年にリリースされたあのアルバムの30周年から2週間後に、”Torn Arteries” がリリースされました。ノスタルジックな趣向にも思えます。
「俺は知らなかったし、気にもしていなかったよ。俺は、バンドが何かの20周年を祝うとか、あまりにも無意味なことだと思うぜ。”なんてこった……よくやった! もう20年もやってるのか!” …それがどうしたんだ?
まあでも、皮肉なことに、俺らが “Torn Arteries” でやっていることのいくつかには、ちょっとしたノスタルジアがあるんだ。正直なところ、それもさっきの自己言及の話なんだけど、自分たちの系譜というかね。ファースト・アルバム “Reek of Putrefaction” に戻って、Dビートを使っているんだ。そうやって、影響を受けたのは自分たちの過去のものかもしれない。だから、俺たちがそこまで先進的だとは言わないよ。ただ、必ずしも自分たちの過去を完全に焼き直しているわけではないんだよね。このアルバムはノスタルジックなものではないと思うけど、俺らは過去をとても意識しているし、そうしなければならない。それがこのアルバムに強さを与えていると思う」

ノスタルジアといえば、脳血栓症でプレイが難しくなったオリジナル・ドラマー Ken Owen について、”Surgical Steel” で彼らはこう語っていました。
「信頼性を高めるためにも、バンドの歴史を維持するためにも、Ken に全体の一部であると感じてもらうことは重要だと思う。CARCASS は俺や Bill と同じように彼のバンドでもあったから、彼を歴史から消し去ることはできないんだよ。アルバムで彼がドラムを叩けないからといって、彼を無視するわけにはいかないんだ。彼がドラムを叩いていなくても、ドラムや歌詞、アイデアの中に彼の存在を感じることができるのは、彼が CARCASS のコンセプトの一部だからだ。CARCASS で当たり前のように使っているアイデアの多くは、彼から生まれたものなんだ。
彼は15年前に昏睡状態に陥り、2度の脳手術を受けた。もう二度とドラムは叩けないよ。なぜ、人々は彼が奇跡的な回復を遂げることができると考えるのだろうか?彼は回復して、可能な限り健康な状態に戻った。だけど完全に回復することはないんだ…」
Jeff にとって唯一残された相棒ともいえる Bill Steer はどういった存在なのでしょうか。
「CARCASS を機能させるために、お互いに何かを引き出しているんだ。Hetfield と Ulrich のような関係だよな。あの二人の関係を見れば、本当は愛し合っていないのに共依存していることがわかるだろ?Hetfield は Ulrich にできないことをテーブルにもたらし、その逆もある。それは俺と Bill も同じなんだ。Bill のリズムは Hetfield。ビジネス志向で意欲的な俺は Ulrichだよ」
あの METALLICA に例えても違和感がないほど、今の CARCASS はメタル世界である種の “権威となっています。
「トム・ハンクスがビバリー・ヒルズでパーティーを開いていて、友人たちに “Reek Of Putrefaction” を聞かせていたという記事を何年も前に雑誌で読んだことを覚えているよ。もしかしたら、どこかの軟弱者が勘違いして、(デスメタル・ファンとして知られる)ジム・キャリーのことを言ったのかもしれないがね。あるいは、私の記憶がそうさせたのかもしれない。とにかく、俺の中のナルシストは、それが自分の運命だと思い込んでいる。でも、俺たちが他とは違うことをしたからこそ、人々や他のバンドに影響を与えたんだと思うよ。別に褒められたことではないけど、まあ、それはそれで大きなことだよね」
Jeff の言葉を借りれば Nu-metal も CARCASS の副産物、もしくは副作用でしかありません。
「別に手柄にするわけじゃないが、俺たちがBにダウンチューニングして、それをメタルの世界に広めたようなものだ。Bにチューニングした人は他にもいただろうけど、誰も思い浮かばないからな。それは、Nu-metal のような悲惨な副作用をもたらしたけど。
だから、ある面では、俺たちにも責任があるような気がしてるんだ。みんな Ross Robinson と一緒に仕事をしていて、彼は CARCASS のファンだったんだから。彼らの多くはBにチューニングしていたけど、なぜそうしているのか半分もわかっていないんじゃないか」

つまり、Jeff が2008年に EMPEROR を見たのは、もっと言えば CARCASS から “逃げて” いるように見えた Bill を動かせたのは本当に僥倖でした。
「LAで EMPEROR が演奏しているのを見て、Bill にメールで “失礼かもしれないけど、本当に CARCASS の再結成を考えるべきだ” と言ったんだ。俺はその時 BRUJERIA と演奏していたんどけど、プロモーターから CARCASS について聞かれてね。自分のバンドに需要があるのに、なぜ俺は雇われているのかという気持ちが湧いてきたんだ。ちょうど Michael Amott も俺に声をかけてきていたしね。それで、俺と Michael は Bill に相談し始めたんだ。人生で一度も見たことのないような金額のオファーを受けていた。結局俺たちは、CARCASS が人々にとってどれほど重要な存在であるかを知らなかったんだ」
自身が貴重な存在だと知りながらも、Jeff は “Kelly’s meat emporium” を “Under The Scalpel Blade” と同様自虐的に “ストック・カーカス” “過去の亡霊” と称しているようです。バンドの自己言及的な手法の自然な延長線上にあるようにも思えますが。
「”ストック・カーカス” というのは、Bill がリフをリハーサル・ルームに持ち込んだときに言ったことに過ぎない。非常にストレートな、高速スラッシュの CARCASS の曲なんだ。
俺らがこの曲を “ストック・カーカス” と呼ぶのは、皮肉なことだ。でもそう、この曲は “Reek of Putrefaction” 以来、ギターのリードがない曲の一つなんだ。俺が言わなければ気づかなかっただろう? 1996年の “Swansong” が気に入らない理由が、アルバムに速いパートが全くないことだと皆に気づかれなかったのと同じだ。アルバムの中で最も速いビートは、”Child’s Play” で “Children of the Grave” のペースになるときだ。それがいつも不思議なんだ。誰も “このアルバムはブラストビートがないから最悪だ” とは言わない・・・というか、誰も聴こうとしないんだよな、アレを」
実は、Jeff にとって “Swansong” は思い入れの深いアルバムでした。
「”Reek Of Putrefaction” や “Heartwork” と同じくらい、”Swansong” には思い入れがある。このアルバムに悪意を持ったことはない。このアルバムはかなり評判が悪いと思われているんだけど、現実にセールスはそうじゃないことを示しているし、ファンは概してこのアルバムを気に入っているという事実もある。というか、”Reek Of Putrefaction” よりも悪いアルバムだと言われることは、想像の範囲を超えているからね」
つまり、どの時代にいくつ否定的な意見が寄せられようとも、CARCASS は CARCASS であり続けます。
「21世紀になってからのことだと思うんだけど、人々がフォーラムや何かにコメントできるようになった。そうすると、それが事実上のムードになるようなんだよな。人々はインターネット上でポジティブな言葉を入力しないからな。
面白いことに、80年代には、誰もわざわざ紙にペンを走らせ、切手を払って、最も嫌いなバンドに手紙を送り、なぜそのバンドが嫌いなのかという高説を説こうとはしなかったんだ。だけど今では、ただタップしているだけで、自分の意見が空虚な世界で重要であると信じてしまう。クレイジーなことさ。でもそれが現実なんだよ」

参考文献:REVOLVER:CARCASS’ JEFF WALKER ON BAND’S GRISLY “MULTIVERSE,” SAVAGE NEW ‘TORN ARTERIES’ LP

REVOLVER:CARCASS’ BILL STEER: 5 CRIMINALLY UNDERRATED GUITAR HEROES YOU NEED TO KNOW

LOUDERSOUND:Jeff Walker: “Tom Hanks used to play Carcass to his friends”

RADIOMETAL: Jeff Walker Interview

BLOOKLYNVEGAN:Carcass’ Bill Steer talks 10 albums that influenced their new LP ‘Torn Arteries’

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【IRON MAIDEN : SENJUTSU】


COVER STORY : IRON MAIDEN “SENJUTSU”

Photo copyright by JOHN McMURTRIE

“You Only Have To Look At Those Top Comments To Find Out How Fractured People’s Psychologies Are. This Is Not a Political Issue, I Think It’s a Psychological Issue. There’s a Collective Schizophrenia In The World And The Internet Is Feeding It And Fueling It.”

戦術 -THE ART OF WAR-

Bruce Dickinson は、メタル世界の異端児です。イギリスの巨人、IRON MAIDEN のフロントマンである Bruce は、63歳にもかかわらず今でも旗を振りながら大声で叫び、バンドのマスコットであるエディと剣戟を交わし、若いころといささかも変わらぬ情熱を持ってステージを飛び回っています。背景が変わり、炎が上がると、彼は愛してやまない世界の歴史からインスピレーションを得た古来の衣装を着て、芝居がかった派手な演出で聴衆を釘付けにするのです。
Bruce は、レコーディング・アーティストとして、ライブ・パフォーマーとして、メタル世界最高のボーカリストの一人として当然広く知られています。ただし、同時に彼は、メタル世界においてレジリエンス (心理学における外力による歪み、ストレスを跳ね返す力) の第一人者としても長く記憶されるに違いありません。
2016年、Bruce は舌癌を克服した数ヶ月後に “The Book of Souls World Tour” に参加し、IRON MAIDEN は6大陸で100回以上の公演を行いました。Bruce Dickinson の声は、癌を克服し恐ろしいことにその強靭さを増しています。
「ツアーを3、4ヵ月やってみて…すべてオリジナルのキーで、40年前に使っていたのと同じ音を出している。声のトーンは少し太くなったし…。より頑丈になった。俺は確かにテナーの音域にいるけど、テナーにはさまざまなタイプがある。俺が好きなテナーの一人が、Ronnie James Dio だ。Ronnie は一種のハイブリッドで、年を重ねるごとに彼の声はより頑強になっていったよね。初期の作品、特に RAINBOW 以前の作品に “Butterfly Ball(and the Grasshopper’s Feast)” というアルバムがあってね。彼はゲストとして参加し、DEEP PURPLE の Roger Glober が多くの曲を書き、プロデュースしている。その中に “Love Is All” という曲があるんだけど、彼の声はガラスのようなんだ。とても透明感があって、素晴らしいんだよね。この曲は、アルバムではなくライブでカバーしたいと思っていたんだよ。
11月にハンガリーで Roger と一緒にオーケストラ演奏をすることになっているんだ。去年、ケベック・シティでオーケストラとやったのと同じで、2晩かけて Jon Lord の “Concerto for Group and Orchestra” を演奏して、最後にパープルの曲を5曲演奏したんだ。ハンガリーでも同じことをやるだろうね。
とても楽しいし、オーケストラと一緒に仕事をするチャンスもあるからね。指揮者のポール・マンが他のこともやってみたい?と聞くから、俺は、”メイデンの “Empire of the Clouds” という絶対にやらない曲があるんだけど、これはオーケストラのために作られていて…” と言ってみた。彼はその曲を聴いて、”ああ、これは素晴らしい!” と感動していたよ」

2019年に後に “Senjutsu” となる2枚組の新作アルバムをレコーディングした際には、アキレス腱を痛めながら、手術の翌日にはボーカルを撮り終えました。Bruce はその時のことを、ブーツを履き、松葉杖をついてスタジオに入り、足は “クソ風船” のようになっていたと語っています。そこから彼はツアーに戻り、キャリアを網羅した “Legacy of the Beast World Tour” を継続。毎晩、戦略的にステージを歩き回り、医師がかかとを縫い合わせた直後にもかかわらず懸命に動き回って聴衆を鼓舞しました。
「動き回っていたけど、違う動き方をしていたんだよ。ふくらはぎの筋肉を使わずに動くことを覚えたんだよね。これがなかなか難しくて、従来のやり方ではできないんだ。だから、ジャンプもできないし、走ることもできないし、早く歩くことも問題だった。でも、カニのように歩けば大丈夫だったんだ!」
IRON MAIDEN は、コロナウイルスの流行により、レガシーツアーの残りを2022年に延期することを余儀なくされましたが、さらに Bruce 自身もこの “Senjutsu” リリースの大事なタイミングで軽度のCOVID-19に感染してしまいました。しかし、機長でありレジリエンスの達人はもちろんその心を折られてはいません。
「とても素晴らしいレコードだから、これ以上座って待っているわけにはいかないからね。人々はロックンロールの棚から何かが落ちてくるのを待っていたんだ。だから、このアルバムをリリースするのは、ある意味素晴らしいタイミングだと思うんだ。
体調は全く問題ない。COVIDに感染したから、10日間の自宅隔離を余儀なくされているが。ちょうど1週間前に陽性反応が出たんだ。症状としては、2~3日前から少し気分が悪くなり、少し汗をかき、少し鼻が詰まって、俺の場合は小さな咳が出て、嗅覚も鈍っていたけど、今は少し戻ってきているね。
感染したからといって、ワクチンには全然懐疑的になっていないよ。2回とも接種したし、もし誰かにもう2回接種してほしいと言われたら、真っ先にその列に並ぶだろうな。俺とパートナーは、俺がファイザー、彼女はアストラゼネカのワクチンを接種し、二人とも感染した。でも、彼女はそれを乗り越えたし、基本的に俺も今、かなり克服しているよ。
ワクチンを打っておいたから、症状が軽かったんだろうな。それに、俺の知り合いでワクチンを接種した人は皆、副作用がとても軽いんだよ。ワクチンを接種していない人でコロナになった人を何人か知っているけど、彼らは相当酷い目にあっているよ。たとえ死ななかったとしても、その後かなり長い期間、体調が優れないんだよな。これは50歳以上の人だけではなく、30歳以下の若い人たちにも言えることなんだ」
家に閉じこもるのは退屈で、”Netflixをすべて見てしまった” と告白する Bruce にとって、メイデンの世界に戻ることは、普通の生活に戻ることを意味しています。
「世界が早く常識的なものに戻れば、誰にとっても良いことだよな。俺たちは、その一環として “Maiden is Back” を求めているんだよ」

80分以上という壮大な長さで、最後の2曲だけで30分近くかけてレコードの片面を占める。そんな型破りな音楽とテーマは IRON MAIDEN だけが実現可能な魅力的なメタルドラマでしょう。プログ、フォーク、ブルース、サウンド・トラックなどの影響が随所に現れる、41年の歴史を持つメイデンのタペストリー。”Senjutsu” はそんな匠の伝統に独自の挑戦の形を刻んでいます。
パリのギョーム・テル・スタジオ( “Brave New World” や “The Book Of Souls” を制作したのと同じ場所)で長年のプロデューサーであるケヴィン・シャーリーと再度タッグを組んだ “Senjutsu” の創作過程は、このような全能感に満ちた聴きごたえのある作品にしては、非常にゆるやかなものでした。
「2枚組というのも、自分たちの手の中にあるものに気づくまで、実際には計画されていなかったんだよ。このように濃密で時折挑戦的な作品を作ることが、歴史的なツアーの強壮剤になるという指摘さえも、さりげなく受け流していた。本当に、”アルバム” 以外の計画はなかったんだ。何か決まったアイデアや先入観を持って臨んだわけではないんだよ。
Steve は文字通り2、3日家に閉じこもっていて、その間俺たちはみんなでピンボールをしている。そして彼はこう言うんだ。”おーい!みんなスタジオに来てくれ!” ってね。
Adrian と一緒に作った曲は、もう少しオーソドックスなものだったな。何かができたと思うまで、ギターを弾いたり歌ったりしていたんだ。それからリハーサルをして、そのまま曲にした。言ってみれば、もっとオーガニックなんだよね。逆に Steve は、かなり細かいところまでこだわる傾向がある」
実際、Bruce はこのアルバムで Adrian Smith とのみ楽曲を書いています。
「彼と一緒に書いていると、すぐに物事がうまくいくんだよ。そういう意味では、彼は一緒に作曲するのにとても適した人だよね。彼は、歌いやすいコード構造を考えてくれるし、そこには音楽的な色が含まれているので、俺の頭の中で絵を描き、その上に言葉や曲を書くのも簡単なんだ。
時には、少しずつ入れ替えていくこともある。彼がコーラスだと思っていたものが、途中で何かに変わるかもしれない。コーラスだと思っていたものがギターになるかもしれないけど、それはアイデアを出し合っているうちにわかることさ。Adrian はテニスの名選手なんだけど、彼と一緒に曲を作るのは、ボールを前後にノックするようなものだ。良いラリーになると、”これは良い!” “あれはクリエイティブだ!” となる。実際、エイドリアンとの曲作りはまさにそんな感じなんだよ。
でも、別に Janick と共作しなかったからって意図的なことじゃない。Steve はスポンテニュアスにやるのが好きじゃない。”サプライズだ!俺が全部仕上げた!”というのが彼のやり方なんだ。俺たちは40年以上も一緒に仕事をしているから、お互いの仕事のやり方や長所、短所などを理解しているんだ。
俺と Adrian は、”The Writing on the Wall” 作ったとき、とても驚いたんだよ。彼は、”これは1曲目にするべきだ!” と言った。この曲は俺たちにとっては異色だよ。ある意味では、もう少しメインストリームで、クラシック・ロックのようなものだからな」

JETHRO TULL のような感じもあります。
「JETHRO TULL や DEEP PURPLE みたいな、子供の頃に着ていた “服” を “着せ替え箱” の中から掘り出して、何年も経ってから表に出しているんだよ。俺がバンドに参加していなかった頃の “Prodigal Son” を聴いてみるといいよ。ちょっと待った!と思うだろうね。とても JETHRO TULL 的だから。
俺と Steve は JETHRO TULL の大ファンだけど、好きなアルバムはそれぞれ違うんだよね。俺は初期のフォーク・ロックのファンだけど、彼は “Thick as a Brick” やプログレッシブなものが好きなんだ。あとは “Passion Play” とか。俺はそれほど好きじゃないんだよね。短い曲の方が好きだ。
彼は GENESIS の大ファンなんだけど、Phil Collins の GENESIS ではなく、Peter Gabriel の初期を好んでいる。一方、俺はどちらかというと Peter Gabriel のソロのファンでね。GENESIS を離れてからの彼の作品はよりエッジが効いていると思うからね。”Peter Gabriel III” は、なんて素晴らしいアルバムだろう。”Intruder”, “No Self Control” みたいな不吉さがいい。
あと、俺は VAN DER GRAF GENERATOR というイギリスのプログ・バンドの大ファンでね。彼らは GENESIS と同時代のバンドだったけど、彼らほどビッグではなかったんだ。VDGG はもっとプログレッシブでアート・ロックなタイプなんだけど、俺は彼らと Peter Hammill から歌詞の面で大きなインスピレーションを受けているよ。
まあつまり、俺たち2人の間には、かなりの量の “プログレ” が潜んでいるんだ。ここ数枚のアルバムにはそれが表れているよね」

コロナで始まった2020年代。それだけではなく、IRON MAIDEN に加入したころとはさまざまなことが大きく変化しています。
「今までとはまったく違う方法でプロモーションを行っているよ。リリースの告知には、インターネット上で、イースターエッグ・ハントのようなものを用意したんだ。それに、ミニムービーのようなアニメーション・ビデオもある。
アニメーションは音楽に匹敵するよ。バイクが通ると音がする、人が銃をロックしたりロードしたりすると音がする。男がヤギに変身すると、ベロベロと音がして、バリバリと壁に叩きつけられる。大きなサウンドシステムを使えば、それは素晴らしい音になる。映像に命が吹き込まれたように感じるんだ」
長い間、話題になるようなビデオを作っていないので、人々が想像できないような壮大なものを作りたいと考えていた Bruce を駆り立てたのはドイツのあるバンドでした。
「メイデンのマネージャーであるロッド・スモールウッドに、”RAMMSTEIN の “Deutschland” のビデオを見たことがあるか?”と言ったんだ。あれは、俺にとっては画期的なビデオでね。驚くべきことだよ。俺たちは RAMMSTEIN ではないから、同じことを提案しているわけではなかったんだ。でも、同じくらいのインパクトを与えることができるものが欲しかったんだよ。
画期的なビデオを作りたかった。俺はアニメーターではないからすべてを担当したわけではないけど、ストーリーを書き、元ピクサーのマーク・アンドリュースとアンドリュー・ゴードンが事実上のエグゼクティブ・プロデューサーとして、全体に深く関わっているんだよ」
かつて “トイ・ストーリー” を手がけた人物が、今は IRON MAIDEN のマスコット、エディが政治家の首を切るシーンを書いているのも驚きです。
「俺が脚本を考えたとき、マークはガイドとしてフルカラーの美しい絵コンテを8枚描いてくれた。特に気に入っているのは、最後のシーンでエディがアダムとイブをキャデラックに乗せて、4人のバイカーにエスコートされているところだね。背景にはスタンリー・キューブリックや “ドクター・ストレンジラブ” へのオマージュが描かれていて、まさに俺がこのラストシーンを書いたかのようだった。すぐに、”この仕事をするのにふさわしい人たちだ ” とおもったね。
最初の会議で、マークは “聞いてくれ、僕は勝手にこのオープニングシーンを考えたんだが、バイカーたちはもっと早く登場するべきだと思うんだ。たぶん、ハゲタカのように旋回しているんじゃないかな” と言った。俺は “ロード・オブ・ザ・リングのナズグルだな” と思ったよ。素晴らしいね。
クリエイティブな人たちと一緒に仕事をしていると、すぐに理解しあえるのがとても楽しいんだ。大虐殺で人々を排除する方法を検討していたとき、”実際にどんな銃を持つべきか” というディテールにまでこだわったよ。武器のマイクロデザインをしていたんだよね。
四頭身の死神のようなバイクの男たちが、有害廃棄物の中を走り、逆さまになったアメリカ国旗が、大食いで身なりの悪い政治家を乗せた車に掲げられている…おそらくドナルド・トランプだろうな。まあトランプである必要はないんだけど。これは一般的な比喩だから」

そして、その後ろにはお尻を出したイギリス人の男たちがいます。
「彼らは顔のない公務員で、まだ大英帝国があると思っている愚か者だ。ズボンからお尻を出しているけど、誰も教えてくれないんだよね。
その背後には、明らかに核ミサイルを突き出した中国のドラゴンのようなものがある。多くの人に聞かれるのは、一番上の皇帝が実際に何を持っているのかということなんだ。というのも、(中国の)習近平国家主席が一時的に不人気になったとき、地元の人たちが習近平の外見をくまのプーさんに例えたんだよね。その結果、習近平は “くまのプーさん” を中国で禁止することにしたんだよ。わかるかい?
このビデオには小さなイースター・エッグがたくさん潜んでいるんだ。特定の政治体制を支持するものではないよ。善人はいない、悪人ばかりだ。最初の絵コンテでは、大虐殺が終わり、エディが黙示録のバイカーに護衛されて走り去り、爆弾が爆発するところまでしか描いていなかったんだ。でも、実際には、吸血鬼の王様(試験管の中に入れられた死体の汁で生き返る男)は生き延びて這い回り、闘技場の外ではヤギになっていたんだ。ネブカドネザル2世がしたとされるように、地面に伏せて草を食べている。というのも、彼は気が狂ったようになって錯乱し、自分が獣になったと思い、外に出て、草の中で草を食べていたんだよね。傲慢の罪でね。
そして、彼がロバに目をやると、ロバが “おい、あれは俺の草だぜ “と言ったんだ。王様はロバと同じレベルになってしまった。すべてが滅んだ後、エディがサタンになって、実際彼はサタンではないけど、新しいリンゴを作ってしまうというのはいいアイデアだよね。
ポジティブな結末が必要だったから、最後にアダムとイヴをビデオに挿入したんだよ。スタンリー・キューブリック監督の映画 “Dr.ストレンジラブ” を意識したようなエンディング。エディはただ世界を終わらせるだけで、何もしないの?最後にアダムとイヴが必要で、エディは彼らにリンゴを与えるんだ。
良いことかもしれないし、悪いことかもしれないけど、確実に人間はそれを食べることになる。もしかしたら、また同じことを繰り返してしまうかもしれないけど、どうなるだろうね」
重要なのは、これが “Alexander the Great” のようなメイデンお得意の歴史大作ではなく、現代のアポカリプスな物語だということでしょう。
「これは歴史ではなく、現代の悪夢なんだ。国家が行うゲームの寓意なんだよ」

Bruce の中には難解な歴史の教科書と、スター・ウォーズやロード・オブ・ザ・リングが同時に存在しています。だからこそ、リスナーに届きやすいのかもしれません。
「そうだね。でも、そういった娯楽作品がアイデアをどこから盗んで来たと思うかい?ほとんどはシェイクスピアが作ったもので、その前はギリシャ人が作っていたね。その前には、聖書をそのまま引用したものもたくさんあるし。すべてがリサイクルされて、同じ巨大なメディアの洗濯機に入り、新鮮な状態でマーベル・コミックになって出てくるんだ。
俺は神話が好きだよ。特に、ある程度の寓話性があって、今の時代の良き参考書となるようなものがね。邪悪な帝国が常に勝利するわけではないという希望を人々に与えるようなね。救いを得ることができるのだから」
“Death of the Celts” は、1998年のメイデンの楽曲 “The Clansman” には関連性があるようにも思えますが。アイルランドとスコットランドという違いはあるにせよ。
「スカートをはいた男性のことはよくわからないんだけど、Steve (Harris) にはそういうところがあるんだよね (笑)。 “Death of the Celts” は Steve の曲だけど、彼は部族のアイデンティティを脅かすような人たちの曲を書くのがとても好きなんだよね。彼は以前にもネイティブ・アメリカンや少数民族についての曲を書いている。アイデンティティを脅かされているグループに親近感を持っているんだろうな。そして、自分たちが脅かされているときには、変化するよりも死んだほうがましだと思っている。その考え方は、ある意味ではとてもロマンティックだけど、同時にそれがどれほど歴史的なものなのかはわからないよね。なぜなら、実際に一夜にして死滅する民族はいないから。恐竜もそうだった。何が起こるかというと、人々が吸収されるんだよ。バイキングは絶滅したわけではないけれど、吸収され、同化された。最終的には、イングランド北部に住む、金髪で青い目をした人たちになったんだ」

Adrian Smith と共作した “Darkest Hour ” は、息子を埋葬した男たちの話や、浜辺に流れる血といった暗く陰鬱な楽曲です。
「この曲は、うつ病に苦しんでいたウィンストン・チャーチルの頭の中を少しだけ覗いてみようという試みだった。彼は明らかに天才的な人物だったけど、それだけではなかった。アルコール依存症で、うつ病で、彼が “黒い犬” と呼んでいたものに悩まされていたんだよね。それは彼なりの “うつ病” の表現方法だったんだ。
だけど、彼がいなければ自由世界は基本的に自由ではなかっただろうな。ヨーロッパに関する限り、世界は現在のような形では存在しなかっただろう。もし、彼が頑固な年寄りではなかったら、ヒトラーだけでなく、ヒトラーと和解しようとしていた自分の党の人々にも立ち向かうなんてことはしなかっただろうから。
英国の政治家にしてみれば、面倒なことになるだけだからね。”ヨーロッパのことはナチスに任せておけばいい、我々のことは放っておいてくれれば何をしてもいい” というわけさ。ヒトラーはイギリスの帝国やその他のものに大きな憧れを抱いていたから、その考えに納得していたんだ。
つまり、ヒトラーはイギリスを追い出したいのではなく、実際にはイギリスと同盟を結びたかったんだけど、チャーチルが立ちはだかってこう言ったんだよ。”あなたは野蛮人だ。あなたは文明を破壊し、我々が価値があると考えているすべてのものを破壊するだろう” とね。だから俺たちはチャーチルに大きな感謝の念を抱いている。だけど、その過程で何百万人もの人々が亡くなってしまった…アメリカ人もだけどね。
この曲は浜辺で始まるんだ。冒頭の浜辺は、ダンケルクの浜辺で、基本的には逃げなければならなかった撤退戦の場面なんだ。そして、曲の最後には再び血が赤く染まるんだが、今度はD-Day (ノルマンディー上陸作戦を行った1944年6月6日) のビーチで、俺たちが戻ってきたときのことなんだよ。
その間に語られるのは、基本的には圧倒的に不利と思われる状況下で、ある国が「いや、お前なんかくそくらえ!」と立ち上がった物語なんだよ。第二次世界大戦のバストーニュ(ベルギー)でのアメリカ軍の司令官だったと思うけど、ドイツ軍からの降伏勧告に単純に4文字の言葉で、”Nuts” “おバカさん” と返したんだ。
チャーチルの反応もよく似ていて、”我々は降伏するつもりはない。海岸でも戦う。浜辺でも、丘でも、何を使ってでも戦い抜く” と断言した。これにはナチスも困惑したと思うよ。何を言っているんだ?我々を止めることはできない、我々は圧倒的な力を持っている!のにって感じだっただろうな。しかし、そうはならなかった。これは、一人の人間が作ることのできる違いなんだよ。それが、この曲のテーマなんだ」

今アメリカでは、自分のチームや教団に属すると思われる人たちに対して反対の声を上げることを、人々はとても恐れています。
「世界全体が二極化しているのを見るとがっかりするね……いや、二極化どころではないね。AとB、左と右、北と南…分断されているんだよな。
それが無責任なソーシャルメディアによって増幅されているんだよ。ソーシャルメディアは自分自身を、”そうか、我々は実際にこの怪物を生み出し、事実上制御不能にさせてしまったが、それは我々のせいではない、それがインターネットなのだ、それが進歩なのだ” と考えてしまっている。
だけど、これは制御可能であり、人々は責任を取ることができるんだよ。小さな小さな極端な意見をメガホンで叫んだところで、SNS と同じようには広がっていかないだろうね。だけどメガホンで叫んだほうが、イデオロギー間の対立ではなく、実際の言論を可能にするかもしれないよね。イデオロギーとは、政治的なイデオロギーではなく、事実に基づくイデオロギーのことだよ。
例えばある人は、”チーズはマインドコントロールの方法である” という信念を持っているかもしれない。それをインターネットで公開すれば、バカな男たちがそれを信じるんだよ。なぜなら、それに対抗する反応がないからね。
かつては、新聞社や信頼できる情報源に行って、”チーズについての本当の話は何か?微生物が私たちの脳に侵入するように再プログラムされたのか、それともただのチーズなのか?” といった具合にソースを確認することができた。だけど、それはますます難しくなっている。俺たちのビデオ “The Writing on the Wall” につけられたコメントを見ればわかるよ。興味深いことに、このビデオは左翼から右翼まで、そしてその間のあらゆる意見からさまざまな主張を受けている。
誰かが “これは終わりの時に関するものだ!”といえば、聖書に詳しい人たちは “そうだ、これはイエス・キリストのことで、彼が我々を救うために戻ってくるんだ” と言い、他の人たちは “いや、これは悪の帝国のことだ” “これはトランプのせいだ” “ああ、これはバイデンのせいだ” “ああ、これはワクチンに関わることだ “とさまざまなコメントがあるんだよね。
正直言って、信じられないことだけど、人々は自分なりの解釈で意見を押し付けていくんだ。これらのトップコメントを見れば、人々の心理がいかに分裂しているかがわかるだろう?これは政治的な問題ではなく、心理的な問題だと思うよ。世界には集団的な統合失調症があり、インターネットがそれに拍車をかけているんだよね」
“Hell on Earth” という曲は、まさにそんな地獄のような世界を反映しているようにも思えます。
「どうだろう。それは Steve の歌詞だからね。彼は俺が言うことを気にしていないと思うけど、ちょっとした象徴主義者なんだよね。彼は主流にはならないんだよ。もしかすると、彼は厄介な集団の一員であるかもしれない。彼は俺が信じていないことも信じているけど、人は自分の信じたいことを信じることができ、それが自由な世界と呼ばれるゆえんだからな。だから “Hell on Earth” で彼は明らかに世界を見てこう言っている。”俺が死んでこの世を去ったら、別の世界に戻ってきて、すべてが悪い夢だったと思えるかもしれない。もう一度やり直せるかもしれない。でも、それまでの間、地球上の地獄にいなければならない” とね」

新しいアルバムのタイトルに日本語の “戦術” を選んだ IRON MAIDEN。これは、相手がどこに力を注いでいるかを見極め、それを利用して勝利のための対応策を構築するという考え方です。Bruce が言うように、”サムライ・エディ” と繋がっているのも重要なポイントです。
「Steve が最初の曲を考えて、”Senjutsu” という曲だと言ったんだ。彼は、日本語で “戦争の術 “という意味だと言った。俺は本当かな?と思ってグーグル検索で調べてみたら、いくつかの異なる意味があるみたいだった。俺らはその中から “The Art of War” でいくことにしたんだ。
何の戦争なのかはよくわからない。歌詞を見て、”これは誰かがゲーム・オブ・スローンズを見まくっているみたいだ!” と思ったんだ。草原から北方民族が降りてきて、そこには壁があって、彼らは何としてもその壁を守らなければならない…」
“Senjutsu” のジャケットには、鎧に身を包んだエディが描かれています。つまり、Bruce にはステージ上で鎧を着たり、サムライ・エディと戦ったりする可能性があるということなのでしょうか?
「国際フェンシング連盟は、特にフランスを中心とした西洋のフェンシング連盟で、ライトセーバーの国際的な競技会を公認しているんだ。冗談ではなく、ライトセーバーの大会だよ。彼らのトレーニングを1、2回見たことがあるんだが、実際に競技用のライトセーバーを持っていて、それが最高にかっこいいんだよ。ジュニアフェンシング用のライトセーバーを買ったんだけど、これが地球上で最もクールなものでね。完全な戦闘用ライトセーバーなんだ。徹底的に叩きのめすことができる。壊れることもないしね。
これをホテルのロビーに持ち込んで、ロビーでライトセーバー合戦をしたことがあるんだけど、誰も止めなかったんだよ。だから、ステージ上でサムライ・エディとライトセーバーで決闘するというアイデアは、ぜひ実現したいね!」
IRON MAIDEN が孤高であり続けられる秘訣。Bruce は最後にそのヒントを語ります。
「IRON MAIDEN は、デビューから41年、17枚のアルバムをリリースしてきたけど、いまだに挑戦し続け、人とは違うことをしたいと思っているし、ファンに対して知的に接したいと思っているんだ。それには根性が必要だし、自分の仕事に信念を貫く勇気も必要だ。このアルバムをライブで全曲演奏したいと思っている。それはかなり野心的かもしれないね。しかし、実際のところ、2枚組アルバムをライブで演奏することによる驚きは、それほど大きな提案ではないんだよ。それは、メイデンがメイデンらしく、反抗的に、確実にやっているだけなんだよね。
驚くようなことをするための鍵は、人々を驚かせようとすることではなくてね。むしろ、IRON MAIDEN であろうと意識するときに、危険が生じる。俺たちが情熱を持ってやっていることは、定義上、すべて IRON MAIDEN になる。しかし、それを考えすぎてしまうと、自分自身を窮地に追い込み、自分自身の決まり文句を再利用してしまう危険性があるんだよ。それはカラオケバンドに任せておけばいい」

参考文献: FORBES:Iron Maiden Singer Bruce Dickinson Chats New Album ‘Senjutsu’ And Society’s Great Psychological Divide

LOUDWIRE:INTERVIEW – IRON MAIDEN’S BRUCE DICKINSON DIVES INTO ‘SENJUTSU,’ TIME TRAVEL DESTINATIONS + MORE

KERRANG!:The Way Of The Samurai: Uncover the secrets of Iron Maiden’s new album, Senjutsu

日本盤のご購入はこちら、WARNER MUSIC JAPAN

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BLAZE BAYLEY : WAR WITHIN ME】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH BLAZE BAYLEY !!

“If You Are Weak You Can Grow Strong. If You Are Broken You Can Mend. If You Are Different You Are Not Alone.”

DISC REVIEW “WAR WITHIN ME”

「良い時も困難な時も、俺のファンは俺と一緒にいてくれたからね。俺が自分自身を信じられなくなったときだって、彼らは俺のことを信じてくれたんだから。絶望的な気持ちになったときには励ましてくれた。だから、ファンが俺に作曲やレコーディング、演奏を求めてくれる限り、俺はやり続けるだろうな」
Blaze Bayley は、世界最大のメタルバンド IRON MAIDEN で5年という決して短くない時間を過ごしました。ミッドランドの小規模バンド WOLFSBANE からまさかの加入。誰もが羨むシンデレラ・ストーリー。しかし、そんな栄光の裏側で Blaze は一人、もがき苦しんでいました。偉大なる万能のシンガー、前任者 Bruce Dickinson の後任という重圧。がむしゃらが力となった WOLFSBANE よりも、丁寧に音程を追わねばという不自由な足枷。鳴り止まぬファンからのバッシング。
「当時、メイデンのファンの多くは俺を嫌っていたし、25年経った今でも嫌っている人は多いと思う。でも、この2枚のアルバムでは素晴らしい曲が書けたと思うし、この2枚はメイデンを語る上で重要な意味を持っているんだ」
25年の月日を経た現在でも、Blaze の中に巣食う仄暗い感情は拭い去れてはいないようです。それでも、Blaze があのバンドにいた意味はきっとありました。たしかに、”X-Factor” はアルバムの暗い荘厳と Blaze の不安定な音程がミスマッチの感はありましたが、”Virtual Ⅺ” のよりキャッチーでカラフルな音使いは彼のガッツやエナジーと調和を見せ始めていましたし、Steve Harris の奮戦も相俟って現在の大作化した “エピック・メイデン” への礎を築いたようにも思えます。実際、今 “Virtual Ⅺ” を聴けばメイデンのプログサイドとキャッチーサイドが完璧に交わった快作以外の感想が出てきませんし、仮に Bruce が歌っていたとしたら壮大になりすぎて別物の作品となっていたはずです。
「俺のファンが落ち込んでいるとしたら、このアルバムは彼らに力を与えるものでなければならない。俺がメタルを続けるため自分自身に言い聞かせていることの一部をファンに伝えたかった。もし君が弱っていても、強くなって戻ってこられる。もし君が壊れてしまっても、治すことはできる。もし君が他の人と違っていても、決して一人ではないんだよ」
あれから四半世紀。Blaze Bayley はただひたすらその人生を、ピュア・メタルとファンのために捧げ続けてきました。そんな英国のメタル侍の姿はある意味、Blaze にとっての恩返しでもあります。批判を浴びても決して自分を無下に扱わなかった IRON MAIDEN への恩返し。苦しい時も自分を信じてサポートを続けてくれたファンへの恩返し。そうして Blaze は、このコロナ禍で苦悶の時を過ごすファンのために最大の恩返しとなる “War Within Me” を贈りました。
「”War Within Me” の制作を始めたとき、俺たちは興奮と自由を感じたんだ。10曲ができあがった。10曲が互いに関連している必要はなかったけれど、残忍で力強く、真実を示していて、俺たちが作れる最高の曲でなければならなかった。そして楽曲のアレンジは、それぞれのストーリーに忠実なものでなければならなかった。妥協なく、勇気と誠実さを示さなければならなかった」
Blaze Bayley が IRON MAIDEN から巣立って25年。その歩みの結晶こそ “War Within Me”。内なる葛藤を乗り越えた侍の逆襲には、メタルのすべてが詰まっています。Blaze にとって作曲のパートナーであり卓越したギタリストでもある Chris Appleton との出会いは、さながらそのエンジンにハイオクとナイトロを搭載したようなものでした。ACCEPT のように勇壮で、IRON MAIDEN のように知的で、MEGADETH のようにテクニカルで、MOTORHEAD のように粗暴。これほどメタルらしいメタルをしたためるアーティストが今日どれほど存在するでしょうか。それにしても素晴らしいギタープレイヤーですね。
インタビュー中では Tim “Ripper” Owens に向けたシンパシーについて言及していますが、もしかすると、Blaze Bayley にとって目指すべきは Udo Dirkschneider なのかもしれませんね。特異すぎるその声、勇壮を体現したかのような容姿、そして時に本家を凌ぐような凄まじい楽曲とパフォーマンス。さらに、ウィリアム・ブラックのSFトリロジーにしても、チューリング、テスラ、ホーキンスの科学者をテーマとした組曲にしても、さながら “Aces High” のような303部隊の攻防にしても、Blaze Bayley は何よりメタルのロマンを誰よりも深く理解しています。インタビューでは Blaze の、意外なほどの知への探究心を感じられるでしょう。
18歳のころ、清掃の夜勤をこなしながらホテルで “The Number of the Beast” を聴いていた少年は夢を叶え、今度は叶えさせてくれたファンのためにメタル道を突き進んでいきます。今回、弊誌では Blaze Bayley にインタビューを行うことができました。「実は、彼らが俺を選んだことにとても驚いたんだ。彼らが電話をかけてきて、俺が選ばれたと言ったんだけど、あの時俺はショックを受けたんだ。嬉しいけど、ショックだった」 どうぞ!!

BLAZE BAYLEY “WAR WITHIN ME” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【WIZARDTHRONE : HYPERCUBE NECRODIMENSIONS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MIKE BARBER OF WIZARDTHRONE !!

“Children Of Bodom Played At Tuska Festival And Alexi Dedicated “Bodom Beach Terror” To Me And My Friends, And I Went Home To The UK Feeling More Motivated Than I Ever Had To Follow this path”

DISC REVIEW “HYPERCUBE NECRODIMENSIONS”

「私たちは基本的に過去15年間の音楽を無視していたんだよね。エクストリーム・ウィザード・メタルはうまく機能していると思うよ。レビュアーがこのバンドをパワー・メタル、メロディック・デス、テクニカル・デス、シンフォニック・ブラックと表現しているのをよく目にするけど、結局私たちの音楽はそれらのどれにも当てはまらず、すべての要素を少しずつ取り入れているんだよね」
WIZARDTHRONE は、宇宙から来たテクニカル・パワー・デス・シンフォニック・ブラック・メタルの名状し難き混合物で、いくつもの多元宇宙を越えた魔法使いの王。
カラフルで印象的な音楽性と純粋な不条理の間を行き来する複合魔法の創造性は、ALESTROM, GLORYHAMMER, AETHER REALM, NEKROGOBLIKON, FORLORN CITADEL といったメタル世界のファンタジーを司る英傑を依り代として生まれています。そうして、何百万光年も離れた銀河から地球に到達した彼らのデビュー・アルバム “Hypercube Necrodimensions” には、激しさと情熱、そして知性とファンタジーが溢れているのです。
「歌詞を見てすぐにはわからないかもしれないけど、このアルバムは、現代の政治的な音楽と同じように、同じくらい、強い声明を出していると思うんだよ。これは世界が悲しみと怒りに満ちている時代に作られた情熱と生命の祭典であり、作りながら僕たちにも未来への希望を与えてくれたんだ」
暗く歪んだ2020年を経て、メタル世界でも政治的な発言やリリックは正義の刃を構えながら確実に増殖しつつあります。メタルにおけるファンタジーやSFの役割は終わったのか?そんな命題に、GLORYHAMMER でも “ハンマー・オブ・グローリー” を手に暗黒魔術師ザーゴスラックスと戦う Mike Barber は堂々たる否をつきつけました。
「2007年にフィンランドを旅行した際、共通の友人から Alexi と Janne を紹介されたんだけど、彼らは親切で純粋で、何時間も私たちと一緒にいて、質問に答えたり、ビールを一緒に飲んだり、ミュージシャンになるためのアドバイスをしてくれたんだよね。翌日、CoB はTuskaフェスティバルで演奏し、彼はなんと “Bodom Beach Terror” を私と私の友人に捧げてくれたんだ。私は、この道を進むことにかつてないほどのモチベーションを感じながら英国に帰ったんだよ」
COB + EMPEROR などと陳腐な足し算ですべてを語る気はありません。ただし、未曾有のメタル・メルティングポットでありながら、ここ15年間の方程式をあえて捨て置いた WIZARDTHRONE の魔法には、たしかに亡き Alexi Laiho と CHILDREN OF BODOM の遺産が根づいています。
Mike と Matthew Bell (FORLORN CITADEL)。そのギターのデュエルは “Frozen Winds of Thyraxia” の凍てつくような風速を越えて、まばゆいばかりの爆発的なエネルギーをもたらします。さながら Alexi と Rope のコンビにも似た魅惑のダンス。タイトル・トラック “Hypercube Necrodimensions” では、その場所に ALESTORM や GLORYHAMMER の怪人 Christopher Bowes の高速鍵盤乱れ打ち、フォルクローレの瞬きが加味されて、”Wildchild” の面影がノスタルジアの星砂へと込められます。それは、テクデスのテクニカルな威圧をのみもってしても、パワー・メタルの勇壮をのみをもってしてもなし得ない、奇跡の瞬間でしょう。
一方で、”The Coalescence of Nine Stars in the System Once Known as Markarian-231″ の冷徹で黒々としたシンフォニックな響き、ナレーションを加えた “Black Hole Quantum Thermodynamics” のドラマティックなメタル劇場、”Forbidden Equations Deep Within the Epimethean Wasteland” の複雑を超越した音世界といった、様々なサブジャンルを予測不可能にシームレスに横断するハイパーキューブな黄泉の多次元体は、宇宙の真実を物語る現実を超えた壮大なサウンドに到達しているのです。もちろんそれは、メンバー各自が自身のバンドから持ち寄った “種” を育てた結果でもあり、スーパーバンドとしての理想形をも提示しているのではないでしょうか。
今回弊誌では、Mike Barber にインタビューを行うことができました。「サウンドよりも、彼らのアティテュードがこのアルバムの制作に影響を与えたと思う。ただし、タイトル曲には、CoB の解散に敬意を表して、明らかな影響をいくつか入れているよ。Alexi が亡くなってから、彼らは私にとってまた新たな意味を持つようになったんだ」 どうぞ!!

WIZARDTHRONE “HYPERCUBE NECRODIMENSIONS” : 9.9/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BLACK MIDI : CAVALCADE】


COVER STORY : BLACK MIDI “CAVALCADE”

“The Whole Album Sounds Like Drama, The Music Is Designed Around Being As Exciting As Possible By Having Constant Tension And Release, And The Same With The Stories, They Are Funny But There’s Also a Dramatic Core To Them”

CAVALCADE

BLACK MIDI は、人々がバンドに抱く期待のすべてではないにしろ、そのほとんどを覆す第二の波と共に戻ってきました。大きな変貌はジャムを捨てること、メロディを受け入れること。シンガーでギタリストの Geordie Greepは、「デビューアルバムはみんな気に入っていたようだけど、しばらくするとその全員が飽きてしまった。だから、今度は本当にいいものを作ろうと思ったんだ」と語ります。
高く評価されているデビューアルバムを、まるで彼らの周囲を飛び回る厄介なハエのようにすでに一部放棄したその胆力こそ、この若いバンドの勢いを物語ります。そして耳をつんざくノイズ、マスマティカルな知性、ジャジーなプログ、広大なポストロックが融合したデビュー作 “Schlagenheim” の混沌とした旋風に巻き込まれた人にとっては、BLACK MIDI がダイナミックな軌跡を描きながら探求を続ける音世界こそが欲する刺激なのです。
2枚目のアルバム “Cavalcade” は、その勢いに磨きをかけ、時に前作のトーンから別の惑星へとシフトしたような作品に仕上がっています。「全く違うことをやってみたかったんだ」と Greep は続けます。「1stアルバムの後、僕たちは新しい方向性を定めようと曲を書いていたんだけど、コロナ禍の発生で、個人的にさらに詳細を煮詰める機会が訪れた。変化はすでにあったんだけど、別々にやる必要性が出てきたことで、その変化が加速したんだよね」
かつては即興演奏の無限の力とその可能性を説いていたバンドが、今では構造化された曲作りのために即興演奏を捨て去りました。パンデミックによる強制的なダウンタイムは、彼らにとって必要な休憩と反省のための休止期間となったのです。「慌ただしい日々が続いていたから、歓迎すべき変化だったとドラマーの Morgan Simpson は語ります。「ここ数年は、新しいものを作るため数週間一緒に過ごす時間さえなかったからね。だから、ジャムやリハーサルを行うパターンに陥っていたんだけど、朝5時のフライトに間に合わせなきゃって焦るから生産性はそれほど高くなかったんだよね」
Greep も同意します。「演奏やツアーをずっと続けていると、物事をある程度コントロールしたい、間違ったことをしたくないという感覚に陥るものだ。だけど、時間が無限にある状況になると、自分が音楽で何をしたいのか、どんな音楽を作りたいのかを真剣に考えるようになる。実際に何度もそのことを考えて正直に話しあったよ。だから、僕たちは意識的に音楽を変えようとしていたんだと思う」

では、皮肉なことに、バンドは即興演奏の限界につまずいたのでしょうか?Picton が説明します。「即興演奏の良いところは、くだらない音になってしまうリスクと、本当に良い音になったときの見返り、その両方があることだよね。でも、お客さんに良いショーを見せようと思ったら、たいていの場合、何が良い音になるかはわかっているものなんだ。一方でリスクとリターンを両立させたければ、ときには失敗することも必要だ。僕たちはリスクを犯すことをやめて、同じ6つか7つのリフに落ち着いて、クソみたいな音になるストレスを感じることなく、違う順番で演奏することを繰り返していたんだと思うね」
瞬発力のあるライブで口コミで話題になっていたバンドが、短期間でバズバンドの帝王のような存在になったことを考えると、人気と観客の期待が高まる中、定型的な演奏をしなければならないというプレッシャーが生じたのでしょうか。「いや、そうじゃない」と Greep は言います。「それよりも、自分たちの中で、自分たちのやっていることに自信が持てなかったんだ。バンドがどうありたいのか、皆がそれぞれの考えを持っていた。何でもありの姿勢でやり始めたけど、アルバムを出したら、即興的なノイズロックバンドだということになって、それが神話化されてしまったんだから。時には、そんな罠に陥り、基本的には同じようなやり方でプレイしてしまうこともある。だからある時点で、”それは忘れよう “と言わなければならないんだよね」
ある意味でははじめて曲を作ったといえるかもしれないと、Greep は続けます。「ファースト・アルバムでは、ほとんどの曲が、伝統的なものというよりも、もっと質感のあるものだった。誰かがリフを弾いて、それをみんなで重ね合わせてクールなサウンドを作るという感じ。”Cavalcade” では、ジャムセッションも行ったけど、より伝統的な意味での曲のアイデアを各自が持ち寄って作曲したんだよね。今回のアルバムでは、よりメロディックに、そしてよりクレイジーに仕上げることを目指したわけさ。より親しみやすく、より具体的でありながら、より狂気に満ちた、より面白いものにしたかったんだ」
リスナーが彼らなりのジョークを理解し得ないこともストレスとなりました。
「大きな意味を持つのはユーモアであるはずなのに、多くの人がそれを理解できなかったり、深刻すぎると思ったりしたんだよね。だから今回の作品では、もう少しわかりやすく、これは絶対にジョークであるとか、おかしなことをしているということがわかるようにしたんだよ」


アルバムのオープナーでリードシングルの “John L” を聴くと、バンドの革命的なステップというよりは、プログレッシブなステップを踏んでいる思うかもしれません。しかし、津波のような不協和音の海辺にあるプログ・オペラの風が去った後、次の7曲にはかなり驚くべき変化が見られます。
“Marlene Dietrich” では、Greep が「パフォーマンスの喜びを体現している」と語るキャバレー・シンガーをイメージさせる、牧歌的なムードが漂い、彼の声はこれまでになく純粋にゴージャスなトーンを帯びています。
「この曲では、Scott Walker と WILD BEAST の Hyden Thorpeの中間のような歌い方で、”メタモルフォーゼは存在する” と優しく歌いかけている」
このレコードの中で、バンドには以前の彼らとは見分けがつかないほどの、まさに “メタモルフォーゼ” な音を出す瞬間が存在します。
「曲にはきちんとしたコード・シーケンスがあり、実際にメロディが存在する」と Greep は語ります。「前作でも少しはあったんだけど、多くの場合、エフェクトをかけてただ燃えているだけのモノリシックな曲では、メロディックに歌うことができないからね。このスタイルで、僕の声はこういった曲に適しているよ」
Picton は、2曲で作曲と歌唱を担当しています。ヒプノティックで深いテクスチャーを持つ “Diamond Stuff” は、その荒々しさからスローコアのようにも聞こえます。これに対するアンチテーゼが “Slow” で、怒れるジャズコアを体現しています。
アルバムを通して、バンドのトレードマークである張りつめた強烈なギターワークはふんだんに盛り込まれていて、獰猛さとプログの巧みが融合していますが、両者の境界線が驚きを運んでくるのです。そして真の優美が存在し、初期の作品を嫌っていた人は一体何が起こっているのかと疑問に思うかもしれません。しかし、より穏やかで美しい世界に吸い込まれる直前に、物事は再び爆発して混乱します。”Chondromalacia Patela” で聴けるように、ジャズ的ポストロックの穏やかなグルーヴから、SWANS と MAGMA が合体したような爆発的な力へと変化していく様は圧巻です。

同時にこのレコードでは、より多くの楽器が使用されています。「最初のアルバムは、音色的にかなり狭い感じがしました」と Simpson は告白します。「だから僕たちは、さまざまにサウンドやカラーを広げたいと思っていたんだよ」
Pal Jerskin Fendrix がバイオリンで登場したかと思えば、チェロ、サックス、ピアノ、ブズーキ、マルクソフォンと呼ばれる19世紀末のチター、フルート、ラップスチール、シンセ、さらにはバンドがバイオリンの弓を使って奏でる中華鍋まで登場します。
「1stアルバムは、ライブよりも広がりのあるサウンドのレコードを作るというミッションだった」と Greep は証言します。「スタジオを可能な限り活用すること。でも、あまりにも混沌としているので、多くの楽器に気づかなかったり、気づいてもそれが何なのかわからなかったりしたよね。今回のアルバムでは、ピアノやストリングスのパートがより明確になっている。しかし、”真に劇場的で、映画的な、広がりのあるアルバムを作る “という使命は同じだったんだよ」
たしかに、このアルバムはたくさんの劇場を備えています。Greep がその要素を表現するため使った言葉は、”ドラマ” でした。「アルバム全体が、まるでドラマのようだ。その音楽は常に緊張と解放を繰り返すことで、可能な限り刺激的なものになるようにデザインされている。ストーリーも同様で、面白いけれど、ドラマチックな核心が存在する。主に三人称で語られるアルバム全体のストーリーが、このアルバムのタイトルになっているんだ。キャバレーの歌手、カルト教団の指導者、ダイヤモンド鉱山で発見された古い死体など、物語をまとめてみると、ある種の “パレード” のようになるということに、後々気づいたんだよね」
アルバム制作の背景は、デビュー時とは正反対でした。プロデューサーのダン・キャリーとロンドンの地下スタジオにこもるのではなく、ダブリンの南、ウィックロー山脈にあるアイルランドの施設、ヘルファイア・スタジオでジョン・’スパッド’・マーフィーと作業を行いました。Greepが以前から “hell fire “という言葉にこだわっていたことを知っている人にとっては(デビューアルバムのタイトルにもこの言葉が使われていた)、偶然にしては出来過ぎでしょう。

ほとんど予期せずにフルアルバムを作ることになったのは、実り多いセッションのおかげでした。「計画では、5日間で数曲を録音することになっていた」と Greep は振り返ります。「どんなサウンドになるのかを確かめるためにね。そして、それをどんどん積み上げていったら、とてもいいサウンドになったんだ」
プロデューサーの交代は、新しい領域を開拓したいというバンドの願いの延長線上にありました。「1stアルバムでは Dan が完璧だった。しかし、今回の新作では、すべての作業を新しい感覚で行いたいと思ったんだ。そのため、これまでに書いた曲は、別の耳で聴いたほうがいいかもしれないと思ってね。デビュー・アルバムの前から、僕たちは常に異なるプロデューサーのアイデアを受け入れていたし、物事を新鮮に保ち続けていたからね」
スタジオでは、バンドの自主性と信念がより強くなりました。「Dan と一緒に仕事をする前は、あまりスタジオに入ったことがなかったんだ」と Simpson は言い、Picton は「ファーストアルバムでは、ダンがセッションをリードしたり、彼がアイデアを出したりすることが多かったと思うけど、今回はみんなで協力することが多かったね」と付け加えます。さらに Greep はこう続けます。「スタジオではより自信が持てたんだ。このアルバムの音楽は全体的に、バンドとしての自信を表していると思う。明日死ぬかもしれないんだから、今日はこの音楽を作ろう。失うものは何もないという気持ちなんだ」
では、セカンドアルバムがどのように評価されるかという不安はないのでしょうか? Greep は、「アルバムに対する現代の反応はあまり意味を持たない」と言います。「レビューの良いものが常に良いというわけでも、レビューの悪いものが悪いというわけでもなく、相関関係はないと思っているから、あまり考えないようにしているんだ。アルバムを聴いてくれる人がいるのはとてもラッキーだけどね。何を出しても誰かが聴いてくれるのだから、文句は言えないよね。ファンがいるということは素晴らしいことだ」
BLACK MIDI が作る音楽の種類を考えると、彼らがこれほどの評価を得て、熱狂的なファンを獲得し、プライムタイムのラジオのプレイリストに滑り込み、マーキュリーミュージックプライズにノミネートされたことに戸惑いを覚える人もいるだでしょう。他の多くのオルタナティブ・バンドが直面しているような障壁を、なぜ自分たちが突破できたのか考えたことがあるかという質問に対して、Picton は「適切な場所、適切な時期だったから。加えて舞台裏での適切な判断と良いチームがあったからだろうな」と反応しています。

有名なBRITスクールに一緒に通っていたという恵まれた環境も彼らを後押ししました。BRITスクールとは、アデルやジェシー・Jなどのポップスターを輩出したことで知られる政府系の音楽学校で、訓練されたミュージシャンが英国のレコード業界全体に多大な影響を与えていることでも知られています。Picton が説明します「2年間、大学で好きなときに自由にリハーサルができたからね。その2年間で、くだらないことやしょうもないことをすべてやって、それを解消することができたんだ」
学校の中でも特に奇抜な趣味を持つ子供たちの一部だったと Simpson は付け加えます。「僕たちの学年は、特に、さまざまなタイプのプレーヤーがさまざまなタイプの音楽を演奏していて、非常に多様性に富んでいたんだ。あの学年じゃなきゃ、このバンドが存在していたかどうかもわからないくらいだよ」
ビデオゲームにインスパイアされたバンド名のわりに、彼らはインターネットから音的にインスパイアされた音楽を作っているわけではありませんが、ジャンルミックスやインスピレーションの採掘については非常に現代的なアプローチをとっています。ジップアップのフリースを着て、ドレッドヘアにビーニーを被った Simpson は、ロンドンで生活している間に経験した、万華鏡のように多様な文化が彼らの音楽習慣に影響を与えていると言います。
「この2、3年の間にロンドンに住んでいる若者は、様々な影響を受けることができた。ウィンドミルでのライブに行けば、ダブをたくさん聴くことができるし、別のライブに行けば、ファンクやジャズをたくさん聴くことができる。僕たちの周りにはたくさんの音楽があり、そこから影響を受けないということは不可能なんだよ」

では、BLACK MIDI を形成したのはどういった音楽だったのでしょうか?Greep は真っ先に、ストラヴィンスキーの “Cantata” を挙げています。
「幼い頃、両親がストラヴィンスキーの曲をよくかけていたんだ。12歳か13歳のとき、学校にとても好きな音楽の先生がいてね。とても仲が良くて、クールな音楽をいろいろと教えてくれたんだよ。僕は “この人はすごい人だ” と思ったね。ところが、その先生が辞めてしまって、代わりに年配の気難しい先生が来た。あまり尊敬できない人だったよ。僕は、”この年寄りは、ダメだ “と思った。元々の音楽の先生とは、昼休みに音楽談義をすることが多かった。そこから多くのことを学んだんだよ。新しい先生は、それができなかった。でもね、ゆっくりと、しかし確実に、僕は新しい先生がそれほど悪くないことに気づいていったんだ。彼はいろいろなことを知っていたんだ。
ある日、彼は「春の祭典をかけてみよう」と言った。彼が勧めたから、僕はこの曲を嫌いになりたかったし、まったくの駄作だと思いたかった。だけど聴いてみると衝撃的だったよ。クレイジーな音楽だからね。僕は「ああ、アイツはおかしい」と思ったけど、本当は、”これはとてもいい” って感じたんだ。何かがあったから。
1年後くらいにまた「春の祭典」を見つけて、何度も何度も聴いて、10代の頃は本当に夢中になっていたね。その後、ストラヴィンスキーの音楽はすべて好きになったよ。最近では、数年前に、この “Cantata”という作品にたどりついた。音楽の素晴らしいところは、聴いていて、それが始まりでもあり、終わりでもあり、永遠に続くようにも感じられるところだよね」
春の祭典はオリヴィエ・メシアンのオペラ “Saint François d’Assise Opera” とあわせて “Ascending Force” のインスピレーションとなりました。
「このメシアンの作品は、最近ハマっているオペラのひとつ。4時間のオペラだよ。すべてフランス語で書かれているので、ストーリーを追うことはできないし、ストーリー自体難解だと思う。それよりも、ただ聴いているだけでいいんだよね。音楽的には非常に高度なものだよ。メシアンの音楽には親しみやすいものもあるけど、これはそうじゃない。一度ハマると、とても催眠的で中毒性があるんだよね。
この2つの作品をよく聴いたことが、アルバムの最後の曲 “Ascending Forth” のインスピレーションになっている。この曲のメロディのほとんどは、この2つの音楽がベースになっているからね。直接的ではないけれど、コードを確認しながら、この2つの曲から得られる催眠的、循環的、かつロマンチックで魅力的な感覚を模倣しようとしたんだよ。
これまでより野心的な試みだった。だけど「クラッシックが知的な音楽だから、あれをインスピレーションにしようとは思わないし、あんなレベルになろうとは思わない」とは考えなかったね。もし自分の好きな音楽であれば、そこから学んだり、自分の音楽に取り入れたりしてみるべきだろ?なぜ、気取っていると思うの?誰も気にしないよ。失敗したら失敗したでいいじゃない」

Picton は El Lebrijano の “Saeta al Cantar” を挙げました。
「彼はもっと成功した別のアルバムを出していて、それはより北アフリカ的な側面を持っていたんだ。でもこのアルバムは、フラメンコと北アフリカの音楽を融合させたもので、かなり実験的な演出がなされている。僕は、この演出がとても気に入っているんだ。狂ったようなボーカルサウンド。本当によくできていると思うな。
このアルバムは、フラメンコの枠を超えた、完全に別世界のものだと思ったよ。フラメンコ・ヌエボは、ロックとフラメンコを融合させようとする試み。だけど、これは完全に別のもので、独自のレーンを持っているね。この世のものとは思えないほど、刺激的なプロダクションと巧みなアレンジが施されている。”Dethoned” のイントロなど、”Cavalcade” に影響を与えた部分があるんだよね」
Miles Davis は Simpson のみならず、バンド全員にとって重要な存在です。
「”In a Silent Way” を聴くと、午後8時、ニューヨーク、繁栄している、周りにはたくさんの人がいる、というような感覚を覚える。”What’s Going On” と同じように、特定の空間や環境に身を置くことができるアルバムだと思う。最初の5秒を聞いただけで、すぐにその世界に入っていけるんだよね。マイルスの旅という意味では、”Miles In The Sky” や “Filles de Kilimanjaro” の直後にこのアルバムがリリースされているのは非常に興味深いよね。そして、彼は「ああ、いや、あんなものはどうでもいい、元に戻そう」と言ったわけさ。それを同じミュージシャンと一緒にやるなんて、最高にクールだと思うよ。それは、彼らがいかに素晴らしい存在であるかを証明している。ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムス、デイヴ・ホランド、マイルスといったミュージシャンたちが、これほどまでに抑制された演奏をするのを聞いて、とても謙虚な気持ちになったよ。このアルバムは、音楽的成熟がいかに強力であるかを気づかせてくれた最初のアルバムのひとつさ。
彼らは好きな時に好きなものを演奏できるのに、そうしないことを選んだのだということがよくわかるよね。もちろん、このアルバムは最初のエレクトリック・アルバムであると言われているけど、僕はそうは思わない。 抑制と規律といえば、このアルバムが真っ先に思い浮かぶよ。特にトニー・ウィリアムスは、最も無茶苦茶なドラマーで、ほとんどのアルバムでハイハットだけを演奏しているんだ。他の誰もそんなことはしないだろう。僕にとっては気が遠くなるような話さ。彼は、ポピュラー音楽の中で最もクリエイティブなドラマーだと思うよ。でも、そう言えるのは、彼が両極端なことができるから。彼は、とんでもなくテクニカルなこともできるし、40分間ハイハットを演奏するだけでも、音楽に貢献し、必要なことをすることができるんだから」

音楽だけがインスピレーションとなるわけではありません。Greep は、”タンタンの冒険” について熱く語ります。
「僕が最初に夢中になったもののひとつだよ。子供の頃、本を読むことは、はじめての趣味だった。10代の頃はあまり興味がなかったけど、子供の頃は大好きだった。文字が読めるようになると、それはまるで魔法の呪文を知っているような感じでね。最初は、ロアルド・ダールの本やその類のものだった。タンタンを見つけたときは驚いたよ。本当に素晴らしい物語なんだ。タンタンは世界中を旅している。テンポが速くて、それが今振り返ってみると好きなところなのかや。海の真ん中で遭難して、海賊に助けられて、無人島に連れて行かれて、鎖につながれて捕虜になって、飛行機が来て空を飛んで、ジャングルに落とされて……それが10ページで終わるんだ。そんな感じで、彼はいつも狂ったような冒険をしているんだ。今となってはかなり時代遅れだし、今の基準では悪い態度もある。だけど、若いときには、歴史や世界のさまざまな地域についての基本的な感覚を得ることができたんだ。
今回のアルバムに関して言えば、これまで行ってきたプレスショットは、「タンタンの冒険」から直接インスピレーションを受けたものだよ。描き方だけでなく、できるだけテンポの良いコミックパネルを使って、1ページの中でさまざまなシナリオを描いてね」
バンドは、ブリクストンにあるThe Windmill を支援するための資金集めに参加してきました。The Windmill は、かつて彼らがレジデントとして活動し、評判を高めたライブハウスです。これらは、仲間であるBlack Country、New Roadとのライブでのコラボレーションもそのひとつ。この先、彼らとコラボレーション・アルバムを作ることはできるのでしょうか? 「おそらくいつかは」と Greep は語ります。「もし、同じ街にとてもいいバンドがいて、そのバンドと意気投合したら、一緒になって何かをやらない理由はないからね。ただ、目的のためにやるのではなく、しっかりとした理由があるかどうかを確認する必要があるはずだよ」
ただし、BLACK MIDI を BC, NR や SQUID といった他のバンドと一緒にするのは意味がありません。彼らは完全に独自の存在だからです。そして完全に新しいことをやっているというプロパガンダを行うこともありません。だからこそ、我々はロックの未来について楽観的にならならざるを得ないのです。「何事も新しいことはないと思うよ。影響を受けたものが違う形で組み合わされているだけなんだから。チャートに載るような音楽でも何でもないんだ。でも、ライブ音楽、楽器を使って演奏される音楽、そういったニッチなものは常に存在していくと思う。なぜなら、結局みんな、そういうものが好きだから」

今のところ、バンドは自分たちの作品に集中していますが、すでにセカンドアルバムを超えた段階に差し掛かっているのかもしれません。「願わくば、ライヴを再開する頃には、さらに多くの新曲を演奏して次のアルバムに臨みたいね」とGreep は言い、Picton はアルバム3がすでに40%ほど完成していると示唆しています。
「ライブでどのように演奏するかを考える必要がないから、このアルバムを作ることに喜びを感じたんだ。ライブを、バンドとして事前に完全にイメージできるような製品にはしたくないからね。ライヴに行って、始まる前から何が見られるかわかってしまうほど最悪なことはない」
話を次のアルバムに戻すと、Greep はネット上で、21世紀最大のアルバムは今年中に発売されるという不可解な発言をしています。それは、”Cavalcade”のことだと考えていいのでしょうか? 「僕の計算によると、このアルバムは、TBE – The Best Everに到達するための出発点なんだ」この3文字は、Greep がしばらくの間かぶっていた帽子に飾られていたもので、大胆な宣言でもあり、皮肉でもあります。BLACK MIDI の大部分がそうであるように、ユーモアとクリエイティブな野心はしばしば重なり合っています。「いずれにしても、僕たちはこの作品に満足しているよ。野心的で挑戦的なことができたと思うのはいいことだ。僕らはまだ20歳かそこらなんだから」

参考文献: THE QUIETUS: The Road To The Best Ever: Black Midi Interviewed

VANITY FAIR:Black Midi Isn’t Losing Its Edge Just Yet

STEREOGUM:Black Midi On Miles Davis, The Adventures Of Tintin, And Other Inspirations For Their Wild New Album

日本盤のご購入はこちら。BEATNIK

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【PUPIL SLICER : MIRRORS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH KATIE DAVIES OF PUPIL SLICER !!

“I Don’t Think Anyone Should Be Discriminated Against For How They Were Born, Who They Love And How They Look. Hopefully One Day The World Will Be a Better Place Where Things Aren’t As Bad As They Are Today.”

DISC REVIEW “MIRRORS”

「今は24歳なんだけど、18歳くらいまでヘヴィーな音楽にのめり込んだことはなかったのよ。だけどハマってからはすぐにギターをはじめたわ。まあだから、聴いて育ったのはゲームの音楽とか映画の音楽の枠を出たものじゃなかったわね」
PUPIL SLICER の Katie Davies は、18歳で初めてヘヴィーな音楽を耳にします。決して早くはない邂逅。
しかし、一度エクストリーム・ミュージックの世界に足を踏み入れると、その深化速度は異次元でした。現在24歳のヴォーカル・ギタリスト Katie は、時間軸を狂わせるようなマスメタルとグラインドコア、それに様々なメタルの異分子が融合した楽曲を、むしろコーラスとヴァースで成り立つポップ・ソングやパンク・ロックと同じくらい自然で親しみやすいものだと感じています。
「わたしたちの音楽の核となるのは感情の強さ、インテンシティーで、それは性別によって制限されるものではないと思うわ。あと、わたしたちはメタル・バンドというよりも、パンク・バンドだと思っているのよね」
デビューアルバム “Mirrors” は、不協和な音の超暴力と幻惑への傾倒が、THE DILLINGER ESCAPE PLAN の “Ire Works” や CONVERGE の “Jane Doe” といった名作を想起させます。混乱させ、時間をかき乱し、「何を聴いたんだろう?どうやって作ったんだろう?」と思わせる、人の心や痛みと同様に不可解な音楽です。
「わたしは自分の経験をたくさん書いているけど、より多くの人が音楽に共感できるようストーリー性を持たせるようにしているのよ。わたしが好きなのは、抽象的な歌詞の曲で、その内容についてリスナーそれぞれが自分なりの考えを持つことができ、本当の意味でのつながりを感じることができる曲だと思っているわ」
その名の通り、”Mirrors” は Katie 自身を映し出すレコードで、彼女の核となる考えや痛み、内面的な物語を映し出す鏡であると同時に、不平等や差別が法律や習慣、経済に組み込まれている、システム的にファシストな社会をそのまま映し出す作品でもあります。Katie が経験した個人的、政治的な痛みは、”Mirrors” の暴力によってのみ表現され、追放することが可能なのでしょう。
「わたしは、誰もがその出自、愛する人、外見などで差別されるべきではないと思っているの。いつの日か、今のような悪い状況ではない、より良い世界になることを願っているわ」
イギリス南部の海辺の町ボーンマスで育った Katie は、幼い頃から残酷な目に遭ってきました。4年間過ごした学校では、生徒からも教師からも容赦ないいじめを受け、中退してホームスクールに入学。彼女の耳を満たす音楽は、テレビゲームや映画のサウンドトラック、そして7歳の頃から練習していたバイオリンだけでした。
友人は、地元のユースオーケストラの指揮者を除いて存在せず、最終的に彼女は14歳で第一ヴァイオリンのリーダーとなりますが、3年後、彼女は公立学校に戻ることを余儀なくされました。そこで同級生や教師からさらに冷酷な扱いを受けることになります。
執拗ないじめを受けても、なぜいじめられるのか理解できない。自閉症を患いながら大学を卒業するころには、完全な引きこもり状態となっていました。人は残酷。その思いが世界とのつながりを完全に断たせてしまったのです。
救いの光はロックやメタルでした。ボーンマスからロンドンに移り数学の学位を取得した直後から、Katie は DEAFHEAVEN を聴きながら街を歩くようになります。そこから、RADIOHEAD や GODSPEED YOU! BLACK EMPEROR を経て、ブラックメタルの世界に足を踏み入れます。ポストロックやシューゲイザーは、彼女の魂の音に最も近い音楽への入り口となりました。
やがて、彼女はギターを手に取り、DEAFHEAVEN の曲をかき鳴らし始めます。
ギターを弾けるようになった後、Katie はミュージシャン向けのオンラインフォーラムに投稿しました。”DEAFHEAVEN のようなブラックメタル・バンドに参加したい」と。投稿後すぐに、地下鉄で数駅のカムデンで練習中のバンドからメッセージが届きます。そこで、ドラマーJosh Andrews と出会ったのです。やがてベースの Luke Fabian が仲間に加わり、TDEP, CODE ORANGE, BOTCH といったバンドを通してマスコアやパワーバイオレンスの傾向を高めていきました。
“Mirrors” の楽曲は、そのどれもが異なるアプローチの産物です。例えば、タイトルトラック “Mirrors” のメインリフでは、彼女はオンラインのジェネレーターにランダムな数字の羅列を入力し、バンドの他のメンバーにソフトウェアの出力に合わせての演奏を依頼します。リズム理論に精通している Katie は、信じがたいことに考えていたメロディーを鼻歌で歌い、目の前のスクリーンに表示されるリズムの波形を把握しながら、頭の中で音を整理していきます。メンバーもリスナーも混乱させた Katie にとって、次の目標は自分自身を混乱させること。
曲作りという最も楽しい時間を終えれば、その後、人に聴かせるという彼女にとって気が遠くなるような現実がやってきます。歌詞を読まれるのが嫌でお蔵入りも考えたという “Mirrors” には、同性愛者やトランスジェンダーに対する米国の法制度を批判する “Panic Defence” のような直接的な曲もある一方で、Katie の内面的な苦しみに焦点を当てた曲には、比喩的なガーゼで保護膜を張っています。例えば “Stabbing Spiders” は、もちろんクモのことを歌っているわけではなく、自傷行為についての楽曲。
「あなたが挙げたバンドは皆、様々なタイプの音楽で非常に広い視野を持っているわよね。わたしたちも同じように、自分たちが好きな音楽すべての部品を組み合わせたいと思ってやっているの」
PUPIL SLICER の目まぐるしい音楽はすでにマスコアを超越しています。 “Mirrors” がこれほど魅力的なのは、バンドがその混沌の中でリスナーに “数学” 以上の多くのなにかを与えているからでしょう。ダイナミクスの恩恵を受けた3人の挑戦者は、研ぎ澄まされたエッジを失うことなく、電子なサウンドスケープの静かな海へと潜り込みアルバムの流れを的確に支配します。
例えば、7分の “Mirrors Are More Fun Than Television” は存分なグルーヴ、存分な混沌、そして DEAFHEAVEN や ALCEST をも連想させる壮大なアトモスフィアのアウトロを備えます。
クローサー “Collective Unconscious” ではさらに顕著。TDEP のような残虐性はポストブラックのブラストとトレモロを誘い、感情を揺さぶるクレッシェンドを導きます。静かの海で Katie は独り絶望を叫びすべてを締めくくるのです。紆余曲折のレコードに咲く深く心に残るフィナーレの華。そうして Katie は痛みを映し、浄化し、超越してみせたのです。
今回弊誌では、Katie Davies にインタビューを行うことができました。「わたしたちのやり方は、自分たちが演奏したい音楽、自分たちが聴きたい音楽を作ることだと思っているの。つまり、自分たちのサウンドに境界線を設けないようにしているのよ」 どうぞ!!

PUPIL SLICER “MIRRORS” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BLACK COUNTRY, NEW ROAD : FOR THE FIRST TIME】


COVER STORY : BLACK COUNTRY, NEW ROAD “FOR THE FIRST TIME”

“Black Country, New Road Is Like Our Very Own ‘Keep Calm and Carry On’ Or Tea-mug Proclaiming That You Don’t Have To Be Crazy To Work Here But It Helps. It Basically Describes a Good Way Out Of a Bad Place. Excited People Sometimes Claim To Have Lived Near The Road And I Keep Having To Explain To Them That It Doesn’t Exist”

BLACK COUNTRY, NEW ROAD

英国最高のニューバンド、世界最高のニューバンド。デビュー作ですでに最高の評価を得て、将来が約束されたかのように思える BLACK COUNTRY, NEW ROAD。しかしこの独創的な、全員がまだ20代初頭の若者たちは地に足をつけて進んでいきます。
「せいぜい、10点中7点くらいの評価だと思ってたよ。誰もが好きになるわけはないからね。大抵、Twitter で音楽を発表しても、2割が熱狂し、5割が知らん顔、残りの3割が嫌うって感じでしょ?」
サックス奏者の Evans がそう呟けば、ベースHyde も同意します。
「私たちはただの7人のベストメイトで音楽を作っているだけなの。注目されることは名誉なことだけど、私はそれとはあまり関係がないのよ」
このケンブリッジシャー出身の7人組モダン・ロックバンドは、プレスの注目を浴びようとはしていません。彼らは結成してまだ2年半ほどしか経っていませんが、今のところプレス、マスコミの必要性を感じていないのです。なぜなら、ライブが、強烈な口コミの熱量を生み出しているからです。
今、南ロンドンのロック・ミュージック周辺で何かが勃発しています。ポストパンクやポストハードコアの枠組みを使って、アシッドフォークからクラウトロック、クレズマー、ジャズ、ファンク、アートポップ、ノイズ、ノーウェーブまで、様々な影響を受けた多様なバンドが、奇妙な新しい方法でそれらを組み合わせて、奇妙な新しい音楽を生み出しているのです。
こういった素晴らしい手腕を持つ若いバンドは、現役または元音楽学生の場合が多く、結果としてお金をかけずに実験や成長ができる練習場へのアクセスが若い才能にとっていかに重要かを示しています。実際、BC,NR のうち3人はクラッシックの教育を受けています。

BLACK COUNTRY, NEW ROAD に参加しているミュージシャンのほとんどは、何人かがそのまだ学生であった2014年にイースト・カンブリッジシャーで結成された NERVOUS CONDITIONS というバンドに所属していました。そのライブパフォーマンスはエキサイティングという言葉でさえ控えめに思え、ダブルドラマーのラインアップは、1982年の THE FALL や1993年の NoMeansNo のような雰囲気を醸し出して、BEFHEARTIAN の喧騒と BAD SEEDS の勢いまで感じさせていました。さらにグラインドコアの激しさと、憎まれ口や軽蔑の念が、瞬時に静謐な美しさに変わるような、煌びやかな輝きを携えていました。
ただし2018年1月にシンガーの Conner Browne がSNSの投稿を通じて2人の別々の人物から性的暴行を受けたと告発され、数日後にバンドは解散を余儀なくされたのです。声明の中で、Conner は告発をした2人の女性に謝罪しただけでなく、バンド仲間にも謝罪しました。
数ヶ月も経たないうちに、ほとんど何の前触れもなく、同じようなラインナップの新しいグループがロンドンと南東部を中心に激しいギグを行っていました。Conner がいなくなり、元ギタリストの Izaac Wood がフロントマンとなり、ドラマーの一人 Johnny Pyke は去りましたが、Chalie Wayne はまだキットの後ろにいます。ベースの Tyler Hyde, サックスの Lewis Evans, シンセサイザーの May Kershaw, ヴァイオリンの Georgia Ellery とお馴染みの顔が新たなバンドを彩ります。セカンドギタリストには Luke Mark が加わりました。

ただし、ラインナップが似ているとはいえ、バンドとしては(全くではないにしても)かなり違ったサウンドになっていました。BC,NR の方が優れていると、数回のライヴで明らかになります。新たにフロントマンとなった Izaac Wood の超越的で文学的なインスピレーションがバンドをさらに進化させたとも言えるでしょうか。
すでにトレードマークとなったシュプレヒコール・ヴォーカルだけではなく、個人的な経験を歌っているというよりも、歌詞の一部または全部がフィクションになっているような、物語性のある曲作り。Wood は散文、詩、韻を踏んだ連歌などを1曲の中で簡単に切り替えています。彼は、視点の変化を伴う複数の物語や、他の曲へのメタ・テキスト的な参照など、ポストモダン的な手法を用いています。
Speedy Wunderground からリリースされたデビュー・シングル “Athen’s France” のセッションで Wood は、1億再生を記録した Ariana Grade の “Thank U, Next” と、彼自身が同年に THE GUEST としてソロでリリースした “The Theme From Failure Part 1” というあまり知られていないシングルをチェックしたと語っています。これらの曲をはじめ、詩的に音楽的に確かな足取りのを並置することは、BLACK COUNTRY, NEW ROAD がどこから来ているのかにかんして、多くの手がかりを提供してくれるはずです。
では Isaac Wood がソングライターになる前は、日記を書いたり、10代の詩人であったり、熱烈なエッセイスト、PCで戦うキーボードの戦士など、文章に馴染み深い人間だったのでしょうか?
「言葉を書くことに関しては、特に長い歴史はないし、豊かな歴史もない。初期の試みはいくつかあったけど、本気で書くことにコミットした最初の記憶は、2018年の “Theme From Failure Pt.1” だった。」
この曲は、歌詞が陽気でメタモダンなシンセポップな作品でした。
「今まで寝たことのある全ての女の子に自分のパフォーマンスを評価してもらったけど、その結果は恐ろしいものだった。 あの曲は、全く同じことを言う方法が50通りもあることを証明しているんだ。」

歌詞の影響力といえば、Wood はブリクストンのザ・ウィンドミル・パブと Speedy Wunderground のレーベルを中心とした狭いシーンの中で同業者、尊敬する人たちを挙げています。南ロンドンの音楽シーンは控えめに言っても今、沸騰しているのです。彼は特に Jerskin Fendrix を称賛しています。
「自分の音楽をやっている時にはほとんど把握していなかった音楽的なコンセプトが、初めて彼を見た時にはすでに Jerskin のセットの中で完全に形成されていたんだ。彼がやったことは面白くて感動的だったけど、決してくだらないものではなかった。僕たちの関係を最も正確に表現するならば、僕は彼の甥っ子ということになるだろうね。」
それに Kiran Leonard の “Don’t Make Friends With Good People” も。
実際、BLACK MIDI, SQUID と共に、BC, NR は単なるポストパンクの修正主義者と定義することはできないにせよ、純粋に優れたポストパンクの復活を祝っているようにも思えます。もちろん、重要なのは彼らがフリージャズやクラウトロックを漂いながら1970年代後半の最高で最も突出したバンドが持っていた精神、ダイナミズム、実験性を備え、新たに開発されたジャンルまで横断している点ですが。コルトレーンの精神から SWANS の異能、TOOL の哲学まで、受け止め方も千差万別でしょう。
「彼らは僕らをもっと良くしようと背中を押してくれるんだ。彼らより優れているというよりも、より良いミュージシャンになって、より良い曲を書けるようにね。もっと練習しなきゃと思うよ」

文学的な影響については、「もちろん、僕はいくつかの本を読んだことがある。明らかに僕は何冊かの本を読んでいて、それらの本が言葉にも不確かだけど影響を与えているんだ。」 と語っていますが、具体的には 数年前に読んでいた Thomas Pynchon (アメリカの覆面作家。作品は長大で難解とされるものが多く、SFや科学、TVや音楽などポップカルチャーから歴史まで極めて幅広い要素が含まれた総合的ポストモダン文学) と Kurt Vonnegut (人類に対する絶望と皮肉と愛情を、シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した。現代アメリカ文学を代表する作家。ヒューマニスト) の名前を挙げます。
「芸術の高低の境界線を尊重していない人がいることは問題だけど、少し成功している作家はその境界線を尊重し、それを理解し、それを覆したり、操作したりしているんだよ。彼らは文化についてのつまらない一般化したポイントを作るためにやっているのではなく、実際に人々が共感できるような、感情的に共鳴する何かを言うためにやっているのだから。僕たちは皆、文化的な価値の高低という点では、高いものも低いものも経験しているけど、それらが交差したとき、あるいは境界線が存在するように感じられないとき、その境界線が取り払われたとき、それはその瞬間の感動や感情的な共鳴の一部となるんだ。それが正確に表現できれば、信じられないほどインパクトのあるものになる。だから僕はヴォネガットのような作家に興味を持っているんだ。物語に興味を持ってもらうための安っぽいトリックかもしれないけどね。でも、リスナーが風景を想像するのに美しい言葉や文学的なセンスを使う必要はないんだよ。コカコーラのように、彼らがすでに知っているものを与えて、あとは好きなものを好きなだけ詰めればいい」
意外かもしれませんが、Wood は Father John Misty の大ファンであることも公言して憚りません。
「正直、彼のことをちょっとセクシーな愚か者だと思っていたんだけど、気がつけば彼の後を追いかけていた。彼は世界最高の作詞家ではないけれど、彼の考えていることは完全に、完全に正直だからね」

Wood 自身の初期の文学的な実験としては、”Kendall Jenner” が挙げられるでしょう。ホテルのスイートルームに宿泊するTVスターを、彼らの意志に反して強引にその場を訪れるリアリティーショーの一場面。もちろんフィクションですが、Kendall (カーダシアン家のお騒がせセレブライフで知られるモデル、タレント) は自殺の前に、(私はNetflixと5HTP の申し子/私の青春時代すべてがテレビで放送されている/何も感じることができない/ジュエリーを脱ぐと私は空気よりも軽いのよ)と嘆きます。
「僕はちょうど面白いと思った物語の装置を試してみたかった。音楽の終わりは前のセクションとはかなり対照的で、物語にはある種のクライマックスが必要だと思ったので、多くのものと同じように、死で終わったんだ。この作品は、彼女の立場や場所について、あるいは彼女のファンや視聴者についてのより広い解説を意図したものではないんだ。別に視聴者の共犯性をあげつらってもいない。いつも彼女や彼女の家族の出来事を楽しんでいたからね。ストレートな物語性のある作品を作るのは初めての試みで、今振り返ってみるとちょっと刺激的すぎたかもしれない。もちろん、女性を差別する意図なんてないよ?そんなことは考えたこともなかった。」
“For The First Time” は昨年3月にイギリスがロックダウンに入る前にレコーディングされた最後のアルバムの一つであり、混乱の中で録音されたアルバムとして完全にふさわしいものだと感じられます。屹立したポストロックの冒険と皮肉なポップカルチャーへの言及に満ちたレコードは、反商業的で、リスナーが純粋なポップミュージックを期待していたのであれば間違った作品を手に取ったと言えるでしょう。
では、この作品で Wood はソングライティングの際に実際の自分に近いペルソナを採用したことはあるのでしょうか?
「最初の曲(”Athen’s France” や “Sunglasses”)では、大きな不安の中で自分を守ろうとしたときに現れる、哀れでシニカルな思考に焦点を当ててきた。だから、そうなんだと思うよ…男の内面をキャラクターで書いてきたからね。それは厄介で、時々うまく翻訳できないこともあると思うんだけど…。例えば、初期の曲では女性の描写がやや一次元的だったと思われていたのは間違いなく後悔しているよ」

カニエ、NutriBullets、デンマークの犯罪ドラマへの言及でポップカルチャーへのアイロニーを匂わせながら、不快なほどに生々しく別れの領域を掘り下げる “Sunglasses”。その機能と意味はまるでボックスを踏み続けるダンスのように、9分という時間の中でずっと続いています。傷ついた自我、嫉妬、不安、その他全てを語るこのトラックの強烈さを考えると、当然のことながら、Wood は具体的な解説を避けようとします。
「多くの人の心の中にある特定の視点から書かれている。それは信じられないほど悲観的で傲慢に感じることがある声なんだ。多くの人が初めて’Sunglasses’を聴いた時に、耳障りで擦り切れたような感じがすると思うんだ。でも実際には、音だけじゃなくかなり苛立たしげな声を出していて、かなり馬鹿げた抑揚をつけていて、それはとても泣き言で、演技的で、かなり大げさなんだよね。聞いているとかなりイライラしてしまう。他の多くの人もそうだろうね」
そもそも、ポストパンクやそれに隣接するシンガーで実際誰もが認める実力者など、Ian McCulloch, David Bowie, Scott Walker くらいではないでしょうか。Mark E Smith, Sioux, Ian Curtis, Iggy Pop への評価が突然負から正へと反転したリスナーは少なくないでしょう。
「願わくば、僕のヴォーカルをたくさん聴いて、声に対する経験がある時点で反転してしまえばいいんだけど。そうすれば、リスナーは僕の歌に夢中になり、それを楽しむようになるからね」
“Sunglasses” の異質なアレンジメントについては「この曲は、物語の中で何が起こるのかという点を、音楽的にかなり露骨に設定していると思う。説明するまでもないだろうけど。何かが起こって、最初の道とは別の道で終わる。音楽はそれを追っているだけなんだ。天才的なポップ・コーラスが書けない時には、この書き方が効果的だと思うよ」
最近まで Wood は10代でした。彼にはまだ時間がたっぷりと残されています。そして刻々と変化を続けるはずです。もちろん、だからこそ現在の曲作りには、若者特有の不安感も。
「不安が意識的に影響しているとは全く考えていないけど、とても重要な時にはよく感じるし、自然とそのことについて書いたり歌ったりするね。そして、なにかを放出する時には、単純に自分自身かなり圧倒されていることに気づくことがあるよ」

BLACK COUNTRY, NEW ROAD という奇妙な名前を Wood はプロパガンダだと説明します。
「僕たちなりの『Keep Calm and Carry On』のようなもので、ここで仕事をするのに必ずしも狂っている必要はないけど、助けになることはあると宣言しているんだ。基本的には、悪い場所から抜け出すための良い方法だと説明しているんだよ。興奮した人たちが時々、この道を知ってるなんて言うんだけど、僕はそれが存在しないことを彼らに説明し続けなければならないんだよ」
このバンドの飄々としたウィットは “For The First Time” 全編に現れていますが、特にオープニングの “Instrumental” でのおかしなキーボードリフはその証拠でしょう。通常、待望のバンドのデビュー・アルバムを紹介するような方法ではありません。Evans が紐解きます。
「奇妙だからといって、それが必ずしも悪いとは限らない。シンセのラインが目立つのはおかしいし、曲の中心になるのもおかしい。だけどそれは素晴らしいことだと思うよ。僕たちは4つのリード楽器を持っている。実際には5つかもしれない。2本のギター、ボーカル、サックス、バイオリン、そして鍵盤を使って、みんなで細部にまで気を配る必要があるんだ。細部にまで気を配っていないと、たぶん聴いていて気持ちの良いものにはならないだろうね。僕たちは我慢しなければならない。だからこそうまくいくんだ」
実験的レーベル Ninja Tuneと契約したのは、収穫でした。コンタクトはラブレターという21世紀において脇に追いやられ、枯れ果てたスタイル。型にはまらない契約だったからこそ、完璧にフィットしていたのでしょう。未知の世界への感覚も魅力の一つだったと Hyde は説明します。
「彼らが私たちメンバーの中の誰かを知っているとは思えなかった。とてもエモーショナルになったわ。私たちに契約を申し入れていた他の誰も、このような方法で感情を表現していなかったからね。彼らはわざわざそんなことをする必要はなかったけど、そうしてくれたの」
このグループがすでに若いファンの想像力を掻き立てていることに注目すべきでしょう。”Opus” を制作した最初のセッションでは、新グループと旧グループとの差別化を図るための議論があったのではないでしょうか?
「具体的にいつ、どのようにしてそうなったのかは覚えていないけど、BC,NRで何をしたいのかという理解はあったのだと思う。NERVOUS CONDITIONSを2~3年やっていたんだけど、その間に開発したものをいくつか取り入れたいと思っていたのは確かだよ。でももちろん、それまでとは違う種類の音楽を作りたいという願望もあるし、現在の作品は、僕ら全員にとってよりくつろげるものになっていると思う」
Hyde も同意します。
「感情的にも音楽的にもつながっているんだから、私たちは何かを作り続けるしかなかったの。感情的には脆くなって、もがいていたけどね」

最新シングルとなった “Science Fair” は、前衛的なギターとブラスのモンスター。Evans のお気に入りです。
「この曲はかなりストレートなものだよ。キューバ風のビート・フリップなんだ。科学的に完璧なドラム・ビートだよ」
一方、Georgia は、起源が東欧とドイツ、伝統的なユダヤ人の民族音楽クレズマーがバンドにもたらした影響を説明します。ヴァイオリンとサックスは伝統的なロックの楽器ではありませんが、クレズマーのバックグラウンドは新たな扉を開きました。
「祝賀会の音楽みたいなものよ。パーティーミュージックなの。ユダヤ文化の中で人々が集まる時に演奏されるのよ。悲しい音楽でも、かなりハッピーな音楽。でも、マイナーキーだから悲しそうに聞こえるのよね」
アルバムのタイトルでさえも、奇妙な場所から抜かれています。それは Isaac が偶然見つけた “We’re All Together Again for the First Time” と題されたデイヴ・ブルーベックのジャズ・アルバムからの抜粋でした。
曲作りのプロセスは決まっているのでしょうか?
「具体的なプロセスはないんだけど、最初のアイデアはたいてい Lewis と僕がスケッチをして、それからハーモニーを奏でることのできるメンバーがトップラインなどでそのスケッチを補強していくんだ。その後、グループ全体で肉付けをして分解し、全員が満足できるものに仕上げていくんだよ。その時にテーマを考えて、歌のための言葉をまとめるんだ。曲作りの過程で言い争うことはほとんどないね」
それはバンドのサウンドの断片の組み合わせ方にもはっきりと表れています。”For The First Time” は例えば「エキゾチックな」着色剤を使っただけのロックではありません。クレズマーとポスト・ハードコアという、表向きは全く異なる要素が反復合成されていることを考えると、このバンドにはいくつかの「異なる陣営」が存在しているのではないかと疑いたくもなります。
「確かに相対的な専門知識のポケットはいくつかある。Georgiaと Lewis はクレズマー音楽の経験が豊富で、Georgia は現在 Happy Bagel Klezmer Orkester と共演しているし、Lewis は若い頃に経験豊富なクレズマー音楽家と共演して彼らから即興演奏の仕方を教わり、それが彼の作曲に大きな影響を与えているんだよ。May はクラシックの分野に最も多くの時間を割いているし、僕はARCADE FIRE のアルバムを最も多く所有している。でも、これらの影響を受けたもの同士がお互いに争っているわけではないんだ」
Evans も同意します。
「僕たちはとても仲が良いから、誰かにアイデアがクソだと言われても気が引けることはないよ。ソングライターの中には、音楽は自分の赤ちゃんのようなものだと言う人もいるけど、それは僕たちのエートスではないんだよ。僕らは常に曲を変えているし、7人組のバンドでは手放す能力が本当に重要なんだ。独裁者にはなりたくないんだよね。他にも6人の素晴らしい才能を持った人がいるんだから、彼らを無視して何の意味があるんだろう?それは音楽を悪くするだけだ。もしそれが1人の手によるものなら、僕らの音楽はクソになっていただろうね」


そもそも、千年紀の変わり目に生まれた多くのミュージシャンのように彼らはバンドの音楽をそのような臨床的カテゴリーに当てはめることには全く興味がないようです。Hyde が続けます。
「ロックの方が簡単だと思うこともあるけど、ポップの方が簡単だと思うこともあるわ。一つのものに留まる時間はほとんどないから、それを何か呼ぶのは無意味だと思うのよ」
しかし、それでもこれは Isaac Wood のバンドなのでしょうか?不可解な答えが返ってきます。
「BLACK COUNTRY, NEW ROAD が “僕のバンド” というのは、クラッシュした車に乗っていたオーストラリア人の男が “仲間を待っていた” のと同じ意味だ。少なくとも、私はアル・ゴア副大統領のように広く尊敬されている」
ダイナミクスとは何か、インパクトとは何かを再評価することもバンドにとって重要な課題でした。Hyde が説明します。
「当たり前のことのように思えたけど、非常に静かなパートと非常にラウドなパートを使い分けるというシンプルなテクニックは、曲の中で進行や物語のような構造を作り出すのに役立ったわね。それに静かに演奏することで、楽器を切り取ることができるということも学んだわ。ヴァイオリンとサックスは、しばしば音を非常に拡張的にしているわね。それが、よりオーケストラ的で映画的なアプローチにもつながっている。曲の中には、引き込まれるような音楽の波があるの」
たしかに、BLACK COUNTRY, NEW ROAD の音楽は少なくとも、絶対的な新しさの前衛ではないかもしれません。ただ他の誰とも似ていないというだけで、たとえ構成要素のほとんどを挙げることができたとしても、それは明らかに十分すぎるほどの眩しさでしょう。
「SLINT を崇拝してるからね。信じられないくらい良いバンドだ。だから比較されても気にならないよ」
とはいえ、SLINT, SONIC YOUTH, OXBOW, COWS, TORTOISE, BATTLES, TALK TALK TALK。誰かが彼らが他のバンドと「全く同じ」ように聞こえると主張するたび、その誤りを正すのは簡単です。もちろん、ポップカルチャーは今、より粒体化されているような気がしますし、至る所でつながりがあり、すべてが奇妙かつ予測不可能な形で機能しています。
例えば、もし誰かが BC,NR を SHELLAC の模造品だと非難したいのであれば、まず最初に考慮しなければならないのは、サックス、ストリングス、シンセを使ったクレズマーと自由な即興演奏、次に、彼らのグローバルなポップカルチャーへの没頭でしょう。さて、では彼らの新たな道のりは次にどこへ向かうのでしょうか?

「最初は ARCADE FIRE みたいになるって冗談を言ってたんだ。当時はそれが面白かったんだけど、僕らは結果的にそういう感じのアルバムを書いたんだ。今はカンタベリー・シーンのことを冗談にしているんだ。だから、もしかしたら3作目にはリュートが出るかもしれない。少なくとも20%の人が聴いてくれることを願っているよ」
“Track X” は次の作品にとっての “X ファクター” となるかもしれません。
「Track X ” は、新しい作品がどんなものになるのか、ちょっとしたアイデアを与えてくれる区切りのようなものだ。でも、これまでとは違うものになるだろうね。奇妙な音や無調なもので表現するのではなく、曲作りの中に奇妙さを埋め込んでいくんだよ。複雑な不規則性でね」
その名前が示すように、「Black Country, New Road」にはまだ目的地はなく、ただただ速度と逃避感、そして懸命に稼いだ自由があります。絶対的な可能性を秘めているのはたしかです。日本でそのライブパフォーマンスが目撃できるのはいつになるでしょうか?

参考文献: The Quietus:Making Good Their Escape: Black Country New Road Interviewed

The Quietus:Frenz Experiments – Black Country, New Road Interviewed

DIY Mag:CLASS OF 2021: BLACK COUNTRY, NEW ROAD

The Guardian: Interview ‘30% hate us, 50% don’t care’: Black Country, New Road, Britain’s most divisive new band

ファラ:Black Country, New Road “For the First Time”

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【COUNTLESS SKIES : GLOW】2020’s OPETH FROM UK


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JAMES PRATT OF COUNTLESS SKIES !!

“Maybe, Some Of The People Who Miss The Death Metal Elements Will Enjoy Glow. I Think If Nothing Else, It Has The Diversity That Was Found In Early Opeth.”

DISC REVIEW “GLOW”

「”Glow” では、プログの要素をより多く取り入れて、他の音楽からの影響も取り入れた。僕は今も自分たちのサウンドを保ちたいと願っているんだ。ただし、新たなダイナミックな方法でね。今は自分たちのサウンドを見つけ始めていると思う。」
メロディックデスメタルは多くのファンに愛されるジャンルですが、あまりにそのサウンドが明確なため、90年代初頭の予定調和が繰り返されるだけという側面も否めません。実際、21世紀以降、この場所に新鮮な空気を持ち込んだ異能は数少なく、DARK TRANQUILLITY, INSOMNIUM, OMNIUM GATHERUM といった創始者に近い英傑たちに進化を委ねるしかありませんでした。
「僕たちは BE’LAKOR の大ファンなんだ。彼らは、自分たちの良さの基本を守りながら、常に変化し、新しいサウンドを探求しているバンドだからね。彼らの最新アルバム “Vessels” は、音楽的にも非常に異なるものになっている。」
僅かな例外の一つが BE’LAKOR で、彼らのプログレッシブな旅路が多くの後続を勇気づけたことは間違いありません。北欧のメランコリーからかけ離れた高級住宅街、イングランドのハートフォードシャーに現れた COUNTLESS SKIES もそんなバンド一つです。BE’LAKOR の名作 “Stone’s Reach” のファイナルトラックをバンド名に戴き、彼らの最新作 “Vessels” と自らのデビューフル “New Dawn” のリリースデートを合わせこむ COUNTLESS SKIES の BE’LAKOR 愛は本物。ただし、受け継いだのは音楽性そのものではなく、挑戦者の哲学とスピリットでした。
「有能なバンドを際立たせているのは、メタルをはるかに超えたところから影響を受け取り入れる能力だと思うからね。プログメタルは、他のジャンルのように特定のサウンドに限定されていないから好きなんだ。僕たちはメロディックデスメタルの観点からプログレッシブメタルに取り組んでいるんだ。」
BE’LAKOR や INSOMNIUM に薫陶を受けたデビュー作はあくまでプロローグに過ぎませんでした。オペラティックな歌声、プログレッシブな楽曲構成、メタリックな感性を刺激するテクニカルな嘶き、そしてストリングスやクワイア、メロトロンの優雅で重厚なノンメタルな響き。その全てがタペストリーの如く、メロディックデスメタルの下地へと幾重にも重ねられていきます。
「今回はオーケストラの要素がとても楽しかったね。使用した楽器は、それぞれの曲のアイデンティティーの大きな部分を占めていると思う。」
英語には Glow と Grow Up を掛け合わせて「大きく変貌を遂げる」という意のスラング Glow Up が存在しますが、COUNTLESS SKIES の最新作 “Glow” はまさに Glow Up な傑作です。
ブラストビートに重なる ANATHEMA、メロデスの DEAFHEAVEN とでも形容したくなる鮮烈なオープナー “Tempest” は、”We’re Here Because We’re Here” と同種の希望やエナジーをもたらすオレンジの嵐。BLIND GUARDIAN のゴージャスさえ纏った “Summit” の一方で、INSOMNIUM 直系の獰猛とメランコリーを伝える “Moon” はエセリアルなピアノの響きと共にバンドの出自を示し、夕映えに佇む月の哀愁を物語るのです。
「デスメタルの要素を恋しく思っている人たちの中には、”Glow” が楽しめる人もいるかもしれないね。何より、初期の OPETH に存在した多様性を持っていると思うから。」
極め付けは、3楽章20分から成るタイトルトラックでしょう。メロトロンにストリングス、フォーキーなダンスに現代的アトモスフィア、エアリーなハーモニー、そのすべてを抱きしめ OPETH の哲学で裁縫した空の織物は間違いなく20年代を代表するプログエピックでしょう。プログメタルとメロデスが鬩ぎ合いながら幕を引くエンディングは鳥肌もの。もちろん現存するバンドですが、それでも2020年の OPETH と信じたいほどに遺産を気高くアップデートしているのです。
今回弊誌では、リードギタリストにしてコンポーザー James Pratt にインタビューを行うことができました。「BLMを公に支持している人々に対する反発が大きかったことを覚えているよ。ああいった混乱の時には、人々と関わることが大切だと思うね。偏屈な人は常に存在するけれど、中には誤った情報を持っている人もいて、なぜそれが重要なことなのか、きちんとした説明を必要としている人もいるんだから。」FORWARD. THINKING. METAL.は空に映える。どうぞ!!

COUNTLESS SKIES “GLOW” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【INGESTED : WHERE ONLY GODS MAY TREAD】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JASON EVANS OF INGESTED !!

“The Problem Before Is That a Lot Of The Bands That Were Around When Ingested Started Just Didn’t Stick It Out Through The Bad Times, The Years When Metal Wasn’t Quite As Popular. It’s Nice To See The Scene Flourishing Again, When The UK Metal Scene Is In Full Swing, It’s One Of The Best In The World.”

DISC REVIEW “WHERE ONLY GODS MAY TREAD”

「今の UK シーンには本当に才能があって努力しているバンドがたくさんいるからね。英国において問題だったのは、INGESTED が始まった頃にいたバンドの多くが、メタルがそれほど人気がなかった悪い時代を乗り越えようと頑張らなかったことなんだ。」
LOATHE, VENOM PRISON, EMPLOYED TO SERVE, SVALBARD。2020年。デスメタルの強烈なカムバックを支え、デスコアの鋭き毒牙を研ぎ澄ますのは、疑問の余地もなく英国の若武者たちです。そうして様々な手法で音楽のリミットを解除し、境界線を排除する重音革命を最前線で牽引するのが INGESTED だと言えるでしょう。
「”デスコア” でも “スラム” でも何でもいいんだけど、僕たちはもう自分たちを狭いジャンルに押し込めたいとは思わないんだ。ただ、僕たちのアルバムがデスメタルのジャンルの多さを物語っているのは間違いないと思う。このアルバムにあるのはどんなエクストリームメタルのファンでも何かしら愛せる部分を見つけられる影響ばかりなんだから。」
たしかに、かつて “UK のスラムキング” と謳われた4銃士がここ数年で遂げたメタモルフォーゼの華麗さには、眼を見張るものがありました。特に、アトモスフィア、ブラッケンド、そしてメロディーのロマンチシズムを吸収したEP “Call of the Void” には次なる傑作の予感が存分に封じられていたのです。
「子供時代は完全に SLIPKNOT キッズだったんだ。”Iowa” は僕の時代で、僕の子供時代全てなんだ。FEAR FACTORY や LAMB OF GOD, PANTERA, CHIMAIRA なんかが大好きだったけど、中でも SLIPKNOT は僕の人生を変えてくれたバンドで、”Iowa” を聴いてからずっとメタルバンドになりたいと思っていたのさ。」
完成した最新作 “Where Only Gods May Tread” は予感通り、メタル世界の誰もが認めざるを得ない凄みを放っています。結局、INGESTED がメタルに再び人気を取り戻し進化へ導くための努力、多様性の実現、言いかえれば彼らの底なしの野心は、自らの心臓が送り出す凶暴な血潮をより赤々と彩るドーピングの素材にしかすぎませんでした。まさに摂取。まさに消費。真実は、根幹である暴力と狂気に対する圧倒的心酔、ルーツへの忠誠こそ、バンドの信頼性を極限まで高めているのです。
実際、オープナー “Follow the Deciever” からその無慈悲な残虐性はなんの躊躇いもなくリスナーへと襲い掛かります。ただし、INGESTED の拷問方法、地獄の責め苦は非常に多岐に渡り周到。知性際立つグルーヴの氾濫、唸り吸い叫ぶ声色の脅威、アコースティックやオリエンタルで演出するダイナミズムの落とし穴。つまりリスナーは、全身に猛攻を浴びながらも、常に新たな被虐の快楽に身を委ねることができるのです。
それでも、CROWBER/DOWN の Kirk Windstein が歌心の結晶を届ける “Another Breath” に対流するメロディーのきらめきは INGESTED にとって新たな出発点の一つでしょうし、なによりプログレッシヴで紆余曲折に満ち、ビートダウンの猛攻が蠢く過去とより思慮深くメロディックにアトモスフェリックに翼を広げる未来とのギャップを見事に埋める9分のエピック “Leap of the Faithless” はモダンメタルの可能性を完璧なまでに証明する一曲となりました。
今回弊誌では、七色のボーカル Jason Evans にインタビューを行うことが出来ました。「僕たちは、音楽であれ、メディアであれ、映画であれ、人生経験であれ、周りのあらゆるものに影響を受けているよね。これらのものは、人としての自分、バンドとしての僕ら、そして自分たちが作る音楽そのものを形作っているんだ。だけど、これらのものはまず消費されなければならなくて、”摂取” されなければならないんだよ。」 どうぞ!!

INGESTED “WHERE ONLY GODS MAY TREAD” : 9.9/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【BIFFY CLYRO : A CELEBRATION OF ENDINGS】


COVER STORY : BIFFY CLYRO “A CELEBRATION OF ENDINGS”

“I Want To Remind People What Rock Music Is All About,I Think This Is a Vibrant Guitar Record And I Don’t Feel That I’ve Heard a Lot Of Them Over The Last Few Years.”

FIND A HOPE IN CHAOS

「ロックミュージックとは何かを思いださせたいんだ。これはギターが躍動するレコードだよ。ここ数年、あまり聴いたことがないようなね。」
BIFFY CLYRO はチャートを席巻する英国で最も人気のあるバンドに成長しています。それも当然でしょう。Simon Neil の言葉は決してただのクリシェやポーズではありません。細部に至るまで、ロックサイエンスの粋を尽くして制作された8枚目のレコード “A Celebration of Endings” は、ロック、ポップ、メタル、オルタナティブ、さらにクラッシック、ヒップホップまでもがシームレスに配合された、ダークな2020年にもたらされる極上の特効薬なのですから。
「このアルバムは喜びの瞬間を共有する作品だよ。人生において喜びを持つことには、罪悪感がつきまとう。それでも俺たちは喜びの時間を過ごさなければならないと思う。それがこの暗闇の中で生存するための、唯一の方法だから。人々は、音楽を生活の中に取り戻そうとしていると思う。」
Ben Johnston は “A Celebration of Endings” が暗闇にさす光、混沌に見いだす希望だと信じています。しかし、リリースまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

「ロックダウンが始まったとき、俺たちはバンドをやっているように思えなかった。何しろ俺たちはデフォルトが自尊心の欠如で、自信を持つためには何かをしていなければならないから。だから、4ヶ月間何もしなかったことと、アルバムの発売が延期になったことで、本当に不安になったんだ。言葉にするのは難しい。3人で音楽を作っている時の方が安心感があるんだよね。」
“A Celebration of Endings” は叫びの結集です。鬱病とともに生き、自信を取り戻すため戦ってきた Simon Neil は、2016年の自由奔放な “Ellipsis” ではじめて自分自身の外に目をやり外界からインスピレーションを取り入れました。
「若い頃は、政治と個人的な事柄をわけて考えていたけど、今の世界ではそうはいかない。世界は正しい方法で変わる必要がある。」
それまでは、自らの政治思想さえ芸術へこぼれ落ちることはありませんでした。時を同じくして、世界の闇を具現化したようなコロナウィルスによる “混乱と不安” が襲い掛かります。
「現実は当分の間、俺たちの手から引き剥がされているんだ。僕らはいつもこのバンドをスピリチュアルで家族的なものだと考えてきたんだ。だから、それを壊すようなことが起こると、悲嘆にくれる時期がある。それに加えて、Brexit、不安の増大、分裂など、当時の世界で起きていたことが加わって、足元から完全にカーペットか引き剥がされたように感じたんだ。俺の歌詞のほとんどは、かなり暗いところから始まっていると思う。まあ創作をしているときのモチベーションには本当に悲しかったり、怒ったりすることが必要なんだろうな。それは必ずしも健康的なことではないけど….とにかく、俺たちの基盤が変化し、社会がひねくれていると感じたんだ。」

“A Celebration of Endings” は “強制された変化” をさまざまな角度から探るレコードだと言えるのかもしれません。”North Of No South” で世界の指導者たちを “嘘つき、クソ独裁者” と非難し、”Opaque” では Simon の創作意欲を削ぐ音楽のビジネスのフラストレーションを拾い上げました。
「これまでは暗いレコードだよね。俺に光が差し込むのは、たいていしばらくしてからなんだ。このアルバムのポジティブさは、自分の代わりに何かをしてくれる人はいないということに気付いて生まれたんだ。7枚目のアルバム”Ellipsis” は、非常に傷つきやすいアルバムだったと思う。その後誰かが俺らの土地に来て、全部持っていかれた気がしたんだ。壊れたものを拾い上げなければならなかった。自分が本当に大切にしたいものに気づくのはそんな時だ。変化は誰にとっても怖いものだけど、変化は良いことであり、状況を良くするチャンスでもある。俺たちがコントロールできるのは自分自身なんだから。君はどこにいて何をやってる? まずはそこから始めよう。」

“A Celebration Of Endings” は、緊張感と波乱に満ちた作品に仕上がっています。若い頃の混沌としたオルタナティブロックと、この10年で彼らが得意としてきたアリーナを埋め尽くすような爆音が複雑に調和し、さらには彼らの大ヒット曲の基盤となっているポップな感性が活かされているのです。
「波乱に満ちたレコードだよ。それが僕らのバンドの特徴だと気付いたんだ。俺は自分が聴いているバンドが変化を遂げないことに我慢がならないんだ。16歳の時 RAGE AGAINST THE MACHINE の “Evil Empire” を聴いて激怒したのを覚えているよ。彼らのデビューアルバムとリフがそっくりだったから。1997年の WILL HAVEN のアルバム “El Diablo” を聴いたばかりだったんだけど、なぜ RATM がああいう風にならなかったのか理解できなかった。不条理だけどね。(笑) つまり、時々、俺は ROXETTE のような曲を書きたいと思うことがあるんだけど、次の瞬間には、Sunn O))))のような曲を書きたいと思っているんだ。どうやって聴きやすいアルバムを作るかじゃなく、どうやって聴きにくいアルバムにするのか。自分自身を明らかにし始めるレコードにしたかったんだ。」
Simon にとってリスナーが予想可能なものを制作することに意味はありません。
「すべては前作に対するリアクションなんだ。”Ellipsis” では様々なサウンドが常に楽曲を彩っていたけど、今作にはリフだけの瞬間も、ボーカルだけの瞬間も存在する。リスナーの意識を洗い流すよりも、意識の中にスナップさせたかったんだよ。”Worst Kind Of Best Possible” はまさにそんな曲さ。大混乱が続いているんだけど、まだ人がその真ん中にいるんだよね。世界の終わりのように聞こえるけど、その真ん中に人間がいて、何かを得ようとしているんだ。」
もちろん、ロックミュージックは BIFFY CLYRO にとってすべての本質です。
「俺たちの本質は、3人が部屋の中で演奏していることだ。全ての曲はその中で機能する必要があるんだ。リードシングル “Instant History” でさえ、多くの人がEDMスタイルの曲だと奇妙に表現していたけど、俺らのバンドの鼓動とハートビートを持っていることを知っておく必要があるんだ。」


素直に考えれば、”A Celebration of Endings” は驚きと喜びを同時にもたらすエンターテイメントと言えるのかも知れませんね。激しいパワーポップと MUSE のキメラ “North of No South”, 甘やかなディズニーの子守唄 “Space”, メタルとヒップホップ、そしてモーツァルトの壮大な婚姻 “Cop Syrup” までエクレクティックなアトラクションが列をなして待っています。
一方で、自らの内側、社会の闇を吐き出すようなデザートロック “Weird Leisuie” のような楽曲が BIFFY CLYRO の成長と社会的な再評価を浮き彫りにします。
「古くからの友人についての楽曲だ。コカイン中毒で壊れてしまった。彼は間違った道を選び、自分の世界が閉ざされるような厄介な状況に陥ってしまった。助けようとしても振り出しに戻ってしまう。幸い今は良い場所にいて抜け出そうとしているけどね。人は何にでも適応できる。変化を恐れるべきじゃないよ。窓の外をみてみなよ。全てを手にすることができる。人生を手にすることがね。ただ、過ぎ去っていかないようにしないとね。」
ゆえに、タイトルの “A Celebration of Endings” にも深みが増します。
「マヤ文明は2012年に世界が終わると予言していた。俺の理論だと、その通り世界は終わったんだ。予想外の方法でね。人間が意思を放棄して無知になったんだよ。だからこのアルバムは、自らの価値観をリセットするために、自分の最低点を認識することをテーマにしているんだ。そんな中でコロナ危機が起こった。まさに僕が話していることが現実になっているよね。例えばボリス・ジョンソン首相の怠慢だよ。ヤツは凶悪な脂肪の塊さ。NHS (国民健康保険) は今アンタッチャブルな存在であるべきだし、必要なのは食料と健康と家だ。キーワーカーは絶対に低技能労働者じゃないし、彼らが必要だ。政府よりも NHS が必要なんだ。俺が40になったことも関係しているだろうが、自分勝手で自己中心的な人間には我慢ができないよ。」
これはドナルド・トランプの “人間の命よりも経済”、そして売上のため不安を煽るマスメディアへの辛辣な批判です。そしてこの怒りは権力を振りかざす傲慢で無能な一部の特権階級が火種でした。ジェームズ・ボンドを題材とした “The Champ” にもその怒りの炎は注がれています。
「今、社会において自分の立ち位置を知らない人間はおそらくサイコパスだよ。ボンドは世界最高のスパイで、部屋の中にいても気づかれない。つまりこれは、自分の意見を発しなければいけないときに、それを口にしない人たちをスパイに例えているんだ。」

世界的なパンデミック発生から1年。混乱というテーマはさらに顕著になっています。
「今の俺には、曲に込められたメッセージの方が重要だ。足元の砂が変化してしまったんだから。誰にでも起こっていることだよ。大切にしてきたもの、人生で頼りにしてきたものがまったく変わってしまったんだから。そしてみんながすべてに疑問を持ち始めている。だけどその変化をポジティブに捉えるべきさ。価値観をリセットすることができたんだから。変化を起こそうと気づく時なのさ。俺はいつも、曲を作ってレコーディングするだけでいいと思っていた。だけど、このパンデミックを経験してツアーは俺らのアイデンティティーの重要な部分で、DNAの中に存在すると気づいたね。この時期があったからこそ、このバンドを永遠に続けていきたいという気持ちが強くなったんだ。」
“息ができないような場所にいたことがあるか?” COVID や BLM を予見させる “North of No South” のリリック。
「起こったすべてのことで、俺とこのアルバムの関係は変わってしまった。政治とかそういうことじゃなく、正しいか間違っているか。共感するかどうか。コミュニティーについての話さ。」

BIFFYISTORY

90年代半ば、英国に登場したトリオのティーンネイジャー BIFFY CLYRO はポストグランジ・ブリットロックを象徴する衝撃と混乱、そしてインテンスを纏っていました。
マスロックと甘やかなコーラスを同居させ、不器用なフックや不可思議なリリックを意図的に配置する変態の確信犯。
「バンド名に至るまで、何でもかんでも捻くれた捉え方をするのは実に俺たちらしいんだ。だから当時、20年後にまだ音楽をやってるのは俺たちだなんて言ってたら笑われていただろうな。」
1995年、BIFFY CLYRO を結成した3人は、すぐになりたくないものを定義しました。英国がブリットポップに染まっていた中、トリオは否応なしに “Wander Wall” や “Live Forever” の再現を見込まれたのです。
「あり得ないと言ったよ。俺たちは OASIS が嫌いなんだ。だから真逆のことをやりたくなったね。そうやって自分たちのために物事を難しくする、ハードルを上げることは悪くないよ。だって当時はどんなバンドも、半年もすれば OASIS のようなサウンドになっていたからね。それがベストな選択肢だと思っていたんだろう。だけど俺たちは違ったんだ。全く違う言語が存在することを知っていたからね。」
Simon の言う全く違う言語とは PANTERA の “Far Beyond Driven” でした。彼は OASIS とは異なる “俺らは誰よりも強い” マインドのこのアルバムが驚くべきことにアメリカで1位を獲得したことも理解していました。つまり Simon は全く別の方法が存在することを知っていたのです。


Beggars Banquet から3枚のレコードをリリースした後、3人のスコティッシュは当然のようにロンドンへの移住を拒否。観客への挨拶すら拒否していた彼らが初めて挨拶をしたのは、ウェンブリー・スタジアムでの MUSE のサポートライブでした。
「やあ、BIFFY CLYRO だよ!って挨拶するだけで全然違うことに気づいたんだ。それまでは自分たちがまるで観客のお気に入りみたいにして出て行ってた。今考えるととてもナイーブだったよね。まあでもそんな頑固な所は、今も残っているんだけど。」
2007年、彼らが Warner と契約し、アリーナへ向けた音楽 “Puzzle” でメジャーリーグへ飛び込んだ事件は驚きでした。
レコーディングの数ヶ月間に亡くなった Simon の母へ捧げられたアルバムは、以前よりも、アクセシブルでインパクトのある音像を湛えていました。もちろん、プログレッシブな変質者の側面は保っていますが、それでも SUNNY DAY REAL ESTATE の流れを汲んだエモーショナルなオルタナポップロックは聴くものの心まで溶かしたのです。結局、Radio One を席巻し、UKアルバムチャートで2位を記録した “Puzzle” 以降、レディングやリーズでヘッドライナーを務めるなど BIFFY CLYRO は押しも押されぬメインストリームの仲間入りを果たしたのです。
「最近はすぐ曲を書けるようになったけど、そんなことはしたくないんだ。重要なのはレコードを作ることじゃなく、レコードを作る理由を持つことだから。それが俺のモチベーションを維持しているんだよ。」

あまりにも不器用で利益に無頓着だった BIFFY CLYRO。しかし Warner Bros. の Alex Gilbert は彼らのノイズと複雑怪奇なタイムシグネチャーに耳を傾け、ポップセンスの胎動を見抜きました。そうして Storm Thorgerson デザインのアートワークを使用した第二幕の幕開け “Puzzle” は、母親の死に Simon が感じた悲しみを、斜め上の優れた芸術作品へと錬金術で変貌させたのです。
「メジャー足を踏み入れたときでさえ、俺はまだ劣等生だと感じていた。次の大物として書かれているバンドはほんの一握りだったし、俺らは決してそんな風に書かれていなかったから。でも、俺はこのバンドが特別な存在で、他のグループよりも優れているとは言えないまでも、同じくらい優れていると感じていたんだよ。」と Simon は語ります。たしかに、00年代半ば、”英国ギターミュージックの未来” ともてはやされた BLOC PARTY, KAISER CHIEFS, THE HORRORS といったバンドの中で、BIFFY CLYRO と同等の成功、独立心を発揮したのは ARCTIC MONKEYS だけでしたから。
「俺らにはどこにも居心地の良い場所がないんだ。そうやってどこにも馴染まないことに満足している。ポップな人にはちょっとヘヴィーすぎて、メタルな人にはちょっとポップすぎる。だけどそのかわり、どんなフェスでもヘッドライナーを務めることができるんだよ。」


悪戯、ハートブレイク、カオスの混合物は BIFFY CLYRO にしか作れないと Simon は主張しますが、バンドから離れてもグリッチ/ドローン、グラインドコア、ファンタジーノイズファンクなど様々なプロジェクトで刺激的な音楽を創造し続けています。
「俺はいつだって “商業的なアーティスト” になりたいとは思っていないんだ。俺たちはポップスの中でもメジャーレーベルに所属しているけど、それでも変な音楽を作っている。60歳になっても、感嘆符と疑問符の両方を持っていたいんだよ。もし俺たちがあまりにもストレートになりすぎた時は、引退の時だろう。」
つまり、BIFFY CLYRO は成長しても成熟することはないのでしょう。
「洗練されたロックなんて雰囲気に落ち着きたくないんだ。俺にはカオス、アナーキー、それに “ファックユー “が必要なんだよ。ヒップホップにはそのアティテュードがある。だからロックがそれを失うわけにはいかないじゃないか。成熟なんて俺たちじゃない。優雅に年を取りたくないんだ。黒のトレーナーとシェードを着て、クールなクソポーズを取りたくないんだ。そんや服どこで買うんだ?いいかい、人生では常に高いところを目指すんだ。失敗したって構わない。何もしないよりましさ。」


Simon は7歳の時、近くのキルマーノックで Johnston の双子の兄弟に出会いました。トリオは最近、それぞれ40歳の誕生日を迎えましたが、その間、彼らは切っても切れない関係を築いてきたのです。いつもお互いのジョークに、常に心を込めて笑っているのですから。2013年のダブルアルバム “Opposites” 制作時の Ben のアルコールとの戦い、あるいは “A Celebration Of Endings” をめぐる試練の時期を考慮しても、ここ数年で絆はさらに強まっています。
「バンドとしての俺たちの原則、やり方は変わっていない 。中心となるのは3人で、肩にはちょっとしたDIYのチップを乗せている。人として、そして集団として経験してきた変化は、すべて自然に起こったことだ。だからバンドから学んだことを自分たちの人生に、そして人生から学んだことをバンドに取り入れることができたんだ。」

参考文献:Telegraph:Biffy Clyro interview: ‘We wanted to be the opposite of Oasis’

KERRANG!:THE MORE THINGS CHANGE: HOW BIFFY CLYRO FOUND HOPE IN CHAOS

NME:Biffy Clyro: “Life can be yours – just don’t let it pass you by

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