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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【PLINI : MIRAGE】


COVER STORY : PLINI “MIRAGE”

“I Guess I’m Trying To Change The Weather In My Songs.”

MIRAGE

オーストラリアのギター・マジシャン Plini は、これまでもドリーミーでエセリアルなその音楽と、際立ったトーンに華麗なハイテクニックでその名を轟かせてきました。そして最新EP “Mirage” では、蜃気楼の名の通り、これまで以上に常識と典型を破壊しています。Plini は決して一つの場所に留まるようなギタリストではなく、新しい領域を探求する生来の欲求が、この作品ではこれまで以上に直感的に表現されているのです。
「あるひとつの方向に進むのであれば、可能な限りその方向に進みたい」と、Plini はその情熱をのぞかせます。「EPに収録されている奇妙な曲については、純粋に奇妙であることを理解していた。HUNAN ABSTRACT のギタリストだったA.J. Minette と一緒に仕事をしたんだけど、彼は物事が奇妙で間違っていることにすごく抵抗がないんだ。だから、ギターや弦楽器のチューニングは微妙にずれているし、演奏される音は必ずしも直接的なキーではないし、ギターの音色は擦れている。でもそれが興味をそそるんだ」
彼のトレードマークである明るいサウンド・テクスチャーと美学を歪めたいという願望は、オープニング・トラックの “The Red Fox” で明らかとなります。スキップするようなリズムとしなやかなフュージョン・リードを土台に、陰影とリバーブのかかったリード・トーンと繊細だが不穏なストリングスの色合いを経て、曲はよりダークな展開を見せます。
「ÓlafurArnaldsというアイスランドの作曲家がいるんだけど、彼は弦楽器が普通のオーケストラではやらないようなアレンジをたくさんしているんだ。ミュージシャン全員が同じ音をランダムなタイミングで演奏することで、群がるようなサウンドを生み出しているんだよ。ストリングスは、ハリウッド映画のような超甘美なアレンジにする必要はないんだ」
“Mirage” は、10月のサプライズ・シングル “11 Nights” を除けば、2020年のアルバム “Impulse Voices” 以来の新作となります。このアルバムで、彼はフォーマットの自由を受け入れました。EPはインスト向きのフォーマットだと Plini は気づきました。
「20分以上のインストゥルメンタル・ミュージックを書くのは難しいんだ。歪んだギターが歌詞になるんだから、まったく違うことを言うのは当然難しくなる。
でも、EPというフォーマットはインストを探求するのにとても楽しい方法だと思う。アルバムよりも敷居が低いように思える。いろいろなことを試してみて、何が有意義で楽しいと感じるかを知るチャンスなんだ。音楽ファンとして、バンドが同じことを繰り返し始めると、僕は興味を失う。一方で、バンドが思い切った新しいことをするのを見ると、必ずしもその新しい方向性のすべてが好きでなくても、興奮するんだ」

インストゥルメンタル・ミュージックがリスナーの注意を引きつけるには限界があることを自覚しているPlini は、だからこそ、リスナーの期待を裏切るようなひねりや驚きを常に探していることを認めています。
「それが僕の作曲の大きな原動力なんだ。”Red Fox” では、アレンジの色は変わらない。ドラム、ベース、リズム、クリーン・ギター、リード・ギターも同じで、ギターのトーンも変わらない。でも、あの曲は甘いハーモニーから、より半音階的でダークなサウンドになる。視覚的な例で言えば、座って広大な景色を眺めていて、とても明るかったとしたら、突然雲が流れてきて雨が降り始める。同じ景色を見ているのに、天気が変わってしまったような音楽。僕は自分の曲で天気を変えようとしているんだと思う」
曲がりくねった7/4の唸り “Still Life” から、狂ったチューニングの迫り来る雷が鳴り響く “Five Days of Rain” の曇天まで、EPの5曲は悪意という名の意外性と奇抜な創造性で彩られています。しかし、彼が愛するリディアン・スケールの夢想的な響きは健在で、それが喧噪の中に光を散りばめているのです。リディアン・スケールは、彼が “クレイジーなエレクトリック・ギター・ミュージック” と呼ぶ音楽にのめり込み始めた頃、Steve Vai や Joe Satriani を夢中になって聴いているうちに好きになった魔法で、そのシュールな美学こそがリディアン・スケールの魔法だと Plini は疑いません。
「なぜだかわからないけど、(スケールで) 4番目の音を半音上げるとファンタジーのように聞こえるんだ。普通の4番目の音が僕たちの住む世界だとしたら、半音上げた4番目の音は、すべてがもう少しカラフルになった世界。それが僕が時間の大半をかけて喚起したいムードなんだよ。
アートワークもそう。現実的ではないけど、認識できるものが含まれているジャケットはたくさんある。でも、”Mirage” はもっと抽象的で、それは音楽でもやろうとしていることだと思う。ピカソの絵を見て、それが音楽としてどう聞こえるかを考えるようなものだ。どうすれば抽象的になれるのか?ってね」
典型の破壊といえば、前述の “Still Life” では、Plini が中東の弦楽器ウードを演奏しています。
「ロックダウン中に覚えたら楽しいと思ったんだけど、クッソ難しかった」

さらに重要なのは、この曲には ANIMALS AS LEADERS の Tosin Abasi がコラボレートしていること。彼もまた、このEPの捻くれた性格に拍車をかけています。
「彼は、僕とは全く違う、とても独特なひねくれた、エッジのある声を持っている。ソロを分け合う時、それは重要なことなんだ。
Tosin と一緒に仕事をするのは、必然的なことだった。彼は僕らの世代のギタリストの最前線にいる。なぜなら、彼は可能な限りクレイジーなことをやってきたし、前の世代と比べて新しいことをたくさんやってきたからだ。もちろん、僕は最高のギタリストとコラボレーションしたいからね」
Steve Vai が Plini を “卓越したギター・プレイの未来” と称賛したのは記憶に新しいところ。しかし、そのような “十字架” が、のんびりとしたオージーにプレッシャーを与えることはないのでしょうか?
「それはとても非現実的な出来事だった。でもね、僕にとって彼の言葉は、心配するよりも、今やっていることを続けろというサインだった。
ヴァーチュオーゾ的に演奏しなければならないというプレッシャーを感じることもあるかもしれない。でもね、結局人々がそれを期待するというよりも、僕が無意識のうちにギターの狂ったような演奏を聴くのが好きだから、そうなるんだ」
Vai と同様、Joe Satriani も Plini にとっては “師匠” の1人。2人とも、ギターをまるでボーカルのように扱います。
「サッチの演奏の好きなところはそこなんだ。彼は最もシンプルなメロディーを弾くし、フレージングも完璧だ。ビートに対する音の置き方が、いつも完璧で、ビブラートもいつも素晴らしい。
彼は本当に音を選んでいるのではなく、レモンのようにギターをジュースにして音を絞り出しているような気がする。彼は私に大きなインスピレーションを与えてくれた。だから、比較されるのはとてもうれしいよ」

もっといえば、Plini にとってギターとは声そのもの。
「僕はリード・ギターはボーカルだと思っているんだ。もちろん、テクニカルな音楽も好きだけど、シンプルな音楽も好きだ。ギタリストが何か派手でクールなことをするまでに数分かかる方が、ノンストップでクレイジーなことをするよりもエキサイティングだと思うんだ。だから、シンプルな部分と複雑な部分をミックスさせるのが好きなんだ」
メタルが背景にあることも、Plini の強みです。
「普通の人はライブに行ってまずはシンガーの歌を聴くだろう。だから、そのシンガーが突然叫んだらかなり耳障りだろう。でも、僕のような人間にはそれがまったく普通で、ただそこに立って微笑んで楽しむだけだ。僕は音楽全般に対して同じような態度を持っていると思う。不協和音的なソロやコードも、本当にシンプルなものや高揚感のあるポップなメロディに劣らず心地よいと思えるほど、いろいろな種類のものを聴いているんだ」
インスピレーションの源は、音楽だけではありません。Plini は音楽家になる前は、建築家になるために勉強を続けていました。
「あらゆる種類の芸術を見て、それが音楽であるかのように分析してみるのはいつも興味深い。素晴らしい教会なら、小さなドアから巨大な部屋に入り、静かなイントロから100の楽器のコーラスが広がるような、そんな感じかもしれない。多くの素晴らしい建築物には、2つか3つの素材が使われているかもしれないけれど、曲の中では2つか3つの楽器がその能力をフルに発揮しているかもしれない。
そうしたアートの類似性を作るのは非常に漠然としている。でも、偉大な画家が偉大な絵を描くように、あるいは偉大なシェフが偉大な料理を作るように、自分が曲を作っているかどうかを確認する方法として、少なくとも相互参照するのは面白いと思う」

以前、”Ko Ki” という楽曲では、NGO と提携して寄付を募りました。
「僕は大学で建築を学んだんだけど、その授業のひとつにロー・インパクトとの提携があった。その授業では、カンボジアの貧しい村のためのコミュニティ・シェルターをデザインしたんだけど、その授業の最後に優勝したデザインには、そのクラスの誰もがカンボジアに行って建設を手伝えるというオプションがあったんだ。僕はどんなチャンスにも “イエス” と言うのが好きな人間になったんだと思う。だからそうして、素晴らしい時間を過ごした。人生を変えるような経験だった。
このプロジェクトは、政府によって買い取られようとしている土地を買い戻すというものだった。なぜか覚えていないんだけど、たぶんNAMMに行ってオタクになってギターを弾くのに忙しかったんだと思う。それで、資金集めのために曲を書こうと思ったんだ。音楽で面白いことをする、それが音楽でできる最も価値のあることだと思う。ボートに乗って、なんとなく知っている人たちと一緒にビールを飲むのは、寝室でギターを弾いていた僕にとって、本当に楽しいことなんだ。僕が寄付したお金で建てられた家に、世界中の家族が住んでいるのを見ることができるのは、真剣にビブラートに取り組んだことの素晴らしい成果なんだよ!」
そうやって、Plini はプログ世界の価値観や活動のサイクルさえも壊していきます。
「現代のプログレッシブ・メタル・バンドというのは、バンドをやっていて、自分の楽器がすごく上手で、気持ちの悪い曲を書いて、それがアルバムになってレコード会社からリリースされ、母国をツアーして、それから世界中をツアーして、また母国をツアーして、2ヶ月後とかにミュージックビデオをリリースして、疲れ果てて家に帰って、しばらく待ってからまたやる、というようなことになりがちだと思う。現代のプログ・メタル・バンドというのは、そういうものだと思う。それに対して僕は、それとは正反対の状況に自分を追い込もうとしているんだと思う。ボートの上で演奏したり、慈善活動をしたりね。
プログという言葉自体、価値観や主義主張というよりも、特定のサウンドを表現するための言葉になってしまっている。”djent” という言葉と同じでね。僕にとっては、サウンドやバンドなどの説明を伝えるための手っ取り早い方法ってだけ。でも、僕は自分の楽しみのために音楽を書いているし、ただ楽しくて奇妙な人生を自分のために作ろうとしているから、アルバムとツアーのサイクルだけにならないように、できることは何でもしているんだと思う。新しい車を買うための、ベストな方法じゃないけどね (笑)」

現代のインストゥルメンタル・ギター界は想像力と独創性に溢れています。Tim Henson, Tosin Abasi, Ichika, Manuel Gardner Fernandes, Jakub Zytecki, David Maxim Micic, Aaron Marshall, Yvette Young のようなミュージシャンは、アクロバティックな演奏だけではなく、技術性と音楽性が共存できることを証明しています。Plini がその一員であることを誇りに思うシーン。
「多くの進化と才能に囲まれているのは素晴らしいことだ。ANIMALS AS LEADERS にしても、UNPROCESSED の曲にしても、テクニカルでありながら、シンプルなメロディのようにエモーショナルでキャッチーなんだ」
このシーンは、DIYが主流であり、ビジネスやレーベルを重視していないことも Plini は気に入っています。
「ビジネスにかんして、僕はできるだけ人を避けるようにしているんだ。僕にはレコード会社もマネージャーもいない。そうすることで、僕と同じ目標を持っていないような人たちと話す時間を無駄にしなくてすむからね。ツアーに出るときも、一緒にいるのはみんな友達だから、何か問題があってもすぐに話せる。一緒に仕事をする人たちはみんな、自分の仕事を愛し、本当にいい仕事をしたいという同じ姿勢を持っている。
僕は幸運なことに、典型的な音楽業界のしきたりやならわしの多くを避けてきた。でも、特にこのシーンやジャンルでは、観客がそれでもアーティストのハードワークを評価してくれるから良いよね。生半可なプログ・バンドが有名になっても、ギター・オタクの人たちはみんなわかっていて、”そんなに良くないよ。聴く気にならない” ってなるからね。だから、このシーンで活動するのはとても正直なことなんだ」

つまり、Plini にとっては音楽業界の “しきたり” も破壊すべき壁の一つ。
「僕は知識や人脈はおろか、特定の目標や計画を持って音楽業界に入ったとは言えない。だけど今振り返ってみると、それがレコード会社やマネージメントに頼らずに自分のオーディエンスを開拓する上で最も役に立ったことがわかる。
約10年前、僕は制作中の曲のクリップやデモをアップロードし、音楽フォーラム(DREAMTHEATER のファン・フォーラムなど)で共有するようになった。Misha が自分のバンド PERIPHERY を立ち上げたのを見たことがきっかけだったし、DREAM THEATER は間違いなく僕が初期の頃最も影響を受けたバンドの一つだ。
DREAM THEATER の大ファンになったのは、Mike Portnoy が彼のフォーラムを通じてファンと連絡を取り合っていたこと、アルバムとツアーの合間に”公式”のブートレグをリリースしたり、アルバムのアートワークやビデオに謎を隠したり、バンドの舞台裏の映像を大量に共有したりと、ほぼカルト的なレベルの関心を維持していたことが理由なんだ。
それは PERIPHERY も同様で、常に制作中の作品を共有し、SNSでファンと交流していたからね。SNSでのプレゼンスを維持し、ファンベースと連絡を取り合うことは、2020年のミュージシャンにとってはかなり一般的な活動だけど、2010年頃の僕にとって、フォーラムに何かを投稿したりメッセージを送ったりして、自分の音楽的アイドルに直接メッセージを送ることができ、彼らが実際に反応してくれる可能性がかなり高いというのは、かなりの衝撃だったんだ。
ここで学ぶべき教訓は、オーディエンスを見つけるために、独自のマーケティング部門を持つレーベルは必要としないということだと思う。ただ自分の好きなアーティストに注意を払い、分析するだけで良いんだ。なぜ彼らが人気なのかをね。それが、YouTubeにもっと舞台裏の映像を投稿したり、Instagram でQ&Aをしたり、毎週メーリングリストを作ったりするきっかけになるかもしれないからね。
僕が駆け出しの頃は、音楽フォーラムでアクティブな状態を維持し、一貫してFacebookのメッセージやコメントに返することが、今日の僕のオーディエンスを構築するのにとても役立っていたね。プラットフォームからプラットフォームへとオーディエンスの注目を集め、維持し、フォローしていくことは、駆け出しのアーティストにとって多かれ少なかれ必須であると思うよ。
2015年までに3枚のEPをリリースして、オンラインで十分なオーディエンスを築き上たことでやっと、バンドを組んでライブをするのもクールだと思った。過去数十年の間、ライブをすることはバンドが”ブレイグするための重要な方法の一つだったけど、最近では音楽をリリースしてオンラインで話題になるまではライブをしない方が理にかなっていると思う。
初めてのショーで観客を沸かせたことが初のオーストラリアツアーにつながり、全国各地のショーで安定した観客動員を得たことで、より大きなブッキング・エージェンシーと仕事をするようになり、より大きな会場やより良いサポート枠への道をゆっくりと歩むことができるようになった」

では、彼は今現在、ギターシーンのどのような位置にいるのでしょうか?
「僕たちは皆、自分自身のベストを尽くそうとしていると思う。僕は特に練習に打ち込んだことはないから、テクニックを押し付けることが自分の居場所だとは思っていない。でも同時に、僕の周りにはあらゆるテクニックに長けた人たちがいるから、もっとうまくなりたいと思うし、彼らとは違う新しいことに挑戦したくなる。僕は、クレイジーなアイデアをすべて自分の音楽に取り入れて、意味のある面白いものを作りたいんだよ」
Plini は常に謙虚な向上心を持っていますが、それでもモダン・ギター・シーンにおける彼の地位は議論の余地がありません。Abasi の革新性や Jakub Zytecki の “超ワイド・ヴィブラート” はたしかに魅力的ですが、色彩と感情に満ちたメロディーに対する Plini の耳は他の追随を許しません。”Mirage” で彼は、音楽情景が奇抜で荒々しく波乱に満ちたものになったとしても、彼の音楽は相変わらずカラフルで美しいままであることを証明したのです。
「作曲に “正解” などはなく、頭の中のスナップショットとして存在するだけだと信じている。完璧なんてとんでもないことだと受け入れることが、何をするにも楽しいことだと思うんだ」


参考文献: GUITAR.COM:Plini on new EP ‘Mirage’ and writing his most out-there music yet

GUITAR. COM:“My fanbase was amazingly angry”: Plini on his new album, signature guitars and ‘that’ Doja Cat controversy

NUSKULL:„Perfection is kind of ridiculous” – an interview with Plini

MUSIC RADER:Plini: “Satch has been hugely inspirational to me so it’s very cool when I’m told people can hear that in there”

PLINI 来日公演の詳細はこちら!SMASH

COVER STORY + INTERVIEW 【STEVEN ANDERSON : GIPSY POWER 30TH ANNIVERSARY】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STEVEN ANDERSON !!

“I Founded My Inspiration In The Sounds Of The Swedish Mysterious And Enchanting Forest And The Nordic Light And Through My Journeys In Eastern Europe.”

DISC REVIEW “GIPSY POWER”

「私は伝統的なギター・ヒーローの典型的なタイプではなく、自分の音楽を前進させ、新しい音楽表現の方法を探求することに重点を置いていたんだと思う。スウェーデンの神秘的で魅惑的な森の音や北欧の光、そして東欧の旅を通してインスピレーションを得ていたんだ。東欧の音楽には、速いテクニカルな部分への挑戦がある一方で、挑戦的でプログレッシブな部分も非常に多いからね」
トルコとフランスを結ぶ豪華寝台列車、オリエント急行。アガサ・クリスティのミステリーの舞台にもなったこの列車の風景は、エジプトから中東、インド、そしてヨーロッパをまたにかけたジプシーの足跡をたどる旅路にも似ています。
ジプシーの文化はその渡り鳥的な生き方を反映して、実に自由かつ多様でした。言語はもちろん、風習、食事、そして音楽。ジプシーであるロマ族に生まれ、放浪生活の中でスウィング・ジャズとジプシー民謡を天才的に融合させた巨匠、ジャンゴ・ラインハルトのオリエンタルな音楽はその象徴でしょう。
1990年代前半、そんなジプシーのエスニックでオリエンタルな音楽をメタルで復活させた若者が存在しました。スティーヴン・アンダーソン。美しく長いブロンドをなびかせたスウェーデンの若きギタリストは、デビュー作 “Gipsy Power” で当時の日本を震撼させました。紺碧の背景に、真紅の薔薇と無垢なる天使を描いたアートワークの審美性。それはまさに彼の音楽、彼のギタリズムを投影していました。
重要なのは、スティーヴンのギター哲学が、あの頃ギター世界の主役であったシュラプネルのやり方とは一線を画していた点でしょう。決して技巧が劣るわけではなく、むしろ達人の域にありながら (イングヴェイがギターを始めたきっかけ) 、ひけらかすためのド派手なシュレッド、テクニックのためのテクニックは “Gipsy Power” には存在しません。いや、もはやこの作品にそんな飛び道具は相応しくないとさえいえます。楽曲と感情がすべて。スティーヴンのそのギタリズムは、当時のギター世界において非常に稀有なものでした。
では、スティーヴンが発揮した “ジプシー・パワー” とはいったい何だったのでしょうか?その答えはきっと、ギターで乗車する “オリエント・エクスプレス”。
スティーヴンのギターは、ジミ・ヘンドリックスの精神を受け継いだハイ・エナジーなサイケデリック・ギターと、当時の最先端のギター・テクニックが衝突したビッグバン。ただし、そのビッグバンは、ブルース、ロック、フォーク、プログレッシブ、クラシックの影響に北欧から中東まで駆け抜けるオリエンタルな旅路を散りばめた万華鏡のような小宇宙。
“The Child Within” の迸る感情に何度涙を流したでしょう。”Gipsy Fly” の澄み切った高揚感に何度助けられたでしょう。”Orient Express” の挑戦と冒険心に何度心躍ったことでしょう。”‘The Scarlet Slapstick” の限りない想像力に何度想いを馳せたでしょう。
その雄弁なギター・トーンは明らかに歌声。”Gipsy Power” は少なくとも、日本に住むメタル・ファンのインスト音楽に対する考え方を変えてくれました。私たちは、まだ見ぬ北欧の空に向かって毎晩拝礼し、スティーヴンを日本に迎え入れてくれた今はなきゼロ・コーポレーションを2礼2拍手1礼で崇め奉ったものでした。
しかし、より瞑想的で神秘的でプログレッシブなセカンド・アルバム “Missa Magica” を出したあと、スティーヴンは音楽シーンから忽然と姿を消してしまいました。”Gipsy Power” の虜となった私たちは、それ以来スティーヴンをいつでも探していました。向かいのホーム、路地裏の窓、明け方の桜木町…こんなとこにいるはずもないのに。言えなかった好きという言葉も…
私たちが血眼でスティーヴンを探している間、不運なことに、彼は事故で腕を損傷していました。その後炎症を起こし、何度も結石除去術、コルチゾン注射、さまざまな鍼治療法を受けましたが状況は改善せず、スティーヴンのギターは悲しみと共に棚にしまわれていたのです。
しかし、それから10年近く経って、彼は再びギターを弾いてみようと決心し、愛機レスポールを手に取りました。それはまさに、メタルのレジリエンス、反発力で回復力。スティーヴンの新しいバンドElectric Religions は、初めての中国、珠海国際ビーチ音楽祭で3万人以上の観客の前で演奏し、中国の映画チームによってドキュメンタリーまで制作され、その作品 “The Golden Awakening Tour in China” がマカオ国際映画祭で金賞を受賞しました。
マカオでの授賞式の模様は中国とアジアで放送され、推定視聴者数は18億人(!)に上りました。スティーヴンは現地に赴き、”文化的表現によって民主主義の感覚を高める” というマニフェストに基づいて心を込めて演奏しました。そして数年の成功と3度のツアーの後、彼は GIPSY POWER をバンドとして復活させるために、Electric Religions を脱退することを選んだのです。
長年の友人であり、音楽仲間でもあるミカエル・ノルドマルクとともに、スティーヴンは GIPSY POWER をバンドとして再結成。アルバム ”Electric Threads” は、2021年11月19日、ヨーロッパの独立系音楽・エンターテインメント企業 Tempo Digital の新しいデジタル・プラットフォームにより、全世界でリリースされました。新たな相棒となったミカエル・ノルドマルクは、MIT で学んだことはもとより、あのマルセル・ヤコブにレッスンを受けた天才の一番弟子。期待が高まります。ついに、大事にしまっていた宝石箱を開ける日が訪れました。奇しくも来年は、”Gipsy Power” の30周年。私たちは、ジプシーの夢の続きを、きっと目にすることができるでしょう。「日本は私のプロとしてのキャリアの始まりでもあった。日本にはたくさんの恩があるし、今でも日本という美しく歓迎に満ちた国に行って、クラブ・ツアーをしたいと思っているんだよ」 Steven Anderson です。どうぞ!!

STEVEN ANDERSON “GIPSY POWER” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【STANDARDS : FRUIT TOWN】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARCOS MENA OF STANDARDS !!

“Fruit Is Cute! Fruit Is a Great Symbol For Our Music And When You Listen To It You Become a Citizen Of Fruit Town.”

DISC REVIEW “FRUIT TOWN”

「僕も、今世界で起こっている出来事に対して、精神的に迷うことはあるんだ。だけど、それでも僕たちが一緒になって楽しめる音楽が世界に存在できるように、作り続けていこうという気持ちになるんだよ」
クロス・タップのギタリスト Marcos Mena のキュートで陽気なメロディーに導かれ、LAのデュオ STANDARDS は、情熱のリフと白熱のドラムスを緻密なインストゥルメンタル・マス・ロックのパレットへと描き出していきます。一見、無節操なパリピの音楽にも思える “Fruit Town”。しかし、そんな LA の太陽の裏側には、マスロックを明るい日差しのもとに連れ出したい、そして世界を覆うネガティヴをポジティブな日焼けで覆いたい、そんな想いが潜んでいるのです。
「このバンドは、本当にギターリフひとつとドラムに単純化できると思うんだ。ドラムの友人と一緒に演奏するときに、ギターリフだけをカバーしたのが始まりだったと思う。ベースやボーカルがいないと物足りない部分もあるんだけど、一方でギターとドラムのシンプルさを楽しむこともできる。最近は、曲の要素をどんどん増やしているんだけど、ギターとドラムが中心であることは変わりないよ」
インストゥルメンタルでプログレッシブであるにもかかわらず、このバンドのモットーは常にキャッチーで歌いやすくあるべし。そうして、リスナーをフルーツのマスコットが踊り狂う果物の街へと誘います。新鮮で多種多様な果実の味わいや匂いは、そのまま彼らのカラフルな個性につながっているのです。
ギターとドラムスというシンプルなデュオが構築するフルーティーな島や街は、ニヤリと笑うメロンやベリーが、心地よく捻れるリフと重く癖のあるリズムに合わせて揺れ動くような異世界です。フルーツ・アイランドの砂のようにきらめく6弦のさざ波は、計算されたものでありながら、どこかのんびりとしていて、明るく、人々を笑顔にしていきます。
「どんなものでも見せ方次第で魅力的になるんだ。よりテクニカルな音楽を、キャッチーなメロディーとキュートなイメージでアピールできるよう、これからも挑戦していきたいと思っているよ」
他の新進気鋭なギタリストと比較して、ジミヘンをヒーローと仰ぎ、TERA MELOS の Nick Reinhart, LITTLE TYEBEE の Josh Martin に師事し、タッピングの魔法使い Stanley Jordan の研究に勤しんだ Marcos のギタリズムは、斬新のみに絡め取られることなく、温故知新のユニークさを宿しています。そして、これまで難解でシリアスというイメージが先行していたジャンルに、ゆるキャラのポップでキュートな親しみやすさを落とし込みました。
それは例えば、メインストリームに目配せするクールな POLYPHIA, アニメの主題歌やキャラクターを自身の音に昇華する Sithu Aye, 音楽でチルアウトを企む CHON, そしてコスプレやヒーロー物で MV を飾り立てる COVET といったマスロック、プログレッシブの新鋭たちと同様に、 このジャンルのステレオタイプを破壊してマスリスナーに届けたいという想いのあらわれに違いありません。
今回、弊誌では Marcos Mena にインタビューを行うことができました。「だって、フルーツはキュートじゃないか!だから、フルーツは僕たちの音楽の最高のシンボルなんだよ。君たちが STANDARDS の音楽を聴いた瞬間から、フルーツタウンの住人さ!」 どうぞ!!

STANDARDS “FRUIT TOWN” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SYREK : STORY】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH TERRY SYREK !!

“You Just Developed Something Unique Because We Lived In an Analog World. So, That’s One Thing I Really Miss About a Lot Of Guitar I Hear, Now. The Voice. The Uniqueness. Now, That’s Not To Say There Aren’t Some Really Amazing And Talented People Out There. There Are!”

DISC REVIEW “STORY”

「私たちの世代が何かを学ぶには、先生に教わるか、アルバムから耳で聞いて理解するしかなかったんだ。私が実際に覚えたリックや曲のほとんどは、レコードやリスニングから得たものだったよ。ロック・ギタリストはみんなこうやって学んできたんだ。
そうすると、多くの場合、90%くらいの精度で覚えることになる。いつも小さなミスがあるんだよ。でも、その隙間を自分なりに埋めていくことで、すべてが組み合わさっていく。自分自身の声を開発することができるんだ」
完璧さ、清潔さ、均一さ。機材や教材、リスナーの進歩によってギターの習得はより “オートメーション化” され、”正しさ” が追求されるようになりました。そうして敷居が下がり、多くの人にギターの習得が解放される裏側で、私たちは最も重要な何かを置き去りにしてはいないでしょうか?それは個性であり、ギターから発せられる自身の “声”。バークリーで学び、20年以上教鞭をとってきた Terry Syrek の10年をかけた壮大な旅路は、かつてギターに備わっていたそんな浪漫を再び呼び起こします。
「DREAM THEATER のオーディションにクッキーモンスターのTシャツを着て来るような人こそ、一緒にプレイしたい人というかね。ある意味、”Story” を象徴しているようなものだよね。プログとクッキー・モンスター(笑)」
Marco Minnemann, Bryan Beller, Mohini Dey, Lalle Larsson。Terry 呼ぶところの “最高の中の最高” がこの “Story” という物語に集ったのには理由があります。運命。もちろんそれも一つの理由。しかしそれ以上に、Marco 語るところの “本当に複雑で、とても長く、とても速く、速くなくても残酷で、ジムに通いながら計算をするような” 複雑怪奇な楽曲たちをこともなげに制圧し、なおかつ二人のモンスターの大冒険を楽器で表情豊かに楽しく表現する。そんな芸当をこなせる怪物級のアーティストは決して多くはありませんでした。ここにあるのは文字通り、”プログとモンスターの融合”。
「私はビデオゲームが大好きで、それ以前は本をたくさん読んでいた。主にファンタジーやSFのようなものをね。”スター・ウォーズ” や “ロード・オブ・ザ・リング” の大のオタクでね。だから、 “Story” では、自分の人生のさまざまな愛をつなぐ方法をやっと見つけたという感じでもあるのさ。音楽もあるし、ファンタジーもある。大事な二つをやっとつなげることができたんだ」
“ダークナイト” や “トランスフォーマー” で知られる多才なハリウッド俳優 Keith Szarabajka のナレーションは、言葉のない音楽世界の冒険において重要な地図であり灯台です。「ちょっと待てよ、これは何だ?」「わからないが、モンスターだと思う」しかし、そんな逃避行の始まりからすでに楽器は歌っています。実際、Terry のギター・テクニックとスピード、そして正確性は驚異的です。それはあの今は亡き伝説のギタリスト Shawn Lane の後継者には彼こそが相応しいと思えるほどに。しかしそれ以上に重要なのは、一聴して Terry だと伝わるようなトーン、サウンド、音の並び、メロディーといった際立つ個性。結局、彼には自らを語る “声” が存在するのです。
とはいえ、焦点はあくまでも楽曲であり、テクニックのために楽曲が犠牲になることはありません。聴き応えもあり、飽きさせず、終始楽しくワクワクが継続。変拍子の高速ギターとキーボードのユニゾンテーマ、燃え上がるようなギターソロ、そんなインテンスの裏側で、鳥肌が立つような情熱的、叙情的メロディーが心を掴む。
ただ速いギタリスト以上の存在…Terry を際立たせているのはそのカラフルなコンポジション。優れたギタリストである以上に優れた作曲家である。そこに大きなアドバンテージがあるはずです。
「今回弊誌では、Terry Syrek にインタビューを行うことができました。「ギターは君の翻訳装置なんだ。君の考え、君の性格、君の存在そのもの。君のすべてを音に変換することができるんだよ。これはすごいことだよ! だから、それを愛するんだ。本当に本当に愛して、育てていくんだ。毎日、喜びを見い出すんだ。YouTubeでみんながあれこれやっているのを気にする必要はない。自分の声を見つけ出すんだ」 どうぞ!!

SYREK “STORY” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【STEVE VAI : INVIOLATE】


COVER STORY : STEVE VAI “INVIOLATE”

“It’s Always Good To Push Your Boundaries. It’s Fun! The Feeling Of Accomplishment Is The Feeling Of Fulfillment.”

INVIOLATE

Steve Vai 最後のスタジオ・アルバムから6年が経ちました。エレクトリック・ギターの巨匠は、確かに他の追随を許さない驚異の作品群を有していますが、意外にもその数は決して多くはありません。彼のファンが望むことはただ一つ。「もっと!」
そして遂にその望みが叶います。”Inviolate” は Steve の最も冒険的で妥協のない演奏に満ちながら、シュレッド以上に彼のトレードマークとなった独特のニュアンスとアヴァンギャルドな個性を前面に押し出しています。
肩の手術のため片手で演奏した “Knappsack” や、ホローボディのジャズギターを使った “Little Pretty”、それに目玉のヒドラギターといった異常事態も謳歌する威風堂々。むしろ挑戦のために自ら異常事態に飛び込むその創造性は驚異的。そうして、万華鏡のようなエキゾチックなヴィジョンで、”Apollo in Color” や “Zeus in Chains” といった楽曲はリスナーの心中に喚起的な絵を描きだしていきます。それにしても、アポロやゼウス、ヒドラとはまるでギリシャ神話の世界です。
「そうなんだ。不思議な感じだよね。それって偶然の産物で、意図的なものではなかったからね。まあその後、意図的になったんだけど。”Zeus in Chains” を作ってレコーディングした後、タイトルが決まっていなかったんだよね。面白いことに、私は聴くだけで、その曲がタイトルを教えてくれることが多いんだ。それで、中間部の巨大で低音のギター・リフがハモりながら、その上に超絶不協和音の音が浮かんだところで、あの曲が “これは Zeus in Chains という曲だ”と言ったんだ(笑)
“Apollo in Color” は、妻の馬の名前なんだ。ただ、その名前を、いつも素晴らしい曲のタイトルになるぞと思っていたんだ。”Apollo in Color” ってタイトルは、基本的に僕があの曲を作るのを助けてくれた。だから、ある時は曲がタイトルを教えてくれるし、またある時はタイトルにその曲がどんな風になるかを左右されるという、逆の状況が起こり得るんだ」

同じく、神話上の存在であるヒドラをギターになぞらえたのはなぜだったんでしょうか?
「ヒドラというのは神話に出てくる竜のような生き物で、頭がいくつもあって、一つを切り落とすともう一つ生えてくるからね。だからピッタリだった。そうだ、このギターはそういう名前にするべきだ!と思ったんだ。でも、このギターのもともとのアイデアは5年ほど前に始まったんだ。マッドマックスの映画を見ていたら、砂漠を飛んでいるシーンがあって、トラックの前に縛り付けられた男があんな感じのサイバー・パンクなギターを抱えていて、それを演奏しているんだ(笑)」
映画で有名になったギタリストが、映画の中のギタリストに感化されるとは。
「あの男を見て、”あのギターはたしかにかっこいいけど、偽物だ” と思ったんだよね。それで、”あれは偽物なんだから、本物を作らなきゃ!” と思ったんだ。そこで、複数のネックとハープ弦を持つギターを作り、そのギターで曲を作ることができるようにしようというアイデアが生まれたんだよ。とんでもないギターを持ちながら、そのギターで曲を書いて、音楽を生み出す。完全にそのギターだけで演奏できる、そんな曲を作りたいと思ったのがすべての始まりだったんだ。オーバーダブもループも何もなしでね。その挑戦は、基本的にすべての弦楽器をジャグリングするような音楽を書くことだといえるだろうね」
ネックを3本にしたのはなぜなのでしょう?
「元々、3つのネックを持つギターを作るというアイディアがあったんだ。半分フレットレスになっている12弦のネック、7弦のネック、2弦がフレットレスになっている3/4サイズのベースネック、そして (ピックアップをまたぐ) 13本のハープ弦という感じかな。当時はスチーム・パンクのファッションにもハマっていたから、資料と自分のアイデアを集めて Ibanez に送ったんだ。彼らはとても興奮して、まさに壁を打ち破り、そのアイデアを実現させてくれたんだよ。最初はレンダリングが送られてきたんだけど、私はそのレンダリングを見て、”本当に作るつもりなのか?” と聞いた。そうしたら、”やるよ!” って。でも、ヒドラが家に届いてケースを開けたときは、ただただ唖然としたよ。すごかったけど、威圧感もあった。このギターで曲を作らなければならないと思ったんだ」
Ibanez の技術力は凄まじいものがありますね?
「Ibanezのデザイナーは、私が期待していた以上のことをやってのけたんだ。シンセサイザーのギター・セクションを丸ごと楽器に取り込んで、ピエゾ、サンプルホールド、サスティナー…本当に驚嘆に値する技術だよ」
すぐヒドラに馴染めたのでしょうか?
「このギターが届いて、スタジオに立てかけていたんだけど、1年半くらい、このギターの前を通るたびに不安の発作が起きるんだよね!(笑) 。このギターとしっかり向かい合って、曲を考えなければならないと思ったよ。それで、6週間かけてヒドラと共に過ごし、まず思ったのは、”なんてことをしちゃったんだろう” ということだったな。どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんだろう?私の手足はこんなに自立していない。手が二本しかないのに、どうやって完全にシームレスなメロディーを作るんだ!ってね」

それでも、不可能を可能にするのが Steve Vai という男です。
「10秒くらい強烈な懸念があったんだけど、それから別の声が聞こえてきたんだ。こういうときはたいてい自信に満ちた自分の声が聞こえてくる。そしてその声は、”黙ってやれよ、Vai! お前ならやれる! 時間をかければできるんだ!黙ってやってみろ!” ってね。”黙ってやれ!始めろ!”。そして私は、”わかったよ…” という感じでゆっくりと曲を書き始めたんだ。面白いのは、多くの場合、不可能に思えることでも一度始めてしまえば不可能に思えなくなるということなんだ。ただ、始めるだけでいい。だから、私はそうしたんだよ」
“The Teeth of the Hydra” はまさにヒドラギターのための楽曲です。
「”The Teeth of the Hydra” を聴くと、面白いことにベース、7弦、12弦、ハープ弦のすべてが、あのギターで一度に演奏されているから、非常にリニアなんだよね。イントロができたところでヴァースに入り、エレガントでシームレスなサウンドになるまで作業を続けていった。バラバラな音楽ではダメなんだ。そうではなく、ギターの、そして私自身の可能性に敬意を表したかったんだ。そして、それができたと思っているよ」
“The Teeth of the Hydra” が、ヒドラギターで作られたことは理解していたとしても、同時に通して演奏していると気づいた人は多くはないでしょう。誰もがマルチトラックでのレコーディングだと考えるはずです。
「このギターがあれば、全部できるんだ。録音した後にやったことは、ハープの弦が全てを拾ってしまいノイズが多いので、トラックをもう1つレイヤーしただけだよ」
リニアな演奏といえば、片手だけで弾ききった “Knappsack” は超絶でした。
「私にとって、楽曲の中で最も重要なのはメロディーだ。 “Knappsack” のように、片手で録音するというアイデアは必要に迫られてのことだったんだ。そして、自分にはそれができると思っていた。片手でレガートとハンマリングを駆使したギターを弾くのは、それほど難しくも、不思議なことでもないんだよ。でも、メロディーは Vai ならではのものでなければならないし、私が音楽を作る理由は、メロディーを書くのが好きだからなんだからね。”Knappsack” をレコーディングするときに、メロディとヴァースのコード・チェンジを書き出して、何かわかったような気がしたんだ。このメロディーを作れば、あとは楽勝だと思ったんだ。狂喜乱舞できる! ってね。この曲で実現したかったことのひとつは、容赦のない感じだった。私はそれが好きなんだ。執拗さの中にエネルギーがあり…Zakk Wylde と一緒にステージに立つと、それはもう容赦ないんだよね。彼のパワーは半端じゃないから、ごまかしがきかないんだ!(笑)。でも、作った後にあのビデオを見るのは本当に楽しかったし、それこそが僕の目的であるエンターテイメントなんだ。僕はエンターテイナーなんだよ!」
音楽家が片方の腕を失うというのは、一時的とはいえ大変なことで、自分の力の半分が失われたようなものでしょう。そんな中でも Vai は実にポジティブかつ楽観的です。
「そうだね、とても簡単に受け入れたよ。それは挑戦だけど、何が起きても自分の利益になるようにと考える。結局それは自分のためになっているんだよ。だから、肩が痛くなったとき、まず、現状を受け入れた。なぜなら、現状を受け入れないと深い苦しみが生じるから。戦っても決してうまくいかないけど、受け入れることでうまくいくんだよね。だから、右手が使えないこと、肩がこることを受け入れたら、片手でやるという決断も視野に入ってきたんだよ。そして、私はただ、レモンからレモネードを作ったんだ」

しかし、多くの音楽家が病気や怪我の深い悩みを抱えているのも事実です。有効な対処法はあるのでしょうか?
「私がやっているのは、楽しい時間を損なうことなく、手と体の安全を意識してベストを尽くすこと。私たちの生活の中ではいろいろなことが起こる。この41年間のツアーでも、いろいろなことがあった。だから起こったことをただ理解するんだ。人生の中でやっていることと同じだよ。不幸だと思っても、それが違う方向を示してくれることだってある。だから、ただ進むだけさ」
怪我だけではなく、例えば、”Little Pretty” という曲では、ホロウボディのグレッチで演奏するという “意識的な制限” を加えていますし、”Candlepower” ではゲインもハムバッカーも使わず、指だけで演奏しています。ジョイント・シフティングという新たな技法も生み出しました。
「この曲は、私が見つけた小さなリフから始まったんだ。私は何千ものリフを持っていて、寝る前にギターを持って演奏し、何か見つけたらそれを録音している。この曲もそんな、ちょっとした断片から始まったんだよ。このジョイントシフトのアイデアは、何年も前から頭の中にあったんだ。まず、ハードテイル・ギターが必要だった。ワーミー・バー付きのギターでは、ある音を曲げると他の音がフラットになってしまうからね。事実上不可能なんだ。そうして、音符が異なる方向に進むような一連のベンドを続けようと考えた。だから、私が他の音や開放弦などを弾いている間に、複数の音がベンドされているんだ。音を曲げながら演奏するというのは、それほどユニークなコンセプトではなく、カントリー・プレーヤーならよくやることだ。しかし、2つの音を異なる方向にベンドし、さらに3つ目の音も曲げるというのは、このコンセプトから生まれたものだよ。この奏法は私が発明したと言われているけど、どうだろうね。ジェリー・ドナヒューというギタリストがいて、彼も同じようなことをやっていたからね。でも、彼はカントリーの巨匠だから、メタルは弾かない。
時間はかかったけど、きっとワイルドなサウンドになると思ったんだ。これは変だから、やらなきゃって思った。それが、僕がギターで一番好きなことなんだ。従来のサウンドとは違う、しかし音楽的なものを考え出すこと。重要なのは、ただのギミックじゃなく、音楽的でなければならない。このジョイント・シフティングのテクニックは、いくつかのパッセージで使ったけど、私が期待しているのは時間のある若いプレーヤーがこのテクニックを見て、その可能性を理解し、さらに別のレベルに持っていってくれることなんだよね。私の頭の中には、このテクニックとそれ以上のものを使って演奏される音楽の全貌が見えている。ただ、私が本当に行きたいところに行くには時間が足りなかったんだ。完全な集中力が必要なんだよ。私が考えているところに到達するためには、1年間は集中しなければならないからね。だから、私がそれをやるかどうかはわからないけれど、若いプレイヤーたちが、Vai が持ってきたものはこれだ、これをどこに持っていけばいいんだろう?と考えてくれたらうれしいね」

“Avalancha” は Steve が今まで書いた中で最高の曲のひとつではないでしょうか?
「素晴らしいメロディーを持つ、本当にヘビーなものが欲しかったんだ。凶暴で、激しく、熱狂的なサウンドにしたかったんだけど、同時に良いメロディーが欲しかったんだ。ベースは Billy Sheehanなんだけど、”Real Illusion”(2005)時代に録音したもので、”Building the Church” とこの曲で迷った時に前者を選び、 “Avalancha” はしばらく棚にしまっておいたんだ。完成させたいとずっと思っていたから、これはいい機会だったね。基本的にベースとドラムはできていて、あとはメロディーを書いて肉付けしていったよ」
“Greenish Blues” は Peter Green へのオマージュなのでしょうか?
「そうじゃないんだ。Peter のことはもちろん尊敬しているけど、私はそういうブルース・プレイヤーではないからね。グリーニッシュ・ブルースと名付けたのは、コード・チェンジがブルースのコード・チェンジに似ているからで、この曲での私の演奏はブルース的ではあるけれど、従来のブルースというよりは私の奇妙な偏屈さが出ているんだ。グリーンという色は、私のキャリアを通じて、ほとんど最初から使っていた色なんだよね。”Alien Love Secret” のタイトルもあの緑色だよね。だから、この曲を “Greenish Blues” と名付けたのは、”Vai Blues” と言うのと同じことなんだ」
以前、Stevie Ray Vaughan にオマージュを捧げていたことがありますね?
「Stevie へのトリビュート(”The Ultra Zone” 収録の “Jibboom”)は、彼がやりそうなことを私もやっていたからなんだけど、Peter Green の場合は彼のことを考えていたわけじゃないんだ。もしそうなら、彼の演奏を聴いてその感性を自分の演奏に反映させ、偉大なアーティストに敬意を表し自分の声を出すかもしれないけど、そんなことはしなかったからね。もちろん、彼のことは知っているけど、私のお気に入りのギタリストというわけではないんだ。どうせブルースなんて弾けないしね(笑)」
明らかに Steve Vai は今でも “Little Stevie” の冒険心を持っていて、長い間ギターに熟達しているからこそ、新鮮さと興味を高く保つために新しい挑戦を行なっているようにも思えます。
「プレイヤーとしてどんな状態であろうと、実績があろうとなかろうと、自分の限界に挑戦することは常に良いことだ。何より、楽しいよね。達成感があるからこそ、充実感があるんだから。12歳のときに初めてギターを手にしたとき、すぐに病みつきになったんだ。楽譜の読み方はわかるけど、ギターの弾き方はまったくわからないという、何もできない状態だった。LED ZEPPELIN の曲集を買ってきて “Since I’ve Been Loving You” の弾き方を覚えたら最高の気分になった。そして、その感覚はずっと続いている。できないことを想像して、でもそれを実行に移せば手が届くとわかっていて、そしてそれを成し遂げて予想以上にうまくいったときは、まるでパーティーを開いているような気分になるんだ! 爆発しそうなくらいにね。いつもそうなるとは限らないよ。でも、次に進むんだ!(笑)。自分らしい表現ができたときの達成感は、喜びだね。それが病みつきになるんだよ。だって、世の中がどうであろうと関係ない。人がどう思うかなんて関係ない。政府が何をしていようが、宗教が何をしようが、経済がどうであろうが・・・自分自身の小さな秘密が進行中で、そこに集中し、それを尊重するとき、そんな時間は本当に楽しいものだ。それを尊重するべきだよね」

楽器とのコミュニケーション、あるいは楽器との関係は、プロになってから40年あまりで変化を遂げたのだろうか?それとも、20歳の頃と同じなのだろうか?
「ミュージシャンと楽器の関係はミュージシャンによって異なると思う。とても知的なアプローチをする人もいれば、とても感情的なアプローチをする人もいる。そのどれもが有効であり、そのどれにもリスナーがいるわけだから。ある人は、感情的な部分をうまく表現できず、そのような刺激を好む知的な人たちから支持されるでしょう。ある人はその逆かもしれない。私は、そのすべてが欲しいんだ。中でも私は、素晴らしいメロディーの感覚を味わいたい。それが、自分にとっては一番大事なことなんだ。泣いたり、笑ったり、ズタズタにしたり……”Inviolate” を聴くと、前作ほどシュレッドしているとは思えないだろう? だけど、それはシュレッドから離れたからではなく、単にメロディーを刺激することに興味があるんだと思うんだ。
私の場合、人生の中で演奏について、より知的なことを考えた時期がとても長かったんだ。自分のスキルを磨いたともいえる。でも、それは楽器とのつながりではなく、自分自身とのつながり、そしてそれを弦と指板のでどう表現するかということなんだ。もちろん、楽器に個性を持たせることはあるよ。でも、長年にわたってツアーに出たり、演奏したりしてきた結果、私が身につけたもの、そして今も身につけ続けているものは、楽器の上で、自分の内耳とつながることなんだ。それは、即座に創造的な表現ができるようになることと言い換えてもいいだろうね」
Vai が演奏するときの仕草や表情はとても印象的です。
「何年も前から、自分にはちょっと風変わりな動きやおかしな表情があることに気づいていて、それを叩かれることもあった。なぜ、そんな動きをするんだ?どうしてそんな変な顔をするんだ?(笑)。でも、やめられないんだよ。勝ってにそうなってしまうんだ!だから、数年前にそれに身を任せたんだよ。なぜなら、自分の自然な傾向に身を任せるって、本当に自分自身であることだし、それはとても気持ちのよいものだから。実際のところ、批判する人たちにエサを与えない限り、彼らは君に対して何の力も持たないよ。私は馬鹿にするのが大好きな人たちに、そのエサを与えてしまった。そんなことをしていたら、肝心なことを見逃してしまうよ。だから、もう今の私にとって重要なのは、楽器や観客、自分の身体とのつながりを、自然に感じられるようにすることなんだ。そして、もうそれについて言い訳はしない。それがありのままの姿だから(笑)」

かつて、Steve Vai は12時間ぶっ続けで練習をしている、なんて噂がありました。
「よく自分の練習や規律について質問されることがあるんだけど、正直言って、何もないんだよ(笑)。やりたくないことはできないからね。重要なのは情熱さ。情熱は、規律よりもはるかに優れた創造のエンジンだから。規律というのは、何かをしなければならない、苦労しなければならないということを意味する。”やりたくないことでも、絶対にやるんだ!”、誰が何と言おうと、私はそんなやり方が嫌いだよ。ここに座って2時間音階の練習をする、それが私の鍛錬だとか、私はそんな風に思ったことはないんだ。ただ自分にとって、ギターから離れることが、唯一、規律を必要とする時だったといえるね。ギターの技術やエクササイズを演奏し、30時間のワークアウト、それは喜びでしかなかったよ。好きでなければ、そんなに長い時間座ってギターを弾くことはできないからね。他のことはすべて気晴らしで、ギターが一番。なぜだかわからないけど、そういうものなんだよね。
自分自身のユニークな創造性に、自然で熱狂的だと感じられる時だけ、情熱を味わうことができるんだ。幸せをつかむためには、”偉大でなければならない”、”成功しなければならない” と信じるプレッシャーやストレスから君を解放してくれる、本当に素敵な鍵が必要だ。自分自身の創造的な喜びを表現すること。それが鍵なんだよ。そして、成功はその結果で、オマケでしかない。プリンスやボウイ、あるいはベートーベンといった偉大な芸術家を見ればわかるよね?」
とはいえ、手癖と楽しいだけでは上達しないのも事実でしょう。
「もちろん、自分の情熱のためには、ある種の規律を用いなければならないこともあるよ。ヒドラの後ろに座ったときもそうだった。訓練は必要だったけど、そのビジョンは情熱的で、達成できるとわかっていたんだ。自分の手の届かないところにあるアイデアに触発され、でもがんばればそれを手に入れられるとわかっているとき、君ならどうする?それは、宇宙が君のために特別に作り上げた本物のアイデアなんだよ。幸せになるために到達しなければならないと信じていることを、未来に先送りしてもしかたがない。今が不幸なら、いつになったら幸せになれるというんだい?幸せになれるのは、今だけなんだよ。もし君がギターを弾いていて、自分の音楽が好きならば、名声や成功への希望をすべて捨てて、今まさに演奏している喜びに全神経を注げば、それこそが成功へ邁進する創造のエンジンなんだよ」
それでも、若いギタリストにはある種の “手引き” が必要でしょう。
「”Alien Guitar Secrets” というライブストリームをやっている。そこでは音楽やギターについて、一般のギタリストが興味を持ちそうなことをすべて話しているんだ。もう一つのライブストリーム、”Under it all” では、スケールやその他のものよりも、自分自身について理解することがより重要だといった、心理的なものに焦点を当てているんだ。自分の欲求や能力など、自分自身についてどう感じているかということが、すべてに優先するからね。そして、その感じ方は、音楽家を前進させ、育成し、進化させる上で最も重要なもの。すべては、君が頭の中で自分に言い聞かせる言葉の中にあるんだからね」

“Inviolate” のツアーに私たちは何を期待すればよいのでしょう?
「ライブに来た人たちに体験してほしいのは、ただ楽しい時間を過ごしたい、楽しませたいという人たちと同じ環境に身を置くこと。音楽と完全に一体となったバンドを見ることができ、興味深く、魅力的で、楽しく、美しいメロディーを奏でるパフォーマーを見てほしい。それが、私が望む体験だよ。ショーにかんしては、もし自分が観客としてショーを見ていたらどんな感じだろう、自分が見たいもの、感じたいもの、体験したいことは何だろう、と想像しながら作るのが好きなんだ。音楽に関して言えば、今回のツアーでは、過去のセットリストを洗い直すことができる。”For the Love of God”, “Tender Surrender”, “Bad Horsie” など、みんなが聴きたいと思っている曲をいくつか、それから、カタログの中から演奏したことのない曲を入れたいと思ってるんだ。リストの中の1曲は “Dyin’ Day”(1996年の “Fire Garden” 収録、オジー・オズボーンとの共作)という曲で、一度も演奏したことがなくて、ずっとやりたいと思っていたものさ。ライブではダイナミックな流れを作ろうと思っているから、重いノイズばかりではなく、眠いバラードばかりでもなく、エネルギーを生み出したいね」
“Passion and Warfare”(1990年)は今も名盤として高く評価されている一枚です。
「とても光栄なことだよ。本当にとてつもなく光栄なことだし、稀有な存在だからこそ、それに対する評価も高いんだ。ある特定のジャンルにぴったり符号するレコードは、たとえそれが古くて名盤であっても、若い人たちでさえ少なくともチェックする必要があると見てくれるんだ。若いギタリストの中には、”Steve Vai はあまり好きじゃないけど、このレコードは名盤と言われ、みんな素晴らしいと言っているし、ウィキペディアを見ても素晴らしいと書いてあるから、とにかくチェックしてみようかな” と思う人もいるかもしれないね。だから、そういう人たちがチェックすることで、必然的にその価値を理解してくれるなら、ネットもいい場所だよね」
そして、”Windows to the Soul”(”The Ultra Zone” 収録)は、今でも Vai にとって特別な一曲です。
「私のカタログの中の多くの楽曲は、他のアーティストの楽曲よりも私の心に触れる。それはたいてい、レコーディングしているときに、自分がつながっていたからなんだ。すべての要素が一緒になっていたからね。サウンド、メロディ、ソロ、フレージング。そのつながりの深さが、効果を持続させるんだ。その曲を聴くと、その曲とのつながりが聴こえるからね。ストーリーがあり、波があり、流れがある。今までやったことのないようなテクニックも入っている。もうひとつ、僕にとって本当に特別な曲、おそらく最も革新的な曲だと思うのは、”Modern Primitive”(2016年)の “And We Are One” だね。あれがソロなんだよ、私にとっては。独特で、全部メロディで、全部フレージングなんだ。あそこでやったことには、聴いたことがない要素がたくさん含まれていた。とても繊細だ。でも、それが好きなんだ。このような小さな変化は、私にとって小さな秘密となり、時には他の人がそれを発見することもあるんだよ」

“For the Love of God” で使用した Ibanez Universe はプリンスに贈られました。
「私はプリンスが大好きで、大ファンだったんだけど、彼が7弦を持つべきだと思ったんだ、彼が7弦を使って何かするのを見たいから。どのギターを何に使うかなんて考えもしなかったよ。何本も持っていたから、言ったんだ。”彼に7弦をあげたいんだ。あれはどうだろう?” ってね。それが “For the Love of God” を弾いたものだとも知らなかったんだ。でもいいんだ、彼はとても親切で、とても感謝してくれて、こう言ったからね。”今度、みんなが送ってくれたギターを置く部屋を作るから、そこに置くんだ”ってね。最高だったよ」
彼は “Tender Surrender” をカバーしたそうですが?
「確かそうだったと思う。それか “Villanova Junction” (Jimi Hendrix) か。あまり自信はないんだけど。CDの箱には ‘Tender Surrender’ by Steve Vai と書いてあって、彼は最初のヴァースを何度も何度も弾いているんだけど、私にはジミのように聞こえるんだ。でも、どうだろうね」
Yngwie Malmsteen、Zakk Wylde、Nuno Bettencourt, Tosin Abasi と行ったGeneration Axe ツアーはどう受け止めているのでしょう?
「私のお気に入りだよ。彼らは兄弟みたいなもので、ツアーでは本当に楽しい時間を過ごしたよ。彼らは完全にプロフェッショナルだ。いい意味で非常識で(笑)、みんな自分の仕事に自信を持っていて、長年にわたって究極の形で結果を出してきた。バンドやソロ・プロジェクト、その他もろもろを離れて、ただ外に出るという素晴らしい機会なんだ。簡単な仕事だよ。あの人たちと一緒にいるだけで、とても楽しいよ。みんな大好きだし」
Frank Zappaと共演した時期は、その後のキャリアにとってどのように役だったのでしょうか?
「Frank と一緒に仕事をしていたとき、私はとても若かったんだ。だから、とても観察力が鋭かった。彼のやることなすことすべてを見ていたから、その後の自分行動の多くは Frank を見ていたことに起因しているんだ。彼の仕事の進め方を見ていたんだ。Frank はいつも公平で、人をだましたり、嘘をついたりすることはなく、正直で、いつもクリエイティブだった。すべてがクリエイティブになるチャンスだった。彼はいつも賢くて機知に富んでいた。フランクの口から何が出てくるかわからないけど、みんながそれを待っていた。彼は、自分の仕事に完全に専念していた。私が Frank から得たものの中で、私のキャリアに深く関わっていると思うのは、彼が自由な思想家であったということ。彼は、他人の信念や恐怖心に縛られることなく、自分の考えで真っ直ぐ進んでいたんだよ。だから、私は思ったんだ。”これこそ、音楽をやる方法、やりたいことをやる方法だ” とね。
また、Frank はビジネス面でも、ミュージシャンとして自分を守る術を心得ていて、私も多くを学んだよ。スタジオについても、編集やレコーディングのやり方など、すべて彼を見て学んでいった。つまり、数値化できないんだ。18歳のときに Frank のテープ起こしを始め、20歳のときにバンドに加わり、3年間一緒にツアーをし、常にレコーディングをしていたからね。その年頃はとても感受性が豊かだから」

Eddie Van Halen も Vai にとって重要な人物です。
「素晴らしい思い出がいくつかある。ある時、ソフトボールをやっていて、その時に初めて彼の兄(Alex)に会ったんだけど、彼はとても印象的な男で、彼の奥さんと私の子供も一緒に遊ぶようになったんだ。Eddie の家に行った時、スタジオを見せてもらったんだけど、彼があるアンプを指差して言ったのを覚えてる。”あのアンプを見ろ、あのヘッドでデビュー・アルバムの全曲を録音したんだ、2曲は除いてな”ってね。それから全然知らない曲のテープにあわせて演奏を始めた。私はこの曲を聴いて、こう言ったんだ。”これはすごいぞ!” ってね。つまり、彼がバンドでやっていたこととは似ても似つかぬものだったんだ。もちろん、彼のタッチは入っているんだけど、いくつか素晴らしい曲を聴いて、私はこう言ったんだ。”ソロのレコードを作ったらどう?” ってね。だけど、それは彼の趣味じゃなかった。彼が好きなのは “VAN HALEN のために作ったギター・パートが自分のソロ・レコードだ” というやり方だったからね。彼はそんな風に思っていた。
もうひとつ、Eddie との素晴らしい思い出がある。私は自分のスタジオで、ギターとペダルとスピーカーとアンプを使ってレコーディングしていたんだけど、Ed が入ってきたんだ。私たちはぶらぶらしていて、ただ話をしていたんだけど、彼が今やっていることについて話してくれて、私のギターを掴んで弾き始めたんだ。それは驚くべきことだった。まさに Ed の音で(笑)、私は思ったんだ。”俺の機材を使って、よくもまあ、完全に VAN HALEN な音を出してくれたな!”ってね。すべては自分の頭の中にあるということを、改めて認識する機会になったよ。結局、大事なのは機材でもなんでもないんだよ。もちろん、一部はそうなんだけど、自分のサウンドの大部分は自分の頭の中にあるんだよ。自分の頭の中で、物事がどのように聞こえているかということなんだ。Ed が私のスタジオで、私の家で、私の機材を使ってギターを弾いたとき、それがはっきりとわかったんだ」
アコースティック・アルバムの制作も行われているようですね?
「まだ完成には遠いんだけど。パンデミックの時に始めたんだ。15曲あって、そのうち13曲はシンプルなアコースティックギターで録音したんだ。それからボーカルを始めたんだけど、途中から肩の手術を受けなければならなくなったんだ。手術が終わってから、演奏ができるようになるまでしばらくかかった。その頃には、ツアーに出て、ロック・インストゥルメンタルのアルバムをサポートしたいと思うようになっていた。だけど、アコースティックと歌のツアーをいつかやるかもしれない。絶対にないとは言えないよ。Jeff Beck は80年代にフィンガーピッキングを始めた。彼は40歳の時に、これだけの名盤を残していながら完全に奏法を変えたんだ。人生はこれからだよ」
Steve Vai の創造性は尽きることがありません。
「あからさまにクリエイティブというわけではないよ。でも、自分の心に響く創造的なアイデアは必ず実現できる、それを邪魔するものは何もないという確信があるんだよね。多くのクリエイティブな人たちは、自分の熱意を信じていないんだよ」

参考文献: GUITARGUITAR: THE INVIOLATE INTERVIEW

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【SCALE THE SUMMIT : SUBJECTS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHRIS LETCHFORD OF SCALE THE SUMMIT !!

“You Have To Diversify Your Income. The Days Of Musicians Making a Living Off Of Just Their One Band Is Long Over, It Was Over Even When We Started Our Band In 2005.”

DISC REVIEW “SUBJECTS”

「6枚のアルバムをリリースし、世界中でツアーを行ってきた。たけど楽器の演奏や作曲に少し飽きていたこと、バンドの規模が大きくなってきたこともあり、お気に入りのシンガーに声をかけてみようと考えるようになったんだ」
かつて、インストでなければ SCALE THE SUMMIT ではないとまで言い切った、ギター世界のミッシングリンク Chris Letchford は実際、彼の言葉通り LIQUID TENSION EXPERIMENT と ANIMALS AS LEADERS をつなぐインストゥルメンタルの覇道を突き進む数少ない才能の一人と目されていました。
シュレッドよりも楽曲にフォーカスし、プログ・メタルの標準的なクリシェを排除。ワイルドで目的のないシュレッドの代わりに、まるで弦が声であるかのように、冒険的でメロディックなリードを自らのジャガーノートとして積み上げてきたのです。一方で、Chris の中で、インストの商業的限界、壁を打ち破れない苛立ちとマンネリの幻影が日に日に膨らんでいたのも事実でしょう。
「8人の異なるシンガーを起用したことで、シンガーと本格的に活動していくことが自分のやりたいことだと気づくことができたんだ。音楽を作ることへの情熱が再び蘇ったんだよ」
前作 “In A World of Fear” で各楽曲にソリストを招聘し、新たな “色” を加える試みが一つの導火線となったのでしょうか。SCALE THE SUMMIT は遂にインストゥルメンタルの旗手という地位を捨て去り、新たな航海に出ることを決意します。船に乗り込むのは8人の多種多様なボーカリストたち。
アルバムは Mike Semeski(ex-INTERVALS)をフィーチャーした “Form and Finite” で幕を開けます。猛烈な勢いのギター・ストリームはそれだけで十分にプログで刺激的ですが、ボーカルが加わることでさらなる波が加えられ、最後に鬼才 Andy James がゲストとして花火のごとき流麗なリードを披露し、新生 SCALE THE SUMMIT号は完璧な条件での船出を迎えます。
Chris Letchford は、数年前にソロプロジェクト ISLANDS で、ボーカルとの婚姻を予見していました。アルバム “History of Robots” にはボーカル曲が2曲収録されていたのですが、そこで歌っていた REIGN OF KINDO の Joey Secchiaroli は “Subjects” でも崇高な “Jackhammer Ballet” に登場しています。煩雑なギターワークとジャジーなボーカルの蜜月。”Subjects” にはインストゥルメンタル・バージョンも存在しますが、STS の新章は、独創的なギターと各ボーカリストの優れたパフォーマンスの組み合わせで、ネクスト・レベルへと進化を遂げたのです。
HAKEN の Ross Jennings をフィーチャーした “Daggers and Cloak” で既存のファンの溜飲を下げる一方で、バンドは新たな海域にも進出していきます。今最も注目されているバンドの一つ、SPIRITBOX から Courtney LaPlante を呼び寄せた “The Land of Nod” は STS のヘヴィーとメロディック双方の最高到達点を更新したような珠玉。
「彼の死は本当に衝撃的だった。アルバムの完成後、Garrett とは誰もあまり話をしていなかったんだ。だからアルバムの発表日に SNS にみんながタグ付けして、その時にはじめて彼が亡くなったことを知ったんだよね。辛かったね…」
アルバムのハイライトは、Garrett Garfield をフィーチャーした “Don’t Mind Me” でしょう。Chris のトレードマークであるクリーントーンのタッピングが、Garrett のソウルフルな歌声とデュエットを繰り広げるような夢見心地。 残念ながら、Garrett は昨年11月に鬱に飲み込まれてこの世を去ってしまいました。Garrett の心の痛みや喪失感を反映した感情の灯火は、インストゥルメンタルでは到達できなかった境地なのかもしれませんね。「うつ病や不安、ストレスに悩んでいる人には食事と運動の改善をお勧めするよ。自分で調べてみるのが大事だよ!」
今回弊誌では、Chris Letchford にインタビューを行うことができました。「ミュージシャンを目指すなら、収入を多様化しなければならないよ。ミュージシャンが一つのバンドだけで生計を立てていた時代はとっくに終わったんだ。2005年に僕らがバンドをはじめた時には、すでに終わっていたんだから」二度目の登場。どうぞ!!

SCALE THE SUMMIT “SUBJECTS” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【I BUILT THE SKY : THE ZENITH RISE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ROHAN “RO HAN” STEVENSON OF I BUILT THE SKY !!

PHOTO BY Huang Jiale

“To Me It Expresses The Nature Of The Project, Being Free To Create Your Reality I Built The Sky = I Create My World/My Art.”

DISC REVIEW “THE ZENITH RISE”

「僕にとってこの名前は、プロジェクトの本質を表現しているんだ。現実から自由になって、”空を構築する”。つまり、それって自分の世界/芸術を創造するって意味なんだ。
このプロジェクトは、以前僕の考え方だった “努力して作る” よりも、純粋に創造するため始めたものなんだけど、皮肉なことに、今ではフルタイムで取り組んでいるよ。」
“空には限界がないでしょ?” 南半球オーストラリアの天つ空は Rohan “Ro Han” Stevenson の牙城です。そうして大気圏から成層圏、東西南北を所狭しと吹き抜けるギターの風は、流動の旋律を後方へと置き去りにしていきます。
「僕は、空がどれだけ芸術的であるかにもとても惹かれているんだ。様々な色合い、要素、バリエーションがあって、全く同じような空模様になることは2度とない。だからこそ、その一期一会な偶発性を心から楽しんでいるのさ。」
Tosin Abasi, Plini, David Maxim Micic, Misha Mansoor。ある者は衝撃のテクニックを、ある者はリズムの迷宮を、ある者は斬新なトーンを携えて登場したモダンギターの精鋭たちは、弦の誉を別次元へと誘っています。
そんなニッチなインストゥルメンタルワールドにおいて、Ro Han は空という蒼のキャンバスにカラフルな虹音を誰よりも美しく描いていきます。テクニックや複雑性よりもリスナーを惹きつける魔法とは、きっとストーリーを語り景色を投影する能力。彼にはそんな音の詩才や画力が備わっているのです。
「僕は Tosin や Misha と対照的に多くの部分でロックやパンクのヴァイブを保っていると思うんだ。間違いなく、彼らほどギターは上手くないんだけど、それはきっとユニークなセールスポイントだろう。」
BLINK 182, GREENDAY といったポップパンクの遺伝子を色濃く宿したハイテクニックの申し子。”Journey to Aurora” は象徴的ですが、確かに Ro Han の空にはいつだって明快なメロディーが映し出されています。そして、djent のリズミックアクセントを、さながら流れる雲のごとく疾走感へ巧みに結びつけていくのです。
100万回の視聴を記録した “Up Into The Ether” は Ro Han の決意をアップリフティングな旋律に込めた希望の轍。2019年の夏に仕事を辞して I BUILT THE SKY で生きていくと誓った Ro Han。成功しようと失敗しようと後悔を残して生きるよりはましだと訴えます。
一方で、KARNIVOOL, DEAD LETTER CIRCUS を手がけた名プロデューサー、Forrester Savell との共闘、オーストラリアンセンセーションはアルバムによりアトモスフェリックで感傷的な空模様ももたらしました。
ダークで激しい雷鳴のようなタイトルトラック “The Zenith Rise” が晴れ渡ると、レコードはクリーンギターとアコースティックのデリケートでメロウ、時に優しくチャーミングな鮮やかな3つの音風景を残してその幕を閉じます。実際、この偶発性、予想不可能性から生まれるダイナミズムこそ Ro Han の音楽がクラウドコア、天気予報のインストミュージックと例えられる由縁なのでしょう。
今回弊誌では、Rohan “Ro Han” Stevenson にインタビューを行うことができました。「僕は自分でやらなきゃ気が済まないタイプで(コントロールフリークと言う人もいるかもしれないけど)、これが他の人との共同作業から遠ざかっていた原因の一部なんだ。
それはたぶん、僕が強い芸術的なビジョンを持っているからだと思う。自分が何を達成したいのか分かっているような気がするし、外から他の要素を加えても結局最終的な目標から遠ざかるだけだろうから、主に一人で音楽を作っているんだ。」8/5には P-Vine から日本盤もリリース決定!どうぞ!

I BUILT THE SKY “THE ZENITH RISE” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【NILI BROSH : SPECTRUM】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NILI BROSH !!

“There Are So Many More Professional Women Guitarists Kicking Ass Out There. I’d Rather Think Of It As “Everyone’s Era”, Where Gender, Race, Ethnicity (Or Genre!) Doesn’t Matter…I Hope The Era I Live In Is The One Where The Music Is What Matters.”

DISC REVIEW “SPECTRUM”

「プロフェッショナルの女性ギタリストがどんどん増えてきているわよね。だけどむしろ私は、性別、人種、民族、そしてジャンルでさえ関係ない “みんなの時代” だと思っているのよ…私の生きている時代は、音楽が大事な時代であってほしいわね。」
ある時は Tony MacAlpine の頼れる相棒、ある時は Ethan Brosh の美しき妹、ある時はシルクドソレイユのファイヤーギター、ある時は DETHKLOK の怪物、ある時は IRON MAIDENS のマーレイポジション。
多様性が特別ではなくなった “みんなの時代” において、イスラエルの血をひくギタープリマ Nili Brosh は培った音の百面相をソロキャリアへと集約し、性別、人種、民族、そしてジャンルの壁さえ取り払うのです。
「アルバムのジャンルに関係なく、それが音楽であるならば一つになって機能することを証明したかったのよ。だから文字通りスペクトラム (あいまいな境界を持ちながら連続している現象) というタイトルにしたの。私たちがまったくかけ離れていると思っている音楽でも、実際はいつも何かしら繋がっているのよ。」
地中海のバージンビーチからセーヌの流れ、日本の寺社仏閣、そしてマンハッタンの夜景を1日で堪能することは不可能でしょうが、Nili の “Spectrum” は時間も空間も歪ませてそのすべてを44分に凝縮した音の旅行記です。プログレッシブな音の葉はもちろん、R&B にジャズ、ワールドミュージックにエレクトロニカなダンスまで描き出す Nili のスペクトラムは万華鏡の色彩と超次元を纏います。
特筆すべきは、テクニックのためのインストアルバムが横行する中、”Spectrum” が音楽のためのインストアルバムを貫いている点でしょう。オープナー “Cartagena” から大きな驚きを伴って眼前に広がる南欧のエスニックな風景も、Nili にしてみればキャンパスを完成へ導くための美しき当然の手法。幼少時にクラッシックギターを習得した彼女が奏でれば、鳴り響くスパニッシュギターの情熱も感傷も一層際立ちますね。
“Andalusian Fantasy” では Al Di Meora のファンタジアに匹敵する南欧の熱き風を運んでくれますし、さらにそこからアコーディオン、ジプシーヴァイオリンでたたみ掛けるエスノダンスは Nili にしか作り得ないドラマティック極まる幻想に違いありません。
Larry Carlton のブルージーな表現力とエレクトロニカを抱きしめた “Solace” はアルバムの分岐点。日本音階をスリリングなハードフュージョンに組み込んだ “Retractable Intent”, プログとダンスビートのシネマティックなワルツ “Djentrification” とレコードは、彼女の出自である中東のオリエンタルな響きを織り込みながら幾重にもそのスペクトラムを拡大していきます。
EDM や ヒップホップといったギターミュージックから遠いと思われる場所でさえ、Nili は平等に優しく抱擁します。ただ、その無限に広がる地平は音楽であるという一点でのみ強固に優雅に繋がっているのです。それにしても彼女のシーケンシャルな音の階段には夢がありますね。鬼才 Alex Argento のプログラミングも見事。
今回弊誌では、Nili Brosh にインタビューを行うことができました。「音楽は音楽自身で語るべきだと信じてきたから、私にできることはお手本になって最善の努力をすることだけなの。もし私が女性だからという理由で私と私の音楽を尊重してくれない人がいるとしたら、それはその人の責任よ。」 どうぞ!!

NILI BROSH “SPECTRUM” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【JASON KUI : NAKA】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JASON KUI !!

“Maybe I Am a Working Guitar Man, So I Always Get To Play Different Kinds Of Music, That Really Influences Me So Much, So That’s Why My Music Is More Diverse.”

DISC REVIEW “NAKA”

「このタイトルは日本語の “中” から取ったんだ。中とは中間とか間っていう意味だよね。それって僕のライフスタイルなんだ。僕は最近の生活の中で、全てにおいて良いバランスを探し求めているんだ。
例えば、人生と仕事、ソロ活動とお金のための音楽、テクニックとメロディーといった二律背反の中でね。全ては正しいバランスが必要に思えるね。」
tfvsjs が統べるマスロックキングダム、香港でメタリックなシュレッドを響かせる Jason Kui の魅力は日本語の “中” に集約されています。
“仕事” であるセッションミュージシャンの経験で得た卓越した技巧と音楽眼を、”人生” であるソロ作品に落とし込む。偏りすぎた天秤は、いつしか障壁を生み出すのかも知れません。つまり技巧と旋律、ロックとアウトサイドロックの絶妙なバランスは、Jason のしなやかなライフスタイルに端を発しているのです。
言い換えれば、”Naka” とはギターアルバムに付き物のエゴを一切排除した水平な天秤。Jason のニュートラルな好奇心は、楽曲全てが別の顔を持つ虹のようなレコードを完成へと導いたのです。
「僕は80年代後半に生まれたから、オリジナルのゲームボーイで育った。だから8bitは僕にとって大きな意味があるんだよ。 そして、賑やかな渋谷のホテルで書いたリフと、8bitのレトロな雰囲気を一緒にするのはクールなアイデアだと思ったんだ。」
レトロなゲームボーイとモダンなプログレッシブサウンドがクラシカルに溶け合う “Pixel Invasion” は Jason Kui に透徹する多様性の象徴でしょう。アートワークに描かれた砂漠と海、天と地、光と影のコントラストは、そのまま作品に浸透する過去と未来、技巧と旋律、優美と重厚の音狭間を反映しているはずです。
“Splash!” で ARCH ECHO や INTERVALS の血を引く近代的でポップな “Fu-djent” を披露しながら、より硬質で伝統的なフュージョン “Mean Bird” を織り込むタイムマシーンの装い。DREAM THEATER にポルカやマカロニウエスタンを移植する “Dance of Awakening The Spirit Part II, The Ballad of The Headless Horseman” の大胆不敵。さらにダンサブルなソウル/ファンク “Games Brown (Hey!)” から、フォーキーでノスタルジックな “Then and Now” へ移行する感情の津波。これほど色彩豊かなインストゥルメンタルレコードが存在するでしょうか?
フレーズの宝石箱 Andy Timmons, シュレッドの百面相 Andy James, 複雑怪奇なフュージョンキング Tom Quayle, プログメタルライジングスター Poh Hock と、モダンギターの綺羅星を適材適所に配する隠し味も見事。料理の仕上げは当然、パン屋でありプログシェフ Anup Sastry。
今回弊誌では、Jason Kui にインタビューを行うことができました。「僕が農家だとしたら、Anup は料理人さ。僕が彼にマテリアルを渡し、彼が組み立てていくんだよ。」 “Guitar Idol” や “I Am a Singer” を追っていたファンなら記憶に残っているはず。どうぞ!!

JASON KUI “NAKA” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【THE ARISTOCRATS : YOU KNOW WHAT…?】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARCO MINNEMANN OF THE ARISTOCRATS !!

“All I Can Say In Retrospect Is That We Had a Great Chemistry And I Guess It Shows And After All I’m Still In Touch With DT And Collaborate With Jordan On Many Projects And Also Was Planning To Do Something With John Petrucci For a While. I Was Just Personally The Right Fit. I Listened To Completely Different Kind Of Music And Never Heard DT Songs Or Owned Their Albums. That Was The Biggest Deal For Them.”

DISC REVIEW “YOU KNOW WHAT…?”

「”You Know What…?” で僕らはソングライター、ミュージシャンとして互いにインスパイアし、バンドとして未踏の領域を目指したよ。バンドはその親密さを増し、互いを深く知ることが作品の限界を広げる結果に繋がったね。それでもこれは完全に THE ARISTOCRATS のアルバムだよ。だからこそ、これまでの作品で最高にクールなんだ。」
プレスリリースにも示された通り、”You Know What…?” は THE ARISTOCRATS が追求する “ミュージシャンシップの民主主義” が結実したインストライアングルの金字塔です。
Guthrie Govan, Bryan Beller, Marco Minnemann。ギター、ベース、ドラムスの “特権階級” “最高級品” が集結した THE ARISTOCRATS は、その圧倒的な三頭ヒドラの無軌道な外観に反してデモクラシーをバンドの旨としています。実際、これまでのレコードでも彼らは、それぞれが各自の特色を内包した3曲づつを持ち寄り、全9曲の和平的 “カルチャークラッシュ” を巻き起こしてきたのですから。
「僕たちは全員が異なるスタイルを持っているね。だけどその互いの相性が THE ARISTOCRATS を形成しているんだ。」Marco の言葉はその事実を裏付けますが、ただし “You Know What…?” を聴けば、バンドのコンビネーションやシンクロニシティー、共有するビジョンが互いの個性を損なうことなく未知なる宇宙へ到達していることに気づくはずです。
オープナー “D-Grade F**k Movie Jam” は彼らが基盤とするジャズロック/フュージョンの本質であるスポンティニュアスな奇跡、瞬間の創造性を体現した THE ARISTOCRATS ワールドへの招待状。
眼前に広がるは真のジャムセッション。徐々に熱量を増していく新鮮な Guthrie のワウアタック、極上のグルーヴとメロディーを融合させる Bryan のフレットレスベース、そしてソリッドかつアグレッシブな手数の王 Marco。時に絡み合い、時に距離を置き、ブレイクで自在に沸騰する三者の温度は Beck, Bogert & Appice をも想起させ、ただゲームのように正確に譜面をなぞる昨今のミュージシャンシップに疑問を呈します。
トリッキーな6/8の魔法と両手タッピングからマカロニウエスタンの世界へと進出する “Spanish Eddie”、サーフロックとホーダウンをキャッチー&テクニカルにミックスした “When We All Come Together” はまさに THE ARISTOCRATS の真骨頂。ただし、70年代のヴァイブに根ざした刹那のイマジネーション、インプロの美学は以前よりも明らかに楽曲の表層へと浮き出てきているのです。
KING CRIMSON のモンスターを宿す “Terrible Lizard”、オリエンタルな風景を描写する “Spiritus Cactus” と機知とバラエティーに富んだアルバムはそうして美しの “Last Orders” でその幕を閉じます。Steve Vai の “Tender Surrender” はギミックに頼らず、トーンの陰影、楽曲全体のアトモスフィアでインストの世界に新たな風を吹き込んだマイルストーンでしたが、”Last Orders” で彼らが成し得たのは同様の革命でした。
それはインタープレイとサウンドスケープ、そしてエモーションのトライアングル、未知なる邂逅。さて、音楽というアートはそれでも正しいポジション、正しいリズムを追求するゲームの延長線上にあるのでしょうか?
今回弊誌では、Marco Minnemann にインタビューを行うことが出来ました。DREAM THEATER のドラムオーディションには惜しくも落選したものの、マルチプレイヤーとしてソロ作品もコンスタントにリリースし、近年では Jordan Rudess, Steven Wilson, RUSH の Alex Lifeson とのコラボレートも注目されています。
「個人的には完璧に DREAM THEATER にフィットしていたと思うよ。ただ僕は彼らとは完全に違う感じの音楽を好んでいるし、DREAM THEATER の楽曲を聴いたこともなければアルバムも持っていなかったからね。それがオーディションの中で彼らにとって大きな意味を持ったんじゃないかな。」日本のサブカルチャーを反映したTシャツコレクションも必見。二度目の登場です。どうぞ!!

THE ARISTOCRATS “YOU KNOW WHAT…?” : 10/10

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