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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【CHET THOMPSON : STRONG LIKE BULL】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH CHET THOMPSON !!

“On The Piano The Bass Lines Are Played With The Left Hand And Treble Lines Are Played With The Right Hand. I Had To Turn The Guitar Upside Down On Its Headstock So I Could Tap Out The Lines The Same Way a Pianist Would.”

DISC REVIEW “STRONG LIKE BULL”

「僕のサウンドは、人と違う音を出したいという欲求から生まれているんだ。僕のギターはアクションが高く設定されていて、とても弾きにくいんだ。アクションを低く設定すると、他の多くのプレイヤーと同じような演奏になってしまうからね。僕はスケールやアルペジオ、弦のスキッピングをとても速く弾けるから、もし弾きやすいギターを自由に弾かせたら、他の人と同じようなサウンドになってしまう。だからその代わりに、自分が欲しいトーンを得るためにギターと戦わなければならないようにしている。自分にとって弾きにくいギターを作るんだ。もしそれが、太いトーンのためにリードの流動性を犠牲にすることを意味するなら、そうすればいいとね」
SNSやストリーミングの普及によって、ギターの探求はより身近で、簡単なものへと変わりました。音や弾き方の正解がそこかしこにあふれる世界で、ギターの敷居はかつてないほどに下がり、誰もが最速で上達できる環境が整っています。しかし、正解だけが、効率だけが、ステレオタイプだけが求められるギター世界は、本当に魅力的なのでしょうか?
「1980年、兄がピアノでモーツァルトを弾いているのを聴いているときに、逆さ両手タッピング奏法を思いついたんだ。ピアノでは低音は左手、高音は右手で弾く。だから私は、ピアニストと同じようにラインをタッピングできるように、ギターのヘッドストックを逆さまにしなければならなかったんだよ」
Randy Rhoads の弟子として知られる Chet Thompson は、決して効率的なギタリストではありません。ギターは重くて速弾きに向かないレスポール。太い弦を張り、さらにその弦高をわざと高く設定して、流動性を犠牲にしながらファットなトーンを追求します。それはギターとの戦い。効率や正解などクソ食らえ。自分が思い描いた理想を具現化することこそがギタリズム。そこから生まれる個性こそがギターの楽しさであり、多様性。そうして、Chet の類まれなる個性、反効率の精神はついにギターを担ぐことに集約しました。
ギターをピアノに模して弾く。Stanley Jordan をはじめ、両手タップでギターを奏でるプレイヤーは何人かいます。しかし Chet はそれだけでは飽きたりません。ピアノと同様、右手で高音を、左手で低音を奏でるためにギターを肩へと担ぎ上げたのです。効率は最悪でしょう。誰もそんなことはやりません。しかし、誰もやらないからこそ意味がある。すぐに彼の音だとわかる。それは、今のギター世界から失われてしまった魔法なのかもしれません。
「Youtuber から音楽を学ぶことについてどう思うか、という質問に対する僕の答えは簡単。ただ楽しんで曲を覚えるだけならいいけど、自分のスタイルを作りたいなら、自分だけのサウンドとスタイルを作る長い旅に出なければならない。Randy Rhoads はいつも、彼から学んだことを自分のものにしなさいと言っていた。だから、Randy のそのアドバイスを受けとることを勧めるよ」
妻の死に衝撃を受け、セラピーのため久々にギターを手に取り生み出したソロアルバム “Strong Like Bull”。アルバムには、喪失に打ち勝つ牛のような強さと共に、教えを受けた Randy Rhoads, Eddie Van Halen の哲学が織り込まれています。Djent やギターの進化を認めながらも、記憶に残るソロや耳に最も心地よいノーマルチューニングでのグルーヴにこだわる Chet のギタリズムは、よりポップに、流麗に、その歌声と共に明らかな進化を遂げています。実際はそんなにギターを担がないけれど、それでも十二分に個性的かつ魅力的。あの時代にこれをやっていれば、また違う未来もあったのかもしれません。それでも Chet はまだギターを置いてはいません。もしかすると、それだけで十分なのかもしれませんね。
今回弊誌では、Chet Thompson にインタビューを行うことができました。「Randy に学んでいたとき、ジャムったときにとてもクリエイティブなリードを思いついたから、彼に最高の生徒だと言われたんだ。どうやってアイデアを思いつくのかと聞かれたから、クラシック・ギターも勉強していると答えたよ。すると彼は目を輝かせて、そのクラシック・ギターの先生を紹介してくれと言ったんだ。僕は Randy にクラシック・ギターの先生を紹介し、彼はその先生に師事することになった。だから Randy の Ozzy とのプレイや、HELLION の “Screams in the Night” のレコードに収録されている僕の曲のいくつかには、クラシックの影響が見て取れるわけさ」 どうぞ!!

CHET THOMPSON “STRONG LIKE BULL” : 9.9/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【FIFTH NOTE : HERE WE ARE】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH FIFTH NOTE !!

“We Don’t Know If We Can, But We Try To At Least Make Rock Scene Enjoyable Without The Use Of Alcohol Or Drugs, Or Even Sex.”

DISC REVIEW “HERE WE ARE”

「僕たちは、州内だけでなく、世界的に知られるバンドになりたいんだ。僕たちは西洋のスタイルにとても影響を受けているけれど、自分たち独自のプレイも創り出そうとしている。アルバム・タイトルの “Here We Are” “僕らはここにいる” は、そうした僕たちのモチベーションを端的に表しているんだよ。僕たちは、魂に平和や癒しをもたらすような良い音楽を作りたいと思っているんだ。そして、僕たちの音楽で世界にインパクトを与えたいと願っているんだよ」
インターネットや SNS の登場、進化によって、音楽は世界中のものとなりました。これまで、決してスポットライトが当たらなかったような僻地からも発信が可能となり、人種、文化、宗教の壁を超えて多くの人の耳に届けることが叶う世の中になったのです。特に、メタルの生命力、感染力、包容力は桁外れで、思わぬ場所から思わぬ傑作が登場するようになりました。
「FIFTH NOTE と ABOUT US は、お互い西洋音楽の影響を多く受けているのは同じだね。その上で、僕たちナガ族は美しいメロディーを作るのが好きなんだ。また、トニック・ソルファ (相対音感) のような独自の音楽アレンジもあるからね。そうした美しいメロディやアレンジは、きっと深く僕らのルーツに刻まれているんだろうな」
近年、そうしたメタルの “第三世界” で特に注目を浴びているのがインドです。いや、もはや国力的にも、人口的にも、文化的にも第三世界と呼ぶのも憚られる国ですが、ここ最近、メタルの伸張は並々ならぬものがあります。ボリウッドを抱きしめた BLOODYWOOD の大成功は記憶に新しいところですが、それ以外にも様々なジャンル、様々な地域でまさに百花繚乱の輝きを放っているのです。中でも注目したいのが、インド北東部のナガランド。かつては首狩りの慣習もあったというナガ族が住むこの地域は、文化的にも民族的にも音楽的にも、インドのメジャーな地域とは異なっていて、だからこそ、この場所のメタルは独自の進化を遂げることができたのかもしれませんね。
昨年紹介した ABOUT US にも言えますが、ナガ族のメタルはメロディが飛び抜けて強力。さらに、かつて天空の村に住む天空族と謳われたその二つ名を字でいくように、彼らは舞い降りたメロディをその際限なきハイトーンの翼で天へと送り返していきます。
「一般的にロックというと、ハードコアでワイルドで暴力的な人たちや、道に迷っているような人たちが、エクストリームな音を通して怒りを表現し、怒りで痛みを解消しようとするものだ。そのような中で、僕たちは、道に迷ったり、君が挙げたような問題を抱えた人々に、自分たちは孤独ではないということを伝えたいんだよ。僕たちの前向きな音楽が彼らの痛みや問題を和らげてくれることを願っているんだ」
そこには、ナガ族の90%が敬虔なクリスチャンであるという事実も関係しているのかもしれませんね。インドの多くの新鋭がエクストリームなサウンドで人気を博す中で、FIFTH NOTE はプログレッシブ・ハードという半ば死に絶えたジャンルで世界に挑んでいます。ただし、このジャンルでは、暴力も、ドラッグも、セックスも、決して幅を利かせてはいません。必要なのは、ポジティブな光と知性、そして複数のジャンルを抱きしめる寛容さ。つまり、洗礼を浴びた FIFTH NOTE にとっては追求すべくして追求したジャンルでした。
「僕らがクリスチャンであるという事実、クリスチャンとしての倫理観は、僕らにもっと良いことをしようというモチベーションを与えてくれるんだ。できるかどうかはわからないけど、少なくともロックシーンをアルコールやドラッグ、あるいはセックスを使わずに楽しめるものにしようと努力しているよ」
理想は追求しなければ実現しない。インドに、そして世界に不公平や抑圧、犯罪に暴力が蔓延っていることは、当然彼らも知っています。しかし、暴力は暴力では解決せず、怒りに怒りをぶつけることがいかに愚かであるかも彼らは知っています。だからこそ、FIFTH NOTE はセックス、ドラッグ、ロックンロールという乱暴なステレオ・タイプを破壊して、メタルは “ストレート・エッジ” でも存分に楽しいことを伝えようとしています。それが世界を前向きに変える第一歩だと信じながら。
そしてその野心は、TNT, CIRCUS MAXIMUS, STRYPER, TOTO といった一癖も二癖もあるような英雄を、旋律や知性、そして耳を惹くキャッチーなサウンドで今にも凌駕しそうな彼らの音楽なら、 実現可能なのかもしれませんね。
今回弊誌では、FIFTH NOTE にインタビューを行うことができました。「ナガランドは丘陵地帯が多く、部族が多く住んでいる。そのため、音楽はほとんどが民族音楽なんだ。しかし、西洋の侵略が進むにつれて、そうした音楽はかなりポピュラーになっていった。だから伝統音楽と同様に、ロックやメタルも僕たちに大きな影響を与えることになったんだ」 どうぞ!!

FIFTH NOTE “HERE WE ARE” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ROBBY VALENTINE : EMBRACE THE UNKNOWN】 “MAGIC INFINITY” 30TH ANNIVERSARY


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ROBBY VALENTINE !!

“What Will It Take To Make The Younger Generation Understand That Life Is Not About Views And Likes. That The Only Way For Fulfilment, Love And Reality Is That You Follow Your Own Path, And Do The Things Your Deepest-self Wants You To Do And Go For.”

DISC REVIEW “EMBRACE THE UNKNOWN”

「僕にとっての成功とは、商業的な成功や売り上げで測られるものではなく、もっと芸術的なもの。若い世代に、人生は再生回数や “いいね!” の数ではないことを理解させるには何が必要だろうか。充実感、愛、そして現実を手に入れる唯一の方法は、自分自身の道を歩み、心の奥底にある自分の望みを実現することなんだ。つまり、自己実現だね。だけど今は、携帯電話やソーシャルメディア、スマートデバイスが普及し、自分の内なる声を聞くことはほとんど不可能になってしまっているんだ」
Robby Valentine。オランダの貴公子、旋律の魔術師の二つ名を持つ眉目秀麗の美男子は、しかしその端麗なルックスからは想像もつかないほどの芯の強さと回復力を兼ね備えています。思えば、今年30周年を迎えたプログ・ハードの傑作 “The Magic Infinity” は、あと数年早ければ彼をロックスターの座に押し上げたはずですし、そのゴージャスな出立ちも時代が時代ならば世界中に信者を増やしたに違いありません。しかし、世はスマホもネットもないグランジが席巻した90年代初頭。Robby の音楽や容姿、言葉は、世界中からダサい、クサい、時代遅れだと切って捨てられてしまったのです。真の音楽とは、タイムレスで、内なる自己実現の賜物であるにもかかわらず。
「日本は僕にとってオアシスだった。長髪、化粧、その他もろもろのせいで、オランダでは信じられないほど苦労した。でも、日本のバンドと比べると、まったく着飾っていないほうだったよ。X Japan のようなバンドのルックスは大好きだった」
そんな苦境にあって、日本だけは Robby Valentine を抱きしめました。”No Turning Back” のドラマに熱狂し、”The Magic Infinity” の幻想美に唸り、”Over and Over Again” の旋律に涙する。ただ、天才的なメロディ・メイカーであるだけでなく、彼は卓越したマルチ・プレイヤーで、挑戦的な作曲者で、日本が発掘した QUEEN の崇拝者でもありました。そして幸運なことに、世界のトレンドや他人の趣向にそれほど左右されなかった当時の日本には、Robby を受け止める土壌がありました。
まだ、日本が “いいね!” に支配されていなかった時代。そうして、もしかすると消えていたかもしれない才能は、遠く離れた島国との蜜月によって力強く生き残りました。Robby は持ち前の諦めない芯の強さと、メタルの回復力、反発力によって自らの “成功” を勝ち取ったのです。
「僕の視覚は今はもう2%くらいしかないんだ。片目でぼんやりと見える程度だね。この視覚的なハンディキャップによって、僕はより内面的な世界に入ることを余儀なくされている。技術的には多くのものを失ったよ。でもね、そのおかげで演奏に深みが出てきたんだ」
数奇な運命によって多くの苦境や壁にぶち当たる天才が、近年襲われたのが目の病です。コロナ禍で診察ができず、ほとんど失明に近い状態に陥ったプリンスは、しかし今回も諦めてはいません。神がかったテクニックを失い、レコーディングに以前の5倍の時間を要するようになった今でも、Robby は音楽を愛していて、ライブにワクワクして、演奏に深みが出たとまで言い切ります。”Embrace The Unknown” “未知を抱きしめよう”。新作のタイトルは、Robby とメタルのそうしたレジリエンスを如実に反映しています。そして、苦境を力に変える Robby の “魔法” は、かつて日本が彼を “抱きしめた” のと同じように、未知の “暗闇” をも抱きしめ、光と色彩に変えたのです。
「音楽と芸術一般は常に逃避場所で救いであるべきだよ。ただ、僕がやっているのは、音楽において自分の最も内側にある感情に従うことだけだ。聴く価値のある音楽は、精神ではなく心から来るものだけだと、僕は感じているからね」
そうして Robby は、この寛容で、優しく、多彩で、色彩豊かなアルバムにおいて、未知なる他者、未知なる文化をも抱きしめようと呼びかけます。もちろんここには、QUEEN, BEATLES, ELO, THE BABYS, スウィング、クラシックにブロードウェイ、そして渦を巻く鍵盤と壮大なコーラスが認められています。ただし、それはあくまで旅の道標。貴公子が触れればそれらはすべて、Robby の色に染まります。私たちは、このシアトリカルでドラマティックなヴァレンタイン劇場を待っていました。同時に、視力を失ってもよい夫でいられるだろうか、よい父でいられるだろうか、よい音楽家でいられるだろうか…そうした不安をすべて曝け出した “伝記的” アルバムで、彼は真の感情を見つけ、苦悩し、表現し、それでも寛容な未来に光を見出すのです。
今回弊誌では、Robby Valentine にインタビューを行うことができました。「この25年間、ラジオから流れてくるレコードの中で、音声補正やオートチューンによって台無しにされていないものはほとんどない。僕らはみんな、クソロボットたちの音楽を聴いているだけなんだよ。だから、僕はそこから手を引いて、自分のやるべきことをやっているんだ」 ヘヴィ・ロックとプログ、そしてポップスの境界線を破壊した天才の新たなる傑作。どうぞ!!

ROBBY VALENTINE “EMBRACE THE UNKNOWN” : 10/10

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COVER STORY 【VAI : SEX & RELIGION】 30TH ANNIVERSARY


COVER STORY : VAI “SEX & RELIGION” 30TH ANNIVERSARY

“At The Core Of All Religion And At The Core Of All Sex, There’s Love. It’s Just Interesting To See How That Gets Perverted And Transformed.”

SEX & RELIGION

「”セックス” と “宗教” はとてもパワフルな言葉だ。”宗教のセックス” は、”Passion of Warfare” “戦争の情熱”のようなものだ。最も純粋な形のセックスは、2人の個人が意識の最前線で神との親密な関係を見出す場所なんだ。それは神聖な愛の行為だ。そしてもう一方の端には、欲望という倒錯がある。殺人のようなものまである。私たちの多くは、その中間に位置していると思う。
宗教も同じだ。宗教の基本は純粋なインスピレーションであり、ある個人が現れて神を悟り、その指示を世界に与えるところから始まった。しかし、それがエゴや関係者のニーズに合わせてねじ曲げられる。すべての宗教の核心には愛があり、すべてのセックスの核心にも愛がある。それがいかに曲解され、変容していくのかを見るのは興味深い。つまり、宗教は歴史上、戦争の最大の原因のひとつなんだよ。
誤解しないでほしいが、私はどんな宗教も非難しているわけではない。しかし、世の中には宗教やセックスで金儲けに走っている連中もいる。彼らはお金で希望の約束を売る。信じてほしいが、神の美しい青い地球上で、宗教的な変質者ほど危険なものはない。とにかく、私はこの2つのコンセプトに非常に興味をそそられる。それに、多くの人がセックスと宗教にこだわっているしね」
30年前の Steve Vai の言葉です。さて、彼は預言者でしょうか?それとも占星術師?とにかく、今やギター世界すべての人から敬われ、愛されるようになったギターの魔術師は、30年前の時点で倒錯した現代の暗闇を予見していました。特に、日本に住む私たちはつい最近、統一教会の横暴を目にし、DJ SODA の性被害を目撃したばかりです。Vai の言うように、核となるべきは愛、探るべきは要因であり、曲解の理由であるはずなのに、私たちはしばらく祭のようにSNSで大騒ぎして、被害者も加害者も焼け野原のごとく断罪して、そうしてすぐに何もかも忘れてしまいます。実際、このレコードのワーキング・タイトルは “Light Without Heart”、心なき光だったのですから。
最近日の目を見た Vai のバイカー・カルチャー作品 VAI/GASH のアルバムを差し置いて、Vai が唯一、リーダーとしてバンド形式で制作した “Sex & Religion” は真のゲームチェンジャーでした。それはもちろん、音楽的な革新性、多様性のみならず、扱ったテーマの深淵とも密接に関連しています。つまり、”Sex & Religion” は音楽とコンセプト、その両輪が激しく火花を散らしながらもガッチリと噛み合って、”ヘヴィ・メタルでも実験や哲学が可能” であることを証明した先駆的な作品だったのです。

加えてこの7弦ギターの悪魔は、ベースの怪人 T.M. Stevens やドラムの名手、Terry Bozzio と意気投合してアルバムの異様な基盤を固めました。最後のピースは Devin Townsend。分身となるボーカルに選んだのは、20歳で、カナダのバンクーバー出身の無名のシンガー/ギタリスト。後に、STRAPPING YOUNG LAD やソロ・プロジェクトでメタル世界を背負う鬼才の発掘でした。
David Lee Roth のバンドや ALCATRAZZ, WHITESNAKE でプレイしてきた Vai は、派手で優秀なリード・シンガーを知らないわけではありません。キッズ・ロックの Bad 4 Good をプロデュースしたことで、レコーディング・スタジオでの若者のハイテンションに対する対処法も学んでいました。しかし、奔放で運動神経が旺盛な Devin には、事前の経験ではまったく歯が立たなかったのです。しかしこの噴火直前のキッズは、ダンテの地獄篇の最下層における迷える魂のように叫ぶことも、ゲーテのように神々しくもロマンチックに唄うこともできました。
「彼のギターケースにウンコをした。タッパーにウンコを詰めてギター棚に忍ばせたりね。感情的に未熟すぎてそんなやり方でしか不満を表せなかった。彼は唖然として、なんで…?って感じだったけど、今も見守ってくれてるよ」
Vai が Devin に手を焼いたのは、Devin が Steve Vai 式裕福なロックライフが気に入らなかったから。それでも巨匠は決して匙を投げたりはしませんでした。そんな Vai の寛容さは、自身のヒーロー Allan Holdsworth に会った時の体験が元となっています。
「Allan はとても優しかった。とても優しく話しかけてくれた。もし自分が有名になったり、誰かから尊敬されたりしたら、こんな人になりたいって思ったんだ。だからこそ、今もそういう人間になりたいんだ。誰かに気を配り、興味を持ち、心配し、柔らかく、ね。完全に傲慢じゃない。僕は、路地にいる18歳か19歳の子供だったにもかかわらず、だ。そしてショーは驚異的だった」

“Sex & Religion” のほとんどの曲はメタル/ハードロック/ポップスの領域から始まりますが、Vai のトレードマークである破天荒なアックスワークに後押しされ、すぐにハーモニーやリズムが奇妙な方向へと逸脱していきます。”Frank Zappa のせいだよ” と巨匠は師匠の名をあげて笑います。
Vai がまだバークリー音楽院の多感な3年生だった頃、Frank Zappa はこの若いギタリストの天才的な献身ぶりを高く評価し、Zappa のバンドの複雑なアレンジをすべて書き写すという困難な仕事を任せました。Vai はその知識を手に、卓越した技術と才能、狂信的とも言えるほどの献身的な努力によって、偉大な存在へと上り詰めたのです。
“Sex & Religion” 以降、時に歌も活用しつつ魅惑のインスト・アルバムを連発することとなる Vai ですが、93年当時は歌モノに戻ることを自然な流れだと語っていました。
「コンセプトとしては、ヴォーカリストと、強力で明確なスタイルを持つプレイヤーたちと一緒にレコードを作りたかった。ロックの要素もありつつ、私が普段やっているようなひねりのあるものを作りたかった。そもそも、”Passion And Warfare” 以外は、ボーカルを使ってきたんだ。ボーカル・アプローチに戻るのは自然な流れだと思ったんだ。だからといって、今後私がやることすべてにボーカルが入るというわけではない。だから私はミリオンセラー・アーティストにはなれないだろう」
Devin Townsend はテープの山の中からまさに “発掘” されました。それは、Vai がかつて “David Coverdale ほど歌がうまい人はいないし、David Lee Roth ほどショーマンな人もいない。でも、両方のシンガーの長所を兼ね備えたシンガーが必要なんだ” と語っていたその要求を完全に満たす人物でした。
「ゴミ袋5つ分くらいのシンガーのテープがあるんだ。みんな素敵で、歌がうまくて、安全でいい曲を書くんだ。でも、Devin が作った “Noisescapes” というテープは、インダストリアルでヘヴィだけどメロディアスという、想像を絶するハードコアな音楽だった。テープを作ったときはまだ19歳だった。彼はそれを私のレコード会社(Relativity)に送り、私はその会社を通してそれを手に入れた。1分間そのテープを聴いた瞬間、彼は特別な人だと思った。私たちはタホの私の家に集まった。私と彼とエンジニアのリズだけで、雪の中を転がったり、ジャグジーでジャンプしたりした。彼には本当に素晴らしい、何にでも挑戦しようとするアティテュードがある。彼は本当に外向的で、素晴らしいリード・シンガーだった」

異形ドレッドの Vai と、全身にマジックで何かを書き散らしたスキンヘッドのイカれたサイコ野郎の組み合わせは衝撃的。パワーがあり、音域が広く、風変わりで、しかも独自のスタイルを持った Devin は、さながらドーピングをブチかました Mike Patton のように、Devin の言葉を借りれば “金玉で” 叫んでいました。さらに蓋を開けてみれば、Devin Townsend は素晴らしいリード・シンガーであるだけでなく、素晴らしいギタリストでもありました。
「彼は素晴らしいギタリストなんだ。本当に驚異的なスウィープをやることができる。彼はおそらくライブでたくさんギターを弾くだろう。でもこのアルバムでは、ギターは全部自分で弾いた方がいいと思ったんだ。将来的には、もっとライブ・ジャムを録音するかもしれない。でも、このアルバムがフュージョンみたいにならないように気をつけたかったんだ」
実際、Steve Vai はギター・インストの第一人者ですが、その楽曲のほとんどはフュージョンではなくあくまでロックやメタルです。
「まあ、私が言いたかったのは、悪いフュージョンもできるということだ。私にとってフュージョンはディスコと同じで、ある種のテイストなんだ。フュージョンは私の生い立ちの大部分を占めているし、フュージョンから得られる素敵な瞬間もあると思う。6分の曲の中で、特定の2小節のフレーズがとてもうまく機能しているとかね。でも、曲全体がギターソロで埋め尽くされ、蛇行するようなオーギュメント・ナインスコードで構成されてしまうと、典型的なフュージョンになってしまうからね」
たしかに、このリズム隊で典型的なフュージョンをやってしまうと、Steve Vai にしてはあまりに “安全” なコンセプトとなってしまったでしょう。
「T.M. Stevens については、スペインでジョー・コッカーと一緒にテレビ・コンサートで演奏しているのを見た。彼が演奏できることは知っていたが、あれほどうまく演奏できるとは知らなかったね。それに、彼は本当にうまくなりそうなルックスをしていた。Terry Bozzio は、ずっと一緒に仕事がしたかったんだ。ずっと好きなドラマーだった。彼は普段ロックンロールが好きではないから、このプロジェクトに参加させるのはとても奇妙な挑戦で、でも彼はやってくれた」

もちろん、Vai 自身の挑戦も継続して行われました。
「まあ、”Rescue Me Or Bury Me” という曲があって、これはギター・アルバムから最も遠いところにある曲なのに5分間も蛇行する長いギター・ソロがあるんだ(笑)。そこでは本当に奇妙なテクニックに触れていて、ある音をタップし、ワーミー・バーを引き上げて、バーを引き上げたままメロディーを弾くんだ。それからバーを押し下げ、バーを押し下げたまま演奏する。バーを上げたり下げたりしながら演奏する。これはとても難しい。見事なイントネーションが必要だしね。クールなのは、ギターではとても不自然に聞こえる音符のベンドが自然にできることだ。
あのソロの一番最初にやったもうひとつのことは、ピックの代わりに指で弾くことだった。そうすると、Jeff Beck にとても似ていることに気づいたんだ。同じ音でも、弦の太さでトーンが変わったりするテクニックも使ったね。”Touching Tongues” では、ハーモニクスとワーミーペダルを組み合わせて天空の音を創造したし」
Vai はギターを弾く際、自分を律するために瞑想をすることで知られています。
「まあ、みんな瞑想していると思うよ。私が瞑想を意識するようになったのは、Zappa のために採譜をしていたときだ。自分の心の別の部分を使っていることに気づいたんだ。意識がぶれることなく何かに集中すると、本当に新しい世界に入り込むことができる。テープ起こしをするときもそうだし、練習するときも、ギターのテクニックに集中する。気が散ることなく集中できたとき…それはとても難しいことだけど…望む結果を得ることができる。”Sex & Religion” には、瞑想の賜物である瞬間があったと思う」
ただし、瞑想もギターも、Vai にとっては手段の一つでしかありません。
「音楽は素晴らしいし、心から愛している。でも、それは私にとっては手段なんだ。私の目的は、ギターをファンタスティックに弾けるようになることではない。素晴らしい演奏に触れたことはあるよ。でも、ギターを弾くことは私にとって大切なことではあるけれど、人生で最も重要なことではないんだ。
もし私が手を失ったらどうなるだろう?培ってきたものすべて失う可能性がある。耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなったり……。そしたらどうなる?ギターの腕前は?君には何がある?あるのは自分自身、つまり意識だけだ。だから、私の次の戦いはギターとの戦いではない。自分自身と自分の意識との戦いだ。それはいつも自分とともにあるものだから」

Vai の言うとおり、”Sex & Religion” の革新性はギター以上にそのコンポジションにあるのかもしれません。ロックやメタルでは通常聴くことのないハーモニーやモードが溢れているのですから。
「他のレコードやロックでは聴いたことのないようなモードが聴こえるだろう。例えば “Deep Down In The Pain” の最後、奇妙な誕生のシークエンス。何が起こっているかというと、子供が子宮から出てくるんだよ。神性の声を聞いたり、質問したり、奇妙なことばかりしている。でも、バックで聞こえてくるのは、私が考案した音階に基づいた荒々しい音楽なんだ。
私はそれを “Xavian” “ザヴィアン” スケールと呼んでいる。私がやったのは、12音列をキーボードでサンプリングして音を作ること。そこから、いろいろな音律を試すのが好きなんだ。(ヨーロッパの12音音階は、オクターブ間の周波数帯域を分割する1つの方法に過ぎない。他の文化や、ラモンテ・ヤングやウェンディ・カルロスといった作曲家の作品には、異なるシステムが存在する。現代のシンセサイザーの中には、別の音律を提供するものもある)
オクターブを9段階か10段階に分けた、さまざまな音階があって、私はそれを “フラクタル” と呼んでいる。”Deep Down In The Pain” の最後では、オクターブを16等分したスケールを使った。つまり、その中の各半音階は、従来の半音階とはちょっと違っていて、100微音階に対して60微音階なんだ。私はこれを半音階と呼ばず、”クエーサー” と呼んでいる。
その異なる音程が、この16音列から私が抽出した10音音階であるザヴィアン・スケールを作り出す。このスケールを使って和音を弾くと、まるで神の不協和音のようになる。ザヴィアン・スケールから広がる、ねじれた感情の世界を想像してみてほしい!私たち人間は、進化の過程で音楽によって形作られてきた。より多くの人がこのようなフラクタルの実験に没頭するようになれば、まったく違った感情の状態が生まれると思う。しかし、METALLICA がザヴィアン・スケールでジャムるのを聴くことはないだろうね (笑)。Kirk に16フレットのギターを貸すよ。普通のフレットの楽器ではこんなことはできない。オクターブまで16フレットのギターがあるんだ。スティーブ・リプリーが何年も前に作ってくれたんだ。彼はオクターブに対して24分割のものも作ってくれたよ」
一方で、”Sex & Religion” には類稀なるフックとポップ・センスが宿っています。
「あの “In My Dreams With You” のように、フックのあるポップなコーラスは、実は僕の友人でロジャー・グリーンウォルドという男が書いた曲からきているんだ。彼は本当に優れたギタリストであり、プロデューサーでもある。私が大学生の頃に彼が書いた曲の一部なんだけど、私はずっとこの曲で何かやりたいと思っていたんだ。
基本的に曲の構成は全部書き直したんだけど、それからデズモンド・チャイルドと一緒に歌詞を考えたんだ。デズモンドは本当にユニークな作詞家だ。彼は BON JOVI や AEROSMITH のようなバンドで大金を稼いだから、多くの人は彼のことをシュマルツ・ポップの帝王だと思っている。でも、彼は本当に何でもできるんだ。”In My Dreams With You” はこのアルバムに収録された彼との唯一の曲だけどね」

Devin は歌詞に関して何か意見を言ったのでしょうか?
「”Pig” は Devin と一緒に書いたんだ。すごくいい曲だよ。かなり奇妙な曲だね。”Pig” は、ある日MTVで BLACK CROWS を見ていて生まれたんだ。私は彼らが好きなんだよ。彼らが “Remedy” という曲を演奏していて、すごくいい曲だと思ったんだ。で、誰もが共感して一緒に歌えるような、ストレートな曲が必要だと思った。それで “Pig” を書いたんだ。
それに当時はよく PANTERA を聴いていたんだ。Dimebag Darrell は、私のお気に入りのギタリストになったよ。彼はどうかしている。カミソリの刃のような独特のトーンを持っている。
だから、このアルバムはおそらく現存するレコードの中で最もラウドなミックスになった。カオティックなハーモニーのフリー・フォー・オールだ。彼らが街に来たときに一緒にプレイしたかったんだけど、残念ながら私はその時街にいなかったんだ。
彼が TIN MACHINE と一緒に演奏するのを見たんだけど、今まで見た中で最も楽しいギター・コンサートのひとつだったよ。彼はとてもアウトなんだ。彼は本当にクレイジーで神経質なビブラートを持っている。もし彼が “Remedy” のような曲を書こうとしたら、おそらく “Pig” のようなレフトフィールドなものを書くだろうね」
2人のクリエイティヴな巨人が集まれば、傑作が生まれると同時に、大量のカオスと対立も生まれるもの。「僕らはコインの裏表みたいなものなんだ。僕らは仲がいいんだけど、お互いに潰瘍を作ってしまうんだ」と1993年のインタビューで Devin は語っていましたが、近年 “Modern Primitive” での共演などで雪解けは確実に進んでいるようです。
「私たちは2人とも、自分たちの好きな音楽に対する強いビジョンと願望を持っている。”Sex & Religion” に取り組み始めた頃、私はそのビジョンにかなり集中していた。素晴らしいシンガーが必要で、Devin を聴いたとき、すぐに “この人だ!” と思った。でも、当時私は、これが私のビジョンであり、私が集中したいことという非常に厳格なアプローチをしていたから、曲作りやプロデュースに関して、クリエイティブなコラボレーションはあまりなかったんだよ。日本盤のボーナストラックの “Just Cartilage” と、Devin と私が一緒に書いた “Pig” 以外はね。実はこの2曲は私のお気に入りの曲で、私がコントロールを固く握っていたのを緩めたゆえに良いものができた。でも残念ながら、あの時は誰もが私の神経質な要求に従うことになった。当時は、Devin がどれほど才能があり、創造的であったかを理解していなかったんだ」

たしかに、Terry Bozzio も当時の “やりすぎ” な Vai の姿を鮮明に記憶してきます。
「Steve とは “Sex and Religion” で一緒に仕事したが、ちょっと問題があって、辞めさせてもらった。今でも仲は良いけどね。彼は仕切りたがるんだよ。俺とは音楽へのアプローチが全く違う。俺は即興を重んじる。彼はあらかじめ全部組み立てておいて、メンバーにいちいち指示する。なんだか工場で働いてるみたいな気分だった。ほとんど全ての小節ごとに喧嘩してたような感じで、ちっともクリエイティヴじゃなかったんだ」
Devin はしかし、Vai の当時の “コントロール・フリーク” ぶりを擁護します。
「ちょっとだけ悪魔の代弁をさせてもらえば、僕は当時19歳で、16歳のときに Steve のレコードを聴きまくっていた。両親の寝室で “クロスロード” を見て、大好きになったのを覚えているよ。Steve と一緒にやるとなったとき、それは僕にとって突然の公然の出来事で、だから彼と別のアイデンティティを持つことに必死だったと思う。僕は僕でありたかった。で、僕が持っていたのは、完全な好戦性だった。その多くは Steve とは直接関係なく、物事に対する自分の反応に関係している。”Sex & Religion” の経験を経て、僕は何かを誰かに指図されるのが嫌になった。その好戦的な態度が、最終的に STRAPPING YOUNG LAD になった。だから、僕の音楽的成長、そしてそのメンタリティに根ざした多くのことに大きく影響しているんだ。40代半ばになった今でも、20代前半の頃と比べれば、好戦的な感情はずいぶん減ったかもしれない。でも、すべてをコントロールするという点では、それに共感できる人がいるとすれば、それは僕もそうだ。だから、あの時 Steve がしたことは、そのビジョンのために必要なことだったと思う。同じ立場なら、僕もまったく同じことをしたと思うよ」
Devin に不満があったとすれば、それは音楽産業そのものに対してでした。
「僕は最初から、少なくとも自分の音楽的思考をまとめ始めたときから、音楽の本質は人間を超えたもの、ある意味で神聖なものに根ざしていると感じていた。そして、LAで突然、目が覚めたんだ。Steve のせいでも、彼の周りの人間のせいでもない。言ってみれば、音楽業界と俳優業界のせいだ。もちろん、そこには Steve のように努力して、地に足をつけた人も多い。だけど一方で、名声や地位、コネクションが幅を利かせているのも事実だからね」

Vai は “Sex & Religion” 以降の Devin の活躍に目を細めています。
「Devin の作品は多様だ。そして、その多様性の中に、声という糸がある。アンビエントのレコードであろうと、準カントリーのレコードであろうと、メロディーと Devin のプロダクション・サウンドの発泡性がある。すべてが美しく包み込まれている。私が最も注目したことのひとつは、Devin の音楽は、Devin の人生を通しての個人的な変容に深く根ざしているということだった。
例えば、”Truth”。私にとってこの曲は、おそらく Devin のカタログのどの曲よりも、ただ爆発している。Devin が今いる場所、そしてこの曲が今の Devin にとって何を意味するのかに折り合いをつけるために、この曲を再訪し、再録音したことはとても興味深い。音楽は、自らの内面を映し出す結果のようなものだから。浸透しているよ。Devin がやっていることを、多くのファンは本当に理解している。私自身、自分自身の成長の捉え方と類似している部分もあって、とても興味深いね。そのひとつは “Truth(真実)” にある。心の無知に身を委ねることで、真実が見えてくる。その言葉を口にするだけでも、そこにはたくさんの知恵が詰まっているよ」
Devin はこの30年で音楽業界が衰退して、”Truth” を見失い、”クソ” になったのは幸せな偶然だと考えています。
「ラジオを追いかける理由がなくなって、その時点で “さて、どうしよう?”という感じで。それは大きな重みから解放されるようにも思えた。架空のマーケットを喜ばせる必要がある?どうせ売れるものは売れるんだから、売れないものは売れないんだから、いっそのこと街に繰り出そう!みたいな感じ。僕の前では多くの “売春” が行われている。僕は絶対的な強迫観念を持つ完璧主義者で、これまで何一つうまくいったことがないし、これからもうまくいくことはないだろう。でもね、この苛立ちの底流が推進力になっているんだ」
Vai も目的は “売ること” ではないと同意し、音楽業界本来のあるべき姿を見据えます。
「私が気づいたのは、”Sex & Religion” の、あれだけの音楽をレコーディングしたとき、自分がいかに自由で無邪気だったかということだ。何の期待もしていなかった。自分以外の誰かを喜ばせようとしないでね。あの頃の私は、”自分を楽しませるために何ができるか?” だけを考えていた。ある面では、何年もの間、音楽業界から遠ざかっていた。なぜなら、それが何かを創作することの価値であり、まず重要なのは自分自身を喜ばせることだからだ」


参考文献: GUITAR WORLD:Steve Vai Discusses Devin Townsend and New Album, ‘Sex And Religion,’ in 1993 Guitar World Interview

PREMIER GUITAR:PG Exclusive! Devin Townsend Interviews Steve Vai

EON MUSIC: STEVE VAI

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【EXTREME : SIX】 JAPAN TOUR 23′


COVER STORY : EXTREME “SIX”

“The Great Bands That We Love, They Still Wrote Simple Rock Songs, But There Was a Complexity If You Wanted To Look Deeper. So What I Call It Is Simplexity!”

EXTREME: SIX

今年のポップ・カルチャーな圧倒的にエレキ・ギターがモメンタムです。そして EXTREME 待望の新作 “Six” にはまさに、シュレッダー志望者なら誰もが弾きたいと思うソロと、ハードロック的なグルーヴに包まれたキラー・リフのオンパレード。3月3日に公開されて以来、ファースト・シングル “Rise” の再生回数は300万回を超え、多くのプレーヤーが練習に戻って自分のプレーを見直すことになったはずです。同世代で最もダイナミックなプレイヤーの一人である Nuno Bettencourt は、ここにきてまた一段とレベルアップしているのですから。
そしてそれが、Bettencourt の “Six” に対するアプローチ、原動力の1つでした。
「”Six” では、エネルギーとコミットメントを持って物事を投げかけることが重要だった。炎や情熱という言葉は俺の日常だ。ギタリストとして、どのアルバムでも、俺は常に偉大なプレイヤーからインスピレーションを受けてきた。でも、いつかは彼らを倒したいと思わなければならない。俺はまだ倒せると信じている。 “ヒーロー” と肩を並べられると信じていないのに、なぜ誰かと何かを共有したいと思えるんだ?そうやって俺は人々とつながり、ギターの楽しい面を見せたいんだよ」

同じく MV となった “#Rebel” と “Banshee” を聴けば、”Six” が2023年最高のギター・アルバムの一つであることは疑うまでもありません。しかし、このバンドが EXTREME である以上、アルバムは当然、ハードなロックばかりではありません。彼らのサウンドには弾力性があり、Bettencourt が7弦ギターに挑戦した “X Out” のような大胆な柔軟性も備えています。”Beautiful Girls” のような VAN HALEN 的常夏ポップなスタイルもあり、バラードもあれば、アンセムもあります。Bettencourt が言うように、EXTREME では “予期せぬことを予期しなければならない” のですから。
壮大なギター、親しみやすいメロディ、ジャンルの横断、誰も思いつかなかったようなギミックや展開。このアルバムをプロデュースした Bettencourt は、バンド・メンバーをかつてないほど追い込んだといいます。中でも、当然のことながら、Bettencourt は自分自身を最も追い込みました。だからこそ、実に30年ぶりくらいに、”ギタリスト” があれほど注目を集め、興奮をさらった “Rise” の “ワイルド” なソロが生まれたのです。
「一言でいえば “ワイルド” だ。ファンの反応そのものがね。ほら、エゴイスティックに、自信たっぷりに、俺はいつも、”Porno” でも “III Sides” でも何でも、すべてのアルバムに情熱と炎を持って臨み、それが何らかの反応を得るべきだと信じていたけどね。そうでなければ、やらないよ。
最近、ある人から “More Than Words” はあなたたちにとって祝福なのか呪いなのかと聞かれたんだよな。面白い。一方では、”More Than Words” が世界的に1位を獲得し、世界ツアーを行うことができた。それはとても素晴らしいことだ。おかげでまたアルバムを作り、たくさんのクールな音楽を生み出すことができる。そして、俺たちは住宅ローンを払い、実際に最終的に生き残ることができた。だから、もし “More Than Words” が成功しなかったら、俺はバーガーキングで働くことになっていたかもしれない。だから、ヒットを恥ずかしいと思ったり、呪いだと思ったりしてはいけないということは言える。俺たちは、どのアルバムに収録されている曲も、まさにその理由で誇りに思っているんだ。そして、人々が俺のギターに共感してくれることを願う。
でも、俺は56歳になって、バンドは15年間音楽活動をしていなかったから、さすがにこれほど反響があるとは思いもしなかった。本当にワクワクする。なんだか目が回るような気分だよ。以前は、何かを発表するとき、人々がそれを好むかどうかがわかるまで、何カ月も待たなければならなかった。ラジオに出演して、チケットを売って、お客さんが来てくれるかどうか…チャートも見る。そのすべてに時間がかかる。今は、何かをリリースすると、24時間、48時間以内に、好きだとか、嘘っぱちだとか、すぐに結果が出る!」

それにしても、かつて “More Than Words” でポップ・カルチャーの頂に立った EXTREME がここにきて再度その場所に戻り、話題を独占するとは驚きです。
「10日間で100万回再生され、発売以来200万回近く再生されている?これは予想外だったし、とても感謝しているんだ。同業者やギタリスト、Steve Lukather や Brian May のような人たちが、”ヘイ、バディ、グッジョブ!君の新作が大好きだ!” みたいな反応じゃなくて、長いテキストメッセージのようなものを返してくれた。アルバムにちゃんとしたソロがあって、ちゃんとした曲があることに関係しているのだろうけど。
そしてもっと重要なのは、彼らの反応は、もしかしたらみんな知らないかもしれないけど、ここ8~10年、本当に素晴らしいギタリストの大半は、俺もフォローしている驚異的なプレイヤーは、みんな部屋に座っているってこと。俺は舞台の上にいる。エネルギーが違うんだ。
彼らは一人でスタジオに座って、ギターを弾きながら、SNS が何かで俺たちを驚かせる。彼らと俺の違いは、バンドが登場すること。だからこそ、感情的で、フィジカルなものになる。バンドの誰かが曲の途中でハーモニーやボーカルをとるし、歌詞もあるし、アレンジも、ブリッジも、とにかくオールインで、情熱的に演奏している。それこそが、人々を再び興奮させるレシピなんだよ」
Bettencourt はポップ・カルチャーに再びギターを取り戻した事で、感謝さえされています。
「ある人からメールをもらったんだけど、そのほとんどがお礼のメールだった。再びロックンロールを届けてくれてありがとう!というお礼のメール。ビデオの中でギタリストがソロを弾くのを見て、あんなに興奮したのはいつ以来だろう?ってね。それが人々を興奮させているのだと思う。
もし俺が座って同じソロを演奏したら、人々は “オーケー、クールだ” と思うだけだろう。”かっこいい。彼は何か面白いことをやっている” と思うだけだろう。俺はそういう演奏はしない。例えば、”Other Side Of The Rainbow” だ。あのソロは俺のお気に入りの1つだけど、みんなはそれほど興奮しないかもしれない。たしかにベスト・ソロではない。でも、あんなソロ、他にないだろ?つまり、あの曲にとって最高のソロなんだ」

Eddie Van Halen に捧げた “Rise” のソロも完璧ではないと Bettencourt は語ります。
「冒頭のベンド!あれは音符じゃないから、何の音を出しているかは分からない。15年前なら、”あのクソ音符をやり直そう” と、直していたかもしれない。でも、俺の中の何かに響いたんだよな。つまり、キックドラムの音に、車の衝突音を混ぜたような音だったからな。不完全さに惹かれるというかね…」
Bettencourt のソロはいつもダンサブルで、リズミカルです。
「その理由はただひとつ。俺はドラムから始めているからね。ドラムは俺にとってすべて。誰かが俺をジャムに誘うたびに、”ああ、君が望むならドラムを叩くよ!” と言うから、嫌われているくらいでね。でも、それが俺の楽器のやり方のすべてなんだ。パーカッシブに演奏するというね。ソロを演奏するときでさえも、俺にとって重要なのはリズムであり、フィーリングであり、バウンスなんだ。リズムギターの上にさらにリズムギターを重ねるような感覚でソロを弾いている。わかるかな?ドラムを叩いて、すべてのパターンを書き出すことができるような感じ。わざとじゃないんだけど、”Rise” の冒頭で音を曲げたときでも、信じてほしいんだけど、その後まで流れがあって、それがリズミカルということなんだよな」
ただし、Bettencourt にとってこれはずっと続けてきたことでもあります。
「みんな “Rise” のソロを聴いて、まるで神の再来だ、ギターのハードルが上がった!みたいなことを言ってるんだ。待てよ、俺はこれを30年ずっとやっているんだけど…。”Peacemaker Die” を聴いたことないのかよ!って思うね。”Rise” のソロと同じような感じで、”Peacemaker Die” はかなり見落とされてきたソロだ」

EXTREME には、80年代のヴァイブ、90年代のヴァイブ、どんなものでもありながら、とても EXTREME らしい存在感が常にあります。ヘヴィな曲の一方で、”Small Town Beautiful” のような映画化目前の楽曲もあって、その対比がダイナミックさを生んでいます。
「このアルバムには、映画のサウンド・トラックに収録されそうなシネマティックな楽曲がたくさんあるよね。俺が曲を書くときは、紙とペンであろうと、コンピューターであろうと、その瞬間に最初に考えるのは映像。俺は音を見る。音がもたらすビジュアルを見て、どんな映像が考えられるか、俺が見ているものは何か、そしてその感情は何かということを書いていくんだ。俺たちが撮影した “The Other Side Of The Rainbow” のビデオを見ると、場所的にとても “虹の向こう側” なんだよな(笑)。そうやって、俺たちは生身の人間であり、名声の栄枯盛衰を描いていったんだ」
EXTREME はアルバムが少ないことにも理由があります。
「”Chinese Democracy'” にあやかって、”Portugal Democracy” と名づけようかと思ったくらいでね (笑)。まあでも、アルバムが出る、あるいは音楽が出るということは、それなりの理由があるわけで、それはたいてい俺にとって良い理由なんだ。俺たちがあまりアルバムを出さないのには理由があるんだ。
とてもとても若い頃、Gary Cherone に “音楽を出すために音楽を出すのは絶対に嫌だ” と言ったんだ。たしかに、アルバムを出すたびにお金が入り、世界中をツアーすることができる。しかし、それは本当に誇りに思うものでなければならないと思う。みんなに嫌われようが愛されようが、そんなことは自分にとって結局は何の意味もない。ファンが気に入ってくれるのは、いつもオマケのようなものだ。自分がやったことが好きじゃなかったのに、みんなが自分のやっていることを気に入ってくれることほど悪いことはないんだ」

それは、THE WHO の英雄から学んだ哲学です。
「何年も前の90年代半ばに、Pete Townsend のラジオ・インタビューを聞いたんだ。深夜に車を運転していたら、DJ がこう言った。THE WHO が復活してツアーをするのはクールだ。ファンのためにやってくれるなんて最高だってね。そして、Pete がこう言ったんだ。”そんなの全くのデタラメだ。どんなアーティストであろうと、ファンのために何かをやることはない。ファンのためにアルバムをレコーディングしたとか、ツアーをやったとか言うアーティストは嘘だ” とね。
当時は、すごい攻撃的で冷たいなと思った。でも今なら、彼の言いたいことがわかる。ファンは俺たちに物事をコピーしたり、ファンに合わせることを望んでいないんだよ。何でもいいからやってみよう、そうすれば彼らは興奮する。この人たちは今、何をやっているんだろう?ってファンは、予測不可能なアッパーカットを求めているんだ。だから、アーティストとしては、自分たちのバブルの中にいて、自己中心的でわがままになり、好きなことをやらなければならないと学んだんだ。それが、ファンが俺たちに本当に求めていることなんだよ」
“Six” の制作にあたって、Bettencourt はギターのレベルアップも明言していました。
「ギタリストの友人の一人に、ギターそのものが、俺とまるで人間のような関係を持っていると話したことがあってね。ギターは置いておくだけの木の塊ではないんだよ。友人と一緒にいるのが楽しみなときもあれば、そうでないときもある。そんな友人は誰にでも一人や二人はいるもので、1年や2年会わないかもしれないけれど、会ってランチをすると、まるで離れたことなどなかったかのように、絆と理解が深まるんだ。俺はいつもギターとそんな関係だった。しばらく離れてもいいんだ。しばらくは誰かから離れる必要がある。そして、時には夢中になり、6ヶ月間ずっと一緒にいることもある。そしてそれが今の状況なんだ。
あとは、ジェネレーション・アックス・ツアーに参加したことにも刺激を受けたよ。素晴らしいギタリストやヒーローたちと一緒に演奏することで、また少し火がついたんだ」

ヒーローといえば、Bettencourt は最愛のギターヒーロー、Eddie Van Halen を失いました。
「アルバムを作っているときにも、Eddie が俺の家に来て、アルバムを聴いてくれた。もちろん、Eddie Van Halen の王座を継ぐ者はいないと言わざるを得ないよ。誰もその王座を奪えない。 Eddie は単なる “ギタリスト” ではなかったから。文化やギターの弾き方を変えてしまった人なんだ。それで、”Eddie が亡くなった時、”クソっ!俺らの世代にはもう分かり合える人たちがあまり残っていない…”と思ったんだ。若い世代で素晴らしいギタリストはたくさんいるけど、バンドで曲を作り、曲の中でソロを弾き、その曲のトーンの中でクリエイティブになれる人はあまりない。バンドの中のギタリストという”聖火”をつなげる責任と炎を感じたんだ。
このアルバムは楽しいものにしたい、ギターで楽しいものにしたい、リズムの中にソロがあるという意味で血を求めていきたいとみんなに言ったんだ。それは、Eddie Van Halen, Brian May, Jimmy Page に由来するもの。彼らは、たとえリズムを演奏していても、その下にセクションやコード的なものがあっても、ただクリエイティブだった。俺たちはジャズをやっているわけではないからね。ロックンロールをやっていて、3分半の曲で、曲はシンプルであるべきなんだけど、その中で天才的なことをするのは悪いことじゃないんだ。俺らが大好きな偉大なバンドたちは、やはりシンプルなロックソングを書いていたけど、深く見ようと思えばそこに複雑さがあったんだ」
Bettencourt はその複雑性を “層” と例えます。
「曲の中に剥がせる “層” があり、発見できるものがあった。”だから俺はそれを “Simplexity “と呼んでいるんだ (笑)。Simplicity (単純性) と “Complexity” (複雑性) をかけ合わせた造語だよ」

Bettencourt に言わせれば、ロックは過剰に知的化されすぎています。
「ロックンロールやロックバンドは、みんな自分たちがすごく手が込んでいて、すごく知的だと思いたがるが、それが何であれ、申し訳ないが、結局は大人向けの童謡を書いてるだけなんだ。それが俺らのやっていることなんだ。そして、みんなで一緒に歌う。アンセムなんだ。歌詞とメロディがちょっと大人向けってだけなんだ。それでも、もし詩を書きたいなら、ギターでやりたいことがあるなら、この “Simplexity” の世界に行きたいなら、そうすればいい!
例えば、RADIOHEAD は “Creep” という曲が大嫌いだけど、あの曲は俺の人生を変えたんだ。なぜなら、あの曲こそが “Simplexity” 究極の形だから。RADIOHEAD はそれを芸術としてやっている。でも、歌詞があり、メロディーがあり、奇妙なハーモニーがあり、プロダクションがあり、それでいて、少しスマートだから、オルタナティブと呼ぶんだ」
ポップでロックな曲の中に、大きなアイデアを盛り込むことができるという意味で、EXTREME 常に破壊的な存在でした。金曜の夜にビールを飲みながら、月曜の朝にヘッドホンをして細部まで分析できるような曲をたくさん持っています。
「その通りだ。そして、音楽はムードなんだ。曲を作る時に、テンポを選ぶのが一番の悪夢さ。曲はできたけど、この曲のテンポをどうしよう?2クリック速く、2クリック遅くすることで、全体が変わってしまうんだ。曲の雰囲気も、リフも全く変わるんだ。難しいのは、スタジオにいると心拍数が変わり、曲を作るときと認識が変わるんだよな。心境、心拍数、アドレナリン、それが変わると、曲の聴こえ方も変わってくる。ライブに行くと、全部知っているはずのプリンスやマイケル・ジャクソンの曲が、知らない曲ばかりになる。”Wanna Be Startin’ Somethin'” とかね。でも、彼らの頭の中では、録音通りなんだよな。興奮しているからなんだ」

Bettencourt は Van Halen だけでなく Prince にまで愛されていました。
「EW&F のトリビュート・ライブで Prince が Nikka Costa と座っていた。で、耳元で彼女に何か囁いたんだ。”下手くそ野郎”とかかな…って落ち込んだよ。次の日 Nikka が家に来た。”あのギタリストは世界で3本の指に入る”だって…」
プロデューサーとしても有能な Bettencourt ですが、かつては Michael Wagner といった有名人にプロデュースを任せたこともありました。
「まあ、ひとつだけはっきりさせておくと、EXTREME のアルバムは全部俺がプロデュースしたんだ。Michael Wagner は大好きだし、彼のプロダクションが好きだったから依頼したんだ。でも、結局彼を雇ったのは、彼は、俺がやっているすべての仕事を、それが曲やアレンジメントにとってどれほど重要であるかを認めてくれる人だったから。彼はそれを認めてくれたんだ。”Porno” のレコーディングのとき、彼はスタジオにいなかったんだ。あのアルバムの8割は、LAに行く前に完成していた。優れたプロデューサーは、仕事の99パーセントをやるときと、1パーセントをやるときを心得ている。だから “Porno” の時の彼は天才だったんだ…邪魔をしないという意味でね」
なかでも、今回の仕事は最高だったと、Bettencourt は胸を張ります。
「”Six” は、おそらくこれまでで最高の仕事だと思う。俺はいつも、アレンジやサウンド、演奏、技術的に優れたプロデューサーだった。でも今回は、”感情的なプロデューサー'” としてみんなを苦しめたんだ。感情やそういうものを学ぶには何年もかかる。Gary Cherone が言うには、このアルバムは彼の歌唱中で最高のアルバムだそうだ。その理由のひとつは、プロデューサーであるクソ野郎、俺だ!
良いプロデューサーは、必要なときに、怒らせるんだ。”おい、”Small Town Beautiful’、お前、きれいに歌ってるじゃないか” と言う。美しく歌っているが、感情はどこにあるんだ?っめね。Tom Morello や Steve Vai は俺が “Hurricane” を歌うのを聴いて涙を流した。もちろん、完璧なボーカルじゃないけどそこに感情があったから。技術的なことではなく、ピッチでもなく、でも…亡くなった親友 Eddie のことを歌っていたから…」

“X Out” では、人生で初めてN7の7弦を使用しました。
「ギアに関しては、長年俺と話してきた人なら誰でも、クソほど退屈な人間であることを知っている。俺は習慣の生き物なんだ。マーシャルのDSL(JCM)2000も持っている。DSLを手に入れた人は、”冗談だろう?DSLなんて。DSLなんてクソみたいな音が普通だ” と言われる。多くの人がそう言うんだ。でも、高音が2、中音が2、低音が4、プレゼンスが2で、それを大きくすると、俺の音になるんだ。俺にとってはそれがキーポイントなんだ。”X Out” では、人生で初めてN7の7弦を使った!生まれて初めて7弦ギターを使ったんだ」
EXTREME には、何も制限を受けないという内部哲学があります。”X Out” を聴いて “Beautiful Girls” を聴くと、本当に何でもありという感じが伝わります。
「最近、ある人に “Rise” は今までと違うよねと言われたんだ。そうだね、EXTREME のアルバムだからね。予想外を予想するんだ。俺らはどんなクソ忙しい時でも、アルバムを作っている時はバブルの中にいて、自分たちが好きなことをやっている、それだけなんだ。EXTREME のアルバムは、QUEEN のように自分に忠実で、自分のやるべきことをやらなければならない。
もちろん、俺たちは QUEEN とは違うが、哲学的には QUEEN によく似ている。俺たちは、自分たちがベストだと思う曲を選ぶ。とてもシンプルなことで、それぞれがとても違っていて、何でもありなんだけど、そんなことは気にしない。今こそ、古き良きロック・アルバムが必要な気がするんだ。”Six” は確かにモダンな音だけど、ヘッドフォンをして最初から最後まで旅に出ることができる。昔の名作みたいにね。つまりこれは、EXTREME 2.0 みたいなものなんだ」
QUEEN といえば、アルバムは “We Are The Champions” の逆再生で締めくくられています。
「だからまさに “Here’s To The Losers” なんだ。これはアンセムなんだ。クリスタル・パレスのためにアンセムが必要だった!(笑)」

日本盤のご購入はこちら。VICTOR ENTERTAINMENT

EXTREME JAPAN TOUR 23′ : UDO 音楽事務所

参考文献:MUSIC RADER:Nuno Bettencourt: “I told the guys, ‘I wanna go for blood on this album.’ 

METAL EDGE: Nuno Bettencourt talks Extreme’s new album, ‘Six,’ the legacy of ‘More Than Words’ and the band’s most overlooked song

BLABBERMOUTH:EXTREME’s NUNO BETTENCOURT: ‘There’s A Reason Why We Don’t Put Out A Lot Of Albums’

COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【KING’S X : THREE SIDES OF ONE】


COVER STORY : KING’S X “THREE SIDES OF ONE”

“I wrote lyrics with my age in mind, so it has become sort of my mantra for what I’m doing for the rest of my life”

THREE SIDES OF ONE

これまで、KING’S X ほど見過ごされてきたバンドはいないかもしれません。ただし、dUg Pinnick, Ty Tabor, Jerry Gaskill の3人は、チャートのトップに立つことはなかったかもしれませんが、熱心なファンの心には深く刻まれ続けています。
80年代半ば、このトリオはテキサス州ヒューストンに渡り、メガフォース・レコードと契約。”Out of the Silent Planet”(1988)、”Gretchen Goes to Nebraska”(1989)、”Faith Hope Love”(1990)と、口紅とロングヘアのゴージャスな時代において、あらゆるジャンルの規範を無視した伝説のアルバムを3枚録音しました。
だからこそ、90年代初頭には、多くの仲間のロックバンドを虐殺したグランジの猛攻撃から免れることができたのかもしれません。音楽界の寵児として、また “次の大物” として、KING’S X はアトランティック・レコードに移籍し、セルフタイトルのアルバム(1992)を録音しましたが、残念ながらビルボードに並ぶほどの成功は得られませんでした。それでも彼らは、90年代から2000年代にかけて、感情を揺さぶる、音楽的に豊かなアルバムを次々と発表し続けました。
そうしてロックミュージックで最も露出の少ないバンドは、2008年に突然沈黙するまで、自らの道を歩み続けたのです。
休止中も、dUg は KXM や GRINDER BLUES で音楽を作り続け、自身の名義でレコードをリリースするなど、ゲリラ戦士として戦いを続けていました。クリエイティビティに溢れるベーシストは KING’S X の終焉を考えることはありませんでしたが、一方で、次のアルバムも必ずしも期待しているわけではありませんでした。こうして14年という長い間、KING’S X はただ沈黙を守り続けました。世界は変遷し、新しい現状が形成され、KING’S X はもはや時代の一員ではなくなったかに思われました。
しかし、14年という長い年月を経て、その門戸は開かれます。ついに彼らは再び一緒に作曲し、レコーディングすることを決断したのです。その経緯を dUg が語ります。
「72歳になるんだけど、歳を重ねた実感があるんだ。自分の年齢を意識して歌詞を書いたから、アルバムは残りの人生をどうするかという詩的なマントラのようなものになった。基本的に、私は人生が終わるまでなんとか乗り切るつもりだ。世の中が見えてきてね。友達のこと、Chris Cornell, Chester Benington, Layne Staley…死んだり自殺したりした人たちのことを考えると、ただただ痛くて、”自分は絶対にそんなことはしない” といつも思っている。人生を乗り切るためには、麻酔をかけられなければならないだろう。けど、あの世で何が起こっているのかわからないし、この世で惨めで痛い思いをしてまで、何も知らないあの世に移りたいなんて馬鹿げてる…それが私の論理なんだ。だから、アルバムはそういうところから生まれたものなんだ」

たしかに、”Three Sides of One” は、一見すると瞑想的な作品に見えます。
「まあ、メンバーはレコードを作りたくなかったんだ。なぜなら、作るなら今まで作ったどの作品よりも良いものでなければならなかったから。これまでは、自分たちがやったアルバムのレパートリーに加えるべきものがあるとは感じていなかったんだ。だから、14年かかってようやく “よし、これはいけるぞ” と思えたんだ。私自身は、初日から準備万端だった。14年の間に、いくつかのサイド・プロジェクトを立ち上げたり、いろいろなことをやっていたからね。私が持ち込んだ曲は27曲で、全部新曲だし、Jerry と Tyも何曲か持ち込んでいて、それも全部新曲だ。それで、リストに載っているものを全部、十分な量になるまで実際に覚えていったんだ」
アルバムのタイトル、”Three Sides of One” は3人が共有する生来のケミストリーを表現しています。
「いつもは、アルバムの名前は決まっているんだけど、今回は誰も思いつかなかったんだよね。それで、マネージャーが “Three Sides of Truth” と言ったんだけど、私は、なら “Three Sides of One” はどうだろうと思って、みんなが、ああ、それならいいと言って。そして、そこから出発したんだよ。しばらくすると、子供を持つのと同じで、名前はそれほど重要ではなくなるものだ (笑)」
アルバムには、歳を重ねた3人の自然な姿がさながら年輪のごとく刻まれています。
「Jerry は、基本的に臨死体験から多くの曲を書いている。そして Ty は、今の生活を観察して曲を書いた。私も同じで、72歳になるんだけど、世界が今までの人生とは違って見えてきたんだ。だって、今まで生きてきた距離に比べたら、もうそんなに長くは生きられないんだとやっとわかったからね。そして、そのことについて話したり歌ったりしたかったんだよね。70歳を迎えて、私にとって一番大きなことは、今の世界をどう見ているかを詩的に歌詞にすること、そして同時に自分の周りで起こっていることを書くことだった。政治や人々が憎しみ合う様子など、でたらめなことが起きていることは分かっていたんだ。それを歌うんだけど、ただ説教しているように聞こえたり、すでに聞いたことのあるようなことを言ったりしないように、工夫しているつもりなんだ。
今は、言葉に気をつけないと、アメリカでは自動的に批判される。私は問題を解決するのが好きなんだ。私の問題は、直せないものを直そうとすること。私はいつも、なぜ世界がうまくいかないのかを論理的に解明しようとしてきた。ある意味、人は全員とは分かり合えないというのが結論なのかもしれない。だから、年齢は私たち全員に影響を与えたと思うんだ。また、Jerry はバンドに曲を提出することはあまりない。でも実際は、彼の曲が全員の中で一番いい曲だと思うこともあるんだ。だから曲を持ってきてと言ったんだ。自分たちのアルバムにするために、本当に頭を使ったんだよ」

dUg は今回、”慣れ親しんだバンドでありながら、新しいバンドにいるような気がする” という言葉を残しています。
「新しいバンドに入ったという感じではなく、自分たちを再発見したという感じだと思う。なんというか、”自分は実はいいやつなんだ” と気づくような感覚なんだ。わかるかな?結局、スタジオからずっと離れていて、演奏し始めると、疑心暗鬼になるんだよね。つまり、私たちはいつも自分たちのやることなすこと全部が嫌で、本当のアーティストらしく、自分の芸術に対して否定的なんだ。でも今回は、最初に作った曲のとき、スタジオに行ってベーシックなトラックを聴いたら、生まれて初めて “おお、すごいな!” 思ったのを覚えているよ。やっとわかったよ…と。私たちの演奏には、欠点ばかりに気を取られていて気づかなかった何かがあるんだよな。だから、とてもエキサイティングで、もっともっと探求したくなったんだ」
その新たなマインドは、アルバムの歌詞の内容にも表れています。
「絶望的に見える世界の状況も、人類に何らかの救済や和解があることを願いつつ、それが歌詞に深く刻み込まれている。まあ、自分の周りで起こっていることを考えただけなんだけど。”Give It Up” は、私の気持ちを代弁してくれているような気がするね。私はライトが消えるまで、絶対に諦めない。Layne, Chris, Chester…友達が自殺していくのを見てきたんだ。クリスが死んだ頃にこの歌詞を書いていて、思ったんだよ。”ライトが消えるまで、絶対にあきらめないぞ” と。だって、死後の世界に何があるのかわからないし、そこを好きになれないかもしれないから。だから死ぬことは考えないよ。今できることを精一杯やりたい。最後に麻酔をかけられるまで、ずっとここにいたい。これが私の知っているすべてで、終わるまで乗り切るつもり。それが私にとっての知恵だから。それ以外のことは、他の人が決めることだけどね」

“Swipe Up” は時代を反映した楽曲。
「この曲は Jerry がジョン・ボーナムのスイッチを入れているね。インターネットや iPhone を利用しているときの体験がテーマになっているんだ。私たちはただスワイプし続けるだけで、アルゴリズムが自分だけの小さな世界の中で欲しいものを与えてくれる。だから、この曲は全部それについて歌っているんだ。iPhoneの小さな世界で生きていることについて」
テクノロジーの進歩は、音楽全般に対して悪影響を及ぼしているのでしょうか?
「進歩が起これば芸術も変わる。そういう観点では考えていないよ。例えば、最初のドラムマシンが登場した時、多くのドラマーが職を失った。しかし、突然、ドラムマシンのような安定性とタイミングを持った機械が登場したことで、私たちは皆変わり、クリックトラックで演奏するようになり、ドラマーはより良くなったんだ。オールドスクールはまだ存在して、まだレコードを買い、CDを買っている人もいるけど、新しい世界では音楽の見方や聴き方が違うよね? 彼らは iPhone で音楽を聴くし、彼らが好きな音楽も全然違う。それが “彼ら” の音楽なんだよ。
私が若い頃、THE ALLMAN BROTHERS を聴いていたら、親が “そんなのブルースじゃない” と言うようなものさ。よく、”BB KING を聴きなさい” と言われたものだよ。つまり、進歩とは、そこから何を学ぶか、そして自分の芸術をどのように変化させるかということなんだ。私は、すべてのことをポジティブにとらえるようにしている。難しいけどね。ナップスターが登場したとき、みんなが我々の音楽を配り始めて、それは最悪だった。それで、私たちはひどい目に遭ったよ。でもね、それでどうなったか?私たちは、人々が買ってくれるような素晴らしい商品を作る方法を学ばなければならなかったし、人々が私たちのライブを見に来るような良いコンサートをやらなければならなくなった。自分に起こることはすべて、自分なりの方法で適応していくしかないんだ。あの出来事で泣く人がいるなんて、そんなの戯言だ。泣いてばかりじゃダメだ。立ち上がって、やり遂げるんだ」

ネットがもたらしたものとその弊害にも言及します。
「人との関係において私が常に念頭に置いているのは、相手の行動を理解し、自分の気持ちを明確にして、争いのない方法でお互いに共存できるようにすることなんだ。私はいつも、平和を作るための新しい方法を探している。昔、このことを歌にしたことがあってね。私の人生は、どうやって人と良い友達になるかの積み重ねだった。彼らを知り、彼らを理解し、彼らを愛するようになることのね。
私は、人と一緒にいて、同意したり、反対したりして、みんながうまくやっていけることに心地よさを感じていたし、そのことに満足していた。だけど突然、アルゴリズムが入ってきて、みんながYouTube やスマホなどを見ていると、ビッグブラザーが私たちの行動をすべて見ていて、私たちの好みをフィード、与えてくるようになった。それが始まって10年ほど経ったよね。遂に私たちは、スマホの向こうに同じ現実を持っている人は一人もいないというところまで導かれてしまった。一人もね。一つの信念に溺れるまでとことん与えられる。そして、突然、誰も信用できなくなり、それぞれが快適で同じ意見を持つ人だけが集まる洞穴の”部族”に戻ってしまうんだ。
インターネットがもたらしたもの、それは私たちが原始人だった頃のような “部族”を生み出したということなんだ。
私には出口がわからない。今のところ、出口は見えないよ。たとえコンピュータを全部止められても、私たちにはすでに強固な”部族”がある。そのどれもが外部からの影響を受けないようになっているんだよ。変えることができる唯一のものは、洪水や宇宙人の侵路で、全員が警戒心を捨てて人類のために戦い、何か統一的な危機が訪れることしかないよね」
アルバムのクローサー “Everything Everywhere” はまさに完璧なエンディングです。
「ビートルズのようなサウンドの曲を書きたかったんだ (笑)。観客たちが叫びながら歌っているような感じで、私のアンセムという感じ。大勢の人が手を挙げて歌っているのを見れたらいいなと思うんだ。そうしたら気持ちいいからね。この曲には真実の要素が含まれていると思う。なぜなら、私たちは皆、愛を探しているから。愛には、たわごとをかき分け、すべてを癒し、すべてを乗り越える力がある。この曲は私の家路であり、私の癒しだから」

他の作品よりも優れていなければ、必ずしもアルバムを作る必要はないということは、14年経った今、この作品はこれまでやってきたことをすべて上回るということなのでしょうか?
「ああ、そうだね、このアルバムは今までのどの作品よりも優れているね。というのも、私たちは43年間バンドとして活動してきたわけだから、何をするにしても、すでにやったことよりも良くなければならない。あらゆる意味でそう思っているよ。例えば、子供にマーカーを持たせて、 “毎日、壁に直線を引きなさい” と言うと、50歳か60歳になる頃には、その直線があまりにもまっすぐで、びっくりするくらいになるはずだ。だから、私が考えるに、自分のやっていることを続けていれば、必ず良くなる。それは当たり前のことなんだよ。
ZZ TOP や MESHUGGAH など、私たちと同じくらい長く活動しているバンドを観に行って、20年、30年前に書かれたものを今聴くと、”ああ、同じ曲なのに、どうしてこんなに素晴らしく良く聞こえるんだろう” と思うことがある。だから、私たちも同様に良くなっていると思う。曲作りに関しては、とにかく曲を作り続けて、みんながそれを気に入ってくれることを祈るしかないけどね。でも、シンプルな曲の書き方や、複雑な曲の書き方を学び、それを成功させるために、あらゆる方法で限界に挑戦し続けているんだ。それでも、誰かがつまらないと文句を言うかもしれない。だから、結局は、自分の頭の中に何があるのか、そして、世界中が納得するような曲を書きたいと思ったときに何をやり遂げることができるのか、ということなんだ。たとえそれが、おそらく実現することのない盲目的なファンタジーであっても、それは私の目標であり、実行するだけでもやりがいがあるんだ。つまり、人に伝わろうが伝わらなかろうが、音楽をやり続けること、それが僕にとって最も意味のあることなんだ」
心の中で、KING’S Xはもう二度とレコードを作らないかもしれないと思ったことはあるのでしょうか?
「本当に考えなかったよ。唯一、もう二度とレコードを作らないかもと考えたのは、Jerry が初めて心臓発作を起こしたとき。彼の奥さんからメールが来て、”Jerry が心臓発作を起こした。生きられる確率は50/50″ と。それを見て、私はベッドから飛び起き、”ああ、大変だ…私たちはもう終わってしまうのか” と思ったよ。”全世界で最高の親友の一人がいなくなるのか?バンドができなくなるのか?私が持っているもの、私たちが持っているもの、すべてを失ってしまうのか?” とね。その時に書いたのが “Ain’t That The Truth” で、これはソロアルバムの “Naked” に収録された。1週間後くらいに書いたんだけど、1行目に50/50の可能性みたいなのがあって、すごく影響を受けたんだよね。それ以外は、KING’S X の終わりを意識することはないね。だから、考えたこともないんだと思う。すごい。そう考えると、ちょっとクレイジーだよね!」

2022年はバンドが1992年にリリースしたセルフタイトルのレコードから30周年にあたりました。
「まあ、Sam Taylor との最後のレコードだったわけで、それはそれで意味があった。それまでは、KING’S Xのサウンドを最大限に追求していたと思うんだ。最初の3枚は、インスピレーションを受けたものを何でも書いて、自分自身を見つけようとしていたし、自分自身のサウンドを見つけようとしていたから、いろんな意味で実験的だったと思うんだ。でも、4枚目のアルバムになると、ある程度定まってきたよね。曲作りに関して言えば、”The World Around Me” のような曲は、私が “バックス・バニーのリフ” と呼んでいるもので、ああいうカートゥーンのサウンドが好きなんだ。あのレコードが完成したとき、私たちは気に入っていたし、サウンド的にも良かったと思うんだけど、バンドにとってはひとつの終わりであり、ある種のサウンドの終わりでもあったんだ。Sam Taylor が抜けた後、次のアルバムは “Dogman” で、Brendan O’braien は “このアルバムに何を求めているんだ” と言ったんだ…”ライブで鳴っているような音を出したいんだ。ロックバンドのようなサウンドにしたいんだ” と答えたね。だから “Dogman” では、Brendan はすべてのレイヤーを取り払って、ただひたすらレコードを作らせてくれたんだ」
KING’S X はメジャーレーベルであるアトランティック・レコードから初めて作品をリリースしたバンドでもあります。
「我々はレコード会社からプレッシャーを感じたことはない。なぜなら、我々はレコード会社に “勝手にしろ” と言えるくらい反抗的だから (笑)。私たちはいつもそうだったんだ。アトランティックの子会社だったメガフォースに所属していたんだけど、”Over My Head” が出たときに、彼らが我々に電話してきて言ったんだ。”ラジオで流れてヒットしそうな曲を書くと、いつもその真ん中に何かを入れて、すべてを台無しにするのはなぜだ?”って。こう答えたよ。 “それが私たちの音楽の書き方だからな。ピクニックの真ん中に列車の事故を置いたり、その逆が好きなんだ” ってね。だから、私たちのことを説明したり、カテゴリーに入れたりするのは苦労したよ。ある時期、私たちは音楽業界の寵児で、誰もが私たちが大成することを応援していた。でも、要するに、世の中は茶色いコーラを飲み続けるということなんだ。透明なコーラの味がまったく同じであっても、未知の味に乗り換えることはないでしょう。茶色のコーラを飲み続けるんだ。私に言わせれば、何百万も売り上げているバンドのほとんどは、自分のやりたいことをやっていない。そのようなバンドは、もう一度、本当のことをやりたいと願っているんだ」

反抗的といえば、dUg はかつてキリスト教という “権威” にも牙を剥いています。”Let It Rain” の歌詞はまさにそんな dUg の心情を反映した楽曲。”世界の終わりか新しい始まりか?救世主は?神々は? 今こそ私たちを救ってはくれないのか? 誰もが権利を主張し誰もが戦いたがっている 誰もが自分を正当化して だから雨を降らせよう 恐れを洗い流すために”
「ゲイであることを公表したとき、ハードロック・コミュニティからの反発はなかったんだ。私は声明を出したり、プレス発表をしたことはなくてね。ただ、メジャーなクリスチャン雑誌のインタビューを受けたんだ。彼らが延々と話すから、私はただ思ったんだ。”クリスチャンの偽善にはうんざりだ。私はゲイだと言って、それで終わりにしよう” とね。
今日、それは問題ではない。誰からも反発されたこともないしね。ただし、あの記事が出たときは別だった。KING’S Xのレコードがキリスト教系の店で販売禁止になったんだ。その時、私たちは “素晴らしい!これでキリスト教の汚名から逃れられる”と思った。なぜか、KING’S Xはクリスチャン・バンドと思われていたからね。当時の私たちの信仰がそうだったからかもしれないけど、今はもう誰もそうではない。イエス・キリストは救世主ではないからね。70歳になったとき、世界を見渡してみたんだ。人々にはもっと思いやりと愛が必要だと思った。”雨を降らせて恐怖を洗い流せ” というのは、いい例えだよ。つまり、私たちが問題を抱えているのは、私たちが恐怖を恐れているから。立ち上がり、”怖がるのをやめよう!” と歌う、それが私の仕事なんだ」
しかし、dUg が3歳の時、連れ去られた宇宙人はキリストのようだったとも。
「3歳だって記憶しているのは、母がまだ一緒に住んでいたから。母は私が3歳のとき去ったからね。私が寝ていると、その人が部屋に入ってきたんだ。長いブロンドの髪の毛でローブを着て、それに銀色のベルトを巻いていた。すごく背が高かったのを覚えてる。足に巻き付けるサンダルを履いていたよ。裏口から外に出て、舞い上がったのを覚えてる。私は目が覚めたばかりだったが、外はとても明るかった。その時点で何かおかしいって思って、その人物から離れようとあばれたんだ。ようやく、彼は私の手を放した。次に覚えているのは、母の膝の上にいたこと。それって、ずっと、クレイジーで馬鹿げたことだと考えていた。でも40を過ぎたとき、”Ancient Aliens” を見ていて、わかったんだ。彼らは、人間がコミュニケーションを取ったり、拉致されたという4つのエイリアンのタイプについて話していた。その一つ、Nordic と呼ばれているエイリアンが、まさに彼だった。それまでは、夢を見てたんだって思ってた。でも、40年が経ち、理解したよ。私は拉致されたんだ」

宗教は dUg にとっていつしか虐待へと変わっていました。
「ゲイは忌み嫌われる存在で、神はそれを聖霊への冒涜以外の何ものでもないと嫌ってる。聖書によれば、男は他の男と寝てはならない。私はずっとそう言われてきたけど、でも同性愛者だ。
だから、誰にも言えなかったんだよ。ある時、”じゃあ、イエスがしたようにやってみよう” と決心したね。3日間断食して、自分を”ストレート”に変えてくれるよう神様にお願いしようと思ったんだ。田舎のトレーラーに座って、2日間断食して、食べずに水だけ飲んでたよ。祈って、祈って、泣いて、神が私を変えてくれるように懇願したけど、私は何も変化を感じなかった。そして、私は立ち止まって、”あきらめます” と言ったんだ。心の奥底にあったのは、人々が言う『神をあきらめるな』『神はまだ終わっていない』『神を待たねばならない』『神のタイミングで物事を得ることはできない』という聖句のことだった。だからその時は、何をやってもうまくいかないのは、すべて自分のせいだと思った。
ほら、私にとって宗教は抑圧的なものでしかなかったから。宗教は私に何もさせてくれなかった。4、5歳の頃、教会で曾祖母と一緒に最前列に座って、牧師が “踊ったり、酒を飲んだり、夕バコを吸ったりしたら、地獄に落ちるぞ。悪魔がお前を捕まえるぞ” と叫んでいるのを聞いたのを憶えている。悪魔がやってきて私を苦しめるんじゃないかと、子どもの私は毎晩死ぬほど怖くてベッドに入った。悪夢にうなされ、叫びながら目を覚ましたものだよ。
つまり私にとっては、宗教は虐待だった。他の人はそうではないし、私はそれでいいと思う。でも、私にとっては、そうなんだ。誰かが、”ああ、神はあなたを愛し、あなたの罪のために死んだ” と言ってきたら、心の中で “くたばれ” と言いたくなる。でもその代わりに、他のみんなにそうであってほしいと思うように、その人が誰で、何を信じているかを受け入れて、その人を愛するだけだよ。
私は、多くの、多くの、多くの、多くの、真の信者がいると信じているし、彼らを賞賛し、拍手を送るよ。だけどね、宗教でお金を要求する人たちはみんな、デタラメで、うそつきさ。彼らは、人からお金を搾り取る方法を見つけた、ナルシストの集団だ。私は彼らに嫌悪感を抱いている。そして、それを信じていた人たち、今も信じている人たちに対して、悲しみを覚えるんだ。嫌悪感ではなく、悲しみなんだよね。さらに悲しいことに、私は彼らが受け入れないようなタイプの人間だから、離れていなければならないんだよね。それが悲しいんだ。でも、それが人生なんだよね」

自身では、KING’S X のサウンドをどのように “カテゴライズ” しているのでしょうか?
「私たちはスリーピースのロック・バンド。ただそれだけだよ。パンクの曲も、ロックの曲も、ファンクの曲も、同じように演奏できるんだ。ドラム、ギター、ベースさえあれば、どんな曲でも演奏できる。私たちは本当に良いリズムセクションが根底にあって、それが KING’S Xのマジックだと思う。お互いのニュアンスの中で演奏する。音楽だけではなくてね。実際、KING’S Xは、私がこれまで演奏してきたバンドの中で唯一、みんながお互いの話をよく聞いているバンドなんだ。今まで一緒に演奏した他のバンドでは、周りを見渡すとみんな話を聞いていない。お互いの言うことを聞かないし、私の言うことも聞かない。でも私たちは皆、自分たちのやっていることに耳を傾けていて、その結果、違いを見分けることができるんだ」
最近では、”ロックは死んだ” というミームも使い古されてきたようです。
「ロックは死んでいない。ただ、怠け者が外に出て音楽を探さなくなっただけだ。GRETA VAN FLEETの曲は最低だけど、でも、ああした音楽を再現している子供たちがいる。20代の若者たちがサバスや BON JOVI を同時に吸収して、本物の何かを作り出しているんだ。問題は、それをやるための場所がないことだ。彼らを拾ってくれるレコード会社もない。MTVもない。新しいロックを聴かせるFMラジオもない。誰も彼らにチャンスを与えようとしないから、みんなツアーに出ている。そういうバンドを見に行くと、会場は満員になるんだけど、誰もそのことを知らない。”ロックは死んだ” 論者たちに言いたいのは、”おい、泣くなよ。彼らはそこにいるんだ。決して変わっていない。YouTube や Tik-Tok で見るような天才たちが素晴らしい音楽をやっているんだから、そこにいるんだよ” とね。私たちが子供だったころは、MTV はあったけど、Tik-Tok や YouTube がない時代だった。だから、まったく新しい世界、新しい世代の子供たちがいて、世界に対して違う見方をしていて、私が経験することのない違う経験をしている。才能はこれからも変わらず現れるだろう。ロックは決して止まらない」

dUg は世界的に名の知れたロックスターですが、決して裕福な暮らしを送っているわけではありません。
「金がなければサイドプロジェクトをやるだけだ。レコード契約を結んで、2、3ヶ月の間、支払いをするんだ。私たちは誰も9時から5時までの仕事には就いていない。でも、私たちにできることは何なのか。私たちは市場において価値があるから、クリニックとかそういうことができる。手書きの歌詞を作ることもできる。黒い紙に銀色のインクで書き出し、サインと日付を入れるんだ。何百枚も書いたよ…それでうまくいく。それに、この歳になると、ソーシャル・セキュリティーを受けることができる。3年ほど前に社会保障を受け始めたんだ。社会保険で家賃が払えるから、心配することはなくなった。それ以外のことは、自分でできる。街角でギターを弾けば、5ドルが手に入る。友だちに電話して、”お金がないんだ。今日、ご飯を食べさせてくれないか?” と言えば、OK! となる。それに、私にはシグネチャー・ペダルと、シグネチャー・ベースがあって、みんな買ってくれるんだ。だから、時々、6ヶ月分の小切手をもらって、助かっているよ」
ロックの精神は健在でも、同時代の多くのアーティストが降参したり撤退する中で、KING’S Xが長生きできたのはなぜでしょう?
「バカだからだよ (笑)。どんな困難にも負けず、自分たちのやるべきことをやり続けたし、今もそうだ。そして、ステージに上がると、世界に対して私たちが立ち向かうことになる。このバンドは誰も解散するつもりがない。私はこのバンドを辞めないし、Ty も Jerry も辞めない。誰も辞めないよ、だってバンドを解散させる責任を取るつもりはないんだから。私たちはそんなことするつもりはない。そんな愚かなことをするには私たちは優秀すぎるんだ。だから、誰かが死ぬしかないんだ、それでおしまい。この3人のいない KING’S Xは存在しない。それはあり得ないよ。もちろん、KING’S Xのトリビュート作品は常に存在しうるし、もし私が生きていれば、それに出演することもあるかもしれない。でも、私と Ty と Jerry のいない KING’S Xは存在しないだろうし、それは私の心の中で感じていることなんだ。他の人は違う意見を持っているかもしれないけど、これが私の気持ちなんだ」

参考文献: VW MUSIC:An Interview with dUg Pinnick of King’s X

DEFENDER OF THE FAITH:dUg Pinnick (King’s X) Interview

BLABBERMOUTH:DOUG PINNICK Says KING’S X Has ‘Never Been Profitable’: ‘We All Have To Do Outside Things To Make Ends Meet’

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【WINGER : SEVEN】 JAPAN TOUR 23′


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH KIP WINGER OF WINGER !!

“I Do Feel Overall SEVEN Has All The Hallmarks Of Classic WINGER.”

DISC REVIEW “SEVEN”

「全体的に “SEVEN” はクラシックな WINGER の特徴を備えていると感じているんだ。それは、Paul Taylor の復帰とオリジナル・ロゴの復活でより強調されているね」
WINGER は巨大な才能を持ちながら、同時に “二刀流” というジレンマに悩まされてきたバンドです。華やかなロックやメタルには知性が強すぎ、プログレッシブの宮殿に入るには騒がしすぎる。この、実は非常にユニークな並列の魔法は、爆発的なヒットとなったデビュー2作のあと、局所的なリスペクトを得ることを生贄に、バンドの足枷として長く活躍の妨げともなってきたのです。
「僕たちは決して “解散” していないんだよ。グランジ・ミュージックに支配され、その間に “Beavis and Butthead” と METALLICA の騒動が起こって、当時僕たちは続けることが不可能になったから、長い間休んでいただけなんだ。アーティストとして、僕なら他のアーティストを公然と侮辱するようなことは絶対にしないよ。”Pull” に関しては、あのレコードは僕らのベスト盤のひとつだと今でも信じているんだ」
生贄といえば、WINGER はまさに90年代の “生贄” となったバンドなのかも知れませんね。ヘアメタルと呼ぶには、あまりに高度なオーケストレーションに演奏技術を纏いながら、売れてしまったがゆえに祭り上げられた不可解なシンボルの座。Reb Beach は最近、当時を振り返ってこう語っています。
「90年代に入って、グランジが台頭して、ギター20本と家を売った。アニメに WINGER のTシャツを着たキャラが登場してね。家に帰ると両親も WINGER、犬まで WINGER のTシャツを着てる(笑)。全員オタクなんだ。ダサくなったヘアメタルの象徴というかね。翌週からチケットが全く売れなくなったよ…」
METALLICA は “Black Album” のレコーディング・セッションで、Lars Ulrich が Kip Winger のポスターにダーツを投げつける映像を公開しました。今思えば、非常に愚かな行為ですが、当時ライブ会場で投影された時には、観客から大きな笑いが起こっていたそう。最近、James Hetfield が直接 Kip に謝罪の電話をかけたそうですが、時すでに遅し。やはり “時代” のスケープゴートとなった感は拭えません。非常にオーガニックかつ、ALICE IN CHAINS のような暗がりの知を宿した名品 “Pull” のリリースも焼け石に水。1994年にバンドは沈黙を余儀なくされたのです。(これまで、”解散” だと言われていましたが、Kip によると “活動休止” だったとのこと)
「僕は自分の人生や周りの人々の人生について、個人的な視点から歌詞を書いているんだ。だから、ある意味、世相を反映していると受け取ってもらっても構わないと思う。僕や周りの人はこの暗い状況で生きているんだから、このアルバムはよりシリアスなトーンになったんだろう」
00年代初頭の短期的な復帰を経て、2006年、WINGER は海外に駐留する米兵の現実を描いた “Ⅳ” でついに完全復活を遂げます。以前よりも社会性を全面に押し出し、よりプログレッシブに躍動するこのアルバムが、以降の WINGER の指針となりました。
バンドが経験してきた浮き沈みを “業” として書き綴った “Karma”、ポジティブなトーンでより良い世界の実現を願った “Better Days Comin” と、彼らは80年代のイメージを払拭するような等身大で現実的な高品質のアルバムを残していきます。ただ一つ、WINGER が WINGER である所以、”キャッチー” な一面をどう扱うのか…常にその命題と向き合いながら。
9年ぶりとなる最新作 “Seven” は、そんな WINGER の社会性、プログレッシブでシリアスな一面と、出自であるハードロックのロマンチシズムが完璧に噛み合ったアルバムと言えるでしょう。
“Resurrect Me” はそんな最高傑作の中でも、特に WINGER ここに極まれりという名曲。シリアスでダークなスタートから一転、コーラスではロマンチシズムが雷鳴のように響き渡り、フックの嵐の中を Kip のキャッチーな雄叫びがこだまします。Reb のギターが炎を吹き、Rod の尋常ならざるフィルインが轟けば、WINGER はその翼を大きく広げて自らの “復活” を宣言します。
QUEEN への憧憬を織り込んだ “Voodoo Fire” を経て到達する “Broken Glass” は、復活 WINGER のもう一つの翼。Paul Taylor の復帰をしみじみと実感させるエモーショナルな音絵巻。WINGER 屈指のメランコリー・オーケストラ “Rainbow in the Rose” を、Kip のソロキャリアで熟成したかのような内省的な審美感は、96年に初めての妻を突然の事故で失って以来、彼の命題となった痛みと優しさの色彩を完璧に投影しているのです。
ヘヴィで繊細。ラウドでソフト。知的で野蛮。痛みで優しさ。ダークでロマン。WINGER の二刀流はいつしか、何 “マイル” も先で多様に花開いています。今回弊誌では、Kip Winger にインタビューを行うことができました。「かつてより世界は悪くなっているよね。金持ちはより金持ちになり、貧乏人はより貧乏になったように感じる。権力闘争の政治家、過激なイデオロギーのインフルエンサー、宗教的狂信者たちは、わざわざ力を尽くして世界の人々を分断しようとしている。とても悲しいことだよね」 どうぞ!!

WINGER “SEVEN” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【STARGAZER : LIFE WILL NEVER BE THE SAME】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STARGAZER !!

“TNT Was The First Norwegian Hard Rock Band With International Success, And We, Coming From The Same City As Them, Were So Proud.”

DISC REVIEW “LIFE WILL NEVER BE THE SAME”

「僕たちは HAREM SCAREM や BAD MOON RISING を知っているし、彼らが僕たちと同じようなバンドから影響を受けていることもわかってもらえると思う。グランジやストーナー・ロックが主流になる中で、自分たちのスタイルを貫いたバンドたちだよ。彼らがいたからこそ、僕らも元々インスパイアされていた音楽にこだわっていると言えるかもしれない」
メロディック・ハードロック北欧5人組 STARGAZER は、2001年に F.R.I.E.N.D. というバンド名で結成され、2005年にEPをリリース。2008年に STARGAZER へと改名し、2009年にセルフ・タイトルを、10年の時を経て2019年に2ndアルバム “The Sky Is the Limit” をリリースし、古き良きメロディ志向のリスナーから高い評価を得続けています。なぜでしょう。それは、このノルウェーの美しき星見櫓にたしかな理由と信念が存在するからです。
「まず第一に、僕らは昔ながらの方法で、マイクを使ってアナログで録音しているんだ。アナログの伝統的なプリアンプを使い、リ・アンプは一切行わず、すべての信号を本物らしく保つ。僕たちは、ティン・パン・アレー (アメリカの大衆音楽業界の象徴。Frontiers のやり方を揶揄していると思われる) のような音楽メーカーから曲を買うのではなく、時間と労力をかけて、自分たちの音楽を根本から作り上げているんだよ。だから、僕たちが作る音楽は、僕たちの心に最も近い音楽なんだ」
ご承知の通り、近年の “メロハー” その大部分はイタリアの Frontiers Music から供給されていて、好きものにとっては最後の砦、生命線ともいえるような存在となっています。ただし、心を打つような素晴らしいリリースと同時に、メンバーをシャッフルした集金プロジェクトも少なくないのが事実。また、Alessandro Del Vecchio を中心とした “ホーム・バンド” に作曲、編曲、演奏を依存することも多く、すべてが “心からの” 音楽とは言い難い状況でしょう。
STARGAZER の素晴らしさは、そうしたしがらみに縛られることなく、自分たちのやり方で、心からの音楽を追求しているところにあります。もちろん、HAREM SCAREM にも、BAD MOON RISING にも常に迷いはありましたが、それでもあの困難な時代においてハードロックを追求し続けたその気概と音楽は今よりももっと賞賛されるべきでしょう。そしてSTARGAZER は、そんな90年代の荒波を乗り越えたメロハーの信念をその身に宿しているのです。
「TNT はノルウェーで初めて国際的な成功を収めたハードロック・バンドで、彼らと同じ都市に住む僕たちはそれをとても誇りに思っているんだ。彼らのアルバム “The Knights of the New Thunder” は、僕たちの心を激しく揺さぶったね!彼らは、ノルウェーのような小さな国からでも、世界のシーンに大きな影響を与えることができることを、他のハードロック・バンドに示したんだから」
そして、何より STARGAZER はあの TNT の血脈を引いています。同じトロンヘイムの出身で、Ronnie のギターを受け継ぎ、Morty の客演を成功させた STARGAZER 以上に TNT イズムを体現するバンドはいないでしょう。オーロラのハーモニーに、ガラス細工の美旋律、そしてギターのマシンガンの三位一体は、John Sykes と WHITESNAKE の骨太を加えて、完璧な1987年を今ここに蘇らせました。”Life Will Never Be The Same”。そう、彼らのメロハーを知った後の人生は、これまでとは決して同じではないはずです。
今回弊誌では、シンガーの Tore Andre Helgemo とギタリストの William Ernstsen にインタビューを行うことができました。「ギタリストとしての William はもちろん John Sykes の影響を受けているし、シンガーとしてのTore André は David Coverdale の素晴らしい軌跡と共に歌ってきた。BLUE MURDER も僕らがよく聴いているバンドなんだ」 どうぞ!!

“Of course we recognize Harem Scarem and Bad Moon Rising, and you might see that they are influenced by a lot of the same bands as we are. These are bands sticking to their guns while grunge and stoner-rock took the mainstream. Therefore, you can say we too hold on to that music we were originally inspired by.”
Melodic hard rock Scandinavian five-piece STARGAZER formed in 2001 under the band name F.R.I.E.N.D., released an EP in 2005, changed their name to STARGAZER in 2008, self-titled in 2009, and after 10 years, released their second in 2019 album “The Sky Is the Limit” and continues to be highly acclaimed by old-school, melody-oriented listeners. Why is that? Because there are certain reasons and beliefs that exist in this beautiful Norwegian stargazing turret.
“First thing is we record the old-fashioned way, analogue with microphones. Using analogue traditional pre-amps and no re-amping, to keep every signal authentic. We don’t go out there and buy songs from Tin-Pan-Alley-like music makers, but we spend time and dedication in creating our own music from the bottom. The music we make is the music closest to our hearts.”
As you know, the majority of “Melo-hard” music in recent years has come from Italy’s Frontiers Music, which has become something of a last resort and lifeline for the likes of you. However, along with the mind-blowingly great releases, the fact is that there have been a few collection projects that have shuffled members around. Also, they often rely on their “home band,” led by Alessandro Del Vecchio, to compose, arrange, and perform, so not all of their music is “from the heart. The beauty of STARGAZER is that it is a band with a lot of heart.
The beauty of STARGAZER is that they are not bound by these ties, but pursue music from the heart in their own way. Of course, Harem Scarem and Bad Moon Rising always had their doubts, but their spirit and music that continued to pursue hard rock in those difficult times should be praised even more than now. And STARGAZER carries in its body the conviction of a melodic musician who overcame the stormy seas of the 90s.
“TNT was the first Norwegian hard rock band with international success, and we, coming from the same city as them, were so proud. Their album “The Knights of the New Thunder” blew our minds! They kind of showed the way for other hard rock bands that it was possible to come from a small country like Norway, and make a big impact on the world scene anyway. ”
Above all, STARGAZER is in that TNT vein. Hailing from Trondheim, no band embodies the TNT-isms more than STARGAZER, which inherited Ronnie’s guitar and successfully guest-starred Morty. The trinity of Aurora’s harmonies, the beautiful melodies of Glasswork, and the machine guns of the guitars, with the added brawn of John Sykes and WHITESNAKE, brings the perfect 1987 back to life here and now.” Life Will Never Be The Same”. Yes, Our life will never be the same after discovering their melodies.
We had the pleasure of interviewing singer Tore Andre Helgemo and guitarist William Ernstsen. Here
we go!

STARGAZER “LIFE WILL NEVER BE THE SAME” : 10/10

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COVER STORY 【MR. BIG : THE BIG FINISH】INTERVIEW WITH NICK D’VIRGILIO !!


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NICK D’VIRGILIO OF MR. BIG !!

“I Could Never Replace Pat. He Had a Unique Sound And Feel And The Band Really Gelled Together In a Great Way. He Was a Huge Part Of The Mr Big Sound. All I Can Try To Do Is Play To The Best Of My Ability And Pay Tribute To Pat.”

THE BIG FINISH

パット・トーピーが私たちの前からいなくなって、どれくらいの月日が過ぎたでしょう。アイスクリームとハンバーガーを愛し、アメリカの学園モノに出て来そうな爽やかな笑顔でブロンドをなびかせ、年齢をちょっぴり詐称した歌って叩ける MR.BIG のドラマーはあのころ、文字通りみんなのアイドルでした。
ただし、ポール・ギルバート、ビリー・シーンという当代きっての弦楽隊のおかげで霞んでしまってはいましたが、パット・トーピーは顔が良いだけでなく、相当の実力者でバンドの要。”Take Cover” や “Temperamental”, “Undertow” のユニークなリズム・パターンに巧みなゴーストノート、ボンゾを思わせる骨太でタメ気味のドラミングはやっぱりスペシャルで、”Yesterday” を歌いながらソロをとるパットの姿がみんな大好きだったのです。
そして、どこか飄々として浮世離れしたポール、やんちゃなエリック、職人肌で真面目なビリーをつないでいたのもやはりパットだったのでしょう。特に、ビリーとエリックが一時、相当険悪な仲であったことはもう誰もが知る事実ですから。
結局、私たちはパットを失って再度、MR.BIG は “あの4人” でなければならないと痛感させられました。1度目はポールがバンドを去った時。FREE の名曲をその名に冠するバンドです。リッチー・コッツェンでも、むしろポールよりリッチーの方が上手くいってもおかしくはなかったのです。しかし、実際はポールの不思議なメロディ・センスやメカニカルなギターを失ったバンドは一度瓦解しました。
今、THE WINERY DOGS が生き生きとしているのは、THE WHO や FREE の21世紀バージョンを全力で追求しているから。MR.BIG の建前はたしかにほぼ同じでしたが、実のところ彼らはもっと甘いメロディやスター性、派手なテクニックを売りにしていました。その “アンバランス” が実は MR.BIG のキモで魅力だったのです。リッチーと作った ”Get Over It” は玄人好みの素晴らしいアルバムでしたが、MR.BIG はそもそも玄人好みのバンドであるべきではなかったのです。
だってそうでしょう?90年代、私を含めてどれだけ多くのキッズが彼らに憧れて楽器を始めたことでしょう?バンドを始めたことでしょう?アイバニーズのFホールやヤマハのライトグリーンがそこかしこに溢れていたのですから。今、あれだけ長いソロタイムを設けられるバンドがどれだけいるでしょう? “Raw Like Sushi” シリーズのソロタイムをみんなが食い入るように分析していたのですから。MR.BIG はあのころ日本で、楽器をより純粋で真剣な何かへと変えていきました。それは彼らがとことんキャッチーで、ある種のアイドルで、全員がスーパーなテクニカル・スターだったからできたこと。
そんな日本におけるハードロックの父、MR.BIG にも遂に終焉の時が訪れます。エリックは最近、こんな話をしていました。
「BON JOVI がこの年まで続けるとわかってたら “Livin’ On A Prayer” をあんな高くは歌わなかったと言ってた。僕もそう。南米のバンドとやるときに “Lucky This Time” をやりたいと言われたけど無理だった。”Green-Tinted” の高音でさえキツイんだ」
あのベビーフェイスで鳴らしたエリックももう62歳。ポールは56歳。ビリーにいたっては69歳。もちろん情熱は年齢を凌駕しますが、それでも人間に永遠はありません。
それでも、パットが亡くなってから数年後、エリックはこう話していました。
「MR.BIG をまたやりたいよ。あの音楽が大好きだし、バンドを愛してるから。ビリー、ポール、そしてパットの魂とまたステージに上がりたいね」
パットの座右の銘は、”Never Give Up” でした。病に倒れたあとも、パットは常にバンドと帯同し、諦めず、不屈の精神で MR.BIG の音楽と絆を守り続けてきました。だからこそ、やはり幕を下すべき時なのです。お恥ずかしい話ですが、少なくとも私はあのころ、4人の絆と友情を純粋に信じていました。でも、それもあながち間違いではなかったのかもしれませんね。エリック、ポール、ビリー、そしてパットの魂は今回の “The Big Finish” ワールドツアーを最後にやはり、バンドを終わらせるつもりのようです。とても、とても残念で寂しいですが、それはきっと正しい決断なのでしょう。
最後のツアーは、MR.BIG のアンバランスが最高のバランスを発揮した “Lean Into It” が中心となります。マキタのドリルも、”Alive and Kickin” の楽しいハーモニクスも、”Green-Tinted” のメロディックなタッピングも、”Road to Ruin” のビッグ・スイープも、もしかしたらこれが聴き納めとなるかもしれません。しかし何より、多くのファンに別れを告げるため、物語をしっかりと終わらせるため、そしてパットに対する美しきトリビュートとしても、非常に重要なツアーとなるはずです。
ドラム・ストゥールには、ニック・ディヴァージリオが座ります。現在の英国を代表するプログレッシブ・ロック・バンド BIG BIG TRAIN のメンバーで、SPOCK’S BEARD, GENESIS, FROST, FATES WARNING など様々な大御所バンドで腕を振るって来たプログレッシブの巨人。ドラムの腕はもはや疑うまでもありませんが、ニックはとにかく歌が上手い。MR.BIG がボーカル・ハーモニーを何より大事にしてきたこと、ボーカル・ハーモニーで成功を収めたことはご承知のとおり。インタビューにもあるように、実は VAN HALEN や MR.BIG を愛し、その “歌” で選ばれたニックなら、きっと素晴らしい花道を作ってくれるはずです。
「僕は決してパットの代わりにはなれないよ。彼はユニークなサウンドとフィーリングを持っていて、バンドは本当に素晴らしい形で融合していたんだから。彼は MR.BIG サウンドの大きな部分を担っていたんだ。僕ができることは、自分の能力を最大限に発揮して、パットに敬意を表することだ。でも、僕はプロフェッショナルであることを誇りに思っているし、MR.BIG の曲を本物のロック・サウンドにするために必要なことは何でもするつもりだよ」NDV ことニック・ディヴァージリオの弊誌独占インタビュー。どうぞ!!

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【PLUSH : PLUSH】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MORIAH FORMICA OF PLUSH !!

“I Taught Myself How To Play Guitar By Taking My Dad’s Aerosmith CD’s And Not Coming Out Of My Room Until I Learned a Song.”

DISC REVIEW “PLUSH”

「父の AEROSMITH の CD でギターを学んでいったわ。曲を覚えるまで、自分の部屋から出ないくらいのめりこんだのよ」
ロックは死んだ。そんなクリシェが囁かれるようになって、どれ程の時が過ぎたでしょうか。今のところロックは息をしていますし、メタルに至ってはより生命力をみなぎらせながらその重い鼓動を刻んでいるようにも思えます。それでも、黎明期、全盛期を支えてきたレジェンドたちが次々と病に倒れる中、私たちロック・ファンは潜在的にロックが消え去る日の恐怖を抱えながら生きているのかもしれません。ただし、そんな心配は結局、杞憂となるはずです。PLUSH の登場によって。
「6歳からギターを始め、10歳からライブ活動をしているの。16歳のときには NBC の “The Voice” シーズン13に出演したわ」
世界を変えるようなファースト・アルバムをリリースすることができるバンドは決して多くはありません。古くは LED ZEPPELIN, THE DOORS, BLACK SABBATH, 時が満ちて VAN HALEN のファーストはロック・ギターに革命を起こしましたし、GUNS N’ ROSES のデビューは文字通り破壊衝動を封じられていた若者たちの “食欲” を解放しました。さらに、SLIPKNOT や KORN の登場はメタルの在り様を変え、EVANESCENCE は女性がメタル世界に進出するきっかけとなりました。そして、PLUSH のセルフ・タイトルも同様に、世界を変えるようなファースト・アルバムとなるはずです。
「性別は関係なく、誰でもいいから探してみようと思ったんだけど、そんな時に Lzzy Hale がSNS でシェアしてくれて、Bella に出会うことができた。だから、最初の目標は女性だけのバンドを作ることではなかったんだけど、結果的にはそうなってよかったわね」
EVANESCENCE がメタルの門を女性に大きく解放してから18年の月日が経ちました。少しづつ、少しづつ、ボーイズ・クラブだったメタル世界も変化を遂げ、ついに21歳以下の女性4人が世界を震わせる時が訪れたのです。
もちろん、セクシーであること、キュートであること、”女性らしく” あることを求める人たちは今でも少なからず存在し、SNS で場違いなコメントを振りかざしています。ただし、PLUSH が勝負している土俵は、女性として “ホット” であるかどうかではなく、音楽が “ホット” であるかどうか。「女の子ばかりなのにあんなに上手いとは思わなかった、みたいな無邪気なコメントもあるわね」 という Moriah の言葉通り、ただロック/メタル・バンドとして、PLUSH は最高峰の実力と楽曲を兼ね備えているのです。
「Brooke は GODSMACK や TOOL みたいなヘヴィなバンドに大きな影響を受けている。一方、私はクラシック・ロックやメタルが好きなんだけど、同時に最近のポップスも大好きなのよ。レディー・ガガが大好き!Ashley は独自の雰囲気を持っていて、幅広いジャンルの音楽を愛しているんだけど、ALICE IN CHAINS は大好きみたいね。Bella はクラシック・ロックだけじゃなく、Joe Satriani をはじめとする伝説的なギタープレイヤーも愛しているわ。そうやって、私たちは皆、自分が影響を受けたものを演奏や作曲に取り入れているんだと思う」
重要なのは、PLUSH が AEROSMITH に端を発するアメリカ的なアリーナ・ロックを受け継ぎながら、70年代から現代に連なる様々なロックの色彩を野心的に、大胆に調合している点でしょう。例えば、オープナーの “Athena” には HEART の壮大さ、HALESTORM の熱量、LED ZEPPELIN の野心が混ざり合い存分に五感を刺激しますし、”傷つけられた。幸せでいて欲しくない。でもそんなあなたをまだ欲しがる私が大嫌い” と負の感情をぶちまける “Hate” にはたしかに ALICE IN CHAINS の暗がりが宿ります。
“Better off Alone” のダイナミックなリフワークには TOOL や GODSMACK のインテンスが封入され、一方で “Sober” や “Sorry” には Alanis Morrisette の知的で内省的な面影が見え隠れ。”Bring Me Down” で Gaga や Pink のモダンなポップスに接近したかと思えば、”Don’t Say That” では AEROSMITH 仕込みのパワー・バラードを披露。
PLUSH はロックの教科書を熟読しつつ、強烈な個性を誇る Moriah の絶唱と、バークリー仕込みの Bella のシュレッド、そして DISTURBED や ALTER BRIDGE, MAMMOTH WVH にも通じるダークでスタイリッシュなアメリカン・モダン・ハードを三本柱に、強力で未知なるアリーナ・ロックを完成させたのです。DISTURBED や STAIND を手がけた Johnny K の仕事も見事ですね。NWOAHR だけでなく、ENUFF Z’NUFF や MEGADETH もプロデュースしているだけあって、メロディーや曲想の陰陽が立体的。そうして “ぬいぐるみ” と名付けられたバンドには命が吹き込まれ、敬愛する EVANESCENCE, HALESTORM とツアーに出ます。
それにしても、ドーピングした Ann Willson の表現が完璧にハマるほど、Moriah の歌唱は絶対的。James Durbin にも圧倒されましたが、それ以上の逸材かもしれません。アメリカのオーディション番組恐るべし。
今回弊誌では、Moriah Formica にインタビューを行うことができました。「私たちがよく経験するセクシズムは、ソーシャルメディアでのコメントよ。正直なところ、ライブでは経験したことがないのよね。だけど、SNS は無知や愚かな行為がチェックされず、まかり通る場所でもあるのよね」どうぞ!!

PLUSH “PLUSH” : 10/10

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