“Progressive music should evolve, not just technically, but emotionally otherwise it stops being progressive and very often complexity can be “in the way” of emotion.”
“I do hope this album can help people in the way it has helped me, and also that it may inspire and encourage some people reading this, especially those entering their mid to later years to finish that project that they’ve wanted to finish for a while.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JACOB HAYES OF MARUJA !!
“It’s very clear which artists have a lasting impression on us – it’s those that have stood the test of time and had a clear important message. Some of the most important figures in musical history are: Nina Simone, Marvin Gaye, The Beatles, Stevie Wonder, Michael Jackson, etc; all of which were unafraid to highlight how fractured our society has become and to help bring about change. Rage are right up there in this list, with their message ringing truer than ever.”
DISC REVIEW “PAIN TO POWER”
「音楽史における最も重要な人物には、ニーナ・シモン、マーヴィン・ゲイ、ビートルズ、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソンといった人たちがいる。彼らは皆、僕たちの社会がいかに分断しているかを恐れることなく浮き彫りにし、世界に変化をもたらすために尽力してくれた。RAGE AGAINST THE MACHINE もそのリストの上位に位置し、彼らのメッセージは今、これまで以上に真実味を帯びてきているんだ」
混迷を極めた世界。インターネットやSNSのとめどない発展は、幼稚で粗暴な欲まみれの行為、言論、デマを感染させ、正当化するためだけに利用されています。分断は加速し、もはや差別や抑圧、嘘の悪でさえ、多くの人と共感することが難しくなってしまいました。世の中がこうした暗い状態にある今、MARUJA の “Pain to Power” は、それでも愛、優しさ、正直さに宿る力こそが真に勝利することを強く信じさせてくれるアルバムです。かつての RAGE AGAINST THE MACHINE のように。
「ヒップホップの真髄は、その姿勢、反抗心、そして意義にある。Run-DMC、PUBLIC ENEMY、N.W.A、BEASTIE BOYS といった初期のアーティストの多くは、荒々しくノイジーなビートと力強い歌詞で、このパンク的な姿勢を体現していたんだ。ケンドリックはロックビートを使ったことはないけれど、彼の姿勢がパンクとロックの同じ起源、つまり反体制主義に根ざしていて、それがジャンル間の類似性を感じさせる根源となっているんだよ」
ポスト・パンクとヒップホップ、ノイズ、そしてフリージャズの鮮烈なる三位一体。そう称される MARUJA の音楽は実際、RAGE AGAINST THE MACHINE があの “Evil Empire” で叩きつけた衝撃と同様のインパクトを与えてきます。
時に唸りあげ、時に歌い紡ぐ、コルトレーンの遺志宿るサックスの嘶きはもちろん、MARUJA 独特のエネルギーを生み出す推進力。それは、束の間のジャジーなブレイクや、お決まりの “セクシーなソロ” として、単なるアクセサリーとして使われているのではありません。MARUJA はアルト・サックスとバリトン・サックスをシームレスに音楽の一部とすることで、ギターや他の楽器では真似できない、嘆き、悲しみ、怒りの感情を交互にもたらし、アルバムにもうひとつの声を付与しているのです。
「ロックが主流から外れていく中で、いつかはまたロックへの関心が高まってくると確信していたけど、”To Be Kind” のリリースによって、アルゴリズムの挙動を気にしたり、アルゴリズムを喜ばせることを気にしたりすることなく、音楽をうまく機能させることだけに集中することができたんだ。SWANS は、アーティストが与え得る最も刺激的なサウンドを作り上げることに専念しているバンドの代表例だよ」
そうした MARUJA の反発力、権力や抑圧に対する怒りや嘆きは “Bloodsport” のような短い楽曲で存分に感じられる一方で、彼らの神秘性が真に輝き、音楽の真髄に触れられるのは、”Look Down on US” のような長尺の楽曲なのかもしれませんね。ラップにも似た示唆に富む歌詞は深く心に刻まれ、深遠なメッセージは疾走するサックス、哀愁を帯びたストリングス、そして熱狂的なパーカッションの中で、見事に緊張感を高め、ついには爆発的な解放へと導かれます。
もちろん、我々はそこに BC,NR から連なるロンドンのシーンを想像しますが、それ以上にこれこそが、SWANS がかつて示した “正真正銘” の音楽でしょう。全身全霊で演奏を繰り広げる MARUJA の頭に “バイラル”、”アルゴリズム”、 “AI” といった欲に塗れた言葉は存在しません。ガラクタで飽和状態にあるストリーミングの暗い海においても、真の音楽は灯台の光のように光り輝き、我々が見失うことは決してありません。
今回弊誌では、ドラマー Jacob Hayes にインタビューを行うことができました。「僕たちは昔の英雄たちと同じように、僕たちが生きている時代を反映することがアーティストの仕事だと信じている。戦争の時代には、ニュースの正直さと真実を信頼することはできないよ。英国は長い間米国の影の下で暮らし、そのプロパガンダに固執している。今後の将来は非常に不確実だけど、疑いなく困難で、僕たちはそうした誤った行為を強調すると同時に、希望も提供したいと考えているんだ」 どうぞ!!
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH JESSICA ALLANIC OF CALVA LOUISE !!
PIC BY HENRY CALVERT
“I grew up during a very hard economic and social crisis in Venezuela so the alternative scene was disappearing, I felt the need to leave the country.”
DISC REVIEW “EDGE OF THE ABYSS”
「多様なルーツはアドバンテージだよ。なぜなら、それぞれの文化から吸収した影響があって、ひとつに左右されないから。私たちが共通して持っているものに従い、より純粋な形でつながることができるから」
世界は、異なる文化や人種を再び “排斥” する方向へと向かっています。SNS において無闇に恐怖を煽る、悪質なデマを流す大声の煽動者たち。しかし、そもそも本当に異文化や異人種は “悪” なのでしょうか?寛容さはお花畑なのでしょうか?差別と区別は異なるものなのでしょうか?
イギリスに本拠地を置きながらも、ベネズエラ、フランス、ニュージーランドと多国籍な “移民” が集う CALVA LOUISE は、音楽によって壁を壊し、世界をつなげられると信じています。
「私はベネズエラの非常に厳しい経済・社会危機の中で育った。そんな状況だからベネズエラのオルタナティヴな音楽シーンは消えつつあり、国に止まる以外の様々な可能性を考慮しなければならなかったのよ。非常に複雑なプロセスに直面して、国を離れる必要性を感じていたのね。
しかし、最終的には、そうして国を離れたにもかかわらず、ベネズエラの人々、そして世界中の多くのベネズエラ人から多くの好意的なコメントを受け取っているのよ!」
まるで THE DILLINGER ESCAPE PLAN に加入した Poppy。そんな例えが違和感なく感じられる、破天荒なボーカリスト Jessica Allanic。そんな彼女の音楽人生もまた、波乱に満ちたものでした。
ベネズエラに生まれた Jessica は、彼の国の政情不安、ハイパーインフレーション、貧困、そして治安の悪化と向き合いながら育ちました。しかし彼女が最も耐え難かったのは、MUSE や SYSTEM OF A DOWN, QUEENS OF THE STONE AGE に憧れながら、ベネズエラのメタルやオルタナティブ・シーンが国力と共に衰退していったこと。そうして彼女は、欧州への移住を決意します。
「メタルにはカタルシスという側面もあるし、生々しく純粋な感情や深いメッセージを表現することで、そしてこのジャンルが人々にもたらす複雑な感情を表現することで、本物のつながりを作ることができる。私たちはバンドとして、特に今、それが本当に重要だと感じているのよ」
フランスで盟友と出会い、そしてイギリスでまた別の大陸の盟友と出会った Jessica は、自身の幼少期の想像の世界、SFの理想と夢を CALVA LOUISE で現実のものとします。彼女の夢には、どんな壁もありません。スペイン語、フランス語、英語はあまりにも自然に Jessica の夢幻世界へと溶け込み、オルタナティブもポップもNu-metalもメタルコアもプログもフォークもまた、あまりにも自然に夢のシチューで煮込まれて、えもいわれぬ極上の美味と混沌を生み出します。
バンド名の由来となったイヨネスコの不条理劇は、画一化されたアートへの反抗、社会規範への同調、その危険性を皮肉たっぷりに描いています。そして、CALVA LOUISE もまた、移民であること、多国籍であることをアイデンティティとして、全体主義、画一化への抵抗、創造的自由の追求をかかげているのです。音楽で世界をつなげるために。
今回弊誌では、Jessica Allanic にインタビューを行うことができました。今年の2月に2週間日本に行くことができ、最高の経験をしたの! デジモン、セーラームーン、カードキャプターさくら、その他たくさんのアニメを見て育ったからね! Maximum the Hormone のような日本のバンドや、Bunnyのような新しいアーティストも大好き! 私の夢は、いつか日本で演奏すること!」 どうぞ!!
“Having a Black, Female, Gay Lead Singer Was Completely Different Than All The Other Bands, Me Being The Face Of a Rock Band Made a Lot Of People Uncomfortable.”
表舞台で活躍する中で、Skin が耐えてきた逆境は、 “居心地が悪い” という表現がぴったりでした。 他人の偏見や不安の受け皿となることを繰り返してきた彼女は、社会的、政治的な問題に関しては決して尻込みすることなく、長年にわたって差別の事例について率直に語ってきたのです。Skin は SKUNK ANANSIE のキャリアを通して、”Selling Jesus”, “Intellectualise My Blackness”, “On My Hotel TV”, “Little Baby Swastikkka” といった曲で、人種差別、虐待、組織宗教、資本主義の貪欲さに立ち向かってきました。 2020年9月に出版された自叙伝 “It Takes Blood and Guts” の中で彼女は、1996年に SEX PISTOLS のオーストラリア・ツアーに参加した際、人種差別を経験したと語っています。
「髪型だけでナチスだと誤解された。”ステージから降りろ、この黒人女!” とか叫ばれてね。そして、私たちを擁護する人たちが巻き込まれて、小さな乱闘になることもよくあったわ」
ベーシストの Cass も黒人であるバンドは、敵対する者たちを怒りに満ちたパフォーマンスで吹き飛ばし、無表情で束縛することなく反応したのです。
「私たちは、黒人らしく、獰猛に、ラウドになりきったの。その不条理な差別や偏見のおかげで、ステージでより良いパフォーマンスをするためのエネルギーが湧いてきたんだよ」
この活力は、フロントマンのジョニー・ロッテンを含む SEX PISTOLS からのサポートがなかったとされることで、さらに拍車がかかりました。
「彼は私たち四面楚歌になっているのを見て、何もしなかった。そういう沈黙の中に暴力があると思うの。詩的な文章だね、くそったれ! それを書き留めて」
このような抑圧に対する反骨精神が、Skin が多くの人々にとって伝説となった理由のひとつといえます。しかし、何十年にもわたって人々の偏見の的となり続けたことは、どんなに強い人間にとっても重い十字架となるはずです。
「でも、私はそれを背負わなかった。 人種差別、性差別、同性愛嫌悪など、他人の問題を引き受けてしまうと、その人たちが私に重荷を背負わせているようなものになってしまう。 だから前向きに成功について話す方が生産的だと思う。 実際に起こったいくつかの事件や、物事を難しくするようなことが、結果的にバンドの原動力となって成功した理由になっているのだから」
Skin が背負っている問題はたくさんあって、彼女がひとつひとつの十字架を背負う余裕がないのは当然のことです。30年間にわたる闘いの中で、彼女は社会と文化の活動家として、恐れずに声を上げ続けています。LGBTQ+の権利を擁護する活動——これは彼女が数十年にわたり続けてきたもので、当時、多くのアーティストがカミングアウトしていなかった時代から始まっています——以外の時間には、アフリカ女性主導の組織 “Forward” のアンバサダーとして、女性器切除反対運動を展開しています。
The Medical Foundation for the Care of Victims of Torture(現在はFreedom From Tortureとして知られる)や、黒人や少数民族コミュニティを支援するBaobab Foundationといった慈善団体と協力し、Skinは音楽療法を通じて若年の難民申請者を社会に統合する支援も行っています。また、ソーシャルメディアを通じて黒人コミュニティの物語を伝え、差別反対を訴えています。
「先日読んだ研究によると、Instagramのコメントの80%が否定的なものだったそう。人間は他人を批判するのが好きで、他人を励ますことには興味がないんだよ。だから、人々がその対処法を学ぶのは良いことだと思う。なぜなら、それは決して変わらないから。重要なのは、フィードバックを適切に評価すること。99%の人があなたのことを気に入っていても、1つの悪いコメントがあれば、その悪いコメントに焦点を当ててしまう。それは無意味よ。私はソーシャルメディアを最もポジティブな形で使い、善のために活用している。人生で何をするにしても、善のために活用してほしいわ。そうすれば、多くの善が返ってくるでしょう」
“I Personally Am Obsessed With Whatever That Magic Is That Makes Records “Classic”. So I Spent a Lot Of Time Over The Past Few Years Listening To All These Records That We Give This Honor And Taking In What They Had To Say.”
DISC REVIEW “Where we’ve been, where we go from here”
「レコードを “クラシック” にする魔法、それが何であれ、それに取り憑かれている。だから、ここ数年、僕たちはそうした “名盤” だと思えるレコードを聴き、そのレコードが語っていることを受け止めることに多くの時間を費やしてきた。僕にとって、これらの “名盤” たちに共通しているのは、彼らが何かを語っているということ。それが言葉であれ音楽的なものであれ、そこには目に見える即効性があった。”Pet Sounds” における即効性は、”OK Computer” における即効性とはまったく違うけれど、それでも僕の中では同じカテゴリーのものなんだ」
“friko4u”。みんなのためのFRIKO。それはシカゴのインディー・ロック・シーン、HalloGallo 集団から登場し、瞬く間に世界を席巻した FRIKO のインスタグラムにおけるハンドル・ネーム。FRIKO が何者であろうと、彼らの音楽は世界中から聴かれるために、つまり音楽ファンの喜びのために作られているのです。
そのために、FRIKO のフロントマン Niko Kapetan とドラマー Bailey Minzenberger は、THE BEACH BOYS から RADIOHEAD まで、自らが名盤と信じる作品を解析し、”目に見える即効性” という共通点へとたどりつきました。カラフルであろうと、難解であろうと、先鋭であろうと、名盤には必ずある種の即効性が存在する。そうして彼らは、その信念を自らのデビュー・フル “Where we’ve been, where we go from here” へと封じ込めました。
「シカゴのシーンがとにかくフレンドリーであるところだと思う。たとえば他の3つのバンドと一緒にライブをすると、みんなお互いのセットに残って見てくれる。みんなコラボレーションしたり、他のバンドで演奏したりする。シカゴは、LAやニューヨークのような他のアメリカの主要都市と違って、20代から30代前半の人たちが手頃な家賃で住めるということもあると思う。だから、ここでの生活をエキサイティングなものにしようとする若者がたくさんいるんだよ」
アルバムに込められた想い。それは、”私たちがいた場所、そしてここから進む場所”。シカゴのインディー・シーンは決してLAやNYCのように巨大ではありませんが、それを補ってありあまるほどのエナジーと優しさがありました。競争ではなく共闘。その寛容さが彼らを世界規模のバンドへと押し上げました。DINASOUR JR? ARCADE FIRE? THE CURE? レナード・コーエン?ショパンにワグナー?!比較されてもかまわない。彼らは “名盤” のタイムマシンでただ世界を笑顔にしたいだけなのです。
FRIKO のオフィシャル・サイトの URL は “whoisfriko.com”。そこには ARCTIC MONKEYS が2006年に発表したEP “Who the Fuck Are Arctic Monkeys” を彷彿とさせる不敵さがあります。きっとFRIKO って誰?の裏側には、誰だって構わない、私たちは私たちだという強い信念が存在するはずです。
「SQUID, BLACK MIDI, BLACK COUNTRY, NEW ROAD の大ファンなんだ。彼らは、私たちよりもっとヴィルトゥオーゾ的なミュージシャンだと思うし、だから技術的なレベルでは太刀打ちできないから、エモーショナルでタイトなソングライティングの面でアクセントをつけようとしているんだ (笑)。でも、そうした新しいエネルギーが再びロック・ミュージックに戻ってきているのを見るのは素晴らしいことだし、若い人たちにとってはエキサイティングなことだと思う」
そうして FRIKO は、ポスト・ロックやプログまで抱きしめた新たな英国ポスト・パンクの波とも共闘します。いや、それ以上に彼らの寛容さこそが、長年すれ違い続けたアメリカと英国のロックの架け橋なのかもしれません。なぜなら、そこには David Bowie や QUEEN、そして THE BEATLES の魂までもが息づいているのですから。FRIKO は誰?その質問にはこう答えるしかありません。大西洋を音楽でつなぐエキサイティングな時計の “振り子” だと。
今回弊誌では、FRIKO にインタビューを行うことができました。「僕は宮崎駿の映画で育った。ジブリ映画は、僕が書く音楽に、音楽以外のどの作品よりも影響を与えている。宮崎駿には、世界中の人々に通じる特別な何かがあるんだ」 どうぞ!!
FRIKO “WHERE WE’VE BEEN, WHERE WE GO FROM HERE” : 10/10
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ISABEL “IZZY” JOHNSON OF CONQUER DIVIDE !!
“The Metal Community Is a Great Escape For People Because The Music Has So Much Energy And The Listeners Are So Welcoming To One Another. We Can Be Outcasts…But We Are Outcasts Together!”
“I wrote lyrics with my age in mind, so it has become sort of my mantra for what I’m doing for the rest of my life”
THREE SIDES OF ONE
これまで、KING’S X ほど見過ごされてきたバンドはいないかもしれません。ただし、dUg Pinnick, Ty Tabor, Jerry Gaskill の3人は、チャートのトップに立つことはなかったかもしれませんが、熱心なファンの心には深く刻まれ続けています。
80年代半ば、このトリオはテキサス州ヒューストンに渡り、メガフォース・レコードと契約。”Out of the Silent Planet”(1988)、”Gretchen Goes to Nebraska”(1989)、”Faith Hope Love”(1990)と、口紅とロングヘアのゴージャスな時代において、あらゆるジャンルの規範を無視した伝説のアルバムを3枚録音しました。
だからこそ、90年代初頭には、多くの仲間のロックバンドを虐殺したグランジの猛攻撃から免れることができたのかもしれません。音楽界の寵児として、また “次の大物” として、KING’S X はアトランティック・レコードに移籍し、セルフタイトルのアルバム(1992)を録音しましたが、残念ながらビルボードに並ぶほどの成功は得られませんでした。それでも彼らは、90年代から2000年代にかけて、感情を揺さぶる、音楽的に豊かなアルバムを次々と発表し続けました。
そうしてロックミュージックで最も露出の少ないバンドは、2008年に突然沈黙するまで、自らの道を歩み続けたのです。
休止中も、dUg は KXM や GRINDER BLUES で音楽を作り続け、自身の名義でレコードをリリースするなど、ゲリラ戦士として戦いを続けていました。クリエイティビティに溢れるベーシストは KING’S X の終焉を考えることはありませんでしたが、一方で、次のアルバムも必ずしも期待しているわけではありませんでした。こうして14年という長い間、KING’S X はただ沈黙を守り続けました。世界は変遷し、新しい現状が形成され、KING’S X はもはや時代の一員ではなくなったかに思われました。
しかし、14年という長い年月を経て、その門戸は開かれます。ついに彼らは再び一緒に作曲し、レコーディングすることを決断したのです。その経緯を dUg が語ります。
「72歳になるんだけど、歳を重ねた実感があるんだ。自分の年齢を意識して歌詞を書いたから、アルバムは残りの人生をどうするかという詩的なマントラのようなものになった。基本的に、私は人生が終わるまでなんとか乗り切るつもりだ。世の中が見えてきてね。友達のこと、Chris Cornell, Chester Benington, Layne Staley…死んだり自殺したりした人たちのことを考えると、ただただ痛くて、”自分は絶対にそんなことはしない” といつも思っている。人生を乗り切るためには、麻酔をかけられなければならないだろう。けど、あの世で何が起こっているのかわからないし、この世で惨めで痛い思いをしてまで、何も知らないあの世に移りたいなんて馬鹿げてる…それが私の論理なんだ。だから、アルバムはそういうところから生まれたものなんだ」
たしかに、”Three Sides of One” は、一見すると瞑想的な作品に見えます。
「まあ、メンバーはレコードを作りたくなかったんだ。なぜなら、作るなら今まで作ったどの作品よりも良いものでなければならなかったから。これまでは、自分たちがやったアルバムのレパートリーに加えるべきものがあるとは感じていなかったんだ。だから、14年かかってようやく “よし、これはいけるぞ” と思えたんだ。私自身は、初日から準備万端だった。14年の間に、いくつかのサイド・プロジェクトを立ち上げたり、いろいろなことをやっていたからね。私が持ち込んだ曲は27曲で、全部新曲だし、Jerry と Tyも何曲か持ち込んでいて、それも全部新曲だ。それで、リストに載っているものを全部、十分な量になるまで実際に覚えていったんだ」
アルバムのタイトル、”Three Sides of One” は3人が共有する生来のケミストリーを表現しています。
「いつもは、アルバムの名前は決まっているんだけど、今回は誰も思いつかなかったんだよね。それで、マネージャーが “Three Sides of Truth” と言ったんだけど、私は、なら “Three Sides of One” はどうだろうと思って、みんなが、ああ、それならいいと言って。そして、そこから出発したんだよ。しばらくすると、子供を持つのと同じで、名前はそれほど重要ではなくなるものだ (笑)」
アルバムには、歳を重ねた3人の自然な姿がさながら年輪のごとく刻まれています。
「Jerry は、基本的に臨死体験から多くの曲を書いている。そして Ty は、今の生活を観察して曲を書いた。私も同じで、72歳になるんだけど、世界が今までの人生とは違って見えてきたんだ。だって、今まで生きてきた距離に比べたら、もうそんなに長くは生きられないんだとやっとわかったからね。そして、そのことについて話したり歌ったりしたかったんだよね。70歳を迎えて、私にとって一番大きなことは、今の世界をどう見ているかを詩的に歌詞にすること、そして同時に自分の周りで起こっていることを書くことだった。政治や人々が憎しみ合う様子など、でたらめなことが起きていることは分かっていたんだ。それを歌うんだけど、ただ説教しているように聞こえたり、すでに聞いたことのあるようなことを言ったりしないように、工夫しているつもりなんだ。
今は、言葉に気をつけないと、アメリカでは自動的に批判される。私は問題を解決するのが好きなんだ。私の問題は、直せないものを直そうとすること。私はいつも、なぜ世界がうまくいかないのかを論理的に解明しようとしてきた。ある意味、人は全員とは分かり合えないというのが結論なのかもしれない。だから、年齢は私たち全員に影響を与えたと思うんだ。また、Jerry はバンドに曲を提出することはあまりない。でも実際は、彼の曲が全員の中で一番いい曲だと思うこともあるんだ。だから曲を持ってきてと言ったんだ。自分たちのアルバムにするために、本当に頭を使ったんだよ」
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH IVAN HANSEN OF FROSTBITT !!
“We Have For As Long As We Have Listened To Metal Been Listening To Japanese Rock Bands Like Dir En Grey, Maximum the Hormone, Moi Dix Mois, Babymetal And a Lot Of Anime Openings!”
DISC REVIEW “MACHINE DESTROY”
「Mana 様の作品はどれも好きだけど、特に Moi Dix Mois で作られた音楽は最高だよね!Dir En Grey は、僕たちの大のお気に入り。”Yokan / 予感” や “Cage” のようなファンキーでアーバンなものから、”Obscure” のような Nu-metal、そして後のデスコアやジャンル・ブレンドのヘヴィなものまで、彼らの全てのスタイルが大好きだよ!特に特定の曲のライブ・バージョンが大好きで、より生々しくエモーショナルに聴こえるんだ。”濤声” のライブ・バージョンのようにね。あれは僕にとって完璧だ!NARUTO は特に130話までが僕にとって特別な場所。Asian Kang-Fu Generation の “カナタハルカ” は、生々しい叫びのようなボーカルで、僕に大きなインスピレーションを与えてくれた!」
日本の音楽は世界では通用しない。そんなしたり顔の文言が通用したのも遥か昔。アニメやゲームのヴァイラル化とともに、日本の音楽は今や海外のナードたちにとって探求すべき黄金の迷宮です。とはいえ、ノルウェーのノイズテロリスト FROSTBITT ほど地下深くまで潜り込み、山ほどの財宝を掘り当てたバンドはいないでしょう。
「特にボーカルとベース・サウンドは、KORN から大きなインスピレーションを受けているよ。”Solbrent” “Frostbitt” では、Johnathan Davis とChino Moreno のヴァイブに深く入り込んでいるんだ。ただ、そのせいで少し非難されたし、一時期ちょっとやりすぎたという事実にも同意しているよ。でも、この新しいレコードでは、彼らのインスピレーションはそのままに、他の多くのものも取り入れて、より味わい深いものになったという気がするね。自分たちを取り戻したような感じさ」
未だ Djent が新しく、勢いのあった10年代初頭に頭角を現した FROSTBITT は、近隣の MESHUGGAH や MNEMIC (素晴らしい!) に薫陶を受け、ローチューンのリズミック・マッドネスに心酔しながらも、同時に Nu-metal, 特に KORN や DEFTONES の陰鬱や酩酊をその身に宿す稀有な存在としてシーンに爪痕を残します。ただし、インタビューに答えてくれた Ivan Hansen の歌唱があまりにも Jonathan Davis に似すぎていたため、あらぬ批判を受けることもあったのです。まさに “Life is Djenty”。
しかし、FROSTBITT の時間旅行は “Machine Destroy” で空も海も飛び越える3Dの冒険へと進化しました。”Machine Destroy” というアルバム・タイトルが示すように、FROSTBITT の目的は常識や次元、時間、既存のメカニズムの破壊。CAR BOMB とのツアーは、FROSTBITT にとってノイズと獰猛さを探求するきっかけとなり、あの英国の破壊王 FRONTIERER をも想起させるアクロバティックなエフェクト・ノイズの数々は、”Frost-Riff” というユニーク・スキルとしてリスナーの脳裏に深く刻まれます。これはもう、ギミックの域を超越したテクニックの領域。
さらに、ここには日本からの影響も伝播しました。”Masked Ghost Host” のシアトリカルで狂気じみた呪文のような言霊の連打からの絶叫は、明らかに Dir en Grey の京をイメージさせますし、作品のテーマは攻殻機動隊。何より、”曲をリフ・サラダではなく、構造や繰り返しのある実際の歌らしい歌にしたい” という彼らの理想は非常に日本的な作曲法ではないでしょうか。タイトル・トラック “Machine Destroy” の致死的な電気の渦の中でも埋もれない、メロディの輝きは日本イズムの何よりの証拠。今作ではさらに、時に RADIOHEAD の知性までも感じさせてくれます。
デスメタルの単調とブラックメタルの飽和が囁かれるこの世界では、新しいアイデアを持ったバンドが必要とされているようです。1996年に片足を突っ込み、もう片足をThallの迷宮に突っ込んで、両腕を遠い東の島国に向けて突き上げる FROSTBITT の3Dな音楽センスは、明らかに前代未聞唯一無二で尊ばれるべき才能でしょう。
今回弊誌では、Ivan Hansen にインタビューを行うことができました。「ノルウェーは、暖かい夏と厳しい寒さの冬と雪の両方がある美しい場所。国土が広く、人々は国土全体に散らばっているから、ノルウェーを旅行するときはかなり遠くまで行くことが多いよね。それに、多くの家庭が森の中に山小屋を持っているから、歩く文化や山越えの文化も盛んなんだ。少なくとも、ブラックメタル・バンドからはそんな雰囲気が伝わってくるし、僕自身も同じようなことを実感しているんだよ」 どうぞ!!