NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【DUMA : DUMA】LIONSBLOOD OF KENYAN METAL


EXCLUSIVE : INTERVIEW WITH MARTIN KHANJA & SAM KARUGA OF DUMA

“It’s About Going Inside And Bringing It Out, putting Our Guts On The Table. There’s No Hiding. That’s The Thing: You Come To Duma You Come To The Fucking Butchery.”

LIONSBLOOD OF KENYAN METAL

一般的な外国人にとって、マサイの言葉で “冷たい水の場所” を意味するケニアのナイロビは、文字通り大都市特有の冷たさを纏っているように感じられるかもしれません。たしかに、街には高層ビルが立ち並び、交通量は多く、首長はヘネシーがコロナを殺すと考えています。それでもニューヨークや東京に比べればまだ温かみが感じられるのではないでしょうか。
しかし、ナイロビで生まれ育ち、この特異なメタルシーンにおいてさらに特異な色彩を放つグラインドデュオ Sam Karugu (ギター/プログラミング) と Martin Khanja (ボーカル) は、その意見に違を唱えます。
「ラジオを聴けばわかるよ。デタラメばかりだ。聴きたくない人がいるから、俺たちは何か違うものを作るんだ。”ワンサイズ・フィッツ・オール” 、一つの価値観がすべてを支配するなんてもう通用しないよ。俺たちは社会に適応出来ない人たちのために音楽を作っているんだ。」
たしかに、DUMA のセルフタイトルのデビュー作は、凡俗を攻撃するインダストリアルノイズが渦巻く反抗のレコードです。
2019年にウガンダのカンパラにある NyegeNyege Studio で録音されたレコード “Duma” は、00年代初頭にハードコアパンクやメタルを聴いて育った2人が送る強烈なステイトメント。ナイロビには80年代から DIY のハードコアシーンが存在しましたし、毎週木曜日の午後10時から12時まではアンダーグラウンドメタルを流す “Metal to Midnight” という番組も存在しました。それに YouTube, インターネット。
「俺の好きな音楽だから、俺が育った場所で周りのみんなに聴かせてやりたいんだよ。」

アフリカ大陸には未だ極小のメタルシーンしか存在しませんが、バンド同士はネットを通して連絡を取り合い、活気に満ちたコミュニティーを形成しています。ケニアのメタルシーンは「楽器を持っていて、心があって、何かをやりたいと思っている人なら、誰でも音楽ができるんだということを教えてくれた。」と Sam は語ります。
「アフリカにも昔からロックはあったよ…アパルトヘイト時代の70年代には、ザンビアやジンバブエのバンドが “Zamrock” を作っていた。ググってみてよ。だけどほとんどのバンドがレコーディングができなかった。だからそのためにケニアに来ていたんだ。”Zamrock” は70年代、80年代、90年代まで続いていたよ。アパルトヘイトが終わるころまでね。
だから、ケニアのシーンはずっと前からあったし、例えば南アフリカにはシーンがあるし、北アフリカにはチュニジアやエジプトにもシーンがある。世界の人々は俺らの存在を忘れてしまっているような気がするよ。でも、ケニアにもロックやメタルがあって、みんな楽しんでいて、バンドが演奏していて、モッシュ・ピットがあって、本当にオープンな人たちばかりなんだ。 人々が本当にオープンなんだよ。」
Martin もシーンの温かさについて同意します。
「ケニアのシーンは家族のような、コミュニティのようなものなんだ。どれだけ稼いでいるか、どんな人種かとか、そんなことは気にしない。ショーに出れば、みんなが愛してくれて、ありのままの自分を受け入れてくれる。
俺は自分のやっていることが人気があるものではなく、とても奇妙なものだと思っていた。だから同じ音楽をやっている人たちに出会って、”兄弟 “という感じになったんだ。俺たちはお互いを理解している。会場に足を踏み入れると、家族のような感覚になるんだ。 子供の頃、高校の頃に会った人たちや、大学生になってから会った人たちが、家族を連れて来てくれるんだ。 それは変わらず、どんどん大きくなっていく。 それがケニアのシーンのとても好きなところだね。みんなが互いに知っていて、みんなのことを愛しているから。」
それでも Sam はメインストリームからは程遠い現状も付け加えます。
「一回のライブで100ユーロが手に入る。それをバンド全員で分けるんだ。メインストリームからは程遠いよ。適切なギア、スタジオなんてないからなかなか新たなチャレンジも出来ないしね。好きだからやっているんだ。やらないと気が狂いそうになるから。」

影響を受けたのはどんな音楽なのでしょう?Martinはこう切り出します。
「TORCH BEARER, PINK FLOYD, Kurt Cobain, XXXTentacion, Travis Scott, SUICIDE SILENCE の Mitch Lucker, Bob Marley, それに DJ Scotch Egg-彼は神だよ。とにかく、彼らは上級地球人さ。エリートなんだよ。」
Sam はどうでしょう?
「ケニアのバンドはみんなそうさ。あとは LAST YEAR’S TRAGEDY, THROBBING GRISTLE。それから、BLACK FLAG, MINOR THREAT, SYSTEM OF A DOWN, それに MELT-BANANA! “Cell-Scape” は最高さ。たくさんいるよ。あとは母さんだね。でも母さんは俺がメタルをやっているなんて知らないよ。ゴスペルかなんかだと思っているんだろう。バレたら面倒くさいからね (笑) 」
Martin にとってメタルは救いであり、自己実現のためのツールでもありました。
「ラジオからメタルが流れてきて、人生が変わった。俺はいつも人生の中で自分の道を見つけようとしていたし、何かを発見しようとしていた。そしてこの音楽が俺に表現力を与えてくれていることに気付いたんだ。
道を歩いていると、頭の中でリズムが聞こえてきたり、詩を書いたりすることはいつも経験してきた。どこでそれを表現できるのか? この作品を通して、それを解放する方法を見つけたんだ。音楽がなければ自分の人生をどうすればいいのかわからない。目的がないんだ。メタルが生きがいを与えてくれた。一日の終わりには自分を表現しなければならない。そうしないと自分を抑え込んでしまう。精神的にも健康的じゃない。俺は苦手なことばかりだけど、少なくともこれは得意なんだ。」

2019年に DUMA が結成されたとはいえ、Sam と Martin は高校時代からお互いを知っていました。そして、Sam は SEEDS OF DATURA の、Martin は LUST OF A DYING BREED というトップナイロビメタルのメンバーでした。当時から、2人は互いの音楽に興味を持っていたのです。ボツワナのウインターメタルフェスで意気投合したデュオのパフォーマンスはすぐに共同作業へと繋がります。バンド名 DUMA とはキクユ語で暗闇を意味します。
「俺らはこの音楽に本当に深く入り込んでしまった。自分たち自身もダークで、音楽もダークで、世界観もダークなこのプロジェクトにね。」
アルバム “Duma” はメタルとして成立しながら、デュオの多様な嗜好を反映したモンスターです。”Omni” でトラップとメタルを融合し、”Lionsblood” ではエレクトロのダンスビートを取り入れます。「ダークでヘヴィーな実験だよ。新しいサウンドを作るためのね。」
“Lionsblood” はまさにアフリカのバンドにしか書けない楽曲でしょう。Martin が説明します。
「これは俺の民族的背景であるマサイ族のルーツからきている。男になるためには、茂みに入ってライオンを殺し、ライオンの血で体を洗わなければならないんだ。それは、つまり自分を見つけたということだ。ライオンの血を飲むんだから、生き残れば自分の中にライオンが残る。この慣わしを使ったのは、俺たちが日常生活の中でどのように存在しているかを表現したかったから。
問題は、人種や文化の違いじゃなく、見解や認識の違いなんだ。その違いは、俺たちが共に分かち合うべき強さなんだよ。 この違いが組み合わさったとき、俺たちはみんな強くなるんだから。人は教会に行ったり、学校に行ったり、何かを発明したり、ビジネスを経営したりすることができる。もし本当に好きなことが得意なら、それをやってみて、好きなことをするように人々を鼓舞して欲しいね。それが人間として、俺たち全員のためになるんだから。」

アートワークも一種独特です。Sam が語ります。
「偶然近所の市場で撮ったんだ。女の人が肉を買っているんだけど、彼女の服も肉に見える。肉を食べようとして自分が食べられてしまう。つまり、消費者にみえて実は自らが消費されているんだよ。それにアフリカっぽくて、メタルっぽいアートワークだよね。俺たちが言うところの、机にすべての内臓を出すってやつだよ。肉はすべて切り取られ、演奏するたび俺たちの体内で力になる (笑)」
Martin が付け加えます。
「つまり、このアートワークは自らの内なるものを外界へ解放することを象徴しているんだ。そうやって、自分のすべての内臓を机の上に出すわけだよ。何も隠すことはない。それが DUMA をやっている理由だから。」
アルバムには、ナイロビに対するバンドの不満も反映されています。Sam は、宗教と資本主義がこの大都市における “障壁” となってしまっていると非難します。住人たちは、この “ループの中” で生活することに慣れてしまい、快適な繭の中から出ることはないのです。DUMA は先住民が、自由に生きられるかつてのやり方を思い出すための水先案内人なのでしょう。
「もう機能していないよ。教育、宗教、商業、あらゆるものが俺たちの心を鈍らせている。本当の自分になることを許してくれないんだ。”Comers in Nihil” は箱の中に閉じ込められているという概念を比喩的に探求している。仕事をしてまともにお金を稼ぐというマンネリは安心だし心地よいものだけど、実際には生きているわけじゃなくゆっくりと人生を消耗しているだけなんだ。ただ仕事に行って家に帰ってくるだけなんだから。」
アフリカの現実にも立ち向かわなければなりません。Martin が続けます。
「仕事に行って家に帰ってもやることはたくさんある。家族もいるしね。それでも人は自分をポジティブに表現することでしか生き残れない。すべてを内に秘めていたら発狂してしまうから。自らの内面を世界に共有すれば、存在しなかったはずの人生が創造できる。ひいては、未来のより良い世界を作ることに繋がるんだ。」

仮に、コロナが世界の終わりをもたらそうとも? Sam は同意します。
「何かを創作し続けなきゃ。自分のやりたいことを全力でやらないといけない。世界はコロナで終わりを迎えるかもしれないし、何が起きているのかさえわからないけど、俺は自分のやりたいことをやって、自分らしく表現していくしかないんだよ。今の世の中、SNS によってほとんどの人が自分を表現できるようになっているだろう?今がその時だよ。自分の内臓を全部だすんだよ。」
闇の中でも常に光を見出すアルバムには、世界中に自分たちの音楽を広めたいという野心と共に、純粋な、サブリミナルなメッセージが込められています。Martin は目を輝かせます。
「みんなを鼓舞して、今よりもっと良くなるようにしてあげたいんだ。ビデオにもサブリミナルメッセージを込めている。本当に目を覚まそうとしている人には、それが理解することが出来るのさ。多くの人にインスピレーションを与えたいよ。音楽を聴いてくれた人、インタビューを読んでくれた人、ビデオを見てくれた人の心に何かを残したい。より良く生きれるような何かをね。」
Martin の最も伝えたいメッセージは、オープニングナンバー “Angels and Abysses” に描かれています。
「天使と深淵。心の中の小さな囁きを込めた曲だ。労働の中で、”オマエはもうめちゃくちゃだ。家に帰るんだ” ってね。毎日、自分の別の姿、一面が常に一緒にあることを忘れないでほしいんだ。
俺は心理学の修士号を持っている。そして、自らの認識している意識とは氷山の一角だと気づいたんだ。俺たちの習慣、行動、世界観は別の場所から来ているんだよ。意識的にそれを微調整することができれば、思い描いている最高の人生を体験することができるはずなんだ。その域まで到達しない場合でも、少なくともそれに近づくだろうし、これまでよりは良いものになるはずさ。」
Sam のお気に入りは “Pembe 666″。
「基本的には黙示録5章6節なんだが、スワヒリ語で書かれているんだ。聖書のこの一節では、ヨハネが小羊を見つけたと言っているんだけど、小羊は七つの封印を持っていて世界を解放するためにそれを開けなければならないんだよ。そして彼は子羊が殺されているのを見つけたんだ。 答えを探しているうちに、子羊が殺されていることに気づくというのは、宗教の面白いところだよな。きっと答えはないんだろう。」

最もテクノロジーを受け入れたバンドがケニア出身というのも皮肉なものです。
「俺たちにあるのは、歌とギターとラップトップだけ。面白いことに、メタルではほとんどの人がコンピュータをリスペクトしていない。純粋ではないと思われている。でも、コンピューターがあれば、バンド全体の音楽を作ることができることに気付いたんだ。シンセラインやドラムやギターを思いついて、それを完成させるまで煮詰めていくんだよ。」
DUMA がこれから進む場所はどこにあるのでしょう? Martin が答えます。
「デスメタルはもうやり終えたかも。メタルコア、デスコア、アバンギャルド、シンフォニック、ドゥーム。 これら全ての異なるジャンルからの影響を利用して、ハイブリッドな表現を生み出そうとしている。2040年や2050年に生まれた人たちだって何かを必要としているだろうし、僕らは前に進まなければならない。ヨーロッパやアメリカじゃ、メタルが確立されている。アフリカのメタルを知らしめるために、コンガやブラス、ドラムスといった民族楽器を取り入れるのは良い方法だと思うしね。それが俺たちの目標だ。俺達は新しいジャンルを作るつもりだよ。」
Sam と Martin は、彼らを理解しない人のことまで気にかけてはいません。DUMA の音楽は、マンネリに飽き飽きしたリスナーや、地元の放送局に満足しない人たちのためのもの。DUMA を完全に吸収するには、開かれた心が必要なのです。
「老若男女を問わず、すべての人に関係のあるものを作ろうと思った。たとえ暗くても、そこには光がある。そこにはたくさの知識と知恵が詰まっていて、子供たち、またその子供たちになんらかのインスピレーションを与えるんだ。」
DUMA はある種の伝道師なのでしょうか? Martin は否定します。
「というより、奉仕活動だよ。俺たちのライブに来れば、自分の抱えている問題や障害を克服するより良い方法を見つけることが出来るからね。視点を変えてくれるし、力を与えてくれる。改心させたいわけじゃなく、思い出させたいだけなんだ。」
Sam も同意します。
「伝道ではないね。メタルでは、8万人がメイデンのライブにくるけど、別に崇拝はしてないでしょ?(笑)。ただメイデンを聴くためにライブに行って、家に帰ればクソをする。誰も崇拝はしていない。それがメタルの醍醐味なんだよ。みんな自分の好きなことをしているだけさ。崇拝してるとしたら悲しいことだ。俺たちを崇拝なんてするなよ。やめとけ (笑)。」

参考文献: BANDCAMP:Duma Shines A Light on Underground Kenyan Metal

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