NETWORKS_photo2

WORLD PREMIERE : “SIZQ” + INTERVIEW 【NETWORKS : DYNAMIC NATURE】


WORLD PREMIERE : NEW MV !! “SIZQ” OF NETWORKS !!

 JAPANESE ECLECTIC INSTRUMENTAL TRIO, NETWORKS HAS JUST RELEASED THEIR NEWEST ALBUM “DYNAMIC NATURE” !!

NETWORKS_photo2

ミニマル、エレクトロニカ、ロック、ジャズ、エクスペリメンタル、ダンス、マス、プログレッシブ…。様々な音楽的要素をキラキラとエクレクティックに取り込んだ東京発の3人組 NETWORKS 待望の2ndアルバム “DYNAMIC NATURE” がリリースされました。2010年にリリースされ、デビュー作にして傑作と評された “WHITE SKY” から実に5年。待っただけの価値は十分にある作品だと思います。まずはアルバム収録曲で、今回弊誌で独占公開、 “SIZQ” のMVをご覧いただきたいと思います。吉野耕平監督が生み出す色彩感覚と NETWORKS の音楽が完璧にシンクロし新しくも生き生きとした芸術の息吹を感じられるでしょう。「楕円運動のダンス音楽」 「最終的に祈祷になる事」 をテーマにバンド活動を続けている NETWORKS。前者は世の中に溢れる4/4拍子を円運動に見立て、楕円即ち奇数拍子、変拍子でも踊れるでしょう?そこにカタルシスが生まれるかもしれませんよ?というメッセージ。これは以前からそう思っていましたが後者の解釈はより難解でした。しかし “DYNAMIC NATURE” を聴きこむにつれて、後者は個々のミュージシャンとしてのエゴを捨て去り、より音楽と同化するといった意味で受け取るようになりました。正しい解釈はインタビューで答えてくれていますが、”DYNAMIC NATURE” がそれだけ自然体で彼らのヴィジョンを再現し、多くのインストバンドが犯す技量の詰め込みからはかけ離れた、多幸感に満ちた完成度の高いアルバムだと感じたからでしょう。リズムやメロディーにただ身を任せてもよし、思考を重ね深く突き詰めるもよし。ただインタビューをご覧になれば、皆様も歌詞のない彼らの内面がいかに哲学的、文学的であるかお分かりになるでしょう。キーボードの新後さん、ギターの齊所さん、ドラムスの濱田さん。メンバー全員による三者三様の回答をお楽しみください。

【INTERVIEW WITH NETWORKS】

11215862_855131114542423_7397598782772887462_n

Q1: セカンドアルバム “Dynamic Nature” がリリースされましたね!デビュー作にして傑作と評価の高かった前作 “White Sky” から実に5年の歳月を要した訳ですが、待ったかいのある素晴らしい作品に仕上がりました。制作に長期間要した理由と現在の心境をお聞かせください。

【新後】: ありがとうございます。前作の発表後に私が北海道に転勤になったこともあり時間がかかりました。今は在京です。また、ありがたいことに前作リリース後はほぼ毎週ライブでしたので曲を詰める時間がなかったことも理由のひとつです。心境としては聴いてくれる人、関わってくれた人に深く深く感謝です。

【齊所】: 曲作りは、ひたすら純化して3人の腑に落ちる、というところを曲作りのゴールとして認識しています。ただし、その「純化する対象は何か」を共有するところも一定の時間を必要としますし、我々側も変化しますし、ライブ演奏でのテストも繰り返すので、確かに効率的な進め方ではないと思っています。一方で「いついつまでにこれくらいのものを」にパズルのピースを納めるような、方程式を解くような作り方を敢えてしていない点はこのバンドの特徴でもありますし、そうでなければ出来なかった楽曲になったのではないかと感じています。

【濱田】: NETWORKSでは、楽曲制作において、ジャムセッションという方法を用いることがありません。
デモ音源の段階から、その曲に存在させたい主題・構想・妄想・イメージが明確にあり、しかも時間の経過とともに変容することもあり、その中で曲の部分ひとつひとつに機能・意味が宿っているかをチェックしつつ、聴き手の聴覚・身体感覚を意識しながら、自分たちが「おもろい!」「これはビビる!」というものを作ろうとしています。
また完成したと思われた曲も修正を繰り返すので、デモ音源と大幅に異なる造りになってゆくこともしばしばです。
つまりは、単純に楽曲制作に時間のかかる方法を用いているというのが、前作から期間が空いてしまった根本的な理由ではあると思います。
前作”White Sky”ではやっていなかったことを、今作”Dynamic Nature”の制作において主題に据え、個人的にはかなりの難題でしたが、なんとか作品として出せたことに今は満ち足りた思いがあります。この作品がどんな人のもとに届き、どんな時空で再生され、そこで様々がどんな変容をするのか(、あるいはしないのか)。それらを知る術はありませんが、どうかそれが素敵な出来事であるよう祈っています。

Q2: まずはタイトル “Dynamic Nature” に込められた想い、アートワーク、アルバムのコンセプトについて話していただけますか?

【新後】: タイトルは前作リリース前に既に最終作まで決めています。タイトルや曲名(SIZQ以外)に意味を持たせることはありません。記号とまでは言いませんが、曲毎の判別がつけばなんでもいいと考えています。アートワークはずっとSEIGO FUKUDAさんです。バンド側からアートワークの指示や注文をすることは一切ありません。前作も含めてMVをお願いしている吉野耕平くんについても同様です。毎回楽しみですし、完成したものを見て毎回、歓喜の小躍りをしてます。友人や家族に自慢したりします。
コンセプトについては特にありませんが3人が楽しく生きていけることと、周りの人や環境への感謝が大まかな方針です。

【齊所】: タイトルは、引退するまでの全アルバム名が現時点で既に決まっています。個々の名称に関しては、先述のとおり、解く方程式を想定していないので、最終的に出来た楽曲に、判別可能で言語による名前を付けよと言われれば、どうしても万物の万物感と引用したような、抽象度の高い名前になってしまってます。アートワークに込められた想いは、初作からジャケットを描いていただいているSEIGOFUKUDA氏が、今回はどういうものを描いてくれるのだろうか、という「何かを愉しみに待つ気持ち」がすべてでした。SEIGOFUKUDA氏は、先ほどの、抽象度の高い言葉でしか括りようのないものを、圧倒的な密度の視覚で返して下さる。今後も、また視覚化してもらえるなら、とても愉しみです。

【濱田】: タイトルに込めた想いは特にありません。
前作のタイトル決めの際に、今作を含めた最終作までのタイトルは決定しています。
メンバー内で共有している言語感覚でもって、ゲラゲラ笑いながら語感で決めたのですが、リリースされて世に広まってゆきつつ、時間が経ってゆくと、タイトル自体がしっくりとおさまって、違和感が微塵もなくなるのは不思議です。おそらく今作も同様なのでしょう。
アートワークは、ミュージックビデオやTシャツを作ってもらう時と同様に、基本的に長年付き合いのある作家に、こちらからは要望を一切出さず、好きなようにやってもらっています。
今回に関してもいつもアルバムのアートワークをやってくれているSEIGOFUKUDAに、例のごとく何の希望も提示せず、好きにやってもらいました。
“どんなものが届くのかが全くの未知である状態の中、驚愕の作品が届く”
それは毎回アルバムを製作するうえでこちらの勝手で大きな期待が凄まじい驚きと感動に変わる瞬間で、個人的にはアルバム制作の際に感じる快楽度が最も高い出来事であり、今回も凄く気持ちよかったです。
コンセプトは音楽的なもの(後述予定)以外は持ちあわせていません。

Q3: “Yas-Rahgi”, “Sizq” といった曲名にも現れているように、本作ではさらに「最終的に祈祷になる」ことに近づいた印象があります。具体的には一層”脱 JAZZ 化”が進んで NETWORKS のアイデンティティが明確になり、よりミュージシャンとしてのエゴを削ぎ落としミニマル化が進行したと感じます。前作からの変化、進化についてはどうお考えですか?

【新後】: 僕たちが「お祈り」といっているのはコミュニケーションしたいという意志の事です。他者と疎通したいという願いは人にとって原初的で大きな部分を占めるものだと思います。人が誰かに何かを伝えたい、伝えてほしいと思うこと自体もお祈りだと思いますし、それが距離や時間、自然や死者などを取り込んだ別の層へ意志疎通したいとなった時にはいわゆる「お祈り」となるのだと思います(神頼みや遠く離れた人の無事を祈るとか)。ただ、それが正確に届いたことの確証は得られません。他人の心はわからないので当然です。だから他人やサムシング何かに自分を完全に理解してもらいたい、または理解したい、という希望は人の叶わない夢だと考えていますが、その為に言葉や宗教、音楽をはじめとして、とても多くの手段を今も作り続けているようにも思います。叶わなくとも真摯に誠実に相互理解を希求し続けることは、とても泣けるほど美しい努力だと思います。そのこと自体をお祈りと思っています。わかりたい(と思う意志)、わかってほしい(と思う意志)だけが自分とそれ以外の世界をつなぐので。音楽やっている以上はそういう意味で大なり、小なりお祈りなんだと考えてます。結果として大方針は「おかげさまです。感謝です。色々ありますができるだけ楽しく生きましょう」となります。
個人的には今作でモチーフの制作や作曲・アレンジの初期の段階においてイメージしていたものはもっとシンプルでしたが、最終的に音楽的にシンプルなことが楽曲の構造的にもシンプルであることは決してないということを再確認しました。単純さに耐え得るような曲というのは残念ながら非常に異常に複雑でデリケートな場合もあります。スパパん!と出来ちゃうこともあると思いますが。

【齊所】: ①で述べたこのバンドのスタイルに身体と脳が慣れたのだと思います。曲作りの細かい点において、自己意識が抗うことは少なくなった気がします。とは言え、エゴを削ぎ落としたとしても、発音する主体を完全に無くすということは本質的に不可能なのですが、自覚される発音主体の境界線のようなものが立ち上がる時間が、だんだんと長くなっていると思います。世に出して数年くらい経ってから、やっと自覚できるというような。自分が知らずと込めていたメタメッセージが、数年演奏して急に理解できるということがよくあります。

【濱田】: 前作からの変化で最も大きい点は、全体的にBPMを上げた点だと思います。
前作はいわゆる、”踊りやすいテンポ”でしたが、今作ではBPMを上げることによって、どんなダンスミュージックと成り得るか(、あるいは全く踊れないのか)という点に意識的に挑みました。
作曲・演奏面では、BPMの上昇に伴い、今までとても使い勝手のよかった16分音符の機能が変化してしまい、その分難しい局面が多々あったと記憶しています。
どう感じるかは今作に触れてくれた側の感覚に委ねたいのですが、個人的には、いわゆるダンサブルでなくなった分だけ、他の何かに作用できるものになったのでは、という感触があり、そのことに素直に感動しました。
他の何かに作用、というのは、例えば血沸き肉踊ってた分の幾らかが”心躍る”になったのかもしれませんし、あるいは、”落涙”という表徴となるのかもしれません。
このことについて、ダンスミュージックの射程範囲を拡げたと言っても、あるいは最早ダンスミュージックではなくなったと言っても、どちらでもOKですし、微笑みで以って受け入れたいですが、いずれにせよ、今回の挑みの先に、自分達にとって歓ばしい音楽があったことに破顔するばかりです。

10428514_805020829553452_8487002822809807429_n

Q4: 結成当初から掲げられている「楕円運動のダンス音楽」というキーワード。4拍子、4つ打ちの音楽が溢れるシーンに対するアンチテーゼのようなアイデアだと受けとっています。変拍子に対するこだわりについて話していただけますか?また今回特にそのアイデアを象徴している、具現化出来たと思う楽曲はどれでしょう?

【新後】: 「わかりやすさ」はとても大事なことではありますが「わかりにくくてもわかる!なぜなら人はパソコンではないので」という気持ちもあります。単純さも大事ですし、複雑さがもつ豊穣さも大事です。「色々あるけど、まぁまぁ、ぼちぼち、なんとなく頑張って生きましょう!そういえばいつもありがとうございます。」というのは大体の楽曲で具現化できてると考えています。

【齊所】: 特に最近は、選択的に楕円を意識することは少なくなりましたが、そもそも均等な真円の回転はひとつの中心を暗示するものです。一方、楕円回転は二つの焦点を暗示していて、ともに回転すると、その回転軸が複数に分裂し、周期感覚が、半分は自分の手の中にありつつも、もう半分は自分を離れて、もっと大きいところで、ただし共に回転する存在が立ち上がる感触があります。演奏する中でもそのような気づきが常々ありますので、特に4拍子に抗うつもりは最初からありませんが、面白いので続けたい。というより、本来は2に興味がある。音に耳をすませたり、ものを見たり、文字を読むにしても、身体と自己意識から離れられない以上、外へ行く、内へ帰る、は深い宿命として私たちの中にあります。その往来のダイナミクスのバリエーションで私たちが世界を認知していると言ってもいいように思います。行くと帰るに若干の非対称性を持ち込むことによって、それに対応する身体の動きは新たなモードを獲得しなければならなくなる。それを強制的におこなうのではなくて、振動の享受の中で、各自が見出すというような現れ方が理想です。
人体には有限の認知処理速度と筋力と固有振動数がどうしてもありますので、自覚的に周期として認識体感できる時間は数秒間のようです。その時間をいくつで割り、先述の非対称性を表すか、になってくるのですが、これは行く数字と帰る数字の差分の設計論であると思います。差分が小さすぎると認知できないし、大きすぎると「取って付けたような変拍子」に聴こえてしまって先ほどの「強制的」な非対称性への引き込みになってしまう。5と7は、2で割ると2ないし3の約数とともに1余りますが、数秒間を5と7で割ると、認知される行きと帰りの差分が最も如実なんですね。さらに上の素数にいくと11がありますが、5と6の往復が音連れてもその非対称性が体感上わずかになってしまうのではないかと考えています。
また、自然界の立体構造も、サッカーボールを見るとよくわかるように、5員環の自然発生により産まれていると言われています。対称性の高い4や完全数の6からは、四角形や六角形を敷き詰めた面から垂直に構造を形成するパワーが産まれない。さらに、イスラム教の紋様、ペンローズタイル、準結晶にあるように、タイリングに5角形を導入することにより、一見周期的に見えるが、マクロに見ると一度として同じ周期が訪れない模様を描くことができます。以上のように、5や7にあるような非対称性の組み込みは、既存の平面内に居ながらも高次元の空間を憧憬させてくれます。
上記は今になってやっと言語化できた仮説でしかなく、次回作は「ごめん、まったく違いました」で出すこともありうるのですが、これまでの楽曲は、上記仮説の多様な検証としてそれぞれ存在しているとも言えます。

【濱田】:「アンチテーゼ」という文字を見ると、オートマティックにヘーゲルの弁証法を思い浮かべてしまい、この場合、変拍子の再生されるプロセス・運動をアンチテーゼとするなら、4拍子や3拍子といった一般的とされる拍子の再生運動がテーゼとなるのでしょうし、それらをアウフヘーベンした先のジンテーゼとは一体何なのかなんて皆目見当がつかないものですなぁ、というぼんやりとした思考ともいえないようなことが、”かつて通っていた大阪は千里山の丘陵地にそびえる大学校舎。そこから抜けだして隣接するちょっとした裏山のようなところで綺麗な女学生の友人となぜだか焚き火を始めた“、というある日の夕暮時のほんのり美しい想い出とともに想起されております哲学科卒の僕ではありますが、変拍子自体へのこだわりや執着は特にありませんし、音楽を享受する際に至っても変拍子を好んで聴くということは全くありません。
ただ、NETWORKSの楽曲において全てを占めている5拍子あるいは7拍子というのは、少なくともNETWORKSの楽曲において、実に秀逸な制約として機能していると思っています。
実感として、「ちょうどいい」んです。4拍子や3拍子が身に染み付いている身体からすると、1拍多かったり少なかったりするわけで、そこに身体的なこわばり、よどみが生まれ、それが己の身体を改めて意識する契機となります。
慣れ親しんだものがいつのまにか凝り固まったものに変貌していることは様々な局面であり得ることです。
そのことを再発見し、今一度認識しなおす。
上に記した大学で出会い、今でも師と仰ぐ人がかつて執筆していたコラムの冒頭の一文目はこうです。
「画一化した社会は死滅する。」
ここでいう”社会”は”人間”・”アニマル”・”有機体”、または”人生”、あるいはもしかすると”万物”にさえ代替可能かもしれません。
生きることは変容し続けること。
様々な慣習・常識・世間様・空気といったものに添いすぎて、知らぬ間に部分的に固定化・奴隷化してしまうというのは確かに人生の一部であり、僕にも経験がありますが、少なくともたまにはそこから解放してやりたい。
そのきっかけは身体的実感に基づくものであるべきだと思いますし、それが音楽を通してであっても問題無いと思います。

Q5: 小難しい話になりましたが、NETWORKS の音楽はそういった専門的な知識がなくても十二分に楽しめます。キラキラしていて多幸感に溢れる世界観。普段インスピレーションはどのようなものから得ているのでしょうか?ネガティブな感情を楽曲に組み込むこともありますか?

【新後】: 上記の通りですが、ネガティブな感情を楽曲に組み込んだことはありません。わかりやすいこともわかりにくいことも、自分がいることも無条件に受け入れてくれる世界や人(知ってる人、知らない人、問わず)の優しささや懐の深さに対しては感謝と敬愛と歓喜しかありません。それをそのまま曲に反映するようにしています。演奏は3人でそれを反射、増幅できように心がけてます。実際に増幅してくれるのはスピーカー等の機材や電気だったりしますが、心がけ的にはそういう方針です。

【齊所】: インスピレーションを受けるとすれば、スタジオでメンバーが出した音の「聴こえ」そのものです。リハ中の音が図形問題だとすれば、補助線が現れてそれが急に解けるようになること。そこにあまり感情は介在していないようにおもいます。制作中には意図しない感情の煽りが音に生まれてしまうことがありますが、結果的に皆でボツにしている気がします。

【濱田】: 専門的な知識は、音楽をある文脈の中で何らかの意味として捉えその刷新を試みる上では、ひとつの有効な方法を支えるものではあり得ると思いますが、仰る通り楽しむ上では無くても問題ないかと思います。
音楽は”振動の連続感・まとまりのようなもの”でしかなく(「でしかなく」といってもその「でしかない」ものに僕も含めたおそらく多くの存在の生が支えられているのですから、本当に唯事ではないと思います。)、享受する側の聴覚なり触覚なりのそれぞれの感覚が受容し、それが各人の中でどんな記憶や夢想や身体感覚と繋がって発火するのかは、こちらがオペレーションできることではありません。
「キラキラ」や「多幸感」も含め、どんな印象となるかはお任せするしかありませんし、NETWORKSに触れてくれる人々あるいはその他を含む万物が愉悦をそれぞれの身体の中で湛えてくれるなら至上です。
さて、インスピレーションの由来ですが、それは僕においては僕自身の身体記憶としか言いようがありません。
ただ、NETWORKSにおいては、あたかもおのずと湧いてきたように感じる閃きをそのまま採用することは個人的には少ないです。
確かに結成以後の修練の中で、NETWORKSの楽曲を演奏・制作する上での身体感覚は当初よりは掴めてきたような気分ではおりますが、そもそも自分達自身が驚くようなものにしたいですし、それが面白みでもあるので、自然と閃いたもの=聴いたことのあるものをそのまま採用することには注意を払っています。
また感情をネガ・ポジに分けること自体していないというか、できたことがありません。
そして感情を楽曲に組み込むという行為の方法もわからないので、その問いには答えられません。

Q6: ガットギター、キーボード/シンセサイザー、ドラムス という編成も一般的ではなくイビツに感じる人もいるでしょう。この編成にこだわる理由を教えてください。他の楽器やボーカルを加えたいと思うことはありますか?

【新後】: 大阪でバンドしてた仲良しがたまたま全員上京したというだけです。3人で出来る事で楽しいことやろうぜ!という普通の青年(当時)の選択です。3人中2人がお酒を飲めないので定期的に歓談するには土曜の昼下がりにお茶するか、スタジオに入るかしか選択肢がなかったのです。結果的には両方選択し膨大な時間を3人で過ごしました。異様に仲良しの男性たちが延々と秘密の趣味を分かち合うという構造自体はイビツかもしれませんが、バンドとしては必要十分というか最高の編成だと考えています。機会があれば是非加わってほしいと常々考えているのは画家というバンドのドラムの小林くんです。本当に素晴らしいドラム、演奏を聴いててもいろんな意味で相性が良さそうと感じてます。そういう意味で狙っています。

【齊所】: 編成に関しては、結成時にそれらの楽器を弾ける人がいたから、であって、それ以上もそれ以下もありません。その後も、3人ともそこに何かを追加する可能性よりも、「そこから出るもの」の芳醇さに目がいったのだと思いますし、まだそこは汲み尽くせていないと思います。他のパート追加に関しても全く否定する気はありませんが、①のような手順を踏むでしょうし、高度に組み込んで進めるとなると時間はどうしてもかかるのではないかと思います。

【濱田】: 楽器編成については、集まった3名のそれなりに演奏できる楽器がそれらだった、というだけです。
ただ僕がこの編成を気に入っているのも本当です。
これらの3つの楽器という制約から出てくる音の構築のされ具合もそうですし、そもそも3名で物事に取り組む際の役割の分担され具合が好みなんです。気が楽です。
現在の3名から増やすということを積極的には考えていませんが、そんな縁があるのなら、それも面白いかもしれません。

Q7: NETWORKS の音楽はジャンルこそ違えど例えば MONO のように日本のみならず海外でも評価、絶賛される可能性を多分に秘めているように思います。邦楽洋楽の垣根を壊すといった意味も含めて、日本のアーティストで今共感されている方々はいますか?

【新後】: 嬉しいです。ありがとうございます。HATENOHATE、DALLJUB STEP CLUB、GOAT、WOZNIAK、cowbells、naam’、クラモトイッセイくん、吉野耕平くん、SEIGO FUKUDAさん、(セルフバーニングできる感じが恵まれてますね、、、自主イベントの宣伝ではないですが。。)

【齊所】: グローバル基準で評価するに足るものとなりユニバーサルな価値や意味を産み出し手にするか、日本人の語り口と日本人しか享受し得ないものにフォーカスしてそれを追求するか、は、究極は同じでこそあれ、別のものだと思っています。双方とも人生において取り組むには充分すぎるテーマだと思っていますし、本人が果たして国内海外の境界突破をどれくらい意識しているかも不明な中で、日本発でグローバルに通用するアートをやれているか、という括りで他人を選別するのはあまりに畏れ多い、と個人的には思ってしまいます。従いまして具体的なお名前をここで挙げるのは差し控えますが、少なくとも海外での評価を意識することなく音の純化に関して真摯に取り組まれている方々には、共感することも多いかと思います。

【濱田】: 共感というと烏滸がましいようなしっくりこないような気がしますが、自分(達)で勝手に好きなように愉しく音楽と戯れているように見える人(達)、には少なくとも強い好感を抱きます。
2015年8月に開催する僕達のリリースパーティーもそうですが、NETWORKSの主催イベントは今までそういう人達に参加してもらっています。(aus、goat、Ametsub、DALLJUB STEP CLUB、HATENOHATE、DJ AVANTE、Kohei YOSHINO、sid yuuri)
その他にも自分の周りにいて懇意にしてくれている数少ない人たちはそう感じる人ばかりです。WOZNIAKや、一緒に音楽活動をしているno.9やクラモトイッセイとか。大阪のnaam` group、京都のLlama、愛媛のcowbellsもそうです。

11111626_846560892066112_456769620340391471_n

Q8: ここに辿り着くまでどのような音楽を聴き、血肉にされてきたのか気になるファンも多いと思います。人生を変えた5枚のアルバムを教えてください。

【新後】: rage against the machine / rage against the machine
carsten nicolai / 不明
rei harakami / red curb
manfredp fest / brazilian dorian doream
NO_QUARTER / NO_QUARTER

【齊所】: Sylvain Luc “SUD”
Arto Lindsay “Prize”
John Mclaughlin “Time remembered”
Vinicius Cantuaria “horse and fish”
U.K. “U.K.”

【濱田】: 程度の差はあれど、触れた作品は全てなんらかの変化を己の生に与えてくれているとは思いますが、大きく変えたということならば13〜15歳の時にそれこそ数百回聴いたものになるかと思います。
なぜなら僕は幼少の頃から積み上げた音楽的素養というものが皆無に近く、単なる野球少年だったので、バットをスティックに持ち替えるという自分にとっては大きな転回の契機となったものが(棒状のものを扱うという点は変わっていませんが)、今回の回答に値するものかと思います。
・Blankey Jet City 『Bang!』
・EXTREME 『PORNOGRAFFITTI』
・STEVIE SALAS COLORCODE 『BACK FROM THE LIVING』
音楽に覚醒した頃聴いた作品の中でも上記三作の再生回数は圧倒的で、同じ頃に触れて同様の衝撃を自分にもたらした作品というと音楽作品ではないですが、以下の2点になるかと思います。
・澁澤龍彦著『高丘親王航海記』
・丸山健二著『争いの樹の下で』

Q9: 最後になりましたが、読者のみなさんにメッセージをお願いします!

【新後】: 人生色々ありますが、一緒に楽しめれば多幸です。心から。

【齊所】: 何がイビツで何がそうでないか、という判断基準もどんどんと不明確になっていって、自己選択できるという意味でいうと、昔より随分自由度が上がったと思います。全てを受け入れて自らで判断し行動するという主体の健全性のみを、常に良い状態で保っていれれば、手を伸ばさずとも、自ずから感動と幸福はおとづれるものと考えています。暑い日が続いておりますし、あまりにも情報が溢れすぎている昨今ですが、どうか皆様ご自身と近しい人の精神と身体に対してのみは、健やかにあることを、願っていますし、本作がそれに対して幾分かの助けや兆しとなるのならば、存外の慶びであります。今後ともよろしくお願いいたします。

【濱田】: 今回のMMMさんのインタビューには、メンバー3人それぞれが回答する形式を取りました。
おそらくなかなかのボリュームになっているかと思います。ここまで読んで頂きありがとうございます。
共通点も相違点もあるかもしれませんが、もしご興味あらば三人三様っぷりを垣間見つつ、バンドの全体感を把握してもらえればと思います。
また、今回のインタビュー公開にあわせて、僕達の昔からの友人であり素晴らしい映像作家・映画監督である吉野耕平による新作MVもここで公開させてもらいました。試写の際、あまりにも凄すぎて、僕は言葉がほぼ出ませんでした。そちらと併せて、今回の記事を愉しんでいただければ嬉しいです。
また、本記事において何かしらを感じていただけたなら、
2015/8/15に代官山UNITで行います、『Dynamic Nature』リリースパーティーに是非遊びにいらしてもらえればと思います。NETWORKSは吉野耕平と共に出演します。
今後出演するライブやまたリリースする作品を通して、何かしらの交流ができるなら凄く嬉しいです。
同時代を生きる人間同士、これからもよろしくお願い致します。

10479469_778760905512778_8653158655753812415_n

NETWORKS

8/15に “DYNAMIC NATURE” のリリースパーティーが行われます!!こちらもぜひチェックしてみてください!!
20150815_networks_300px_2_aritst_photo_1-2
リリースパーティー
2015.8.15(土)LIVE:
NETWORKS (with Visual 吉野耕平)GUEST LIVE:
DALLJUB STEP CLUB / HATENOHATEGUEST DJ:
aus / Ametsub / DJ AVANTE会場:Daikanyama UNIT時間:open/start 17:00チケット:2800円(ドリンク別途500円)
ぴあ(Pコード:267-285)ローソン(Lコード:73731)e+メール予約

mmmB5dvKwaCcAEznJZ

PLZ FOLLOW US ON FACEBOOK !!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です