EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARKUS VANHALA OF OMNIUM GATHERUM !!
“I actually have Alexis old Chevy Monte Carlo SS as his sister wanted me to get it after Alexi passed away. I’ve been cherishing and building it to the max, and Alexi would really respect in what shape and supercharged and LOUD the car is nowadays. It’s fun!”
DISC REVIEW “MAY THE BRIDGES WE BURN LIGHT THE WAY”
「実は今、Alexi の古いシボレー・モンテカルロSSを所有しているんだ。Alexi が亡くなった後、彼の姉が私に譲りたいと言ってくれたんだ。これまで大切にして、最大限に磨き上げてきたんだ。今のこのマシンの出来栄え、スーパーチャージャー、そして大音量を、Alexi もきっとリスペクトしてくれると思う。楽しいよ!」
スウェーデンのイエテボリで生を受けたメロディック・デスメタル。しかし、その発展は決してスウェーデンとイエテボリだけが担ってきたわけではありません。特に、フィンランドとメロデスの蜜月はあまりにも濃密で、同時に革命的でもありました。英雄 AMORPHIS のカレワラに端を発したフィンランドのメロデスは、MORS PRINCIPIUM EST の常軌を逸したシュレッドや、INSOMNIUM の映画のような風景で常にその領域を拡大し続けています。
そんなフィンランドの創造的なメロデス、その両輪として牽引し続けたのが CHILDIEN OF BODOM と OMNIUM GATHERUM だったのです。そして、Alexi Laiho の悲劇的な死から5年。OMNIUM GATHERUM, INSOMNIUM, CEMETERY SKYLINE でギターを紡ぐ Markus Vanhala は Alexi の愛車と遺志を今日も守り続けています。
「僕は Mutt Lange と DEF LEPPARD の大ファンなんだ。実は前作の “Origin” の時、メロデスの “Hysteria” バージョンを作ろうと思ったって冗談を言ったくらいでね。だから、80年代のロック用語で僕らの音楽を “アダルト・オリエンテッド・デスメタル” と呼ぶんだよ。これはデスメタルのアリーナ・ロックを目指す “AORデスメタル” みたいなもの。ステレオタイプ的には “メロデス” というジャンルは狭すぎるように思えるかもしれないけど、僕は固定観念にとらわれずに考えるようにしているからね」
Markus が居城 OMNIUM GATHERUM で目指す革命は AOD。アダルト・オリエンテッド・デスメタルの構築です。そして実際、”May The Bridges We Burn Light The Way” には、DEF LEPPARD が “Hysteria” で成し遂げた透明で奥深くもキャッチーなアリーナ・サウンド、DOKKEN が誇ったカミソリのようなギター・リード、EUROPE のカラフルでゴージャスな哀愁がたしかに存在しています。
なにより重要なのは、前作 “Origin” ではそうした “80、90年代のAORサウンド” を加えることで減退したかのように感じられたメロデスの源衝動、慟哭が今作においてはいささかも失われてはいないことでしょう。いや、むしろシームレスに洗練されたノスタルジアを注ぐことで、OMNIUM GATHERUM が創造してきたメロデスの輪郭がより鮮やかに、色味を増して新鮮に感じられるのです。
「実はメロディック・デスメタルという言葉ももう好きじゃないんだよね。でも、ジャンル名が必要なのは理解している。僕は OMNIUM GATHERUM の音楽をただ “ヘヴィ・メタル”と呼ぶのが好きでね。それが僕らの音楽だから。Bjorn Strid は僕と音楽への愛がすごく似ているんだ。デスメタルからAOR、そしてその間の音楽まで、僕らの音楽の幅広さには音楽的に深い繋がりを感じていてね。だから、彼と一緒に仕事をするのはすごく楽しかったんだ」
だからこそ、SOILWORK の誰あろう Bjorn Strid をこの作品のプロデュースを手掛けたのはまさに天啓でした。70年代のプログレッシブ、80年代のAOR、そして90年代のメロデスをこよなく愛し、近年の SOILWORK 及び NIGHT FLIGHT ORCHESTRA でその素養を遺憾なく発揮している Bjorn と組むことで、Markus の楽曲は例えば “My Pain” の近未来的スリルや “Last Hero” のアリーナ・メタル的威風堂々、そして “The Darkest City” のメロデスとプログの夢幻回廊まで、その陶酔感の螺旋はより克明に描き出されることとなりました。メロデスの守護者でありながら開拓者でもあり続ける OMNIUM GATHERUM こそ、フィニッシュ・メタルの王に違いありません。
今回弊誌では、Markus Vanhala にインタビューを行うことができました。「僕が持っているのは、国際ビジネスと物流学なんだよ。友達にいつも笑われるんだけどね。学位に関係する仕事なんて一つもしてないって言われて(笑)。でも、僕はいつも “本当にそうかな?” って聞いてるんだよ。だって、このレベルのバンドはみんな会社を経営しているからね。僕もこのバンドの会社に深く関わっていて、基本的に必要なのは国際ビジネスと物流学だよね?だから、会社経営のコツやちょっとした落とし穴を知るのに役立ってるんだよね」 どうぞ!!
OMNIUM GATHERUM “MAY THE BRIDGES WE BURN LIGHT THE WAY” : 10/10
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH NICKLAS SONNE OF DEFECTO !!
“Melody is what makes it human. You can feel aggression and emotion through growls and screams, but clean vocals bring vulnerability – and that’s powerful.”
COVER STORY : STRAPPING YOUNG LAD “30TH ANNIVERSARY”
“Obnoxious music with super fast double kick, lots of random explosions and a bald guy screaming his balls off over top. Stress music made for catharsis.”
STRAPPING YOUNG LAD
Devin Townsend は、VAI の1993年のアルバム “Sex & Religion” で世に出ました。二人はその後、それぞれ別々に大成功を収めていますが、Steve Vai は Devin との仕事の思い出を今でも大切にしています。
「Devin は全身全霊で音楽に打ち込んでいたね。彼と一緒にいて、初めて彼の才能が自分の音楽にどう役立つかに気づいたんだ。彼は素晴らしいシンガーだった。彼はどんな歌でも歌えるんだ。そして本当に面白くて、奇抜で、ワイルドで、そういうところが大好きだった。でも、当時は彼が真にクリエイティブな人間だとは気づいていなかった。VAI は私が仕切っていたからね。でも、彼は私のバンドで活動して、何かを学んだんだろう。一度ツールを手に入れると、爆発的に成長した。とにかく表現したかったんだ」
Vai は Devin が作り上げた STRAPPING YOUNG LAD の2005年のアルバム “Alien” がお気に入りだと明かし、そのメロディアスで圧倒的な内容は “研究” に値するとまで称賛しています。そして誰がその言葉に異論を唱えられるでしょう?”Alien” は不健康な状況下で制作された(Devin が双極性障害の薬を断薬していた)にもかかわらず、メタル史に残る傑作となりました。
「Devin についてもう一つ言わせてくれ。彼の音楽は、どんなに激しいものでも、邪悪なものではない。その奥には、光、変革を求める、輝かしい欲求がある。彼の創作活動をずっと見てきた。彼の音楽が、彼にとってカタルシス的なプロセスとなり、自分自身の心に安らぎと心地よさを見出していく過程を目の当たりにしてきたんだ。STRAPPING YOUNG LAD の “Alien” は研究する価値がある。あの作品は、これまで聴いた中でも、これほどまでに強烈な作品はなかったよ」
STRAPPING YOUNG LAD は、Devin Townsend の作品群の中でも特別な位置を占めています。このバンドのヘヴィ・メタル的文脈を構成するインダストリアル、グルーヴ・メタル、デスメタル、ノイズの要素は、同時期の Devin の他のソロ作品にも存在し、同様に、ザッパ以降のシアトリカルでパノラマ的なシネマティック・プログは、STRAPPING YOUNG LAD のすべてのレコードに深く織り込まれています。そのため、サウンド面では意外にもそれほど深い差別化はないようにも思えますが、STRAPPING YOUNG LAD を信奉するファンは未だに絶えません。
もちろん、このオールスターバンドのメンバーが Jed Simon(ギター、当時はインダストリアル・グループFRONTLINE ASSEMBLY に在籍)、Byron Stroud(ベース、2004年から2012年までは FEAR FACTORY にフルタイムで参加)、Gene Hoglan(史上最高のエクストリーム・メタル・ドラマー)だったことはプラスに働きました。しかし、それ以上にこのバンドは Devin Townsend の血と汗と涙と才能と怒りと双極性障害、そのすべてを凝縮していたからこそ特別だったのです。
「OCEAN MACHINE の “The Death of Music” はまるでファンタジーの世界みたいだ。行くべき場所があるような気分になれる。うまくいけば、他の人も、あの音の逃避行を作ろうとしていた頃の僕と同じ精神状態を、少なくとも訪れることができる。”The Death of Music” は、Steve Vai のレコードを制作した直後に生まれた曲で、音楽業界に完全に幻滅していたんだ。何もかもが自分の思い通りにはならなかった。それから僕はRelativity recordsと契約していたけど、不運にも “Noisescapes” というプロジェクトに携わることになった。結局、このレコードは未完成に終わり、完成した作品もレーベルから “統合失調症的” すぎるという理由で却下されたんだ。このレコードは STRAPPING YOUNG LAD と OCEAN MACHINE の起源でその二つが一つにまとまっていて、レーベルはそれが混乱を生むと感じていた)。僕は他のレーベルにもデモ音源を依頼しようとしたけど、最終的には、アプローチしたすべての関係者が同じ意見だった。
それで僕は THE WILDHEARTS の友人たちのギタリストとしてイギリスのバーミンガムに移り、そこでよりアグレッシブな楽曲に注力し始めたんだ。だから、このファースト・アルバムの曲はイギリス滞在中に書かれたもの。”The Rainy Season”, “SYL” をはじめ、このアルバムの核となる曲は、SUICIDAL TENDENCIES とのヨーロッパ・ツアー中に書かれていった。
当時は非常に不安定な時期で、当時の僕の心境を最も端的に反映したのが、この奇妙で怒りに満ちた、非常に “レッド” なアルバムだった。CDのジャケットに写っているのは僕のお尻だよ。悪くないでしょ?肘を二つくっつけたみたいに見えるって言われたことがある。まあいいか。プロダクションは不安定で、ソングライティングにもかなりの浮き沈みがあったけど、僕の活動をまず紹介する作品としては、当時の僕をよく表していると思う」
SYL 名義での最初のアルバム “Heavy as a Really Heavy Thing” は、Devin が Vai のバンドに在籍していた直後にリリースされました。楽曲制作からツアーに至るまで、メジャー・レーベルの不手際への不満がこの作品を、初期のインダストリアル・メタル、デスメタル、スラッシュといった、よりエクストリームな領域へと導いたと言われています。Devin はその後、このアルバムを痛烈に批判するようになりましたが、実際には彼が言う以上に力強い作品でしょう。それは後期の作品にある映画的なスケール感がまだ未熟で、よりダーティーでザラザラとしたアルバムとなっているからかも知れません。そのインダストリアルな音色は、Devin の作品に大きな影響を与えたことで知られる GODFLESH の “Streetcleaner” にも違和感なく調和し、そのプロダクションは、初期 MESHUGGAH のような、当時のエクストリームなデス/スラッシュ・バンドに見られるようなメタリックなサウンドに近いものです。
「混乱と敵意に満ちた心境でイギリスから帰国した。Vai との活動は音楽業界全般への嫌悪感を生み、WILDHEARTS での活動は多くの疑問と怒りを生んだ。Jason Newsted(他にも数名)とのサイド・プロジェクトも期待外れだった。SYLの最初のアルバムは大ヒットしなかった。そこで、バンクーバーを離れ、音楽の新たな可能性を探る時が来たと感じた。
都会の醜悪な自然と、比較的目立たない場所に魅了され、ロサンゼルスの準工業地帯のような荒廃地はインスピレーションを得るのに良い場所だと考え、マリナ・デル・レイの友人数人と暮らしながら作曲を始めたんだ。
当時は、いくつかのアルバム(MORBID ANGEL の “Domination”、FOETUS の “Gash”、OLD LADY DRIVERS の “Formula” や “Cop Shoot Cop” など)に心を奪われていた。センチュリー・メディア・レコードの郵便室で注文を処理する仕事も時々していたけど、ほとんどの時間はSYLのダークな曲をひたすら書き続けていたんだ。”Oh My Fuckin’ God” を聴いてくれよ。偽善的なバカどもについて話しているんだけど、俺はこのシーン全体からなんとか逃れてきたんだ。だって、ファッションショーみたいでね。新作はいいけど KORN が好きなキッズには受けないって言われるのにうんざりだから。アディダス履いてウォレットチェーン持ち歩くようなクソみたいなの、もうやめてくれ。メタル・シーン全体で一番問題なのは、女性蔑視的な部分なんだ。
それから、”Spirituality”。曲の最後の部分に、かなりヘヴィな詩節がある。歌詞と、自分の考えを伝えることが、僕にとって一番大切なこと。僕が書くのは、どんなに些細で下品なことでも、僕の人生で起こっていることだ。たとえそれがセブンイレブンで働いている人とのトラブル、職場でのトラブル、家族とのトラブル、妹との喧嘩など、人によっては些細なことに思えるかもしれないけれど…本当に腹が立つようなことを歌っていて、ただ “ジェネレーションX” 的な “もううんざり、みんな最低、世界は私に生計を立てる義務がある、政府はクソだ” みたいな、ありきたりな怒りをただ吐き出しているだけじゃないなら…何を歌っているかなんて関係ない。ただそこに誠実さがあれば、音楽は10倍になるから…自分が歌っていることを感じられればね。この新しいアルバムで誇りに思っていることがあるとすれば、それは全部、僕の体の一部から生まれたものなんだ。それが睾丸でも、胃でも、心臓でも、わかるでしょ?
とにかく、デモも完成した頃、ハリウッドのライブで Gene Hoglan と出会ったんだ。彼がファースト・アルバムを気に入ったと言ってくれたので、彼を誘って “City” を制作することになった。彼は何ヶ月も演奏しておらず、ブラストにも慣れていなかったので、最初は少し難航したけど、リハーサルを始めて3日ほどで彼の素晴らしい才能に気づき、最終的にハリウッドにある Steve Vai のスタジオでレコーディングすることになったんだ。旧友の Byron と Jed をロサンゼルスに招き、より “バンドらしい” レコーディング体験をしようとした。意気投合したね。この初めての本格的なレコーディング体験が、後の僕たちの原点となったんだ」
“City” は STRAPPING YOUNG LAD の最高傑作と広く考えられています。Devin 自身も、このアルバムをバンドのディスコグラフィーの中で最高傑作だと考えているようです。その理由は明白。”Heavy as a Really Heavy Thing” をテンプレートとすれば、本作はほぼあらゆる面で確実に進歩を遂げているから。前作のヘヴィなデス/スラッシュ・プロダクションや、ザラザラとしたローファイなデモ感は消え去り、Devin が最初からこのプロジェクトに込めていたであろう、シネマティックなビジョンが全編に渡り採用されています。”City” は “Ocean Machine: Biomech” と並行して作曲・レコーディングされており、ヘヴィさを除けば、両者にはたしかに類似点が存在。”Ocean Machine: Biomech” は広大なサウンドスケープを用いて、ヘヴィとドリーミーの中間の空間を創り出し、人体に関する長編プログの寓話を表現しているのに対し、”City” は荒々しくノイジーな工業都市の風景を表現しているのです。工業都市なのに歌舞伎町から超鋼鉄重低爆撃。
“City” を語る上で、このレコードの音楽の激しさは欠かせません。もし “Heavy as a Really Heavy Thing” が、方向性を見失い、整理されていない創造的エネルギーの爆発だとしたら、”City” はそうした本能が軽躁病的な混乱と恐怖へと絞り込まれた作品だったと言えるでしょう。焼けつくような激しさにもかかわらず、このレコードのテーマは怒り以上にむしろ、双極性障害の片端からドラッグとアルコールで満たされた躁のエネルギーが爆発したように感じられます。それは “Ocean Machine: Biomech” の物悲しくメランコリックな壮大さとは対照的。アルバムは悪意に満ちているというより、むしろ慌ただしく、狂乱し、混乱しているように感じられ、危険がないわけではないものの、害悪の意志は感じられません。つまり、インスピレーションとなった大都市の混乱を、躁病に陥った身体の混乱、行き詰まり、そして途方もなく複雑な内なるエネルギー、自身の生々しい部分を象徴するメタファーとして用いているのです。
“Even people like Mikael Åkerfeldt from Opeth, he came to me and was like, ‘Back in the day, when I didn’t know how to go on with a song, I asked my band, ‘What would Tommy do?’ I almost fell, you know? I mean, Åkerfeldt is a genius. I love Opeth to death. It was like, ‘Okay!’ We never made a lot of money, but this feels very good.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MARKUS HENTUNEN OF ROYAL SORROW !!
“The non-conformity of prog metal is an important part to us, who have always found inspiration in many different places and satisfaction in combining those elements.”
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANDY GUSHIN OF KORYPHEUS !!
“Since August I am serving in the army. So we stopped writing new music. However, before that we managed to record 2 new songs and were about to record the third one in September but…”
COVER STORY : BETWEEN THE BURIED AND ME “THE BLUE NOWHERE”
“There is no formula in heavy music—it’s a blank canvas, you can have all of these influences and be inspired by all these different genres and all these different eras of music.”
THE BLUE NOWHERE
ノースカロライナ州ローリーで結成された BETWEEN THE BURIED AND ME。メタルコアに端を発した彼らの音楽は、広大で多彩なソングブックに、まさに虹のような音楽的色合いを描くようになりました。”Colors” や “The Great Misdirect” のような多様な実験は、プログレッシブなヘヴィネスと咆哮に根ざしながらも、必要に応じてジャズ、ブルースグラス、プログレッシブ・ロックといった “ノン・メタル” な要素も臆することなく取り入れて、彼らは “モダン・メタル” の象徴的存在となったのです。
バンドの11枚目となる新作 “The Blue Nowhere” はそんな彼らの作品においても、最もエクレクティックで、メタルの可能性を切り開くというゾーンに入ったといえるのかもしれませんね。
“The Blue Nowhere”。ボーカル兼キーボードの Tommy Rogers は、青という色から何を思い浮かべるかと訊かれ、「夢のような、そしてとても平和な…僕たちの音楽はたいていの場合そうではないけれど」と答えています。一方で、彼の長年のバンドメイトで名手、ギタリストの Paul Waggoner は、青には深いセルリアン、コバルト、ネイビーなど、探求すべき色合いの海がまだあることを示唆して、この色をバンドのサウンド拡大の象徴としています。
「青という色は、パレットの中で最も魅力的な色だ。淡いブルーはとても穏やかで安らぎを与えてくれるが、ダークなブルーになると…それは悲しいものになる。たぶん、”The Blue Nowhere” はその全領域を包括しているんだ」
実際、”The Blue Nowhere” は、Rogers, Waggoner, ベーシストの Dan Briggs、ドラマーの Blake Richardson の4人となった BETWEEN THE BURIED AND ME が相変わらず挑戦的でカラフルであることを証明しています。
ワイルドでファンキーなオープニングの “Things We Tell Ourselves in the Dark” は、80年代のスタイリッシュなファンカデリック・ポップに、メタルとプログの狂気がミックスされています。 “The Absent Thereafter” は、ナッシュビルを切り裂くようなカントリー・メタルと、ピーク期のヒューイ・ルイスを思わせるホーン・アレンジが織り成す10分間の大作。 タイトル・トラックはまるで高品質の、しかし一筋縄ではいかないヨット・ロックで、圧巻の “Slow Paranoia” はさながらコーラス・ラインのような生意気なブロードウェイ・ミュージカルと死神のようなメタルの威圧感をマッシュアップした奇跡。
アルバムで Rogers は、想像上のホテル “ブルー・ノーウェア” を舞台にした寸劇で歌い叫び、邪悪なエゴ旅行者たちと過ごすひとときから、”月を見つめて月と交信する” 人々のグループまで、様々な人間模様を描いていきます。そして普段の暮らしから離れた場所への旅が私たちをどう変えていくのかを、非常に人間的に探求。そう、このアルバムはプログ・メタル版、21世紀版の “Paradise Theater” なのです。Rogers はアルバムがホテルをテーマにした理由を明かします。
「何年も前からホテルをテーマにした曲を書きたいと思っていたんだ。曲作りを始めたばかりの頃、それぞれの曲がそれぞれ独自の空間に存在しているように感じられたからね。
全体としては同じものの一部でありながら、それぞれが全く異なる。それぞれが全く別の世界へと誘ってくれる。だから、ホテルというアイデアにぴったりのアルバムだと思った。それぞれの曲が、”ブルー・ノーウェア” というホテルの中で、それぞれ異なる存在であってほしいと思ったんだ。どんな展開になるのか、最初は全く想像がつかなかったけど、最終的には、人間の経験、それに伴う浮き沈みといったものを凝縮した作品になったね
自分自身に問いかけたのは、”この曲は、この想像上の空間のどこで起こっているんだろう?何が起こっているんだろう?” ってこと。それから、ある意味、人間の経験、その中で起こる忌まわしい混沌や恐ろしい出来事、そして美しいものについて歌ったような曲にしようと考えたんだ。この奇妙なホテルを通して、登場人物が人生を歩んでいるような、抽象的な世界を作ろうとしたんだよ」
ホテルにはメタルと同様に、歴史があり人生があると Rogers は語ります。
「ホテルというものは、そこに歴史があって、行き交う人々の人生が面白いんだよ。ホテルは人々が人生について考えるための器だ。孤独、喜び、悲しみなど、様々な感情が渦巻いている。人生最高の時も最悪の時も、ホテルには宿っていることがあるんだよね。
部屋によって様々だ。例えば、ある部屋は休暇中の家族連れで、別の部屋は3週間も飲みまくって人生最悪の状態にある男の部屋、といった具合でね」
ホテルがいかに多様な体験を提供できるかというアイデアを踏まえ、このアルバム全体には様々な感覚が流れています。Rogers は音楽的な融合や実験にも、以前よりさらに力を入れたと胸を張ります。
「僕たちが曲作りをするときの素晴らしいところは、物事がいかに早く、そして自然に生まれ始めるかということ。曲を組み立てるのに何年もかかっていると思うかもしれないけど、こんなにうまくまとまったグループでいることの素晴らしさは、一度全員が同意して飛び込み始めると、物事が自然と動き出すことなんだよ」
オープニングの大仰な “Things We Tell Ourselves in the Dark” はエゴについての楽曲。
「僕はどちらかと言うと、歌詞である瞬間を捉えようとしているんだ。この歌詞は、ある男の視点、あるいはこの曲のテーマとなっている人物の視点から書かれている。彼は自分が完璧な人間だと言っている。彼は素早く、機械のような正確さを持っていてね。
“Things We Tell Ourselves in the Dark” は、BTBAM にとっては全く異質な曲だった。この曲には自信が溢れている。そして、誰かが高級ホテルに入ってきて、みんなを見下しているような姿をすぐに想像したんだ。基本的に、このひどい人物像を作り上げ、それについて曲を書いた。エゴについて…エゴが強すぎると、人生にひどいことが起こる。これは僕たちが捨て去らなければならないものだ」
ファースト・シングル “Things We Tell Ourselves In The Dark” は、このバンドの実験性とアイデンティティの両方を反映した曲だと Waggoner は語ります。
「これは Dan の独創的な発想で、彼は本当にマルチ楽器奏者なんだ。彼はまさにプログ好きの典型で、紛れもなく変わっている。僕たちにとっては突飛な曲だけど、それでも BTBAM のアイデンティティはしっかりと残っている。賛否両論あるだろうとは思っていたけど…でも、みんなが話題にしてくれるからクールだと思う」
“The Blue Nowhere” のタイトル曲もある意味、BTBAM にとっては新境地で、挑戦で、”奇妙な” 楽曲です。過激な実験主義者である彼らにとって、ただ落ち着いてテンポを乗っていくというのは前代未聞の試みに思えます。
「でも、僕にとっては全然不自然じゃなかった。もっとこういう曲が書けたらいいのに。覚えやすくて、演奏しやすい。でも、あの曲の誕生は本当に奇妙な体験だった。Tommy が “ヨット・ロック風の曲を作ろうぜ” って、ふと口にして。もちろん、ファンの中には驚いた人もいたけど、すごく自然に形になったんだよね。様々なトーンを試す機会、Tommy のメロディアスな歌い方、ヴァース・コーラス・ヴァースみたいなもの、そういうのは、みんなが思うほど僕たちにとっては不自然じゃないんだよ。だって、僕たちはそういう音楽が好きなんだから。普段曲作りに使っているフォーマットよりも、あのフォーマットで聴く音楽の方が多いかな。クレイジーなメタルはあまり聴かないからね。
それに、あの曲は僕たちに、あまり大げさにしないように、ある程度の抑制を強いる試練を与えた。作るのは楽しかったし、ファンが聴いてくれるのは、僕たちが曲を作る時よりも奇妙な感じがすると思う。自分たちのそういう側面を探求する機会だったんだ」
Rogers にとって、タイトル・トラックは今回のフェイバリットとなりました。
「タイトル曲はすごく気に入ってる。すごく個性的な曲だからね。僕らの頭の中ではヨット・ロックの曲だったんだけど、“BTBAMスタイルで”、それが目標だったんだ。デモのタイトルは “Prog Yacht” だったんだ。
アルバムの流れの中で、この曲がうまく配置されたのは、本当に嬉しい偶然だったよ。直前の2曲は、も”これやりすぎ?” って思うくらい、かなり盛り上がってる。もしあの直後にあんな曲があと2曲あったら、みんなお腹いっぱいになってしまうよ」
“Absent Thereafter” のホーンセクションの響きにはヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、”The Heart of Rock & Roll” の影響が感じられると、さらに Waggoner は語ります。
「Dan がその要素を加えてくれたし、あの曲を提案した時にヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの名前を文字通り口にしたと思う。でも、ギタリストとしての僕は、”Eddie Van Halen, Danny Gatton, Earl Scurggsがメタル・ソングを書いたらどうなるだろう?”みたいな曲を書こうとしていたんだ」
BETWEEN THE BURIED AND ME には昔からこういう “おどけた” 要素があって、それがバンドの良い隠し味となっています。
「セルフ・タイトルのアルバムでも、そういう要素はたくさんあった。こうしたアイデアの主な提供者は Dan だと思う。彼はちょっと変わったタイプの人で、OINGO BOINGO や CARDIACS に影響を受けているからね」
“The Blue Nowhere” にとって、ダイナミクスは不可欠です。だからこそ、Waggoner はインタールードを採用しました。
「山あり谷ありのアルバムが好きなんだ。ファンにはアルバム全体を一つの没入感あふれる体験として聴いてほしいから、特に激しい曲の前後で、少し落ち着く瞬間があるのは重要だと思うんだ」
その哲学は “Slow Paranoia” にも明確に表れています。
「最初は Dan が書いたちょっと変わった曲、とてもプログレ的でメロディアスなワルツだった。そこに Blake がちょこちょこ要素を加えて、突然、すごくヘビーな瞬間が生まれた。みんなが少しずつ個性を出し合って、壮大でクールな曲になった。あの曲は最初から最後まで、まるで一つの旅のようだ」
そう、このアルバムに宿るのは真に自由なサウンド。ファンが渇望する特徴-脱線的でカラフルなコンポジション、カーニバルのようなメロディー、超越的なテーマに豊富なリフは確かに健在ですが、”The Blue Nowhere” を5つ星体験に押し上げる特別な要素が一つあります。それは、”The Great Misdirect” と同じくらいバンドのキャリアの中で最も記憶に残る楽曲たちだと、Tommy は語ります。
「このアルバムの本当に好きなのは、”The Great Misdirect” にも通じるところがあって、それぞれの曲が本当に独自の世界を持っているように感じるところ。これは、曲作りを始めた頃に自然に生まれたものなんだ。本当にたくさんの新しいアイデアを掘り起こせたと思う。これまで書いてきた膨大な量の曲のおかげで、作曲家としてこれまで以上にリラックスした状態になれたと思う。こうして心地よくいられるのは幸運だと思うし、お互いを、そして自分自身を本当に刺激し合える。ファンもそれを期待してくれているんだ」
Waggoner が続けます。
「アルバムを作るたびに、僕たち全員の多様性、そして影響を受けてきたものが、どんどん抑えられないものになっていく。”The Great Misdirect” は、その良い参考例になると思う。あのアルバムは、僕たちが書く様々なタイプの音楽のムードを、本当にうまく表現できたと思うからね」
4人組として初のアルバムとなった “The Blue Nowhere”。長年ギターのパートナーを務めた Dustie Waring が脱退し、Waggoner はギターパートのほぼすべてを自らレコーディングすることになりました。
「ベースの Dan が12弦アコースティックギターなどのギターを担当しているけど、ギター演奏はほぼすべて僕が担当した。僕たちは非常に複雑な曲を書いているので、1人になることが精神的な挑戦というよりは、ギターのレイヤーがいくつもあることが多くて大変だった。2つのリズムと1本のリードギターといった単純なものではなく、もっと複雑なパートもあるからね。ハーモニーパートがあったり、2本のリズムギターがそれぞれ違う役割を担っていたりするんだよ」
正気を保つため、Waggoner は綿密な整理整頓に頼っていました。
「レコーディングが必要なギターパートを全部スプレッドシートにまとめているような感じなんだ。レコーディングが進むにつれて、完成していくにつれて、一つずつ項目にチェックを入れていく。そうすることで、少しは気が楽になるんだよな」
このアルバムは、バンドにとって Inside Out Musicからの初リリース。それに伴い、Waggoner は同士を得たことを喜んでいます。
「僕らにとって、それは理にかなったことで。彼らはプログ界の最前線に立っていて、若くてヘヴィなバンドたちと共に進化し始めている。僕らは、クラシックなプログとアグレッシブなプログの間の橋渡しをしているんだ。僕らのお気に入りのバンド、例えば HAKEN とはツアーで共演したことがあるし、LEPROUS や DREAM THEATER ともツアーで共演している。彼らはプログ界のアイコン的な存在だよね。だから、彼らと同じレーベルに所属できることは光栄なんだ」
バンドにとって、影響を受けてきたアーティストは常に多岐にわたっています。
「僕らは影響を受けてきたものを一度も捨てたことはない。ただ、そこに新たなものを加えただけなんだ」と Waggoner は振り返ります。 「ヘヴィ・ミュージックには公式なんてない。まっさらなキャンバスみたいなもの。あらゆるジャンル、あらゆる時代の音楽から影響を受け、インスピレーションを得ることができる。僕たちは枠にはめようとはしていない。枠なんてないんだってことを、みんなに証明したいんだ。音楽的には何でもできるって。幅広いミュージシャンからインスピレーションを得て、その影響とインスピレーションを活かして自分だけのサウンド、自分だけのものを作り上げることができるってことをね」
例えば、Tommy にとって、DREAM THEATER も NINE INCH NAILS も同じくらい大切なバンドなのです。
「エクストリームメタルやハードコアにハマる前は、80年代メタルで育ったから。だから当然、”Images And Words” に惹かれてたんだ。ヘッドバンガーズ・ボールで “Pull Me Under” を見て、”うわ、これはヤバい!” って思ったのを覚えてる。”QUEENSRYCHE みたいだけど、もっとヤバい!” って感じ。だから、あのレコードはずっと大好き。彼らのアルバムのいくつかは、たぶん20代の頃、僕にとってすごく大切なものだった。彼らの作品の多くは、間違いなく僕に大きな影響を与えていると思う。彼らはいいバンドだよ!本当にクールなアルバムを何枚も作っているし、彼らのようなバンドが今も勢いづいて、ツアーも回って、音楽をリリースしているのを見るのは嬉しい。本当に…
同時に NIN の “Downward Spiral” はおそらく、これは僕の人生で一番好きなレコードの一つだ。彼らは僕の音楽人生において大きな部分を占めてきた。 “Pretty Hate Machine” は今でも史上最高の曲の一つだ。とにかく、彼らは本当に素晴らしいバンドだよ!」
EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH STEVE DI GIORGIO OF QUADVIUM & TESTAMENT !!
“You Can Make a Fretless Sound Like Fretted If You Want, But You Can Never Make a Fretted Sound Like a Fretless…The Fretless Bass Is Just So Much More Expressive And Has a Greater Distance From The Guitar.”
DISC REVIEW “Tetradōm”
「異なるサウンドを作るために実験的にエクストリーム・サウンドにフレットレスを持ち込んだんだ。もし望むなら、フレットレスをフレット付きのように鳴らすことはできるけど、フレット付きをフレットレスのように鳴らすことは決してできない……フレットレス・ベースの方が表現力が豊かで、ギターとの距離もとても近いんだ」
メタル世界で “フレットレス”、つまりヴァイオリンのようにフレットのない楽器は今や珍しいものではありません。ベースはもとより、Tom Fountainhead のようにギターにまでその波は広がっています。フレットを取り払った異次元的で滑らかな音色は、どんな楽曲にもえもいわれぬ独特な風味を加え、メタルの幻想と宇宙を深化させてくれるのです。
「DEATH は僕にとってすべてを意味する。Chuckは僕にミュージシャンとして成長するチャンスを与えてくれたし、何より他の人たちが注目できるよう僕をメタルの地図に載せてくれたんだからね。もちろん、”Individuals” の2年前には、僕にとってとても重要なアルバムに参加していたんだけどね… “Human” だよ。CYNIC の才能ある連中と一緒に、あんなに若くしてデスメタルの景色を変えたんだからね。あの作品で新しい方向への扉が開かれ、まったく新しいジャンルが生まれたんだ」
Steve Di Giorgio はそんなフレットレスの魔法をメタルに持ち込んだパイオニアのひとり。今は亡き Chuck Schuldiner が作り上げた DEATH の “Human” は、硬質なメタル世界に “浮遊感” という宇宙を持ち込みました。その新たな景色を描くために Chuck が必要としたのが、ジャズ/フュージョンに精通した CYNIC の面々と Steve のフレットレス・ベースだったのです。
そう、いつだって “壁” を壊すのは “奇抜” にも思える挑戦的なアイデア。以来、エポック・メイキングな “Human” は、テクニカル/プログレッシブ・デスメタルの金字塔となり、フレットレスはメタルの異世界を描く貴重な筆のひとつとなっていったのです。
「僕たちが若く、影響を受けながら成長していた頃、ベースは曲にとって他の何よりも重要だった。だけど、残念ながら90年代にはインスピレーションに溢れたベース演奏が乏しくなり、それは新世紀に入っても続いた。しかし、ここ10~15年の間に、非常に優れた、創造的なスタイルを持つ新しい世代のベーシストが現れ、メタルの中にベースの重要性を取り戻しつつあると思う。ベースが影から出てくると同時に、バンドをサポートし続けることが一般的になってきているんだよ」
始まりの場所 SADUS から、Steve が家と呼ぶ TESTAMENT、ARTENSION や SOEN、果ては MEGADETH まで果てないベースの旅を続ける Steve。そんな彼の挑戦と求道の中でも、QUADVIUM ほど “奇抜な” 試みは初めてでしょう。そう、QUADVIUM にはフレットレス・ベースの達人が Steve 以外にもうひとり、存在するのです。Jeroen Paul Thesseling。OBSCURA や PESTILENCE で名を成したオランダの奇才が加わることで、QUADVIUM はまさに前代未聞の “異質” な物体となりました。
“多弦フレットレス・ベースをさらに進化させたら?” をコンセプトに掲げる QUADVIUM。アルバム “Tetradōm” は、DEATH, CYNIC, ATHEIST, PESTILENCE といった90年代のテクニカル・デスメタルと、現代的なフュージョン・プログ・メタルを基盤とし、楽器の攻撃性と滑らかでジャジーなコード進行、そしてフレットレスの浮遊感、宇宙的景観を巧みに融合させながら、特徴的なダブルベースのサウンドを際立たせていきます。
次から次へとアイデアが飛び交うメタルの迷宮。アストラルな静寂の海、幻想的なハーモニーを切り裂く技巧と激情のインテンション。ふたりのベースの達人は、どちらが主役をはるでもなく、まさに Steve が語る表に出ながらサポートするというこの楽器の理想型を見せつけていきます。
ベースの進化はメタルの進化。「Chuck はよりオープンでメロディアスなギター・リフ・スタイル、”Human” や “Individual” のより創造的なやり方に戻るために僕のベースが必要だと感じていたんだ。でも、僕たちが2作目の CONTROL DENIED の計画を立てている最中に、彼の健康状態が悪化し、完成させることができなくなってしまったんだ。とても、悲しかったよ…それは、その音楽が彼の最も冒険的な楽曲であったからというだけでなく、いや、それ以上に僕たちが出会った1986年、アルバム前のデモの時代からずっと良い友人であったからなんだ。僕はひとりの親友を失い、世界はユニークな先見の明を失った」 TESTAMENT の新作も控えています。Steve Di Giorgio です。どうぞ!!