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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【TesseracT : WAR OF BEING】VR GAME FIRST MEETS METAL


COVER STORY : TesseracT “WAR OF BEING”

“There Are a Lot Of Gamers In The Progressive Following We Have And In Metal In General.”

WAR OF BEING


今年、英国プログ・メタルの英雄 TesseracT は突然ギアをトップに入れました。最後のスタジオ・アルバム “Sonder” からはすでに5年が経っていて、ファンはもうあの37分の作品だけでは満たされない体になっていました。誰もが彼らの “声” をもっと聴きたがっていました。
バンドは可能な限り大げさなやり方で戻ってきました。彼らはこの10年間で最長の楽曲、11分に及ぶ “War of Being” をシングルとして発表したのです。同時に、9月にリリースする待望の新作が1時間のコンセプト・アルバムとなること、2024年5月までの全公演を一挙に発表しました。
ギタリストの James Monteith は、TesseracT にはこうしたビッグなカムバックが必要だったと語っています。
「できるだけ大きな形で戻って来て、大きな声明を出す必要があった。長い曲、素晴らしいビデオ、世界中どこでも演奏すること。僕らの旅の次のステージをスタートさせる意思表明が必要だった!」
すでに TesseracT の旅は、充分に波瀾万丈の物語です。2003年、ギタリスト Alec “Acle” Kahney がベッドルームで MESHUGGAH にインスパイアされたリフを刻むところから始まった TesseracT は、今や英国プログ・メタルの金字塔。2011年のデビュー・アルバム “One” は、SikTh や PERIPHERY のシンコペーションとスクリームを踏襲しながらも、メロディックなブレイクとポストロック的なスペーシーさが、その正八胞体サウンドを新たなレベルへと押し上げました。

以来、TesseracT はフェスティバルのヘッドライナーを務め、世界中をツアーしていますが、彼らの音楽が停滞することはありません。セカンド・アルバム “Altered State” は15分の組曲を含む “プログレッシブ”、”Polaris” は メロディック、そして飾り気のない “Sonder” は “ストレート” というように、彼らの立体は様々な面を際立たせながら回転を続けていたのです。そして今回の “War of Being” に関しては、”包括的” という言葉がシックリとくるのかもしれませんね。
「”One”, “Altered State”, “Polaris”, “Sonder” を統合しようと意識的に決めたわけではないんだ。でも、全員が同じ部屋にいて、スタジオで生ドラムでレコーディングするという決断は間違いなくあった。ファースト・アルバムでは本物のドラムを使ったけど、1日か2日で急いで録った。このアルバムでは、ジャム、レコーディング、実験に集中するために、1ヵ月という最高の時間があった。するとどういうわけか、どのアルバムにも似たようなサウンドに仕上がったんだ」
リリカルな “War of Being” は、TesseracT 初のロック・オペラです。その物語は、宇宙船 “ザ・ドリーム” が不時着した後、この見知らぬ土地で離れ離れになった2人の人物、エクスとエルを描くもの。2人の探検家は、”ザ・フィアー” という存在に導かれ、内面を見つめ、自分たちの存在そのものに疑問を抱きながら、この隔絶された世界をナビゲートしなければならないのです。
雰囲気のある “Natural Disaster” の冒頭から、 “War Of Being” がリスナーの全神経を集中させる哲音の旅であることが伝わります。Dan の声の豊かで幽玄な重なりは、バンドの技術力と難なく融合し、魅惑的なサウンド体験を生み出していきます。

そうして TesseracT 自身の包括的な世界へと旅は超越します。”Legion” は、混沌としていながらも破壊的に構築され、これまでに経験したことのない次元へと浮遊していきます。Dan は、絶叫し、ファルセットを響かせ、リスナーの知らない高みに到達するヴォーカル・パフォーマンスを披露。まさに傑出した瞬間でしょう。
ソフトでデリケートな “Tender” が静寂のひとときを作り出し、11分に及ぶ巨大なタイトル・トラックがフューチャリスティックなサウンドで耳の穴の奥深くまで探訪。超高速で宇宙船エンタープライズ号からリフが転送されたような “Sacrifice” でアルバムは幕を閉じます。
このアルバムが卓越しているのは、メロディーや親しみやすさを犠牲にすることなく複雑さを提供している点でしょう。”War Of Being” は徹頭徹尾、リスナーを内省的な旅へと誘い、何度でもこの乗り物への扉を開きます。
このロック・オペラは非常にプログレッシブな物語で、Amos が人生において人が経験する内的葛藤のメタファーとしてこのコンセプトを考案しました。ベーシストはまた、アルバムのストーリーを基にした小説を書きたいとも考えています。
「歌詞が複雑でクレイジーであればあるほど、オタクはそれを愛するだろう」

新しいアイデアの登用とともに、”War of Being” でのギターの扱いは試行錯誤の連続でした。Acle は、作曲の過程でも音楽的な体現者であり、アルバムのリフはすべて自分でレコーディングしました。James は、TesseracT の常として、後からパートを学んでいくのです。
「昔は、すべて耳で聴いていた。でも今は、Acle がとても親切にビデオを送ってくれる。新しいアルバムで一番難しいリフは、面白いことに、”War of Being” の一番最初の部分だった。あのベンドをチューニングから外れないようにするのは本当に難しいんだ!」
Acle は、”War of Being” で信頼する Mayones Setius AK1 の7弦シグネチャーを使用しました。「ある種のギターには魔法がかかっていることがあるんだ。僕にはその魔法の機材があるんだ」
Acle はまた、常に荒々しいポリリズムを扱っていますが、音楽の数学的要素について考えることはほとんどないと言います。
「僕はただグルーヴと流れに身を任せ、それがどう聞こえるかを感じるだけだ。数学的なことが出てくるのは、Jay の脳内で何かがうまくいかず、16分の1ずつ何かを変えなければならないときだけだ。そうなると混乱してしまうんだ。だから、すべて耳で聞いているんだ」

最も重要なのは、TesseracT にとって、音楽を作って売るだけではもはや十分でも成功でもないことでしょう。
“War of Beingのプロモーションのため、TesseracT のボーカル、Dan Tompkins を含む小規模な開発チームは、アルバムのテーマと連動し、音楽に没入できる一人称視点のSF VR探索ゲームをデザインしました。同じく “War of Being” というタイトルのこのゲームは、Steamでアクセス可能で、VRでも非VRでもプレイできます。
これまで、こうした没入型のゲームと音楽のタイアップはあまり行われてきませんでしたが、TesseracT はさらにプレイを促すため、ゲーム内でシングル “The Grey” をリリースしました。
「音楽を消費してもらうための新しいメディアを作るという意味合いが強い」 と Dan は語っています。
ゲーム “War of Being” は、”What Remains of Edith Finch” のようなナラティブ・アドベンチャー・ゲームのような展開で、探索とパズルに重点が置かれています。プレイヤーは、各レベルに散らばっているバンドの5人のメンバーを探し出し、”The Grey” の全コンポーネントをアンロックしなければなりません。するとプレイヤーは、TesseracT が得意とするキャッチーなリフとグルーヴに溢れた6分間の大曲をフルで聴くことが可能に。斬新なアイデアを、プレイヤーは新鮮な方法によって探求することができるのです。
Dan によれば、TesseracTは伝統的なアルバム・サイクルに不満を感じていたといいます。それはつまり、レコードを書き、ミュージック・ビデオをリリースし、ツアーを行い、またそれを繰り返すというミュージシャンの円環。

「ああいうサイクルと自分の理想にギャップを感じ、新たなチャレンジを実現したいと思ったんだ。エキサイティングで、新しいオーディエンスを開拓できるようなことは何だろう?ってね」
ビョークの “Vulnicura VR” は、TesseracT に最も近いパラレル体験かもしれませんが、”War of Being” はそれ以上に従来のビデオゲームのように感じられます。それは偶然ではありません。
「でも、曲を聴くためだけに10時間もプレイさせることで、非ゲーマーをイライラさせたくはなかった。どのタイプの人にも合うようにしたかったんだ。ゲームをしない人たちにも楽しんでもらおうと思っていた」
それが、”War of Being” が1時間ほどで完遂できる、6ドルの商品である大きな理由でしょう。
「バンドの音楽を探求することが大前提だけどね。ゲームを楽しみながらレコードを買うようなもの。だから手頃な値段にしたいんだ」
もちろん、メタル世界は伝統的にゲームとの親和性が高いジャンルです。
「プログレッシブのファンやメタル全般にゲーマーがたくさんいることも知っている。その最良の例の 1 つは、”DOOM” (2016)とミック・ゴードンが作成したサウンドトラックからの反応だ。人々がこの作品にどれほど情熱を注いでいるかがわかるし、この作品のクロスオーバーの可能性も伝わる。これまでにもそれに手を出したバンドは間違いなく他にも存在し、”Hellsinger”(2022)のような音楽ゲームを制作したさまざまなプロジェクトも数多く存在し、マイケル・ジャクソンとムーンウォーカーを制作したときのように80年代にまで遡ることもできる。それでも、バンドが本格的な VR ゲームを制作している例は見つからないよね」

このコンセプトは、Dan が Twitch でChatVR を使ってファンのためにパフォーマンスをしていたときに生まれました。そして最終的には、彼のスタジオをバーチャルに再現し、ラウンジや映画館、ライブの体験も呼び起こすマーチャンダイズ・エリアも設置することになりました。そうして “War of Being” のアルバム・コンセプトが進化するにつれ、VR体験のアイデアも自然とまとまっていったのです。
「もし僕たちが、すべてのファンが集えるメタヴァースを最初に作ったバンドのひとつになれたら、素晴らしいことだと思わない?」 そこから、コンセプトは “ゲーム” のアイデアに発展していきました。しかし、経験の浅い開発者にとって、このアイデアを実現するのは至難の業でした。
「僕はこのためにすべてを投げ出した。これを実現することだけに集中し、1年分の収入を失ったんだ。僕は歌手だけどゲーマーで、ゲームを開発した。僕たちは控えめなメタルバンドだ。資金も手段も豊富な SLIPKNOT のようなバンドではないんだよ。だから、僕らにとっては大きなリスクなんだ」
そのリスクは報われたようで、”War of Being” は現在 Steam で Very Positive の評価を得ています。
TesseracT は、より多くの視聴者に対応するため、非VR版も作成したが、トンプキンスによれば、これにより実質的に作業量は倍増したといいます。
「多くの人はVRを持っていないので、自然とデスクトップに移行していくだろう。僕たちは(VR以外の)体験のレベルを、VRで行っていることに匹敵するように引き上げようとしているんだ。VRは少し小康状態にあり、非常に高価で、まだ成熟途上のメディアだけど、将来、費用対効果が上がり、改善されれば、より多くの人が使いたいと思うようになると感じているよ」
“War of Being” はどのようにプレイするにしても、その広大なレベルと没入感のあるデザインのおかげで、随所に陰謀が散りばめられ、注意を払うことを要求される雰囲気のある体験になっています。

「僕は子供の頃からゲーマーで、サイレント・ヒルやバイオハザード シリーズ全体、さらには DOOM のような一人称シューティングゲームに没頭してきた。素晴らしいビジュアルを伴う美しく雰囲気のある音楽を聴くと、グラフィックが年々向上しているのがわかるし、ゲームは本当にさまざまな意味でインスピレーションを与えてくれるよ。視覚的にも音楽的にも刺激を受け、あらゆる種類の感情やアイデアを呼び起こすことができるから」
TesseracT は “War of Being” の将来について、ゲームの範囲を拡大する可能性も含めて、大きな計画を持っています。Dan は、いつの日か “大きなインベントリ・システム” を搭載し、プレイヤーが素材を集めて武器やその他のアイテムを作るようになることを望んでいるのです。”ザ・フィアー” はこのゲームの主な敵役で、プレイヤーは最終的にフィアーを倒す必要があります。
「なぜゲームが必要だったのか。それはこのアルバムが、究極の比喩として、知識と恐怖という2人のキャラクターを中心にしているから。フィアーからゲームでマスクを剥がして彼を倒し、知識のロックを解除する必要がある。そしてそれは、人々が真実や人生の真実を受け入れず、知恵や知識に対してオープンでないことの比喩だと思う。多くの場合、人生のさまざまな場面でそれは恐怖によって覆い隠されているが、恐怖を克服することで知識が解放されると感じているんだ。それがこのゲームの大前提だと思うよ」
“War of Being” の将来がどうなるにせよ、Dan は、このゲームを作った経験は “贅沢” であり、音楽産業のルーティンに大胆な発言をする機会となったと胸を張ります。
「人生という存在は多くのカーブボールを投げてくる。僕はもう何年も前のことだけど、警官だったんだ。18歳でノッツ警察に入って8年間。それから初めてレコード契約を結んだから、音楽一筋になるために辞めたんだ。今こそ、最高のものを作る時だ」

曲作りの面では、TesseracT が始まりの場所、ベッドルーム時代から大きく飛躍したわけではありません。Acle はバンドを10代の若者のプロジェクトとしてスタートさせました。当時所属していたバンド、FELLSILENT ではテクニカルすぎるオフ・キルターなメタル・リフを録音し、マイスペースにアップロードしていました。
ギタリストのアイデアが SNS という駆け出しの領域で注目されるようになると、彼は ENTER SHIKARI のライヴでサポート・バンドとして演奏していた Jay に感銘を受け、彼を引き抜きました。そして、古いラップ・メタルの衣装で FELLSILENT とステージを共にした James とAmos を TesseracT のメンバーに組み込んだのです。James が当時を振り返ります。
「2004年だったんだ。FELLSILENT のサウンドチェックを見て、”なんてこった!これは MESHUGGAH みたいだ!こいつらは最高だ!” って。僕たちは明らかに、あの種の音楽をお互いに楽しんでいたんだ」.
ミルトン・キーンズのプロモーターから Acle を紹介された Dan Tompkins は、2009年にバンドに加わりました。その時点で、TesseracT はすでに先代のヴォーカリスト、Abisola Obasanya とともにアンダーグラウンドで名を馳せていました。2007年のデモには、すでに “One” の楽曲 “Concealing Fate Part I: Acceptance”, “April”, Sunrise” の初期ヴァージョンが収録され、ネット上で口コミで話題となっていたのです。この注目により、バンドはブリティッシュ・メタル界で最高の無名アーティストの1つと呼ばれるようになり、ワシントン・ポスト紙に特集され、2008年には2万人収容のブラッドストック・オープン・エアのセカンド・ステージのヘッドライナーを務めました。

2010年になると、もはや TesseracT に対するインターネット上の喧騒は無視できないものとなり、バンドはメジャー・レーベルのセンチュリー・メディアにピックアップされます。センチュリー・メディアから “Concealing Fate EP” をリリースした後、”One” 、そして(シンガーの Ashe O’hara が一時的にフロントを務めていた)”Altered State” をリリースします。そして今日、 “Sonder” と “War of Being” の間に5年の空白があるにもかかわらず、5人組は依然として新たな人気を獲得し続けています。彼らは2022年の ArcTanGent フェスティバルのヘッドライナーを務め、1万人を動員し、”War of Being” のビデオは公開から24時間以内に10万回以上視聴され、YouTube のトレンド・タブにまでランクインしたのです。Acle が振り返ります。
「バンドを始めたときやりたかったのは、フェスティバルで演奏することだけだった。だけどそれ以来、TesseracT はいい意味でゆるやかに成長してきた。Download や Hellfest でいきなり4万人の観客の前に立たされたことはない。
ティーンエイジャーの頃と数十年後とでは、野心は全く違う。誰もが偉大になり、成功したバンドになりたいと思っているが、成功が何を意味するのかよく分かっていないんだ。あのころは、成功とは何かを理解する経験もなく、ただギグを演奏して楽しんでいただけなんだ」
Acle と James は、”War of Being” に求める成功とは、TesseracT の継続的な成長だと話しています。秋から9ヶ月の間に4大陸を回るツアーで、それはすでに実現しているようですが、ある意味 Acle にとって、TesseracT がこれほど大きな存在となることは驚き以外の何者でもないのです。
「僕やろうとしていたのはそんなことじゃない!って時々思うね。当時はただ MESHUGGAH からパクりたかっただけなんだから!」


参考文献:  GAME OBSERVER :How TesseracT Created Their Own VR Game: Interview with Singer Daniel Tompkins

How a Metal Band Is Using Gaming to Redefine How We Experience Music

GUITAR.COM:Tesseract on why they needed to “come back and make a big statement”

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【BLOODY TYRANT (暴君) : HAGAKURE Ⅱ】 JAPAN TOUR 23′


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH BLOODY TYRANT (暴君) !!

“Retelling Our Root Story Is a Very Important Thing As a Taiwanese Musician. We Have So Many Interesting And Beautiful Stories In This Small island, I Don’t Want These To Be Forgotten.”

DISC REVIEW “HAGAKURE Ⅱ”

「BLOODY TYRANT の新しいラインナップの日本ツアーは今回が初めてだから、日本のファンに新しいタイラントを見てもらうのが待ちきれないよ!個人的には、また明治神宮に行きたいね! 本当に美しい場所だから…」
3年間の活動休止と大幅なメンバー・チェンジを経て、台湾の BLOODY TYRANT はバンドが不死鳥であることを証明しました。偉大なる Chthonic の後ろ姿を追っていたのも今や昔。シンフォニック・ブラックの皮を徐々に脱ぎ捨てた彼らは、今では独自のエスニックなメロディック・デスメタルで堂々と、欧州の列強たちに挑戦状を叩きつけています。ただし、Chthonic との共通点として、今でも守られているものもあります。それは、台湾の誇りと日本への愛情。そうして彼らは、アジアの “ヴァイキング” として島国の物語を語り継いでいくのです。
「僕の観点では、日本は台湾にとって最も重要な影響力を持つ国で、特に第二次世界大戦中は台湾の軍隊が武士道の影響を多く受けていた。だから、”ここから始めてはどうかな” と考えていたんだよね。戦争が終わって何十年も経った今でも、僕らの日常生活の中に日本の影響を受けたものがあるのを感じるし、武士道が日本人の考え方に少しずつ影響を及ぼしていることも感じるんだ」
最新 EP “Hagakure Ⅱ” は、大名鍋島光茂の家臣であった山本常朝(1659-1719)の回想からなる “葉隠” の物語を締めくくるもの。この写本は150年以上も鍋島家に隠されていた秘伝の書。”武士道といふは死ぬ事と見付けたり” という一節から始まるため、死を賭して君命を果たすと誤解されがちですが、”葉隠” は武士達に死を要求しているのではありません。死の覚悟を不断に持することによって、生死を超えた “自由” の境地に到達し、そうすることで “武士としての職分を落ち度なく全うできる” という意味が込められています。武士として “恥” をかかずに生き抜くための教訓とでも言えるでしょうか。
つまり、死ぬ覚悟さえあれば、生を全うできるという”メメント・モリ” 的な思想でもあるわけです。そうして、血の圧制者、暴君はまさにそこに惹かれました。
「そう、漫画のシグルイに僕は一番影響を受けているよ!そして、シグルイの物語を含む小説、駿河城御前試合。僕たちには、駿河城御前試合の最終章を題材にした “劍士皆亡” という曲があるんだ」
“武士道は死狂ひなり。一人の殺害を数十人して仕かぬるもの”(武士道は死に狂いである。一人を殺すのに数十人がかりでかなわないこともある)を由来とする漫画 “シグルイ”。BLOODY TYRANT がこの物語に感化されたのは、おそらく今の台湾情勢も影響しているでしょうか。中国/台湾の伝統的な撥弦楽器であるピパの音色そのものが持つ魔力は、彼らの音楽に潜む孤独や暗闇を増幅させ、運命に翻弄される台湾という国のメランコリーを引き出していきます。それでも彼らは武士に焦がれます。一騎当千、死の覚悟も厭わない BLOODY TYRANT の面々は、メタルにおいても、政治においても、決して自らの意思を折ることはないのです。
オルガン、オーボエ、チェロ、ヴィオラなどを導入して、台湾の創世をアルバムとした “島嶼神話” のフォーク・メタルはひとつの転機だったでしょうか。島の歴史を知ることは、自分自身を知ることの始まり。歴史を忘れた民族は滅びると歌った彼らの決意も、もちろん武士道の一環に違いないのです。
今回弊誌では、BLOODY TYRANT にインタビューを行うことができました。「台湾は第一列島の真ん中に位置し、非常に複雑な歴史を持ち、隣国から様々な影響を受けている。だから、僕たちのルーツ・ストーリーを語り継ぐことは、台湾のミュージシャンとしてとても重要なことなんだ。この小さな島には、面白くて美しい物語がたくさんあるからね。それを忘れられたままにはしたくないんだ」来日決定!どうぞ!!

BLOODY TYRANT “HAGAKURE Ⅱ” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【Metsatöll : Katk kutsariks】JAPAN TOUR 23′


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH LAURI OUNAPUU OF Metsatöll !!

“By Respecting Our Own Culture, We Also Learn To Respect The Stranger, Even If We Cannot Agree With Them And Don’t Share The Same Values.”

DISC REVIEW “Katk kutsariks”

「私はあらゆる文化に敬意を抱いている。特に、自分たちのルーツや先祖に誇りを持ち、自分たちの民族文化に偽りの羞恥心を抱くことなく、あえて自分たちらしくいようとする人々には敬意を抱いている。過激な民族運動に見られるような民族中心主義や、人種中心主義について言っているのではない。自国の文化を尊重することで、たとえ意見が合わなかったり、同じ価値観を共有できなかったりしても、見知らぬ人を尊重することを学ぶのだ」
例えば、私たちはヘヴィ・メタルを愛しているからこそ、メタル以外の音楽も尊重し、リスペクトすることができるのかもしれません。それは、ジャンルこそ違えど、音楽やその文化を愛することがいかに尊く、純粋であるかを知っているから。それはきっと、国籍や人種、宗教においても同じなのではないでしょうか?自らのルーツを愛し、ルーツの尊さを知るからこそ、他者のルーツを尊重できる。自国は常に “正義” で、他国は “悪” なのでしょうか? そんなはずはないでしょう? 他者やそのルーツに対する “寛容さ” があまりにも必要とされている現代社会において、フォーク・メタルは、自身はもちろん、他者の文化や民族を尊重するための完璧なツールなのかも知れませんね。
「エストニア人も日本人も、多くの同じものを見ていることは確かだ。小国に対する西洋文化の圧力がますます強まっているにもかかわらず、私たちの文化にはかなり古い世界観が残されていて、それは “非二元的” な世界観に反映されている。すべては観察者の視点と現象の解釈次第であり、その本質は果てしない否定主義や肯定主義に囚われることなく、ヒーローもアンチヒーローもなく、完全な善も悪も、白も黒もない。非二元的な世界観、伝統や神話を愛し、物語を語ることは、間違いなくエストニアと日本の文化を結びつけるものだよ」
そもそも、江戸時代、日本で “勧善懲悪” が好まれるようになったのは、幕府が物事を単純化して人民を統治しやすくためだったという説もありますが、たしかに古事記を紐解けばイザナキとイザナミの兄妹婚や神なのにやたらと人間臭いスサノヲノミコト、コノハナサクヤビメの一夜孕みなど、タブーを積極的に扱うことで、世界は白か黒か、善か悪かに単純には割り切れないことを示していたような節があります。そして、世界中の神話の中には、そうしてタブーを扱った話が決して少なくはないのです。エストニアの伝承や神話、伝統音楽をメタルに結んだ Metsatöll は、かくしてフォーク・メタルを哲学していきます。
「ここでいうフォーク・メタルとは民族の音楽言語を使うフォーク・メタルで、民族楽器、民謡、母語を使う。中世的なロマンチックな衣装を身にまとい、ギター・リフの合間に映画音楽にインスパイアされたメロディーを奏でる “フォーク・メタル” もクールで良い音楽であることは間違いないが、あれはただのメタル・ミュージックだ。 自分の民族のルーツが何なのか、先祖の文化や音楽が何だったのかを知ることは重要だ。ルーツにはすごい力がある。少なくとも私にとっては、民族楽器を演奏するときに重要なのは、その楽器を演奏することだけでなく、その楽器の歴史、その楽器の音色、歴史的にどのように演奏されてきたのか、そしてその楽器がおそらくどこから来たのかを知ることだと思う」
フォーク・メタルの哲学者、森の賢人 “狼” の異名を持つ Metsatöll は、90年代から活動を続け、シーンの酸いも甘いも噛み締めてきた歴戦の勇者。だからこそ、BLOODYWOOD や THE HU の大ブレイクで活気付くフォーク・メタルの台頭にも、一つの願いを覗かせます。それはルーツを愛すること。ルーツを愛し、文化を愛し、歴史を愛し、言語を愛した真の “フォーク・メタル” だからこそ、強く、寛容になれる。
エストニアは、長年の占領と抑圧、ソ連崩壊とそれに続くグローバリゼーション、資本主義、物質主義がもたらした価値観の変化によって引き起こされた文化的トラウマを抱えてそれでも、ITや学問の分野で台頭し、力強く生き延びてきました。強いだけでも、優しいだけでもない、非二元論の “誇り” が彼らを支えたとすれば、Metsatöll の音楽にはまさしくその誇りが見事に宿っています。呪術的で重苦しく、リズムの迷宮にあって、しかしどこか牧歌的で、歌える生命力にみちた秘宝。それはきっと、”側” だけをドラマティックに仕立てた偽のフォーク・メタルにはないものなのかもしれませんね。
今回弊誌では、Lauri “Varulven” Õunapuu にインタビューを行うことができました。「私はスタジオジブリ、特に宮崎駿の作品に感銘を受けてきた。”猫の恩返し”、”千と千尋の神隠し”、”紅の豚” が子供向けか大人向けかは議論の余地があるが、彼らが扱うテーマや世界を反映する方法は時代を超越していて、典型的なハリウッドの世界よりも人間の本質をより明確に表現していることは間違いない。芸術は問いを投げかけ、問いは人々に考えさせるものでなければならない」エストニア大統領にも賞賛させる国民的バンドの来日が決定。どうぞ!!

Metsatöll “Katk kutsariks” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【SHEPHERDS REIGN : ALA MAI】


COVER STORY :SHEPHERDS REIGN “ALA MAI”

“We Were Drawing Energy From The Ground, But For The Band, It Will Be Drawing Energy From Our Ancestors, Which Is One Of The Main Ideas That We’re Trying To Portray In Our Song.”

ALA MAI

ハカとはサモアのラグビー・チームがピッチで他の選手たちを圧倒する前によく耳にする、ポリネシアの男たちが叫び踏み鳴らす音魂です。SHEPHERDS REIGN はその自らのルーツがあまりにヘヴィ・メタルであることを、誰よりも感じていました。2019年12月に彼らはそのミッションを遂行し、ハカとメタルの共演はすぐに大きな波を起こしました。太平洋の怪物のようなシングル “Le Manu” は現在、YouTube で300万回以上の再生回数を誇り、Spotify でもほぼ同数のストリーミングを記録しています。母国ニュージーランド以外ではあまり注目されていなかったバンドが、ほぼ一瞬にしてブレイクを果たしたのです。
そう、90年代、絶滅が近いとも思われたヘヴィ・メタルはしかし21世紀に入り、そのメタルの生命力、感染力、包容力が世界を圧倒し、拡大し、包み込んでいます。
様々なジャンルを飲み込み、あらゆる場所に進出し、どんな制約をも設けない。一見攻撃的でダークなヘヴィ・メタルに宿る優しさや寛容さが世界中、あらゆる場所のあらゆる人にとっての希望の光となっている。メタルには崇めるべき神も、虐げられる主人も、壁となる国境も存在しない。年齢や人種、宗教や信条を問わずすべての人々と分かち合える。そんな現代の理想郷をメタルは育んでいると、きっと多くの人が感じているはずです。
しかしそれでも、メタルの闇や極寒、狂気とは真逆のサモアという南国の楽園で、高い感染力を秘めた鋭きメタルの刃が研がれているとは多くの人にとって想像もつかなかったでしょう。

最新作 “Ala Mai” には、間違いなく以前よりも成長を果たした彼らの姿が刻まれています。このアルバムには、SHEPHERDS REIGN のオンライン・ヒットが収録されているだけでなく、グルーヴ・メタルで彼らの文化や私生活をより深く掘り下げているのですから。
先祖代々鉄壁のサモアのプライドで結ばれた SHEPHERDS REIGN は、不屈の精神、家族、そしてサバイバルへの賛歌を歌っています。 ”Ala Mai” は、キャッチーなコーラス、GOJIRA のヘヴィネス、90年代のグルーヴ・メタル、そして SEPULTURA のルーツ・メタルが融合した力強い作品です。
純粋に、アーティストにとって最も重要なことは、明確なアイデンティティを持つことでしょう。ポリネシア出身の5人組は何よりも、自分たちの文化遺産を大切にしていて、その土着の音楽性、言語、美学が世界中から脚光を浴びています。グルーヴィーなマオリ・メタルといえば ALIEN WEAPONRY が先行してこのスタイルの鉱脈を突いてきましたが、彼ら以上に “Ala Mai” の怒りは全開で、同時に楽観的な二面性も表現されています。さらに彼らのトライバル・メタルは進化を遂げ、”Cold Summers Night” のようなラジオ・ロック・アンセムや、”Finally” のようなメロディック・メタルコアへのアプローチを含んだアルバムは多様性に満ちています。つまり、彼らの爆発は紛れもなく必然だと言えるのです。

重要なのは、SHEPHERDS REIGN のメタルには、ポリネシアの文化遺産だけではなく、クラシックやポップスからの影響も含まれている点です。
「より多くの要素を取り入れることができれば、より良いものができる。リード・シンガーのFiliva’a James は、Backstreet Boys の感覚を取り入れるのが好きなんだ」
とギタリストの Oliver Leupolu は笑います。
実際、SHEPHERDS REIGN は Filiva’a と Oliver の “クラシカル” な組み合わせから始まりました。
「僕と Oliver は、実は一緒に教えていたんだ。僕たちは学校でピアノの家庭教師をしていて、そこでなんとなく親しくなって、一緒にバンドを作ろうと話し始めたんだ。僕とオリバーは在学中に家庭教師をしていたんだよね。メンバーを探していたところ、ドラマー Shaymen Rameka を紹介されて、同じ学校に通うことになったんだ…それ以来、僕たち3人はずっと一緒だよ。
それから “MAINZ “に行って、もう一人のギタリスト Gideon Voon に会った。2015年とかだったかもしれない。それからギデオンも一緒に加わったんだ。Oliver はマヌウェラ高校の教師になって、そこでマヌウェラ高校の生徒だったベーシストの Joseph Oti-George と出会ったんだ。Oliver が言うには、彼は素晴らしい技術を持っていて、音のすべてに耳を傾けてくれるとのことだった。だからぴったりだった。彼はまだ16歳だったから、僕たちは彼が18歳になるまで待って、やっとバンドに入ってほしいと伝えたんだ!」

Filiva’a と Oliver は、クラシック音楽を始めた後、”ロックとメタルの影響を受けた” 自分たちの音楽を創ることに目を向けました。
「例えば、GOJIRA, AVENGED SEVENFOLD, LAMB OF GOD, SLIPKNOT をよく聴いていたね。同時に僕と Filiva’a はクラシックのバックグラウンドもある。バッハやショパンのようなクラシックの作曲家が大好きなんだ。
ギタリストの Gideon はポップミュージックが好きで、作曲にポップミュージックの要素を取り入れている。そして、サモアの音楽という文化的要素も取り入れている。リズムや歌詞の内容、パルテドラムなど、音楽的な要素も多分に取り入れているんだ」
今日、彼らはサモア語で歌うメタルで知られていますが、最初からそうだったわけではありません。Filiva’a が当時を振り返ります。
「若い頃にメタルを始めたから…最初は英語で歌ったんだ。昔からサモア語を流暢に話せたから、サモア語を使わない理由は特になかったんだけどね。
あまりに新しすぎたんだと思う。サモア語で歌うことに可能性を感じていなかった。でも、ずっとやりたかったんだ。このジャンルのメタルでサモア語が歌われたら、きっとみんな喜ぶだろうと思った。サモア語を歌い、サモア語を使うのはいい選択だった。そして今、私たちはサモアのメタル・バンドとして知られている」

バンド名にも、サモアの哲学が込められています。
「バンド名を決めるのは、実は一番難しいことのひとつなんだ。その名前をいつまでもどこにでも持っていくことになるからね。サモアのリーダーは、家族や友人のことを考え、彼らの世話をする。だから羊飼いを思い浮かべたんだ。羊飼いは自分の群れの世話をする。羊の世話をして、餌を与えたりする。だけど、”羊飼い” って名前はちょっとおかしいなと思ったんだ。それで、”Shepherds Reign” “羊飼いの統治” になったんだ」
ただし、サモアにも現代社会の闇は存在します。Filiva’a の歌詞は、家庭内暴力という不快なトピックにも取り組んでいます。
「”Ua Masa’a” のリフには、本当にシリアスなテーマを歌うべきだと思ったんだ。リフを聴いた後、ずっと頭の中をぐるぐる回っていたんだ。そしてある夜、”ああ、くそっ!サモアで殺された姉のことを歌にしたいとずっと思っていたんだ!” って思ったんだよ。
亡くなった愛する人への曲は、たいてい素敵でソフトで、本当にエモーショナルなものだろ?でもこの曲は、その感情的な面を逆手にとって、僕たちが書くことのできる最も怒りに満ちた曲にしたんだ。歌詞は、姉と夫の間に起こった出来事で、最後は僕が姉になったつもりで話しているんだ。彼女が亡くなる前に考えていたであろうこと、言っていたであろうこと。だから、僕が書いた歌詞には、怒りやフラストレーションがたくさん含まれているんだ」

曲のタイトル “Ua Masa’a” は、サモア語で直訳すると “こぼれた” という意味になります。
「サモア語には、”ua masa’a le ipu vai”、つまり “覆水盆に返らず”という古いことわざがあるんだ。一度失われた信頼は決して戻らないことを比喩しているんだ。割れたコップに水を入れると、水はこぼれる。それがこの曲で言おうとしていることなんだ。彼女はかつて彼を愛したが、コップは割れてしまったんだよ」
カタルシスや個人的な悲劇から文化的な歴史や神話まで、サモア語の歌詞はほろ苦い内省と前向きな強さの源です。
「”Aiga” はイントロで聴けるサモアの伝統的な歌が元になっている。多くのことを学び、もう家族の愛情は必要ないと考える人について歌っている。世界を味わいたいと思い、世俗的な誘惑の多くに陥る。だけどその後、唯一の幸せは自分のルーツにあることを知る。家族だ。僕たちのバージョンは、彼らに本当の幸せを見つけることができる家族のもとへ帰れと促しているんだよ。僕たちサモア人は地面からエネルギーを汲み上げているけど、バンドにとってそれは先祖からエネルギーを汲み上げることになる。僕らはそれを曲の中で表現したいんだ」

サモアの戦士に捧げられた楽曲も。
「”Le Manu” はサモアで最も強力な戦士の一人、マヌ・サモアの戦争チャント。僕たちはこのチャントを、自分たち自身について詠うように拡大したんだ。戦争への旅に出る代わりに、祖先と家族に、僕たちが世界で最も強力なメタル・バンドのひとつになるための導きを求めたんだ」
もちろん、サモアの神に捧げられた楽曲も。
「”Nafanua” はサモアの戦争の女神、ナファヌアについての物語。ナファヌアは、冥界の神である Saveasi’uleo の娘で、血の塊から生まれ、地中に埋められたけど、この古代の神は冥界から蘇り、愚かな王の手によって苦しめられた家族を守るため、立ちはだかるすべての戦士を打ち負かした。彼女は誰からも恐れられたんだ」
ポリネシア全体に対する “目覚め” を喚起する楽曲もあります。
「”Ala Mai” (目覚めよ) は、サモア人としてではなく、ポリネシア全体として、さまざまな国々を旅しながら自分の足跡を残していくための力と導きを求める祖先への呼びかけだ。僕たちの前には多くの障害が立ちはだかるだろうけど、祖先の助けがあれば、僕たちの物語は必ず世界に届くと信じている。世界に平和がもたらされることを祈るよ。特に、変化が多く、世界中で多くの困難に直面する現代においてはね」

“The World Breed” や “Cold Summer Night” では都会に生きる現代人のライフスタイルに疑問を呈します。
「今日の世界の苦しみ、世界中で犯される多くの罪と堕落したライフスタイル。僕たちは目を覚まし、この困難な時代に気づき、より良い方向へ変わらなければならない。人がいかに信念を失い、かつての生きようとする純粋な意志を失い、いかに崩れ落ちて惨めな時間の流れを見ているだけであるか。それでも最後には希望があり、問題を克服できると僕たちは考えているよ」
サモアの文化は何よりも子供たちを大切にしています。
「”Never forgotten” は残念ながら他界したギタリスト Oliver の息子へのオマージュとして作られた、ソフトでとてもエモーショナルな曲。サモア語、英語、トンガ語で歌われ、それぞれの文化を表現している。Tomは決して忘れ去られることはないだろう。”ATALI’I” には息子という意味がある。これは子供たちへの愛を示すために書いた曲。僕たちが世界のどこにいようと、彼らが将来どこに行こうと、僕たちはいつも子供たちを心から愛し、大切にしているということを伝えたくて作ったんだ」

そうして命は続いていきます。”Samoa Mo Samoa” には命をかけて強敵から国を守った祖先に対する感謝と敬意が溢れています。
「悲劇と勝利の物語。死と勝利。恐怖と勇気。この小さな太平洋の国を支配しようとした世界最大の国々に我々は屈しなかった。我々は戦い、殺し、我々の土地を守った。僕たちの土地を守るために、多くの男性、女性、子どもたちが命を落とした。皆、記憶される。サモアのためのサモア人たちよ」
どうやら、ポリネシアの人たちには不可能を可能にする力が備わっているようですが、それは望めば私たちにもできること。
「型にはまることを恐れず、何か違うことをやってみることだ。既成概念にとらわれない発想は、大きなパワーと可能性を秘めている。人がどう思うかなんて、最終的にはどうでもいいことなんだから。自分のやっていることを本当に信じていれば、たとえそれが変わったものであっても、人々は応援してくれる」


参考文献: NZ MUSICIAN:SHEPHERDS REIGN: DRAWING ENERGY FROM THEIR ANCESTORS

DECIEBEL MAG: TRACK BY TRACK

PROMPRIALRADIO: SHEPHERDS REIGN

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【VALKEAT : FIREBORN】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH MIIKKA VIRTAPURO OF VALKEAT !!

“For Us As Artists It’s Important To Do Something New And Fresh, And Not Only Redo Stuff That People Have Already Done. We Want To Expand The Map Of Kantele Music And Metal Music.”

DISC REVIEW “FIREBORN”

「僕たちはパイオニアとして、人々がこれまでに聴いたことのないような新しいカンテレ・ミュージックを作りたかったんだ。僕たちアーティストにとって重要なのは、何か新しく新鮮なことをすることであって、すでに人々がやっていることをやり直すことではない。いわば、カンテレ・ミュージックとメタル・ミュージックの地図を広げたいんだよ」
古くはジャン・シベリウスが、メタル世界では AMORPHIS が、フィンランドの民間伝承から生み出された国民的叙事詩カレワラをインスピレーションとして音楽を創造し、彼の地の空気、風景、文化、そして人の有り様を伝えてきました。カレワ族の勇士たちの物語が、フィンランドのロシアからの独立を強く後押ししたことを述べるまでもなく、カレワラはフィンランドの心であり、そこから生まれた伝統楽器カンテレはフィンランドの音であり続けています。
そう、AMORPHIS の楽曲にもあるように、カンテレはフィンランドの音であり、ヘヴィ・メタルも当然、フィンランドを代表する音楽です。ゆえに、VALKEAT はその両者をより太い糸で結び付けようと思い立ちました。そうやって彼らは、カンテレの地図も、メタルの地図も広げながら、フィンランド音楽のアンバサダーとして世界に羽ばたいていくのです。
「カンテレは、フィンランドが誇る国民的楽器だ。日本の琴のようなものといえばいいかな。そして、カンテレは琴と同じように、僕らが創造するどんな音楽にも合うんだ!」
実際、カンテレは想像以上にメタルとの相性が良さそうです。もちろん、その蜜月は VALKEAT の類稀なるコンポジションの妙あってこそ。”Fireborn” は非常に複雑で多層的なアルバムで、リスナーをフィンランドのモダン・フォークとシンフォニック・メタルの新時代へと同時に導く灯台ののような輝きを纏っています。
「サンポのストーリーは、それを持つ者に無限の富を生み出す機械、誰が持とうと永遠の富を生み出すのさ。だから僕たちは、サンポの音楽版のような、それを聴く人に比喩的に “富” を生み出すものを作りたかった。サンポは火で鍛えられたものだから、このアルバムを “Fireborn” “火から生まれしもの” と呼ぶことにしたんだ」
“Fireborn” はカレワラに登場する、所有する者に永遠の富をもたらす機械、サンポにちなんで名付けられました。そうして、壮大なフィンランドとメタルの物語の偉大な伝統を受け継いだアルバムには、崇高な賛美歌、荘厳な歌声、フォーク・メタルの陽気さと原始的なメロディー、異教の精神が詰まっていて、そもそもカンテレがあるべくしてあるよう巧みに設計されています。
非常にダークでアグレッシブな冒頭の “My Crown” で、フィンランド人の深層心理を掘り下げた彼らは、リリックでは精神の最も暗い部分に踏み込み、音楽ではストリングスとブラスのオーケストラを吹き込んでいきました。サーミの人たちの素晴らしい文化に敬意を表した儀式的な “Moraš”、フィンランドのバンドのメランコリックでフォーキーな側面にフォーカスした “Swan Song” でも北欧の色と音を伝えながら、リスナーに無限の富であるカタルシスを与え続けます。
まさにフィンランドへのラブレターとなった涼やかなアルバム。今回弊誌では、ボーカリスト Miikka Virtapuro にインタビューを行うことができました。「僕たちは CHILDREN OF BODOM と同じ地域の出身で、実は Alexi は僕と同じ学校のちょうど10年先輩なんだよ。もちろん、あれほどの才能が若くして亡くなるなんて、とても悲しいニュースだったな…」 どうぞ!!

VALKEAT “FIREBORN” : 9.9/10

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COVER STORY 【VAI : SEX & RELIGION】 30TH ANNIVERSARY


COVER STORY : VAI “SEX & RELIGION” 30TH ANNIVERSARY

“At The Core Of All Religion And At The Core Of All Sex, There’s Love. It’s Just Interesting To See How That Gets Perverted And Transformed.”

SEX & RELIGION

「”セックス” と “宗教” はとてもパワフルな言葉だ。”宗教のセックス” は、”Passion of Warfare” “戦争の情熱”のようなものだ。最も純粋な形のセックスは、2人の個人が意識の最前線で神との親密な関係を見出す場所なんだ。それは神聖な愛の行為だ。そしてもう一方の端には、欲望という倒錯がある。殺人のようなものまである。私たちの多くは、その中間に位置していると思う。
宗教も同じだ。宗教の基本は純粋なインスピレーションであり、ある個人が現れて神を悟り、その指示を世界に与えるところから始まった。しかし、それがエゴや関係者のニーズに合わせてねじ曲げられる。すべての宗教の核心には愛があり、すべてのセックスの核心にも愛がある。それがいかに曲解され、変容していくのかを見るのは興味深い。つまり、宗教は歴史上、戦争の最大の原因のひとつなんだよ。
誤解しないでほしいが、私はどんな宗教も非難しているわけではない。しかし、世の中には宗教やセックスで金儲けに走っている連中もいる。彼らはお金で希望の約束を売る。信じてほしいが、神の美しい青い地球上で、宗教的な変質者ほど危険なものはない。とにかく、私はこの2つのコンセプトに非常に興味をそそられる。それに、多くの人がセックスと宗教にこだわっているしね」
30年前の Steve Vai の言葉です。さて、彼は預言者でしょうか?それとも占星術師?とにかく、今やギター世界すべての人から敬われ、愛されるようになったギターの魔術師は、30年前の時点で倒錯した現代の暗闇を予見していました。特に、日本に住む私たちはつい最近、統一教会の横暴を目にし、DJ SODA の性被害を目撃したばかりです。Vai の言うように、核となるべきは愛、探るべきは要因であり、曲解の理由であるはずなのに、私たちはしばらく祭のようにSNSで大騒ぎして、被害者も加害者も焼け野原のごとく断罪して、そうしてすぐに何もかも忘れてしまいます。実際、このレコードのワーキング・タイトルは “Light Without Heart”、心なき光だったのですから。
最近日の目を見た Vai のバイカー・カルチャー作品 VAI/GASH のアルバムを差し置いて、Vai が唯一、リーダーとしてバンド形式で制作した “Sex & Religion” は真のゲームチェンジャーでした。それはもちろん、音楽的な革新性、多様性のみならず、扱ったテーマの深淵とも密接に関連しています。つまり、”Sex & Religion” は音楽とコンセプト、その両輪が激しく火花を散らしながらもガッチリと噛み合って、”ヘヴィ・メタルでも実験や哲学が可能” であることを証明した先駆的な作品だったのです。

加えてこの7弦ギターの悪魔は、ベースの怪人 T.M. Stevens やドラムの名手、Terry Bozzio と意気投合してアルバムの異様な基盤を固めました。最後のピースは Devin Townsend。分身となるボーカルに選んだのは、20歳で、カナダのバンクーバー出身の無名のシンガー/ギタリスト。後に、STRAPPING YOUNG LAD やソロ・プロジェクトでメタル世界を背負う鬼才の発掘でした。
David Lee Roth のバンドや ALCATRAZZ, WHITESNAKE でプレイしてきた Vai は、派手で優秀なリード・シンガーを知らないわけではありません。キッズ・ロックの Bad 4 Good をプロデュースしたことで、レコーディング・スタジオでの若者のハイテンションに対する対処法も学んでいました。しかし、奔放で運動神経が旺盛な Devin には、事前の経験ではまったく歯が立たなかったのです。しかしこの噴火直前のキッズは、ダンテの地獄篇の最下層における迷える魂のように叫ぶことも、ゲーテのように神々しくもロマンチックに唄うこともできました。
「彼のギターケースにウンコをした。タッパーにウンコを詰めてギター棚に忍ばせたりね。感情的に未熟すぎてそんなやり方でしか不満を表せなかった。彼は唖然として、なんで…?って感じだったけど、今も見守ってくれてるよ」
Vai が Devin に手を焼いたのは、Devin が Steve Vai 式裕福なロックライフが気に入らなかったから。それでも巨匠は決して匙を投げたりはしませんでした。そんな Vai の寛容さは、自身のヒーロー Allan Holdsworth に会った時の体験が元となっています。
「Allan はとても優しかった。とても優しく話しかけてくれた。もし自分が有名になったり、誰かから尊敬されたりしたら、こんな人になりたいって思ったんだ。だからこそ、今もそういう人間になりたいんだ。誰かに気を配り、興味を持ち、心配し、柔らかく、ね。完全に傲慢じゃない。僕は、路地にいる18歳か19歳の子供だったにもかかわらず、だ。そしてショーは驚異的だった」

“Sex & Religion” のほとんどの曲はメタル/ハードロック/ポップスの領域から始まりますが、Vai のトレードマークである破天荒なアックスワークに後押しされ、すぐにハーモニーやリズムが奇妙な方向へと逸脱していきます。”Frank Zappa のせいだよ” と巨匠は師匠の名をあげて笑います。
Vai がまだバークリー音楽院の多感な3年生だった頃、Frank Zappa はこの若いギタリストの天才的な献身ぶりを高く評価し、Zappa のバンドの複雑なアレンジをすべて書き写すという困難な仕事を任せました。Vai はその知識を手に、卓越した技術と才能、狂信的とも言えるほどの献身的な努力によって、偉大な存在へと上り詰めたのです。
“Sex & Religion” 以降、時に歌も活用しつつ魅惑のインスト・アルバムを連発することとなる Vai ですが、93年当時は歌モノに戻ることを自然な流れだと語っていました。
「コンセプトとしては、ヴォーカリストと、強力で明確なスタイルを持つプレイヤーたちと一緒にレコードを作りたかった。ロックの要素もありつつ、私が普段やっているようなひねりのあるものを作りたかった。そもそも、”Passion And Warfare” 以外は、ボーカルを使ってきたんだ。ボーカル・アプローチに戻るのは自然な流れだと思ったんだ。だからといって、今後私がやることすべてにボーカルが入るというわけではない。だから私はミリオンセラー・アーティストにはなれないだろう」
Devin Townsend はテープの山の中からまさに “発掘” されました。それは、Vai がかつて “David Coverdale ほど歌がうまい人はいないし、David Lee Roth ほどショーマンな人もいない。でも、両方のシンガーの長所を兼ね備えたシンガーが必要なんだ” と語っていたその要求を完全に満たす人物でした。
「ゴミ袋5つ分くらいのシンガーのテープがあるんだ。みんな素敵で、歌がうまくて、安全でいい曲を書くんだ。でも、Devin が作った “Noisescapes” というテープは、インダストリアルでヘヴィだけどメロディアスという、想像を絶するハードコアな音楽だった。テープを作ったときはまだ19歳だった。彼はそれを私のレコード会社(Relativity)に送り、私はその会社を通してそれを手に入れた。1分間そのテープを聴いた瞬間、彼は特別な人だと思った。私たちはタホの私の家に集まった。私と彼とエンジニアのリズだけで、雪の中を転がったり、ジャグジーでジャンプしたりした。彼には本当に素晴らしい、何にでも挑戦しようとするアティテュードがある。彼は本当に外向的で、素晴らしいリード・シンガーだった」

異形ドレッドの Vai と、全身にマジックで何かを書き散らしたスキンヘッドのイカれたサイコ野郎の組み合わせは衝撃的。パワーがあり、音域が広く、風変わりで、しかも独自のスタイルを持った Devin は、さながらドーピングをブチかました Mike Patton のように、Devin の言葉を借りれば “金玉で” 叫んでいました。さらに蓋を開けてみれば、Devin Townsend は素晴らしいリード・シンガーであるだけでなく、素晴らしいギタリストでもありました。
「彼は素晴らしいギタリストなんだ。本当に驚異的なスウィープをやることができる。彼はおそらくライブでたくさんギターを弾くだろう。でもこのアルバムでは、ギターは全部自分で弾いた方がいいと思ったんだ。将来的には、もっとライブ・ジャムを録音するかもしれない。でも、このアルバムがフュージョンみたいにならないように気をつけたかったんだ」
実際、Steve Vai はギター・インストの第一人者ですが、その楽曲のほとんどはフュージョンではなくあくまでロックやメタルです。
「まあ、私が言いたかったのは、悪いフュージョンもできるということだ。私にとってフュージョンはディスコと同じで、ある種のテイストなんだ。フュージョンは私の生い立ちの大部分を占めているし、フュージョンから得られる素敵な瞬間もあると思う。6分の曲の中で、特定の2小節のフレーズがとてもうまく機能しているとかね。でも、曲全体がギターソロで埋め尽くされ、蛇行するようなオーギュメント・ナインスコードで構成されてしまうと、典型的なフュージョンになってしまうからね」
たしかに、このリズム隊で典型的なフュージョンをやってしまうと、Steve Vai にしてはあまりに “安全” なコンセプトとなってしまったでしょう。
「T.M. Stevens については、スペインでジョー・コッカーと一緒にテレビ・コンサートで演奏しているのを見た。彼が演奏できることは知っていたが、あれほどうまく演奏できるとは知らなかったね。それに、彼は本当にうまくなりそうなルックスをしていた。Terry Bozzio は、ずっと一緒に仕事がしたかったんだ。ずっと好きなドラマーだった。彼は普段ロックンロールが好きではないから、このプロジェクトに参加させるのはとても奇妙な挑戦で、でも彼はやってくれた」

もちろん、Vai 自身の挑戦も継続して行われました。
「まあ、”Rescue Me Or Bury Me” という曲があって、これはギター・アルバムから最も遠いところにある曲なのに5分間も蛇行する長いギター・ソロがあるんだ(笑)。そこでは本当に奇妙なテクニックに触れていて、ある音をタップし、ワーミー・バーを引き上げて、バーを引き上げたままメロディーを弾くんだ。それからバーを押し下げ、バーを押し下げたまま演奏する。バーを上げたり下げたりしながら演奏する。これはとても難しい。見事なイントネーションが必要だしね。クールなのは、ギターではとても不自然に聞こえる音符のベンドが自然にできることだ。
あのソロの一番最初にやったもうひとつのことは、ピックの代わりに指で弾くことだった。そうすると、Jeff Beck にとても似ていることに気づいたんだ。同じ音でも、弦の太さでトーンが変わったりするテクニックも使ったね。”Touching Tongues” では、ハーモニクスとワーミーペダルを組み合わせて天空の音を創造したし」
Vai はギターを弾く際、自分を律するために瞑想をすることで知られています。
「まあ、みんな瞑想していると思うよ。私が瞑想を意識するようになったのは、Zappa のために採譜をしていたときだ。自分の心の別の部分を使っていることに気づいたんだ。意識がぶれることなく何かに集中すると、本当に新しい世界に入り込むことができる。テープ起こしをするときもそうだし、練習するときも、ギターのテクニックに集中する。気が散ることなく集中できたとき…それはとても難しいことだけど…望む結果を得ることができる。”Sex & Religion” には、瞑想の賜物である瞬間があったと思う」
ただし、瞑想もギターも、Vai にとっては手段の一つでしかありません。
「音楽は素晴らしいし、心から愛している。でも、それは私にとっては手段なんだ。私の目的は、ギターをファンタスティックに弾けるようになることではない。素晴らしい演奏に触れたことはあるよ。でも、ギターを弾くことは私にとって大切なことではあるけれど、人生で最も重要なことではないんだ。
もし私が手を失ったらどうなるだろう?培ってきたものすべて失う可能性がある。耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなったり……。そしたらどうなる?ギターの腕前は?君には何がある?あるのは自分自身、つまり意識だけだ。だから、私の次の戦いはギターとの戦いではない。自分自身と自分の意識との戦いだ。それはいつも自分とともにあるものだから」

Vai の言うとおり、”Sex & Religion” の革新性はギター以上にそのコンポジションにあるのかもしれません。ロックやメタルでは通常聴くことのないハーモニーやモードが溢れているのですから。
「他のレコードやロックでは聴いたことのないようなモードが聴こえるだろう。例えば “Deep Down In The Pain” の最後、奇妙な誕生のシークエンス。何が起こっているかというと、子供が子宮から出てくるんだよ。神性の声を聞いたり、質問したり、奇妙なことばかりしている。でも、バックで聞こえてくるのは、私が考案した音階に基づいた荒々しい音楽なんだ。
私はそれを “Xavian” “ザヴィアン” スケールと呼んでいる。私がやったのは、12音列をキーボードでサンプリングして音を作ること。そこから、いろいろな音律を試すのが好きなんだ。(ヨーロッパの12音音階は、オクターブ間の周波数帯域を分割する1つの方法に過ぎない。他の文化や、ラモンテ・ヤングやウェンディ・カルロスといった作曲家の作品には、異なるシステムが存在する。現代のシンセサイザーの中には、別の音律を提供するものもある)
オクターブを9段階か10段階に分けた、さまざまな音階があって、私はそれを “フラクタル” と呼んでいる。”Deep Down In The Pain” の最後では、オクターブを16等分したスケールを使った。つまり、その中の各半音階は、従来の半音階とはちょっと違っていて、100微音階に対して60微音階なんだ。私はこれを半音階と呼ばず、”クエーサー” と呼んでいる。
その異なる音程が、この16音列から私が抽出した10音音階であるザヴィアン・スケールを作り出す。このスケールを使って和音を弾くと、まるで神の不協和音のようになる。ザヴィアン・スケールから広がる、ねじれた感情の世界を想像してみてほしい!私たち人間は、進化の過程で音楽によって形作られてきた。より多くの人がこのようなフラクタルの実験に没頭するようになれば、まったく違った感情の状態が生まれると思う。しかし、METALLICA がザヴィアン・スケールでジャムるのを聴くことはないだろうね (笑)。Kirk に16フレットのギターを貸すよ。普通のフレットの楽器ではこんなことはできない。オクターブまで16フレットのギターがあるんだ。スティーブ・リプリーが何年も前に作ってくれたんだ。彼はオクターブに対して24分割のものも作ってくれたよ」
一方で、”Sex & Religion” には類稀なるフックとポップ・センスが宿っています。
「あの “In My Dreams With You” のように、フックのあるポップなコーラスは、実は僕の友人でロジャー・グリーンウォルドという男が書いた曲からきているんだ。彼は本当に優れたギタリストであり、プロデューサーでもある。私が大学生の頃に彼が書いた曲の一部なんだけど、私はずっとこの曲で何かやりたいと思っていたんだ。
基本的に曲の構成は全部書き直したんだけど、それからデズモンド・チャイルドと一緒に歌詞を考えたんだ。デズモンドは本当にユニークな作詞家だ。彼は BON JOVI や AEROSMITH のようなバンドで大金を稼いだから、多くの人は彼のことをシュマルツ・ポップの帝王だと思っている。でも、彼は本当に何でもできるんだ。”In My Dreams With You” はこのアルバムに収録された彼との唯一の曲だけどね」

Devin は歌詞に関して何か意見を言ったのでしょうか?
「”Pig” は Devin と一緒に書いたんだ。すごくいい曲だよ。かなり奇妙な曲だね。”Pig” は、ある日MTVで BLACK CROWS を見ていて生まれたんだ。私は彼らが好きなんだよ。彼らが “Remedy” という曲を演奏していて、すごくいい曲だと思ったんだ。で、誰もが共感して一緒に歌えるような、ストレートな曲が必要だと思った。それで “Pig” を書いたんだ。
それに当時はよく PANTERA を聴いていたんだ。Dimebag Darrell は、私のお気に入りのギタリストになったよ。彼はどうかしている。カミソリの刃のような独特のトーンを持っている。
だから、このアルバムはおそらく現存するレコードの中で最もラウドなミックスになった。カオティックなハーモニーのフリー・フォー・オールだ。彼らが街に来たときに一緒にプレイしたかったんだけど、残念ながら私はその時街にいなかったんだ。
彼が TIN MACHINE と一緒に演奏するのを見たんだけど、今まで見た中で最も楽しいギター・コンサートのひとつだったよ。彼はとてもアウトなんだ。彼は本当にクレイジーで神経質なビブラートを持っている。もし彼が “Remedy” のような曲を書こうとしたら、おそらく “Pig” のようなレフトフィールドなものを書くだろうね」
2人のクリエイティヴな巨人が集まれば、傑作が生まれると同時に、大量のカオスと対立も生まれるもの。「僕らはコインの裏表みたいなものなんだ。僕らは仲がいいんだけど、お互いに潰瘍を作ってしまうんだ」と1993年のインタビューで Devin は語っていましたが、近年 “Modern Primitive” での共演などで雪解けは確実に進んでいるようです。
「私たちは2人とも、自分たちの好きな音楽に対する強いビジョンと願望を持っている。”Sex & Religion” に取り組み始めた頃、私はそのビジョンにかなり集中していた。素晴らしいシンガーが必要で、Devin を聴いたとき、すぐに “この人だ!” と思った。でも、当時私は、これが私のビジョンであり、私が集中したいことという非常に厳格なアプローチをしていたから、曲作りやプロデュースに関して、クリエイティブなコラボレーションはあまりなかったんだよ。日本盤のボーナストラックの “Just Cartilage” と、Devin と私が一緒に書いた “Pig” 以外はね。実はこの2曲は私のお気に入りの曲で、私がコントロールを固く握っていたのを緩めたゆえに良いものができた。でも残念ながら、あの時は誰もが私の神経質な要求に従うことになった。当時は、Devin がどれほど才能があり、創造的であったかを理解していなかったんだ」

たしかに、Terry Bozzio も当時の “やりすぎ” な Vai の姿を鮮明に記憶してきます。
「Steve とは “Sex and Religion” で一緒に仕事したが、ちょっと問題があって、辞めさせてもらった。今でも仲は良いけどね。彼は仕切りたがるんだよ。俺とは音楽へのアプローチが全く違う。俺は即興を重んじる。彼はあらかじめ全部組み立てておいて、メンバーにいちいち指示する。なんだか工場で働いてるみたいな気分だった。ほとんど全ての小節ごとに喧嘩してたような感じで、ちっともクリエイティヴじゃなかったんだ」
Devin はしかし、Vai の当時の “コントロール・フリーク” ぶりを擁護します。
「ちょっとだけ悪魔の代弁をさせてもらえば、僕は当時19歳で、16歳のときに Steve のレコードを聴きまくっていた。両親の寝室で “クロスロード” を見て、大好きになったのを覚えているよ。Steve と一緒にやるとなったとき、それは僕にとって突然の公然の出来事で、だから彼と別のアイデンティティを持つことに必死だったと思う。僕は僕でありたかった。で、僕が持っていたのは、完全な好戦性だった。その多くは Steve とは直接関係なく、物事に対する自分の反応に関係している。”Sex & Religion” の経験を経て、僕は何かを誰かに指図されるのが嫌になった。その好戦的な態度が、最終的に STRAPPING YOUNG LAD になった。だから、僕の音楽的成長、そしてそのメンタリティに根ざした多くのことに大きく影響しているんだ。40代半ばになった今でも、20代前半の頃と比べれば、好戦的な感情はずいぶん減ったかもしれない。でも、すべてをコントロールするという点では、それに共感できる人がいるとすれば、それは僕もそうだ。だから、あの時 Steve がしたことは、そのビジョンのために必要なことだったと思う。同じ立場なら、僕もまったく同じことをしたと思うよ」
Devin に不満があったとすれば、それは音楽産業そのものに対してでした。
「僕は最初から、少なくとも自分の音楽的思考をまとめ始めたときから、音楽の本質は人間を超えたもの、ある意味で神聖なものに根ざしていると感じていた。そして、LAで突然、目が覚めたんだ。Steve のせいでも、彼の周りの人間のせいでもない。言ってみれば、音楽業界と俳優業界のせいだ。もちろん、そこには Steve のように努力して、地に足をつけた人も多い。だけど一方で、名声や地位、コネクションが幅を利かせているのも事実だからね」

Vai は “Sex & Religion” 以降の Devin の活躍に目を細めています。
「Devin の作品は多様だ。そして、その多様性の中に、声という糸がある。アンビエントのレコードであろうと、準カントリーのレコードであろうと、メロディーと Devin のプロダクション・サウンドの発泡性がある。すべてが美しく包み込まれている。私が最も注目したことのひとつは、Devin の音楽は、Devin の人生を通しての個人的な変容に深く根ざしているということだった。
例えば、”Truth”。私にとってこの曲は、おそらく Devin のカタログのどの曲よりも、ただ爆発している。Devin が今いる場所、そしてこの曲が今の Devin にとって何を意味するのかに折り合いをつけるために、この曲を再訪し、再録音したことはとても興味深い。音楽は、自らの内面を映し出す結果のようなものだから。浸透しているよ。Devin がやっていることを、多くのファンは本当に理解している。私自身、自分自身の成長の捉え方と類似している部分もあって、とても興味深いね。そのひとつは “Truth(真実)” にある。心の無知に身を委ねることで、真実が見えてくる。その言葉を口にするだけでも、そこにはたくさんの知恵が詰まっているよ」
Devin はこの30年で音楽業界が衰退して、”Truth” を見失い、”クソ” になったのは幸せな偶然だと考えています。
「ラジオを追いかける理由がなくなって、その時点で “さて、どうしよう?”という感じで。それは大きな重みから解放されるようにも思えた。架空のマーケットを喜ばせる必要がある?どうせ売れるものは売れるんだから、売れないものは売れないんだから、いっそのこと街に繰り出そう!みたいな感じ。僕の前では多くの “売春” が行われている。僕は絶対的な強迫観念を持つ完璧主義者で、これまで何一つうまくいったことがないし、これからもうまくいくことはないだろう。でもね、この苛立ちの底流が推進力になっているんだ」
Vai も目的は “売ること” ではないと同意し、音楽業界本来のあるべき姿を見据えます。
「私が気づいたのは、”Sex & Religion” の、あれだけの音楽をレコーディングしたとき、自分がいかに自由で無邪気だったかということだ。何の期待もしていなかった。自分以外の誰かを喜ばせようとしないでね。あの頃の私は、”自分を楽しませるために何ができるか?” だけを考えていた。ある面では、何年もの間、音楽業界から遠ざかっていた。なぜなら、それが何かを創作することの価値であり、まず重要なのは自分自身を喜ばせることだからだ」


参考文献: GUITAR WORLD:Steve Vai Discusses Devin Townsend and New Album, ‘Sex And Religion,’ in 1993 Guitar World Interview

PREMIER GUITAR:PG Exclusive! Devin Townsend Interviews Steve Vai

EON MUSIC: STEVE VAI

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【FLESHVESSEL : YEARNING : PROMETHEAN FATES SEALED】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH FLESHVESSEL !!

“Super Adventurous Music And Very Traditional Music Should Be Able To Exist Harmoniously Within Any Genre, Be It Death Metal Or Celtic Folk Music.”

DISC REVIEW “YEARNING: PROMETHEAN FATES SEALED”

「僕にとって、音楽的な面白さの多くは、さまざまな音色とテクスチャーの無限の組み合わせが生み出す色彩にある。メタルは、多くの場合、音色的に精彩を欠くことがあるから、さまざまな音や楽器を使うことで、もう少し音楽的な面白さを取り入れたいと思っているんだ」
モダン・メタルの多様化は、ジャンルの壁だけでなく、文化の壁も取り払います。ギター、ベース、ドラムという “メタル楽器” だけが正義の時代は終焉を迎え、サックスやフルート、シンセサイザーはもちろん、メタルが感染した様々な土地の様々な伝統楽器もヘヴィ・メタルは喰らい、その血肉としているのです。それでも、プエルトリコのクアトロ、フルート、ピッコロ、オカリナ、ヴィオラ、ハープ、ピアノ、タイのピン、グロッケンシュピール、スレイベル、フィンガー・シンバル、トランペット、クラリネット、ダルブカと無限の “ノン・メタル” 楽器を喰らい尽くしたメタル・バンドは FLESHVESSEL がはじめてでしょう。加えて、Alexander Torres, Amos “Troll” Hart, Gwyn Hoetzer, Sakda Srikoetkhruen はその大半を自らで奏でているのです。
「僕たちは、自分の作りたいアートやサウンドを作ることができ、オープンであるべきだと信じている。あえて逆らい、型にはまらず、やりたいことをやる。でも、超冒険的な音楽と非常に伝統的な音楽は、デスメタルであろうとケルトの民族音楽であろうと、どんなジャンルの中でも調和して存在できるはずなんだよ」
伝統と実験、冒険と安心、異端と常識、メタルとノン・メタル。”Yearning: Promethean Fates Sealed” は、そのすべての逆説がアートのために調和したようなレコードです。繊細な瞬間から幕を開けるアルバムは、鮮やかな色彩と奇妙なフォルムで描かれ始め、メタルの異世界で恐怖と熱情と安らぎを見つけるまで止まることはありません。そうして、たしかに映画的ではありますが、このアルバムはそれ自体が物語を語り、命を吹き込むため、映像媒体を必要としていません。
4人の鬼才が築き上げた55分の巨塔は7つのトラックに分かれ、4曲の長大なプログレッシブ・ソングがインストゥルメンタルの “ヴィネット” で区切られています。このヴィネットがアルバムの各所からメロディックなテーマを引用し、思索と内省の中でモチーフを再考。繊細、重厚、爽快、瞑想が同居し、死の淵に押し潰され、風の蝶に魅了され、前衛的な騒乱にまみれるアルバムは、パッケージ全体がジグソーパズルのように不思議と集積し、印象的な1枚の名画としてまとまっているのです。
オープナー “Winter Came Early” はまさにこの類稀なる音の美術館への招待状。クラシカルで繊細なイントロからブラックメタルの絶望が炸裂し、伝統的な激しさが強調され、さらにプログの空想飛行、落ち着きのあるフォークのパッセージ、陽気なジャズのベースライン、アヴァンギャルドな悪夢のようなサウンドなど、色彩のパレットは200色以上の豊かさを誇ります。
「プロメテウスの物語は、世界をより良くしようとする僕たち人間の闘いのアナロジー (似ていることを根拠に異なることを推し量ること) として、このアルバムで使われているよ」
これだけのエピックに、秘められた意味がないはずがありません。プロメテウスとは、神々の火を盗んで人類にもたらし、その裏切りによって罰せられたタイタン。アルバム・タイトルはこのよく知られた神話を、悟りを求め、より良い、より寛容な世界を作り出そうとする人類と、その目標に到達するため障壁となる人類自身との戦いの寓話として扱っています。結局のところ、この分断された世界で私たちを救ってくれる巨人は存在しません。運命の封印を解き、善に心を開くためには、私たち自身の内側から解き放たれる炎を守る必要があるのです。
今回弊誌では、FLESHVESSEL にインタビューを行うことができました。「重要なのは、僕たちはオーケストラ音楽の “メタル版” やメタルの “シンフォニック版 “を作ろうとしているのではなく、さまざまな影響を受けた深い井戸の中から作曲し、演奏することができるということなんだだ」 どうぞ!!

FLESHVESSEL “YEARNING: PROMETHEAN FATES SEALED” : 10/10

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COVER STORY + NEW DISC REVIEW 【VOICE OF BACEPROT : RETAS】


COVER STORY : VOICE OF BACEPROT “RETAS”

“When I Pray To My God, It Gives Me The Strength To Believe That I Can Achieve My Dreams.”

CARRYING OUT OUR DREAMS WITHOUT FORGETTING OUR ROOTS

ヒジャブのメタル戦士 VOICE OF BACEPROT の3人組、Sitti, Widi, Marsya は歩くときは腕を組み、三つ子と間違えられるほど似た姿で笑顔を振りまきます。3人は決して笑いを止めません。その笑いはさながらヘヴィ・メタルのごとく周りに伝染し、3人が母国語のスンダ語で話しているにもかかわらず、誰もが笑顔を纏うようになるのです。VOICE OF BACEPROT は、お互いの皿から食べ物を食べ、疲れたときにはお互いを支え合い、昼寝をするときにはそれぞれが腕や足、頭を他の誰かの上に置いて眠る。まるで、互いに手を離すとどこかへ飛んで行くのではないかと心配しているかのように。
スンダ語でうるさい声の意味を持つ VOICE OF BACEPROT は、インドネシアの西ジャワにある小さな村、シンガジャヤの出身です。シンガジャヤには 無線LAN もレコーディング・スタジオもなく、5人家族が月30ポンドで暮らしています。VoB の3人は学校の進路指導カウンセラーのPCを覗いているときに、SYSTEM OF A DOWN のアルバム “Toxicity” を偶然発見し、2014年バンドを始めることを決意します。
当時14歳だった Sitti は、学校にあった申し訳程度のドラムセットで1ヶ月の大半を譜面を覚えることに費やしました。Marsya はギターを、Widi はベースで同じことをやって、1ヵ月後には最初のカバーを完成させます。そうして、バンド結成のきっかけとなったコンピュータの教師、アーバ・エルザは3人の情熱と才能に驚き、彼がうっかり蒔いた種を育てることに専念しようと決意するのです。

今ではインスタのフォロワー数20万を誇る VOICE OF BACEPROT ですが、3人はスンダ語と英語を織り交ぜながら、いかに自分たちに友達がいないのかを説明します。
「私の村では、誰かが私を見ると、こうやって背中を向けるのよ!」と、21歳のリード・ボーカル兼ギタリスト、Firdda Marsya Kurnia は言います。彼女はヒジャブの黒いひだだけが見えるように振り返り、明るくはにかみます「本当よ!」
ドラムの Euis Siti Aisyah も21歳。ベーシストの Widi Rahmawati は22歳でバンドの年長者ですが、同様に不服そうに首を横に振ります。残念ながら地元に友だちはいませんが、それでも VOB のフォロワーは爆増中なのです。
インドネシアはイスラム教徒が大多数を占める国で、西ジャワは特に保守的。そのコミュニティにおいて、音楽はハラーム(イスラム法で禁じられている)だと信じられているため、3人がメタルの世界に飛び込んだときも彼らはあまり良い反応を示さなかったのです。Marsya は、『悪魔の音楽を作るな』と書かれたメモに包まれた石で頭を殴られ、さらにはオートバイにわざとぶつけられたり、母親の店の窓ガラスを割られたりと散々な目にあいました。VOB がステージに上がる直前に宗教指導者が電源を抜いたこともあり、マネージャーはバンド解散を迫る脅迫電話を受けたこともあります。言うまでもなく、VOB はふざけているわけでも、何かをバカにしているわけでもありません。彼女たちはただ、夢を実現するためにすべてを犠牲にしてきたのです。

デビューから9年、世界各地をツアーする忙しい日々を送っていながら3人は、観客から脅迫を受けたり、石を投げつけられたりしたことは、今でも昨日のことのように覚えているといいます。ただし、大人としての知恵と成熟を得たメンバーは、今ではそれを笑い飛ばすこともできるようになりました。「あの投石は、彼らがわたしたちを気にかけている証拠だったのよ」と Widi は笑っていいます。
暴力は時間とともにおさまりましたが、ソーシャルメディア上の憎悪に満ちた下品な発言はいまだに後を断ちません。Sitti は、ドラムを叩いているときに半袖のシャツを着ていただけで、イスラムの教義に反すると糾弾されたことを思い出しました。
「彼らは、わたしが長い緩い袖でドラムを叩いて嫌な思いをしたことを知らないのよ。叩いていると引っかかるの!わたしににとっては危険なことなの。あの嫌われ者たちは、わたしにとって何がベストかを考えず、ただ自分の好きなことを言いたいだけなんだ」
「人々は私たちを天使だと思っているの。わたしたちは決してミスを犯してはいけない、誰かの理想でなければならないと思われているの…」と Marsya も嘆きます。

では、VOICE OF BACEPROT はイスラム教を憎んでいるのでしょうか?初のヨーロッパ・ツアーで、3人はヒジャブについて多くの質問を受けました。なぜなら、欧州においてベールを被った女性は抑圧の象徴だったから。
「ベールじゃないわ。これはヒジャブよ」
Marsya は、宗教がいかに自分に喜びと強さをもたらしてくれるかを説明し、ヒジャブは自分の意思でかぶるものであり、平和と美の象徴であると語りました。
バンドはこうした質問に驚いてはいませんが、少し疲労しています。ヨーロッパのイスラム教に対する認識は3人にとって想像を超えていて、押し寄せるステレオタイプの波に呑まれそうになっていたのです。「もしわたしが爆弾を持っていると言って広場の真ん中に走り出し、バッグの中を濡れて臭くなった靴下でいっぱいにしたらどうなるかな?」と皮肉を言う Sitti の気持ちもわからなくはありません。
結局、彼女たちにとってヒジャブを着用することは、朝デオドラントをつけたり、家を出る前にズボンを履いたりするのと同じくらいありふれたことなのです。
「わたしたちが聞かれたいことのリストがあるとしたら、ヒジャブはそのリストの100番目くらい後ろになるでしょうね。そこに注目されることを望んでいないの。それよりも、自分たちの技術について話したいのよ。わたしたちは昼も夜も訓練してテクニックを磨き、素晴らしい曲を作ってきた。その話をしようよ!わたしたちが有名なのは、着ている服のおかげだと思っている人たちがいるの。うんざりだわ!」と Marsya は訴えます。

そうした騒音と嘲笑は、3人に “God, Allow Me (Please) To Play Music” “神様、お願いだからわたしたちに音楽を演奏させて!” という楽曲を書かせました。”わたしは憎しみの深い穴に落ちていくような気がする/わたしは犯罪者じゃない/わたしは敵じゃない/ただ魂を見せるために歌を歌いたいんだ”。しかし、そうした周囲のノイズはトリオに寛容と敬意についての貴重な教訓をも与えました。大切なのは、ルーツを忘れずに夢を追うこと。
「女性だけのメタルバンドがヒジャブを着ているのは、それほど一般的ではないのは事実よ。でも、わたしたちの国はそれほど厳格ではないのも事実。わたしたちは村では、(イスラム教徒として)多数派である自分たちの特権に安住しすぎていたの。でもメタル・シーンに入ると、ヒジャブをかぶった女性はメタル・シーンの一部とは見なされず、わたしたちは少数派になってしまった。だからこそ、許し合うこと、平和と寛容のメッセージがとても重要だとわかるのよ」
自分たちの身体や服の選択についてのコメントにうんざりしていた若きロックスターたちは、 “Not Public Property” という曲を思いつきました。3人は家庭内暴力やジェンダーに基づく暴力の被害者を支援するためにこの曲を捧げました。また、ウーマン・オブ・ザ・ワールド(WOW)財団と協力して、被害者を支援するために資金を集めています。
「この曲は家庭内暴力の被害者へのラブレター。そのほとんどは子供と女性なの。彼女たちは一生トラウマを抱えて生きていかなければならないの。彼女たちは常に責められている。そして人々は、女性が人前でどのように振る舞うべきかを取り締まり始める。まるで女性の体が公共物であるかのような気分にさせられるわ。誰もそんな扱いを受けたくはない!わたしたちは、この問題の支持者が増えていることを実感しているの。ステレオタイプではない環境に生きていることを嬉しく思うわ。異なる視点が必要よ」と Marsya は付け加えました。

3人の成長は、”Retas” 収録の新曲のひとつで、バンド初のインストゥルメンタル・ナンバーである “Kawani” を聴けば明らかです。スリリングなスンダ語で “勇気” の意をも持つ楽曲は、グルーヴィでヘヴィなセクションとスンダ風味のベース・ソロが4分足らずの長さで展開されていきます。この曲は、VOICE OF BACEPROT がスンダ音楽を探求するきっかけになるかもしれない。「将来的には、スンダの伝統楽器を演奏できる人とコラボレーションできるかもしれない」と Marsya はつぶやきます。
インドネシアではメタルが盛んです。61歳のジョコ・ウィドド大統領まで、自らをメタル・ヘッドだと語っています。シーンは密度が高く、Hellprint, Hammersonic, Rock In Solo といった巨大なフェスティバルが毎年何十万人もの観衆を魅了しています。バンドのマネージャー Nadia は何十年もの間、男性中心のシーンでマネージメントしてきましたが、2017年にアーバ・エルザから VOB のマネージメントを手伝ってほしいという電話を受けたとき、ひどく興味をそそられました。彼女はジャカルタから11時間かけて3人のの村まで会いに行き、2時間かけて音楽業界の落とし穴、上下関係、政治、そして名声についての説明を行いました。そして、何か質問はないかと尋ねました。
Marsya が手を挙げます。「食べ物が飛んでいる飛行機の中で、どうやって食事をとるの?」 Widi が重々しく付け加えます。 「あと、オシッコも」
その時、Nadia は3人の旅にどうしても参加しなければならないと思いました。

2017年、VOB はインドネシア全土で公演を行い、全国放送のテレビに出演し、あの Guardian 紙にも取り上げられました。翌年、デビュー・シングル “School Revolution” をリリースし、この複雑かつ奔放なスラッシュ・メタルは、3人の卓越した技術力と巧みなソングライティング・スキルを存分に見せつけました。このシングルは、ニューヨーク・タイムズ紙や BBC、アメリカの公共ラジオ・ネットワーク NPR、ドイツの国営放送 DW などのメディアに掲載され、バンドを国際的な存在へと押し上げました。しかしその後、パンデミックが発生し、すべてが停止しまったのです。
しかし Nadia は、この中断をバンドのスキルを磨く絶好の機会と捉え、3人の若い女性が首都ジャカルタに引っ越すべき理由を家族に説明するために彼女たちの村まで長距離ドライブを敢行しました。現在 VOB はジャカルタでアパートをシェアしていますが、バンドの練習の合間には Nadia の家でプールの水しぶきを浴びて過ごすことも。トリオは過去1年間、インドネシアのロックバンド Musikimia と Deadsquad のメンバー、そしてジャズベース奏者のバリー・リクマフワの指導を受けてきました。しかし、すべてが順風満帆だったわけではありません。村のコミュニティ内での苦闘と同様、インドネシアのメタル・シーンに受け入れられるためにも3人は戦わなければならなかったのです。
「進歩はしているけど、インドネシアのメタル・シーンにいる女性の数はごくわずかで、未だにわたしたちにとって安全な空間ではない。性的暴行はいまでもコンサートで起きているし、ソーシャルメディアは明らかに有害。”どうして VOB が選ばれるの?もっとメタルなバンドがいるじゃない” とか、わたしたちの身体や肉体的なことに関する発言は、いまだによくあることなの。ヨーロッパ・ツアーを2度行い、現在アメリカ・ツアーを行っていることは問題ではない。地元に帰ると、”いつ結婚して子供を産むの?”と聞かれるのが現実よ!」

地元のバンドの中には、3人の若い女性がやってきてショーを “盗む” ことを良しとしない人たちも少なくありませんでした。彼女たちは陰口をたたかれ、VOB がフェスティバルに出演するために金を払っているとデマを振りまかれました。Nadia はそれにもめげず、大人の男たち全員に文句を言ってまわりました。そして今、5年間の努力の末、VOB はインドネシアのメタルシーンの全面的な支持を得ました。2021年のシングル “God Allow Me (Please) to Make Music” は、インドネシアのすべての主要放送局でオンエアされ、シーンすべてのメタル・ヘッドからリポストされるようになったのです。
VOICE OF BACEPROT は、当初から自分たちの音楽を用いて重要な社会問題に関心を寄せてきました。初期の曲のひとつである “The Enemy of Earth is You” は、環境汚染と気候変動を嘆く楽曲で、VOB の出身地である西ジャワ州ガルトの鉄砲水など、インドネシアで記録的な自然災害が発生した2016年にリリースされています。さらに高校生だった3人は、硬直した教育システムを批判する “School Revolution” を書いた。そしてアルバム “Retas” は2017年に書いた反戦賛歌 “What’s the Holy (Nobel) Today?” で幕を開けます。
VOICE OF BACEPROT の楽曲は、宗教的寛容、気候変動、女性差別、戦争といった “問題” を取り上げていて、Nadia は彼らの肩にかかる重すぎる責任に罪悪感を感じることがあると認めています。「インドネシアにおけるイスラム教の意味を世界に示すのは、3人次第なのよ」

ゆえに Nadia は、3人の若いバンド・メンバーの精神的な健康を心配しています。Marsya はパニック障害に苦しみ、Sitti は母親を脳卒中で亡くして以来、時々手が震えてしまいます。しかし、宗教がバンドを支えているのです。
「神はわたしの話や悲しみを聞いてくれる。人にそれを話すと、予想外の反応が返ってくるかもしれないからね」そう語る Sitti に Marsya も同意します。
「何か心配なことや怖いことがあると、神に相談するの。他の人のようにわたしを責めることはないし、わたしが言うことは何でも聞いてくれるから。神に祈ると、夢を実現できる、そう信じる力が湧いてくるの」
コンサート・ホールが満席になると、VOBの軽やかな笑い声は緊張した沈黙へと消えていきました。バンドは西ジャワの伝統的な素材を使った黒い衣装を着ています。Sitti はアンプの上に座り目を閉じてエア・ドラムを叩き、Marsya は黙々と歌詞を朗読し、Widi はエア・ベースを弾いて待ちます。
「ステージにいるとき、私たちはひとりぼっちのように感じるの。だからステージにいないときは、いつも近くにいようと約束してるんだ」

照明が落ちる。時間だ。最後の音が鳴り終わると、Marsya がマイクに向かいます。彼女の緊張は消え去り、ベテランのカリスマ性に変わっていました。
「このライヴの前にインタビューがあって、みんなわたしたちのヒジャブについて聞いてきたの。まるでファッション・ショーのためにここに来たような気分よ。わたしたちは夢を叶えるために、そしてヒジャブが平和と愛と美の象徴であることを示すためにここに来たのに!」
観客は賛同の声を上げます。
「もし誰かがわたしたちのヒジャブについて尋ねたら、どうするか知っている? もし誰かがわたしたちに憎しみを込めた言葉を使ったら、どうするか知ってる?ヒジャブはわたしたちの選択なのかと聞かれら、どうするかわかる?こうするんだ!」
間髪を入れず、Marsya がマイクに向かって叫び、Sitti がドラムを叩き、Widi がベースをかき鳴らす。VOICE OF BACEPROT には世界を変える力があるのです。
3人のヒジャブの戦士は、現在 “テレビゲームのラスボス” と彼女たちが例えるアメリカをツアー中。US ツアーのニュースはバンドの地元にも届き、Marsya の家族にシュールで愉快な出会いをもたらしました。
「今朝、ママから電話がかかってきて、誰かが土地を売りに来たって。”あなたの娘がテレビに出たんだから、きっと大金持ちに違いない!”ってね!」
2021年、ヨーロッパ・ツアーの直前、トリオは永遠のヒーローのひとり、Tom Morello と話す機会を得ました。「俺は君たちのの大ファンだ。君たちのバンドとしての存在そのものが、世界中の人々にインスピレーションを与えているんだ」と Tom は3人に言ったのです。
つまり、もう誰も VOICE OF BACEPROT 止めることはできません。村の名前であるシンガジャヤ、つまり “栄光のライオン” である彼女たちの雄叫びが止むことはありません。


参考文献: REDBULL:LIVING ON A PRAYER WITH INDONESIAN ROCK BAND VOICE OF BACEPROT

The ASEAN:Voice of Baceprot: Breaking Barriers with Heavy Metal

NME:Hard as rocks: Indonesian metal trio Voice of Baceprot keep breaking boundaries

NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【ANIMA TEMPO : CHAOS PARADOX】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH ANIMA TEMPO !!

“I Started To Write Some Rockman Songs In Metal Versions As a Tribute Of The Videogames I Used To Love.”

DISC REVIEW “CHAOS PARADOX”

「今では日本のようにバンド同士でお互いに会い、自己紹介をし、皆の素材を評価し、消費し、尊敬とミュージシャン・チームを促進することを大切にしているんだ。日本でのツアーは、ANIMA TEMPO のビフォー・アフターだと考えているよ」
ヘヴィ・メタルに国境はなく、その瑞々しき生命力は世界中に根を張って弛まぬ包容力と知と血の音の葉を感染させ続けています。そうして起こったモダン・メタルのパンデミックは、文化と文化のマリアージュも推し進めているのです。メキシコから DREAM THEATER や PERIPHERY の “プログ・メタル” を深化させる ANIMA TEMPO は、日本の文化やメタル・シーンに薫陶を受けて “生き生きと” 自らの才能を奏でています。
「子供の頃から、プレイするビデオゲームのバックグラウンドに流れる音楽に注目してきたし、一番好きなビデオゲームのサウンドトラックは “ロックマンX” だったんだ。16-bit のシンセサイザーの複雑さと、いくつかのゲームに登場する “シュレッダー” のような音楽に影響されて、その曲をギターで弾いてみたくなった。それで、それから何年も経ってから、大好きだったビデオゲームへのオマージュとして、メタル・バージョンのロックマンの曲を書き始めたんだ」
リスペクトと調和の日本らしさを血肉としたメキシコの新鋭は、同時に日本が生んだビデオ・ゲームという新時代のアートからも影響を受けていました。オープナーの “Dijital Heart” を聴けば伝わるように、レトロ・フューチャーなネオンを点滅させる彼らの音楽は、プログ・メタルとビデオゲームの親和性を誰よりも巧みに証明していきます。ただし、両者のマリアージュは何も音楽だけには限りません。
「この新しいアルバム “Chaos Papadox” では、そうしたビデオゲームのシンセサイザーを取り入れたかった。それは、多くのティーンエイジャー、それに大人でさえも、自分のパーソナリティや日々の問題をビデオゲームの中の架空の現実の中に隠してしまうような、そんな現代と未来の生活について語る楽曲のサウンドトラックを作るのに、今が完璧なタイミングだと考えたからなんだ」
メタルとビデオゲーム。ANIMA TEMPO はその両者の共通項を “暗闇からの逃避場所” と定めていました。メタルやゲームの架空世界、ファンタジーに没頭している間は、憂き世の定めを忘れて黒雲から目を逸らすことができる。彼らが “混沌の矛盾” でその境地へとたどり着いたのは、真摯で真面目な彼らでさえも、”暗闇” から逃れることはできないから。ANIMA TEMPO を覆う黒い雲とは、生まれついた場所メキシコの麻薬やマフィアといったステレオタイプなマイナス・イメージ。彼らはそうしてレッテルを貼り、主語を大きくして、すべてのメキシコ人を犯罪と結びつける差別主義者とも戦うことを余儀なくされてきました。
「音楽やあらゆる種類の芸術は、反抗的であるための手段であり、時にはストレートな言葉では難しいことを伝えるための手段でもある。”Chaos Paradox” は、目を覚まし、自分自身と世界全体を見つめなおそう、僕たちはみんなつながっていて、どんな国、宗教、肌の色であろうと、僕たちは一緒なんだということをみんなに呼びかける作品なんだ」
シタールから中東、日本音階、マヤの楽器、ビデオゲームにアンビエントなシンセ・ミュージック、キャッチーを極めたボーカル・メロディ、そして、Sithu Aye や David Maxim Micic も舌を巻くギタリズムを抱きしめたグローバルな ANIMA TEMPO のメタル・シアターは、これからも謂れのない分断や非道の差別に調和とリスペクトで対抗していきます。野心的な音楽や実験性は時に、何よりも雄弁な平和への道標となるのですから。
今回弊誌では、ANIMA TEMPO にインタビューを行うことができました。「麻薬、マフィア、貧困、暴力の問題は、どの国にも例外なくある。幸いなことに、僕たちはメキシコからそのような見方を変えようと、一生懸命働き、正直で謙虚で、プロフェッショナルで非の打ちどころのない音楽で世界中を回ってきた。そうやって、僕たちは成功し、大陸や文化を超えた強い絆と友情を築いてきた」 どうぞ!!

ANIMA TEMPO “CHAOS PARADOX” : 10/10

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NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【COSMIC JAGUAR : THE LEGACY OF THE AZTECS】


EXCLUSIVE: INTERVIEW WITH SERGIO LUNATICO OF COSMIC JAGUAR !!

“We Didn’t Want To Be Another Primitive And Dull Thrash Band That Sings About Booze, Sex, Zombies, Partying, Social Problems And Other Hackneyed Topics.”

DISC REVIEW “THE LEGACY OF THE AZTECS”

「明日何が起こるかわからない、とても危険な状況だったからこそ、できる限りリハーサルを重ねた。結局、4ヶ月でフルアルバムをゼロから作曲し、レコーディングしたんだ!目的が見えていれば、障害は見えなくなるものだよ」
ウクライナへ向けたロシアの非道な侵略が始まって、すでに一年半の月日が経ちました。戦火はおさまることなく混迷と拡大を続け、ウクライナの人々にとって当たり前にあった平和や安全という当たり前の生活は遠のくばかり。しかし、逆境にあってこそ、ヘヴィ・メタルのレジリエンス、反発力や回復力は輝きます。明日全てが失われてしまうかもしれない。そんな限界の非日常において、ウクライナの COSMIC JAGUAR は自らの生きた証をここに残しました。
「音楽の制作は、たとえ平和な時代であっても難しいものだ。なぜなら、たいていは自分の作品が聴衆からの反応やフィードバックをほとんど得られず、また自分の目標を実現するための手段を見つけることも難しいからね」
逆境を跳ね返す力こそ、ヘヴィ・メタルの真骨頂。長年、BESTIAL INVASION で活動してきた Sergio Lunatico はカルト的な人気を得るものの、世界的な名声までは程遠い状況でした。しかし、戦争の勃発と同時に一念発起し結成した COSMIC JAGUAR は、第三世界のメタル、伝統音楽を抱きしめたメタル侵攻の波に乗り、見事に世界的な注目を集めつつあります。DEATH, ATHEIST, VOIVOD, CYNIC, SADIST, CORONER, PESTILENCE といった “あの時代” の特別なテクニカル・メタル、その神秘性が見事にアステカの神話と噛み合った祭壇のメタル・サウンドは、ウクライナから海も山も大陸も超えて、遥かテノチティトランにまで鳴り響くのです。
「僕たちは、酒やセックス、ゾンビ、パーティー、社会問題など、陳腐なテーマを歌う原始的で退屈なスラッシュ・バンドにはなりたくなかった。古代世界の歴史が好きな僕が選んだのは、アステカの文化と神話だった。僕の記憶では、メキシコの地元バンドを除いて、このテーマを使うスラッシュ・バンドはほとんどなかったからね。面白いのは、多くの人が僕らをメキシコのバンドだと思っていることで、彼らに言わせれば、僕らがアステカの精神と雰囲気を非常にうまく伝えているからなんだ。そして、僕らがウクライナ出身だと知ると、彼らはいい意味で認知的不協和を感じるんだ!」
そう、あのメタル・エジプト神 NILE の名を挙げるまでもなく、ヘヴィ・メタルに国境はありません。メタルの世界でアーティストは、好きな題材を好きなだけ深堀りすることが許されています。日本人にとってのオオカミのような存在である、ジャガーをバンド名に冠するのも彼らのメキシコ愛がゆえ。アヴァンギャルド/テクニカル・スラッシュと表現するのが最適なその多彩さは、ラテン、ファンク、ジャズ、デスメタル、ブラックメタル、ワールド・ミュージックとまさにコズミックな拡がりを見せながら、アステカの民族楽器と女性ボーカルでリスナーをアステカの神殿へと誘います。そうして、かの文明の独特な死生観や終末信仰は、未だなお争いを続ける人類への警告として語り継がれるべきなのかもしれませんね。
今回弊誌では、Sergio Lunatico にインタビューを行うことができました。「ウクライナにおける戦争において、今は安全な場所などなく、いつでもミサイルやドローンに捕捉される可能性があるため、毎日が自分や愛する人にとっての最後の日となりうる、そう思って生きているよ。だからこそ僕たちは生き残るためにあらゆる方法を試しているんだ」 どうぞ!!

COSMIC JAGUAR “THE LEGACY OF THE AZTECS” : 9.9/10

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